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解決済みの質問

法の力

「法の不知」を理由として、その法の適用から免れることは出来ません。

根源的に人を律する力とは、何でしょう。

ちなみに、「強制」とか、「執行」という言葉は『禁句』です。

投稿日時 - 2004-09-17 15:10:43

QNo.1005667

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

#4です。
私法の分野でなぜ人が人に対して義務を履行させることが法によって実現できるのか?ということなのでしょうか。

>「法の不知」を理由として、その法の適用から免れることは出来ません。
この根拠は#4に記述したとおり、国がもつ主権によって法律を制定することができ、その中で社会規範、行為の準則として定める行為法の具体例として民法をあげることができます。
法律、特に民法等は社会に起こりえるありとあらゆる事象を権利と義務というかたちであらわし、紛争解決の規範ともなりえるものです。
そして、ここでわかることは、権利とは、法が認めた「意思の力」であるということです。また、法によって保護された利益でもあります。

ここまでを前提にしまして、質問者さんの質問である「根源的に人を律する力」はなんであるかというと、例えば契約の場面であるならば、それは当事者の「意思」である、というのが回答であるかとおもわれます。
一人で有効な契約を結ぶために必要な能力=資格ということで、権利能力、意思能力、行為能力が必要です。
そのなかでも、意思能力の説明が回答になると思います。
意思能力とは、自分のしている行為の法的意味を理解する能力のことです。この能力がなければ契約等は無効です。
契約などの法律行為は当事者の意思を尊重し、その意思どおりの効果を認めるという制度です。
自己決定原理から、自らの意思の表示に対応した義務を負うということが導けますよね。なので、意思能力がなければ意思があるとはいえないのです。
例えば物の売買契約をしたとして、売主は物を売れば代金請求することができるという意思のもと、買主は物を買えば代金をしはらうかわりに物が手に入るという意思のもと合意を形成するわけです。それぞれの意思によって実現へと向かいます。どちらかが請求に応じないときは裁判所に訴えて、判決を得、意思を実現させるという法律で保護された利益を得ることができるのです。

「法」ということからの回答で、質問者さんの知りたい内容を解釈して私は以上のように考えて書き込みしましたが、ご期待にそえていれば幸いです。

投稿日時 - 2004-09-18 02:44:32

お礼

ありがとうございます。
仰るとおりだと思います。

官の付く職業の人には、「法令遵守義務」があります。
とくに、裁判官には法に従いつつ、本人の自由な心証により判断することが出来ます。
ここにおける、法文の拘束力(法の力)はどこから来るものでしょうか?

投稿日時 - 2004-09-18 15:20:28

ANo.5

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回答(7)

他の方も述べていますが、法律と言うものは、先に「妥当な結論」があって、それに合わせて法律を作ったとされています。つまり、例えば人のものを無断で持ってきてしまったら、もともとの持ち主は「返せ」と言えるわけですが、これは法律が出来るずっと前の大昔から「道徳・倫理・一般常識」等として解っていた事ですが、それを、法律(民法)として「占有権に基づく占有回収の訴え」や「所有権に基づく物件的返還請求権」等と規定したものと思われます。そして、ご質問の、なぜ、「法律には根源的に律する効力があるのか?」についてですが、それは「人間がそのように決めたものだから」と答えるしかありません。つまり、先の例のような民法のような法律は、一般私人間の利害の対立を調整するために作られていますが、これに「人を律する効力」が無かったら、何の役にも立ちません。つまり、民法とは、人間が、人間同士互いにうまく利害調整してうまくやっていくために、民法と言う規定に、「人を律する」という拘束力を与えたものだ、と言う事が出来ます。他の法律も、目的は異なりますが、その目的達成のために、その法律に「人(場合によっては国家等)を律する」ような拘束力を与えたものだと言えると思われます。また、法律ではなく数学ですが、「1+1」はなぜ「2」なのでしょうか?実はこれは、「2」と決めたからなんです。つまり、「1+1=2」を証明せよ、と言われても出来ません。それは、「1+1=2」と決めた事だからなんです。このように、証明できず、決めた事を数学では「定義」と言いますが、法律の「人を律する効力」も同じだと思います。「法律とは、人を律する効力を持つものである」と人間が決めたのだと思われ、その根拠は、そうしなければ、様々な「人間同士」や「人間対国家」等の対立の図式において、うまく利害等を調整できなくなるからだと言う事のように思われます。

投稿日時 - 2004-09-18 17:08:08

ANo.6

一言で言えば「道徳・倫理」そんなところではないでしょうか?

法律とはその道徳や倫理といわれるものの最低限守らなければいけないというものを規定しています。
ただ、民法でいえば必ずしも守らなくてもよい場合がありますので言い得てるとは言えませんがそれでも、当事者が特に特約など結んでいない場合は当てはまります。

よくヤクザなどが「借りたものは返さんかい!」と言っているのをテレビ等で見たり聞いたりしたことがあると思います。あの人たちはやることはめちゃくちゃですが言っている事は妙に説得力があり時に的を射ているときがあります。
仮に法律が無かったとしても借りたものは返す、これ当たり前のことですよね。では、その根拠になるものは何かとしたらそれはやはり道徳のようなものではないでしょうか。
特に日本人は道徳観が高いと言われますが、
何千万もの借金のあげく自殺しその保険金で支払う人もいます、本来ならば自己破産という法律で守られるにもかかわらずそれをしないのはなぜでしょう?
色々な思いがそこにはあるでしょうが、やはり「借りた物は返さなくてはいけない」と道徳観により思ったからではないでしょうか。

履行義務もしかり、その物に見合うだけの対価の物を引き渡す、もらうというのは法律の無かった古代時代の物々交換からも分かると思います。
「こちらの物を渡したのだから、そっちの物を引き渡せ」反対に受け取った方は「向こうの物をもらったのだからこちらの物も渡さなければならないな」と当時の人達は思ったはずです。
法律が無い時代にそのように引き渡すというのは根本的にはやはり道徳のようなものがあったからではないでしょうか。

投稿日時 - 2004-09-18 03:12:44

お礼

ありがとうございます。
jewels さんの仰るとおりだと思います。

官の付く職業の人には、「法令遵守義務」があります。
とくに、裁判官には法に従いつつ、本人の自由な心証により判断することが出来ます。
ここにおける、法文の拘束力(法の力)はどこから来るものでしょうか?

投稿日時 - 2004-09-18 15:22:39

ANo.4

私が考えるに、質問者さんの質問に答えるためには、国家とはなにかということを考えなければいけないのではないでしょうか。
この答えをさぐるうえで、17世紀~18世紀の市民革命の時代における代表的なホッブズ、ロック、ルソーが主張する社会契約説がひとつのヒントとなるのではないでしょうか。
「人民は契約によって共同社会を形成し、そこに統治機関を設立して自然権の一部を信託する」(ロック)
「人々が自由かつ平等であるために新たな国家を社会契約によって各人が権利を譲渡する相手は人民の意思としての一般意志に基づく共和制」(ルソー)

ここから発展していずれの国も国家である以上は主権・国民・領土を有する。
主権は最高不可分の権力をいい、国が根本に権力をもっている。この権力に基づいて裁判を行ったり、法律をつくったり、取締りをおこなうことができる。
主権を有するのは国家それ自身であって君主でも国民でもない。しかし、国家の最高権力の淵源が国民の意思にあるときは、主権が国民にあるといい、君主の意思にあるとされるときは、主権が君主にあるということがある。
国民主権の国においては、国民の意思が国家の意思となり、国民は治者であると同時に被治者たる関係にある。
国家権力によって、国民の自由・生命・財産が不当に害されることのないように、歯止めをかけるのが憲法で、これを明文化していることが契約書と同じだということもいえる。
法律カテゴリーからいえば、法学からのアプローチですが、回答になっていますでしょうか…。
絶対王政の時代は王権神授説が用いられ、人を律する力は国王が神から直接与えられたといわれていたが、近代の社会契約ととらえれば、納得できるのではないかと思います。

投稿日時 - 2004-09-17 16:55:01

補足

ありがとうございます。
皆さん「行政法」など『公法』を視野に入れたご回答のようですが、期待したのは、民法などの「履行義務」についてなのですが、いかがでしょうか?

投稿日時 - 2004-09-18 00:40:14

ANo.3

法律のカテゴリーということを無視して答えれば、
「恐怖」と「敬意」でしょうね。
その対象が、時代や国によって、
「神」「法」「人」などに分かれますが、
根源的には、この2つでしょう。
       

投稿日時 - 2004-09-17 16:17:18

補足

ありがとうございます。
皆さん「行政法」など『公法』を視野に入れたご回答のようですが、期待したのは、民法などの「履行義務」についてなのですが、いかがでしょうか?

投稿日時 - 2004-09-18 00:42:43

ANo.2

 法律とは、「どんな人であれば政府は処罰することができるか」を定めたもので、一般人の行動を規制するものではありません。
 ゆえに、法律というのは、本来は国民を直接的に律するものではないのです。

 人を律するのは人だけです。

投稿日時 - 2004-09-17 15:48:25

補足

ありがとうございます。
皆さん「行政法」など『公法』を視野に入れたご回答のようですが、期待したのは、民法などの「履行義務」についてなのですが、いかがでしょうか?

投稿日時 - 2004-09-18 00:42:52

ANo.1

法律のカテゴリーで「人を律する力」と問われたら「公権力」と答えるしかないような気がします。

従わない人間に対し、その「禁句」を実行できるのですから。

でも「根源的に人を律する力」と問われれば、西洋人は「罪と罰」に対する怖れであり、日本人はもはや少数になってしまったかも知れませんが、「恥」ではないでしょうか。(ルース・ベネディクトではありませんが)

投稿日時 - 2004-09-17 15:35:03

補足

ありがとうございます。
皆さん「行政法」など『公法』を視野に入れたご回答のようですが、期待したのは、民法などの「履行義務」についてなのですが、いかがでしょうか?

投稿日時 - 2004-09-18 00:43:02

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