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解決済みの質問

JR 「ドアが閉まります」 ???

JR東日本で電車のドアを閉める時、車掌さんは「ドアが閉まります」と言われますが、いつも???。閉まるのではなく閉めるのではないかといつも思います。「ドアを閉めます」と言うのが、適切ではないのでしょうか。ドアは車掌さんが操作をしないと閉まらないのにこれでは、自動で閉まるように聞えるのは誤りですか。

投稿日時 - 2005-11-20 08:23:18

QNo.1790003

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

imagineさんが質問であげられている「適切」か否かは、文法的な正確さというより、NO14sidekobusiさんがずばり指摘されているように「主体性」の欠如に対する違和感なのではないでしょうか?

「ドアが閉まります」は純文法的な意味では間違っていないと思いますが、車掌にお前は木偶の坊かと突っ込みたくなります。

投稿日時 - 2005-11-20 11:06:42

お礼

ご回答ありがとうございます。

>「主体性」の欠如に対する違和感なのではないでしょうか?

確かに!

>車掌にお前は木偶の坊かと突っ込みたくなります。

おもわず、大笑いです(^O^)

投稿日時 - 2005-11-20 11:15:10

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26人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(31)

ANo.31

 こんばんは。再び#26です。丁寧なお礼をありがとうございました。

>中国語では同様の事例があるとしたらどうなのでしょうか。

 中国語の場合、どちらでも平気に使えるじゃないかと。(すみません、中国人なのに、自信がありません。)それに、他動詞を使っても自動詞を使っても聞き手にあまり違いを感じられないように思います。話す時に恩着せがましい言い方を避けたり、相手の心に傷をつける気を使ったりすることもめったにないので、どちらかと言うと、ストレートに意見を述べるのが好きだと思います。

 最近、金田一春彦さんの「日本語」という本の中国語版を読んでいます。なかなかいい本で、納得したところが多いです。原作も手に入れたいです。中にこんな例があります。

1.お茶碗が割れた。
2.お茶碗を割りました。

 金田一春彦さんがおっしゃるには、主人が自分でうっかりとお茶碗を割った時に、主人は2(はっきりと自分の責任にする)のような言い方を使うに対して、客がお茶碗を割った時に、主人は1(客をたいへん苦しい立場に立たせないため)のような言い方を使うそうです。(あっていますか^^。)

 この例から、また日本人の心遣いが窺えますね。素晴らしいと思います。

投稿日時 - 2005-11-22 23:23:19

お礼

再度のご回答ありがとうございます。

金田一春彦先生のお話、参考になりました。

>金田一春彦さんがおっしゃるには、主人が自分でうっかりとお茶碗を割った時に、
>主人は2(はっきりと自分の責任にする)のような言い方を使うに対して、客がお茶碗を割った時に、
>主人は1(客をたいへん苦しい立場に立たせないため)のような言い方を使うそうです。(あっていますか^^。)

適切な解説と思います。
なるほど、納得ですね。

>この例から、また日本人の心遣いが窺えますね。素晴らしいと思います。

確かに【素晴らしい心遣い】とも思います。
しかしながら、婉曲・あいまい・事なかれ主義・分かりにくいともいえます(TT)
日本人の国民性(文化)なのでしょう。
どうも、大局的に日本人は現状肯定的で改革的ではなく、変化を積極的に好まないように感じます。

わたしは日本語・英語・インドネシア語以外はほとんど知りません。しかしながら中国語の合理性には目を見張るものを感じてます。文化的な面はよく知りませんが、言語としては中国語が全世界で最もすぐれた?言語との認識をしてます。

だいぶお話が脱線しすみません。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2005-11-23 07:11:13

ANo.30

わたしには
c)ドアが閉まるのだから早く乗りなさい。挟まってしまったら痛い思いするのも多くの他の乗客に迷惑かけるのもあなたの責任ですよ。

に聞こえます^^;


まったく同感です。
いいえ、私の場合はそうとしか聞こえない。自分の心の狭さが悲しい。

投稿日時 - 2005-11-21 22:52:07

お礼

ですよねー
同じように聞える方がいらっしゃって安心^^;

投稿日時 - 2005-11-22 00:11:55

こんにちは。。
このようなことを、疑問に思うことはいいことですね。

まず、国語文法的には質問者さんが言っている通りです。
が、日本には相手や、この場合では『お客さま』をどうにかこうにかへつらう習慣があります。
これは日本人には染み込んでしまってるためimagineさんが言うよう、(普通の文法からすれば)間違った言葉として使ってしまうのです。

「ドアを閉めます」→"閉めます"では日本人は無意識的に「これではぶっきら棒な言い方かな?」と感じ、
間違った文法でもここでは柔らかく感じる"閉まります"のような言い方に変えてしますのです。


「めます」と「まります」。日本人は文法的な正確さより、感じ方で言葉を選びます。


つまり、どちらが正しいかと言ったらもちろん質問者さんが正解なのです。
だから、「間違った文法でも、日本人は聞き心地がいい言葉を使う」といった結論になりますね^^
言ってしまえば、『日本人的特質敬畏語』という分野なのかもしれません(笑)
だから、日本語を学ぶ外国人の方も、この『日本人的特質敬畏語』に苦闘するのでしょう。

参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2005-11-21 12:07:08

お礼

ご回答ありがとうございます。

外国人が日本語を学ぶのは至難ですね・・・

投稿日時 - 2005-11-21 13:24:30

ANo.28

 「車掌(or遠隔操作の場合は遠隔地にいる担当者等)がキチンと、開閉用ボタンを押しましたから「ドアは閉まる筈です」(開閉システムに異常がない限りは)が粗、本質だと私は捉えます。

 ですけど、上記の本質が「非常に理屈っぽい」のも明確ですから、「ドアを閉めます」よりも「ドアが閉まります」と言う表現が多用される羽目(!?)になるのかも知れませんね。(苦笑)

 私は「太陽が沈む」自然現象とは異なるが故に「ドアを閉めます」派ですが、「ドアが閉まります」との表現を

a)「乗客の立場を尊重し、慮っている」のか?

b)「(車掌等がキチンと押したのだから)万一、トラぶっても(ドア開閉関連システムの)機器類のメーカーの責任であって・・」と責任回避を暗に匂わしているか?

は個々の乗客の捉え方によるのでしょう。

 (誤り云々ではなく)厳密性と言う点からは矢張り、「ドアを閉めます」に分がある、と私個人は断言しますが、如何でしょうか?

 

投稿日時 - 2005-11-21 09:10:20

お礼

ご回答ありがとうございます。

わたしには
c)ドアが閉まるのだから早く乗りなさい。挟まってしまったら痛い思いするのも多くの他の乗客に迷惑かけるのもあなたの責任ですよ。

に聞こえます^^;

投稿日時 - 2005-11-21 13:22:31

ANo.27

NO26さんの

「私はあなたにドアを閉めてあげるよ」(「ドアを閉めます」)のような恩着せがましい言い方を避けているのではないでしょうか。

は?ですが、日本人が他動詞を好むという点はなるほどと思います。

そして、ここが分かれ目なんですかね。気を使ってくれていると感じるか、もっと自己主張しろ、自分の所在を明確にしろと感じるかの。

投稿日時 - 2005-11-21 02:16:44

お礼

なるほど!
納得性ありますね。

投稿日時 - 2005-11-21 06:49:30

ANo.26

 こんばんは。私は中国人です。大学時代の日本語の先生の講義を思い出しました。先生は以下のような知識を教えてくださいました。ここで生かせるかどうか自信がありませんが、ご参考になればと思い投稿させて頂きます。 間違えましたら、お許しください。

 日本人は他動詞を使って自分の行為を強調するよりも、自動詞を使って自然にそうなったのだ、とする表現方法を好む傾向があるようです。「お湯が沸きました。」、「ご飯が出来上がりました。」、「お茶が入りました。」など、自然現象のことを言うように、相手に恩着せがましい言い方を避けるのです。非常に気を使っていて、親切な言い方だそうです。

 おそらくご質問の「ドアが閉まります」もこれと同じで、「私はあなたにドアを閉めてあげるよ」(「ドアを閉めます」)のような恩着せがましい言い方を避けているのではないでしょうか。

 皆様のご回答も興味深く読ませていただいています。失礼致します。

投稿日時 - 2005-11-20 23:00:24

補足

おおお!
中国の方ですか。
中国語では同様の事例があるとしたらどうなのでしょうか。
もっとも、諸外国では社内のアナウンスはほとんどないと聞いた覚えがありますが・・・。
仮に、大学時代に日本語の先生から教えて頂いた当該日本語の使い方は中国語にあるのでしょうか。
本件に関し、世界で最も優れた言語と言われる中国語に興味あります。

投稿日時 - 2005-11-21 06:41:42

お礼

ご回答ありがとうございます。
大学での日本語の先生のお話は興味深いです。

なるほど!

投稿日時 - 2005-11-21 06:47:27

ANo.25

再投稿です。
たくさんの意見が出て賑やかになってきました。
話を元に戻して、「ドアが閉まります」というのは"擬人化"の用法とみればさしたる問題はないと思えてきました。
文章の主語として、人,物を使ってもいいことになっていますから、うがった考えをする必要はないと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 21:05:51

お礼

再度のご回答ありがとうございます。

確かに文法的にはおかしくないようですね。

しかしながら車掌さんの責任のがれの様にも聞こえます。

やはり『ドアを閉めます』の方が、車掌自身の責任感、主体性が感じられ、心地良く馴染みます(^^)。

投稿日時 - 2005-11-21 06:40:55

ANo.24

 面白いテーマです。
 でも、意見が分かれるのは、文面から想像する状況が人によって違うからかも知れません。
 (こういう話題に対して例を挙げると話がややこしくなるかも知れませんが・・・)
 整然と客が乗り降りした後にアナウンスがあった場合と、杖をついたお年寄りがゼーゼー言いながらやってきて、あと一歩というところで「ドアが閉まります」と扉を閉められた場合では違いますよね。
 障害者やお年寄りが乗り降りしようとしている時に、バスや1両編成の列車だったら、どうでしょう?

投稿日時 - 2005-11-20 19:48:34

お礼

ご回答ありがとうございます。

やはり、「ドアを閉めます」がより適切かと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 19:56:18

ANo.23

うまく説明できないのですが、「ドアが閉まります」は相手への呼びかけらしきものを行っておきながら、巧みにその当事者の立場から逃げているので気になるのだと思います。
「ご飯ができたよ」はその意味での逃げがないので受け入れられるのでは?

投稿日時 - 2005-11-20 18:47:57

お礼

>相手への呼びかけらしきものを行っておきながら、巧みにその当事者の立場から逃げているので気になるのだと思います。

なるほど。
まったくその通りだと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 18:51:10

ANo.22

誤りでしょうね。

お母さんが「ご飯できたよー。」って家族に呼ばわるのは不自然ですか。「なぜ、ご飯作ったよー、と言わないのか、主体性をどう考える。おのれが作らんかったら出来んだろうが。この無責任女めが。」などと詰め寄るのでしょうか。

物事が順調に進んでいるとき、当たり前のことが当たり前におこなわれているときには、なべて自ずから成るがごとくに言いなすのが日本語の持ち前でしょう。

投稿日時 - 2005-11-20 17:35:07

お礼

ご回答ありがとうございます。

>物事が順調に進んでいるとき、当たり前のことが当たり前におこなわれているときには、
>なべて自ずから成るがごとくに言いなすのが日本語の持ち前でしょう。

なるほどです・・・。

投稿日時 - 2005-11-20 17:53:51

ANo.21

「何かがなされる/なされた」時、その事実を表現する方法として、以下の3つの方法があります。

(1)なす人を主語(あるいは、省略された主語)にして、他動詞を使う方法 (「私がドアを閉める」など)
(2)なされる物事を主語にして自動詞を使う方法 (「ドアが閉まる」など)
(3)なされる物事を主語として受身を使う方法 (「ドアが閉められる」など)

どれを使うかは、日本語文法の問題というよりは、社会心理が関係してくる場合が多いと思います。日本では、集団主義的傾向が強いですから、何か良い結果(成果)がなされた場合には、それを「私がやったのです」という表現をするよりは、「我々がやった」、「自然に出来上がった」、「皆様のお陰でできた」、あるいは、「それがなされた」などの表現が好まれる傾向があります(自己主張の抑制)。一方、何か悪いことがなされた場合も、集団主義的傾向により、「私がやった」とか「我々がやった」という表現ではなく、「不適切な対応があった」とか、「事故の原因は○○と思われます」などの表現によって「責任主体」をぼかす場合が少なくありません(責任回避)。

で、御質問の件ですが、この場合は、あえて自己主張すべき状況でもないし、また、責任回避を狙っているわけでもないので、表現としては、どちらでも良いのではないかと思います。問題は、むしろ、「ドアを閉めます」の場合、具体的にどういう表現にするのが良いかだと思います。恐らく、「ドアを閉めます」ではなく、「ドアを閉めさせていただきます」になるのかと思いますが、この表現はちょっと重いかなとも思います。

自動詞・他動詞表現のどちらを採るべきかは、色々考えると面白い問題が含まれていますので、以下にいくつか例を考えてみました。どう思われますか?

エレベーター嬢:「ドアが閉まりますので、お気をつけください。」
客: 「何、閉まりますだって? ドアが勝手にしまるのか? オマエが閉めるんだろう?」
エレベーター嬢:「お客様、おっしゃる通りでございます。私が閉めるのでございます。」
客: 「だったら、言い直せ!」
エレベーター嬢:「はい。ドアを閉めますので、お気をつけください。」
客: 「客に向かって、閉めますだって? 敬語を使え、敬語を!」
エレベーター嬢:「わかりました。ドアを閉めさせていただきますので、お気をつけください。」
客: 「よし。気をつけるぞ。」

自動エレベータの音声: 「ドアが閉まりますので、お気をつけください。」
客: 「何、閉まりますだって? ドアが勝手にしまるのか? オマエが閉めるんだろう?」
自動エレベータの音声:「.........」
客: 「(^^;」

夫: 「おい、ビールはないのか?」
妻: 「ビールは、冷蔵庫に入っています。」
夫: 「何、入ってます? ビールが自分で勝手に冷蔵庫に入ったのか?」
妻: 「いえ、実は、私が入れました。」

夫: 「風呂は?」
妻: 「もう、沸いてます。」
夫: 「何、沸いてます? 風呂が自然に沸いたのか?」
妻: 「いえ、実はさっき私が沸かしたのです。」

客: 「もう、閉店ですか?」
店主: 「はい、本日の営業は終了しました。」
客:「終了したんではなく、終了させたんだろうが!」

母: 「夕食の準備ができたわよ。」
子供: 「わーい。お父さん、夕食の準備ができたみたいだよ。」
父: 「おーそうか、お母さんが準備したんじゃなかったんだな。」

ウェイトレス:「こちらの席は、禁煙席になっております。」
客:「禁煙席になっているんでなく、お前らが禁煙席に決めたんじゃないのか?」

投稿日時 - 2005-11-20 14:27:42

お礼

ご回答ありがとうございます。

日本語は非常にあいまいで、つっこんで考えてみると面白いですね。
このあいまいさが日本の文化なのでしょうか・・・

おっと質問から離れてしまいそうでした。
よく理解できました。
ありがとうございます。 

投稿日時 - 2005-11-20 15:51:27

ANo.19

2つの要因があるように思います。

1、車掌は列車と一体であるという認識に基づいたアナウンスである。
車掌自体も列車の機能の一部という考えですね。
良い意味に考えれば、それだけ強い使命感の現われと解釈することもできるかもしれません。
(悪く考えれば閉めることによって何か不都合が生じても私の責任ではありません、という考えが根底にあるのでは?と疑ることもできそうですが・・・)
また、一体となることで列車を擬人化しているということもできるのかしれません。
(つまり、それほど愛着を持っている)

2、乗客には「ドアを閉める」という車掌の動作が確認できません。
あたかも自働ドアで「あるかのように」閉まります。
乗客からすれば「(誰かが)閉める」というより、「(人為的ではない力で)閉まる」という感覚の方がなじむだろうと判断し、そこを忖度しているとも言えそうです。
実際の自働ドアも、「踏む」あるいは「センサーを作動させる」という人為的な要素で閉まるので、厳密に言えば「自働ドアを開けた」ということになりそうですが、作用している回路が見えないために「(自働で)開いた」と表現する方が自然に聞こえるのでしょう。
本当に小さい(4,5人乗りぐらい)のバスなどで、ドアの開閉操作が見えるようであれば、恐らく「ドアを閉めます」と言うと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 10:55:33

お礼

ご回答ありがとうございます。
深いご考察に頭が下がります。
なるほど!

特に2は、私にとって納得性の高い回答です。

投稿日時 - 2005-11-20 11:01:13

ANo.18

誤りではないと思います。

扉の開閉を誰が操作するかに関係なく、目の前の扉は閉まります。乗客にとって重要なことは、その扉がまだ開いているのか、もうすぐ閉まるのかということですね。それならば「扉が閉まります」と扉を主語にしたほうが、わかりやすい。「扉を閉めます」では、扉を意識する前に、操作をする人の姿が浮かんできます。

英語の告知放送でも「次の停車駅はどこそこです。右側の扉が開きます」と言っています。


わたくも、JR東日本の告知放送で気になることがあります(笑)
「何号車は、どこどこの位置に停車します」という駅の告知です。
列車に乗るのは乗客なのですから、
「何号車をご利用の方は、どこどこの位置でお待ちください」と言うべきではないでしょうか。


蛇足
「耳ざわり」は「耳障り」と書き、不愉快な意味を表します。「手触り」と混同しないように気をつけましょう。

投稿日時 - 2005-11-20 10:48:54

お礼

ご回答ありがとうございます。

>「扉を閉めます」では、扉を意識する前に、操作をする人の姿が浮かんできます。

フム。なるほど・・・。

>英語の告知放送でも「次の停車駅はどこそこです。右側の扉が開きます」と言っています。

そうですか。英語はあまり論理的・合理的・繊細な言語とは感じてません。
正しい、中国語ではどのように表現するのでしょうか。

蛇足書き込み参考になりました(^^)。面白いですね。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-11-20 10:56:04

ANo.17

鉄道・バス会社の車内アナウンスは文法よりもまず「広告宣伝」優先ですから、乗客の安全や駅・停留所の案内はまともに聞くと馬鹿をみます。

たとえば、電車が次の駅に近づくと、
「次は○○駅。お買い物に便利な××デパートをご利用の方は次の駅で」
などとアナウンスしますね。これが鉄道会社にとっては重要な広告収入源ですから、それ以外の案内は時間の制限もあって、地元の人間でない限りよくわからない程度の案内しかしてません。

バスでは、愛知県豊田市内を走る某社の路線バス車内アナウンスは、
「…車内で回数券も販売していますので、せいぜいご利用ください」
客をなめてます。『せいぜい』ってなんやねん、と。
客商売でまともな日本語使えないのでは致命的なんですけど。

というわけで、交通機関の車内アナウンスに文法や礼儀を期待するのは間違いです。
気付いた方はそれを反面教師として、そうならないようにしましょうね。

投稿日時 - 2005-11-20 10:24:10

補足

お店に入り注文をするため、店員を呼ぶのに。
私は「お願いしまーす」と言いますが、多くの人は「すみませーん」と言うことに少々違和感を感じてます。わたしたちはお客さんとしてオーダーをすることが明らかなのに「すみませーん」は少々???

昼食を先にとりに行くのに「お昼、先に頂きます」???
「昼食お先に頂きます」でしょ!お昼は行かないよーとか。

「終電が無くなる」???
終電はあるよー。「終電に間に合わない」でしょ!
とか屁理屈を考えるのは私だけ???

投稿日時 - 2005-11-20 11:35:18

お礼

ご回答ありがとうございます。

>「…車内で回数券も販売していますので、せいぜいご利用ください」
>客をなめてます。『せいぜい』ってなんやねん、と。
>客商売でまともな日本語使えないのでは致命的なんですけど。
>交通機関の車内アナウンスに文法や礼儀を期待するのは間違いです。

思わず笑ってしまいました(^^v

投稿日時 - 2005-11-20 10:28:29

ANo.16

#8です。
「主体者のものでない」というのは、閉めるのが車掌なのに、その当事者が主語でないことがおかしい、という疑問でしょうか。

バスの運転手が、「次、止まります」という場合は、どうでしょう?
止める当事者の運転手が、「次の停留所に、バスが止まります」というのも、おかしいということになりますが、これも不自然に感じられるでしょうか。
「次、止めます」の方が、しっくりきますかね?

注文主から、「いつ家が完成しますかね?」と聞かれた大工さんの答えとしては、どうでしょう?
「来月中旬には、家を完成させます」がOKで、
「来月中旬には、家が完成します」が×でしょうか?

やはり、主語を何に置くかの違いだけで、いずれも正しい言い方だと思いますが・・・

投稿日時 - 2005-11-20 10:04:49

お礼

再度のご回答ありがとうございます。
なるほど、納得性ありますね。

質問の原点に戻り、ご指摘の解釈では「ドア閉まります」はドアが主語であり、問題はないとのことですね。
んんん・・・。私の中では馴染まないのですが・・・

投稿日時 - 2005-11-20 10:23:14

ANo.15

1)「(この電車は)**駅には停まりません。」
2)「(私はこの電車を)**駅には停めません。」
を比べてみてください。
2)では、「停める」「停めない」の選択が運転士に委ねられていると聞こえます。
実際に停止するための操作を行うのは運転士であっても、規定に則って、いわば機械の一部のように機能する場合には1)のように、動作主を表に出さない表現が自然に聞こえるのではないでしょうか。

ドアの開閉も、鉄道会社の規定で、どの駅ではドアを開けて何秒後にドアを閉めるということが定めてあるでしょう。
「チェックポイントの駅でダイヤとのズレを調整する場合や、駆け込み乗車などの乗客の安全確保のための臨時の措置、積み残しが出るほどのラッシュ時などの例外を除き、運転士が自分の意志で「もうちょっと閉めないでおこう」とか、「今度はすぐ閉めよう」とか勝手にできることではありません。
したがって、たまたま車掌という人間がスイッチを押す役目を受け持っていても、ことさらその動作主を際立たせる必要はないということでしょう。
乗客も「一定の時間の後にドアが閉められる(結果として閉まる)」ということを了解し、期待しているはずですから、「それがすぐ後に実現する」旨の通知と解すれば、問題にすることもないと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 10:01:59

お礼

なるほど!
ひとつの納得性がありますね。
すばらしい解釈ですね。

投稿日時 - 2005-11-20 10:14:23

ANo.14

 同感です。私もこの言葉に違和感を持って聞いていました。
 確かに、regist2001さんの『ソフトで耳ざわりがいいアナウンスとして使われているのではないでしょうか。』は正解だと思います。
 しかし、一方で車掌さんの責任回避の言葉の様にも聞こえるのは私だけでしょうか?
私は『ドアを閉めます』の方が、車掌自身の責任感、主体性が感じられ、心地良いですね。

投稿日時 - 2005-11-20 09:59:45

お礼

おおお!
私と同じことを感じていた方がいましたか(^^)

>私は『ドアを閉めます』の方が、車掌自身の責任感、主体性が感じられ、心地良いですね。

同感です!

投稿日時 - 2005-11-20 10:08:27

ANo.13

私が利用する西武鉄道・秩父線では「暖房(冷房)効果のため、いったんドアを閉めます…」とアナウンスしています。
JRの「ドアが閉まります」は聞きなれているし、ドアに注意をひきつけているというか、ドアに主体性を持たせているような表現と思えば耳障りでもなく、JRの車掌はそのような言葉で案内するように教育されているのだと思います。
なお西武鉄道・秩父線の場合は四輌編成(ワン・マン運転)のときに限ってテープの音声を流していて、職業的な言葉遣いのように思えます。

投稿日時 - 2005-11-20 09:56:09

お礼

ご回答ありがとうございます。

>「暖房(冷房)効果のため、いったんドアを閉めます…」

これは正しい日本語ですね。

>ドアに注意をひきつけているというか、ドアに主体性を持たせているような表現と思えば耳障りでもなく、
>JRの車掌はそのような言葉で案内するように教育されているのだと思います。

納得性をあまり感じません。

投稿日時 - 2005-11-20 10:05:52

ANo.12

中島義道はかなりぶっ飛んでいるとされている哲学者です(私はそうは思いませんが)。

言語学云々ではなく、このような言い回しになる心理というか社会的雰囲気というか、そういったものに疑問を呈しています。

「ドアが閉まります」という言葉に引っかかる感性をお持ちの方ならおもしろいとおもいますよ。

投稿日時 - 2005-11-20 09:37:45

お礼

是非、読んでみます^^/
ありがとうございます!

投稿日時 - 2005-11-20 09:42:17

ANo.11

ドアを閉める本人が「ドアが閉まります」と言うのはやはり変ですよね。

すでに投稿のあるとおり「ドアを閉めます」という言葉には、相手の行動を抑制する効果があるので嫌われるのでしょう。

公共空間での発言に関する日本社会の心理(病理?)については、中島義道の著書に詳しくあります。
どの本か忘れましたが、この言葉について直接言及しているものがあったと思います。「対話のない社会-思いやりと優しさが圧殺するもの」だったかな?

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/index=books-jp&field-keywords=%E4%B8%AD%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E9%81%93

投稿日時 - 2005-11-20 09:21:50

お礼

>ドアを閉める本人が「ドアが閉まります」と言うのはやはり変ですよね。

そうですよね!

>「ドアを閉めます」という言葉には、相手の行動を抑制する効果があるので嫌われるのでしょう。

なるほど。

心理学的考察より考えられている表現なのですか・・・。
だいぶ回答が専門的になってきましたね。
言語学的(国語的)にはやはりおかしいのでしょか。

投稿日時 - 2005-11-20 09:30:33

ANo.10

「ドアが閉まります」
これは「これからドアが閉まります。
急いでください。(まだ乗れます)」
というように、乗客に「まだ乗れる」というイメージを与える表現だと思います。
このため、「ドアが閉まります」は
ソフトで耳ざわりがいいアナウンスとして
使われているのではないでしょうか。

これに対して
「ドアを閉めます」
これは「すぐにドアが閉まります。
もう乗らないでください。(もう乗れません)」
というように、乗客に「もう乗れない」というイメージを与える表現だと思います。
このため、「ドアを閉めます」は
駆け込み乗車を牽制のためのアナウンスとして
使われているのではないでしょうか。


閉めるのが運転手であっても
アナウンスというのは乗客に与える
イメージを大切にしているのだと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 09:06:35

お礼

なるほど。
だいぶ意図のある表現とのことですね。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2005-11-20 09:20:24

ちなみに、JR西日本でも、「ドアが閉まります」という所が圧倒的に多いです。「閉めます」は一部地域だけでしょうか?

車掌さんが操作をしているとしても、
「私が操作をすると、『ドアが閉まります』」
・・・・・文法的にも全く問題はありません。

投稿日時 - 2005-11-20 09:03:52

お礼

>「私が操作をすると、『ドアが閉まります』」

よくわかります。
でも、現実的な正しい使用法としては「ドアを閉めます」が適切でないですか?

投稿日時 - 2005-11-20 09:16:40

ANo.8

主語と述語の関係です。

「車掌」を主語に使えば、目的語の「ドア」を「閉める」
「ドア」を主語に使えば、「閉まる」

どちらも正しい使い方ですね。

例はいくらでもあります。

「電車が止まる」・・・「運転手が電車を止める」
「家が建つ」・・・「大工さんが家を建てる」
「食事が出来る」・・・「奥さんが食事を作る」

いずれも、自動的には起きませんよね。

投稿日時 - 2005-11-20 08:57:09

お礼

ありがとうございます。

なるほど!納得です。
しかしながら、例で書いていただいたものは主体者のものでないですね・・・。
主体者(当事者)のものでは不自然ではありませんか??
 

投稿日時 - 2005-11-20 09:13:45

ANo.7

電車のドアは電源供給されないと閉まる構造ですね。
なんとなくなんですが「開けておく」操作を止めると勝手に閉まっちゃうので、「閉まります」ってのにも違和感を感じません。

とは言え、こんな風に考えた事が無かったので聞き慣れているだけなのかも知れませんが。

投稿日時 - 2005-11-20 08:46:37

お礼

>電車のドアは電源供給されないと閉まる構造ですね。
>なんとなくなんですが「開けておく」操作を止めると勝手に閉まっちゃうので、「閉まります」ってのにも違和感を感じません。

構造的にそのようなのですね。
知りませんでした・・・。

ありがとうございます。
開けておく状況を解除するとのことですか・・・。
それならば「閉まります」にも多少の正当性はありそうですね^^;

多くの回答が寄せられビックリしてます^o^

投稿日時 - 2005-11-20 09:03:19

ANo.6

No2の方がおっしゃるとおりだと思います。
逆に最近、「ドアを閉めます」とアナウンスを聞くようになりましたが、あれは駆け込み乗車を牽制するためだそうです。
実際に駆け込み乗車をする人が減るらしいです。

あまり意識はしていなくても、「閉めます」がそれだけ威圧的(?)に聞こえる、ということですね。

投稿日時 - 2005-11-20 08:40:07

お礼

>「ドアを閉めます」とアナウンスを聞くようになりましたが、あれは駆け込み乗車を牽制するためだそうです。
>実際に駆け込み乗車をする人が減るらしいです。

んんん。それで良いのではないのですか。

>「閉めます」がそれだけ威圧的(?)に聞こえる

んんん。威圧的ですか・・・。
少なくても私にはほとんどそのようにそう聞えないのですが、それよりも間違った日本語が気になるのですが・・・。

投稿日時 - 2005-11-20 08:57:53

ANo.5

確かにそうですね。
僕は関西に住んでいるんですが、JR西日本では、どの車掌さんも「ドアを閉めます」と言います。
他の私鉄は、みな「ドアが閉まります」と言っているので、逆に違和感を感じてしまいます。

投稿日時 - 2005-11-20 08:36:54

お礼

JR西日本はどの車掌さんも「ドアを閉めます」と言います。

んんん。これが正しいですよね!
JR東日本は間違った日本語を使用しているのかな・・・?

投稿日時 - 2005-11-20 08:51:08

「ドアが閉まります」のほうが、警告としては効果的だからでしょう。

ドアが勝手にしまるので、はさまれてしまうよ!急ぎなさい
というニュアンスが強いので・・・

投稿日時 - 2005-11-20 08:34:35

お礼

ご回答ありがとうございます。
警告として効果的ですか・・・。
確かにそれは少々ありますね^^;

投稿日時 - 2005-11-20 08:48:54

ANo.3

省略形じゃないでしょうか。
正しくは、「ドアが閉まりますので、ご注意ください。」でしょうね。
こういった類は、よくあると思います。
「いらっしゃいませ。」も本来は、「ようこそ、いらっしゃいませ。」で、省略されてしまったと聞いてます。

投稿日時 - 2005-11-20 08:32:18

お礼

んんん。
ご回答の言い方なら「ドアを閉めますので、ご注意ください。」
ではないでしょうか。

投稿日時 - 2005-11-20 08:46:40

ANo.2

そうですね。
おっしゃるとおりなのですが、乗客の耳に届いた言葉の、ニュアンスが違います。
「ドアを閉めます」というと、いかにも官僚的な、冷たい感じがしませんか?
「閉めますよ、気をつけなさい。」と、上から言われているようで、あまりいい気はしません。
「ドアが閉まります」のほうがソフトで、耳ざわりがいいような気がしますが、いかがでしょうか?

投稿日時 - 2005-11-20 08:31:19

お礼

早速のご回答ありがとうございます。
なるほど、官僚的で冷たい感じの緩和のためですか。
確かに「ドアが閉まります」の方が耳ざわりが良いかも知れませんね。

主観なのですが、毎日東京の通勤ラッシュの中にいる私には
逆に「車掌さんあなたがドアを閉めるのでしょ。」
ドアに挟まれるあなた自信が気をつけないと知りませんよ!
と聞えるわたしはチョット被害者意識?

投稿日時 - 2005-11-20 08:44:27

ANo.1

車掌さんにすれば「閉めます」です。
お客さんにすれば、車掌さんが操作しているかどうかなんて関係ないわけです(遠くの駅から遠隔操作していても、お客さんはかまわないわけですよね)。ですので、お客さんにとっては、「ドアが閉まる」という現象しか見えません。

というわけで、車掌さんは、わざわざ、客の立場に立って報告してくれていると考えることができます。

たとえばですよ、「電車は次の駅までしばらく徐行運転します」というアナウンスを「電車の速度をここから次の駅まで3分間、時速50キロに落として進行します」と変えたら...客にしてみれば、時速何キロで走っているかどうかなんてことはどうでもいいですよね。でも、運転手はそういう作業を行っているわけです。実際にやっているんだから、そう言えばいいじゃないか、という路線でアナウンスされると、客にとってはどうでも良い細かい情報を伝えることになりますね。

極端な例ですが、相手の立場で、相手に必要な情報を与えるというのは、一つの親切なんだと思います。

投稿日時 - 2005-11-20 08:29:02

お礼

早速のご回等ありがとうございます。

>極端な例ですが、相手の立場で、相手に必要な情報を与えるというのは、一つの親切なんだと思います。

んんん・・・。
「ドアが閉まります」
「ドアを閉めます」
両方ともくどくないと思いますが・・・。
でしたら正しい言葉にするべきではないのでしょうか。
ましてやこのアナウンス内容の意図は「ドアに挟まれないよう注意してください」とのことだと思いますが・・・。

投稿日時 - 2005-11-20 08:36:34

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