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解決済みの質問

「~ほうがよかった」の使い方を教えてください

 日本語を勉強中の中国人です。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=2095116
 
 上記質問の#7の方のご回答の中で言及された「~ほうがよかった<後悔>」はどのように使うのか、教えていただけないでしょうか。「~ほうがよかった」を使う例文を書いていただければとても嬉しいです。

 自然な日本語で文章を書きたいと思っていますので、よろしければ質問文の添削もしていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-20 22:59:57

QNo.2104279

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

#8です。
しつこくて申し訳ありませんが、自分の説明がどうも不満足なのでまたおじゃまします。
また皆さん方のご意見も参考にさせていただきながら述べてみたいと思いますので、ご了承くださるようお願いしておきます。

最初に、既に述べましたが、私は「た」を過去形と解釈しておいたほうが理解し易いのではないかと思います。

まずご質問者当初の疑問点をもう一度確認しておきます。
先のご質問は、
【「~したほうが」の「た」は何でしょうか。「~したほうが」と「~するほうが」は使い分けておられるでしょうか。】でした。
「カードを使って引き出すほうがかんたんです」という例文が挙げられています。
「ほうが」=「方が」で【選択】の意味を持つことは納得されたと思います。
そして、「引き出す」という現在形で表現するのは、その動詞の「一般的性質(あるいは効果)」に基づいて選択が行なわれたということでしょう。
つまり、『「カードを使って引き出す」という行為が「簡単」という結果をもたらします』という一般的判断を述べているわけです。

これに対して「引き出したほうが」と言う場合は、
『「引き出した」という既成事実を作り上げたとしても、決して後悔はしないほど間違いなく簡単ですよ。』
という意味で、それほど自信を持って簡単であることを強調していることになるのだと思います。
このような意味で「た」を「過去形」と解釈しておくとわかりやすいのではないかと述べているわけです。
無論、わかりやすくするためだけに言うわけではありません。
「現在」という時制を認識すること自体が不可能(あるいは難しい)という本質があるからです。
なぜなら、例えば「今 ! 」と言った瞬間に「今」という言葉、及び「言ったという事実」は過去になっているからです。
それで現在完了形というものを「発明」したりしているわけでしょうが、紛らわしいものにならざるを得ません。
端的に言うと、人間には厳密な意味で(あくまで厳密な意味で、です)主観的に把握できる「現在」は無い、と思われます。


今回のご質問は、
【「~ほうがよかった<後悔>」はどのように使うのか】という内容です。
様々な観点からの回答がなされていますが、それに対するお礼や補足を見て感じたことを述べてみたいと思います。

1、「ほう」が選択の意味であることは既に述べました。
選択である以上、必ず「~」以外の事柄と比較していることになります。
すでに過ぎた過去の選択について「あの時~しておけばよかった」ということですから、結果として後悔と同義になるわけです。

2、「のに」は、後に続く「実際はそうではなかった」という言葉が省略されていると考えてよいでしょう。
そうでなかった事実を再認識することで、結果として【強い後悔の念】を表現することになります。

「天ぷらのほうがよかった」は、まずいトンカツと比較して「天ぷらという選択をしたほうがよかった」という意味ですし、
「天ぷらのほうがよかったのに」は、後に省略されている「実際は違ってトンカツだった」という「よくなかった事柄」を改めて再認識することによって「より強い後悔の念」を表現していることになります。
「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかったのに ! 」は、「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかった ! 」よりも相手(店員など)に対する強い非難のニュアンスが含まれることになります。

ただ、これは他人に対してだけではなく自分で深く後悔する場合でも使えます。
上記の例文は包装をしたのが他人であることが前提になっているので、他者への非難ということになっているだけです。
「映画に行けばよかったのに。」あるいは「映画に行ったほうがよかったのに」は、通常は他者に対して用いられる表現です。
ただ、「今日は時間がたっぷりあったのだから、前から見たかった映画に行けばよかったのに ! また一日家の中でボ~っと過ごしてしまった。本当に私は出不精だなあ。」などという【自身に対する強い後悔】のニュアンスを込めて独り言を言っているような場面では自分自身の行為にも使えるということです。

ですが、たとえば花子さんが牛乳を間違って買ったことでとても後悔するような性質であれば、「あれ? まだ牛乳残ってたんだ。買わなければよかったのに、どうして買ってしまったんだろう。私の記憶力は大丈夫かしら。我ながら本当~に心配 ! 」と言う場面もあるでしょうが、牛乳一つでそこまで自分を責める人は少ないでしょうから、【強く(深く)後悔する】意味を持つ「のに」を使うと不自然な印象を与えます。

もう少し一般的な例では、『「あんなこと言わなければよかったのに」と思い出しては悔やむことがあります。』
という自省の文が挙げられるでしょう。

3、『「ほうが+過去形」で後悔、遺憾などの気持ちを表せることはちょっと理解不能です。』とおっしゃっていますが、このお気持ちは良くわかります。
「あの店のほうがおいしかった」という場合、単に以前行った他の店と比較して【おいしかったという評価】(支持)をしているだけだという解釈のほうが自然だからです。
「走るより泳ぐほうが速かった」
「僕より君のほうが頑張った」
など『比較する事柄(速い・頑張る)が明確になっている場合』も同様です。

ただ、「~ほうが【よかった】」という漠然とした言葉を使う場合、「~」ということの内容を評価しているわけではないのです。
「走るより泳ぐほうがよかった」は、「泳ぐことがよかった」のではなく、「泳ぐという【選択をしたほうが】よかった」ということです。
「僕より君のほうがよかった」は、「君がよかった」のではなく、(意味は同じですが)「君というという【選択をしたほうが】よかった」という意味になります。

つまり、「~ほうが+過去形」ではなく、「~ほうが+よかった」という表現が後悔を表わしている場合が殆んどではないかということです。
【過去に実際にしてしまった選択】と比較して、【そうではない選択】をしたほうが「よかった」と言っていることになるわけですから。

「~ほうがよかった」は、
『~を選択したほうがよかった』
という一連の意味と考えれば良いのではないかと思います。

4、「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってたな~」は、少し意味合いが違います。
「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってた」とすれば、3で述べたように【単なる比較】にすぎません。
後悔の念が含まれているとすれば文末の「てたな~」という、過去に対する詠嘆による効果ということになるでしょう。

「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってるな~」は、「てるな~」と現在形ですから普遍的な認識としての感想です。
買う前の感想でもよいですし、または、今日はいているのはスカートですが他にズボンも持っていて、そちらのほうが似合うと思う、と相手の人が言っているわけです。

「白の(スカートの)ほうがよかった」は後悔を表わしますから、黒を買ってきた場合でしょう。
自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」と言うことはできると私は思いますが、やはり、文末が「のに」で終わるのは自然とは言えません。
「ちょっと考えてみればわかりそうなものなのに、どうして気がつかなかったのだろうか ! 黒のほうがよかったのに !!! 本当に私って馬鹿ね !!! 」ぐらいの迫力(または注釈)がないと文章としては不自然に受け取られると思います。

また逆の意味で「~ほうがよかった」という表現を他者に対して使うこともできます。
「もっと大きいほうがよかったのに」というのは通常は相手への非難になります。
これを、やや独り言に近い印象になってしまいますが、「もっと大きいほうがよかった・・・」のような感じで使うと【あまり強くない非難】のニュアンスを出すことができるということです。

投稿日時 - 2006-04-29 16:11:14

補足

 まだすっきりしていない箇所について補足いたします。

1.「よかった」という言葉。

「:」の前のシチュエーションとさせていただきます。

(1).伝記小説の文:「田中花子氏は中学時代で国語の成績は非常によかった。しかし、数学などの理科系の成績は非常に悪かった。・・・」

(2).富士山の頂上に到着した時の心境:「よかった。やっと着いた。」

「よかった」という言葉は不思議な感じがします。1と2の「よかった」は同じ「よかった」と思えないのですが、hakobuluさんのご意見はいかがでしょうか。1から受けたイメージなのですが、作者は非常に冷静的というか、客観的に花子さんの過去のことを記す感じがします。「よい」という形容詞の過去形だと認識しています。もし「花子さんは中学時代で国語の成績はとてもよかった」という文を現在形に「変えなさい」と言われると、「花子さんは今国語の成績はとてもよい」になるでしょう。

 しかし、2の「よかった」はちょっと違う感じがします。この「よかった」から話し手の楽しい、興奮などの一連の気持ちも感じられると思います。

 変な比喩をするなら、1の「よかった」は平然たる大人っぽい感じの「よかった」に対して、2の「よかった」は10代の感情豊富な若者の「よかった」のような気がします。

「~ほうがよかった」の中の「よかった」はどちらの使い方の「よかった」なのでしょうか。ちょっと回転が・・・うまく自分の意味が書けなくて申し訳ありません。必要があれば、また補足いたします。

2.#12さんの補足欄で書いたシチュエーションとさせていただきます。私は白のスカートを買ってきて、母は私の買わなかった黒のを買ってきました。その時に、私は白のスカートを見ながら、何と言いますか。あるいは何と考えますか。

1.「白にしたことはよかった!」
2.「白を買ったことはよかった!」
3.「白にしてよかった!」
4.「白を買ってよかった!」
5.「よかった!私の選択はやっぱり正解!」

 1と2は文法の本の直訳のように見えます。日常でたぶんこのような文は使わないでしょう。3と4も文法の本の直訳の文っぽいです。わざと動詞を出す必要がないような気がします。3と4は日常ではそのまま使える文なのでしょうか。5は自分で思いついた表現です。たぶん不自然に聞こえると思います。恐れ入りますが、この場で言う(あるいは考える)ネイティブな日本語を教えていただけないでしょうか。実際使う言葉(文法を説明する直訳の文ではなく)の視点でのご回答お願いいたします。

 もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-03 21:58:51

お礼

補足の続き

 申し訳ありません。補足の続きです。まだすっきりしていない一箇所です。前回の質問なのですが(すでに締め切り)、よろしければ説明していただけないでしょうか。

>これに対して「引き出したほうが」と言う場合は、『「引き出した」という既成事実を作り上げたとしても、決して後悔はしないほど間違いなく簡単ですよ。』という意味で、それほど自信を持って簡単であることを強調していることになるのだと思います。このような意味で「た」を「過去形」と解釈しておくとわかりやすいのではないかと述べているわけです。無論、わかりやすくするためだけに言うわけではありません。

 この「引き出した」の「た」の理解はいまいちです。「既成事実を作り上げたとしても」からすれば、「完了」の「た」のことでしょうか。「決して後悔はしないほど間違いなく」の意味はどこから見えるのでしょうか。よろしくお願いいたします。

 また、補足欄の訂正は一箇所です。

『しかし、2の「よかった」はちょっと違う感じがします。この「よかった」から話し手の楽しい、興奮などの一連の気持ちも感じられると思います。』と書きましたが、「楽しい」を「嬉しい」に書き直せていただきます。

『しかし、2の「よかった」はちょっと違う感じがします。この「よかった」から話し手の嬉しい、興奮などの一連の気持ちも感じられると思います。』とするべきでした。

 大変失礼いたしました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お礼

 hakobuluさん、お礼が遅くなりまして申し訳ありません。度々ありがとうございます。
 この回答文を拝見して心が見通された感じがします。hakobuluさんは私の困っているところをよく理解しておられると思います。特に回答3。いろいろ非常に参考になりました。だいぶすっきりになりました。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-04 00:08:21

ANo.23

このQ&Aは役に立ちましたか?

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回答(34)

ANo.34

昨日はすごくいい天気でした。今日は大雨です。今日という時点で天気の話をする時、「のに」は使えそうでしょうか。「最近の天気はおかしいね。昨日はまだ天気がよかったのに。」という言い方はあっているでしょうか。

⇒この言葉遣いは間違えてはいません。これはこれでちゃんと使えます。
⇒⇒しかし、今まで論じてきた観点とは少々異なりますね。「○○すればよかったのに」「~の方がよかったのに」を論じているのであれば、ほんのちょっと違うような気がします。
⇒⇒⇒これは「天気が良かった(快晴)」という事実を指しており、それを残念がっているのではなく、今日が昨日とは違って大雨であることを残念がっている文章ですね。
以下の例文をお読みになるとその違いがお分かりになると思います。

逆のシチュエーションで考えてみます。
昨日まで大雨の予報が出ていたため、雨になったときに使う用具を買って、リュックの中に用意をして来ていました。ところが今朝になったら雲ひとつ無い青空です。
⇒「なんだ、こんなに晴れちゃって。予報どおり雨になればよかったのに」(せっかくいろいろ買って持ってきたのに残念)
⇒⇒これは【偶然の結果に対する不満】の気持ちが現れた独り言です。

また、先ほどと同じシチュエーションで考えると、
昨日まで快晴続き、でも今日は大雨。
「最近の天気はおかしいね。昨日はまだ天気が良かったのにね~。こんなに降っちゃって残念だわ。今日もまた快晴なら良かったのに」

こんな感じです。
とにかく素晴らしい上達振りに驚かされます。しかもなかなか鋭い質問にたじたじといったところです。
いい勉強をさせていただいてます。
お互いに頑張りましょう。

投稿日時 - 2006-05-12 21:33:30

お礼

 早速のご返事ありがとうございます。違いがよく分かりました。私の挙げた文は仮定の意味が含まれていないですね。例文をたくさん書いていただき感謝の気持ちでいっぱいです。
 しつこい質問をいつも付き合っていただき本当にありがとうございました! 頑張ります!

投稿日時 - 2006-05-13 00:47:03

ANo.33

「~のに」が自分に対して使えるか?
使えます。
ただし相手の人の行為に対して「~のに」と言うと、相手に対して恨みがましく聞こえてしまいます。

自分が行った事に対して「~のに」と言う場合は、これは自分に対しての様々な思いを込めた発言になります。

Ex.ずっと株価の動きを研究していて、明日は「○○会社」を買おうと心に決めました。翌日、午前中は株価の動き見て買うのは午後からにしようと思いました。ところが、午前お終わりに株価はどんどん上昇してしまいました。
⇒「しまった~。やっぱり朝一番で買っておけばよかったのに~、これじゃもう買えないや~。失敗だ!」

Ex.徹夜で研究して、明日のメーンレースは「(3)-(6)」一点勝負と心に決めて競馬場に行きました。競馬場までの電車の中で、(6)よりも(4)かな?と思い始め、競馬場に着いた時には(3)-(4)一点に変えてしまいました。
ところが、レースの結果は(3)-(6)で決まりました。
⇒「うわー、(3)-(6)で決まっちゃったよ。昨日決めた通りに買っておけばよかったのに~。俺はダメだな~」

このように自分の行為に対する反省、後悔を表すときには、「~のに」を使うことが出来ます。しかも、「~のに」は「よかった」で止めたときよりもさらに強い後悔、反省の気持ちが表されるような気がします。すなわち、「こうすればよかった。俺って本当にどうしようもない馬鹿だ」とか、「ああしておけばよかった。本当に残念で、残念でならない。考えるだけで涙が出てきちゃう」のような後悔の気持の表現になるのではないかと思います。

以上のように、自分に対してぶつける「~のに」は、どうしても【自分の行為、行動、思考などに対する場合】になりなます。

他人の行為、行動、思考などを対象に、「~のに」を言う場合は、強く責める場合もあるでしょうが、そうでない場合でも相手に恨みがましい気持ちを持って呟くことになると思います。

私が挙げた例文は相手の行動に対しての発言ですからあのようになっています。

また、、【これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です】とおっしゃいましたね。
⇒そうです。このスカートの例では、母親が購入してきたスカートの色が、自分の購入したスカートの色と同じだったわけです。しかも、母親が適当にみつくろって買ってきてくれたものが、偶然にも同じだったわけです。
したがって、「どうせなら黒い方が良かったのにな~」という誰に対してでもない不満、残念さが表現されているという事です。
もしも黒いのをと頼んでおいたのに白い方を買ってきてしまった場合は、母親を責める思いでの発言になります。「黒いのって頼んだじゃない!」というようなニュアンスの発言が出てきます。

投稿日時 - 2006-05-12 17:37:24

補足

 おっしゃる「偶然の結果に対する不満です」の感じが少し分かるようになりました。

 たとえば、昨日はすごくいい天気でした。今日は大雨です。今日という時点で天気の話をする時、「のに」は使えそうでしょうか。「最近の天気はおかしいね。昨日はまだ天気がよかったのに。」という言い方はあっているでしょうか。確認していただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-12 19:03:39

お礼

 shigure136さん、早速のご返事ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-12 19:12:28

ANo.32

No.19&21です。
大変遅くなりました。

awayuki_chさんの質問文:
●日本の方の頭の中の「白にしてよかった!」という意味の文はどんな文なのか知りたいです。もう一度教えていただければ幸いです。直感でよろしくお願いいたします。

●「白でよかった!」「これで正解じゃん!」「白であったりぃ~」でしょう・・・(かね?)

投稿日時 - 2006-05-12 15:15:31

お礼

 glifonglifonさん、何度も本当にありがとうございます。大変参考になりました。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-12 17:18:38

ANo.31

awayuki_ch さんこんにちは。
大変遅くなりましたが、補足質問にお答え致します。

●>私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!」の「にして」は構造を理解しやすいためにわざと入れた言葉です。日常でもっと略された言葉を使うはずですが、どのように言うのでしょうか。
⇒「にして」が日常的に使用されている言い方です。
⇒他の言い方としては、「白い方に決めて良かった」とか、「白い方を買ってきて良かった」などがありますが、awayuki_ch さんのお使いになった「にして」が最も判り易いかも知れません。

●>ただし、自分も白い方を選び、母親も白い方を選んだ事が判って、「(あ~良かった、やっぱり私が買ったのが)【白いほう で 良かった】という表現はあります。
この文のシチュエーションをawayuki_ch さんは、親子二人でデパートの売り場でスカートを選ぶ(購入前)という場面であれば、「やっぱり私が買った」のところは変ですね。「やっぱり私が選んだ」なら、納得できます。これは親子二人でそれぞれ売り場でスカートを選んで、最後に二人の選んだものは同じということが分かった時点で、「良かった」と言うのですね。二人ともこの白いスカートが一番気に入るということが分かった時点で、「良かった」という言葉を使うなら理解できます。まだお金は払っていません。これから店員に「これにします」と言ってお金を払うつもりですね。
⇒もちろん上記のシチュエーションでOKです。しかし、私が想定したシチュエーションは、以下に記されたawyuki_ch さんの解釈、すなわち、家に帰ったあと(購入後)のことなのす。

そこで、awayuki_ch さんは次のように質問をなさっています。【普通同じようなものを買ってしまうと、望ましくないことと思われるのではないでしょうか。なぜ「良かった!」なのでしょうか。もう一度登場人物(私と母)の心理を説明していただけないでしょうか。】
⇒もちろん同じものを購入してしまったという事は、同じものがダブってしまったわけですから、心の中では残念という気持が動いています。
しかし、一方で次のような確信と安心感が心の中に湧いてくると私は思ったのです。
1.その商品を選択した自分の「選択眼」が正しかったという確信。
2.お母さんも「白い方」を選んだということは、やはり私の選んだ「白」が、自分にピッタリだったんだという確信です。
3.また、「白」を購入した時には、やっぱり「黒」にすればよかったかなという一抹の不安や迷いがあったかもしれません。しかし、お母さんも私に最適なものとして「白」を選んだことで、自分の中にあった「迷い」が解消した結果の安心感です。
★このような確信と安心感を想定しての「発言」でした。

●>母親も白いスカートを買ってきてしまったとき、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。⇒あってはいます。でも、この場合母親にスカートを買ってきてと、頼んでいたわけではないので、「黒い方を買ってきてくれたらよかった(のに)」「黒だったら良かった(のに)~」などの方が妥当です。
⇒私のこの回答文に対してawayuki_ch さんは、【「黒のほうがよかった」は私が買ってきた白いスカートを見ながら、独り言で言うつもりです。母が買ってきてくれた白いスカートを見ながら、発する言葉ではないと思います。この独り言はあっているでしょうか。】と質問をなさっています。
⇒もちろん、独り言でもあっています。
そして、母親の購入してきた「白」を見ながらの発言も可能です。
⇒お母さんが購入してきたスカートが「白」だったことを知って、「え~!!!私も白いスカートを買ってきちゃったのよ。どうせなら黒の方を買ってきてくれれば良かった!」と言う場合です。(こちらは極めて普通に使う事が出来ます)

●>「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。⇒自分自身に対してというより【独り言】で言います。(これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です)

●>独り言で「偶然の結果に対する不満」「のに」のこの使い方はよくあるでしょうか。
⇒よく使われます。
⇒「えっ?そうならそうで先に言ってくれれば良かったのに」(相手に)
「こうなるんだったら昨日のうちに済ませておけば良かった!」(自分の後悔・反省)
「また徹夜になるんだったら、お弁当持ってくれば良かった」(同上)
「また徹夜になるんだった、お弁当持って行けば良かったのに」(相手に)

一度回答文が削除されてしまい、回答がたいへん遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

投稿日時 - 2006-05-09 22:56:45

補足



私:「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。

shigure136さん:自分自身に対してというより【独り言】で言います。(これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です)

私:独り言で「偶然の結果に対する不満」「のに」のこの使い方はよくあるでしょうか。

shigure136さん:よく使われます。
「えっ?そうならそうで先に言ってくれれば良かったのに」(相手に)
「こうなるんだったら昨日のうちに済ませておけば良かった!」(自分の後悔?反省)
「また徹夜になるんだったら、お弁当持ってくれば良かった」(同上)
「また徹夜になるんだった、お弁当持って行けば良かったのに」(相手に)

となっていますが、もう少しご意見をお聞かせください。

 私は「のに」は自分自身に対しても使えるかどうか知りたいです。でも、ネイティブのスピーカーでも相当意見が違うようです。shigure136さんから「のに」は独り言としても使えると確認していただきました。でも、【これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です】とおっしゃいましたね。「偶然の結果に対する不満」の箇所はまだよく分からないので聞き返したのですが、挙げてくださった例文は全部他人に「良かったのに」、「自分自身」に「良かった」を使う例文なので、shigure136さんの意図はよく分かりません。申し訳ありませんが、「のに」は自分自身に対しても使えることについてのご説明はもう少しいただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-10 15:25:17

お礼

 shigure136さん、先日もありがとうございます。折角書いてくださったアドバイスですが、削除されるなんて本当に残念に思います。でも、すでに読みましたので安心してください。shigure136さんのご親切に感謝しております。
 
 補足に対するご回答ありがとうございます。私は「~よかった」の「~」の部分を見たかったのです「にして」が日常的に使用されている言い方なのですね。安心できました。

【自分も白い方を選び、母親も白い方を選んだ事が判って、「(あ~良かった、やっぱり私が買ったのが)【白いほう で 良かった】という表現】は納得できました。確信と安心感を想定した発言なのですね。
 
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-10 16:31:30

ANo.30

#27です。ご返事ありがとうございます。


「良い悪い」が他の事柄(あるいは状況)と比較した評価の基準」
というのは、あまり上手な説明ではなかったと思います。
「良い」という語は色々な意味を持つことができるということです。

短距離の選手にコーチが「今日は良かったよ」と言えば「早い」と評価しているわけで、「遅い」ことと比較した評価になります。
演奏家に対して「今日は良かった」と言えば「上手」という評価で、「下手」な場合と比較していることになります。
「国語の成績は非常によかった」でも、「試験の得点が高かった」という意味ですから、「得点が低かった」場合との比較。
「山頂に着いて良かった」と言えば、「(これ以上)歩き続けなくて済む」ことを評価していることになり、「歩き続けるという状況」と比較していることになるということです。
つまり「なぜ良かったのか(良いのか)」という内容を考えることによって過去として認識し易くなるのではないか、と思ったわけです。
しかし、
『「よかった」は足が山頂に上がった時(たとえば、一秒後)使う言葉なので、「過去形になるのではないでしょうか。』
という適確な解釈をなさっている方に対しては全く無用のことだったと思っています。
たとえ「今」のことを言っているようでも、
『>過去の状況(つまり、「着いた」という行為)に対して、たんなる一評価の「良かった」のことではないでしょうか。』というのは、まさに同感です。
ただ、「頂上に着くとなぜ良いのか」という点を分析すると「歩くより歩かないほうが良いので、よかった」という意味になるだろうということです。
紛らわしい表現で申し訳ありません。


>「よね」は「よ」のタイプミスでしょうか。そうではないなら、ここの「よね」は難しいです。「迷った」は母に確認する必要がないのではと思いますが・・・
:売り場で黒と白のスカートを見比べながら「どっちが私に似合うかしら? 」と迷った。
そして、「やっぱり白のほうが似合いそう・・・」と考えて白を買った。
家に帰ってみると、お母さんが黒いのを買ってきていた。
まず最初に、
「あ、お母さんは黒を買ってきたの?! 」と言うと思います。
次に自分が買ってきた白のスカートを見せます。
そして、危うく同じ黒を買ったかもしれないという【危険性を回避できたことを喜ぶ】意味で、
「同じ色を買わなくて良かった!」
と言うでしょう。
続けて、「危険だった状況説明」が普通は続くと思います。
わざわざ説明するということではなく、その危険性が偶然性によって乗り越えられた幸運を話題にすることによって会話を楽しむ場合も結構あるということです。
実際にこの全てを口にする人はいませんが、
「だって、私は売り場で白にしようか黒にしようか迷ったのよね。もし、あの時『黒にしよう』と決めていたら2人とも同じ黒を買ってくることになっていたわけでしょう・・・。危機一髪だったわ。偶然だけどその危険性を避けられてよかった。」という具合です。

:私は男なので、このような場面で「よね」という言い方はしませんが、「ね」は軽い詠嘆を表わす終助詞です。
「迷ったのよ」という女性言葉に詠嘆が加わって、会話において「迷った」ということが重要な要素であることを暗示的に軽く強調することになると思います。
迷ったからこそ(同じ黒を買う)危険性があったわけですから、ここで「ね」を使うのはむしろ自然かもしれません。

「私、マラソンで優勝したのよ」と「私、マラソンで優勝したのよね」は殆んど同じ意味です。
ただ、前者は事実を表わす一般的な用法と言えるに対して、後者は「本当に優勝したのよ」「優勝したという事実は間違いないのよ」といったニュアンスを含みます。
もうひとつ「おまけ」。
「あそこの餃子本当においしいのよ」と
「あそこの餃子本当においしいのよね」のニュアンスの違い。
そこの餃子を思い浮かべながらしみじみ言う場合は後者のようになるでしょう。
「ある程度深い思い入れ」の表現です。


感覚的な回答の上、表現技術が拙いものでどうしても理路整然とした表現から外れることが多くてご迷惑をおかけします。

それに比べて#28さんを初めとする他の方々のご回答は整然としている場合が多いと思います。
いつも大変参考にさせていただいています。(感嘆符などの後はスペース、なども実行しているつもりです)
この場をお借りして感謝申し上げます。
ただ、#28の内容は私にも少し難しくて全て理解し切れていません。
もう少し勉強する必要がありそうです。

ただ、#28さんには、
差し支えなければもう一肌脱いでいただけると有り難い(風を召されぬ程度に)と存じますが、お気が向きましたらお願いしたいと思います。

1、
「>完了ってのは、これは英文法をごく安易に想起していただいて結構でしょうが、現在完了とか過去完了とか未来完了とか、どの時制にも現れるんですよ。そこで更なる前後の区分を作り出す。(A)」
「>こういうものを「過去」という言葉で説明しようとするのは愚じゃありませんか。無用かつ深刻な混乱と歪曲を招くだけです。(B)」

(A)の「前後の区分を作り出す」という箇所が上手な説明だと思うのですが、これは厳密には「その時点における過去を仮定する」ということになり、私の「既成事実としての過去を仮定する」と同じ意味だろうと思います。
「カードで引き出したほうが簡単です」という場合は、
未来における引き出す行為を想定して、その時点での「前後の区分を作り出す」ということになるのでしょうか。
「無意識ですよ、発語において文法の支配は」とおっしゃるのも、
「客観的な時制(過去であろうと何であろうと)に規制されるものではない」という意図もわかるのですが、この概念の最大の欠点はおっしゃるところの
「>客観的な時制」を解釈しづらくしているという点だと思うのですがいかがでしょうか。

ですから、(B)のような結論にはどうしても抵抗があるのですが、どんなものでしょうか。

2、「過去・現在・未来なんて截然と分かれた三つの時制なんかなくたって、一つの線状の連続体における前後関係をいちいち紛れなく指定できるならばそれでとくに困ることはないはずです。」
はかなり哲学的な概念ではないかと感じるのですが、おっしゃるように「>我々はみんな永遠の現在の中にいる。」わけです。
であれば、その現在を起点にして過去や未来という時制を創造する思考形態はごく自然と言えるようにも思うのですがいかがでしょうか。
因みに私が述べたのは、あくまで【現在という認識をすることが不可能】ということで、正確な現在の状態を表現することは不可能という意味です。
表現した時点ですでに現在ではなくなっているので。

3、>助動詞「た」の先祖は「たり」、「たり」の元は「助詞『て』+動詞『あり』」です。アリですよアリ。確固たる存在もしくは事実として認めること、それが「た」の本質でしょう。
:歴史的経緯を興味深く拝見させていただきました。ただ、よくわかるのですが「て+アリ」は「アリ」とは相当趣が違うのではないでしょうか。
「て」は動作の連続・作用の推移を意味する助詞だと認識していますが、これはまさに過去の時制を髣髴とさせる助詞とさえ言えるような気がします。
「アリ」のみではなく「て」を付加せざるを得なかったところに「たり」の過去形としての宿命が現われているように思われます。

ともかくありがとうございました。
awayuki_chさんにも勝手に欄を使用させていただき、お詫びとお礼を申し上げます。

投稿日時 - 2006-05-05 17:27:09

お礼

 hakobuluさん、こんにちは。最近ずっとこの問題を考えています。返事が遅くなりまして本当に申し訳ありません。何度も詳しいご解説ありがとうございます。
「頂上に着くとなぜ良いのか」という視点からの細かい分析に感謝いたします。とても参考になりました。それから、#27のA1はもう一度読みました。A1のおっしゃる意味も理解できました。
 例文の中の「よね」の使い方までもご丁寧に教えていただき本当にありがとうございます。また、いつか機会がありましたら、詳しいお話をお聞かせいただきたいと思います。
 いろいろ本当にありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。日本語の勉強、頑張ります!

投稿日時 - 2006-05-10 14:12:33

ANo.29

#25です。ご返事ありがとうございます。
私の考え方については大体そんなところです。

『新明解国語辞典(第五版)』の引用をありがとうございます。
興味深く拝見しました。
名前に偽りなく明解な解釈だとは思いますが、「すでに」「結果が現われている」などの文言が含まれており、過去時制の要素が多分に含まれていることはこの辞典も認めているような気がします。

しかし、
●昨日雨が降った
●新聞はもう読んだ
●私がやったら出来なかった
までをも【主体の判断】とするのであれば、「過去形」という概念は必要なくなるのではないでしょうか。
この辞典では、どのような構文を以って過去形と説明しているのでしょうか。
興味深いところです。
つまり、「雨が降った」が主体の判断だとする考え方は、過ぎ去った事象は個人のそれに対する認識があって初めて事実として存在したことになる、という実に哲学的な解釈ではないでしょうか。
哲学的な解釈が悪いとは言いませんが、昨日という過去の(天候という)単純な事実を表現していると考える方が自然ではないかと思います。

なぜこのような無理な解釈をするのかと言えば、例えば「今度会ったときに話そう」という場合の「た」を説明する場合、未来のことなのに過去形が使われている、という矛盾を避けるためではないかと推測します。
しかし、「今度会ったとき」を私流に解釈すれば、『「会う」という事実が確定的に過去になるような状況が今度発生したら、そのときに話そう』ということになります。
なぜ、「会うとき」ではなく「会ったとき」とわざわざ過去形にするのかといえば、未来のある時点における「会う」という行為がすでに過去のものになっている(=会った)という想定をすることによって「そのとき(時)」が確実に訪れるということになり、結果として強調されるからです。

「この辺は昔は寂しかったろう」
については、明らかに過去形であって、主体の判断を表わしているとすれば「ろう」という推量の助動詞があるからに他ならないのではないでしょうか。

「済まなかったね」
という場合も単純な過去形と言ってよいと思います。
例えば、誰かとぶつかった瞬間は「済まない」と言うはずで、「済まなかった」とは決して言わないでしょう。
この文における「本当に」という強調は、文尾の「ね」という詠嘆を表わす終助詞のなせる業と解釈すべきではないかと思います。

「あしたは月曜だったっけ(月曜にまちがい無いね)」
は、類似文が既出ですが、「暦の上では(昔から)月曜ということになっているのだったよね」という解釈をします。

「帽子をかぶった(=かぶっている)人」
は、「見た(あるいは見る)段階で【すでに】帽子をかぶっている人」という意味に受け止めます。

「絵にかいた(=かいてある)ような景色」
は、「【すでに】絵にかいてあるような景色」「【元々(遠い以前から)】絵になっているような景色」ということになります。

天下の辞典にたて突くつもりは毛頭ありませんが、個人的な見解として述べるだけ述べてみました。

投稿日時 - 2006-05-04 21:29:12

お礼

 度々ありがとうございます。 
『新明解』の用例を一つずつ丁寧に説明していただきありがとうございます。外国人勉強者の私にとっては理解しやすい説明方法になると思います。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-05 01:47:51

#24に訂正すべきところがありました。

>「自分のおおむね知っていること」と書いていただきたきたかったところ。

これは、「『自分が大体は知っていると思っていること』と書いていただきたかったところ。」でした。失礼。

そんじゃあその、#23さんのご要望にお応えいたします。率直に申して、あんまり気が進まないんですが。なるべく、ご主張を言い消すのではなくポジティブなかたち、とは新明解の語釈を解説したり敷衍したりすることでしかありませんが、そういうふうに物を言うように勉めます。けど…うまくいくかしらん…。

まず、新明解の語釈の受け取り方に間違いがあると思います。助動詞「た」が「主体の判断」だ、というのは、裏を返すと客観的な時制(過去であろうと何であろうと)に規制されるものではない、ってことを言ってるんだと私は解しております(日本語には時制がないのでね)。意識の有無とは無関係です。と言うか、無意識ですよ、発語において文法の支配は常に。

過去と完了と、何が違うかお分かりになってますでしょうか。これ、たいていの人は分かってないと思う。完了のことを過去だと思ってると思う。それは常に間違いとは言えないが、過去が完了だと思うならそれは明白な間違いです。それに第一、日本語には過去がないし。

完了ってのは、これは英文法をごく安易に想起していただいて結構でしょうが、現在完了とか過去完了とか未来完了とか、どの時制にも現れるんですよ。そこで更なる前後の区分を作り出す。

こういうものを「過去」という言葉で説明しようとするのは愚じゃありませんか。無用かつ深刻な混乱と歪曲を招くだけです。

そんで新明解の語釈って要するに「完了の助動詞」と言うだけでは一般人には訳が分からない、と言うか不十分なところを補正してできた語釈だと思うんですよ。

で、日本語には過去がない、未来もない、というのは時間を天地開闢から尽未来際まで、一個の連続体として扱う、ということです。過去・現在・未来なんて截然と分かれた三つの時制なんかなくたって、一つの線状の連続体における前後関係をいちいち紛れなく指定できるならばそれでとくに困ることはないはずです。「完了」というのはそのポイントを指定する機能の謂でしょう。それさえあれば混乱も不自由もない。むしろ英語みたいに三つの時間的領域を画然と区切り続けようとする努力の意味が私にはよく分からない。

#23で「「現在」という時制を認識すること自体が不可能(あるいは難しい)という本質がある」とおっしゃってますが、これは違うでしょう。私は生まれてこのかた現在から一歩も出たことがありません。過去にも未来にも足を踏み入れたことはありません。死ぬまで必ずそうでしょう。我々はみんな永遠の現在の中にいる。

日本語も同じ。永遠の現在の中に生きている。過去は過ぎ去らずに現在の中に積み重なり続ける。

でも、もともとは、昔は日本語も過去を持っていました。重ねてでも、文法学者はよくよく過去の一語が嫌いなようで、助動詞「き」や「けり」が表すのは過去というよりは「回想」がふさわしい、なんて強く主張する向きもあるようですが。

私はこれは大勢のごとく「過去の助動詞」と呼んで構わないと思います。これが記憶の中にのみ残った事柄、過去にはそうであったが現在はそうでないものを語るために用いられるなら、十分に異質な時間、現在に閉じこめられた我々にとって、境界の向こう側にある時間と見ていいでしょう、英語のように文法的強制力として働かないとしても。

助動詞「き」「けり」「けむ」「らむ」は一体なぜ消滅したのでしょうかね。そりゃ過去を現在化する技術が導入されたからじゃないですか。記憶が記録に取って代わられてゆくなかで、これらの助動詞は不要になっていったのではないかしら。歴史とは常に現代史であるほかない、とかなんとか誰か言ってませんでしたかね。

助動詞「た」の先祖は「たり」、「たり」の元は「助詞『て』+動詞『あり』」です。アリですよアリ。確固たる存在もしくは事実として認めること、それが「た」の本質でしょう。過去という概念に頼るとこは有害無益と考えます。

投稿日時 - 2006-05-04 20:07:56

お礼

 訂正ありがとうございます。了解いたしました。
 今回の内容は今の私にはとても難しいです(たぶん無理・・・文頭と文末しか分かりませんでした〔涙〕)。日本語の勉強年数はまだ浅いです。mannequinkatzeさんのこのお話の真意はまだ分からないのですが、もう少し日本語を勉強して何年後また読み返すつもりです。#28は全文印字しました。
 心より厚くお礼申し上げます。

投稿日時 - 2006-05-05 01:23:07

ANo.27

#23です。ご返事ありがとうございます。

◆<A1.「よかった」という言葉。>
(1)「田中花子氏は中学時代、国語の成績は非常によかった。」(ここの「中学時代【で】」は誤用です)
(2)「よかった。やっと着いた。」

a.
『1と2の「よかった」は同じ「よかった」と思えないのですが』というのは日本語を良く理解している証拠と言えるでしょう。
ただ、どちらも漢字の「良」という字が使われるわけで、基本的な意味は同じではないかというのが私の考えです。
2は、おっしゃるように現在の嬉しい気持ちを表現していることになります。
それなのに、なぜ「よい。やっと着いた。」と言わないのか? というのが素朴な疑問として湧くのは当然ではないかという観点からの回答になります。

この「た」が(嬉しい気持ちを)強調する役割を持つというお考えもあるようですが、それを否定するわけではありません。
「た」にはそういう意味も含まれていると言われればその通りというしかないのですが、ただ、それは結果論であって「なぜ強調する役割を持つことになるのか」という視点がないと、日本語を勉強する外国の方々には理解しづらいのではないかと考えたわけです。
そして、【本質的には】どちらも過去形であると考えていいように思うということです。

では、富士山の頂上に着いて「よかった。やっと着いた。」という場合、今の(嬉しい)心境を表わしているにも係わらず、どういう意味で過去形と言えるのか。
まず、「良い(よい)/悪い」というのは、他の事柄(あるいは状況)と比較した評価の基準を示しています。
つまり、歩き続けるという状況と比較していることになります。
歩き続けることが「既に終わった」、という過去の状況に対して「良かった」と評価しているわけです。
歩くことが終わったのは「今」なのですが、「よかった」と口に出す時点で既に過去のことになっています。
時制としては微妙なところですが、それを敢えて過去形として認識しようとするところに【歩くことは既に終わった。だから良かった】という点を強調する意図が込められているのだと思います。
日本人は赤ん坊の時から耳で感覚として覚えているので、日常会話においてその用法の違いを意識することは殆んどありません。
ただ、その【感覚の理由】を分析すれば過去形という本質があるのではないか、と思うわけです。

b.
『(2の)「よかった」から話し手の嬉しい、興奮などの一連の気持ちも感じられると思います。』というのは正しい解釈です。ですが、
『(2の)10代の感情豊富な若者の「よかった」のような気がします』は違いますね。
老若男女を問わず使える表現です。

c.
>「~ほうがよかった」の中の「よかった」はどちらの使い方の「よかった」なのでしょうか

述べてきたように、本質的にはどちらでも同じだろうと思います。
ただ、比較するという意図がが明確になっている点で2と覚えたほうが覚え易いのは確かでしょう。

この辺は説明不足のような気もしますが、釈然としないようでしたらまた補足を入れてください。

◆<A2>
1.「白にしたことはよかった!」
2.「白を買ったことはよかった!」
は共におっしゃるとおり直訳っぽいですね。

3.「白にしてよかった!」は自然な表現です。
白のほうにして(白のほうを選んで)本当によかった、というニュアンスがよく出ています。
「あ、お母さんは黒を買ってきたの?!もし同じのを 買っていたら大変だったわね。(黒でなく)白にして本当によかった! 」という感じです。

4.「白を買ってよかった!」も自然です。
ただ、3に比べると【本当によかった】というニュアンスは弱いと思います。
「あ、お母さんは黒を買ってきたの?! 実は私も売り場でどちらを買おうか迷ったのよね。でも、お母さんが黒なら私は白を買ってよかった」という感じでしょうか・・・。
白を選んでよかったということよりも、(同じことですが)白のほうを貴重なお金を使って購入したということに対してよかったと言っているニュアンスがあります。

5.「よかった!私の選択はやっぱり正解!」
このようなシチュエーションでは、殆んどの人が「よかった」という言葉を使うでしょうね。
最も自然な表現だと思います。
後に続く言葉としては「やっぱり白にしてよかった」「やっぱりこっちにしてよかった」などもよく使われると思います。
「私の選択」という言葉を敢えて使うことはあまりないと考えたほうがよいでしょう。
「よかった。白にしてやっぱり正解!」というような形だと自然です。
ただ、気をつけなければならないのは「やっぱり=やはり」です。
つまり、この言葉は「予想したとおり」というニュアンスを持ちます。
お母さんが黒を買うだろうということを予測するような状況がないのに(例えばお母さんがスカートを買いに行った、ということをawayuki_chさんが知らない場合など)、この「やっぱり」という言葉は使えません。
「正解!」はこのような状況でも使えます。
ただ、この場合は半分「ラッキー!」というようなニュアンスになりますね。

その場の雰囲気次第なのですが、
「あ~、白にしてよかった!」が最も自然なように私は思います。
お母さんはどっちの色を買うだろうかと迷った末に白を買ってきた場合は、
「やっぱり白にしてよかった!」

◆<A3.この「引き出した」の「た」の理解はいまいちです。>
完了ではなく過去形として使ったつもりです。
話し手は相手に、「既に引き出した」という状況を仮定してみてください、と言っているわけです。
『あくまで仮定ですが、カードで引き出したということが過去の動かせない事実として確定してしまったとしても、その時点で決して(他の方法のほうがよかったと)後悔することはないほど簡単だということは間違いありません。』
という意味を含んでいるということです。


しかし、awayuki_chさんの文章は日本語自体は完璧とおだてるつもりはありませんが(それでもそこいらの日本人よりは遥かに上等な日本語をお遣いですが)非常に論理的です。
そのへんが回答者にも投稿する意欲を湧かせているのだと思います。
納得するまで補足入れてください。

ただ、今回の件は言葉自体の意味は既に正確に把握していらっしゃるようで、そのあと解釈の方法についての論議になっています。
私の考えはあくまで個人的な感覚にもとづいたもので学問的な根拠はありません。
また、ネイティブでも相当見解の分かれるところだと思うので、awayuki_chさんが理解し易い方法を採用すればよいのではないかと思います。
多くのネイティブがそうであるように、解釈の中身よりも、実際的な表現が適切であれば何の問題もないことだからです。

投稿日時 - 2006-05-04 13:31:56

補足

>変な比喩をするなら、1の「よかった」は平然たる大人っぽい感じの「よかった」に対して、2の「よかった」は10代の感情豊富な若者の「よかった」のような気がします。

>『(2の)「よかった」から話し手の嬉しい、興奮などの一連の気持ちも感じられると思います。』というのは正しい解釈です。ですが、『(2の)10代の感情豊富な若者の「よかった」のような気がします』は違いますね。老若男女を問わず使える表現です。
 
 変な比喩の文を書きました。「1は極めて冷静な雰囲気の言葉に対して2は人の感情に浸透される雰囲気の言葉のような気がする」という意味を表したかったのです。書き方が下手で申し訳ありません。

 A1についてまだすっきりしていないので、もう少しご意見をお聞かせください。

>では、富士山の頂上に着いて「よかった。やっと着いた。」という場合、今の(嬉しい)心境を表わしているにも係わらず、どういう意味で過去形と言えるのか。まず、「良い(よい)/悪い」というのは、他の事柄(あるいは状況)と比較した評価の基準を示しています。つまり、歩き続けるという状況と比較していることになります。歩き続けることが「既に終わった」、という過去の状況に対して「良かった」と評価しているわけです。

『「良い(よい)/悪い」というのは、他の事柄(あるいは状況)と比較した評価の基準を示しています。』とおっしゃるのですが、「他の事柄(あるいは状況)と比較した評価の基準」とはどういう意味でしょうか。

「他の事柄(あるいは状況)と比較する」なら「~ほうがよい」という表現でしょう。つまり、「ほうが」がこの比較のニュアンスをもたらすと思います。たんなる「~がよい」でも比較の意味が含まれているのでしょうか。山頂に着いた時言う「よかった」は「~ほうがよかった」の省略ですか。過去の状況(つまり、「着いた」という行為)に対して、たんなる一評価の「良かった」のことではないでしょうか。私は「他の事柄(あるいは状況)と比較した評価の基準」の意味がよく理解できてないので、hakobuluさんの意味を勘違いしたかもしれません。

>「歩き続けるという状況と比較していることになります」

 何とこの「歩き続けるという状況」との比較のことをおっしゃっているでしょうか。

 私は「よかった」を「着いたということがよかった」、「着いてよかった」のことだと理解しています。「よかった」は足が山頂に上がった時(たとえば、一秒後)使う言葉なので、「過去形になるのではないでしょうか。

 hakobuluさんの『「歩き続けるという状況」との比較』の説明はまだよく理解できていないので、もう少し説明していただけないでしょうか。私はここの比較の理論がよく分かりません。

 ということで、次の内容の理解も難しいです。

>「~ほうがよかった」の中の「よかった」はどちらの使い方の「よかった」なのでしょうか

>述べてきたように、本質的にはどちらでも同じだろうと思います。ただ、比較するという意図がが明確になっている点で2と覚えたほうが覚え易いのは確かでしょう。

 A3についてですが、一箇所はタイプミスであるかどうか確認していただきたいです。

>「あ、お母さんは黒を買ってきたの?! 実は私も売り場でどちらを買おうか迷ったのよね。でも、お母さんが黒なら私は白を買ってよかった」という感じでしょうか・・・。

「よね」は「よ」のタイプミスでしょうか。そうではないなら、ここの「よね」は難しいです。「迷った」は母に確認する必要がないのではと思いますが・・・

 長くなりまして本当に申し訳ありません。もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-04 22:11:48

お礼

 度々ありがとうございます。
 
 A2のご回答は全部理解できました。私は「~よかった」の「~」の部分を見たかったのです。「したことがよかった」という文はやはり日常会話で不自然なのですね。確認していただき安心しました。また、「ほうが」、「すれば」、「しておけば」、「して」などのように「よかった」の前にいろいろ付けられますね。
 
 A3も解決しました。hakobuluさんの考え方はよく理解できました。
 
 私は「~ほうがよかった」の使い方は確かに皆さんのおかげですでに分かりました。ただ、「よかった」という言葉遣いがまだ少し気になるので、もう少し考えさせていただきます。励ましてくださりありがとうございました。頑張ります!

投稿日時 - 2006-05-04 23:10:11

ANo.26

度々申し訳ありません。
#25の訂正です。下から三段目。

【しかし、これは先に「食べたほうがいいよ」の「た」を強調と判断しているために無理に作られた解釈のように感じます。
単純に、「未来の行為に対する忠告なので過去形は使えない」と解釈するのはダメでしょうか。】
という箇所が誤解にもとづく内容で、結果としても甚だしい論理矛盾でした。
お詫びして全面的に撤回し、以下のように訂正します。

『これは確かにおっしゃるとおりだと思います。
ただ、この場合もやはりあくまで「食べなかった」ということを【既成事実として仮定すること】が不可能なので過去形として言えない、という考え方をします。』

投稿日時 - 2006-05-03 02:26:55

お礼

 何度もありがとうございます。この考え方も納得できます。

投稿日時 - 2006-05-04 20:58:38

ANo.25

#23です。
#21さんと#22(=#20)さんのご回答を読んで感じたことがあるので、またお邪魔させてください。
私自身は、どちらかと言えば#21さんのお考えに近いようです。
#22さんクラスの実力をお持ちであれば受け止めていただけると思うので、「~た」についてのご見解に疑問を投げかける形で少し述べさせていただきたいと思います。

残念ながら私は新明解を持っていないのですが、#20において、「た」は「主体の判断を表す」という点が肝要であるとおっしゃっておられます。
しかし、これはあくまで結果的にそうなるのではないかと私は考えます。
つまり、「ここは主体的判断を表わすところだ」と考えて「~た」を使う人はまずいないということです。
ただ、「主体的判断」を表わしたいような場面では、「~た」という表現が【無意識的に】使われるのではないでしょうか。
そして、なぜ無意識的に使われるのかという点を問題にすべきではないかと考えるわけです。

21さんもおっしゃっていますが、
「遠足だったよね」と「雨だったよね」は、『ということだったよね』と、【過去に確定していた事柄の再確認】という意味に解釈するのが妥当なように思います。

「あった!」が現在形であるとおっしゃっているのはわかります。
ただ現在形と言うならば、なぜ「ある」ではダメなのかということが論点になるべきだと思います。
「あった!」は、ある状態を脱して問題が確定した場合の表現とおっしゃっておられますが、これは非常にわかりやすい解釈だと思います。
ただ、【なぜ確定した時に使うのか】という点を考える必要があるのではないでしょうか。
鋏の例で言えばまず、これは「ずっと探していた」という継続行為を暗に強調している点が重要だと考えます。
そして、「こんなに探していたが、実はそれ以前(という過去)に鋏はすでに(ここに)あった。」というニュアンスが「た」を使わせるのだと思います。
つまり、【すでに存在しているもの】を探すわけですから、それを見つけた時には【(元々)ここにあった!】ということになるのではないでしょうか。
「どこにあるか」は、そのような言葉を口にしている今の時点で鋏はどこにあるのかという意味ですし、「そこにある」は、そう言っている瞬間の鋏の状態を指しているわけですから、現在の時制になるのは当然でしょう。

『ずっと探し続けてきたが、実は鋏はそこに【すでに】あった』という過去の状況として表現することによって、探し続けてきたことの虚しさ(もっと早くにこの場所に気がついていれば、こんなに長い間探さなくてもよかったのに・・・、という)が強調されているわけで、このような感情を表現したい時に【過去形としての「た」】が自然に使われているということではないでしょうか。
特に探す必要もなく目の前のものを確認するだけであれば、「ある」と言うでしょうし、それは探し回った苦労を強調する必要がないからだろうと考えるわけです。
無論、この場合の「ある」も「あった」も、その場の鋏の状況としては同じく【現在】という時制になります。
ただ、「あった」のほうは「探し回った」という行為を強調させるための表現ということです。
そのためには、探し回るという行為より以前(すなわち過去)に鋏があるという状況は存在した(すなわち「鋏はあった」)、ということを過去形として明確にするのが効果的だと感覚的に理解しているのではないかと思うわけです。

#22欄においては、
【やめとけという気持ちを強調したくても「食べなかったほうがいいよ」とは絶対に言わない】理由として、「否定形がどこまでいっても観念に過ぎない」という解釈をしていらっしゃいます。
しかし、これは先に「食べたほうがいいよ」の「た」を強調と判断しているために無理に作られた解釈のように感じます。
単純に、「未来の行為に対する忠告なので過去形は使えない」と解釈するのはダメでしょうか。

「どいた、どいた」については、
『これから「どく」なんて悠長なことを言っている場合じゃない。
すでに(過去の事実として)「どいた」という状況が作られていないと間に合わないというぐらいの気持ちで、すぐにどいてくれ。』という解釈を私ならします。

#22さんの胸をお借りする心境で述べてまいりましたが、ご質問者であるawayuki_chさんのご理解に発展的な意味を持つ投稿であることを願うばかりです。

投稿日時 - 2006-05-03 01:05:41

補足

 私の理解で間違いがありましたら、指摘していただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

hakobuluさんのお考え方

「た」は過去の(百年前も一秒前も「過去」)事実を表すだけである。ただし、この事実からいろいろな感情を導くことが出来る。この感情を導くことは必要な一環とは限らない。

#22さんのお考え方

「た」自身には主体的判断が含まれている。文によっては、主体的判断は表面的にはよく見えないかもしれないが、「主体的判断」が「た」の本質である。

ということでしょうか。

 ついでに、『新明解国語辞典(第五版)』より「た」の引用です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
た(助動・特殊型)
(1)その事柄がすでに実現し、結果が現れているものと△認められる(見なす)という主体の判断を表す。
●昨日雨が降った
●新聞はもう読んだ
●この辺は昔は寂しかったろう
●私がやったら出来なかった
●今度会ったときに話そう
●済まなかったね(=本当に済まないね)
●あしたは月曜だったっけ(月曜にまちがい無いね)
●帽子をかぶった(=かぶっている)人
●絵にかいた(=かいてある)ような景色

(2)「終助詞的に」軽い命令を表す。
●さあ子供はあっちへ行った。
●どいた、どいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 以上、引用済みでした。

投稿日時 - 2006-05-04 12:24:29

お礼

 私のせいで大変お騒がせして本当に申し訳ありません。「た」の理解はネイティブスピーカー同士でも意見が違うようですね。「た」は過去の事実であることは強調したいのですね。心より厚くお礼申し上げます。

投稿日時 - 2006-05-04 13:42:04

フムフム、だいぶご理解が進んだようで大慶の至りです。#20&22です。

まずはご要望にお応えして、ハサミを発見したときに「あった」と言わずに「こんなところにある…」と言いさすとき、表に出さずとも周りにはひしひしと伝わる内心の言葉、それは何かというと、「おろろー、こんなところにある。俺はこんなところに置かなかった。置くはずがない。定位置を決めているんだから。誰かが無断で使ったにちがいない。誰だよひとのもん勝手に使ったのは。べつに使ったっていいけど、ちゃんと元に戻せよ。俺はこんな横暴をぜったい認めんぞ、こんな理不尽は死んでも許さんぞ」といったところかな。いや、そこまでは言っとらんか。呵々。

「あ、あった」なら素直に事実を認めているわけです。そう言わずに「ある」と言うということは、事実を事実として認めたくない、不服である、現状は現状としてどうにもならないとしても現状が出来するまでの経緯は承服しがたい、という気持ちを表明することになるのでした。(←この文末の「た」も過去を表しているわけではないですよね。これがなんぴとにも反駁不能の事実だ、という私の気持ちの発露なんですな。(文中の「出来」はシュッタイと読みます。為念。)

>「~ほうがよかった」は「~ほうがよかったんだ」で表現するともっと理解しやすいかもしれません。

はい、後者のほうが強いのは確かです。「天丼にしたほうがよかったんだ…」なんて言うとしたらもう目のふちにポチリと涙のようなものが浮かんでいる感じ。後悔にうちのめされてる。泣くなよ食べ物の選択くらいでよ、と言いたくなりますな。

>「過去形+っけ」

これは「動詞+助動詞「た」+っけ」と書くべきです(しつこくてごめんね)。過去とは無関係ですから。

>自分の思っていることを他人に確認するので、「主体の判断」ということになるのでしょう。

これはたぶん違います。「自分の思っていること」ではなく、「自分のおおむね知っていること」と書いていただきたきたかったところ。

これは「動詞(終止形)+っけ」との比較において考えるべきなのですが東京弁にはこのかたちがたぶんありません(すぐ南隣の神奈川にはあるんですけどね)。そこでよく似た意味合いで二通りの形がある表現を比較してみましょう。いきなり具体例でいきます。

1.例のプレゼン、今日でしたよね?
2.例のプレゼン、今日ですよね?

両方とも確認的な質問です。すなわち、プレゼンが今日であることは承知しているけれども、念のために確かめておきます、という訊き方です。何が違うかというと、承知の度合いです。前者が百までゆかずとも九十くらい承知なら、後者は五十というところ。ですから、普通は後者の言い方は避けるべきでしょう。だって「お前は大事な商談の日もろくろく憶えとらんのかあっ! しかもこんな間際に訊くことかあっ!」と突っ込まれるおそれがあるから。まあ、これくらいは顔つきで補うことも可能でしょうけど。知れきったことながらあくまで念のために尋ねます、という面持ちで訊くなら、OKでしょう。

1.出前を頼んだけど、一時になっても来なかった。
2.出前を頼んだけど、一時になっても来ない。

この二つもおっしゃる通りで、同じことです。後者のほうが気持ちが出ている、というのは不服そうな感じが強いということです。納得してないんですね。確定済みとして受け入れることはしませんよ、って意味になる。

十一時半に電話したんだから一時になっても持ってこないなんてありえない、そんな馬鹿なことを認めるわけにはいかない、と間接的に主張していることになるわけです。ですから、「こんな馬鹿な話があるか!」という怒罵が続くとしたらこれは2のほうです。1に続く表現は「これはどういうことか、説明していただけますか?」というもっと冷静な言い方がふさわしい。

現代日本語は現在と過去とを截然と分節する言語的装置を備えていないのです。過去形なんてものはないし、それなら現在形もないし、となれば過去や現在という時制もない、ついでに言えば仮定法もない、というのが正しい認識だと思います。おっしゃるように、第二言語として学んでらっしゃるかたがたには別に受け入れがたいことではないのかもしれません。日本人こそがこれを認めたがらない、ということが今回よく分かりました。まず中学校で英文法を学び、国文法を本格的に学ぶのは高校からですから、そういうことになってしまうのでしょう。

私が記した「~するほうがよかった」という表現がない、と主張してる人がいました。「た」は過去の助動詞だと信じ込んでいるからこんな間違いをわざわざ言い立てるのでしょう。議論には及ばない、ただ反証を示しておきます。漱石の『こころ』の中章第四に「いっその事、…お客でも呼ぶ方が好かったんだよ。」という母の台詞があります。鴎外の『渋江抽斎』には「この人は抽斎の師の中に列する方が妥当であったかも知れない」とあります。こんな例はいくらでもある。

「~するほうが」と「~したほうが」も上の例とまったく同じことです。前者は慎重で、ときとして冷淡に響く。後者はともすれば押しつけがましくなりかねない。

初めてのデートで餃子を食べたとします。醤油だけつけて一つ食べたら「お酢入れたほうが美味しいよ。ラー油もね」と言いながら返事も待たず早くも手が動いてこちらの小皿に酢をチャーと注いでしまう。世話女房タイプ。こっちはわざと醤油だけで喰ってんだよ、と言いたいが言えない。けっこう嬉しかったりして。

同じ状況で大人しい人なら「お酢いれるほうがいいんじゃないかな…あ、ごめん、余計なお世話だった…?」とおずおず言ってすぐ謝ったりして。思慮深いんだか鬱陶しいんだかよくわからない。

まあこれで十分かと思いますが、駄目押しにちょっとこんな文を見ておきますか。志賀直哉の『焚火』、最後の二段落です。

「Kさんは勢よく燃え残りの薪を湖水へ遠く抛った。薪は赤い火の粉を散らしながら飛んで行った。それが、水に映って、水の中でも赤い火の粉を散らして飛んで行く。上と下と、同じ弧を描いて水面で結びつくと同時に、ジュッと消えてしまう。そしてあたりが暗くなる。それが面白かった。皆で抛った。Kさんが後に残ったおき火を櫂で水を上手に撥ねかして消してしまった。
 舟に乗った。蕨取りの焚火はもう消えかかっていた。舟は小鳥島を廻って、神社の森の方へ静かに滑って行った。梟の声がだんだん遠くなった。」

日本語の小説を読むと、「過去形」と「現在形」が混在していることに戸惑うはずです。英語なら律儀に、と言うより馬鹿みたいに過去形が連続します(描出話法なんてのもありますが、日本語みたいに奔放かつ自在に入り交じることはできません。)

さて、この引用文、三つだけ現在形モドキがあります。すべての文は連続する時間の中で継起する出来事を写しています。なぜここだけ過去形モドキでないのか、分かりますか。

それは現在形モドキで描かれたがずいぶんと新鮮な光景だったからでしょう。光を放つ物体が夜の黒い水面の直上を飛んでゆくのなんか、私もけっこう長く生きていますが、見たことがありません。これはおお、こんなふうになるんだ、当たり前と言えば当たり前だが、と著者も目を見張ってる感じが生々しく伝わってきます。ほかの「た」で終わる文の落ち着きとの対照性を味わってください。

「食べずにいるその姿は具象としてはむしろ別の、食べることとは無関係のポジティブな形、おしゃべりや読書やゲームに空腹を紛らわそうとする姿としてのみ認識される。」を言い換えろ、とのことですが、はい、「人間は、何もせずにいる、ということはできない。なにかしらしていざるを得ない」で、どうでしょう?

牛丼は私も嫌いじゃありません。心の中で「マズイけどウマイ。いや、マズイからウマイ。絶対矛盾の自己同一。いや、事故同一?」などと呟きながらしばしば、わしわしと掻き込んでおります。

まあしかし、ほんのちょっと前まで、牛丼なんてものはご婦人の食すべきものとは考えられていませんでした。牛丼屋って、みごとに男ばっかし。男ならざるものがいるとしても単独で来店ということはありえない。若い男女が交際を始めると、カノジョはカレシに「吉野家連れてって~」などと頼み、カレシは安上がりでラッキーと思いながら「よしよし」と連れてくるのでありました。そんなのしかいませんでした。今は一人で来て「特盛りツユダクで」なんてやってる。世の中は常に動いてますな。

えーと、あとタカラヅカについて、直球で答えておきます。この前のはちょっとひねってしまった。

「清く正しく美しく」は実のところ、「男日照り」もしくは「女日照り」の意味で使われます。タカラヅカというのはずいぶんと禁欲的なところで、酒と煙草と男が禁止されているそうです。まあ在団中に結婚をしないことだけは確かのようです。

投稿日時 - 2006-05-02 23:34:27

お礼

 早速のご返事ありがとうございます。

「こんなところにある…」のニュアンスはとても私に伝わってきました。よく分かりました。「でしたよね?」と「ですよね?」の違いもとても参考になりました。承知の度合は前者のほうが強いのですね。

「来なかった」と「来ない」の理解はmannequinkatzeさんのおっしゃる通りで心配しないでください。実は、中国語もこのように表現しますので。

「現代日本語は現在と過去とを截然と分節する言語的装置を備えていない」のお考え方がよく理解できます。外国語のカテゴリーで『中国語の「時制」について』に関する質問がよく目にします。日本語と中国語と本当にいろいろなところで似ています。中国語の中では、日本語のこの「た」に近い成分があります。英語の時制の感覚を捨てて日本語の「た」の感覚で理解していただければ、中国語の「時制」の問題も理解しやすくなると思います。
 
 志賀直哉の『焚火』はまだ読んだことがありません。最後の二段落はとてもきれいですね。「薪は赤い火の粉を散らしながら飛んで行った。それが、水に映って、水の中でも赤い火の粉を散らして飛んで行く。上と下と、同じ弧を描いて水面で結びつくと同時に、ジュッと消えてしまう。そしてあたりが暗くなる。」は私もこれまで見たことがありません。でも、頭の中で自然とこの一シーンが不思議に現れました。とてもすばらしい文章の結末だと思います。全文を読みたいです。これからもすばらしい文学作品をお勧めください。とても気に入ります。
 
 牛丼は日本で女の子らしくない食べ物だと聞いたことがあります。それでも好きです。おいしいというとても単純な理由で(笑)。最後に、「清く正しく美しく」のネタばれありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-04 02:24:18

ではQNo.2095116の疑問【「~したほうが」の「た」は何でしょうか。「~したほうが」と「~するほうが」は使い分けておられるでしょうか。】にお答えしましょう。

この問題を解く鍵はあっちの#5さんがすでに提示していらっしゃる。ナントカなる行いを勧めるときに「ナントカしたほうがいい」とは言うのに「ナントカしなかったほうがいい」とは絶対に言わないのはなぜか、これを考えればこの問題はおおむね回答を与えられたことになるはずです。

具体例で言うと、「こんなときは無理してでも何か食べたほうがいいよ」とは言う。「こんなときは無理してでも何か食べるほうがいいよ」ではかなり変。「何か食べるほうがよくないですか…?」ならOKでしょう。これだと「私がどうこう言ってもどうせ聞く耳持たないだろうけど」という含意が感じられる。要するに助動詞「た」を用いると強くなるんですよ。気持ちの強さが言葉に現れる感じ。

で、否定形はどうか。「まだお腹の傷もふさがってないんだし、あんまり食べないほうがいいよ」とは言う。やめとけという気持ちを強調したくても「食べなかったほうがいいよ」とは絶対に言わないんですよ。さあその理由は何でしょう。

それは否定形がどこまでいっても観念に過ぎない、観念の否定という観念に過ぎない、ということでしょう。肯定する形は事件として、実在として感知することができます。否定形はそうではない。「食べる」姿は実在する。「食べない」姿はない。あるとしても頭の中にしかない。食べずにいるその姿は具象としてはむしろ別の、食べることとは無関係のポジティブな形、おしゃべりや読書やゲームに空腹を紛らわそうとする姿としてのみ認識される。

新明解が説くごとく、「た」という助動詞の本質は《何かを不動の事実、事件として認知する》ということです。事実や事件はポジティブな形でしか現れません。歴史年表は何年にどういうことがあった、という記述によって埋め尽くされています。何がなかった、なんて記述は意味をなしません。

ポジティブな形での言明、たとえば「西暦五三八年に仏教が伝来した」という判断の確からしさは、これを証明する物証が出てくれば出てくるほど増してゆきます。これをひっくり返すものがあるとすれば、別のポジティブな物証であり、それが証拠立てる別のポジティブな言明たとえば「西暦五三七年に仏教は日本へ来ていた」などであるはずです。

否定形というのはポジティブ=実証可能なものを事実の上ではなく、観念の上でひっくり返すことです。事実の積み重ねにあたるようなものはない。一度きりの作業です。だから、「ナントカしなかったほうがいい」と言っても「ナントカしないほうがいい」よりも強調することにならない、したがってそんな言い方が存在しない、と私は考えます。

「何かをした」ということを証明することは比較的たやすく、「何かをしなかった」と証明することは直接には不可能、ほかの「何かをした」(アリバイですね)ことによってのみ可能であるのと同じことです。

新明解の「た」項には「終助詞的に軽い命令を表す」ともありますが、なぜそうなるか、もうお分かりでしょう。「どいた、どいた」は「どくのが当然だ、どくのは既定の事実に等しい」と言っているわけです。第二項とするまでもないような同類じゃありませんか。

大切なのは「た」が過去の助動詞だなんていう誤りから逃れることです。「た」が過去を表すのは二次的な意味作用に過ぎません。言葉の根元的な力の働きようを見据えてください。


ついでだから言っておきますが、

>「来週の火曜日は遠足を行うと決まっていた/だったよね?」
>「明日は雨と、天気予報で言っていた/だったよね?」

こんな日本語が存在しないのは言うまでもありますまい。斜線を入れたところが繋がっていません。

何かを見つけたときの「あった!」がいかなる時制かを言うなら現在形であると言うしかありません。その理由はすでに下で述べたし、英語に直してみればすぐわかることです。

そして新たなニュアンスの創出云々ということについては創出でもなんでもありません。この一件はありきたりなものです。

投稿日時 - 2006-04-28 22:31:40

補足

>食べずにいるその姿は具象としてはむしろ別の、食べることとは無関係のポジティブな形、おしゃべりや読書やゲームに空腹を紛らわそうとする姿としてのみ認識される。

 この文の意味は何でしょうか。私にはとても難しい文です。全回答文の意味からすれば、「食べない」は抽象的なもの、具象ではない、ただの観念に過ぎないと推測していますが、こんな理解であっているのでしょうか。別の言い方に書き換えていただければ非常に助かります。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-02 16:54:26

お礼

 QNo.2095116までもご覧いただきありがとうございます。「ナントカしたほうがいい」とは言うのに「ナントカしなかったほうがいい」とは絶対に言わないのはなぜか、私も考えたことがありますが、だめでした。
 肯定する形は事件で否定形はただの観念という考え方はあるのですね。確かに『新明解』の「た」の釈義と一致しています。「た」という助動詞の本質を再認識します。
「た」は過去形に使うのは一番多いので、つい「過去形のた」のようなおかしい呼び方になってしまいました。でも、私は「た」は過去形の助動詞と認識していないので、ご安心くださいね。
 何度も本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-02 17:14:34

ANo.21

No.20のmannequinkatzeさんの回答で、少し気になる部分がありますので、補足させてください。


1.未来に起こるはずの出来事なのに、過去形表現を使わなければならない場合ですが・・・。代表例は「仮定法」ですが、それ以外にもあったりしますから、確かにややこしいですね。
ですが、No.20の方の答ですと、誤解を招きます。「予定通りに実現する可能性が高い事象については、未来の出来事であっても過去形表現を使う」という理解をしてしまうと、間違いですよね。

●「来週の火曜日は遠足だったよね?」
●「明日は雨だったよね?」
これらの文は、何かが省略されていると考えるべきです。それは、「~と決まっていた」という文節でしょう。
「来週の火曜日は遠足(を行うと決まっていた)だったよね?」
「明日は雨(と、天気予報で言っていた)だったよね?」
こういう理解でよろしいのではないかと思います。


2.もうひとつ、「あった!」の用法ですが、文法的には「確実に」過去形です。そう理解するところから始めないと、日本語は習得できません。
ですが、その言葉には、本来の意味と異なる「ニュアンス」が存在する。本来の用法よりも、含まれているニュアンスの認知度が高くなれば、「新しい言葉」の誕生です。そのニュアンスについては、No.20の方が言っておられる通りで良いと思います。

投稿日時 - 2006-04-28 17:03:33

お礼

 お礼が遅くなりまして申し訳ありません。度々ありがとうございます。
「~と決まっていた」のニュアンスが含まれていますね。理解しやすい説明方法で本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-02 15:21:08

しつこい申しようになって気が引けますが、もう一度、新明解の「た」の説明をご覧ください。釈義の全体は「主体の判断を表す」に収斂することに注意なさってください。ここが肝です。

「た」という助動詞は主観的な認識を表現するものと理解しなくてはなりません。たしかにおっしゃる通り、客観的に過去の現象を述べているように見える場合は多々あります。でもそれはやはり、そう見えるだけにすぎません。

「明日は雨だったっけ?」という文は可能でしょうか。これが可能なのだからどうしても「た」は過去の助動詞とは言えないのです。予報がきっと実現すると思っているなら、こういう言い方をすることがあるのです。ということは、天気予報なんて外れてばかりだと思っている人はこうは言わないはずです。「主体の判断」たる所以です。

もう一つ未来の例を出すなら、「来週の火曜日は遠足だったよね?」も同じく可能。学校行事は予定通りに実現しないほうが異常ですから、当たり前にそう言います。

「あった! あった!」と「天丼のほうがよかった」は同じ「た」と言うべきです。しかし、「昨日は暑かった」の「た」だって別の「た」であるわけではありますまい。

この発見時に口からこぼれる「あった!」をどのように理解なさっているかちょっと聞いてみたいところですが、察するに「前からここにあった」とか「すでにここにあった」とかを簡潔に言ったもの、「前から」とか「すでに」だから過去なんだ、だから「た」を使うんだってな具合に考えてらっしゃいません?

もしそうお考えならそれは間違いです。なぜそう断言できるか。

机の上にあったはずの鋏が見あたらなくなって、探すけれども出てこない、そこで「俺の鋏どこにあるか知らないか?」と周囲の人たちに尋ねる。すると、はす向かいの席の人が目を上げてそっちを見やると、探すまでもなく鋏はちゃんと机上にあった。で「そこにあるよ。辞書のかげにあるじゃん」と答える。「そこにあったよ。辞書のかげにあったよ」とは言いません。しかし、「そこにある」と言われて辞書を取りのけてみると果たしてあった、そして口からは「あ、あった」という言葉が飛び出します。

探しまわっていた人は、鋏のありかがはっきりしない状態を脱して問題が確定したから「あった」と言うのです。これは過去形とはとうてい呼べないものです。同じ事象に対して「どこにあるか」とか「そこにある」とか現在の時制において発語されていること、見落とさないでくださいね。

さて、鋏の話はもう少し続きます。「あ、あった」で決着しない場合もあります。「あ、こんなところにある…」と言うこともありえます。これがどういう含意を持つかというと、「あった」の使用を退けていることから考えます。

「あった」ではなく「ある」を使うということは、確定した事実として受け入れかねる、と言っていることになるはずです。「誰がこんなところに置いたんだよ…」と言いたい気持ちが溢れ出ているの、わかります?

どうでしょう、まだ釈然としませんか? もっと例を出せと言われれば出しますけど。

あと細かいことを申しますと、国語辞典という語の使用を意識的に避けておられるようですが、無用のことと思います。国史や国文なんかだと、日本史なり日本文学なりと言い換えたほうがいいかもしれませんが、国語辞典はなにしろ具体的なモノだし、新明解国語辞典と名前の中にも入っているからそう考えます。

あと感嘆符と疑問符のあとにはブランクを空けましょう。

あ、まだご質問が残ってましたね。天丼・牛丼関係はすべて正解です。あえて不備を指摘するなら、天丼はドンブリ界の貴族であり牛丼なんぞは奴隷です。天丼と比較するなら、ドンブリ界の王様ウナ丼か、大ブルジョワジーのカツ丼あたりを競わせるべきでした。

新明解第五版でよかった、はちょっと苦しい。間違いとまでは言えないけれど。よかったで受けるまでが長すぎる。「手元の国語辞典が新明解第五版でよかったです」か「さいわいに愛用している国語辞典は新明解第五版です」あたりの言い方のほうが落ち着きます。

投稿日時 - 2006-04-28 16:06:23

補足

>この発見時に口からこぼれる「あった!」をどのように理解なさっているかちょっと聞いてみたいところですが、察するに「前からここにあった」とか「すでにここにあった」とかを簡潔に言ったもの、「前から」とか「すでに」だから過去なんだ、だから「た」を使うんだってな具合に考えてらっしゃいません?

「あった!」の「た」は「新情報の発見、それに、話し手の感情も含まれている」とこのように理解しています。この定義は先生が教えてくださったわけではなく、自分で以前勝手に考えたものなので、おかしい日本語になってしまうかもしれません。実は、中国語でも、「あった!」、「あ、来た来た、電車が来た」という文を過去形の形で表現するので、この使い方がたぶん理解できると思います。

 しかし、確かに最初は「~ほうがよかった」の「よかった」は『「前からここにあった」とか「すでにここにあった」とかを簡潔に言ったもの、「前から」とか「すでに」だから過去なんだ、だから「た」を使う』と理解してしまいました。つまり、下記三文のような客観的に過去の現象を述べる「た」のことだと思ってしまいました。すでに気付きました。

1.昨日は雨だった。
2.昨日は暑かった。
3.昨日、会社に行かなかった。

 私たち日本語を勉強する外国人の頭の中で(少なくても私の頭の中で)、たぶん「た」のいろいろな使い方を区別していると思います。1.客観的に過去の現象を述べる 2.完了 3.新発見 4.確認・・・などのようです。おっしゃる『「昨日は暑かった」の「た」だって別の「た」であるわけではありますまい』のことがすでに理解できました。「た」のそんなたくさんの使い方の中では、「主体の判断」ということが共通なのですね。ですから、『新明解』の釈義はすばらしいのです。いろいろな「た」の使い方を一つの短い文で巧妙にまとめました。

「~ほうがよかった」は「~ほうがよかったんだ」で表現するともっと理解しやすいかもしれません。また、口語でよく使う「分かった、分かった。この道を行くんだ」も同じ感じですね。

>「明日は雨だったっけ?」という文は可能でしょうか。これが可能なのだからどうしても「た」は過去の助動詞とは言えないのです。予報がきっと実現すると思っているなら、こういう言い方をすることがあるのです。ということは、天気予報なんて外れてばかりだと思っている人はこうは言わないはずです。「主体の判断」たる所以です。
>もう一つ未来の例を出すなら、「来週の火曜日は遠足だったよね?」も同じく可能。学校行事は予定通りに実現しないほうが異常ですから、当たり前にそう言います。

 上記の引用文の「た」を勉強する時に、「過去形+っけ」、「過去形」は「相手に質問して確かめる会話の時に使う」と教わりました。中国語の場合、このような時に、過去形で表現しないので、とても慣れない「た」の使い方です。私はこれまで、「過去形で」と無理やりにこのような使い方を覚えていました。なぜ過去形なのか、ぜんぜん分かりませんでした。自分の思っていることを他人に確認するので、「主体の判断」ということになるでしょう。

>さて、鋏の話はもう少し続きます。「あ、あった」で決着しない場合もあります。「あ、こんなところにある…」と言うこともありえます。これがどういう含意を持つかというと、「あった」の使用を退けていることから考えます。

>「あった」ではなく「ある」を使うということは、確定した事実として受け入れかねる、と言っていることになるはずです。「誰がこんなところに置いたんだよ…」と言いたい気持ちが溢れ出ているの、わかります?

 恐れ入りますが、「あ、こんなところにある…」の「・・・」の内容をもう少し補足していただけないでしょうか。話し手の次の話に興味津々・・・

 なんとなくおっしゃることは分かりました。以前は「出前を頼んだけど、一時になっても来なかった」と「出前を頼んだけど、一時になっても来ない」の違いをこちらで教えていただいたことがあるような気がします。「来なかった」はただの過去の現象で、「来ない」なら、「私の気持ちを出す」と。mannequinkatzeさんのおっしゃりたいことと同じことなのでしょうか。

投稿日時 - 2006-05-02 12:59:11

お礼

 お礼が遅くなりまして申し訳ありません。度々ありがとうございます。
『新明解』の「た」をまた読みました。少し「た」のことが分かるようになりました。
 感嘆符と疑問符の件は何度も指摘してくださいました。本当に申し訳ありません。いつも忘れています。頭が悪いのです。今度、絶対気をつけます。
「国語」の件なのですが、私は確かにいつも「日本語」を使っていますね。日本人は「国語」を使うに対して外国人は「日本語」を使うべきと意識していますから。アドバイスありがとうございます。
 牛丼はただかわいそうな一奴隷役なんでしょうか。天丼、ウナ丼、カツ丼はどんな味なのか本当に食べたいですね。「天麩羅」は食べたことがありますが。こちらで吉野家という牛丼屋はとても人気があります。「天麩羅」と「牛丼」とどちらが好きと聞かれると、迷わずに「牛丼です」と答えると思います。(私の口っておかしいですね^^。)
「新明解第五版でよかった」という文の貴重なアドバイスにも感謝いたします。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-02 13:56:57

ANo.19

回答が多くなってきましたので、一覧でお答えします。ご参考まで。


1.映画に行けばよかった。これを他人の行為には使えないのでしょうか。
●使いません。

2.映画に行けばよかったのに。これは自分自身の行為には使えないのでしょうか。
●使うことは可能です。ただし、後述するように一般的ではありません。

3.今回の質問では、「したほうがよかった」と「するほうがよかった」の違いを追究したいわけではなく、「ほうが+過去形」で後悔、遺憾などの気持ちを表せることはちょっと理解不能です。「ほう」の前の接続はさておき、「ほうがよかった」という文型の使い方を知りたいんです。#2の方のご回答のように、文例とシチュエーションが両方あれば一番助かります。よろしくお願いいたします。
●したほうがよかった、と統一してください。「するほうがよかった」という表現は、私が聞いても不自然です。

4.「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかったのに!」と「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかった!」とのニュアンスは一緒なのでしょうか。よろしくお願いいたします。
●「ほうがよかったのに!」は、他人に使います。「ほうがよかった!」は、自分に使います。

5.「よかった」の例文なのですが、花子さんは彼女自分自身に「あれ?まだ牛乳残ってたんだ。買わなければよかったのに」と言うのはおかしいのでしょうか。自分を責める、自分に文句を言うニュアンスと取られるでしょうか。
●特殊な使い方として、可能です。これは、「自分が、自分自身を(まるで相手方に言うように)責める」という用法です。「もう一人の自分」を仮想的に作り上げているわけですね。

6.「あっ、良かった!」、「あっ、良かったですね!」は日常でよく聞きます。この「良かった」はどんな時のことに対して使うのでしょうか。過去のことに対してでしょうか。頭がちょっと・・・もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
●おっしゃるとおり、過去のことに対して使います。過去といっても、極めて現在に近い過去ですね。「今起こったばかりの出来事」と言ったほうがいいかもしれません。

7.「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってたな~」の使うシチュエーションを教えてください。買った後、別のズボンを見かけた時に、残念な気持ちを表す一言でしょうか。
●そのとおりです。

8.「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってるな~」なら買う前の選択意見でしょうか。
●そのとおりです。

9.「退けた」の読み方を教えていただけないでしょうか。辞書を引きましたが、なんと「しりぞける」、「どける」、「のける」三つの読み方もあるんです。
●「しりぞける」が一般的です。

10.宝塚歌劇団のモットー
●宝塚歌劇団のモットー「清く正しく美しく」は、別におかしな用法ではありません。ただ、すでに「死語」なのです。日常会話で使うことはほとんどありません。ですから、使ってしまうと「周囲から、変な人だと思われる」ということなんですね。

11.デパートへスカートを買いに行った。スカートの売り場で、同じデザインのスカートが、白のと黒のと両方ともすごく気に入った。結構迷っていたのだが、結局白のにした。家に帰ってびっくりしたのは、なんと母は買い物に行ってきて、買わなかった黒いスカートを買ってきた。
 上記のようなシチュエーションなら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!」であっていますか。「白のほうがよかった」だと、私は黒いスカートを買ってきた場合でしょうかね。私はたぶん「白にしてよかった」と「白のほうがよかった」と間違えていると思います。
●はい、合っていますよ。おっしゃるとおり、「白のほうがよかった」だと、貴女が黒いスカートを買ってきた場合に使います。

12.もし、災厄に母は白いスカートを買ってきたら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。
●文法的には正解です。しかし、日常的な用法としては、「黒にすれば(=黒を買えば)よかった」と表現します。

13.「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。
●はい、通常は言いません。

14.自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」でも可能でしょうか。
●はい、可能です。自分で自分自身を責めるというニュアンスが良く出ています。しかし、独り言にしておいてくださいね。相手がいる前で言うと、非難と受け取られてしまいます。

15.少なくとも未体験・未経験の事柄に関してこのような表現は不可能であることは確かだと思います。この意味がわかりません。
●少なくとも、未体験のことについて、このような表現を使うのは不可能です。それは確実だと思います。

16.つまり、自分にものすごく怒る時に「~~のほうが良かったのに!!!」でも可能でしょうか。
●可能です。

17.もし使わないなら、女性はこの場合何を使うでしょうか。「ばかのあたし」でしょうか。
●そうですね・・・「馬鹿 な あたし」、「(あたしって)馬鹿~」「馬鹿じゃん?」「あたしってマジ馬鹿」でいいと思います。

18.「天丼のほうがよかった」は「天丼のほうがよい、ということがわかった」と言っている、のではなかろうか。そこまで言ったら言い過ぎかなあ。
●これは、当然といえば当然です。「良い」という表現は、主観的なものです。自分の気持ち、または感想だといっても良いですね。ですから、過去形として「良かった」と使う場合は、当然のように「私はそういう感想を持った(=ということがわかった)」という主観を含んでいます。
・・・と、難しいことを言いましたが、あまり気にしないでください。「良い」と「良かった」は、単に現在形と過去形の違いがあるに過ぎません。
食べる前ならば「天丼のほうが良い」です。これを過去形にした表現が「天丼のほうが良かった」ですね。天丼を食べてしまってから感想を言っているわけです。

19.「昨日は雨だった」、「昨日は暑かった」、「昨日、会社に行かなかった」などの客観的に過去の現象を述べる文の「た」と、何かが見つかった時の「あった!あった!」とは・・・
●これらは、同じなんです。両方とも、過去の出来事を表現しています。ただ、言い方で「ニュアンス」が変わってくるんです。「あった!」というのは、気持ちが込められていますよね?

20.今、とても確認したいのは次のようなことです。天丼の例を生かせていただきます。たとえば、牛丼と天丼があるとします。どちらにしようかと迷いました。結局天丼を注文しました。食べてみたら、思った通りこの天丼はものすごくおいしいです。その時に何と言いますか。「天丼にしてよかった!天丼を注文してよかった!」であっているのでしょうか。ここの「よかった」はどのように解釈するのでしょうか。
●合っています。解釈は、「黒にして良かった=黒のスカートを買って良かった」と同じです。

21.それから、この場合、「天丼のほうがよかった!」とは言わないでしょうね。「天丼のほうがよかった!」は牛丼を注文してその牛丼はまずい時に使う言葉でしょうか。
●そのとおりです。

投稿日時 - 2006-04-28 14:53:24

補足

>11.デパートへスカートを買いに行った。スカートの売り場で、同じデザインのスカートが、白のと黒のと両方ともすごく気に入った。結構迷っていたのだが、結局白のにした。家に帰ってびっくりしたのは、なんと母は買い物に行ってきて、買わなかった黒いスカートを買ってきた。
 上記のようなシチュエーションなら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!」であっていますか。「白のほうがよかった」だと、私は黒いスカートを買ってきた場合でしょうかね。私はたぶん「白にしてよかった」と「白のほうがよかった」と間違えていると思います。
●はい、合っていますよ。おっしゃるとおり、「白のほうがよかった」だと、貴女が黒いスカートを買ってきた場合に使います。

 上記のご回答はよく理解できました。一箇所だけもう少しお伺いします。「白にしてよかった!」という解釈の日常的な言い方は何でしょうか。ここの「にして」は文法の構造を理解しやすいためわざと使った言葉です。たぶん日常でもっとネイティブな表現があると思います。「白を買ってよかった!」、「よかった!私の選択はやっぱり正解!」などは私の思いついた言葉なのですが、いかがでしょうか。実際口語で使う言葉の視点でのご回答をお願いいたします。口語というより、口に出さないたんなる頭の中の考え方という言い方のほうがより相応しいかもしれません。日本の方の頭の中の「白にしてよかった!」という意味の文はどんな文なのか知りたいです。もう一度教えていただければ幸いです。直感でよろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-01 16:17:12

お礼

 お礼が遅くなりまして申し訳ありません。
 一覧の形で回答していただき誠にありがとうございます。簡潔で読みやすく大変助かりました!疑問を一つ一つ丁寧に簡単な言葉で解釈していただき感謝の気持ちでいっぱいです。とても理解しやすいと思います。だいぶすっきりになりました。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-01 15:33:36

ANo.18

shigure136です。
補足への回答が遅くなってしまいました。ごめんなさい。

では本題に。
次のようなシチュエーションでの会話ですね。
1.デパートへスカートを買いに行った。
2.同じデザインのスカートで、白いものと黒いものがあったが、両方ともも気に入った。
3.迷ったあげく「白いスカート」を購入した。
4.母が私の買わなかった方の「黒いスカート」を買ってきた。

★私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!」であっていますか。
⇒あっています。

★「白のほうがよかった」だと、私は黒いスカートを買ってきた場合でしょうかね。
⇒まあまあ正解です。というのは、この質問への答えは非常に難しいのです。
なぜなら、自分が黒いスカートを買ってきた場合だけに限られるものではないからです。
⇒「白の方が良かった」という言葉は、以下に記すような様々な場面が考えられるからです。
1.上記のシチュエーションのように、自分も母親も「白い方」を購入してきた場合、普通はこの表現は使いません。
●ただし、自分も白い方を選び、母親も白い方を選んだ事が判って、「(あ~良かった、やっぱり私が買ったのが)【白いほう で 良かった】という表現はあります。

2.お母さんが買ってきたものが「黒い方」だった場合も、『お母さんの買ってきた黒いスカートと比べて、自分が選んだ白いスカートの方が良いと思ったときは、やはり【白い方で良かった】を使います。
●このとき【白にしてよかった!】(黒いスカートと比べての発言として正解です)

3.私が「黒」を選び、お母さんが「白」を選んだ場合は、二つを比較して「白い方が良く見えた場合であれば」『うわー、失敗。白い方が良かったんだ~』というニュアンスで、【白い方がよかった】を使います。
●このとき【白にしておけば良かった】という表現も使えます。

4.二人とも「黒」を選んで買ってしまった場合は、『あのときは似合うかなと思って買ってしまったけれど、今着てみたらどうも似合わないよ。白の方が良かった(かな~)』『白のほうが良かった(かもしれない)』『白のほうが良かった(やっぱり白にすれば良かった(後悔))など残念に思う心が表れるニュアンスで、【白い方がよかった】が使われます。
●ここでも【白にしておけば良かった】が使えます。
私はたぶん「白にしてよかった」と「白のほうがよかった」と間違えていると思います。
⇒前者は自分が白を選択した場合、後者は自分は白を選択しなかった場合の表現であると考えてよいと思います。

 もし、災厄に母は白いスカートを買ってきたら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」でも可能でしょうか。やはりこれまで皆さんがおっしゃる通り、「黒のほうがよかったのに」は母を非難するニュアンスのように聞こえるでしょうね。

★この質問文はいつもと違って間違いが多いので、先に間違いを直します。
★もし、災厄に母は⇒災厄は最悪の間違い。災厄は災難など悪い出来事のことです。
★最悪は、いろいろな悪いことが考えられるが、その中でも最も悪い事態のことを指します。
★もし、災厄に母は⇒(もし、)最悪の場合として母が白いスカートを買ってきてしまったら、
★私自分自身⇒私自分自身という言葉はありません。使うなら「自分」「私自身」か「自分自身」です。
★私自分自身に普通言わないのでしょうか。⇒「自分自身に対して・・・」とか「自分自身に向けて・・・」となります。
★「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。⇒語順が間違えています。⇒普通、「黒い方が・・・・・」と自分に向けて言わないのでしょうか。
★「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。⇒自分自身に対してというより【独り言】で言います。(これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です)
★自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」でも可能でしょうか。⇒自分に対する怒りの時には使えません。自分に怒るときは「黒にしておけば良かった!(何であの時白を選んでしまったんだろう!私ってダメね!)」というニュアンスで使います。
★「黒のほうがよかったのに」は母を非難するニュアンスのように聞こえるでしょうね。⇒先ほども述べましたが、スカートを買ってきてと頼んだわけではないので、母親を非難することは出来ません。しかし、「どうせ買うなら黒を買ってきてくれればよかったのに」と見当違いの不満を言ってるニュアンスになります。
★以上、間違えましたら、ご指摘ください。⇒「間違えましたら」は間違えています。⇒「以上です。間違いがありましたらご指摘下さい。」とか「以上。また、間違えている箇所がありましたらご指摘下さい」など。

では、質問への回答です。
★母親も白いスカートを買ってきてしまったとき、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。⇒あってはいます。でも、この場合母親にスカートを買ってきてと、頼んでいたわけではないので、「黒い方を買ってきてくれたらよかった(のに)」「黒だったら良かった(のに)~」などの方が妥当です。
★「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。⇒自分自身に対してというより【独り言】で言います。(これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です)
★自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」でも可能でしょうか。⇒自分に対する怒りの時には使えません。自分に怒るときは「黒にしておけば良かった!(何であの時白を選んでしまったんだろう!私ってダメね!)」というニュアンスで使います。
★「黒のほうがよかったのに」は母を非難するニュアンスのように聞こえるでしょうね。⇒先ほども述べましたが、スカートを買ってきてと頼んだわけではないので、母親を非難することは出来ません。しかし、「どうせ買うなら黒を買ってきてくれればよかったのに」と見当違いの不満を言ってるニュアンスになります。

最後に、質問分の中の【私は黒いスカートを買ってきた場合でしょうかね。】の【場合でしょうかね】の【ね】はいつから使い始めたのでしょうか?これは止めた方が良いです。話し言葉であるとともに、かなりくだけた調子で、美しい日本語ではありません。

投稿日時 - 2006-04-26 20:46:41

補足

>私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!」であっていますか。
⇒あっています。

 ここの「にして」は構造を理解しやすいためにわざと入れた言葉です。日常でもっと略された言葉を使うはずですが、どのように言うのでしょうか。

>ただし、自分も白い方を選び、母親も白い方を選んだ事が判って、「(あ~良かった、やっぱり私が買ったのが)【白いほう で 良かった】という表現はあります。

 もう一度この文のシチュエーションを説明していただけないでしょうか。私は親子二人でデパートの売り場でスカートを選ぶ(購入前)という場面が想像できます。でも、私のこの理解であっているなら、「やっぱり私が買った」のところは変ですね。「やっぱり私が選んだ」なら、納得できます。これは親子二人でそれぞれ売り場でスカートを選んで、最後に二人の選んだものは同じということが分かった時点で、「良かった」と言うのですね。二人ともこの白いスカートが一番気に入るということが分かった時点で、「良かった」という言葉を使うなら理解できます。まだお金は払っていません。これから店員に「これにします」と言ってお金を払うつもりですね。

 それともこの文のシチュエーションは家に帰ったあと(購入後)のことなのでしょうか。それなら、とても難しいですね。普通同じようなものを買ってしまうと、望ましくないことと思われるのではないでしょうか。なぜ「良かった!」なのでしょうか。もう一度登場人物(私と母)の心理を説明していただけないでしょうか。

>母親も白いスカートを買ってきてしまったとき、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。⇒あってはいます。でも、この場合母親にスカートを買ってきてと、頼んでいたわけではないので、「黒い方を買ってきてくれたらよかった(のに)」「黒だったら良かった(のに)~」などの方が妥当です。

 この「黒のほうがよかった」は私が買ってきた白いスカートを見ながら、独り言で言うつもりです。母が買ってきてくれた白いスカートを見ながら、発する言葉ではないと思います。この独り言はあっているでしょうか。

 でも、これをきっかけに私はこの「良かった」は他人にも使えるということが分かりました。

>「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。⇒自分自身に対してというより【独り言】で言います。(これは自分に怒っているのでもなく、母親に怒っているのでもありません。偶然の結果に対する不満です)

 独り言で「偶然の結果に対する不満」「のに」のこの使い方はよくあるでしょうか。

 以上の箇所でまだすっきりしていないので、もう一度教えていただければ有り難く思います。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-05-01 12:58:27

お礼

 shigure136さん、お礼が遅くなりまして申し訳ありません。また、「でしょうかね」の口調を使うことも心よりお詫びいたします。かなりくだけた調子なのですね。このサイトで見たことがあるので、つい真似してしまいました(涙)。今度絶対使わないように気をつけます。指摘していただき心より感謝いたします。
 さて、ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。文例とシチュエーション両方ありとても理解しやすく非常に助かりました。深い印象を残しました。だいぶ分かるようになりました。また、質問文の間違いの指摘と添削に感謝いたします。印字して保存しました。とても参考になりました。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-05-01 14:04:35

#11です。ほんとに混乱なさってるようで、こちらも考え込んでしまいました。これはどうやら助動詞「た」の理解に問題があるのではないかな? 

「た」が「過去の助動詞」だとか「過去形を作る」とか教わりました? そんなふうには教えないはずだと思うんですが。むしろ「現代日本語に過去形はない」と一度は釘を刺されるはずで。私は子供の頃そう教えられて仰天したおぼえがあります。どうしてじゃあ自分は過去を認識できるんだろう、なんて。

それはともかく「た」は完了の助動詞と習うはずです。ただ、いま広辞苑や大辞林を見てみたら、れいれいと「過去」なんて書いてある。いいのかしら、こんなことで。すごくミスリーディングなような気がする。

こんなとき頼りになるのが新明解。「た」項は「その事柄がすでに実現し、その結果が現れているものと認められる(見なす)という主体の判断を表す」とあります。事実上これだけ。かなり読みにくく分かりにくい説明だと私も思いますが、「た」の全貌を短く、しかも不足なく言ってのけようとすれば、こんなとこでしょう。(広辞苑も大辞林もこの大切な仕事を回避して分類に逃げている。けしからん。)

ですから、「た」は未来のことを言うのにさえ使われるのでした。たとえば「その件についてはお会いしたときにもう一度話し合いましょう」とか。「明日は火曜日だったっけ?」とか。

そして明らかに現在に属する事柄にも頻繁に使います。たとえば駅で待っていた電車が到着したとき、英語なら"Here comes the train."と現在の時制で言うところを「あ、来た来た、電車が来た」と言います。所在がわからなくなった文房具を発見して「あ、こんなところにあった」と言い、雑踏ではぐれた連れを見出したときに「こんなところにいたのか」と言います。自然災害に巻き込まれて行方不明になっていた家族の生存が確認される、そのとき日本人の口をついて出る言葉は十中八九「よかった…」の一語でしょう。

こうした例を踏まえてもう一度、上の新明解の語釈を読み直してみてください。何を言おうとしているか、今度は脳に沁みるように分かるんじゃないかな。「完了」という言葉の意味もちょっと新しい色合いで見えてくるかもしれません。未定から確定への移行を認定すること、とも言えるかな。「天丼のほうがよかった」は「天丼のほうがよい、ということがわかった」と言っている、のではなかろうか。そこまで言ったら言い過ぎかなあ。


#11の追加質問について。

「退ける」は「しりぞける」です。たしかに「どける・のける」や「どく・のく」も退の字を使うけれど、あまり見た憶えがありませんね。そういや同じ字だなって感じです。取捨の捨を言うときは「しりぞける」で「どける・のける」は絶対に使わないので紛れはありません。

タカラヅカは変なものです。女が男を演じるのですから、どうしたってそりゃ変です。とくにテレビで見るとそのヘンテコさに五秒で悶絶、すみやかにチャンネルを変えないと健康が損なわれる懼れがあります。ただし、実際に劇場へ足を運ぶでじかに見るとそれほどでもない。むしろ楽しい。目の前で若い綺麗な御婦人方が一所けんめい歌ったり踊ったりするんですから、そりゃ眼福です。やはり生身の人間には強引な説得力がありますね。

「清く正しく美しく」についてですが、私たちは一般に「清くなく正しくなく美しくない」という点において互いに心を通わせ憐れみ合って生きているので、その正反対のことをぬけぬけと目指されると、つい、揶揄したいという感情にとらわれてしまうのでした。


ユーザ情報の残りも添削しておきます。

>私は上手に日本語を使えるようになるまでには、

「私は」は「私が」であるべきところですが、どっちにしろ不要でしょう。「上手に」よりは「満足に」のほうがへりくだっていてよさそうです。「満足」は非常に使用頻度の高い、お馴染みの語なので「まんぞくに」と平仮名で表記するという手もあります。「日本語を使える」はもちろんまっとうな言い方ですが、「日本語が使える」のほうがネイティブっぽいような気がします。

>まだ時間はかかると思いますが、

「時間は」は「時間が」とあるべきところ。

>自分が今まで勉強してきた日本語の範囲で出来るだけ皆様のご質問に(特に中国語分野)お役に立てるよう頑張りたいと思っております。

「ご質問にお役に立つ」という結びつき方は変です。下に示した部分も少し手直しして、全体としてはこんなところでしょうか。

「日本語専攻の学生として中国の大学で四年間学びました。お国は遠く、学校からも離れた今、日本語を学ぶ環境はじゅうぶんに整っているとは申せません。正しく美しい言葉を身につけるため、皆さまのご指導を仰ぎたく存じます。ご回答をいただいたら必ず真面目にお礼を申し上げ、疑問が解決に到ればすみやかに締め切ることをお約束いたします。

まんぞくに日本語が使えるようになるまで、まだまだ時間を要するでしょうが、これまで習い覚えた日本語をせいいっぱい活用して皆さまのご質問に回答を差し上げることもできたらと考えております。すくなくとも中国語についてならお役に立てることもあるのではないかと。」

まあしかし、これで文法的な誤りはなくなったとしてもなんかねえ、つまらんですよね。もとのほうが読みごたえがある。もったいない。これに差し替えたりはなさらず、あくまで参考にとどめておいてくださると有り難いのですが。「皆さまのご質問に回答を差し上げることもできたら」はもっと短く「回答者の側にまわることもできたら」とする手もあります。

投稿日時 - 2006-04-25 17:25:13

補足

>「天丼のほうがよかった」は「天丼のほうがよい、ということがわかった」と言っている、のではなかろうか。そこまで言ったら言い過ぎかなあ。

 文末の「た」の理解には問題があるんですね。「た」は「過去の助動詞」や「過去形を作る」とは思っていません。mannequinkatzeさんが挙げてくださった「た」の使い方もよく理解出来ています。でも、やはりこの「天丼のほうがよかった」は「天丼のほうがよい、ということがわかった」という理解は本当に難しいです。なんとなく分かりますが。なんかこの「た」は「昨日は雨だった」、「昨日は暑かった」、「昨日、会社に行かなかった」などの客観的に過去の現象を述べる文の「た」と違って、何かが見つかった時の「あった!あった!」と似ている感じでしょうか。私は客観的に過去の現象を述べる文の「た」のことだと思いました。

 今、とても確認したいのは次のようなことです。天丼の例を生かせていただきます。たとえば、牛丼と天丼があるとします。どちらにしようかと迷いました。結局天丼を注文しました。食べてみたら、思った通りこの天丼はものすごくおいしいです。その時に何と言いますか。「天丼にしてよかった!天丼を注文してよかった!」であっているのでしょうか。ここの「よかった」はどのように解釈するのでしょうか。それから、この場合、「天丼のほうがよかった!」とは言わないでしょうね。「天丼のほうがよかった!」は牛丼を注文してその牛丼はまずい時に使う言葉でしょうか。

 もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-26 10:34:17

お礼

 度々詳しいご解説をありがとうございます。
 手元に持っている日日辞書は『新明解第五版』でよかったです。「た」は難しいですね。
「退ける」とタカラヅカの件は解決しました。タカラヅカは見に行ったことがないので、何とも言えないかもしれませんが、新聞でタカラヅカのメンバーの女性の姿の写真を見たことがあります。きれいでした。芸能人の黒木瞳さんも確かあそこのご出身だったそうですね。
 また、ユーザ情報までも添削していただき心より感謝いたします。とてもすばらしい文章です!私は何もしないのにそのままコピーするのがとても恥ずかしいと思って、模範文として繰り返し繰り返し読ませていただきます。
 本当にありがとうございました。
(追伸:第二段落の一番目の文「手元に持っている日日辞書は『新明解第五版』でよかったです」はおかしいですか。「よかった」の使い方は、自然でしょうか。)

投稿日時 - 2006-04-26 11:13:03

ANo.16

#13です。ご返事ありがとうございます。
うまく表現できずに申し訳ありません。

「あっ、良かった!」「あっ、良かったですね!」は現在の事柄に関する感想ではないか、というご質問だろうと判断したので、
現在のことであってもまだ起こっていない事柄に対してこのような感想を述べることは不可能だから、「現在完了形」だとしても本質は「過去形」だということを言いたかったわけです。
awayuki_chさんの意図を勘違いしていたかもしれませんね。

投稿日時 - 2006-04-25 11:22:14

お礼

 再びありがとうございます。#13のご回答の意味がよく分かりました。「過去のことに対して」という書き方が悪くて申し訳ありません。私のイメージしている「過去」は「過ぎ去ったばかりの過去のこと」も含まれています。「あっ、良かった!」、「あっ、良かったですね!」の使うタイミングはたぶんhakobuluさんの理解と一緒だと思います。安心できました。
 確認していただき本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-25 21:07:15

ANo.15

う~ん、やっぱり「よかった」と「よかったのに」の使い分けが難しいみたいですね。

私は日本語教師ではないし、国語の成績も良くなかったので上手く説明できるかわかりませんが、
「よかったのに」だと、後に文が続いてもおかしくないんですね。
「2個でよかったのに、3個買ってきた」など。
言葉を途中で止めて相手の返事を待っているような、会話の途中のような印象があるんです。
一人で誰かに話しかけるような言い方をするのは、ちょっと不自然ですよね。
花子さんが一人で「あれ?まだ牛乳残ってたんだ。買わなければよかったのに」
と言っても、言葉の意味は通じると思いますが、そこに太郎さんがいたら
「花子が買ってきたんじゃないか」
と言うかもしれません。(笑)

「2個でよかった」だと言い切っているので、その後に言葉は続きません。

やっぱり自然な日本語としては、
「~のほうがよかったのに」→他人へ向けての言葉
「~のほうがよかった」→自分自身への言葉
という感じですね。

自分の行為に対して「~のほうがよかったのに」を使う場合もありますが、その場合は、
「~のほうがよかった」よりも激しく後悔している、
すごく反省している、
自分の行動を非難している、
取り返しのつかないことをしてしまった、
そんな印象を受けます。
淡雪さんの言われた「自分を責める、自分に文句を言う」感じでしょうか。
もしかしたら太郎さんは、
「牛乳くらいでそんなに落ち込むなよ」
と言うかもしれません。


そういえば、私は文の最後に「ね」を良く使いますね。
口癖なので気にしないでね。(笑)

塩卵入り月餅なんてあるんですか?
初めて聞きました。食べてみたいですね~

投稿日時 - 2006-04-24 22:25:44

お礼

 度々ありがとうございます。やっぱり自然な日本語としては、

「~のほうがよかったのに」→他人へ向けての言葉
「~のほうがよかった」→自分自身への言葉

という感じなんですね。面白い会話を作っていただきありがとうございます。ニュアンスがとても伝わってきました。
 本当にありがとうございました。チャンスがあれば、またこちらへ月餅を買いに来てください~

投稿日時 - 2006-04-25 20:40:03

ANo.14

NO9の補足に対しての回答です。
>「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってたな~」ですが、
色んな状況が想像できます、例えば上に着ている物で、「この上着ならズボンの方が似合ってたな。」や、上着ではなく鞄でも靴でもそうですね。

自分の体型に似合ってなかったな。でもそうです。でもあなたがおっしゃる様に、買った後もっといい物を見つけてしまった時にも同じ表現で使えます。

>「~~のほうが良かったのに」ですが、
自分に対しては使いません、相手に対して使う表現だと思います。ただこの表現だと、相手を責めてる印象がありますので、あまり使わない事をお勧めします。相手に対してなら「このズボンよりあっちのズボンの方が良かったんじゃない?」や「こっちの方が似合ってたかもね?」がいいと思いますよ。

でも相手に対してだと、やっぱり責めてる感じがありますので、「あなたはこっちのズボンも似合いそうだね?」の表現がいいと思いますよ。

「良かった!」ですが、例えば友人が「好きな人とうまくいったんだ」で、あなたが「良かったね!」などもそうですが、自分がした事に対して良い結果が出た時にも「良かった!」です、例えば、買い物した袋を落とした!でも中を確認したら、壊れて無かった時に「あ~良かった!!」、子供が転んだけど怪我をしなかった、「良かった!」、就職の面接で受かった時「良かった!」こんな感じです。

補足の方で充分分かりますよ、大丈夫です。

投稿日時 - 2006-04-24 18:22:01

補足

「良かった」についてたくさんの例文を書いていただき心より感謝いたします。書いていただいた例文のような「良かった」は全部理解できます。自分の間違いに気付きました。この「良かった」は「すでにしたこと、出来事に対して、良かったという評価」ですよね。たぶん私は最初は「~ほうがよかった」に「すれば」の意味が入っているのをうまく理解できませんでした。「~ほうがよかった」は過去しなかった選択に対する評価の文ですね。この行為はしなかったので、自然とこの評価に後悔の気持ちが含まれているわけですね。

 次のようなシチュエーションを想像してみました。

 デパートへスカートを買いに行った。スカートの売り場で、同じデザインのスカートが、白のと黒のと両方ともすごく気に入った。結構迷っていたのだが、結局白のにした。家に帰ってびっくりしたのは、なんと母は買い物に行ってきて、買わなかった黒いスカートを買ってきた。

 上記のようなシチュエーションなら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!白のを買ってよかった!」であっていますか。「白のほうがよかった」だと、私は黒いスカートを買ってきた場合でしょうかね。私はたぶん「白にしてよかった!白のを買ってよかった!」と「白のほうがよかった」と間違えたと思います。

 もし、災厄に母は白いスカートを買ってきたら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」でも可能でしょうか。

 つまり、自分にものすごく怒る時に「~~のほうが良かったのに!!!」でも可能でしょうか。もし使わないなら、女性はこの場合何を使うでしょうか。「ばかのあたし」でしょうか。やはりこれまで皆さんがおっしゃる通り、「黒のほうがよかったのに」は母を非難するニュアンスのように聞こえるでしょうね。

 長くなりまして申し訳ありません。以上、もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-25 11:09:43

お礼

 度々ありがとうございます。
 補足に対する理解しやすい回答をありがとうございます。場面がよく分かりました。とても参考になりました。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-25 11:19:57

ANo.13

#8です。ご返事ありがとうございます。

>「あっ、良かった!」、「あっ、良かったですね!」は日常でよく聞きます。この「良かった」はどんな時のことに対して使うのでしょうか。過去のことに対してでしょうか。
:本質的には過去のことと言って良いと思います。
ただ、「過ぎ去ったばかりの過去のこと」を【完了形】と言うこともあるということでしょう。
少なくとも未体験・未経験の事柄に関してこのような表現は不可能であることは確かだと思います。

投稿日時 - 2006-04-24 17:14:58

お礼

 早速のご返事ありがとうございます。

>少なくとも未体験・未経験の事柄に関してこのような表現は不可能であることは確かだと思います。

 申し訳ありませんが、この文の意味がよく分かりません。何のことを言っているのでしょうか。教えていただけませんか。

 よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-25 00:20:30

ANo.12

awayuki_ch さんこんにちは。
ずいぶん盛り上がっていますね。
二つの微妙な表現は、我々も質問されて初めて考えてみるような問題です。
「う~ん???」ってところですね。
ちょっとだけ気づいたことを記します。

A「○○すればよかったのに」
B「○○すればよかった」

Aの方は「相手の人」に対して言っている。
Bの方は「自分」に対して言っている。
こんな気がするのですが。

例えば補足の例文
「このトンカツは美味しくないや。これなら天ぷらのほうがよかった」の場面。
このシテュエーションは、食事に来た二人。一人は天ぷらを注文。もう一人は迷ったけれどトンカツを注文。食べてみたらトンカツは美味しくなかった。前にいる友人を見てみると、とても美味しそうに天ぷらを食べている。
「しまった、やっぱり天ぷらにしておけばよかった~」と悔やむこと、悔やむこと。
この言葉は自分に向けられて発せられています。

では、次のシテュエーションを読んでください。
食事に来た二人。
Aさん「何にしょようかな~。この前来た時食べた天ぷらは美味しかったからね~」
Bさん「そうだね。でも、俺、今日はトンカツを食べたい気分だよ」
Aさん「トンカツか?俺はこの前と同じで天ぷらにしようかな」
Bさん「同じ物ばかり食べないで、今日は俺に付き合ってトンカツにしろよ」
Aさん「う~ん。この店は天ぷらの方が美味しいんじゃないのかな~」
Bさん「今日はトンカツ、トンカツ」
Aさん「じゃ、そうするか」
本当は天ぷらを食べたかったAさんは、Bさんに勧められて、しぶしぶトンカツを注文したのです。
ところがトンカツはあまり美味しくなかったのです。
Aさんは「お前が強引に勧めなければトンカツなんか注文しなかった」と心の中で思いながら、Bさんを睨みながら「これなら、天ぷらの方がよかったのに」と言うのです。

Aさんが発した「これなら、天ぷらの方がよかったのに」おちう言葉の後には、「お前、責任取れよ」とか、「お前があんなに強く勧めるからだぞ」とか、「俺の言うことを聞いときゃよかったんだよ」など、Bさんを責める言葉が続きます。

しかし、同じシテュエーションでも、AさんがBさんの言いなりになったことを後悔しているのであれば、「これなら、天ぷらの方がよかった」とポツンと独り言を言うかもしれません。

「のに」はどうやら「その行動を取らせた相手」を責めるような心理状態のときに使われるのではないかと思われます。

これは、「映画に行ったほうがよかった」と「映画に行ったほうがよかったのに」も同じです。

★質問文「上記質問の#7の方のご回答の中で言及された」に「の」が五つも入っています。何か良い書き方はありませんか。
→「上記の質問に対して#7の方が回答の中で言及された」
→「上記の質問に対する#7さんの回答文で言及された」
などでは如何でしょうか?

投稿日時 - 2006-04-22 21:53:40

補足

 次のようなシチュエーションを想像しました。

 デパートへスカートを買いに行った。スカートの売り場で、同じデザインのスカートが、白のと黒のと両方ともすごく気に入った。結構迷っていたのだが、結局白のにした。家に帰ってびっくりしたのは、なんと母は買い物に行ってきて、買わなかった黒いスカートを買ってきた。

 上記のようなシチュエーションなら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「白にしてよかった!」であっていますか。「白のほうがよかった」だと、私は黒いスカートを買ってきた場合でしょうかね。私はたぶん「白にしてよかった」と「白のほうがよかった」と間違えていると思います。

 もし、災厄に母は白いスカートを買ってきたら、私は自分の買ってきた白いスカートを見ながら、「黒のほうがよかった」であっているでしょうか。「黒のほうがよかったのに」と私自分自身に普通言わないのでしょうか。自分にものすごく怒る時に「黒のほうがよかったのに!!!」でも可能でしょうか。やはりこれまで皆さんがおっしゃる通り、「黒のほうがよかったのに」は母を非難するニュアンスのように聞こえるでしょうね。

 以上、間違えましたら、ご指摘ください。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-24 23:51:03

お礼

 shigure136さん、毎度お世話になります。
 いつも理解しやすいご回答を誠にありがとうございます。今回も大変参考になりました。生会話はニュアンスの理解にとても役立ちました!質問文までも貴重なアドバイスをいただき心より感謝いたします。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-25 00:12:58

んー? #4ですが、何がお分かりにならないのか、分かりません。

「ナントカのほうがよかった」が後悔を表すのは当然すぎるくらい当然のことと感ぜられます。疑問の余地はなさそうですがあえて解説するなら。

「ナントカのほうがよい」と言うときは、そのナントカを選ぶことができるのです。ですよね?

しかしながら「ナントカのほうがよかった」と完了形で言うのは、ナントカのほうがよいということが選択の段階で分からなかった、今になってようやく分かったということです。分からなかったからその選択はしなかったたのでした。もう今となってはどうしようもない、となれば、残念だという気持ちがおのずと溢れ出るでしょう? 当たり前のことではないかしらん。

ちなみに「ナントカのほうがよかったのに」は明らかに中途で言いさしています。何が続くかはひといろではありませんが、たとえば「なんでそうしなかったんだよ~」とか「そうしないとはなんて大馬鹿野郎なんだ~」です。非難する感じがある。だから九分九厘まで他人に向けて使うんじゃないかな。

自分の行為なら「こんなことなら天丼を頼めばよかった」が普通ですが、「のに」をくっつけるなら「こんなことなら天丼を頼めばよかったのに、俺の馬鹿、俺の馬鹿」と他人事のように言い回す(罵倒は他人に向けるのが普通なところを自分に用いる)必要が出てきますな。


#4の補足質問について。

【する】は文例を示すつもりで書いたものです。つまり自然に頭に浮かんだものであり、【した】は不適切として退けた結果です。なぜかを説くべきところですが、間違ったことを言いそうな気がするのでやめておきます。すみません。


なんかこの、お役に立てたような気がぜんぜんしないので、ユーザ情報の文章に朱を入れて進ぜましょう。

>日本にいないので、身の回りの語学環境はよくないと思います。

この「ので」の使い方は間違いでしょう。新明解第五版には「前件が理由・原因となって、後件に述べる事柄が起こることを表す」とあります。ここでの前件と後件の結びつきはもっとゆるやかなものでしょう。ですからここはたとえば「日本は遠く、語学環境はじゅうぶんに整っているとは申せません」などとするべきです。「身のまわり」と「環境」は重複感が強いので一方は捨てねばなりますまい。しかし「語学環境」というのも熟した言い方ではない。もしこれを避けるとなると「日本語」という言葉を使うしかないかな。でもその直前に「日本は遠く」とやってしまっている。ならば「日本」を使わず「お国」でいきましょうか。うはー、これはいいですよ。適度な古びがあって。「お国は遠く、大学を離れた今、日本語を学ぶ環境はじゅうぶんに整っているとは申せません」などとしたらいいのでは。

>綺麗で美しい日本語を身に付けたいので、皆様のご指導を宜しくお願い致します。

うーん、この「綺麗で美しい」という言い方はどうなんだろう。すごく重複感があってネイティブなら避けるところですが、捨てがたい気もする。一途な願いの強さが胸に触れるようなところもないではない。

まあ、なんの奇もない尋常な言い方なら「正しく美しい日本語」でしょうね。平凡を通り越して陳腐な言い方としては「清く正しく美しく」というのがあります。宝塚歌劇団という、ご存知かどうか、変なものがあるんですが、そこのモットーなんですが。ふざけてよく使われるので憶えておくべきですが、安易に使わないほうがいいですね。

「皆様のご指導を宜しくお願い致します」は正しい表現ですが、「ご指導」は「あおぐ」という非常に仲良しの動詞があるのでこれを使ってみましょうか。それと淡雪さんはどうも「存じます」をお避けになる傾向があるようにお見受けしますが、どしどし使ってよいと思いますよ。ことによると若い世代には気疎い敬語なのかもしれないけど。

「正しく美しい日本語を身につけるために皆さまのご指導を仰ぎたく存じます」

>ご回答にお礼と締め切りを必ず真面目に対応することをお約束致します。

「ご回答に」はまずいですな。「いただいたご回答には」とか「頂戴したご回答には」などとするべきです。あと「お礼と締め切りを対応する」という繋がり方も正しいものではありません。

「いただいたご回答には必ずお礼を申し上げ、締め切りも決して怠らぬことをお約束いたします」

「真面目に」はいかにも淡雪さんに相応しい言葉なので生かしたかったけど、使いどころが見つかりませんでした。長くなったので今日はここまで。ご参考になれば幸いです。

いや、やっぱり「真面目に」を使いましょう。

「ご回答をいただいたら必ず真面目にお礼を申し上げ、疑問が解決に到ればすみやかに締め切ることを固くお約束いたします」

頭の部分が変わったのは「に」の連続を避けるためです。では。

投稿日時 - 2006-04-22 16:58:57

補足

>【する】は文例を示すつもりで書いたものです。つまり自然に頭に浮かんだものであり、【した】は不適切として退けた結果です。

「退けた」の読み方を教えていただけないでしょうか。辞書を引きましたが、なんと「しりぞける」、「どける」、「のける」三つの読み方もあるんです。

>平凡を通り越して陳腐な言い方としては「清く正しく美しく」というのがあります。宝塚歌劇団という、ご存知かどうか、変なものがあるんですが、そこのモットーなんですが。ふざけてよく使われるので憶えておくべきですが、安易に使わないほうがいいですね。

 宝塚歌劇団は知っています。日本のとても有名な歌劇団ですね。こちらにも来訪したことがあります。マスコミでは評価よく報道されたことを今でもよく覚えています。全員きれいな女性の踊りの団体でしょう。変なものですか?「清く正しく美しく」はおかしいですか。特に「清い」という字の雰囲気が気に入りますが・・・

投稿日時 - 2006-04-24 22:33:23

お礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。「ナントカのほうがよかった」の詳しい解説は大変参考になりました。まさにこんな当たり前の箇所が理解できませんでした。ごめんなさい。頭がおかしいです。
 また、ユーザ情報の文章に朱を入れていただき感謝の気持ちでいっぱいです。敬語と文章の書き方に非常に役立ちました。繰り返し読みます。おかげさまで、後日ユーザ情報の更新もさせていただきます。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-24 22:41:44

ANo.10

度々すみませんNO2,NO9で回答した者です。
>「新幹線のほうにすれば良かったな~」
話しかける場合では、
「新幹線のほうにすれば良かったね」
などです、「な」だと、自分で完結してる印象もあります。自己完結と言うのでしょうか、独り言に近いかもしれません。

ですが、前者の例を自己完結と書きましたが、どちらかと言うと相手にあまり同意を求めていない感じがしめす、
「新幹線のほうに(にすれば)良かったかな?」だと相手に意見を求めてますね、「良かったかな?どう思う?」の「どう思う?が隠れてる雰囲気です。

「良かったね?」は相手に同意を求める感じです。

意見と同意の違いですがなんとなく分かって頂けるでしょうか?

投稿日時 - 2006-04-22 11:22:09

お礼

 度々ありがとうございます。「な」、「かな」、「ね」の感じがよく分かりました。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-24 16:05:18

ANo.9

NO2で回答した者です。
「良かった」の文末の「な」「に」にですが、私は専門家ではないので一般的に、友人同士では、と言う考えだと思って下さい。

「な」ですが女性でも使います、私は女性ですが、先ほどの例文に当てはめてお書きになった例文で大丈夫です。言い方によってはちょっと「甘える」や「すねる」のような表現ができます。

「新幹線のほうにすれば良かったな~」
話しかける場合では、
「新幹線のほうにすれば良かったね」
などです、「な」だと、自分で完結してる印象もあります。自己完結と言うのでしょうか、独り言に近いかもしれません。

逆に自分ではなく相手に言う場合でも使えます。
「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってたな~」です、でもこれだと、ちょっと相手を責めてる印象がありますので、言い方をかわいくしたり、彼氏などに甘える時などに使えますね。

「こんなに長電話しちゃうなら会ったほうが良かったな~」なんて(笑)

「に」ですが、「~~のほうが良かったのに」でも間違いではありませんが、相手を責めてる印象が強いです。
「良かったのにな」だと少し責めてる印象がやわらぎます。

親しい友人との会話の中で使いたいのでしたら、
「~~のほうが良かったね?」など
「~~のほうが良かったね?どう思う?」などで充分伝わりますよ。

「ほうが」を入れることに違和感を感じるんですよね?確かに入れないでも充分会話は成り立ちます、これは日本人のハッキリ言わない(責めない、謙遜する)感情が出た典型的な物のような気がします。

先ほど出した例文で考えると、
「こんな事なら飛行機じゃなくて新幹線にすれば良かった」でも会話の中では言い方によって違和感はありませんが、文字にした時に、強いイメージがあります。

友人同士の会話の中では無理に付けなくてもいい言葉だと思いますが、「~~のほう」という表現は、主張を少しやわらげる効果があります。

会話だと、言葉のニュアンスでイメージが変わりますので、
「ズボンにすれば良かった」
「あっちの店が良かった」でも充分に成り立ちます。

「~~のほう」を付けると、上記の「ズボンは・・・」は自分だけの問題ですからいいですが、「あっちの・・・」だと友人は本当は美味しいと思ったかもしれない事実を言えなくしてしまう雰囲気がありますね(自己主張が強い)これを「あっちの店のほうが良かったね?」にすると、友人は「そうかな?」とも「そうだね」とも言える環境になりますね。

これは独特の、相手の機嫌を伺うような表現ですが、言葉をやわらげる効果があるので、使うと印象が優しくなります。

>上記質問の#7の方のご回答の中で言及された。は
上記アドレスのNO7さんが回答の中で言及された。
上記の質問の中でNO7さんが回答の中で言及された。
上記の中でNO7さんが言及された。
でも充分解りますし、失礼な表現ではないですよ。

投稿日時 - 2006-04-22 02:25:58

補足

「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってたな~」の使うシチュエーションを教えてください。買った後、別のズボンを見かけた時に、残念な気持ちを表す一言でしょうか。

「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってるな~」なら買う前の選択意見でしょうか。

 また、「~~のほうが良かったのに」は自分の行為にも使えるでしょうか。

 何度も本当に申し訳ありません。よろしければ、教えていただけないでしょうか。お願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-24 15:34:46

お礼

 再びありがとうございます。「な」、「ね」の語感がよく分かるようになりました。日本語は本当に難しいですね。質問文への添削意見にも感謝いたします。

 申し訳ありませんが、補足の意味が理解しにくくて訂正させていただきます。

>買った後、別のズボンを見かけた時に、残念な気持ちを表す一言でしょうか。

 スカートを買った後、ズボンを見かけた時に、残念な気持ちを表す一言でしょうか。

>「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってるな~」なら買う前の選択意見でしょうか。

「そのスカートよりこっちのズボンの方が似合ってるな~」はスカートかズボンを買う前の選択意見でしょうか。

投稿日時 - 2006-04-24 15:48:00

ANo.8


「~ほうがいい」「~ほうがましだ」「ほうがよかった」を、それぞれ<忠告><選択><後悔>とわける解釈も間違いとは言いませんが、最初からこの解釈にこだわると本質を見失ってしまうかもしれません。

基本形の「~(の)ほうが」は、「~(の)方が」です。
「方」は【複数(通常は2つ)を比較した上で、あるひとつの方を選択する】というニュアンスを含んだ語彙です。
「方角」「北方」「方面」などの熟語からも類推できるように、「ある方向を指し示す」という意図が含まれるのだと思います。

「~(の)方が」と言ったら、必ず【比較した結果~を選択】ということになります。
それが、
「~(の)ほうがいい(良い)」と現在形の場合は、
<忠告・希望・支持>などの意味を表わすことが可能になり、
「~(の)ほうがよかった(良かった)」と過去形の場合は、
既に過ぎ去った過去の選択について「こちらの方が良かった」と変えようのないことについて言及しているので<後悔・反省>になるだけで、当然の理屈ということです。

<忠告>「それは触らないほうがいい」
<希望>「大きいほうがいい」
<支持>「彼のほうがいい」
<後悔・反省>「あんなこと言わないほうがよかった」
など、「~ほうが」という構文は場面に応じて色々使えますが、全て【選択】という本質では共通しています。
<忠告・希望・支持・後悔>という解釈は、前後の文脈からあくまで結果として導き出されるものと考えたほうが良いかもしれません。


ご質問文自体に特に不自然な箇所は見当たりません。
と思いましたが、少し気にされている箇所があるようなので触れておきます。
『上記の質問において、#7の方がご回答(の中)で言及された~』
ということもできそうです。

投稿日時 - 2006-04-21 23:32:34

補足

>既に過ぎ去った過去の選択について「こちらの方が良かった」と変えようのないことについて言及しているので<後悔・反省>になるだけで、当然の理屈ということです。

 当然の理屈でしょうか。ごめんなさい。本当に頭が悪いです。「こちらの方が良かった」は変えようのないことについて言及しているのでしたね。

「あっ、良かった!」、「あっ、良かったですね!」は日常でよく聞きます。この「良かった」はどんな時のことに対して使うのでしょうか。過去のことに対してでしょうか。頭がちょっと・・・もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-24 14:30:03

お礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。全て【選択】という本質では共通しているのは納得できます。とても参考になりました。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-24 14:32:39

ANo.7

>「よかった」だけでも後悔のニュアンスを出せるのでしょうか。

「よかったのに」だと、自分が後悔しているというより、他人を責めている感じですね。

○「よかったのに」
花子さんが太郎さんに買い物を頼んだ。
花子「3個も買ってきたの?2個でよかったのに。」
太郎「3個の方が安かったんだよ」

○「よかった」
牛乳を買ってきた花子さん。冷蔵庫を開けたらまだ一本入っていた。
「あれ?まだ牛乳残ってたんだ。買わなければよかった」

という感じ。


○「このトンカツは美味しくないや。これなら天ぷらのほうがよかった」の場面
レストランに行って、何を注文するか悩んだ。そうしてトンカツを頼んだが、思ったよりも美味しくなかった。
なので、天ぷらを注文しておけばよかったと後悔しているのです。

「上海に行ったので、デパートで百果月餅を買ってきた。だけどあまり美味しくなかったので、椰蓉大月餅にすればよかった」

私の後悔は食べ物ばかりですね。(笑)

投稿日時 - 2006-04-21 12:23:10

補足

「よかった」の例文なのですが、花子さんは彼女自分自身に「あれ?まだ牛乳残ってたんだ。買わなければよかったのに」と言うのはおかしいのでしょうか。自分を責める、自分に文句を言うニュアンスと取られるでしょうか。

投稿日時 - 2006-04-24 12:11:13

お礼

 再びありがとうございます。例文と場面を両方とも書いていただきとても助かりました。非常に理解しやすいと思います。本当にありがとうございました。
「百果月餅」は私もとても苦手です。人を引きつける力がある名前ですけどね。絶対椰蓉のほうがおいしいで~す。今度、塩卵入り月餅もチャレンジしてみたら。おいしいですよ。「民以食為天」(民は食をもって天と為す)♪

投稿日時 - 2006-04-24 11:58:52

ANo.6

「~すればよかった」と、「~すればよかったのに」の違いをお答えします。
●映画に行けばよかった。→自分自身の行為について後悔している、というニュアンスがあります。
●映画に行けばよかったのに。→相手に向かって、相手の行為を「残念だったね」と、言っているニュアンスです。

いかがでしょうか?

投稿日時 - 2006-04-21 12:10:34

補足

 ご説明は納得できます。まだすっきりしていないところがあるので、ご意見をお聞かせください。

>映画に行けばよかった。

 他人の行為には使えないのでしょうか。

>映画に行けばよかったのに。

 自分自身の行為には使えないのでしょうか。

 以上の二箇所をもう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-24 11:26:06

お礼

 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。とても参考になりました。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-24 11:18:15

ANo.5

No.3です。訂正があります。

例文で示した中の「小さな」は,形容動詞(ナ形容詞)ではありませんでした。連体詞です。

別の例文:
「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかったのに!」(ナ形容詞=形容動詞)
(※うっかり,簡素な包装のほうを選んでしまった後悔)

投稿日時 - 2006-04-21 01:47:11

補足

「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかったのに!」と「贈り物にするのなら,包装は豪華なほうがよかった!」とのニュアンスは一緒なのでしょうか。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-22 00:38:15

お礼

 再びありがとうございます。ご訂正は了解いたしました。例文とご説明はとても助かりました。
 本当にありがとうございましt。

投稿日時 - 2006-04-22 00:37:30

ん? 「ナントカしたほうがよかった」の具体例を示せっていうご要望じゃないんですか? 助動詞「た」の使い方についてのご質問ですよね? つまり「~するほうがよかった」ではなくて「~たほうがよかった」とするほうが適切な場合についてお聞きになりたかったんじゃないかと思うんですが。「たり」の末裔の話ですよね。

であるとして。

もっとも典型的な用例。(ただし「後悔」とはニュアンスが異なるけど同類であるはずです。言うなら「遺憾」かな。)

「ナントカするくらいなら死んだほうがマシだ!」

に尽きるでしょう。このとき「死ぬほうがマシだ」とは絶対に言いません。文法的には十分以上に可能なんですけどね。それほど典型的なわけです。

投稿日時 - 2006-04-21 01:42:40

補足

 今回の質問では、「したほうがよかった」と「するほうがよかった」の違いを追究したいわけではなく、「ほうが+過去形」で後悔、遺憾などの気持ちを表せることはちょっと理解不能です。「ほう」の前の接続はさておき、「ほうがよかった」という文型の使い方を知りたいんです。#2の方のご回答のように、文例とシチュエーションが両方あれば一番助かります。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-21 23:29:24

お礼

 毎度お世話になります。
 ご丁寧に教えていただき誠にありがとうございます。

>つまり「~するほうがよかった」ではなくて「~たほうがよかった」と【する】ほうが適切な場合についてお聞きになりたかったんじゃないかと思うんですが。

「た」のことを追究したくないと補足欄で書きましたが、一つ聞いてもよろしいでしょうか。mannequinkatzeさんは上記の引用した一文を書く時に、「【した】ほうが適切な場合」ではなく、「【する】ほうが適切な場合」と自然に頭の中から出てきたのでしょうか。私なら、たぶん「【した】ほうが適切な場合」と書いてしまいます。

投稿日時 - 2006-04-22 00:13:52

ANo.3

わきから,失礼します。
No.2回答は大変すばらしい説明です。僭越ですが,あえて少し補足します。

>「~ほうが良かった」ですがその前に「の」を入れて使うのが一般的です。

「の」が入るのは,「~」が名詞の場合ですね。
・「 公園に行ったほうが良かったね?」(動詞タ形)
・「 電話で話したほうが良かったかな?」(同上)
・「 新幹線のほうが良かった」(名詞)
・「 あそこの店のほうが良かった」(同上)
・「 あのカバンのほうが良かった」(同上)


No.1回答でも(名詞に続く)「~のほうが」の形と,(動詞タ形を使った)「~たほうが」の形が並んでいます。


「~ほうがよかった」で,「~」が動詞・名詞以外の場合は,
「パンツの長さを直してもらったの? もう少し長いほうがよかったのに!」(イ形容詞=形容詞)
「ピアスの石,もう少し小さなほうがよかったかしら?」(ナ形容詞=形容動詞)
などとなります。

投稿日時 - 2006-04-21 00:48:45

お礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。「~」の箇所、名詞、動詞、形容詞、形容動詞などと、いろいろあるんですね。
 本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2006-04-21 22:24:52

ANo.2

「~ほうが良かった」ですがその前に「の」を入れて使うのが一般的です。「~の方が良かった」←漢字で書くとこうなりますが、だいたい「~のほうが良かった」で表現されます。

使い方としては、「~~より、~~が良かった」と、何かと比べて、後悔する表現です。

無理に上記の文を入れなくても表現できます、例えば。
「今日はせっかくのデートだから、スカートを履いたのに、雨が降ってきてこれならスボン(パンツ)にすれば良かったな」になります。

私が書いた表現は、友人や同僚などに使うのがいいと思います。目上の人や先輩などに話す場合は、ちょっとくだけた表現です。

やった事に後悔して、違うものと比べて、「あれでは無く、これが良かった」という時に使います。

「今日は晴れたから、こんな事なら、映画じゃなく公園に行ったほうが良かったね?」(天気予報では雨だった)
「メールじゃなく電話で話したほうが良かったかな?」(大事な話だった)
「飛行機のチケットを取ったのに、こんな事なら新幹線のほうが良かった」(悪天候で飛ばなかった)
「このレストランなら、あそこの店のほうが良かった」(すすめられて行ったけど、あまり美味しくなかった)
「このカバンより、あのカバンのほうが良かった」(今日着ていた服と合っていなかった)


「良かった」を違う言葉に変えても表現出来ます。
「~~のほうが美味しかった」
「~~のほうが安かった」
「~~のほうがキレイだった」
「~~のほうが似合ってた」
「~~のほうが楽しかった」
「~~のほうが分かりやすかった」
などです。

上記の文の添削ですが、特に変なところは無いと思いますが、「上記質問」が「上記の質問」のほうが良かったです。(←こんなふうにも使えます。)

母国語とは違う言語の勉強は大変だと思いますが、頑張って下さい。

投稿日時 - 2006-04-21 00:15:35

補足

「良かった」と「良かったのに」の違いを教えていただけないでしょうか。後悔のニュアンスを表すために、私ならたぶん「よかったのに」を使うと思います。「よかったのに」という形にしなくても、「よかった」だけでも後悔のニュアンスを出せるのでしょうか。

 また、「今日はせっかくのデートだから、スカートを履いたのに、雨が降ってきてこれならスボン(パンツ)にすれば良かったな」の文末なのですが、砕けた感じの会話の場合、ここの「な」は女性が使ってもよろしいでしょうか。

 質問文までもご丁寧に添削していただき心より感謝いたします。もともとも「上記の質問」にしましたが、読み返したうちに、「の」が多すぎる感じがし「上記の質問」の「の」を取りました。「上記の質問の#7の方のご回答の中で言及された」とのように、「の」は五つも入っていますね。何か良い書き方はありませんか。

 もう一度教えていただければ有り難いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-21 10:51:03

お礼

 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。たくさんの例文を書いていただきとても理解しやすくなりました。大変参考になりました。
 応援していただき本当にありがとうございました。日本語の勉強、頑張ります!

投稿日時 - 2006-04-21 10:49:24

ANo.1

「このトンカツは美味しくないや。
これなら天ぷらのほうがよかった」

「せっかくお花見に来たのに、もう散っていた。
映画に行ったほうがよかった」

こんな感じかな。

投稿日時 - 2006-04-20 23:10:30

補足

 後悔のニュアンスを出すために、私なら「よかったのに」を使うと思います。「よかったのに」という形にしなくても、「よかった」だけでも後悔のニュアンスを出せるのでしょうか。

「このトンカツは美味しくないや。これなら天ぷらのほうがよかった」の場面が思いつけなくて困っています。よろしければ、この文を使うシチュエーションを教えていただけないでしょうか。

 また、「これなら天ぷらのほうがよかった」と「これなら天ぷらのほうがよかったのに」との違いは何でしょうか。「映画に行ったほうがよかった」と「映画に行ったほうがよかったのに」との違いは何でしょうか。

 もう一度教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2006-04-21 09:56:15

お礼

 毎度お世話になります。
 ご親切に文例を書いていただき誠にありがとうございます。

投稿日時 - 2006-04-21 09:48:05

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