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解決済みの質問

いじめをする子供

子供が自ら命を絶つ、という痛ましい事件がありましたが、教師や教育委員会が糾弾されることはありますが、いじめを直接した子供に言及することがないのは何故でしょう?
皆さんが、小学校高学年から中学校ぐらいのことを、思い出してみてください。
善悪の判断は、すでについていませんでしたか?
いじめの問題を、すべて大人だけの問題にするのは、いかがな物でしょうか?
文部科学省の資料では、毎年2万件以上のいじめが確認されているそうです。
少なくとも、2万人以上の子供がいじめられているわけですよね。
ですから、いじめている子供の数は、もっとその何倍もあるわけですよね。

テレビのコメンテーターは、いじめられている子供にメッセージを送ることはあっても、いじめている子供たちにメッセージを送っているのは(私は)見たことがありません。
いじめられている子供たちに、強くなれ、という前に、すべての子供たちに、自分の行動を振り返ってみて良くない行動はなかったか?と問うべきではないのでしょうか?

私も含めて、自分の子供が被害者になることばかりに神経質になってしまいますが、数としては、自分の子供が加害者になることの方がずっと多いのです。
また、子供の問題は子供に任せるべきで、親や教師が入ると余計こじれる、と言われますが、教師や大人が入れない子供たちの闇を作ることが、いじめの温床にもなりかねないとは思いませんか?
実際、いじめを受けた人の話だと、教師は全然当てにならなかった、と聞くことがありますが、子供たちの闇に光を当てるにはどうすればよいのでしょう?
皆さんのお考えをお聞かせください。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2006-10-16 13:42:20

QNo.2476107

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

経験から「いじめている子」または「いじめ集団」を
見つけるのに、有効と思う方法があるので書き込みます。
いじめている子は、子供集団の中で中心か中心に近い存在、
または集団の中で急に頭角を表している子に多いです。
子供集団の中で人気があるのは良いことですが、人気が出る理由によっては
表面化する前のいじめが既に始まっており、中心的な存在の子が誰かを
いじめてる場合があります。
つまり加害者やその集団が意識せず、被害側が耐えられる状態のケースが隠れてる可能性があります。
この判別方法として、集団に参加している子供たちに中心的な役割を
している子供といると何が楽しいのかを訊ねます。
「サッカーしてて楽しい(面白い)」「話が楽しい(面白い)」・・・。
この楽しい(面白い)の理由がいじめによる場合があります。
子供たちに、この楽しい(面白い)ことをしているときの話を聞くと
中心的な子またはこの集団の「いじめに近い話」が漏れてきます。
加害者側の話だけでは、本人たちに自覚がないので「いじめ」ではなく
「いじめに近い」としか聞こえてきません。しかしこの状態は要注意です。
大人が遊び方へ介入(指導)すべきタイミングです。
こまめに子供たちの遊び仲間の名前を聞いて入れ替わりがないか
注意を払うのも早期発見に大変効果的です。

投稿日時 - 2006-10-20 13:06:52

お礼

アドバイス、ありがとうございます。
まさに、息子のクラスを覗いているようです。
>大人が遊び方へ介入(指導)すべきタイミングです。
本当にこのタイミングで、指導が入れば良いですね。
先生が当てにならなくても、それぞれの保護者が自分の子に注意を促せれば、状況は良くなるでしょうね。
>こまめに子供たちの遊び仲間の名前を聞いて入れ替わりがないか
注意を払うのも早期発見に大変効果的です。
全くその通りですね。気をつけます。
アドバイス、大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-21 00:07:33

ANo.11

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回答(14)

ANo.14

いじめのメカニズムは、人を攻撃して周りの笑いを取るものです。
3種類ありますよね。対等な立場であれば、言い合い・ケンカです。次に、相手が下な場合は、いじめになりますよね。テレビ番組で、個人の粗探しをして、笑いを取るのもこれです。
最後に、自分より強い相手を風刺した笑い=チャップリンの社会批判のような笑いがあります。これを避けるためにメディアは、弱い者いじめの笑いを国民に推奨しているのです。
あなたが感付いているように、テレビはいじめっ子に対して文句を言いません。推奨しているのですから。いじめられっこに対して「強くなれ」と言うのは、「お前は負け犬だ」という感情があっての言葉ですからね。テレビは、いじめられる方が悪いと本気で思ってますよ。

投稿日時 - 2006-10-24 04:44:38

お礼

回答ありがとうございます。
>テレビ番組で、個人の粗探しをして、笑いを取るのもこれです。
確かに、そういう番組ありますね。
>テレビは、いじめられる方が悪いと本気で思ってますよ。
ところで、テレビ、って何でしょうね?
これもなぞですね。
回答、参考にさせていただきます。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-24 22:01:19

ANo.13

No.10で回答したものです。

お返事ありがとうございます。
書き足りない点もあり、思いを伝えたくもあり、もう一度書かせて頂きます。


>私のような保護者の立場では、回答者様がおっしゃるように、
>まず、自分の子供の心のケアが大切ですね。
>被害者にならない為にも、また加害者にさせない為にも、自
>分の子供も含め、身近な子供たちを愛情を持って見つめてい
>きたいと思っています。

なんだか、思うところが伝わり、ホッとしたり嬉しかったりしています。
ありがとうございます。立場を超えて理解しあえると感じるだけでも、嬉しいものです。

Mr.Childrenの「タガタメ」なんて歌にもありましたが…質問者の方がおっしゃるように、親ができる最大の貢献は、自分の子を中心に、よりよい状況を導くことでしょうね(子供とうまく関われない(と思っている)親を責めているわけではないですからね、念のため)。

保護者としての立場でなくとも、地域の大人の立場として、知らない子にも肯定的に関わることだって、できるわけです。地域行事で身近にいる子供を引っぱるとか、地道にあいさつ活動するとか、陰に日向に働きかけて、子供同士を仲良くさせるとか。
(今では雲をつかむような話ですが、これが普通にできていた時代もあったのですから、できなくなったことによる教育力の差を、感じ取ってほしいと思ったり…)


余談ですが、この間TVでやっていた「センセイ」と呼ばれる職業の方を呼んで最近の問題について語られる中で、教員についての問題も取り上げられていましたが、論調が教師だけの問題というよりも、保護者にも責任が云々というトーンでVTRが編集され、議論中の映像も、こんな現状なら教員も大変だよね、みたいな雰囲気がにじんだ編集がされていました。
…数年前なら、教員の問題が大きく取り上げられるばかりで、現在の体制・現在の学校こそが諸悪の根源で、個性尊重が大事だ、総合学習の導入で問題解決だ、的なVTRが主流だったので、世論が変わってきているのかなぁ、と思ったり。やはり100マスのブームとか藤原さんの教育論とかが、影響を与えているのでしょうね。
実際には私自身や周囲の教員は、ほとんど変わることなく仕事を続けているのですが…TVの影響力の強さを感じた、というお話です。よその業種でも同じことが言えるのでしょうね。振り子みたいなもので、細かいところにとらわれないようにしたいと、今は思っています。


なお、No.8の質問者の方への回答にあった、教員間のノウハウの共有について、書かせていただきたいと思います。

かつて「ソシオメトリック・テスト」という手法も、ありました。
以下のページは、どのようなことが行われ、どのような経過をたどったかを知るには十分な情報があるかと思われます。
http://www2.chokai.ne.jp/~assoonas/UC331.HTML


もうひとつ、ぜひ知っておいていただきたいことを。
例えば、とある教育ポータルサイトの紹介です。
http://www.tos-land.net/

以下は上のURLから「いじめ」をキーワードに検索した結果から抜き出したサイトです。決して昨日今日、間に合わせに作ったものではないことをご理解下さい。
こういうサイトを作り継承していく教師たちにより、どのような教育が行われているかを、教員以外の方にも知っていただきたいです。
以下は全て現役の教師が作ったものですが…これらを見て一般の方がどう思われるか、知りたい気がします。

http://www.pluto.dti.ne.jp/~rudolf/morals-sabetsuafter.html
http://www.marimo.or.jp/~someya/gakkyuu-2.htm

http://www3.ocn.ne.jp/~hirokot/ijime.htm
http://www1.ocn.ne.jp/~tashiro/ijime1.html

http://www.i-kyushu.or.jp/~mikarin/imouto.html
http://homepage2.nifty.com/chihaya/gosyoku/practice/doutoku/imouto/watasinoimouto.htm

http://www.1-geki.net/hayashi/ijime.htm
http://homepage2.nifty.com/kazuyuki-home/saisyono3-ijime.htm



「いじめ」は社会でも学校内でも起こりうるものです。それを簡単に無くすことはできませんが、人を傷つける行為の愚かさには、誰もが気づくことができますし、小学生などの段階であれば、自分のことを棚に挙げて、正直に公平な判断ができるものです。
一般的な正義の感覚から社会全体を見ることができる子が、その正義を自分の周囲の問題にもうまく適用させていく過程を大事に育てていくことが、大切なのだと思います。
その意味で、子供たち自身には、「いじめはよくない」という一般論を語らせる場を作ってあげたいものです。その上で、ちょっとした身近な問題を取り上げ、「自分が当事者だったらどうする?」という問いかけをする。ジレンマに悩みつつ、自分の理想と現実的なふるまいを考えさせることは、親御さんにもぜひ行っていただきたいなぁ、と(決して無鉄砲に正義を振りかざすだけではないと、私は思うのですが…)。

最終的に、「より多くの人が居心地よく過ごすためには、どういう精神状態、どういうルールがあるのが望ましいのか」という方向で考えられるようにしていくと、「いじめ」という枠にとらわれず、集団内で自分の振る舞いが周囲に与える影響を考え、よりよい行動を選択できる子になるのでしょう。
(実際に中学生段階でそういう考え方のできる子に育ち、卒業後には得意分野でみんなを明るく引っぱれる子になった方を、私は知っています。その子を変えたのは、自分を理解し尊重しつつも、現実的な問題を問い続けていった教員の存在でした。中学卒業時の立派さに、はたで見ていて感動を覚えたものです。)

こういうことを、教員としては目標としていきたいなぁと。
一人では達成はできないので、周囲の同僚と協力しながら、家庭とも連携をとりながら、少しずつ進めていきたいと思っています。


言い方を変えるなら、「闇」をどうこうすることにとらわれず、本来的な光の当て方を教え光に包まれる心地よさを感じさせつつ、少しずつ少しずつ、一人一人の「光」を増やし、それぞれの輝きを増していくように支援する、という方向性ではないでしょうか。

どうか、○○が悪いという排斥型思考ではなく、○○を変えていけばよいという改良型思考で、この国民的な問題に取り組んでいけるよう、願っています。

確かに問題のある教員は辞めるべきですが、そちらにとらわれるのではなく、教員養成の仕方を考えるとか、問題解決に個人で当たらずチームであたれるシステムを作るとか、そういう方向性で議論が進んだ方が、建設的だと思うので…(こういう考えこそが教員の甘さだ、という指摘は、謹んでお受けしたいと思います)。

子供に対するのと同様、大人自身も「自分の身近な問題」について、解決していきましょう。

ふたたび長々と、失礼しました。
それでは。

投稿日時 - 2006-10-21 04:30:29

補足

再度のアドバイスありがとうございます。
ご紹介いただいたサイトを拝見してからまた、お礼を書き込ませていただきます。
お時間をいただくことになると思いますが、ご了承ください。

投稿日時 - 2006-10-21 18:01:52

お礼

>かつて「ソシオメトリック・テスト」という手法も、ありました。
これは、私も知っています。受けたこともあります。
マスコミで取り上げられたことも知っています。
これは、先生が保護者に対してその意義をきちんと理解させればよかったのに、と思っています。

他のサイトも拝見しました。
一生懸命取り組んでくださっている先生方がいらっしゃるのは、保護者としてうれしい限りです。
でも、こんな悲惨な例を出さなければ、子供たちがいじめを理解できないのは少し悲しい気持ちがしました。
ここまで悲惨な例だと、子供たちの身の回りで起こっていることと、関連付けて考えるのは、難しいかもしれませんね。

>小学生などの段階であれば、自分のことを棚に挙げて、正直に公平な判断ができるものです。
本当に、子供たちは棚に上げていますね。(苦笑)
そこを、自分たちの現状に照らし合わせて考えられるようにするのは、本当に難しいのだと思いました。
いじめの芽は身近なところにあるのに、あまりに大きな物を見せられると、同じ物だと認識するのは難しいことだと思います。
>一般的な正義の感覚から社会全体を見ることができる子が、その正義を自分の周囲の問題にもうまく適用させていく過程を大事に育てていくことが、大切なのだと思います。
全くその通りだと思います。

ご意見大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-24 11:02:06

ANo.12

された側の経験からして、加害者になるのは家庭に問題のある子が多かったです。実際にそうでした。一例では、父親が厳格で厳しすぎたはけ口をいじめで解消するような感じで受けていました。
また学校でいじめを受けていたものが弱いものにいじめるという力の縦構造などもありました。
テレビの報道はその時の報道者の一時的な関心を視聴者に与えるだけで、現実社会では、児童相談所の相談件数の統計だけみても年々増加傾向です。
今法学を4年勉強し、福祉の仕事に従事している私の意見では、教師は学校という組織を守ろうとします。私の親は学校・教育委員会にいいにいってましたが、私は先日の報道であったケースのように警察に被害届を提出するべきであったと思います。
少年法の対象年齢からしても中学生程度なら加害者のためにも被害届を出し、更生していく必要性があると思います。
共働きの家庭のために放課後の学童制度など親御さんの都合の政策ばかりですが、学童、生徒は主体とされていないのは残念でなりません。
学校・家庭だけでなく、地域福祉の問題として広く理解が必要であると思います。

投稿日時 - 2006-10-20 20:51:21

お礼

アドバイス、ありがとうございます。
お辛い経験をなさったのですね。
>加害者になるのは家庭に問題のある子が多かったです。
>学校でいじめを受けていたものが弱いものにいじめるという力の縦構造などもありました。
私も、いじめには加害者側にこそ問題があると感じています。
そのあたりのケアが少しでもなされれば、いじめが深刻化することも少なくなると思うのですが・・・
>警察に被害届を提出するべきであったと思います。
そうですね、子供でも他人を傷つければ犯罪だ、ということは同じなのですから、当然だと思います。
>学校・家庭だけでなく、地域福祉の問題として広く理解が必要であると思います。
なるほど、そこまで広がりを持って考えなければならない問題なのですね。
回答者様のように、志を高く持った方が福祉のお仕事をされるのは、とても素晴らしいことだと思います。
回答者様のご活躍をお祈りしています。
アドバイス、大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-21 00:24:53

ANo.10

はじめまして。
養護学校の教員をしています。

いじめ問題について語ることは非常に難しいことです。
今まで私は「いじめ」について、あまり語らないでいました。


少し教育の立場を離れて言うなら、以下のような一般論が言えます。

その1
「いじめ」をなくすことは、おそらく絶対にできません。せいぜいできることは、自分が人を憎まない/傷つけないよう常に気をつけること、いじめが起こらないような環境づくりに努めること程度ではないかと。
「いじめを無くすことができる」と簡単に言われる方には、「大人同士のいじめ、職場のいじめをこの世から根絶してみせて下さい」と、言いたくなります。集団社会は古代の成立時期から絶えることなく、傷つけあうことが当たり前だったのです。簡単に消し去るなんて、ムリなのです。
(教育の立場では、ちょっと違った言い方をしますが…)

その2
「いじめ」を客体化して語る人に、いじめは解決できません。周囲の無関心だったり無配慮だったり過度の一般化だったり、客体化がもたらすそういった態度こそ、いじめの温床となるからです。質問者の方がおっしゃるとおり、子供でも「悪いこととは分かっている」し「始めの頃は罪の意識を感じている」のでしょう。ただ、それを食い止めるなんてアクションを起こせない人が大多数なわけで。だからこそ、自分から主体的に取り組むことが必要不可欠なのです。

その3
現代のいじめ問題については「いじめ」自体が問題というよりも、「救済の不足」が問題なのではないかと考えられます。確かに陰湿ないじめは増えたように感じますし、いじめに対する耐性が低いまま成長していく子供も増えているように感じていますが…数十年前に比べ、女性の社会進出・共働きは増えていますし、核家族化も進んで帰宅しても親兄弟がいない家庭が増えています。逆に子供が自由に遊びに出られる遊び場は減り、異年齢集団が自然と集まって面倒を見たり見られたりしながら遊んでいる光景も、あまり見ないような気がします。複雑化した社会は、複雑化した両親を生じさせ、複雑な家庭を多く作り出しました。
親に怒られても祖父母の懐に逃げられる安心感、困って帰ってきたときにいつも家で出迎えて学校であったことを聞いてくれる信頼関係、悩んだときに相談に乗ってくれる大人の存在、「悪いことは悪い」「子供は早く寝るもんだ」といったシンプルな価値観が通用した子育て環境、勉強が出来なくても手に職つければ就労できた時代背景…そういった「救済」がいま、不足している気がします。これは教育現場はもちろん、親の子育て・地域のコミュニティ・子供同士の関係形成など、あらゆる場面に影響していると思います。教育だけの問題ではないと、言うこともできます。
(ここは客観的データもなく主観要素が多いのですが、一応は一般論として)


>教師や大人が入れない子供たちの闇を作ることが、
>いじめの温床にもなりかねないとは思いませんか?

質問者の方がおっしゃるような、「教師や大人が入れない子供たちの闇を作る」ことイコール「いじめの温床」とは、私は思わないのですが…昔も子供だけのコミュニティ・秘密があり、闇もまた存在したのではないかと。
ただ確かに自分の「闇」を上手に処理する方法を、身近な大人の誰からも教わることなく成長していく子供の数は、少なくない気がします。不安定な時期だからこそ、メディアの中でも退廃的な要素に惹かれるでしょうし、メディア自身も負のスパイラルを加速させているように感じられます。


>実際、いじめを受けた人の話だと、教師は全然当てに
>ならなかった、と聞くことがありますが、子供たちの
>闇に光を当てるにはどうすればよいのでしょう?

いち教員としては、心苦しい限りです。
確かに、教師が当てにならない場面は多くあるでしょう。
原因として教師自身の資質もあるでしょうし、環境的な問題、教育に対する支援が十分に得られないことなども背景にあるかも知れません。

ただし…
問題を一般化して教師の質・教育委員会の機能が云々、いじめる子/いじめられる子が云々という論調もありますし、もちろん言論は自由ですが…そういう発言が何かを救うことは、おそらくありません。そこには、当事者を育てる・苦労を分け合う・前向きに協力する・自発的に参加する、という発想が欠けているからです。責める発言が何かを生み出すことは少なく、長続きしません。

今回のいじめ問題にしても、多くの苦情を受けたとして、せいぜい当事者を辞めさせたり異動させたりする程度で、数年経ったら事件は風化してしまうような結果になりかねません。



「当事者意識」こそが、本質的な問題だと考えます。
私は教員としての、いじめ問題の当事者です。教員としての私は、教員の立場でできることは、まだあると感じています。その意味で、被害者家族やマスコミの指摘はもっともだし、改善に向けて大事にしていくべきだと思っています。
(教員という立場を離れて言うと、親として・地域の一員として、誰もが当事者であるし解決に向かって参加できる立場にいると思うのですが、そういう視点でコメントをする方は、まだまだ極少数だと言わざるを得ないですね。教員だけの問題ではないでしょうに…まぁ、そんなこと言わないのですが)


実例を挙げます。
現在、私は病弱養護学校に勤務しています。
友人関係がうまくいかなくて、それこそ心に「闇」を抱えて転校してくる子もいます。

私がそういう生徒達と付き合っていく中で感じたことは、愛情の不足がゆがみを生じさせている、ということです。そして、不足した愛情を補うためには、今までに不足していた分だけ、きちんと注いであげること以外にない、ということでした。

それは共に過ごす過程で「あなたが大事」だと何度も何度も、しつこいくらい伝え続けることです。あきらめずに話しかけ、一緒に遊び、好きなことに付き合い、共に笑い、よく話を聞き、本人なりのがんばりを認め、わずかな成長を喜び…、共に過ごす時間を大事にすることで、自分が大事にされていると感じ、心が開き始め、自己重要感が増していきます。

おそらく、学校という組織としては最後の受け皿の一つなのでしょう。
私の目の前の子を大事に育てる、これが、私がいま直面している「闇」の解決方法です。いじめ自体をどうこうしている訳ではないのですが、いじめの結果本人の心にどういう効果が生じているかは、二次的に伝わってくる気がしています。

私は「いじめ」について、直接何かをしているわけではありません。ただ、私は機会があれば、いじめられた子の「救済」を担うことができます。自己重要感を持たせ、もう一度立ち上がれるように励まし続けることができる立場にいます。また私は、機会があれば同じような話を誰にでもするでしょう。それが教員としての私の改善案です。



「問うべきではないか」と思われたら、実際に目の前にいる「疑わしい子」に問うてみてほしいのです。誰かがやるのではなく、そうすべきだと思った人が、すぐ自分から始めてほしいのです。頭で考えて意見出し合うより、やったらこうだったって、事例を出し合った方が早いのではないでしょうか?

このサイトでもここ数日、様々な形で「いじめ」に関して質問が投稿され、回答されています。客観的な立場でかたるケースもあれば、自分はどうしたら良いのかと問いかけるケースもありました。
私は、ご意見を書かれた皆さんが自発的に「自分は身近ないじめ問題について、いま現在具体的に何をしているか」を語れるようになればいいな、と思っています。


いじめって本当に、やな話です。
自分の周りから少しずつ、よい方向に改善していければいいなと思います。
そのために、大人からアクションを起こすべきでしょう。
大人を見て子供が学んでいることを、経験的に私は実感したからです。


長々とまとまりませんが、参考になれば幸いです。
では。



蛇足ですが、ついでに。
「いじめの定義を~」という意見もありましたが、憲法・法律ですら解釈次第でどうにかしてしまい、都合が悪いことは「記憶にございません」と言い切ってしまう国民性がある以上、あえて細かく定義しても実効は薄いと思います。
あくまで「改善案」こそが必要なのだと、ご理解下さい。

投稿日時 - 2006-10-19 23:11:06

お礼

大変ご丁寧なアドバイス、ありがとうございます。

>そのために、大人からアクションを起こすべきでしょう。
全くその通りですね。
確かにいじめをなくすことは不可能でしょう。
子供の成長過程で、子供だけの闇も必要だと思います。
でも、私たちの努力で、それが少しでも改善されれば、と思っています。
私のような保護者の立場では、回答者様がおっしゃるように、まず、自分の子供の心のケアが大切ですね。
被害者にならない為にも、また加害者にさせない為にも、自分の子供も含め、身近な子供たちを愛情を持って見つめていきたいと思っています。
回答者様は、教員をなさっていらっしゃるということで、私とは違った視点からのご意見を下さり、大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-20 09:01:00

みなが関心を持ち続け風化させないこと!!

-さくらより-

参考URL: 

投稿日時 - 2006-10-19 16:01:08

お礼

ご回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-20 06:43:28

ANo.8

>加害者へのアプローチなくして、いじめの解決がなされるなら良いのですが、実際はどうなんでしょう。

当然最終的には加害者を含めた解決を行うのが必須だと思いますが、最初のアクションの問題ですね。
まずどのレベルでイジメと判断するかは主観的要素が大きいですし、被害者にとっては大人の介入をお節介と感じ余計苦痛になる場合も。
知り合いが小学生の頃多少イジメに合い、どうやら担任が気づいたらしく、本人が風邪で1日休んだ間に、クラス全員に「こういう事言われるのにショックを受けてるから誤りなさい」と言ったらしく、後日次々にクラスメイトが誤りに来ました。
当時本人はそれが異常にショックだったらしく、その後1年間不登校になり、卒業式も来ませんでした。
事後対応である限り先に加害者側を特定して止めさせるのは非常に困難であり、またイジメが既に発生している以上、その対応は非常にデリケートなものです。
被害者側と一緒に、どうイジメられてるのか、原因がなんだと思うか、どうやって解決しようか、を話し合う必要があると思います。
このために下で書いた被害者側が相談しやすい環境作りが大切という事ですね。
当然深刻化する前に未然に防ぐのは当然なのですが、社会システムとしてそれを作り上げるのは難しいです。
あまり子供を縛り付けての監視は行きすぎでしょうし、結局大人達に「状況に見合った上手い対応をしてください」としか言えませんからね。
マニュアルというか、一つの指針を示すぐらいは出来るかもしれませんが、それも子供の性格などによって対応が変わりすぎます。

投稿日時 - 2006-10-18 00:26:22

お礼

再びの御回答、ありがとうございます。
お知り合いのケースは、本当に、先生にとっても、ご当人にとっても、不本意な結果に終わってしまって、残念です。
でもせめて、こういう事例が教育者の間で、KNOW-HOWとして残って行ってくれれば良いと思います。
こういう情報の蓄積がすべての教育者の間で共有できるだけで、少しは状況が変わるのではないかと思うのです。

>被害者側が相談しやすい環境作りが大切という事ですね。
本当は、保護者が相談者になる方法が一番だと思っています。
保護者が知っていれば、転校、という方法も考えられるのですから。
でも、中学生、高校生ともなれば状況が変わってくるでしょうから、保護者以外に安心して相談できるところが必須ですね。
>あまり子供を縛り付けての監視は行きすぎでしょうし
そうですね。
>マニュアルというか、一つの指針を示すぐらいは出来るかもしれませんが
それは必要だと思います。
大人の世界では、セクハラ、モラハラ、など、社会的に認識され、細かい注意事項なども明文化されていますよね。
訴訟問題などがあるので、そういう動きが早かったのだと思いますが、子供の世界を聖域にせず、大人の社会における常識を適用する必要も出てきたのではないかと思います。

投稿日時 - 2006-10-18 09:28:42

ANo.7

イジメ、イジメと簡単に言いますがどこからがイジメなんですかね?
人によっては、「バカ」といわれたくらいでイジメだと考える。
また、人によっては集団で暴行を加えられたらイジメと考える。
イジメと一つにしていますが、人それぞれに感じ方が違い、その点が一番重要なんだと思う。
生徒が集団に悪口を言われていた=被害者はイジメと感じた=担任は単なるじゃれあいと感じた。 これじゃあラチが空かない。
やはり、法律ではないですがイジメという定義を作るべきではと思う。

ついでに、最近イジメがどうのありますが、私の親の世代(50代)でもイジメがあったとハッキリ言っています。ただ、昔は暴力などの肉体的なもので発見が容易であった。ついでに喧嘩として処理された。現在は、ハッキリ言って殴る蹴るなどはドラマの世界で、現実は精神的なイジメだけです。無視・持ち物を捨てる、破る・罵声を浴びせるなどなどです。私が知っているキツイなぁと思ったイジメは、一つ下の学年なんですが、中学生の時、生徒の制服が破かれ、落書きされて、トイレに捨ててあった。(便器の中にです) こんなレベルのイジメを毎日受ければ死にたくもなるよ。
また、先生側としてはイジメがあるということは隠したいもので、多少のことは無かったことにするでしょう。私としては、イジメの証拠をVTRなり、音声なりで現場を押さえるという行為が早い解決を生むと思う。

だいぶ話が脱線しましたが、「子供たちの闇に光を当てるにはどうすればよいのでしょう?」 キツイ言い方かもしれませんが無理です。
やっている側からすれば、なんの罪の意識も無い。親は自分の子がやるわけないとかばう。やられている側はそんなこと人には言えない。言ったら、大人が必ずこれを議題にする、当然チクッたことがばれる、さらにいじめられる。悪循環の塊であり不可能に近い。
よく信号無視を見かけると思います。最近はそれを見てもたいした感情は無いような気がします。それと同様にイジメも当たり前のこと。一種の常識みたいな感じなので意識改革も難しいと思う。
 最近話題の共謀罪の範囲にイジメが入れば、「アイツ無視しようぜ」程度で罪になるのかな。

投稿日時 - 2006-10-18 00:15:36

お礼

回答ありがとうございます。
>イジメという定義を作るべきではと思う。
その通りですね。
子供の成長過程で、多少の軋轢は必要だと思っています。
その場合は正々堂々、喧嘩すればいいと思います。
陰に隠れる、集団で行う、このあたりがいじめの定義になるのではないでしょうか?
>イジメの証拠をVTRなり、音声なりで現場を押さえるという行為が早い解決を生むと思う。
やはり、白日の下にさらさなければならないでしょうね。
探偵社がいじめ相談を行っていると聞きますが、どの程度の成果が上がっているのか、気になるところです。
>、「子供たちの闇に光を当てるにはどうすればよいのでしょう?」 キツイ言い方かもしれませんが無理です。
そうかもしれませんね。
でも私も子供時代を振り返ると、加害者側にいたこともあります。おっしゃるとおり罪の意識はなかったです。そういう子供に、罪の意識を教える方法はないのでしょうか?
私も人の子の親なので良く分かりますが、自分の子を冷静に見つめ、加害者側になることもある、という事実を受け止めなければならないと思っています。親の意識改革をする方法はないのでしょうか?
社会ぐるみで、あきらめずに、悪循環を断ち切る方法を模索して欲しいと望んでいます。
>最近話題の共謀罪の範囲にイジメが入れば、「アイツ無視しようぜ」程度で罪になるのかな。
そうですね。明らかに、いじめよう、という意識があると思いますね。
ご意見、大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-18 08:46:52

ANo.6

正直、一言で言ったらどうしようもないでしょう。
親・教師として資質のある場所に生まれたか生まれなかったか、もうこれは運ですね。
イジメを発生させないシステムは、教育に置いて徹底させる以外ありません。
どんな理由があっても人を傷つけたら悪なのです。
例え親を殺されても、その犯人を殺したら殺人犯で逮捕されるんですから。
ムカツクなら辞めてもらうように言う、本当にとんでもない奴なら、それこそ学校か親に言って対応してもらう。
その教育を徹底させるしかありません。
良く反省会みたいなのする学校もありますが、週に1度授業で1週間の行動を振り返らせて用紙に書かせて提出するとか。
常にどんな行動をしているか、それがどんな行動なのか意識するように教育するしかありません。

それでも起こるであろうイジメは事後対応で上手く処理するしかないでしょう。
やはり相談しやすい環境作りが大切でしょうね。
学校・地域にイジメ専門相談室でも作って、聞く事に徹したり。
軽いイジメなら悩みをぶちまけるだけでスッキリする子も多いでしょう。
先生に言うとチクったと余計イジメられるのが怖くて言えない子も多いでしょうから、何もせずとにかくお話するだけの場所。
手紙だけやメール・電話だけ、インターネットでも良い、アラユル方法で相談しやすい環境を作る。
事後対応だと特定の加害者へのアプローチは難しいのでどうしても被害者側からのアクションを待つ事になりますね。
大人が監視、見守るのは当然ですが、これこそ親・教師としての資質が問われる所。

投稿日時 - 2006-10-17 17:02:47

お礼

回答ありがとうございます。
>常にどんな行動をしているか、それがどんな行動なのか意識するように教育するしかありません。
これは、学校ばかりでなく、家庭でも気をつけなければならないことだと思います。
>先生に言うとチクったと余計イジメられるのが怖くて
子供だけの閉鎖的な環境が、まさにいじめの温床ではないかと思っています。
福岡の事件のように、先生さえもその片棒を担ぐことがあるのですから、先生以外に子供が安心して相談できる場所があるということはとても必要ですね。
>事後対応だと特定の加害者へのアプローチは難しいのでどうしても被害者側からのアクションを待つ事になりますね。
加害者へのアプローチなくして、いじめの解決がなされるなら良いのですが、実際はどうなんでしょう。
>大人が監視、見守るのは当然ですが、これこそ親・教師としての資質が問われる所。
加害者を生まない環境作りこそが、大人の役割ですね。難しいです。
ご意見大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-17 23:23:27

とても長文になってしまいました。

確かにmimi--koさんの仰有るとおり、
自分のこどもが加害者になることの方が多いと思います。
ただ、加害者の定義というのは難しいと思います。

息子は、小学校の時に今回の事件と同じように
教師の心ない発言が相次いで、いじめに発展し
小学校の3年間とても苦しみました。
卒業を前にこのままでは自ら命を絶ってしまうのではないか
と思うほどになり、担任にも校長にも相談しました。
(もちろんそれまでにも、何度も何度も相談に行っておりました)
校長は、「どのような理由があろうとも、いじめる方が100%悪いのです。」と
私と夫にとても熱く話しておりましたので、卒業を前に、
保護者会を開いて いじめの実態を知っていただき、
今後 親御さんにも協力していただいて、
何とか解決したいと話し、保護者会を開いていただきました。
保護者会では、クラスの大半の親御さんが、
いじめられる方に問題があるからいじめられるのだと言って、
聞く耳を持ってもらえませんでした。
やはり我が子かわいさで、我が子がいじめの加害者だと言うことを
どうしても認めていただけなかったようです。

加害者といっても、積極的(適切な言葉ではないかと思いますが)に
いじめているのは、ほんの一部(2人か3人)です。
他の子ども達は、悪口を言ったのは一日に1回だけだったりします。
子ども達にとっては、1回だけの暴言が、
いじめられる方にとってクラスの20人に言われれば20回
30人に言われれば30回言われたことになるのです。
1日に何度もそんな目に遭っているのです。
自分は話しをすることがないから話しをしないだけ
という状態も同じです。
クラス全員が話しかけてくれない、話しかけても
きちんと受け答えしてもらえない。
それをクラス全員からされれば立派ないじめです。
でも、話しをしない子達に聞けば「話すことがなかったし、
もともとあんまり仲良しじゃないんだよ」という答えが
返ってくると思います。
親御さんは、ご自分のお子さんに話を聞いて、
「あなたはたいしたことやってないのね。
親しくないからあなたは関係なかったのね」と思っても
被害者との間には相当な温度差があると思います。
その辺がわかっていないといじめの問題は
絶対に無くならないと思います。

保護者会を開いていただいたときのクラスは、
息子をいじめることでまとまっていたクラスでした。
保護者会のみなさんに意見は、いじめる方は悪くない。
いじめられる方が悪いからだという結論に達してしまいました。
この話し合いの間 口から泡を飛ばして私たち夫婦に
「いじめる方が100%悪い」と仰有っていた校長は
一言も口を開きませんでした。
そればかりか、保護者会の締めの言葉では、
クラス担任が、「このクラスは世界一 宇宙一のクラスです。」
と言うと、保護者の方々は、割れんばかりの拍手でした。
息子はその時に、「みんながみんないじわるじゃないかもしれない。
でも、僕に悪口を言っていないと今度はその子が
いじめられるかもしれないから仕方ないかもしれない。
でも、自分がこのままじゃ嫌だ。
先生は、君が悪かったところはない?考えてごらんって
いうけど、いじめられる僕はいっつもいっつも我慢ばっかりしていて、
いじめている方は何にも我慢していないんだよ。
僕はそんなにダメな嫌な子なのかなぁ」と
泣きながら話していて、胸が苦しくなったことを鮮明に覚えております。
いじめの定義を把握し、こどもと向き合わない限り
なくならないように思います。

その保護者会後、一大決心をし 転校して
すっかりいじめられることもなくなり、
息子は今20才ですがあの3年間が嘘のようにその後暮らしております。

投稿日時 - 2006-10-17 08:30:11

お礼

大変貴重なアドバイス、ありがとうございます。
私にも小6の息子がおりますので、読ませていただいているうちに、涙があふれてまいりました。
回答者様のおっしゃることが、やはり実態なのだと思います。
息子さんがおっしゃっている言葉が、すべてを語っていると思います。
いろいろな諸条件が複雑に絡まって、被害者が生まれるのだと私も思います。
こちらの違うカテゴリーのご質問の中で、スクールカースト、というものを知りました。
学校の中でいったん個人の地位が決まると、そこから抜け出すのは不可能に近いのだそうです。
それを崩したり、緩和したりしてよりよい人間関係を築かせるのが教師の役目だと思うのですが、それを決定付けることを教師がしていたのでは、子供たちはどうしたらよいのでしょう。
いじめられる方に原因がある、とは良く聞きますが、原因があれば何をしても良いとでも言うのでしょうか?
子供たちは、攻撃している子と、攻撃されている子がいると、大概理由は何であれ攻撃している側につくそうです。
そして人数が多い方が正論となるのです。
被害者はどうすればよいのでしょう。
いじめのメカニズムというか、そういうものが出来上がる前に、私たち大人にできることはないのでしょうか?
担任教師や、学校が当てにならないとき、どうしたら良いのでしょうか?
転校という自力脱出が、やはり一番効果的なのでしょうか?

>被害者との間には相当な温度差があると思います。
>いじめの定義を把握し、こどもと向き合わない限りなくならないように思います。
私もそれを感じています。
すべての子を持つ親が、それを理解し、自分の子供が加害者になりうる事実を受け入れなくてはならないと思います。
回答者様のお子様の当時の担任教師、同級生のお子さんや親御さんたちが、今回のような事件をどのように感じていらっしゃるのか、とても気になります。
息子さんが現在お健やかにお過ごしとのこと、私も安心いたしました。
皆様のご健康とご多幸をお祈りいたしております。
ご意見大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-17 09:43:02

ANo.4

ご質問の主旨とはずれる回答かもしれませんが、
今回の福岡の事件で、被害者の親御さんは「金銭の恐喝があったのでは
ないか?」と考えているという報道を見ました。
もし、それが実際にあったのならそろそろ「いじめ」と「犯罪」を
区別するべきではないかと考えます。
いじめのイメージは、「たわいもない子供同士の気まぐれいたずら」
という印象があります。
でも、福岡(に限らず死者や自殺者が出た事件)の場合は教師も
からんでいますので「恐喝」「暴行」「傷害」「人権蹂躙」という
言葉が妥当だと考えます。
少女への強姦を「いたずら」、女性へのそれは「暴行」などという
言葉に変える事で事件の本質があいまいになるのと
同じではないでしょうか?

中学生・高校生レベルには、もうそろそろこういった集団による個人
攻撃は「犯罪」であるという認識を持たせるべきだと思います。
そしてこうした「犯罪」の被害者は、自治体レベルでの刑事告発や
家族の民事訴訟を加害者の生徒・親・学校・教育委員会に対し
容易に起こせるようなシステム作りが必要なんじゃないでしょうか?

繰り返しますが、麻薬や薬物が学校に入り込んで来ている状況、
加害者の親の多くが粗暴で社会通念が通じない人間たち、
金銭の恐喝や、学校外での暴走族・やくざがからんできているなどの
場合が時折見られる現在、それは「いじめ」なんていうマスコミ造語
で全ての事例を片付けられない深刻な状況にあると考えます。

投稿日時 - 2006-10-17 03:13:29

お礼

回答ありがとうございます。
>「いじめ」と「犯罪」を区別するべきではないかと考えます。
そうですね。
>中学生・高校生レベルには、もうそろそろこういった集団による個人
攻撃は「犯罪」であるという認識を持たせるべきだと思います。
福岡の事件ではトイレでの件もあり、これだけでも犯罪ではないかと思います。
いじめ、というあやふやな言葉で片付けられたとしたら、それにかかわった生徒に対してどのような指導がなされているのか、心配です。
年齢的に犯罪に問えないのも問題だと思いますが、落書きや、暴言、など子供たちの中で起こりがちなことでも、それは大人の世界では犯罪とみなされることなのだ、と教えていく必要はあるのではないかと思っています。
ごく普通の家庭の子供でも、いざグループになってしまうと、度を過ぎた行動をとってしまうことがあると思うのです。
そこをくい止める物のひとつが、回答者様のおっしゃるシステムかもしれませんね。
そして子供を持つすべての親が、自分の子供も被害者ばかりでなく、加害者になる可能性があることを肝に銘じていかなければならないと感じています。
ご意見大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-17 08:32:27

ANo.3

小学校高学年から中学校にかけていじめを受けていました。
周りの大人には心配をかけたくなかったので、
極力知られないように努めたせいか、大人に助けてもらえないままでした。
色んなタイプの子がいると思いますが、
周りの大人は何で気づかなかったのかという報道があるたび、
自分の経験からいじめられる側も隠すからだと思ってきました。
長期にわたる陰湿ないじめだったと思いますが、
今、私は生きています。

いじめは、子どもの世界だけにあるわけではありません。
最初に勤めた会社ではかなり陰湿ないじめがありました。
ただ、いじめる側を糾弾しにくいのは、
それが一人一人の資質のみによってなされるものではなく、
人間関係の中で起こってくるものだからではないかと思うのです。

同じ人でも、いいときには仲の良い友達になる。
でも、他の人との関係によっては、悪口を言う側に回る。
またはその集団にいる中で喜びや達成感、存在感がないと他の子に攻撃を向ける。
その人間関係が極端に偏るといじめになるのでしょう。

ですから、子どのいじめは、周りの大人が
その子どもたちの集団が円滑に機能するように整えてあげるのが役割で、
教師や教育委員会が糾弾されるのは、そのためなのでしょう。
私は、その糾弾される大人の中に、親も入るべきだと思いますが。
自分の子どもがどんな人間関係の中でどのように行動しているか、
掌握して導くのは、親の役目でもあると思います。

投稿日時 - 2006-10-16 19:50:00

お礼

アドバイスありがとうございます。

とても辛い体験をなさったにもかかわらず、とても冷静に状況を理解されていらっしゃることに、思わず頭が下がる思いです。
>人間関係の中で起こってくるものだからではないかと思うのです。
私も子供の世界を垣間見るにつけ、それは感じていました。
一人一人のお子さんは、無邪気な明るいお子さんにもかかわらず、何がきっかけかは分かりませんが、突然牙を剥くことがあるのですから・・・
>またはその集団にいる中で喜びや達成感、存在感がないと他の子に攻撃を向ける。
夜回り先生と呼ばれている方のお話の中で、
ストレスがたまると、一番エネルギーがある子供は非行に走る、
そこまでのエネルギーがない子供は、お友達をいじめる、
お友達をいじめるのがいやな子供は、不登校になる、
不登校もできない優等生は、自傷行為をする、と。
>子どのいじめは、周りの大人が、その子どもたちの集団が円滑に機能するように整えてあげるのが役目で、
なるほど、その責任は大いに大人にありますね。
>自分の子どもがどんな人間関係の中でどのように行動しているか、
掌握して導くのは、親の役目でもあると思います。
全く同感です。私も心して子供に接していきたいと思います。
体験を交えたご意見、大変参考になりました。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-16 22:00:36

ANo.2

被害者側に絞って言いますが、まず最初から否定しない事でしょう。
「その程度の事で」「自分が悪い」「強くなれ」
大抵苛められても黙ってる子は自分が弱いからだと思ってるもんです。
わかっててもどうしても解決出来ないから悩んでるのに、強くなれ、と言われてもどうしようもないです。
元々自分に自信の持てない人や引っ込み思案な人はいるわけで、突き放すのも一つの教育方法でしょうが失敗すればドンドン追い込まれます。
まず「うんうん」と理解しながら話を聞く事です。
良かれと思っても先走った行動はせず、子供自身と相談しながら、どうしたら解決出来るか、どう解決して行くか話し合いながら徐々に慣らして行った方がいいでしょう。
苛められてる子は既に人間不信気味です。それに加えいきなり否定されたら誰も信用しなくなる可能性があります。
教師として親として大人として、何でも相談を持ちかけてくれるぐらい信頼される事が大事。
そのためにはとにかく理解しながら聞く事です。

投稿日時 - 2006-10-16 17:34:35

お礼

回答ありがとうございます。
>教師として親として大人として、何でも相談を持ちかけてくれるぐらい信頼される事が大事。
全くその通りだと思います。
すべての大人が、そのように対応していって、被害者も加害者も生まない世の中になることを望んでいます。

ご意見、参考にさせていただきます。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-16 21:46:24

ANo.1

 小・中学校生のいじめは、昔もありました。しかし、今と決定的に違うのは、昔のいじめっ子は手加減を心得ていました。
 今の子は、手加減を知らないような気がします。
 原因の一つには、子供たちが屋外で遊ばなくなった事にあります。
 子供は、遊びの中で団体生活のルールを学び、時には喧嘩をして、肉体面の痛さも憶えます。そこから、相手に対する手加減も学びます。
 今の社会環境は、昔のような遊びは不可能ですが、少なくとももう少し、周りの大人が真剣に子供を見据える必要はあると思います。
 学校に子供のことは丸投げで任せてしまい、責任追及ばかりしている父兄会は、益々子供をダメにします。

投稿日時 - 2006-10-16 16:10:01

お礼

早速の回答ありがとうございます。
>責任追及ばかりしている父兄会
そうですね、父兄会ばかりでなく、世の中全般がそのような傾向にある気がします。
ご意見、参考にさせていただきます。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2006-10-16 16:27:37

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