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イエス・キリストの系図(なぜマタイとルカでは大きな相違があ

マタイに記されている系図と、ルカに記されている系図では、かなり違っている箇所があります。ヨセフの父親の名前からして相違が見られます。なぜこんなにも違っている箇所が多いのでしょうか?

投稿日時 - 2007-01-18 21:41:14

QNo.2676959

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

No.1です。


>天使ガブリエルが実は人間だったというのはスゴイ説ですね。。。
>全く思いつきませんでした。

あくまでひとつの説です。
階級が書かれた本持っています。

私もその説を聞いたとき驚きましたが、その説の根拠を読むと、ありえたかも と思えました。

キリスト教は歴然とした階級社会ですよね。
教皇が神の代理人で、いわば神の言葉をその下のものに伝える役割を持つとされている。
教皇の言葉=神の言葉。 これがキリスト教 特にローマカトリックでは常識ですよね。
そして教皇だけが神と会話できるので、信者の代表として教皇が預言を受けて下のものに伝えるとなっている。
従って教皇以外は神の声を聞く資格もなければ、神と対話する権利も無い。
(これに反発してできたのがプロテスタント派)


このキリスト教の階級社会を見習って軍隊の階級社会ができた。
ローマカトリックでは上司には絶対服従ですが、軍隊も上官には絶対服従ですよね。

この階級制度をヒエラルキーといいます。

これは何もキリスト教に始まったことじゃあないんです。
イエスが属していたという説もあるクムラン宗団体。
ここにも絶対的なヒエラルキーがあった。

「これは私の肉体である。私の血である」
この言葉はクムランのヒエラルキーの上位の階級の人が供餐の時に述べていたもの。

「ラクダが針の穴を通る方が容易だ」 
これもヒエラルキーにラクダの意味を持つ階級があり、それは修道院みたいな学校で卒業真近のランクがこのランク。
(ラメだったか、、、その階級名忘れましたが、とにかくラクダという意味も持つ。従って訳者はその部分をラクダと訳してしまった・・・・ 誤訳というか。。。翻訳が正確じゃあないので、ラクダが針の穴を通るってなんだ?? ってなっちゃうわけです。直訳の結果がこうです。こんな直訳ずくしの文章が今日出回っている聖書。だから難解だとなり懸命にその意味を探ろうとしても誰もわからない。わからないはず。直訳・誤訳づくしだから懸命に読んでもその文章が何を意味しているのかわかるはずがない。わかったところで誤訳をわかったと理解しても・・・・)


ラクダが針を通る方が簡単とはどういうことか これでわかったと思います。


で、クムラン宗団も階級制度が厳しくて、上のものが発言しているとき、下のものが口を挟むだけで、厳しい処罰がなされていたんですね。
上のものには絶対服従の掟があった。


クムラン宗団はメシアを少なくとも二人たてていた。
一人が固い壁に風穴をあけ、二人目が地上に舞い降りる。
これが誰かと考えたとき、洗礼者ヨハネとイエスだったのかもしれません。
ご存知だと思いますが、洗礼者ヨハネは大祭司アロンの家系です。

イエスもアロンの家系なら、アロン家のひとつが隠遁集落から地上に舞い降りて、ローマと結託したエルサレムの祭司たちに挑んだとう事が歴史上あったことになる。

あくまでひとつの説ですが。



>マリアは貧しい一般庶民の出身だと思います

なにせ聖書を書いた人は、イエスが生きていた時代の人じゃなかったそうなので、どこまでが史実でどこからが創作なのか不明なのが痛いですが。
聖書にマリアの出生について書かれていますよね。
父親と母親の名前も書いてありますよね。
そしてマリアは神殿にささげられつむぎ手として神殿で育ったと書いてありますよね。
何をつむいでいたのか。
なんだと思います?
羽織るものです。
オウムもそうでしたが、色で階級が分かれていた。
紫はかなり上位の人。
この羽織るものは一体何を意味するのか。
女神の体現者が男に祝福を与える。 これが衣。
地位・名誉・そして子供。
祝福された王は女神の体現者のつむいだ衣を羽織ることで、権威づけられる。
逆に剥ぎ取られることは、王の交代を意味する。
名誉も地位も剥ぎ取られるわけですから。
(という概念はどちらかというとギリシャ神話寄りですが、新約聖書はギリシャ哲学及びギリシャ神話がかなり混在しているので、こういうストーリーになるのは必然といえば必然。ヘレニストが作った物語だと思えるので。)



>大工のヨセフと結婚したのですから

ヨセフが大工だとなったのはどうしてだと思います?
ピムという言葉は当時は大工道具などではなかった。
ということは「ヨセフは大工」というのは後世の人が付け加えたわけですよね。
ピムという言葉から大工だと勘違いして。


洗礼者ヨハネ。彼もクムラン宗団にいたのかもしれない。
彼は宗教儀式として水の洗礼をやりましたが、それはクムランの風習です。
クムラン宗団は油を塗ることはしませんでした。
イエスに油を塗った女をユダが意味が無いとしたばかりか批判した理由も、ユダもクムラン宗団だったからだと思います。
クムラン宗団では油を塗ることはしなかった理由は、油を塗ると穢れが落ちにくくなるから。
沐浴をして穢れを清めるという習慣があったのに、油を塗られると沐浴の儀式をしても落ちない。
だから油を塗る行為を「なにやってるんだ そんなもの意味ない。第一もったいないことを」となったのではないかと思います。


マリアが史実として本当にいたのか?
わかりません。
聖書のように性交渉なしに息子を産んだというのは正しくなく、性交渉はあったが、第一子は天使階級の血筋。
第一子は神から送られた子とされるので、血は天使系列を引く。
ややこしいですが、一般人じゃないとこうなるのではないかと。
(アブラハムとイサクでは、第一子は神からのプレゼントなので神に返すという解釈があったようですが、この事件以降 返さなくてもいいとなったのではないかと。)


イエスの復活のときの3人のマリア。
これは恐らく聖書作家が運命の女神が介在した といいたかったために作ったと思えます。
従って3人のマリアがいたわけじゃあない。
いたのは運命の女神。
こう聖書作家は言いたかったと思います。
(なんせ新約聖書はギリシャ神話の概念がかなり入っていると思うので、3人のマリアとは運命の女神だと解釈するとどうして3人のマリアが登場するのか理解できます。)


イエスとピラトのくだりはやはり後世の人の加筆だと思います。
なぜならピラトは冷酷無情の男だったから。
自分に逆らう疑いのある者を、処刑しまくっていた男でしたから。

イエスが処刑されて復活したというくだり。
これを実際に処刑されたとするより、一度クムラン宗団から破門されたということだと思います。
クムラン宗団の破門は、対象者に死に装束を着せ、穴の中にいれその後、追放していました。
クムラン宗団は、いろいろ処罰があって、数日から数週間、もっとも重い処罰は永遠に破門を解かないというもの。
イエスの場合、3日となっていますが、女神の復活が3日という概念があるので、3日とされたのだと思います。
実際は何日だったか不明。
彼は後に神の右の座に立っていたのを目撃されたことから、破門を解かれ、かなり上位 もしかしたらガブリエルクラスにまで上り詰めたのではないかと思います。

そして神の右の座とは意味がある。
天使階級の一番上位の人の右の座 つまり慈悲の地位についたってことです。

天上人になったので、もう一般社会にはふらふら出てきません。
天使の添え名が何になったのかはもう内部に入ってしまったので奥義は持ち出されず秘密のまま。
彼らと供餐のテーブルにつけるまで上居クラスになったものしか姿を見ることはなくなった。
恐らくステファノが見たのは上位の天使階級になったイエスの姿だと思います。
ステファノは律法を否定したかなにかで、クムラン宗団で審判を受け、処刑されることになったと思います。
イエスの慈悲ともう一人峻厳の天秤にかけられ、あまりにも重い罪を犯したので、破門になってしまったのではないかと思います。


ご存知だと思いますが、ユダヤ教は聖職者は12支族ではできません。
洗礼者ヨハネはアロン系の祭司なので、彼が宗教儀式をやったところで問題は無い。
イエスが一般人なら聖職者になれませんし、宗教儀式も神の言いつけにはむかう行為ですから、当然できません。
イエスは律法をちっとも否定していなかったことを忘れてはいけません。

さて、ヨセフの父親がどうして違うのか。
新約聖書はユダヤ聖書を丸写しなので、創世記をコピーして預言やら関連付けを聖書作家がしてイエスが只者じゃないといいたかっただけなのか、それとも、、、、
誰もわからないのですが、そのそもマタイの系図に大きな間違いがありますよね。
数が合わないという問題を2千年近く保留しています。
マタイを書いた人は算数もできなかったのか?
せっかくのイエスの系図が、そもそも数が合わないので嘘になってしまう。
ということは、マタイの方の系図は嘘としましょうか。
でもだからといってルカの方が正しいということにはならない。

なにより、ヨセフはイエスとは血のつながりは無いので、いくらヨセフの系図を書いたところで、イエスとは一切関係が無いですよね。
イエスが神なら、血のつながりの無い人間の系図を書いても仕方ないでしょう。

エッサイの枝から出る といってもイエスはヨセフとは関係ないとするなら意味なしですよね。
ヨセフが大活躍したという物語ならヨセフの系図を書くことに意味がありますが。

投稿日時 - 2007-01-19 23:21:41

お礼

回答ありがとうございました。
系図にはフィクションも入ってるみたいですね。
マタイの系図の14代、14代、14代のところは確かに数がおかしいですよね。これは、意図的に14に合わせたようです。14というのはダビデを表す数字なのです。

投稿日時 - 2007-01-20 20:07:26

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回答(2)

ANo.1

聖書の系図は歴史的事実か 事実ではなく神話か。
私はだんだん後者の方じゃないかと思えるようになってきました。

以前、アダムのイヴから系図を起こしていって表にしたことがあります。
途中で「あれ? 矛盾が」というものが大量発生しました。
誰の子は誰 とか 誰の父親は誰 とか書いてあるのを表にしていくと、途中から先ほどとは違う名前に子供がなっていたり、子供のうち一人が違う名前だったり、数が違ったり。
同名異人かと保留にしたりしていっても、合わない。

誰の子は誰 と書いてある部分は一人なので長子だけ書いてある箇所もあるのか?と思い直して、長子権により相続していくとしたら、長子以外と思える人の系列も出てきたぞ、 あれ? 長子の家系はどこにいった 状態になったりしました。

なにより異なる記述がたくさんあり、なんで違うのだろう?と悩みました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8
【約聖書の多くのエピソード、たとえばアブラハム、モーセ、ソロモン王の物語は、実際にはヨシヤ王(紀元前7世紀)の書記たちが、ヤハウェ信仰を一神教として整理する目的で書いたと一部の聖書学者は主張する。その証拠として挙げられるのは、エジプトやアッシリアなどの近隣諸国が、きわめて多くの記録を残しながら、聖書中の人物や物語について紀元前650年より以前には言及していないことである。当然にこうした人物の実在性も否定される。他の考古学者は、同じ素材を聖書の史実性の証明に用いているが、他の地方での記録は聖書の中の記録と完全に一致するわけではない。】

確かに旧約の聖典化は1世紀頃だったと思うし、複数の「これが正しい」とする派が存在しており、内容が違っていたそうなので、系図にしても記述がバラバラになってどっちが正しいのか誰も知らないまま、それぞれが文書として あるいは口伝として残ってしまったままになっていると思えました。



マタイとルカに見られるヨセフの父親の名前が違うというもの。

ヨセフは養父と伝承されていますが、元はイエスは神だという認識は無かったことから、イエスが神と会議で決定した途端、ヨセフは養父だとなってしまったのではないかとも思いました。
しかし、それでもイエスとヨセフに血のつながりがあったかといえば、疑わしいです。


古代ユダヤ教は一般信者には知らされていない奥義があったようです。
日本にもその奥義が昔あったようですが、いわゆる・・・・巫女みたいなもの。
ユダヤ教の祭司は特別な種族しかできません。
その種族の中の大祭司系統は血を守ってきた。
従って他の祭司たちは一般人と結婚して子供がもてたが、大祭司系列だけは大祭司系列同士でしか子供はもてなかった。
(日本の皇族が長い間その風習を守ってきたのに似ています)

ではマリアはイエスの母とされたのに、どうしてヨセフは養父だとされたのか。
聖霊により宿ったとすれば、いきなり成人した神が登場してもいいのではないか。
何故マリアが生んだという事は残したのか?


何故マリアはヨセフと性交渉なしに結婚前に子供を身ごもっていたとなったのか。



ある伝承の内容を見るとなるほど と思えるものがあります。

マリアの従姉妹エリザベートはアロン系列の女のようです。
従姉妹ということは、もしかしたらマリアもその系列かもしれない。
アロン系列はただの祭司系列ではなく大祭司系列です。
ということは大祭司系列でしか子供がもてない。


大祭司系列の子女は特別な教育を受けていた。
従って一般の人とは隔離され、いわば修道院のようなところで宗教的な勉強をしていた。
彼らに教えていたのが、その系列の上位で天使ランクの人。
天使の名前を添え名に持つ人。
ガブリエルもその一人。大祭司の上位の人。

その人の責務のひとつに、学校で子供が生める年齢に達した女性徒を妊娠させなければならないというものがある。
マリアはそこの女生徒で、母アンナが辿った道と同じように、マリアもガブリエルにより子供を身ごもることになった。
そして地上に派遣され、ヨセフの元に嫁いだ。
これによって、天使の血は地上に派遣されたわけです。
そしてユダ族が選ばれ祝福された。


こうなるとイエスはユダ族ではなく、純潔なそれもかなり高位の大祭司系列の血をひくことになる。
両親ともバリバリの一般人からするともう神族みたいな人たちです。
だから修道院から両親に連れられ神殿に行ったとき「ここは父の家」と言ったというのもうなずける。
しかし、一般信者にはこの秘儀は明かされていない。


養父ヨセフのヨセフ。ヘブル語で「加えるように」という意味。
これは創世記のヤコブの子ヨセフに由来する。
大祭司系列の実子でもないイエスを自分の種族ユダ族に加えるように?
違う・・・・

ヨセフの父親はイエスと同じように養父と実の父親と二人いる。
こう考えるとつじつまが合う。

ヨセフの父親はヤコブとエリ。
どっちが天上人だったのか。

ヤコブは後に神に勝ってイスラエルと改名しています。
(ちなみに長子権を兄から騙し取った人がヤコブ。)
ということは神から祝福される前の名前のヤコブがヨセフの養父で、エリ(主という意味)が実の父親ではないかと思えます。

こう考えると、一応 無理やりかもしれませんが、つじつまが合い 聖書のその部分は間違いという部類には該当しないことになります。

投稿日時 - 2007-01-19 14:38:17

お礼

天使ガブリエルが実は人間だったというのはスゴイ説ですね。。。
全く思いつきませんでした。

ところで、マリアは貧しい一般庶民の出身だと思います。大工のヨセフと結婚したのですから、上流階級の女性ではないと思います。だから、学校のようなところに通うこともまずなかっただろうかと。

投稿日時 - 2007-01-19 20:34:47

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