こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

日本国内での戦犯の追求について(ちょっと長文です)

東京裁判はアメリカが一方的に行ったもので、
無効だとしても、戦争によって無駄死にさせられた
多くの日本人や、戦争に至る過程で本人の意思を
無視した、半ば強制連行的な行為で被害を
蒙った多くの日本人がいますよね。

例えば、満州国国境を警備するために
集められた東北地方の青年たちや、その
青年たちと結婚させられる事さえ知らされず
満州国へ送られた日本人女性などの事です。

私の祖父は旧日本海軍の職業軍人で、教科書に
載っていないような信じられない話をいろりろ
聞きました。終戦直前には、日本中が地獄の
ようなありさまだったのに、単なる下っ端の
兵隊であるうちの祖父でさえ、軍人という事で
当別扱いで、家には中国の三越で買った衣服や
食料があふれ返っていたそうです。勿論
うちの祖父だけが軍人として特別だったわけでは
ありません。

アメリカは自国の戦犯を裁いていないといいますが、
日本ほど自国の国民を奴隷のように扱った国は
他にないのではないでしょうか?

もし当時被害にあった日本人が裁判を起こし
裁かれる人がいるとすれば、それはアメリカが
A級、B級とした人たちと同じだと思います。

アメリカや諸外国の事を無視したとしたも、
靖国には、多くの日本人に恨まれて
当然の犯罪人が合祀されているように
思われてなりません。靖国が軍人のレリーフを
復活させたあたり、諸外国に言われるまでもなく
反省の色が全くないばかりでなく、軍部の暴走を
正当化しようとするものと受け取れます。

当時の体験者、若しくは私のように当時の
事実を家族、親戚から伝え聞いた方、若しくは
当時の本物の資料を目にされた方がいらっしゃったら
ご回答よろしくお願いします。
私の理解にどこか間違えがあったら知りたいの
です。

投稿日時 - 2006-08-02 02:58:59

QNo.2314290

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

 国内では、軍保有物資を終戦時に(どっちみち、アメリカ軍に接収されるのだからということで)主計・輜重関係者で分けて持って帰ったという話は聞いたことがあります。日本国内の職業軍人は民間人と比べて割合と簡単に食料が手に入ったそうですが、それでも終戦間際はかなりきびしい状況だったようです。

 伯父は、インパール作戦に参加し奇跡的に生きてかえって来ました。
 戦後50年たった頃、一度法事でインパール作戦の実際について甥達が聞き出そうしましたが、唯「日本陸軍の馬鹿が‥‥」と吐き捨てるように言っただけで、ほかにはほとんど何も語ることはありませんでした。
 普段は温厚な伯父の、聞いたことのない強い口調に、更に詳しく質問できる者は居ませんでした。

 ちなみに、私の父方母方の兄弟は、1名が戦死、2名が空襲で焼死しています。

投稿日時 - 2006-08-02 20:20:45

ANo.6

このQ&Aは役に立ちましたか?

2人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(14)

ANo.14

 「みな~思っている」についての回答はどうなったのでしょうか。
 また、GHQ の洗脳内容とあなたの認識が怖いほど一致している点は、確認頂けたでしょうか?
 そして、「当時の日本人の大多数の認識」としての大川周明の言葉を、把握できたでしょうか?

No.13 への補足
> 項目としては資金の流れ、航空機開発、原爆開発などです。

 731 部隊のようなデマよりは、だいぶまっとうな項目ですね。
 そういう切り口なら、何が出てくるか待つのも特に不自然はありません。
 が、731 を持ち出すのは、そうとうに調査能力が必要だということは、踏まえておきましょう。

 まあ、寺田寅彦の原爆研究や、六発重爆富嶽の話は、既にかなり有名ですけどね。新しい情報が出てくることでそれがどう展開するかは、面白い話題ではあります。ノモンハンの例もあることですし。

> 日本の大都市は殆ど焼け野原で、弾薬も殆ど底をついた状態で、
> 原爆を2発も落とされるまで降伏しなかったことに深い意味な
> どありません。

 「降伏しなかった」と思っている時点で、GHQ の洗脳にかかっていることが確定します。そもそも日本政府はアメリカと戦争なんかしたくなくて、東條が首相になったのも開戦を回避するためでした。さらに東條が終戦間際に再度首相になったときの目的も、戦争を終結させるためでした。
 開戦しか手が無い所までごり押ししたのはアメリカで、ハル・ノートを作成したホワイトはソ連のスパイだったことが「情報公開」で判明しています。つまり日米開戦は、少なくとも米ソ合同の政略だったと言えます。また原爆を実験や対ソ戦略のために使うまで日本に降伏させなかったのも、アメリカです。
 特に原爆投下のあたり経緯については、類書も多くありますが、参考 URL の書籍をどうぞ。

> 原爆2つを耐えしのんだから今の日本があるのでしょうか?

 違いますよ。はっきりいえるのは、「○○から今の日本がある」というときの○○に入る言葉は、こんな解答欄に収まる量ではないということです。

> もっと早く降伏していれば、広島、長崎の犠牲はありませんでした。

 それは無理な仮定というものです。
 降伏しろ、と言っている当の相手が降伏を容れるつもりが無かったのですから。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794214081/sr=8-1/qid=1155119431/ref=sr_1_1/503-7548871-3014311?ie=UTF8&s=gateway

投稿日時 - 2006-08-09 19:40:00

お礼

 ご家族の方のお話を書き込まれた方々
ありがとうございました。

 私の両親とも戦中派で、戦争が終わったときには
とにかくよかったと思ったと言っています。

 しかし、一般に流れる資料などは、皇居周囲で
打ちひしがれる国民の映像などです。戦争が
終わって喜んでいた国民がいたなどという
話は伝わっていません。

 戦争の苦しみは今現在も風化しつつあり、
北朝鮮のミサイルなどという話が出てくると、
軍事力強化は当たり前のように言う人たちが出て
きますが、そのようなときに靖国のような戦争を
美化するような象徴があるのは、非常に問題だと
思っています。
 
 諸外国のみならず、当時の政府や軍部の政策に
苦しめられた日本人が多数いるから、私の祖父の
例などを挙げると、それは一部の人たちだけの
話と思われる方が多くいるのだと思います。

 メディアを通さす当時のことを伝え聞いている
人たちの多くの感情が、核心をつくものだと
思い、この質問をしましたが、心無い掲示板
あらしにあってしまったようですので、
打ち切らせて頂きます。

 

投稿日時 - 2006-08-11 02:11:25

ANo.13

No.5 への補足
> 日米共にまだ機密扱いの情報がある事が知られていますから、
> 現時点では書籍情報は単なる参考に過ぎません。後から731
> 部隊のような、日本人に知られていない事実が明らかになって
> いくはずです。それで当時のことを伝え聞いているか、当時の
> 記録そのものを見た方に回答をお願いしている次第です。

 「はず」って、何でしょう。アメリカも、イラクに大量破壊兵器があるはずと言っていましたが、その類でしょうか。
 またそもそも、731部隊の話って、具体的にどういう話のことでしょう。かの部隊についてはそうとうにデマが流布していますが、それを弁えていますか?

 ちなみに、あなたの抱いているテーゼや旧軍批判の発言内容は、「真相箱」なる GHQ の洗脳ラジオ放送の内容そのままですから、そのことを確認するために参考 URL の本を読んでみてください。
 いかに、GHQ の洗脳通りの認識を自分が抱いているのか、分かると思います。GHQ の放送内容も、「当時の本物の資料」ですよ。

 それに対して、大川周明のラジオ放送は、まさに「当時の資料」そのもので、一次資料です。

> 南方などで、何の対抗策もなく、補給路を断たれてもなお現状
> を維持しろという命令が出て、多くの日本人が死んだというの
> は、アメリカ側の作り事ですか?

 具体的な作戦や命令書が特定されないと、その質問に対してはなんとも言えませんね。実際に軍の失敗の事例もあるし、GHQ の作り事もありるのですから。
 その辺を明確に押さえるためにも、参考 URL の本を読んでみましょう。

> 意味のない時間稼ぎで死んでいった方々は、みな無駄死にだと
> 思っているのですが。

 「意味のない時間稼ぎ」という評価自体が、GHQ の評価なので、そこに疑問を抱いてください。
 純軍事的観点で言っても、時間稼ぎによる敵軍の損耗を増やすことは、講和条件を少しでも自国に有利にするための行為です。その意味ですら、全く無駄ではありません。そして例えば特攻隊のパイロットがそのことを自覚して覚悟をしていた事例もあるのです。が、その「敵国」からしたら、無駄ということにしたいものです。「敵国」にとってすれば、非常に都合の悪いことですから。

 なお、「みな~思っている」とは、二通りに読めるのですが、どちらの意味でしょう。
(1) 「みな」は、「思っている」の主語
(2) 「死んでいった人々は皆」、の意味で、「思っている」主体はあなた

参考URL:http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094028862/503-8021835-4718347?v=glance&n=465392&s=gateway

投稿日時 - 2006-08-06 22:05:56

補足

>「はず」って、何でしょう。アメリカも、イラクに大量破壊兵器があるはずと言っていましたが、その類でしょうか。

日本側に分かっているだけでも、数十種類の項目に
ついて日本側の記録が全て没収され、アメリカ側で
機密文書扱いで保存されているんです。具体的な
内容は日本側の公的機関は把握していません。
 項目としては資金の流れ、航空機開発、原爆開発などです。

 私の祖父は下っ端の技術職だったようですが、
終戦直前にはアメリカ本土を直接爆撃する
長距離大型爆撃機の計画に参加していました。
日本の航空機技術はアメリカに脅威を与えて
いましたから詳細な調査が行われ、私の祖父も
GHQに呼ばれ、情報提供を求められ、この秘密を
守るように言われたようです。
 機密文書には開示期限が定められているものが
あり、20年ほど前からこのアメリカの機密文書が
公開されはじめています。アメリカの情報から
防衛庁がこの日本の長距離爆撃機のことを知り
私の祖父も防衛庁から情報提供を要請されました。

 アメリカ側の機密文書は、アメリカ公文書館と
いうところから、マイクロフィッシュという形で
公開されていて、日本の国会図書館がこれを
順次購入して、日本で公開しています。
 私の祖父の例のように、アメリカ側が機密扱いを
解除すると、日本側で調査が行われ、当時の実態が
分かってくるわけです。まだこういった機密
情報が残っていることは間違いないので、これから
真実が分かってくる「はず」なんですが、断言できな
いのは、残りが全て無期限の機密情報になっているかも
しれないということなんです。

>「意味のない時間稼ぎ」という評価自体が、GHQ の評価なので、そこに疑問を抱いてください。

 日本の大都市は殆ど焼け野原で、弾薬も殆ど
底をついた状態で、原爆を2発も落とされるまで
降伏しなかったことに深い意味などありません。
原爆2つを耐えしのんだから今の日本があるのでしょうか?
 もっと早く降伏していれば、広島、長崎の
犠牲はありませんでした。

投稿日時 - 2006-08-08 22:59:41

ANo.12

#8です。

>その行為を正当化する形で存在している現在の靖国は、
>被害を蒙った大半の日本人の敵として潰すのが一番だ思っているんですが、
>間違いでしょうか?というのが質問の要点

「被害を蒙った大半の日本人の敵」と言うのはどうでしょうか。
「靖国で逢おう」と言って亡くなっていった方々が、多く存在する事も紛れもない事実です。
実際祖父の知人も靖国に祀られていますし、その方は生前から「死後、魂は靖国に」という考えだったそうです。
もちろん、靖国に祀られている全ての魂が、それを望んでいたとは思いませんが。


先にも書きましたように、ウチの祖父は満州に出征しており、色々な話を聞きました。
私が小さい頃は、聞いてもあまり教えてくれなかったのですが、
亡くなる数年前から、「経験者として伝え残しておきたい」と語ってくれるようになりました。
ここには書けない様な残酷な話から、中国の原住民(?)の方との心温まる話まで、色々と。
それらの話を聞いた上で、私は祖父に、
「お祖父ちゃんはあの戦争を良かったと思う?間違いだったと思う?」
という質問をした事があります。
祖父は、
「あの戦争が良かったか悪かったかは、ジイちゃんにはわからない。
でも、あの戦争をして負けたからこそ、今の日本がある。
あの時戦争をしなかったり、万が一あの戦争に勝ってたりしたら、今の平和な日本はなかったと思う」
と言いました。
ちなみに、祖父の兄(まだ健在)は、戦後5年間シベリアに抑留されていましたが、
祖父の兄も、祖父と同じ様な意見でした。

そういう意見を踏まえた上で、私個人としては、
当時の多くの日本人の死を「無駄死に」とは言えませんし、言ってはいけないと思います。


靖国を「被害を蒙った大半の日本人の敵」と言うのであれば、尚更、靖国を存続させるべきだと思うのですが。
靖国の存在こそが、「ゴミのように使い捨てられていった日本人がいた」という、
昔悲しい戦争があったという象徴であって、後世に伝えていけるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2006-08-05 19:28:13

お礼

アメリカに負けるために戦争をして、みんな死んで
いった。その結果、日本は平和になったんだから
無駄死にじゃない・・・と読めますが
戦争を始めたのはみんなの意思じゃないですよね。

>昔悲しい戦争があったという象徴であって、後世に伝えていけるのではないでしょうか。

 今のところそんな事を表現する展示も何も
ありません。旧日本陸軍を賛美する大きな
プレートがあるだけです。死ぬと軍神として
祭られるという神社の存在は、戦争を美化して
いるだけで、靖国に行っても、当時苦しんだ
人たちの雰囲気を伝えるものなど何もありません。

 ですから言われている事の意味は全く理解できませんが、
それでも残しておいたほうがいいという事なんですね。

投稿日時 - 2006-08-09 01:38:45

ANo.11

あまりいい例ではないと思いますが、私の母が私にいっていた事です。母は、終戦当時は、今で言う中学生ぐらいでした。

1.自分は、本当に、竹やりなり包丁なり、なんでもいいから、武器になるものをもって、天皇の為に、アメリカ軍に突っ込んで死ぬのだと信じていた。
2.東条英機の戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けず」は、日本人として当然の事だと信じていた。
3.東条英機が自決しなかった事は絶対に許せない。東条英機の戦陣訓を守って、死んでいった人間がいったいどれくらいいると思っているのか。自分もあやうく死ぬところだった。(天皇を守る為に自決しなかったのだとしても、それでは、戦陣訓を信じて死んでいったものは、どうでもよいというのか。天皇を守る事なんて、他の人間にやらせればよい)
4.東京裁判は、全くのインチキである。戦勝国の立場で、政治的にスケープゴートを作っただけにすぎない。戦犯は、日本人自らの手で裁くべきであった。天皇も死刑にする必要はないが、きちんと裁き、責任の有無を明らかにすべきだった。中学生の女の子にまで、自決や『特攻』をする気にさせる社会になぜなってしまったのか、それを清算できるのは日本人だけだった。
5.日本人自らがしなかったから、未だに太平洋戦争を『聖戦だった』とか言う輩がいるのである。

ま、以上の母の言った事にたいしては、色々ご批判・反対意見もあろうかと思いますが、とにかくそう言っていました。こういうのを「GHQやコミンテルの洗脳教育」の結果というかどうかは、人の考え方の問題なのでしょうかね。母に言わせれば、「聖戦」だとか言う人の方が、GHQの政策の結果なんですけどね...

後は、母の言った事ではないので、蛇足のようなものですが、

>アメリカは自国の戦犯を裁いていないといいますが、日本ほど自国の国民を奴隷のように扱った国は他にないのではないでしょうか?

確かに、上記の「戦陣訓」のようなものは、かなり特殊ですが、こういうのは明確な基準は作れない話ですから、あまり決め付けない方がいいと思います。

>もし当時被害にあった日本人が裁判を起こし裁かれる人がいるとすれば、それはアメリカが、A級、B級とした人たちと同じだと思います。

占領国側の戦犯の指定は、相当恣意的です。例えば、広田弘毅がなんでA級戦犯になったのか、よくわかりません。(近衛元首相が自殺してしまったので、その代わり、という説もありませす。)母が「インチキだ」と言ったのには、そういう含意もあるようです。

>靖国には、多くの日本人に恨まれて当然の犯罪人が合祀されているように思われてなりません。
「多く」という言葉が、大多数という意味で仰られたのであれば、私には何とも言えませんが、特段「左巻き」とか「GHQの洗脳された人」ではなくても、A級戦犯(その一部?)を恨んでいる人はいると思います。

尚、このサイトでは、明確な答えが存在しない事に対して、意見をあつめるような質問は、特設アンケートカテゴリー以外では認められていなかったと思います。念の為。

投稿日時 - 2006-08-04 18:15:47

ANo.10

リソース元を忘れてしまったのですが、たしか日本の占領下にあったシンガポールでの話だったと思いますが、華僑が商売の便宜を図ってもらうために、担当の日本軍人に付け届けをした話をどこかで読んだことがあります。

その付け届けについてですが、現金を渡そうとすると
『日本軍人を、なんと心得ているか!』
と怒って受け取らなかったそうですが、贈り物や接待は喜んで受けたそうで、この辺がいかにも日本の官僚らしいなあと、思わず納得してしまいました。(笑)

おそらく、質問者の方のお祖父さんも中国にいたようですので、同じような体験をしたのでしょう。
一方、満州は日露戦争後から日本軍が駐留していた地であり、また満州国も建国されていたりするので、完全に日本の影響下にあったため、このような好意的(?)な中国人に接する機会がなかったのではないかと思われます。

まあ、ガダルカナルやインパールで戦った日本兵は食うや食わずの大変な目にあったのですから、同じ日本兵でも戦争体験には大きな差があったということですね。

投稿日時 - 2006-08-03 13:23:29

ANo.9

 こんにちは。
中国でいかなる虐殺を行ってきたのか、強制連行によって幾人の韓国朝鮮人
が殺されてきたのかさえ、我々日本人はまともに教えられた事もありませ
んし、結局何千万人のアジアの人達を戦争で殺してきたのかさえも、今まで
知らされる事がありませんでした。
 戦争の反省を示す博物館さえ日本には存在しませんし、反省に繋がる
展示会でもやろうとしようものなら、右翼の強力な脅しにより中止に
おいやられてしまう。
 別に自虐的になる事などないのですが、もう少しまともに自国の戦争中の
事実を教えてもらわないと、これから先も日本人というのはいつまで
たっても、おつむはお子ちゃまのままで成長しないのではないでしょうか。
これじゃ、まともに外国の人達と平和について対話なんて出来ませんよ。
 沖縄では軍人に一般市民が殺された事実があるのに、その責任さえ追及
しない日本人て一体頭の中はどうなっているのかと思ってしまいます。

質問者さまの理解は至極まともで何もおかしくはありません。
戦争で死んでいった人達は皆無駄死にであり、平和に家族に囲まれ楽しく
生きていきたかったに違いありません。戦争さえなければ皆生きていられた
のです。靖国神社は戦争賛美をし日本に責任無しとの立場であるので、
その靖国を参拝する輩には正直レバノンにでも行ってもらって、本当の
戦争という物を味わって頂きたいと思います。ションベンちびって
泣き叫ぶのが落ちでしょうね。

投稿日時 - 2006-08-03 13:20:29

ANo.8

質問者様が「何を質問したいのか」がいまいち解らないのですが…


とりあえず、
>単なる下っ端の兵隊であるうちの祖父でさえ、軍人という事で当別扱いで~
>勿論うちの祖父だけが軍人として特別だったわけではありません。
に関して言えば…

うちの祖父(3年前他界)は、戦時中、満州で陸軍下士官をしていたそうです。
色々な話を聞きましたが、「裕福な暮らしをしていた」という話は聞いた事がありません。
お腹は常に空いていた、と言っていました。

また祖母(終戦時10代後半)の実家は、そこそこ大きな農家だったそうなので、
食べる物には困らなかったようですが、
(とは言え、本当に「困らなかった」程度)
衣服などは配給制の為、「一番お洒落をしたい時期にお洒落が出来なかった」と今でも言っています。


日本の大多数が貧困にあえいでいた時代。
質問者様のお祖父様が何故そのように特別扱いだったのかはわかりませんが、「いい思い」をしていた人はほんの一握りだったと思います。

投稿日時 - 2006-08-03 04:54:40

補足

>質問者様が「何を質問したいのか」がいまいち解らないのですが…

靖国の問題が出ると、「戦犯はアメリカが決めたもの」「戦後保障は各国の政府間で解決済み」「公式参拝は国内の行事で、中国などが非難するのは内政干渉だ」と、全て対外的問題として処理されています。

 しかし、満州国を作り実質的に統治していた軍人は、中国人召使を使い、夜はパーティーと優雅な生活をしていた一方で、ソビエトとの国境付近を警備していた人たちは不毛の荒野でひもじい思いをしたあげく、
関東軍の主力部隊には見捨てられ、シベリアに抑留されるなど散々な思いをされているはずです。
 当時の日本には、人権という概念はなく、はっきりとした階級社会だったという背景はあるとは言え、満州事変などおよそ国家を守るためでもなく行われた数々の行為の中、悠々と生き延びた日本の支配階級と、
ゴミのように使い捨てられていった日本人がいたわけです。
 その行為を正当化する形で存在している現在の靖国は、被害を蒙った大半の日本人の敵として潰すのが一番だ思っているんですが、間違いでしょうか?というのが質問の要点です。

投稿日時 - 2006-08-03 23:38:52

ANo.7

あんまりばかばかしいので素通りしようかと思ったのですが一点だけ。

質問文には、

> 単なる下っ端の兵隊であるうちの祖父でさえ、軍人という事で当別扱いで、家には中国の三越で買った衣服や食料があふれ返っていたそうです。勿論うちの祖父だけが軍人として特別だったわけではありません。

とありますが、太平洋戦争当時、大多数の家庭は息子なり夫なりが兵士として出征していました。が、その大多数の家庭で衣類や食料が溢れかえっていたとは到底信じられません。むしろ食うや食わずやでその日を送っていたという方が真実に近いでしょう。

多分、こうした衣類や食料が溢れかえっていたのは、終戦前後の農村の地主階級などでしょうが、別にお祖父さまが出征していたこととは関係なく、出征せずにいても同様だったことでしょう。まぁ、地主階級からすると、戦争に負けたせいで、それまでの小作人階級と同じ階級に落とされた恨みは有るでしょうがね。


質問者の方も、少しは「歴史的事実と照合する」ことを覚えるべきだと思いますよ。

投稿日時 - 2006-08-03 02:30:20

補足

ご意見もっともだと思います。ですから教科書に載って
いないような・・・と書いた次第です。
私の祖父は早くに両親を無くし、学歴は中卒でしたが
職業軍人だったんです。戦争中は主に関東地方の基地を転々としていて、決して食べ物が豊富だった田舎の大地主ではありません。中国から買ってきたものは近所の人に分けていたのでその事は近所の年配の方々が覚えています。もちろん空襲が激しくなってからは家族は、疎開をしました。戦争中も日本と大陸との間には、海軍航空隊の輸送機などが行き来していたので、祖父は仕事で行った帰りに衣服などをお土産として買ってきていたんです。満州でも最前線にいた人や南方の方々は非常に辛い経験をされたはずで、そういった方々は不平を言うので後世に広く話しが伝わりますが、難を逃れていた人は自慢話などしないので、広く話が伝わっていないだけです。

投稿日時 - 2006-08-03 12:16:38

ANo.5

> 戦争によって無駄死にさせられた多くの日本人や、

 無駄死にという評価自体が、あなたがGHQやコミンテルの洗脳教育の影響を受けていることを示しています。
 参考URLの書籍にある大川周明のラジオ放送と本は、開戦時にベストセラーになってほぼ全ての日本人が戦争の意義や経緯を知っていましたが、GHQやコミンテルの洗脳教育の結果、現代の日本人で戦争の意義や経緯をきちんと把握している人は圧倒的少数派にさせられています。

 まず、そのことを踏まえましょう。

> 戦争に至る過程で本人の意思を無視した、半ば強制連行的な
> 行為で被害を蒙った多くの日本人がいますよね。

 戦うことが日本が生きる道だとたいていの人は理解していましたから、軍人として戦う立場になって死傷したとしても、それを「被害を蒙った」とは評価しません。
 従って、裁くも裁かれるもありません。

 むろん、「戦争に負けた」という点で国家の指導層には責任を負う立場になります。が、そこにはいわゆる「人道的」な話も法的な話もありません。

> 靖国には、多くの日本人に恨まれて当然の犯罪人が合祀されて
> いるように思われてなりません。

 あなたがそう思うのは、GHQ とコミンテルの洗脳教育のなせる業です。国会の記録を調べれば公開されているので誰でも知ることができる事実なのですが、そういう事実を教えず、捏造された悪行を宣伝した結果、あなたのように感じる日本人が量産され、さらにそういう感性の人間が子孫を教育した結果、あなたのように感じる日本人が再生産されているのが現状です。
 サンフランシスコ講和条約が発効した後、サンフランシスコ講和条約に明示してある手続きに従って「戦犯」とされた人たちは名誉回復がなされました。特に遺族年金を支給する件では国会は全会一致での決議がされました。「多くの日本人に恨まれて」というのは当たりませんし、その意味で、現代日本には「戦犯」は既に存在しません。

> 靖国が軍人のレリーフを復活させたあたり、諸外国に言われる
> までもなく反省の色が全くないばかりでなく、軍部の暴走を
> 正当化しようとするものと受け取れます。

 そう受け取るのも、GHQ やコミンテルの洗脳教育のなせる業です。
 軍人を顕彰しない国家は、世界中にどこにもありません。日本を除いて。直接的に国家を守るのが軍人だからであり、その軍人の意思を支えるのが国民や国家からの顕彰だからです。
 が、あなたに限らず、現代日本には軍事についてきわめて無知で、なおかつ無知であることに自覚がない人々が作られました。これも、独立した国家にさせないための洗脳教育の成果です。

 まず、参考 URL の書籍は、最低でも読んでおきましょう。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/gp/product/409389731X/249-6055245-9159531?v=glance&n=465392&s=gateway

投稿日時 - 2006-08-02 13:27:59

補足

日米共にまだ機密扱いの情報がある事が知られていますから、現時点では書籍情報は単なる参考に過ぎません。後から731部隊のような、日本人に知られていない事実が明らかになっていくはずです。それで当時のことを伝え聞いているか、当時の記録そのものを見た方に回答をお願いしている次第です。
 
 南方などで、何の対抗策もなく、補給路を断たれてもなお現状を維持しろという命令が出て、多くの日本人が死んだというのは、アメリカ側の作り事ですか?
意味のない時間稼ぎで死んでいった方々は、みな無駄死にだと思っているのですが。

投稿日時 - 2006-08-03 23:41:21

ANo.4

体験談等はお話しできないのですが、下記の件についてのみコメントします。

>靖国が軍人のレリーフを復活させたあたり、諸外国に言われるまでもなく
>反省の色が全くないばかりでなく、軍部の暴走を正当化しようとするもの
>と受け取れます。

とりあえず明治以降の歴史に限りますが、日本人は戦争を『反省』しない民族のようですね。
司馬サンの『坂の上の雲』の巻末のエッセイに詳しいですが、日露戦争後に軍が編集した戦史では、功績や失敗の評価を一切しなかったそうです。
そのため、どこが問題だったか後輩の軍人や国民に伝わらず、日露戦争に勝ったことだけが記憶されたため、後の第二次世界大戦になっても日露戦争方式で戦ったのが、負け戦となり多数の戦死者を出した原因の一つのようです。

第二次世界大戦の戦後は、戦犯容疑者が極東軍事裁判で裁判にかけられました。
日本中が廃墟から復興する中、日本には自分たちで戦犯を裁く余裕は全くなく、結局GHQにゆだねざるを得なかったのですが、極東軍事裁判そのものに問題が多かったため、戦犯に対する評価が定まらないまま現在に至っています。
また、天皇を戦犯としたい共産主義者と、天皇を擁護する保守派のイデオロギー論争もあり、今まで決着できずにいました。


私の見解としては、今からでも遅くはないので、極東軍事裁判とは関係なしに、第二次世界大戦が起きた原因と敗戦に至った関係者の責任の議論を、きちんと検証すべきではないかと思います。

ただし、戦前の日本を全否定したい共産主義者や左翼と、良い点は良い点としてきちんと評価したい保守派、さらには戦前を全部肯定したい一部の右翼関係者のイデオロギー論争が入ることは、どうしても避けられないでしょう。

投稿日時 - 2006-08-02 10:34:52

ANo.3

k99

 戦犯としての逮捕と、例えば戦争指導上に於ける誤りはあまり関係がないんじゃないですかね。
 例えば辻ーんこと、辻政信君なんかは捕まっていませんし、インパールを強行した牟田口君なんかも釈放(!)されたけど、そういった意味では限りなく怪しい。

 そも、A級戦犯で捕まったり、処刑された層は少なくとも戦略レベルでの指導層であり、例えば開戦決定やら、終戦工作の失敗を招いた責任は多分にある(が、必ずしも連合国側が正確に日本国内の権力構造を把握して的確に戦犯を挙げているかはかなりな疑問が残る。他の政体の事はなかなか外部からでは分かりにくい)。

 しかし、全体的な補給や海上護衛戦の軽視、更に言えばこれらを含む米英に負けるような軍事ドクトリンの開発を行ったのは彼らではないし(改良をしなかったという罪はあるかもしれないが)、末端の戦闘で敗北したのはさらに下層の指導の誤りでしょう。
 そうした指導部で戦犯として処刑されたものも居ますが、それはあくまで例えば捕虜虐待の監督責任を問われたものだったりするわけで、そういった責任を取らされた訳ではない。
 また、例として挙げられた移民政策は必ずしも100%軍が指導して行ったものでもないですし、その責任はどこにあるかは個人レベルで割り切ることができるものではないと思います。

 また、「終戦直後の地獄のような有様」とおっしゃっていますが、例えば農村では食料が(都市部に比べれば)余っていましたし、石炭を無駄と言えるまでストーブで焚いていた、なんて話もあります。
 それぞれの場所によって、食料の量や、空襲被害の様子というのは異なってきますし、こういう話は、より悲惨な話が前面に出てきます。で、得てしてそういう楽だったという話はどうも世間体からして言いにくい。
 その結果、悲惨な体験だけが繰り返し教えられるので、「ものがあった」と聞くと矛盾があるように思われるかもしれませんが、局地的に見ればそうでもない可能性もあります。
 #そもそも統制経済というもの自体に無理があること(たとえば、配給制にすると、それまで消費していなかった人間にも平等を期す為配らなきゃいけなくなる→一人当たりの量は少なくなり非利用者は別のものと交換できる)や、輸送手段が攻撃によって細っていたことなどが理由です。また、中国方面は国内より(ソ連参戦のドサクサが始まるまでは、ですが)、食糧事情などは良かったようです。

投稿日時 - 2006-08-02 07:24:07

ANo.2

こんにちは。
私の父も満州に行ったそうです。
父の両親と姉二人、父の3人姉弟で生きて帰って来たのは父一人でした。

父の父(私から祖父)は帰って来る途中射殺され、母は病死、二人の姉は栄養失調で亡くなったそうです。

祖父に当たる人は鉄道技師であったので、少しはいい生活していたようですが、それでも「物資が余ってた」なんて事はなく、住居こそ、現地の人を追い出した家に住む事が出来たものの(これも略奪ですよね)、当初のわずかな配給と、開墾とは名ばかり、畑をやはり現地の人から奪い取り耕作したそうです。
栄養状態はかなり悪かったようです。

父はもう亡くなりましたが、あまり詳しくは満州の事を伝えてはくれませんでした。
それほど悲惨な現実だったのでしょう。

父から直接聞いた満蒙開拓の現実です。

投稿日時 - 2006-08-02 07:15:57

ANo.1

私の祖父は満州で上等兵をしていました。
 終戦すこし前に敵の機銃掃射に会い
怪我をして日本にもどってきました。
 その時、食料も不十分で困った話を聞きました。
その時の弾痕が3発 腹にのこってました。

私の家の2件隣の家の方は空母「隼鷹」に乗艦していました。しかし食料問題にも困っていたそうです。
 私は空母が好きなため、その方の戦友の話をよく聞きましたが質問者のような体験は今までであったことはありません。


他に、今は96になる妻の祖父が健在でいまもよく話を聞きますが、戦場となった場所では苦労した話をよく聞きます。少なくとも食料があまったということはありません。

もし失礼ですが、食料があふれ返っていたというなら
貴方の家族の方、もしくは部隊が軍記を犯し略奪行為をしていたのではないでしょうか?
 満州方面では私は20人ほどしか実際に聞き取りしてませんが、
祖父の友人の話で、若い徴兵したての若い兵が、上官の目を盗んでそうゆう行為を繰り返していた人がいたのは聞いたことがあります。
 しかし、自分の聞いた範囲では少なくとも満州で食料が余っていた部隊は聞いたことがありません

投稿日時 - 2006-08-02 03:34:47

あなたにオススメの質問