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解決済みの質問

株取引は有益な産業なの?

理工系なので経済は素人です。
長年の疑問です。

巨視的に考えて、ある銘柄の値上がりを期待しての株取引において、儲けた人のお金は、損した人が払ったお金なのでしょうか?

別の言い方をすると、(平均株価の変動は少ないと仮定して)国内の全ての取引で生じた利益の総和と、損失の総和との大小関係はどうなるのでしょう?

相場の上下を利用して利ざやを求める訳ですから、損した人が払ったお金から中間の様々な経費を引いた残りが、儲かる人に分配される、と、私は理解しており、お金儲けの手段として株取引を見たとき、私には、パチンコとの違いがどうしてもよくわかりません。

起業力のある人に資金を提供するという意味での投資の意義はわかるのですが、相場の上下を利用して株取引で利益を得ようとする活動の、社会的意義がよくわかりません。市場というものは閉じた領域であることを考慮すると、全体としては不毛な活動と考えられます。国富の増大に寄与しているのでしょうか。

この感覚は、どこかが間違っているのでしょうか。
是非ご教授願います。

カメラをうんと引いて、巨視的に考えて見て下さい。

投稿日時 - 2002-05-22 21:23:12

QNo.276293

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

間違っていないとおもいます。
まず株を発行する場合は企業が配当としていくらか支払いますので利益と損失の大小関係を考えた場合
利益>損失
ということになるとおもいます。つまり誰かが損失を被った分を企業が配当と言う形でかぶっているという理解でよろしいと思います。

次に相場の上下を利用してもうけることの社会的意義についてですが、本来株式市場は会社側の資金調達を容易にするためにできたわけですが、その本来の目的から派生して相場の上下を利用して株取引でもうけようという人が出てきたというわけです。

つまり株式による資金調達という社会的意義が株式市場にあるのだが、利益を得ようとする人達が出てきましたということだと思います。

しかし株とパチンコの違いを説明せよという質問には答えられません。誰かの勝ち分をだれかが損失という形でかぶり、相場の動きを読むといっても実際には運任せに近い。
実際相場の上下のカギは大手証券会社をはじめとする大資本が握っている。

それらを考えると株というのは金融業界という皮をかぶったギャンブルなのかもしれませんね。

投稿日時 - 2002-05-22 21:56:32

お礼

ありがとうございます。
僕の疑問の内容を良く理解して下さったようで、かなり納得できました。
企業に資金を提供して配当を得る、というのが正しい投資の考え方ということですね。
逆に僕の思った通り、相場の変動を利用して儲けようと言うのはやはり甘い考えだともいます。
僕の財力は資本家というにはあまりに矮小なので、やはり地道に働くとします(笑)。

投稿日時 - 2002-05-22 22:13:38

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回答(5)

ANo.5

こんにちはkosanjiさん。
今までの回答の中にいくつか間違いがあるので、専門家の立場から回答させていただきます。
まず・・・
”巨視的に考えて、ある銘柄の値上がりを期待しての株取引において、儲けた人のお金は、損した人が払ったお金なのでしょうか?”
そうです。なぜ相場と言うかを考えてもらえばいいと思いますが、相場とは常に相対(あいたい)なのです。巨視的に金利手数料を考えないとした場合、株価の上下による損益は常に0です。
もっと巨視的に考えれば、株というものは本来ただの紙切れに価値を与えているだけの有価証券です。
だから10年後か100年後か1000年後かは分かりませんが、必ずいつかその価値は0になります。
ただその過程の中でいろんな人が買ったり売ったりしながら利益を取ろうとしているだけの話なのです。
一つの例として・・・
10年で姿を消す会社があったとしましょう。
5年間一直線に上がり続けて、あとの5年間一直線に下がり続けたとします。
最初の5年間で利益を出した人達へは、いったい誰が払うのでしょうか?
あとの5年間で損をした人達が結果として儲けさせてあげたことになります。
このように最終的に0になるものでの損益は常に儲けた分と損した分は同じになります。
これは信用取引を加えても同じことです。
ですから次の質問の・・・
”別の言い方をすると、(平均株価の変動は少ないと仮定して)国内の全ての取引で生じた利益の総和と、損失の総和との大小関係はどうなるのでしょう?”
の答えは、同じです。
次にパチンコとの違いですが、そもそもパチンコは相対ではありませんし、配当でもありません。
その証拠に設定次第では全員に損させることすら出来てしまいます。もしなにかのギャンブルと比較するのであれば競馬の方がより近いと思います。
ただ一番の違いは俗に言う場代です。
競馬は黙っていて国に25%の場代を払って、その残りを勝った人に配当してもらえます。
それに対して株では手数料自由化になった今、わずか0.数%の場代でゲームに参加できます。
本当にこのことを理解できる人が増えれば、世の中からパチンコや競馬競艇などをする人はいなくなるでしょう。
長くなりましたが最後の
”国富の増大に寄与しているのでしょうか”
ですが、これはもちろん寄与しています。
相場の上下を利用して株取引で利益を得ようとする活動をしていても、基本的に企業の業績が良くなれば自然に株価は上がります。
株価が上がれば企業に資金力がつき、またいい方向へと行きますし保有株の含み益も増大します。
これもすべてどういう目的であれ市場参加者がいて初めて成り立ちます。

なるべく分かり易く回答したつもりですが、分かり難い点がありましたらお詫びします。
いろいろ言っても資本主義という大義名分に守られたギャンブルであることには変わりはありません。。。

投稿日時 - 2002-05-23 08:12:38

お礼

ありがとうございました。
とてもわかりやすかったです。
私が大づかみに捉えている相場のイメージって、意外と的を射ているかも、って思ってしまいました。
丁寧なお返事を沢山頂き、感激です。

投稿日時 - 2002-05-23 22:27:08

ANo.4

 巨視的に、ということであれば株式はその国の経済の一部を形成しています。
 各企業は様々な理由から多数の株式を保有していますし、国にしても郵政省や年金資金などその資金運用の何割かを株式で行っています。勿論生保などもそうです。
 ですから、株式市場全体が右肩上がりの成長を続けていればこれらの資産価値も高まり、全体に好循環が生じるわけです。
 今の不良債権、企業のリストラ、というものの一部分はそれが逆に振れてしまったために起きたと言えます。
 借金(貸付)が実際に発行されるお金とは別に新たな経済的価値を生み出すのと同様に、株式市場が成長を続けることによって国の経済の成長をより早め大きくすることが出来る、ということになります。
 つまり個々の取引においても、株価が常に上昇する、という仮定であれば
  利益>損失
という構図になるわけです。それは株式の時価総額が常に変動していることからもお解りでしょう。これが膨らんでいけば、皆が儲かることは可能なことになります(理論上)。
 そしてこうして産み出された金を消費に回すことで経済は活性化されます。アメリカでは一時個人消費のある程度が株式による利益から出されていた頃もありました。日本が高度成長を遂げた時代にも、こうした株式市場の成長も一定の寄与を果たしてきたことは間違いありません。
 社会にとってデフレが停滞を招き個人のモティベーションを低下させてしまうのと同じく、株式市場も成長することが本道です。
 バブル崩壊後の10年、そしてそうした現象を招いたバブルそのものが市場にとっては異常値であり、正しい姿ではない、と考えた方が良いと思います。

 また、日本企業の場合安定株主が圧倒的多数派を占める場合が多いのでそれ程現実性はないものの、株価が低下し企業の本来の資産価値を下回っている場合、その株式を買い占めて企業経営権を握ってしまおう、とする相手が登場する危険性があります。ですから企業は自社の株価が余りに低落することは避けねばならず、株価維持のための施策を行う理由の一つにはそれもあります。

 現実の個々の株取引は勿論そんなことを意識しているわけではなく、仰るように投機的な要素がほとんどです。しかし、そうした資金まで巻き込んでこそ新たな買い手を生み、さらなる株価上昇の原動力となり得ますので必要なものではある、と言えます。

 株式投資にギャンブル的要素は確実に存在しています。
 しかし、他のギャンブルと異なるのは、資金のレベルによって戦い方を変えることが出来、また、リスクの取り方によってある程度コントロールが可能だ、と言うことです。
 通常のギャンブルでは注ぎ込んだお金とそれに対するリターンにはほとんど関連性はなく、大儲けできるかちょっとしか儲からないけれどある程度確実な道を選ぶか、ということを選択することも出来ません。
 また、先に書きました通り、市場が成長過程にあればある程度確実に儲かると言うことも可能です。
 こうした辺りが違いと言えるでしょうか。但し、デイトレーディングを始めとする短期的な投機においては、かなりギャンブルに近いということは否めません。

投稿日時 - 2002-05-23 03:55:52

ANo.3

まず、教科書的に証券取引所の存在意義を挙げてみると、
・公正な価格の形成
・高い流動性(流通性)の提供
の2点が思い浮かびます。

これらは、人々が投資に参加しやすい環境を作り出して
います。取引所が価格を常に発表していなければ、適正な
価格がいくらか分からないので、調査能力のない個人は
株式投資に参加しずらくなります。また、売買したいときに
相手となる売り手、買い手を苦労して探さなければならない
ようでは投資意欲をそいでしまいます。

さて、取引所が上記の機能を発揮するためには、絶対必要な
条件があります。それは、不特定多数の人間が常に売買に
参加していること、です。大勢の人がそれぞれの情報や
経済見通しを持ちよってつけた価格だから「公正」なの
ですし、そもそも参加者が少なければ、「高い流通性」
など望むことはできません。

では、どのように大勢の人々を証券市場に引き寄せれば
いいのでしょうか。そこで登場するのが市場の持つ
ギャンブル的な側面です。うまくやれば儲けることが
できるという蜜があるからこそ、多くの人がマーケットに
群がってくるのです。

kosanji さんのおっしゃるように、特に短期取引では
ゼロサムゲームのギャンブルという面があるのは確か
ですが、株を買ったら必ず10年以上保有しますという
人ばかりでも取引所は困ってしまいます。ギャンブラーの
活発な売買も取引所の役に立つのです。

人々の射幸心を逆手に取って、証券取引所は投資の円滑化に
貢献しているというわけです。これは国富の増大にも繋がって
いくのではないでしょうか。

投稿日時 - 2002-05-23 03:50:44

ANo.1

>巨視的に考えて、ある銘柄の値上がりを期待しての株取引において、儲けた人のお金は、損した人が払ったお金なのでしょうか?

いいえ違います。値上がりして儲けたお金は会社の価値が
増大したためです。

>別の言い方をすると、(平均株価の変動は少ないと仮定して)国内の全ての取引で生じた利益の総和と、損失の総和との大小関係はどうなるのでしょう?

株価が上がればみんなが儲かり、下がればみんなが損をす
るので大小関係の比較は意味がないと思います(信用取引
や先物取引を除いて)。

>相場の上下を利用して株取引で利益を得ようとする活動の、社会的意義がよくわかりません。

株式投資は資産運用の重要な要素ですので長期的にみれば
非常に意義のあるものだと思いますよ。

投稿日時 - 2002-05-22 21:41:40

お礼

早速にありがとうございます。

投稿日時 - 2002-05-22 22:08:23

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