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締切り済みの質問

この世とは

すごく不謹慎に思われるものかもしれません、お詫び申し上げます。

皆さんは「この世」をどう思っているでしょうか。そのひとつとして人生を私は「ゲーム」だとおもっています。死=ゲームオーバー、来世だの幽霊だのありますが脳停止=五感停止=何もわかりません 無論その先は非現実的なことがないともいいきれませんが。今現在見ているもの、聞いてるもの、触ってるものなど すべて体そして脳が受容しています。そのストックは1、それが0になるときその先に何があるのか。闇があるという人もおられます。光がない=闇。では光がないときに現れる闇というのはなんなのでしょうか。これは幽霊だのそんなことよりも一番不思議に思えます。すべての基準は闇=黒にあるのではないでしょうか。すなわち全てが基準に戻る=ゲームオーバーするとまたスタート画面に戻ります。そう、繰り返しなのです。生々しいことをいってますがやはり来世はなくもないかと自分は思っています。あくまで個人的な意見ですので不快に思われたり意味もなく憤慨されたりされた場合は即刻消去いたしますので考慮お願いします。

たくさん話したいことはあるんですが制限に達するので・・・皆さんの濃い意見を聞かせていただきたいです。

投稿日時 - 2006-08-08 19:16:36

QNo.2327711

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回答(16)

ANo.16

その思想は輪廻転生(に近い)ですね。
しかし五感が消えれば何も感じません。
この世=あなたにとってのゲームを楽しんで下さい。

・・と言うと、じゃあ真に支配しているものは何?となりますよね。
真にあなたを支配しているのはあなたの五感ですが・・
つまりこの世はゲームでも無ければ、ゲームオーバーもありません(感じる事は出来ません)
充分にこの世=あなたの全てを楽しんで下さい。

投稿日時 - 2006-09-21 03:26:29

ANo.15

セーブやロードやコンティニューに値するものが見当たらない。
テーブルゲームなんですか?

投稿日時 - 2006-08-26 04:03:09

ANo.14

「コナンドイルの心霊学」でも読んでみたらどうですか?

 コナンドイルは霊の存在について否定派から肯定派に変わった代表的人物です。

参考URL:http://www.amazon.co.jp/gp/product/4806313645/sr=8-37/qid=1156492806/ref=sr_1_37/250-6501724-8922664?ie=UTF8&s=gateway

投稿日時 - 2006-08-25 17:07:16

ANo.13

質問者様が人生はゲームのようなものだという意図は理解できます。
不謹慎に聞こえますが、私も人生をゲームとして捉えると分かりやすい・・と思っております。

ただし、質問者様とは少し違って、
私は「この世を闇」、「あの世を光」と思っております。

人が挑戦するのは、大変闇の誘惑の強い「人生ゲーム」です。
そして参加型の超立体型リアルゲームです。
人はこのゲームに参加すると、ゲームということをすっかり忘れてしまい、参加前に自分で選んで設定したゲーム上の人生にブーブー不平、不満をこぼしながら生きていきます。

このゲーム世界の真の通貨は「徳」です。
ところが、参加者はこのことをゲーム中はすっかり忘れてしまいます。

最終的に、どれだけ「徳」を集めたかでステージが上がっていきます。

ゲームオーバーはゲーム上で参加者が亡くなったときです。
参加者はそのとき初めて、はっと気づきます。
「ああ、そうだった・・ゲームに参加していたんだ。・・「徳」をたくさん集めることが目的だったのに・・すっかり忘れていた・・何てこった・・何てくだらないことに夢中になって、大切なゲームを空しくしてしまったんだろう・・・。」

人は後悔し、こんどこそはちゃんと「徳」を集めるべく強い決意でゲームマスターに相談し、さらに綿密に計画を立てて、自分の苦手な種類の「徳」をゲット出来るように設定し果敢にも再挑戦します。

ゲームにはペナルティーの規則もあり、
ゲーム上で他者の「徳」を横取りすると、その徳は「悪徳」に変身し、その悪意のレベルによって自己の「徳」が幾つか失われます。

又、他者に悪意を向けた場合、その影響度によってその「悪意」が「悪徳」に変身します。

ゲーム終了後も、このゲットした「徳」「悪徳」は累積され、次のゲームレベルを決定する際の大きな判断材料になります。

全種類の「徳」を獲得すると「この世ゲーム」は卒業となり、さらに高いレベルのゲームに参加してさらなる「徳」を磨きます。
そのゲームはもはや闇の誘惑の存在しないゲームで「光の徳を集めるゲーム」です。
徳の高い参加者に囲まれ、協力して「光の徳」を集める、実に楽しいゲームです。


などというのは如何でしょうか。
楽しくありませんか?

投稿日時 - 2006-08-17 02:28:36

ANo.12

人生はゲーム? とんでもありません 
世の殆どの方はご存知無いだけです イエス様は教えてくれませんでしたが お釈迦様は はっきり教えておりますが 今では坊さんが理解出来ないのですから無理無いでしょう
現在の科学レベルでは無理からなのかどうか解りませんが 現在は何方でも特殊な方法を使い体験を通じて本当であったと感じ取る事は可能となっております あくまでも感じ取るのです ですから直ぐにとはいきません あの世へ行ったり前世に戻ったりする訳ではありません
その為にあるのではありませんので詳しい事は省略します でもいずれ科学で解明されるでしょう 何百年先かは解りませんが クォークの次が解明されてからではないかと想像しております クォークの次はリションになるのでしょうか? リションモデルと言われる仮説があるそうです

本題ですが 
#8さんが答えております通り 人生は修行です 技術、技能、感性を磨き より高度な人格完成をめざしているのです
普通に生きておれば普通に進めるのですが 修行 の意識を持って生きるなら より早く進めるでしょうし つらい事も我慢出来る事でしょう そして次の人生に繋がっていくのです 何もせずに過ごすのが最も良くありませんニートは最悪です

生まれ変わる は本当であって決して ゲーム機のようにリセットはされません 来世に持ち越すのです ですから天才が生まれるのです 突然変異ではありません 遺伝は姿形のみでしょう 頭の良し悪し迄遺伝しないのです ですから頭の良い親に必ず頭の良い子が生まれるとは限らないのです
次の人生に持ち越すのは身に付けた能力だけではありません 業もです ですから病気が起こるのです
いまだ持って病気の原因は掴めず が現代医療です 解っているのは病原体によるもの位です 知ってました?
病原体によるもの以外は少ないです 原因が解らないまま治療を行っているのです 原因療法は出来ないので症状を抑える対症療法になる訳でガンの治療は最たるものです ありふれた高血圧ですら原因不明なので血圧が高くなったら降圧剤や血管拡張剤で下げる 低血圧は逆を同じようにやるのです
難病中の特定疾患だけでも121種あるそうです

先に申し上げた事が理解出来たら生き方迄変わりますが体験しない限り無理でしょう

投稿日時 - 2006-08-15 22:36:32

ANo.11

この世とはあの世へ向かう道筋です。だから不謹慎なことをすると大変な事になるでしょう。

投稿日時 - 2006-08-14 22:01:38

ANo.10

この世とは理屈抜き(理屈では解らないと言う事です、人間の知恵ですべて解決、解ろうとするのは、愚かな事です)

投稿日時 - 2006-08-12 22:40:59

ANo.9

想像は出来ないが創造出来る唯一の場所です。

投稿日時 - 2006-08-12 14:22:42

ANo.8

>皆さんは「この世」をどう思っているでしょうか。

この世はあの世への修行の場である、と考えています。
修行を目的と考えれば死ぬまでその目的が完遂されることはない、しかも死の到来日を予測することは不可能。
となれば死え向かってある種の永遠性を付与することができるわけです。
おかげで、人間の営みが全て偶然である、といったニヒリズムから脱することが可能となる。
だから来世が単なる仮構であるとは考えないのです。

>すべての基準は闇=黒にあるのではないでしょうか。

「色彩は、なかば光、なかば影である。そして、光と闇の結婚である」
ゲーテは闇というものを光と同様に重要視しましたね。
プリズムに光を通してもそれだけでは色彩は現われることはなく、闇があってはじめてそこに色彩が映し出される。
このようなゲーテの色彩論は量子力学にも影響を与えています。

投稿日時 - 2006-08-12 14:19:48

ANo.7

はじめまして。質問者さまの意見、私にもよくわかります。
>人生を私は「ゲーム」だとおもっています。
>すべての基準は闇=黒・・・
・・・なんて考えたい時もありますよね。
私の場合、むしろ質問者さまの考えの逆説的な考えでいます。
人間は恐らく、今自分がいるポジションで先を見たり、過去を振り返ったりしているのだと思います。その時の(今現在の)自分を第三者的に眺めた場合と、明日でも1年後でも10年後でも、第三者的に眺めた場合ではタブン・・・(間違いなく?)現在の思考ではないと思います。

解剖学者の養老先生が、人間は1年もすると、全身の60兆個とも言われる細胞がほぼ更新されていると、ある書物でおっしゃってました。

解らないのはある意味「自分自身」だと。。。

回答になって無いかも知れませんが、質問者さまが、この世の最後に
どう思うか?
が、質問者さまの(又は、我々の)最終的な答えなのでは?とか思うのですが。。

投稿日時 - 2006-08-12 01:29:07

ANo.6

この世とは私の上を通り過ぎていくものです。

投稿日時 - 2006-08-11 21:56:06

ANo.5

陰陽相対論という中国の古い教えがあります。
物事には、必ず相対する物が存在するっと言うことです。例えば、善と悪、表と裏、生と死などです。ただし、これは人間の作ったもの(人工物)には当てはまらないようです。自然界だけに適用されるもののようです。
そして、この相対する二つのものは互いに影響しあっています。
つまり、生と死は互いに関係しあっています。具体的に言うと、生と死は一つであり、つながっているのだと思うのです。
 
生まれることは死に向かうことである→死ぬことは生まれることに向かっている


この世にはとにかく何かしらの法則があることは確かだと思います。


闇=無 、ととらえた場合、陰陽相対論によると無の空間と有の空間は関係し合い、表裏一体のような感じなのではないでしょうか。
量子論のなかで、「無の歪み」というものがあるそうです。
無の中から存在が発生することがあるようなのです。


何かで聞いたような気がしたのですが、人は魂と肉体が合わさってできているようなのです。今私たちが感じていることは肉体と魂で感じたことであります。
肉体がなくなっても魂で人は感じたりすることができるのです。

誰でも何かしらの体験を持ってそのことを感じたことがあるのではないでしょうか。

肉体は有限でも、魂はそう簡単には滅しないようです。仏教で言う六つの世界のようなものがあり、そこを魂がさまよっているのかもしれません。


いずれにしても、私は死んだ経験もないので本当のことは分かりません。しかし、この世に現れる色々な現象を通して来世のことなども少しは予想できるのかもしれません。

個人的な意見であり、曖昧なものになってしまい申し訳ありません。

投稿日時 - 2006-08-09 19:06:16

ANo.4

ゲームがどういうものなのかわかりませんが、たいていのゲームにはルールがあると思います。ただ、この世はルールが前もって決まっているわけではありません。ルールを探すのがルールになっているのかもしれません。この世は、風変わりなゲームだと思います。

投稿日時 - 2006-08-09 17:54:10

ANo.3

NCU

自分、自我、精神、心、思考、みな脳の「機能」です。
私とは、この(今自分の頭を指差している)脳の機能です。

ゆえに脳が機能を停止したら、自分も自我も精神も心も思考も無くなります。

私とはこの(今自分の頭を指差している)脳の機能である以上、それが必然です。

私が生まれる前はどこにいたって?
「この」私はどこにもいなかったはずです。

私が生まれる前、人間も動物も腐るほどいたわけですが、少なくとも彼らの自我も精神も心も思考も「この」私ではありませんから。

投稿日時 - 2006-08-09 00:37:45

ANo.2

インターネットをやっていると
パソコンと人間がだぶって見えてくる。
すると・・・前世や来世も有りかなって・・

例えば
1、個人の意識の違い:個々のパソコンがどのサイトにアクセスしているかの違い(この場合一つのサイトにアクセスできる人間は一人だけなのかも)
2、人間の死:パソコンのクラッシュ
3、生まれ変わり:パソコンを買い換えて、買い換える前にアクセスしていたサイトにまた繋がる(繋げる)事
4、前世の記憶:パソコンが変わっても、つなげるサイトが同じなら
あって当然。

こんな感じです。

投稿日時 - 2006-08-08 20:57:28

お礼

返答ありがとうございます。単純に考えたのですが
>3、生まれ変わり:パソコンを買い換えて、買い換える前にアクセスしていたサイトにまた繋がる(繋げる)事
4、前世の記憶:パソコンが変わっても、つなげるサイトが同じなら

自分が変わっても 相手はそこにいるから 同じだから、という考えを対人化すると変わってきますね。自分が変わると相手が同じでも相手がわかってくれない=前世の記憶が互いに証明されない。 まぁ違う例えに直すと答えも違ってくるのは当たり前ですよね。そういうものですから。パソコンに考えるという発想はとても上手く思えました。参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2006-08-08 21:15:04

ANo.1

人間の生の状態は、電源をオフにしたときに情報を記録できないパソコンと同じでゲームと言えばそうかも知れません。
光と闇の関係は、眼という入力機関が認識するエネルギーがあるか無いかのことですね。
一般的に眼が認識するエネルギーのことを「可視光線」と呼びますが、幻覚などの異常認識をする場合もあります。
幽霊などは可視光線と比較的波長が似ている赤外線や紫外線などが写るカメラでも撮影できないことから、霊能力者は全く別のエネルギーを感知する神経細胞が存在しているか幻覚を見ているか嘘をついていると考えることができますね。
来世があるのか無いのかに付いては私は無いと考えますが、あると仮定すると前世の情報がどうやって現在生きている人に入力されるのかを解明する必要がありそうです。
その情報がどうやって保存されているのか?疑問はつきません。

投稿日時 - 2006-08-08 20:02:54

お礼

返答ありがとうございます。かなり現実的に答えていただき深い理解を得ました。あるスレに哲学をしったかぶって話すな みたいなことを書いてる人がいましたが 自分は哲学が好きなので その上でわけのわからない質問になってしまいました。といっても哲学は範囲が広すぎてこたえにくいですが・・・。
本題ですが
>前世の情報がどうやって現在生きている人に入力されるのかを解明する必要がありそうです。
かなり重要ですよね。来世を信じきってる自分はその時点で非現実的なものにとらわれているようです。

投稿日時 - 2006-08-08 20:28:33

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