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呼吸法

カテゴリーが違っていたらすみません。

ヨガ教室(軽いストレッチのような初心者向け)に通い始めて一年半です。
最初は気持ち良くて、家でも毎日やっていたのですが、そのうちヨガをすると、翌日から数日は、熱が出たり体が重くなったり、とにかくしんどくなるようになりました。

教室の先生には、自律神経がバランスを調整しようとするために起きることだから、そんな時は休むようにと言われました。
しかし一年たった今も、今だヨガをすると翌日、動けなくなるくらいしんどいです。

ヨガというと呼吸が重要視されますが、自分の呼吸の仕方は何かおかしいのかもしれない…と思うようになりました。

デスクワークになって以来、ひどい肩こりになって姿勢も悪くなってきて、それでヨガを習いはじめたのですが、その肩こり…というか肩や背中、みぞおちにかけてのこわばりがひどくて、深く息を吐くことも吸うこともしんどいです。息が体を通っていかないというか…感覚でいうとそんな感じなのです。

ポーズをとっているときにはそうでもないですが、単独で呼吸の練習をしようとすると、細く長い息などしようものなら、体中に力が入って顔が真っ赤になって、苦しくなって、やっている最中に「こんなんでいいのだろうか」と疑問がよぎります。
普通、リラックスしていくんですよね…?


健康のカテゴリーでも過去「腹式呼吸」や「ヨガ」について何度か質問させていただいて、いろいろと貴重なアドバイスをいただきました。
しかしそれらを参考にして試行錯誤しているも、今だこの状態です。
こちらでも呼吸法の記述を見かけますので質問させていただきます。

呼吸法を実践されている方、何でもいいのでアドバイスをいただけませんか。

投稿日時 - 2005-01-07 03:55:56

QNo.1156213

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

ヨガの教室に通っているということですから、よほど適切なアドバイスをもらえていると思いますので、なんとも難しいんですが、姿勢は良すぎると腹式の呼吸は難しくなりますので、姿勢を正しすぎないことと、意識の置き場所も重要なんです。


よくラジオ体操風に「胸を張って」と指導する人がいますが、あれは間違いなんです。
反り返りすぎない程度に普通に背骨を真直ぐにしてれば良いんです。
腹式の呼吸が楽に出来る程度で良いんです。


あと呼吸は、普段は無意識でやる自律神経の支配ですが、ちょっと意識しただけで腕や足を動かすのと同じ体性神経に支配されるので、必ず、力が入りすぎて、吐く息が長くなったりしますので、強く吸いすぎたりしますので、不自然になって正解なんです。

たまに「呼吸は自然に限るんだ」という人が居ますが、
意識して自然な呼吸をするということは無理なんです。

必ず、長く吐きすぎたりして、呼吸のリズムは一定ではありませんので、無理やりに同じリズムにしようとか、自然にしようと思わないことも大切です。

「呼吸は乱れて正解なんだ」程度に考えておくと良いと思います。


で、吐く息を長くするときのコツも、腹筋(丹田)に意識しすぎると、これも力が入りすぎますので、意識は鼻腔や上唇に当たる息や音に集中するんです。

息をするときは鼻腔や上唇を通る息に集中し、観察するんです。

これも表現が難しいですが・・・、どんなに弱い息でも、必ず鼻腔を通っているんですから、鼻腔付近の感度を上げて、息を観察するような気持ちにするんです。そうしていると気持ちが穏やかになって、呼吸も安定してきます。

穏やかに吹く自然の風を感じるようなつもりで、
鼻腔辺りを通る風(息)に集中するんです。


上手に意識を外すことで、楽に出来るようになると思います。

投稿日時 - 2005-01-07 05:41:01

お礼

適切なアドバイスをどうもありがとうございます。
Syo-yaさんのご回答は、ときたま拝読させていただいています。
なるほどと思いました。姿勢を正しすぎない(背筋を伸ばすのが良いと思っていました…猫背気味なので…)、鼻腔に通る空気を感じる…など、その他いろいろ大変参考になりました。
そして「意識を外す」と表現されている部分もとても気になります。
Syo-yaさんは、呼吸法を開始されてから、体の変化…不調などはありませんでしたでしょうか?
よろしかったら、参考までにお聞かせ願えないでしょうか。

投稿日時 - 2005-01-08 01:43:54

ANo.1

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回答(55)

ANo.55

呼吸法を実践している者です。
呼吸法を体得するコツをお教えしますので、本当に、実践してみてください!

私がやって、一番良い!と思ったのは、まずは、普通に歩くんです。
で、歩くときの腕の振りに「1%の作意」を込めるんです。
ロボットのように、または行進する兵隊さんのように、・・・自然の動きを妨げない程度に、意識して、丁寧に、気をつけながら腕を振ります。まずは、これを、本当~~にやってみてください。
そして、その感覚、コツが掴めたら、今度は、足の振りに「1%の作意」を込めます。
そしたら、次に、その感覚を呼吸にも込めるんです。
吸うときも吐くときも、ちょっとだけ作意を込めるんです。
気を抜かないように、でも、自然の呼吸を妨げないように呼吸するんです。


貴女なら、気功的センスも抜群ですから、きっと、すぐに体得してしまうと思います。
いきなり呼吸からやると、呼吸困難になってはいけないので、まずは、腕、足で感覚を掴んでみてください。
「ちょっとだけ作意的に動いてみよう!」・・程度の遊び感覚でやってみてください。
丁寧に、気をつけて、気を抜かないように・・・生活してみるんです。




そうすると不思議なことに第三者からは「あの人は、なんて静謐な人だ・・」って、それっぽくみえてしまうんです。
でも、気を抜いてしまうと、普段はいい加減な人間だったりするんです。
つまり、あ く ま で も、気をつけているときだけ、結果的に! 静謐っぽくみえるってだけなんです。


人生相談でいえば、悩み、苦しんでいる人に対して「この人を導いてあげたい!」と思ったら、丁寧にならざるを得ないでしょ?判りやすく、腑に落ちるように伝えたい・・・・誰だってそんな気持ちに駆られれば、一言、一言、熟慮して、丁寧に、根気よく、発言するようになるんです。

これが「慈悲喜捨」と呼ばれる想念であり、気をつけている状態なんです。
http://okwave.jp/kotaeru.php3?q=1888397(こちらの#7)


 ○ 慈悲喜捨の気持ちを持つ → 気をつけるようになる → 静謐っぽく見える

・・・と、いうことなんです。

つまり、なんと不思議なことに、心も身体も、気をつけるだけ! で【安定】してくるんです。
気を抜けば、不安定になるんです。
だから、1%の作意を込めるといいんです。



ちなみに、「導いてあげたい」の真逆は「従わせたい」ですよね。
前者が理性の仕事なら、後者は獣性の仕事です。

「従わせたい」には、丁寧さも、根気も、作意も、論理性も必要無い、なんでもありの世界なんです。
私も親兄弟、社会から、罵倒され、暴力を受け・・と、獣性の洗礼を受けてきて傷ついてきた人間ですので、誰かに導いて欲しかったので、他人に伝えるときは、「導いてあげたい!」という気持ちが自然と強くなってしまうのでした。


で、さらに言うと、一生懸命、導いているつもりだからこそ、それを実践して欲しい!、体得して欲しい!という想いも強いんです。私のことなんか、どうでもいいから、アドバイスを体得して、勉強して、実際に心を安定させて幸福になって欲しいという気持ちが強いんです。「やってくれなきゃ、意味ないじゃん!」って想うんです。意味の無い交流をするよりも、意味のある実践だけをして欲しいんです。


「感覚」というのは、びみょ~~~~な世界です。
我々は、その、びみょ~~~~な感覚を自在に扱えるくらい、感覚の達人を目指すべきなんです。

何か、質問がありましたら、どうぞ。

投稿日時 - 2006-06-15 20:27:15

補足

お礼が遅くなり申し訳ありません。
ojizou-samさん、ご回答いただき心より感謝しています。
少し言葉を整理したいので、お礼蘭の方にはもう少し後に改めて記入させていただきたいと思っています。
本当にすみません。

No.64の方は、以前にもご投稿くださったと思います。

投稿日時 - 2006-06-18 04:15:45

お礼

ojizou-samさん、お礼が大変遅くなりました。本当に申し訳ありません。

>>意味の無い交流をするよりも、意味のある実践だけをして欲しいんです。

確かに「教えて、助けて」ばかりでした。
そこに進歩も理解も見られなければそう思われても仕方ありません。
反省しきりです。
ただ、実践はしている(つもり)です。

>>「ちょっとだけ作意的に動いてみよう!」・・程度の遊び感覚

ずっとそれを心がけていました。
が、ここ数ヶ月、ほんの少し体に意識を向けるだけで(呼吸法はなしで)、子供の時以来の喘息の発作が起きるようになりました。
少し前、気功をする治療院に行ってみたら「敏感だからあなたは呼吸法しない方がいい」と言われました。
それで煮詰まって、甘えた書き込みをしました。すみません。
今も咳はありますがマシになりつつあります。大丈夫です。


今まで教えていただいたこと、それで充分だったと思います。


私は、心の「静けさ」が欲しくて、それを得るテクニックを求め尋ねましたが、
今思うと、テクニックや方法を求める気持ち、また、助けやアドバイスを求める気持ち、それ自体が「静けさ」から自分を遠ざけていたように思います。

いろいろと教えていただき、
今、自分には、「静けさは元から自分にある」という感じ方が起きるようになりました。
探さなくてもただそこに戻ればいい、思い出せばいい、どんな状態のときでもそこにいつも「静けさ」はあるんだと、そう感じるようになり、少し楽になってきています。


また、安定して落ち着いている状態=身体に意識が満ちているというのも理解しております。
恒常的にその状態にはあれませんが、それゆえ実践的アドバイスありがたく思っています。
心の動きが見えやすくなり、
最近は「なんだ、自分が勝手に苦しみたくて苦しもうとしていたんだ」そういう発見をして、
また少し楽になった…そういう日々を過ごしております。

感じ方も価値観もひっくりかえるので混乱するときがあります。
そういう時は人に答えを求めたくなりますが、
それは甘えであり逃避でした。

ojizou-samさんは、一人で歩んで来られて今の境地に到達されました。
私も一人で、歩いて行きます。ここまで導いてくださってありがとうございました。

質問はありません。
書き込んで下さって本当に嬉しかったです。感謝し続けます。

投稿日時 - 2006-06-24 16:23:02

ANo.54

お久しぶりです! kuronecoさん!

本当ですね、もう一年なんですね。(@@;

>>一年を通しお世話になりました
とんでもないです。
ダラダラとした長蛇乱文に真摯にお付き合いくださって、こちらこそ感謝いたしますm(_ _)m

いつかkuronecoさんも「今は冬の時代」とおっしゃってましたが、本当は頑張ってる時期って真夏であり、青春時代なんですよね。そんな青春時代の一ページのお役にたてて、大変、光栄に想います(^^)

kuronecoさんご家族には、来年は、さらなる幸福に向けての一歩の年になることは絶対(!)に間違いありませんので、何があっても大船に乗ったつもりで生活を堪能してください。

良いお年をお迎えください。(^^v

なにかありましたら補足欄にご記入くだされば、また覗きますので、お礼欄は通信用にお使いください。

投稿日時 - 2005-12-25 17:36:01

補足

Syo-yaさん御返事ありがとうございます。
読ませていただきうれしい気持ちになりました。
Syo-yaさんにも私にもみんなにも来年が幸多き年でありますように!

投稿日時 - 2005-12-26 03:44:53

お礼

Syo-yaさん、お元気にされていますでしょうか。
先日は焦ってしまい、きちんとしたお礼が言えずじまいで申し訳ありませんでした。
本日になってやっと、このお礼欄が残っていることに、ハタと気づきました。
読んでいただけるかどうかわかりませんが、改めてお礼を言いたくて、書かせていただいています。

以前にも書かせていただきましたが、
このgooを見るようになった当初、いろいろな回答を読んでいました。
その中でSyo-yaさんの回答は内容もさることながら、文章の中に含まれる「静謐」さが際立って目をひきました。
それは、そう作ろうと思っても作れるものの類ではなく、内面からにじみ出てくるものと思いました。
私はそれにとても惹かれました。
私も「それ」が欲しいと思いました。

なので、こうして回答をいただけた時には感激しました。
「それ」は私の中にはっきりとまだ見出せていませんが、
この質疑は私にとってもっとも有意義な質疑でした。
改めて、心より感謝します。
私の無知と混乱につきあってくださって、本当にありがとうございました。

Syo-yaさんの撤退を心より淋しく思います。

もう削除されてしまいましたが、Syo-yaさんの撤退を惜しむ方からここに書き込みもありました。

またご回答いただけること、心より期待しています。
本当にもう完全撤退されるのでしょうか。

投稿日時 - 2006-05-01 04:06:30

ANo.53

私たちが、頭の中でどんなに悩み苦しんでも、私たちを取り巻いている自然というか、
空気というか、「場」は、全く動ずることがありませんよね?

どんなに悲惨な戦争中も、風は気にもしないで普通に吹いています。
どんなに大切な人の生命であっても、津波は普通に飲み込んでいきます。
不幸のどん底にあっても、幸福の絶頂にあっても、自然は普通に淡々と仕事を続けています。

静寂というか、淡々と、平気で・・・なにごとも無かったように普通にしてますよね。

我々もその感覚に”成って”自分を観察するような感じなんです。(表現が難しいですが)
「我が物」とかいう意識を超えたような感覚から、自分を観察するんです。

ですから、無呼吸に害が無いと”前提”して言いますと、無呼吸はどうでもいいんです。
放っておいてもいいんです。そのうち自然に吐くし、吸いだすんです。
そんなことよりも、それを気にしている、”そんな自分こそに”気が付くことなんです。


ですから、瞑想中は、とても心が静まり返っているんです。
もちろん、毎回、毎回上手くはいきません。
昂奮が中々収まらないことのほうが多いです。

でも、一度、自然と一体化するような感覚を覚えてしまうと、さらに上達すると想うんです。
以前に話たVTRで観察するような感覚ですが、心は自然と一体化した感覚です。


そんな感じになるほど心を静めるのって、現代生活に慣れてしまった我々には大変な作業だと想います。
ですから、私も、近所のお寺に勝手にあがりこんで、瞑想したりもします。
宗派なんかこだわりません。静かな場所ならどこでもいいんです。

ですから、もう何年もテレビも見てません。
出来るだけ刺激物は避けています。
少しでも現代社会に汚染されないようにしてます。

・・まあ、こんな回答しか出来ませんが、ご参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2005-08-29 20:11:50

お礼

Syo-yaさん、こんばんは。
大変、ご無沙汰しています。
私は元気にしています。
この質問に答えていただいてからはや一年がたとうとしています。
とても勉強させてもらった一年でした。
Syo-yaさんには一年を通しお世話になりました。

年を越すにあたりご挨拶させていただきたいと思い書かせていただきました。
なんだか年賀状のようですが…。

現在、私は私なりに勉強中ですが、また質問させていただきたいことも出てくるかと思いますので、
質問はこのままにさせておいて下さい。

来年もどうぞよろしくお願いしますm(__)m

投稿日時 - 2005-12-22 23:54:38

ANo.52

こんばんわ、kuronecoさん。

う~ん、ム・ツ・カ・シ・イですね。。。(@@;
呼吸って自然呼吸ですよね?

よく呼吸法なんかで一番怖いのは「過呼吸(過喚起)」なんですが、
それでも、過呼吸では死んだ人はいないそうですから、
kuronecoさんの場合も、まず死ぬことは無いと想うんです(あくでも私見ですよ!)
(睡眠時無呼吸ではないですよね?!)


で、瞑想的に言えば、無呼吸を気にしている自分を感じたら、
そんな自分”こそ”に気がついて「気にしている・・」「戸惑っている・・」です。
あくでも徹底的に客観視なんです。

「あれ? どうしちゃったんだろう?」と心配している、
<そんな自分”こそ”>を気がついて、感じて、実況するように努めるんです。

例えば、腕が痒いときは「痒い!」では駄目なんです。
足が痛くても「ああ~痛い!」では駄目なんです。
客観的に淡々と「痒み・・」「痛み・・」なんです。
自分という動物を観察するような感覚と言えると想います。


瞑想の感じを図にしますと
(ここらへん ↓)の余白の、静寂の中から自分を観察するような感覚なんです。



なんと表現すればいいんでしょう・・・?

投稿日時 - 2005-08-29 20:11:07

お礼

Syo-yaさん、ありがとうございます!

>>「あれ? どうしちゃったんだろう?」と心配している、<そんな自分”こそ”>を気がついて、

言っていただいて気がつきました。そういう自分に気がつくことを気づきませんでした。

>>自分という動物を観察するような感覚と言えると想います。

はい…。うう、何度も教えていただいているのに同じことをしています。

>>自然は普通に淡々と仕事を続けています

不思議なんですけど今日、偶然、車の中から空をボーッと見ているときにそれを感じました。
何だかそういう気分になりまして、
自然というのは摂理に従ってただ動いているだけなんだなあ、法則に従って機能しているだけだなあと。
そこに意味を見てしまうのは、人間の色めがねなのかなあ…と妙にぼんやり考えていました。

>>我々もその感覚に“成って”自分を観察するような感じなんです。
>>心は自然と一体化した感覚です。

すごくいい表現で教えていただきました。
その感覚…心がけていきます。

しかし…なんでこう雑念にすぐひっかかってしまうんでしょう(T_T)

刺激物だらけの生活です。(反省)
お寺はいいですね…私もそんな場所で集中したいです。
静寂…感じ取りたいです。
余白の部分の静寂はまだわからないんです…(;_;)…ごめんなさい。

今回、改めて大切なことをお聞きしたように思います。
本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2005-08-30 02:32:37

ANo.51

鳩尾付近には太陽神経叢という自律神経の束があるんです。
ですから、ここが柔らかくなると、ジワ~っと幸せを感じるのかも知れません。

やはりストレッチが大切なんですね。
筋肉にも質がありますから、自分の質に合わせて、やったほうが良いんでしょうね。

オエッ、クラクラ・・・大丈夫ですか・・?(^^

私も肩甲骨があがり気味だったので、首回りのストレッチを欠かさずやってますが、やはりクラクラ、ゲボッとなります。でも確実に効果出てきているので、嬉しいゲボです。^^

自発功のほうはどうですか?
上手く行ってますか?

では、頑張ってください。

投稿日時 - 2005-08-25 18:42:26

お礼

Syo-yaさん、こんにちは。度々、すみません。
質問をさせて下さい。

目を閉じて瞑想のようにしていると、たまに息がとまります。
それは体が硬くて息が苦しいというよりは、自分の意志が「息を吐きたくない」という感覚なのです。
ほっておくと、ずっと止めています。それで少しとまどいます。
「息をとめていたい」という感覚が最近、やたらと多いです。

この感覚にどのように接したらいいのでしょうか。

お時間のあるときで結構ですので…ご教授いただけたらと思います。

投稿日時 - 2005-08-28 16:43:48

ANo.50

お久しぶりです。kuronecoさん!

しかし、凄い執念というか、根性の人ですね。。。(^^
前にも書きましたが、そのうち本当に人に教えられるくらいになってしまいますよ。
自己犠牲を払って、習得したものって、一生モノですからね。
私も本当に苦労したので、それがこうやってお役に立てて、本望なんです。

こうやって、せっかく役に立っているのに、削除してしまう人がいるのは、大変、悲しいことですね(苦笑)
(まあ、慣れてますけどね)
メルアドでも載せてみましょうかね。。。

猫ちゃんも義父さまもお元気ということでなによりです。
(・・・? なんか、凄い会話ですね)

瞑想も、頑張れば、一生モノになりますので、是非、続けてください。

投稿日時 - 2005-08-25 18:41:49

お礼

Syo-yaさん、こんばんは、どうもありがとうございます。
削除は本当に残念ですよね…。

Syo-yaさんが「冬の時代」を経て得た数々のことを、こうやって教えていただけたのは、私にとってとても幸運でした。
もう私はヨガをしたからといって、眠れなくなったり熱を出したりしません。(筋肉痛にはなるけれど)
苦節○年、しつこく質問しつづけて良かったと…書き込んでいただけてよかったとしみじみ思います。

執念というかほとんどヤケクソ…のように続けています。
のぼせてどうしても気が降りないようなときは、腰やお腹に湿布を貼ったりして(←こうすればジンジンしたところに注意がいって気が降りるかもと…)、
我ながら何をしているのかとあきれることもあります。

瞑想に必要な呼吸への集中…深くゆっくりした呼吸…瞑想の本もいろいろ読ませていただき、いろいろグルグルまわった結果、やはりストレッチにいきつきました。
長年の姿勢の悪さからきた筋肉の硬直、特に呼吸筋をまずほぐした方が…と思いました。
自発功は、最近少し疑問に感じてお休みしています。

肩甲骨あたり、ストレッチすると本当にゲボッてなりますよね^_^;
瞑想を続けていきたい(本当に一生ものですよね!)…それゆえに「ゲボッ」に耐えています。
ずっと以前にも言っていただきましたが、やはり数年ぐらいかかるかしらと思いながらコツコツとやっていこうと思います。
私は今、「冬の時代」ならぬ「真冬の時代」かもしれません。
がんばりますね^^

投稿日時 - 2005-08-26 01:14:11

ANo.49

>>そこには必ず何とかしてやろうという感覚が生まれるのがわかります

そうしたら、「なんとかしてやろうと想っている・・」と気がつけば良いんです。まずは、この感情にターゲットを絞ってやってみてもいいと想います。

投稿日時 - 2005-08-02 06:09:19

お礼

>「なんとかしてやろうと想っている・・」と気がつけば良いんです。

そうなんですよね…。でもそれが何故かしら…出来なくて…、何かよくわからなくなるんです。修行が足りないです。

テーラワーダ仏教のHPでヴィパッサナの瞑想の紹介をしているページに「“そんな簡単なことでよいのだろうか”と思われるかもしれません」という記述がありました。
私は落ち込みました。
私はヴィパサナをとても難しいと思っているからです。
他の人には簡単なのかしら…?と。

普段、集中力のない自分なので、瞑想会みたいな所に行ったら私も嫌でも集中するかな…とも思った時がありました。
しかしここの教えてgooで、たまたま行ったことのある方の記述を見つけて読ませていただき、ひるみました。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1490956

…ちょっと今の私ではムリかと思いました。

「ミャンマーの瞑想」、図書館にあるようなので、ぜひ借りて読んでみようと思います。

Syo-yaさんも、猫飼われていたんですね!
私も毎日「いい子だね~」「大好き」「ありがとう」「かしこいね」などなど言ってます^^ うっとりとした顔しています。昨日から「ごめんね」も加わりました。自分に語りかけるように言ってます。やっぱり涙が出ます。
ありがとうございます。本当に無条件に猫を受け入れたいと思っています。
猫も今まで無条件に私を受け入れてくれました。感謝しつくせないです。

Syo-yaさん、数々のヒントをいただき本当にありがとうございます。
しょっちゅう煮詰まっていますが、頑張って続けていきますね。

投稿日時 - 2005-08-03 02:47:31

ANo.48

>>実を言うと、ラベリングが大変苦手です。

私も最初はできませんでした。
指導書にも、言葉にすることは、感じることよりは、大切ではないと書いてありましたので、まずは、感じることを日常にすると良いと想います。そして、それが慣れてきたら、ちょっとずつでも言語化すると良いと想います。

で、そのときは、思考に夢中で、気づけなかったとしても、少し経ってから、「xxのことについて考えていた」と気づくだけでもいいんです。

私の場合はこんな風です。
kuronecoさんからの返事を読むことによって、頭の中でその返答を考え出しているんです。
頭の中にkuronecoさんを設定して、語りかけているんです。

「kuronecoさんに話し掛けている・・・」
「説明している・・・」
「話の段取りを計画している・・・」
「会話をしている・・・」というような感じです。

まるで、自分を赤の他人のように扱うんです。
出来るだけ頑張って、詳細な部分まで客観的になって、想いの垂れ流しを少なくするんです。

そうすると「俺って、こんなこと考えていたんだ・・」という驚きも出てきます。
アラ、不思議・・・なんだか、気持ちがスッと楽になって気軽になってしまいます。
つまり、逆に言うと、自分の見解により、それほどのぼせているということです。


マハシー長老の「ミャンマーの瞑想」という本はお薦めです。
是非、一読してみてください。

いずれにしても、静かな時間を設け、呼吸も普通にして(呼吸法はしないで)「ただありのままに”しておこう”、そして、そんな自分を観察しよう」という気持ちになることだと想います。

そして、その時は気づけなくても、後追いでもいいから、
どんなことを考えていたのか? 
誰と喋っていたのか? 
どんな話の展開だったのか? に気づくだけでも良いんです。

ちょうど、「夢」の記憶を呼び覚ますような作業です。

多分、最初は、本当の夢のように覚えてもいないと想います。
覚醒状態でも、自分が何を考えているか、覚えていないと想います。


まあ、気長に焦らず、挑戦してみてください。
きっと、慣れてしまえば、出来るようになると想います。



猫への懺悔は、私もしたんです。
「お前は、本当にいい子だよ」という言葉を何回も聞かせてあげました。
心は本当に通じると想います。
だって、逆説的に意地悪をすれば猫だって怒るんです。
だったら、良い心で接してあげれば、必ず、猫も癒されるんです。簡単な理屈です。
是非、無条件に受け入れて、癒してあげてください。

投稿日時 - 2005-08-02 05:23:10

お礼

Syo-yaさんこんばんは。お返事をありがとうございます。

そうだったんですか!Syo-yaさんでも最初は難しかったんですね。
そうなんですか。感じることからでいいんですね。
今は私も感じることの方が楽なので、そちらからしていこうと思います。

私の場合は、
「Syo-yaさんのお返事を読んでいる・・・」
「反応がわくのに気づく・・・」
「反応を味わい確認する・・・」
「言語化してSyo-yaさんに語る・・・」
「文章化している・・・」こんな感じ…のような気がします。うーん。

>ちょうど、「夢」の記憶を呼び覚ますような作業です。

大いなるヒントをありがとうございます。

以前にSyo-yaさんに教えていただいた、「自分を外から見るように」、あのイメージは大変に役立っています。ありがとうございます。使わせていただいています。
まだまだ詳細に自分を見れていませんが、のぼせから離れるには大変いいです。

以前にも書きましたが、客観的な視線を持つとすっと楽になる割に、容赦がないように思います。
私は相当、嫌な奴のような気がしました。
何だか自分がよくわからない…それが最近の混乱です。

昨日回答いただいた、「イメージに成りきる」について。
私も最近、イメージの強力さを実感しています。
外から自分を見るのもイメージですよね。
ある時疲れてしまい、ああもう肩の荷を降ろしたい~と夢想していたとき、ああじゃあ降りた時のイメージを試しにしてみようと思いました。
するとフーッと軽くなってリラックスが出来ました。

体って人間って不思議…ああすべてがイメージなんだなと思いました。気功…ヨガ…すべてがイメージで…
自然治癒力が増すのもわかります。
「Let It Be」つながりですが、「Imagine」…本当に大切なんですね。

投稿日時 - 2005-08-03 02:09:10

ANo.47

~その3~

気功法というのも、動きに成りきることが大切なんです。
心をLet It Be状態にして、囚われの無い心になるんです。

で、気功法の素晴らしいところはイメージを使って、イメージに成りきることなんです。
たとえば「亀のように丸くなって」と言われれば、頭の固い大人から、子供まで全員が出来るんです。

  人間は「イメージに成りきる」という性質を持っているんです。

この性質を利用して、心を解放していくことも出来るんです。

上記の帯津先生の本を読んだこともあるんですが(多数出版されています)、もちろん、癌の治療に気功法が誰にでも効くわけではなく、効く人には効くというレベルではあるんですが、それまでの西洋治療だけでは語れない結果が出るんだそうです。


自然治癒力って本当にあるんです。


このサイトにも以前「腫瘍(だったけな?)が自然に消えたけど、こんなのありですか?」という人がいました。ですから「心の状態によっては、ありですよ」と答えました。そうしたら「実は、今、恋愛が順調なんです」と答えが返ってきたんです。


ヴィパッサナー瞑想もお薦めしたいですけどね。。。
(”ラベリング”で心理療法的効果が期待できると想うからです)

また本来の仏教(現:テーラワーダ仏教)というのは、生きている間に触れるものなんです。
日本では死んでからの仏教化してますが、それは違うんです。
お釈迦さまの教えというのは生きているときにこそ触れるべきなんです。
だから南アジアの国では、まだ息があるうちにお坊さんが来て、お経を読むんです。
お経というのは、お釈迦さまの教えの口伝だからです。





猫ちゃんのことも心配ですね。

>>思えば私の強烈な悲しみが猫に伝わって具合を悪くしていたようにも思います。

これは、多分、正解かも知れませんね。
だったら、そのように言ってあげれば良いんです。
「いろいろストレスかけて、悪かったね」とか
夫婦喧嘩の過去を思い出して、
「あの時、お前も、近くに居て、私達を見ていて、辛い想いをさせたね」とか
kuronecoさんの潜在意識にある、猫ちゃんへの罪悪感を懺悔するんです。
言葉にして、癒してあげるんです。

もちろん、そうすることにより、猫の寿命が100年になるワケも無く、死は確実に訪れますが、「想い」「心」が伝われば、猫の心だって、豊かになると想うんです。それが、唯一の救いだと想うんです。


お試しください。(〆の台詞はいつもこれですね。。苦笑)

投稿日時 - 2005-08-01 19:48:08

お礼

Syo-yaさん、先日はどうもありがとうございました。
本日、「教えてgoo」の方からメールが来て、「回答を削除」の旨が伝えられていました。
驚きました。(「確保」の欄が削除になったようですね…。本文ではなくて良かったです) 

おかげさまで、義父は今のところ自宅で元気に生活しています。
猫の方も元気です。

私はアドバイスいただいて以来、改めて横隔膜を意識しながらの呼吸とストレッチを続けながら生活しています。
やはり翌朝、起きれないくらいの肩こりや筋肉の張りに襲われることがあります。
しかしうす皮をはがすようにではありますが、伸びてきています。

もうクエン酸をサプリでとりまくっています。

最大に硬いのは、鳩尾、胸と背中の肩甲骨あたりで、ここに四苦八苦しています。
呼吸がだいぶ楽にはなっていましたが、肩こりになって以来の息苦しさは残っていて、体のこの辺りが原因に思われました。
少しずつ伸ばしながら、オエッとなったりクラクラしたり、それほど硬くなっていました。でもしつこくしていました。
昨日もそれをしていたら、みぞおちから胸にかけてパーッと気持ちよくなって体中が気持ち良くなりました。
久しぶりに、息が吐ききれた~という感じで、大げさですが涙が出るほどうれしかったです。

続けていて良かったです。
今もあちこち筋肉痛ですが。
教えてくださり、はげましてくださったSyo-yaさん、改めて、本当にありがとうございました。
ヴィパッサナも続けていきます。

投稿日時 - 2005-08-24 01:52:15

ANo.46

~その2~

お父さんも、多分、Let It Beの心境なんでしょうね。

でも、正確には記憶していないんですが、こんな話もあって、癌というのも長年の「想い」の現われであるというんです。
で、ある心理療法(たしかPOP心理学)で、その蓄積された想いを言葉に変えて、表現することで、癌が治るとか、進行が止まるという事実があるんだそうです。

例えば、私の場合、瞑想中に首、肩付近に違和感を感じるんです。
もちろん、普段ならスルーしてしまうんですが、瞑想中には、それを「窮屈感を感じている、窮屈感・・」と言葉にして現す、ラベリングをすると、不思議なんですが、違和感が消えてしまうんです。

特に、私は考え事をしたりすると無意識に左半身に力が入るんです。
今までは、こんな些細すぎることには無頓着だったんですが、それもラベリングすること、意識を向けることにより緩和されてしまうんです。(不思議ですけどね)

こういう話はたくさんあるんです。
篠原 佳年さんの「快癒力2」にも、同様のがん患者の話が載っていたと記憶しています。
図書館で借りてみてください。


潜在意識と言いますが、それを顕在化してあげると、フッと楽になってしまうんです。
これも、まさしく「我に帰る」んだと想うんです。。。。。。
(kuronecoさん、#12の体験を覚えてますか?)


こちらの病院は、癌の専門医の方ですが、治療に数々の気功法を取り入れているんです。
http://www.obitsusankei.or.jp/
http://www.obitsusankei.or.jp/kennkou.html


一番有名なのが、歩く気功法「郭林新気功」です。
http://homepage3.nifty.com/kakurinj/osasoi.htm#top
癌と闘うために、考え出された気功法です。

『歩く郭林新気功で「ガン」に克つ』 伊丹 仁朗 という本もあります。
この本には「中度風呼吸法自然行功」という歩く気功法も紹介されています。

参考URL:http://homepage3.nifty.com/kakurinj/osasoi.htm#top.http://www.obitsusankei.or.jp/

投稿日時 - 2005-08-01 19:47:01

お礼

義父のことにまでアドバイスいただき本当にありがとうございます。

私も子供の時に父親を癌で亡くしていまして(以前にイヤミを言われたのは母親の方です^^)、大人になりいろいろと調べて、癌とは精神の面がかなり作用している病気であるように思いました。

義父と会った時、「生」へ向かう気持ちも忘れないで欲しいとも思ったのも確かです。ご紹介いただいた数々の本参考にさせていただきます。
義父が受け入れてくれれば、是非、すすめてみようと思います。

私はSyo-yaさんのようにラベリングをして、すっと違和感が消えるという経験が残念ながらありません。
実を言うと、ラベリングが大変苦手です。
うまく説明できませんが、今、言葉と付き合うのが大変苦手です。言葉が先回りして本音を隠したり、感覚の邪魔をしたりします。
私は今、日本語を忘れたいとすら思っています。自分の理屈っぽさが苦しいです。
私の課題です。

♯12の感覚はずっと覚えています。
あれは、まるで「かの地」から「この地」に戻ってきたような感覚でした。
そしてあの経験は大変役立っています。

しかし今、あの感覚になることを嫌う自分自身が居ます。
それと、今グルグル同じ所をまわっているんじゃないかと、そういう感覚になることがよくあります。
感覚的にちょっと混乱してるかもしれません。

猫のこととかで疲れているのかもしれません。
そうなんです。罪悪感はたくさんあります。
もっとこうしてやればよかった…などいくらでもあります。
懺悔することで私も猫も癒されていくならば、いくらでもしたい気持ちです。
ありがとうございます。試してみます。

お礼の欄に、なんだか混乱したようなことたくさん書いてしまいました。すみません。
今回は、義父のこと猫のことにもアドバイスいただきありがとうございます。
日頃、いきなり質問を投げかける非礼に、いつも心良くお返事を下さって、本当に感謝します。

投稿日時 - 2005-08-02 01:11:21

ANo.45

~その1~

そうですか、いろいろ大変なんですね。

私が、今、一番気に入っているのは、
「ありのままにしておこう、そして、そんなありのままの自分を観察しよう」の
「ありのままに”しておこう”」という表現です。(素晴らしいと想います)
客観的なんだけど、積極的な態度、姿勢、心構えが見事に表現されていると想います。


>>「浮かんでは消えるにまかせる」
これも、おそらく、上記のような意味なんだと想うんです。

で、 >>消える瞬間は見たことがありません

これは、私なんかには答えられないので、テーラワーダ仏教協会に質問されてみてください。
ほかにも「呼吸による癒し」の翻訳をされている方も瞑想の指導者ですし、たくさんおられます。
たぶん(!)ですが、消える瞬間というのは見れないと想うんです。
むしろ「まかせる」という態度を強調しているようにも思えるんです。
経典には「欲望がある時は、今、欲望があると気づき、欲望が無い時には、今、欲望が無いと気づきましょう。」とありますが、まあ、私は素人なので、いい加減なことはいえません。このご質問はパスさせてください。m(_ _)m  私にはわかりません。。。



で、私もめちゃくちゃ巻き込まれるんですが、やはり

 「ありのままに”しておこう”」
 「なるがままに”まかせよう”」
 「Let It Be 」http://park2.wakwak.com/~hana/lounge/photo/letitbe2003.html

・・という態度を決めてかかると、心が定まってきます。(私は)

(分割投稿します)

参考URL:http://park2.wakwak.com/~hana/lounge/photo/letitbe2003.html

投稿日時 - 2005-08-01 19:44:17

お礼

Syo-yaさん、長文を読んで下さりありがとうございます。お返事本当に感謝します。

「ありのまま」私も好きな言葉です。そしてその状態でいたいと思っている言葉です。そしてそして私にとって一番難しい言葉でもあります。
私はもう自分をコントロールしたくありません。
しかし私が意識を向けると、そこには必ず何とかしてやろうという感覚が生まれるのがわかります。体でも物事でもです。だから生き方もヨガもヘタです。
それにイラついている部分もあります。

そんな自分も含めて「まかせたい」と、私はもう自分に手出ししたくない…こんな欲求があります、最近。

しかし実際、中途半端です。

テーラワーダ仏教で検索したら、HPがありました。知りませんでした。少し勉強してみようと思います。ありがとうございます。

関西弁版の「レット・イット・ビー」もありがとうございます。
かの名曲を、関西弁で読むと妙に親近感…(笑)
「なすがままにしなはれ」ほんまにそう思います。

投稿日時 - 2005-08-01 23:51:54

ANo.44

お久しぶりです!
お元気そうでなによりです。

いやはや。。。仰るとおり、暑いですね。^^;
痩せといてよかったです。(苦笑)


その後、体調はいかがですか?
ちょっとはマシになりましたか?
便りが無いのが元気の証だと想ってましたが、どうですか?


お腹を柔らかくということですが、呼吸法の場合は、確かにお腹を使いますが、実際には、空気は全て「肺」に入っているんであって、お腹には入っていません。

いくらお腹が膨らんでも、横隔膜が動かなければ意味もないんです。
ですから、まずは、きっちり吐ききって、横隔膜を上げることが大切です。
あとは、自然に任せるしかないと想います。

が、内臓脂肪があると、確かにお腹も動き難いと想います。

私はダイエットしてますので、わかるんです。

内臓脂肪が多かったときは、お腹があまり凹まないんです。
(今は、背中とくっつくくらい、ぺッタンコに凹むんです)

以前は、内臓を指で押すと痛かったんです。
(でも、今は、痛くないんです。むしろ気持ち良いんです。)

内臓脂肪が多かったころは、ご飯の量も、それほどは食べれなかったんです。
回数をこなす大食漢ではあったんですが、大量に食べると吐き気もしてたんです。
なぜかというと、内臓脂肪が、邪魔して胃が広がらないんだそうです。
(今は、大量に食べても、平気になりました。)

・・と、ご質問の意に反しているかも知れませんが、
内臓脂肪という観点からも考えることが出来ると想うんです。


あとは、ちょっと思いつきませんが、こんなストレッチもあります。

http://www.icofit.net/gym/stretching/items/abdomen/half_cobra.html
http://www.icofit.net/

又、一応確保しときます。

参考URL:http://www.icofit.net/gym/stretching/items/abdomen/half_cobra.html.http://www.icofit.net/

投稿日時 - 2005-07-30 19:11:14

お礼

Syo-yaさん、お返事を本当にありがとうございます。
Syo-yaさんもお元気そうで何よりです^^

>便りが無いのが元気の証だと想ってましたが、どうですか?

ありがとうございます。腰が伸びてきたせいか体調すごく楽になってるんです。
仕事が忙しいと、やっぱりしんどくなりますけど。
振り向いたり、落としたもの拾うとき「あ、体やわらかい」と気づいて…
体軽くなっているのがちょっとうれしい今日この頃です^^

>実際には、空気は全て「肺」に入っているんであって、お腹には入っていません。

そうでした…肺で呼吸しているんでした。忘れていました。(恥ずかしい…)
ずっとお腹の風船がふくらんだりしぼんだりのイメージを使っていました。
そのうちすっかり空気が入っているイメージが定着してました…。
やはり横隔膜の動きがかんじんなんですね。

内臓脂肪…どきっ! 
最近、お腹まわりにお肉がついてきて…以前は運動したらすぐひっこんだのに、とれないんです。

Syo-yaさん、背中とお腹がくっつくくらいへこむなんてスゴイですね!
前にテレビで素潜りの人が息の練習しているの見ました。
ペコンてお腹が穴あいたようにヘコんでいてびっくりしました。
そんな感じなんでしょうね。
私も以前よりはヘコむようになったんですけど、とてもとてもそこまでは…でも出来たらうれしいです。

参考URLありがとうございます!ハーフコブラのポーズ!あれを毎日練習していたんです! 
起き上がるときに息入れるんですが、その時に「お腹、硬!」というのを痛感してたんです。
それで今日質問させていただきました。
横隔膜と内臓脂肪がポイントですね…。
頑張って練習を続けていきます。(しかし内臓脂肪の壁は厚い…)

今回も本当にどうもありがとうございました。
コツコツやっていきますね。 またぜひ質問させて下さい。どうぞよろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-07-31 02:47:22

ANo.43

投稿は届いたみたいですね。よかったです。
お元気そうでなによりです。

漏気法というのは初めてしりましたが、以下のサイトをご覧になったのでしょうか?
http://www12.ocn.ne.jp/~yu-wa/katsugen.htm


3番目の写真の呼吸法は、#40で「溜息健康法」として紹介した、調和道丹田呼吸法と同じですね。
みずおちの太陽神経叢に圧力を加える呼吸法ですね。


2番目の漏気法については解りませんが、多分、トイレを息むときの感覚に似ているのではないでしょうか?
下腹にグッと息みながら、呼吸を漏らしていけばよいのではないかと想いますが、この手の方法論は、みんな独自に作っていますので、ちょっとわかりませんね。


ストレッチっておろそかになりがちですが、大切なんですね。
ターザンを見て、改めて感じました。

筋肉も筋肉痛になった箇所は、2~3日休めて「超回復」と言うのを経過しないといけないんです。
筋肉痛 → 超回復 → 発達 という過程を経るからです。


それと、また、今回の追加情報で混乱しないようにしてくださいね。
なにをやるかよりも、結果的に心身ともに健康になれば、それでいいんですから。

でわ。

参考URL:http://www12.ocn.ne.jp/~yu-wa/katsugen.htm

投稿日時 - 2005-06-04 19:23:30

お礼

Syo-yaさん、お返事をどうもありがとうございます^_^

>>以下のサイトをご覧になったのでしょうか?

そうですそうです!これも見ましたが他でも見ました。
そうですか…ここの関係の会の独自の呼吸法なのかもしれませんね。
よくある呼吸法なのかと思っていました。
本当にいろんな呼吸法が編み出されているんですね。

>>筋肉も筋肉痛になった箇所は、2~3日休めて「超回復」と言うのを経過しないといけないんです。

どんどん鍛えればいいってわけでもないんですね^_^;
私はその変のバランスの取り方がヘタクソです…。

>>それと、また、今回の追加情報で混乱しないようにしてくださいね。

はい、気をつけます(^_^;

最近、運動をしても何をしてもやはり呼吸法の大切さを感じます。
以前は呼吸が浅いどころではなく、ときたま止まっていたりしたんですね。
少しずつでも呼吸法するのを習慣にすると、まず息が止まっていることはなくなったし、
普段でも空気が下腹まですうっと入っていってすごく楽になっています。
いろいろと教えて下さったSyo-yaさん、本当にありがとうございます。

それと、やっぱりヴィッパサナーがおろそかになるとダメだなと…これがまず第一にないとダメだなと反省しています。

方法論にばかり夢中になってしまうんですね、私。
夢中になって我を忘れる…のぼせには本当に気をつけます!
それでは月曜日ターザン呼んでみます。本当にどうもありがとうございました^^

投稿日時 - 2005-06-04 20:30:05

ANo.42

お久しぶりです。kuronecoさん。
その後、体調のほうは大丈夫でしょうか?

今、発売中の「TARZAN ターザン」~背中と尻を鍛えて若返ろう~の32ページと57ページにストレッチに関する知識が上手に説明されていますので、図書館で一読してみてください。(私はいつも図書館のコピー機で気になる記事はコピーしてしまいます)

筋肉と鍛えるばかりだと、その部分がタイトになりすぎて、骨格の歪みにまで発展してしまいますし、ストレッチをやることによって乳酸を血中に押し出す効果もあるんです。

また、筋力の弱い部分と強い部分のバランスの悪さもいけないんだそうです。

東山氏が背中を出している表紙なので、是非、一読してみてください。

大切なのはヨガよりもストレッチ(柔軟体操)かも知れませんよ。
ストレッチの本も図書館には多数あると想います。

あまり興奮しない程度に勉強してみてください。^^;

でわ。

投稿日時 - 2005-06-03 18:26:03

お礼

Syo-yaさん、ご無沙汰してます! 先日はお世話になりました。
気にかけていただきありがとうございます。
おかげさまで、体調は戻りました^^

お返事いただいた後、とにかく筋トレの方は休みながら呼吸法などをして過ごしていました。
オレンジ買ってクエン酸補給にもはげみました^_^;
その後、数日で体調は元に戻りました。
なかった食欲もすぐ戻ってまたモリモリとたぺています。

>>筋肉と鍛えるばかりだと、その部分がタイトになりすぎて、骨格の歪みにまで発展してしまいますし

本当にまさにちょうど、これを考えていたんです。
体調が悪くなったとき、腹筋を続けてたんですね。
ウエストを細くしたいという欲望がありまして;
大体、一週間続けたあたりから具合が悪くなるのがいつものパターンで、
お腹は締まって(硬くなって?)くるものの、呼吸法はしにくくなるし、肩こりは強化されてくるしで、疑問に思っていたところです。(腹筋と肩の筋肉はつながっているのかな?!)
で、今腹筋はお休みしています。(ウエストラインの消えかかった体型を見ると焦るんですが。)
以前にいろいろ筋トレしていたときは何も問題なかったし、2~3ヶ月で6キロくらいすぐ落ちました。
それで何故今はこんな風になるのか疑問でした。
今より若かったからですかねえ…。あれから数年たち、体がゆがんで硬くなったからかもしれません。

>>また、筋力の弱い部分と強い部分のバランスの悪さもいけないんだそうです

本当にそうなってます(-_-;)

おっしゃられる通り、ストレッチ、ほぐすことに重点を置こうと思います。
ちょうど、来週の月曜日に図書館に行く予定があるので「ターザン」読んでみます! 
図書館って本当に便利ですよね^^

それと…もしお時間あったらでいいんですが、
呼吸法の漏気法(←あっているでしょうか)について質問させて下さい。
息を吸った後「うーむ」と鼻から息を漏らしながら呼吸を丹田に落とす…という理解をしているのですが、あっているでしょうか。
丹田強化にとても良いと何かで読んだのですが、「うーむ」という感覚がよくわからず呼吸困難になっています。
Syo-yaさんも実践させれいたら、ご教授いただきたいです…。

投稿日時 - 2005-06-04 13:17:57

ANo.41

kuronecoさん、おはようございます。
そうですか、心配ですね。

私の場合は「クエン酸」を飲んでました。
または梅干、天然果汁100%のオレンジジュース、あとは普通のお酢です。
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arukuen/kuen_1.html

あと、こういう時期は、普通にストレッチに努めることだと想います。
普段の運動前、運動後も、必ず、ストレッチは行うべきです。

あとは、ユックリ半身浴、散歩をして、身体を休めてあげてください。

今後のためにも、休息の仕方をマスターする時期だと思って、上手な休息の仕方を模索してみてください。

参考URL:http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arukuen/kuen_1.html

投稿日時 - 2005-05-20 05:21:57

お礼

Syo-yaさん本当にどうもありがとうございます。

「あるある」のクエン酸のサイト読ませていただきました。
運動するとものすごく減るものだったんですねえ…。
私の身体、今、乳酸だらけかもしれません。
これからクエン酸の摂取にはげもうと思います。
生ジュースとか、よくCMでしている「飲むお酢」とかいいですね。
今食欲がなくて、さっぱりしたものばかり欲しいのでちょうどいいです。


>上手な休息の仕方を模索してみてください。

はいそうします。ありがとうございます。
もっと身体の感覚に耳を傾けながら、上手に運動とお付き合いしたいなと思ってます。
この年でいきなりスポ根のようになると、身体もびっくりしますね^^;

投稿日時 - 2005-05-20 21:47:13

ANo.40

ーその2ー【呼吸法のお話】


>>吸気のとき「胸を持ち上げて」という指導を受けていました。


どんな動作の時の指導なのか解らないので、補足してもらえれば助かりますが、
横隔膜呼吸でも基本的には空気は肺に入りますから、胸は上がります。
特に、頑張って吐ききった後の吸気であれば、吸う量も多いので
≪ 見た目は胸式呼吸 ≫になります。お腹も胸も膨らみます。


で、その先生の指導がどういうものだか解りませんし、私はヨガをやらないので、余計わからないんですが、ヨガには「完全呼吸」というものもあります。これは仰るとおり、胸+腹式呼吸です。

 http://homepage.mac.com/sazuka65/swing/kokyu/mama3.html
 ※、これも息を吐き切るところからスタートしているところに注目してください。

でも、その先生が「完全呼吸」を指導したのかは、解りませんね(たぶん違うでしょう)


「胸を持ち上げて」という指導の前に、息を吐ききるような動作をしてましたか?

だとしたら、これは、イヤでも横隔膜が上がっていますから、息を吸った時には横隔膜が下がりますので、見た目が胸式呼吸でも、立派な横隔膜呼吸になっていると想います。

【【 息を吐ききる→横隔膜上がる→息を吸う→横隔膜下がる=横隔膜呼吸 】】


あと厳密に言うと「腹式呼吸」と「横隔膜呼吸」は違うんです。

・腹式呼吸・・・普段、私たちが無意識でしている呼吸。
        仰向けになった時、安静時にしているお腹が動く呼吸。
        赤ん坊がスヤスヤ寝ている時のようにお腹が動く自然な呼吸。


・横隔膜呼吸・・息を吐ききってから吸う呼吸。
        泣いたり唄ったりしてるときの呼吸法。
        泣く、唄う、呼ぶで息を吐ききると横隔膜があがり、吸う時に下がります。
        この時、横隔膜は腹中(約30cm)内を、最大で10cmも上下運動をするので、
        この上下運動が健康に寄与します。だから「泣く子は育つ」んです。


・胸式呼吸・・・普段、私たちが無意識でしている呼吸法。
        安静時よりも活動時に多くしている呼吸法。
        吐くための筋肉メンバーが少ないので、吐くことが苦手な呼吸法。
        神経質、ヒステリックになりやすいとも言われています。


・ラジオ体操の深呼吸・・・間違った呼吸法(・・と、いう人が多いです)
           せっかくの深呼吸なのに、吐くことが苦手な胸式呼吸をしてる。
           本当の意味で深く吸うためには、まず、吐ききることなのに・・

http://www.kampo.japanpost.jp/kenkou/radio/d2/d2_13.htm

ヨガも動きの中での呼吸法だと想いますので、きっと、吐ききってから吸うという手順は踏んでいると想いますので、見た目が胸式でも中身が横隔膜呼吸になっていれば問題ないと想いますし、胸が固いのであれば、これをしたほうが良いと想いますが、どうでしょう・・・? 試してみてください。

参考URL:http://homepage.mac.com/sazuka65/swing/kokyu/mama3.html,http://www.kampo.japanpost.jp/kenkou/radio/d2/d2_13.htm

投稿日時 - 2005-05-15 07:01:18

お礼

>>どんな動作の時の指導なのか

仰向けになったときに、「胸持ちあげて吸って…吐いて…」2~3回繰り返した後(しかもものすごく早い)すぐポーズに進む…教室での呼吸法の指導はこれだけです(笑)
胸を持ち上げる前に息を吐ききることもしませんでした。

思うのですが、先生はあまり専門的に厳密に教える気はなかったようで…
生徒のメンバーを見ても「もっと詳しく教えてくれ」という願望はなさそうでしたし。
初心者クラスでしたしねえ…ヨガではなく本当に単なるストレッチ教室でした。

教室に通っていながら、こんなに無知なのも恥ずかしいんですが…、
「完全呼吸」…はじめて知りました。

先週「横隔膜」をアドバイスいただき、ふと我に返ると「横隔膜ってどこだ?」という疑問が…。
一人でスーハーしながら感じてみても「吐く」←上がる、「吸う」←下がる…「????」感覚としてわからなくて…(ますますもってお恥ずかしい)
ネットで調べても「胸と腹を隔てる膜」としかわからず、夫に聞くと「しゃっくりをするところ」との返事。
なんだか吸うときには下がるのではなく上がっているような気がして混乱。
もっと練習していきます。

このように私にはヨガ教室で学んだヨガの知識というのは皆無に等しいです。
(Syo-yaさんの方がヨガをよくご存知だと思います)

呼吸法のそれぞれの説明を本当にどうもありがとうございます。
見た目が胸式呼吸でもいいというのは安心しました。
普段思い切り胸式呼吸なので、吐くのが本当に苦手です。
吐ききる呼吸法によって少しずつ吐くのが楽になっています。(これが練習の醍醐味ですね^^)

横隔膜(まだつかめていない)を存分に利用して、吐ききる呼吸に徹していこうと思います。
本当にどうもありがとうございました!

投稿日時 - 2005-05-15 12:44:23

ANo.39

ーその1ー【ご挨拶】

おはようございます、kuronecoさん。

開脚。180°ですか・・・これはですね・・「まだ出来ない。」です。m(_ _)m
つまり「これから出来るようになる。」 予定です。
現在は「ひざ蹴り」「ローキック」「ミドルキック」を主にやってます。
しかし一撃必殺のハイキックのためには、開脚が必須と考えています(^^V




最近、またのぼせモードになっているかも・・とのことですが、そうやって「気づいている」ということは、「のぼせ」と「kuronecoさん」は分離されているということなんです。ここが重要なところです。

ちょっとやりすぎかな・・・と気づいた時点で、精神的には一歩、客観的に見れているということですから、それは、ヴィパッサナの意義に即したものですから、安心していいんです。仮に一時的に盲目的に執着したとしても、少し後になってから、「盲目的になっていた」と、気づけば良いんです。

もし、経済的に余裕があれば、この本を購入してみてください。
「チベット・メディテーション(キャサリーン・マクドナルド著)」
ヴィパッサナとは違う流れのチベット仏教の瞑想なんですが、基本的には一緒ですし、超マイナーな本ですが、これは、すばらしい名著だと想います。私は基本的に図書館で借りる派ですが、この本だけは購入する価値があると想います。
今は無用で無価値でも、いつか必ず役に立つと想います。





>>太もも関連の体勢がどうしてもわかりません。

いや、簡単です。

     →
(頭) ○_∧ (足)

こんな感じで、膝を立てて、仰向けに寝て、両手にゴム軍手をして、太股の付け根辺りをグッ~!と押すんです。そうしたら、全身にズッド~ン!衝撃が走り、腰椎が離れたんです。物凄い衝撃波でしたよ。。。
ただ、腰の力を抜きながら、腕には力を込めるんですから、その加減が難しいんです。
まあ、あくまでも私的で荒治療な民間療法なので、ご参考までに。。




・・でも、つくづく想うんですが、心も身体も、医者や薬ではなく、やっぱり最終的には「自分」ですね・・。「自分」ほど自分の状態を把握しているものはいないですから、一番の医者ですよね。 まあ、そこに辿り着くまでの試行錯誤が物凄いワケですから、どうしても人を頼りたくもなるし、頼るべき時には頼るべきなんですが、やっぱり、最終的には「自分」なんですね。。。

投稿日時 - 2005-05-15 06:59:36

お礼

Syo-yaさん、こんにちは。お返事をどうもありがとうございます!^_^

昨晩は早速、カーペットの上に寝てみました。
やっぱりちょっと寝づらくて身体が痛いです…はは。続けてみます。

開脚180度、蹴りには必須ですよね^^
私なんて90度くらいですが(恥)
私も「これから出来る予定で」頑張っていきます!

>>(頭) ○_∧ (足)

←ものすごくわかりやすい!(笑)ありがとうございます。
なるほど、太ももの付け根に手を回して引き寄せるのですね。
腰椎が離れる…考えただけで快感です。
Syo-yaさん、自力整体されたんですね。
私もSyo-yaさんのように、衝撃波を感じてみたいと思う欲望が…(^_^;
以前ヨガやり過ぎた日の翌日ギックリ腰になったことありますからねえ…腰の力を抜く加減が難しそう…私には危険ですかねえ。

>>心も身体も、医者や薬ではなく、やっぱり最終的には「自分」ですね・・。

きっとそうなんでしょうね…。
よく自分の身体は自分が一番よく知ってるなんて言葉がりますよね。

多分、身体の感覚の感度をあげていけば、身体が今どんな動きを必要としていてどんな状態なのかわかるんでしょうね。
やはり瞑想は大切ですね。
「チベット・メディテーション」手に入れてみます。

投稿日時 - 2005-05-15 11:59:26

ANo.38

ーその2ー【気弱なモンロー・ウォーク】

あと、これも基本はやはり【正しい姿勢で歩く】ことですね。
私は最高12時間歩き続けたこともありますが、以前の腰の痛みはもうありません。

  以前はこんな涙ぐましい努力もしていたんです・・・。
  http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=736867(こちらの#2)

低周波治療器に、高周波治療器も持ってますが、歩き出してからは、全然、使ってません。
以前は、一年中、お世話になっていたのに・・・です。


で、筋肉も新陳代謝の関係で、大雑把に3ヶ月単位で入れ替わっていくようですから、どんな運動でも、最初の3~6ヶ月は持続することが大切だと想います。(呼吸法だって最低100日です)
あと筋肉の元、タンパク質を摂取するんです(きな粉・大豆製品で良いと想いますが・・)


で、歩く時のコツは、腰を”やや”ひねりながら歩くんです。
「気弱なマリリン・モンロー」のように、ひねりを加えながら歩くと腹回り、腰に効果絶大です。

なぜ、気弱に・・かと言うと、もちろん羞恥心もありますが、ひねりすぎると、膝を悪くする可能性があるのと、腰をひねる可動範囲を意識して調整することで筋肉に効果が出てくるんです。ダラダラと無意識にひねるのは良くないんです。だから”やや”を保ちながら歩きます。

この「平床寝台」と「気弱なモンロー・ウォーク」で、かなり改善されると想いますよ。
お試しあれ。

参考URL:http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arusuwaru/suwaru1.htm,http://www2.health.ne.jp/library/shisei/index.html

投稿日時 - 2005-05-14 18:13:19

お礼

12時間!(@_@)ってことは一日中歩かれていたんですか!
す…すごいです!!

気弱なモンローウォーク…人目につかないところでやっていきます(笑)
つい力みそうなので「気弱に」やっていきます。

筋肉がつくのは大体3ヶ月からくらいですか…呼吸法も…やはりコツコツと気長にやっていきます。
骨盤のゆがみ(怖い!)と姿勢のゆがみのサイトすごく見やすくて参考になります。ありがとうございます^^

最近、何というか運動と姿勢の矯正に集中しすぎて…、下心がまた執念のようになっていかないかちょっと心配してます。

ヨガで失敗した理由も、脱力…というのを忘れていたからで、楽しんで気楽にリラックスしながら…
というのを本当に気をつけてしまいます。

最近、ヴィパッサナの方が少々おろそかになっています(反省)

すみません、お聞きしたついでに再度お聞きします。
今は丹田に集中する呼吸法を主に練習しています。

ヨガ教室では腹式呼吸ではなく、吸気のとき「胸を持ち上げて」という指導を受けていました。
腹式呼吸でなくて良いのかという問いに、先生は「出来る人はそれでいいけども最初はこちらから」と言われていました。

これは胸腹式呼吸というものでしょうか?
私のように胸がかたい人間は、こちらもした方が良いのでしょうか?

それから…Syo-yaさんが涙ぐましい努力をされていたという時期の質疑拝見しました^^
その中での仰向けに寝てひざを立てて…スポッと腰椎がぬけたという体勢がとても気になります。
が、太もも関連の体勢がどうしてもわかりません。
もしよろしければ教えていただけないでしょうか。

投稿日時 - 2005-05-14 19:10:36

ANo.37

ーその1ー【平床寝台】

こんばんわ、kuronecoさん。

>>腰と背中がゆるみつつあり感動しています

すばらしい!(私も嬉しいです)
kuronecoさんの下心が良い方向に働いたんですね。
今後も何時でも、何処でも「正しい姿勢」を意識するようにすると良いですよ。



腰だけはなく、寝るだけで全身を柔らかくする方法があります。

私は冬の時代に心と身体の両方を作り変えた人間ですから、いろいろ知っているんです。
知らなくていい事も、沢山、知ってますよ(苦笑)
ですから、モノは試しに、いろいろ聞いてみてください。


もし、今「柔らかい」ベッド等に寝ているのであれば、思い切って止めて、
固い煎餅布団にしてみてください。西式健康法の「平床寝台」というものです
http://www.dr-watanabe.nakano.tokyo.jp/torikumi/housoku.html

特にこれからの季節、暖かくなりますから、気候に合わせて煎餅布団からさらに薄いものにしていって、最終的には床の上に直接寝るようにするんです。

私は、いきなり柔らかいベッドからフローリング上に直接寝たので、最初の一週間は寝返りも出来ないほどの苦痛の連続でしたが、一週間も経つと、フローリングが柔らかく感じるほどまでに、身体が柔らかくなってきました。(嘘のように柔軟になります)全身のリンパの流れ、血流もよくなるように感じます。

ただ寝ているだけで、無料で、本当に調子良くなります。
ただし、お腹が冷えますので、腹巻は必須ですが・・・・。

で、私の場合、ベッドのあったところで、運動できるんです。
ベッドに寝てたら、運動する場所もなくなる、腰も痛くなる、治療代もかかる、・・・・ベッドは百害あって一利なしと想っています。

もし、今、ベッドをお使いでしたら、ご一考ください。
また煎餅布団を二枚重ねでお使いでしたら、一枚にしてみてください。

参考URL:http://www.dr-watanabe.nakano.tokyo.jp/torikumi/housoku.html

投稿日時 - 2005-05-14 18:11:39

お礼

Syo-yaさん、早速のお返事を本当にどうもありがとうございます^_^

こんな健康法があったんですね!
寝ているだけなのになんて便利な…!

今は煎餅布団一枚で寝ているので、早速今夜からカーペットの上に直接寝てみようと思います。
腹巻もしっかり装着して(笑)

Syo-yaさんは本当に何でもご存知ですね。

さらにつかぬことをお聞きしてしまいますが…Syo-yaさんは開脚180度は楽に出来ますでしょうか。

私は…語る資格もないくらいの開脚度なのですが、ヨガを始めたきっかけのひとつが、
開脚180度をしてみたい!だったんです(^_^;

投稿日時 - 2005-05-14 18:38:37

ANo.36

ーその5ー【追記:横隔膜を使った呼吸をしましょう】

>>しかし吐く息により腰が立って身体がすっと伸びてくると、
>>今度は吸い込むのが困難になりました。力んでいるのかな…。

この件ですが、もしかしたら、息を吐ききっていないのではないでしょうか?
吐く息は吐ききることが大切です。

息を吐ききることで横隔膜も上がるんです。
で、自然と吸い込むときに、横隔膜が下がるんです。
で、そうなると、普段、潰れている肺の機能もフルに活用されるので血中の酸素量も増えるし、内蔵・太陽神経叢もマッサージされるし、・・・横隔膜を動かす呼吸というのが、大切なんです。

   そのコツは吐ききることなんです。

もし、吐ききっていないで、吸ったとしたら、これはただの腹式呼吸、または胸式呼吸になってしまいます。
呼吸法のコツは横隔膜なんです。
ですから、健康のために良い呼吸法というのは、横隔膜を使った腹式呼吸(横隔膜呼吸)なんです。

ちょっと実験してみて、感想をください。
これ以外のことであれば、もうちょっと情報をください。

投稿日時 - 2005-05-08 20:34:01

お礼

Syo-yaさん、こんばんは。
度々、申し訳ありません。

ここ2~3日、目を覚ますと肩こりがむごくて、
ひとまず運動をお休みしています。

運動のし過ぎかもしれません。

運動をした後の、心地よいだるさや筋肉痛というのではなく…、
気分も重く、身体全体が萎縮してしまうかのようなしんどさです。
胃もムカついて食欲が全然ありません。
この症状、やっぱり来たか…!という感じです。

以前もこんな状態になり、運動をするのがおっくうになっていったのでした。
やはりのぼせ気味だったかもしれません。
しばらく休みながら様子をみようと思います。

みぞおちが更に硬さを増したように感じ、かなりしんどいです。
(それゆえため息の呼吸法をしています)
運動は自発功のみにしています。

Syo-yaさんも「冬の時代」に運動をされた後、こんな症状になったことはありますでしょうか?

投稿日時 - 2005-05-20 00:36:26

ANo.35

ーその4ー【正しい姿勢の作り方】

>>しかし吐く息により腰が立って身体がすっと伸びてくると、
>>今度は吸い込むのが困難になりました。力んでいるのかな…。

ちょっと判断しかねるので、もう少し詳しく教えてもらえると助かります。
おそらく姿勢だと想うんですけどね。。。

以前も紹介したこちらの横から見た写真と、
http://www.rinnou.net/cont_02/suwaru.html
こちらをご覧ください。
http://www.happywhisper.com/special/200402/top.html


>>丹田を意識しながら呼吸をすると身体が自然と上に伸びていき、
>>「ああ下半身の上に上半身がのっかっているな」という楽な感じが出てきました。


これは、おそらく正しい姿勢が出来ている時なんだと想うんです。

  正しい姿勢のコツは、骨盤を”やや前傾”させて
  頭頂が天から吊られているようにスッと伸ばすことなんです。
  ※思いっきり前傾ではなく、やや前傾、軽く前傾です。

この姿勢をとると、腰骨がほどよく湾曲します。
その湾曲の上に、上体が乗っかっているというような感覚です。

ですから、カウンターチェアが良いというのも、この骨盤と頭頂の関係なんです。
お尻を半分乗っけると、骨盤がやや前傾するからです。
あとアゴを引いて・・・とか、いろいろありますが、
基本的にそれを支える筋肉も関係ありますから、まあ、気長に行きましょう!

今回はちょっと纏めやすいようにコラム風に投稿してみました・・・・。

参考URL:http://www.rinnou.net/cont_02/suwaru.html,http://www.happywhisper.com/special/200402/top.html

投稿日時 - 2005-05-08 18:52:16

お礼

Syo-yaさん、こんにちは。先週は本当にありがとうございました!

筋トレ続けています。
会社の椅子も少し高くしてみました。(そして浅めに腰かけています)
ヨガ教室でも体感できなかったほど、腰と背中がゆるみつつあり感動しています。(私なりにです^_^;まだまだ硬いです)

運動続けていて痛感するのは、やはり腰の硬さとちぢみです。
ペシャンとひしゃげたようになっていたんだなと…そのせいで胸が起きない、開かない、肩に力が入る、息苦しい…んじゃないかなと思っています。
(プラスお腹が出てきていた…;)
下腹が死んでいました。

今は主に腰、背中、胸をゆるめることに重点をおいてます。それと並行して赤筋をつけること…。
それでつかぬことをお聞きしますが、
自分でも自己流に腰をゆるめるトレーニングをしていますが、
Syo-yaさんがされているエクササイズのようなもので、腰をゆるめる効果のものがありましたら、
参考までにお教えいただけないでしょうか。

もしあればで結構ですので。お聞きしてばかりですので…。

投稿日時 - 2005-05-14 15:37:39

ANo.34

ーその3ー【溜息健康法】

あと、これは思い出したときに、やって欲しいんですが、
鳩尾付近には太陽神経叢という自律神経の束があるんです。

よく、緊張から解放されて、ほっとした時に、ガク~ンと脱力して溜息をつきますよね?
「はぁ~~~~ぁ・・・・・ぁ」です。

あの時って、ほとんど無意識に鳩尾に上体の体重を落としているんです。
真横からみると、前かがみになって、鳩尾に「くの字」の括れを作る姿勢になっているんです。
あの溜息を意識的にやれば、太陽神経叢への物理的なマッサージになるんです。
どうしても、鳩尾のこわばりが気になるときは「はあ~」と溜息をつきながら、あのガク~ンを意識的にやると良いですよ。

  鼻からたっぷりと息を吸って、
  ガク~ンと脱力して
  「はぁ~~~~ぁ・・・・・ぁ」です。。

(調和道丹田呼吸というのがあるんです)

投稿日時 - 2005-05-08 18:49:57

お礼

ありがとうございます。これは確かにみぞおちに効きます!
仕事中にやります。
しかし変なこと言うようですが、
みぞおちに効くと、何故かとても切ない気分になります。

以前にアドバイスいただいた、「自分を許します」と念じてみるのをやってみました。
一回心の中で念じてみたら、急に泣けてきたんです。
ひとしきり泣いてまた念じてみたらまた泣けて、延々と泣いていました。
そして翌朝、ものすごく気持ちが落ち込んでいました。

確かに自分を責めつづけていたのかもしれません。
そのせいで、はりつめていたのだと思います。

理想ですが、私はもっと自分を許していきたいと思っています。
自分がいつも自分自身を追い詰めていました。
ヴィパッサナで自分を客観的に見ることによって、間接的に自分を許していっているような気がします。
ほんのちょっとずつですけど。

今は出来ない自分を発見しても、「仕方がないな」と思える部分も出てきました。

しかしやはりですね、下心に操られながら生きてるんで…
こればっかりは今の自分の意志ではコントロールできないので…、
せめて操られている自分を楽しむくらいの余裕が欲しいなと思っている日々です。
受動的に生きていけたら、そう思っています。
…と言いつつジタバタしています^_^

今回も有益なアドバイスの数々を本当にありがとうございました。
実践して身体に変化が出るというのは何よりうれしいです^^

投稿日時 - 2005-05-09 04:50:46

ANo.33

ーその2ー【環境を見直しましょう】

kuronecoさんは坐り姿勢に問題があるのかも知れませんね。
デスクワークを始めてからですよね?

もしかしたら、椅子の高さと机の高さに問題があるんじゃないでしょうか?

URLを失念したんですが、カウンターテーブル&チェアのように、座位置を高くして、お尻を半分だけ椅子に乗っかっているような体勢にすると、必然的に骨盤がやや前傾になって、腰のカーブがほどよく保たれるので、背筋が伸びてくるんです。まあ、当然、机もそれに合わせて高くしないといけませんから、環境的に難しいかも判りませんが。。。

ですから、もし、高さ調整が出来る机と椅子であれば、やってみると良いと想います。
もし、出来なくても、何か下に入れて調整することも出来ます。
または、靴を脱いで高さ調整するとか、固めのクッションを入れるとか・・・・。
逆に、椅子が低すぎるのであれば、足元に台を置くとか・・・・。

机や椅子に姿勢を合わせているから、不調になることだってあります。
調整機能がついているならば、いろいろ、やってみてください。

投稿日時 - 2005-05-08 18:47:21

お礼

ありがとうございます。早速明日、調整してみようと思います。
実は会社の人間にも(あまりにも私が肩こったと言うため)「椅子の高さを変えてみたらどうか」とよく言われます。
しかし肩こりの身体がその机と椅子に順応していて(だからこそこっている…?)、どうも高さを変えるのがためらわれていました。
改めて言われて見れば、本当に机と椅子が元凶かもしれません。

アドバイスいただいた「骨盤の前傾」というのは私にとってとてもポイントでした。
気がつかないくらい腰が硬くなっているんですね…。

今の私には死ぬほど苦手な体勢があります。
床に座って前に足を投げ出し、その状態で背筋を伸ばすという体勢です。
座って開脚している状態で背筋を伸ばすことも出来ません。

椅子に座る、または正座やあぐらをかいた状態で背筋を伸ばすことはなんとか出来ますが、
足を投げ出すとどうしても腰骨の湾曲を作ることが出来ません。

ヨガ教室ではそこから始まるポーズがとても多かったです。
が、私は腰に入っていないためただ苦しんでいるだけの時間でした^^;
なのでGW中はその体勢で背筋を伸ばすことに専念していました。
後は出来なくなっているブリッジの体勢。
地獄の苦しみ…というと大げさですが、
ちょっとずつちょっとずつ休み休み毎日しています。

「骨盤をやや前傾」「頭頂を吊られている」これらを踏まえて新たに毎日やっていきます。

投稿日時 - 2005-05-09 03:41:04

ANo.32

ーその1ー【ご挨拶】

お久しぶりです。kuronecoさん。
10連休&筋肉痛ですか、いいですね!

私も筋トレ、シャドーボクシング、さらには「蹴り」の練習をしてます(爆笑)
腰を入れての蹴りって、やってみると難しいですね。
そのうちK-1選手のようにマッチョな肉体に生まれ変わろうかな。。。などと計画中です。
ずっとデブでしたからね・・・。^^;



>>「ああ下半身の上に上半身がのっかっているな」

これは「上虚下実」ともいいますね。
ヨガも気功も禅もスポーツもメンタルヘルスも・・、異種同根なんですね。
胎が据わると心も据わるんですね。。。不思議ですよね。
ですから、姿勢って本当に大切なんですね。



>>熱が出る眠れないなどの症状はまったくなくなりました。

素晴らしいですね。
これは、やっぱり心因性(頭ののぼせ)が原因だったんでしょうね。
過去の質問を拝見して、相当思いつめているな・・と想ったので、アドバイスできてよかったです。

「下心」には、お互い注意しましょう。
そうそう、「俗」=「人の谷」って、随分、考えさせられました。
長文になるのでやめますが、この漢字を考えた人も凄いけど、生きてくって、本当に大変なんですね。。。。

投稿日時 - 2005-05-08 18:46:38

お礼

Syo-yaさん、ありがとうございます!

わかりました! 
原因は、やはり姿勢とそれから「吐ききっていない」の両方でした。
正確には姿勢が間違っていて「吐ききれなかった」でした。

コラム「その2」^^と正しい姿勢のサイトが大変役立ちました。
骨盤が前傾しないまま伸びていたため、ウエストあたりは思い切り反って、
上半身の上部は力が入り前のめりとなっていたようです。
(気がつきませんでした…)

こんなに呼吸が気持ち良くなるとは…感激しています。
ぐっと丹田に入る感じです。
お聞きできて本当に良かったです。
呼吸法が楽しくなってきました。

横隔膜の存在はアドバイスいただくまで、すっかり忘れていました。
内蔵のマッサージになるんですね…、これからはフル活用しようと思います^^

それにしても、Syo-yaさん「蹴り」の練習とは(笑)
上達されましたか?
実は私もですね、テレビでシュシュッて蹴りが決まるのを見てかっこいいと思い、
真似してみたことがあるんですが、転びました…。
腰に入れるのって本当に難しいんでしょうね。

武道というのは動きが本当に美しくて、あこがれます。
ジェット・リーの映画など見ると、その動きにうっとりします。
重心がしっかりしているんですかね…。
以前どこかで居合の演舞を見たことがあり、その動きの美しさに感動して本気で習いたいと思ったことがあります。
真剣が怖いので、断念しましたが。
…話がそれてしまいました(^_^;

投稿日時 - 2005-05-09 02:51:20

ANo.31

ここの教室に行って相談してみては?サイトには載っていませんが、いろいろな症状を治すことができるはずです。ここの呼吸法をやったらこんなに呼吸が楽になりましたと言う人がよくいるそうです。

参考URL:http://www.undoukagakusouken.co.jp/

投稿日時 - 2005-05-05 18:05:48

お礼

お礼が大変おくれまして申し訳ありません。
ご回答をどうもありがとうございます。

ご紹介いただいたサイト、拝見させていただきました。
興味がわきまして、まずは出版されている書籍の方を手に入れて読んでみようと思います。
評判もとても良いみたいですね。

参考にさせていただきます。どうもありがとうございました^^

投稿日時 - 2005-05-08 02:55:38

ANo.30

お久しぶりです。kuronecoさん。

そうですね。。。
雑学と経験の範囲ですが、まず先日もお勧めした「きな粉」ですね

摂食障害患者に亜鉛の不足がみられるんだそうです。
それでなくても亜鉛というのは凄く欠乏しやすいそうですからきな粉がいいんです。

また就寝中というのは成長ホルモンが出ていますので、きな粉のたんぱく質が、身体作りに良いんです。
また、女性ですと鉄分が不足しやすいですから、きな粉が良いんです。
ほかにもいろいろあるんですが、かなりお勧めですね。
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/aruaen/aen_1.html
http://www.naoru.com/zn.htm
http://www.earth-pure.com/ush/diet/ED001.html

http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arutetu/tetu_1.html

まあ、こういう情報を鵜呑みにしてもアレなんですが、一応・・・・。

http://www.glico.co.jp/cgi-bin/glico/navi/start.cgi?A=go1&B=398
こちらで栄養成分を調べてみてください。(使えるサイトです)



あと私がダイエット中に主食にしていたのはスパゲティーのパスタなんです(秘話です)
「讃岐うどんダイエット」ってありましたが、あれはグルテンがいいとのことですが、近所でパスタのチョー安い店があるので、パスタを茹でて、味噌や出汁を入れて、そのまま「そば」のように食べてました。納豆と混ぜたりもしましたね。。。(美味ですよ!)

パスタはGI値もそれほど高くないので腹いっぱい食べてました。
確かには腹持ちは良いです(今でも食べてますが)
http://www.kenkodiet.jp/food_insulin.html

夕飯に「一杯のかけパスタ」を加えてみてはいかがでしょうか(^^



で、こういうことを書くと心配させるだけかも知れませんが、やっぱりセロトニンというのが食欲中枢にも関係しているんです。これは人体の根幹に関わる部分に関係しているんですね。。。。まあ、これは気長に取り組んでいくしかないと思いますが。

で、ちなみに、セロトニン神経が元気になるには、いくつかの波があって、元気になる前に失速するというネガティブフィードバックというのもあります。良くなる前に悪くなるという性質があるんだそうです。(kuronecoさんの症状も、これだったらいいんですけどね)



あと、運動はしてますか?
セロトニンは1秒間に2~3回という割合で分泌されているので、一定のリズムを付けたウォーキング、ジョギング、バイクなんかもいいんですし、階段の昇降運動、呼吸法もちょっとリズムをつけならがやると効果的なんです。
ですから、リズム運動(低負荷で長時間やる有酸素運動)というのは赤筋を鍛えることと、セロトニン神経に働きかけるダブルの効果があるんです。

・・と、まあ、コレといった解決法よりも、むしろ多岐に渡る雑学ですが、どれも的は外していないと思いますので、一度は、採用してみてください。私の投稿は、だいたい実践するものばかりなので、混乱してしまうと思うんですが、やらないよりはマシだと思います。

投稿日時 - 2005-04-29 18:52:16

お礼

Syo-yaさん、すぐのお返事をどうもありがとうございます。

私のこれって摂食障害なのでしょうか!(@_@)
わかりませんでした。

参考URLありがとうございます。
亜鉛不足…怖いですね。心あたりがありすぎです。
亜鉛不足→老化、キャーッて感じです。

今は必須ミネラル、必須アミノ酸のサプリを毎日とっているのですが、食生活の方も注意していこうと思います。
栄養成分を調べることの出来るサイト、いいですね。
主婦にはすごく便利です^^ 活用していきます。ありがとうございます。

Syo-yaさんはスパゲッティでダイエットされたんですか!
スパゲッティーは大好きなのでうれしいです。
「一杯のかけパスタ」(笑)、今夜から早速食べます。
私は納豆が苦手なので…味噌汁パスタにでも…(^_^;

運動はヨガ、スワイショウ、自発功(←これらは運動とは言わないかも…;)とダンベルを続けています。
後は出来るだけ、歩くこと…家でも外でも歩けるところは歩く…といった感じでしょうか。
調子はすごくいいです!
その分、水面下で下心が育っていたのかもしれませんね。
まさか、夜中に下心が暴走するとは思いもしませんでした。

いつもなのですが、いろいろなことを教えていただき本当にありがとうございます。
実践していきます!

投稿日時 - 2005-04-29 19:48:03

ANo.29

ーその2ー
「肩こり対策に筋トレした」ということですが、ダンベルにしても軽いダンベルで、ともかく長時間続ける運動をすると、この赤筋が発達してくるんです。低負荷で長時間持続する有酸素運動が赤筋に働きかけるんです。もしかしたら重い負荷でのトレーニングをしてませんでしたか? 重い負荷で短時間のトレーニングだと白筋というのが発達しますので、これはパワーはありますが、持久力が無いんです。


ですから、身体側からのアプローチなら、#13にも投稿しましたが、100円ショップで売っているような1kg程度の軽いダンベルを持って腕をユックリ、片側5分でも、グルグル回すのは効果的だと想いますし、スワイショウも腕~肩~腰にまで効果あると想いますので10分くらいやると良いと想います(本当はウォーキングがお薦めですけどね)


あとは、いかに自分ために時間を裂けるかによりますが、「サマタ瞑想(集中のための予備瞑想)」に自発功、呼吸法をしてから、「ヴィパッサナー瞑想(下心に気づく瞑想)」をすると良いと思うんです。ヴィパッサナも歩行瞑想、立つ瞑想、坐る瞑想横になってやる瞑想と種類がありますから、その時の気分によって、選択すれば良いと想います。


歩行瞑想は、「私は今、歩いている!」という身体が動く感覚に集中することがメインで、その中で下心や身体の別の感覚(痒み、痛み、しびれ・・)に気づいたら同時通訳していくんです。

立つ瞑想は「私は今、立っている!」という身体の観察がメインにあって、下心等を同時通訳していきます。

坐る瞑想は「私は今、息を吸っている」「私は今、息を吐いている」という呼吸の観察がメインにあって、同時通訳が入ります。

横になってやる瞑想は「私は今、横になっている」です。。。(^^
身体が布団と密着している感覚等、ありとあらゆる「今、此処の感覚」に気づいていきます。
心が下心に染まらないようにするんです。


下心の正反対にあるのって上心でしょうかね?
下界の心の正反対だから、天上界の心って意味でしょうかね?
一日中、「今、此処の私」の無為の人になれたら、どんなにか気分がいいでしょうね。

今の時代は社会全体が神経質な社会になっていますし、人の神経を煽って新商品を買わせるような社会ですから、やれ除菌が気になるとか、ブランドが気になるとか、賞味期限が気になるとか・・・・一日中、下心を使うような社会構造ですから、みんなこれで精神が病んでしまうんでしょうね。

頭ののぼせを取り去って、「今、此処の私」に居られるように、長い戦いになりますが、お互いに頑張っていきましょう。

投稿日時 - 2005-04-21 20:29:15

お礼

Syo-yaさん、こんにちは。
先週はたくさんのアドバイスをいただき本当にありがとうございました。

私が最近気がついたことは、食べ過ぎた日の翌日は、非常にヴィパッサナしにくいということです。
(私はよく食べる女です。 食べるの大好きです。お菓子も大好きです)
丹田にも集中しにくいです。
なので、段段と腹8分目にするようになってきました。
呼吸法のおかげも少しあって、シャキッとした感覚になってきました。

しかし、それを取り戻すかのように、夜中に食べ物を食べたくなりました。
何しろ半分寝ぼけているので、意思のコントロールがありません。
夜中にふと目覚め、何の迷いもなくまっすぐ食べ物を探しに行き、少し食べて安心して再び寝る…ここ最近毎日です。(朝起きた時、非常に気分が悪いT_T)
夫にそのシーンを目撃され「夢遊病かと思った」と言われました。(不気味だったと思います…^^; でも記憶ははっきりあります)

これでは、日中いくら食べなくても無駄です。

おそらく今晩も食べます。
寝つきはすごくいいです。それなのに寝てきっかり1時間半くらいに目覚めてパクパク食べます。

もうやめたいのですが、夜中に起きた私は別人です。
もちろん「観察」などはしていません。
翌朝、「ゲプッ」って感じで目覚めていやーな気分になります。

何かお知恵があれば、アドバイスいただきたく記入させていただきました。

投稿日時 - 2005-04-29 15:29:03

ANo.28

ーその1ー
こんばんわ、kuronecoさん。
長文、ご覧頂いて、さらに丁寧なお返事までいただいて感謝します。


スワイショウ、数息観、歩行瞑想、ヨガ、自発功・・・ですね。
確かに、どれにしようかなと、下心で頭が張り裂けそうになるんですね・・
(我ながら、本当にナイスな表現ですね!)


私がやっているのは「歩行禅」がメインです。
と、いうのは、冬の時代にダイエット・足腰強化・セロトニン神経強化・姿勢矯正のためにウォーキングを始めてから、歩くことが日課になってしまったからです。・・・と、言っても、かなりの時間を下心に費やしているので、無心で歩けることは少ないんですが、私にとっては坐禅よりも落ち着けるのが歩行禅なんです。で、たまに立ち止まったときは「立禅」します。「私は今、立っている!」という「今、此処の私」の感覚に集中するように努力するだけですが。

あとは早朝4時ごろ起きて、坐ったり、横になったまま、ゆっくりと吐く息を長くした呼吸を繰り返してから、ヴィパッサナをします。

あとは、出来るだけ、一日中、下心に気づく(ヴィパッサナ)ようにしてます。

  下心って「下界の心」って意味でしょうかね?
  つまり世俗を支配してる煩悩、欲望、渇愛、作為、マイナス電池なんでしょう。
  これが、一日中、私を支配していることがよくわかります。
  世間の人も、みんな下心に支配されていることが、よく観えてきます。


で、肩こりもそうですし、姿勢の乱れにも影響してくるのが「体幹筋」なんです。
抗重力筋ともいいますが、これはまさにダイエットのための筋肉でもある「赤筋」という持久力を司る筋肉でできているんです。この筋肉が血中に流れ出た脂肪酸をエネルギーとして消費してくれるのでダイエットになるんですが、この筋肉が弱ると長時間、姿勢を維持するようなことが苦手になるんです。

で、さらに脳からこの抗重力筋に「働け」と指令を伝えるのが「セロトニン」なんです。
ですから、姿勢の乱れは、セロトニン神経とも関わりがあるんです。
さらに、セロトニン神経が弱れば、下心で頭が張り裂けてしまうんです。

つまり、姿勢~セロトニン~下心~のぼせ・・は、ちゃんと因果関係にあるんです。

投稿日時 - 2005-04-21 20:28:39

お礼

Syo-yaさん、どうもありがとうございます。
すごく参考になりました!

Syo-yaさんは、歩行禅がメインですか。
足は本当に大切ですね。
私も教えていただいた「右・左」で歩いているうち、
いかに下半身の存在を忘れていたかわかってきました。
下半身に意識向くようになると、全身のバランスの狂いにも気づくようになりました。
足腰は本当に大切だと思います。

最近真剣にウォーキングかジョギングを始めようかと思っている所です。

ダンベル(1kg)は筋トレ中に使っていました。
あの頃はまじめにやっていたので、本当に良かったです。
当時だけは、少々食べても太らない身体になっていました。
再びやってみようと思います。実は部屋にあるんですよね、ほこりかぶったまま^^;
「赤筋」も鍛えようと思います。姿勢を正しセロトニンも増やしたいです。

ヴィッパサナ瞑想も一日に一度は必ず時間をとってしようと思います。
運動(スワイショウ含む)・集中→自発功→呼吸法→瞑想、これをバランスとりながら毎日やっていこうと思います。
ああ、やっと定まった感じです。
どうもありがとうございます。

「下界の心」…そうかもしれないですね。
下界…俗世間…(そう言えば俗って「人」の「谷」ですね)
私も一日中、下心をメラメラと燃やしています。下界の住人です。
本当に無為の人になりたいです。

>長い戦いになりますが、お互いに頑張っていきましょう。

はい、ありがとうございます。
でもこれを「修行」と言うならば、趣味や仕事と違って、年とっても病気になっても動けなくなってもずっと「意識」さえあれば、それこそ死ぬ一瞬前までも修行していくことが出来ますね。
それはとてもやりがいのあることだと思います。

本当にどうもありがとうございました。
頑張っていきます^^

投稿日時 - 2005-04-22 01:04:37

ANo.27

ーその4ー

お父さんから酷いことを言われたみたいですが、この世の全ては「縁起」なんです。
縁って起こるということは、kuronecoさんの長所も短所もお父さんと無縁ではないハズなんです。
ですから、「お父さんのせいだ」と言っても良いんです。
「私って・・・」と思い悩む必要はないんです。

で、「縁起」ということは、みんな縁って起こる被害者ということであり、また同時に縁って起こす加害者であるということなんです。パチンコの玉が互いに連鎖して移ろっているのと一緒です。

ですから、普通の発想だと「だってアンタのせいでしょ!」とか
「きっと私が悪いんだ・・・」となってしまうんです。

しかし、そうではなくて「悪いのは心のせい」なんです。
kuronecoさんが悪いわけでも、お父さんが悪いわけでもないんです。
悪いのは「心」なんですから、これから「心」を育てていけばいいんです。
どんなに不遇な人生でも決して自分を責めたりしないで良いんです。
どうせ責めるなら未成長な「心」を責めるべきなんです。

気づきの鍛錬が足りないから怪我をするんです。(スポーツと一緒です)
相撲も3年後のために今日の練習をするんだそうです。
心を育てる鍛錬も、3~4年後を見据えて結果を焦らず、鍛錬してみてください。

私も頑張ってます!

長蛇乱文失礼しました。

投稿日時 - 2005-04-20 18:12:08

お礼

私の方こそ、ものすごい長文になり申し訳ありません。

私はSyo-yaさんの掃除機のお話を読ませていただき、ものすごく共感しました。
私もそんな感じです。
「下心で胸が張り裂けそうな毎日」…ナイスな表現だと思います^^;

自由勝手で気ままで支離滅裂、泣いたり叫んだり…
以前にリンク先で「猫」に例えた煩悩の話を読ませていただきました。
(うちも猫飼ってるんですが^^)本当に猫みたいなものですね。
そんな「心」が育つ…育っていくのがどんな感覚なのかピンときませんが、それはとても希望になります。
「自分を許すことが出来るのも心」なら、
私が思い込んでいる以上に、「心」というのは大きいものなんだな、色んな力があるんだなと不思議な感じがします。

Syo-yaさんがそんなお話をされていても、宗教関係なんて思わないです^^;
そんな匂いは全くしません。
もちろんつまらない道徳とも感じません。
(以前に削除されたことがあるのでしょうか?)
うちだって実家は浄土真宗です。
信心深い祖母に、子供の頃「お釈迦様」の絵本なんて見せられていましたが…(このように育ちました^^;)

「カブトムシにも解るブッダの数学教室」、Syo-yaさんはクラスメートではなく先輩ですね。

私も頑張っていきます。

本当にどうもありがとうございます!

投稿日時 - 2005-04-21 03:05:39

ANo.26

ーその3ー
私も30歳の頃から知らず知らずのうちに焦り出していたんです。
自分では善いことだと信じてひたすら将来不安をかき消すように生きてきたんです。
でも、30代後半で空中分解してしまったんですね。。。
それから長い、長い冬が始まったんです。予言どおりに。。。(苦笑)

それまでは、いつでも何処かにいい所があるんじゃないか?とか
あれを得れば幸福になれるんじゃないか?とか
「下心で胸が張り裂けそうな毎日」を過ごしてきたんです。
何時でも誰かの顔色を伺いながら・・・。
(今でもそうなんですが・・・・)

掃除機のような欲しがるばかりの人生だったんでしょうね。
気が付いたら掃除機のパワーレベルが「最強」になっていたんです。

ところが、大きすぎるモノや、一度にたくさんのモノを吸おうとしていたので、吸気口がふさがり掃除機本体が「ウィ~~ン」と唸りを上げて、求めてものは何も得られず、得られてもむなしいだけで大きな満足には至らず、それでも得よう、得ようとして、自分を押し殺し服従し、結局はうつ病にまでなってしまったんですね。。

これは全部「私は幸せになりたい」とか
「私は何をやっても駄目だ」
「あの人はいいな・・・」とか
「あいつは嫌い」とか
「私」or「あなた」の世界で生きてきたからなんだと想うんです。

好きか嫌いか、白か黒かの二極的な価値判断の中で生きていると、
勝者と敗者しか出来ませんから、結局は、私のようになってしまうんです。


でも、そうじゃなかったんです。
この歳になって、初めて知ったんです。
「カブトムシにも解るブッダの数学教室」を知って悟ったんです。

悪いのは、私でもなく、あなたでもなく、『 心 』なんです
これだけは絶対に移ろわないんです。

おそらく、世の大半の人は、このメカニズムを知りません。

うまく言えませんが人生の目的というか、本当にやるべきことは私の幸福とか、貴方の不幸とかではなくて、「心」を鍛え、育てることなんだと想うんです。

私のせいでもなく、あなたのせいでもなく、心のせいなんです。

kuronecoさんも、もしかしたら自分を責める癖がついているかも知れませんから、
どうか「こんな私を許します、認めます。受け入れます」という言葉を大切にしてください。
<試しに、24時間、ひたすら、この言葉を念じ続けてみてください>

なぜならば、自分自身を許すことが出来るのも「心」の仕事なんです。
これだって心を育てる言葉なんです。
神経で言えばセロトニン神経なのかも知れませんが、まあ「心」としておきましょう。

投稿日時 - 2005-04-20 18:10:01

お礼

いろいろ知識が増えるほど「あれもしたいこれもしたい」「あれした方がいいのかこれした方がいいのか」で混乱していきます。(…欲望でしょうか…)
なんだかどれも中途半端なような感を否めないのです。

筋トレなどはノルマ的な感じで、自分でプログラムを作ったら後はしんどくても毎日黙々としていくだけです。それで筋肉もつきます。
どれに絞ればいいのか…その日の気分でもいいのだけどどれもが良さそうで、決めきれず集中しきれずって感じです。

Syo-yaさんの言われているように、一歩一歩ひとつひとつの感じが欲しいですが、いつも迷っています。
そんなこと自分で考えろと怒られそうですが、質問させて下さい。
Syo-yaさんは普段、毎日何か「これは絶対するようにしている」ということは決めてらっしゃるでしょうか。

投稿日時 - 2005-04-21 02:10:57

ANo.25

ーその2ー
で、せっかくの機会ですので、さらに大切なお話をします。
悪いのは、私でもなく、あなたでもなく、心なんだということです。


同時通訳をしてると、そのうち解るようになってくると想いますが、「悲しい・・」と想っていても、「嘆き、嘆き・・」と同時通訳していると嘆きも軽減されてきます。「気が付く」ということは「気持ちを落ち着ける」ということですから、気持ちを落ち着けると、さっきまでの「哀しかった私」が消えてなくなってしまうんです。(本当です、実験してみてください)
また逆に、さっきまで気持ちよかったのに、何かの縁起で急に「怒り」が湧いてきますよね。
こうやって一日中、心というのは意馬心猿に変化し続けています。


このことが意味するのは、実は、どこを探しても「これが私」といえる「普遍の私」など存在していないということです。
「私syo-ya」も一日のうち何千回も気分も心も入れ替わり立ち代りして変化しています。
赤ん坊の時の私と、今日の私は同じ私のように思えますが、全てが違ってますよね。
kuronecoさんだってそうです。
ハイテンションな時もあれば、ブルーな時もあって、瞬間、瞬間でまるで別人なんです。
これは世界中の誰もがみんなそうなんです。

「私でもなく、あなたでもない」とは私の勝手な造語なんですが、
自分を客観的に観察して解るのは、普遍の自分など存在していないということなんです。
これを「諸法無我」と言います。


しかし、ただ一つだけ普遍に存在するものがあるんです。


怒っている時に「あ、私は今怒っている・・」
嘆いている時に「あ、私は今ブルー入ってる」
歩いている時に「私は今、右足から歩いてる」・・・です。

どんなに「私」が移ろっても、この「気づき」だけは移ろわないでしょう?

これは何か???
これが「△△△」なんです。

この気づきの能力はせいぜいおろそかになる程度です。
おろそかになった状態を日本では「心、此処に在らず」と言いますから、
まあ「心」としておきましょう。

・・・と、こんな説明で伝わるでしょうか?
私は、つまらない道徳を説いているんではないんです。
うつ病で精神状態を乱し、オカルト人間になったワケでもないんです(^^)
「世界は微笑みですよ!」などというメルヘン系の宗教バカになったワケでもないんです。

「心」って本当にあるんです。

投稿日時 - 2005-04-20 18:08:44

お礼

先日URL教えていただいた、臨済禅の座禅のページを読ませていただき、数息観などしていました。(座布団をはさむと本当に楽ですね!^^)
「丹田にはきかけるように」という記述に目がとまり、その通りにしてみたら、
「おお」と心の中でうなる程、下腹がドシッと満ちた感じになりました。
うれしかったです。

日常でデスクワークをしていますと、最初は伸びていた背筋も夕方頃には丸くなり、手もものすごく疲れて
みぞおちでなんとか身体を支えている状態になります。

私は30になるまで肩こり知らずだったのですが、この仕事をきっかけに肩こりになりました。
焦って筋トレやストレッチなどを毎日せっせとしていました。
効果はすぐあって肩こりはすっきりし、身体も軽くなりました。
「肩こりなんてちょっと運動すれば治るんだ」と調子にのって運動をサボッていたら、
あたりまえですが、肩こりが復活しました。
しかしそれからはどう運動しても治らないどころか身体全体がしんどくなり、仕方なく運動はあきらめヨガに走ったのでした。
やっぱり心理面の方がきていたのだと思います。

Syo-yaさんにこんなことをお聞きするのは、違うと思うのですが…。
Syo-yaさんにはたくさんのことを教えていただきました。
いろんなリンク先も教えていただき、それのどれもが私には魅力に感じました。
あれもしてみようこれもしてみよう…いろんなことを実践してみました。

普段の日常は主に、動作の実況中継、気づけば感覚、感情、思考の実況中継をしながら生活しています。
しかし改めて実践するとき、例えば夜寝る前の一人の時間など、
「スワイソウをしてそれから数息観…いや待てよ座って神経との追いかけっこをしてそれから…」
こんな感じになるんです。
同じように呼吸法にしても、ヨガでの呼吸法、聞きかじった呼吸法、アドバイスいただいた呼吸法、それのどれもがごっちゃになっていきます。

呼吸している最中に「まてよ…確かこのときは胸をはるんだ…いやいや下腹に集中して…それよりも鼻に通る息を感じねば」等、混乱して呼吸が苦しくなっていきます。
能動的に意思で身体を…ということをしようとするとこうなっていきます。受動的な実況中継はいいのです。

投稿日時 - 2005-04-21 01:50:40

ANo.24

ーその1ー
しつこくすいません。
大切なお話を伺ったのは、こちらのほうです。

まず、私がkuronecoさんのセンスが抜群だ!と信じているのは、以下の理由なんです。
http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=946735(こちらの#4)
どうです? 説得力あるでしょ?(笑) でも、これは真実なんですよ。


で、私はただ単に数学(人生)が苦手で、苦しんだ人間なんです。
で、苦しんだ末に「カブトムシにも解るブッダの数学教室」という本に出会って、
諦めかけていた数学が嘘のように解けたので、面白くなってきたというだけなんです。

で、同じように苦しんでいるクラスメートに、
「こうやれば良いんだよ!」と伝えているだけなんです。
私の存在は、ただそれだけの存在なので、どうか誤解しないでください。
人生の苦悩からの脱出方法を誰にでも体験できるように説き明かしたのはお釈迦さまなんです。

・・でも、私がこういうことばかり書いていると宗教団体の人間だと誤解されてしまうんですよね。。。独学だと言っても誰も信じてくれないんです(死の淵を彷徨った人間の底力が理解できないんでしょうか) ですから、もしかしたらこのスレッドも管理者から誤解され削除されるかも知れないので、覚悟しときましょう><

投稿日時 - 2005-04-20 18:06:50

お礼

Syo-yaさん、こんばんは。
たくさんのお返事を本当にどうもありがとうございます。
すごくうれしかったです。

参考URLも読ませていただきました。
「あ、そうなのか、そういう面もあるのか」とパーッと晴れやかになったりして…
心って本当に単純ですね(^_^;
ありがとうございます。続ける意欲がパワーアップしました。

うつろいやすい「心」のお話を読み、さらに大切なこと思い出させていただきました。
確かに観察している目、淡々と観察しているということ、
それらは変わりようがないですね。それだけは変わらないですね。

昨日のお返事を読ませていただいて、私もうーんとなってしまったのは、
やっぱり私は「何かを得る」為の手段として、「気づく」ということをしようとしてしまうことでしょうか。
呼吸への集中にしても、数息観にしても、「ただする」っていうんじゃなく、「これで鍛えるぞ」とか「上達していくのだ」など結果への色気むんむんでして…、
それが緊張になっていくのがわかるんです。
そういう気持ちのときは、観察もギクシャクして、自分でも何やってるんだかと思います。
なんど教えていただいても、わかってるつもりでハマッていきます(>_<)

で、そうか、「結果を出したい」と思っている自分に気づくのだ…「いや、それに気づこうとしている自分」に気づくのだ…「気づこうとしている自分に気づこうとしている自分」に気づくのだ…ああわけがわからなくなった…と完璧にのぼせの世界になっています。

結局、作為だらけです。
これ、私の生き方です。
「自分を責めているのでは」と言っていただいて、「…そうかも…」と思いました。
「そんなに自分に厳しくしなくても、完璧じゃなくてもいいのに、なんでムキになるんだろう」普段そういう疑問があるのも確かなのです。

生育暦は確かに問題ありげだし…。
「許します、認めます、受け入れます」念じつづけてみようと思います。

投稿日時 - 2005-04-21 00:37:57

ANo.23

「心」を感じた体験は、説明しにくいんですが、なんか忘れていたような、何かの感覚を感じたんです。普段の思考や意識のレベルとは違ったレベルの、もっと素直な無垢なレベルに「心」があるような感じといいましょうか、純朴、純粋な感じです。瞑想にはいくつか段階があって、思考が止まるというレベルにまでいくようなんですが、もしかしたら、そんな状態になると、この「心」だけの世界に入るのかも知れませんね。。。私はそんなに瞑想状態でもなかったんですが、なんとなく感じたんです。

でも、もしかしたら思考の中で感じただけなのかも知れませんし、そういう神秘的な感覚ってよくあることなので、あまり気にしないようにしようと想います。他にも顔に強い光を感じたときとかもあるんです。こういう一時的なことに執着すると、また、のぼせますから、逆効果なんですよね。。。。(難しい話ですね)


>>観察する目線が癖になってくると、自分の嫌な部分に行き当たっても、観察する眼は淡々とそれを見ます。

やっぱりkuronecoさんは自発功といい、ヨガといい、センスがあるんでしょう。
このままで良いと想いますし、何よりも気づき続けることが大切だと想います。

野球に喩えれば、今まで、時速160kmのボールが打てなかったのに、たくさん練習をして選球眼を養ったら、ボールが止まって見えるようになるでしょうから、思い通りに打てるようになるんでしょうね。

今の健康を維持して、心の底から幸福になれるように、たとえ、世間的には不幸でも、本当に幸せになるには、「心」を育てて、「善い行い」をすることなんです。

だって、自分の心に対する選球眼がなければ、自分の心が解らないので、160kmのボールを空振りするバッターのように、行いも狂ってしまいます。狂った行いしか出来なければ人生がさらに苦しくなるばかりでメンタルヘルスに相談するようになってしまうんです。
だから心というボールを見極める選球眼を養って、ホームランもヒットも打てるようになるから、少欲知足で自在な人生になり、生きてることが最高に楽しくなるんです。


kuronecoさんは元々のセンスもあるでしょうし、健康も具わっていると想いますので大丈夫だと想いますよ。
でも、センスがあるから欲が出ることも確かなことなので、なんとも言えませんよね(^_^;

逆に私のように昔はセンスあったけど、全てを失った人間のほうが一歩、一歩進んでいくので、駆け足で間違った方向に進まずに、ユックリと正しい道に進めるというケースだってあるかも知れません。(・・と、軽く自慢してみたりします。フフフ)
http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1163617

投稿日時 - 2005-04-19 07:10:40

お礼

ですから
>逆に私のように昔はセンスがあったけど、全てを失った人間のほうが一歩、一歩…

センスがないので最初からくらぶべくもないんですが、私はそういうのがとてもうらやましいと感じています。
私は子供の頃からこうで、コツコツしないんです。長続きもしないんです。
続けたことがないので、好調・不調というものはある、毎日の変化がある、ということを知らなかったんです。頭ではわかってても。
グラフの右肩上がりの線みたいなイメージしかなくて、進歩しても退歩することはないだろうと思い込んでいました。
だから「毎日違う」という言葉はありがたかったです。とても。そうか!と思いました。気が楽になりました。

今度は、(時速160kmのボールのたとえのように)長続きしなくなるというその過程と現場をじっくり観察していこうと思っています。

「心を感じた体験」どうもありがとうございます。
そして参考リンクの体験も読ませていただきました。

深遠すぎて…そういう意識レベルは想像もつきませんが…
「神秘的な感覚っよくある」ってそういうものなんですか…。

Syo-yaさんは昔はセンスがあったとおっしゃられますが、それは昔から変わっていないのではないでしょうか。
センスがあったからこそ自らが全てを捨てたとは言えないでしょうか。
…知ったようなこと言ってすみません。
でもそう感じました。

なんだか、愚痴めいたことばかり書いてしまいました。
私も一歩一歩、歩んでいきたいと思います。

本当にどうもありがとうございました。

投稿日時 - 2005-04-20 01:45:00

ANo.22

おはようございます、kuronecoさん。

これは大切なことなので、どーーしても伝えたいんですが、
「結果を出したい」「思い通りにしたい」・・・これが「欲望」なんです。
無色透明で無力のように思えまずが、kuronecoさんから健康を奪っていた正体です。


仏教では「渇愛」といって、まるで喉の渇きを満たすがために水を求めて彷徨うようなエネルギーだと言います。私たちの生命維持活動を支える電池のようなパワーなんですが、このパワーで生きられる反面、このパワーで自分が破壊されてしまうんです。

なぜならば「欲望のパワー」って決して「満足」にはならないからです。

これは、永久に求め続けるだけのエネルギーであって、掃除機のようなものなんです。
私はブラックホールのようなものだと想ってます。
自己観察してると、この餓えたエネルギーがあらゆる思考を支配しています。
一日中、朝から晩まで、喉の渇きのようなパワーで、私たちは生きているんです。


で、ここからが大切なんですが、これは満足する心、足るを知る心とは、違うものなんです。
話題のホリエモンのように求め続けるだけで、絶対!!に満足しない、出来ないんです。
どんなにリッチになっても絶対に心は幸福にはなれ無いんです・・・・。

なぜかと言うと、まだ赤ん坊の心が、枕もとにあるミルクに気づけずに泣き続けているようなものだからです。「ちょうだい、ちょうだい!」と泣き続けているだけのことなんです。
なぜならば、心がまだ赤ん坊で、心眼が開いていないからです(ぞぉ~~ ><;
(霊が彷徨うように・・・・??)


逆に満足とは心眼が開いていて「あ、ミルクだ!」と気づくことなんです。
「ゴクゴクゴク・・・ああ、美味しかった!」となれば満足なんです。

だから、そのために気づき続けて心を成長させて、心眼を開き、ものごとをしっかりと観て「ああ、幸福は此処にあったんだ!」「不幸の原因は此処にあったんだ!」「本当に大切なものは此処にあったんだ!」と気が付くことで、本当に幸福になってくるんです。「足るを知る」ですね。


そうして、さらに成長して、この世界をも正しく観ることが出来るようになれば、この世界の全ては無常に移ろっているので、私にもみんなにも老・病・死が等しく訪れるし、いつ事件、事故に巻き込まれるか、何が起こるかわからないんだ・・・と、幻想を捨てて、ものごとを正しく判断できるようになるから、何時だってのぼせずに「今、此処の私」で居られるようになり、気負いもなくなり、最終的には死をも恐れない境地に達することが出来るんです。


ただ、私も含めて多くの人は心眼が開いていないから、盲目的に「何かを得れば心が満たされるんだ!」と勘違いして、欲望のままに、パワーを全開にしてしまうんです。そして表面的には多くのモノを所持するようになるんですが、自他を滅ぼし、決して、心が成長することなく、満たされることなく人生を終えていくんです。心は餓えたまま死んでいくんです。(仏教ではこの餓えたままの心「渇愛」が輪廻転生に繋がる原因だといいます)

  こんな説明で伝わりますかね・・・? もしかしたら、
  かなり凄いことを書いてますので、何度か読み返して欲しいです。


逆に、なにごとも私たちの想い通りになってしまって、みんな不老不死でリッチになったら、
誰が豪邸を作る大工をするのか? 誰が野菜を作るのか? です。

もし、みんなの想い通りになったら、みんな共倒れしてしまうんです。
みんなの思い通りにならずに、餓えているから、生きられるんです。
ですから、餓えている状態で正解なんです。
いつでも何かに満足できない状態が正しい状態なんです。
だって、私たちの電池はそうなっているからです。(マイナス電池なんです)

その電池があるうちに、心を成長させて、幸福に至るのが私たちの△△なんです(たぶん)
(△△が使命なのか、仕事なのか、出世の本懐なのか解りませんが・・・)

(分割投稿します)

投稿日時 - 2005-04-19 07:10:00

お礼

ありがとうございます。Syo-yaさん。

求め続ける心、「結果を出したい」「焦り」これは私の人生の時のほとんどにあてはまる状態です。
常に「○○になりたい」「○○の状態にしたい」…しかしそれと共にいつも虚しさがありました。
それを目標として頑張っているときはとにかく楽しい。
でも目標と達成(しないことの方が多い)の繰返し。なんかおかしい。達成したときだけうれしくて、また虚しくなる。
「だから…?」という白けた気持ちが常にあるし、
自分は一体何が欲しいんだろう?
何を手に入れたら満足して、不平を言わなくなるんだろう。
こんなことひそかに考えてた人間なんですよね、実は。
モンモンとのぼせていたのでした。

「マイナス電池の状態で正解」…なるほど!

Syo-yaさんとご縁があって、ヨガの質疑から発展して、生き方へのご教授いただきました。
私が本当に欲しかったもの…「心の平安」「自分で自分を幸せにする力」…でもそれさえもまた求める心になってしまっていましたね、同じことの繰返しです。

大切なこと書いていただきました。

Syo-yaさんはセンスあるとおっしゃってくださってとってもうれしいのですが、自分ではあるとは思えません。

ヨガだって2年弱、四苦八苦しているわけです。
同じ頃はじめた人が「気持ちいいね~」なんて言いながら上達しているのを横目に、
「何で?何で?」とかえって体を悪くしている人間です。

Syo-yaさんがアドバイスを下さったおかげです。
それだけです。
それは、Syo-yaさんの人を導くセンスです。
こんなこんがらがっている人間に、忍耐強くもつきあって下さったと思っています。

この前親に言われてグサッときた言葉があります。
「なんでも小器用にこなすけど、これといったものがない」
結局いつもうわべだけつくろってささっと出来たフリをして、わかった顔してて、フワフワフラフラしているうちに、
ほかの人はたった一つのこと(ひとつひとつ)がしっかり身についているわけです。
30も半ばすぎた今は、それにものすごい焦りもありましたし(今も)自分の生き方って一体…という感じです。
劣等感のかたまりみたいな人間です。
センスがあるから欲があるんではなく、劣等感があるから欲深いんだと思います。

投稿日時 - 2005-04-20 00:55:30

ANo.21

で、気づき方も天邪鬼に気づけば良いんです。
心行に気づこうと≪ 想っている自分にこそ ≫気が付いて「心行にこだわっている・・」です。
「ありのままの自分」「今、此処の自分」に気づくことが大切なんです。
「よし、気づこう!」と≪ 想っている自分にこそ ≫気が付くことが大切なんです。

・・・・・これが簡単なようで難しいんです。^^;
特に最初は気が狂いそうになります。><;
作為の中で気づこうとしないで、素直に気づけばいいだけなんです。

もし、頭が混乱してワケが解らなくなったら、それは、瞑想が順調に進歩して、気づきの能力が上がっているというこの証拠なんです。なにごとも上達する人が悩み苦しむ人なんです。悩み苦しむ人は上達している人なんです。筋肉と一緒です。
で、そんな時にも「混乱している・・」と2~3回、気がつけばいいんです。

「混乱している・・」
「こだわっている・・」
「焦ってる・・」
「結果を出そうとしている・・」
「思い通りにしようとしている・・」
「出来て当たり前と想っている・・」
・・のように、ちょっと天邪鬼な感じで「今、此処の自分が何を感じているか?」に素直に気づいていけば良いんです。


もし、この文章をご覧になって「あん?」と想っているのであれば「悩んでいる・・」と気が付いてください。
「何、言ってんだか、さっぱり解らない」と想っているのであれば、「混乱している」と気が付いてください。
そして欲を言えば「Syo-yaの投稿を見ることに縁って混乱が起こった・・」と心行に気づけば良いんです。


これは、イヤになるほど実践して慣れるしかないです。
「習うより慣れろ」です。
本当の仏教とは実践の教えなんですから・・・。



できたら、静かな時間を作って、足が痛くならないように座蒲団を工夫して、あぐらでも正座でもして、呼吸の観察に集中してみてください。
呼吸への集中が途切れ、神経が意馬心猿に働きだしたとき、同時通訳をして、また、呼吸の観察に戻ります。
http://www.rinnou.net/cont_02/suwaru.html

私のHNにある歩行バージョンも是非、やってみてください。

投稿日時 - 2005-04-18 18:30:51

お礼

すみません、飛びましたが続きを記入させて下さい。
(No.26は通信用に使わせて下さい)

URLをどうもありがとうございます。
実を言いますと、今だ呼吸への集中、数息観はしているうちに雑念だらけで苦しくなります。
今回いただいた回答でやはりトレーニングの大切さを改めて感じたので、やります。歩行バージョンもやります。
ちょっとあちこち気持ちが飛びまくってますね。
素直に気づいていきます。

いただくご回答とても励みになります。
またどうぞよろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-04-19 03:57:41

ANo.20

で、心のプロセスも、そんなに難しく考えなくてもいいんです。
まずは「心行に気づこう!」と想っている < そんな自分にこそ >気が付いて、
「私は今、心行にこだわっている・・」と気が付けば良いんです。

そして、それは「Syo-yaの投稿を見ることに縁って起こった執着である・・」と気が付けば、それが心行に気づくことなんです。私たちの心は、必ず、何かに縁って起こってますので(縁起)そこに気づくようにしてれば良いんです。


例えば、こんなことなんです。

花瓶が割れたとします。
ちゃんと観察していれば、【窓が開いてて、強風でカーテンが揺れたために花瓶が落ちた】と解りますから、「まあ、仕方が無いな・・」と諦めも出来るんです。納得できるんです。「縁起」と「無常」を心から納得できますよね。

ところが、私たちの「心」というのは、まだまだ眼も開いていないような赤ん坊なんです。
ですから、花瓶の音に驚き、昂奮して、のぼせてしまって、ヒステリックに泣き喚くんです。
ちゃんと観れていないからです。

>>わけもなく「イライラ」した時・・・と、ありましたが、これが、まさに、赤ん坊状態ということなんです。私たちの「心」は、まだベビーベッドに寝ていて、眼も開いていない赤ん坊という証拠なんです。

その「心」を成長させる、目覚めさせる唯一の方法が「気づくこと」なんです。


・・・と、実は、今日、私は上記のことを体験してしまったんです。。><;
自分の中に「心」というのを感じてしまったんです。。。。
まだ眼も開いていないような「心」の存在を感じたんです。
そしたら、またスーッとのぼせが引いていったんです。

うまく言えませんが「心」というのは、「私」とは別にあるのかも知れません。
鳥肌が立って呼吸が乱れるほど怖かったですが、「心って本当にあるんだ・・・」と感じてしまったんです。
仏教、お釈迦さまが怖く思えました。
もしかしたら私の想像を遥かに越えたものが仏教なのかも知れません。
「悟りの境地って、いったい・・・」と震える想いでした。

これまでに何度も「これは心を育てる瞑想ですよ!」と言ってきましたが、実は、私も何も解っていなかったと感じました。「心って思考や意識とは、違うな・・・」と感じたんです。

まあ、私はうつ病になるほどでしたから、ただ単に弱っていただけなのかも知れませんが、腕を失って、初めて腕のありがたさが解るように、もしかしたら私も心を失っていたので、心の存在に気づけたのかも知れません。

いずれにしても、今日「心」の存在を感じるという不思議な体験をしました。。。><;

投稿日時 - 2005-04-18 18:29:30

お礼

Syo-yaさん、こんにちは。
先日はどうもありがとうございました。
おかげさまで、夜中にモノを食べたくなる衝動は今の所やんでいます^^

私は筋肉痛の日々を送っています。
今回GWで初めて10連休をとれたので、主に運動に集中していました。

軽いジョギング、ダンベルをしながら、ヨガでは主に姿勢を矯正するポーズを重点的にしています。
後は呼吸法に集中しています。
ずっとお伝えするのを忘れていましたが、本来の質問の一つであった、ヨガをするとしんどくなる、熱が出る眠れないなどの症状はまったくなくなりました。
Syo-yaさんのおかげです。
本当にどうもありがとうございました。

今は下半身を意識することと呼吸法により、丹田の大切さを痛感しています。
丹田を意識すると下半身がドシッとして、大地の上に立っている!という実感がわきます。
(今現在、家の事情でヨガ教室の方はお休みしていますが)
教室では常々「ポーズは全身(丹田)に効かなければ意味がない」と言われていました。(よくわかりませんでした)
が、自分は丹田に全然効いていなかったのが呼吸法でよくわかるようになりました。
丹田を意識しながら呼吸をすると身体が自然と上に伸びていき、「ああ下半身の上に上半身がのっかっているな」という楽な感じが出てきました。

しかしまだまだ身体の一部分が伸びるとどこかほかの一部分がきゅっと縮むという現象が起きます。力んでいるんでしょうね。
丹田を意識する呼吸法により、だいぶ吐く息が楽になり、身体もゆるんできているのですが、
普段はやはりみぞおちで「息がつっかえる」という状態が多いです。

また質問をさせていただきたいのですが…。
呼吸法で吐く息に重点を起き、吸う息は自然に入るようにしています。
しかし吐く息により腰が立って身体がすっと伸びてくると、今度は吸い込むのが困難になりました。力んでいるのかな…。
息が入るとき胸のあたりがものすごいつっぱって苦しくなるのです。
長年の姿勢の悪さから、みぞおちから胸まわりの筋肉がカチカチに硬くなっています。
しかし腹式呼吸をしているつもりなのに、胸がこわばるのは腹式呼吸になっていないのか…?と思っています。

質問ばかりで恐縮なのですが、何かアドバイスをいただければと思います。

投稿日時 - 2005-05-08 14:57:35

ANo.19

<長文になるので分割して投稿します>

こんばんわ、kuronecoさん。
最近、投稿はしてませんが、自分の勉強に費やしているだけですから、気軽に質問してください。

自発功に関してですが、タイの仏教瞑想道場でも、自然の動きに任せることを認めているようです。タイの土着のマントラを「ナナナナナ・・・」と、繰り返し唱えることで集中に入り自発功が始まるようです。が、あくまでもヴィパッサナの前段として、リラックスと集中のためのサマタ瞑想です。


それにしてもkuronecoさんの感性の高さは天性のものなんでしょうね。

だから、逆に「出来て当たり前」という好調の感覚に固執してしまうのかも知れませんね。
そして、それが心理的な追い込みになって、のぼせに繋がって、不調へと発展していくのかも知れないですね。

「出来て当たり前」という観念は、本当に危険なんですね。

「幸せになって当然」とか「健康で当然」「若くて当然」「私の人生は人並みであるはずだ」・・・という、普段、全く意識しない、無色透明で無力のような「思い込み」が、一番、力を持っているんです。

で、いざ病気になったり、事故に遭ったり、事件に巻き込まれたり、死の宣告を受けたり、挫折、絶望、不調になると、普段の思い込み、信じて執着してきた観念との間に矛盾が生じるので、一気にのぼせてしまってヒステリックになって、「今、此処の自分」が完全に不在になってしまうんです(本当に気が狂ってしまうんです)

だからこの瞑想の目指すところは、老い、病、死の恐怖さえも乗り越えるという境地なんです。
何時、何があっても、のぼせずに「今、此処の私」に留まる境地なんですね。。。。

「心」って誰にも見えないし、何を想うのも自由だし、想っただけでは影響力はないし・・・と、無力のように思えますが、実は、世界で一番、力を持っているのが「心」なんです。そして、世界で一番移ろい易いものなんですね。。。。

・・・と、これも、ただ理屈で、頭でわかったような気になっただけでは不十分で、実際に体で覚えないといけないんです。この瞑想は体に覚えさせることが重要なんです。本当に心を育てるんです。ですから私が教えて差し上げられる範囲は最初のレベルだけなんです。もし、本気でやるのであれば、一度、専門的指導を受けられると良いと想います。

投稿日時 - 2005-04-18 18:27:18

お礼

Syo-yaさん、ありがとうございます!お元気で何よりです^^ 

理解未熟ながら、じっくり読ませていただきました。

…そうです、「混乱」「焦り」「結果を出したい」「思い通りにしたい」
見透かされたかのようにその通りです(汗)

結局淡々と実践し、気づいていくこと…身体で覚えていくこと…すぐ初心を忘れてしまいますね。
スポーツでも基礎トレが一番重要ですもんね。

今回のご回答でまた思い出させていただきました。

>「心行に気づこう!」と想っている<そんな自分にこそ>気がついて

はい。つい「今ここにいる」ことを忘れてしまっています。
自分を離れて見る感覚…とても役立っています。
気づいていくって…夢からさめるとまた夢だったっていう夢のように感じ、やっぱり混乱します。
淡々と実践…縁起にも注意を向け、徐々に気づいていければと思っています。
本当に何も見えてないと思います。

>老い、病、死の恐怖さえも乗り越えるという境地なんです。

私はちょっとヴィパッサナを恐く思う時があります。

観察する目線が癖になってくると、自分の嫌な部分に行き当たっても、観察する眼は淡々とそれを見ます。

内心、「わかりたくない」「イタタタ」とか「キャー恥ずかしい」という感じなのに、私はそれを感じることから逃げれません。
(この感じ…わかりますでしょうか…変かもしれません)

気づきたいと言いながら、全部をあからさまに見ることはとても恐く感じます。

同じ理由で「死の恐怖」や「ものすごい恐怖(老いもすごく恐いです)」を乗り越える前に、それを何ていうか…今までのように見てるつもりで見えてなかったり、ごまかしている状態ではなく、そのままをあからさまに経験しなければいけないのかなと思うと恐いです。

…のぼせてる中の言い分なので(^_^; これから実践を続けていくとまた違うかもしれませんね。


>自分の中に「心」というのを感じてしまったんです

これは…ものすごく不思議な…瞑想中になのでしょうか。
「心」に出会うって…怖いものなのか…想像もつかないんですが、読んでいるうち何故かいっしょになって「怖い…」と感じてしまいました。

もしよければ、その時のお話もっとお聞きしたいです。
興味本位なのですが。
心が思考や意識と違うというのもとても興味があります。

投稿日時 - 2005-04-19 03:31:37

ANo.18

書き忘れてました。

あと、自分をVTRで見るようにするのもイライラ対策だけでなく、とても有効です。

幽体離脱というか、ちょっと自分を離れてみる感覚です。

まさに、kuronecoさんが「テレビの同時通訳」と仰るような感覚ですね。

身体の外はテレビで見るように、内側に現われる感覚は神経の通訳をするように・・・と、
内も外も徹底的に客観視するんですね。

解釈無しのイライラ対策にも良いかも知れません。
お試しください。

投稿日時 - 2005-04-09 19:32:39

お礼

Syo-yaさん、ありがとうございます、自分を離れて見る感覚やってみています。
いい感じです!^^
目を閉じてそういう風にイメージすると、自分の周りの空間が広がったように感じます。
自分が全体で感じられるような…うまく言えませんが。
自分の中にここ数日、何とも言えない感覚があります。

また報告&質問をさせて下さい。
どうぞよろしくお願いします。

(下で記入し忘れましたが、きな粉ぜひ試してみます。きな粉けっこう好きなんです^^)

投稿日時 - 2005-04-14 01:06:08

ANo.17

こんにちわ、kuronecoさん。

同時通訳ですかーぁ!
なんと素晴らしい表現でしょう。

神経言語プログラミングという心理療法があるんですが、
ヴィパッサナーも、まさに「神経言語の同時通訳(翻訳)」ですね。

普段「私」と想っている「私」は、この複雑怪奇な神経の創りだす機能にすぎないんですね。
この神経の働きを管理できて初めて「自己理解」と「平常心」が育つんでしょうね。

神経言語を理解するということは、自らを理解するということでしょうね。
のぼせの原因となっている悪い部分を理解・反省する為にも翻訳が必須ですよね。
神経言語を同時通訳することで自己理解は深まるし、平常心は養われるて、自己矛盾が少なくなり、自己実現が可能になって、人生が楽になってくるんでしょうね。。。(こんな凄い科学的なことが2500年も前からあるんです。。。日本人は本当に損をしてきたと想います)

「神経の同時通訳」という表現は本当に素晴らしいと想います。
kuronecoさんは本当に勘・センスが良いんですね^^
(今後、使わせてください。)



>>わけもなく「イライラ」した時、実況中継しつつもどうにもなりません。

「わけもなく」とありますが、仏教では「縁起」という考え方があって、森羅万象の出来事は必ず「何かに縁って起こっている」というんです。『原因と結果の法則』という本も有名ですが、イライラも”きっと”この縁起の理法で成り立っているんです。

ですから経典では【 心行(心のプロセス)にも気づくようにしましょう 】とあるんです。
【まだ気づいていないことに気づけるようにしましょう】ともあります。

見たもの、聞いたもの、触ったもの、意識の在り方・・・に縁って、イライラが生まれたのかも知れません。幸福そうな人を見て、劣等感が湧いて、そしてイライラに発展したのかも知れないし、一瞬、頭をよぎった過去の記憶がイライラを呼び覚ましたのかも知れないし、未来への不安、欲望が引き起こしたのかも知れないし、逆に元気すぎてイライラしているのかも知れませんし・・・何かあるんです(きっと)

そういう「心行」に気づけるようにしたほうが良いと想います。
でも、出来なければ、普通に「イライラしてる・・・・」でもいいし、
イライラが鎮まった頃に「ずっとイライラしていた・・」と後追いの気づきでも良いんです。

心も筋肉と一緒で、やればやるだけ育ってきますので、きっと、そのうち自然と心行にまで気づけるようになると想いますので、焦らずに気長に、楽しみながら、喜びながらやってみてください(神経言語の同時通訳の専門学校生になったつもりで)


逆に、この瞑想で一番やってはいけないのは<解釈すること>なんです。
「なんで気づけなかったんだろう」とか
「イライラが止まらない!」
「イライラの発想しか出来ない!」
「なんで、こんなことばかり想うんだろう?」等々の解釈をすると、
それがまた妄想を生んでしまい、さらに、のぼせてしまうからです。

< 立ち止まる時には沈み、あがくときには溺れるのです >ですね(難しいですけどね)

国連の同時通訳者が会議中にパニックってしまったら駄目ですよね。
本当にそんな感じで、ただ淡々と、客観的に、平常心で行うんです・・(深い!)

時間はかかりますが、飽きず懲りずに続けてみてください。
私も同時通訳というお言葉を頂いて、さらに気づきを得たので、益々、頑張れそうです!
ありがとうございました。



ps
あと、これも説明すると長いんですが・・・、女性には「きな粉」がお薦めです。
ビタミンCが入ってないですが、心身の両面にとても素晴らしい効果が期待できますよ。
100円ショップでも売ってます。

投稿日時 - 2005-04-09 17:42:41

お礼

Syo-yaさん、どうもありがとうございます!
お礼が遅れまして申し訳ありません。ちょっと家を空けていました。

>なんと素晴らしい表現でしょう。
Syo-yaさんにほめていただくなんて、うれしくて私はまたカッカとのぼせていきそうです(いけない、いけない^^;)
ゼヒゼヒどんどん使って下さい。

>イライラも”きっと”この縁起の理法で成り立っているんです。
「心行」…「心」ですね。
今は実況中継が未熟で、とにかく手当たり次第の観察のようになっていると思います。
注意を心にスライドしてやってみようと思います。
専門学校生…入学したばかりですがやっていきます(笑)

>焦らずに気長に、楽しみながら、喜びながらやってみてください
はい、私に特に必要な姿勢です^^;
やればやるだけ育ってくれるっていうのはうれしいですね。続けていく原動力になりますp^.^q

>「なんで気づけなかったんだろう」「イライラが止まらない!」
そうなんです。どうしてもこういう風に反応してしまいます。ハマッてしまい止まらなくなって混乱します。特に仕事中などは止めたい!と強く思ってしまいそうなります。
パニクッてますね…。

>この瞑想で一番やってはいけないのは<解釈すること>
はい。注意していきます。難関ですが… --;
実況中継しているとすぐ「なんで…」と考え始めます。
(私はそれを「理屈魔」と命名しました)
理屈魔が暴れているのをもっと大きな目で見れたら…と思ってます。
「淡々と」やっていきます。やはりそれが一番大事ですね。
たまに挫けていますが、やっぱり何かに気がつくというのはうれしかったりするので、絶対続けていきます。

本当にどうもありがとうございます!

投稿日時 - 2005-04-11 02:45:15

ANo.16

kuronecoさん、こんにちわ。

この瞑想法(上座仏教の世界では)では、どういう解釈をするのか解りませんが、
私個人の知識で言えば、気功の世界で言う「自発功」に該当すると想います。

あと#11のリンク先(#5)でご紹介してます「ランドーン法」も、
別名「自動運動」と言って、同様の効果を狙ったものです。
http://ww6.tiki.ne.jp/~jubishi/newpage2sikenn.htm


ようするに自然治癒力が発動されて、自然の力が悪い部分を治そうとしている
自然の行為なので、動きたいようにしていれば良いんです。

でも、あまりに動きが過剰になってしまって、例えば呼吸が苦しくなったり、
体調が悪くなるようでしたら力を加減するか、その時は中止したほうが良いと想います。


気功的に言うと、足(足裏・足ツボ)というのは全身の反射区があるので、
もしかしたらそんな関係で自然と足を動かしているのかも知れません。

凄く理想的な傾向だと想います。。。。がっ!

「よし!、今夜も自然治癒力を!」
「あの快感を再び!」
「自発功目指して修行するぞ!」となっては駄目です(X_X)


そういう時もあるし、そうでない時もあるんです。
他にも瞑想中に神秘的な体験をする時もありますし、しない時もあるんです。
瞑想で気持ちがよくなる時も、そうでない時もあるんです。



<< のぼせの原因は、あらゆる執着だ >>ということを忘れないでください。
その、のぼせを取り去る為に「今、此処の自分」に帰る瞑想をするんです。
自発功はあくまでも副次的な効果だと想っていればいいんです。
だって、私達の目指すところは、もっと大きいからです。


・・・あと、老婆心で追記しますが、

心(脳)というのも神経の塊です。
いろいろな発想、心の働きというのも、乱暴に言えば神経の働きにすぎないんです。
手や足が痒くなったり、痺れたりするのと同じなんです。
首筋が痒くなるのと、頭で何かを想うのは、「神経の働き」という意味で同じなんです。

心が痒くなったり(妄想)、
痛くなったり(罪悪感)、
痺れたり(空想)するだけなんです。(乱暴に言えば)

・・・こんな風に、心は神経の働きの一つにすぎないと考えて、それを客観的に実況中継するんです。

こだわっている・・・
先のことを計画した・・・
過去のことを思い出した・・
未来のことを心配した・・
手が痒くなった・・
足が痺れた・・
何十年も前のことを思い出した・・・

こんな風に細かくラベリング出来なくても「妄想、妄想」「I Know」でも良いんです。
身体も心も「単なる神経の働き」として捉えていくようにしてみてください。


自発功が出るということは凄く良い兆候だと思います。
どうか信じて続けてみてください。

投稿日時 - 2005-04-08 17:54:31

お礼

Syo-yaさん、教えていただいてどうもありがとうございます!
自然治癒力ですか…安心しました!
(この姿を人に見られると、ちょっと心配されてしまいますね^^;)

>「あの快感を再び!」
はい。肝に銘じて気をつけます。

Syo-yaさんが、「追いかけっこ」と表現してくださったおかげで、ちょっとずつわかってきたような気がします。

それまで「後を追う」ってスタンスがなかったんです。
「気づくまで待つ」それがなかったんです。
今はテレビの同時通訳の人のようなイメージをもっています。
少し後を追いながら通訳の人が言葉を翻訳していくって感じのイメージです。
「神経との追いかけっこ」っていい言葉ですね^^

>いろいろな発想、心の働きというのも、乱暴に言えば神経の働きにすぎないんです。

なんだかちょっとだけわかるような気がします。
たまに自分が後ろに一歩引いたような感じありまして、そんな風に感じることあります。
自分という生き物の条件反射を見ているようです。
本当に「単なる神経の働き」と捉えれば、淡々と自分を見ることが出来ますね。忘れないようにします。


ヴィッパーサナこれからもずっと続けていきます。
本当にどうもありがとうございました^^

続けざま質問ばかりですみません(>_<)
わけもなく「イライラ」した時、実況中継しつつもどうにもなりません。
気がつくと実況中継はなくなっていて「イライラ考えモード」になっています。
「イライラ」は特別に苦手です。
「イライラ」の時の実況中継について、何かアドバイスありましたらいただけないでしょか。

投稿日時 - 2005-04-09 01:35:47

ANo.15

kuronecoさん、おはようございます。
ちょっと簡単にまとめてみます。

この瞑想をやっていても落ち着いてくるんですが、正式にはヴィパッサナーの前段で「サマタ瞑想」という集中の為の瞑想をやるんです。

なんでも良いんです。
「自分の中に湧き上がるあらゆる感情を許します、認めます、受け入れます・・」でもいいし、ロウソクの炎を見てもいいし、アロマを炊いてもいいし、呼吸の観察を行うだけでもいいし、身体全体を舐めるように感じとるのもいいし・・・一番、簡単なのはやや前傾になって背筋を伸ばしてキチンと坐っているだけでも良いと想います。


そうして、まず、気持ちを落ち着けてから、それから神経との追いかけっこ(ヴィパッサナー)をするんです。

で、神経との追いかけっこも、最初は落ち着くまでは本当に追いかけっこなんですが、落ち着いてくると意馬心猿だった神経の働きも鎮まってきて、呼吸だけに気づくレベルにまで到達する(みたいなん)です。

「私は今、短い呼気をした・・I Know」
「私は今、長く吐いた・・I Know」
・・という感じで、呼吸の入息出息の観察をするんです。
なぜならば、呼吸というのは生きている限り止まりませんから、観察の対象に一番良いんです。

呼吸も一息、一息、毎回違います。
長かったり、短かったり、早かったり、遅かったり、強かったり、弱かったり・・・・これを感じ取れるくらいにまで気づきの能力【平常心】を養っていくんです。



現代の我々は子供のころからTV,雑誌・・・で神経が鈍感になっているし、複雑な社会構造の中で働いていくことや、自然の少ない都市生活・・・・等々で心(特に平常心)が退化していると想うんです。

昔の人々のような鋭い野生の能力も退化していると想うので、それが、セルフコントロールを不能にしてしまい、心の病の時代になっている一因だと想うんです。

ですから、失ってしまった能力を再開発するつもりでやるといいと想います。

私の時もそうでしたが、まだまだストレスフルで、のぼせ易いと想いますから、簡単に「気が付く」ということも難しくなっていると想います。

また、ヨガの時もそうですが「あの時の快感をもう一度!」とか、「上手に出来なくっちゃいけないんだ!」と執着すると、今度はそれがのぼせの原因になってしまいますので、「過去は過ぎ去るものだ(諸行無常)」「私は毎日違うんだ(諸法無我)」と悟って、過ぎ去ったものや妄想、理想を追い求めることはやめて、毎回、新鮮な気持ちでトライしてみてください。


「こんなバカみたいなことでいいの?」というくらいで良いんです。
「神経との追いかけっこ」です。

投稿日時 - 2005-04-06 05:43:17

お礼

Syo-yaさん、こんばんは。
さらにアドバイスをいただきどうもありがとうございます!

「私は毎日違うんだ」
まさにこれです。私がいつもひっかかってしまうのは。
一番良かった状態に固執してしまい、葛藤が生まれます。
それと、「今自分は出来ているか、出来ていないか」これにこだわりますね。
「諸行無常」「諸法無我」…いつも心にとめておきます。

あれからちょっとなんとか「追いかけっこ」していました。

本当にもうちょっと気楽に出来たらいいのですが…
瞬時にあちこち飛ぶ神経に実況中継追いつかず…クラクラしました。
なんだか、これは受動的なのか、ひょっとして自分がわざとしているんじゃないか…こんな疑問が浮かび混乱しました。

静止している目が動いているものを見つめる…というより、動いているものと一緒に動いてしまって、さらに目の方が先を走るようになってしまった…そんな感じです。

とにかくのぼせ気味です。
集中の為の事をします。
クールダウンして改めて投稿をさせて下さい。

またどうぞよろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-04-07 00:04:34

ANo.14

kuronecoさん、おはようございます。
・・・・ワケわからなくなるでしょう?(苦笑)

私も指導者の資格をもっているわけではないので偉そうなことを言えないんですが、
一応、指導は受けてますし、沢山勉強してきたので、その範囲でアドバイスさせていただきます。
コツは「神経の働きを感じる」ことのようです。


今、実際に私を実況中継してみます・・(世界初の試みでしょう!)

 お尻に圧迫感を感じてます。
 急に右手に神経がスライドしました。冷たいです。
 閉じていた眼に神経が集中しだしました。
 パソコンの「音」を感じました。
 窓の外の「音」に移行しました。
 腰を感じました。
 急に左手に神経が移行しました。
 首筋に痒みを感じてます。
 こめかみに痒み。
 妄想が始まりました。
 また眼に神経が集まりだしました。

・・と、こんな感じです。(いやー、なんだか恥ずかしいですね)



禅の世界でも心の働きを「意馬心猿(いばしんえん)」と表現しますが、
この神経というのは身体に行ったり心に集中しだしたり、メチャクチャに働くんです。

ですから、神経が現在クローズアップしている箇所に気がつけば良いんです。
神経との追いかけっこのような感じです。

秒単位で変化する場合もありますし、妄想の場合は20~30分続くこともありますし、
まさに不定期で神出鬼没の神経を観察(洞察)するような感じで良いと想います。

ですから神経の働きはアン・コントロールなので受動的態度なんですが、
それを追いかける意思は能動的にやってないと追いつかない・・・
と、言った感じが、「受動」「能動」の棲み分けと言えると想います。

ですから実況中継も2~3回確認する程度で良いんです。「音、音、手、手、手」です。
確実に実況(ラベリング)出来なくても「I Know」でも良いんです。
(この英語の表現は素晴らしいと想います)

「今、私は神経の働きに気が付いている」
「今、私はそれを知っている」
「今、私はそれを覚知している」という感覚です。

つまり逆に言うと << なおざりにしない >> ということです。


kuronecoさんは、既に「のぼせ」と「覚醒」の両極端を体験をされていますから、
説明は不要だと想うんですが、なおざりにしておくとのぼせる一方なんです。

もっと繊細に気が付けることって山ほどあるのに、現代社会で神経が麻痺しているせいか解りませんが、私達は凄く鈍感になっているんです。(退化ですかね?) これをなおざりにしておくと、自分がのぼせているということにも気がつけないくらいのぼせてしまうんです。
前にも書きましたが、私も過去に過度のストレスで自分の腕が何処にあるのかも解らない状態にまで行きました。


この「神経」というのは、本当にバランスを欠きやすいんですね。。。
バランスを欠くと、頭がのぼせて生き辛くなってしまうんです。
自分自身がアン・コントロールになってしまうんです。

で、このバランスを調整するのが「心」なんです。「意思」ですね。
心の状態が悪ければ、神経のバランスも崩れる一方です。
逆に心の状態が良ければ、快適なバランスになります。

心の状態を良くするには、「欲望」とかの妄想への執着を止めることなんです。
そのために物事を正しく見聞しなさい・・・・と、なるんです。
(お釈迦さまは天才科学者だと想います)

「神経との追いかけっこ」という気持ちで、ちょっとやってみてください。

投稿日時 - 2005-04-05 05:22:42

お礼

こんばんは。Syo-yaさん。

ライブの実況中継をどうもありがとうございます!^^
有難かったです。めちゃくちゃ参考になりました。
すごいです…私の実況中継とあまりに違いがあるので、ちょっとショックを受けてしまいました。
(私が今までしていたのは何だったのだろう?)

「なるほど!なるほど!」と説明していただいたこともすごく納得しました。(すごくわかりやすかったです)
が、いざ自分の感覚上で試すと一気に混乱しました。
まず、神経がどこをクローズアップしているのか、それがすでにわからないです…(T_T)

「神経」と「意思」の区別が私の中でごっちゃまぜになっているような感じでしょうか。
なんだかわからないけど、またまた混乱してしまいました。

ちょっと、もっと練習して試してみます。
なんだか自信がなくなってきました。

またすぐ質問させていただくと思います。(すみませんいつもお世話になります)

今回も本当にどうもありがとうございました。

投稿日時 - 2005-04-06 01:16:00

ANo.13

kuronecoさん、お久しぶりです!
その後、体調はどうですか?

過去の質問と比較すると、格段に進歩していると想いますが、
ストレスだけに限らず、生き方、人生についても光明が差してきたんではないでしょうか?

私も、まさか、本来の仏教というのが、こういうものだとは知らなかったんです。


もうお分かりだと想いますが、私が支持しているのは上座部仏教(テーラワーダ仏教)というもので、主に南方アジア圏(スリランカ、ミャンマー、タイ・・)に伝わっている伝統的仏教であって、中国から日本に伝わっている仏教(大乗仏教、宗派仏教)とは<<かなり違う>>ものなんです。
そして、その伝統仏教の中核が、このヴィパッサナー瞑想だったんです。


うつ病になるほど挫折、失望することばかりで、死ぬことしか考えてなかったんですが、
呼吸法等々を勉強していくと、どうしても仏教に行き当たるんです。

行く場所も無く、毎日、図書館に通ってましたし、冥土の土産に・・・という想いもあり
「そもそも仏教ってなんなんだろう?」という素朴な疑問から独学で初めて、ここまで辿り着いたんです。

だって、日本の仏教って葬式仏教、観光旅行、不動産管理、カルト集団というイメージしかないからです。

ところが、勉強してみると、本当の仏教というのは生きている人が、幸福に生きていくための教えであることがわかって、さらに心理療法的にも、大脳生理学的にも理に叶ったものであることが解ったんです。(古ぼけて埃にまみれた仏壇の中から、キラキラと光る金塊を発見したような気持ちでした)

「ああ、これが仏教(お釈迦さまの教え)だったんだ・・・」と愕然としました。




挫折、失望、頭ののぼせ・・・「苦」は「無知」から起こるんだ。【無明】
私達は「無知」だから、いろいろなものへ執着してしまう。
その執着が頭をのぼせ上がらせるから、「今、ここの自分」を見失ってしまうんだ。

瞑想をして、コロコロと移り変わる自分の心、この世の無常性に気づきなさい【諸行無常】
見たもの、聞いたものに縁って、感情が生まれると気づきなさい【縁起】
また、生まれた感情は何かに縁って滅すると気づきなさい【縁滅】
つまり、永遠に普遍の「自分」など存在しないと気づきなさい【諸法無我】

生まれるという性質を持つものは、滅するという性質を併せ持っている。
つまり、私達も、此処で、老いて病んで死んでいくんだと悟りなさい。

このようにして物事の成り立ち、物事の仕組みを正しく理解して「無知ゆえの執着」をなくしなさい。
物事を正しく見聞して、「欲」の奴隷にならないようにしなさい。

そして「今、ここの自分」に徹することで心の汚れを洗い流せば、頭ののぼせが取れるから、自然と「智慧」が現われてくる。そして、その智慧を持って、自分に由って生きなさい【自由】
そのために瞑想をして「気づきなさい・悟りなさい・ブッダとなりなさい」。

・・・・と、いうような内容なんです。(お題目を唱えなさいなんて一言も言ってないんです)


これは「苦の科学」だと想います。
正しく生きるための科学でもあると想います。


「智慧は”現われる”」と表現するんです。
「学習しなさ、獲得しなさい」とは表現しないんです。
「頭ののぼせを取り去れば、自然と智慧は現われる」というんです。

・・・なんか、凄いと想います。
私も出来たらタイにでも行ってヴィパッサナーの指導を受けたいんですが・・。

・・と、またまた長文になりましたが、健康だけでなく、人生を根底から変えてしまうほどのものだと想いますので、その分、奥も深いんですが、より良い人生を生きるために、是非、勉強してみてください。

一応、また確保しておきます。

投稿日時 - 2005-04-03 06:31:52

お礼

Syo-yaさん、お返事ありがとうございます!

仏教というのは…お釈迦様が伝えたかったことは…そういうことだったのですね。
ジーンとしました。少し…^_^;
お釈迦様はただそれを伝えたかったのに、日本では大分、変わってしまっていて…もったいないことだと思います。

Syo-yaさんにしても、そんな極限状態で勉強されていたんですね。
だからこその深い理解だと思いますが…すごいです。
人は真実を得る前は、ものすごく苦しむものなのか、苦しむことが必要なのかな…とえらそうだけど、真面目にそう思いました。

おっしゃられる通り今は「生き方」の方に気持ちがスライドしています。

全然、生きていなかった。それが今の実感です。

本当にありがとうございます。

投稿日時 - 2005-04-04 03:27:56

ANo.12

おはようございます、kuronecoさん。

>>「気がつく」ためには、逆に「気がつこう」としてはいけないなと思いました。

本当に此処が難しいです。
「意識」ですね。。。。
扱いにくいですね。
意識の塊が、意識に振り回されているといった感じでしょうか。


>>私はSyo-yaさんのようになりたいです

いやいや、ホントに誤解しないでください。。。
そんなんじゃないんです。
こんなところには来ないほうが良いですよ(苦笑)


>>やればやるほど苦しくなっていくような感じなんです

これは、心への気付きですね。
気付けば気付くほど、悩みに陥ってしまうんです。

サンユッタ・ニカーヤ「神々との対話」(中村元 訳)という経典で、
「お釈迦さまは、どうやって煩悩という激流を渡ったんですか?」という質問に対して

 【私は立ち止まることなく、あがくことなく煩悩の激流を渡りました。
  立ち止まる時には沈み、あがくときには溺れるのです。
  このようにして立ち止まることなく、あがくことなく渡りました】とあるんです。

つまり「客観的に、ただ、淡々と自己を見つめる」
「何時、いかなるときも、平常心を崩さない」ということなんだと想うんです。
これが、まだ、まだ出来ないんです><;
当然ですが。。。。



>>私にとって、身体に意識を向けるということはとても抵抗があるのかもしれません

本当にこういう感じなんです。

どうしても査定したり、判断したり、改善しようとしてしまうんです。
頭では解ってはいるんですが、どうしても意識が介入してしまうんです。
ですから、猫に喩えてみたり、工夫もしているんです・・・。


http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1229226
こちらの#14にも投稿したんですが、自分の中にある三毒「貪瞋痴」ばかりが眼について、
自分の心の汚さ、乱れ具合、・・・これで頭がいっぱいになってしまうんです。
「許します・・」という気持ちも大切にしているんですが、心の汚さに愕然としてしまうんです。

他にも、こんな言葉があります。
【彼ら(賢者)は、ただ現在のことだけで暮らしている。
 ところが愚者は未来のことであくせくし、過去のことを思い出して悲しみ、そのために萎れている】
【愚かな人は、自分自身に対して、仇敵に対するように振舞う】

・・と、気付きの瞑想をすればするほど、私は、呪われた者であるかのように振舞ってきたことがわかるんです。もし、私が憎い仇敵に「このように落ちぶれていてくれてたら嬉しいな・・・フフフ」と想う姿が、まさに現在の私なんです。誰かを憎み、否定し、批判し、依存し、心配し、恐怖に怯え、楽をしたいと願い・・・・。
「これはまるで呪われた者のようだ。落ちぶれているな・・」と感じることばかりなんです。
それだけ気付きの能力がUPしてはいる証拠なんでしょうが、毎日が壁です。


きっと、kuronecoさんの緊張の背景にも「よく想われたい」とか「完璧にこなしたい」とか、「みんなの足手まといにならないように」とか・・・さらには、その背景に生育歴の問題や、いろいろな心理的な働きがあって、のぼせ、肩こりがあるんだと想うんですが、それを認めて、受け入れて、抵抗せず、あがくことなしに客観視出来る心が「平常心」なんでしょうね。

・・まあ、私なんかには表現しきれないんですが、こんな苦悩なんです。


で、昨日、感じたのは、「周囲の空気」なんです。
いつでも汚い心の私を包んでいてくれて、なんの指図も、査定もしないで、ただ、淡々とそこにある「気」を感じたんです。
この周囲の「気」に溶け込むような感覚、「我」を捨てて周囲と一体化するような感覚に何か秘訣があるような気がしたんです。
「無心・無我」ですよね。

自分に対する執着、こだわりを捨てるということに尽きるのかも知れません。
そのためには「気付く」という作業も能動的なものではなく、むしろ受動的であるべきなんだろうなと想いました。

・・と、言うは易しなんです。
特に心の病気にかかっている人は、これがしたくても出来ないんです。
健康な人の脳内ホルモンのバランスでは語れないんです。
頭がのぼせてしまうんです。

・・・まあ、難しいです。
長々とすいません。

投稿日時 - 2005-02-27 04:18:42

お礼

Syo-yaさん、ありがとうございます。
じっくりと読ませていただき、とても感じ入ってしまいました…。

>客観的に、ただ、淡々と自己を見つめる

これが出来るようになった人が「悟り」を開いた人なのでしょうか。
本当にあまりに難しいです。

>気付きの瞑想をすればするほど、私は、呪われた者であ るかのように

おこがましいのですが、わかるような気がします。
自分の中に見たくないものがたくさんたくさんあって、
でも見えてきたら…すごくしんどいです。
どうしてもそれにあらがってしまいます。

>彼ら(賢者)は、ただ現在のことだけで暮らしている。
 ところが愚者は未来のことであくせくし、

数日前の経験から、私には「今」がなかったことを実感しました。
Syo-yaさんもおっしゃられているように、その状態を持続することがどれだけ難しいかも…(>_<.)

>むしろ受動的であるべきなんだろうなと想いました。

ヨガの教室の最後にいつもリラックスタイムがあって、
その時に先生がいつも「思考を観察して」と言います。
当初理解できなくて、いつもその部分をすっとばしていました。
ここでいろいろと教えていただき、トライしていましたが、
「これは…観察?それとも考え込んでいるだけ?」という状態でした。
(やたらと疲れるし)
多分、思考の中で思考を見ようとしていたんだと思います。
「思考を止めてはいけない。思考も流さなくては」とも言われ、
このあたりも理解できませんでした。
「無心」=「何も考えないこと」と思っていた私は、
「考えてはいけない」とずーっと「考えて」いました。
頭(思考)がいつも「ああしろこうしろ」と指図してくるような感じです。
今はそれに自分が反発したりしてます。
それで膠着状態になり、しんどくなります。
「立ち止まることなく、あがくことなく渡りました」
あがかないこととは…とても難しいですね。
すべてを客観的に見つめる…受動的な態度を学びたいと思います。
周囲に溶け込む…。

もっとたくさん感想があるのですが、字数制限のため記入できませんでした。
失礼をお許しいただければ、今回のご回答をいただき、
(おそれ多く思っていた)Syo-yaさんの苦悩の部分、人間的な部分がかいま見れて、少しうれしく思いました。
本当にどうもありがとうございました^^

投稿日時 - 2005-02-27 15:30:08

ANo.11

こんにちわ、kuronecoさん。大歓迎です!

わかってもらえましたか?!(うれしいな~~~(^^)
これが本来の仏教(お釈迦さま)の凄さなんです。
もう健康に散財する必要はありません(言いすぎかな?)

>>「自分」が戻ってきたという感じでした。

 私も何回か経験してますが、急に視力・聴力に鮮明度・覚醒度が増したり、それまで近視眼だった心がスーッと広がったり、遥か数キロ四方の「気」を感じるような感覚に襲われたり、頭の神経は麻痺しているんだけれども意識は鮮明に覚醒しているとか、・・・・普段のストレスフルな状態と比較したら、比べ物にならないくらいの爽快な体験ができるんです。

 脳の中で何が起こっているのかは、いつか科学が解明してくれると想います。
まだまだ生きている人間の体内で起こっていることは解らないんです。
でもきっとセロトニン神経も大きく関与していると想います。

 あと筋肉には「筋紡錘」というセンサーがついていますから、
集中して、意識して丁寧に動くということは脳の活性化にも良いんです。
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arukeiutu/keiutu_3.html

 ゆっくりとした動作で有名な太極拳・気功法も、同様の効果が得られます。
これも指の先から、目線まで、意識して丁寧に動かしていきます。
ただ「心への気付き」「心の成長」まで行ってしまう仏教は『 完璧 』だと想います。


>>実は全部、頭でそのつもりになっていただけだった…と思います。

 これはですね、私も毎日のように感じています。
やっぱり、どうしても考えちゃうんですよね。。。


>>今もわかっていないことの方が多いと思います

 私も言うほど出来ていないんです。
ハッキリ言って、毎日が苦悩なんです。
やればやるほど苦しくなっていくような感じなんです。
特に私はうつ病もありましたから、いろいろ大変なんです。。。(苦笑)
いつでも爽やかに覚醒した状態を保ちたいのですが、なかなか難しいですよね。。。


 で、実は、今日も一日中、気をつけながら生活していて気が付いたんですが「周囲に溶け込む」というような意識を持つことが大切なんだと想いました。「我」という意識を捨てて、周囲の空気、雰囲気に溶け込むような解放的な感覚を持つことが大切だと想ったんです。普通「気付く」というと積極的な作業のように想いますが、実は、そうではなく、感覚を鋭敏にするために、むしろ周囲への受動的な感覚が高まっているのではないかと想ったんです。
「自分」とは心の中ではなく全体、周囲の中にあるように想いました。

私のHNをクリックしてもらえれば「獲物を狙うように」と表現してますが、是非、こんな感覚も試してみてください。
「本能の目覚め」「野生の感覚」といったところにコツがあるかも知れません。



 kuronecoさんは私なんかより、よほど健康でいらっしゃるでしょうから、
きっとすぐに上達してしまうと想いますので、飽きず懲りずに、この方法を信じて続けてみてください。

そして、必要であるのならば、心(人生)にも取り組むつもりでやってみるといいと想います。
「法句経(ダンマパダ)」というのが、「心」についていろいろ示唆されていますので、
図書館で読まれるといいと想います。読むのならば友松円諦(訳)がお薦めです。
http://sugano.web.infoseek.co.jp/butu/sinri-0.htm

先にご紹介しましたドパミン、ノルアドレナリン、セロトニンのことを念頭において読むと、仏教は簡単に読み解けます。
科学的な根拠が無いんですが、私にはセロトニン神経強化を謳っているとしか思えないんです。



あと肩こりも基本は物理的な運動です。
両腕を大きくグルグルまわし続けるだけでも確実に運動になります。
http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=674665(こちらの#3)

また確保しときますね。

投稿日時 - 2005-02-26 18:26:13

お礼

Syo-yaさん、すぐのお返事を本当にどうもありがとうございます。
少々不安になっていたので、ものすごくうれしいです^^

>「周囲に溶け込む」というような意識を持つことが大切
いいヒントをどうもありがとうございます。
そのイメージを目指します。
私も最近「気がつく」ためには、逆に「気がつこう」としてはいけないなと思いました。
頭(扁桃帯?)に作業させてはいけないと。
(難しいです…)
ヨガも呼吸法も頭でしていたんだと思います。
最初から練習し直しです。
Syo-yaさんのアドバイスも読み直しです。

>私も言うほど出来ていないんです
Syo-yaさんがそんなことをおっしゃらないで下さい^^;
私はご回答をいただく以前からよくログを拝見していました。
Syo-yaさんの文章からは(内容ももちろんですが)とても静かで安定したものを感じ、気になっていました。
心境が文章に出ているのだと思います。
ですので、私はSyo-yaさんのようになりたいです^^

参考URL、どうもありがとうございます。
まだ全部読めていないですが、少しずつしっかりと読みたいと思います。
友松円諦の「法句経」も検索したら近所の図書館にあるようなので借りてみます。
題名からして「おお、難しそうだ!」と感じたのですがチャレンジしてみます。

>やればやるほど苦しくなっていくような感じなんです
Syo-yaさんのそれと、私のが同じかどうかわからないのですが…。
私は、自分に意識を保てば保つ程、例えば自分の持っている「緊張感」であるとか体の不快感が、はっきりとしてきて、ものすごくしんどくなるんです。
それで不安になってきたのです。
また、自分のそういう緊張感や体の不快感がとても嫌で、反射的に意識が頭の方に逃げてしまうのをここ数日感じました。
私にとって、身体に意識を向けるということはとても抵抗があるのかもしれません。

私などに理解できるかどうかわからないのですが、
Syo-yaさんが日々、気がつけば気がつくほど感じられる苦しさを、もしよろしかったらお聞かせいただけないでしょうか。

投稿日時 - 2005-02-26 20:53:18

ANo.10

お久しぶりです! kuronecoさん。(感激です)
その後、少しは楽になりましたか?

http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1211695
こちらのほうも、是非、一読して欲しいのですが、
ここに書いてあることが、私の伝えたいこと”全て”です。

こちらに投稿してます内容は、私が独学で勉強した仏教のエッセンスです。
本来の仏教というのは、恐ろしいほど現代の脳科学に符合するんです。
(お釈迦さまは最高の生理学者だったという生理学者も居るほどなんです)


>>「許可する」というのも、ちゃんと根拠があるんです。

これは私のアイディアであって、正式なものではなく、本来は「ただ、淡々と観察する」というものなんですが、こういう時代でセロトニン神経が弱っている人が多いですし、自分の体験からも「許可する」というのをアレンジしてみたんです。

その理由は、扁桃体という場所の昂奮を避けるためなんです。
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arukeiutu/keiutu_3.html
http://www.nhk.or.jp/gatten/archive/2004q1/20040331.html

もちろん「許可します・・」と宣言すれば、扁桃体をスルーできるという科学的な根拠はありませんが、経験として、実感として納得していただけるのではないかと想います。(私も自分の体験から試行錯誤で得た答えなんです)

ですから、どうも、上手に処理できない感情に気付いたときは、「私はこの感情を許します・・・」と宣言してみてください。
たとえ、それがどんな感情であっても、「感情(煩悩)」そのものには責任はないからです。
自分の中を戦場にしないためにも、是非、これを取り入れてみてください。



>>頭がモヤーっとする
と、いうのは、なんでしょうね・・・?
脳は頻繁に使っている部分の血流がUPして、神経のつながりも強固になりますから、ストレスフルな状態に慣れてしまったため、ちょっと落差が出ているのかも知れませんね。急に肩の荷がおりて、手持ち無沙汰状態なんでしょうか・・?


効果のほどはわかりませんが、「イチョウ葉エキス(ギンコ)」とか「ホスファチジルセリン」というのが、脳の血行をよくしてくれるそうなので、もし、興味があれば試用してみるのも悪くないと想いますし、何よりも普段から運動をして、身体意識に重点をおく生活に切り替えるのも、大切なことだと想います。

全身を舐めまわすように感じ取っていく練習を暇さえあればやってみてください。
最初は荒々しくしか感じなくても、少しずつ、微細に感じられるようになってきて、
そのうち「気」も感じられるようになってくると想います。


kuronecoさんの場合も、やっぱり、頭がのぼせやすいと想いますので、
身体意識に重点をおいて、野生を取り戻すようにするべきだろうと想います。




またお節介かも知れませんが、通信欄を確保しときますので、また、お役に立てることがあるかも知れませんので、なんなりとご相談ください。

ちなみに「セントジョンズワート」というハーブがセロトニンに作用します。
(かなり個人差がありますが)
でも、新陳代謝の関係で最低3ヶ月の服用が必要ですし、もし、病院で薬を貰うような場合は、薬との併用は避けてください。ご参考までに。

投稿日時 - 2005-02-15 22:49:35

お礼

Syo-yaさん、お返事ありがとうございます^^
おかげさまで今は、体がと言うより気持ちが少し楽です。
許可するという行為は本当にパワフルな感じです。
逆に思えば、「しんどい」というのは「許可してない」ということなのだなと思いました。
うーん、「心が戦場」というの納得です。
Syo-yaさんがご自身の体験から得られた貴重な「回答」を教えていただき、本当に感謝しています。
質疑も拝読させていただきました。
ものすごく納得できました。
同時に、今の状態…長い間のぼせている私が「平常心」を育てていくのは時間がかかるだろうなとも思いました。
ドパミンもノルアドレナリンも交互に全開してますね。
でも、「平常心」を得ていくことを目指し、これから生活していこうと思います。

「いちょう葉エキス」確かボケ防止にいいと聞いたことがあります(笑)飲んでみます。「セントジョーンズワート」も以前、肩こりについて質問した時に、すすめてくださる方がいて購入したんですけど…あまりきちんと飲んでいませんでした(汗)
3ヶ月もかかるとは…今日からちゃんと飲もうと思います。

それにしても…Syo-yaさんは、独学と言われていますが本当に博識でいられて、敬服します。
確保して下さった通信欄があると、ホッとします。まだつながっているって感じで安心するんですかね^^
しょっちゅうこんがらがっているので…その時はまたどうぞよろしくお願いします。
本当にどうもありがとうございましたm(__)m

投稿日時 - 2005-02-17 02:42:38

ANo.9

ちょっとこれまでアドバイスばかりでkuronecoさんを困惑させていると困りますので、まとめてみます。
(要するにこういうことを言いたいんです・・・)

私達の脳細胞は興奮性の細胞ですので、興奮か、鎮静かにしか働きません。
(ここがミソです)

で、過剰な興奮状態が続けば、身体も心もガチガチになって、いろいろな失調に繋がります。

ですから、呼吸法よりも、ヨガよりも、まずは【興奮を鎮めること】に尽きるんです。

つまり、逆説的に興奮が鎮まって、鎮静状態になれば、心も身体も余裕が出てきて、
ユルユルになり、呼吸法もヨガも上手く出来るようになり、デスクワークも苦にならなくなってくるというメカニズムです。

そうなれば無理から意識しなくても鼻腔の風にも気が付くようになりますし、
ベルトの締め付けにも、周囲の雰囲気にも気がつく心が蘇ってくるんです。
心も身体も湯上りのようにユルユルになっていると想います。


で、大切なのは「心」ですので、心の使い方をご紹介しました。
【【 微笑みと共にある心の使い方です 】】
http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1183087
こちらの2にも、同じことを別の表現で投稿してますので、参考にしてみてください。

「今日は、全然、自分の心が理解できない・・」と苛立っているときは、
「今日は、調子が悪い・・・・」と気が付きます。

「頭の中が混乱して、狂いそうだ」と気が付いたら、
「混乱してる・・・・」と気が付きます。

【【 微笑を絶やさずに 】】です。
微笑みのコツは、眉間と鼻の下の力を抜き、口角をやや上げることです。

投稿日時 - 2005-01-24 18:25:22

お礼

Syo-yaさん、こんばんは。どうもありがとうございます。
おっしゃって下さっている通り、私、まず興奮を沈静させる必要があると思います。
アドバイスもいただくたび、「あれもこれもしなくちゃ!」って気合を入れてて、で…最近、「何か違う」と思っていました。
こんな感じではせっかくいただいたアドバイスが生きないと思います。
で普段の生活態度もこのように力が入っているので、本当にゆるめていくこと必要に思います。
あれもしようこれもしようでいつもこんがらがるんです。余裕ないんですね。
しばらくの間、ただ「気がつく」ということを心がけながら生活してみようと思います。呼吸を感じるのと。あれこれ手を出すのはちょっとひかえようと思います。
また興奮の方向に行きそうでちょっと不安なんですが。

確保して下さった#9心強いです(^_^)
甘えさせていただきます。
今回も本当に貴重なアドバイスをいただきどうもありがとうございました。

投稿日時 - 2005-01-25 20:48:36

ANo.8

お久しぶりです! kuronecoさん。お待ちしてました!

実は、ちょっとだけkuronecoさんの過去の質問も拝見しました。
で、感じたのは「ちょっと頑張りすぎだな」ということです。

身体が堅くて辛いのはよく解るんですが、おそらく心因性のものだと想いますので、心を柔らかくしながら、身体も柔らかくしていき、そして、最終的に呼吸法も体得するという方向が一番良いのではないかと想いました。


で、過去ログをご覧頂いたというのは「調和道丹田呼吸」を簡単に紹介したものだと想いますが、そんなに難しく考えなくて良いんです。「あ~~~~ほっとした・・・」と長い溜息をつくときって、無意識のうちに姿勢が前かがみになって、鳩尾に括れを作っているんです。(本当です。やってみてください)

自然と鳩尾の力が抜けて、圧力を加えていることに気が付くと想います。
それがこの呼吸法のコツなんです。

ですから、何も決まりがあるわけではないので、
【【 自由気ままに 】】「あ~~」と長い溜息を付きながら、力を抜いてみてください。
はっきり言ってこれだけで良いと想います。


あと丹田、肛門にも拘らなくて良いんです。
本当に! 気持ちが穏やかで、リラックスできれば、何の意識もしないで出来ることばかりなので、「こうでなくちゃいけない!」ということは一つもありませんので、無理にすることはありませんし、毎日、上手に出来て、リラックスできるわけでもありませんので、今日は上手くいかないなという日は「今日は上手くいかない」「今日は気持ちが乗らない」と自覚すること、気が付くことのほうが大切なんです。

「絶対に上手く出来なくちゃいけないんだ」ということは、何一つもありません。
丹田だってわかるときもあれば、わからないときもあって当然なんです。
(全てのことにおいて、こんな感じで良いんです)

それよりも、調子の悪い時は「今日、私は調子が悪い」と気が付くことです。
心が堅くなっているときには「今日は、心が堅めだ」と気が付くことです。
また、調子の良い日には「今日は調子が良い」と気が付きます。
どちらでも無いときは「今日は、どちらでもない」と気が付くことが大切なんです。

この心の使い方をするだけで、心と身体が楽になってきます。
自分と対立しないんです。
自分に無理強いしないんです。
全てを、ただ、淡々を見つめ、気が付くだけで良いんです。


ですから、やはり心を柔軟にすることも大切だと想います。
まずは、心ありきなんです。

前回、ご紹介した心の使い方を、こちらにも紹介してます。
なんとなく感覚だけでも掴んでみてください。
大切なのは【【【 微笑み 】】】です。
微笑みこそが平常心の顔なんです。(^^)
(><)←これでは駄目ですね。

もし頑張りすぎて、無理強いをしている自分に気が付いたら、「無理強いしてる・・・・」と気が付いてから、「この感情を許します。認めます。受け入れます・・・」と想ってみてください。

緊張して堅くなっている自分に気が付いたら「緊張してる・・・」「この緊張を許します。認めます。受け入れます」です。

嫌なことも明るく我慢している自分に気が付いたら「我慢してる」「この感情を許します。認めます。受け入れます」です。

そうやって常に気が付くこと、自分に気づきながら生活することが大切なんです。
いつでも微笑みを絶やさないようにしながらやってみてください。

http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1182298

投稿日時 - 2005-01-24 05:44:45

お礼

Syo-yaさん、今回もたくさんのアドバイスをくださって本当にありがとうございます。
思わずドキッとしてしまいました。
そうなんです。私、本当に何でも生真面目に考えてしまうんです。
丹田呼吸法にしても、教えて下さったようにしてみたら、本当に楽でした。「あ…こんなのでよかったの」と拍子ぬけしてしまいました。
おっしゃられる通り、もうずっと興奮・緊張しているんですね。
自分でもわかりませんでした。

足ツボマッサージを受けても熱を出すし、温泉に入ってものぼせて眠れなくなるし、ヨガにいたってはこんな状態だったですから。
気負っているというか…、リラックスしようとやることなすことすべてが、興奮へ興奮へとつながっているような気がします。
頭も心も…硬いですね。柔軟でいたいです。肩の力もぬきたいです。微笑をたやさずいたいです(^_^) 

参考URL拝見しました。
先のご回答にもアドバイスいただいたのですが、自分の気持ちに気がつくということを、私はすごく難しく感じています。
「鼻腔を通る風」でしたら感覚で感じることができますが、自分の気分や状態となると、一瞬「……」となってしばらくわからないです。
おかしいですね。自分の気持ちなのに。漠然とは感じているんだけども、いざ改めてとなるとはっきりわからないです。ちょっとショックでした。(で、呼吸を感じていけばそのうち気持ちも感じていけるようになるだろうと単純に考えていました)
心がけていきたいと思います。

#9を確保していただいて、とてもありがたいです^^

#10のご回答もどうもありがとうございます。
また、後ほど記入させていただこうと思っています。

投稿日時 - 2005-01-25 00:06:33

ANo.7

どうぞ、どうぞ、何度でも質問してください。
私の判る範囲なら、何度でもお付き合いします。
この#7番のお礼欄に投稿していただければ、私のところにメールが届きますので、そうしてください。(補足欄だとメールが届かないんですね。)


で、コツは鼻腔と書きましたが、結局は『気づくこと』なんです。

鼻腔の風に<気づき>、
喉から肺、丹田、呼吸器全体、身体全体、皮膚感にも<気づき>、
部屋やモノ、建物、ヒト、周囲の環境にも<気づき>、
自分の心の状態にも<気づく>んです。

気づくために必要なのは、集中力、穏やかな心、バランスの良い心・・・「平常心」です。

平常心があれば欲望、むさぼり、怒り、我慢、憎悪、嘆き、愚痴、頑張りすぎ、怠惰・・・・といった極端な感情の奴隷になることもなく、適度に気持ちよく楽に生きられるようになるんです。



で、その為には頭(脳)ではなくて、へその下辺り、下腹部辺りの≪丹田≫という場所が私達の本当の中心なんだと気づくことです。「胎を据えて」の「胎」の部分です。

ここに「気づきのエネルギー源」があることに気づいて、それを活かしていくようにすると良いと想います。(これは、なんとも表現しがたい感覚なんです)

・・・まあ、あまり言葉に囚われずに、感覚を掴んでみてください。

※この投稿のお礼は不要です。
お礼欄がもったいないので、何かあれば#6の補足欄に投稿してください。
でわ。(^^

投稿日時 - 2005-01-14 07:07:31

お礼

Syo-yaさん、こんにちは。その節はどうもありがとうございました。
おかげさまで、ヨガの後、熱が出たりするようなこともなくなりました。
今もまだ、「丹田」を感覚としてはとらえきれていません。
しかし「上がっている」「のぼせている」という感覚は少しずつわかってきました。
今まで「上半身」のみで生きていたなというのを、今とても思っています。
「長呼気」の練習としては、以前にSyo-yaさんが、どなたかの回答に「丹田呼吸法」を勧められていたのを拝見し、図書館で本を借りてみました。
本の通りに、みぞおちを「くの字」に曲げて長い息を吐いてみるのですが、「みぞおち」の場所もつかめないほど、お腹がかたいです(恥ずかしながらお肉もついています…)。
下腹部(丹田)にも力入らず肛門も閉まりません。(無理やり閉めています)
こういう練習ですが、続けているうちに下腹部にも力入ってくるのでしょうか?

投稿日時 - 2005-01-23 19:32:41

ANo.6

お返事ありがとうございます。再度の投稿です。
お役に立てているでしょうか?

私も昔、自分の手足の感覚もわからなくなるほどにストレス漬けになったことがあります。
「手に意識を集中して」と言われても、手が何処にあるのか判らないほどでした。
それほどストレスでガンジガラメになっていました。

で、今から「意識」という言葉は永久に使用禁止にしてください。
「気づき」に変えてみてください。

例えば、鼻腔の風だって、無理から意識しなくても『気づくだけ』で良いんです。



普段、歩いているときも、足の裏に体重が乗っていることに気づいていませんよね?
よほどの体重が乗っているハズなのに、不感症、無頓着になっているんです。
パンツや、スカートをはいていれば、腰の辺りに一年中圧迫感があるハズなのに、
私達は、まったく、それに気がついていません。

ストレスはかかり続ければ、感覚が麻痺してしまう証拠なんです。
気づくことも出来ないほどに、感覚が雑多になり、麻痺してしまうんです。
さらに自分が気づいていないことにも、気づけなくなってしまうんです。
で、そうなると身体もコチコチになるし、精神状態も悪くなるし、全身の調子が狂うんです。

ですから、ヨガにしても呼吸法にしても、その意義は「気づきの能力の開発」だと想うべきです。
無理やり意識する必要は無いんです。(これは言葉の表現だけの問題です)


で、#5の出息入息の観察で全身の微妙な動きに気づいたら、その気づきの感覚を部屋全体にも広げます。
部屋や職場からも、樹木や電車、バスからだって、独特の雰囲気って出ていますから、それにも気づくようにしてみてください。
物だってそうです。箸だって靴だって、洋服だって、ご飯だって、みんなそれぞれに独特の雰囲気を持っていますので、それらに気づくようにします。

・・・・・まあ、そんなに言葉どおりに上手くいくものではありませんが、
少なくとも無頓着(不感症)にならないように、気づきを巡らすようにしてみるんです。

歩くときも一歩、一歩、気づきながら歩きます。
「気づく」とは、理屈抜きに、全身全霊で感じ取るような感じです。

こんなことをしてるだけでも、身体がポカポカしてくるし、
心も身体も柔らかくなってくると想います。


で、上達してきたら、同様の理屈で、自分の心の状態にも気づくようにするんです。
怒っているときは、怒っていると気づきます。
何かを欲しがっているときは、そのように気づくようにします。
あらゆる自分の心の状態にも気づくようにするんです。
これで心の不感症も溶けていくんです。
こちらの#2も参考にしてみてください。
http://security.okweb.jp/kotaeru.php3?q=1119928

投稿日時 - 2005-01-13 05:23:39

補足

Syo-yaさん、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。
また、どうぞよろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2005-01-14 22:19:03

お礼

Syo-yaさん、質問に答えて下さってどうもありがとうございます。
ものすごく参考にさせていただいています。ここ数日でも変化あります。体が(息が)楽です。
わかりやすい言葉で詳しく説明してくださっているのに、飲み込みが悪くて恥ずかしいです。

「気づく」という言葉に置き換えた方が本当にしっくりきました。気が楽になるような気がします。確かにいろんなこと、スカートの圧迫感にしても、普段気になったことがありません。ものすごく鈍感になってしまっていますね。
最近、子供の頃はいろんな事がすぐ目についたり感じたりしていたのに、今はすっかりだなあと思っていました。
いろんなことに気づいていけるようになる、感じとれるようになる…素敵ですね。
すっかりカチカチになってしまった感覚を取り戻さないとダメですね。
それは力んでそうしようとするんじゃなくて、そっとひとつずつ取り戻していくという感じ…。そしてそれを広げていく…。
ありがとうございます。なんとなくイメージがわかったような気がします。

参考URL拝見しました。実践してみます。
長呼気の練習もします。

実はずうずうしくもお聞きしたいことがたくさんあるような気がするのに、今は自分でも何を質問したいのかがよくわからず、うまく文に出来ないです。回答して下さったアドバイスを読み返しながら練習を続けていきます。

もし差し支えがなかったら、また、補足の欄で質問させていただいてもよろしいでしょうか。ものすごく先になるかもしれませんが…。もしその時、覚えておられたら。

投稿日時 - 2005-01-14 00:27:38

ANo.5

お返事ありがとうございます。再度の投稿です。

鼻腔に意識をしすぎても駄目なんです。

結局は、『意識の仕方、度合い』が、緊張を招く結果になるんですから、
これも過度に鼻腔に囚われている自分に気がついたら、意識を外すことが必要になってきます。
(ヒステリックに集中してはいけないんです)


鼻腔の風を意識したら、次に身体の中に入っていくんです。
つまり鼻腔の奥、鼻の付け根辺りの風を感じます。
そして次に舌の奥を通る風、
喉、
気道、
肺・・・と身体の内側を通る風に意識を移動します。

もちろん特に吐く息は生暖かいですから、そんなに強く感じることが出来ませんし、
吸う息も身体の中では生暖かいですから強く感じることはないです。
でも絶対に通っているので、それを感じるんです。

そんなことをして、リラックスしてくると、
今度は、お腹が凹んだり、膨らんだりすることに気がつくと想います。
もちろん、ホンの少しです。
ホンの少しお腹が動いている感覚に気がつくと想いますので、これを感じます。

そして次に、お腹から鼻腔までの呼吸の流れを一つの大きな「系」として感じます。
最初は鼻腔だけに集中していた感覚を、「呼吸器系」という全体に広げるんです。

そうすると次は身体全体が動いていることに気がつくと想います。
身体全体が、微妙に動いていることに気がつくと想いますので、これも身体全体を感じるんです。


こんな風に呼吸に集中していると、「気」を下腹部の丹田というところに感じるかも知れません。
そうすると気持ちも落ち着いてきて、心も休まるようになってきます。


これは本当に時間がかかるし、コツをつかむまでは苦労するので、焦らず、ユックリ、気長にやってみてください。

基本はあくまでも普通の呼吸の観察です。
ですから歩きながらでも電車の中でも出来ます。

そしてこれとは別に長く息を吐く、長呼気もたまには練習してみてください。

投稿日時 - 2005-01-12 06:33:26

お礼

Syo-yaさん、さらに詳しいアドバイスをいただき、どうもありがとうございます。

何度も読ませていただきました。意識の度合い…。

私はひとつの部位にとらわれて、強く意識しすぎなのでしょうか。
「意識する」という状態とは、呼吸も体もすべて全体で同時に意識出来ている状態なのでしょうか。
Syo-yaさんが、呼吸法を体得される以前と以降では、どんな「意識する」状態の違いがありますでしょうか?
質問ばかりですみません。

投稿日時 - 2005-01-13 01:47:39

ANo.4

上手に出来てよかったですね。
老婆心ながら、再度アドバイスさせてください。

もし「出息入息の観察」が上手く行かないときは、映像でイメージしてみてください。

鼻を拡大イメージして、そこに吸い込まれる息、吐き出される息をイメージするんです。
「洞窟」のイメージでも良いです。
鼻毛に自分がぶら下がって揺ら揺らと揺れるイメージでも良いです。

鼻を特別なセンサーだと思って、感度を上げておくんです。

で、呼吸法は長呼気が基本ですが、そのときも腹筋に意識をしないで、鼻腔を通る風の長さに意識をおきます。
鼻腔を通る生温かい風を、「春のそよ風」だとイメージして、「もっと感じていたい・・・」と思えば、知らぬ間に長呼気になっています。



あとスワイショウは、本当に自分のペースで、自分の振り幅で左右に、または前後に振るだけのことなので、ビデオを購入することは無いです。

軽く膝を曲げて、本当にただ振るだけです。

左右のスワイショウでは首は浅めに振っても良いんです。
浅めでスローテンポから始めてください。

振っていて、振り寝してしまうほど気持ちよくなるものですから、自己中心的に、適当に、怠惰にやってみてください。
30分くらい振っても大丈夫なくらいの勢い、ペースで振るべきです。
これは効きますよ!^^

http://www.c-naikaken.com/seminar/suwaisyou.html

投稿日時 - 2005-01-08 19:34:52

補足

Syo-yaさん、さらにアドバイスをいただき本当にありがとうございます。
鼻腔に集中するというアドバイスで呼吸をしてみた時は目から鱗が落ちる思いでした。
私は今まで呼吸に集中していると思っていたのですが、実際にはいろんな違う場所を意識していたようです。これは実際、鼻腔に集中してみて初めてわかりました。Syo-yaさんが「意識を外す」とおっしゃられていた意味が少しわかったような気がします。(わかっていないかもしれませんが)意識というのは、いろんな所にひっかかっている(?)ものなのですね。

新たにいただいたアドバイスをふまえて、しばらくは練習してみたいと思います。
遅くなるかもしれませんが、改めてお礼の欄に記入させていただきたいと思っています。
本当にどうもありがとうございます。

投稿日時 - 2005-01-08 23:18:00

お礼

Syo-yaさん、お礼が遅くなりまして、申し訳ありません。
もう少ししっかり身に付けてから、ちゃんとお礼をと思っていましたが、時間がかかりそうなので、記入させていただきます。
今回は本当に有益なアドバイスをいろいろとありがとうございます。

休みの間に呼吸の練習をしていまして、まだまだうまくいかないなと思っていました。
しかし、今日出勤して外を歩いている時に、少し体が楽なのに気がつきました。息がぬけているといった感じです。
うれしくて、もっとしっかり身に付けたいなと思った次第です。

ヨガを習い始めた当初を除き、なぜかどんどん体調が悪く硬くなるような気がしたのも、「伸ばしている所を意識して」と先生に繰り返し言われるたび、意識しすぎて力をいれていったからだと思います。ですので「メインの意識は鼻腔」というアドバイスは、大変ありがたかったです。

ただ正直、おっしゃられている「観察する、自覚する」という状態がどういう状態なのか、まだわかりません。
呼吸していて、すーっと力がぬけてきて、「あ、今うまくいっているな」と思ってしまった途端に力が入って、そういうのを繰り返している状態です。

鼻もとても感度鈍いです。吐くときは特にとても鈍いです。最初は上唇に風を感じることも出来ませんでした。そんな感じでまだまだです。

でも、時間かかるかもしれませんが、これからもずっと練習していこうと思っています。
スワイショウはやっています。気持ちいいです。タランタランと踊りを踊っているようです。本当にいいです。
今回、たくさんのことを教えていただきました。
ご縁がありましたこと、感謝いたします。

投稿日時 - 2005-01-12 03:26:31

ANo.3

お返事ありがとうございます。再度の1です。

やっぱり最初の頃は、息苦しさとの闘いでしたよ。
腹式を意識しすぎて、腹筋運動になってしまっていたんですね。
(ちからワザの呼吸になっていたんです)


ですから、メインの意識は鼻腔と上唇に当たる風に集中するんです。

どんなに弱い呼吸をしていても、ゆらり、ゆらりと鼻毛も揺れるわけですし、鼻腔の皮膚の感度を上げれば、必ず、風を感じるはずなんです。風は必ず上唇を通っているんです。

それを聴診器で聞くように、または大切な患者の脈をとるように、
穏やかな息の流れに集中し続けるんです。
(吸う時も吐く時も)


また、吸ってるときは「今、吸っている」と自覚するんです。
吐いてるときは「今、吐いてる」と自覚するんです。
さらに、短い、長い、早い、遅い、深い、浅いと呼吸にも種類がありますから、これらも自覚するんです。「今、早めの吸気をした」「今、深く吐いた」と自覚するんです。


こうやって出息入息に集中してますと、上手に意識が外れますから、全身(心)の力も抜けてきますので、自然と腹式呼吸になるんです。のぼせた状態から解放されるんです。(気が降りるんだと思います)
さらに、姿勢もガチガチ状態から解放されて理想的な状態になるんです。

で、私はハタヨガは知らないんですが、そんなリラックスした精神安定状態でやるから、身体も柔らかく動くし、それが可能なるんだと思います。


ですから、ヨガをやる前段で、この出息入息の観察を行って、充分に精神を安定させると、理想的なヨガが出来ると思います。


気功法でも同じです。
このコツを外さなければ、立禅も、歩行禅も、簡化二十四式の太極拳も気持ちよく出来るようになってきます。

数息観____http://homepage1.nifty.com/totukahp/suusoku.htm
スワイショウ__http://www.theholisticisles.jp/topics/topics2.html

投稿日時 - 2005-01-08 06:18:05

お礼

お返事下さって本当にどうもありがとうございます。
そうですか…、Sho-yaさんでも最初の頃は息苦しさを感じられていたのですか。
アドバイスをいただいてから、鼻腔に集中して練習をしてみました。すると、息を吐くごとにプシューという感じで体から息(力?)が抜けていくような感じを経験しました!
少しコツがわかったようで、とてもうれしいです。
しかし意識がウロウロして鼻腔への集中がしょっちゅう途切れますので、まだまだ練習を要するようです。
「自覚」はまだなかなか難しいです。意識を鼻腔に集中させているのにせいいっぱいになっています。
鼻腔を感じながらの呼吸を今後、集中的に練習して、数息観などを実践していきたいと思います。
スワイショウは気持ちよさそうなので早速やってみた所、首がかたすぎて(背中も)ねじるのにギクシャクしてしまいました。テンポ…というか間隔もまだつかめないので(めちゃくちゃ早くなってしまう)ビデオの購入を考えています。
Syo-yaさんやtimeupさんのご回答を読むにつれ、気功に関しても興味を持ちまして、インターネットでいろいろ検索していた所、「偏差」という単語が目につきまして説明を読んでみて、少しゾッとしました。
美容体操程度に捉えて始めたヨガでしたが、「気」というのはとても奥が深くて、少々とまどいます。

今回とても的確なアドバイスをいただき、少し進歩したようでとてもうれしく思っています。本当にどうもありがとうございました!

投稿日時 - 2005-01-08 16:16:04

ANo.2

ハタヨーガ程度でも、なかなかしっかりした指導者がいないのが現状です。
其の程度の状態を指導できないのですから、他に代えた方が良いと思います。

呼吸法を独立して行うには、体操ヨーガ(ハタヨーガ)を確実にマスターしておかないとウマく行きません。

姿勢だけなら太極拳や気功の馬歩站椿功(基本中の基本)を習ってみると良いでしょう。
立位の場合、腰抜けの形になります。

脊柱のS字カーブをなくするような感じなのです。
気がもし動いているなら、このほうが途中でのつっかえがなくなりますし、これが出来ていない状態(ハタヨーガ全体と気の降りるルート)で、気が頭に上ってしまうと、おろすことが出来なくなるので、発熱や頭痛が起き危険です。

今の指導者はそれが出来ないので、自律神経云々を持ち出して逃げている状態です。

実際には指導者が気を入れて、通りをよくして、コントロールできるようにしてくれるのが理想です。
そういう事が出来るのは数少ない指導者ですが、そういう人を探されることです。

此の「気」とはハタヨーガの初心者・ベテランは関係有りませんし、其の人の人格などもまるで関係有りません。
動かせる人は一日で出来ますし、10年かかっても駄目な人は駄目です。

解決策としては、上記様に気が分かり、他人の気をある程度動かせる人を見つける。
又、気を通せる人を探す。これらが一人で出来る人が理想ですが、駄目なら一つ一つ程度できるレベルの人を組み合わせると良いでしょう。

現在は気が、勝手に上り、降りていない状態になってしまっていると考えられます。

投稿日時 - 2005-01-07 06:05:29

お礼

timeupさん、いつもどうもありがとうございます。
以前の同様の質問にも詳しいご回答を何度もいただきました。その節は本当にお世話になりました。
以前の質問の時にも「気が上がって降りていない」というご回答をいただき、私も思い当たる節があったので(ヨガの後、肩・首あたりから上がやたらとしんどい時が多く、リンパが腫れるときもある)心配になりました。
おっしゃられる通り、教室を変えてみようかなと最近思っています。気を動かせる先生…となると気功教室などの方が良いのでしょうか?
体験レッスンなどをしながら、地道に探してみようと思います。馬歩站椿功もやってみます。
本当にどうもありがとうございました。

投稿日時 - 2005-01-08 01:58:01

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