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解決済みの質問

女性蔑視のそもそもの原因は?

女性の蔑視や不平等は数多く今も存在していると思うのですが、その原因は法的なもの宗教的なもの土着の信仰によるものなどがあると思いますが、女性蔑視を示している様々な宗教や土着信仰において、なぜ女性は蔑視されたのでしょうか?やはり月経や出産による血の不浄さがそもそもの原因なのでしょうか?

投稿日時 - 2002-06-02 17:28:52

QNo.283684

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

 
まじめな回答ですが、基本的に、男性は「女性が怖い」のです。恐ろしいものを、どう扱うかということで、距離を置くと共に、社会的・文化的に、「劣ったもの」と規定することで、男性の「安心感」が維持されているのです。

>月経や出産による血の不浄さ

これは、よく考えると分かるのですが、話が逆なのです。まず、「血」だけを単独で見ると、血は「霊」であり「力」で、神聖なものと古代からされていますし、現代でも、神聖なものです。

こんなことは現代はやっていないかも知れませんが、古代の欧州や、アメリカでも北米インディアンの習慣に、傷を互いに付け、その部分を互いに当てて、血を接触させ、「血を混ぜる」ことで、「血の兄弟」「血で結ばれた盟友」となる儀式がありました。

これは、男性のあいだで行われます。女性は、自分で自分の血を流し、聖なる営みを行うのですが、男性は他人の血を流して争います。

世界の文化は、「父権性社会」です。歴史的に記録されている限り、そのように見えます。古代ギリシアも父権性社会で、女性蔑視がありました。

しかし、バッハオーフェンという学者は、古代の色々な文化習慣を調べているうちに、「女性を崇拝する」文化慣習が古代には多数あったことを見いだします。調べて行くと、「女神崇拝」とか「母権社会」の方が古いように思えます。

そこで、彼は、『母権制社会』という大著を著し、古代には、最初に「母権制社会」があり、家族は、母権である女性の長老を軸として、女性とその子ども達、そして子ども達の父である、男達から成り立っていたとする考えを仮説的に示します。

考古学的には、バッハオーフェンの言う「母権制社会」が、必ず父権性社会・男性優位社会に先行してあったとは言えないということになりますが、しかし、「母権」は、「父権」と対等か、それを圧倒する場合がしばしばあったらしいことが確認されます。

家族集団や、社会集団の機軸には、「母権」があったというべきです。「生命の神秘」を知っているのは、身に生命生成の奇跡の構造を持つ女性であって、家族は、女性=母を中心に構成され、共同体も、共同体の母=太母を中心に秩序があったと考えるのが自然です。

労働力としては、歴史を通じて、女性労働力が圧倒的に重要で、女性労働で社会や共同体は維持されて来たとも言えますし、現代でもそうなのです。農業や牧畜は、女性労働力なしでは成立しなかったはずです。

つまり、共同で労働して、というのではなく、男性が労働力として欠如しても、農業や牧畜は可能だが、その反対の場合は、成立しないということです。

古代地中海世界の宗教や神話において、大女神は、世界を「生成」し、世界の様々なものも生成します。世界を「維持」しているのは、太母女神で、生と死も太母女神が管轄しています。それに対し男性の神は、世界を「管理」し「支配」する神として出てきます。

すでにある世界を、支配し、管理するのが男性の神です。ユダヤ教の神ヤハウェは、世界の創造者ではなく、神話では、世界を整えた者として登場します。この場合、ヤハウェではなく、「エロヒーム」という名で出てくるのであり、これは「エロー eloh」という女性名詞に、男性複数を示す語尾「イーム yim」を付けて名前ができています。

エロヒームは、「我々に似せて人を造ろう」と言ったのですが、「我々」が両性なので、男女両性の人間ができたとも言えます。

話が逸れていますが、女性は世界を造り、維持しているに対し、男性は、できている世界を、支配しているのです。時に破壊するのです。

女性の妊娠と胎児の育成と出産・分娩というのは、男性には真似ができないことで、「豊饒」は色々な意味からして、女性がもたらすのです。この女性の生来的優越性を否定するには、何かで、女性を「差別化」しなければなりません。

自分に不可能なことができる女性に対する嫉妬と恐怖から、男性の「恐怖や畏怖や、自己の劣等性の自覚の起源」を封鎖し、逆にこれを貶めようとする無意識的意図が作用しているのだと思います。

「血」は穢れているとかいうのは、神話的・宗教的には、「血は神聖」なものなのですから、どこかで意図的におかしい操作をしていることになります。

>女性蔑視のそもそもの原因は?

一番古くまで遡れば、最初に述べたように、様々な意味での女性の優越性や神秘性、豊饒性、自然との親近性に、孤独で無力さを感じる男性が恐怖し、畏怖した為、文化的なタブーや規律で、女性を「劣等生物」だと貶めたのが、その起源でしょう。

男性は体力や、支配力などでおのれを誇っても、その自己の起源は、女性の胎にあり、血と共にこの世に生を授けられたのだという「事実」の負い目に対し、自信を回復しようとすれば、出産は目出度いが、子どもを分娩した女性は血で穢れているとか、よく考えると意味のない理屈をこじつけるしかなかったのでしょう。

月経と妊娠、受胎、出産の関係も古くから知られていましたし、月経のリズムは、自然の大いなるサイクルを、身体のなかで再現しているとも言え、神聖なものであり、しかし、同時に、その結果、子どもを生む、豊饒の力が女性にあるので、月経中は、妊娠しないのを都合よく捉えて、このあいだは穢れているとか言って隔離などしたのでしょう。
 

投稿日時 - 2002-06-03 03:28:07

お礼

回答ありがとうございます。
とても参考になる意見をありがとうございます。血の不浄さと言うのは根本の原因ではないように思えてきました。asterさんの指摘されている点をよく調べていきたいと思います。ありがとうございました。

投稿日時 - 2002-06-03 08:35:55

ANo.9

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回答(14)

ANo.14

「穢れ」というのは、もともとは「不浄」を意味するものではありません。穢れの源流は、大きくは死の腐敗、出産の血、後代になってからは月経の血も対象にした「忌み」にさかのぼります。人間の生と死や生理的な特定の状況を、一種の危機として捉えて、その状態にある人間の行動を規制し禁忌をかける、という文化的読み替えのことです。

忌みの状況は「穢れ」とされて、伝染性が高いので、それを避けるために隔離・排除する、というのがわが国の触穢思想です。
もともとは死が究極の穢れで、延喜式などを見ても月経は「一身の穢」とされ、伝染性のものではありませんでした。しかし血は死との連想が強くはたらきますから、やがて拡大して月経もこの状態に含められていきます。

本来は不浄ではなかった「穢れ」とくに「血穢」が「不浄」として意味付けられていった変化は、単独の信仰や思想のせいというより、神道や仏教、儒教、陰陽道などの複合的な影響のもとで起こったことです。

ごく簡単に書けば以下のようになるでしょう。

まず平安時代にはタブー意識が増大したことがあります。特に都市生活が拡大するなかでの陰陽師の活躍などにより、方位や吉凶など生活についての禁忌意識が一般化しました。これが受け入れの素地を整備します。

一方で、これと平行して神道と仏教の拮抗も強くなり、まず神道の方からはいわゆる「神道の自覚化」がおこり、清浄に対する不浄、という二項対立が強く意識化されるようになってきます。これが側面的に女性の不浄観を固定化する役割を演じました。

もう片方では、仏教の影響がやはり大でしょう。
仏教ではもともと僧・尼は等しい存在であり、尼寺も数多くあったのですが、平安時代の頃になると尼寺の退転が多く、バランスが大きく崩れ始めます。これは国家仏教の公的部分を男性が独占して女性が排除されやすくなり、女性の出家制限などを課したことが背景にあったためです。
このために、仏教界の言論のうえでの女性のウェートは低くなり、女性の不浄観の広がりをくい止めることが難しくなります。

そもそもそれ以前に、仏教には「五障」や「変成男子」といった思想が残念ながら混入しています。仏教は本来男女平等の教えですが、インドの土着的な女性差別の感覚の強い影響は避け難く、女性は罪業の身だからそのままでは成仏も期し難い、仏や梵天の侍者もできない身である、といった女性罪業観が法華経などの有名経典にも見られるのです。このような感覚が仏教の浸透とともに一般民衆に潜在的に刷りこまれていったのでしょう。

こういった仏教の「女性罪業観」が、先に述べたような状況下で旧来の「穢れ観」と混交していった結果、本来一時的な状態であった「血の穢れ」が読みかえられ、次第に女性特有の、しかも恒常的な「不浄」として定着していくに至ったのでしょう。

「五障」などといった仏教の言葉が定着していくのが大体9~10世紀頃で、ちょうど女性を排除する女人結界が成立していくのもおよそその頃だと思われます。
これ以降、女性を血の穢れのゆえに「不浄」とする感覚が次第に強化されていくのです。
中世末頃には、悪名高い「血盆経」という経典の独自な解釈が流布し始め、この流れに拍車をかけたと思われます。
(この経典は、女性が産の血で大地をよごし、その汚れた水で仏が供養されたために、女性が大きな罪を受けて血の池地獄に堕ちたという内容)

また、ずっと時代は下ってからだと思いますが、儒教が遅れて受容され、その根底の男尊女卑的な側面がひろく浸透していったことも大きかったのではないでしょうか。

いずれにしても、やはり女性の蔑視には、本来的ではないにせよ、「血」に端を発している部分が大きくあると言えるでしょう。

※急いで書いたもので、わかりにくい点がありましたらどうぞ補足してくださるようお願いします。

投稿日時 - 2002-06-04 17:55:49

ANo.13

こんばんは。締め切りになる前に一言だけ・・。
非常に浅はかな知識で恐縮ですが、女性蔑視というのは、明治以降の男性の勘違い(思い上がりかも)から来ていると思います。日本の最高神は女性だとされていますし、江戸時代の大奥の例からみても、女性には不可侵な場所がきちんと認められてきました。
男は国を守るために戦い、女はその国をつくる。そんな関係であったのが、明治以降の「力だけがすべて」と勘違いした人々が「男性重視」の社会を作り上げてしまったのだと思います。
よく、「日本の習慣」や「日本の伝統」などのように言われていることでも、よくよくさかのぼると、明治維新以降に始まっているものがあります。女性蔑視なるものも、その類ではないでしょうか。
また、海に女性をだすな、とか神聖な場所に女性を近づけるな(相撲もそうですが)といわれますが、その理由は「神様がやきもちをやく」というのが一般的です。
以上、駄文ですみません。

投稿日時 - 2002-06-03 21:05:39

ANo.12

生物の世界というといかにもハーレムといった印象がありますが、
集団生活を営む動物の多くは雌中心社会です。最初からだと
面倒なのでホニュウ類から説明しますね。

一般的なハーレムは群れのボスである雄と多くの雌ですが
別に常に雄が集団に存在するのではなく雌の発情期に雌集団に
雄が入り、他の雄を追い出して独占的な状態にしてしまいます。
種の保存という本能があるため雌が雄の選り好みはあまりしませんが
ボスの目を盗んで雌と交尾をする雄もいます。この辺までは
来るもの拒まずって感じですね。

ライオンのように子殺し(前のボスの子供を殺すことによって
育成本能から種の保存本能へ変わる)をする動物では雄が雌集団に
固定されていますが、雄は定期的に変わるため種の多様性にも
問題はありません。

次に雌、雄にそれぞれグループが存在し発情期になると
集まってくるものです。クジラもそうですが長老格の雌が集団を
統率します。この辺になってくると多少選り好みが入ります。

人間に近いサルの社会では複数の雄と雌が集団社会を形成しています。
それを統率するのがボスザルのような印象がありますが
実際には雌の支持がない雄はボスにはなれませんし、
交尾の相手も雌に選択権があります。もちろん、優先順位は
ボスにありますが隠れて他の雄と交尾をします。ただし、
この辺になってくると雄が群れの方向性を指示するように
なってきます。

で、人間の集団ですが狩猟社会においてはサル社会と同じように
男が集団を統率していたと思われます。これは複雑な能を有する
ヒトの子供は他の動物に比べ育成に時間を要するためで、
母親は必然的に群れに留まり、男が活動しないと集団自体が
衰退するからです。この時点では多くの社会ではまだ宗教観念が
薄かったと思います。

これが変化したのは農耕社会の到来です。この社会は拠点が
はっきりしているため行動範囲が狭まり男の活動を必要としなく
なるため、母系氏族制が始まります。これは今でも多くの
先住民族に残っており仕事のほとんどは女で男は家でぼーっと
暮しています。

一ケ所に留まる環境は当然、自然からの影響が強くなり
自然崇拝を基とするアミニズムが発生します。原始的な宗教では
巫女さんが登場しますが、これは祖母を中心とした女系社会で
あったためと思います。原始宗教が発達すると天神崇拝、
トーテム崇拝、先祖崇拝とともに女性崇拝が発達します。

しかし、社会が発達し集団が大きくなると血縁を中心とする
氏族集団から小規模ながらも混族社会へと変化していきました。
集団が大きくなると効率的な食料確保のために付属施設が増え
集団を構成する家という単位が追加されました。
また、集団維持するためには食料がなければ他から奪う、
それを守るために村を強固にする組織という概念も発達したと思います。
集団維持の基本は女性の活動ですが、それを超える場合になって
男が登場してきます。ここに至って男が集団を統率するように
なってきます。だからといって女性蔑視があったわけでは
ありませんが。

集団社会が大きくなるにつれヒト社会に階級制度が誕生しました。
これにより本来は集団維持のために統率者である男の優位性が高まり
父権家長制へと変化しました。一方で神事に関わるものに関しても
男神を中心とした宗教に変わりましたが、それでも女性巫女は
高級官僚として存在していました。

複雑化した社会においては母系氏族社会にあったような血縁による
犯罪の抑止力は薄まり、それに変わって人心を縛るものが
必要になりました。同じく階級制度の発達により知識階級が登場し、
科学、哲学が盛んになってきました。そのため時の為政者は
法律、戒律や宗教儀礼を利用して社会の安定を図るようになります。

女性の専門職であった宗教も同様です。巫女に変わって占星術、
歴術や医術等を心得た方術士が社会の中心となってきています。
占星術だって当時は最先端技術ですからね。宗教に関しても
それまでのアミニズムから組織化された新興宗教が興り、
前者否定の感情からか女性蔑視が始まりました。
そして新しい宗教が生まれる程に強固になっていきました。

したがって女性が穢れているから卑しいのではなくて
女性から宗教儀礼を奪いとったた大儀名分のために女性を蔑視
したと思います。そして、宗教儀礼を男が独占するためには
宗教指導者の養成が必要となり、女性はその修行の邪魔になる
ため更に蔑視が強まりました。

要は男の行動を正当化するために女性を差別したというこですね。
また、月経や出産といった生理現象は理由になりやすいことも
強固にした一因でした。

穢れというのは女性だけではありません。死人の葬式には
浄めの塩をふるように、病気に関しても憑物的な発想がありました。
多くの女性にとって月経というのは体調を崩しやすい時期であり
衛生環境の悪い当時は出産が原因で死亡する確率も高いため
必然的にその生理現象を有する女性が穢れているという
思想になりました。

また、他の地域では子供は血の固まりから誕生すると信じられて
いました。これは妊娠すると月経が停止するためだと思いますが、
卵子という発想がない時代(生物学的には精子、卵子の概念は
ごく、最近のものです)では女性は月に一度、子供の肉体を作るが
魂が入らないため誕生しないという思想を生み、これが基になって
滅多に神に認められないものとされました。

中世においても農村よりも都市の方で女性蔑視が激しかったのは
都市の方が血縁社会から離れ、階級制度が発達し、貧富の差が
激しかったため社会安定のために宗教が利用されたためと思います

投稿日時 - 2002-06-03 18:57:54

ANo.11

shunpeさん、こんにちは。

女性蔑視の原因についてとありますが、社会的・宗教的な
原因の他に、残念ながら女性自身にもあったのではないか
と私は考えています。

実社会において、主導的な立場につき、かつそれを継続する
には、どこかで私(わたくし)を犠牲にして公(おおやけ)の
ために尽くすことが必要です。

歴史上、女性が権力を握ることは何度かありました。
しかし、残念なことに自分の家族や実家を身びいきするなど、
公よりも私を優先することが多かったため、権力を維持す
ることができず、結果として女性の社会的地位の低下の一因
となってしまったのではないでしょうか。

奈良時代以前は、女帝が何人か即位しており、それぞれの
立場で国家の育成に貢献していたかと思います。
しかし、平安時代の藤原氏出身の女性は、ほとんど嫁ぎ先
の天皇家より、実家の藤原氏の権力維持の道具になって
いました。これは、明らかに公よりも私を優先する立場です。

鎌倉時代の初期、尼将軍とまで呼ばれた北条政子は女性の
地位向上のために、ずいぶんがんばったと思います。
(時には夫の源頼朝とケンカしてまでも...)
また夫の死後も、鎌倉幕府の育成と安定のために実に粉骨
砕身していたことも評価しています。彼女は創設まもない
鎌倉幕府の安定のために、実子すべてを犠牲にしました。
しかしながら彼女の政治的行動は、結果としてすべて実家
である北条氏の権力基盤強化へとつながり、また運の悪い
ことに、実家の北条氏が優秀な男性を数多く輩出していた
ので、彼女の努力も女性の地位向上という面では不十分で
あったと言わざるをえないと思います。
|父親の北条時政、弟の北条義時、甥の北条泰時らは、
|すべて古今稀に見るほどの優秀な政治家でした。

室町時代の日野富子も公より私を重んじて、国を大混乱に
巻き込んだという点で、非常に問題のある女性です。
夫の弟が次期将軍に内定していたにも関わらず、自分の子
を将軍にしたいがために当時の有力者であった山名宗全に
働きかけ、応仁の乱の原因をつくってしまいます。

以後、時代は戦乱の戦国時代に突入します。戦乱の世の中
ではどうしても戦闘力に勝る男性が社会をリードせざるを
えません。
戦国時代が集結した後、徳川家康が江戸幕府を開きますが、
家康は朱子学を思想的に取り入れ、男性中心のガチガチの
封建社会を築き上げてしまいます。
以後、近代に至るまで女性の社会的地位は、低い位置に留
まらざるをえなくなりました。

ポイントとしては平安時代と室町時代なんでしょうね。
貴族的な文化が広まり、女性の地位が高まりかけた時代に、
高い地位にいた女性が、失敗することが多かったように
私は感じています。

投稿日時 - 2002-06-03 13:43:59

ANo.10

こんにちは。また来ちゃいました。m(__)m

皆さんの回答、参考になることがとても多いですね。
私も「へ~」って感心する事が沢山ありました。

さて、桟学を暴露するみたいで、少々お恥ずかしいですが、
>中世の武士以降~
私は、中世ということではなく、古今東西を問わず、世相が不安定で戦乱などが多発した時期・地域じゃないかな?と思います。
世相が安定してくると女性の地位?みたいなものも上がってくるような気がするのですが・・・?

支配者がたまさか女性になる事はあっても、その時女性の扱いが良くなったかっていうと???ですし・・・

想像の産物にすぎないので自信はなしとしておきます。m(__)m

投稿日時 - 2002-06-03 12:06:21

ANo.8

食べてはいけない果実は
「善悪を知る木の果実」と「命の木の果実」
だったと記憶してます。
とりあえず間違いが無いのは、蛇が唆したのはイブだったと言う事、そしてイブがアダムを唆して禁じられた果実を食べたという事です。
あとアダムが男であるとは限らないとのことですが
ん~? 聖書を読む限りアダムは罰を受ける時などもちゃんと男として書かれていますが、、、、?
もしかしたら私が知っているのは意訳なだけで原文ではちと違う書かれ方してるのかな?

ちなみに禁欲生活の妨げになるって見識は合っていると思いますよ。
イスラム教でも女性が肌を隠すのは
「男が理性を抑えられないから」
という理由でしたからね。
そんな理由で女性の行動を制約するという考えがまず男性中心でしょう。(^^;

あ、いかんいかん、話がそれましたね。

えっと、初めの質問は
>女性蔑視を示している様々な宗教や土着信仰において、なぜ女性は蔑視されたのでしょうか?やはり月経や出産による血の不浄さがそもそもの原因なのでしょうか?

でしたね。
宗教における女性蔑視と、女性にまつわる「血」ってのは正直関係ないと思います。
宗教が出来上がるには、結局宗教が出来たときの社会情勢が色濃く影響します。
というか宗教ってのは社会のためにあったんでしょうね、実際は。
例えば前述のイスラム教ですが、キリスト教がすでに広まった後出来た宗教なので、女性は蔑視されるものとして作られています。
一夫多妻制(正確には一夫四妻ですけど)がイスラム教にはあるのですが、これがある理由は
(1) 戦死する男が多かったので未亡人がたくさん出た
(2) 女性は社会に出れないので養ってくれる男が必要だった
(3) 一夫一妻制だと男が足りない
という理由だったと記憶しています。
(2)が無きゃいいのにとは思いますが、イスラム教が作られた時代には(2)が既に社会事情として、女性は家にいろ、ってのがあったので(キリスト教より後ですからね)
イスラム教では、一夫多妻制になったと。

こういう風に「宗教」が出来るときには結局、その時の社会情勢が色濃く関係してきますから
その宗教が出来た頃の社会ではどんな考えが浸透していたか?
一番初めの「宗教」や、まぁ土着信仰って事になりますが、それらで社会には男が出て、女性は家にいるべし
ってのがあった理由はNo5あたりに書いたのが私の考えです。
女性は蔑視ではなく大切にする理由があり家に置いていた。
しかし時代と共に造られた頃の意味は失われ、古来~中世辺りでは宗教家により社会は動かされ、
そして今へと続いていたと。

もちろん、その宗教が造られた頃
「血は不浄である」
「さらに女は血を流してばかりだから不浄だ」
って考え方が浸透していたのならば
血の不浄さにより女性蔑視な考えが宗教に取り込まれたと考えられますが、それはその時の社会がそういう考えだっただけで、No5で言った通り女性の流す血が「不浄」であるとの考えは決して主流ではなかったはずですよ

ま、こんな所で、ではでは(゜゜)(。。)ペコ

投稿日時 - 2002-06-03 03:21:39

お礼

ありがとうございます。
-soh-さんの意見は納得させられる部分が多いです。私の考えとしては血の不浄というのが強かったですが、他の面から探ってみる必要があるみたいです。何度も回答していただきありがとうございました。感謝しています。

投稿日時 - 2002-06-03 08:23:21

ANo.7

>女性を尊い存在にすれば良かったのに
とあるので。

ん~、一応3大宗教についての、聞きかじりの認識もお書きしますね。
まず私達になじみの深い仏教ですが、元々の仏教は「愛」を否定しています。
仏教は「煩悩」を断ち切ることが重要なので
「愛」等は現世への未練と考えられます。
そのため「女性」は修行者を惑わす悪鬼と考えられ、尊い存在にはならなかったものと思われます。
ちなみに愛なり結婚なりを破ったのが大乗仏教、浄土宗あたりからになるそうです。

さて、次にキリスト教系ですが、アダムとイブの話を思い出してください。
まずアダム(男)が作られ、次にイブ(女)が作られました、そしてイブ(女)が禁じられた果実を口にし、それが原因でエデンを追い出されたのです。
なんでこんな話を作ったのかは先ほど書いたような事情などもからんできて、それまで考え出すと宗教見地ではなくなるからあっちに置いといて(^^;
あ、そうそうアダムとイブは新約ではなくて旧約から載っていますから2000年前ではなくもっと昔って事です
本当の始まりはユダヤ教ですね
ま、それはいいとして、聖書にこんな事が書いてありますからねぇ・・・・、キリスト教圏内で尊い存在としなかったのはここら辺が理由と思われます。

さて、3大宗教、残るイスラム教ですが、これは元々キリスト教からの派生した、もっと言うならユダヤ教から派生した宗教なので大部分受け継いでます。
なのでイスラム教にもアダムとイブとおんなじような話が存在しているそうですから、ま、実情として同じですね。

ではでは、世界中の、たった3つの宗教でしたが、女性を尊い存在にしなかった理由としては、ここらへんで。

投稿日時 - 2002-06-03 01:29:39

補足

禁じられた果実を食べたのはアダムではなかったでしょうか。ヘビがイブに知恵を与えて、イブがアダムを誘ったのだと思いますが。そういう意味で女性は男性を惑わす存在とされたのかもしれません。(本当はアダムが男性だとは限らないのですが)。私はどの宗教においても「禁欲生活の邪魔になる」と言う事で女性差別がされたと思います。それにしても男性中心、男根中心の考え方ですよね。

投稿日時 - 2002-06-03 01:43:54

ANo.6

母性と言うものは否定されており:

母性中枢は頭頂葉にあり
女の子は0-6才(特に0-3)に母親の愛情を受けないと
その部分は発達せず
その後いくら愛情を注いでもその組織は形成されないのです
この組織はMRIで確認されています
残念ながらこの時期に愛情を受けなかった場合いくら努力しても
もう子供をかわいいと思う心は得られません
物理的に組織そのものが存在しないのだから当然ですが
虐待の連鎖は「母性を持たない母親は子供の母性中枢を形成させることができないこと」によって起きる現象です

投稿日時 - 2002-06-03 00:48:55

補足

異論。
母性中枢とは本当は情緒中枢の事だと考えています。子どもは女の子に限らず親(母でも父でも)からの愛情を受けないとその組織は形成されない。虐待の連鎖(?)は「情緒中枢を持たない親は子供の情緒中枢を形成できないこと」によって起きる。のではないでしょうか。人生の最初期における「母親を代表とする特定の養育者と子どもとの関係のあり方」が大事なのだと考えます。

投稿日時 - 2002-06-03 01:09:42

ANo.5

一番古来の神様は女性だったという話を見かけた事があります
そもそも女性とは蔑視では無く大切にされていたのではないでしょうか?
「原始女性は太陽であった」
大正デモクラシーのスローガンですがこれは嘘でもなんでもないと思います。
「血の不浄さ」と書かれていますがそれは女性にしか出来ない「出産」の証ですから元々は不浄ではなく大切な物として見られていたはずです。
さて、それが女性蔑視に繋がったのは、言い方は悪いですが家に女性を縛るためには、社会的弱者にするのが一番手っ取り早かった、というのが実情ではないかと考えます。
なぜ家に縛る必要があったのか?
家事全般や子育てにおける得手不得手の問題もありますが、それよりも「命の危険」というのが古来、というか現代以外の時代にはいつもあったはずです。
今の日本は平和で命の危険を感じることは滅多にありませんが、それは現代が珍しいのです。
全ての人間に等しく「命の危険」が存在する時、その時「命の鎖」を繋ぎとめるのに絶対的に必要だったのは女性だった。
そのため、危険な外でなく家にいてもらう必要があった。
古来から見ると、まぁそんなところじゃないでしょうか。
宗教とかの見地だとまた違うんでしょうけど、とりあえずここらへんで。

投稿日時 - 2002-06-02 23:22:59

補足

回答ありがとうございます。
なるほどちょっと刺激を受ける意見ですね。この考えは動物社会で目に付きますよね。子孫を残していくと言う本能に則った行為ですね。しかし宗教とかの見地からいくと違ってきますね。女性を尊い存在にすれば良かったのに。

投稿日時 - 2002-06-03 00:24:44

ANo.4

山の神が怒る,海の神が怒る・・
これらについては,ご質問の中にあります生理という現象が大いに関与していると思います。
古代の山犬やオオカミがいたころの山中での血の臭いや処理に使った草の放置,或いは,木造の粗末な舟を使っての漁においての血,こういったものは危険を呼び寄せるものとして敬遠されたのではないかと思うのです(けれども,男性でも怪我をして出血していれば同じなんですけどネ)。
さて,日本の古典的な宗教である神道においては男女の神々が交わって出産するという方式となっていますネ。
そして,月のものというのは大和時代などは隠すものではなく,公然と示していたようですから,当時においては男女云々というのはあまりなかったのではないでしょうか?
また,卑弥呼のように,その他にも女帝がたったことは複数回ありますからネ。
完全なる男女差というのは比較的時代が新しいのではないかと思います。
室町頃からの戦乱において,男性はもののふとして戦いに出,女性は内を守るという形式が定着したのではないでしょうか?
或いは,もっと前の防人の時代にまで遡ることになるのかもしれませんネ。
上記はあくまでも私見です。
以上kawakawaでした

投稿日時 - 2002-06-02 20:12:22

補足

回答ありがとうございます。
kawakawaさんの意見にはおおむね賛成です。
やはり信仰や宗教における女性蔑視の根本は血による不浄さから来るのでしょうか。それを根本に女性は悪行高いや高慢だと言う経典が生じたのでしょうか。そうなるとひどいものですね。

投稿日時 - 2002-06-03 00:18:03

ANo.3

こんにちは。おそらく体力面で勝るからでしょう。
月経血が云々は支配を正当化するためにとってつけた理屈だと思います。
これは男女問わず能力の劣るものが軽視されるのはごく普通に見られるパターンではないでしょうか。
昔は腕力や物理的な体力が重要な意味を持っていましたが、今はそれだけではだめで、他にも多くの能力での指標ができて来ました。
しかし、長いこと力で女性を押え付けて来た習慣が今に残っているのだと思います。

投稿日時 - 2002-06-02 19:22:49

補足

回答ありがとうございます。
体力面という理由で女性を押さえつけてきたのは、中世以降の武士の時代からだと考えています。それ以前は日本でも母系社会は存在していたし、土偶は母性崇拝の象徴とも言いますし。

投稿日時 - 2002-06-03 00:10:59

ANo.2

liq

根本的な原因としては、男性の方が体が大きくて力が強いから。生き物の世界では、闘って勝ったほうが順位が上で、弱いものを支配するのです。原始の時代より、男が上である、ということが文化的に固定され、今に至っているのでしょう。

投稿日時 - 2002-06-02 19:17:03

補足

回答ありがとうございます。
体力面の違いから女性を蔑視したという考え方も十分可能性があると思います。しかし動物の場合、雄が雌を支配すると言うのはあまりないのではないでしょうか。雌の方が体の大きい生き物がいたと思いますし、闘うのも雄同士というのが多いのではないでしょうか。

投稿日時 - 2002-06-03 00:05:41

ANo.1

女性の特性として
・記憶力がある
・細かいことに良く気が付く
・気配りをし思いやりがある
・感情的である
・木を見て森を見ない
・方向音痴である(y染色体がないので)

男性の特性として
・論理的に物事を考える
・全体の流れを考え細かいことにこだわらない
・気配りが足りなく率直である
・森を見て木を見ない
・空間認知知能が高い

どちらがいいと言うより得手不得手があるということです
子育てには女性の優しさや感情的であることは必要です
犯罪者脳になるかどうかは0から6才の母親の育てかた次第です
感情的な面は仕事・学問にもよりますがおおむね仕事・学問には不向きです
女性は覚えることが得意なので記憶が必要な科目の勉強は男性よりできるが
数学・物理のように論理を必要とする科目の勉強はできない

投稿日時 - 2002-06-02 18:15:15

補足

回答ありがとうございます。
nubouさんの意見はちょっと偏見があるように思います。男女の特性として多少の違いはあると思いますが、おおむねジェンダー的なものではないでしょうか。また子育てに関しては母性と言うものは否定されており男性が子育てをしても問題ないと考えます。
それでも私の周りの人たちもこの特性に当てはまっている人は多いです。

投稿日時 - 2002-06-02 23:59:53