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解決済みの質問

「は」と「が」の使い分け

以下の例文Aと例文Bは、ある小説の書き出しの部分と考えてください。[は]と[が]の使い方として、例文Aは問題ないと思いますが、例文Bはおかしいと思います。しかし、何故おかしいのかうまく説明できず、気持ち悪いです。うまい説明があったら教えてください。

<例文A>
吉田太郎[は]、佐賀県に生まれた。
6歳まで何不自由なく子供時代を楽しんだ。
状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。

<例文B>
吉田太郎[が]佐賀県に生まれた。
6歳まで何不自由なく子供時代を楽しんだ。
状況が一変したのは、太郎[は]中学に入ってからだ。

投稿日時 - 2005-09-01 08:51:07

QNo.1618993

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

名残惜しいですね。kobareroさんとのやりとりは、本当に勉強になりました。
単に知識的なもの以上に、問題点の捉え方や、方向違いへ反れるとすぐ修正していただいたりした、その適確な状況判断にいつも感銘を受けていました。
本当にありがとうございました。

<臨時講義9>
(ガラガラ・・・、)
生徒:・・・。
先生:お、どうした。黙ったまま入ってきて。
生徒:本当に終っちゃうんですか?
先生:なんでもそうだろ。始まりがあれば終りもある。
生徒:尾張名古屋は城で持つ・・・、あ~、こ、りゃ・・、こ・・、りゃ。
先生:泣きながら都都逸を歌うんじゃない。困った奴だな。
ともかくkobarero先生と出会えて良かったね。
また、呼ばれることがあるかもしれないから、その時は、私のところにも寄ってください。
生徒:はい、必ず。では、失礼します。
(ガラガラ・・)
生徒:先生、たしかこの前まで自働ドアじゃ・・・。
先生:もういいんだよ・・・。元気でがんばってください。
また会いましょう。

投稿日時 - 2005-09-21 23:09:00

お礼

本当に長いことありがとうございました。
季節の変わり目で急に寒くなるかも知れませんので、お体には十分お気をつけください。

生徒:hakobulu先生、また、教えてくださいね。
ネコ:我輩もhakobulu先生に会いたいニャー。
先生:では、また、お目にかかれる日を楽しみにしております。
全員:ありがとうございました! お元気で!

投稿日時 - 2005-09-22 22:27:49

ANo.31

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回答(31)

ANo.30

夏の尻尾がまだ頑張っているようです。
さわやかな気候もいいですが、北海道人としては、すぐ冬を連想してしまうので、たとえ尻尾でも夏を応援してしまいます。

<臨時講義8>
生徒:先生こんにちは。お久しぶりです。
先生:まんず久しぶりだね。
生徒:あれ、半分なまってますね。
先生:あ、そうだね。本当に久しぶりだねって言ったんだよ・・・、そうでもないか。
kobarero先生は元気にしてるかい?
生徒:はい。「は・が」問題を考えない時は、頭の回転が格段に良くなると言っていました。
先生:そうか、それではそろそろ結論をお願いした方がいいね。
生徒:あの~。hakobulu先生が回答者でkobarero先生は質問者なんですよね?先生にすっかり質問者の雰囲気が漂っているように感じるのは、僕の錯覚なんでしょうか?
先生:そう言われればそうだったね。でもこれでいいんだ。体系化は彼の方が向いている。
私は無責任な課題を丸投げ提示していただけだからね。本質的には。
生徒:今日は随分と謙虚ですね。連休で心境の変化が起こりましたか?
先生:生意気言ってないで、私の気持ちをちゃんと伝えておいてくださいね。
生徒:僕の言ったこと、わかるって言ってくれましたよ。「前を強調、後ろを強調」ってやつ。
先生:そうか、うまく理論に組み込んでもらえるといいね。
生徒:う~ん、そこまではどうかなあ。
先生:ともかく、kobarero先生さえ差し支えなければそろそろ結論を期待してもいいでしょうか?と言っていたと伝えてください。
もちろん、全く急がないです、ともね。
生徒:は~い。僕も楽しみです。

投稿日時 - 2005-09-20 15:33:18

補足

昨日は雨が降ったのに、今日は依然として暑いです。秋は、一雨ごとに涼しくなると思っていましたが、温暖化の影響でしょうか、なかなかさわやかな秋になってくれません。

気が付くと、「は」と「が」の質問を最初にさせていただいてから、もう20日以上たっていました。その間、hakobuluさんのお陰で、随分色々学ばせていただきました。「は」と「が」だけでこんなに考えることがあったとは、当初は思ってもいませんでした。hakobuluさんに色々な角度から助言をいただき、その都度、一所懸命考えて新しい発見ができ、大変楽しかったです。でも、hakobuluさんには、私のつまらない質問にお付き合いさせてしまったようで、心苦しいです。

ところで、今日、あらためて、過去のやり取りを見直してみて、びっくりしたことがあります。それは、hakobuluさんが、一番最初の#5で述べられていることは、ものすごく正しい説明だったんだということが、今になってやっとわかりました。結局、私は、長い時間かけて、たどり着いたのは、hakobuluさんの#5の説明のような気がします。私は、一体何をやっていたのでしょう?

とにかく、私としては、当初の質問に対する疑問は、お陰様で解決しました。それで、そろそろ、クローズしようかと思っております。

本当に、色々とありがとうございました。

投稿日時 - 2005-09-21 21:40:36

ANo.29

夕方過ぎて雨になりました。しとしと静かな音で降っています。これが止んで本格的な秋になりそうな予感がします。

<臨時講義7>
(ウィーン)
生徒:こんばばんは。
先生:お、今日は顔色がいいな。何かいいことあった?
生徒:ちょっとハイキングしてきました。
先生:そりゃいい、面白かった?
生徒:はい。kobarero先生に勧められて行ったんですが良かったです。それより、これ今日のノートです。
先生:はい、どうも。うーん、なるほど。
うまく言えなくて実に歯がゆいんだが、伝達能力の無さを痛感するよ。
でも頑張って再挑戦するから、上手に伝えてくれよ。
確かに私は「強調」を広義に(かなり)使っているかもしれない。
基本的には、特定するのも強調のうちとさえ思っている。
しかし、そこまでいくと論ずる意味が無くなるから、あえて「強調」と「特定」をわけて説明することが多い。

「が」は「強調」か「特定」か、必ずどちらかの要素がある。

主格を強調したくない場合に「が」を使うのは特定したいからだ、という事になります。

<質問1>
(1)「が」は主格を明示している。
:主格を強調、または特定している。という意味になるので、(2)を含んだ内容と考えます。

<質問2>
(1)(2)とも不十分。
「主格を強調し、または特定し、あるいは強調しながら特定することもある。」
という考えです。

<質問3>
「生徒が焼いたケーキを今日食べた。」は、前後の文脈によって、「強調」か「特定」かを判断します。
故に文としては同じです。

(1)「実はあまりおいしいと思っていなくて、今まで一度も食べた事がなかった。」という話が続く場合は、「強調」の意味で使われたと判断できる。
(2)「生徒」(「レンジ」も)をことさら強調したくないのにこういう事を言うのは、「今日食べた」という事を言いたいのだと判断できる。
それで、この場合の「が」は「ケーキを焼いたのは誰か」という事を特定しているに留まっていると判断できます。

生徒:わかりました。先生、自分ばっかりしゃべって疲れませんでした?僕は本当にわからなくなってきました。
先生:いや、ただ表現の仕方の問題だからね。大分煮詰まってきてることに変わりはないと思う。
生徒:でも強調になっているかいないかって、結構大きい問題じゃないですか?
先生:確かにそうだね。君もkobarero先生に鍛えられて、かなり鋭くなってきた。
会話であればアクセントの強弱でかなり言わんとする要点は伝わりそうだけど、書き言葉では色んな可能性が含まれてしまうのは止むを得ないのかもしれないね。
生徒:なんだか、わかったようなわからないような変な気持ちになりました。
先生:そうか。実はわたしもそうなんだ。
君が良くkobarero先生に伺って、今度会った時、教えて欲しい。
あ、それからkobarero先生の所に行くのは、明後日にしなさい。
明日は日曜日だから、たまには「[は・が]問題」から離れてもらわないと。
生徒:は~い。わかりました。それでは。

投稿日時 - 2005-09-17 20:48:37

補足

昨日に続き今朝もさわやかな秋晴れです。ただ、昨日は昼間はまだかなり暑く汗だくになりました。

生徒:おはようございます。少し涼しくなってきましたね。
先生:そうだね。ところで、hakobulu先生から回答を頂いてきたかい?
生徒:これです。ちょっとわかりにくい感じもしましたが。
先生:どれどれ、うーん。ん?(再度同じ所を読む)。あーそうか。うーん。ん?(再度同じ所を読む)。うん。あー、なるほど、そういうことだったのか。今度はわか

ったぞ。
生徒:先生、(ゴソゴソ)、わかったんですか?
先生:うん。長い間の疑問が、これで一気に氷解したぞ。
生徒:(ゴロゴロ)、えー? どういうことですか? 実は、私にはあまりわかりやすくなかったんですが。(ゴソゴソ)
先生:よし、君に解説してあげよう。まず、<質問2>の回答を見てみよう。hakobulu先生は、「主格を強調し、または特定し、あるいは強調しながら特定することもある。」と言っておられる。これは、言い換えると、「が」の働きは、(1)主格を強調する。(2)主格を特定する。(3)主格を強調しながら特定する。この3つの働きのどれであるかは、状況に応じて変わるということなんだよ。
生徒:じゃ、その状況に応じてって、どういう状況のこと? (ガサゴソ、ゴロゴロ)
先生:その点なんだ。私が長いことわからなかったのは。でも、今回はとうとうわかったぞ。<質問3>の回答を見てごらん。hakobulu先生は、「前後の文脈によって、「強調」か「特定」かを判断します。」と書いておられる。これで、完全に理解できたんだ。
生徒:えっ? 私には、まだ、よくわかりませんけど。
先生:簡単に言うと、hakobulu先生は、「が」の働きは、文脈によって変わりうると言っているのだ。同じ赤い色だって、周りがオレンジ色か、緑色かで印象が変わってくるだろう。それと同じなんだよ。
生徒:あー、そういうことだったんですね。それで、例文によって説明の焦点が変わっていたんですね。(ゴロゴロ)
先生:そうなんだ。それで、考えてみたんだが、hakobulu先生の考え方は、以下のように公式化すると、うまく説明できると思うんだ。例えば、hakobulu関数h1の値が1であり、かつ、hakobulu関数h2の値が0の場合は、「が」の機能は、純粋に「特定」だけになろ。逆に、h1=0,h2=1なら、純粋に「強調」だけになる。そして、その中間の0<h1<1,0<h2<1のときは、「特定」と「強調」が微妙に混じった状態になるんだ。そして、h1,h2の値は、いずれも、文脈(c)によって決定されるんだ。

  <公式>
    「が」の機能=h1(C)*[特定]+h2(C)*[強調]

    h1: [特定度]を決めるhakobulu関数(1~0の値を取り得る)
h2: [強調度]を決めるhakobulu関数(1~0の値を取り得る)
c: 文脈

生徒:先生、何かおおげさな割には、何も説明してないような気がするけど、でも、とにかく、「が」の働きが文脈で変わるっていうのは良くわかったよ。(ゴロゴロ)
先生:これで、長い間の疑問がすっかり解決してスッキリしたよ。hakobulu先生に是非お礼申し上げてください。ところで、君、さっきから、机の下あたりで、何か「ゴロゴロ」とか「ガサガサ」とか聞こえるのは何だね?
生徒:あっ! ばれたか。実は、昨日ハイキングに行った帰りに、変な野良猫が絡み付いて来たんです。うるさいから、「シッ!向こうへ行け!」って言ってやったんですよ。そうしたら、こいつがね(と言って机の下からクロネコを抱き上げる)、「オイ! ハラガヘッテルニャ、ナニカクワセロ」って言うんですよ。ずうずうしい猫だとは思ったんですがね、見ると、やせて何日もメシを食ってないみたいなんで、かわいそうになって近くの定食屋へつれてったんですよ。「お前、何食いたいんだ?」って聞いたらね、こいつったら、「ワガハイハ、ブタデアル」なんて言い出すんですよ。多分、夏目漱石の小説の名前をどこかで聞いたのを、間違って覚えたんでしょうね。それで、私は、「そうか、わかった、わかった。何でもいいんだな。」と言って、猫が喜びそうな「カレイの煮付け善」を注文してやったんですよ。そうしたら、こいつは、「ワガハイハ、ブタデアル」「ワガハイハ、ブタデアル」を繰り返すばかりで、初めはせっかくの「カレイの煮付け善」に手を付けようともしないんですよ。しまいには、定食屋のおばさんまで出てきて、「あらまぁ、この猫ったら馬鹿だね。自分のことブタだと思ってるんだね。」って言い出す始末で。
先生:それで、その猫、結局「カレイの煮付け善」、食べたのか?

投稿日時 - 2005-09-18 10:05:19

お礼

生徒:えー、せっかくおごってやったのに、まずそうな顔して食べてんですよ。こいつは。
先生:うーん。それは、猫が正しい。
生徒:えっ? 先生、何を言い出すんですか?
先生:猫が急に「ワガハイハ、ブタデアル」と言い出したのは、「お前、何食いたいんだ?」と聞いた後からだな?
生徒:そうですよ。それが、何か?
先生:君には、「は」の機能の一部しか説明してなかったが、「は」には、「~~について言うと」という意味があるんだ。
生徒:それは、hakobulu先生にならいました。
先生:おー、そうだったな。じゃ、君の応用力が足りないようだな。「ワガハイハ、ブタデアル」を、わかりやすく言うと、「ワガハイについて言うと、食いたいのは、ブタデアル」という意味になるんだ。
生徒:えー!そんな勝手な意味づけができるんですか?
先生:勝手じゃない。長い日本の歴史のなかではぐくまれた言語表現の知恵だ。ところで、その猫は、本当は「カツ丼」を食べたかったんじゃないのか?
生徒:あっ、そういう意味だったんですか。(猫の頭をなでながら)お前、昨日、本当は「カツ丼」が食いたかったのか?
ネコ:ニャカラ、イッタニャニャーノ、ワガハイハ、ブタデアル、ノニャ。
生徒:そうだったのか。それで、「カレイの煮付け善」をまずそうに食ってタンニャニャー。
ネコ:カッテニ、ネコゴツカウニャー。
先生:どうやら、君は、今日、ネコに日本語教わったみたいだな。うん。とにかく、これでわかったと思うが、hakobulu先生の言われるとおり、文脈によって意味は変わるのものなのだ。
生徒:よくわかりましたニャー。
先生:おーそうだ、今度hakobulu先生に会ったときは、私の方の疑問は全て解決したので、ゆっくりお休みくださいとお伝えください。それと、無理な質問にもていねいに答えていただいてありがとうございましたともね。
生徒:わかりました。では、先生、良い3連休を。
ネコ:センセイ、サイナラナノニャ。(生徒に向かって)オイ、オマエ、キョウハ、チャント、カツドンクワセロヨニャー。
生徒:おいおい、お前いつまで、おれにおごらせる気だ? それに、おごってやった相手に「オマエ」はないだろ! 日本語の使い方知らんのか?
ネコ:シラナカッタノハ、オマエノホウジャニャーノ。
生徒:ククククッー!

投稿日時 - 2005-09-18 10:24:18

ANo.28

温度の調節が難しい時期ですね。ご自愛ください。

<臨時講義6>
(ウィーン)
生徒:こんばんは。kobarero先生からの質問を持ってきました。
先生:ごくろうさん。勉強してきた講義内容を先に見せてごらん。熱っぽいのは直ったみたいだったかい。
生徒:はい。たっぷり寝たら直ったそうです。
先生:そうか、それは良かった。
生徒:先生が対格を言い出したんですってね。
先生:うん~ん。そうだっけ?どれどれ・・・。
#18補足の「質問2」と「質問3」をみてご覧。私じゃなかったと思うが、ま今はどっちでもいいんだ。
それより、「比較なくして強調なし」って言ってるなあ。
生徒:自信ありげでした。いっつも強調ばかりしてたら強調の意味が無くなるって。僕もそう思います。
先生:そういう捉え方だったのか。私としては、ひとつの文において、主格と対格どちらを強調したいのかという判断は、常に必要とされるという考えなんだけどねえ。
生徒:もう一回聞いてみます?
先生:そうしてくれると助かるなあ。ところで喉が乾いてないかい?何か飲む?
生徒:ん~、そうですね。どうしようかな・・・。折角ですから何かいただきます。
先生:そうか。水、コーラ、ウーロン茶、どれがいい?
生徒:う~ん。どうしようかなあ・・・。コーラが飲みたいな。
先生:どうしてもコーラが飲みたいの?
生徒:いやそうじゃないけど、無ければ水でもいいです。
先生:いや、あるよ。ただ、君はどうしても「コーラ」と言ったわけではないんだね?
生徒:はい。
先生:じゃ、どうして「コーラ[が]飲みたいな」って[が]を使ったのかな?
生徒:だってどれかひとつに決めないと飲めないでしょ?
先生:それを「特定する」と言うんだ。
生徒:あ、先生僕をペテンにかけて・・・。でも、そうか・・・。わからなくなってきたぞ。これも今度kobarero先生に聞いてみます。
先生:そうしてみてくれ。次は「難問1」か。
おっと、「質問1」って書いてるな、ちゃんと。どうも身構えちゃって。
(答え1)
(2)の文の骨子、つまりもっとも大事なのは「中学に入ってからだ」という箇所である。
それにも拘わらず、「状況が一変したのが」と[が]を使ってしまうと、既に半確定的な統一理論によって、[が]の前の「状況が一変した」という箇所の方が強調されてしまうため、矛盾が生じるからである。
生徒:普通の言葉でしゃべってください。何かこわいから。
先生:そうか、すまん。では難問・・じゃなかった「質問2」にいきます。
「誰が買ったのか・誰が好きなのか・誰が殴ったのか・何か載っていたのか」
すべて[が]によって特定されているからです。
・・・少し不安だが、こんなところですね。
生徒:ありがとうございます。じゃ、今日はこれで。
先生:はい、気をつけて。

投稿日時 - 2005-09-17 00:41:19

補足

きょうは、すっかり涼しい感じで、今夏初めて、外にでかけても汗をかかずに済みました。これから連休が多いですね。

生徒:(学校のカフェテリアで朝飯を終えて来る)おはようございます。
先生:さっき、カフェであったとき、君からhakobulu先生の回答の話を聞いたんで、考えてみたんだが、どうも今回は、あまりはっきりしないことが多いんだ。それは、多分、hakobulu先生が言っている「特定」という言葉と「強調」という言葉のせいだと思う。この2つの言葉は、私は、2つの別な意味として考えているんだが、hakobulu先生は、同じ意味で使っているようにも見えるんだ。でも、本当にそうかどうかわからないんだ。それと、主格を強調したいから「が」を使うといわれるのだが、では、主格を敢て強調したくない場合はどうするのか、その辺が良くわかんないんだ。それで、今回は、もう一度、hakobulu先生にこの点を確認してきてもらいたいんだ。
生徒:えっ? じゃ、今日はこれで終わり?
先生:秋晴れのこんな良い天気の日に、君は、教室で勉強なんかしたいのか?
生徒:実は、久しぶりにハイキングでもしたいと思ってたところです。
先生:よし、じゃ決まりだ。質問は以下にまとめておいたから、今度hakobulu先生にお会いしたら、聞いておいてください。
生徒:はーい。では、ハイキングに行ってきます。

<質問1>以下の2つの文の意味は同じと考えていますか?もし、違うと考えている場合は、どう違いますか?
 (1)「が」は主格を明示している。
 (2)「が」は主格を特定している。

<質問2>「が」の主格に関する働きの説明として、(1)で十分だと思いますか? それとも、(2)のように説明する必要があると考えますか?
 (1)「が」は主格を特定している。
 (2)「が」は主格を特定し、かつ、強調している。

<質問3>「が」に主格強調機能があると考えた場合、敢て強調したくない場合には、どうすれば良いと思いますか?
     例えば、以下の文で(1)(2)で、「レンジ」に対する思い入れと「生徒」に対する思い入れが同程度の人が、「生徒」をことさら強調したくないとき、(1)の文は、どう表現すればよいですか?

    (1)「生徒が焼いたケーキを今日食べた。」
    (2)「レンジで焼いたケーキを今日食べた。」
    

投稿日時 - 2005-09-17 10:37:33

ANo.27

<臨時講義5>
(ウィーン)
生徒:こんばんは。今日は自働ドアですか、特に言うことはありませんが・・。暇ですねえ。
先生:すっかり中へ入んなさい。ウイーン、ガコン、ウィーン、ガコンてうるさいから。
生徒:はい。では、すぐ本題にはいります。「状況が一変したのは、太郎が中学校に入ってからだ。」に主題はあるけど、主格は無いって、kobarero先生は言ってました。
先生:そうか・・・。でも無ければ文とは言えないと思うんだが。ま、今はそういう事にしておこう。
生徒:あれ?そんなに簡単に納得しちゃうんですか?
先生:そういうわけじゃない。これは、主題と主格の絡みの問題だが、今はどちらも「説明」という明快な言葉の適用によって、当面の問題点とするにはあたらない。
いずれにしても微妙な問題だから、別の機会に訴求される事もあると思う。
生徒:訴求とか難しい言葉を使えば私が騙されると思っているんですか・・・、っていうのはひがみですね。
わかっています、はい。
先生:わかればよろしい。
生徒:kobarero先生、hakobulu先生が乗り移って寒気がすると言ってました。
先生:おいおい、何かの聞き違いじゃないのか?
生徒:うーん、どうだったかなあ。でも、そんなような事言ってましたよ。
先生:ともかく風邪を引いたのかもしれないな。お大事にって伝えて下さい。それと、お見舞いというわけじゃないが、これは私の気持ちだから渡しておいてくれ。
生徒:はい。
先生:それじゃ気をつけて。
生徒:あの~。
先生:何?
生徒:kobarero先生に渡すものは?
先生:さっき君に渡したろ。もう無くしたのか?しょうがないな。じゃもう一度渡すから無くすなよ。はい、これ。
生徒:何もありませんよ。
先生:正しい日本語を使うように。あるけど、見えませんと、言わなくちゃ。
生徒:どうして見えないんですか?
先生:だから、言ったろ私の「気持ちだ」って。
生徒:・・・・・。
(ウィーン、ガコン、ウィーン、ガコン)

投稿日時 - 2005-09-16 19:14:12

補足

今日は珍しく、朧月夜です。やっと、秋らしく外も内も涼しくなってきてホッとしています。

先生:(hakobulu先生の講義内容を聞き、メモを読み終える)
生徒:hakobulu先生は、やはり、「主客なくして文なし」と言ってるのに、でも、何故か問題とするに当たらずと言ってましたよ。
先生:そうか。それは残念だな。絶対反論があると思って楽しみにしていたのになぁ.....。じゃ、今度は私の方から逆にhakobulu先生に質問をしてみよう。おっと、その前に、念のためちょっとだけ補足しておくことがある。
生徒:何ですか?
先生:「状況が一変したのは、太郎が中学に入ってからだ。」に主格がないという件だけど、私が言ったのは「文」としては、主格がないという意味だが、「太郎が中学に入ってからだ」という文節を取り出せば、そこには主格がある。
生徒:それは、「太郎」が「入って」の主格だと言う意味ですね。
先生:その通り。これは、念のための補足です。
生徒:それで、hakobulu先生への質問って?
先生:うん。2つあるんだ。<質問1>は、主格の問題で、<質問2>は、「は」と「が」の問題だ。

  <質問1>以下の文(1)に主格があるはずだと考えた場合、何が主格になると思いますか? 例えば、「状況が一変したの」を主格と考えた場合、(1)の「は」を「が」に置き換えた文(2)は、日本語として何となくおかしい感じがしますが、それは何故だと思いますか?

        (1)「状況が一変したのは、太郎が中学に入ってからだ。」
        (2)「状況が一変したのが、太郎が中学に入ってからだ。」

  <質問2>文節の中に主格が入っている以下の例文/文節で、「が」を「は」に取り替えることができない(意味が変わってしまう場合も含めて)のは何故だと思いますか?
       
        (1)太郎が買った本を今日読み終えた。
        (2)次郎が好きなケーキ。
        (3)この男は、私が殴った男です。
        (4)朝刊に富士山が爆発したニュースが載っていた。

生徒:何か難しそうだな。
先生:もしかしたら、「は」と「が」の違いを考えるヒントになるかと思って、hakobulu先生にも考えていただこうと思ったんだ。さて、それでは、回答をずるずる引き延ばしていたので、今日こそ一気に答えてみよう。まず、#24の質問1。「が」の強調機能を認めるかどうかだけど、私としては、「比較なくして強調なし」の立場を取るから、「が」を「は」と比較して、強調されると言うのは問題ないが、「が」自身に単独で主格強調機能があるというのは無理があると思います。
生徒:#25の補足で言ってたことだね。
先生:そうだね。その理由をもう一つだけ付け加えておこう。もし、「が」が単独で主格強調機能があるとすれば、通常の日本語文章の中で、「が」は比較的ありふれているのだから、頻繁に「強調」されていることになる。そんなにしょっちゅう強調していたら、強調の意味がなくなるのではないかと思うのだが。
生徒:だから、「が」は、ただ単純に「主格」を示しているだけだと言いたいんだね。
先生:そうなんだ。さて、次は、同じく#24の質問2.「が」の機能として、以下の(1)の「対格特定」と(2)の「対格強調」を追加したらどうかという件だが、私は、これも単純に「対格を示す機能」ということで良いと思っている。(2)の「強調」は、やはり、「は」との比較で言うなら問題ないが、単独の機能として言うのは実際の例と合わないと思う。これは、hakonulu先生自身が(1)と(2)の文を用意されたことからもわかるように、(1)と(2)の違いは、「が」の働きの違いではなく、(1)と(2)の文脈の効果の違いだと思います。ただ、不思議なのは何故hakobulu先生がこの2つの文を比較として挙げたかなんだ。私からみると、(1)も(2)もhakobulu先生の好きな強調の「が」の典型例のような気がする。

   (1)「水、コーラ、ウーロン茶、どれがいい?」「水が飲みたい」
   (2)「喉が渇いて渇いて・・・。水が飲みたい。」

投稿日時 - 2005-09-16 20:55:33

お礼

生徒:確かに、両方とも、「水がぁ」と強調したい文脈ですよね。
先生:で、次は、同じく#24の質問3.「が」の主格・対格以外の機能についてだね。結論を初めに言います。実は、私は元々、主格・対格以外どころか、「対格」でさえ、それを持ち出すと議論が混乱するから、決して表に出さないように細心の注意をしてきたんだ。だから、主格の議論以外は何でもはずすのは、大賛成!
生徒:あれー? 先生がこの話を持ち出したんじゃないの?
先生:それが、もー話せば長くなるので、今日は省略するけど、とにかく、私が隠しに隠して来た対格の「が」を始めて議論に持ち込んだのはhakobulu先生なんだ。#19の<統一理論C>を見てください。
生徒:そうだったんですか。
先生:じゃ、次へ行きます。同じく#24の質問4.(番号4はないけど)「は」は後ろの強調、「が」は前の強調という話だね。これは、「は」と「が」の相対比較だから、#25補足の<公式2>と同じことを言っていると思うので、問題なしだね。
生徒:やったー! これ私がhakobulu先生に申し出た意見なんです。
先生:そうかそうか、当たりだと思うよ。さて、今日はめでたく全問回答完了だな。
生徒:おめでとうございます。
先生:あとは、hakobulu先生の反論と、あっ、それから、ご質問への回答を楽しみにしますってお伝えください。
生徒:わかりました。

投稿日時 - 2005-09-16 20:59:26

ANo.26

私はクーラー苦手で使ったことがありません。風邪をひかないようにお気をつけください。
今日は、珍しく近くの空地で虫の声がしているのに気がつきました。

<臨時講義4>
(ガラガラ)
生徒:先生こんばんは。また引き戸に替えたんですか?ま、いいや。
1、状況が一変したのは、太郎が中学校に入ってからだ。
2、海は青い。
の部分なんですが・・・。
先生:みなまで言うな。わかっている。その下の内容と矛盾しているな、確かに。
無責任なようだが、はっきりわからないというのが本当だ。
生徒:何かわからないんですか?
先生:主格。
生徒:わからないのに今まで使ってきたんですか?
先生:そうだ。
生徒:って、随分無責任ですね。
先生:わからないと気付く事も大事だぞ。
生徒:いばるようなことですか?どうでもいいけど、先に進めてください。kobarero先生はいつも字数を気にしながら書いているのに、先生は無駄口が多すぎます。
先生:・・・、素直に反省しよう。
ともかく、kobarero先生の「説明」という前回の解釈で【要旨1】に関する疑問は氷解した。
で、素直ついでに君にちょっと聞きたいんだが、
「状況が一変したのは、太郎が中学校に入ってからだ。」
この文で「主格」と言えるのはどれだろう?
生徒:「状況が一変したのは」か「太郎」か、または「その両方」が、でしょう・・・って、当り前ですよね。今度正解を聞いておきます。でも、本質的な問題ではないんでしょう?
先生:まあ、そうだが。
【要旨2】についても主題機能に関する箇所は無視していただいて結構ですと、お伝えしてくれ。
それと、クーラーで風邪をひかないようにして下さいと。
生徒:はい。わかりました。なんだか段々まとまりかけてきた予感がしてるんですけど、どうなんでしょう?
先生:そういう気はするね。kobarero先生の最終決断がいつ下されるか、楽しみにしていよう。
それまでは、もう少し君の考えも聞かせて欲しい。
どうせなら、きちんと着地したいからね。
生徒:なんか今日は真面目ですね。今日は発泡酒呑まないんですか?
先生:今日は日本酒にした。
生徒;とりあえず、kobarero先生に報告してきます。
先生:急がないからね。たまにはどっか遊びに行って、ゆっくりしてからおいで。
生徒:は~い。では失礼します。

投稿日時 - 2005-09-14 23:08:30

補足

去年まで、私もクーラーを使っていなかったのですが、今年から試しに使い始めたら、何だか気温と湿度の感覚が狂ってしまいました。主観的には、まだ、かなり蒸し暑いのですが、近所の方に「随分涼しくなりましたね」と言われました。

生徒:先生、随分涼しくなったのに、どうしてそんなに汗かいてるんですか? hakobulu先生なんか、クーラーなしで涼しい顔してましたよ。
先生:そうか。hakobulu先生がクーラーを使わないのは正解だな。私はクーラーを使い始めてから、どうも体調がおかしいよ。
生徒:ところで、先生、今日は、hakobulu先生からの質問に全部答えてもらえるんでしょうね。昨日は、無駄字ばかり書いて、書ききれなくなったんだから、今日は頼みますよ。
先生:わかった、わかった。じゃ、早速だけど、「状況は一変した」から行こう。
 
  「状況が一変したのは、太郎が中学に入ってからだ。」

この文で、主格はどれかという話だよね。
生徒:そうです。
先生:うーん。ここで、主格を持ち出してくるのは、さすが、hakobulu先生の面目躍如というところだなー。
生徒:先生、何を感心しているんですか?
先生:hakobulu先生の持論は「主格なくして文なし」なんだ。
生徒:だって、その通りじゃないですか?
先生:いや、その通りじゃないだろう。例えば、「荷物は大阪に送ります」は文じゃないのか?
生徒:そりゃ、文だけど。でも、荷物が勝手に歩いて大阪に行くわけはないんだから、誰か送る人が必ずいるはずじゃないですか?
先生:じゃ、その誰って誰れ?
生徒:誰かは、文には書いてないけど、例えば、話をしている人じゃないの。
先生:そんなことは決まっていない。郵便局の太田三郎かも知れないし、クロネコ大和の上田桃子かもしれないじゃないか?
生徒:確かに、誰かは特定はできないけど、でも誰かがいることは確かでしょ。
先生:そこが重要なんだ。「荷物は大阪に送ります」は、決して「荷物は(上田桃子が)大阪に送ります」の省略ではないんだ。
生徒:誰もそんなことを言ってないよ。
先生:わかった。では、「荷物は大阪に送ります」は、一つの完全な文と考えていいんだな。
生徒:完全と言われると、ちょっと気になるけど。
先生:じゃ、どうすれば、この文は完全な文になるんだ。
生徒:例えば、「荷物は、上田桃子が大阪に送ります。」なら完全だね。
先生:ほー。じゃ、上田桃子が送るか誰が送るかわからない時は、「荷物は大阪に送ります」ということを完全な文として言うことはできないのか?
生徒:その場合は、「荷物は、誰かが大阪に送ります。」と言えばいい。
先生:そんなことをお客さんに言ってみろ。「そんないい加減な会社には、もう頼まん。」って怒られるぞ。
生徒:きびしいな。じゃ、「荷物は、私どもが大阪に送ります。」にすればいい。
先生:「私どもって」誰だ? 「荷物は大阪に送ります」とメールに書いている営業部の部員か?それとも、配送部の部員か?
生徒:あれ、いつの間に、メールの話になっちゃったの?
先生:そういうことでなくてさ、例えば、会社の仕事の場合、「主格」をいれずに、「荷物は大阪に送ります」とだけ言った方が、めんどうなことが起こらない場合もあるんだ。ものごとを事務的にかたづけるときは、下手に主格を挿入すると、かえって責任問題になるから、意識的に主格を隠したい場合も少なくないんだ。
生徒:確かにね。
先生:これが、アメリカだと、何事も責任の所在を明確にしなければならないから、「I」とか「We」とか入れないと文が完全にならない。でも、日本は、物事は、オレがオレがと言って、誰か個人が引き起こすというより、みんなでわいわいやっているうちに自然に成ってしまうという感じ方があるから、伝統的に「I」や「We」を明確にしないことが多いんだ。
生徒:そうなんですか。そんな話し、初めて聞いたけど。で、先生、何が言いたいんですか?
先生:うん。要するに、「日本語の文で、主格が書かれていない場合があるのは、省略したと考えるのが妥当な場合もあるが、主格を積極的に隠したいという場合もあるということを言いたいのだ。だから、結論を言うと、「荷物は大阪に送ります」は、決して不完全な文ではないということ、すなわち、日本語の文として、完全だということを言いたいのだ。
生徒:うーん。そこまで言われると、そんな気がしてくる。
先生:そうだろう。じゃ、そういうことにしよう(と言って強引に認めさせる)。

投稿日時 - 2005-09-15 22:28:18

お礼

生徒:先生、それで、状況は一変したの?
先生:おっ、そうだ、そうだ、本論に戻らなくちゃ。「状況が一変したのは、太郎が中学に入ってからだ。」の主格はどれかという話だったな。この文を見て、先生も初めは、単純に「状況が一変したの」が「太郎が中学に入ってからだ」の主格だと考えたんだ。実際、そのように考えても一応筋は通る。でも、しばらく考えているうちに、ふと、hakobulu先生の「主格なくして文なし」がすっかり自分に乗り移っていることに気づいたんだ。それで、思ったんだ。何故主格を探さないといけないんだってね。だって、「AはB」の構文では、BがAの説明であると言っているだけで、AがBの主格でなければならないなんて一言も言ってないわけだからね。
生徒:それが、答え?
先生:そう。hakobulu先生には、ご不満もおありと思うが、それが、とりあえずの答えだね。
生徒:じゃ、この文には主格はないっていうこと?
先生:そう、「主題」はあるが、「主格」はないと言っておこう。
生徒:先生、また、2000文字が。。。。。
先生:おー、うーん、私の説明は、なんと要領を得ないことか! 書けば書くほど、混乱を増大させている気がする。
生徒:残りの質問に、あと1000文字で答えられるの?
先生:うっ!、自信がない。それに、今日は、外が涼しいはずなのに、体が熱くて体力が続かん。悪いが今日はここまでにさせてもらいたい。hakobulu先生には申し訳ないが、そのようにお伝えください。
生徒:わかりました。

投稿日時 - 2005-09-15 22:31:05

ANo.25

<電報1>
強調に対する私の捉え方。
<例1>
A.
太郎を全く知らない人に「あれは誰?」と聞かれた時は、「彼」をあえて強調する必要が無く、彼が誰であるかを説明すればいいだけなので、「彼は太郎です。」と[は]を使うのが自然。

B.
佐賀県で有名な太郎という天才がいる。私は顔を知っているがkobarero先生は知らない。
2人でビールを飲んでいる時に、太郎が私に挨拶をしながらこちらへ近付いてきた。
kobarero先生が私に聞く。
「彼は誰?」
「彼こそが(例の天才ですよ)」という事を強調したいので、「彼が太郎です」と私は答える。

<例2>
A.
「kobarero先生が、駄洒落を言った。それがおかしくて太郎は笑った。」
駄洒落に対して笑った事が要点なので、笑った主格である太郎を強調することになる[が]は使わない。

B.
太郎にもビールを勧めて3人でしばらく話した。
しかし、最初のうち太郎はむっつりしたまま全く笑顔を見せなかった。
私とkobarero先生は交代で駄洒落を言ってみた。何回やっても、なかなか笑わないので諦めかけた。
これが最後という感じでkobarero先生が「隣に垣根が出来たね。へえー(塀)」というポピュラーなやつをやった。
その時やっと「太郎が笑った。」


「特定」と「強調」どちらとも言えるような場合も多いですが、「Bのような場合は強調したい気持ちになるだろうから、[は]より[が]の方が妥当だよ、という説明することはできそうに思います。


kobareroさんに必要が無ければ、特にこの回答だけに対する返事は不要です。
もし他で言及される際には<電報1>としてくだされば結構です。

投稿日時 - 2005-09-14 00:55:24

補足

何故かクーラーを入れても汗が止まりません。蒸し暑い残暑の日が続きます。

<「強調」について>
先生:(hakobulu先生の電報にもう一度目を通している)
生徒:昨日は「強調」のことで考え込んでいたみたいですが、何か結論が出ましたか。
先生:うん。昨夜は、ビールを飲みながら、「強調」の実例を片っ端から考えてみたんだが、なかなか奥が深いことがわかった。でも、今日はそれを一つ一つ挙げていると、かえって混乱するかも知れないから、本質を一言でいおう。
生徒:何ですかそれは?
先生:それは、「比較なくして強調なし」だ。「強調」するということは、必ず、対比する相手が必要なんだ。ここに結論をまとめておこう。

 『赤い色は、緑色と対比すると、赤い色が強調されるが、だからといって、赤い色自身に赤い色を強調する働きがあるわけではない。
 全く同様に、「が」は「は」と対比すると、「主格機能」が強調されるが、だからと言って、「が」自身に「主格機能」を強調する働きがあるわけではない。 』

生徒:うーん。結局、「が」の主格強調機能と言うのは、「は」との対比において言えることであって、それ自身に強調機能があるわけではないということだね。
先生:そういうことなんだ。これが、昨日考えた結論なんだけど、きっと、hakobulu先生は異論があるだろうから、今度会ったとき、意見を聞いておいてもらえないか?
生徒:わかりました。

<総点検>
先生:これで、私としては、hakobulu先生から頂いた疑問・質問などの全てに答える準備ができたのだが、実は、質問のいくつかについては、hakobulu先生のおっしゃる意味が今ひとつはっきりしないものがある。そこで、君にもいっしょに考えてもらいたいんだ。
生徒:わかりました。
先生:それでは、具体的な点検に入る前に、先日まとめた、「は」と「が」の働きを再度、ここにまとめておこう。

 <公式1>
  (1)「AはB」において:「は」は、「BがAの説明であること」を示す。 
  (2)「AがB」において:「が」は、「AがBの主格であること」を示す。

この公式については、#23の補足で説明しておいたんだが、昨日のhakobulu先生からいただいだ電報をみると、どうも、私の説明不足で、うまく伝わっていなかったようなんだ。それで、ちょっとくどくなるけど、もう一度ここで説明しておこう。
生徒:お願いします。
先生:具体例で説明しよう。「太郎は笑った」は、上の公式からどう解釈すればいいかな?
生徒:(1)型だから、「笑った」が「太郎」の説明だということだね。
先生:その通り。ところで、この文の焦点は、どこにあると思う?
生徒:うーん。焦点というのは、もっとも「言いたいこと」だよね。「笑った」かな?でも、よくわかんないや。
先生:なるほど。よくわかった。先日の私の説明が悪かったのがよくわかったよ。よし、説明しよう。例えば、君が日本史の授業を受けていて、先生が「今度のテストでは、鎌倉時代から5問出す。これから、鎌倉時代の説明をするから良く聞いておけよ。」と言われたとする。そのとき、君はどうする?
生徒:もちろん、必死に先生の説明を聞こうとするだろな。
先生:説明を聞くと言うのは、「鎌倉時代」という名前を聞き覚えようとするのか? それとも、鎌倉時代の説明内容の方を聞き覚えようとするのか?
生徒:変な質問するなぁ? 内容に決まっているじゃないか?
先生:そうだろう、そうだろう。それじゃ、質問。「BがAの説明である」と言うとき、説明の内容は、Aだろうか、それとも、Bだろうか?
生徒:当然、Bでしょう。あーっ、わかった。ということは、「太郎が笑った」では、「笑った」が話の焦点だということだね。
先生:その通り。では、次、「太郎が笑った」を上の公式で解釈してください。
生徒:簡単だよ。「太郎」が「笑った」の主格だってことだよね。
先生:そうだね。じゃ、この場合、話の焦点はどこにあると思う?
生徒:そりゃ、主格が誰だと言っているわけだから、主格が焦点だよね。
先生:そうだよね。ここで、いままでのところをまとめるとこうなるね。

 <公式2>
  (1)「AはB」において:Bが話の焦点になる。 
  (2)「AがB」において:Aが話の焦点になる。

生徒:だいぶ整理されて来ましたね。
先生:さて、これで準備完了だ。hakobulu先生の質問に答えてみよう。まず、昨夜いただいた電報から行こう。
生徒:hakobulu先生、わざわざ電報を送るなんて、研究熱心だね。
先生:感心ばかりしてないで、君も見習いなさい。
生徒:はーい。

投稿日時 - 2005-09-14 21:32:33

お礼

先生:では、hakobulu先生が電報で言っておられることを考えてみよう。と、言ったものの、実は、電報に書いてあるhakobulu先生の考えは、私の考えと100%同じなのだ。恐らくhakobulu先生も上の<公式2>を見ていただければ、同意していただけるのではないかと思う。一点、問題があるとすれば、hakobulu先生が「強調」と言っているところを、私は、「焦点」と言っていることだ。何故私が、「焦点」というかと言えば、「比較なくして強調なし」を強調したかったからだ。ただ、hakobulu先生の例文は皆、「は」と「が」を対比させているから、実は、ここでは、「焦点」でなく「強調」という言葉を使っても、別に問題はないわけだ。
生徒:先生、私がいるの忘れてませんか?
先生:あっ、ごめんごめん。つい熱が入ってしまった。
生徒:あのね、先生少し話が長くない?実は、もう次数が2000字超えて、このペースでhakobulu先生の質問に答えていくと、また、3000文字超えて、書き込めなくなると思うよ。
先生:うん。君はなかなかよく舞台裏を知っているんだな。私も、実は、書きながら、もう3000文字超えたんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだ。
生徒:そんな無駄口、っていうか、無駄字書いてる暇あったら、早く、hakobulu先生の質問に答えてよ。
先生:そうだ。そうだ。急ごう。次は、#24の【要旨1】の次の2つの文だな。実は、この質問の意味が、私はよくわからなかったんだ。君は、hakobulu先生がこの2つの文について、何を言いたかったかわかるか?

1、状況が一変したのは、太郎が中学校に入ってからだ。
2、海は青い。

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先生:シマッタ! 3000文字超えてしまった。続きは#24の「お礼」をご覧ください。
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投稿日時 - 2005-09-14 21:45:26

ANo.24

まだ夏と秋のせめぎ合いが続いているようです。すごしやすい日が続いています。
非常に勉強になっています。そして、このように論理に基づいた思考をさせてもらえるのが楽しいですね。
こちらこそ、もうしばらくよろしくお付き合いくださるようお願いいたします。

<臨時講義3>
(コンコン)
先生:はい。おう、君か入ってくれ。ちゃんとドア閉めて。
生徒:はい。(バタン)
先生:ノートをちょっと見せて。
生徒:これが、今回kobarero先生に教えてもらったことのまとめです。
先生:・・・・・・・!やったー!素晴らしい。
(1)「AはB」において:「は」は、「BがAの説明であること」を示す。 
これで「は」は解決だ!
生徒:そんなに簡単に喜んじゃっていいんですか?
先生:簡単に喜んでるわけじゃない。君が来たらkobarero先生に渡してもらおうと思っていたメモがあるからちょっと見てごらん。
私なりに、これでも一生懸命考えたんだ。見事に対応している。
千里眼かな彼は。
「が」については、少し余地を残しているが、それは
後でまとめて書こう。
ともかく参考になるか、却って混乱するかわからないが読んでみるといい。
生徒:はい。

 ----------

<メモの中身>

【要旨1】ー[は]についてー
1、状況が一変したのは、太郎が中学校に入ってからだ。
2、海は青い。
この2つの[は]の機能は分けるべきだと考えていたので、主格機能にこだわっていました。
ですが、「主題を提示する」というフレーズに、
『「~について言えば」のみでなく、「その主題がどうなのか」という「行為・状態」を示す意味も含む』
という意図も共に表現されている、と判断できるようなら、あえて「主格機能」にこだわる必要もないかもしれません。
しかし、今のところ、この判断に自信が持てません。kobarero さんはいかがでしょうか。

【要旨2】ー[が]についてー
「強調・特定機能」
A.主格提示の場合(文脈により強調機能、または特定機能になる)-花がきれいだ。
B.対格の場合(同上)ー水が飲みたい。
この2つが必要、及び十分。

○必要な理由は、
・主格機能だけではBの説明ができない。
・[は]を主題提示機能だけに絞ったとしても、「○○というものについて△△である」という意味で、[が]の主格機能とほぼ同じ要素が含まれることは明らかであり、その際「主題提示機能」という表現がふさわしくないほど「主格機能」の方が際立つ場合も多い。
その時「強調・特定」したい場合はどちらを使用すべきか、という問題を素早く解決するために必要である。

○十分な理由は、下記の通り。
他の機能としては以下が考えられる。

1,慣用句など。
a.【わ】が意を得る。→(私の)言いたい事をいってくれた。【対格特定】
b.【誰】が為に鐘は鳴る。→誰(の)為に~。【対格強調】(または対格特定)

2、文語的表現
【飛ぶ】が如く→飛ぶ(かの)如く。

3、逆接
ビールはあったが、酒は無かった→ビールはあった(けれども)。

4、順接
ビールもあったが、良く冷えていてうまかったです。→ビールもあっ(て)

5、並立
ビールもあったが酒もあった。→ビールもあった(けど)。

6、逆接仮定
あろうが無かろうがどちらでもよい。→あろう(と)無かろう(と)

7、現況と反対の願望
(雨が)止めばいいが。

8、婉曲
お願いがあるのだが。

9、罵倒
こいつめが。


1は「対格特定」「対格強調」と解釈できるし、
2~6は()内の語の方がむしろ自然で、且つ代用できる。
7~9は[が]が無くても意味は通じる。状況の強調として「感嘆符的」な意味合いが強い。
という理由によって、統一理論として組み入れる必要性があるとまでは言えないし、「が」の主幹的機能を明確にする妨げになる。

以前と同じ主張を繰返させてしまう箇所もあるかもしれませんが、ご意見をお待ちしています。
よろしくお願いいたします。

 ----------

生徒:長くて疲れました。とりあえず
【要旨1】ー[は]についてーに関しては、
(1)「AはB」において:「は」は、「BがAの説明であること」を示す。 
で完璧ですね。
先生:君もそう思うか。「説明」という言葉ひとつの使い方でこれだけ違ってくる。
『「重い」は「荷物」の説明であると同時に、「荷物」は「重い」の主格だ。』
これで氷解している。
簡単なようだがこれこそ「コロンブスの卵」だ。彼は天才だ・・・。
生徒:おおげさですね。そんなに凄い事なんですか?
先生:開拓者の苦労を知らんね君は。まあいい。次行ってみよう。
 (2)「AがB」において:「が」は、「AがBの主格であること」を示す。
ここでの課題は【要旨2】でも書いたが「強調」と「対格」の扱いだ。
生徒:先生は、対格は嫌いだったんでは?
先生:いや、「は・が」以外の助詞の事を言ったんだ。
ともかくここを詰めれば、いよいよ大団円だ。
生徒:「が」の強調機能は何となく認めてるみたいなんですが・・・。
先生:そうか。大事なところだから次ちゃんと聞いてきてくれよ。→【質問1】
後は
・「水、コーラ、ウーロン茶、どれがいい?」→「水が飲みたい」のような「対格特定」
・「喉が渇いて渇いて・・・。水か飲みたい」のような「対格強調」も明示する必要がありそうだが、ここについての意見も確認してきて欲しい。【質問2】
生徒:くどいって怒られませんか?
先生:大丈夫、真理の追究者に妥協は無いよ。
生徒:先生、ちょっと熱くなりすぎじゃ・・・。
先生:そう・・・?
後、「が」の主格・対格以外の機能についてもちょっと調べたけど、統一理論に入れるまでもないように思うから、それに対する見解も聞いて来て欲しい。軽くでいいから。【質問3】
生徒:先生・・・。
先生:何?
生徒:色々お2人の話を聞く一方でしたが、今閃きました。すごく簡単にまとめちゃったらどうかって。
先生:どういう風に?
生徒:「は」は後ろの強調。「が」は前の強調または特定。
先生:kobarero先生の嫌いな強調を2つも使うの?
生徒:あ、そっか~。でもkobarero先生も本当は使いたいと思っている筈だから、今度聞いてみてもいいですか?
先生:うーむ・・・。よくよく考えれば、「説明」も「特定」も「主格」も全部「強調したい為の動作」だものなあ。
だめ元で言ってみれば・・・?。
生徒:はい。
先生:今日はここまで。kobarero先生に会ったら、私も昨日ビールを飲んだと伝えておいてくれ。
生徒:あれって、発泡酒じゃなかったですか?
先生:未成年のくせに良く知っているな。でもなかなかうまいんだぞ。
生徒;じゃ発泡酒飲んだって言っておきます。
先生:いや、ビールでいい。
生徒:・・・わかりました。サンマは食べなかったんですか?
先生:冷凍だったが、わざわざ言わなくても良い。気をつけて帰りなさい。
生徒:はい。あの~、この入り口このあいだまで確か引き戸だったと思うんですけど、いつ変えたんですか。
先生:・・・。あまり細かい事は気にしないように。じゃ、また。
生徒:はい、それでは。(ギィー。バタン)

投稿日時 - 2005-09-13 01:30:36

補足

正に夏と秋のせめぎ合いですね。気温の割りには、何故か異様に蒸し暑く感じます。思考実験を楽しませていただいておりま。まだまだ、難問が解けなくて四苦八苦してます。

先生:(hakobulu先生の講義内容を聞き、メモを読み終えた様子)
生徒:先生、初めはニコニコしていたのに、途中から、また、考え込んでいたみたいだけど、どうかしたんですか?
先生:うーん、それがね、最初は、あー、これでやっと、「は」問題も一件落着かと喜んだんだが、でも、hakobulu先生のが」の強調に関する疑問を読んでみると、ありゃー? これって、もしかすると、別な通路を通って、また、振り出しに戻って来ただけじゃないのかなーって思えてきたんだ。
生徒:どういうこと?
先生:うん。結局、私は「強調」という日本語の意味がわからないのだ。だから、うまく説明できないんだと思う。
生徒:「強調」の意味って、そんなの簡単じゃない?
先生:じゃ、私に教えてくれ。
生徒:「強調」って、目立せることじゃないの?
先生:そうには違いないが、じゃ、目立たせるってどういうこと?
生徒:うーん、他のものより印象が強いってことかな?
先生:ん? 「他のものより」って言ったな? ということは「他のものと比較せず」に、それ自身を強調することはできないっていうことか?
生徒:そんなことはないと思う。例えば、「あいうえお」って書いて、「う」だけ太字で書けば、「う」が強調されるけど、それは、「う」自身の変化であって、別に他のものと比較しているわけではないでしょう。
先生:いや、そんなことはないだろう。「う」が目立つのは、「う」が太字なのに、「う」以外の文字が太字でないからこそ、目立つのだろう? その証拠に、「あいうえお」の5文字が全部、太字で書かれていたら、「う」は強調されないだろう。
生徒:おっ! 確かにそうですね。
先生:よし! これで行けるかも。 本論に戻ろう。「が」の強調作用を問題にするとき、それは、「何と」比較することによって、強調されるのだろうか?
生徒: 何と比較するって言ったって、例えば、「太郎が笑った」の場合、それと比較する文なんてないと思うよ。
先生:じゃ、比較する文がないのだから、そもそも「が」に主格強調作用があるかないかは議論できないと言うことじゃないか?
生徒:そんな気もするけど、でも、何か変だな。。。。ちょっと待ってよ。。。。いや、違いますよ、先生。例えば、「オレは行くぞ」という場合の「ぞ」は、別に他の文と比較しなくたって、それだけで、十分強調しているよ。
先生:うーん、でも、それは、もしかすると、「オレは行く」という文と無意識に比較してないか?
生徒:えっ? そうかなー? いや、そうじゃないと思うよ。だって、学校で「ぞ」には強調の意味があるって習ったもん。
先生:習った? ムムム、そうか、そういう手もあったか。うーん、うーん、うーん。。。。。。
生徒:先生、大丈夫ですか?
先生:えっ? うん、(小さい声で、「こうなったら屁理屈でも何でも持ち込むぞ。」)
生徒:えっ、何ですか?
先生:いや別に、君は、学校で「ぞ」には強調の意味があると習ったと言ったね。ならば、もしも、もしもの話だが、全ての日本語文の最後に「ぞ」が付くようなルールになっていたとしよう。たとえば、「彼は太郎ですぞ。」「リンゴはうまいですぞ。」「今日はいい天気ですぞ。」「海は広いですぞ。」「おはようございますぞ。」っていう具合に。こういう場合でも、「ぞ」には強調の意味があると思うか?
生徒:先生、メチャクチャな仮定ですね。でも、日本語がそんなルールになっていたら、多分、「ぞ」に強調の意味はなくなるでしょうね。だって、もし、「ぞ」に強調の意味があったら、書く話し、話す話し、あらゆる話が強調ばっかりで、普通のまともな話ができなくなっちゃうもんね。
先生:だろう?
生徒:先生、それで、結局、何が言いたいの?
先生:うん。言いたいことの周辺を歩いていることは確かなんだが、まだ、核心を付いていないんだ。やはり、無理なのかなー。
生徒:珍しく気弱だね。
先生:そうなんだ。今回は、どうも見通しが立たないんだ。今日は頭がこれ以上回転しそうもない。hakobulu先生には申し訳ないが、ご質問のご返事は明日改めて出させていただきますって、そう伝えてもらえないか? あっ、それと、今日話した、内容もお話して、もし、ご意見があったら伺っておいてくれないか?
生徒:わかりました。それじゃ、先生、ビールでも飲んだ、がんばって考えてください。
先生:(小さい声で)そうします。

投稿日時 - 2005-09-13 22:35:44

お礼

=======================================================================================================
先生:ふー! #25の「お礼」からの続きです。
========================================================================================================
生徒:えーと、そうですね。「海は青い」は、「AはB」で考えても問題がないけど、「状況が一変したのは、太郎が中学校に入ってからだ。」の方は、「AはB」の構文とは考えにくいと言いたかったのではないかな?
先生:うん。先生も初めはそう思ったんだ。ところが、この例文のすぐ下の説明を読むと、「行為・状態」を含む場合も「AはB」の形と考えていいかと言っているように思える。その場合、上の1.の文を取り上げた意図がよくわからなくなってしまうんだ。それで、1.については、君の方から、hakobulu先生に質問の意図を確認してもらえないかな。
生徒:わかりました。

先生:ただ、一般論としてだけは答えておきたいんだ。「行為・状態」を含む場合も「AはB」の形と考えていいかという件だけどね。<公式1>にあるように、「AはB」の形の文は、「BがAの説明であること」を示しているわけだ。
生徒:そうですよね。
先生:ところで、もし、「AはB」で、たまたま、AがBの意味上の主格であった場合、BはAの説明ではないだろうか?
生徒:いえ、やはり、BはAの説明だと言えるでしょうね。たとえば、「太郎は中学生だ」の場合う、「中学生だ」は、「太郎」の説明だけど、同時に、意味上では、「太郎」は「中学生だ」の主格ですからね。
先生:そういうことだね。うーん。無駄字書いてたら、ほんとに3000文字大幅に超えてしまった。悪いけど、挨拶抜きでおわります。あとは、hakobulu先生に意見を聞いておいてください。
生徒:わかりました。

投稿日時 - 2005-09-14 21:47:34

ANo.23

佐賀県に生まれた吉田太郎さんから、留学生まで遠い道のりを歩んできた気がしますね。
今日はいい天気でした。

<臨時講義2>
(ガラガラ)
先生:お、君か。どうした?
生徒:主題提示って何ですか?
先生:ちょっとノートを見せてみなさい。うむ、なるほど。kobarero先生は?
生徒:ビール飲んでます。サンマ焼いてました。
先生:うーむ・・・(-_-;)。ま、いいか。
    ☆助詞「は」には、主格と対格(+限定)を示す働きがある。
    ☆助詞「が」には、主格(+その強調)と対格(+その強調)を示す働きがある。
    ☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。
このまとめに関連して、主題提示を考えてみよう。

税金の例でkobarero先生も納得していただいたようだから、
「対格(+限定)」の替わりに「主題提示」という言葉を使ったほうが応用がきくと思う。
生徒:どういう風にですか?
先生:kobarero先生には内緒だが、私は主格はご飯で、主題は味噌汁だと思っている。
生徒:味噌汁の具は「~について言えば」ですか?
先生:おお~、素晴らしい!いつのまにそんな突っ込みを・・・。(感動で声が続かない)
生徒:kobarero先生と話していて自然に覚えちゃったみたいです。
先生:そうか、ビールとサンマは忘れてやろう。
「税金に限定して考える」=「税金だけを考える」?と疑問符がついているが、
答えは「限定の方は、他の話題が続く可能性が暗示されている」という事だ。
「しかし社員へのボーナスが出せない」のように。
生徒:kobarero先生も良く暗示って言います。
先生:そうだろ。私もkobarero先生から教えてもらったんだ。
話を戻そう。
「そのケーキは、上にイチゴが載っており、太郎の好物だったが、非常に値段が高かった。」という文を例にする。
この文では「そのケーキは非常に値段が高かった」ということが最も重要な骨子だから、
「そのケーキ」は、その主格としての機能をまず求められている。
しかし、このケーキについては「上にイチゴが載っており」「太郎の好物だった」という事も言いたいわけだ。
生徒:そういう時に、[は]を主題提示機能として使うということですね。
先生:そう。この場合はご飯と味噌汁がセットになっているわけだ。
生徒:お新香はつきませんか?
先生:それは別料金。ともかく[は]の機能は以上。
生徒:強引ですね。
先生:そうか?しかし、[は]について説明する時にこれ以外の要素を持ち出す必要はないように思うが・・・。
生徒:先生、声が小さくなりました。
先生:聞こえてればいいだろ。「が」についてだが、これは「特定機能」も追加した方がいい。
何か質問があったら、次の時までまとめておきなさい。では、また。私もビール飲も。
生徒:その前に今日のまとめを確認してください。これでいいですか。
    ☆助詞「は」→「主題提示」「(主題+主格)提示」「主格提示」
    ☆助詞「が」→主格提示(+その特定・強調)と対格(+その特定・強調)を示す働きがある。
先生:「☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。」は、外していいのか。
生徒:だって、前回要らないって言ってませんでした?
先生:記憶力がいいなあ。そうだけど、君が勝手に外した事にしておいてくれないか?
生徒:どうしてですか?
先生:別に理由は無いが・・・。そうだ君もビール飲むか?
生徒:私は未成年です。
先生:そうか、残念。じゃ、また。
生徒:あ、あのう・・・。これっていつか結論出ます?
先生:もちろん。kobarero先生がちゃんと出してくれる。
生徒:良かった~。
先生:ビール、ビール。お、投票率予想以上に高そうだなあ。 

投稿日時 - 2005-09-11 22:25:56

補足

確かに遠い道のりでしたね。「は」と「が」だけでこんなに考えることがあるとは、夢にも思っていませんでした。hakobuluさんのお陰で、随分色々理解を広げることができました。でも、hakobuluさんには、私の重箱の隅をつつくような議論にお付き合いただいて、ご迷惑ではないかと心配です。といいつつ、また、講義を押し付けてしまっていますが......。

先生:(hakobulu先生の講義内容のメモと説明を聞いた後、考え込んでしまった様子)
生徒:先生、大丈夫ですか?
先生:うん? あっ、おー大丈夫だ。ところで、悪いが、前回の最後のまとめを黒板に書いてくれないか?
生徒:わかりました。hakobulu先生にお聞きして、まとめた結果は以下のとおりです。

   ☆助詞「は」→「主題提示」「(主題+主格)提示」「主格提示」
   ☆助詞「が」→主格提示(+その特定・強調)と対格(+その特定・強調)を示す

先生:で、「主題提示機能」については、君が、味噌の具は「~について言えば」ではないか言ったら、目が潤んでいたわけだな。
生徒:そうなんですよ。
先生:先生は、昨夜ビールを飲みながら、あっ、じゃなくて、徹夜しながら「~について言えば」について考えていたんだが、だんだん「~について言えば」とか「~について言うと」の意味がわからなくなってしまったんだ。確かに、意味は正しいんだが、意味が違うような気がする、どうも物事を複雑にしすぎているような気がするんだ。
生徒:どっかで聞いたようなセリフだなぁ....
先生:それで、もう一度「は」の機能を「が」の機能と比較して考え直してみたんだ。そうしたら......。
生徒:(体を乗り出し)そうしたら?
先生:そうしたら、次のように、ごくあっさりと言っちゃっていいような気がしてきた。

<「は」と「が」の働き>
  (1)「AはB」において:「は」は、「BがAの説明であること」を示す。 
  (2)「AがB」において:「が」は、「AがBの主格であること」を示す。

生徒:それで?
先生:それでじゃなくて。これが全てなんだ。
生徒:じゃ、味噌汁、じゃなくて、「~について言えば」はどうなってしまったの?
先生:うん、そこがそれ、意味は同じだが意味が違うんだ。わかりにくいだろうから、次の例で説明しよう。

(1)海は広い。
(2)海が広い。

(1)の文は、「広い」が「海」の説明であることを示しているんだ。一方、(2)は、「海」が「広い」の主格であることを示しているんだ。昨日徹夜で考えたのは、「海について言うと、(それは)広い」というのは、意味は正しいが意味が違うということだ。「について言うと」式表現では、(それは)などという「海」であることがわかりきっている代名詞をいかにもわざとらしく挿入しなければならなくなる。でも、考えてみれば、そんな必要性は全くないことに気づいたんだ。「が」の場合に「AがBの主格であること」とあっさり表現できるように、「は」の場合にも「BがAの説明であること」とあっさり表現すれば、それで済むことにやっと気づいたんだ。

生徒:でも、hakobulu先生なら、きっとこう言うと思うよ。「海は広い」の主格は「海」であることは間違いないと。主格のない文はないのだからと。
先生:私もその通りだと思う。
生徒:あれっ? それを認めちゃっていいの?
先生:全然いい! だって、「BがAの説明であること」は、「AがBの主格であること」を拒否するわけでは全然ないからだ。でも、重要なことは、「AがBの主格でない」からと言って、「BがAの説明ではない」とは言えない点だ。
生徒:前半はわかったけど、後半の意味がよくわかんないよ。
先生:そうだろうと思ったよ。例で説明しよう。

投稿日時 - 2005-09-12 21:20:36

お礼

(1)荷物は重い。
(2)荷物は送った。

(1)では、「重い」は「荷物」の説明であると同時に、「荷物」は「重い」の主格だ。これが前半の意味だ。
(2)では、「荷物」は「送った」の主格ではないけれども、「送った」は「荷物」の説明だ。これが後半の意味だ。

生徒:私はわかったような気がします。でも、hakobulu先生が何とおっしゃるか今度会った時、聞いてみます。ところで、先生、hakobulu先生は、さらにこう突っ込みを入れると思います。「じゃ、<海は広い>と<海が広い>の違いをどう説明するのか?」って。
先生:そこで登場するのが強調の「が」だ。
生徒:えっ? 強調の「が」?
先生:あっ、そうじゃない、ただの「が」だ。もう一度、私が昨夜徹夜で考えた「は」と「が」の働きの説明を見てください。

   (1)「AはB」において:「は」は、「BがAの説明であること」を示す。 
   (2)「AがB」において:「が」は、「AがBの主格であること」を示す。

「は」の「BがAの説明であること」では、「Bが」のように「B」が<強調の「が」で強調>されていますね。一方、「が」の「AがBの主格であること」では、<「Aが」のように「A」が強調の「が」で強調>されていますね。(熱意が入って、強調の「が」を頻繁に使っていることに気付いていない。)「海は広い」では「広い」が強調され、「海が広い」では「海」が強調されるわけだ。どうだ、わかりやすいだろう。

生徒:わかりました。それでは、先生もhakobulu先生と同じように強調の「が」を認めるのですね。
先生:おいおい、そういう意味で言ったんじゃないのだ。文の焦点が「海」にあるか、「広い」にあるかの違いだと言ったんだ。
生徒:でも、先生、今説明しているとき、何度も強調、強調って言ってましたよ。
先生:うっ! グムムム.....
生徒:うーん。何かあんまり簡単すぎて、どこかでだまされているような気がするけど、hakobulu先生の意見も聞いてみたいので、今日はこれくらいにさせてもらいます。ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-09-12 21:23:57

ANo.22

今日はさわやかな秋晴れです。「特設アンケート」カテで「投票率当てっこ」があったので、「61.2%」と回答して「自信あり」にしました。ご愛嬌ですが、どうなるか楽しみです。

<臨時講師>
先生:kobarero先生はちょっと出かけているので、しばらくの間だけ私が担当します。
まず、前回と同じ内容でもう一度確認したいところがあれば、質問してください。
生徒: では、「リンゴが食べたい」の場合、「食べたい」の対象は「リンゴ」ですから、「リンゴ」が対格と考えていいですか?([対話2])
先生: と言うより、「食べたい」と希望した主格が存在する事は明白なので、その主格が食べたいのは何かということを「特定している」、と考えたほうが応用がききます。
生徒:ありがとうございます。でも何だか先生は対格を余り知らないから、そう言うように思うのですがどうですか?
先生:そんな事はありません。オホン。
生徒: わかりました。では、以下のようなまとめ方は問題があるのでしょうか?
    ☆助詞「は」には、主格と対格を示す働きがある。
    ☆助詞「が」には、主格と対格を示す働きがある。
    ☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。
先生:意味的には間違いないが「うどん」と「そうめん」の違いを論じている時に、「どちらも小麦粉が原料だ」と言われたような気になるなあ。
君は頭が良すぎるんじゃないかな?
生徒:言ってる意味がわかんないし、私が頭が良すぎるんじゃなくて、先生が悪すぎるんじゃないですか?
先生:・・・(汗)。可能性としては検討してみよう。
君のノートを見ると、「税金を納めた」と「税金は納めた」から、こういうまとめに至ったようだね。
しかし、「は・が・を」の示す対格は全て「意味するところ」は違うので、一括して「対格」とすると混乱を生じる。
「税金は納めた」→税金について言えば、それは収めた。
「税金を納めた」→収めたのは税金だ。
微妙な違いがあるのがわかると思うが、先生は税金が嫌いなので、次はりんごの例でいく。
「りんごが食べたい」の「りんご」は「食べる」の対格ではあるが、厳密に言うと「食べたい」の対格ではない。
「・・・が~たい」というのは、「・・・を~したい」という常套句と覚えたほうがいいと思う。
それと、さっきも言ったけどここで「を」が対格とかいうことは論点に上げないほうがいい。
生徒:そうですか・・・。やっぱり先生は対格って知らないんでしょ?
先生:そんなことはない、と言ったろ。(と言いながら去る。)
生徒:あ、先生まだ聞きたいことが~~~。
先生:(遠くから)後はkobarero先生に聞きなさい。
もうすぐ投票から帰ってくるから・・・。

投稿日時 - 2005-09-11 14:25:02

補足

雨の中、投票してきました。投票率は、予想よりは低めに出るのが普通ですから、「61.2%」は、いい線かも知れません。

[対話5]
生徒:先生、こんにちは。
先生:どうだった? hakobulu先生から「は」の「主題提示」の話をちゃんと教えてもらったか?
生徒:えっ? 主題提示ってなんですか?
先生:えっ、いや、(ムムムッ、まだだったのか....)。ところで、hakobulu先生は何と言ってた?
生徒:「は・が・を」の対格の話をしてもらったんですけど、「意味は正しいが意味が違う」って言ってました。
先生:「意味は正しいが意味が違う」....うーん、なかなか哲学的だなぁ。他に何か言ってなかったか?
生徒:えーと、そうそう、「うどんとそうめんが食べたい」って言ってました。
先生:えっ?「うどんとそうめんが食べたい」? 昼飯まだだったのかなぁ。いや、待てよ。それは、こういうことを言いたかったんじゃないか?
生徒:どういうこと?
先生:要するに、「うどん」と「そうめん」は麺類と言う意味では同じだけど、味や太さという意味では違うように、「は・が・を」も対格の働きを持つと言う意味では同じだけど、言葉として持つニュアンスという意味では違う」と。
生徒:先生、当たりかも。hakobulu先生はそんなことを言っていたような気がします。
先生:で、どう違うって?
生徒:「が」はね、対象を「特定する」んだって。「これを食べたい」より「これが食べたい」と言ったほうが、「これ」を特定したことになるんだって。
先生:あーなるほど、確かに「これ」というのが強調されるような気がしないでもないな。
生徒:じゃ今までのところをまとめてみます。こんな感じでいいですか? 前回まとめたときは「が」の主格を強調する機能を書き忘れていたので、それも入れておきました。
    ☆助詞「は」には、主格と対格を示す働きがある。
    ☆助詞「が」には、主格(+その強調)と対格(+その強調)を示す働きがある。
    ☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。
先生:うん。こんなところでいいだろう。ところで、対格の「は」については、何か聞いたか?
生徒:ええ。「税金は納めた」は「税金について言えば、それは納めた」という意味だけど、「税金を納めた」の場合は、意味としては「納めたのは税金だ」ということでした。
先生:うーん。「税金について言えば、それは納めた」ってどういう意味だろう?「税金を納めた」と何か違うのかな?だんだんわからなくなってきたぞ。
生徒:先生、次のように考えたらどうでしょう。「年貢は納めた?」「いや、納めてない」の後で、「じゃ、税金は納めた?」と聞かれて、「税金について言えば、それは納めた」というような会話を考えれば、「税金を納めた」との違いがはっきりするんじゃないかな。
先生:うっ! 確かに。ということは、「税金は納めた」と言う場合は、税金以外についても色々納める可能性があるけど、それは、この際不問いにして、「税金に限定した場合」どうかという意味。一方、「税金を納めた」の場合は、税金以外のことについては最初から考慮外で、ただただ、税金のことだけを考える場合ということになるのか? うーん、しかし、税金に限定して考えるのと税金だけを考えるのとでは、一体何が違うのかな? 何だか同じような気がしてきたぞ。
生徒:先生、自信なさそうですね。
先生:いや、そんなことはないぞ。(強がる)よし、それじゃ対格の「は」には、「限定」の意味があることにしよう。
生徒:「限定の意味があることにしよう」って、そんなに勝手に決めていいんですか?
先生:大丈夫だ、もし、不安なら、hakobulu先生に聞いてみなさい。(と勝手にhakobulu先生に押し付ける)
生徒:わかりました。じゃ、今回のまとめです。
    ☆助詞「は」には、主格と対格(+限定)を示す働きがある。
    ☆助詞「が」には、主格(+その強調)と対格(+その強調)を示す働きがある。
    ☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。
先生:(何だか、難しそうになってきたな。)
生徒:ところで先生、hakobulu先生は、対格がどうのこうのと議論するのはけしからんって言ってましたよ。
先生:うっ、そー言ってたか......。確かに対格の話を持ち込むとどんどん泥沼に入り込んでいく予感が.....。わかった、それじゃ、対格の話はとりあえず横において置いて、今度hakobulu先生に会ったときは、「は」の働きについて、もう少し詳しく教えてもらいなさい。(と言って、何とか「主題提示」の話をhakobulu先生に押し付けようとする)

投稿日時 - 2005-09-11 19:56:08

ANo.21

ご返事ありがとうございます。一時天気が良かったのですが、今は雨を予感させる雲です。

[質問A] 
告白しますが、「文法」というものの定義はわかりません。
「文法は実際の日本語の使用事例から組み立てるものある」という方に共感します。
しかし、多様な解釈の一元化には至っておらす、体系化が完成しているようには感じません。

[質問B]
全くその通りですが、ニュアンスとして、
「文面に主格のない文は成立可能で、その場合は、単に主格が省略されているだけだ。」
の方が感覚的にはなじみます。

[質問C] 
[回答2]について、おっしゃる通り書き忘れです。失礼しました。
遅ればせながら、以下に述べます。
>その理由は、「は」は主題を示すだけであり、「が」は主格を示すからです。
:この文の「[は]は主題を示すだけ」というのが納得しづらいのです。(と書くつもりでした。)

[回答A]
「>この文を例に挙げたのかとても不思議に思っています」
おっしゃる通りで、お恥ずかしいです。
下記のように、修正させてください。
「そのケーキは、上にイチゴが載っており、太郎の好物だったが、非常に値段が高かった。」という文において、
「非常に値段が高かった」ということが最も重要な骨子であり、
「そのケーキ」は、その主格としての機能をまず求められている。
さらに「上にイチゴが載っており」「太郎の好物だった」ことを言うための主題としても機能している。

[回答B]
何となくわかります。(違ってたら、その旨指摘してください。)

『「海は広い」においての主格は、当然想定されるはずの「それ」という代名詞である』
ということでしょうか?
であれば、なぜあえて代名詞でなければならないのかが疑問です。
つまり、主格を代名詞にしてまで主題を設定する必要性があるのか?
という新たな疑問が湧きました。

[回答C]

「>「は」に主格提示機能を持たせても一貫性を失わないような文法体系」
現体系に対する理解が薄いので、こう言われると反論できません。
この事実は認めます。


<一貫性とは、~そのプロセスを対象(「が」や「は」など文の要素)によって恣意的に変更しないことを意味します。>
という点は興味深く拝見しました。

しかし、ここで「一貫性」の定義を適用するのは多少疑問を感じます。
一貫性ゆえに複雑になり本質を見えにくくするのでは、と懸念するからです。

「が」の対格機能や、
「は」の対格・補格・与格機能が全く無いと言っているわけではありません。

「が」と「は」の区別を主眼にする場合、
「格による分類」よりも、「効果による分類」
の方がわかりやすいのではないか、と思っているわけです。

<例2>
・水が飲みたい。
・英語が話せる。
は述部を「特定する機能」。

<例3>
接続助詞については、幅が広がり過ぎるような気がします。
「明日は良いが、今日は困る。」は、[が]は無くてもまた他の語(けど、ですが)でも全く同じ意味が通じますから、除外してはまずいでしょうか?
説明できないのでこのように言う、というのが事実なのは白状します。
しかし、上の例は逆接ですが、
「あなたの車ですが、何人乗りですか?」という順接においては、
「あなたの車は、何人乗りですか?」という意味ですから、この場合の[が]は主題提示機能ではないか、などのように広がっていくように思います。

このへんが、私の限界なんでしょうかね?
意欲だけは失ってないんですが・・・。

投稿日時 - 2005-09-10 21:17:01

補足

ご回答ありがとうございました。9月も半ばになりましたが、今日は、かなり蒸し暑いです。

ご回答いただいた内容を読ませていただきました。[質問A、B,C]、[回答A、B]はよくわかりました。しかし、[回答C]については、私がお話ししたかったことは、ほとんど伝わっていないことがわかりました。私の説明の至らなさを痛感しました。それで、今回は少しアプローチを変えて対話形式にしてみました。以下の[対話1-3]は、日本語がある程度わかる留学生が、助詞の働きについて、先生に聞いているところです。私は先生代わりで答えてみたのですが、[対話3]の最後で、うまく返事ができなくなりました。それで、「次回話そう」と言って逃げて来ました。hakobuluさん、この後を引き継いでいただけませんか? [対話1-3]での受け答えが悪ければ、前に遡って、前の先生はウソを教えたと言って訂正していただいて結構ですので、よろしくお願いします。

[対話1]
生徒: 先生、主格って何ですか?
先生: 主格とは、「述語が表す動作・特徴・状態などの主体のこと」です。
生徒: では、「犬が吠えた」の場合、「吠えた」という動作の主体は「犬」ですから、犬が「主格」と考えていいですか?
先生: その通りです。
生徒: 助詞についてあまり良く理解していないのですが、「犬が吠えた」の場合、助詞「が」には、「犬」が主格であることを示す働きがあると考えていいのでしょうか?
先生: そうです。
生徒: でも、ちょっと疑問があります。「犬、吠えた」でも、「吠えた」という動作の主体は「犬」であることがわかると思うのですが。「が」が、主格を示しているのではなく、文脈で「主格」だと判断しているのではないでしょうか?
先生: では、例えば、「犬、猿、食った」の場合はどう考えますか?
生徒: うーん、文脈だけで判断しようとすると、「犬が猿を食った」「犬を猿が食った」「犬と猿が食った」など色々な可能性が出てきますね。わかりました、助詞「が」を入れることで、その前の名詞が主格であることがはっきりするわけですね。
先生: そのとおりです。

生徒: では、別の例文ですが「海は青い」の場合、「青い」という特徴の主体は「海」ですから、海が主格と考えていいですね。
先生: その通りです。
生徒: また、「彼は病気だ」の場合は、「病気だ」という状態の主体は「彼」ですから、彼が主格と考えていいわけですね。
先生: そうです。
生徒: そうすると、助詞「は」も、主格を示す機能があるわけですね。
先生: その通りです。

生徒: ここで、ちょっと気になることがあるのですが、助詞「が」が主格を示し、助詞「は」も主格を示すとすると、「が」と「は」は一体どう違うのでしょうか?
先生: それは、「は」は単純に主格を示すだけですが、「が」には主格を示すと同時にそれを強調する働きもあるところが違います。例えば、「海は広い」の場合は、単純に事実を言っているだけだけれども、「海が広い」の場合は、「広い」のが「海」であることを強調しているわけですね。
生徒: なるほど大変よくわかりました。ありがとうございました。

[対話2]
生徒: 先生、前回は、主格の「は」と「が」について教えていただいたので、今回は対格について教えてください。
先生: はい、どうぞ、何でも聞いてください。
生徒: 対格というのは、何ですか?
先生: 対格とは、「述語が表す動作・作用の対象のこと」です。ただ、対格ということばは、英語などの直接目的語から来た考え方で、日本語文法では、必ずしも一般に使用されているわけではありません。そのため、日本語文法では、「ヲ格」とか、もう少し広い意味で「連用格」とか呼ぶ場合もあります。
生徒: わかりました。では、「リンゴを食べた」の場合は、「食べた」の動作の対象は「リンゴ」ですから、リンゴが「対格」と考えていいですね。
先生: その通りです。
生徒: この場合、「を」は対格を示す助詞と考えていいわけですね。
先生: その通りです。
生徒: では、「リンゴが食べたい」の場合はどうですか? この場合も、「食べたい」の対象はやはり「リンゴ」ですから、「リンゴ」が対格と考えていいですか?
先生: そうです。
生徒: ということは、この場合の助詞「が」には、助詞「を」と同じように、対格を示す働きがあると考えていいですね。
先生: その通りです。

投稿日時 - 2005-09-11 12:47:43

お礼

生徒: ちょっと頭がこんがらかって来たので、前回の内容も含めて整理させてください。以下の感じでいいでしょうか?
    ☆助詞「は」には、主格を示す働きがある。
    ☆助詞「が」には、主格と対格を示す働きがある。
    ☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。
先生: そうです。今までのところ、これで問題ありません。
生徒: ありがとうございました。

[対話3]
生徒: 先生、これまで、主格と対格について教えていただいたのですが、ちょっと復習させてください。
    主格とは、「述語が表す動作・特徴・状態などの主体のこと」です。
    対格とは、「述語が表す動作・作用の対象のこと」です。 これで間違いありませんか?
先生: それで間違いありません。
生徒: では、いくつか新しい例についてお聞きしたいと思います。「税金を納めた」では、「納めた」という動作の対象は「税金」ですから、「税金」が対格ですね。
先生: そうです。
生徒: 念のための確認ですが、この場合の「を」には、対格を示す働きがあるんですよね。
先生: そのとおりですよ。
生徒: わかりました。そうすると、似たような文で「税金は納めた」というのがありますが、これも「納めた」という動作の対象は「税金」なので、「税金」が対格と考えていいのですね。
先生: そうです。
生徒: わかりました。そうすると、助詞「を」と同じように、助詞「は」にも、対格を示す働きがあると考えていいですね。
先生: そうです。
生徒: ということは、助詞「は」には主格を示す働きの他に、対格を示す働きもあるということですね。
先生: そのとおりです。
生徒: わかりました。では、覚えたことを整理するため、前回まとめた内容に今日覚えたことを付け加えておきます。以下のような感じで問題ないでしょうか?
    ☆助詞「は」には、主格と対格を示す働きがある。
    ☆助詞「が」には、主格と対格を示す働きがある。
    ☆助詞「を」には、対格を示す働きがある。
先生: うーん。ちょっと問題があるかもしれないなー。
生徒: と言うと?
先生: 実は、「は」には、もっと重要な働きがあるんだ。話が長くなるからこれについては、次回話そう。

[対話4](hakobuluさん、次回の授業をよろしくお願いします。)

投稿日時 - 2005-09-11 12:53:28

ANo.20

>吉田太郎くん[が]割りました。

これは「主格特定」ですね。私もこれには「強調」はないと思います。

>彼がこのクラスで一番の人気者です。

これも「主格特定」で問題ないと思います。

「このクラスで一番の人気者は彼です。」

という文章があって、これを

「彼がこのクラスで一番の人気者です。」

と書き換えると、「彼」を強調することになるのでは、ということで、補足の意味で入れましたが、

「彼は、腕[は]細い。」

も強調と感じますので、確かに強調は「が」と「は」を区別する要素ではないようですね。

>(1)「彼[が]このクラスでいつものように勉強していたとき、山田耕作は、パリで大変な目に合っていました。」

この[が]は、(2-2)「状況説明」に入ると思いますので、おっしゃるとおりと思います。

投稿日時 - 2005-09-10 01:10:16

補足

こんにちは、ご回答ありがとうございました。

「彼は、腕[は]細い。」については、私も以前から不思議に思っていましたので、あらためて考えてみました。

<例1>の(1)では、彼の腕の細いことを単純な事実として伝えているだけなのに対して、(2)は、腕以外のものに対する配慮が感じられます。例えば、「彼は、(足は太いけど)腕[は]細い。」のように、暗に腕を他の何かと比べて述べているように感じます。同様なことを別な例で考えると、<例2>Bは、やはり、単純事実を述べているのに対し、<例3>Bでは、頭が痛くないという事実を述べていると同時に、頭以外に痛いところがあることを暗示していると思います。そのため、<例3>3行目のAの疑問が出るのが自然だと思います。

<例1>
 (1)「彼は、腕[が]細い。」
 (2)「彼は、腕[は]細い。」

<例2>
 A:「どうしたの、頭が痛いの?」
 B:「うん、頭[が]割れるように痛いんだ。」

<例3>
 A:「どうしたの、頭が痛いの?」
 B:「いや、頭[は]痛くない。」
 A:「”頭は”って言うところをみると、どこか他のところが痛いの?」
 B:「実は、胃が少し痛むんだ。」

もともと、「は」が持つ「主題の提示」機能は、主題として取り上げられる無限の可能性の中から、ある一つの話題を「選び取った」結果なので、「Aは」と言った段階で、「A以外は別として」ということを暗に感じさせるのだと思います。特に、「Aは」と言ったときに、Aと同列の比較対象が想像しやすい文脈では、暗示的に、それらの比較対象との対比がなされるのだと思います。例えば、果物の話をしていたとき、「リンゴは好きだよ」と言うと、暗に「リンゴ以外の果物は嫌いだよ」と言っているのだと思います。このように、同列比較を想像しやすい文脈上で、「腕は」と言うと、「腕以外の足とか、胴とか、首とか」から「腕」だけが選択されるので、「腕」が強調されるように感じるのではないでしょうか。

以下の<例5>は、よくわからないところもあるので、もし、お考えがあれば、お知らせください。Aの質問に対して、可能な答え方は、BとCだけのような気がします(もし、違っていたら教えてください)。「誰が」と聞かれているにも関わらず、DやEのように、「私が」と答えるのは、この場合何かしっくり来ないような気がします。その理由を考えると、予想される出席者が複数であるためではないかと考えました。複数だから、「私」が出席するかどうかの他に、別の人が出席するかどうかの情報があるはずで、それらと比較する中で、「私」を選択して述べる必要があるので、BやCのように「は」を使った方が自然なのだと思います。もし、「私が」と答えると、他の出席者を無視したような印象を与えるのではないでしょうか? ただ、唯一例外として、懇親会の出席人数が制限されいて、自分たちの仲間からは、一人しか出席できないというような条件がある場合は、Dの答え方が適当かと思います。

<例5>
 A:今度の懇親会には、誰が出席しますか?
 B:私は出席します。
 C:私は出席しません。
 D:私が出席します。
 E:私が出席しません。

<追伸>
 #17で言っておられた「状況説明」という意味が今頃になってようやくわかりました。「主部+述部」で、「主部」だけに焦点を当てるのではなく、また、「述部」だけに焦点をあてるのでもなく、「主部」と「述部」の両方を含む全体を伝えたい場合という意味ですね。確かにそういうことは多いと思います。あるいは、むしろ、常に両方を伝えたいのであって、その上で、文脈によっては、主部が強調されたり、述部が強調されたりするのだと見ることもできるような気がします。

投稿日時 - 2005-09-18 14:05:28

お礼

たびたび、ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-09-22 22:35:40

ANo.19

ご返事ありがとうございます。
今日はまだしぶとい夏を感じた一日でした。といっても夏は好きなので、もう少し続いてくれてもいいのですが。

[回答2] について
>その理由は、「は」は主題を示すだけであり、「が」は主格を示すからです。

[質問1]
<統一理論C>
1、「は」は、
a.主題のみ示す機能がある。
b.(強調を伴わない)主格のみを示す機能がある。
c.a.b.両方の機能を同時に示す場合もある。
2、「が」は主格を示すと同時に、主格を強調するか、対格を特定する。(一部訂正)

[質問2]
(1)「そのケーキは、太郎の好物だったが、花子が食べてしまった。」
:「そのケーキ」は文における主題提示。「太郎の好物」の主格でもある。
文の骨子は「花子が食べてしまった」であるから、「食べてしまった対象」は、主題として提示された「そのケーキ」ということになる。
という考えです。
(2)「そのケーキは、太郎の好物だった。」
:私としては「そのケーキ」は主格として考えます。
しかし、[は]によって、次に続く文がケーキに関連するものであることはあきらかなので、単なる主格としての「そのケーキはおいしい。」という場合の[は]とは違って、主題としての機能も暗示的に示している。という考えです。

「>何故、(1)の「は」は主題と共に「主格」と「対格」の両方を示すと考えないのでしょうか?」
:対格と意味づけをしなくても、「主題提示」の範囲内で「花子が食べてしまった。」という文が記述されていることは明らかだからです。

[質問3]
「~について言えば」という「主題提示」の意味するところだけで、対格であることが明らかだからです。

[質問4]
<統一理論D>
「は」は主題を示し、「が」は主格を示す。
:そうですね。色々考えた結果を、一応述べてみますので、違う箇所を指摘してください。

1、
「そのケーキは、太郎の好物で、上にイチゴが載っていたが、非常に値段が高かったのでなかなか買ってもらえなかった。」
という文で『一番言いたい事』は「そのケーキはなかなか買ってもらえなかった」ということだと思います。
その意味で「そのケーキ」はまず「主格」であるはずです。
なぜなら、主題は無くても主格が無ければ文は成立しないからです。
「主題提示」の機能を持つ意味は、「そのケーキ」は「なかなか買ってもらえなかった」だけでなく、「太郎の好物」でもあり「上にイチゴが載っていて」「非常に高く」てという、「状態・行為の主役」でもあるという事を宣言するためだと思うのです。


2、
「海は広い。」という単独文で、[は]が主格であることは間違いないと思います。次に続く文が無い以上「主題提示」=「主格」となってしまうと思うので。
この場合、「海」よりも「広い」が強調されている、というか焦点が当たっているわけです。

【ゆえに、「が」を使用すると「海」を強調してしまうことになるから、別の意味になってしまう。】

この【】内のことを<統一理論D>だけでは説明しきれないと思うのです。

 ----------

ここでkobareroさんに逆質問してみます。
1、[は]に主格提示機能があると考えることで何か問題が生じるか?
(生じるのであれば実例で。無ければ2へ)
2、生じないのであれば、[は]には主格を強調する機能があると思うか?
(あると思えば、実例を。無ければ3へ)
3、[は]に主格を強調する機能が無ければ、「主題提示機能」は無くて「主格提示機能」だけが単独で発揮される事はあるか?
(無ければ「海は広い」の「海」が主題でない場合の不都合の説明をお願いします。)
4、[は]に主格提示機能が単独であるのならば、[が]の主格提示機能との違いは、何を以って説明できるか?
という4点について、よろしくお願いいたします。

しかし、kobareroさんに「主題提示機能」を教えてもらってから、かなり判断しやすくなっています。
ありがたく思っています。
では、また。

投稿日時 - 2005-09-09 23:46:37

補足

ご回答ありがとうございました。私も夏が大好きですが、前半は梅雨、後半は台風に攻められ、真の夏がとても短いので残念です。

話が佳境に入って来た為、熱が入り、補足がどうしても3000文字に収まらないので、「#19補足」「#19お礼」「#14お礼」の3分割とさせていただきました。大変申し訳ございませんがよろしく、お願いします。

今回の回答を読ませていただいて、[質問2][質問3]については、質問と回答がすれ違っているのではないかと感じました。それで、改めて考えてみたのですが、もしかすると、hakobuluさんと私とでは、「文法」に対する基本的な認識が異なっているのではないかと思いました。そこで、[質問A]では、そのことを質問させていただきました。

[質問A] 自然言語、人工言語、文法
文法とは何でしょう?例えば、日本語の文法であれば、私は以下のように理解しています。

「実際に使用されている日本語の事例を大量に集め、それを分析し、そこに働いている言語的ルールを抽出し、それを体系化したもの」

日本語は自然言語ですから、文法が先にあったわけではなく、まず、実際に使用されている日本語があり、後から文法を考えたのだと思います。それに対し、コンピュータのプログラム言語は、人工言語ですから、最初に文法を作り、それに合わせて実際のプログラムをコーディングするのだと思います。

ここで質問ですが、hakobuluさんも、日本語文法について、「初めに文法ありき」ではなく、「文法は実際の日本語の使用事例から組み立てるものある」と考えておられますか? それとも、「先ず文法ありき」と考えておられますか? (ちなみに、[回答C]では、初めに文法ありきではなく、初めに日本語事例ありを前提にしています。)


[質問B] 主格がなければ文は成立しない
「主格がなければ文は成立しない」についてですが、例えば、「荷物を大阪に送った」のように、文面に「主格」が書かれていない文はいくらでもありますから、正確に言うとおかしいように思います。これは、以下のように変更した方がより正確な表現になるかと思いますが、hakobuluさんは、どのように考えられますか?

「文面に主格のない文は成立可能だが、その場合でも、意味上の主格は想定されるはずだ。」


[質問C] [回答2]について
今回hakobuluさんに書いていただいた<[回答2]について>の項では、hakobuluさんご自身の回答を書き忘れていませんか?


[回答A] 「そのケーキは、~~~~」
[質問4]-1で、以下の(1)の文を例に挙げておられるので、これについて回答いたします。
(1)の文は、意味的に(2)になり、「は」は「主題」を示す機能のみを持っています。

(1)「そのケーキは、太郎の好物で、上にイチゴが載っていたが、非常に値段が高かったのでなかなか買ってもらえなかった。」
(2)「そのケーキ(について)は、(それが)太郎の好物で、(その)上にイチゴが載っていたが、(それが)非常に値段が高かったので(それを)なかなか買ってもらえなかった。」

(注)私は何故hakobuluさんがこの文を例に挙げたのかとても不思議に思っています。何故ならば、この文例こそ、「は」=「主題提示only」を示す格好の文例だと私は思うからです。やはり、hakobuluさんと私の考えの前提のどこかに、まだ見えていない大きな違いがあるのかも知れないと感じます。それをはっきりさせたいなぁと思っています。上述の[質問A][質問B]の回答をいただければ、あるいは、それが見えてくるかもしれませんので、是非よろしくお願いします。特に(1)に関するhakobuluさんのお考えは、[質問B]と直結していると思います。 


[回答B] 「海は広い」
[質問4]-2でhakobuluさんが挙げられている文例ですが、私は、(1)を(2)のように解釈し、やはり、「は」の機能は「主題提示only」です。

(1)「海は広い」
(2)「海(について言うと)は(それが)広い」

hakobuluさんは、<「海は広い。」という単独文で、[は]が主格であることは間違いないと思います。>と書かれていますので、その考えは、<主格がなければ文は成立しない>から出てきたのではないかと思います。従って、やはり、hakobuluさんの[質問B]への回答を待ちたいと思います。

投稿日時 - 2005-09-10 14:11:40

お礼

[回答C] 逆質問1に対する回答
>[は]に主格提示機能があると考えることで何か問題が生じるか?
一言で言うと、「問題は一貫性がないから」ということになります。もう少し正確にいうと、以下のように言えます。

もし、「は」に主格提示機能を持たせても一貫性を失わないような文法体系を新たに構築し、それが、現文法体系よりも煩雑性が低いのであれば、「は」に主格提示機能を持たせても問題はないと思います。ただ、現段階では、まだ、一貫性を失わないような新しい文法体系ができていないので問題である考えます。

一貫性とは、文法的機能を確定するプロセスの一貫性であり、そのプロセスを対象(「が」や「は」など文の要素)によって恣意的に変更しないことを意味します。もし、恣意的に変更すると、実際に文例を説明する段階で、その説明に一貫性を欠くことになり、矛盾が生じます。以下に「が」の文法機能確定プロセスを説明し、その同じプロセスを、[一貫性を持たせて]、「は」についても適応させる例を示します。

(1)「が」の文法的機能を確定するプロセス
「が」の文法的機能を確定するプロセスは、以下のようになると思います。

1.「が」を含む日本語文例をできるだけたくさん集める。
2.集めた文例を、「が」の意味が同じと思われるものごとに分類する(例1、例2、例3などのように)。
3.分類された各グループ毎に、「が」の機能が何であるかを考える。
4.その結果、その機能に一貫性があると考えられる場合は、「が」の機能として確定する。例えば、例1のグループは「主格機能」、例2のグループは、「対格機能」、例3のグループは、「接続機能」などのように。

(注)例1の主格機能はみとめるけれど、例2の対格機能や、例3の接続機能は認めないというようなやり方は、一貫性がないことになります。

<例1>
・電車が来た。
・太郎が笑った。
<例2>
・水が飲みたい。
・英語が話せる。
<例3>
・明日は良いが、今日は困る。
・怖い顔だが、良い人だ。

========================================================================================
済みません、続きは、#14のお礼を見てください。
========================================================================================

投稿日時 - 2005-09-10 14:15:26

ANo.18

ご返事ありがとうございました。
確かに、秋っぽい雰囲気が近付いているようです。海はまだ少しうねりが強く濁っていました。

[疑問A]
「暗示的な主格も含めての意味」です。

[疑問B]
(2)です。
[は]の主部に関する機能は次の2つと考えています。
というか「2つしか無い」と。
【1】「主題提示」のみ
それについて[は]私が悪かった。
(主格=「私」)
【2】「主題提示」+「主格」
・状況が一変したの[は]、太郎が中学校に入学してからだ。
(述部=「入学してからだ」)
・荷物[は]倉庫にある。
明示・暗示を問わず、文に主格は不可欠という観点から、「主題・主格」機能が混在した場合は、「主題提示機能」より「主格提示機能」を優先させるべきではありますが、このような場合、「主題提示機能」は無くなったわけではなく、暗示的に発揮されている、と思います。

すなわち、[は]が「主格」であるなら、必ず「主題提示」も兼ねている。
という考えです。

[疑問C]
上で述べた内容に基づいて、(1)には【1】を、(3)には【2】を適用します。
それぞれ別の文章なので、その内容によって機能が変化するのは矛盾しないと思います。

[疑問D]
主題より主格を優先すべきと思うので、解釈は次のようになります。
(1)この男は、私が殴った。
→この男について言えば、私が「彼を」殴った。
後半部の私[が]という主格の存在によって初めて、[は]が主題の提示であるとわかる。
(2)この男は、私を殴った。
この男について言えば「彼が」私を殴った。
同じく、後半部の私[を]という対格の存在によって初めて[は]が主格であるとわかる。
(この場合は主題提示の暗示もしていることになる。)

[疑問E]
>主格か対格を暗示させるのは、「は」や「について言うと」ではなく、「この男」自身であることに気づきました。
:「この男」自身ではなく、「述部の内容」または「述部の助詞?」によってのように思います。

kobareroさんのご返事に適確に対応した内容になっているかどうか不安ですが、
正否は別にして、言いたいことは伝わったでしょうか?
うまく言えなくて申し訳ないです。

以上の見解に基づいて、
<「は」も「が」も本来、主格を示す。>事を前提にして、
1、[は]は「主題」のみの提示も可能。
2、[が]は「強調機能」を持つ。
となってしまうのですが・・・。

kobareroさんの
「統一理論: 「は」は主題を示し、「が」は主格を示す。」だと、
「ここは[は]にすべきか、[が]にすべきか?」
と迷った時の判断の基準にならないように思わざるを得ないのが、気になるのです。

投稿日時 - 2005-09-09 00:20:52

補足

ご回答ありがとうございました。今日は、雨が降りそうもないしっかりした曇天で、ひさしぶりに落ち着いた感じでした。

hakobuluさんの回答を読ませていただき、私なりに理解できたと思う内容を<統一理論C>として[質問1]の中にまとめました。この理解で間違っていないかご確認ください。また、私の考えは、<統一理論D>として併記しました。hakobuluさんの説明を読むと、うん、なるほなるほどと納得できることも少なくありませんが、なお、一部疑問が残ります。それについては、[質問2][質問3]で書かせていただきました。一方、私の考え(統一理論D)も再度検証してみましたが、自分自身では、問題点が見つけられませんでした。それで、お願いなのですが、<統一理論D>で考えると問題が出てくるような具体例をいくつか挙げていただけないでしょうか([質問4]です)?その前にhakobuluさんの疑問に対して下記[回答1] [回答2]で回答させていただきました。

[回答1] 格を案じさせるものについて
>「この男」自身ではなく、「述部の内容」または「述部の助詞?」によってのように思います。

おっしゃる通りですね。私の勘違いでした。以下のように訂正します。

「この男は、私が殴った」「この男は、私を殴った」において、「この男」が主格か、対格かは、述部の内容や格助詞で決まるのであり、「は」の機能により決まるわけではない。

[回答2] 統一理論について
>「ここは[は]にすべきか、[が]にすべきか?」と迷った時の判断の基準にならないように思わざるを得ないのが、気になるのです。

例えば、「私が行く」と「私は行く」のどちらにすべきかの問いに対しては、「私が行く」の場合は、「他の人ではない、この私が」行くことが強調され、「私は行く」では、「行かないのではなく、行く」ことが強調されるという説明になります。その理由は、「は」は主題を示すだけであり、「が」は主格を示すからです。

[質問1]統一理論について(その1)
hakobuluさんの考えを<統一理論C>として、以下にまとめさせて頂きましたが、このような理解でよいかどうかお知らせください。<統一理論D>は私の考えです。

<統一理論C>
1.「は」は、主題のみ示す場合と、主題と主格の両方を同時に示す場合とがある。どちらになるかは文脈で決まる。
2.「が」は主格を示すと同時に主格を強調する。

<統一理論D>
「は」は主題を示し、「が」は主格を示す。

[質問2]主格と対格の両方を含む文について
下記例文の文脈から、(1)では、「ケーキ」が「太郎の好物だった」の意味上の主格であり、「同時に」、「花子が食べてしまった」の意味上の対格であることが明らかです。一方、(2)では、「ケーキ」が「太郎の好物だった」の意味上の主格であることが明らかです。もし、hakobuluさんのお考えのように(2)の「は」が主題と共に主格をも示すのであれば、何故、(1)の「は」は主題と共に「主格」と「対格」の両方を示すと考えないのでしょうか?

(1)「そのケーキは、太郎の好物だったが、花子が食べてしまった。」
(2)「そのケーキは、太郎の好物だった。」

[質問3]主格文と対格文の差異について
下記の<例1>の「は」は主格を暗示し、<例2>の「は」は対格を暗示しますが、「は」の機能として、「主格」を示す機能は認めるのに、「対格」を示す機能を同様に認めない理由はなんでしょうか?

<例1>
(1)その人形は大変高価です。
(2)洗濯物は乾きました。
(3)ほうれん草は栄養があります。

<例2>
(1)その人形は妹が作りました。
(2)洗濯物は畳んでしまいました。
(3)ほうれん草はゆでてあく抜きします。

[質問4]<統一理論D>の問題点につていて
初めに書きましたように、今のところ、私自身では、<統一理論D>の問題点を見つけることができません。それで、<統一理論D>で考えると、説明がうまくいかないような文例があれば、是非教えてください。

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-09-09 19:59:45

ANo.17

#9です。

議論が白熱していますね。横槍を入れて申し訳ないですが、ちょっと気付いたことがありましたので。

> 統一理論A
> (1)「は」は、主題の提供機能と共に、文脈に応じて主格特定機能を併せ持つ場合が多々ある。
> (2)「が」は、主格特定機能と強調機能を併せ持つ。
> (3)「は」が、主格特定機能を持つ場合は、「が」の主格特定機能との違いは、「が」には強調機能があるが、「は」には強調機能がないということである。

について、「が」が必ず強調機能を表すかどうか考えたのですが、例えば「雨が降っている」という文は、特に「雨」を特定・強調しているのではなく、単に「雨が降っている」という状況を説明したいのではないでしょうか。桃太郎の出だしも実は状況の説明で、「初出の『が』」はこれに含まれるような気がしています。

というわけで、まとめるとこんな感じですが、どうでしょうか。

(1)「主部」[は]「述部」
 (1-1)主題提供
  主題は「主部」であり、「述部」が伝えたい内容
   例)吉田太郎[は]、19xx年に佐賀県で生まれました。
(2)「主部」[が]「述部」
 (2-1)特定・強調
  主題は「述部」であり、「主部」が伝えたい内容
   例)(窓を割ったのは誰ですか?)吉田太郎くん[が]割りました。
     彼[が]このクラスで一番の人気者です。
 (2-2)状況説明
  主題はなし、「主部+述部」が伝えたい内容
   例)佐賀県に、吉田太郎という男[が]いました。
     星[が]きれいだね。

(2-1)と(2-2)の区別は微妙なものがありそうです。「状況」という言葉は余り適切でないかもしれません。
なお、話しを整理するために、ここでは「主部」「述部」の中にある「は」「が」、「が」以外の格助詞を暗に示す「は」、目的格の「が」等については含めていません。それを入れると、もっと複雑になりそうです。

投稿日時 - 2005-09-09 00:17:46

補足

12nojigoroさん、こんばんは。ご回答ありがとうございます。

(1)については、私も同じ考えです。
(2)については、疑問があります。

(2)の<「主部」[が]「述部」>については、単に<「述部」の主格が「主部」である>と考えているのですが、そう考えるとどのような問題があるのか、今ひとつはっきりしません。もう少し具体例を挙げていただければ、考えてみたいと思います。

例えば、既に提示していただいた(2-1)の「特定・強調」機能に関する例文ですが、これについては、以下のように考えています。

例1:「(窓を割ったのは誰ですか?)吉田太郎くん[が]割りました。」
ここで、(括弧)の中があるという条件下で、初めて[が]に強調の意味があると感じられるのではないでしょうか? もし、そうだとすると、それは、[が]に強調機能があるのではなく、文脈が「吉田太郎くん」を強調している(正確には、期待させている)のだと思うのですが。

また、別な例では、「何を食べる?」「焼肉を食べる。」と「誰が行く?」「山田が行く」の2つの対話で、「を」は対格を強調してい[ない]けど、「が」は主格を強調していると感じられますか? 私は、どちらも、単純に対格と主格を特定しているだけだと感じます。

例2:「彼[が]このクラスで一番の人気者です。」
については、例えば、以下の(1)と比較するとどうでしょうか? (1)の[が]は特に彼を強調しているわけではないと感じますが、どうでしょうか? もし、そうだとすると、なぜ上記例文では、「彼が」強調されているように感じるのでしょうか?それは、「一番の人気者」という「誰が」を期待させる語句が入っているせいだと私は思います。

(1)「彼[が]このクラスでいつものように勉強していたとき、山田耕作は、パリで大変な目に合っていました。」

このような議論を続けて来て、感じるのは、新しい文例が出て来ると、新しいアイデアが生まれたり、それまでの考えを変更したりできるということです。今までの考えでは、うまく説明できない文例や、また、お考えがありましたら、是非、また、お知らせください。

よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2005-09-09 21:00:04

ANo.16

ご返事ありがとうございます。台風は勢力が弱まり雨も予想以下です。
時折、突風が思い出したように断続的に吹きます。

[疑問1]
:主格のみがあると考えるわけではありません。
文には必ず主格が存在すると思います。主題と主格が別に混在する場合もあります。

主題と主格が別に混在する場合([例文1]の(1)(4))、
「[は]によって示される主題≠主格」となります。この場合、[は]は主題提供としての役割しか果たしていませんから、この「主題」に対して[が]を代替して別の文を作る事はできません。
しかし、「[は]=主格」の場合([例文1]の(2)(3))は、
[が]を替わりに使用する事が可能(意味は微妙に違ってくるが)。という事を言いたかったのです。

[疑問2]
:「荷物は、(それ[を])梱包して送ります。」と説明していただいたので、わかりやすかったです。
今までは、
「荷物[を]梱包して送ります。」だと思い込んでいたため、暗示といっても違う意味になってしまうので、理解できなかったのです。

「東京[は]多くの人が住んでいます。」は、
「東京[に]多くの人が住んでいます」ではなくて、
「東京は、そこ[に]多くの人が住んでいます。」と
解釈すればいいのですね。

いや、すっきりしました。ありがとうございます。
しかし、(2)と(3)は「荷物」が、主題のみではなく、主格として明示されていると思います。

投稿日時 - 2005-09-08 03:44:37

補足

ご回答ありがとうございました。今日は、久しぶりに青空いっぱいで、気温も高くなりましたが、間違い
なく秋の空でした。

[疑問A]明示的と暗示的の違いについて(確認です)
hakobuluさんの「文には必ず主格が存在すると思います。」を見て、何故、暗示的・明示的という言葉が
うまく説明できなかったがわかったような気がしました。hakobukuさんと私では暗示的・明示的の定義が違っているように思います。私の定義では、文章上に主格が表記されている場合を【 明示的】、表記されておらず補足する必要がある場合を【 暗示的】と考えます。以下の例で説明します。[例1]では、主格が明示的に表現されていますが、[例2]では、主格が【明示的】には表現されていないと私は考えます。すなわち、[例2]では、主格は暗示的にのみ表現されていると考えます。その理由は、[例2]の文の中には主格が書かれておらず、[例3]のように主格を補う(括弧内)ことにより、初めて主格を認めることができるからです。

[例1]明示的な主格がある場合
(1)山田がリンゴを食べた。
(2)アメリカでは、ハリケーンが猛威を振るった。

[例2]明示的な主格がない場合
(1)荷物を梱包して送ります。
(2)「何を食べますか?」「チャーハンがいい。」

[例3]暗示的な主格を補った場合(括弧内)
(1)(私が)荷物を梱包して送ります。
(2)「(あなたは)何を食べますか?」「(私は)チャーハンがいい。」

hakobuluさんの「文には必ず主格が存在すると思います。」は、[例3]のように暗示的な主格も含めての意味と思いますが、それでよろしいですか? 暗示的・明示的の言葉の使い方も含めて、ご意見がありましたらお知らせください。

[疑問B]「は」は主格明示機能があるか(その1)
「は」の機能に関する考え方で、hakobuluさんと私が異なる点は、主格明示機能があるかないかです。私も、hakobuluさんの考え方に「気持ち」としては賛同するところもあるのですが、「論理的」には、どう
しても矛盾を生じてしまうので、[気持ちが悪い]のです。[疑問B][疑問C][疑問D]で、その矛盾点を挙げますので、何とか納得させる説明を考えていただけないでしょうか? 

先ず、1点目です。「荷物は倉庫にある。」の解釈として、以下の2通りが考えられます。hakobuluさんは、どちらの解釈をとりますか? もし、(1)だとすると、(それが)を補う必要がありますから、明示的はではなく、暗示的になると思います。従って、もし、主格明示機能があるということを優先的に考えるの
であれば、(2)の解釈が必要です。そうすると、今度は、「は」本来の「主題提示機能」が消滅することになります。この矛盾をうまく説明できなくて困っています。

(1)「荷物について言うと、(それが)倉庫にある。」
(2)「荷物は倉庫にある」

[疑問C]「は」は主格明示機能があるか(その2)
2点目は、以下のような場合です。(1)の文を解釈すると、(2)のようになると思います。ここでは、主格暗示機能と対格暗示機能が働いていると考えられますが、主格明示機能はないと思われます。ところが、(3)のように「太郎の好物だった」で、文章を終わりにすると、再び、主格明示機能が現れることになりますが、何故(2)は暗示的で、(3)は明示的かの説明ができないとともに、いづれにしても、暗示的と明示的の両方の存在を仮定してしまうことになり、やはり、矛盾があるような気がします。

(1)「そのケーキは、太郎の好物だったが、花子が食べてしまった。」
(2)「そのケーキについて言うと、(それが)太郎の好物だったが、(それを)花子が食べてしまった。」
(3)「そのケーキは、太郎の好物だった。」

[疑問D]「は」は主格明示機能があるか(その3)
3点目は、以下のような場合です。<例1>の(1)、(2)の文は、それぞれ、2つの文(前文・後文)で構成されています。前文の「この男」は、後文の述部に対して主格に相当するか、あるいは、対格に相当するか、一切示唆していません。後文を読んで初めて、前文の「この男」が、(1)では主格であり、(2)では対格であることがわかります。次に、<例2>は、前文・後文を[、]で繋いだものですが、基本的に状況は変わらない、すなわち、「この男」が主格か対格かは、明示的に示唆するものは何もない。あるのは、文の後半を読んだときに、意味的(暗示的)に主格、対格であることがわかるだけだと思います。このことは、<例3>でも全く同じように考えられるのではないでしょうか?すなわち、<例3>において、「は」は、「この男」が主格か対格かについては、何も言っていないと思うのですが、hakobuluさんはどうお考えでしょうか?

投稿日時 - 2005-09-08 19:14:29

お礼

<例1>
(1)この男について話します。私が彼を殴りました。
(2)この男について話します。私を彼が殴りました。

<例2>
(1)この男はですね、私が殴ったんですよ。
(2)この男はですね、私を殴ったんですよ。

<例3>
(1)この男は、私が殴った。
(2)この男は、私を殴った。

[疑問E]統一理論について
最後に統一理論ですが、今回の考察で改めて考え直してみたのですが、自分自身で矛盾が出てきてしまいました。それは、[疑問D]の<例3>です。もし、<例3>で、「この男」の格が主格か対格かを暗示するのが「は」の役割だとすると、同様に、下記<例4>でも、「この男」の格が主格か対格かを暗示するのは、「について言うと」になってしまいます。これは、明らかにおかしいと思います。それで、考え込んでしまったのですが、よくよく考えてみると、主格か対格を暗示させるのは、「は」や「について言うと」ではなく、「この男」自身であることに気づきました。と言うのは、もともと、明示的でない「格」を暗示的に示すのは、「文脈の意味」であり、「文法」ではないことに気づいたからです。すなわち、「この男」は、名詞であるが故に、意味的に、主格、対格、与格、補格になり得るということに過ぎないと考えるに至りました。

<例4>
(1)この男について言うと、私が殴った。
(2)この男について言うと、私を殴った。

そのように考えた結果、統一理論を見直すと、何と、以下のようにあまりにも単純な惨めなものになってしまいました。情けないのですが、これが、今の私の結論です。

統一理論: 「は」は主題を示し、「が」は主格を示す。

hakobuluさんのお考えをお聞かせください。

投稿日時 - 2005-09-08 19:16:57

ANo.15

ご返事ありがとうございます。少し雨風が強まってきました。

他の格助詞との関連づけが、私の中でもうひとつはっきりしていないのかもしれません。

【1】
(5)以外、[は]の前はどれも「主題提供」で「主格特定」の意味を持っていない。
よって、[が]で代替することはできない。
意味は、「主題提供」の基本的意味がそのまま適用される。

(1)荷物[は]梱包して送ります。
主格は隠れているが「私(または当方)」。
荷物については、(私が)梱包して送ります。
○「荷物[を]梱包して送ります」という事実に変わりは無いが、言いたいこと本来の意味が異なってくる。
「(間違いなく)梱包して送ります。」という、
本来あった「従属格を強調するニュアンス」が消えるように思う。

(2)東京[は]多くの人が住んでいます。
主格は「多くの人」。
東京に関しては、多くの人が住んでいます。
○「東京[に]多くの人が住んでいます。」であれば単なる事実の羅列になり、
やはり本来持っていた「(本当に)多くの人が住んでいます。」というニュアンスは薄れる。

(3)日本[は]人口が多い。
主格は「人口」。
日本について言えば、人口が多い。
○「日本[の]人口が多い。」も同じく、事実の羅列に留まってしまい、
本来持っていた「(本当に)多い」というニュアンスが伝わらないように感じます。

(4)あの映画[は]皆感動した。
主格は「皆」。
あの映画に関しては、皆感動した。
○「あの映画[に]皆感動した。」とすれば、
本来強調したかった「皆感動したこと」ではなく、「あの映画」が強調されてしまう。
○次の2例で比較して見ます。
A.「あの映画[は]感動した。本も読みたい。」は、
「感動したので本も読みたい。」というニュアンス。
B.「あの映画[に]感動した。本も読みたい。」は、
「あの映画の本も読みたい。」というニュアンス。
微妙な違いを感じます。

A.「あの映画は感動した。もう一度見たい。」は、「感動したのでもう一度見たい。」
B.「あの映画に感動した。もう一度見たい。」は、「あの映画をもう一度見たい。」
の差があるように感じます。

(5)「何を食べますか?」「私[は]カツどんです。」
主格は隠されているが、質問によって明らかに期待されている「食べたいもの」。
「私(の食べたいもの)はカツどんです。」のように省略されている。
「私」と[は]の因果関係は無い。主題の提供であってやはり[が]で代替はできない。
また、この場合「私は」は無くても会話が成立する。
「私の食べたいものについて言えば、カツどんです。」の意。

【2】
単なる主題提供としてではなく「強調した主格」として使いたい時や、
対象を特定する時などに[が]を使うが、使えるのは、
荷物が大きい。
日本が発展する。
あの映画が良かった。
など「直接係る語句が存在する」場合。

【3】
[は]には「主題提供機能」があるが、同時に「主格特定」として機能している場合も多いので、
意味は違ってくるが、[が]を替わりに使用できる場合もある。

・引越しの運搬を依頼した人に対して、
「荷物は大きい。」という場合。
「時間はかからないと思う。でも車の手配もあるだろうから、
一応荷物についての『情報を提供しておく』けど、大きいよ。」などのニュアンスが籠る。
「荷物が大きい。」は、『強調』することで、「大変だと思う。」
「車に入るだろうか?」など、心配するニュアンスを示す事ができる。

・「日本は発展する。」は、
単純に日本という「主題を提供」して、感想を述べている。
「日本が発展する」は、
「他の国よりも」というニュアンスで「日本」を「強調」できる。

・「あの映画は良かった。」は、
「あの映画」と、「主題を提示」してから、それに関することを述べている。
「あの映画が良かった。」は、
他のどれでもなく「あの映画」、と「強調したい時」に使う。

 ----------

留学生は納得してくれるでしょうか?

いつもまとめていただき、ありがとうございます。
こちらこそよろしくお願い致します。

投稿日時 - 2005-09-07 15:58:41

補足

ていねいなご回答をいただきありがとうございました。今日は、夕焼けと細い月がきれいでした。

格助詞の件ですが、まず、「あの映画は感動した」と「あの映画に感動した」の間にニュアンスの違いがあるのは、全くおっしゃるとおりだと思います。ニュアンスの違いがあるからこそ、わざわざ「あの映画は」という表現が別にあるのだと思います。格助詞について、注目する必要があるのは、その事ではなく、格助詞の本来の機能である「主体」と「述部」との関係がどうなっているかだと思っています。

まず、「AはBだ」の意味は、「Aについて言うと、Bだ」という関係ですから、「B」の述部は、必ず主題Aに関係があるはずです。その関係如何によって、意味上の格助詞が、<主格「が」、対格「を」、与格「に」、補格「の」>のどれであるかが決まるのだと思います。

[例文1]は、全て「荷物は」で始まる短文です。すなわち、全て「荷物」に関する話題です。ここで、「荷物」とその後に続く「述部」との関係が、どの格助詞に対応するかは、どうやって判断するのでしょうか?

[例文1]
(1)荷物は梱包して送ります。
(2)荷物は梱包して送られます。
(3)荷物は梱包によって壊れる場合があります。
(4)荷物は梱包してラベルを貼ります。

「荷物は梱包」までは、全て同じですから、ここまで読んだ段階では、格助詞が主格、対格、与格、補格のいづれであるかは決まりませんね。決まるのは、文を最後まで読んで意味を考えないと結論がでないと思います。このような状況を考えると、以下のような2つの疑問が出てきます。

疑問1: 主題Aと述部Bの関係には、主格の関係だけではなく、対格、与格、補格などの関係もあるのに、何故、主格のみがあると考えるのか?

疑問2: 主題Aと述部Bの関係を決めるためには、文面上には書かれていない主題と述部の関係を補う語句(下記[主題と述部との関係])が必要なわけですが、そうであるなら、「は」が持っている格特定機能は、暗示的なものに過ぎないのではないでしょうか?

[主題と述部との関係]
(1)荷物は、(それ[を])梱包して送ります。
(2)荷物は、(それ[が])梱包して送られます。
(3)荷物は、(そ[の])梱包によって壊れる場合があります。
(4)荷物は、 梱包して(その上[に])ラベルを貼ります。

済みません、また、わかりにくかったかも知れませんね。もし、良いお考えがありましたら、お知らせください。

投稿日時 - 2005-09-07 21:38:36

ANo.14

ご返事ありがとうございます。

◎[課題5]
統一理論Aの(1)と(2)は、綺麗にまとめていただきありがとうございます。
しかし、これは98%ほどはkobareroさんのご教示があったからこそ辿り着けた認識です。
(3)は補完説明なので、不要と思います。

『統一理論B』は理論らしくすっきりしていますよね。

「統一理論A」との違いは、

★「は」は主題の提供が眼目であって、主格特定機能が弱く、主格強調機能も無い。
故に、「が」の強調機能を明文化する必要は無い。
ということですよね。
また、「は」は、主題の提供である以上常に「主格」となり得るわけだから、
あえて主格特定機能を明文化する必要は無い。★

ということになるんですよね?
kobareroさんは「理論的」。私は「心配性」といったところでしょうか。

◎[課題6]
「は」に主格強調機能が無いのは、「は」が主題を提供することによって、
主題を文の動かざる前提として固定してしまい、安心して従属節について語る
(即ち従属節を強調する)目的があるからだろうかなどとも考えました。。

<[は]が格助詞を暗示する例>は非常に興味深く拝見しましたが、
「暗示する意図」がもうひとつ良くわかりません。
暗示された格助詞によって解釈した文は、元の文と意味が違ってくる
(言いたかった事の要点が微妙に違ってしまう)という点に固執してしまって、
フリーズした感じです。

◎[課題7]
(1)
私は「主格を明示」する以上に強調している、と思います。
説明し易いように「君」を「僕」に変更します。
【海が僕を呼んでいる】は、
「僕を呼んでいるのは山じゃないんだよ」という意味で「海」を強調。
【海は僕を呼んでいる】は、
「海じゃなくて川が僕を呼んでいるのかもしれない。」とすぐ言い換えたり、
「そういえば、山も僕を呼んでいるような気がする。」などという文をつなぐ事が可能(自然にできる)だったり、
「海」をないがしろにしかねない要素が含まれている。
海は、たまたま[は]によって「主題」として提供されたに過ぎないから。
という印象が強いのです。

確かに相対比較ですが、私は相対比較して[が]の強調機能を明らかにすることに意味があると思うわけです。
実際に教えているわけではありませんが、
「夏休みはどこに行きたい?海?山?愛知万博?」と聞かれた外国人が、
「海はいい」と答えたと仮定して、[は]ではなく[が]を使うべきという事を説明するために必要だからです。
[は]に主格特定機能も与えている以上、「[は]か[が]か」という選択を迫られる時はあるので、
明確に説明できる根拠が必要だと思うわけです。

(2)
確かにそうですが、
「山田[は]行く。」と比較すると、明らかに強調だと思いますし、意味も違ってくるでしょう。

(3)
[が]の「特定・強調」と書く時、「特定」または「強調」という意味で使用していました。
Aは一応「強調」の部類に入りそうですが、なんか自信ありません。
Bは、前半が従属節なので「手をつないでいる対象」の「特定」。
Cも、前半が従属節なので「降るもの」の「特定」。
「特定」ではなく、「従属節における主格」と考えたほうが良いのでしょうか。

「複数の主格」には何か違和感を覚えてしまうんです。
頭が「頑固」なんでしょうかね?

(4)
面白い考えですね。留意してみます。
ただ、[課題7]で触れたように、相対比較の必要性は捨てきれないので、
やはり[は]と比べると強調だという印象を受けます。

「検証・添削」ありがとうございました。大変勉強になりました。

今の段階では、
『[が]と[は]はどのように使い分けますか?』という質問には、
1、特定または強調したければ、無条件で[が]。
2、それ以外は「主題」の提供も含めて[は]。
と答えてしまいそうです。

投稿日時 - 2005-09-07 03:47:56

補足

ご回答ありがとうございました。

どうやら、私の格助詞暗示機能の説明がまずかったみたいです。済みません。
それで、どう説明しようか考えたのですが、私が説明するより、むしろ、hakobuluさんがどうお考えかを先にお聞きしたほうが、その後説明しやすいと思いましたので、もし、よろしければ、以下の質問にお答えいただけますか?

[質問]
「は」は「が」と共に主格特定機能があると教えられた留学生に、以下の3つの文で、「は」を「が」に置き換えても良いかどうか質問されたとします。どのように答えますか? また、もし、[は]の前の部分が主格ではないと説明されるのであれば、そのときは、それぞれの文の意味がどうなるのか、それも合わせて答えてみてください。

(1)荷物[は]梱包して送ります。
(2)東京[は]多くの人が住んでいます。
(3)日本[は]人口が多い。
(4)あの映画[は]皆感動した。
(5)「何を食べますか?」「私[は]カツどんです。」

よろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-09-07 08:40:01

お礼

========================================================================================
済みません、#19のお礼からの続きです。
========================================================================================
(2)「は」の文法的機能を確定するプロセス
「は」の文法的機能確定プロセスは、上述の「が」の文法的機能確定プロセスと全く同じである必要があります。それを一貫性と言います。そこで、(1)のプロセスと同じように、「は」についても、それを含む文例を集め、同じ意味単位でグループ分けします。例えば、以下の例1-5のようになります。グループ毎に機能を検証すると、例1は「主格機能」、例2は「対格機能」、例3は「補格機能」、例4は「与格機能」、例5は「主題機能」となります。

<例1>
・海は広い。
・私は吉田です。
<例2>
・荷物は送った。
・新聞は見終わった。
<例3>
・彼は背が高い。
・彼は健康を害した。
<例4>
・大阪は通天閣がある。
・東京は多くの人が住んでいる。
<例5>
・私はコーヒーです。
・荷物はラベルを貼って送りました。

そこで、結論として、「は」の文法的機能としては、「主格機能」「対格機能」「補格機能」「与格機能」「主題機能」があるということが出来ます。これであれば、「が」の文法的機能を確定したのと全く同じプロセスを踏んでますから、一貫性があると言えます。しかし、もし、「は」の文法的機能は、「主格機能」と「主題機能」だけだと言うと、一貫性が欠けることになります。

最後に、逆質問2,3,4についてですが、これは、上述(2)のような新しい文法体系を考えたときの質問になりますので、まずは、上述の考え方にはついてのhakobuluさんの疑問や異論などをお聞きかせいただいてから、改めて考えてみたいと思います。

以上ですが、よろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-09-10 14:17:20

ANo.13

ご返事ありがとうございます。
大変緻密な整頓をしていただきありがとうございます。
おかげさまで、kobareroさんとどういう食い違いがあるのか理解できた「ように」思います。
それで、最初に、kobareroさんから教えていただいた事も含めて、私の考え方を整理して述べてみますので、ご検討お願いします。

【現段階での私の考え方】
1、「海はとても青い。」
「は」は「主題」を提供している。「特定」もしているが、それは「主題」であるからであって[「は」には特定機能がある]と主張するには及ばない。
主題の「強調」はしていない。強調しているのは「とても青い」ことである。

2、「海がとても青い。」
「が」は主格を提供している。「が」は常に「特定」または「強調」機能全般を持っているが、ここでは「主格」であるがゆえの特定・強調と考えることもできる。どちらからのアプローチでも良い。
[ここは異論がでそうですが、後でまとめて述べます。]

◎[課題1]
「>「が」の機能として、「主格の提供」と「特定・強調機能」の2つを考えているのでしょうか?」
:その通りです。

「>「主格を提供する」ことイコール「主格を特定すること」なので、あらためて「特定」と言う必要がないという意味です。」
:おっしゃる通りです。

「>、「強調機能」については、「ない」と思っています。」
:[課題2]で一緒に異論を述べます。

「>、「は」の機能として、「主題の提供」と「主格特定」の2つを考えられているのでしょうか、」
:そうです。最初は「主格」という認識しか知らなかったのですが、前回「主題の提供」を教えていただきました。しかし「主題の提供」よりも「主格特定」として機能する場合も往々にしてあるという考えです。
この場合、「主格特定の[が]」との違いは「強調機能」という展開になります。

◎[課題2] 
>「強調機能」とは何でしょう?
:単なる主題の提供で済ませたくない場合、などを想定していました。

>(「は」について)「主格」は提供しているのではなく、意味の上で、たまたま、「主題」が「主格」になる場合が多い。
>「は」が弱いので、「が」は普通なのに、比較すると強く見えるだけだと思います。
:興味深く読ませていただいた部分です。非常に納得しました。
ただ、どうやらこの辺に食い違いの一端があるようにも感じました。

「[が]の強調機能」をどう扱うかという事になりそうですが、私は「海○君を呼んでいる」という設問に対して、どう答えるべきかを日本語を全く知らない人に教えている状況を仮定しています。

ですから、「なぜ[は](あるいは[が])を○の中に使用するのか?」という事を説明できなければなりません。
その為には、「が」の「強調機能」を意識的に明確にしておく必要があるように思うわけです。
(統一理論として明記すべきという意味です。)

◎[課題3]
非常に興味深く拝見しました。良くここまで掘り下げられますね。感心しました。

◎[課題4]
(1)太郎[は]クリスマス[に]大阪[で]本[を]買った。
であれば、先頭であっても強調には感じないので、やはり「が」の効果のように思います。
(2)でも「太郎」が強調されていると思います。
(3)は文章として不適当では?

◎[回答1][回答2]
私が、「主題」「主語」「主格」の整頓が、まだはっきりできていないんでしょうね。
そして、これが「食い違い」の2点目かもしれません。

「状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。」
に関する私の見解は次の通りです。検証・添削いただくとありがたいです。

*「状況が一変した」は、
「状況が一変したことについて言うと」という意味で
以下の文節全てに対して「主題の提供」である。
同時に、
「中学に入ってからだ」という「従属節」に掛かる「主格の提供」でもある。
「太郎」は、この「従属節」を「特定」している。

どちらにお住まいか存じませんが、台風お気をつけください。

投稿日時 - 2005-09-06 03:10:35

補足

早速のご回答ありがとうございます。お蔭様で一段と問題の焦点が絞られて来た様に思います。

[課題5] 統一理論の再考
私なりに理解したところでは、hakobuluさんの考えは以下の「統一理論A」に集約できると思いますが、もし間違っていたら教えてください(できれば、文面自体を編集して訂正してください)。hakobuluさんの考えの方が、「我々の日常的日本語感覚」に近く、日本語教師として、主格の「は」と主格の「が」の選択基準を説明するのにわかりやすく実用的だと思いました。一方、私の考えは、どうも「理屈っぽい」という感じがします。ただ、私の場合は、矛盾が出てくると、どうしても気持ち悪くなるため、もうちょっと考えてみました。その結果は、下記の統一理論Bになりました。[課題6]で、「は」の機能の見直し、[課題7]で、「が」の強調機能の説明をしますが、だんだん、くどくなってきますので、どうそいつでも、放棄してください。

統一理論A
(1)「は」は、主題の提供機能と共に、文脈に応じて主格特定機能を併せ持つ場合が多々ある。
(2)「が」は、主格特定機能と強調機能を併せ持つ。
(3)「は」が、主格特定機能を持つ場合は、「が」の主格特定機能との違いは、「が」には強調機能があるが、「は」には強調機能がないということである。

統一理論B
(1)「は」は、主題を明示的に示し、「が」「を」「に」「の」などの格助詞を暗示的に示す。
(2)「が」は、主格を明示的に示す。

[課題6]「は」の役割の再考
まず、明示的な機能と暗示的な機能に分けて考える必要があると思います。明示的機能とは、文中に実際に現れている語句に働く機能をいい、暗示的機能とは、文中に実際には現れていない語句を補って初めて働く機能をいいます。「主題」の場合、「は」の直前に実際に現れている語句に働きますから、明示的機能ですが、「が」「を」「に」「の」などの格助詞の機能は、文面に現れていない語句に働くので暗示的機能です。以下の例文は、「が」「を」「に」「の」などの格助詞がどのように暗示的に働いているかを示したものです。( )内は、「は」以降の文が暗示的に示す内容を補ったものです。また、「は」は常に主題を明示する機能を持ちますから、(5)のように暗示する格助詞が存在しない場合もあります。

<[は]が格助詞を暗示する例>
(1)「が」を暗示:「彼[は]夕飯を食べていた。」--->(彼[が])夕飯を食べていた。
(2)「を」を暗示:「お金[は]銀行に預けた。」--->(お金[を])銀行に預けた。
(3)「に」を暗示:「その本[は]大変感動した。」--->(その本[に])大変感動した。
(4)「の」を暗示:「日本[は]人口が減少する」--->(日本[の])人口が減少する。
(5) 暗示なし: 「僕[は]コーヒーだ」--->(注文したいのは)コーヒーだ。 


[課題7]「が」に(積極的な)強調機能がないと思われる理由
(1)「は」と「が」の比較
 常に明示的に主格を示す機能は、格助詞「が」だけが持っています。「は」は、文脈に応じて暗示的に主格を示すことができるだけです。
 従って、主格を明示したい場合は「が」を使用する必要があります。この結果、「は」と「が」が直接比較される【海が君を呼んでいる】と【海は君が呼んでいる】のような場合、【海が】は、海が主格であることを明示する一方、【海は】は、海が主格であることを暗示しているすぎませんから、相対比較としては、【海が】が【海は】より主格が強調されているように感じます。しかし、「主格を明示」する以上に強調しているわけではないと思いますがいかがでしょうか?

(2)他の格助詞との比較
 以下の例文は、5W1H情報を提供するため、格助詞が使用されている例です。ここで、格助詞「へ」「が」「に」「を」「で」の中で、「が」だけが「情報」を特に強調しているとは思えないのですが、いかがでしょうか?
 
 A.「どこへ行くの?」「大阪[へ]行く。」 (where)
 B.「誰が行くの?」「山田[が]行く。」 (who)
 C.「いつ行くの?」「10月[に]行く。」 (when)
 D.「何をするの?」「観光[を]する。」 (what)
 E.「何故行くの?」「息抜き[に]行く。」 (why)
 F.「どうやって行くの?」「新幹線[で]行く。」(how)

投稿日時 - 2005-09-06 23:09:13

お礼

(3)文脈による無意識的強調
文脈の影響で「が」が強調されていうように感じることはないですか? 例えば、Aの「が」は強調されていますか? また、BとCの2個ずつある最初の「が」も強調されていますか?

 A.「セミは、仲間の群れの中へと移動する癖があるので、決まった場所に集まってしまうのです。」
 B.「二人が手を繋いで歩いていると、向こうから大男がふらふらしながら歩いてきました。」
 C.「雨が降る中を裸足で血相を変えて走って来る男がいました。」

(4)強調の「が」の存在
「が」には、2種類の発音があります。「学校」の「が」と「朝顔」の「が」です。人は、格助詞「が」の発音として、普段は「朝顔」の「が」を使いますが、強調したいときは、「学校」の「が」に近くなります。Aの「が」は、「学校」の「が」に近く、Bの「が」は、「朝顔」の「が」に近いのではないでしょうか? 発音によって「強調」する場合があるとすると、「が」そのものには、「強調」の機能がないのではないかと思うのですが、ダメですか?

 A.「困ったわねぇ、誰も行ってくれる人はいないの!?」「私が行きます。」
 B.「カトリーナの直撃で被害を受けた米メキシコ湾岸も石油関連施設が徐々に機能を回復し始めた。」

[回答1]「状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。」について
私は、以下のように考えていますが、自信はありません。

(1)「状況が一変したの」が主題で、「は」は、「だ」まで係る。「状況が一変したのは」の「は」は、主格の提供ではない。
(2)「太郎が中学に入ってから」が話の内容(主題の中身)で、「太郎が」と「中学に」は共に「入ってから」に係る。
(3)「太郎が」の「が」は「入って」に対する主格を明示し、「中学に」の「に」は「入って」の行き先を明示する。

なんだかわかりにくい説明をだらだら書いてしまい申し訳ありません。ご親切に議論にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。私としては、大変良い勉強になり感謝しております。

投稿日時 - 2005-09-06 23:12:30

ANo.12

ご返事ありがとうございます。

◎[質問1]
私は「主題」と「主語」の区別も良くわかっていませんでしたね。

>「主題」とみた場合の「は」、その機能は「~~について言うと」の意味と考えられます。

:「は」については、これが全てのように感じられますね。
(例外がまだ出てくる可能性はどうでしょうか?)
しかし、かなりインパクトのある解説ではありました。
おっしゃる通り、
【「は」は「主題」の提供】という捉え方が良いようですね。

ただ、自信はありませんが、
「例A: あの車は吉田太郎に貸したよ。」の「は」は主題の提供というよりは、
強調の「は」のように思います・・。
「それはそうだが・・・」などと言う場合のように。
「私は(私が)」という隠れ主語があるのではないでしょうか。

 ----------

◎[質問2]
【「が」の役割として、主語の提供であれば、「特定・強調」の意味は自明なので、あえて言う必要はなく、主語の提供でない場合は、「特定・強調」の意味になる】という意味ですか?

:そういうつもりではありませんでした。
#9さんへの補足
>「主格か従属格か」、「特定対象か不特定対象か」
という部分を受けたつもりでした。
{「が」を使う場合は「主格・従属格」に拘わらず「特定対象」と判断できる。}あるいは、
{「特定対象」であれば、「主格・従属格」の判断を待たずに「が」を使用できる。}、
と言いたかったのですが、読み返してみると確かに不明確な記述だったと思います。
内容を確認しながら、2,3質問させていただきたいので、よろしくお願いします。

1、「状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。」→
「主語の提供ではない」が「中学に入った」という事柄に関して、
「太郎を特定(強調)」している。

この場合の「が」の「太郎」に対する働きは、「特定・強調」以外で何かあることになりますか?
すみませんが教えてください。

また、「主語」は「状況が一変した」という事実だと思っていたのですが、
勘違いでしょうか?

2、「海が君を呼んでいる」→「海は君を呼んでいる」と比べて、
明らかに「海を強調(特定)している」ので、
「主語の提供」であると共に「特定・強調」の意を含んでいる。
という判断で良かったでしょうか?

 ----------

◎[質問3]
確かに「書き出し」としては、おかしい場合が多いとは思います。
ただ、ひねくれ者かもしれませんが、下記のような場合は、おかしくはないように思います。
【例Bに関して】
1、
「太郎がいました。次郎がいました。三郎もいました。
皆、わざわざこの私を迎えに来てくれたのです。私は目頭が熱くなりました。」
(前回と同じパターンですが、酔狂で作文しているわけではありません。
「目頭が熱くなった」ことの感動を効果的にするために、
「太郎が」と強調しておく必然性を伝えたいのです。)

2、
この課題で、
文中で「が」を使う場合まで検証するのは、不適切(別の解釈が存在する)なのでしょうか。
それとも、私の感覚が?なだけ・・なんでしょうか?。

{その時の私は、小学校の同級生が誰一人思い出せませんでした。
「相当昔だからな・・。」と、諦めて寝ようと思った時、急に思い出したのです。
吉田太郎がいました。
太郎は大声で歌を歌うのが好きでした。}

どちらも「知らない人の名前などを言われても困らない」場合で、
「知らない人などの名前を求められている」時にも「が」が対応できる事にならないでしょうか。
どちらも「主格を提供」しながら「特定・強調」をしている、
に該当しているように思います。

【例Cに関して】
おっしゃる通り「いることが自明」だから不自然なのでしょう。
「メロスはいた。」という書き出しは、通常ではおかしいですが、
同じ述語でも「メロスは走った。」であれば自然です。

【例Eに関して】
後半を省略されると不自然になります。
・「佐賀県に吉田太郎という男[が]いました。」という文を読んだ人は、
「ふむ、そうか。[が]と言っているのだから、当然何か強調したいのだろう。
それは何だ?」と、「強調する事がある」ことを自明の事として次の文に目を移すでしょう。

・「佐賀県に吉田太郎という男[は]いました。」は
「吉田太郎という男[は]佐賀県にいました。」とした方が読み易いと思います。
この文の読者は「単なる主格の提供で[は]が使われている筈がない。
もったいぶってないで、早く教えろよ。」という気持ちになると思います。
(んなこたあ無いだろ、ともう1人の自分の声も聞こえないこともないのですが・・)
(kobareroさんはいかがでしょう?違和感だけでしょうか?)

『後半は、勿体をつけただけの値打ちがある内容でなければならない
(それゆえ[は]を使用した意味がある)事を納得してもらう為の作文です。』

◎<仮統一理論>
(1)「は」は、主題を提供する。
:これは納得。賛同します。

(2)「が」は、主格を提供する。
  ただし、「が」については「対格の提供」その他の機能もあり。
:これは保留にしたい。

現段階では
「が」は「特定・強調」機能全般。
(1)より優先する。
(特定・強調したければ主題を提供するより「が」を使うべき、という意味。)
の方が理解し易いようです。
ただ、何か確信が持てないのも確かですね。


可能な限り、検証したいと思い好きなことを色々無責任に言うばかりで、すみません。
「質問者・回答者」主格転倒しつつありますね。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2005-09-05 04:09:24

補足

ご回答ありがとうございました。hakobuluさんに色々問題提起していただいたおかげで、だいぶ理解が深まってきました。色々考えさせられることがありましたので、前半の[課題1-4]と後半の「回答1-6」に分けて述べさせていただきました。

[課題1]「が」と「は」の機能について初めに、質問です。
hakobuluさんは、「が」の機能として、「主格の提供」と「特定・強調機能」の2つを考えているのでしょうか、それとも、「主格の提供」機能はなく、「特定・強調機能」のみを考えているのでしょうか?この点が、どうしても理解できませんでしたので教えてください。私は、「が」の機能としては、「主格の提供」のみだと考えております。また、「特定機能」については、「主格を提供する」ことイコール「主格を特定すること」なので、あらためて「特定」と言う必要がないという意味です。この点を明確にするため、今後は、「主格提供」ではなく、「主格特定」と呼びましょう。一方、「強調機能」については、「ない」と思っています。

また、hakobuluさんは、「は」の機能として、「主題の提供」と「主格特定」の2つを考えられているのでしょうか、それとも、「主題の提供」機能のみを考えているのでしょか?この点は、どうも混乱があるように思えるのですが、いかがですか? 私は、「は」の機能として、「主題の提供」のみを考えています。ただし、「主題の提供」の結果、それが、意味的に主体を意味することが多々あると思います。この辺については、[課題3] で説明します。

[課題2] 何故、「が」に「強調機能がない」と考えるのか?
hakobuluさんにとって「強調機能」とは何でしょう? 私は「強調機能」とは、絶対的なものではなく、何かと比較して「強調する機能」と考えています。もし、別の考えがあったらお知らせください。とりあえず、先に進めます。では、何と比較するのでしょうか?hakobuluさんは、「が」を「は」と比較して、次の例を挙げておられます。(1)の方が、(2)より「海」が強調されているということですね。私もそう感じます。

(1)「海が君を呼んでいる」
(2)「海は君を呼んでいる」

しかし、それにもかかわらず、私は、「が」は「主格」を強調してはいないと考えます。何故でしょうか? それは、「は」が主格を強調する機能が初めから弱いからです(正確に言うと「ない」からです)。なぜかと言うと、「は」の目的は、「主格の提供」ではなく「主題の提供」だからです。「主格」は提供しているのではなく、意味の上で、たまたま、「主題」が「主格」になる場合が多い(決っして全てではない)というだけです。すなわち、「は」が弱いので、「が」は普通なのに、比較すると強く見えるだけだと思います。

[課題3] 何故、「は」は「が」に比べて、「主格特定機能」が弱いのか?
その理由を以下の例文から考えます。以下の例文で、「は」はいずれも「主題提供機能」ですが、意味的には括弧内に書いたように格助詞の「が」「を」「へ」「に」「から」など様々な役割を持っています。しかし、これらは、文の中身から推測されるものであり、文法的に決定されるものではありません。文法的には、あくまで、主題の提供だと考えます。すなわち、「は」は本来「主格特定機能」がないばかりでなく、意味的にも、「主格」以外に多くの格を抱え持つマルチ機能の助詞です。

(1)彼はリンゴを食べた。   (格助詞[が]の意味)
(2)その仕事は彼にやらせよう。(格助詞[を]の意味)
(3)大阪は荷物を後から送ろう。(格助詞[へ]の意味)
(4)学校は生徒が500名いる。(格助詞[に]の意味)
(5)この本は得るものが多い。 (格助詞[から]の意味)

従って、「は」と「が」を比較すると、もともと主格特定機能に特化した「が」が、「は」に比べて相対優位になります。「が」と「は」が勝負するのは、専門家の「プログラマ」とジェネラリストの「社長」がゲーム・ソフトのコーディングで勝負するようなものですから、社長に勝ち目はないです。

[課題4]「が」はその強調機能を何と比較すべきか?
「が」が比較すべき相手は、同じ格助詞仲間の「に」、「で」、「を」などだと思います。例えば、以下の(1)、(2)、(3)で、太郎[が]の[が]が、クリスマス[に]の[に]がクリスマスを強調する以上に、太郎を強調していると言えるでしょうか? (1)が強調しているように感じるとすれば、それは「が」の効果ではなく、文の先頭にあるからではないでしょうか?

(1)太郎[が]クリスマス[に]大阪[で]本[を]買った。
(2)クリスマス[に]太郎[が]大阪[で]本[を]買った。
(3)大阪[で]クリスマス[に]本[を]太郎[が]買った。

すなわち、[が]は、[に]、[で]、[を]などと同様に、「格」を指定しているだけで、「強調」してはいないのではないでしょうか? 

投稿日時 - 2005-09-05 22:35:11

お礼

[回答1]
>「例A:あの車は吉田太郎に貸したよ。」の「は」は主題の提供というよりは、強調の「は」のように思いますが・・。
何と比較して強調されていると考えますか? 例えば、「吉田太郎にあの車を貸したよ」と比較して、「あの車は吉田太郎に貸したよ」の方が、「あの車」を強調しているということでしたら、正に、おっしゃる通りだと思います。そのために、主題として「あの車」を持ち出したわけですから。ですから、「主題の提供」とは、正に、「主題」の対象を強調することだと思うのですが、いかがでしょうか?

>「私は(私が)という隠れ主語があるのではないでしょうか」
おっしゃる通りだと思います。「あの車は」が「貸したよ」の主語ではないのですから、「貸したよ」という動作の主体(ここでは、私)は、この文面からは隠れているわけです。

[回答2]「特定・強調」以外の「が」の役割?
>「状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。」 この場合の「が」の「太郎」に対する働きは、「特定・強調」以外で何かあることになりますか?

この場合の「が」は、「特定・強調」と言うより、単純に「主格特定」と考えています。すなわち、「入ってからだ」の動作主が「太郎」であることを特定しているのだと思います。

>また、主語は「状況が一変した」という事実だと思っていたのですが、勘違いでしょうか?

ここでも、私は、一貫して「は」の機能は「主題の提供」と考えます。すなわち、「状況が一変した」は、意味的には「状況が一変したことについて言うと」です。

[回答3]「太郎がいました。次郎がいました。三郎もいました。」について確かに文章としては、違和感がないですね。ということは、文頭に「が」が来てもおかしくないかどうかは、固有名詞か普通名詞かに関係なく、後続文に依存するということですね。一方、強調については、「いました」が感動の中心で、それが、「太郎や、次郎や、三郎」であることは、補足説明だと感じました(この辺は、意見が違ってるようですね)。

★制限文字数2000+1000文字を超えてしまい、[回答4]以降が入力できなくなりました。尻切れトンボで申し訳ございません。

投稿日時 - 2005-09-05 22:44:08

ANo.11

#5,6です。面白くなってきましたね。
以下、思いつくまま述べてみますが、自信はありませんから、
軽い気持ちで読んでください。

私としては
「は」→「主題の提供」という表現にうなずきました。
「が」に関しては、
「特定・強調(補足)」説?に(収束させることに)、こわわりたいですね。

◎kobareroさんおっしゃるところの「統一理論」として、
<「特定・強調」は全て「が」。「特定・強調」の無い「主語の提供」は「は」>
と乱暴にまとめてみましたが、いかがでしょうか。
内訳は以下の通りです。

1、「主語の提供」→YES→「は」
2、「特定・強調」→YES→「が」
3、「2>1」すなわち、
『「主語の提供」+「特定・強調」』→YES→「が」

◎(仮)統一理論の実験
1、【吉田太郎[?]、佐賀県に生まれた。】という設問があると仮定した場合。
通常の「主語の提供」であれば1の「は」でOK。

しかし、以下のように続く文節を前後に伴って劇的効果を狙い、
主語を提供しながら「特定・強調」を意図することが可能なようにも思います。
「九州からは長い間、これといった人材が輩出していなかった。
長い年月が過ぎた。吉田太郎[が]、佐賀県に生まれた。天才の誕生である。」
(仮統一理論の3)

2、【~~。状況が一変したのは、太郎[?]中学に入ってからだ。】という設問があると仮定した場合。
「中学に入った」者を「特定」するので「が」が正解。

3、前提となっているいくつかの基準の合体
・主格であれば「特定」する必要は無いように思うので、
「従属格」=「特定対象」
「主格」=「非特定対象」と判断する。

・「特定」する事によって「力点が置かれる」と判断できると思うので、
「特定・強調」はひと括りにする。

4、「初出か既出か」という基準は、何か納得できません。
つまり「例文D」はおかしくないと思います。
以下のように文が続く場合です。
「佐賀県に吉田太郎という男[は]いました。
小学校卒業後、引越しがあり、東京の中学に入学しました。
中学校では、太郎[が]いつもクラスの人気者でした。
私、山田次郎は鹿児島県生まれで、彼と同じ中学に入学しましたが、
とても及ぶところではありませんでした。
吉田太郎は天才でした。
郷里に居た時から「佐賀の吉田太郎」の名は良く耳にしていました。」

*「吉田太郎という男」を特定の対象ではなく、純粋に「主語として提供」しているわけです。
この文節の強調しているのは「佐賀県にいた」という事柄です。
例文Cでは、極端に言うと、県はどうでもいいが、ともかく吉田太郎という男がいた、と「が」によって強調しています。

また、人気者は他の誰でもなく、そして何人もいたわけでもなく、
太郎その人だったし、彼1人だった、と主語を提供しながら、「特定」し「強調」しています。(仮統一理論の3)
例文Cでは、「クラスの人気者」の主語を提供しているだけで、
太郎がクラスでどういう評価を受けていたかに焦点が当てられています。
(人気者である必要性は文脈から導かれない。)

投稿日時 - 2005-09-04 01:12:08

補足

ご丁寧なご回答ありがとうございました。仮統一理論を大変興味深く読ませていただきました。

hakobuluさんに提示していただいた以下の仮統一理論について、いくつか質問があります。

<仮統一理論>
1、「主語の提供」→YES→「は」
2、「特定・強調」→YES→「が」
3、「2>1」すなわち、
『「主語の提供」+「特定・強調」』→YES→「が」

[質問1]
1番目の<「主語の提供」→YES→「は」>ですが、ご回答の初めの方で、<「は」→「主題の提供」という表現にうなずきました。>と書かれていますので、「は」の役割は、主語の提供というよりは、「主題」の提供と考えた方が良いのではないでしょうか?

実は、「主語」という言葉が正確に何を意味するのかをはっきりさせないと、議論ができないのだと思いますが、「主語」というのは、どうやら文法用語のようです(当たり前かも知れませんが)。もともと「主語」は、米仏語文法から出て来た概念で、動詞を制御する(活用変化を生じさせる)働きと関連付けて生まれた概念のようです。ただ、ここに、その話を持ち込むとややこしくなるので、とりあえず、実生活上の感覚をベースに考えてみたいと思います。

すなわち、<「は」の役割は、主語の提供というよりは、「主題」の提供と考えた方が良いのではないか>についてですが、「主語」とみるか「主題」とみるかの違いは、実生活感覚では、そんなに大きな違いがないかもしれません。

「主題」とみた場合の「は」、その機能は「~~について言うと」の意味と考えられます。例えば、【吉田太郎は、佐賀県に生まれた】は、【吉田太郎について言うと、佐賀県に生まれた】という意味になります(実質上は主語と変わりません)。こう考えると、「では、何故、【佐賀県に生まれた】の主語が吉田太郎だと考えてはいけないのか」という疑問が出てくると思いますが、それは、例えば、以下の例文で考えると、ある程度納得できるのではないでしょうか。以下の例Aと例Bは、意味的には同じだと思います。

例A: あの車は吉田太郎に貸したよ。
例B: あの車を吉田太郎に貸したよ。

ここで、もし、例Aで、【あの車は】が主語と考えると、「あの車」が「何か」を「吉田太郎に貸した」ような感じになり、例Bの意味と異なってしまいます。そこで、ここでは、やはり、【あの車について言えば、吉田太郎に貸したよ】の意味であり、「主題」と考えた方が良いように思います。

[質問2]
次に、2番目の<「特定・強調」→YES→「が」>と、3番目の<「2>1」>ですが、これについては、【3、前提となっているいくつかの基準の合体】でも述べられているのですが、相互の関係があまりよくわかりませんでした。それで、済みません、確認なのですが、【「が」の役割として、主語の提供であれば、「特定・強調」の意味は自明なので、あえて言う必要はなく、主語の提供でない場合は、「特定・強調」の意味になる】という意味ですか?

これについては、私は「が」の役割は、単純に「主格の提供」でいいのかなと思うようになりました(「主語」と「主格」の違いは、長くなるので、取りあえず省略させていただきます)。また、「が」の役割は、「主格」の提供の他に「対象」の提供などもありますが、それは、ここでは、省略しての話です。

[質問3]
4番目の<「初出か既出か」>ですが、これは、#9で、12nojigoroさんが、固有名詞か一般名詞かで異なるという話をされていますが、そのことも含めて改めて考えてみました。その結果、これについても、【主題提示の「は」】と【主格提示の「が」】で統一的に説明できるのではないかと思うようになりました。

例えば、以下の4例で、日本語の「書き出し」としておかしくないのは、例Aと例Dであり、例Bと例Cは、少しおかしいと思います。

例A:吉田太郎という男[が]いました。
   太郎は大声で歌を歌うのが好きでした。

例B:吉田太郎がいました。
   太郎は大声で歌を歌うのが好きでした。

例C:吉田太郎はいました。
   太郎は大声で歌を歌うのが好きでした。

例D:吉田太郎は佐賀県で農業を営んでいました。
   太郎は大声で歌を歌うのが好きでした。

!!!!!!!!!!<2000文字超えて、怒られました。続きは、「お礼」の方に書きますが、途中で切れるかもしれません。長々と書いて済みませんでした!>!!!!!!!!!!

投稿日時 - 2005-09-04 22:10:57

お礼

<長くなって、本当に済みません。補足からの続きです>

その理由を【主題提示の「は」】と【主格提示の「が」】で説明すると以下のようになります。

例Aは、「いました」--->「誰が?」--->「吉田太郎という男が」という関係で、主格を補っています。違和感はありません。例Bは、例Aと同じ構造なのに違和感があるのは、「いました」--->「誰が?」--->「吉田太郎が」と言われたときに、「吉田太郎」について、あらかじめ情報がないからおかしいのだと思います。要するに、「誰が?」と聞いているのに、知らない人の名前を言われても困るということだと思います。

例Cの1行目は、意味的には「吉田太郎について言うと、いました。」となりますが、「吉田太郎について」話すのですから、吉田太郎が「いること」は自明です。自明なのに「いました」とだけ言うのは意味がないので、おかしい感じがするのだと思います。その証拠に、例Dは、例Cと同じ「は」ですが、おかしく感じないのは、「います」以上の情報を提供しているからだと思います。

それで、hakobuluさんに提供していただいた「初出か既出か」に関する以下の例文ですが、この文を読んだとき(文法的なことを考える前に)、やはり、日本語として何かしっくり来ない気がしました。それで、理由を考えると、結局、上記の例Cと同じことではないかと思いました。

例E:「佐賀県に吉田太郎という男[は]いました。
   小学校卒業後、引越しがあり、東京の中学に入学しました。
   ----------<以下省略>----------------------

[仮統一理論について]
以上のことを考え、結局、仮統一理論は、以下のように、さらに単純化してしまったらどうかと思うようになりましたが、お考えがありましたら、お知らせください。

<仮統一理論>
(1)「は」は、主題を提供する。
(2)「が」は、主格を提供する。
  ただし、「が」については「対格の提供」その他の機能もあり。

投稿日時 - 2005-09-04 22:16:44

ANo.10

なかなか興味深い話で、とても気に入っています。

よくよく考えてみますと、主語・述語、主格・従属各などの言葉は、西洋から明治期に入ってきた言葉を、日本語訳した言葉のようにも思えてきました。

日本語には、用言と体言と言う事場が有りますが、これが、本来の日本語の根本だったのかもしれませんね。

ですから、英語では、形容詞は、名詞を修飾する言葉なのに、日本語では、名詞を修飾するとともに、用言として、動詞のような役割をしています。

そういった面から考えますと、助詞「は」の場合、明らかに体言が主語となっています。
一方「が」の場合、連用形のように、用言の修飾のような形で使われています。

電話「は」鳴った。
の場合、文の中心は、電話ですが、
電話「が」鳴った。
の場合、中心となる言葉は、鳴ったとなります。

色々読んでいますと、いかに自分が、日本語を知らないか、身にしみます。

投稿日時 - 2005-09-03 11:43:00

補足

ご回答ありがとうございます。

>日本語には、用言と体言と言う事場が有りますが、.....

用言・体言という視点でこれまで考えたことがなかったので、大変興味を覚えました。たまたま、昨日、「日本語に主語はいらない」(金谷武洋、講談社選書メチエ)を読んでいたところ、相通じる考えを見つけて、なるほどと思いました。この本では、日本語の基本文を以下の3種と考えています。

(1)形容詞文(例「愛らしい」)
(2)名詞文(例「赤ん坊だ」)
(3)動詞文(例「泣いた」)
(形容動詞文は、名詞文と同等扱いです)

用言・体言で考えると、(1)と(3)は用言文、(2)は体言文と考えられますね。いずれにしても、主語は不要ということになります。

私は、初め、「日本語に主語はいらない」などという馬鹿げた考えは全く理解できませんでした。何故かというと、実世界では、動作をする主体や、どういう状態であるかを示す対象が存在しないなどいうことはあり得ないので、「主語」がなければ、実世界について語れないと思い込んでいました。

ところが、これは、米仏語の文法に洗脳されていたことがわかりました。この世界に「主体」があることは事実だけれども、それを文章で表現するのに「主語」という概念を取り入れなければならない必然性は全くないことがわかりました。「主語」がなくても、主体「について」は、いくらでも語ることができるわけです。そして、米仏が「主語」中心の文法構造(主語により動詞が活用するなど)なのに対して、日本語は「述語」中心だということがわかりました。「述語」に対して色々なもの(主格、対格など)を補足するという構造です。

この結果、「テレビを見ます」「いい天気ね」「早かったわね」「火事だ」「ぼくはうなぎだ。(ぼくが注文したいのはうなぎだの意味)」などの文が、決して主語が省略されているわけではなく、文法的に不完全なわけでもなく、日本語としては完全な文であることがわかり、目からウロコの感じがしました。

逆に英仏語では、「テレビを見ます」を"watch TV"と言いたくても、"watch"が主語によって語尾変化するので、主語を決めないとものが言えないという構造上の制約があるために、言いたくても、言えないという事情があるわけです(スペイン語やイタリア語では、動詞の活用はあるので、文の中に動詞は必要だけれども、活用形がわかれば、主語は自ずと推測が付くので、特別強調したい場合以外は、主語は表現しないと聞きました)。

ちょっと、話がそれますが、日本語の構造が韓国語に非常に良く似ていることに興味を感じていましたので、「は」と「が」の関係が韓国語では、どうなっているのか「教えて!goo」で聞いてみました。すると、全く同じ使い方なので、びっくりしました。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1625027

投稿日時 - 2005-09-04 19:38:39

お礼

新しい視点で、何度かご回答いただきありがとうございました。

投稿日時 - 2005-09-22 22:34:55

ANo.9

これまでの説明にありました、

(1)主語に力点を置く「が」/述語に力点を置く「は」

という使い分け方の他にも、

(2)「が」は初出の情報/「は」は既出の情報

という使い分けもあるそうです。桃太郎の出だしがこれですね。これも(1)の強調の一種、つまり主語が初出であることに力点を置いていることを表しているのかもしれません。これで、<例文C><例文D><例2>は説明がつくと思います。有名人の名前も既出と考えると、<例1>もこれに入ると思います。

ただこの使い分けは、主語が固有名詞か一般名詞かで変わってくるように思います。読者が全く知らない固有名詞にそのまま当てはめて、

 吉田太郎[が]、佐賀県に生まれた。<例文B>

といきなり書くと、読者は(1)の主語の強調と捉えてしまい、その固有名詞の背景や状況に関する知識がないので、なぜ強調するのかとか、他の誰と比べて強調させているのかが分からず、違和感を感じるのではないかと思います。もしこの文の前に、例えば吉田家の歴史とか、吉田太郎が属するグループの他のメンバーの紹介とかが書かれていると、おかしくないかもしれません。

そこで、固有名詞を初めて出すときは、紹介という形で

 吉田太郎[は]、佐賀県に生まれた。<例文A>

とか、一般名詞を主語にして、

 吉田太郎という男[が]佐賀県に生まれた。

などとすると、違和感がなくなるのだと思います。

一般名詞の場合に、初出で「が」をつけてもおかしく感じないのは、例えば、
「男」<->「女」
「おじいさんとおばあさん」<->「中年夫婦」「子供たち」など
「電話」<->「チャイム」「目覚まし時計」など
「海」<->「空」「野原」など
のように、何と比べて強調しているかがイメージしやすいからかもしれません。

投稿日時 - 2005-09-03 00:53:28

補足

>「が」は初出の情報/「は」は既出の情報

これについての説明は、大変明解ですばらしいと思いました。というのは、以前、初出の「が」と既出の「は」について、何かの本で読んだのですが、その本では、「昔昔、あるところに、おじいさんとおばあさん[が]いました。おじいさん[は].....」と「我輩[は]猫である。」の両方の例を挙げて、結局、おかしいという結論になっていました。でも、今回、12nojigoroさんの説明を読んで、普通名詞なら成り立つことがわかり、とてもすっきりしました。また、「吉田太郎[は]」と「吉田太郎という男[が]」の違いは、なるほどと納得しました。

<回答者の皆様へ>
ここからは、回答者の皆様への補足なのですが、皆様の回答を読ませていただいて、一つ一つ、なるほど、そうだなーと思うことが多いのですが、実際、自分で色々な例文を考えて説明しようと思うと、「主格か従属格か」、「特定対象か不特定対象か」、「力点をどこに置くか」、「広範か局所的か」、「初出か既出か」など多くの理由の中から、その時その時で、これかあれかと迷ってしまいます。何か「統一理論」みたいのがあって、それ一本でスパッと割り切れないかなぁと考えました。それで、あらためて、色々な本を調べてみました。その中で、昨日見つけた「象は鼻が長い」理論が、まだ読みかけで正しく理解してないかも知れませんが、とりあえず、スパっと割り切れるように感じました。この理論で説明すると、皆様からいただいたいくつかの理由もさらに納得いく部分がありました。

この理論は、突き詰めると「日本語には主語がない」と考えているようなので(まだ、正確には読み切ってないので、勘違いかも)、強烈な反対意見も多いようですが(そもそも、国語教育では採用されていない)、私としては、かなり納得してしまいました。

この理論によると、「は」は、単純に主題の提示機能をみなします。「~~は」は「~~について話すと」という主題提起の意味になります。そのため、それ以降の文の部分との間に、スパッと切れ目を入れることになります。文全体が「~~は」の傘の下に置かれることになります(局所的でなく、広範囲の影響という性質はここから説明できます)。

「が」については、述語の補語のような役割になり、「~~が~~する」の場合は、「~~する」に対する主格を「~~が」で補う。すなわち、「~~する」だけだと、「誰が」が問題になるので、「~~が」という補語で補うという考えです。従って、「~~が~~する」文は、主語はなく動詞だけの文ということになります。

この理論で最初の例文を考えると、以下のように説明できます。

<例文A>
吉田太郎[は]、佐賀県に生まれた。(「吉田太郎について話すと」という主題提起の意味)
6歳まで何不自由なく子供時代を楽しんだ。
状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。(「中学に入った」に対し、「誰が」を補足)

<例文B>
吉田太郎[が]佐賀県に生まれた。(「誰が」に対して知らない人を出されても困るのでおかしい。12nojigoroさんのおっしゃるように、「吉田太郎という男が」なら良いわけです。)
6歳まで何不自由なく子供時代を楽しんだ。
状況が一変したのは、太郎[は]中学に入ってからだ。(すでに、太郎を主題として提起しているのに、もう一度、主題提起するのは、おかしい)

こんな感じですが、皆様はどうお考えでしょうか?

投稿日時 - 2005-09-03 11:08:22

ANo.8

手元にある日本語教師用の本で調べてみました。
まず助詞「が」は主格を表し、最寄りの用言(動詞、形容詞、
形容動詞)にのみ係ります。
主格として話題を限定する必要がある場合に使われます。

また助詞「は」は用言に関係のある語について
その陳述に勢力を及ぼす、つまり一語の用言だけでなく
以下の文章全体に係るそうです。
「が」と違い、改めて話題の限定をするのではなく
一般的な意味合いが大きいようです。
またすでに特定してある人や物、指示されているものにも
主題として提示できるそうです。


この文章の
吉田太郎が~、吉田太郎は~ の場合。

「が」は眼前に展開されている場合に使われます。
また特定する必要がある場合に使われます。
たとえば「誰が佐賀県に生まれましたか。」といった
質問に対しては「吉田太郎が~」と答えることになります。

今回の場合は
話題の中で「吉田太郎」という人が最初から特定されて
発話以前にわかっていて特に限定する必要がないので
「吉田太郎は~」という文章が自然なのだそうです。

太郎( )中学に入ってから、状況が一変した。
に直してみます。

状況は太郎自身の生活や性質の状況ではなく
太郎をとりまく周りの状況ということだと
考えられます。
太郎≠状況ということです。

そうであれば、太郎については「中学に入ってから」までにしか
係りませんので、最寄りの用言「入って」に係るためには
「が」ということになります。
「は」はこの文章の全体にかかる性質を持つからです。

参考URL:http://www.jpf.go.jp/j/urawa/j_rsorcs/jrs_02_syousai/hand_book3.html

投稿日時 - 2005-09-02 00:11:55

お礼

ご回答ありがとうございました。

>太郎については「中学に入ってから」までにしか係りませんので....

下の例文で確かめて見ましたが、確かに、「は」は広く、「が」は局所的にくっついてしまうので、(2)はOKでも、(1)はおかしいですね。

(1)太郎が[弟の次郎が]中学に入ってから、状況が一変した。
(2)太郎は[弟の次郎が]中学に入ってから、状況が一変した。

投稿日時 - 2005-09-02 20:38:21

ANo.7

なかなか面白いですので、3回目ですが。

>2)主格の「が」
 例1)私[が]吉田太郎です。
 例2)電話[が]突然鳴り響いた。
 例3)佐賀県に吉田太郎という男[が]いました。

1)の場合も2)の場合も、「私」、「電話」が主格とは思えないのです。
1)の場合、「私が、吉田太郎です。」は、「吉田太郎は、私です。」と同じ意味になり、「私は、吉田太郎です。」は、「吉田太郎が、私です。」と同じ意味になるように思えます。
つまり、言いたい事の中心が、「私」なのか、「吉田太郎」なのかだと思います。

「電話が鳴り響いた。」の中心は、「鳴り響いたのが電話である。」のであり、「電話は鳴り響いた」の場合、電話がどんな状況にあったのかを言いたいのではないでしょうか。

>例3)佐賀県に吉田太郎という男[が]いました。
3)は、完全に従属格でしよう。
主文は、「佐賀県にいました。」で、その人は吉田太郎です。という意味ですから。
英語のthere is と同じ意味と解釈できます。
英語の場合は、必ず主語が必要ですから、there を用いていますが、スペイン語では主語を省略した場合、hayを使います。
この場合、「~がある」と訳します。
Hay yoshida en sagaken. (吉田が佐賀県にいる)
一方、Yoshida esta en sagaken.(吉田は佐賀県にいる)
といった言い方もあります。

これと全く同じだと、今気が付きました。
なにか、今までhayの使い方と、ser 動詞の使い方が、この質問を考えることによって、理解できた気がします。

投稿日時 - 2005-09-01 23:29:34

補足

たびたびご回答ありがとうございます。

>1)の場合も2)の場合も、「私」、「電話」が主格とは思えないのです。

つまり、この2つの文には、「主格」はないという意味ですか?それとも、吉田太郎が主格だという意味ですか?

>「電話が鳴り響いた。」の中心は、「鳴り響いたのが電話である。」のであり、......

つまり、「電話[が]突然鳴り響いた。」という文は、基本は「突然鳴り響いた。」という動詞文で、「何が」を説明するため「電話[が]」という補語(主格ではなく、補足説明)を付加したという意味ですか?

>3)は、完全に従属格でしよう。
あーなるほど。おっしゃっている意味はわかったような気がします。「佐賀県にいました」、「誰が?」。「佐賀県に[吉田太郎という男が]いました」という関係ですね。

ただ、ここでは、「吉田太郎という男」は名詞句なので、構造的には、「佐賀県に吉田がいました」と同じなので、「主文・従文」構造でなく短文ですね。「佐賀県にいました」という短文に「吉田太郎という男が」という補語(説明の補足)を付加したと考えた方が良いような気がします。従属格というと、「主文・従文」構造をイメージしますので。

それをさらに発展させると、「いました」を主文と考え、「どこに?誰が?」を補足するため、「[佐賀県に][吉田太郎という男が]いました」となり、構文的には、例2と同じになりますね。従って、これも「主格」なしの「動詞文」と考えても良いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

>Hay yoshida en sagaken. (吉田が佐賀県にいる)
おもしろいですね。hayの単独の意味は何ですか?英語のThereですか?

投稿日時 - 2005-09-02 20:20:49

ANo.6

ご返事ありがとうございます。

わたしも、よくわからないのですが、
「太郎[は]中学に入ってから、状況は一変した。」が、おかしいのは、
おっしゃる通り「>太郎に力点を置くため」[が]を使うべきだからだと思います。

kobareroさんに言われて気付いたのですが、
これは、
「太郎[は]中学に入った。」と「状況は一変した。」という文を「それから」でつないだものなんですね。
そして、強調したいのは「状況は一変した。」という事実。

強調するためには、
「太郎[が]中学に入ってから、状況は(または状況が)一変した。」
よりも、
「状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。」
と、状況の変化を先に持ってきた方が効果的と考えた(無意識でしょうが)のではないでしょうか。

どちらにしても、「状況が一変した」ことを伝えるのが重要であって、
この文においては、太郎に言及する(何をしたか?と。)ことは、
「暗黙の了解」が得られておらず(極端な話「太郎の父が○○歳の時」でもいいわけです。)、
「太郎[が]」とせざるを得ないのだと思います。

投稿日時 - 2005-09-01 22:23:07

お礼

ご回答ありがとうございました。

確かに「状況が一変した」というのがこの文が強調したい点で、そのため、「状況が一変したのは、太郎[が]中学に入ってからだ。」いう語順になるんですね。

そして、述語の部分で「中学に入ってからだ」とだけ言うと、「誰が?」と問われるので、「太郎の父」ではなく、「太郎が」と予め入れて置くわけですね。

だいぶわかってきました。

投稿日時 - 2005-09-02 19:41:03

ANo.5

◎吉田太郎[が]佐賀県に生まれた。

1、「吉田太郎」は、
「佐賀県に生まれた。」だけではなくて、
「6歳まで何不自由なく子供時代を楽しんだ。」にも掛かっている主語だと思います。

2、「が」は「は」に比較して、述語である動作や状態よりも、
「誰が」という、主語を特定する事に力点を置く意味合いが強いように思います。

「海は広い」は、
海に言及する事に暗黙の了解があった上で、「広い」ということに力点が置かれるが、
「海が広い」は、
広いのが空でも野原でもなく、「海」という事を特定する事に力点が置かれるように。

以上の理由で、「(吉田太郎[が])6歳まで何不自由なく子供時代を楽しんだ。」
という文章において「子供時代を楽しんだ。」事に力点を置く意図があるにも拘わらす、
主語に[が]が使われている為、不自然に感じられるのだと思います。

 ----------

◎状況が一変したのは、太郎[は]中学に入ってからだ。

この文の主語は「状況が一変したのは」という文節だと思います。
「中学に入ってからだ。」に掛かっており、
「誰が?」という事を特定する為に「太郎[が]」と挿入されているので、
「太郎[は]」だと、全く意味をなさなくなるのだと思います。

投稿日時 - 2005-09-01 14:18:14

お礼

ご回答ありがとうございました。

何に力点を置くかで、「は」と「が」の違いが出てくるというのは、確かにそうですね。納得です。

後半の「状況が一変したのは、太郎[は]中学に入ってからだ。」については、以下のように順番を変えるとどうなりますか?

「太郎[は]中学に入ってから、状況は一変した。」

ここは、やはり「が」でないとおかしいような気がしますが、その理由は、太郎に力点を置くためでしょうか。これは、2つの文と考えたほうがいいのかも知れませんが、よくわからなくなりました。

投稿日時 - 2005-09-01 20:51:12

ANo.4

1番です。

例文C
>佐賀県に吉田太郎という男[が]いました。

助詞[は]が省略されていると考える事ができます。
佐賀県に[は]、吉田太郎という男[が]いました。
この場合、主語は、佐賀県になります。
「佐賀県には、吉田太郎と言われる人がいるんだよ。」
>佐賀県に吉田太郎という男[は]いました。
この場合、主語は、吉田太郎となり、
「吉田太郎という人は、佐賀県にいたんだよ。」
と解釈できると思います。

>中学校では、太郎[は]いつもクラスの人気者でした。
この場合は、主格が2つで、従属格が二つと考えられます。
「学校では人気者でした。」と、
「太郎は人気者でした」の二つの文が、一つの文に統合されたと考えるのはいかがでしょうか?

>中学校では、太郎[が]いつもクラスの人気者でした。

この文章の場合、「中学校での人気者は、太郎だったんだよ。」という意味になり、2つの文の意味が変わってくると思います。
太郎だけをを主語とすれば、
「中学校で、太郎は人気者でした。」となるはずです。

細かく突かれると分からなくなってしまいます。

投稿日時 - 2005-09-01 11:16:18

補足

ご回答ありがとうございます。

「主格・従属格」の考え方が面白いので、ご回答の説明を色々考えてみたのですが、結局、「従属格」の「が」と、それとは別に、主格の「が」と、この2種類を考えた方が良いのではないかと思いました。

(1)従属格の「が」
 例1)私[は]、彼[が][学校へ行くのを]見た。
 例2)これ[は]、彼[が]買った本です。

(2)主格の「が」
 例1)私[が]吉田太郎です。
 例2)電話[が]突然鳴り響いた。
 例3)佐賀県に吉田太郎という男[が]いました。

 例3は、「佐賀県に」または「佐賀県には」のいづれであっても、副詞句ではないでしょうか?

従って、当初の質問は、主格の「は」と従属格の「が」の関係に関するものではなく、主格の「は」と主格の「が」の関係に関するものだと思います。

投稿日時 - 2005-09-01 13:52:26

ANo.3

<例文A>は単に事実を述べているだけです。

<例文B>の、『吉田太郎[が]佐賀県に生まれた。』は、生まれることをみんなが待ち望んでいたとか、後に有名人になるとか、他の人とは違う、特別の人だということを暗示しています。

『太郎[は]中学に入ってからだ。』は間違いです。

無理に解釈すれば、他の人たちはいろいろな時期に状況が一変しているが、太郎の場合は中学に入ってからであった、という意味に解釈できます。

ですから、『太郎[は]中学に入ってからだ。』ではなく、『太郎の場合[は]中学に入ってからだ。』とすれば無理なく意味が通じます。

投稿日時 - 2005-09-01 10:13:10

お礼

ご回答ありがとうございました。

ちなみに、質問の意味は、何故<例文A>は問題ないのに、<例文B>は変なのか”その理由”が知りたいということです。

投稿日時 - 2005-09-01 13:16:19

ANo.2

「は」の場合、一般的な不特定対象への表現で「が」の場合、特定対象への表現ではないかと思います。「The ~」と言った感じではないでしょうか?

例えば
・私はやります。
と言う場合は他にもやる人がいてその中の一人として自分も参加しますと言う感じで、
・私がやります。
と言う場合は他に誰もやらなくても自分だけはやります。と言った感じではないでしょうか?

例文A
>吉田太郎[は]、佐賀県に生まれた。
の場合は一般的な説明で佐賀県のとあるところに赤ん坊が生まれました。そのうちの一人は吉田太郎といいます。と言った感じだと思います。

>太郎[が]中学に入ってからだ。
前文で紹介した吉田太郎を断定して指しているため「が」となっているのだと思います。

>吉田太郎[が]佐賀県に生まれた。
の場合はまさに目の前にいるこの子が吉田太郎です。と言った断定した感じだと思います。

>状況が一変したのは、太郎[は]中学に入ってからだ。
前文で吉田太郎はこの人だと断定しているのに後からどこかの太郎さんがと言った表現になったためおかしく感じるのではないでしょうか?

また、状況が一変したと言うのが文章の焦点であると思いますが「~は」の前に文章の焦点がくるのはおかしいです。
太郎は中学に入ってから状況が一変した
のように章の焦点を「~は」の後ろに持ってくればおかしくなくなるのではないかと思います。

投稿日時 - 2005-09-01 09:54:30

補足

ご回答ありがとうございます。なるほどと思って読ませていただきましたが、具体例を考えてみると、また、わからなくなってしまいました。

例えば、例1、例2で、ホリエモンや田吾作は、特定対象だと思うのですが、何故「が」ではなく「は」なのでしょうか?

<例1>皆さんご存知のあの有名なホリエモン[は]、久留米市で生まれました。
<例2>沖ノ島に一人のじいさんがいました。名前を吉田田吾作といいます。田吾作[は]、子供とたちと遊ぶのが大変好きだした。

投稿日時 - 2005-09-01 13:10:46

ANo.1

助詞「は」は、主格を表す格助詞、「が」は、従属各を表す格助詞だと思いました。

英語の関係代名詞の関係を、関係詞ではなく、助詞で表すのが「が」だと思います。

私{は}、彼{が}、[学校へ行くのを]見た。

の場合は、(私は、見た。)が主文で、(彼が、学校へ行くのを)が、(見た)の目的語になります。

また、
彼女が、電車に乗るのを見た。

の場合、主格の主語(私は)が省略されているとみるべきでしょう。

>吉田太郎[が]佐賀県に生まれた。
の場合、主格が無くて、従属格のみですから、おかしく、
>状況が一変したのは、太郎[は]中学に入ってからだ
の場合、主格が並んでしまっているので、おかしいのだと思います。

投稿日時 - 2005-09-01 09:09:21

補足

英語の関係代名詞と比較した考え方は面白いですね。ご回答の説明に基づいて考えて見ましたが、どうもうまく説明できない例が出てきてしまいます。

例えば、例文Cでは、「主格が無くて、従属格のみ」でもおかしくないし(1行目)、「主格が並んでしまってい」てもおかしくない(3行目)ように思います。逆に、例文Dのように、「は」と「が」を入れ替えると、却っておかしくなってしまいます。どうしてなのでしょうか?

<例文C>
佐賀県に吉田太郎という男[が]いました。
小学校卒業後、引越しがあり、東京の中学に入学しました。
中学校では、太郎[は]いつもクラスの人気者でした。

<例文D>
佐賀県に吉田太郎という男[は]いました。
小学校卒業後、引越しがあり、東京の中学に入学しました。
中学校では、太郎[が]いつもクラスの人気者でした。

投稿日時 - 2005-09-01 10:16:09

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