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解決済みの質問

児童虐待・・・子供は親のモノなのか?

 福島県で両親による虐待で3歳の男の子が死亡する、悲しい事件がありました。またか・・・と怒りがこみ上げてきました。ニュースによると、この親たちは以前にも長女(乳児)を死亡させ、長男に虐待をしたことにより、親権を失っているそうです。もうめちゃくちゃな親です。
 私が納得できないのは長男の事件後にも、こういった人間が親として普通に生活していたことです。死亡した男の子の姉と弟もランドセルをもてないほど衰弱していたとか・・・
 回りも見てみぬふりだったのでしょうか?
こどもは親のモノですか?私は子供は社会の宝物で、みんなで守る、育てるべきだと思っています。
 この国では、児童相談所、警察などはこの鬼のような両親を子供から引き離すという権限はまったくないのでしょうか?

投稿日時 - 2006-07-29 14:18:32

QNo.2306771

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

#3です。

親子から離す理由が虐待、これは酷とは言えないでしょう。
でも、ほんのちょっとしたことで離すのは酷ですね。
子供の視点から見ると、「お父さんがいて、お母さんがいる」
というのが一番の幸せなんですよ。その幸せを奪う事を
簡単にゆるしてはいけない、と思います。
仮に離すとしても、ご両親の代役となるような、
温かい家庭に受け入れるべきですね。

最近、ご飯も食べさせてもらえず餓死寸前だった、
というニュースを見て、「酷過ぎる!」と強く思いました。
やってることが、人間とは思いません。
そういう人が法で罰せられても、
ご飯も食べられる、というのだから、
これは誰もが許せない、と思いますよね。
子が親から受けた虐待は、親も同じように
閥を受けるべき、と思いました。

投稿日時 - 2006-07-30 15:31:43

お礼

 子供にご飯を食べさせない、餓死寸前になっても平気・・・そんな親の心理状態が理解できないですよね。そんな親でも子供は離れたくない、という例が多いと聞きます。やはり、どんなにされても親と一緒がいいのでしょう。胸が痛みます。
 再度のご意見、どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2006-07-30 19:36:21

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回答(9)

ANo.8

#1です。

>世間全体が変わることにより

↑を言うのは簡単ですが、実際は非常に難しいです。

「世間」を変える為には、「世間」を分析する必要があるからです。

日本人は、長年「世間」の分析を棚上げしてきました。
(そして、「仕方が無い」で済ましてきたのです。)

「世間」を分析する事は、虐待の問題だでけなく、日本が抱える諸問題を考える上で非常に重要な手段だと、私は考えてます。

http://nokai.jp/k-column/reader/wao_rea_02_02.html
http://www.ringolab.com/note/daiya/archives/002046.html
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/jidai/0307/ji_307_030705.htm
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/jidai/0307/ji_307_030712.htm
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/blog-entry-27.html

投稿日時 - 2006-07-30 14:41:28

お礼

 世間分析する、という大きなテーマにはまだまだ未熟な私ですが、小さな一歩をふみだせるきっかけが欲しいと思っています。
 再度のご投稿、ありがとうございます。

投稿日時 - 2006-07-30 19:30:10

ANo.7

#6さん、批判ではありません、意見交換のつもりで書き込みします。
言われる事はごもっともです。
若いお母さん、頼る人がいないお母さん、ちゃんと躾けられて来られなかったお母さん、沢山います。
まずそんなお母さん達のために、何とかしてあげたいのは私も思います。取り返しのつかないうちに。
その状況になってみなければ、本人がどれだけ苦労してるかなんて分かりません。
又、人それぞれ苦痛に感じるかの度合いだって違います。
なので少しでもそんなお母さん達の助けになると思って、子育てサポートの仕事をしています。

そのイライラを何故幼い子供に向けるのか。
義母は怖くて逆らえない。
夫は話を聞いてくれない。
子供は抵抗しないから、楽なんです、はけ口として。
それが許せない。
欝だからと、病気のせいにもして欲しくない。
そう思ってしまいます。

だた、そういったケースの場合は、情状酌量の余地がありますけどね。

言語道断なのは、邪魔だから、面倒見たくないから、捨てるわけにも行かないから、そんな理由で虐待する親が多い。
と質問者さんはおっしゃっているんだと思います。

投稿日時 - 2006-07-30 09:21:02

お礼

>そのイライラを何故幼い子供に向けるのか。

 まさにその通りです。私が一番許せないことなのです。鬱病などといった例もあるのかもしれないのですが、子供が死亡、とまでいってしまうケースにはたんにルーズで子育て放棄している親が多い気がしてならないのです。
 そこで社会全体が子育てをサポートしていく日本になったら・・・と考えてしまいました。
 どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 19:25:30

ANo.6

こんにちは。

最初に書いておきますが、私は虐待を正当化したいのではありません。
絶対に許されない行為です。
人の命は重い。何よりも尊い。
傷つけたり、自分勝手に扱って良いモノでは絶対にないと思います。

しかし、それでも言います
「虐待は、否定するだけではなくなりません」

色々な虐待の例を見てきました。
残虐なものは、資料を見ているだけで涙ができてきます。
子どもが可哀想。今生きていたら、何をしていただろう。
何で私は何もしてあげられなかったのだろう。
お母さんが可哀想。
何故、大切な子どもを殺すなんていう辛い思いをさせなければならなきのだろう。
何故、私には何もできなかったのだろう。

虐待の例に多いものに
「虐待の連鎖」があります。
虐待を受けて育った人間は、自分の子どもに虐待を与えやすいのです。
もちろん、本人は「私は不幸に育ったのだから、優しい親になろう」とおもうのです。
しかし、どうしても上手くいかない。
誰も助けてくれない。
一人にしないで。なんで私は一人なの。
虐待を与えられて育った人間が、絶対に虐待を与えるというわけでは決してありません。
しかし、多いのも事実です。

それと、結婚に伴って引越しをしてしまった人。
まず、結婚と引越しなどがあると、多くの人は鬱の傾向に走り、鬱になる人も多いです。
不安で、友達もいない。
誰にも相談できない。
夫が疲れて帰ってきて相談になんて乗ってくれない。
夫の親は私を目のかたきにする。
専業主婦なんだから、家事や洗濯くらいシッカリしなきゃ。
でも、料理の順序が分からない。カレーにいる材料ってなんだっけ?(鬱によくありがちな症状で、順序だてて物事を考えることができなくなるのです)
シッカリしなきゃ。
私の努力が足りないんだ。
シッカリしなきゃ。

そんな時、妊娠。
周りに頼れる人はいない。
出産に関する本なんて、鬱の症状で買いにいけるわけがない。
母親になるんだから、シッカリしなきゃ。

ある、女性の話しで「うちの子どもの尿はテレビの様に青色ではないのですが、大丈夫ですか?」という相談を受けた例があります。
最初は「この人馬鹿?」とおもう訳ですが、考えてみれば、誰も教えてくれないんです。
例えば女性の生理は、学校で教えてくれることが多いですが「おりもの」について教えてくれるところは少ない。私、おりものが最初に来たときは生理が上手くきていないのだと思いましたもの。
こういう勘違いって実はよくあることなのでは?

シッカリしなきゃ。
 自分を自分で追い詰めていることに気づかない
あるとき、ふ、と自分の姿を鏡でみて。
ぼさぼさの髪。
ほんの数ヶ月前まで「幸せ」って言ってたのに、この差は何?
大好きなヒールは履けない。
大好きなヒールさえ履ければ私はまた可愛い子になれるのに
(大きな勘違いであることに気がつかない。気がつかないのではなく気づけないのです)
何を考えているんだろう。
シッカリしなきゃ。
シッカリしなきゃ。

子どもが生まれ、ますます「○○しなきゃいけない」ことが増える
買い物には行きたくないけれど、子どものご飯は買わなきゃいけない。
人と付き合いたくないけれど、子どものために付き合わなきゃいけない。
電車に乗りたいけれど、子どもが大泣きするかもしれないから、迷惑になるから乗れない
大好きなあの店は、大きな階段があってベビーカーではいけない。
妊娠で太った顔を、知人に見られたくない
夜泣きで私は寝ていない。けれど昼に寝るなんて怠惰なこと義母は許さない。

ないないないない。が次第に積もっていくのです。
人はこれをお母さんに「当たり前のこと」として押し付けるけれど、本当に当たり前なんでしょうか?

子どもを生む前の女性は、割と
「子どもをちゃんと育てられるだろうか」という不安を持っています。
「虐待をしないだろうか」も含まれます。
母性神話を、誰もが母親に押し付けて
「何で私は周りみたいに出来ないのだろう」と思い悩んでいく。

ここで、児童相談所の仕事がでてくるはずなんです。
「少し離れて、色々落ち着く、病気を治す時間にしませんか?」という機会を与える仕事があるはずなんです。(子どもを保育園に入れたら、子どもを愛せるようになったというのもよくある話)
しかし「子どもを人に預けるなんて馬鹿親のすることだ」という考えが今でもあります。恥ずかしい。
そんなことできない。
 
しかし、児童相談所は、そんな方の所へ歩みよっていく人員が余っているわけではありません。
残業残業残業しても、通報を受けた分を処理できるかどうかなんです。
でも国は、責任だけを児童相談所に預けて、人員を増やすということをしてくれません。
権利も預けている様に見えますが、責任の比重が重すぎて権利を使うには本当に身長にならざるを得ないのです。

>私は子供は社会の宝物で、みんなで守る、育てるべきだと思っています
 本当にその通りだと思います。
でも、それをするには親も守ってあげなければいけないのではないかと思います。

投稿日時 - 2006-07-30 00:51:12

お礼

 確かに、秋田の事件の母親などは、本人が悲惨な生い立ちをもち、健全な心を充分に育てることができなかったまま母親になったと思われますね。同情すべき部分もないわけではない。私自身も母親であるので、育児によるストレスは容易なものではないと思っています。
 しかし、幼い子供(ましてや自分の)をストレスのはけ口にするのは許せない、と思っています。そういう母親、父親にはまったく同情できないです。そして、そのような行為に走らざるを得ない、弱く、未熟な親であれば、社会が手助けをするべきだ、とも思うのです。理想論になりそうですが、そういった社会を望んでいます。
 いろいろな面から『虐待』について考えさせていただきました。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 19:17:57

日本人の体質だと思いますが,子供の人権を人権と思わない親は多いです。

子育てが苦手な親も,たくさんいるが,これも,そんな親はいないはずだ,という識者が多くいるのが,日本の現実だと思います。

畠山容疑者だけでなく,あちこちで,児童虐待の事件が報道されていますが,これは,ほんとに氷山の一角です。

動物園のオラウータンでも,子育てが苦手なものもいます。その場合,人間の飼育員が,オラウータンの赤ちゃんを育てるように,日本においても,そのような仕組みがいると思います。

>この国では、児童相談所、警察などはこの鬼のような両親を子供から引き離すという権限はまったくないのでしょうか?

ないです!
人権侵害となるからです。

子供が,虐待を受けていると,自らが助けを求めない場合,それは,公権力が,児童を拉致しているのと同義になってしまいます。

そして,畠山彩香ちゃんのように,日々,親から虐待をされつづけ,食事もロクに与えてもらえなかったが,彼女は,鬼母についていき,橋の手すりに座らされ,突き落とされたのです。

法律を替えるしかないのです。

国会議員選挙で,政治家を選ぶ際,このような視点で,1票を投じることが大事だと思います。

投稿日時 - 2006-07-29 17:50:29

お礼

アメリカに居住していたのですが、児童虐待に対する世間の目や、法律は大変厳しく(また、児童虐待もよくあるようです)、社会全体が子供を見守っている感覚がありました。日本は全然違いますね。平和なイメージの日本、でも、裏をかえせば、他人事は他人事、に日本がまだまだあるようです・・・ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 19:07:11

ANo.4

虐待で子供を殺しても、刑が甘いんです、日本は。
だから減らないんですよ、殺人が。
殺人の中でも、最も重い刑にすれば良いんです。

ニュースを見るたび、腹が立って仕方がない。

投稿日時 - 2006-07-29 15:17:25

お礼

私も、虐待により子供が死亡するニュースを見るたび、腹が立って、涙がこみ上げてきます。子供虐待死=殺人、もっと世間にも認識して欲しいです。殺人ですよね!ご回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 14:03:02

ANo.3

最近の児童虐待事件、これは無関係の私ですら怒りを感じます。
親は子供を成人に至るまで育てなければいけない義務がありますから、
無責任な親、未熟な親が増えているのではないかと思います。

その為か、マナーの知らない子供であったり、
反社会的な行動に出る子供が増えているのだと思います。
そういう子供の原因になるのが親である、
「子が子なら、親も親だ」という言葉に示すとおりです。

子供を社会が育てるというのは、今だからこそ必要かもしれませんが、
私ならば、親を育てるような機関もあってもいいのではないか、
と思っています。やっぱり、親と子を離すのは酷な行動ですよ。

投稿日時 - 2006-07-29 14:54:18

お礼

本当です。親を教育する機関が必要、とまで思ってしまいますね。親子を離すのはやっぱり虐待が理由でも酷な事なのでしょうか・・・大変難しい問題ですね。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 14:00:10

ANo.2

>子供は社会の宝物で、みんなで守る、育てるべき

昨今の社会では難しいでしょう。他人から自分の子供に対して口出しされるのを嫌がる方が多いですから。子供の非を非と認めない親が多いので、口出しすると口論になることがあります。そういうことがわずらわしいと思う方が大多数だと思いますから、虐待に関しても様子がおかしいと思ってもあえて確認するようなことはしないでしょう。はっきりとした確証が得られれば通報するぐらいはするかもしれませんが。

秋田の事件にしても、近所の人たちが愛情が無かったとか言ってますが、それを気づいているにもかかわらず特に何かしたわけでも無かったので(新聞やニュースを見る限り)。

子供の方も隠そうとするのであまり表ざたにはなりにくいということもありますし。

投稿日時 - 2006-07-29 14:51:18

お礼

人間関係の線引が難しい時代なんでしょうね。いつからそんな寂しい日本になったしまったんでしょうか・・・
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 13:56:24

ANo.1

法律では、児童相談所や警察の介入を認めてます。
http://www.aiben.jp/page/library/gyokaisi/g1204jido.html

しかし、法律よりも強い力が影響し、法律を骨抜きにしている側面があるように思います。
↓のページに書かれている、精神科医の斎藤環氏の指摘が、それを物語っていると感じます。
http://www.bitway.ne.jp/bunshun/ronten/ocn/sample/ron/06/075/r06075DFA1.html
一部抜粋
>〈被害者の父親が同居をやめられなかったこと、児童相談所や警察が積極的な介入を控えたこと、犯行当日にスタンド職員が虐待を通報しなかったことなど、事件のさまざまな局面において、「世間」が抑止の契機を奪っているとするのは極論だろうか〉と指摘する(『「負けた」教の信者たち』中公新書ラクレ)。

『「世間」が抑止の契機を奪っている』
↑に書かれている「世間」の存在が、児童虐待の問題を考える上で重要だと感じます。

投稿日時 - 2006-07-29 14:41:38

お礼

大変参考になる資料でした。世間全体が変わることにより、児童虐待が減るのであれば、何か私にも出来ることはないのか・・・と考え込んでしまいました。ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-07-30 13:52:22

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