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締切り済みの質問

宗教は必要or不必要?

皆様どうもいつもお世話になります。
私は宗教比較論者でもなく反宗教論者でもありません。18歳の普通の一般市民として、私は宗教はこの世界から不必要だと思っています。
理由は宗教は世界平和を実現していないからです。逆に宗教という幻想は紛争を招くばかりです。

皆さんはどのようにお感じでしょうか?

投稿日時 - 2006-06-08 11:28:55

QNo.2202722

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回答(32)

ANo.32

必要も何も、単一の神というのは存在するんだよ。それだけの話だ。
信じるも信じないも人それぞれだ。そのうちわかるさ。

ところで、天皇なんて単なる人間なのであって、あんなものは神でもなんでもないし、国の探究心なんかになりえない。北朝鮮と同じような国だった、戦争中の日本じゃあるまいし。もっとも、今の馬鹿自民党はその時代に戻りたくて仕方がないらしいけど。それに、着々と戻っているよね、あの時代に。もう駄目だな...。

まっ、日本人の大多数に宗教の話してもまぁ、無理ってもんだな。

投稿日時 - 2006-06-22 22:56:37

お礼

私は無知でした。
出直してきます。

皆さん回答どうも有難うございました!!

投稿日時 - 2006-07-06 14:03:06

ANo.31

こんばんは^^
私も少し自分の意見を書き込みさせていただきます。
私はクリスチャンです。
自分の信仰を“宗教”とはとらえていませんが、信仰を宗教という言葉で表現するのであれば、答えはイエスです。
必要です。
というか、神様がいて、私たちが創られたのですから、アダムとイブが創られたそのときから信仰は存在しています。
世界がこのようになったのは、私たち人間が神様を裏切り、罪に堕落したためだと思います。

>理由は宗教は世界平和を実現していないからです。逆に宗教という幻想は紛争を招くばかりです。

世界平和から遠ざかっているのは、私たち人間がそうしているからではないでしょうか??
私にとっては信仰は真理であり、現実です。
幻想ではないと思いますよ^^
紛争を巻き起こすのは、神さまではなく、明らかに人間です。人間の罪ゆえです****

投稿日時 - 2006-06-22 22:47:52

ANo.30

No.23の者です。注意を受けた部分に配慮してまるごと削除された文章を再説します。

(質問に回答するという形式を踏んでいないという指摘があったようなので、
まず、そこを付け加えます)

あなたが「個人で必要ない」というのならともかく、「世界に必要ない」という考えを是認するとなると、宗教が現実として存在する以上、個人の思想や信条に踏み込むような政治や教育が必要になりませんか? 少なくとも理想になりませんか? 全く現実味がなければ、理想も幻想に過ぎません。いや、理想は幻想より肯定的に把握される概念だけに、より厄介かも知れません。
「そのようなわけで、あなたの質問に対する私の結論は前回のようになります」と続けようとしたのですが、よく見ると最初の文での結論部分が削られています。一度目を通していることと思います。似た言葉で言い換えるつもりはありません。

投稿日時 - 2006-06-13 07:29:32

ANo.29

日本では、天皇という、政治を裏付けることができる存在(権威)がありますので、さほど必要性は感じませんが、国によっては、それが宗教となります。

天皇といっても、現在のような平常期ではピンとこないでしょうが、変動期においては、国の求心力となります。

投稿日時 - 2006-06-11 01:48:59

ANo.28

ごぶさたしています。

私自身は特定の宗教に偏ってはいませんが、信仰心に近いものを持っていると思います。よく知りませんが、たしか実家は日蓮宗だったかと。


宗教が不要かどうかを問う前に、「宗教が不必要」と一般に言うためには、以下のどちらかを述べる必要があるかと思います。

 (1)「必要」という全ての要素を否定しなくてはならない。もしくは、
 (2)「必要」な要素を全て否定しうる否定証拠を出さなくてはならない


宗教の介在があったお陰でお互いに譲り合い夫婦仲を円満に過ごすことができた家庭があります。神頼みをすることで受験に意識を集中させ合格した人がいます。座禅を組むことで職場のストレスを軽減させることができた人がいます。隣人への愛を説かれ自らの振る舞いを正す人がいます。

これがつまり今までの回答者の方が述べられている、個人レベルでの宗教の効用です。こういった、信心深い人の素朴な思いを、どうかご理解いただきたいと思います。

そういったメディアには出てこないが多くの人たちがもつ「宗教の効用」を、簡単に否定できるものではないのではないでしょうか?



質問者の方が気にされていることは、個人レベルでの宗教への信仰というよりは、宗教が組織化され組織を維持拡大していく上でもつようになる強制力・政治性の問題なのかなと感じました。


宗教の目的を世界平和という風に捉えていらっしゃるようですが、あまり世界を単純化しませんよう。

人は常に自らの望む平和を求め、実際には自分の心を平安に保つことすら難しい生き物です。自分や身近な人が傷つけられたら相手にも傷をつけてやりたいと思うし、異なる考え方の人と出会うと相手を変えてやろうと思うものです。私はそれは、我々の誰もがもつ自然な感情や反応だと思っています。

それを身近なレベルで矯正していくのが宗教であり、その反面で紛争の種として利用されることがあるのも宗教であると。


ならばすべての宗教を捨て去ればよいか、といっても、紛争の原因が人間の持つ本能的な衝動にあるのであれば、宗教を捨て去ることは根本的な解決にはなっていません。宗教が理由にならなければ食糧問題やエネルギー問題が理由になるだけのこと(今でもそうですが)。また、無宗教です、という日本人が多いのですが、「日本には『無宗教』という宗教がある」と養老孟司が述べています。養老はまた、「原理主義に陥ることの危険性」も述べていますが…。

 ・バカの壁
 ・まともな人
 ・「無宗教」という宗教(これは私は読んでいませんが…)

といった本を一度、読まれることをおすすめします。いずれも養老孟司の著した新書です。考え方の幅を広げることは決して無駄にはなりませんし、読みやすさの割に、とてもよく考えられていると思っています(全てを支持しているわけではありませんが…)。



隣人と分け合い仲良くする。お互いが楽しく過ごす。何よりも自分が幸せに生きる。そういう目的で生まれたものが神の概念であり宗教というシステムだと思います。むしろ、そういう自助システムを持ってすら争ってしまうのが、人の持つ悪い癖なのだと。あぁ、気をつけなくちゃ。と。

そう思えば、むげに多くの人がうまくやっている宗教を否定して回る必要はないのではないでしょうか?
人間は、自分を変えることはできますが、他人を変えることは難しいのです。質問者の方の意識が変われば、宗教の捉え方を見直したり、宗教との付き合い方を変えり、信仰を持つ方をよりよく理解できるようになるかもしれませんよ。
まずは実践あるのみ、です。



なぜ上記のようなことを述べたかというと、宗教を否定する前に、ある程度一般的な人々の思いや一般的な宗教の扱いについて、地に足がついたレベルで理解しておく必要があると思うからです。お若い方ですから極論に走ってしまうことは理解できますが、実際に宗教が不要であると主張し宗教を信じる人と争うことがあるとしたら、それも新たな宗教否定の原理主義であり、宗教が招く紛争の一部に取り込まれていることになるからです。

ロックが反体制を歌いながらも、結局は現在の体制に取り込まれているじゃないか、という昔むかしの状況に、似ていなくもないですね。


どうか、上記のようなやり方にならない、別の道をお探し下さい。
多くの方の主張を正しく理解し、きちんと受け入れられるような方になってくだされば、何も言うことはありません。

それでは。

投稿日時 - 2006-06-10 17:28:20

ANo.27

こんにちは

色んな宗教観とか宗教論とかを抜きにして…

人がいずれ死ぬという事や今自分が生きているという事
命を育んでくれる自然
道徳や倫理
そういった事に対する畏敬と感謝・尊重の念が宗教の原点だとするならば
「必要」とまでは言いませんが、「あった方がいい」とは思いませんか?

異なる思想を弾圧したり、
自らの信仰を押し付けたり、
妙に難解な理屈を考え出して有り難がるように強制したりする行為は
確かに無い方が良いと思います。

誰かの言葉に
「宗教とは大河の水。源流は清らかに澄み渡り、河口では淀み濁る。」
というのがありますが、正にそのとおりだと思います
淀んで濁った宗教はゴメンです。

投稿日時 - 2006-06-10 13:28:23

ANo.26

私は宗教を信じる人を否定するつもりはありません。
ただ、信じてる以上は、時として信じていない人達に説明しなくてはいけないこともあるだろう、勉強していなかったら自分の信じる宗教の価値を下げることになるのでは?と思っているだけです。

投稿日時 - 2006-06-10 02:03:25

ANo.25

宗教というのは世界平和を実現するためにあるのではなく、あくまで個人の心のよりどころとなるものです

私から見れば信仰なんかいらない。という宗教 無心教の信者さんですね。

投稿日時 - 2006-06-10 01:39:56

ANo.24

全く要りません
正直「必要なし」です理由としては

1.某有名な所に、入ったとたん「宗教勧誘」して友人を、なくした
  (あくまで、旧友人の話です)
2.別に、神が、未来を築く訳ではなく「人」が築く物だと思う
3.人の「死」と宗教は、別物
ですね

投稿日時 - 2006-06-08 20:49:03

ANo.23

あなたの母親や恋人が亡くなったとして、その遺体や遺骨を「ゴミ」として扱えますか? 
仮に無宗教葬だとして、あなたは亡き人の冥福を祈らないのですか?

特定の宗教を信仰していなくても、その人の行動や思考の背後には、やはり切り離
せないものとして宗教は存在するでしょう。宗教のあり方はさまざまです。
不可解な戒律、神への拝跪、狂信による暴発―こういったことばかりが宗教ではあ
りません。

宗教を否定するということは、突き詰めれば遺体を「ゴミ」として扱うくらいの厳しい
認識なり宗教観なりが必要なのではないかと、私は考えます。

投稿日時 - 2006-06-08 18:55:00

ANo.22

私はどの宗教にも属してない一般人ですが、
まあ宗教は必要かなとおもいます。

私の友達にある宗教を熱心に取り組んでる方に、ちょっと昔ですがその宗教について聞いたことがあります。
彼らは本当に純粋です。
確かに、あまり気持ちよく思わない人もいるとおもいますが・・・
人生に厳しさを感じ苦悩したときに、宗教などの「祈り」などで生きる希望を持つことができる人も中にはいるわけです。占いと似たようなものですかね。
なので、私は宗教はあってもいいのかなと思いました。

まあ一部の過激な方たちには、おとなしくしてほしいですけど。

投稿日時 - 2006-06-08 18:42:15

ANo.21

 30代♂
 僕自身は特定の宗教への信仰心などまるで持っていませんが、歴史的な背景等には興味ありです。
 

 宗教…不必要だとは思いませんね。
 確かに宗教的な対立によって紛争などが起きた(起きている)のは事実です。
 しかしそれだけでしょうか?
 道徳的な規範になっている部分もあるでしょう。
 心のよりどころになっているという事もあるでしょう。
 
 この二つだけでも存在理由はあります。

 と言うか…
 自分に必要無いからと『この世の中に要らない』って…
 もしかしてジャイアニズムですか?

投稿日時 - 2006-06-08 15:52:26

ANo.20

私にとっては不要です。

やるのもやらないのも個人の自由だが、やるなら関係者だけでやれ!
関係無い人まで巻き込むな! 少なくとも私のところには来るな!
…と信者には言いたいですね。 (^^;

投稿日時 - 2006-06-08 15:47:22

ANo.19

テレビ等でたまたま宗教にまつわる争い事が目立つので、宗教が無用の物に見えてしまっただけではないでしょうか。

>理由は宗教は世界平和を実現していないからです。
>逆に宗教という幻想は紛争を招くばかりです。

それを言ったら宗教以外のあらゆる社会思想も世界平和など実現しておりませんし、政治思想や国際法及び条約、更には経済活動が原因で起こった紛争や戦争も枚挙に暇がありません。
だからといって政府や法律や企業の存在そのものを否定は出来ますまい。違いますか?

投稿日時 - 2006-06-08 15:42:06

ANo.18

私は、「宗教」と「宗教的」なものは別物だと思っており、人間にとって”宗教的なもの”は、不可欠だと感じてます。
それが、宗教として実体化すると、場合によってはタチが悪い事になると、そんな感じで受け止めてます。

日本の場合は、宗教以上に宗教的なものが自然と支配しているので、結果的に宗教が不必要に感じられてしまうのではないかと思ってます。

http://souryo.blog24.fc2.com/blog-entry-2.html
http://souryo.blog24.fc2.com/blog-entry-3.html
http://www.butsuryushu.or.jp/2004/jp/eyes/200511.html
http://www.seitosi.org/library/shoroku/index.php?id=6

投稿日時 - 2006-06-08 15:40:00

ANo.17

■宗教について

必要と思っています。
本来の役割を果たしていないから不必要と考える人が多くなってきたけれどもすばらしいものも多く含まれていると思います(宗教美術じゃないですよ)。
少なくとも仏教については残りの人生で少しずつでも関わっていきたいと思っています。

宗教観の対立から紛争があるという事実を取り上げて、宗教そのものを否定してかかるのは核爆弾を作ったから科学は最低だと言っているようなものではありませんか。

投稿日時 - 2006-06-08 13:48:10

ANo.16

個人的には「不必要」だと思っていますが、「必要」な方々もいるのでしょう。

投稿日時 - 2006-06-08 13:23:43

ANo.15

個人的には不要ですね。理由としては
1.信仰は人の数だけあると思うので無理やり宗教としてまとめるのが無理
2.宗教は古くから、国家が人を指導するのに都合よく編纂された節がある
少なくとも他の宗教を否定したり、弾圧するところはなくしたほうがいいと思いますね。
それでも、心の弱い人は宗教を心のよりどころにしていますので、強制はできません。
ある意味、無宗教も一つの宗教かもしれませんしね...
もっとも、○ーム真理教のようなのは解体すべきだと思いますけどね。

投稿日時 - 2006-06-08 13:07:40

ANo.14

こんにちは。
一部の人には、やはり必要なのではないかと。

No.8の方と同意見で宗教は「精神のバランスを保つ為のもの」だと
思っています。
医療などが発達していない時代は、死と隣り合わせでしたから
死の恐怖等を紛らわせる方法として宗教が役立ってきたのではないかと。

健康で死の影が見えない今では必要に感じないですが
年を取り、死の影が見え始めて精神面で気弱になったりすると
必要になってくるのかなぁと思ったりしてます。

投稿日時 - 2006-06-08 13:04:00

ANo.13

宗教が無かった時代にはかなり必要だったと思います。必要だったからこそ、今現在全世界で様々な宗教が信じられているのだと思います。ただ、一個人としてみれば必要ではないです。自分自身宗教心と言うものは持ち合わせていないと言うのも理由の一つですが、質問者さんと同じ考えで宗教があったからこそ起きた戦争などもあったわけで、一部の無宗教の人達も少なからず被害を被ってると思います。精神的な面で、多くの人々を救ってきているのかも知れませんが、それ以上に多くの犠牲者を出しすぎているのではないかと思います。宗教を持っている方々には聞こえは悪いかも知れませんが・・・。

投稿日時 - 2006-06-08 12:40:25

ANo.12

がると申します。
宗教については…難しいですねぇ。まず「宗教」の定義が難しいので(ちなみに宗教学者曰く「定義は出来ない」そうです)。
おっしゃるお話がわからないでもないのですが。それは宗教の「一部」を切り出してのご意見かと思います。
人によってもことなるのですが。私は、宗教の本質は「聖なるものの現れ(ヒエロファニー)」なのではないかと思うのです。
では聖なるものとは…と、まぁ色々めぐっていくのですが。

人間が何かを考える上で、特に「知覚限界ないし知覚外の事柄について」考える上で、そういった発想はとても重要だと思うので。
そういった点において、私は宗教は重要な要素だと思います。

恐らく不要なのは「宗教」ではなく、「自らの思う宗教を他人に押し付ける態度」なのではないでしょうか?

投稿日時 - 2006-06-08 12:40:06

ANo.11

自分で考えると言う行為は非常に苦痛を伴う行為です。
宗教はそれを与えてくれます。 勿論声の大きい一握りの意見も同様ですが、コミュニティと共同幻想を与える宗教に適い得るものは無いと思います。

大衆と言うのは究極的には支配を求めるものであり、宗教や強い権力、そして時流に乗った思想はそれを強要してくれます。
結局の所大衆が自立できない限り宗教やメディアの洗脳は無くならないでしょう。
その限りでは宗教は必要悪のように感じます。

しかし、その必要悪にも限度があり、民主主義の為政者と組み力を持った宗教は大衆にとって有害でしかないと思います。
アメリカや今の日本が良い例ですね。

投稿日時 - 2006-06-08 12:27:49

ANo.10

16歳女子です。
宗教って、信じない人にとっては必要ないしどうでもいいかもしれませんが、信じている人にはすごく心の支えになると思いますよ。

今まで宗教によって考え出されたこともたくさんありますよね。
仏教が無ければ日本の行事はほとんどなくなるし、キリスト教が無ければキリスト教の国の休日もほとんど無くなっちゃいます。
日本からお寺、イタリアから教会がすべてなくなったりしたらそこの景色はどうなりますか?景色は悪くなって、観光客も来なくなりますよ。

どんな人でも少なからず、宗教の影響は受けていると思います。
テレビや携帯もそうですが、別に無くても困らないけど、あった方が便利で楽しいじゃないですか。
宗教もあったほうが世界・人生が華やかになるような気がします。

投稿日時 - 2006-06-08 12:23:50

ANo.9

こんにちは。

私には宗教は必要です。

いい所も沢山あるので、18歳のあなたにそこにも

スポット当ててみて欲しいな?と思います。

例えば、美しい宗教画とか・・

美しい寺院や教会、聖堂。言い出すときりが無いのですが・・

あるんです。いいところも。

投稿日時 - 2006-06-08 12:08:58

ANo.8

宗教は世界平和の為ではなく、個人の幸せのためにあるんではないでしょうか?

正直、自分も無宗教ですし、神の存在も信じておりません、
当然宗教の成り立ち等には詳しくないので以下は想像になります。

そもそもは、日々の生活に希望を持てず、逃げ場も無く、何も信じられず、ただただ過酷な日々を過ごしていた時代の人々が、
「ありもしない救い」を「偶像」という形で創造し、それを信じる事でいつか救いがあるのだと、
自分自身に信じこませ、なんとか精神のバランスを保つ為のものだったのではないかと。
輪廻転生なんかも、「今回の人生はダメだったけど、諦めずに良い行いしてれば次の人生では良い事あるって。」
という形でなんとか自分を納得させていたんでしょうね。

宗教という概念を少し広げて考えてみると、「学歴」や「お金」というのも宗教に見えてきます。
不安定な社会で先行きの見えない経済でも、「高学歴であれば大丈夫、良い人生をおくれる」
そう信じて「勉強」や「大学」に救いを求めている。
人間は信じられないがお金が嘘をつかない、お金があれば何でも出来る、何でも買える、だからお金があれば幸せになれる、
そう信じて「お金稼ぎ」に救いを求めている。

全て根底にあるのは「不安」であり、求めているのは「(理由はどうあれ)信じられる対象」、
盲目的に「何かを信じていれば幸せになれる」と思い込む事で、安らぎを得ている。

そう考えると、宗教を必要としている人はまだ世界中に居るでしょうね。
たとえ紛争を招く事になっても、何かを絶対的に信じられる事を幸せと考える人も居るのでしょう。


前述したような、宗教にすがるしかないような人が世界中に一人でも居る間は、
宗教は必要だと考えます。

投稿日時 - 2006-06-08 11:58:15

ANo.7

自分にとって宗教が必要ではないとは思いますが、世界には必要だと思っています。
宗教=団体ではなく、教えそのものです。当然団体は不要だと思っています。

殆どの人間が、無宗教と言いながら多かれ少なかれ宗教の影響は受けています。
ほぼ全ての日本人には何らかの教えが根底にあります。
先祖やお墓を大事にする考え方は仏教から来ていますし、元旦を特別な物と感じるのも神道や道教からですね。
外国(特に米国など)ではキリスト教が根強いから、堕胎も少ないですが、もし信じることが無くなってしまえばもっと多くなるでしょう。
人の命を大切にすること、これ自体が宗教がかっています。だって、病気で弱った人をほっといたら死ぬ、それは自然の摂理のハズで、それで良いはずなのです。けれどそれを助けたい、可愛そう、と思うのは人間は神によって作られたもので、命は尊い物という考えが自然と身に付いているためです。だから人間以外の宗教を持っていない動物は、子どもであっても駄目だと思ったら見捨てられるのです。

紛争の引き金になり、平和統一が成されないのは他者の信じる宗教を容認できないためです。
結局宗教など一つのところから派生した物が殆どなので、もっと仲良くできるハズなんですが・・・こういった考え方は日本の色々入り交じった宗教観があるから容認できるのです。
また、宗教間の問題が紛争の根底にあるのは確かでも、それを利用している人間がいるのも事実です。平和な世界にするために大事なのは、宗教問題と平行し、戦争で利益を得ようとする人間を排除することでしょう。

何も信じることがなければ人は老いること、死ぬことを不安がり、他者を圧すること傷つけることを恐れなくなるでしょう。
死ぬこと(=地獄に堕ちること)が怖いから、人に暴力をふるうのも止まるし、困った人を助けるのも根底に「他者に優しく」という宗教による教えが根付いているから自然と行えるのです。
一つの宗教が絶対的に正しいなどと言うことはないのでしょうけれど、宗教が全くなくなってしまえば今度は心のよりどころを失う人が多くなるでしょうね。
全ての人間が宗教無しで生きていけるほど強いわけではありません。
そう言う弱さが人間であり、何となく愛おしくもあります。

投稿日時 - 2006-06-08 11:53:01

ANo.6

新興宗教はいらないと思います。むしろ禁止してほしいくらい。気持ち悪いし。

でも、何百年もの歴史のある宗教は、その土地、民族の慣習ともつながりますよね。日本だったらお盆とか・・・

そういったものは残っていてほしいです。クリスマスがなくなったらつまんないし。私は大勢の日本人と同じ「なんでも教」です。

紛争の原因は宗教なのでしょうか。ちょっと疑問です。
宗教を口実にして、実際は領地や資源がほしいだけなのかもしれません。一般市民や下っ端兵士は乗せられてるだけとか・・・

もしそうなら宗教がなくなっても変わりませんよね。別の理由をでっち上げて戦争始めそうです。

投稿日時 - 2006-06-08 11:48:38

ANo.5

私は必要だと思います。
私個人、特に信仰心が強いわけじゃありません。

他の宗教へ排他的でなければ良かったのにな、とは思います。
確かに他者へ攻撃的になるのは間違ってますが、それが宗教だけのせいだとは思いません。
宗教に心の拠り所を求める人がいるならば、それを取り上げるのは酷な気がします。

投稿日時 - 2006-06-08 11:48:37

ANo.4

歴史の勉強が足りません。
現在の世界の主流である自由主義と資本主義は、どちらもキリスト教のプロテスタンティズムの中から生まれました。

詳しくはマックス・ウェーバー読んでくれとなりますが、いわゆる身分制度の否定という考え方は、一神教なくしてはありえませんでした。
資本主義も同様で、資本の蓄積と勤勉な経済活動は、プロテスタントの中でも最も先鋭的であったカルヴァン派なくしてはありえなかったのです。

宗教を否定することは、今の私たちが享受している社会的自由と、経済的な豊かさを否定することにつながります。
宗教を否定した共産主義国で暮らす人たちに、自由と豊かさが欠けていることを現実を見れば、より明確に理解できるかと思います。

また、現在の社会の混乱を招く要因として、宗教・宗派間の対立があるのは事実です。
しかしそれらの問題も、より深く分析してみると利権や権力をめぐる争いが、宗教・宗派対立の皮をかぶっただけのことがほとんどです。

表層的な見方で安易な見解を出すのではなく、問題の原因や歴史的背景をより詳しく分析しないと、かつての共産主義国と同様、抑圧と貧困の道を歩んでしまいかねないことを、よく認識する必要があります。

投稿日時 - 2006-06-08 11:48:04

ANo.3

私は、神様が居るか居ないかは別として、宗教はいらないと
思います。
神様に祈りをささげるなら、別に宗教を通してでなくてもいいと思うし
ドルイド僧のように自然を崇拝することもできなくはないし・・・。
それは、宗教などというもので縛られたり、干渉しあったりすべきもの
ではないと思います。
逆に、何故宗教が存在するのかを考えたら、それは人間の金儲けの道具でしかない気がします。
だから、宗教なんてものは必要ありません。

よく分からない回答で申し訳ないです(汗)

投稿日時 - 2006-06-08 11:46:57

お礼

回答どうもです^^
金儲けの道具となっている宗教団体もあるでしょうね。



--------------------
※私のこのアンケートに答えて下さった方々へのお礼のコメントは今日の夜書きたいと思います。締め切りはいつになるか解りませんが^^;

投稿日時 - 2006-06-08 12:02:33

ANo.2

私も無宗教です。
先祖は代々、ある宗教なのですが、私自身特に信仰しているわけではありません。
親族の葬儀なんかあるときに、そういう宗派のお寺で葬儀をするくらいかと。。。
なので個人的にはなくても困りません。

さて、本題ですが。
この問題は難しいですよ~
難しすぎて、あまり内容の濃い回答は得られないかもしれませんね。
例えば、質問者さんのご両親いますよね。
その両親と仲の悪いご近所さんがいるとします。
子供のころからあなたは両親からその近所の方の悪口を聞かされ育ちます。
するとあなたもその近所の方をあまり良く思わないでしょう。
その状況を世界規模にしたのが宗教です。

投稿日時 - 2006-06-08 11:42:08

お礼

回答どうもです^^
僕はそんなに難しくないと思います。
宗教ができてから何がもたらされているのかということを考えれば。

投稿日時 - 2006-06-08 11:48:15

ANo.1

私も質問者さんと同じように不必要かなと思いますし、理由も同じです。
あとは、いないものを騙されたかのように信じたりすることじたいよくわからないし、「神」は見たことないのにいるだの信じていてそれが原因で争いとか起きたりすると何だか嫌です。
科学的な根拠があって「神」がいるとなれば別なんですが・・・。

何故宗教で人間同士が争わなきゃならないのかわからないです。

投稿日時 - 2006-06-08 11:32:41

お礼

回答どうもです^^
神という抽象的なものを僕は信じることができませんし信じたところで何も変わりません。要は人間一人一人の中にそういうパワーがあるんだと思います。神様、仏様といわず自分で何か変えていこうとする気持ちが大事だと思います。

投稿日時 - 2006-06-08 11:38:34

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