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締切り済みの質問

科学

意識に写る現象が科学的に認められているだけで、意識を説明できず、別次元(副産物)と脳科学者は断定付けている。
このように順次考えて見ると科学が間違っているからではないか?
と思うのです。
自分では「意識が科学的に解明できないのは、科学が間違っている”可能性”があるからだ」と定義付けできてしまったのですが
これに対して”間違っている可能性0%”という定義づけは出来るでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-15 03:09:11

QNo.2753779

暇なときに回答ください

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回答(21)

ANo.21

ANo.14、17です。
14に対する補足に、答えてみたいと思います。
正直、数学が苦手な門外漢な私には式の意味を理解するのに苦労しました。
今も誤解してるかもしれないので、指摘していただければありがたいです。

さて、くだんの式や他の回答者さまとのやりとりを見ていて、プロティノスを思い出しました。
彼はプラトンのイデア論を進め、語り得ないモノとしての真実を「一なるもの」と呼びました。
tenntennsevengooさんの仰る「イデア」も、この「一なるもの」のようなモノかなと。
と、いうことでプラトンの有名な「洞窟の比喩」を拝借しつつ、「科学」と「意識」について論じてみようと思います。

「科学」は経験したモノ(観察と実験)を通して真実を類推(仮説)します。
そこに反証を加えて、どうにも反証不可能となったものを「真実(に限りなく近い)」と認定します。
しかし、「経験」できるモノは「洞窟に移った影」でしかなく、「真実そのもの」ではない。
故に、「科学」で可能なのは「真実の一部」から「真実の全体」を「類推」する事だけである。
「類推」しかできないのだから、「科学のみ」でイデアに属する「意識」そのものを知ることは不可能に近い。
ただ、「一部」なら知ることは可能である。

こんな感じでどうでしょうか?

次に、「統一」というキーワードは非常に含蓄があるな~と思いました。
昨今の学問は(科学も含め)非常に専門化・細分化される傾向にあります。
此によるメリットは、一部の分野に人材を集中させることと、その分野に特化した研究を行うことで解明するスピードを増す事です。
しかし、同時にデメリットもあり、それが「一なるもの」を別の方面からアプローチするために生じる「矛盾」の存在です。
この「矛盾」は決して否定的な意味ではなくて、もっと積極的な意味であるのに、個々バラバラなために消極的にしか利用されていない。
この部分を「統一」しなければ、「真実」に近づくことは出来ないのではないか。
昨今の学問は、いわば「みじん切りの玉ねぎ」である。
この「みじん切りの玉ねぎ」をジクソーパズルのようにつなぎ合わせて、「一つの玉ねぎ」にする事をしないと「真実(意識)」は解明できないのではないか。
ちょっと、tenntennsevengooさんの言う「統一」とは違う気はしますが(汗)

最後に、蛇足として。
科学は本当に信頼できるのか?
この問いは問われ続けるべきでしょうね。
その事を思い出させてくれた、質問があり回答してますので良かった参考にしてみてください。

・・・と、言いつつ私が回答した質問の宣伝だったり??(苦笑)
http://okwave.jp/qa2687211.html

投稿日時 - 2007-02-28 02:11:57

補足

私が言いたい統一と言うのは
絵の具の赤と青があったとしたら。
赤=科学,青=意識,?=未解明,紫=科意識(←とりあえずこんな名前をつけましたが意識と科学(特に脳科学)が混ざり合った状態)
としたら。
もし、科学に意識の入り込む余地があったなら
[???赤赤青青赤赤????]とこんな感じです。----式1
しかし脳を調べてみたら意識の入り込む余地は無かったのです。
つまり
[???赤赤赤赤赤赤????]こんな感じです。-----式2
しかし、意識(青)は脳という物質と組み合わさっているので
意識(青)が無いということは言えません。
なので青を加えてみると
[???赤赤紫紫赤赤????]となります。-----式3
つまり、脳の科学そのもの(式2)の赤赤の部分は紫になるわけです(式3)。
つまり、脳科学(赤)≠科意識(紫)ということになるんです。
つまり脳科学は間違えているのではないかと思うわけです。
そして、もう少し突っ込んだ話をすれば式3脳科学以外の科学(つまり式3の赤の部分)も物質で作られており、それは中性子・陽子・電子と
脳の物質と同じ粒子で作られています。
また、脳以外の科学も我々意識(青)で作られた物ですから式3の脳科学以外の科学(赤)が100%真実である。という保証は無いわけです。
そしますと式3は
[???紫紫紫紫紫紫????]かも知れません
[???黄緑紫紫緑緑????]かも知れません
[???朱朱紫紫朱朱????]かも知れません
      ・
      ・
      ・
      ・
となるわけです。これらすべてを式4とします。
今までの科学は式2ですが式2だと意識(青)があるのに
意識(青)がないことになり間違えています。
つまり、式4もしくは式3になるわけです。
式2≠式4
式2≠式3です。
なので
今までの科学=式2
としますと
今までの科学は間違えているのではないか?と言いたいわけです。
判って頂けたでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-28 21:18:41

お礼

>「類推」しかできないのだから、「科学のみ」でイデアに属する「意識」そのものを知ることは不可能に近い。
ただ、「一部」なら知ることは可能である。

そうーですねー、一部と言っても「洞窟に映った影」の”表面”の部分
なら可能でしょう。
その影の元となるのは我々人間には一生判り得ない物ですね。
影で狐が映ったら後ろでは手を動かしているだけかも知れませんしねw
ひょっとしたら狐に似た狼かもしれません。w
ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-28 22:54:03

ANo.20

No.20です。

超常現象の件ではお世話になりました。
前回もそうですが、また あなたの怒り勝ってしまったようですね。

すごく怒りっぽい人ですね。
どうしていつもそんなにイライラしているのでしょうか? ^^;




「超常現象は神 つまり 地球外生命体の仕業か」という質問のところで、眺めていて言おうか 言うまいか と思っていました。

以下のようなことをです。

「そもそも科学的の証明していないのにしたと嘘をつく科学者に問題がある」

実際にその捏造事件をつらつらと書こうと思えばいくらでも書けます。
が、きっとあなたは「今回は科学者が嘘つきかどうかを聞いているんじゃない! ちゃんと聞いてます? 馬鹿じゃねーの wwwww」とまた怒りを露にされそうなので、あそこではもう書きません。
だって いくら言っても聞く耳をあなたは一切持っておらず、盲信こそ全て。 科学的に実際は証明されてもいないものをされたということにして 今回は 超常現象は宇宙人の仕業か否か答えてください」と言われても・・・・・・・

で、結局 あそこにはもう書いても無駄だと思ってあれ以上書かなかったわけです。
それに数冊本を紹介させていたたいたので、それでトンデモ科学者の実態をあなたが知りたければ、あれらの本を読めばすぐにわかるし。
このままだと 捏造科学者を支持する変わった人。
一歩間違えば捏造科学者と同類の詐欺師になってしまいます。


「今回は前回とは一切関係ない。 今回の質問 読んでいますか?」と言われそうですが、関係あるから書いているんです。



今回も前回と同じ方向性でいくのでしょうか?
それ理論が破綻した上に なんとか積み木を乗せようとして、実際は雪崩が起こった構図になっているのに、「ほら乗った お城ができた」と言っているようなもの。

あの・・・・ 妄想では乗っているかもしれませんが、実際はなにも乗っていませんけど。。。。 ってなってしまうんですよね・・・


えっとですね。
  ↓ ↓
>自分では「意識が科学的に解明できないのは、科学が間違っている”可能性”があるからだ」と定義付けできてしまったのですが
これに対して”間違っている可能性0%”という定義づけは出来るでしょうか?

 ↑ ↑ ↑
これ読んで なにも感じません?
あなたは科学的に本当は証明されてもいないことを、証明されたと鵜呑みにした人ですよ?
その自称科学者は実際はちゃんとした実験をしてもいないのに、科学ではありえない事実だと言い張って、超常現象だ と言ったわけですよ。

データの改ざんや まともな実験すらしてもいないのに やったと嘘をつき、あなたはその嘘を知ろうともせず鵜呑みして、論を展開して、私や他の人の噛み付いたわけですよ。

だから私は当たった予言があるのなら教えてください といったわけです。
超常現象があるのなら、書いてくれれば、それが真実はなにか調べられるかもしれない と言ったわけです。


それでも噛み付いてきたので、私はとんでも超常現象の真実という本をリンクしてさしあげたわけです。
せっかく あなたにハジを書かせないようにと詳細を省いてリンクをしてさしあげたのに、あなたは読んでいませんよね。
何故 知ろうとしないんですか?
自分に都合の悪いものは 見ざる聞かざるで それでいいんですか?
コメディアン目指しているんですか?
人になんとか笑われたくて仕方ないのですか?
人に信用されない人を目指しているんですか?
詐欺師の片棒をかついで人を騙すことを本業としたいんですか?
迷妄の闇の人を引きづりこみたいんですか?


いいですか?
あなたは他人の嘘を擁護し、盲信し 私たちに暴力的な発言をした人ですよ。


今度は科学的に解明できないものは、科学が間違えているから ですか?
違います。
あなたが実際にちゃんとした実験もしていない話を鵜呑みにしていたわけで、そんなたわた科学者を真の科学者だと思っていることに大きな問題があり、その盲信の上に論を展開しようとしているわけです。
その盲信により結果真実に行き当たらず 「科学が間違えているから。」としたいわけですよね。

あなたは、科学が合っている 間違えている以前に存在する問題をがあるものに対して信じている。

捏造 詐欺行為によって作られたものを科学だと信じている。
ほとんどの科学者は、捏造してまで超常現象の存在を肯定しようなんて画策しません。


一部の不埒な科学者は、実際はちゃんとした実験もしていないないのに いい加減なデータを提示し あるいは改ざんしてしまっている。
その結果、その嘘 詐欺 偽証がバレて、批判されたのを見て、それを科学者は信用ならない といっしょくたんにしてしまっては駄目です。
あなたが科学者とするもは科学者じゃない 詐欺師です。


もともとの理論そのものが、前回同様 間違えている。


意識についても前回も書きましたが、脳神経は新しい分野で、そのずっと前はそれが無かったので、宗教で人間は補ってきていた。

でも、脳神経という分野が発展すると宗教では解明されなかったことが、解明されつつあるようになってきたわけです。


ただ、まだ 本格的になりだして間もないので、この分野は確立していません。
そのまだ確立していない分野を見て「駄目だ」と決め付けるのは 早合点だと思うんです。

あなたのように「駄目だ」と見放す人もいれば、将来その分野を研究し発展させていこう と興味を持つ人もいる。

あなたにとっては夕暮れでも、他の人にとっては朝方なわけです。


科学が間違えている可能性は0か?
普通 そう短絡的に考える人はいないと思います。
科学は宗教と違って、訂正や修正を受け入れます。
科学者は科学は万能 間違えは無い とはしない。
だから薬にしても 副作用が少なく効果が高い薬として改良されていっているわけです。

もし 万能なら改良はありえない。
万能だとしていないから 発展を遂げているわけです。

科学は宗教ではないんです。
宗教は「これ」ときめ、「盲信せよ」と信者に強要します。

科学はそんなことしません。
もっといい事があるなら どんどん修正してください です。


ある症状が地域に出て、調べたらAという薬が効果があることがわかった。
それで、その症状が出たらAを処方していた。
ところが数年後 同じ症状が別の地域に出てAを処方したのに効かない。
では、根本はAが効果があったわけではない という可能性が浮上するわけです。
では 何が原因でその症状が起こったのか。
ある地域では効果があり、別の地域では効果が無い。
その理由は何か?
これを突き止めるのが科学者です。
「Aが効くはずだからAを処方しろ 他は調べるな」は科学者じゃない。
ビジネスマンです。


科学は宗教じゃあありません。
あなたは科学に宗教的なものを求めようとしている。
基本からして誤りです。

宗教は信仰するもの。成長は無い。 盲信でendです。

科学は無限です。
修正を受け入れ、発展を受け入れます。

宗教と科学を同一視すると あなたのような質問になってしまいます。


もう一度いうと あなたは 科学と宗教を混同している。

宗教は最初から限界を設けています。
だから 一つの宗教で限界をいち早く感じて、別な宗教 また別な宗教と 人々は移ることになる。
人間は無限の可能性を信じているのに、宗教という限界によって閉じ込められる結果となり、本来無限を信じているので、結局 限界に我慢ならず、別な宗教に確信を求めることになる。
そして 宗教ショッピングをしてへとへとに疲れる。

「これぞ真実」としても、また限界がすぐやってきて、満足できずに、自分の好みの宗教を探す。
それが嫌なものは、ただ ひたすら一つの宗教を盲信して自分をその形に収まるように捻じ曲げて納得しようとする。


科学は人を洗脳し無理やり納得させるものじゃあない。
どんどん他人により検証され、より純度が増していくことを許すわけです。


とくどくど書いてしまいましたが、。。。。

えっと 再度言います。
あなたは宗教と科学を混同してしまっています。
あなたのは宗教。 科学とは違う。
宗教的なことを科学だと言っている。
科学を宗教だと思っている。

科学と宗教は別物で性質も異なります。

といってもわかりませんよね。
でも 私から見ると あなたは両者をごちゃまぜにして同じだいうところから、論を発展させようとしている。

基礎工事がずさんです。
基礎工事の部分をしっかりしていないと、その上に立つ建物は簡単に崩壊します。

投稿日時 - 2007-02-25 03:18:51

ANo.19

いくつか質問を眺めていましたが、検討はずれだと思うんですよね。

あちこち探しているようですが、そこらにはあなたが求めるものは無いです。

そっちじゃないです。
掘るのは他じゃないです。
自分の足元を掘ってください。




>意識を説明できず、別次元(副産物)と脳科学者は断定付けている。

そうともいえません。
確かに科学者は「そう簡単に人間の脳がわかってたまるか」といいますが、それだけでは科学者とはいえません。
科学者じゃなくたってそれは言えます。

科学者の場合、わかった部分を公開し、ほーと関心させたあと、「わからない部分はまだまだある」と謙虚な気持ちで、言うわけです。

それを誤解して「ほーら 結局科学者だって解明できやしないって言っているじゃないか」など言い出すと、無知であることを威張っている人としか見えません。


「意識が科学的に解明できない」は正しくないです。
「まだ 解明しきれていない」が正しい。
たんと残してくれていないと、全部解明されたら 後に生まれる人がつまらないじゃないですか。
1万年前に全てが解明されていたら、後に生まれた人はどうなるんですか?
なんのために生まれたのか なんのために生きていくのか なにもなくなっちゃうじゃないですか。



脳科学は近年急速な発展を遂げだしました。
古代ではその分野を宗教が担当しており、その後は思想、心理学、精神分析と枝分かれしていき、今では脳科学という新しい分野ができました。

人の心を科学で解明するなんて、神を科学で解明するようなものだ?
では、神は誰が作っているのか?
人間ではありませんか?


神が人間を創ったのではなく、人間が神という概念を創造して形つくっていき発展させているのではないのですか?


という疑いを、私はここのところ強めています。


貴方の思考は0か1で成り立つまるでコンピュータのようです。
0ではなければ1でしかないのか?

コンピュータももっと賢いです。
000010000001000000などで表していきます。
上記は0ですか? 1ですか?


人間とコンピュータで比べると、最高のコンピュータであっても、人間の幼児くらいの知能でしかないそうです。

確かに計算は速いです。(でも計算間違いはあります)

記憶力もすごいです。あっというまにすごい量の中から検索結果を出してきます。(でも求めていたものをコレと出すことはできません。結果を複数出して最終的な判断は人間が下している)


コンピュータと人間の決定的な違い。
それは創造する力。

人間とコンピュータの思考は似ています。
同じ微弱な電流により思考している。
でも、コンピュータは創造主の人間を超えることはできない。
(近未来映画でコンピュータが氾濫を起こし人間を殺していくというものがありますが、コンピュータというよりそれって人間が反逆を企てるようにプログラムした結果。従ってあくまで創造主を超えていない。)


先ほども言いましたように、脳科学はほんとうに最近できたものです。
皮肉なことに、戦争が起こるたびに発展をしている。
どうして戦争が起こるたびに発展を遂げているのかわかりますよね。



ある現象を起こす人がいた。
その人は神を認識できるという。
嘘発見器で調べても、その人は嘘をついていないと診断できる。
では、神は本当にいるのか?
その人の前に降臨しているのか?

   は い。


「ほらほらほら やっぱり神はいる」と思いました?

もうちょっと聞いてください。
実はその人、てんかんがあるんです。

神と交信したという人にヒルデガルドという人がいます。
キリスト教から聖女に認定されました。
「ほら やはり神はいると信じている団体によって証明された」?

ちょっと待ってください。
彼女は神の降臨の際に見たという絵を残しています。
この絵に注目した人がいました。
オリヴァー・サックス。

彼の著作に「妻を帽子と間違えた男」
http://www.amazon.co.jp/%E5%A6%BB%E3%82%92%E5%B8%BD%E5%AD%90%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%81%88%E3%81%9F%E7%94%B7-%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/4794925220/sr=8-1/qid=1172290424/ref=pd_bbs_1/503-9517106-8947906?ie=UTF8&s=books

「火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者」
http://www.amazon.co.jp/%E7%81%AB%E6%98%9F%E3%81%AE%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E5%AD%A6%E8%80%85%E2%80%95%E8%84%B3%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%A7%91%E5%8C%BB%E3%81%A87%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A5%87%E5%A6%99%E3%81%AA%E6%82%A3%E8%80%85-%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/415050251X/ref=pd_bxgy_b_text_b/503-9517106-8947906


そして「サックス博士の片頭痛大全 」
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%81%AE%E7%89%87%E9%A0%AD%E7%97%9B%E5%A4%A7%E5%85%A8-%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/4150502439/ref=pd_sim_b_3/503-9517106-8947906

があります。
彼女の見た幻視は神の降臨というより偏頭痛の前兆の時起こった幻覚の可能性が高い。
何故なら偏頭痛もちの人の中に同じようなその独特の特徴を持つ幻覚を見る人がいるから。


上に挙げた本の種類から見て、この人はSF作家ではないことはわかりますよね。
認知関係の分野を発展させている脳医学者(科学者)。


てんかん患者でもない人に、神を降臨させることは可能です。
てんかん患者のような電流を機械を使って流せば、神と遭遇したとしか認識できない状態になれる。
危険はありません。
外部からヘッドギアみたいなもんをかぶしてやる。(オウムがやっていたような)


実際 やって神と会っと認識した人がいた。
正常な人でも、何が原因でそうなるかつきとめれば、神と会うことすらできてしまう。

いかがですか?

「それは機械で騙したわけで、本当に神と会ったわけじゃないじゃないか」

てんかん患者は「てんかんが起こってそう認識したにしかすぎず、本当は神にあってなどいない」という科学者の言うことを素直に聞くでしょうか?

まさに実体験としか認識できず、目の前にりんごがあると認識するものと同じようにしか認識できないので、本人はいくら科学者に説明されたとしても、実際に神に会ったとしか思えないわけです。

宇宙人に拉致されて人体実験されたと訴える人も同じ。
それが催眠 自己暗示だといくら説明されても、実際 宇宙の何億光年果てまでつれていかれ1秒で人体実験が終了して、朝までに何億光年のかなたから又地球にある自分のベッドに寝かされたとしか認識できない。


本人がその体験があって困っているからなんとかこの誤った認識を消してください と科学者に訴えるか?
いえ、変な団体に入って全財産を奪い取られ、政府に宇宙人にさらわれ それ以降 うまく生活していけなくなったからどうにかしてくれと訴えるか、ホームレスになるか。
それとも精神科を受診するか。
精神科を受診すればてんかんがあると判明して、てんかんを抑える薬により再度宇宙人に拉致される あるいは 神に会うことはなくなる率が高くなる。
でも、実体験として記憶しているので、それを消さない限り、本人はその偽の記憶で、うまく生活していかないわけです。
(それを逆手にとって本を出し 大金持ちになり スピリチュアル団体を作って、同じ体験を持つ会員と結託して宣伝しまくって、スピリチュアル愛好家から金を奪い取るということまで考え付いたら 笑いが止まらないでしょうけど)


催眠術により、実際に無いものをあると知覚させることは簡単です。
目の前に人がいるのに いない とさせることも可能です。
人を殺すことも可能です。
(催眠によりピカチューになったと暗示をかけければ、窓から飛び出し 結果 墜落死です。 本人は自分はピカチューになったと確信しており疑いは0なので、飛ぶわけです。 現実はピカチューではないので当然墜落して死にます。 人は何故自殺したのかわからず、後意味づけをいろいろやりますが、まさか ピカチューになったという暗示をかけられて殺されたとは誰も思わないでしょう。死ななくても本人には催眠をかけられたという自覚が無いので、「ピカチューに変身して空を飛んだ」としか言わないでしょう。 どっちにしろ催眠をかけた犯人は安全なわけです。)





脳科学は万全ではない。
それは発展しつづけている段階だという意味じゃない。
人間は別なものを求めているので、その分野は脳科学の分野とは違うからです。
不思議を望む これが人によってすごく強いと、いくら医学・科学で元の発生原因を抑えても、人は快楽を望みそれが、詐欺など犯罪に手を染めない限り、科学も司法も介入できない。

だから、科学とは違う分野なんです。
だから 科学では解決できない。


20年ほど前にアメリカでスピリチュアルブームになりました。
日本の文化は20年くらいアメリカから遅れているので、数年前からスピリチュアルブームになった。
アメリカと同じようにマンヒステリーが起こるのでしょうか。

アメリカはこのマンヒステリーにより社会不穏がひどい状態になったので、医学者からも協力してもらい、司法が介入して、この超常現象ブームにより壊れてしまった社会をなんとか立て直しました。


集団自殺まで引き起こしたこのマンヒステリー。

日本でも起こるのでしょうか。
その時、さすがに司法も国民の娯楽に介入せざるを得なくなる。
その時、普段は介入しない脳科学者がこの娯楽の分野に介入してくると思います。

娯楽の果て 集団自殺しては 何が娯楽なんだかわかりません。
死こそ最高の娯楽?


幸運なことに、日本人は娯楽に関しては、お遊びと割り切る人が多いと思います。
オウム事件を起こしたという日本ですから、経験から早めに手を打つと思うし、宗教に関してそんなに妄信的な人々もアメリカほどは多くない。
何億か宗教団体 能力開発と称する詐欺団体に騙し取られて裁判を起こすというのも、アメリカに比べれば少ないです。

一人一人が娯楽と判断でき娯楽として楽しんでいるからだと思います。
割り切れないと、金を騙しとられ、最後は政府になきつく。

オウムの人々は、家に信仰が無いことで、家を捨てオウムに入信したのだとか。
信仰を求め、その果てが破壊と殺人。
それは新しいものじゃなく、古代からあったこと、現在もあること 未来もそうにしかならない パス。


アメリカもそうでした。
これといった確信が無いことに不安感を覚えた人が、これぞとしがみついた木が死の木だった。


あなたは「これといった確信」が欲しいんですよね?
<私はいる>
これ以上 何を望むのでしょうか。
これこそ確信で真実ではないのでしょうか。
神は地球の外になど いない。
そこらあたりを探してもいない。
何故なら あなたの世界はあなたが作り出し、あなたがその世界の神だからです。
あなたが右だと思えば、右が真実になり、研究結果自分の考えは誤りで、本当は南だとなれば、それが真実としか認識できないし、その世界が作られる。
認識の変化のたびに新しい世界が作られる。
創造主はあなたです。

科学の研究結果があなたの世界を作っているのではない。
あなたがその結果を受け入れるか 拒絶するか それは神であるあなたの理解力次第。
科学の期待するか失望するか 宗教に依存するか 超常現象マニアの集団に入って、事実を確かめないでただ、都合のいい部分だけを何の確証も提示しないまま あるぞ とたわごとを言い続けて死ぬか。
それはあなた自身にゆだねられている。
科学があなたを変えるのではない。
宗教や超常現象団体があなたを構築するのではない。

あなたが自分を作り上げるんです。
何故なら創造主は あなたでしかないから。

投稿日時 - 2007-02-24 14:08:17

補足

なにか勘違いされているようなので補足いたしますが
この質問は科学が解明出来ていないのではないかという質問では
ありません。科学が間違えている可能性があるのではないかという
質問です。

投稿日時 - 2007-02-24 23:56:46

ANo.18

#2です。
数量単位〔1〕の絶対的実在性が確認されたなら、それ以外のすべての数(2,3,4・・・)は、単位〔1〕によって(かつ、それのみによって)構成されている限りは、同じように絶対的実在性は揺ぎないでしょう。
また、他の回答者が述べておられるような、科学の定義として、観察・実験・再現性のみであれば、現在われわれが指しているような「科学」とは言えません。100%真実性を認知できるものとしては、現在のところ「数量科学」しかありません。
── たとえば、ガリレオの「落下実験」にしても、単純に<重さの異なる二つの物体を同時に落とすと、同時に着地する>だけでは、観察・実験・再現性を満たしていても科学とはいえません。(せいぜい自然哲学でしょうか)。科学となるためには、二つの物体の質量、落下距離、落下時間を数値で表してそれらの関係性を指摘しなければならないでしょう。
したがって、現象を数量化できるものは、すべて科学の対象となり得ます。たとえば、物理現象以外にも、社会の様々な諸現象の統計やデータに基づいて考察を行なう「社会科学」とか。

これから「意識」においても、あらゆる手がかりによって、数量化する方法を探っていくことになるでしょう。その最初の手がかりが「脳波」ということです。

── まあ、確かに、現在の科学は、自己の数量的実在の側面のみを、世界の認識に拡大させているだけ、という指摘はさけられません。もちろん、それ以外に世界を認識する方法もあるかもしれません。しかし、その時には、「自分がこの世に一つ存在する」ことと同等以上の確実な認識対象が発見できるかどうかが問われるでしょう。

投稿日時 - 2007-02-22 14:37:33

お礼

今の脳科学では意識を垣間見ることは絶望的ですね。
「A地点からB地点の脳波の現象でaさんは意識でこんなことを語って
いました。」程度で終わってしまうと思われますね。
なので意識の隙間を探すしか無いのですが
今の物理観測では無理だとされています。
となれば今の科学を覆す何かを探さなければいけないということでしょうね。
数量化といっても認識レベルから抜け出すことが理論的に出来ませんから。イデアを一生確認することは無理でしょうね。
ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-22 23:16:19

ANo.17

>これをやった瞬間にイデアは意識ではなくなると思います

意識レベルに対しても自己相似性を有していると思われますので、意識でありながらそれ以外(より高位の意識?)であるというのも有りじゃないでしょうか。
風の谷のナウシカでオームが”我々は全にして個、個にして全”といってました。

投稿日時 - 2007-02-20 10:56:57

補足

なるほど
可能かもしれませんね
しかし”肉体と離れた意識がイデアそのもので
それ以外の意識や物理的現象,未解明な現象を網羅して知覚することが
出来た瞬間”という条件が付きますね。
すると今まで考えて来た科学は死ぬ前に作られた科学ですから
やはり間違えている可能性はあるのでは?

投稿日時 - 2007-02-22 04:24:03

お礼

結構いい線いってるのですが
あと一歩というところですね。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-22 04:39:22

ANo.16

眠れぬ夜更けに、おじゃまします(笑

寝ぼけ眼をこすりつつ、ネットの海を漂流していたらこんなページ見つけました。
tenntennsevengoo さんのお口(もといお目々)に合うかは分かりませんが、参考にしていただければ幸いです。

超心理学講座
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~metapsi/psi/index.htm

サイト主さまは、明治大の教授だそうです。
このページの「7つの誤解」と銘打った先にある、「誤解6」なんてのはこの問題回答の参考にはならないですかね~と思った次第。
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~metapsi/psi/gokai.htm

超能力もまた、現代科学では解明できない領域ですよね。
直接「意識」について言及してるわけではなさそうですが、なんとなく似てる。(特に、「通常の物理学では説明のつかないような,人間が発揮する能力」と位置づけているとの下り)
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~metapsi/psi/1-1.htm
まぁ、参考意見程度とお考え下さい。

投稿日時 - 2007-02-20 05:55:25

お礼

 いや~こういうの大好きですね~w
そうですよね超能力なんかも統括できていない科学と認めた方がいいかも知れませんね。

参考になる情報ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-22 04:46:12

ANo.15

>イデアが意識を見ようとするとき五感認証現象世界の物質と物理現象で作られた脳しか見えません

はい、見えません。でもイデアもそのことに気づき始めていますので意識を使って意識を見ることをやめると思います。イデアは短期的には細かな失敗をしますが長い目で見ればすべてを見通すはずですので、そのうち意識を使わないで意識を見はじめることと思います。


仮定条件なしか・・・・もうちょっと考えます。

投稿日時 - 2007-02-19 23:21:08

補足

>意識を使わないで意識を見はじめることと思います。
たぶんこれをやった瞬間にイデアは意識ではなくなると思います。
やはり不可能なのではw?

投稿日時 - 2007-02-20 00:15:31

お礼

仮定条件なしもお待ちしてます。

投稿日時 - 2007-02-20 00:18:49

ANo.14

134

科学というのは、
 1.しかるべき条件の下
 2.しかるべき実験を行う と
 3.あらかじめ予測される結果が得られる
事象をいいます。
これを、再現性 といいます。

 重力を例に出していました。
 同じように電磁力というものがあります。
 電磁力は、電子をやりとりし、電荷の差が引力や斥力になるというものです。
 しかし、重力には、この電子にあたる「力の源」は分かっていません。 質量のあるものは、互いに引きつけ合うという「現象」しか分かっていません。
 これを多くの物理学者は「大統一理論」という仮説にまとめようと努力しています。

 相対性理論という科学論があります。これも発表された当時は「仮説」でした。

 意識が説明できないから、科学が誤っているというと、重力の面からも相対性理論の面からも、科学は誤っているということになってしまいます。
 でも、重力加速度やローレンツ変換で説明できることが発見されていて、科学者はそれを活用しています。

 科学が解明できないことは、実はたくさんあります。だから、いろいろ研究し、日々いろいろな論文が出されているわけです。
 これを理由に誤っているというのは、尚早と感じます。

 ただし、科学が常に正しかったわけでなく、例えば化学の燃焼は「フロギストン」なる未知の物質があると発表され、まことしやかに研究され、約100年研究が遅れたといいますし、光が伝わる媒体として「エーテル」なる未知の物質があるとする説も誤った理論であり、紆余曲折はあるかもしれません。

投稿日時 - 2007-02-19 22:59:48

お礼

たぶん我々が見て感じている科学は間違えていないと思います。
ただ統一出来ていないという意味で書かせていただきました。
統一できたものと科学は間接的に組み合わさっているが 
統一できたもの=科学とはなり得ないのではないかという意味で
書かせていただきました、
しかし、統一できたもの⊃科学と考えることも出来ると思いますが
自分の考えた論証では出来ないのではないかという導きができたので
質問させていただきました。その論証は下欄の補足回答に書かせていただきました。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-20 00:28:38

ANo.13

tenntennsevengoo さん、こんにちは。
またまた、おじゃまします。

他の回答者様とのやりとりを拝見して、幾つかの疑問を混同されているのでは、との感想を持ちました。
私なりに今回の質問を整理しつつ、回答してみようかと思います。

●科学とはなにか?そして、科学は真実を言っているのか?

まず、科学を批判するうえでは「科学とは何か」を理解する必要がありますね。
私も以前、この疑問をもち質問したことがあります。
残念なことに、お礼を書く時間が持てず早々に切り上げてしまって、中途半端な感は否めませんが、参考になればと思います。
http://okwave.jp/qa2730153.html

回答を頂いた感想としては、まだまだ「定義」はアヤフヤだな~と思いました。
しかし一つ確かなのは、「広義の意味」と「狭義の意味」がある事。そして、「狭義の意味」ではある程度明確な「定義付け」が成されている点です。(その辺りは、上記の参照URLの#5さんの回答を参照)
結論だけ書けば、「科学は限りなく真理に近い仮説しか説明できない」という事ですね。

●脳科学は意識を説明できているのか?

さて、上記の事を踏まえた上で、「脳科学」についてです。
「脳科学」の「科学」は、「狭義の科学」の意味合いが強いと思います。
つまり、「自然科学分野」ですね。
なので、論証は

>「(1)自然法則に沿っていること。(2)自然法則にしたがった説明ができること。(3)経験によって検証が可能であること。
(4)結論はあくまで仮説であること…そして(5)反証できること。(qa2730153の#5さんの回答からの引用)」

に乗っ取って行われているはずです。
自然法則なのですから、「物理現象」として「説明」できなくてはなりません。
そこで、「実験と観察」が行われるのですが、これはなるべく単純化して行われます。
故に、「物質としての脳と意識」の関連も単純なのモノしか分かりません。
それを指摘したのが、デイヴィド・チャーマーズです。
彼の「ハード・プロブレム(意識に関する本当に難しい問題)」が、今後の研究対象となるでしょうね。

つまり、「脳科学」で説明出来る「意識」は単純なものに限られる。
故に、「脳科学」は「意識の真実」からはまだまだ遠く及ばない。
そして、「科学」である以上、「真実に限りなく近い仮説」しか知り得ない。(”間違っている可能性0%”なんて言えない)
となると思います。

参考URL
デイヴィド・チャーマーズに関するWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BA

ハード・プロブレムに関するWiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E8%AD%98%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%A0

投稿日時 - 2007-02-19 16:32:04

補足

このHPどこかで見たような・・・
というデジャビューみたいなのを感じました。
ひょっとしたらこのHPを以前見てそれがきっかけで
この質問をしたのかもしれません。
非常に僕の考えと似ています。

あと皆さんは科学では見つかっていない所はまだあるから
イデアは統制されていない。という考えをお持ちの方が多い見たいですが
自分の場合は違います。それを分かっていただかないと
この質問意味が無いので以下に示します。

意識は科学では見つかっていないが今の科学はイデアの一部であるというのは
科学=A
意識=B
イデア=y
としますと
y⊃A y⊃B        式1
です。
意識が分からないから科学が間違えている。というのは
y=f(A,B)       式2
もしくは
y=f(A,B)≒A     式3
でこの式3は
物体1=y
物体2=A
とするならばこの物体1,2どちらかが質量が大きいく
どちらかが小さく引き付けられる度合いが高ければ高いほど違っていて
低ければ低いほど似ているとするなら
せいぜい似ていても無限遠方上ぐらいの差しかない
という意味です。

それを踏まえて自分は式1があり得なくて
式2,式3では無いかと思ってるわけです。
どうでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-19 23:45:45

お礼

広義の意味と狭義の意味の違いが分かりました。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2007-02-20 00:35:23

ANo.12

>意識が分からないんだから認識して作り上げた科学がイデアではない”可能性”がある」と定義付けた分けです。

意識するという行為がイデアのよるものと仮定したらどうでしょうか。イデアが意識を使い認証科学を用いて五感認識現象世界を見ている。とすれば認識科学が行うすべての行為はイデアによる行為です。イデアが自分自身を認証科学を用いて見ています。イデアが間違わなければ”間違っている可能性0%”ってのはどうでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-18 01:52:52

補足

おっ!
と思いましたが
一つだけ質問させて下さい。
イデアが意識な訳ですよね
だったらそのイデアが意識を見ようとするとき五感認証現象世界の物質と物理現象で作られた脳しか見えません
そしたらイデアの意識を見ていると言えるのでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-19 01:36:56

お礼

仮定条件がありますが、
”間違っている可能性0%”という定義づけになるかもしれませんね。
結構いい線行っている回答でした。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-19 02:30:21

ANo.11

#3です。
もう一つ質問です。
真実の世界(イデア)が存在するという前提は否定してはだめなんでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-16 17:06:18

補足

出来ると思いますね。
パルメニデウスは逆説一元論の説を唱えていますね。
逆説一元論なら認知科学は正しいさを極めていますね。

投稿日時 - 2007-02-17 01:18:51

ANo.9

こんにちは、tenntennsevengoo。

きけば、


●定義づけできてしまったのです…



とのこと、



あいやまたれい!!!



∥∥∥ブロック ブロック (盾)



はやまるでないですぞぉえ~、



まずは、読まれい



熟読されたし



急がば回れ



http://www.konishi.co.jp/html/fujiyama/konishibunko/sabou/ryouun


http://www.jst.go.jp/pr/info/info101/index.html




ご自身が「定義」づけたとするところの「定義」をご自身の内で再度確認し直おされてみてはどうでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-16 12:31:19

ANo.8

#3です。
2,3質問させてください。

・脳科学者の失敗がなぜ科学の失敗になるのですか。
・科学が発展途上なのは誰もが認めると思うのですが、解明できないから間違っていると結論しているのはなぜですか。
・科学=真実の世界(イデア)となったその瞬間をどのように認知するのでしょうか。

ご回答よろしくお願いします。

投稿日時 - 2007-02-16 06:55:10

補足

>・脳科学者の失敗がなぜ科学の失敗になるのですか

つまり、物質や物理的枠の中に意識が入る余地がないのにも関わらず
物理学が淘汰されている訳ですから淘汰されていない意識も含めなけ
ればその科学は非淘汰理論になるわけです。
もし隙間があるならば科学を否定は出来ず新発見になり今までの科学は否定されないでしょう。
隙間が無いのですから今までの科学と意識を統一する公式が出てくるはずです。

統一関数=f( )
今までの科学=A
意識領域=B
f(A,B)=y

となります。
もしyの計算が
y=AであったとしたならBが+,-の場合0
×,÷の場合1で無ければなりません。
ですが 

A+0-0=A
A×(1/1)=A

ですから
B=0
B=1
はAに存在していなければいけません
よってy≠A

また
y=(真実の世界)
とすればA=(今までの科学)なので

真実の世界≠今までの科学

となります。
今までの科学は失敗してはいないと思います。
しかし真実の世界と違っている可能性はあると自分では
思いますね。

>科学が発展途上なのは誰もが認めると思うのですが、解明できないから間違っていると結論しているのはなぜですか。

この説明は長くなるのでNO.2さんの補足を見ていただければ分かるのではないかと思います。

>・科学=真実の世界(イデア)となったその瞬間をどのように認知するのでしょうか。

たぶん人間が生命体である以上出来ないと思います。

投稿日時 - 2007-02-17 01:11:35

お礼

NO.2さんの補足に書いた〔2〕〔3〕・・・≒イデアというのは
(イデア)-(〔2〕〔3〕・・・・・)=Aとしますと
Aと(〔2〕〔3〕・・・)の関係はニュートンやアインシュタインの重力の無限遠方の関連性ぐらい存在する。と言う意味で
Aと(〔2〕〔3〕・・・)は無関係と言うわけではありませんので
ご了承ください。
無関係でないならば科学がすべての真実を統括して説明できている
可能性100%とは言えないですね。

回答お礼申し上げます。

投稿日時 - 2007-02-17 04:47:20

ANo.7

 ANo.6への補足を拝見して、「すべての科学はイデアではない」あるいは「すべての科学はイデアを正しく記述したものではない」ということの「可能性」について仰っているのが分かりました。
 たとえば「電気力学の法則」という仮説は電磁気に関する実験結果を今のところ精度よく説明できる。そこで『「電気力学の法則」という仮説は、イデア論で言う「イデア」の(まだ不完全だろうけれども)具体的な記述だ』と考えてみても良いでしょう。この立場では、『「電気力学の法則」が不完全ながら記述しているところの法則』というイデアが現象して実験結果を生じた、と見ることになります。(単に「イデア」という言葉を消去しさえすれば、こりゃ理論物理学では当たり前の考え方であり、奇異なところはありません。)
 さて、イデア論という形而上学では、ありとあらゆる事象を『何らかの「イデア」が現象したもの』と見る訳ですが、しかし、科学の方は<ありとあらゆる事象>など到底カバーしていませんし、ANo.4, 5で述べた通り、そもそもカバーできる見込みが原理的にありません。ですから、科学全般と「イデア」全般を同一視するのは当然無理です。すなわち、質問欄にお書きのご主張は、わざわざ脳科学の話を持ち出すまでもなく、自明のことです。
 その上、ANo.5へのコメントで
>「●●」=科学
>「…」=間違えている”可能性”があるもの
> と置いて下さい。
> 定義になってるじゃないですか~。
> それでも定義ではないと反論するならば、反論した内容は個人的な判断で固持付けと捉えさせていただきます。
と仰る。すなわち、「定義」という言葉についてわざわざお調べになって、
> ある概念の意味を他の概念と”区別”できるように明確に限定することだそうです
と理解なさった上で、なお
「科学とは、間違えている”可能性”があるもの」
と読めと仰っている。つまり「間違えている”可能性”があるもの」なら何でも「科学」と呼ぶんだと、こうご主張なさるわけです。
 ま、そうまで仰るのであれば、そりゃ質問者さん固有の言葉の使い方なのでしょうから、とやかく言うことはありません。ただ、その流儀を知らずに何を述べてもご理解戴けないのはあたりまえですね。

投稿日時 - 2007-02-16 03:36:41

ANo.6

科学に「間違っている可能性0%」なんていう仮説は存在しないと思います。エネルギーの保存則だって、想像外の極限的な条件でも破れていないなどと断言できる人はいないと思います。「間違っている可能性0%」などと言ったらそれは科学ではなく宗教になってしまいます。

投稿日時 - 2007-02-16 02:53:45

お礼

0%だったら信仰心がそこに向かってしまいますもんね。

的確なご指摘ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-17 01:28:47

ANo.5

#3です。
すみません、気に障ったらごめんなさい。
私も含めて、今回答えた回答者のだれもがtenntennsevengooさんの質問の内容を理解できていないようです。
質問内容より補足の方が長文になるのは質問の仕方に問題があるように思います。すみませんが、この回答の補足にもう一度わかりやすくかいてもらえないでしょうか。えらそうに言うつもりはありません。一緒に考えたいのです。

投稿日時 - 2007-02-16 00:40:43

補足

ん?自分も怒ったつもりは無かったのですが・・・

つまり、んー”イデア”って分かりますかね?
分かりやすく書きますと・・・

今の科学というのは我々生命体が認知して思考して出来上がったものですよね?(ここまではよろしいでしょうか?)
その科学は”人間が五感で感じる現象としては(例えば「リンゴが落ちたのを知覚した現象=万有引力」など)100%と言って良い位、妥当性(正しさ)があると思います。
しかし、五感認識現象世界の中の科学ですよね?(ここまで良いですか?)
ならば”真実”は五感認識現象世界の外にありますよね?(ここまで良いですか?)
ここで自分が思ったのは、ひょっとしたら”科学”(=五感認識現象世界の科学)は”真実の世界”(=イデア)と関係性はあるけども同じ形では無いのではないだろうか?
こう思ったわけです。

それの一つの証明として心です。
心は脳を見れば分かると科学者は見通していました。
しかし、実際は心の入り込む余地はなく”物質が物理学的に正しく
変化”しているのが解明されたんです。
そこで自分は思ったわけです。
人間以外も”物質が物理学的に正しく変化(あくまで五感認識現象世界の科学です)”しているわけですから。(問題ないですね?)
意識(心)が科学的(あくまで五感認識現象世界の科学ですが)証明に(証明といっても実証証明出来ないという意味です。いいですか、ここ間違えないでくださいね”実証証明”ですよ)
失敗したわけです。
つまり電気信号とかシナプスとかとまったく関係ないわけです。
そこで思いました!脳の物質・物理的現象で意識が説明できないなら、ひょっとして
脳科学自体間違えているのではないか?
でしたら脳=物理・物質現象ですから(あくまで五感認識現象世界の物理・物質現象ですよ~)すべての科学は間違えている可能性があるのではないか?
これに対して「科学は間違えているとい可能性0%」という定義付けは出来るでしょうか?
という質問です。
分かっていただけたでしょうか?

投稿日時 - 2007-02-16 00:45:21

お礼

ご指摘ありがとうございます。

回答おまちしております。

投稿日時 - 2007-02-16 01:30:10

ANo.4

ANo.4へのコメントについてです。

「科学が間違っている」と仰るけれども、「科学の一部分が間違っている」という主張と、「科学は全部間違いだ」という主張とは別の話であって、区別しなきゃなりません。

ANo.4は、要するに
科学は仮説の集まりである。科学のあらゆる仮説は、否定され、別の仮説で置き換えられる可能性が常にある。そして、そうでなくちゃ科学とは呼ばない。
ということを申し上げたんです。ですから、「常に、科学のどこかの部分は間違っている」と言えます。

> ある概念の意味を他の概念と”区別”できるように明確に限定することだそうです

 その通りです。だから定義は、
「●●とは、…である」
という形に書かれる。定義しようとする<ある概念>を指す「●●」の部分が欠けていたら、定義じゃありません。そして、

> 「意識が科学的に解明できないのは、科学が間違っている”可能性”があるからだ」



> ”間違っている可能性0%”

は、「●●」の部分が欠けている。だから、これらは定義ではありません。

投稿日時 - 2007-02-16 00:18:33

補足

>は、「●●」の部分が欠けている。だから、これらは定義ではありません。

そうでしょうか?
欠けていないと思いますよ。
「●●」=科学
「…」=間違えている”可能性”があるもの
と置いて下さい。
定義になってるじゃないですか~。

それでも定義ではないと反論するならば、反論した内容は個人的な判断で固持付けと捉えさせていただきます。
ご了承ください。

質問の内容に対する答えであればどんどん書いてください。

投稿日時 - 2007-02-16 01:39:55

ANo.3

 まず、「科学」という概念について簡単に説明しましょう。科学がやっているのは、
(1) 現象をいっぱい観察し、記録する。
(2) これに基づいて、現象を説明する仮説を立てる。
(3) 仮説に基づいて、ある実験をやったらどういう結果が出るかを予想する。
(4) 実験をやって、予想通りかどうかチェックする。
(5) 実験の結果が予想通りでなかったら、仮説は間違いだと証明された。(2)へ戻る。
(6) 実験の結果が予想通りだったら、(4)へ戻る。
ということです。

 仮説は(5)で捨てられるか、それとも、捨てられずに(4)(6)の間を行き来し続けるか、どちらかであって、仮説が「正しいと証明される」ということはいつまで経っても起こりえません。
 これが、現代の(大抵の)科学の専門家が考えているところの「科学」というものです。

 ですから、科学は観察し記録できるような現象しか相手にできませんし、実験ができる(繰り返し現象が再現できる)ような予想が出せる仮説、つまり「反証が可能であるような仮説」しか扱いません。なんでも相手にできる訳じゃないのです。

 例えば「塩酸をアルミニウムにぶっかけると水素が発生する」というのも仮説です。いつか、これが覆るような事例(反例)が見つからないとも限りません。しかし、もし反例が見つかったら『「塩酸をアルミニウムにぶっかけると水素が発生する」は全くの嘘であった』ということになるかといえば、そうじゃない。反例と、そして過去連綿と確かめられて来た「塩酸をアルミニウムにぶっかけると水素が発生する」実験結果との両方をまとめて説明する新しい仮説が作られることになります。
 つまり、新しい仮説は、「●●の条件を満たす場合にのみ、塩酸をアルミニウムにぶっかけると水素が発生する」という形で過去の実験を説明し、反例は「この場合、確かに●●の条件を満たさないので、塩酸をアルミニウムにぶっかけても水素が発生しない」と説明します。こうして、「塩酸をアルミニウムにぶっかけると何が起こるか」について、一層深い理解が得られたことになります。ですが、これとても仮説ですから、いつかはもっと新しい仮説に取って代わられるでしょう。

 次に「定義」という概念について。「定義」とは、何か新しい用語を使い始めるときに、その用語の意味をきちんと説明することです。ですから、ご質問の2箇所に出て来る「定義」という言葉の使い方は不適切です。

投稿日時 - 2007-02-15 22:28:10

補足

>次に「定義」という概念について。「定義」とは、何か新しい用語を使い始めるときに、その用語の意味をきちんと説明することです。ですから、ご質問の2箇所に出て来る「定義」という言葉の使い方は不適切です。

「定義」という概念を調べたところ、確かに新しい用語のときにも
使うみたいですが、
ある概念の意味を他の概念と”区別”できるように明確に限定すること
だそうです。なので不適切と決め付けないでもらいたいです。

投稿日時 - 2007-02-15 23:19:25

お礼

”間違っている可能性0%”という定義づけは出来ないという
回答でよろしかったでしょうか?
やはり0%では無いのですね。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-15 23:27:35

ANo.2

tenntennsevengooさんの問いには科学は全てを説明できる、と言う前提がありますね。故に説明できない現実から科学を否定するのではないでしょうか。
テレビで聞いた話なのですが、カエルは動いている物しか見えないんだそうです。カエルにとっては静止している物は別次元なのかもしれません。それがカエルにとっての世界なのではないでしょうか。
では科学が見るもの、見える物、が全てでしょうか。もちろん科学にとってそれは全てです。科学は探求し法則を導きだします。その領域において科学はただしいのではないでしょうか。
自動車がどうがんばっても月に行けないように、科学がどうがんばっても解明できないことがある、という事実があるだけのことではないでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-15 13:03:40

補足

>科学が見るもの、見える物、が全てでしょうか。もちろん科学にとってそれは全てです。

そうでしょうか?真実は見えるものだけではありません。
頭で考えたものだけではありません。
観測も目に見えることもできない現象もすべて事実です。
自分の質問はそれと今の認識科学が間違っている”可能性”があるの
ではないか?それを踏まえて「間違えてる可能性0%」と定義できるでしょうか?と言いたい訳です。
NO.2さんの意見に書いてあるように
〔1〕から出発した科学ですから「真の事実と一致しない”可能性”が存在する」この定義からぬけだせますかねw

抜け出せる意見がありましたらさいわいです。

投稿日時 - 2007-02-15 22:59:56

お礼

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-15 23:12:02

ANo.1

まず、科学の定義ですが、次のようになると思います。
「ある現象の状態を計測によって数量化し、そのデータに基づいて次に来る状態を予測すること」
たとえば、最も単純なパターンを考えると、
・現象 ・・・ 1.2.3.4.5.
・予測 ・・・ この次に来るのは 6.である。

したがって、計測によって数量化できないものは科学とはならず、それは哲学や論理学、あるいは単に論説のタグイになると思います。
(たとえば、科学では、完全に“質”的な「色」さえ、波長によって数量化します。)
そして次の問題として、そもそもなぜ数量科学によって、世界の様相を確実に認知できるものとみなすのか、ということになりますが、
それには、すべての数量の基本単位〔1〕の絶対的実在性をまず確信しなければなりません。
実は、その確信の理由は、科学発祥の認識と言われている、かの有名なデカルトの 『我思うゆえに我あり』 にすべてがあります。
デカルトは、世界の認識のための、最初の確実な基点を、その正しさを絶対信じて疑わないもの
「自分がこの世に存在する」 ことに置いたわけですが、もう少し分りやすく表現し直すと、「たった一つの自分が、この世に存在する」 ということになります。すなわち、自分というものは、この世に2つとは存在しないということです。かくて我々は、この世に一人の自分が間違いなく存在することの確信により、数量単位〔1〕というものの確実な認識を果たしているわけです。
そしてその〔1〕の積み重ねによって、確実な認識を世界そのものへと拡大していったわけです。

さて、最初の問題、果たして意識というものが、何らかの計測に掛かり、そしてそのデータに基づき考察され得るものか、ということになりますが、
たとえば、今後、脳波と意識の関数的関連性が確認され、脳波の数量的変化によって意識の状態が認知できれば、意識を充分科学的に説明できるようになるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-15 12:00:01

お礼

〔1〕が主体性のある意識なのだらか〔2〕〔3〕・・・は
「主体意識が作り出した科学」と定義づけできますが、
〔2〕〔3〕・・・がイデア(真の存在)と定義づけは出来ない
分けですよね?

そうすると

F(〔2〕〔3〕・・・)=イデア    式1  ※(F()=関数)

もしくは

〔2〕〔3〕・・・=F(イデア)    式2

の可能性が高いわけです。
たとえ科学がイデアの世界を当てていたとしても

〔2〕〔3〕・・・≒イデア    式3

この程度でしょう

ならば式1・2・3は

〔2〕〔3〕・・・≠イデア    式4

となります。
自分が質問で言っている「科学がまちがっている」というのは
まさに式4のことを言っています。
「認識して作り出した科学における認識レベルの妥当性」は否定し
ていません。
つまり僕が言いたいのは、「意識が分からないんだから認識し
て作り上げた科学がイデアではない”可能性”がある」と定義
付けた分けです。
なので脳波の数量変化における逆算では「認識して作り上げた科学
」から脱出できず、結局「認識して作り上げた科学が間違えている可能
性は0%」とは言えないのではないかと言いたい訳です。
補足してお礼申し上げます。

ご意見お待ちしております。

ご回答ありがとうございました。                  

投稿日時 - 2007-02-15 22:58:57

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