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解決済みの質問

愛犬の最後 (長文です)

本日3年10ヶ月という早さで可愛がっていたW.コーギーを病気で失いました。
病名は『髄膜炎』です。
大学病院で受けたのはCTと髄液の検査で、それには麻酔が必要でした。が、その麻酔から覚めることができず丸1日、植物状態が続き、今日の夕方、人工呼吸器をはずし安楽死を選択しました。
担当の医師からは、ステロイドの投与と検査結果を待つかの選択を迷っていること(髄膜炎の発症原因が、感染症なのか否かによって、治療が間逆になるんだそうですがコーギーの場合は生まれ持つ事の方が多いので)それほどに、一刻を争う状態だと言うこと。そして、血液検査ではフリーだがもちろん麻酔の投与にはリスクが伴うこと、の説明をうけました。
そして、その1日後の今日、ここに冷たくなった子を傍らに置き、このメールを書いています。
 ずっと考えています。本当にこれで良かったのかを。
24時間以上たっても植物状態から転向しないから、もう
回復の希望は薄いとのことで、『尊厳死』のつもりで選んだ安楽死。私の選択は間違っていなかったのだろうか?なんで、もっと早くサインに気付くことができなかったかと自分を恨んでいます。もっと、遊びに連れて行きたかった。赤ちゃんも産ませてあげたかった。
みなさんは、ご自分愛犬の最後を考えたことがありますか?安楽死や私のしたことについて一般のご意見、獣医さん・獣医学生さんの立場のご意見でもなんでも構いませんので参考にさせていただきたいと思います。
余談ですが、その子は生前買ってあげた犬用のゆかたを着てかわいく箱の中で眠っています。角膜の提供をしたのですが、眼をとじているので本当にただ眠っているかのようでわかりません。あさって近くのペット霊園にて火葬の予定です。 悲しみで混乱しているため、乱文ですがご容赦下さい。よろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-07-21 00:51:12

QNo.1527386

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

心から ご冥福を お祈りいたします。私は 5年前愛犬を 失いました。安楽死でした。その子は 私の分も赤ちゃんを 産んでくれ、私と一緒に 子育てしました。沢山の愛情を むしろ私が 貰いました。子供の居ない 私達夫婦が こうして今 二人居るのも この子に 救われてきたからだと思います。育ててきた、、いえ きっと 育てられたのは私たちの方です。突然の 心臓の 破裂で、痙攣を 起こしながら洗濯を干す 私の後を付いて来て、じっとしていていいよ、そう言うのが精一杯でした。口から何度も血を吐いて、食事も出来なくなり 医師からは回復はしません、、と言われました。安楽死、、それを言葉にしたのは主人でした。私は 自分で 我が子を殺すなんて、、と主人を憎くさえ思いました。泣くばかりでした。でも 安楽死を選び、眠る様に逝ったわが子が その瞬間 コップ一杯程の血を 吐いたのを見て 何故もっと早くに 楽にしてやれば良かったと、、思いました。きっと 貴方様の 愛犬も幸せだったと思います。私は わが子が逝った時 約束しました。いつか 傍に行くから 待っていてねと、、貴方様の ワンちゃんも 待っていてくれていると思います。そして 今まで 幸せだったと思います。

投稿日時 - 2005-07-21 23:28:01

お礼

 大変なご経験をされましたね。苦悩を察し胸が張り裂けそうです・・・   私と主人がまだ結婚するまえ、初めてプレゼントされたのがこの子でした。ペットショップで運命を感じ、連れ帰りました。その後はどこへ行くのも一緒、お風呂やトイレさえ一緒に入りたがり、仕方なくドアの前で伏せて待っている状態でした。本当に子供のように二人で可愛がりました。その後、主人と結婚し子供が産まれました。私が、この人と結婚しても大丈夫だと思えたのは、結婚するまえに半子育て状態を経験し、それがとても幸せだったからだと思います。
私も『ありがとう』と言うのは自分の方だ、と思います。 私は無力でおろかでした。大切な子を失ってから後悔ばかりしています。
 貴重なお話ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-07-22 00:14:24

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回答(14)

ANo.14

#11です。一言だけ。

今でもたまに思うことは、私はあの子に出会えて幸せだったけど、あの子はうちにきて本当に幸せだったのかなということです。
ですからrere_pandaさんの「次があるなら、またこの子に出会い反省を生かしベストパートナーになりたい」というお気持ち、本当によくわかります。

縁があって出会ったのだから、きっとまた、いつかどこかで出会うことができる、と私は思っています。
その時までに、もっと良い飼い主になれるよう精進しなきゃ、と思っています。

投稿日時 - 2005-07-22 23:41:28

お礼

 重ねてありがとうございます。   本当にそう思います。火葬が済み、墓地も決まり、なんだか、つい1週間前の出来事が夢のような気がします。それだけ、私の気持ちが落ちてきたということでしょうか。 しかしながら、今でも彼女の残したものは多く日常の端々に彼女の影を重ね寂しい気持ちになり涙が溢れてきます。だけどなんだか懐かしくさえ思えるようになってきたのも事実です。 みなさまのお力添えは私にとってとても大きな手助けになったことは明らかです。
 とあるきっかけで、『犬の十戒』というものに出会いました。『虹の橋』と並ぶ、愛犬家の中では有名なものらしいですが、私はこのふたつを胸にこれから生きて行きたいです。
この場をお借りして、ここのページで出会った全ての人に最大の感謝を申し上げます。
最後に、お骨の一部(犬歯)を持ち帰りいつも眺めております。これも、ご助言の中にあったものを参考にさせていただいた事です。
本当にありがとうございました。みなさまの健康と、ワンちゃん(おられる方は)との幸せな生活を心よりお祈りいたします。

投稿日時 - 2005-07-24 22:10:18

ANo.13

こんにちは。

尊厳死を選択してしまった自分に対するお気持ち痛い様にわかります.

私も50年犬と付き合ってきましたが、何度と無く愛犬の死に立ち会いました.

その中には.安楽死を選択した愛犬や事故で亡くした愛犬と様々な自然ではない死を選択しました.

私は、犬の事を考える時に常に考えている事が有ります.
犬の本来の生き方は何かと言う事です.

私の人生においては、何代にも渡って世代交代がありましたが、犬は、犬の存在を存続する事が大一義だと考えるからです.
繁殖期の犬の生理を考える時に、これが全てと言わんばかりの行動を取ります.これが示す物を大事にしたいと考えております.

犬は、人との生活が長いですし、人為的な種も多く存在します.しかし、動物の本能と言う点においては継続的に変わり無い物を持っていると考えています.

犬の場合は、相手がどんな素性かや血統かなどを余り考えません.自分の子孫を残したいと願っているのでしょうが、私は、素性や血統を考えないと言う点に注目し、無くした愛犬の子孫で無くても、犬族の繁栄を願っている事だろうと勝手な解釈をして、今までの経験と知識を次の世代に生かす努力をしようと思い、また、犬族の繁栄を願って次の世代を飼いつづけてまいりました.

この事で少しは、亡くなった愛犬も喜んでくれるのではないかと自分成りに考えております.

安楽死の事ですが、私は、自分の事に対しても決めている事が有ります.

それは、私は、今までに何度となく愛犬の死を決定してまいりましたが、自分が助かる見込みが無いと成った時に治療を拒否すると決めております.
意識が無くなった時の事も家族に対して伝えてあります.
意識が無い時には、家族の意思によって決定する様にと.

私自身は、安楽死を選択しません.これは、私の家族にも関係する事だからです.また、愛犬に対して行った結果を自分の身の上で確信したいと願っているからです.

今の日本の医療は、ドイツ系が中心となった過去の方針を引きずっておりますが、自分たちもこれに引きずられている事に気付いている人は少ないでしょう.

アメリカやオーストラリアなどでは、食物として命を絶つ時にも最小限の痛みと時間でと言う考えです.
日本の魚などの生き作りなど以ての外です.
国によっても違いますが、私は、人によって違って良いと考えます.

今回悩み苦しまれる事でしょうが、その様にして考える事が、亡くなった愛犬への供養と成ると思います.
考えた事を次の愛犬に生かす事が出来る事を、亡くなった愛犬は喜んでくれると思います.
亡くなった愛犬を愛し慈しんでいたからこその悩みだと思います.愛犬は、その事を喜んでくれているでしょう.

ですが、愛犬は、飼い主が何時までも悲しい気持ちで居る事を望んでいませんし、愛犬にしてみれば、自分の死が飼い主を苦しめていると思うと耐えられないほどの悲しみを抱く事でしょう。

互いが思いやり忘れない事ではないでしょうか.
私は、この様に考えます.

投稿日時 - 2005-07-22 19:48:34

お礼

 こんにちは、はじめまして。   
>私自身は、安楽死を選択しません.これは私の家族も
>関係する事だからです.また、愛犬に対して行った結果
>を自分の身の上で確信したいと願っているからです.
なるほど、と極自然に納得しています。
私はこの子の角膜の提供を決める際に、自分のドナーカードを改めて確認しました。私は自分をこれといって取り柄もなく本当にごく普通の人間だと自覚して、今はそれを受け入れていますが、思春期にはとてつもなく悩みました。
自分に特別な力や、やりたいことがないのなら誰かのために生きよう、といつの頃からか思いました。   私が今悩んでいる、死の選択に対するひとつの答えであるように思います。   だんなの実家にはもう一匹 G.レトリバーがおります。この子は私が連れてきた子ではないですが、今日も散歩に連れて行きながら、いつも以上に愛しく祈りに近い気持ちを抱いている自分を、これで亡くした子に対する罪滅ぼしのつもりかよ、と後ろめたく思っていましたが、”次の世代へ生かす努力””犬族の繁栄”の言葉で少し説明がつく気がしてほっとしています。
この子から思いやり、やさしさを沢山もらいました。私も忘れてはいけませんね。

投稿日時 - 2005-07-22 23:37:31

ANo.12

悲しみお察しします。
3年前、我が家でも貰ってきた、庭の雑種が18年目で老衰死しました。冬だけは、玄関に入れていましたが、年一回の狂犬病とフィラリア予防注射だけで、病気一つしない、孝行娘でした。死ぬ前日だけは餌を受け付けず、翌日、仔犬の時の顔に戻って息を引き取りました。我が家にはじめてきた時、皆幸せにと、ハッピーと名付けました。何の芸も教えず、元気だけがとりえでしたが、その18年間は、正にそのとおり、毎日がハッピーでした。
それでも、老衰死であっても1年くらいは、ああしてあげれば、こうしてあげれば、といろいろ考えていました。妻と子供が心配するほど落ち込みました。このご経験は、これからの人生に於いて必ずや生きると思います。頑張ってください。

投稿日時 - 2005-07-22 11:16:55

お礼

こんばんは。お返事遅くなりまして、申し訳ありません。本日、火葬して参りました。 やはり、不つり合いなくらい冷たく大きな炉を前に改めて落ち込んでしまいました。が、遅れながらも空いてしまった時間を埋めるつもりで、全てをそばにいて受け止めよう、と今回も火葬炉への見送りから遺骨拾いまで私が行いました。
口をひらけば張り詰めていた糸が切れるかのごとく涙がでてきます。『バイバイ。大好きだよ』・・・これが精一杯でした。
でも、今日が終わる今、わかった事がひとつあります。火葬もお墓も法要も、この子がこうして欲しいなんては一言も言いませんし(もちろんですが)多分望んでいないでしょう。 でも私が、残された者がやりたいのです。でないと気持ちの置き場がないのです。気持ちの整理をつけるきっかけを自ら作っているのです。
昨日までとは明らかに違う心境です。これを”時薬”というのでしょうか。  もちろん完全にはほど遠く、出口がそっちのような気がした、程度ですが。
ハッピーちゃんはyoshidakaさまのそばにいますか?  『これでいつも一緒にいれるね』と言った義母の言葉がとても心に染みました。  ありがとうございます。 

投稿日時 - 2005-07-22 22:50:07

ANo.11

 突然のお別れをされてお辛いこととお察しします。
 
 私は1年半前に実家で飼っていた柴犬を失いました。
 当時仕事の都合で実家を離れていましたが(片道1時間半程度のところですが)、たまたま実家の近くに行く用事があったので、ついでのつもりで実家に寄ったところ異変に気づき、翌日かかりつけの医師に「放っておいたら明日死んでもおかしくなかった。このままでは1週間以内に死んでしまう」と宣告されました。
 翌日から毎日病院で点滴を受け、結局2ヵ月後にお別れをしました。

 どのような決断をされても、悔いが残ってしまうのは、ある程度仕方のないことなのではないかな、と思います。
 大切に思い、愛していればいるほど「ああすればよかったのか」「こういうことをしてあげたかった」と思うものなのではないかなと。
 私もいまだに、自分の判断は間違っていたのでは、2ヶ月も闘病させて余計苦しめる結果になってしまったのでは、、と思うことがあります。
 
 rere_panda さんは、難しい決断を短時間の間にされることになり、お辛かったことと思います。
 でもこんなにワンちゃんのことを思われていたrere_pandaさんが、ワンちゃんの様子を見て決断したことなら、間違いではなかったと私は思います。

 しばらくはワンちゃんのことを思い出すと悲しくなってしまうかもしれませんが、時間がたつにつれ、そのワンちゃんとの想い出がrere_panda さんを癒してくれると思います。

 心からのご冥福をお祈りいたします。 
 
 
 

投稿日時 - 2005-07-22 00:08:48

お礼

 私はこの子に出会い本当に幸せでした。(あくまで、私はですが)  いろんな思考が頭の中をぐるぐる回り、少し落ち着いたり、自責の念にかられたり、とやはりまだ混乱しているようです。
やり直すことは、もうできませんが、次があるならば、またこの子に出会い反省を生かしベストパートナーになりたい、と思うのは私の独りよがりでしょうか。
貴重なお話、励ましのお言葉に感謝いたします。

投稿日時 - 2005-07-22 00:37:15

ANo.10

何度も 失礼します。他の方が 仰っている様に遺骨を 自宅に置く事も出来ますし、私は 遺骨の一部をカプセルに霊園で入れてもらい、肌身離さず持っています。本来の遺骨から離してもいい場所、(歯や爪等)
霊園の方に 意向を伝えると カプセルに取置いてくれます。私は 辛いことや苦しい事があった時などカプセルを 握り締めて、頑張るからね、、と問いかけています。それと貴方様の選んだ道、決して間違っていないと思います。以前私が 愛犬を亡くした時に言われたのですが、愛犬は 飼い主に喜んで貰う為に この世に生まれてくるそうです。悲しみは悲しみとして受け止め、 貴方様が元気で 居てくれる事を願っていると思います。その子の分まで 生きてください。

投稿日時 - 2005-07-22 00:07:20

お礼

 !!!!!!! それも全然思いつかなかったです。(本当に私は馬鹿です。恥ずかしいくらい)
とても参考になります。本当にありがとうございます。
私には、もったいないくらいの子でした。 私達家族以外にも、何度もお話していますが、主人の両親・義妹、ご近所の皆様、ペットショップの方々(購入後もトリミングなどでお世話になっていました)みんなから可愛がって頂きました。私たちの名前は知らなくても、この子の名前を知っている人も多い、という状態でした。
たくさんの人から愛されたこの子を誇りに思います。

投稿日時 - 2005-07-22 00:24:47

ANo.8

単なる一般人です。
私は、今年の6月に15年一緒に暮らした犬(雑種)を亡くしました。
自分のかかわり方はあれでよかったのか、こうすればよかったのかとよく考えました。だんだん弱ってくる中で、元気に動いていた姿を何度も思い浮かべていました。
「尊厳死」「安楽死」というのは、最近は良く聞くし目にもするのですが、ちょっとまだまだ身近な感じがしません。正直これらの考えには反対します。安易に増えてしまう恐れをぬぐえません。
ですが、私は、亡くなりつつある命の身近にいる人が深い苦悩の中から判断し、決断されたことは一番尊重されるべきだと思います。(このような考えは、平常時に落ち着いて議論されるとまたおかしな結論になりそうですが・・)
なぜなら、こういった事態は、突然やってきて、混乱の中で限られた時間の中で限られた人が決断されていくことだと思いますので、先の2つよりも重要だと考えます。
正直、死については、不用意に触れたり、普段、必要以上には考えてはならないことだと思いますので、ここでやめます。

突然の事態で、大変お疲れでしょうから、なるべく体を休めるよう気を使ってください。すみません上手くかけなかった感じですが、頑張ってください。

投稿日時 - 2005-07-21 11:06:54

お礼

ありがとうございます。  真髄に触れました。
#7さんの欄で、付け足しましたが第2のオーナー(私が2番目かもしれませんが)である、ダンナの両親たちとも、もちろん話し合って決めたことです。最期は私とお義母さんが立ち会いました。 後悔しながらもなお、成長しない自分を恨みます。 明日、旦那の家族と共に火葬します。

投稿日時 - 2005-07-21 23:59:47

ANo.7

心中お察しいたします
また…愛犬のご冥福を心からお祈り申し上げます

私は大型犬三頭を飼っています
自分で全ての世話をして躾・訓練をした仔を亡くした経験がありませんがいつも最期の事は考えます
大型犬の中でも短命な方の犬種なので…考えない訳にはいかないのもあります
私は…犬が少しでも苦しまないようにしたいと思っています
でも…一日の内に少しでも苦しまないでいる時間があるのなら迷うでしょうね
今の考えでは一日中ずっと苦しいだけなら私の腕の中で安楽死の選択をしようと思っています

それでも子供と同じ存在の愛犬だから…
安楽死を選んでも選ばなくてもキットずっと悩んでしまうと思います
でも…
『人【愛犬】は死んで人【あなた】の心の中で永遠に生きる』のです
これはある漫画の中の台詞なんですが…
私は祖父と祖母を喪った時にこの言葉でずいぶんと癒され元気付けてもらいました
あなたが忘れない限り愛犬はあなたの心の中でずっと生きています
泣きたい時は泣きたいだけ泣いて良いですから…虹の橋にいる愛犬の為にも早く元気になってあげてください
あなたがいつまでも愛犬の死を引きずっていたら愛犬も心配しちゃいますから…

投稿日時 - 2005-07-21 08:14:39

お礼

励ましのお言葉ありがとうございます。 安楽死の選択への疑問と共に、やり残したこと、しかもいつでもできたはずなのにしなかったこと多々を悔やみます。いままで親しい者との別れの際に、何度となく似たような過ちをし、後悔し反省したはずなのにこのざまです。わたしはなんて馬鹿なんだろうとつくづく嫌になります。
私は、質問欄には文字数の都合で省いてしまいましたが、この子を2年近くダンナの実家に預けていたという罪があります。出産のため、ダンナは仕事でほとんど不在ですので一人で赤ん坊と犬の世話をこなしていけないため、苦渋の選択でしたが言い訳にもなりません。車で30分程度のところですので、週1ペースで会いにいっていましたが、今考えても飼い主失格です。
もちろん主人の実家では、それはそれは可愛がってもらい今回も大学病院側に『落ち度はなかったのか』『どうしてこの子がこんな事に』と最後まで食い下がったのもお義母さんでした。
私が再度、この子と暮らしたのは状態が悪くなる正にその時だったのです。
私は、悲しむ資格もないのかもしれません。
『今日ママくるってよ』の一言で2階のベランダから外を眺めてずっと私が来るのを待っていてくれた子ですが、虹の橋で待っているのはもしかしたら、ダンナの両親と義妹かもしれませんね。  悲しいですが・・・

投稿日時 - 2005-07-21 23:42:47

ANo.6

インターネットでは有名な「虹の橋」という文章があるのですが、ご存知でしょうか。

http://www.geocities.jp/icke_jp/niji.html

質問者さんのした事は間違いではありません。
というか、何がよくて何がよくないのかなんて、誰にも決められない事だと思います。

こちらの世界で捧げた一輪の花は、あちらでは野原いっぱいの花畑になります。
こちらの世界で供えた一杯の水は、あちらでは澄んだ水をたたえた大きな湖になります。
だからあなたがわんちゃんと過ごした楽しい思い出を時々でも思い返せば、それだけであちらにいるわんちゃんは温かい満ち足りた気持ちになれます。
悲しまないであげて下さい。
(これは知り合いのお坊さんのうけうりです)

投稿日時 - 2005-07-21 05:47:04

お礼

 虹の橋、どうもありがとうございます。
涙が止まりません。
心のどこかでは、『これが、この子の命の持分だった』とか高校の時に教わったカルマの法則なんかを思い出し、『とてもいい子だったし、みんなに愛されたから、もうこの世で苦労していきなくてもいいと神様が許してくれたんだ』など思ってはいるんですが、自分を慰め、言い訳にし、正当化しようとしているのではないかと思い、そんな自分を疎めしく感じていました。
 またいつか、この子に絶対逢いたい。今は悲しみの中の希望ですが、いずれ心の支えになってくれると信じています。

投稿日時 - 2005-07-21 23:10:45

ANo.5

すいません、書き忘れました。私はその犬を火葬はちゃんと業者(?)さんにしていただきましたが、離れるのがいやなので、家にお骨はあります。犬のは小さいので。いつもみんなが見えるところにおいてあげています。私の友人もそうしていると言っていました。

投稿日時 - 2005-07-21 01:45:26

お礼

 重ねて、ありがとうございます。
自宅に遺骨を!!考えてもいませんでした。私たちはダンナの本家の墓にペット霊園もあるのでお墓を建てるつもりでしたが、眼から鱗です。かわいい骨壷なんかもあれば全然いいですね!参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2005-07-21 23:00:43

ANo.4

たとえ同じ次元に生きてなくても、大切に時間を共に過ごしたわんちゃんですから、本能とかどうとかで片付けられるのはちょっと・・・。
人間も本能で生きてますからね(基本は)

質問者様の気持ちは痛いほどよく分かります。
私は、一ヶ月ほど前 父を亡くしたのですが、同じような状況です。
だからと言ってペットと人間と一緒にしてほしくないとは思いません。
残された方は、何がいけなかったのか、こうすればよかった、ああすればよかったと思い悩みます。 今でも悩んでるし考え出したら涙も止まらないし
これからもずっと思い続けるでしょう。
「一番苦しまない方法で」と考えるのは相手を思っていれば当たり前に出る
発想だと思います。
「死」は年功序列ではないし、突然やって来るし、自殺する人がいるのに何で自分の大切な人は生きたいのに生きれないんだろうって思うからこそ残された方は後悔の念がつきません。
でも、自分もいつかは死ぬし、逆にそんなに思ってくれたらうれしいっておもいませんか?悩んでほしくはないけれども、それだけ愛情をかけてくれた証拠です。 あなたのわんちゃんは幸せだったと思いますよ。
すぐには悲しみは癒えませんが、正しかったんだろうかと思うより、その子の事(思い出)を忘れないことです。

投稿日時 - 2005-07-21 01:43:06

お礼

 ありがとうございます。
管をつけ瞳孔は開き自発呼吸もできずにICUに入っている時は『これがあの子か?』と疑いたくなるような状態でした。処置が済み、OPE室からでてきた時はお気に入りの(私の、ですが)ゆかたを着て、眼も口もまるで生きて眠っているかのよう。おまけに大学側からは箱にお花まで飾ってくれていました。『かわいい!!』とごく自然に思いました。どこかで、だれかの眼となって残りの分まで生きて欲しいと移植の提供もしました。
ただ全てが自己満足ではなかったのかと落ち込んでいます。 幸せだったとおっしゃて下さり、とても救われました。
 お父様のご冥福をお祈りします。

投稿日時 - 2005-07-21 22:57:07

ANo.3

私は3年前に飼っていたフラットコーテッドレトリバーの子と三才でお別れしました…。私の犬の場合は、母が話を聞いていたので私は病名とか詳しくわからないのですが、胃がひっくり返っちゃって死んでしまいました。その死んでしまった夜の前の日まで私は家族を旅行へ行っていて、動物病院へ帰りに立ち寄って犬を迎えに行きました。私の犬は元々興奮しやすい犬だったのですが、その日も私たちが迎えに来たのを見てとっても喜んで興奮していました。どうもその興奮が胃に悪影響を与えてしまったようでした…。その日の夕方お腹が何か気持ち膨れてしまっている気もしたのですが、そこまで気にすることもなく夜をむかえてしまいました。そして夜中に犬がなぜかいつもの寝床ではなく、2階へ上がってきていて調度みんなの部屋が見渡せることろで横になって夜鳴きをしていました。その犬はたまに夜鳴きをしていたので、それもまた変に思わず、私はその犬を数分なでてあげてからまた布団に戻りました。それが最後でした…。多分苦しいのに2回に一生懸命上がってきて最後にみんなに会いに来てくれたのだと思います。朝父が犬が死んでしまっているのに気がついて、急いで病院に電話して連れて行って診断していただいた結果、もし昨日の夕方に連れて来ていたとしても、ずっと苦しむことのになったから安楽死を選ばざる終えなかったでしょう。といわれました。そう聞くと、最後の最後まで一緒にいられて良かったのかなとも思いました。
何か自分の話をしてしまってすいません。でも、ここで私が言いたかったのは、安楽死を選んであげることは犬にとって良いことだったっていうのを思ってもらいたくって…。すいません、下手な文で。。元気をだしてください。私はその後、また同じ種類お犬を同じ名前で飼っています。なぜなら運命てきな出会いで、調度見に行ったブリーダーさんのところにいた赤ちゃんと、私は死んだ犬が偶然にも血がつながっていたのです!!!これはあの子の生まれ変わりだと思うしかありませんでした。

投稿日時 - 2005-07-21 01:41:39

お礼

 貴重な体験お話下さり感謝しています。
Emily1987さん、ご家族も大変でしたでしょう。
そうなんです。私もあまりに突然の別れでした。追々、そうまることは覚悟していました。(以前いた、W.コーギーも同じような症状で、その時は近くに大学病院のような大きな病院がありませんでしたのでCTなどとれず病名が明らかではありませんでしたが、癲癇発作を繰り返し亡くなりました。)がしかし、検査に渡したのが最後になるなんて思ってもいなかったのです。
病院や先生を責める気はありません。充分な説明をうけました。
 今はまだ、他の動物を飼うなんて考えられないとダンナとも話しています。
でもいずれ、Emily1987さんのように運命の子に逢える日が来ると信じています。

投稿日時 - 2005-07-21 22:43:09

ANo.2

人間が忠誠心あふれる犬に心を寄せるのは、高次の精神活動をしているからですが、犬が人間にそれを示すのは彼らが人間とともに生きるために持っているただの本能です。もともと人間と動物たちは別の次元で生きています。愛犬を失ったお気持ちは察しますが、人の命と同じレベルに考えることは間違いです。

投稿日時 - 2005-07-21 01:05:57

お礼

はじめまして。お返事遅くなり申し訳ございません。
私の解釈不足でしたら申し訳ないのですが、わたしは人間が犬より上だとも下だとも思いません。犬以外の生命も同じです。関わりあう同士が互いの価値を決めるのだと思います。

投稿日時 - 2005-07-21 22:31:03

ANo.1

私も愛犬(17年生きました)の最期は「安楽死」を選びました。
rere_pandaさんと同じ、数年経った今でも「それでよかったか」を考えます。
獣医さんにもう寿命だし、このままずっと苦しんでいるのが可哀想だと言われ選びました。
その前からずっと目が見えなくなっており、最期の方は動かず、ただ息をしてるだけの状態。
それなのに、注射をしたとき声をあげました。
そのとき、本当にこれでよかったのかと疑問を持ちました。
本当は自然と逝きたかったんじゃないのかなと。
今でもその鳴き声は耳に残っています・・・
こういうことは何が正しい・何が間違ってるというのは難しいと思います。
気持ちは本人にしか分からないものです。
ただrere_pandaさんの愛犬さんは病気になってしまい、治るのが難しかったんですよね。
苦しまずに天国へ行けて、愛犬さんは良かったと思ってるかもしれません。

今は天国で元気に走り回ってることを祈るしかありません。
今すごく辛いと思います。気持ちよく分かります。
いつまでも愛犬さんのことを忘れずにいてあげてください。
お墓参りにもきちんと行ってあげてください。
家族みなさんで愛犬さんのことを話してあげてください。
お悔やみ申し上げます。

投稿日時 - 2005-07-21 01:03:27

お礼

お返事遅れまして申し訳ありません。
私の犬は、最後にope室で薬剤を投与するとき、震えました。とても怖がりな子だったので、以前から外にリードでつなぐだけでブルブル震える子だったのです。脳死状態でも感覚は残るんだ、この子今からすることを察して震えているんだ、と感じました。
それが、心につかえています。
病気は進行してましたが、通常死に至るものではないそうです。検査や麻酔が怖くて病気に心で負けてしまったのかもしれません。 貴重な経験談ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-07-21 22:24:37

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