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解決済みの質問

脳科学と意識について

カテ違いだったらすみません。
脳科学では意識を説明できていないと言う事を聞きました。
また、別次元(副産物)と断定付けているとの事でした。
これは事実なのでしょうか。事実だとしたら何ゆえ説明できないのでしょうか。そして別次元と断定できる証拠のようなものはあるのでしょうか。
なるべくわかりやすくご説明していただけると助かります。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2007-02-16 01:39:26

QNo.2756493

すぐに回答ほしいです

質問者が選んだベストアンサー

こんにちは。
ANo.2です。回答をお読み頂き、ありがとうございます。

>意識と無意識の違いはそんなに重要なのでしょうか。そこら辺をもう少しご説明していただけないでしょうか。よろしくおねがいします。

そうですね。
説明不足をお詫びし、もう一度整理をさせて下さい。
この場合、ご質問に即して最も重要なことは、意識と無意識の違いそのものではなく、その違いを生理学的に特定することができないということです。
従来、哲学や心理学では、我々の心理現象は意識・無意識を始め、喜怒哀楽、感情・理性など、様々な概念で扱われており、そして、心理現象といいますのはこのような分類の可能であることも事実です。ですが、心理学的には分類することが可能なのですが、現在の脳科学によって解明された実際の脳の解剖学的・生理学的メカニズムは、このような分類とは必ずしも対応しません。対応させるはずだったのですが、そうでないものが判明してしまったということでしょうか。
本能行動や情動行動のような無意識行動だけであるならば、それは中枢系の反応に基づく結果出力という生理学的機序と完全に一致します。ですが、我々の行動選択には、このような反応の結果や、知覚できない未来を予測した意識行動・自覚行動というものがあります。そして、現象としては分類が可能であるにも拘わらす、脳内にはこれに対応する解剖学的な実体はありません。では、無意識が意識となるのは反応の結果が出力されるだけでなく、その情報が何らかの形でフィードバックされるからです。ならば、この違いは何かと言いますならば、それは単に「大脳皮質におけるより複雑な情報処理」としか解釈することができないわけです。これが前回答の内容ですね。

このように、科学という立場に立つならば、分類が可能であるのも拘わらず実体が存在しないものは概念として扱う以外にないわけです。ですから、ANo.15さんがご紹介して下さいました「随伴現象」や「クオリア」といったものは、逆にこのような脳科学における解釈を前提として生み出された「新たな分類・概念」ということになると思います。出元がここなのではなく、そもそも脳科学がそういう立場に立っているわけですね。そして、当初のご質問は、それがどうしてなのかということですよね。
では、今回の質問者さんのご指摘は、様々な概念的分類において、どうして「意識」というものだけが別格な概念なのかということで宜しいでしょうか。

「意識という概念」は、他のものと比べるならば間違いなく別格です。
例えば、「理性という概念」であるならば、これは実体のない概念以外の何物でもないことは歴然とした事実です。何が理性的であるのかというのはその社会のルールによって決定されることですから、我々の脳内にこの理性行動と対応する解剖学的な構造というのは間違ってもありません。ですから、哲学的、あるいは道徳的には分類が可能ですが、生理学的には、それは大脳皮質の計画行動と分離し、分類するということはできません。
これに対しまして、「感情」というのは大脳辺縁系の情動反応によって生み出されるものであり、脳内にその解剖学的な実体の存在することが既に確かめられています。感情とは、大脳辺縁系の情動反応に伴って我々の身体に発生する様々な「情動性身体反応」の表出パターンが分類の可能になった状態を言います。
大脳辺縁系に発生した情動反応が「青斑核A6」に出力されますと、「NA(ノルアドレナリン)の広域投射」によって脳内の覚醒状態が一気に亢進され、行動選択、及び実行の可能な状態が整えられます。同時に、これが「快情動」であった場合は「腹側皮蓋A10」から前頭前野に対する「DA(ドーパミン)投射」が行われ、満足感や幸福感が発生します。では、「不快情動」である場合は「A10」は反応せず、「中脳中心灰白質」の反応特性に従い、それは怒りや悲しみに分岐してゆくのではないかと考えられています。ですから、「喜怒哀楽」といいますのは、大脳辺縁系を中心としたこのような神経伝達経路に従う身体反応の表出パターンに対する分類であり、生理学的実体に対応した概念ということになります。
もちろん、我々の情動といいますのはもっと複雑で繊細なものですから、これで解明されたとは逆立ちしても言えませんし、前回答でも申し上げました通り、理性にしても感情にしても、どうしてそれぞれに異なる結果として現れるのかに就いても全く分かっていません。

このように、心理現象の概念的分類には脳の実際の生理学的構造と対応するものとしないものがあります。ですが、「意識」だけは別格としまして、「理性」と「感情」、この全く性質の異なるものにも「外省」という、明らかに蓋然的な共通点があります。
それが理性的な行動であるかどうか、
そのひとは怒っているのか喜んでいるのか、
理性にしても感情にしても、それには客観的な判断の基準というものがあり、どちらも「外省」によって判断・分類をすることが可能です。従いまして、では、何故「意識」が他の概念とは別格でなければならないのかと言いますならば、それは外省ではなく「内省」であり、取りも直さず、これが意識というものの性質そのものであるからです。
「外省」といいますのは、その結果やプロセスを「客観的な規準」に基づいて評価するということです。ですが、「内省」であります以上それは、
「入力―情報処理―結果出力」
このプロセスを司るシステム自身がそのプロセスや結果を「主観的な規準」によって評価していることになります。このような情報処理に対応し、機序できる脳の生理学的構造は未だ何ひとつ特定されていませんし、果たして、脳以外にこのようなシステムはこの世に存在しません。そして遥か古来より、哲学、心理学を通してこの問題が解決されたという事実は人類の学識史上一度もなく、逆に脳科学に至っては、それが科学であるがために全くのお手上げということになっています。
このように、「意識」というものを概念として扱うならば、それは他のものと同じことです。ですが、「その性質だけは全くの別格」、これだけは、そう捉える以外にないと思います。
そして、私が意識・無意識を例に取りましたのは、無意識行動という行動の選択、及び実現が可能であるならば、我々動物の脳内に意識というものが発生する必要はないということです。もちろん、意識というのはより複雑で価値の高い選択を行ない、知覚入力では得られない未来の結果を予測するために発生するものです。では、「入力―情報処理―結果出力」というこのシステムの何処にその違いがあるのでしょうか。この辺りが、前回答では私の説明不足であったのではないかと思います。たいへん申し訳のないことであります。

投稿日時 - 2007-02-23 13:38:14

お礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。関連する用語などを調べながら読み進めていますので、もうしばらくこの投稿は開いたままにさせてください。また質問させて頂きたい点が出てくると思いますので、その時はおつきあいいただけると助かります。
再度のご回答ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

投稿日時 - 2007-03-09 11:29:07

ANo.16

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回答(17)

ANo.17

『記憶の再生』と『創造』

 全く違いますよね。

投稿日時 - 2007-03-02 09:57:12

ANo.15

そうだったんですか。#12です。

意識が副産物というのを調べてみました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/随伴現象説
にそういう記述が見つかりました。これかこれの元になった(あるいはこれを元にした)記事から伝達してきたものではないかと思います。正直、私にはこのページは何を書いているのかよくわかりませんが、少なくとも「脳科学では」「断定づけている。」は違いそうですね。

「別次元と断定できる/できない証拠」になり得そうなものは英文(こちらの方がまだ分かりやすい気がします)の同じ項目の英文のArguments for/against に書かれています。forよりagainstの方に軍配かな。

「脳科学では意識を説明できていない」というのは事実だと思います。が、それはまだ発展途上であると思いたいですね。既にいくつかモデルも出てきているので今後も「説明できない」ままではないのではないでしょうか。その出てくる理論が、(賛否両道あるでしょうけど)ロボットに適応できることを期待したいです。

投稿日時 - 2007-02-22 13:40:54

お礼

出どこが分かってすっきりしました。ありがとうございました。
科学が万能ではないのは分かっているつもりなのですが、これほど未知なものも珍しいのでしょうね。

投稿日時 - 2007-02-22 23:56:05

ANo.14

人間の意志を伝え、再現するロボットの例として、「マニュピューター」があげられます。

この用例は、遠隔手術や操作ということです。

これを前提に、人の意識を再現できる装置(ロボット)が開発されたとしたら、その再現するものとは、1対1の関係ではないでしょうか。
『単純反復動作の制御』ならば、プログラムにより現在の技術でも可能ですので、大量に複製が可能で、人間の意識を再現する必要があるのかどうかを含め、検証の必要があります。

ロボットに意識を持たせるという思想は、『ヒトの意識』を移植するという意味ではなく、ロボットとして、独立した意識を確立させるという意味でしょうか?

投稿日時 - 2007-02-20 14:34:16

ANo.13

『ロボットが意識を持つことができるかという問題』ですが・・

その問題を論じる前に必要な仮定を確認しておくべきに思います。。

それは、、No.12さんがおっしゃてられる自動制御装置を
『意識』の範疇に入れれるか否かという点です。。

『意識』とは・・・
  (1)第一段階:自分でないものの総体として世界を認識していく。
  (2)第二段階:認識された世界の中に、
       世界の構成要素として、世界の一部として、
       自分が存在することを認識する
  (3)第三段階:(2)世界の一部である自分が、
        (1)全世界を認識しているということを
        『意識』したときに、自意識が生じる。。

(1)自分の脳の中に、全世界が反映されてるが、
(2)その頭脳の中に映し出された世界の中には、世界の構成要素としての自分自身も存在している。。
(3)さらに、、世界像の中の自分も、意識を持っていて、
  その意識の中にさらに世界が映し出されている・・・
この循環が永遠に成立すると、、

意識のあり方は・・
 本質的に反射的であり、かつ!『循環的』であるからこそ!
 人間は、簡単に、現実の『唯物』には有り得ない
 『無限大』を認識する。。

意識とは、外界と区別することに始まるが、
又、多くの二元論者らは、ここで留まってるが、
これでは、第一段階での局所的な理論立てでバカバカしく感じる・・
だんだん、、二元論者らの論法のお仕着せがましさに苛立ってくる。。?!?!!☆

1973年、湯川博士に品川博士はこの理論を説明すると・・
湯川博士のアドバイスは・・

『これまでの哲学では、、
 まず、自意識というものが聖書で言う、『はじめに光があった』ように、
 (1)自意識があることを絶対条件にして、
 (2)その意識で自分を意識する
 (3)自分を意識する自分を意識する、、という無限の循環が、
デカルト、サルトル、等、二元論視点での照る学の流れは、、
『方法序説』の『コギト』の哲学「我思う(考える)ゆえに我あり」
で、
品川博士の『認識する』という視点は、ベルグソン研究の大谷卓造博士に吹き込まれたそうだ。。

また、二元論者らが、取り上げる
自己を認識するのに、他人からの認識により自覚するという理論は、
自己が、他人によりいとももろくどうにでも変化しうるレベルで
意識を条件付けている。。

ココのところが。。

現在の風潮をよく現していて、、
しかも、、彼らの狙いを浮き彫りにするようで
とても興味深い・・?!?カモカモ・・?

投稿日時 - 2007-02-20 01:56:36

ANo.12

意識が副産物という言い方自体ははじめて聞いたものなので、もう少し詳しく説明していただけますでしょうか?(私自身は回答できませんが)その方が適切な回答を得られやすいようにと思います。

例えば、ロボットが意識を持つことができるかという問題に置き換えることができるでしょうか?

「複数の暖房装置による部屋の温度の調整」を行うにあたって、機械制御はこれはこれで可能です。いくつかの暖房装置のうち一つが壊れたとしても、他の装置の負荷を増やすことで補うことも実現可能です。当然ながら人間も同じことができます。が、おそらくほとんどの人が「人間が意識を持って温度を調節した」という言い方には賛同できても、「機械が意識を持って温度調節した」という言い方には賛同できないと思います。初期条件とその過程や結果が一緒だとしてもです。これが、温度調節でなく、「面白い番組を見て笑う」ロボットだったら。例えば、笑いが「期待される姿、行動から一定以上はずれているもの」で、その結果「行為者が窮する可能性が高いもの」に対して起こるとすれば、おそらくそういう学習可能型ロボットは実現可能です。としてもこのロボットが意識を持っているという人はどれぐらいいるでしょうか?質問内容はこの付近でしょうか?

ここに違いがあるのか?あるとしたらそれはどこにあるのか?と言われると残念ながら「納得できる説明」は見たことがありませんし、もちろん私にはこれを説明する能力は全くありません。ただ、どなたかが言っておられていたと思いますが「生物の成長」という過程(物質的にも減ったり増えたりしている)は(少なくとも現行の)ロボットにはなく、ここに意識の発生する余地があるのかなと思わんでもないです。(テキトウなこと言ってる。)

人間の「意識の場」が脳のどこに存在しているのかというのは段々分かってきているし、(不完全と言えばそうなんですが)モデルもいくつか出ています。意識とは何かという議論は置き去りと言えば置き去りですが。主観やら自分をどこで意識しているのかというのは確定されつつあります。少なくとも「こういう意識は脳のここが使われている」という形ではこの分野の研究は数年内にほぼ決着がつくのではないかと思います。因に、「意識」って名詞で使われていますが、実際は飛び跳ねとか走りとか言った動詞の名詞化として考えた方がいいかも知れませんね。

投稿日時 - 2007-02-20 00:04:03

お礼

実は私も副産物という言葉をはじめて聞きました。まったく意味不明なので、皆さんにぶん投げて何が帰ってくるのか見ているんです。
ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-20 23:14:34

ANo.11

物質と意識との大きな違いは、
極言すると、、
『生命』ではないでしょうか?

shift-2007さんのご質問は、正しく「生命とは何か」との問いかけともいえるように思えます。。?

進化学論では・・・
 人間の意識は、情報そのものの高度な秩序構造に過ぎず、
 意識の先駆体となる情報構造は進化史の中に用意されている。。
 情報構造のどこからを『意識』と呼ぶかは、
 定義により、明確な境界があるわけではない。。
 生物と無生物との境界が明瞭でないのと似ている。
 にもかかわらず、生物と言う情報構造も意識も明確な存在である。
 (注!今、情報というと二元論と結びつける風潮ですが、
  品川氏の情報は、もっと広い定義をもたれています)
 意識が、コギト的自我のみに依存せず、
 宇宙的環境にも依存するものである。。

宇宙の情報により物質が創られ、
物質進化の極みとして多様な元素が創られ、
物質と天体の進化の源となった情報源は、宇宙の膨張により発生する。
エントロピー増大と言う熱力学的時間の矢と、
情報構造の形成(エントロピー減少、情報量増大)という歴史的時間の矢は、
宇宙が膨張することで、同じ方向に向けられている。
この絶対的条件の下で、
多様な元素を持つ地球と言う天体が形成される。
分子進化は、星の間の空間で始まったが、
何らかの形、偶然的必然で、地球上にもたらされる。。
還元性の分子の進化は、
酸化的な地球上の大気の中で大きな情報を持つこととなる。
火山活動(放射性元素をエネルギー源とする)と
太陽エネルギーを熱源にして、
分子進化は地球上で高度なものとなり、
情報高分子に出現となる。
エネルギー源を代謝により内部に持ち、
そのエネルギーにより情報を蓄積することのできる細胞膜を備えると、
『原始細胞』の誕生であり、生命の起源をむかえる。。

個々の過程については、
個別科学の実証がされるべきだが、
少なくとも、『生命とは何か』の理解に対する基本的枠組みは成立されている。
A)『外界』に対して『自立性』をもった、情報構造を維持し、
B)自己増殖可能な構造であることは、
C)『外界』を認識している。

ベルグソンより・・
生物は、
D)すべて潜在力(ポテンシャル)としての意識を持っている
E)潜在力のその又潜在力としての情報は、あらゆる物質にも
  備わっている。
F)このポテンシャリティが高度の秩序構造として顕在するには・・
  生物としての進化(植物⇒動物⇒無脊椎⇒有脊椎・・・⇒類人猿⇒・・・⇒人間という長い進化が必要である。。。

ということだそうな・・

でも、、品川氏の論理立てを見ていると、
養老氏は学者と言うより、タレントとしてメディアに介在してるといえます。。??!?

人柄は嫌いじゃないのですが。。
でも、チョッと真剣に突っ込んだ文章を見ると・・
彼の二元論、唯物論が
自然科学者として私は少なくとも!
受け入れられない。。
マヤカシもの?!?

又、医学者として、品川氏が重視されてるのは、、
昨今の安倍フェローシップ人材らの左脳による二元論思考ではなく、
右脳の重要性を訴えられてることである。

1972年、湯川博士が氏に
「君、医学部だから脳のこと分かるやろ」と言うので、
湯川博士が氏に科学哲学を体系的に解明することを託された。。
「右脳」の重要性を世界で最初に指摘されたのも、
湯川博士だそうだ。
角田忠信氏の『右脳と左脳』(小学館)も、博士の創造性研究会でのシンポジウムがもとで書かれてる。

また、
昨今の二元論者らは、
養老孟司、ドーキンス等、
「意識がある」とは
「自乗化されたシミュレーション能力を持つということ」、
すなわち「脳が自分の機能をモニターしている」
「脳による世界のシミュレーションが完全になって、
それ自体のモデルを含めねばならなくなる」ような状態になることを意味すると定義づけてるが、
ジョン・エクルスという1963年に
神経と脳がどのように 働くかという研究でノーベル医学賞を受賞してるが、
1994年、サー・カール・ポパーという
ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授(経理学校の先生?)に共著を許したために、
大脳生理学的に見て自己意識の座が左脳にあるという説の
大家にさせられえてしまっている。。

自己意識が言語能力をつかうことで得る対他関係での情報で、
起原するという説・・
自乗化されたシミュレーションでは、
自己意識がより直接的に対他関係を根拠とする、、、
「<自己意識>という現象は、
一見逆説的に、<他者>がその起原と存立の機制の根拠をなすことはを今更ながらの、提言を仰々しくしている。。
日本から学べ!
挙句に・・
『他者だけが自己を形成することができる』との結論。

このちっこイ、みみっちい、
理論体系の立て方・・
科学者と言う範疇に入れていいものか?
単なる評論家であるべきではないか?!?

(続く)

投稿日時 - 2007-02-19 18:23:55

ANo.10

読んだかぎり、そうだと思います。

著者はまず意識と直接関連ある脳部位の特定を行おうといました。

投稿日時 - 2007-02-19 18:00:32

ANo.9

No.7さん、

昨今のヤラセくさい事件
(東大理事のチカン事件、ここ2件ほどあった大学生の殺人事件、漁船マルエー事件、不二家、大阪拘置所?での自殺事件、
元旦のよど号の一人が入院中に急死、、、
何かクサイ・・・ドロボーでブランドばかり盗んだとか先ほども言っていたが、盗品バッグなんかは、すぐ売るかしてるのがフツーじゃないでしょうか?!?百以上も並んでいた・・ヘン・・)

唯脳論”の養老氏とホリプロの古舘サンのキャスティングそのものが

安倍渡辺公明党米国への属国主義with二元論と

山口組メディア関係とのセッションに見えるのです。。

投稿日時 - 2007-02-19 17:09:52

ANo.8

結論から言うと・・

1991年に設立された『安倍フェローシップ』という名の
   アメリカによる日本属国政策の人材を養成するための留学制度で
   帰国後、サントリー賞などで教授になった
学者や有識者としてNPO代表等になり、
世論として安倍渡辺公明党のバックアップの元で
日本の属国化経済制度、法律制度、裁判制度、生理学等教育制度、、、論を展開してる一環が、

二元論による脳科学に思えます。。。

『意識』が唯物論で捕らえられないと言う論理は、
故・品川嘉也元京大助教授が『意識と脳』(紀伊国屋書店)で立証されてられます。。

現、流行の一見、ヒューマニストと見える
養老猛氏も
本物の生理科学者、大脳学者としては、

科学的根拠の論文が乏しく、
一般向けのお粗末な論理ばかりに不信感を感じていましたが・・

彼も、
米国属国化政策に買われた学者?というよりは、
学者にしてもらった人物なのでしょうか・・

以下のような時代背景の下に、1991年に・・・
年金、健康保険、国民のインフラ整備はきりとり、
教育費は削って、、、?!?
故・安倍新太郎氏の遺志?!?ということで、
日本政府からの500億円が国際交流基金に追加出資され、
その運用益収入を総予算とする日米センターの創設が実現
1991年4月日米センターが設立され、
5月、ニューヨークに日米センター開設
   『安倍フェローシップ』で日米間で交換留学させ、
   その一期生が中西輝政氏ですが、、
   渡米でCIA日本占領経済や法律や心理学、生理学を学び、
   帰国するときにサントリー賞で受賞し、
   京都大学教授の席をせしめます。。


まず・・安倍フェローシップ設立のいかがわしさ資料として、設立時期の時代背景をご覧ください・・
1990年(H2)・・・
1月、前年の経常黒字を大幅減少と発表
   職安の定着(企業人手不足で外国労働者を激増し、
   労働意識も現金にわりきり変革)
   大学入試新制度(外来語表記は原音・慣用音尊重)
2月、株価暴落バブル崩壊のはじまり
   偽造金貨大量流入発覚
3月、銀行の土地融資を総量規制
   ゴルバチョフ、初代ソ連大統領
   フジモリ・ペルー大統領就任
4月、太陽神戸三井銀行、発足
5月、櫨(木偏がないもの)泰愚韓国大統領、来日
6月、日米構造問題協議会最終結果
   カンボジア和平東京会議
7月、大手銀行幹部に融資犯罪が発覚
   ヒューストン・サミット
8月、イラク軍クウェート制圧(中東危機)
   40億ドル中東危機貢献策として、支出
   シュワルナゼ(ソ連外相)来日
9月、日立、IBMと技術提携
   韓国とソ連国交樹立
   朝鮮との国交正常化交渉はじまる
10月、ドイツ統一
11月、欧州通常戦力条約
   22カ国共同宣言(不戦宣言)
証券スキャンダルやイトマン事件、
野村・勧銀事件の背景の年1991年(H3)・・
11月、堀田力氏が検察から引退し、弁護士登録、NPO活動で
   一般大衆の代表者として世論を論じ始める。。
児玉誉士夫、岸と親しい三田佳子納税者番付。
と・・山口組の色が濃い社会となっているようです。
EC12カ国マーストリヒト条約調印
1991年
   文鮮明訪朝し、
   金日成との会談報告を軽井沢で、
   文の側近、朴普煕から中曽根は報告を受けている
   東ティモール問題で、インドネシアと旧宗主国オランダ紛争
   ブッシュがフセインに援助
1月、湾岸戦争に日本90億ドル拠出
4月、ソ連ゴルバチョフ来日
4~5月、首相、ASEN訪問
4~10月。海上自衛隊の掃海艇6艘、ペルシャ湾へ出動
    東京都新庁舎
7/12、アフガニスタンで悪魔の詩事件:ホメイニによる死刑布告「ファトワー」による暗殺事件
8月、バルト3国独立
9月、天皇皇后、東南アジア3国訪問
   ソ連解体

又、安倍フェローシップ所長も・・・・
初代: 楠田實氏=佐藤栄作主席秘書官
2代: 本間長世氏=弟が本間忠世氏(元日本銀行理事、
    元日本債券信用銀行社長)
3代: 和久本芳彦氏:
   (株)東芝顧問
    歴史的にユダヤ政商らに援助され、開戦するために出来たと言える(株)東芝で
    国際契約、法務(担当5年、部長・役員15年)、
    海外投資先管理(課長5年)、
    国際金融(課長・部長10年)、
    国際事業全般管理(担当4年、部長・役員15年)のプロフィール。
    国際交流基金:日米文化交流(所長5年)で、経営戦略としてのライセンス
    東京大学COEものづくり経営研究センター
    東京大学大学院経済学研究科:中野剛治氏と連携
    WEF(世界経済フォーラム )でクラウス・シュワブら1971年に創設されて以来、主に各国政府と政治家をネオリベラル(新自由主義)経済を支持する企業家や経済専門家との『橋渡し』をしてきた。
ダボス会議も同上。
    財) ケア・インターナショナル ジャパン(CARE)名誉会長・理事 、
     財)国際文化交流推進協会理事長

   5月、ニューヨークに日米センター開設
   『安倍フェローシップ』で日米間で交換留学させ、
   その一期生が中西輝政氏ですが、、
   渡米でCIA日本占領経済や法律や心理学、生理学を学び、
   帰国するときにサントリー賞で受賞し、
   京都大学教授の席を〆ていますが、

   彼は殆どが共著で、自分で書いたと言う意味で有名なまともな?単著が殆どない京大教授で、ヘンだな?って思っていたのです 

  

投稿日時 - 2007-02-19 16:39:43

ANo.7

意識の物質&非物質
http://virus.okwave.jp/kotaeru.php3?q=2738340

このほか、養老孟司著『唯脳論』は、おすすめです。

投稿日時 - 2007-02-18 04:32:50

ANo.6

真面目な討論中、水を差すようで申し訳ないのですが、『意識』という言葉をどの様に捉えているのかという疑問が生じましたので・・・

基礎心理学でフロイトがいうところの「意識」は、知覚、感覚器官での情報を、総合的に認識、知覚している状況を『意識』といい、身体内部からの働きかけで、本人が自覚していない状況/その働きかけを「無意識」と呼んでいます。

脳科学でいう所の「意識」とは、「自己意識(自己同一感)」または、心理学でいうところの意識の内、注意を傾注している状況の「注意意識」を表します

各研究者により、その定義は異なるのですが、shift-2007 さんが想定していらっしゃるのは、それらの内の「自己意識(自己同一感)」だと思います。
自己同一感、自己統一性など呼び方はあるのですが、各感覚器官から情報が、脳へと伝達されます。しかし、ただ知覚しただけでは、次々と送られてくる情報が錯綜し、脳が混乱してしまいます。そこで、物理情報を化学情報に変換し、飽和状態を作り出したり、伝達不能の状態にしたりしてうまく調整しています。

つまり、最終的に、さまざま場所からその対応する脳部位へと伝達されても、それら一つ一つの情報を統合して認識しなければなりません。
その、統一されたものを意識(自己意識)と呼ぶのです。

確かに、検査技術などが飛躍的に発達すれば、「現在の状態」を明確にすることは可能(技術的に可能という意味ではなく、空想的な理論として)でしょう。しかし、精神は、それら典型的なものばかりではなく、たとえば、「○○」と聞いて何を連想するか?どう思うか?ということを意識として説明することは不可能です。「連想」という、意識の闇から急速に湧き上がってくるものは、個人差があるのと同様、「●心と秋の空」のように人の感情の”選択過程”は謎なのです。

これを簡単に説明すると、「連続的なグラデーションの内、『朱色』と『オレンジ色』との境目は?」ということで、定義づけすること自体が難しいのではないでしょうか。

脳科学からと意識を解明しようという趣向のもので、アントニオ・R・ダマシオという神経学者の「無意識の脳 自己意識の脳(The Feeling What Happens);講談社」という本が参考になると思います。

投稿日時 - 2007-02-18 04:15:04

お礼

意識というものを意識しました。少し頭がうねうねします。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-20 23:47:27

ANo.5

脳科学から意識を説明することは「原理的に」不可能です。それは、非常に単純な理屈から明らかです。

脳科学が「科学」である以上、仮説や理論を客観的事実(観察や実験)によって実証する必要があります。ところが、意識は主観的現象ですから客観的に実証することは不可能です。脳科学で意識を説明しようとするのは、水に映った月影から月を説明しようとするようなものです。

投稿日時 - 2007-02-17 07:21:54

補足

空腹は主観ですが、血糖値の変化として客観的に観察できるのではないですか。それとは違うのでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-17 23:13:46

ANo.4

意識の探求 クリストフ?コッホ

科学的な手段では意識を理解することは不可能

伝統的な哲学的態度に、「ミステリアン」と呼ばれる流派がある。ミステリアンは、意識の問題は複雑すぎて人間の理解の範疇を超えると主張する。この流派には二種類ある。一方は、「どんな認知システムもそのシステム内部の状態を完全に理解することができない。同じように、我々の脳は、脳内部から生じる意識の状態や仕組みを理解できない」という理論的な主張である。もう一方は、現実的ではあるが悲劇的な主張である。愚かな人間には、知性に限界があり、既知の概念を大きく変更することはできない。類人猿が一般相対性理論を理解できないように、意識がなぜ脳から生じるという問題は、人類にはとても及ばない問題というものである。
また別の哲学者は「ただの物質にすぎない脳が、意識をどのように生じさせることができるのか、全く予想もつかない。故に、単なる物質である脳の中に、意識が生じてくるメカニズムを科学的に研究しようとしても、絶対に失敗するに違いない」と断言。こういった主張は、彼等の無知を晒しているにすぎない。現時点で、脳と意識にはつながりがあるということを強く支持する議論がないからといって、つながりがないことを証明したことにはならない。勿論、これらの批判に答えるためには、科学こそが、このつながりを支持するような適切な概念や証拠を提出していかなければならないのだ。
将来、意識を生み出す脳の仕組みを解明することは、単に技術的に難しいだけでなく、原理的に不可能だと判明することがあるかもしれないが、現時点ではそのような結論を出すのは時期尚早というものだろう。神経科学は、非常に若い科学分野である。息をのむような速度で、常により洗練された方法によって、新しい知識が蓄積してきている。神経科学の発展が翳りを見せる前に、そんなに悲劇的になってしまう必要はない。

投稿日時 - 2007-02-16 18:04:55

補足

結局、なぜ理解できないのかが理解できないということでしょうか。

投稿日時 - 2007-02-17 23:18:22

ANo.3

非常に詳しい方の回答の後で恥ずかしくなってしまいますが、昔からコンピューターとの比較で自分の分析をしてきました。あくまでも自分の内部での話ですけどね。

動物学(生物学)的に大差ないはずなのに意識の持ち方に差がつくのは、コンピューターとは根本的に異なる点があるのではと考えました。
コンピューターの場合は電気回路に信号を流すことによって演算を繰り返します。
人間の場合も基本的には同じようなプロセスなのだろうと考えていましたが、幼い頃、青年期、老年期と機能に大きな差が出てきます。

その差はなぜ出るのか。
ここで思ったのは、脳はその時点での必要性で様々な回路を構成していくことが出来るということ。
また、その回路は電気回路のようなソリッドなものではなく、論理だけの回路かも知れず、肉体的な劣化(老化)で回路構成が曖昧になっていく、と言う事です。

全く新しい回路が出来上がれば、その上を走るOSやアプリケーションも全く新しい概念のものを使うことが出来ます。

今のコンピューターでは基本構造は大差ないものの、性能は少しづつし、それによって新しいOSが走るようになりますが、そのOSでさえ以前のものの焼き直し的なものです。
どんなに進化していっても、WindowsとMacが一つのコンピューターの中で矛盾せずに存在するということは出来ないのでしょうね。

人間の場合はそういった矛盾は、とりあえずそのままにしておいて、便利な部分だけをつなげて利用する、もしくは全く新しい発想で共存させる術を見つける能力があるのでしょう。
自己増殖進化型コンピューターとでも言えば分かりやすいのかな?

自分をそうやって見つめてみると、過去に学習してきたことの意味、これからの進むべき方向など、答えらしいものを感じることも出来るようになりました。


今年で50歳、子供も3人おりますが、子育ての途中で子供と自分の比較で思ってきたことで、考えがまとまってからは子育てで苦痛を感じたことも無く、子供たちの成長を見ても十分満足いく状況です。
まぁ、あくまでも個人的な考えですが、「脳自体のメカニズムにも未解明な部分」というのは脳の自己増殖進化と言う部分でしょう。

それが分かれば自分の意識の持ち方を変えることもさほど難しくないことになり、商売柄(自営ですので、営業もあります)、どんなに悲しいことがあっても、お客さんの前では全くそれを感じさせない、程度のことは非常に楽に出来ます。

専門家に皆さんには笑われるような話でしょうけど、私としては意識(個性)は解決済になっています。

投稿日時 - 2007-02-16 14:39:49

お礼

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-02-17 23:20:56

ANo.2

こんにちは。
現在の脳科学を以ってしても「意識」という現象の本質をきちんと説明することができないのは、それは「意識」と「無意識」の構造的な違いを特定することができないからです。
「脳科学」といいますのは神経系の情報伝達として我々の脳内に発生する心理現象を解剖学的・生理学的に解明しようというものです。ですから、「意識」というものを説明しようとするならば、その性質や構造の原因が特定されなければなりません。ところが、意識という現象が実際に発生しているのは事実なのですが、それが意識現象であれ無意識現象であれ、神経系の情報伝達というメカニズムは両者全く同じであり、現在の脳科学ではその生理学的な違いを特定することができません。
構造的なメカニズムに何の違いがないにも拘わらず、意識現象には発生するのですが無意識現象には発生しません。従いまして、心理学的には「意識」という現象は分類できますが、脳科学の立場から言えば、それは片方にしか発生しない「特異な現象」であり、「副産物」としてしか取り扱うことができないわけです。

「意識」といいますのは大脳皮質「連合野」における「認知作業」に伴う現象です。
神経系の情報伝達はといいますのは、
「知覚入力―中枢処理―末梢出力」
というプロセスで行われます。
我々高等動物の脳内には知覚入力に対して情報処理を行う中枢系が大きく分けて三系統ありますが、このうち「意識」が発生するのは、
「知覚入力―大脳皮質―計画行動」
というプロセスだけであり、これ以外の、
「知覚入力―生命中枢―本能行動」
「知覚入力―大脳辺縁系―情動行動」
この二系統では「意識」というものは発生しません。
「本能行動」や「情動行動」は自覚の伴わない「無意識行動」であり、入力に対して結果が得られるならば、それは直ちに対応する適切な行動が選択されるようになっています。これに対しまして、大脳皮質の司る「計画行動」といいますのは、過去の学習記憶を基に未来の結果を予測して選択されるものです。このため、大脳皮質では知覚情報と記憶情報の複数を比較選別する「認知作業」が行われます。従いまして、計画行動といいますのは未来の結果を自覚した「意識行動」であり、「意識」とは大脳皮質の「認知作業」に伴って発生する現象ということになります。

大脳皮質における「認知作業」といいますのは、入力された「知覚情報」や呼び出された「記憶情報」など、いっぺんに「複数の情報」を扱う作業です。このためには、これらの情報は「連合野」内での認知作業が行われる間、「短期記憶」として一定の時間そこに保持されていなければなりません。「意識」が発生するのはこのときであり、連合野が認知作業を行うために知覚情報が一時保持されたり、過去の記憶情報が呼び出されたりすることによって、我々は初めてそれを自覚することが可能になります。そして、「思考」といいますのはこのようにして処理された認知結果を統合する作業であり、過去の体験を基に未来の結果を予測した計画行動というのは、大脳皮質における認知作業が行われなければ実現できないものです。
これに対しまして、「本能行動」や「情動行動」といいますのは大脳皮質を経由せず、情報処理の結果が直ちに行動選択に結び付いています。ですから、これらは何らかの反応が発生したあとでなければそれが意識に上り、自覚されるということはありません。
ならば、意識と無意識には、
「それは大脳皮質の機能である」
「複数の情報を扱う複雑な作業である」
「情報の一時保持というタイムラグがある」
などといった違いがあることになります。
ところが、ではこの意識という現象に対応する大脳皮質の解剖学的な特長とはいったい何でしょうか。何処まで複雑な情報で、どの程度の時間が経過するならばそれが意識となるのでしょうか。そして、何処にどうやってそのような生理学的な線引きをしたら良いのでしょうか。
このように、意識であれ無意識であれ、それが神経系の情報伝達という点では全く違いはなく、ここに解剖学的・生理学的な特徴を特定することができません。あたかもそれは、何か意識という情報が作られ、何処かに投影されているようにも思われますが、我々の脳内にそのような解剖学的構造はありません。従来の心理学とは違い、脳科学では、ないものをあるとすることはできないわけです。

さて、これは「意識」に限った話ではありません。例えば「意志」「感情」「理性」などといったものは哲学から心理学を経た古来より間違いなく実在する概念であり、我々の心理現象といいますのは外に現れ出た結果を基にこのような分類が可能です。しかしながら、近年の脳科学の発達により、脳内のメカニズムが詳細に調べられるようになったのは良いのですが、果たして、それは全て神経系の情報処理の結果でしかありません。
只今ご説明しました通り、「意識とは何か」「感情とは何か」、このようなものが脳内の何処で生み出され、どのような経路で伝達されるのかは、この先技術的にはほとんど追跡が可能です。ですが、その情報処理の結果が何故、感情や理性といった全く異なる性質の違いを持つのかということになりますと、心理学の仮説ならば山積みになっていますが、科学的にはまだ解明の糸口もないというのが現状ではないかと思います。

投稿日時 - 2007-02-16 09:59:46

お礼

ご回答ありがとうございます。
何度も読み返したのですが分からない部分があります。意識と無意識の違いはそんなに重要なのでしょうか。そこら辺をもう少しご説明していただけないでしょうか。よろしくおねがいします。

投稿日時 - 2007-02-23 00:00:41

ANo.1

専門家ではありません。素人のたわごととして聞いてください。

人間が生まれて、誰にも接することなく成長したとするとどうなるか?
三大欲望と言うものはあるはずですので、腹が減ったら何かを食べ、眠くなったら眠るのでしょうね。
このあたりは誰に教えられなくても、こなしていく作業なのでしょうね。

パソコンにたとえれば(少々乱暴なたとえとは思いますが)、BIOSになるのでしょう。

普通は親が育てて、社会に放り込み学習させて社会性などが出来ていくわけで、これらがOSと考えることが出来ます。
成人して職にでも就くと取得してきた知識などの一部を伸ばし、さらに追加の知識を習得してエキスパートになっていくわけです。このあたりはアプリケーションと見ることが出来るでしょう。

人間は性質も形状的な要素も千差万別ですが、細胞レベルで見れば(ぶっちゃけ、内蔵レベルで見れば)大きな差もないはずで、脳の作りだって、それほどの差はないでしょう。
仮にある程度の差があったとしても、活性化している細胞の数の差で演算能力が変わるというのは納得できますが、個々の性格については何の要素で差がつくのか説明が出来ませんね。

自我が芽生えてからの回りの環境の影響は大きいでしょうが、生まれ持った性質の影響も強いように思われます。
ただ、なぜそういった差が出るのかはメカニズムも含めて不明ですし、確認する術も無いでしょうね。非常に長い時間をかけて人体実験をすることになるでしょうし。

だから、脳自体のメカニズムを研究することは出来ても意識はそこで動いているOS+アプリケーションですので、外から見ただけでは何が動いているかも分からない訳で、個々の成長の環境などで大きく変わってしまうので、考えないとしているのではないでしょうか。

個々の意識や個性などは成長の過程の環境などで形成されてくる場合もありますので、副産物と言えばその通りでしょう。

投稿日時 - 2007-02-16 03:10:19

お礼

なるほど、分かりやすい説明ありがとうございます。
また疑問が沸いたのですが、脳自体のメカニズムにも未解明な部分があると思うのですが、その部分に意識が隠れているかも知れないとはいえないのだろうかと思いました。説明できないとする説明に今ひとつ納得できないでおります。
お暇があったらまたお付き合いください。

投稿日時 - 2007-02-16 03:32:22

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