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オカルトが信じられるのは何故?

オカルトといえば、私の中では「UFO」が一番なのですが、UFOの話は「未確認飛行物体」であり、誰も地球外生物が乗っているなどとは誰も言っていなくて、そもそも円盤であることもアメリカの新聞が勝手に付け加えたものです。

UFOは宇宙人が乗っている。それは真実である。
一体人にどのような心理が働いて、このようなことが起こるのでしょうか?
そして、大衆に支持されること、そのときの心理状態。
私はUFOを否定根底から否定するわけではなく、皆がオカルトや超能力などを信じているときの心理、心の動きが知りたいと思っています。

でも専門的過ぎて、自分自身の力だけでは調べきれないと思い、質問させていただきました。

投稿日時 - 2006-07-05 15:46:08

QNo.2257219

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

 論理的な思考による判断よりも、非日常という刺激を求める気持ちの方が勝るからだと思います。

 人間は、その大きくなった大脳によってパターン認識や想像力が発達して、その副作用として見えないものが見えたり、理解できない現象の空隙をありえない推論で埋めたりする生き物です。この能力は誰にでもあるので、全員が神秘的体験してても不思議ではありません。

 しかし、そこから論理思考回路が作動して、この不思議な体験は、実際は、発光・屈折・反射などの自然現象に違いないとか、脳内物質のなんらかの作用による幻聴・幻覚・幻想だろう、などと推理・実証していくことが普通でしょう。
 反対に論理思考回路が作動せず、非日常という刺激を愛する行動に出る人もいます。また、郷愁や感傷への誘惑に向かう人もいるかと思います。

 ディズニーランドが娯楽として保証するのは非日常性ですし、宇宙戦争が保証するのは恐怖という娯楽です。
論理思考などといった面倒なことをして、退屈な結論に着地するより、たやすく手に入る「神秘」へ気持ちが向かうのも無理はないことでしょう。なんせ、ノーコストで、信じるだけで、手に入る快感なのですから。

※この文章に、デジャブを感じられるかたがいらっしゃるかもしれません。実は、ずっと前に同じような質問に私が回答したものです。ねんのため。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102294031/qid=1152149542/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/503-1971563-5207945

投稿日時 - 2006-07-06 10:32:54

ANo.9

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回答(17)

ANo.17

 起源を辿ると神々が天馬に乗って空を駆け巡る神話にあるようです。宗教に科学的な脚色をしただけのお話に過ぎないでしょうね。追い詰められた群集心理を動かすのは、英雄伝説や白鳥処女伝説のような神話が多いからでしょう。

 UFOや宇宙人という神話が作られた背景にあるのはテレビ技術です。テレビが無かった時代には、こういう光る物体の話をしても、実際に見てみないと信じない人が大半であり、興味を持つ人が少なかったのですが、テレビが普及して不鮮明な映像を使って効果的に視聴者の興味を煽るのが可能になり、信憑性に乏しい話ほど視聴率に結び付く結果になりました。お化けや幽霊の怪談話と同じものでしかなかったように思います。

 それがSF映画やSFドラマがテレビで放送されるようになり、人気番組が多くなってからは、米国のリアリズムを追求した映画やテレビ番組がヒットするようになりました。

 UFOに乗った宇宙人が現実問題として地球に来るかという話ですが、そんな事件が実際にあったら、政府やマスコミはどういう対応をするかを考えてみるとわかります。

 鎖国時代の日本に戻って考えてみましょう。その当時の日本では、外国人は鬼とか、邪と呼ばれる危険な怪物であり、話を信じてはならない、近づいてはならない存在でした。外国の船も同じく、近づいたら大砲で攻撃して追い払うように幕府から命令が出ていました。

 庶民の民話にも鬼や邪は恐ろしい怪物として描かれ、伝説や怪談には必ず出て来る魔物でした。排外主義的な鎖国制度の下で外国船や外国人を敵視するマインドコントロールが形作られていたわけです。

 UFOや宇宙人も同じではないでしょうか。UFOが他の星の宇宙船で、宇宙人が乗っているのだとすれば、怪談話と良く似ています。米ソ冷戦時代に政府やマスコミが何を意図してUFOや宇宙人をテレビで放送していたかがわかりますよね。

 もっとも、怪談話を作ったのも人間ならば、UFOや宇宙人の話を作ったのも人間です。人間の想像力の限界を超える発想が出て来ないのが落とし穴でもあります。

 人類の発明である船は原始的な丸木舟から始まり、最新のスーパータンカーに至るまで、基本的な原理は全く同じものです。宇宙船の技術は潜水艦の技術に似ている部分が多いと言います。どれも人類の脳が作り出した発明であり、同じ発想から抜け出せない技術ばかりです。

 それでは他の星の知的生物という、人類とは全く異質な生物が考え出した発明とは、どういうものなのでしょうか。

 他の星の生物も人類と同じく、宇宙船で宇宙旅行して地球に来る方法を選ぶでしょうか。それとも、全く違った方法論で技術開発をおこなって地球に来るでしょうか。それは現在のところ、何もわかっていないのです。

 他の星の生物も人類と同じく、人間型をした生物で共通点が多いのでしょうか。人類の発明と類似した発明をおこなう生物なのでしょうか。これも、現在のところ、全く何もわかっていないのです。

 もし、地球と同じぐらいの惑星を人工的に動かして宇宙旅行をしている知的生物がいるとしたら、小さな宇宙船しか作れない人類は桁違いに遅れた文明でしかないでしょう。

 同じく、惑星どころか、太陽や銀河を動かして宇宙旅行をしている文明があるとしたら、人類の文明など文明の名に値しないものでしかないでしょう。

 そういう文明が無いとは言い切れないところに、この問題の難しさがあります。銀河系から他の銀河に向かって宇宙空間を高速度で飛行している恒星は少ないですが、存在するからです。周囲に惑星がある星もあるのかもしれません。

 ある銀河が銀河ジェットの方向を変えて推進力として使い、他の銀河に向かって宇宙旅行をしている例も発見されています。文明によるものかどうかはわかりませんが、こういう常識ではありえない恒星や銀河が実在するのが宇宙というものなのです。

 系外惑星探査が進んでわかった事ですが、太陽系も一般的な惑星系の常識が通用しないものの1つのようです。

 宇宙人が乗ったUFOが地球に来るという発想は科学的な脚色がされているとは言っても幼稚なものに過ぎません。文明がある星が惑星系を従えて太陽系に近づいているという話の方がよほど現実に起こり得る事かもしれません。文明を持つ銀河が銀河系に向かって近づいていると考えても同じです。

 小さな宇宙船で恒星間空間という広大な距離を渡ろうとするよりも、惑星規模の巨大な天体を動かして他の星まで旅する方がよほど現実的なのかもしれません。

投稿日時 - 2011-07-20 23:44:04

ANo.16

この場合のUFOは、地球外起源種の知的生命体が造った、恒星間航空機だと噂されている種のUFOが存在すると何を根拠に言っているのかということだと思うのですが、これについて、私見を述べると。
私は、存在していると思ってます。
それは、地球に最初に発生した生命が地球外から来たという説があり、それを考えると、地球以外のどこかの恒星で生命が生まれたということになり、地球以外の恒星でも生命は発生することになる。また、最初の生命が地球で誕生したのなら、たかだか46億年という短い期間で人間程度の知的生命体が発生するなら、長い宇宙の歴史の中に知的生命体が人間しかいないのは納得できない。だから、人間より、高度な知的レベルの知的生命体はいると思う。
ただ、なぜ地球にわざわざ来ているのかというのはわからないが、おそらく(これ以降は、妄想に近いが)調査に来ているのではないか。と私は思う、地球に知的生命体が居ることを発見し、交友・技術交換などを出来る程のレベルがあるかということか、若しくは、彼らの生息している恒星が、環境変化か何かで住めなくなりそうになっていて、居住地を求めて地球で生息できるかどうかを調査しているのだと思う。
それと、私は、UFOが超能力や幽霊などのオカルトとは別物と考えている。

投稿日時 - 2007-04-20 12:36:18

 噂と一緒じゃないかな?
不確かな情報を信じるなんて、その情報に興味があるか、自分に利益があると思って聞き耳を立てているにすぎないんじゃない?
心理、心の動きなんて難しい事はわからないけど、耳の立て具合だと思います。

投稿日時 - 2006-11-03 18:51:35

ANo.14

血液型判断と一緒ではないでしょうか。

ある事実がいくつか見つかると
それが真実であるかのように思ってしまう。

ここでいう事実は、A型は几帳面、UFOには宇宙人が乗っている、ネッシーはいてる、あいつは雨男など、本人の仮説に合う事象のこと。

少なくとも真実かどうかを判断するときには
それと逆の事象は起こっていないのか見ないと
判断できないですよね・・・?
このことについては下記HPで。
有名な4枚カード問題のHP
http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/psych_cards4.html

このことはつまり、
こうだ!と思うと
それに関連する情報ばかりを集めてしまうので、
その思考から抜け出にくくなるようです。
人はなんかそんなアバウト~な感じで出来ているようです。


私見です。
人自体が基本的に事象を歪めて都合のいいように解釈するようです。分かりやすい例は、恋愛です。

あの人、自分のこと好きかな~?
あ、今、目があった!
これ絶対、あの人から好かれてるわ~!!
(実際は、自分の後ろにいる友達を発見しただけ)
って・・・経験されたことないでしょうか?

つまり、人は判断材料として、状況の力を考えにくいということです。自戒の意味を込めて言うのですが、みなさまもどうかお気をつけくださいo(*^▽^*)o

投稿日時 - 2006-08-05 20:24:52

ANo.13

こんばんはkurokuboyと申します。

実はRilyoushiさんと全く同じ趣旨の疑問を過去に抱き、このサイトで質問してみました。さすが『教えて!goo』ですね、長年の疑問が氷解しましたよ。その時の感動は今でも忘れません、まさに目からウロコ状態。

URLのNo.9luune21さんがその大恩人です、その節は大変勉強になりました、有難うございました。
あれから心霊を信じる方たちに対する考えが大きく変わりました。
信じている人を見ると

以前は→こんなものを信じる人は前近代的な脳の構造だ、バカじゃなかろうか、と思っていました。

今は→まあ趣味ですからねえ、人それぞれなんでしょう、と慈悲の心が芽生えました。

一言で言えば趣味、生きがいの一種らしいです。
従って事実はどうでも良いのですね、科学的に考えようなんて思っていないのです。
当然否定する人、特に理路整然と否定する人間は大変嫌われますね。

私など異端者扱い憎まれ放題、いつか怨霊に呪い殺されるかも知れません(笑)。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1511547

投稿日時 - 2006-08-04 22:02:51

ANo.12

まして知りたいがために薬物を使って幻覚・幻聴などを見ようとすることなどは悪魔に魂売るようなもんだ.
と思うな.

投稿日時 - 2006-07-17 03:19:30

ANo.11

信じるのではなくて,わからないことに対して自らを実験台とし,自らの体験として,知り探るものなのではないでしょうか.単なる幻覚や幻聴などで確信に至れるわけがない.
と私は思います.

投稿日時 - 2006-07-17 02:43:00

ANo.10

No.2とNo.7 の方がたが言及している「奇妙な論理」は、決して内容が古すぎることはありません。
小さな間違いによって全否定される本ではありませんので、
お読みになるといいですよ。

投稿日時 - 2006-07-07 10:58:39

ANo.8

#2の者です。

Rilyoushi様。#7様のおっしゃるように、欠点だらけの書籍を無批判に紹介したりして、まことに申し訳ございませんでした。
欠点より長所の方がはるかに多い本だろうと思い、何の迷いも無く紹介してしまいましたが、浅智恵を披露してしまい、お恥ずかしい次第です。
今後は、後ろから斬り付けられることのないように、良く知らないことには解答しないように心がけますので、なにとぞご容赦下さい。

投稿日時 - 2006-07-06 04:13:54

ANo.7

No.2さんが紹介されている「奇妙な論理」は1950年代に書かれた本なので内容が古く、現在では「奇妙な論理」自体が「奇妙な論理」になってしまっていることもありますので気をつけてください。

一例をあげると、マッサージは無意味でありあれが気持ちよく感じるのはセクシャルな意味からなんだそうです。ではなぜ同性のマッサージ師にマッサージされても気持ちいいのかというと、それはホモだからだそすです。「ニューヨーク州では禁止されている」と紹介されているカイロプラクティックも現在は全米で公認されていて国家資格となっています。当時はカイロプラクティックは「非科学的なエセ治療」だったのです。

投稿日時 - 2006-07-05 22:47:56

ANo.6

個人的な感想に過ぎませんが、多少大げさに言うと自らの価値に絶望しかけている心理ではないかと思います。
社会的に成功していないとかいうことではなくて、例えばいくらお金持ちであっても、自分に、そして人間という生き物に対して「この程度の生き物なのか」といった諦観的感情にその精神の根本部分を浸されてしまっている場合に、UFOやオカルト、超能力なるものの存在が救世主のように感じられるのではないかと思います。
つまり、それらの『とてつもない未知の(あるいは不可思議の)存在と我々は係わり合いを持っている』と思惟を巡らすだけで、自らの可能性にも実はまだ未知の部分がありただそれに気付かないだけではないのか、という『希望』を感じることができるのではないでしょうか。

個人的には一種の現実からの逃避心理と判断しますが、確かに『可能性』という面では魅力的なお話であることだけは間違いないでしょう。
あえて否定することもありませんが、それらを簡単に信じない人たちは山積している現実の問題に立ち向かうほうが遥かにスリリングですし、それがうまくいかないからといって諦めずに別の方法で再挑戦していく、その過程のほうがずっと人間の可能性を感じれる、というタイプのように思います。

どちらにしても、可能性が全く無ければ人は生きていこうという意欲を失いますから、ある種の宗教のようなものと考えて見守るというスタンスを取るのが妥当ではないかと考えます。
しかし、「神」という人?はいませんが、UFOが地球に接近しているという話の信憑性は別にして「宇宙人」はいない方が不思議なような気もします。
何しろ「宇宙は無限」という表現しか今のところ地球人類はできていないわけですから、その無限に我々と同じような(似たようなという意味ではなく)生命体が存在すると考える方が論理的に自然ではないかと思うからです。

投稿日時 - 2006-07-05 22:25:41

ANo.5

ご存知でしょうが、「オカルト」というのは「隠されたこと」という意味です。

仏教でも、密教の真言、というのは、「秘密」の「真実の言葉」ということでしょう。

要するに、人は、「真実は隠されたものの中にある」と考え勝ちなのではないか。一般人には掴めないが、相応の修行をした者のみが掴める秘密がある、と思ってしまうものなのではないか、と思います。

有名な火星の人面岩ですが、あれを人工物だというビリーバーは「NASA」が真実を隠しているなどと言いますが、あの写真はNASA提供のものだというのは有名な話ですよね。

なぜか、大衆は「陰謀」が好きなようです。

投稿日時 - 2006-07-05 19:58:52

ANo.4

アイザック・アシモフや、アーサー・C・クラークなどの、代表的なSF作家は、UFOに宇宙人が乗っているという話を頭から否定していますね。
「UFO=宇宙人」というSF的な話題について、一番さめた目でみているのは、当のSF作家なのかも知れませんね。

ハヤカワ文庫のアイザック・アシモフの科学エッセイ本の中に、「UFO=宇宙人」説を批判したものがいくつかあったと思います。

投稿日時 - 2006-07-05 16:50:59

ANo.3

#2への補足です。

あと、カール・セーガンの
『人はなぜエセ科学に騙されるのか』(上、下) 新潮文庫

もおすすめの本です。

投稿日時 - 2006-07-05 16:17:05

ANo.2

マーチン・ガードナーの
『奇妙な論理〈1〉—だまされやすさの研究』 ISBN 4150502722
『奇妙な論理〈2〉なぜニセ科学に惹かれるのか』 ISBN 4150502730
をお読みになりましたか?
この本は、その手の話題の古典的な本ですので、おすすめです。

投稿日時 - 2006-07-05 16:13:54

ANo.1

こんにちは。
世相不安が高まると、必ずこの手のトンでも理論が幅を利かせてきます。

古くは日本でも平安後期の末法思想がありました。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kazuoy/mappoh.html

現在も、ニューサイエンスをはじめ、科学は行き詰まったとする各種宗教もどきの物が広がっています。

苦しい時に何かにすがりたいという気持ちの現れだと私は思ってます。

投稿日時 - 2006-07-05 16:12:12

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