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広島・長崎に投下された原爆は本当に戦争の早期終結に役立ったのでしょうか?

1945年6月、トルーマン大統領は日本に向ける兵力を700万と言明。
九州上陸組第一波77万人。
上陸軍の35%(約27万人)が戦闘の最初の30日で死傷すると見積もる。
九州占領期間120日の戦闘犠牲者39万5千人と見積もる。
第二波は本州進攻と東京占領は100万の兵力と数十万の戦闘犠牲者が出ると見積もる。
当時の日本には250万人の戦闘部隊がいるとした。

そこで、疑問なのは、原爆投下は戦争を早期に終わらせる為ではなく、アメリカ軍の戦闘犠牲者を最小限に食い止める為だったのではないか、と言う事です(アメリカ側の事情)。
更に、原爆投下は戦争の終結を早めたのでしょうか?(日本側の事情)

投稿日時 - 2006-12-17 23:28:54

QNo.2608936

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

原爆は日本に落とされたが、目標はソ連にあったと考えています。
米国は日本上陸戦をするにあたり、関東軍の帰国を非常に懸念。関東軍を大陸に足止めするためヤルタ会談でソ連に対日戦への参加を要請、見返りとして極東に「主にソ連が影響力を行使する地域」と「米国が影響力を行使する地域」を線引きした(つまりソ連の領有を認めた)。その条件は、
A:ソ連が連合国に加わり、B:対日戦に参加、C:日本が降伏 というもの。(これが「ヤルタの密約」)
4月、ルーズベルトが急死し、トルーマンが大統領に就任。
7月、米国原爆実験に成功。
同月、ポツダム会談。ここでスターリンはトルーマンに「ヤルタの密約は今でも友好か」しつこく尋ねた。「ソ連は領土にしか関心が無く、戦後の平和には興味が無い」そう感じたトルーマンはポツダム会談からソ連を排除。(対日戦には原爆を使えばソ連を頼る必要はない)これでAの条件が消えたので領土は渡さなくて良いはずだったが、ソ連は勝手に連合国に加わっていることを宣言したため米国は次の策をとる。すなわちソ連が参戦する前に日本が降伏すればよいのだ。
米国は原爆の製造を急ぎ、米国の意図を察したソ連は極東軍に開戦準備を急ぎに急がせた。8月になるとソ連の参戦と日本の降伏のどちらが早いか、タイムレースの様相を呈した。
以後のことはご存知のとおり。原爆は日米間の戦争終結をある程度早めたかもしれませんが、米国の第一目的は達していない。
日本は開戦当所からソ連を仲介とした講和を考えており、この頃近衛文麿を特使としてモスクワに派遣する計画で、モロトフ外相に了解を取ろうとしていた。しかしモロトフは”出張”のため話は進まない。(モロトフはポツダムへ行っていたが、日本は知らなかったようだ)
なお、ポツダム宣言の原本にはトルーマン、チャーチル、蒋介石のサインがあるが、全部トルーマンがサインしたとか。
以上は数年前NHKが放送したもののウケウリ。最も素直に理解できるので小生はこの説を信じています。

投稿日時 - 2006-12-21 02:04:57

お礼

アドバイスありがとうございます。
何時の時代にも密約と言う物があるのでっすね。
大変参考になりました。

投稿日時 - 2006-12-22 04:27:08

ANo.11

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回答(11)

ANo.10

追加します。
当時は「日ソ中立条約」が締結されていましたので、日米に対して「ソ連は友好的な第三国」と(日本政府には)考えられていたのです。結局ソ連は条約を一方的に破棄して、8月8日に対日戦へ参戦します。
日本首脳部の「見通しの甘さ」はこう言う所にも現れているんですね。

投稿日時 - 2006-12-21 00:48:17

お礼

再度のご回答ありがとうございます。
日本の外交は現在でも「見通しの甘さ」が時々指摘されますね。

投稿日時 - 2006-12-22 04:30:32

ANo.9

原爆は「戦争を早期に終わらせるためには使用されていません」。日本軍は8月5日の時点で既に、ソ連に対してポツダム宣言の受諾を打診しています(条件交渉を開始していたという事です)。ですから、この情報を入手してさえいれば、原爆など落とさなくても日本本土での地上戦は避けられるという見通しは立ちます。それが見通せないようなら、国家指導者失格です。
ただ、この点で不幸だったのは日本が交渉を打電したソ連自体が、不凍港の確保を目的に南下してきた事です。ソ連としては日本が降伏する前に、不凍港を占領・確保する事を目指しましたので、雪崩を打って南下してきました。さらに、ソ連のこの動きがアメリカに「ソ連に対する警戒心」を起こさせ、「核抑止力」を行使させる決断をさせました。
皮肉な事に「日本が降伏しようと考えたから、原爆が落とされた」のです。現在アメリカでいわれている事の「正反対」が事実です。

他にも「原爆の人体実験」もあります。平野部としてヒロシマ、狭隘地としてナガサキを選び、「兵器としての効果範囲」を正確に測定・記録しました。実験ですから、戦略的価値などは無関係に選ばれています(京都、奈良も候補地でしたが、既に焼け野原になって効果が測定できない東京は候補ではありませんでした)。

投稿日時 - 2006-12-20 12:12:47

補足

ソ連に対しては打診して、何故アメリカに対してポツダム宣言の受諾を打診しなかったのですか?
日米が交戦状態にあったからでしょうか?
もしそうであれば、第三国を通じて打診する事はできなかったのでしょうか?

投稿日時 - 2006-12-20 22:52:16

ANo.8

アメリカはなぜ原爆を使用したか?
答えは簡単、使いたかったからです。
原爆の開発(マンハッタン計画)はそもそも、ナチス打倒の目的で始まりました。ところが原爆を落とす前にナチスは無条件降伏してしまい、振り上げた拳は日本に落とされた、ということです。
また、同じアングロサクソンであるドイツに対してこの兵器を使う事には米軍部内でも葛藤があったようですが、日本には躊躇なく使っています。この背景には、人種差別が横たわっている事がわかりますね?
大たいからして、太平洋戦争末期になると米政府も日本が死に体であり、放っておいても敗戦になることはわかっていたはずです。
それでも、原爆を使用したのは、早期終戦が目的というよりも少しでも自国に有利な条件で終戦を迎えたかったから、というのが本音でしょうね。外交のセオリーだと思います。

これだけのことをされているのに、今の日本人の多くはアメリカ大好き。おめでたい人種ですね。

>戦争は確かに殺し合いですが、そこにも一定のルールが欲しい物です。
ちゃんと、ありますよ。
国際法を読んでみてください。
国際法によれば、戦争そのものを禁止してはいないし、戦争を始める行為も違反してはいません。つまり、日本が開戦したことは国際法違反ではありません。
昔も今も、国際法をまるで無視してやりたい放題やってる国があります。
もう、どこかお解りですよね?

投稿日時 - 2006-12-19 00:41:06

お礼

アドバイスありがとう御座います。
参考にさせて頂きます。

投稿日時 - 2006-12-20 22:51:20

ANo.7

戦後の歴史教育で教えていないのが、第一次世界大戦の後に出来た戦時国際法でしょう。そこには非戦闘員を殺傷することを禁止しています。
最初に非戦闘員を殺傷したのがドイツのドレスデン爆撃です。その後の日本への都市爆撃は市民を殺傷するための爆撃を行っています。3月10日の東京空襲も調べてみれば判りますが最初に火炎の壁を作り市民が脱出出来ないようにしてから、その中の市民を焼き殺す爆撃方法をとっています。一般市民を殺傷するには当時すでに開発されていた毒ガスを何故使わなかったのでしょうか、答えは簡単です日本軍も持っていたからです。もしアメリカ軍が使えば特攻機に積んで空母に突入されると艦の空調設備でどれほどの兵隊が死ぬか予想出来ないから使わなかっただけです。原爆は日本は持っていなかったから躊躇無く使えたに過ぎません。理屈はどうでもつけられますが原爆の被害がどれ程のものか実験したかっただけでしょう。非核三原則など言っていますが、核を持たずに
核で脅されたらどうして対抗するか、スイスなどは各家庭にシェルター
を備えているそうですが、日本は平和を唱えていれば平和が訪れると学校で教育しているようですが、自国は自国民で守らなければ他国に任せていれば滅亡するだけです。

投稿日時 - 2006-12-18 15:18:15

お礼

ご回答ありがとうございます。
米軍のフランクリン号は特攻機の突撃で750名の乗員兵が亡くなったと言われている訳ですから、毒ガスとなると想像を絶しますね。
「自分の国は自国民で守る」同感です。

投稿日時 - 2006-12-18 22:12:04

ANo.6

「広島・長崎に投下された原爆は本当に戦争の早期終結に役立ったのでしょうか?」
「原爆投下は戦争を早期に終わらせる為ではなく、アメリカ軍の戦闘犠牲者を最小限に食い止める為だったのではないか」
「原爆を実際に使ってみたかったのではないか」
いずれも「真」と考えます。アメリカの立場で考えれば相互に矛盾しておりません。

「更に、原爆投下は戦争の終結を早めたのでしょうか?(日本側の事情)」
原爆の使用は、日本側の抗戦意図を大きく挫いています。ポツダム宣言受諾に至るまでの経緯を勉強してください。ただし、ソ連の参戦の方が原爆使用よりも影響が大きかったとされています。

日本との戦争が早期に終われば、アメリカの戦死傷者が最小限になります。沖縄戦や硫黄島戦では、アメリカが完全な制海権・制空権を握り、圧倒的な戦力を用意して攻撃したのに、沖縄で1万、硫黄島で3万の米軍側の犠牲者が出ました。艦砲射撃の威力が限定される日本本土上陸作戦で、数十万の犠牲者が米軍に出るというのは過大な見積もりではありません。欧州におけるドイツとの戦いでの米軍側の犠牲者数を見れば想像がつくことです。

なお、アメリカは日本側の戦死傷者や国土の破壊などは一切考慮に入れていませんが、アメリカに仮に100万の死傷者が出れば日本には3千万人くらいの犠牲者が出ているはずです。そして、アメリカが関東地方を制圧する頃にはソ連が北海道から東北地方を占領し、戦闘の傍ら満洲やドイツで行ったような徹底した略奪暴行を行い、「北海道と東北には処女はいない」という地獄の様相となっているでしょう。

投稿日時 - 2006-12-18 08:07:11

お礼

ご回答ありがとう御座います。
硫黄島の戦闘では、防衛側より攻撃側の方が死傷者が多かった。これは、米軍にとって初めての事であったと、どこかに書いてありました。

投稿日時 - 2006-12-18 22:02:37

ANo.5

原爆の実験をしたかったのも事実です。

結果として少し早く戦争が終わったのかも知れませんが。

ただ非戦闘員である広島の人々も沢山犠牲になりました。
他にも解決策はあったと思いますが。

イラク戦争とかを見ていると本当のテロ国家はUSAなのではないかと
思ってしまいます。
まあ、元々インデアンから奪って作った国ですから。

投稿日時 - 2006-12-18 00:35:46

お礼

ご回答ありがとうございます。
>「他にも解決策があったと思いますが。」
同感です。

投稿日時 - 2006-12-18 21:55:28

ANo.4

トルーマンの言っていたアメリカ側の損害見積もりは過大であったことが分かってきました。
しかしアメリカ軍の行動様式は、自軍の犠牲者を最小限にするためには当時の日本では考えられないくらいいろいろな手を打ってくると言うものです。(一例が戦闘要員に対する破傷風の予防接種で、記録では太平洋戦争当時13人の破傷風死者を出したのみです)
当然アメリカ軍の戦闘犠牲者を最小限にするための手段の1つとして原爆投下があったとは言えるでしょうね。現在の平和都市広島からは想像できにくいですが、当時の広島市にあった主な軍事施設としては、
第二総軍司令部(西日本の陸軍の総元締)
中国軍管区司令部
第五師団司令部とその隷下部隊
陸軍船舶司令部
などなど。広島をつぶすだけで西日本の陸軍の指令系統を破壊することが出来ました。
アメリカの都合はさておいても日本側としても原爆が戦争終結を早めたとは言えると思います。
正確には原爆+ソビエト参戦が日本側の継戦意欲を完全に打ち砕いたと言えるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2006-12-18 00:11:44

お礼

ご回答ありがとう御座います。
原爆投下が心理的圧力になったのですね。

投稿日時 - 2006-12-18 21:34:14

ANo.3

原子爆弾の実戦での起爆実験とその効果、
人の住む都市を標的とした核爆弾の人体実験、
というのが、プライマリオブジェクトだったのは明らかですし、
セカンドオブジェクトが
アメリカ軍の戦闘犠牲者を最小限にするために
日本指導層に降伏勧告の受諾を迫るというのも、
むしろ”周知の事実”ですよ。
アメリカがアメリカ人の犠牲者をまず念頭に考えるのは
当たり前ですし、当然中の当然です。
イラク戦争なんかでもそうでしょう。
イラクでの米兵の犠牲者、確か三千人ぐらいだったと思いますが、
イラク人の犠牲者は10万人を越えるといわれていますからね。
戦争においては、日常的な道徳規範は無視されるのが通例であって、
他国のことを思いやるようなら戦争なんかせんのですよ。

原爆投下が戦争の終結を早めたかどうかは、実に微妙ですが、
多少は早めたか、心理的圧力になったのは確かです。
そもそも1944年の段階で日本の勝利は不可能で、
軍の反対から早期終結も困難という袋小路にあったので、
最後の一歩を踏み出して降伏するか、
一億玉砕というスローガンに従って戦争の完遂を目指すかという
どちらに進んでも地獄という状況ですからね。
終戦の土壇場のことは、かなり知られていると思いますが、
結局は軍人に殺されるのを覚悟で数人が説得と玉音放送の強攻策に出て
なんとかこぎつけたわけで、合理的判断の入る余地のない
ところで決まっています。

原爆があろうがなかろうが、戦争継続は不可能だったわけですが、
少なくとも本土決戦という地上軍投入を避けられたという点で、
トルーマンの判断は結果的に正しかったと証明されたようなものです。
もちろん人道的に正しかったという意味ではありませんが。
しかし人道的というならば、戦争のあらゆることが非道であって
それを言い出したらきりがない。

要するに、戦争における人の生き死になんてそんなものなんです。
いかに人命が軽んじられるか、その象徴的出来事でしょうね。

投稿日時 - 2006-12-18 00:10:51

お礼

ご回答ありがとうございます。
戦争は確かに殺し合いですが、そこにも一定のルールが欲しい物です。

投稿日時 - 2006-12-18 21:31:11

アメリカとしても早く終わらせたかったようです。
落とさなくても近々終結することは解っていました。
が、原爆投下で早まったのは事実のようです。

「犠牲者を少なくしたい」当然ですね。ただでさえ各地で日本兵の抵抗で手痛い目に遭っているのに、本土では更に厳しいコトが予想されます。

実験をしたかったのも確かです。
長崎のは実験です。
広島は第一目標では無かったらしいです。

ソ連が日本との不可侵条約を破棄して進行を始めたので、アメリカとしてはソ連を牽制する意味も含めています。
日本をソ連には渡したくなかったし、アメリカの力をソ連に見せつける必要もありましたから。

投稿日時 - 2006-12-17 23:52:26

お礼

ご回答ありがとう御座いました。
ソ連の進攻も考慮にあったのですね。
非常に分かりやすいご説明です。

投稿日時 - 2006-12-18 21:12:30

ANo.1

私は、アメリカがただ原爆の人体実験をしたかっただけだと考えています(言い訳はあとでたっぷり用意できますし)

戦争の終結を早めたかもしれません。
けれど、原爆を落とさなくてももっと他にやり方があったんじゃないかな?と思ってしまいます。

最初、原爆は広島に落とすつもりはなく神戸製鋼(鉄をつくる所)を狙いたかったのに戦闘機の操縦士が間違ったという説もあります。
この方が理屈的には、日本へのダメージは多いと思うのですが…

どちらにしても、戦争なんて「政治家がチェス」を楽しんでいるようにしか見えませんが…

投稿日時 - 2006-12-17 23:41:50

お礼

ご回答ありがとうございます。
「人体実験」ですか。
確か、原爆投下後の米軍作成の広島・長崎のフィルムはその意図が感じられました。

投稿日時 - 2006-12-18 21:08:39

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