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解決済みの質問

大学の教授・助教授・講師・助手

について聞いてみたいことがあるのですがよろしくお願いします。

つくづく思うことです。
・なぜ教授やらは実験しないで学生の結果だけを吸い上げて論文にして、自分の功績にするのでしょうか?そもそもなぜ実験しないのでしょうか。
教授やらなんてただのサービス業に過ぎないと思っています。金をはらっている学生にたいして教える教員と同じ。
また、ひどい人(うちの助手)になると、学生を自分のこま?お手伝い?みたいに学生を使います。実験器具は自分で使ったのにもかかわらずおきっぱなし。洗っている姿を見たことがありません。合成をやるから、装置をセットしておけ。溶媒持ってこい。できたらそのまま器具は放置。ちなみに修士論文提出数日前で、私には100%無関係な実験と測定を無理やり手伝わされて提出ぎりぎりでした。

学生を何だと思っているのだろうと思えます。
何か言うとすぐに、会社入ったらあたりまえ。だそうです。
私だって会社にはいれば対価がある以上やります。しかし、無報酬で無関係で時間がない状態で働かされたということと、会社の日常とを同一視されても理解にくるしみます。

むしろ逆ではないかとおもますが、皆さんはどう思われますか?
学費を払って実験などをやっている学生に対して、働くべきだとおもいます。そうしないのは、大学教員は自分が研究者という無駄な自負があるからでしょうか。実験をやっていない教員が研究者と口に出すこと自体がありえないとおもうのですが…

あと、教員はなぜ学生のデータやら結果を吸い上げて論文にして自分の名前で出すのでしょうか?これは一時期研究室内で問題になりました。
自分でやったことだから自信をもって投稿できるとおもうのですが。

乱文ではありますが、ご意見お待ちしております。

投稿日時 - 2006-02-15 04:17:32

QNo.1966916

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

最低な助手の下にいるのですね。
全ての教授や助手がそうではないですよ。
その人の性格の現われですね。
まったく言われるとおり、学生を何だと思っているんでしょうね。
ちなみに私はやさしい教授の下で卒業研究などを行ったので、そんなことはありませんでした。
今度、そのようなことがあったら、もう後片付けせずに帰ってください。

投稿日時 - 2006-02-15 04:22:51

お礼

やはりそうなのですかね…
他の研究室の連れ曰く、厳しさはあれどうちのような理不尽さは少ないらしいです。
さっさと卒業しようと思います。

投稿日時 - 2006-02-16 03:38:40

ANo.1

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回答(10)

ANo.10

No.8です。まず、私がなぜ、前回答および、再度この回答を書くのかについて書いておきます。

この掲示板は不特定多数の方が見られています。質問者が書いたのを見て、そうだと思い影響される人もいます。間違っていると思われることは間違っているとはっきり伝えることが必要だと、私は思っています。

私は大学教員です。私の大学に大学院はありませんが、4年生の指導はしています。私は、卒論提出間際の学生に実験を強要したりはしませんが、自分は学生を甘やかしていると思っています。

質問者の書いていることが全て事実としたら、確かに教員に問題はあります。しかし、質問者の誤解も多くあると考え、それを指摘しています。

修士課程修了の基準は本来、質問者様の考えよりハードルがずっと高いです。この質問の内容を見て、もし質問者がこの3月で修士修了できるのであれば、質問者の大学院の修士修了基準が甘いのだと考えます。

さて、
>貴方に侮辱されるいわれはありません。
侮辱ではありません。質問を素直に読んだ感想です。

>論文については結構です。これまでに回答してくださった方々の回答で分かります。小ばかにしたいのですかね?

小ばかにしたいというよりも、修士修了間際の人は、自分から投稿論文を持っていくくらいは普通だと言っているのです。質問者は、自分で投稿原稿を出したがとがありますか?私の文面に感情的になるよりも、自分の行動を見直してください。これを侮辱だとか小ばかにしたいのかと言っているレべルが、修士修了のレベルに達していないのです。これは、大学教員としての私なりの基準です。

私は、自分で論文も書きますが、人の論文の審査もやっています。学生の卒業の判定もしますし。教員昇任の委員会では教員昇任の判断もします。その人がそれにふさわしいかを判断することも仕事のうちです。

そのような目から、この質問を見たとき、質問者はこの文面から、かなり高い確率で修士修了に値しないと判断しているのです。

>過去に苦労していようが実験していようが現在には関係ありません。人間の心理として過去ほど美化されますしね。

この考えも甘いです。その結果が社会から評価されるわけです。私の大学でも20年間講師をやった教員を助教授にするかどうか、議論していますが、研究業績でダメということになりそうです。社会では、出した結果で判断される場面があるわけです。

>大まかなテーマが普通ですよね。勝手に進行も普通ですよね。

普通かどうかは教員と学生により様々です。

私の出た研究室の教授は、そうでした。但し、2年間で投稿論文が受理される段階にならなかった学生は、修了させないという結果になっていました。要は学生が結果を出すかどうかで判断していたわけです。

>最後には教授よりもその系について詳しくなるのも普通ですよね。

この考えも、甘いと思います。教員は、長い経験を積んでいます。学生ときちんとコミュニケーションをとれば、学生が得たことは大方把握できます。

仮に、学生がわざと肝心なことを伏せていた場合、その情報は、結果を出した学生しか知り得ないでしょう。その点では詳しくなれるかもしれません。しかし、はっきり申し上げて、1人でできることはたかが知れています。

チームとしてスクラムを組んで仕事をやっているグループと競争して1人でやることは容易ではありません。そんな中で、教員に情報を伏せて、自分の方が詳しいなどと思ったところで、世界を相手にした競争に勝つなどということは考えない方が賢明です。論文を書くということは、世界を相手にした競争なのです。

>自己陶酔するのは勝手ですが、私にとってはバカにされているだけの回答という印象しか受けません。⇒院生とは思えない。院生として認められていないなど。貴方はさぞや立派な人なのでしょう。

自己陶酔などしておりません。私の修士修了者に対する判断基準から述べているだけです。
私がりっぱなのではなく、質問者のことを言っており、他の閲覧者が誤解しないように考えて正論を書いているつもりです。

繰り返しになりますが、学生を評価するのと同様に見知らぬ著者の投稿論文審査もしますし、教員の昇任審査もしている目から言っています。

>回答方法を改めた方がよろしいかと思います。
質問および返答の書き方を改めた方がよいと思いますよ。

投稿日時 - 2006-02-17 05:51:14

お礼

残念ですが私には本来あるべき修士修了の基準はわかりません。
少なくとも私は大学の修士修了基準は満たしているようですね。
また、素直に感想を書いたとありますが、少なくとも私が遺憾に思った以上それが全てです。貴方の真意が異なれどそれを知るすべはありません。
たとえば、過去にすばらしい研究をしていた人間でも現在ではただの酒飲みで給料泥棒である人間を貴方は無条件で尊敬できるのでしょう。過去と現在は無関係であるという文章の真意はここにあります。今まさに目に映っている人間性と過去にそうであったという人間性は関係ありません。
系について詳しくなることについて、学生が重要なことを伏せているからだ。と捕らえざるを得ない文面が気になります。
伏せたことは誰もありません。しかし、教測定結果やらが教官自身の知識でカバーができなくなると同時に、その系について干渉しなくなります。いや、避けるようになります。

いい加減面倒になりました。
時期が時期なだけに研究室の教官は役に立たないので、他の研究室の先生とよく話していますが、貴方とは異なり我々よりの意見なので安心です。ま、貴方の解釈を真似ると我々を思っての発言か、その先生のレベルが低いとなるのでしょうが。

投稿日時 - 2006-02-18 02:20:04

ANo.9

すでに納得されてるご様子ですが。

要は、それぞれの立場と役割、というものが存在すると思うんですけど、日本の大学は学生と教官の間をうめる存在がないんですね。
日本の大学は教授とは研究者であり教育者でもあり、いろいろと忙しいのです。しかし一方で評価されるのは研究者の結果としてのみで、評価を上げるためにはためには学生という働き手、良く揶揄されて「兵隊」とも呼ばれますが、が必要なんですね。
もちろん兵隊は兵隊で、士官(研究者)にはなれないんですけど、二年間の兵隊づとめの変わりに修士号はあげる、みたいな感じでかろうじてバランスをとってるのが現状です。
おそらく質問者さんもこういった状況のなかで、うちの兵舎はひどいもんだwと思われたのでしょう。

システムは違うのに研究者としての評価は欧米と同じやりかたでしかされませんから、自然、そのしわよせは来ます。そのしわよせを教官たちが自分で処理しているか、学生達に押し付けているかは個人によってちがうでしょうけど。
まぁ、教官たちに対して一抹の同情はしてしまいます。
教官たちも本来は研究者になりたかったんでしょうに、現実は雑用(と自分達は思っる学生達の指導)ばっかりなんですからね(笑) 雑用という仕事はやってもやらなくても評価は変わらないんです。誰でも雑用はしたくないもんです。

私自身は俺は金を払ってるんだから客だ、教授はサービスマンに過ぎないという立場はとりませんが、それでもテストやレポートの採点を丸投げしてくる態度には辟易します…。

投稿日時 - 2006-02-16 12:16:01

お礼

確かに。T大とかの方と交流があったりするのですが、助手のあり方が人によって違うようですね。その大学の方は教授と助教授は結構横暴。正確に言えば追われており、自身が行うべき仕事が学生(Dr取得者、課程者含む)に落ちてくるが、助手が愚痴を聞いたりしながら均衡をたもつのだと。

ただ、この質問を書いたときは研究室で我々(そもそも私一人の意見ではありません)も限界が来ていましたのでかなり、失礼に当たることも書いていますね…金うんぬんというのは失言でした。

兎にも角にも私の研究室は、そのうち消えるでしょう。
これは一学生の意見ではなく、より広い見解を持つ方の意見ですが。

投稿日時 - 2006-02-18 00:38:53

ANo.8

はじめ学部学生と思って読んでいましたが、修士終了直前の院生と知って正直驚きました。

>なぜ教授やらは実験しないで学生の結果だけを吸い上げて論文にして、自分の功績にするのでしょうか?そもそもなぜ実験しないのでしょうか。

 学生が、自分でテーマを考え、自分で研究費を取って、自分で機械等も購入し、自分で実験したなら、教授も結果を吸い上げて論文にして自分の功績にしないでしょう。

 一般的には、教授は、研究テーマを考え、それに必要な研究費を競争的研究資金から調達し、それを使って研究をしています。学生の卒業研究は、学生にとっては研究経験をつむという面と教育を受ける側面があり、その代償としての授業料であり、学生が実験結果を教授の指導のもとで出している限り、教授の業績です。少なくとも学生の業績にするためには、学生が自ら提案し、自らデータを出して、その内容を教授に学生の業績として認めさせる必要があります。このようなことが理解できないうちは、質問のような内容を言っても基本的に受け入れれれません。

教授が実験しないのは、教授は、研究の全体を考えるのが仕事であり、その一部分の遂行役ではないためです。私が学生時代の教授は、夏休み等に実験をしていましたが、それ以外の時期はそのような時間は取れないようでした。

>教授やらなんてただのサービス業に過ぎないと思っています。金をはらっている学生にたいして教える教員と同じ。
修士終了直前の学生とは思えませんが・・・教えるだけでは教授になれません。教授は研究業績を認められてなっています。金をはらっている学生にたいして教える教員とは何のことかわかりませんが、高校までの教員とは違うということです。

>ひどい人(うちの助手)になると、学生を自分のこま?お手伝い?みたいに学生を使います。実験器具は自分で使ったのにもかかわらずおきっぱなし。洗っている姿を見たことがありません。

助手が、自分の研究のために実験したのなら自分で洗うべきでしょう。しかし、学生の実験の指導のためにやった実験なら学生が洗うべきでしょう。

>合成をやるから、装置をセットしておけ。溶媒持ってこい。できたらそのまま器具は放置。ちなみに修士論文提出数日前で、私には100%無関係な実験と測定を無理やり手伝わされて提出ぎりぎりでした。

これが事実だとすれば、修士修了直前の学生と認められてないというふうに思います。助手が本当にとんでもない人で院生をこま使いとしてつかっていたら、その助手が悪いですが、質問内容から私はそう判断します。

>学生を何だと思っているのだろうと思えます。何か言うとすぐに、会社入ったらあたりまえ。だそうです。私だって会社にはいれば対価がある以上やります。しかし、無報酬で無関係で時間がない状態で働かされたということと、会社の日常とを同一視されても理解にくるしみます。
この質問全体を通して、質問者は、修士の2年間をそれにふさわしく過ごしてきたとは思えません。そのための訓練というのが私の感想です。

>学費を払って実験などをやっている学生に対して、働くべきだとおもいます。
学費を払って実験をやらせて貰っていると思った方が良いですよ。

>大学教員は自分が研究者という無駄な自負があるからでしょうか。
大学教員は研究者です。その地位を得るために、質問者には想像がつかないほどの努力をしてなったのが一般的です。

>実験をやっていない教員が研究者と口に出すこと自体がありえないとおもうのですが…
過去に、実験者も想像がつかないほど実験をしていると思いますよ。

>教員はなぜ学生のデータやら結果を吸い上げて論文にして自分の名前で出すのでしょうか?
その研究に対する貢献度です。テーマを出して、実験を指導し、教員が論文を書いていたら、間違いなく教員が筆頭著者です。

私が院生のころは、大まかなテーマは教員が出していましたが、展開は完全に院生任せ(あくまで院生が自分でテーマからアイデアを出し、それを教授に認めてもらい、実験を院生が自分で遂行できるのが前提。これができない院生は修士といえども修了不可)でした。その上で、自分で論文を書き、教授も認めて、自分自身が筆頭著者、あと助手、教授の連名で論文投稿し掲載されました。少なくとも投稿まで自分でやり、掲載決定がされるのが修士修了の条件でした。これができないと修了にならなかったということです。従って、修士に行くことは、当時、その2年間の全てを研究にささげるという気持ちでした。

>自分でやったことだから自信をもって投稿できるとおもうのですが。

本当にそうなら、自分で論文を書いて先生に持っていくことです。認められれば質問者の論文になるでしょう。要は誰の貢献が一番かということです。実験者が一番とは限りません。

投稿日時 - 2006-02-16 02:58:22

お礼

先に書いておきますが、決して自分の意見を肯定してほしいわけではありません。

・学部生の方が幸せです。それ以前に第一声貴方に侮辱されるいわれはありません。
・論文については結構です。これまでに回答してくださった方々の回答で分かります。小ばかにしたいのですかね?
・過去に苦労していようが実験していようが現在には関係ありません。人間の心理として過去ほど美化されますしね。活きない過去はなんなのだろうか。
・大まかなテーマが普通ですよね。勝手に進行も普通ですよね。最後には教授よりもその系について詳しくなるのも普通ですよね。

なんにしても正論を吐き自己陶酔するのは勝手ですが、私にとってはバカにされているだけの回答という印象しか受けません。⇒院生とは思えない。院生として認められていないなど。貴方はさぞや立派な人なのでしょう。
回答方法を改めた方がよろしいかと思います。さようなら。

投稿日時 - 2006-02-16 04:38:30

ANo.7

年配者が経営・管理的な仕事をするというのは民間企業でも同じです。理由は説明しなくてもわかると思いますが、年配者は頭も体も弱り、働けないからです。しかし、大学の場合は、学生が労働力として働くことがあるという点が違います。本来は、学生はお金を払っているお客様なので、労働をする必要はありません。しかし、大学運営上、ある程度の無償労働はやむをえないところもあります。問題なのは信頼関係ではないでしょうか。たとえば、何かしたら食事をおごってもらうとか、研究補助のアルバイト代を出してもらうとか。あるいは、授業料以上の指導をしてもらうとか。そういった気配りができない人は教員としてはふさわしくありません。ところが、そういう教員が結構多いのが現実です。理由は他の人が書いているように、社会不適格者が多いということです。このあたりは社会の問題ということで、個人の力ではどうにもできないところがあります。一度、無能な教員に不満をぶつけるのはどうでしょうか。私は、おもいっきり喧嘩して出てきました。が、しっかり卒業はしました。不満はぶつけても卒業はする程度にやりくり上手になるしかないです。

投稿日時 - 2006-02-15 22:04:48

お礼

難しいですね…
代々喧嘩はあります♪ただ、それが理解できていないのですよね、教員が。だから、毎年指摘されても変わらず…
卒業はしますよ♪
できるだけの実験とデータはそろっています♪

投稿日時 - 2006-02-16 04:08:23

ANo.6

既に色々な方から回答が出ていますが、若干コメント。

論文の著者
私の周辺では、論文の著者は、論文(研究)全体(研究の課題抽出、テーマ設定、実験、まとめ、将来展望)をまとめて、執筆した人が第一著者、そのうちの一部を実施した人が第二著者以降、プロジェクト全体の取りまとめが最終著者、というケースが多いようです。(実験には、実際の実験に携わるだけでなく、指導も含めてます)。
実験は研究の一部には違いないが、すべてではない、というスタンスですね。

教授
教授は、実験を含めた研究全体の取りまとめ(コーディネート)という役割を期待されてることが多いようです。
他の方の回答にもあるように、自分の分野の研究だけでなく、学科の運用、学生の講義、演習、研究資金確保という仕事が結構多いようです。
(お世話になった先生は「できれば、自分で実験やりたいんだけど、時間がねえ、、」とこぼされてました。)

無報酬
学部の卒業研究までは、実験をするという体験自体が報酬という感もあります。(他の方の回答にもあるように、国立大の場合には研究経費に占める授業料の割合はかなり小さかったかと思います。)

投稿日時 - 2006-02-15 12:54:34

お礼

確かに。ある一部といえば一部の気がしますね。ただし、教員から実験を教わった学生はうちには一人もいないかな。

実験をしたがる教授の下に行きたかったです。残念…
また、無報酬はいいし理解できます♪

投稿日時 - 2006-02-16 04:04:30

ANo.5

大学の教員組織(機構)については、日本の明治以来の歴史が根本にあります。日本の大学で教員として認められているのは「教授」です。教授の手伝いとして、「助教授」「助手」があります。助手は、法律的にはどんなに優秀でも手伝いに過ぎません。大学教員の組織は「講座制」、すなわち一つの研究室に教授、助教授、助手という人員配置をしていますので、縦社会です。この点は、日本の年功序列と合致しています。これを改革しようとしていますが、なかなか改革できません。一般的に、私立大学の方が、教員組織については封建的と言われると思います。

アメリカの制度では、教授が3つに分けられています。「Professor」「Associate Professor」「Assistant professor」で一人一人が、自分の研究室をもち一国一城のの主です。研究室には、技術員、秘書、ポスドク、大学院などがいます。アメリカは、教育と研究を担当する人が別れています(全部ではありません)。アメリカの制度を日本で採用すると、教員と職員の総人数が増えて人件費が膨大になります。スペースも不足してしまいます。日本では、研究と教育を兼務した研究室体制になっているので、効率という点ではいいかも知れませんが、その反面、問題点も多いと思います。

大学教授が、学生や院生を直接教えないということに関しては、いくつかの理由があります。大学教授は、大学の管理運営にも関与するというルールがあるためか、会議が非常に多いと思います。したがって、実習を助教授・助手に任せて担当していない教授は多いと思います。実際には不必要な会議が多いと思います。もう一点は、年齢差からくる指導の難しさです。価値観の違う若い学生の心を把握することが簡単ではないということです。日本の大学教授には、教育・研究に専心できるような制度・ルールを確立する必要があります。

学生の実験結果を利用するということですが、多くの国公立大学では、実習費を徴収していません。そのため学生の実験・研究経費に関しては教授の研究費でまかなっているのが現実だと思います。したがって、現実には、教授の研究の一部を学生・院生が行っているということだと思います。事の善悪は別にして、現状では、この方法しか行えないということです。

学生・院生を技術員替りにこき使うということですが、これは日本の大学の悪しき慣習だろうと思います。大学の事務・研究室の多くの人が、学生・院生のただ働きを容認にしているのが現状だろうと思います。この根本には、教員と学生の間に利害関係が存在するからです。アメリカでは、このような雑用は技術員が担当しています。日本の大学の技術員の多くは、公務員で定員削減となっています。臨時職員としての技術員の場合、多くの人は実験補助をの役割を担っているので、雑用が学生・院生の仕事になっているように思います。旧帝国大学と地方国公立大学とを比較しても、実態は大きく異なると思います。

官僚組織の改革と同じように、大学組織の変革には時間が掛かりそうです。内部からの改革は難しいと思います。外部からの「外圧」があれば大きく変わると思います。国公立大学は、独立法人化しましたが、実質的にが旧態依然としています。大学の変革には10年~20年程度の歳月が必要なのかも知れません。ただ現在、変革・改革を望んでいる若人も、10年・20年後には「現状維持」を希望するようになる可能性もあります。人間の性なのですが。

投稿日時 - 2006-02-15 12:03:38

お礼

確かに研究費について考えると仕方がないのかと思えますね。雑用は全部学生です。なんだか意味のわからないことまで。
現状維持か…人間の性は分からなくはありませんが。
悲しいものです。

投稿日時 - 2006-02-16 04:01:07

ANo.4

基本的に大学教員というのは社会に馴染めない人がずるずると大学に居残っている変わり者と思っていた方がいいと思いますよ。大学院で研究していると、少し世間から遠のくでしょう?研究時間が昼夜逆転する、働かない・・・。大学教員といえば、世間では変な幻想であがめられている傾向がありますが、本当にすばらしい人格者とされる人はごく一部だと思います。わたしも経験しましたから。
当然質問者様のおっしゃるとおり、生徒は働く必要はありません。ただ働きをしたうえに指導教員が失脚でもしたら、働いたことが一瞬にして無になりますよね。本当に狭い世界でいやーな人間関係が築かれていて、思い出しただけでも嫌気がします・・・。国立でも先生によりけりですよ。
がんばってください!

投稿日時 - 2006-02-15 08:48:40

お礼

ドクター進学をうざいくらい誘われたりもしましたが、やはり民間に決めてよかったと思っています。身近だとポスドクの先輩(直付きではありません)のような人の直下に付けたらと思うと…残念です。
来年度からは民間で研究です。がんばります♪

投稿日時 - 2006-02-16 03:58:03

ANo.3

もしかしたらstone_washさんは運の悪い環境にいるのかもしれません。教授にしろ助手にしろ、いろんな人がいます。人格者もたくさんいるはずです。

ただ、stone_washさんの持っている疑問について、大筋では同意します。これは日本の大学の構造的な問題だと思います。僕もずっと問題視してきました。

僕は現在アメリカの大学に勤めていますが、アメリカでは学生は客として扱います。学生に仕事をさせる分には給料を支払います。日本でも最近あるかもしれませんが、RA(Research Assistant)制度です。例えば院生を雇って実験させる場合、年間150-200万円程度の給料と100万円前後の学費免除、それに健康保険や生命保険などの待遇を与えます。学生は給料を貰いながら実験して、授業や研究指導を受け、学位を取ります。また、研究室にはサポートスタッフがそろっているので、日本より雑用や掃除の負担がはるかに少ないです。

日本の大学の問題は、まず技官や秘書、お手伝いさんなどのサポート人員が少ないことですね。だから雑用のしわ寄せが教官や学生に来ます。それと授業料を払っている学生がお客さんとして扱われないことだと思います。学生も院生になるとそれなりに専門的な仕事ができます。専門技官を雇ったり、コンサルタントなどに外注すると非常に高価になることを学生にさせて、もしそれが研究室運営に貢献しているのなら、ある程度は給料を支払うべきだと思います。

日本の大学はこのところ、ポスドク重点化、法科大学院、論文博士制度の廃止、助教授・助手の名称変更など、何故かアメリカを強く意識した改革をしていますね。国際化に乗り遅れるということで、今まで手をつけていなかった大学制度を急ピッチで改革しているんでしょう。この流れで研究を手伝わせる学生に給料を払うというところもマネしてほしいです。まずはstone_washさんのように、疑問を持った人が声を上げることが大事だと思います。僕も日本の先生と話す機会があるごとに言っています。でもいつも、「そうできればいいんだけどね。」で終わってしまいます。

さて、教官が学生のデータを吸い上げて論文にすることについてですが、これについては仕方の無い面も大いにあります。

一般的な院生(特に修士)では、単独では査読論文として通るだけの研究をする能力がありません。まず研究費が取れないし、知識と経験の無さ、見通しの甘さ、結果をまとめる能力の欠如、など、指導教官のサポートは不可欠です。評価のうえではやはり、研究費を取っている人、確かな知識と経験を基に研究の質を支えている人の方が価値があるので、時間をたくさん使って実際に実験を頑張っている学生よりも、教官の方が貢献しているとみなされても仕方のない面はあります。

修士レベルの院生ではやはり査読論文で連名で載ればラッキー、謝辞に載るか全く載らなくても仕方が無いという場合も多いんではないでしょうか?修士学生自身は「自分が全部やったのに!」と思っているかもしれませんが、思い上がりのことも多いです。
博士レベルでは、卒業させるために、先生の方が貢献していても学生にファーストネームを与えるようなこともしばしばあります。

ただこれも、分野によって変な習慣のあるところもありますからねー。全くノータッチの教授を連名にしたり、ファーストにしたり、というウワサも聞いたことがあります。人や環境、分野によるんでしょうね。

投稿日時 - 2006-02-15 05:38:12

お礼

確かに技官がいる研究室はあまり多くはりませんね。
金がほしいというわけでもないけど、研究者とかうんぬんではなく自分でやったことぐらい自分でやれという感情がすごく生まれます。変わらないのですよね…きっと。

論文については結構はうちは特殊?でして昔教官+Dr.と学生とで革命が起こりそうになったことです。多分他の研究室と教授とかの位置づけが違うのだと思います…

あと、ノータッチの教授なんて普通に入っていますよ。ファーストにはしませんが。いろいろありました…

投稿日時 - 2006-02-16 03:54:29

ANo.2

私は今2度目の大学院を経験していますが、このような大学スタッフにあったことはありません。日本では国立大でしたが、ある私立大の研究室に社会人になってからお邪魔した時に、教授がずいぶん偉そうにして、学生などをお茶くみに使っているのを見て、学校や学部、教授によってずいぶん講座(セミナー)の雰囲気は違うものだと感じました。わたしから言わせればstoneWashさんは運が悪いとしかいえません。こういったところは少数派ではないでしょうか?

もちろん教授や助手を指導教官として研究をする場合は、共同研究や少なくとも研究補助であり、データはそれが自分の卒論なり修論になるのですから(博士はちょとまた違いますから)実験も自分の研究としてはじめから終わりまで、後片付けも含めやるのは当然と思いますが。

私も大学院を出てから数年後に当時の指導教官が論文を出しましたが、共著で最後にはちゃんと、この論文は**(私の名)の修士論文のデータを元にして書かれているという記載がありましたよ。学生のデータを使っている場合は共著が普通だと思います。

いまは北米の大学院にいますが、RA(リサーチアシスタント)として、教授の研究を手伝いながらそのデータが自分の学位論文にもなり、手伝いに対して報酬ももらっています。日本の大学はひどいところは徒弟制度に近いですね。

最近大学改革も行われ、研究者のモラルの問題も取りざたされていますから、だんだんと状況も変わってくるとは思いますが。

あまりひどいようであれば、大学や研究室を変わってはどうですか?、

投稿日時 - 2006-02-15 04:57:53

お礼

やはり運が悪いのですかね…代々の先輩方がOB会に一度も来ない理由がだんだん分かってきました。
また、私の研究室では教授、助教授、講師、助手が実験することは基本ありません。一緒に実験して一部データがもらえるのなら理解はできるのですが、何をやるのかもしらせず溶媒もってこいだのは普通です。データなんてもらうも何もまったく関係の無い実験ですし…

一応卒業は決まっているというかします。
結構我慢してきましたが、最後の最後で修士論文提出をないがしろにされたり、発表なんてどうでもいい的は発言の多さに限界を超えました。
あと少しだけがんばってみます。

投稿日時 - 2006-02-16 03:45:13

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