こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

締切り済みの質問

額田女王(王)、鏡王について

万葉に名高い額田女王と、中大兄妃から藤原鎌足室になったとされる鏡王の姉妹。近畿方面の豪族鏡氏の女で、皇族ではなかったようですが、なぜ「女王」「王」の呼称で呼ばれたのでしょうか?また、皇室に対し、不敬にならなかったのでしょうか?ご存知の方、ご教示を願います。

投稿日時 - 2001-01-03 19:38:26

QNo.24046

暇なときに回答ください

このQ&Aは役に立ちましたか?

7人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(4)

ANo.4

訂正です。
「それから、鏡女王と額田王が姉妹だという説……」の部分ですが、
「鏡女王」→「鏡王女」
です。

間違えてすみません。

投稿日時 - 2002-08-01 21:11:14

ANo.3

上代における額田王に関する資料は、『万葉集』に収録された歌の他には、『日本書紀』天武二年(673)二月の条に「天皇、初め鏡王の女(むすめ)額田姫王を娶して、十市皇女を生しませり」とあるのみで正確なところは不明です。
ただ、額田王が「王」の呼称で呼ばれたのは皇族だったからです。ですから不敬にはなりません。
継嗣令に、皇族は、天皇の一世(息子・娘)は「親王」(男)「内親王」(女)、二世から五世は「王」と呼称するということが定められています。
したがって、「王」と称しているからには皇族なのです。
額田の場合、父親の鏡王が「王」を称している点から、三世から五世であったと考えられます。
ちなみに額田王の「額田」の部分は額田部氏に養育されたことにちなむ名前と考えられます。
同様の例としては、額田部皇女(推古天皇)がいます。

あと、蛇足ですが、額田王の表記は『万葉集』に「額田王」、『日本書紀』に「額田姫王」とあるのみで「額田女王」と表記するのは正確ではありません。
鏡王女も『万葉集』に「鏡王女」『日本書紀』に「鏡姫王」とあり、「鏡王」と書くと別人のこと(例えば額田王の父)になってしまいます。

それから、鏡女王と額田王が姉妹だという説は鹿持雅澄が『萬葉集古義』で主張したものですが、その根拠が薄弱であることから、現在ではそれほど支持されている説ではありません。

投稿日時 - 2002-08-01 14:20:02

お礼

ご解答ありがとうございました
額田王と鏡王女が姉妹かどうかも
含め、分からない事がおおいのですね~
何世の天皇の子孫まで王、女王としたのか
は、勉強したいと思います。

投稿日時 - 2002-08-01 22:03:41

ANo.2

「王」の称号は、英語のKINGとイコールではありませんから、皇族や重臣にたいしても用いられることがあります。
天皇の寵愛を受けていれば問題ないんじゃないですか。

皇帝の家来というニュアンスがあるので、その方面にうるさい人は、韓国の新聞に、天皇のことを「日王」とかかれると、中国皇帝の家来みたいに感じるので、いやがりますねぇ

投稿日時 - 2001-01-04 15:14:24

ANo.1

額田王君は大海人王子(天武天皇)に嫁ぎ、さらに、天智天皇に仕えていた経歴からすると王という字が使われても問題はなかったでしょうネ。
鏡王については、大海人王子の嫁の父親であり、十市皇女の祖父である立場から、王という称号を使えたのではないでしょうか?
娘が皇室に嫁いだことで、鏡氏自身も皇族の一員に準じて扱われたのでしょうか。日本書記にはすでに鏡王という名で示されていますから、皇室は不敬であるとは判断していなかったことがわかりますネ。
以上kawakawaでした

投稿日時 - 2001-01-03 20:23:02

あなたにオススメの質問