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締切り済みの質問

ドイツの領土問題

 戦後処理の問題について、日本とドイツはよく比較されますが、お互いに隣国との歴史的経緯も違います。
 日本は、ロシアと北方四島、中国と尖閣諸島、韓国と竹島の領土問題を抱えていますが、ドイツの場合はどうなのでしょうか。

 全ての国境線が確定しているのでしょうか。それともどこかの国と、領土問題を抱えているのでしょうか。

投稿日時 - 2005-05-23 16:12:00

QNo.1405119

困ってます

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回答(2)

島ではありませんが、ドイツとデンマルクとの国境が第一次大戦第二次大戦で移動しています。現在は問題になっていないと思います。国境の南北で、本来の言語が入り乱れているようです。ドイツ語を母語とするデンマルク人、デンマルク語を母語とするドイツ人がいるようです。
150年ぐらい前まで、シュレスヴィッヒ ホルシュタインはデンマルク王国の支配地であり、しかも神聖ローマ帝国の一部分でありました。デンマルクとプロイセンとの戦争の結果、プロイセンの領土になったので、
上述のような状況になったのです。

投稿日時 - 2005-06-04 14:55:04

補足

 高校で習った、シュレスヴィッヒ=ホルシュタイン戦争ですね。^^
 

投稿日時 - 2005-07-14 09:44:50

お礼

 ありがとうございました。m(_ _)m

投稿日時 - 2005-07-14 09:47:35

旧東ドイツの東部国境について、ポーランドとの間で国境の問題が過去にありました。いわゆるオーデル・ナイセ線の問題です。
オーデル川・ナイセ川という2本の河川が東ドイツ・ポーランドの国境に策定されたのは第二次世界大戦後すぐのことですが、それまでのドイツ・ポーランドの国境はその線より遙かに東側にありました。その間の地域がいわゆる旧プロイセン王国領にあたり、名家ホーエンツォレルン家・プロイセン国王のウィルヘルム1世がドイツ帝国の皇帝に即位(1871年)したことから分かるとおり、伝統的にはドイツ民族のテリトリーだと見なされていました。

第一次世界大戦後、ポーランドは敗戦国ドイツから安全保障上の理由で西プロイセンを割譲させ、自国領としました(東プロイセンは飛び地としてドイツ共和国に残る)。ヒトラーは、ナチスによる政権樹立後、この西プロイセンの奪還を主張し、1939年、ポーランドに武力侵攻します。これが第二次世界大戦の開戦の瞬間です。

その第二次世界大戦が終結した後、ポツダム会談で、東ドイツとポーランドの国境をオーデル・ナイセ線まで西に移動する(旧プロイセン領をポーランドに割譲する)ことが決まりました。この地域に住むドイツ人は、ソ連軍の侵攻後自発的に西のドイツ領へと逃亡したか、残った者も戦後東ドイツへ追いやられたことにより、ほぼいなくなったと言われています。

この国境線については、戦後処理によって当事者とは無関係に(ポツダム会談の際にスターリンによって)でっち上げられたものですが、その後、西ドイツも統合後のドイツもこの国境線を承認したことで、今では両国間でこの問題が取り上げられることはありません。ただ、ドイツのネオナチなどは未だに不満を抱いてはいるようです。

投稿日時 - 2005-05-23 16:40:53

お礼

 いわゆるポーランド回廊ですね。ポーランド政府とドイツ政府の間には、現在領土問題は存在していないのですね。スウェーデン・デンマークなどとの間に、バルト海の島の領有問題はないのでしょうか。

投稿日時 - 2005-05-23 17:59:27

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