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【竹島は日本の領土?朝鮮の領土?】

新聞を読んでいたら、竹島問題で韓国が歴史の捏造を認める記事がありました。

『竹島問題で韓国が捏造を認める』
展示パネル撤去 独島博物館 竹島位置に誤り(産経新聞)

韓国政府によって、竹島(韓国名・独島)近くの鬱陵島に建設された「独島博物館」のレリーフが、資料と食い違っていることが分かり、博物館は近く撤去することを明らかにした。入口近くのレリーフは韓国の古地図をもとに、竹島が韓国領だと主張するために分かりやすく示したシンボル的展示だが、以前から日本人研究者が、「悪質な史実の歪曲だ」と指摘していた。

レリーフは朝鮮半島と鬱陵島、そして韓国が「竹島を指す」と主張している「于山島」などを単純化して、描いている。1481年に完成した朝鮮の地誌『東国與地勝覧』に所収されている古地図「八道総図」をもとにつくられ、1997年8月の会館当初から展示されている。
 韓国側は、「八道総図」が、日本側が竹島領有権主張の『隠州視聴合記』(1667年)より200年近く古いことから、この図を領有権主張のよりどころにしており、同館のパンフレットの表紙にも印刷している。
 ところが、地図では鬱陵島のすぐ西隣に于山島が描かれているのに対し、レリーフでは竹島の位置に当たる鬱陵島の東側に于山島を配置。さらに、鬱陵島から竹島までの実際の距離を鬱陵―于山島の距離として表示しており、「于山島=竹島」を印象づける展示となっている。

 産経新聞の取材に対し、同館の研究員(30)は、位置が違う理由は「来館者がより見やすいように」と説明したが、「日本の研究者からクレームが多く、紛争の火種になるので近く撤去する予定だ。年内には別の展示に取り換える」として、撤去する方針を明らかにした。于山島は、実際には打つ陵島の東隠岐、2.2キロにある「竹嶼(ちくしょ)」との見方が定説。

・竹島問題に詳しい下條正男・柘植大教授の話
「于山島が竹嶼であることは日本側がずっと主張し、レリーフの誤りも指摘してきた。本当に取り替えるなら正しく取り換えるか興味深い」』

(2007/5/5)産経新聞(紙面)より引用
何故かWEBソースが見当たらなかったのでテキスト起こしをしました。


「独島博物館」のWEBサイトには、誇らしげに以下の通りの記述があります。
「八道總圖」(1486年頃)
『新增東國輿地勝覽』の中には八道總圖と江原道別圖に鬱陵島と于山島(独島)が描かれている。これは独島が描かれた現存する地図として最初で、朝鮮前期独島が朝鮮の領土として管理されていたのを証明する。

そして、この博物館のレリーフには、古地図では鬱陵島の西側にある「于山島=竹島」が、東側に移動しています。
明らかな歴史の捏造です。
竹島が600年の年月を経て、ぐるりと移動したのでしょうか?
韓国は「于山島=竹島」と主張して、そのようなレリーフを掲示していますが、根拠としている古地図「八道総図」では位置関係が全く逆です。
韓国側の主張は竹島の位置が東西逆であり無茶苦茶ですが、あの韓国が捏造を改めると言うのだから驚きです。
我が国の研究者、或いは島根県の関係者による尽力の成果ですね。

竹島が韓国領である合理的根拠はあるのでしょうか?
現在、韓国が竹島を「不法占拠しているという事実」は存在しています。
しかも、不法占拠を行う過程で、日本人漁民を殺害(第一大邦丸事件)しています。

投稿日時 - 2007-05-06 14:19:06

QNo.2977566

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>竹島が韓国領である合理的根拠はあるのでしょうか?

存在しません。
南朝鮮・韓国が「竹島を占領」した当時、日本は「GHQ占領下で主権がない」政治体制でした。
時の南朝鮮・韓国大統領である「李承晩」は、GHQに対して「対馬割譲」を要求しました。軍事クーデターで政権を樹立したてまえ、国民に「外交的実力」を見せる必要があったからです。
当然、GHQは「対馬は、日本古来の領土」として要求を拒否。
すると、今度は「竹島割譲」を要求。
しかし、またGHQは「竹島は、日本古来の領土」として要求を拒否。
すると、李承晩は実力行使で「国際法を無視して侵略」したのです。
日本の独立を世界各国が認めた「サンフランシスコ条約」でも「竹島は日本領」と認めています。
日米安全保障条約でも、日本領となっています。
この条約を発動すれば、在日米軍は韓国を侵略者として攻撃可能ですよ。

歪曲した韓国の教科書には「(江戸時代)安龍福が、竹島に上陸した日本漁民を追い払い朝鮮領土だと主張した」と記述しています。
が、事実は安龍福が不法入国(昔も今も、韓国人の不法入国居は無くなっていない。毎年8000人前後の韓国人が不法入国中)した結果、日本漁民が拘束。江戸幕府は、対馬藩を通じて「朝鮮側に厳重抗議」を行っています。(日本には、当時の外交文書が残っています。韓国にも有ります。)

1895年、中国から韓国が独立しました。(※1)
当時の韓国政府が作成した「領土地図」には「竹島が入っていない」事実があります。
この地図には、韓国領土範囲が東経・北緯が書かれていますが「竹島は、この領域に入っていない」のです。

日本政府は、ハーグにある「国際司法裁判所」の判断に従う事を決定しています。が、南朝鮮・韓国政府は「裁判を拒否」しています。
非合法的占拠だと韓国政府は認めているのです。
(裁判になると、確実に敗訴です)
合法的支配なら、堂々と裁判で勝訴すれば良いのですがね。

まぁ、韓国歴代政府は「反日政策を統治手段」としています。
支持率10%前後の某大統領も「反日政策で支持率UP」を狙っています。
内政上で失敗続きなので、国民の批判を国外に向ける必要があるのです。
(従軍慰安婦が失敗したので、今度は日本海名称で勝負開始)

『※1』
下関条約(日清条約)第1条「清国は朝鮮の独立を承認する」。
1600年代にイタリア人宣教師が作成したアジア地図を明国政府が漢字に直した坤輿萬國全圖にも、「朝鮮国は中国の植民地」と記述があります。
清国時代の周辺諸侯一覧には「清国属朝鮮国」と記述があります。
余談ですが、この地図にも「日本海」と記述があります。

投稿日時 - 2007-05-06 22:38:18

お礼

やっぱり竹島が韓国領である合理的根拠は存在しないのですね。
「サンフランシスコ条約」でも「竹島は日本領」と認めているのに、韓国は武力で日本人を殺害してまで占領しているとは、怒りを覚えます。
納得しました。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2007-05-19 08:43:28

ANo.5

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回答(12)

ANo.12

以下のように加筆修正します。


加筆修正前

竹島問題(田中邦貴氏による)
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/6.ghq.html

上記のサイトの立場は、日本側主張が正しい、韓国側主張に理はないとするものである。しかし、その意図に反して、集められた資料は「竹島に対する連合国の方針は二転三転して、日本優勢に傾きつつも、玉虫色決着に終わった」ことを示している。最終決定を明記しなければ、後で揉めるのは分かり切っていただろうに、結局条文から竹島の記述は削除された。SCAPIN667号で出て行ったきり、その帰属は宙に浮いた。


加筆修正後

竹島問題(田中邦貴氏による)
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/6.ghq.html

上記のサイトの立場は、日本側主張を正しいとし、韓国側主張に理はないとするものである。ところが豈図らんや、集められた資料が示しているのは、竹島に対する連合国の方針が二転三転して、日本優勢に傾きつつも玉虫色決着に終わったということである。
下記のサイトには、米第七・八次・最終草案、英第一・二次・最終草案、米英共同第一・二次草案、および条約最終草案についても載っている。

対日講和条約草案(半月城通信 No.96)
http://www.han.org/a/half-moon/hm096.html#No.703

49年12月29日の米第六次草案のように書けば、竹島の帰属は日本に決定する。しかし、結局条文から竹島の記述は削除された。解釈の余地がないように明記しなければ、後で揉めることは、それまでの経緯から見て分かり切っていただろうに。
なお、第六次草案から削除されたのは、歯舞・色丹もである。ソ連の事情を慮(おもんぱか)ってのことらしい。これがサンフランシスコ条約第二条(c)の「千島列島」のあいまいさにつながり、北方領土問題の一因ともなる。
こうして、SCAPIN667号で出て行った竹島の帰属は、宙に浮くことになった。

投稿日時 - 2007-05-12 16:41:06

ANo.11

要点

○ 竹島問題は1946年1月29日に発生した日米の問題だった。あとから韓国が便乗して、日韓の問題となった。
○ 日韓双方とも、古文書に決め手となるようなものはなく、古文書漁りは徒労の感がある。
○ 「反対解釈」は命題の「裏」であって、元の命題と同値ではない。

この小文で、私は「竹島が韓国領である合理的根拠」が皆無ではないことを示す。日本による竹島支配に、一時期空隙が生じたのは否定できない事実であって、韓国はそこに付け入った。ということは、逆に「確たる合理的根拠がある」とも言えないわけである。
要するに、領土問題を「合理的根拠」で論じ切れると思うのは、naive なのだ。日韓とも、根拠はあるといえばある、確実にあるかといえば、確実にはない。しかし、お互いにそのような根拠を押し立てて交渉するしかないのだろう。現実とはそういうものかも知れない。
それでは、ざっと歴史を振り返ってみることにする。なお、「韓国」は大韓帝国または大韓民国の略である。

本文

(1) 1905年以前……竹島は問題にならなかった

日韓それぞれ古文書まで持ち出して「固有の領土」と主張しているが、徒労の感がある。漁師が立ち寄ったり民間人などが権利を設定した程度では、領土と言えない。有り体に言って、日韓いずれの領土でもなかったのだ。都合の悪いことに、国家機関が領土と認識していなかったことを示唆する文書まで出てくる始末である(日本も韓国も)。

(2) 1905年……竹島は大した問題にならなかった

1905年1月28日、日本政府は閣議決定でこの島を竹島と命名し、日本領にした。この背景には、「日本帝国主義」や「韓国併合」(日韓併合とも言う)があった。なぜなら、日露戦争中という時期が時期だからである。この年1月1日、旅順が陥落し、「ロシアを排除した後は、朝鮮半島は日本のもの」という目処(めど)が立ちつつあった。すでに日清戦争を経て清は排除されていた。
『世界大百科事典』(平凡社)によれば、韓国併合を推し進めた3つの協約のうち、第1次が04年8月22日、第2次が05年11月17日で、韓国の外交権や国政の権能を次々と奪っていった。第1次で、日本政府派遣の顧問(財政・外交)を韓国政府に置くことが決められ、外交上の重要案件などは日本と協議しない限り処理できなくなった。第2次では、韓国の外交権を完全に奪った。そのようなタイミングで、日本は竹島を編入したのである。
まとめると、次のようになる。

○ この年、日本は竹島を強奪したというほどではない。「背景には」日本帝国主義や韓国併合推進があったが、それを「前面に押し出して」編入したのではない。
○ 当時は帝国主義(欧米露日など)の時代であり、それら諸国の慣習が国際法だった。
○ 日本の圧力下にあった韓国政府は、公式には抗議しなかった。韓国の民間には反対論もあった。
○ この編入は「先占」という国際法の法理に沿ったもので、前述のような背景や圧力があっても、当時の国際慣習では合法だった。

(3) 1905年~日本敗戦……竹島は問題にならなかった(ただし、韓国内で韓国併合全体が問題にならなかった、という意味ではない)

ここで注意を喚起しておきたいのは、第1次大戦(1914~18)の前後で国際慣習が変わったことである。国際連盟ができ(1920年)、不戦条約で自衛以外の戦争が違法化され(1928年)、植民地獲得競争の時代は終わった。ただし、以前からの植民地はそのままであった。
1910年の韓国併合は国際的に承認されたが、32年の満州国建国は主要国から承認されなかったのである。

(4) 1946年1月29日……SCAPIN667号。竹島問題の始まり

1910年から45年まで、朝鮮半島は日本だった。「敗戦後、日本はドイツみたいに分割されずに済んだ」と言う人がいるが、日本も分割された。ただ、ヤルタ協定・ポツダム宣言の方針により、おおむね「本来の日本」と「それ以外」とに分割されたので、「日本は分割されなかった」と都合のいいことを言っているに過ぎない。
あくまで制裁であるから、連合国は「本来の日本」と「それ以外」との切れ目に厳密性を期さなかったようだ。多少ずれても、それも含めて戦勝国による敗戦国の処分だった。ポツダム宣言8条により、日本はこれに従う義務があった。ここら辺を勘違いして、「日本は自ら本来の形(固有の領土)に戻った」と思っている人がいる。しかし、線引きしたのは連合国であって、要するに敗戦の帰結(結果)である。
竹島問題もこの「ずれ」の一つといえる。だから私は、日韓の問題というより日米の問題だったと書いたのである。

ポツダム宣言第8条(1945年7月26日)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js200726.htm
八 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ(引用終り)

連合軍最高司令部訓令(SCAPIN)第677号(1946年1月29日)
http://www.hoppou.go.jp/library/document/data/19460129.html
(引用はじめ)
3  この指令の目的から日本と言ふ場合は次の定義による。
(中略)
 日本の範囲から除かれる地域として
 (a)欝陵島、竹島、済州島。
(中略)
5  この指令にある日本の定義は、特に指定する場合以外、今後当司令部から発せられるすべての指令、覚書又は命令に適用せられる。
6  この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。(引用終り)

これにより、竹島は日本の範囲から除かれた。

(5) サンフランシスコ条約……反対解釈

SCAPIN677号には、最終決定と解釈してはならないと書いてある。それでは、連合国の最終決定は? 遅くとも講和発効前に、講和条約または他の取り決めとして示されなければならない。ところが、サンフランシスコ条約には竹島のことが書いてないのである。

日本国との平和条約(51年9月8日調印、52年4月28日発効)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js27-5.htm

第二条(a)に日本の放棄する島が列挙され、竹島は挙がってない。したがって、日本にとどまると解釈する人がいる。しかし、「第二条(a)の島ならば放棄する」と「第二条(a)の島でないならば放棄しない」とは、同値ではない。法学では「反対解釈」といい多用されるが、あいまいさを残す。また、当時の米政府高官が「竹島は日本領」との内意を韓国政府に伝えていたことが、のちに公開されたが、内意では弱い(ラスク書簡)。
なぜ、新たな覚書も出さず、講和条約にも明記しなかったのか? ここで、「覚書」「条約」などに関する説明を引用しておこう。

『世界大百科事典』(平凡社)から「条約」
具体的な条約は個々の場合に必ずしも〈条約treaty〉と呼ばれるわけではなく, 〈取極arrangement〉〈協定agreement〉〈憲章charter〉〈規約covenant〉〈規程statute〉〈交換公文exchange of notes〉〈往復書簡exchange of letters〉〈議定書protocol〉〈覚書memorandum〉などさまざまな名称が付せられる。これらのものは名称の差異にかかわらず実質的には条約と同意義であり,その内容によって名称が一定しているわけでもない。(引用終り)

前出の SCAPIN(Supreme Command for Allied Powers Instruction Note)は「連合軍最高司令部訓令」と訳しているが、「GHQ覚書」と訳すこともあり、「訓令」も「覚書」も訳語の違いに過ぎない。SCAP(通称GHQ)から一方的に出されるものだが、日本政府が受諾することにより(従うしかなかったわけだが)、国際法上の明示の合意となる。ここでいう「覚書」は、「忘れないように書き留めておく私的なメモ」ではなく、外交文書である。
それに対し、ラスク書簡は当時の米国国務次官補(日本で言うと局長級)から韓国政府に宛てた密書である。当時は、米国と韓国しか内容を知り得なかっただろう(存在自体は噂されていたようだが、全文公開は後年)。もし、連合国が「竹島は日本領」と最終決定したのなら、なぜ日本政府に対して公式に通達しなかったのか? その文書がどこにもないではないか。要するに、ラスク書簡は「米国の内意」であって、「ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すもの」とは解釈できない。

SCAPIN677号で日本から除かれた島のうち、のちに返還されたものは、覚書や協定などを伴っていた。それらがなければ戻ってこない。例えば、北緯30度以南・29度以北の7島(鹿児島県大島郡十島村の下七島)を見よう。677号で出て行ったが、サンフランシスコ条約には記述がない。しかし、51年12月5日付けのGHQ覚書「若干の外かく地域の日本からの政治上及び行政上の分離に関する件」により、戻ってきた。誰でも気付くことだが、竹島についても同様の覚書が必要だったのである。しかし、GHQはそれを与えなかった。
それでも、サンフランシスコ条約に明記すればセーフである。実際、数次にわたる条約草案には、竹島の記述があった。

竹島問題(田中邦貴氏による)
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/6.ghq.html

上記のサイトの立場は、日本側主張が正しい、韓国側主張に理はないとするものである。しかし、その意図に反して、集められた資料は「竹島に対する連合国の方針は二転三転して、日本優勢に傾きつつも、玉虫色決着に終わった」ことを示している。最終決定を明記しなければ、後で揉めるのは分かり切っていただろうに、結局条文から竹島の記述は削除された。SCAPIN667号で出て行ったきり、その帰属は宙に浮いた。

(6) 李承晩ライン……海洋法秩序の混乱に乗じた

いや、浮く暇もなかった。条文のあいまいさに付け入り、(GHQ から日本政府への)権力移動時の間隙を衝いて、52年1月18日、韓国が「李承晩ライン」を設定したのである。ライン内に竹島を含んでいた。
サンフランシスコ条約の発効前という時期から見て、まだ竹島は連合国に属していたはずだ。韓国は日本から竹島を取ったというより、連合国から取ったことになる(領有権と施政権を分けるにしても、施政権を取られることは支配が及ばなくなることである)。
いずれにせよ、その後日本は国際司法裁判所(ICJ)へ訴えようとしたが、韓国は応じなかった。開始に両国が同意しないと、この種の裁判は始まらない決まりになっている。国際法という代物は、土台そういう仕組みなのだ。
「韓国が法廷に出ないのは、出れば負けるからだ」と言う人がいる。しかし、「裁判さえすれば日本必勝」という思い込みは、単純すぎないか? 韓国は竹島を支配している以上、勝つ確率が 100%でない限り、法廷に出て来るまい。だが、政治や外交の世界で 100%の事柄はない。他方、日本は率が低かろうが高かろうが、裁判くらいしか手がない。「ダメでもともと」だ。日本が裁判したがるのは、竹島を支配してないからである。韓国は逃げるも何も、竹島に居座って動きゃしない。つまり、「裁判したがる・したがらない」と「裁判で勝てそう」とは相関がない。

韓国は戦後の海洋法秩序の混乱を巧みに利用したのでもあった。昔の海洋法は「領海」と「公海自由の原則」で比較的安定していたが、1945年9月のトルーマン宣言で動揺し始めた(大陸棚、保存水域)。多くの国がこれをまね、てんでに権利を主張した。52年1月の「李承晩ライン」宣言もこの風潮に乗っていたため、日本漁船を苛烈に取り締まったにもかかわらず、韓国は国際的な指弾を浴びなかったようだ。
このように混乱した海洋法秩序は、国連海洋法条約で再建されることになるのだが、まとまるまで長い年月がかかった。58年にひとまず4条約が採択されたが、安定せずに再検討を迫られた。82年に現行条約の採択に漕ぎ着けたが、60カ国の批准が効力発生の要件だったため、発効までに12年もかかった。こうした過渡期、日本は李承晩ラインの非を鳴らし続けたが、ようやく撤廃されたのは65年のことだった(日韓条約・日韓漁業協定の締結)。

(7) 日韓条約……問題棚上げ

戦後、1965年まで日韓には正式な国交がなかった。それを結ぶための予備交渉は51年から始まったが、しばしば中断して合計十数年もかかったのである。それほど交渉しながら、結局竹島の帰属は決まらなかった。問題を棚上げして条約は結ばれた。日本に竹島を取り返す力がないことは、残酷なまでに明白となった。
日本も韓国も、しょせんアメリカ親分の子分である。日韓条約も、アメリカの指導でようやく締結にたどり着いたと言われている。そのとき親分は、竹島は日本領と言ってくれなかった。そして最近も、米政府高官は「領域をめぐる問題には介入しない」と述べている。
米政府、不介入を強調 竹島問題
http://www.asahi.com/special/060419/TKY200604200302.html

何のことはない、サンフランシスコ条約の昔から、米国の二枚舌外交に日韓は翻弄されてきたのだ。親分は、子分のどちらにも良い顔をしたいのである。
李承晩ラインが設定された52年1月18日は、朝鮮戦争のさなかだった。韓国および米国(国連軍)は、北朝鮮および中国人民義勇軍と決死の戦いをしていた。日本はと言うと、米軍の後方基地になって、銃弾などを作って納めて大儲けしていた(朝鮮特需)。日韓同士の直接の戦争はなかったわけだが、竹島問題には、日露戦争・第二次大戦・朝鮮戦争などいくつもの戦争が影を落している。
結局、サンフランシスコ条約締結は拙速で、日本はその犠牲を払うことになった。条文のいくつかは玉虫色で、そのことが竹島問題や北方領土問題の一因ともなっている。しかし、それに気付いていたとしても、日本は早く国際社会への復帰を認めてもらいたかったし、冷戦の激化ゆえ米国も速やかに日本を取り込みたかった。日本は機を逃さず「単独講和」して、のちの繁栄につながった。痛恨の島々喪失と引き換えに。

投稿日時 - 2007-05-11 09:54:23

お礼

竹島問題の元はアメリカにあるのですか?
初めて聞く意見なので、何とも・・・。
頭に入れておきます。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-05-19 09:04:51

ANo.10

竹島問題を棚上げしてきた日本政府に問題がありますね。捏造した地図が展示してある竹島の記念館に面白い石碑があります。対馬はわが領土なりと書いてあるそうです。うかうかしてると対馬まで朝鮮に取られてしまいますよ。

投稿日時 - 2007-05-08 17:03:36

お礼

韓国政府は「対馬は韓国領土だ!」と言っていますね。
これからは日本人も声を大にして発言する時期だと思います。

投稿日時 - 2007-05-19 09:02:29

ANo.9

日本国有の領土です。

国際司法裁判所に委ねる事を拒否している実態からして、韓国は自ら国際的に見て竹島の正当な領有権は証明できないことを理解しており、このため竹島を侵略支配しているのです。

捏造とかの次元の問題ではなく、東京や大阪が明らかに日本の領土であるように、竹島も明らかに日本の領土です。
敗戦後の条約においても日本古来の領土である竹島は日本に帰属していることは認められており、これを韓国が侵略の意図を持って実効支配している状態をもって、宣戦布告なき戦争を仕掛けられたことを自覚し、一致団結して国土を守る必要があります。

韓国の行っている行為は、国際法を無視した侵略行為であり、過去の歴史を持ち出すことを持っても、何ら侵略行為の正当性はあり得ません。
政府には国民と国土を守るべき義務があるのですから、火急速やかに竹島から韓国を駆逐する必要があるはずです。

投稿日時 - 2007-05-07 06:42:15

お礼

なるほど。
東京や大阪が明らかに日本の領土であるように、竹島も明らかに日本の領土なのですね。
どうして日本人は韓国政府に抗議しないのでしょうか?

投稿日時 - 2007-05-19 08:59:52

ANo.8

1番です。

世界の一般的意見は、実効支配しているか否かです。
日本サイドから見ると、いかにも正しそうに見えても、国際社会から見たら、全く見当違いはなはだしい事もあります。

中米にベリーズという国がありますが、その国の成立の過程をご存知でしょうか?
そもそもスペイン領であった土地に、イギリスが勝手に殖民し、そこが独立してできた国です。
グアテマラは、領有権を主張していますが、国際的にはベリーズを独立国として認定しています。
現在ベリーズをグアテマラ領とする国は、全くありません。
これは、条約も過去の事実も、実効支配という既成事実の前には、全く無力であるという事です。

フォークランド紛争においては、イギリスを韓国に、アルゼンチンを日本に置き換えるべきです。
フォークランド諸島領有が、なぜイギリスとアルゼンチンの間で問題になっているのか理解されての発言とは思えません。

また、国際司法裁判所の件が出ていますが、これも国際司法裁判所という組織の性格上、国際司法裁判所の判断がどんな判断が出ようと(韓国領とされたとしても)、日本側の100%勝ちであり、国際司法裁判所での仲介が行われるという事だけで、韓国側の100%敗北となる事に気が付いていないのでしょうか?
もし中国が、尖閣諸島に関して国際司法裁判所での判定を仰ぐ事を申し込んできた場合、それを受けるという事は(日本領と判定されても)、100%日本側の敗北を意味します。
国際司法裁判所で判断を仰ぐという事は、両国間に領土問題が存在する事、両国共に相手国の主張に一定の理解を示すという事になってしまいます。
韓国が、対馬は韓国領と主張し、国際司法裁判所での判断を仰ぎたいと言って、日本が同意したとすると、日本としても、韓国側が対馬を領有する権利も有る事を認めた事になってしまうからです。
相手国の主張に一定の理解を示すからこそ仲裁が成立するのですから。

過去の古文書をいくら引っ張り出して主張しても、国際的理解は得られません。
それを言い出したら、イラクのクエート占領も合法となってしまいますし、世界中で大混乱になってしまいます。

韓国領でないなら日本領という事ですが、韓国領と規定されていないからといって日本領とは限りません。

まさか1905年に何があったのか知らないわけではないでしょうに。
だからこそ、韓国側としては、竹島問題で絶対に引けなくなるのです。

投稿日時 - 2007-05-07 04:40:47

お礼

>世界の一般的意見は、実効支配しているか否かです。

それでは中国共産党がチベットを実効支配しているので、チベットは中国領ということですか?
中国共産党が核爆弾で攻撃をして沖縄を実効支配したなら、沖縄は中国領ということですか?
北朝鮮が核爆弾で攻撃をして北海道を実効支配したなら、北海道は北朝鮮領ということですか?
日本が朝鮮半島を攻撃をして実効支配したなら、朝鮮半島は日本領ということですか?

世界は弱肉強食で核爆弾などの大量に人間を殺すことのできる兵器を持った方が意見が通るのですね。
では、日本が中国・北朝鮮と対等に交渉するためには、核爆弾を所有しなければいけませんね。

投稿日時 - 2007-05-19 08:58:42

ANo.7

 こんばんは!

>竹島が韓国領である合理的根拠はあるのでしょうか?

 私もこの問題には非常に興味があるのですが、正直なところ、「竹島が韓国領であるとする合理的根拠はない」と思います。
 韓国の竹島(韓国名:独島)の領有に関する主張と根拠とするところは、単に流し聞きするだけならば肯定したくなるような性質のものなのですが、その根拠の真実性を探求してみると、疑問に感じない方が不思議なくらいの矛盾を抱えています。
ぜひ、こちらのホームページ(膨大な量です)を全部みていただきたいと思います。
【Toron Talker】竹島(独島)メモ
http://toron.pepper.jp/jp/take/index.html


 ただ・・・取り返すとなると、あちらのお国柄から言って、これはかなり難しい問題のように思えます。正直、北方領土並かそれ以上に難しいと思います。こちらのページをご覧下さい・・・

 【朝鮮日報】独島:日本の「侵奪6段階シナリオ」とは?
http://www.chosunonline.com/article/20070423000063
 この朝鮮日報の記事によれば、「韓国政府傘下の研究機関の実務者」さんは、『国際司法裁判所への提訴が行われた場合、韓国・日本のどちらであれ敗訴した方が不服とし、第6段階に突入することが予想される。この第6段階に該当する事例がチリ・アルゼンチン間のビーグル海峡島嶼を巡る領有権紛争だ。77年、国際司法裁判所はこの島嶼を当時占有していたチリの領土と確定したが、アルゼンチンは承服せず、78年に武力衝突を引き起こした。この事例は、第6段階の次の段階ではともすればこうした結果を招く可能性があるということを示唆している。(記事より抜粋)』と言うのです。

 この記事を見て、私は愕然としました・・・どう見ても、「ネタ」では済まされない内容です・・・。
 韓国側からすれば、きっと、「韓国が国際司法裁判所での裁判を受諾すれば、いずれにしても戦争が起こるから、受諾しない。これは、理性的な判断である。」と、自らの主張を正当化しているのでしょう。しかし、私としては、この判断は誤っていると思います。

 日本国政府が韓国政府に対して、この問題を国際司法裁判所において解決しようと提案していますが(1954年9月以降。日本国政府は、現在もこの立場を維持している。)、韓国政府はこれを拒否し続けています。これに対し、日本国政府は『仮に、国際司法裁判所において日本国が敗訴した場合、以後、竹島に関する一切の領有権の主張をしない』旨を表明していますが、この事実は昭和37年の国会議事録にも明確に書かれていますので疑う余地はありません。
 【衆議院議事録 第040回国会外務委員会第6号 (国立国会図書館HP)】
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/040/0082/04002270082006c.html
「○受田委員 必ず勝つという前提でやられても、結果が負ける場合もあり得ることなんです。敗訴した場合にはやむなく向こうへお返しするという前提に立っているという原則ははっきりしているわけですね。」(上記HPより一部抜粋)

 この答弁からもわかるように、日本国政府は、「韓国側が、現在も竹島を実効支配している」という現実を冷静に受け止め、これに対して「実力の行使による解決の道を自ら放棄し」(1954年4月21日、独島に接近した海上保安庁の巡視船が独島義勇守備隊の銃撃を受け、被弾していますが、海保側からの反撃はしていないようです。【Wikipedia「独島義勇守備隊」の項http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E5%B3%B6%E7%BE%A9%E5%8B%87%E5%AE%88%E5%82%99%E9%9A%8A参照】)、かつ「平和裏に解決する方法を模索し」、最終的には「国際司法裁判所の判断に従う」とまで表明している現実があるのですから、『日本国政府は、日本国憲法の平和主義の理念に従い、韓国政府に対し、真の理性に基づき、平和裏に事態解決をしようと訴え、かつその努力をしている』と見るべきだと思います。
 こう考えると、私は、韓国政府が自らの実効支配の正当性を国際社会に納得させたいのであれば、先の記事のような分析などはすべきではありません。却って、国際社会から冷ややかな目でみられる端緒となってしまいます。韓国政府がとるべき唯一の道は、『国際司法裁判所の法廷で自国の主張を余すところなく行い、日本国が表明しているのと同じように、その司法判断に潔く従う』以外にないと思います。でも、そうせずにここまで意固地になっているという現実をみると・・・韓国にとっての最大の仮想敵国は、『日本国』なのではないか、日本国に戦争を売るつもりなのか、と疑ってみたくもなりますね・・・。ちなみに、韓国海軍最新鋭のヘリ搭載強襲揚陸艦(輸送艦との記事もある)が「独島」と命名されていますし・・・。

投稿日時 - 2007-05-07 00:03:53

お礼

詳しい解説をありがとうございます。
本当に韓国は困った国家ですね。
どうしてあんな国(韓国・中国)が近くにあるのでしょうか?
日本にとって不幸です。

投稿日時 - 2007-05-19 08:49:21

ANo.6

この問題について考える時、この問題に対して憲法九条がどういう意味をもつかよく考えるべきだと思います。

今では四半世紀も前になってしまいましたが、フォークランド紛争を思い出してみてください。知らないのなら、検索してみてください。フォークランド諸島はイギリスの領土でしたが、アルゼンチンは今の韓国と同じようにフォークランドはアルゼンチンの領土であるという世論が大きくなり、民衆の不満をそらすためにガルチェリ大統領はアルゼンチン軍を動かし、フォークランド島を占領してしまいました。しかし、イギリスには日本と違い憲法九条がありませんでした。サッチャーは空母や潜水艦を送り込み、戦争になりました。本気で戦争したら旧式のアルゼンチン軍はイギリスの敵ではなく、程なくイギリスの圧倒的な勝利となり、フォークランド島はイギリスに戻りました。イギリスは戦争という手段を選ぶことによりなんとかフォークランド島を取り戻すことができました。

いくら国際法違反だと叫んだところで、実際に占領されているものを取り戻すことはできません。武力の行使なくしてそれは不可能です。上のフォークランドの例や湾岸戦争のように武力を行使すればば竹島は日本にもどるでしょう。しかし、武力なしではイスラエルの占領地が戻る可能性が無いように竹島も戻る可能性はないでしょう。韓国の竹島の占領に合理的な根拠があるかどうかなど、言ってもしかたがないことです。ハーグの国際司法裁判所だって強制権が無い以上はどうしようもありません。

外交的な抗議で取り返せたのは直後だけです。直後に断固とした抗議を行いアメリカを動かすことが出来れば取り返せる可能性はありました。いまとなってはアメリカは動かないでしょうし、アメリカが動いても韓国に対する強制権がありませんから、どうしようもないと思います。1952年ならアメリカが動けば韓国も撤退するしかなかったでしょう。

まあ、竹島だけですんでいるから、幸運です。北朝鮮はすでに国際的に十分孤立していますから、これ以上孤立しようが無いと対馬を占領しようとしてきたら、日本は憲法九条の元で何ができるか見ものです。

投稿日時 - 2007-05-06 23:35:39

お礼

安倍政権の下で日本は「憲法九条を改憲」する方向に動いてますね。
中国の経済は2008年の北京五輪までしか持たないという世界のエコノミストたちの意見は一致しており、
「独裁政権は経済が破綻し、社会が混乱したとき必ず軍事的冒険主義に出てくる。それは台湾や尖閣諸島に向けられるかもしれない」と予測されていますね。
私は「憲法九条を改憲」に賛成です。

投稿日時 - 2007-05-19 08:47:28

ANo.4

第一大邦丸事件で日本政府は断固とした抗議をして、国際問題で大騒ぎにしないといけないのにそうしませんでした。当時の日本政府は腰抜けでした。いまさら韓国の占領が違法であったといってもすでに時遅しです。今となっては、韓国と戦争するくらいの覚悟が無いと、取り戻すのはあきらめるしかないでしょう。しかし日本の憲法ではそれは不可能ですから、どうにもなりませんね。腰抜けの罪は大きいのです。
北朝鮮の拉致問題でももう何年か時が過ぎたら同じ事になるところでした。せめて拉致問題では同じてつを踏まないという教訓にするくらいしかないでしょう。

投稿日時 - 2007-05-06 22:11:37

お礼

確かにそうですね。
第一大邦丸事件で日本人が殺害された時に、日本政府は大きく抗議しないといけませんね。
これからの日本政府には期待したいです。

投稿日時 - 2007-05-19 08:36:44

ANo.3

サンフランシスコ講和条約で日本の領土とされたのですから、日本の領土だと思います。韓国も文句があるなら、日本ではなくアメリカに言うべきだと思います。

投稿日時 - 2007-05-06 20:25:19

お礼

韓国人にとっては条約など破るためにあるのでしょうか?
不思議な韓国です。

投稿日時 - 2007-05-19 08:31:14

ANo.2

>竹島が韓国領である合理的根拠はあるのでしょうか?
ないです。僕の知っている限りではないです。

事実上韓国が支配しているから韓国の領土というわけではなくて、
国際法上は日本の領土なんです。

1905年(だったかな?)に日本のが竹島は日本の領土ですとしました。
そこからいろいろあって、日本は戦争に負けて、
1952年(だったかな?)のサンフランシスコ講和条約で、
領土について取り決めが行われました。

第2条(a)日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する。
って書いてあったんだと思うけど、
これで、朝鮮半島とか済州島、巨文島、鬱陵島に対してのみ権利を放棄、
その時点で、正式に日韓領土問題が終了しています。

これらで竹島が一度でも韓国側であるといわれていないです。
韓国側で無いなら、南北朝鮮の領土ではない領土は日本の領土となります。

これは一番の回答者さんがいう
「日本も韓国も、少し前(百年くらい前)までは、両国とも全く関心が無かった島ですから、現在両国とも自国に都合の良い資料を出し合って相手の資料にイチャモンつけているにすぎません。」
ということになるのかな。
だって、1905年くらいに竹島は日本の領土になって、
そのときに南北朝鮮はなんにもいわなかったんだから。

若輩者なんで、ねえ、本当に参考意見程度にしてください。
なんか見当違い名ことを書いてすみませんでした。

投稿日時 - 2007-05-06 19:08:34

お礼

サンフランシスコ講和条約
第2条(a)日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄

ということは、竹島は明らかに日本の領土ですね。
大東亜(太平洋)戦争中は朝鮮半島周辺は日本の領土だったのですから。

投稿日時 - 2007-05-06 19:40:46

ANo.1

現在韓国が実効支配をしています。
そのため、現在は韓国領と言えます。
ただし、将来に関しては分かりません。

日本も韓国も、少し前(百年くらい前)までは、両国とも全く関心が無かった島ですから、現在両国とも自国に都合の良い資料を出し合って相手の資料にイチャモンつけているにすぎません。

少なくとも、日本が竹島を奪取すれば、国際的には、韓国への侵略とみなされるはずです。

投稿日時 - 2007-05-06 15:32:28

お礼

韓国は武力で日本人漁民を殺害(第一大邦丸事件)してまで、竹島を無理矢理に実効支配しているだけで、韓国領と言うには無理がありますね。
日本が竹島を占領しても、国際法的には問題ないです。
「韓国への侵略」とみなされる、国際法は存在しません。

>日本も韓国も、少し前までは、両国とも全く関心が無かった島
ということは、
(1)朝鮮併合以降は朝鮮半島周辺は日本の領土だったのだ。
(2)サンフランシスコ講和条約で日本は竹島の権利を放棄していない。
結果、「竹島は日本の領土」だということですね。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2007-05-06 19:50:04

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