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締切り済みの質問

山口母子殺害事件 21人の弁護団

山口母子殺害事件の被告には21人の弁護士がついているそうです。

安田好弘弁護士以外の20人の名前を教えていただきたいです。

また、この弁護士の人数は多いのですか?少ないのですか?

同じ職種の方々は、この様子をどう思われているのでしょうか?

投稿日時 - 2007-05-25 14:28:47

QNo.3029221

暇なときに回答ください

このQ&Aは役に立ちましたか?

366人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(67)

ANo.68

21人の弁護団って多すぎと思います。

何故なら、どの弁護士が、少年の『あのどらえもん発言』の
責任をとるのでしょう。
(責任者が、居ないんですよ、)

※赤信号みんなで渡れば、怖くないです。

弁護団の誰ひとり、少年の発言を、信じて弁護してますって、
発言がないんですから?(TVコメントでも)

被告の少年を信じてないで、弁護するって、普通ありえんでしょう。

少年が、
どらえもんが、好きであれば、どの位どえらえもんが好きなのかの証拠は?
・少年はどらえもんのマンガ本の差し入れはしているのか?
・どらえもんのTVは、毎週見ていたのか?
・猟奇小説の作者と作品名は?
・猟奇小説が好きであれば、愛読書が沢山あるはずです。

弁護士が、沢山居たのだから、
21人の人海戦術で、証拠と裏づけをとり・事実を訴えていたはずです。

私としては、少年の発言を信じていますと弁護士のひとりでも発言して欲しかったです。(残念な裁判です。)

投稿日時 - 2008-10-03 05:45:53

ANo.67

レスが早くてある意味うれしいですね。
ありがとうございます。

これで言葉のすり替えや論旨の変更などの言い訳がなければ良かったのですが...

システムの話は、
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
という理屈に聞こえますがいかがでしょうか?

今回は「弁護人の擁護者=システムの擁護者」とされていますがその他にも同様の表記がありましたよね?

私の要旨が省略された一部抜粋を転記していますが、これは被害者の立場で物事を考えることが
できない人をあえて分類分けしたものです。
(分類時表記に悩みましたが率直な意見です)

それぞれの発言内容をどのように受け止めるかは個々の問題なので、弁護人擁護の意見を
多数書き込んでいる方はあたかも自分が人非人のように思われたのかも知れませんね。
既に機を逸していますが特定の誰か宛の発言ではありません。

また、すぐ物事をイコールで決め付ける習性があるようですが、その推察は的を得ていません。

大事な人を失った人の気持ちは失ったことのない人には見当もつかないと思います。
そのやるせないつらい気持ちを考えたことがあるのかどうかが背景ですよ。

単純な背景だと思いませんか?

素直な気持ちを忘れていませんか?

勘違いの背景を推察されていましたがご理解いただけましたか?


最後にこれは閲覧されている方がいればその方すべてに言いたいのですが、
書き込みのやり取りに際し、私に於いては敵味方の考えはありません。

もとより制度についての意見ではないので制度を語る方とはかみ合いませんので敵味方もないですが...

少数派(世論はそうですよね?)や知識の有無に関わらず自分の意見を提示することに
ついては称えるべきだと思っています。
(意見の内容ではなく一般的な常識のある方の発言する行為そのものについてです)

私は専門家でも法律を専攻していたわけでもないですが現時点での意見をおよそ提示することが
できましたし幸いにして返答もいただきました。
何にでも首をつっこみ口をはさむのが良い事ではないですが、意見があるのに意見を言わず見過ごす人には
なりたくありませんので書き込んだ次第です。

今後も賛否があれば書き込んでいただけると幸いです。
(道義に反する内容はあまり見たくはないですが)

投稿日時 - 2007-10-26 01:33:19

ANo.66

勘違いしてほしくないのは、冤罪という言葉の使用において
私もangelic001氏も間違ってはいないということです。
それをangelic001氏は間違っているという指摘をなされたので、
間違いという指摘は間違っているという反論をし、冤罪という言葉は
用法が広すぎるのでもっと厳密な言葉に代えたまでです。

最初に戻りますが、何故私がシステムの話を持ち出したかというと

> 弁護人を擁護する意見を書き込んでいる人は、

このページにおいて弁護人を擁護する意見を書き込んでいる人は
みな弁護士の職務つまり弁護というシステムを擁護しています。
ネット上でも被告人自体を擁護する発言は弁護団以外にはほとんど見たことがありません。

この「弁護人の擁護者=システムの擁護者」という現状において

> ・所詮他人事という前提で意見を書き込んでいる
> ・妻子なんていない
> ・身寄りなんていない
> ・該当弁護人の自作自演

このようなシステムを守ることが人非人かのような
質問を投げかけること自体がおかしいのです。
この問題提起は「弁護人を擁護する人=被告人を擁護する人」でないとおかしいのです。
最初からシステムを標的としたものであったのなら、私の気の回しすぎといったところですが。

この質問が出てくる背景に、被告人を擁護する弁護人を擁護することが直接的に被告人を擁護することにつながるという勘違いが存在することが推察されます。

その勘違いを何とかしなさいと言っているのです。わかりますか?

投稿日時 - 2007-10-25 23:35:17

ANo.65

再度のご指名ありがとうございます。
ご自身の矛盾点はともかくとして、まずは冤罪について間違いに気付いていただけて幸いです。

主張される内容は相変わらず別方向に行っていますが表現は微妙に柔らかくなりましたね。

私が前々回より書き込んでいた、
「人が死んでいるという事実は変わらない」
ということも一部ご理解いただけた様子ですが、
「被害者の気持ちになり考える」
という要旨はどうなんでしょうか?

あらぬ方向に持っていこうとされていますが、
・本件の被告の発言内容
・量刑について
・感情で裁く
・システムについて
以上について私は言及していませんよね?

名誉毀損の構成要件の可否判断は私でも名誉毀損(明言はしていませんが)を犯した人物でもなく
裁判所の判断ですが、いずれの場合も犯した事実は変わらないと言っているのですが。
構成要件と違法性の判断、構成要件と有責性の判断のそれぞれ相互の関係については
常に議論されているらしいですが実際は裁判にならないとわからないのが実情ですよね?
犯罪を構成しないとはこの程度では犯罪ではないと認識ですか?
この程度の悪い事は大丈夫という認識ですか?

私の考えの正当性を主張するわけではありませんが、それは正しい考えではないですよね?

所詮私も当事者ではないので分類するとすれば野次馬の一人でしょうが被害者の気持ちを
考えることは忘れたくないですね。

弁護システム云々、最終的には司法システム云々ときましたがそれらのシステムについての意見は
どこからきたんでしょうか?
前述しましたが私の書き込みには見当たりませんが...

自分以外の力(各種システムなどの誤引用ですが)がないと発言できませんか?
己自身の考え方で話ができませんか?

ちなみに現段階で敵味方の分類分けはしていませんが考えに相違がある人だとは思っています。
また、有資格者かと思ってましたが思い違いみたいでしたね。
この辺りは短絡的思考だったかも知れません。

今回もありがとうございました。

投稿日時 - 2007-10-25 23:02:45

ANo.64

> angelic001氏

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A4%E7%BD%AA からの引用ですね。
> 冤罪(えんざい)とは、捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件、(以下略)

私が使った冤罪という言葉はそのページの下のほうの「俗語としての冤罪」になります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A4%E7%BD%AA#.E4.BF.97.E8.AA.9E.E3.81.A8.E3.81.97.E3.81.A6.E3.81.AE.E5.86.A4.E7.BD.AA
わかりやすいと思って「冤罪」という言葉を使ったのがかえってあだとなったようですね。
一般的な意味での冤罪という言葉は意味が広すぎで誤解を招きやすいのを失念していました。
私が使った冤罪という言葉はすべて「事実誤認」に読み替えてください。

> 冤罪(えんざい)とは、捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件、

まさに、弁護団が問題があると指摘しているのが捜査や裁判(1審2審)の過程なのです。

> この時点で本件について言えば無実でないことは本件の弁護人も認めていることから冤罪を持ち出すことは間違いです。

無実でないとは、どの部分においてでしょうか。
人が死んでいるという事実のみにおいて、ではないでしょうか。全面的に事実を認めているようなことは聞いたこともありません。
故意というのは事実誤認であるというのが弁護団の主張ですので、一部事実誤認があるという主張です。


どうも名誉毀損の定義をあいまいに捕らえておられるようですが、
刑法における犯罪である名誉毀損罪と、民法における不法行為である名誉毀損をごっちゃにしていませんか。
犯罪という言葉を使っているので、刑法における名誉毀損罪と認識しましたが。
その場合は厳密に構成要件を満たしているかが問題です。

> 名誉毀損について他の方が誤解されないよう追記しておきます。
> 「人の名誉を毀損すべきことを認識しながら、公然事実を摘示することによって成立し、
> 名誉を毀損しようという目的意思に出る必要はない。事実を摘示するための手段には
> 特に制限がなくその事実の内容の真偽を問わない」
> 今回のように住所氏名が推測される場合のみ適用と考えるのは間違った解釈です。

この文章における「人」とは現実社会上の「人」を意味します。
ネット上のハンドルネームは現実社会上の本人に関連性がありません。
そこにおいて、ハンドルネームに対する名誉毀損(?)は現実社会の本人に対する名誉毀損になりえないのです。
更に名誉毀損罪における名誉とは、外形的な社会上の地位・評価を指し、内面的な主観的名誉は含まれません。

(1)公然と事実を摘示し、(2)人の名誉を(3)毀損した場合に成立するわけですが、(1)と(3)が揃っていても
毀損されたのが(2)人の名誉ではないのですから、名誉毀損罪の構成要件を満たしません。
ですので、

> 実際の量刑の有無は未定ですが犯罪は犯罪ですよね?

犯罪を構成しませんよ、と言っているのです。


> 本件で被告を擁護する人は被害者の気持ちになれない人だとの認識は間違いなさそうですね。

ここに重大な認識の相違があるように感じます。
裁判には感情論を持ち込んではなりません。これは絶対です。
感情論を持ち込めばどうなるかは歴史が証明しています。私刑法廷、人民裁判です。

野次馬として個々人の感想を述べるのは問題ないのですが、それを司法システムに持ち込むとなれば話は別ですと言っているのですよ。
これは無茶な批判(angelic001氏)に対するアンチテーゼであり、積極的な被告人擁護とは無関係です。
敵(あなた)の敵(私)は(被告人の)味方、といった短絡的発想をしていませんか?

投稿日時 - 2007-10-25 20:51:01

ANo.63

どうやらとことん論破したいようですが...

まず冤罪の認識ですが下記をご覧になられてどちらが認識違いかを確認してください。

=======================================================================
冤罪(えんざい)とは、捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件、
およびその捜査・裁判の過程の問題を広範に意味する言葉。
「無実であるのに犯罪者として扱われること」を指し、推定無罪の原則からすると、
裁判において有罪とされ、この判決が確定の場合に限るべきである。
日本では、起訴有罪率の高さから、「起訴された」イコール「犯罪者」と認識されやすく、
裁判の結果無罪となった場合も冤罪と呼ばれるが、本来は誤用と言うべきである。
=======================================================================

この時点で本件について言えば無実でないことは本件の弁護人も認めていることから冤罪を持ち出すことは間違いです。
冤罪のパーセンテージ表記も誤用です。
(引用元が必ずしも正しいとは限りませんが通常の認識とみなしても良いですよね?)

どちらの立場から考えるかで暴論と表記されている内容の受け止め方はそれぞれですが、
素直なものの見方をしていただかない限り意味を理解できないことでしょう。
交通事故死の事例を持ち出されていますが、被害者の立場になれば死んだ事実は
どのような理由にせよ変わりません。
まず被害者の立場でこの事実を理解しないから一緒くたとなるんだと思われますが...

言い分の正当性云々はどこから出てきたのか知りませんがその内容について、
私は何も言いたくないですし言っていません。
ゆえに私の関知するところではありません。

名誉毀損罪について苦しい言い訳をしていますが今回名指しで書き込まなかったのが
罪を認めるいい証拠では?
かような書き込みを繰り返されている方はどの部分を持ってどの罪に該当するかは十分承知の上だと思ってました。
無論承知不承知に関わらず犯罪ですが。

犯罪を犯そうとしている、あるいは今後エスカレートすることが予測される方への注意が、
脅し文句ととられるとは思いませんでしたが、的外れで一方的な主張をされ問題発言も
多々ある内容にすら礼の言葉で締めくくる私の配慮がわからない人であれば仕方ないですね。

名誉毀損について他の方が誤解されないよう追記しておきます。
「人の名誉を毀損すべきことを認識しながら、公然事実を摘示することによって成立し、
名誉を毀損しようという目的意思に出る必要はない。事実を摘示するための手段には
特に制限がなくその事実の内容の真偽を問わない」
今回のように住所氏名が推測される場合のみ適用と考えるのは間違った解釈です。
実際の量刑の有無と罪の有無が違うことは書き込んだ本人も承知しているはずですよね?

私は名誉毀損と明確に書き込んではいませんがどの部分が該当するかは当人の書き込みで
散々主張されているように私の言い分ですし裁くのは私でも私を名指しした当人でもないので
実際の量刑の有無は未定ですが犯罪は犯罪ですよね?

著しく脱線しましたが、
本件で被告を擁護する人は被害者の気持ちになれない人だとの認識は間違いなさそうですね。
被害者の気持ちになれない人は、それぞれに相応の理由はあるのかも知れませんが、
本件の弁護人も今回の書き込みをされた方もどちらも本来の内容に対してではなく
別の違う主張、問題のすり替えという箇所は同一なのである意味共通性があるのかも?

とりあえず再度返信いただきありがとうございました。

投稿日時 - 2007-10-25 16:26:04

ANo.62

> 冤罪を持ち出していますが本件では事実関係は明白ですよね?

明白ではありません。その認識の時点で既に間違っています。
論理を組み立てる前提が違っているので、それを基にした結論も違っているのです。
裁判が終わり判決が確定するまで、明白な事実は何一つありません。
冤罪とは、事実誤認の一般的な呼び方であり、弁護団は
一部事実誤認があるということを主張しています。

冤罪というと、無罪か有罪か、0%か100%かの様なイメージを想起させますが、
実際は30%冤罪や80%冤罪といった、すべてにおいて白黒付けられない事態が多くあります。

交通事故で人をひき殺した例で言うと、車を当てて人を殺した事実は認めるけど、
故意で殺したのではない、誤って当ててしまったのだということを言っているのです。

これを一緒くたにして「人を殺せばそれがどんな経緯であっても一緒だ」というような暴論を吐いているということは自覚しておいた方がよいと思います。

更に、ここは重要なところなのですが、言い分が正当かどうかを判断するのは裁判官であって、
どんなに荒唐無稽な主張であろうと、言いたいことを言うこと自体は全く責められる代物ではありません。


> 特定個人への名指しできた時点で内容により誹謗中傷に相当する事実を知らない程度の関係者みたいですね。

名誉毀損罪の事を言っているのだと思いますが…
特定個人といいますが、あなたはハンドルネームに対して住所氏名を公開されているのでしょうか?
それとも、angelic001というのは非常に有名な、芸名のようなハンドルネームで、それと聞けばすぐに誰某とわかるものなのでしょうか?
寡聞にして、私にはあなたがどこの誰かわかりません。
現実の個人を特定できなハンドルネームに対する誹謗・中傷は名誉毀損を構成しませんよ。
ネット上の名誉毀損などというのは幻想です。
脅し文句としては無知な人には効果があるかもしれませんが…

そもそも私の書いた文章の何処が誹謗であったり中傷であったりするのか知りたいところです。

投稿日時 - 2007-10-25 11:03:27

ANo.61

程々に理論武装した関係者(?)が特定個人へ名指しできましたね。
特定個人への名指しできた時点で内容により誹謗中傷に相当する事実を知らない程度の関係者みたいですね。
(ちなみにそれは犯罪です)

冤罪を持ち出していますが本件では事実関係は明白ですよね?
(最高裁でも冤罪の可能性はまったく無しと判断済み)

意見の正当性を主張したいがために冤罪事件を持ち出してきたのだとは思いますがそれらと今回の件はまったく違います。
交通事故についても同様です。

私自身が今回の被害者の方と近しい間柄ではないので、実際のところ、本当の悲哀などわかるはずもありませんが、この件においてシステム云々と話す人には被害者の気持ちは到底理解できないことでしょう。

明日は我が身で他人事ではないと意見もありましたが、明日は我が身でも現在はまだ振りかかっていないということなのでは?

「人を殺したんだから一緒だ。言い訳無用」
と私の意見を分析されたようですが、もちろん一緒です。
被害者の立場から考えれば大事な人がいなくなった事実は同じですから。
そんなこともわからないでしょうか?

私の意見を曲解する前に、弁護人の本質と目的を再考され、今後の活動、あるいは人生に役立てていただきたいものです。

最後になりますが私は弁護人不要論を唱える気はありません。
前回の書き込みを穿った見方をせず素直に受け止めていただければ、弁護人の要不要やシステムの問題でないことは理解できるかと思われますが、いずれにしましてもご返答いただきありがとうございました。

投稿日時 - 2007-10-25 01:59:34

ANo.60

>angelic000氏
弁護人が被告人を弁護することつまり、弁護というシステムを擁護することと、被告人を擁護することは
全く別だということが理解できておられない方がまだ居られるようですね。

被告人を擁護する人については、批判するのは勝手ですが、被告人を弁護するというシステムに自体に対する批判は見過ごせないです。

>・所詮他人事という前提で意見を書き込んでいる

他人事ではありません。明日は我が身です。
最近では富山の強姦冤罪事件、鹿児島の買収冤罪事件。彼らのような人は何故冤罪になったのでしょうか?
強姦したような奴には弁護などするべきではないと思いますか?
現実には強姦した”かもしれない”だけなのに?

交通事故で人を殺した人と、ナイフで人を刺し殺した人が、人を殺したという事実で同じだから同じ罰を受けるべきだと思いますか?

我々一般人で可能性があるのは上記交通事故や痴漢冤罪でしょう。疑いをかけられ、裁判の場に出される。
検察官は法律の知識を豊富に持ち、その知識を総動員してあなたを攻撃してくる。実は殺意を持って人を轢き殺したんだろうと攻め立てる。
それに対して法律知識に乏しい一般人が対抗するというのはフェアじゃありません。じゃあどうするか?
同じように法律知識が豊富な被告人の味方を用意するのですよ。
最初から味方として用意されているので、何が何でも被告人を擁護します。
これが弁護というシステムそのものです。

これに対し、「人を殺したんだから一緒だ。言い訳無用」というようなどんぶり勘定的な極論を吐いて批判しているのがあなたのような人なのですよ。

弁護人の妻子も交通事故に会う可能性があるから、交通事故の弁護はすべきでないと思いますか?

投稿日時 - 2007-10-24 23:30:33

ANo.59

様子についてそれぞれの見解が出ていますが...

私には妻子がいますが、今回弁護人を擁護する意見を書き込んでいる方々には妻子がいますか?

自分の妻子が同じ目にあっても同様の意見が言えますか?

弁護人を擁護する意見を書き込んでいる人は、
 ・所詮他人事という前提で意見を書き込んでいる
 ・妻子なんていない
 ・身寄りなんていない
 ・該当弁護人の自作自演
いずれかに該当するのでは?

まったくもって私の主観(偏見)ですが、当事者(被害者)の気持ちになれない方々だということは確かですよね。

投稿日時 - 2007-10-19 00:14:55

ANo.58

59さんへ。

たしかに、そういう感想を抱かれると思いますが、現実は、以下の2つの点でそう簡単ではないのです。

1つ目は、被告人と向き合って信頼関係を築くというのは、言葉でいうほど簡単なことではないということ。
2つ目は、何が真実かを弁護人が決めることなどできないということ。

まず、前者についていうと、被告人のいうことを最初から盲信する弁護人はまずいません。打合せの過程で、疑問があれば、「それはおかしいんじゃないの?」と、口を挟むでしょう。でも、それに対して「でも、本当にそうなんですから」と言われた時、それ以上、何が出来るでしょうか?

被告人と散々に口論をして、お互いに立場の違いを解消できないまま、矛盾した立場で公判に臨むのでしょうか? あるいは、最終的に被告人が意見を変えたとしても、公判でいきなり、弁護人におかしいと散々言われたから意見を変えたと言い出したらどうでしょうか?

様々な被告人がいます。その中には犯罪を何度も繰り返した確信犯的なワルもいます。たとえば、刑務所に何度も入り、その都度、更生できずに犯罪を犯した被告人に対し、はじめて弁護をする弁護人が、更生させて真実を話させて、涙を流させる……なんて不可能でしょう。そんなことが簡単にできれば、刑務所なんていらないはずです。

2つ目の点は、被告人が少々、変なことを言っていたとしても、それが真実でないと簡単に排斥できるかどうか、です。

そもそも、弁護人は、当たり前のことですが、犯行の場面そのものを見ているわけではありません。被告人の話や客観証拠(捜査機関が提出した書証しかありませんが、それが常に真実とは限りません)から想像するしかできません。まして、被告人の内心など、完全に想像でしかありません。

そういう弁護人が、あなたは嘘をついていると決めつけて、被告人を追求したり、法廷で被告人は嘘をついているということなどできなません。そもそも、一見の弁護人が簡単に真実を確定できるのであれば、長期間かけて裁判をする必要などないはずです。

刑事弁護の手法というのは、多くの先人達の反省や経験の中で幾多の裁判を踏まえ、形成されたものです。回答制限の字数制限があるのでこれ以上は書きませんが、そういう中で発達した今日の被告人中心の弁護手法は、現実の様々な制約下では、もっとも現実的なものかと思います。

投稿日時 - 2007-10-08 16:16:27

ANo.57

もう書かないと言った私がまた書くのもなんですが、静観していても止まる気配はなさそうなのでちょっとだけ。

元検弁護士のつぶやき
http://www.yabelab.net/blog/

urara_sさん以下、弁護士への質問がある方は覗いてみるのが良いと
思います。
弁護士主催のブログとしては一番弁護士本人のレスが多いのではない
かと思います。
他の弁護士先生が多忙な中、無理解なコメントに対するのに疲れた風
なのと比較して、精力的にレスを返されています。
安田氏をはじめとする弁護団の主張自体には異論のある方なので、
この事件の味方弁護士は見たくないというような方も一見されても
良いのではないでしょうか。

参考URL:http://www.yabelab.net/blog/

投稿日時 - 2007-09-26 14:28:16

ANo.56

No.58さんへ

はじめまして。
素人ですが、伺ってみたくてメールしました。
No.58さんというよりは、法律の問題を論じている方たちのお話を伺っていて、いつもひっかかる事ですが、No.58さんのコメントがその代表的なものだったので、メールしました。No.58さんに対して攻撃するつもりはありません。

>被告人が自分で言っているのであれば、それに沿って弁護をするのは当然の>こと。弁護人が自分が真実だと思うことを被告人に押しつけることはできま>せん。そんなことをすれば、それこそ懲戒ものですし、刑事弁護の前提であ>る被告人との信頼関係も築けません。
⇒被告人が自分で言っている事だとしても、弁護人自身が納得できなければ、納得いくまで被告人と向き合うのが、弁護士だと思うのです。
 被告人の言うことを無条件に信じた弁護を展開する事で本当の信頼関係が被告人と築けるのでしょうか?
 被告人は自分の言う事を鵜呑みにしてくれてうれしいでしょうけれど、それは信頼関係といえるのでしょうか?
 私は違うと思います。

>誰だって弁護を受ける権利はありますし、弁護人になった以上、被告人の主>張に沿って弁護を進めていかなければならないでしょう。
 ⇒もちろん、誰にでも弁護を受ける権利はあります。
  でも、被告人の主張に沿って弁護を進めていかなければならないというのは、違うと思います。
  理由は上に述べた通りです。

>また、被告人が言うことは、かなりおかしいのかもしれません。ですが、そ>れと弁護手法がおかしいかどうかは別の問題です。
 ⇒被告人がいう事がおかしければ、それを元にした弁護手法もおかしいと思います。別問題とは思えません。

>専門家である以上、仕方がない話で、空気を読んで弁護士倫理を曲げていいとか、世論に迎合して本来あるべき弁護をしなくていいという話ではありません。
 ⇒その通りだと思います。弁護士さんには真実を追求して欲しいです。 
  それが本来あるべき姿だと思います。
  被告人にも迎合すべきではありません。絶対。

私は、弁護士の仕事というのは被告人をただただ無罪にする事ではないと思います。
被告人が万が一うそをついているのであれば、そのうそを根拠に無罪を勝ち取ったとしても、それは被告人のためにはなりません。
もちろん、被害者にとっても社会にとっても害悪です。
被告人が真実を話し、自身でそれを受け入れ、心から反省しなければ、被告人の更生はありえないでしょうし、更生しない人間をいつか社会に解き放つのであればそれは新たな犯罪を生むことにつながりかねません。
弁護士は目の前の裁判の勝利を目的とすべきではないと思います。
とりあえず、死刑をまぬがれてからその先というのでは本末転倒だとも思います。
真実を追求して欲しいです。
それが本村さんの願いでもあると私は思います。

投稿日時 - 2007-09-25 12:20:48

ANo.55

若干、補足しておくと、今回、公判で出ている話は、弁護人の創作か被告人が言っていることか分かりません。弁護人の創作であれば、弁護士倫理上、大問題です。ただ、その真偽は分かりませんので、そういう前提で弁護人の活動を断罪するわけにもいかないでしょう。

で、被告人が自分で言っているのであれば、それに沿って弁護をするのは当然のこと。弁護人が自分が真実だと思うことを被告人に押しつけることはできません。そんなことをすれば、それこそ懲戒ものですし、刑事弁護の前提である被告人との信頼関係も築けません。

誰だって弁護を受ける権利はありますし、弁護人になった以上、被告人の主張に沿って弁護を進めていかなければならないでしょう。憲法や刑事訴訟法で弁護人選任権が保証されている以上、誰かが引き受けざるを得ない仕事です。

司法関係者は、キチガイばかりとおっしゃるのは結構です。また、被告人が言うことは、かなりおかしいのかもしれません。ですが、それと弁護手法がおかしいかどうかは別の問題です。専門家である以上、仕方がない話で、空気を読んで弁護士倫理を曲げていいとか、世論に迎合して本来あるべき弁護をしなくていいという話ではありません。

弁護士が空気を読めないというよりも、世論に反することもせざるを得ない仕事であるということです。

ついでにいうと、今回の事件では、当然、被害者側に立って相談を受けたりしている弁護士もいるはずです。ですが、そういう弁護士が安田弁護士の懲戒申立をしているという話は聞きませんし、本村洋さんが弁護団に対して、被告人を弁護すること自体を批判したり、弁護人個人に対し個人攻撃をしているといった話も聞きません。被害者の参加が乏しい現状の司法制度に対する批判はあるようですが。

木村洋さんは、公判後には、『早く裁判を終了してほしいが死刑がかかっている。存分に主張されたらいいと思う。元少年や弁護側が証人を出すだけ墓穴を掘っていく。この人間を裁けない司法ならいらない』と述べているようであり、被告人の主張内容に嫌悪感は示しているものの、主張すること自体まで否定しているわけではなく、裁判所が適切に排斥してくれるはずというスタンスのように窺えます。

今回の被告人の主張に対して、本村洋さん自身は、大変、不快な思いをされていると思いますが、他方において現状での司法制度を前提とする以上、弁護人の活動は仕方ないと理解されているように思います。

当事者ですら、そういう理解があるのに、マスコミは感情論に走りすぎている感じがありますし、橋下弁護士は、当事者が不本意ながらも理解しているこういう弁護人の役割という基本的なことすら理解せずに、感情論で懲戒を煽ったと言われても仕方ないのではないかと思う次第です。

投稿日時 - 2007-09-17 21:12:32

ANo.54

一連の推移を眺めていて判ることは
あんな裁判をしているにもかかわらず
一般市民や部外者の弁護士が少し意見を述べただけで
専門家である弁護士に意見するとはケシカラン訴えてやる!!!!!
と何の迷いも無く思えるのは凄まじいですね。

あの弁護団が変なだけかと思っていたのですが
こんなとこでも専門家は上記のようなご意見なんですねぇ・・・

司法関係者ってキチガイばっかりなんでね。
橋本弁護士みたいに軽薄でいいかげんだけどたまにまともなことを言う弁護士さんなんてのは希少な存在で、基本はオウムの横山弁護士みたいな御馬鹿で空気の読めないキチガイだったのですね。
いゃぁ 勉強になりました。

投稿日時 - 2007-09-17 12:56:10

ANo.53

>電話帳くらいの厚さがある記録が少なくとも5冊はあるでしょう。それ以外に裁判に出ていない証拠や弁護人しか分からない被告人とのやり取りなど、弁護団しか知らない事実は山のようにあります。

それが、ドラえもん小噺や蝶々結びや死姦蘇生法だから問題なんだよ。
39条狙いだとしても粗雑すぎる。裁判所どころか、公の場で語ることを憚られるほどしょーもない内容です。酔っ払いが語っていてもアウトでしょう。

20人以上の弁護士がいて(スタッフ支援者はもっといるんでしょうね)あんな答弁を平気で行う低脳さが信じられないのです。
こういう事件で精力的に弁護するべきなのは冤罪や正当防衛の可能性やある場合だけだとわたしなどは思うのですがね。

投稿日時 - 2007-09-17 12:47:23

ANo.52

今は、21名ではなく、22名になったと思いますが……。

弁護士の数としては多い方ですが、事件によっては、一つの事件なのに何百人もの弁護団がつくことがありますから、そういう意味では、びっくりするほど多いとか、異常というものでもないでしょう。ちなみに、安田弁護士が罪に問われている刑事事件の控訴審では、2000人以上の弁護士が弁護人として名を連ねています。

多くの弁護士がついていることについては、そういう点でいうと珍しくないですし、弁護士は本当に色んな考え方の人がいますから、それぞれの弁護士が自分の主義・主張に沿って仕事をしているというだけであって、他人がとやかくいう問題ではないというのが印象です。

ついでに、あの事件については、弁護団に対する批判も多いようですが、そもそも、弁護士の感覚では、自分が担当していない事件で、マスコミが報道する程度の情報だけで、その訴訟行為の適否なんて判断できません。

おそらく、あれだけの事件ですから、電話帳くらいの厚さがある記録が少なくとも5冊はあるでしょう。それ以外に裁判に出ていない証拠や弁護人しか分からない被告人とのやり取りなど、弁護団しか知らない事実は山のようにあります。

弁護団は、それだけの資料や事実を踏まえて、相当苦労をしながら事件を担当しているはずであり、それなのに、事件について何の責任も負わない他の弁護士が、マスコミで報道されている程度の資料に基づいて、批判をするようなものでもないと思います。

テレビに出ている弁護士の方は、そういう批評をしてくれないと番組が成り立たないからこそ、いろいろと発言をしているのだと思いますが、いささか無責任な感を抱きます。

投稿日時 - 2007-09-15 21:57:27

ANo.51

 感想ですいません。
 他の死刑囚(既に刑を執行された人を含めて)は、改めて人の命に軽重があることを思っているのでしょうね。「俺の時は、そんなにたくさんの弁護士が手弁当でついてくれなかったぞ。」と。
 ところで、和歌山カレー毒物事件の林眞須美被告には今後、大弁護団が手弁当でつくのでしょうか?私には、林被告は当該事件とその前に殺人を犯したとされる事件とでは、別人格に思え、まだまだ謎が多いと思えます。
 また、畠山静香被告にも今後、大弁護団が手弁当でつくのでしょうか?娘に対する殺人については、テレビから依頼された某県警鑑識経験者が、「もし警察発表の通りに行われたとしたら、私にはそれは不可能に思える。」と頭を抱えていましたものね。こちらも、謎の多い事件に思えます。

投稿日時 - 2007-09-12 08:32:19

ANo.50

被懲戒請求者であり、橋下弁護士提訴の原告でもある
今枝弁護士のコメントがあります。
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_8ff1.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_d4f0.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_68cb.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f553.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_502b.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_0520.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_d914.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_da83.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_8957.html
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_4ddf.html

> ルール違反
そうですね。
実は、ここへ書き込んだ当初(A.No.10)からその問題は認識していました。
思うところがあって、見て見ぬ振りをしていたのは事実です。
これを最後に止めることにします。

失礼。

投稿日時 - 2007-09-12 00:43:09

ANo.49

ですからね?
書き方の問題なんですよ。
わざわざ送ろうとしてる方や送った方を怯えさせる書き方に対して、そう言っているんですよ、わかります?
>橋下弁護士が提訴された記事を見て、ビクビクして居られる方もいるのではないでしょうか。
>No.7の方なんか特に危ないですね。橋下弁護士同様に扇動側に立ってしまったのですから…
これが理知的に諭した書き方ですかね。

他にも色々書きたいことがありますが、控えます。
これ以上は議論になりますからね。
あと、教えてgooのルールに関しての指摘には完全にスルーされているようで。。。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa428203.html(こちらの最後
http://blog.goo.ne.jp/oshietegoo/c/2fd47a0436464f7e861d622ad803e8ab
よくお読みください。
このことに対してお返事を頂けると思っていただけに、とても残念です。
法を語る、守ることも大切ですが、その場その場のルールがあります。
まずはそちらを守ってみては如何でしょうか?

投稿日時 - 2007-09-11 23:22:22

ANo.48

ちょうど『弁護士は正義の味方』というキーワードに関する記事や
刑事弁護への理解に関する記事を見つけたので、参考までに。
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tottori/archive/news/2007/08/27/20070827ddlk31040093000c.html
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-549.html
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/6655d75f679e9fa0246fae28fbb14852

投稿日時 - 2007-09-11 23:13:15

ANo.47

> 弁護士は正義の味方じゃなくて(全てとは言いません)単なる職業だと言うことです。

一部語弊がありますが、そういうことですね。
語弊というのは、正義とは具体的にはどういうものか、というところにあるのですが。
子供が夢見るような絶対正義を敢行する職業だという誤った幻想を抱いている人が多いということです。

この件のずっと前に21のうちの一人が話しているのを聞いたことがあるのですが、
「白を黒にしてしまったことはあるけど、黒を白にできたことは一度も無い」だそうです。
彼らは彼らの正義を行っているだけでしょう。

そもそも、黒かもしれないと思っていても白くなるように弁護”しなければならない”という
刑事弁護に対する理解が無さ過ぎです。

これと、先の幻想とが合わさってこういう騒ぎになっているんでしょうね。

> ANo.47
脅しに見えますか?
懲戒請求というのはほとんど告訴と一緒なので、証拠も無しに人を犯罪者として告訴(懲戒請求)すると、
ただではすみませんよという一般論を言っているだけですよ。
そりゃ権利は誰にでもありますが、義務を無視して濫用していい権利などありません。
ちなみに、懲戒請求に値する理由とは、実質的に法を犯した場合だけです。

ただ、各人の懲戒請求と、今回の橋下弁護士のように扇動した件はちょっと状況が違います。
数の論理ではないのに、数が多ければいいといったふうに扇動した場合は、業務妨害の意図が推測されるのですね。

被告人に腹を立てるのはもっともなのですが、被告人の言い分を伝えるスピーカーとしての弁護人に対して、
あたかも弁護人が発案者であるかのように考え、腹を立てるという筋違いの行いをしている人が多数見受けられます。

今回の騒ぎは筋違い・無理解・幻想・その他多々ある勘違いによって
起きているのだ、と言いたいだけなんですがね。

投稿日時 - 2007-09-11 21:52:51

ANo.46

弁護士の名前だけの回答になります。

この「探偵ファイル」の記事に21人の弁護士の名前と事務所名が
掲載されています。
今回の事件に対する探偵さんからの意見も書かれています。
http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop_2007/09/07_01/index.html

参考URL:http://www.tanteifile.com/tamashii/scoop_2007/09/07_01/index.html

投稿日時 - 2007-09-08 11:51:02

ANo.45

私は無謀な運転により妻を失い裁判を経験したものです。その経験から言わせてもらうと、「人権のなのもとに犯罪者が保護されすぎていて、被害者は全く死に損か?と思わせるほど悲惨です。そしてその家族も!」その点も考慮が何もないのが残念です。マスコミも全て。
また、彼ら弁護団を見て気づいてほしいのですが、弁護士は正義の味方じゃなくて(全てとは言いません)単なる職業だと言うことです。
企業にも社会正義を全うするために頑張っているところもあれば、私利私欲のためになりふりかまわない会社もあるのと同じです。
私は最初弁護団に対して腹が立ってこの怒りをどこに向ければ・・・と考えていましたが、上記のように考えると別の見方になりました。
追伸、今村仁弁護士は広島の幼児殺害のヤギカルロ(?)の弁護もしているようです。やはりと感じるのは私だけでしょうか?

投稿日時 - 2007-09-08 10:59:37

ANo.44

そもそもここは議論の場ではありませんよね。
それを何時まで議論してる貴方達もどうかと思いますよ。
特に法に詳しい方が、ここのルールを無視して議論するのは正直どうかと思いますけどね。
この弁護士の方々が、正しいか正しくないか以前の問題です。
法を語る前に
http://blog.goo.ne.jp/oshietegoo/c/2fd47a0436464f7e861d622ad803e8ab
こちらをよく読まれてはいかがでしょうか。

あと、ANo.46の書き込みはどうなのでしょうか。
議論で頭に血が上ってるようですが、諭してると言うより脅してるように見えるのですが。
>彼は扇動したので当然ですが、数百人の各人に対して同じ訴訟が提起されてもおかしくはありません。
>橋下弁護士が提訴された記事を見て、ビクビクして居られる方もいるのではないでしょうか。
>No.7の方なんか特に危ないですね。橋下弁護士同様に扇動側に立ってしまったのですから…
せめて「違法な懲戒請求は虚偽告訴の範囲内なので、送るときはよく考えて送ってください」
で、良いんじゃないですかね。
請求する権利は国民誰にだってあるんですから。

投稿日時 - 2007-09-06 11:57:45

ANo.43

さてさて、懲戒請求騒動の発端となった、橋下弁護士が提訴されました。
彼は扇動したので当然ですが、数百人の各人に対して同じ訴訟が提起されてもおかしくはありません。
橋下弁護士が提訴された記事を見て、ビクビクして居られる方もいるのではないでしょうか。
No.7の方なんか特に危ないですね。橋下弁護士同様に扇動側に立ってしまったのですから…
今回は民事のみのようですが、違法な懲戒請求は虚偽告訴の範囲内なので、刑事での裁きもありうることです。

光事件弁護団から、光事件Q&A(弁護団への疑問に答える)という資料が出てきました。
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/0d076757138bc3e15ad60a04b184e8e4
これによると、21人全員ボランティアであるということでしたね。
先に書いたとおり、本題と全く関係のないことですが。

投稿日時 - 2007-09-04 19:26:25

ANo.42

>思うに、私が述べた人権思想は近代法の大前提となっており、全ての弁護士も当然それに立脚し弁護活動を行っているものであることから、このような矛盾は現代においては不可避的だといわざるを得ません。
>国民がこれに対して感情的・感覚的な違和感を覚えたとしても、それ以上の対応をすることはできなく、残された選択肢は我が国が近代法を捨てることしかなくなります。

これは現状において不可避であるというだけではないでしょうか。無条件の人権という概念のもたらす害悪が広く自覚されるようになれば、将来への展望はおのずと開けてくるものです。問題は、原因が無自覚のまま放置されることです。
法曹界は、無条件の人権を原理原則に据え置くことで思考停止に陥っています。導き出される結論に誤りがあるなら、原理原則を疑うのは理系の常識です。
そういう意味で、今回のような法曹界の常識と世論との対立には意味があります。
法曹界が是非を問わなかった無条件の人権がもたらすものを見つめなおす好機となるからです。
法は人のためにあるのであって、法のために人があるのではないはずです。近代法の不備、矛盾を自覚するところから、より優れた法、時代と文化に則した法を構築できるものであると私は期待します。

投稿日時 - 2007-08-28 16:58:56

ANo.41

(これ以上の議論は教えて!gooの趣旨に反することになってしまうのでは・・・と恐れつつ)

>今回の一件は、法を守る弁護士の西洋論理と、日本人の伝統的な倫理観との衝突であるという見方ができると思います。そして、正義の衝突が生じてしまった根本原因こそ、無条件の人権を正義と信じる愚行にあるということを、われわれは自覚すべきではないでしょうか

なるほど。西洋論理と日本人の倫理観の衝突がこの問題の図式という見方には同意します。しかし、無条件の人権を正義と信じることが愚行であるのか私にはわかりません。

思うに、私が述べた人権思想は近代法の大前提となっており、全ての弁護士も当然それに立脚し弁護活動を行っているものであることから、このような矛盾は現代においては不可避的だといわざるを得ません。国民がこれに対して感情的・感覚的な違和感を覚えたとしても、それ以上の対応をすることはできなく、残された選択肢は我が国が近代法を捨てることしかなくなります。

私の主張するように、そして貴方も理解されるように、法の論理からいえば、この21人の弁護士は(積極的に行っている弁護活動及びその主張内容に関しては)責めを負うべきいささかの過ちもないという点について一般人も理解するべきだと思います。となると、結局法律に関して無知な人たちは感覚的に感じた違和感を理屈をもって説明することはできないので、弁護団に対する懲戒運動をしたり、安田弁護士を名指しにした脅迫状を送ったり、日弁連に対して模造の銃弾を送ったりする嫌がらせなどの無責任な批判を繰り返すことくらいしかできないのでしょう。

繰り返すようですが、例え、一般人が感じる其の違和感からくる怒りがこの近代法の矛盾を根源としているとしても、その批判は、本来は、司法または近代法的思想を採用している国家に向けられるべきであり、この「感覚的な矛盾」の象徴となってしまった21人の弁護士に向けられるべきものではないと私は考えます。

投稿日時 - 2007-08-28 08:50:16

ANo.40

この21人の仕事が法的に間違っているかといえば、決してそんなことはないでしょう。現行法を考える際には憲法を原理原則とする以上、無条件の人権という思想に依拠して弁護士が加害者の人権を守るのはいたしかたのないことです。
つまり、そこが問題なのです。無条件の人権という単なる思想に過ぎないものが、現行の制度をして今回のような茶番のごとき裁判を生み出す遠因となっているのです。

21人の仕事は法的には間違っていない。被告を弁護するのは当然の仕事。けれど、その延長上で死者の尊厳が冒涜される現状。これは何かがおかしい。何かが間違っている。
そこで無条件の人権という思想に誤りがあると喝破できればよいのですが、多くは、この21人が間違っているという発想にいたってしまう。
実際、彼らは無条件の人権を正義として背負っているので、攻撃する側にとっては坊主も袈裟も区別がつかないのです。
法の論理からいえば、彼らが責めを負うべきいささかの過ちもないという意見はわかります。しかし、理屈で納得できぬ憤り、これは間違っているという一般人の覚える違和感、直感が、21人の行いを赦せない。それは合法か非合法かといった理屈の次元ではありません。
では、そうした一般人の感覚的な怒りが間違っているのかといえば、決してそんなことはない。個々の法を超えた倫理観、善悪を処断する感覚としては、むしろすこぶる健全です。

今回の一件は、法を守る弁護士の西洋論理と、日本人の伝統的な倫理観との衝突であるという見方ができると思います。そして、正義の衝突が生じてしまった根本原因こそ、無条件の人権を正義と信じる愚行にあるということを、われわれは自覚すべきではないでしょうか。テーマが壮大だからといって無条件の人権という思想の是非について考えることを怠っていたのでは、問題の本質を見逃してしまうことになると私は思います。

投稿日時 - 2007-08-28 04:57:39

ANo.39

この場で「無条件の人権」という途方もない大きな思想についてのトピックをこの事件との関係で議論をすることが果たして適当かどうか。この場では、この21人の弁護士が批判の対象になりうるかについて意見を交換しているものだと考えます。この21人の弁護団を批判している人は刑事訴訟の最も大事な要素を見落としているのではないでしょうか。
このような刑事訴訟、否、全ての刑事訴訟で大事なポイントとなるのは、真実発見と人権の保障のバランスです。この二つは刑事訴訟法の第一条に書かれている重要な「目的」であります。また、刑事訴訟法の解釈においても、被告人の処罰の必要性や真実発見の要請と人権保障の要請とが衝突した際には憲法の原理原則に戻り、人権保障の原則を徹底しなければならないとされております。
それでは、実質的に被告人の人権を守るのは誰かということになると、これは弁護士です。弁護士は、被疑者・被告人の権利・利益の擁護を任務・使命として、その限度で真実の発見に協力するもであって、被告人の利益・不利益を問わず真実を明らかにする裁判官とはその使命を異にします。よって、弁護士に真実発見義務があるとしても、それは積極的な義務ではなく、消極的な違法妨害回避義務と解されます。具体的には、弁護士は、たとえ真実であっても、被告人に不利益な証拠を、その意思に反して提出できませんし、被告人の意に反して有罪の弁論をすることは訴訟上の任務違反となる判例もあります。これだけ見ても、この21人は ”just doing their job”ということになります。
しかし、これでは被害者・遺族への配慮が欠けるという意味では被害者の人権は議論の余地はあると思います。ですが、被害者は事件の当事者であるものの、訴訟の当事者ではありません。また、刑事訴訟は被告人が加害者であるかどうか、あるとしたらどれだけの責任を負うかを確定する手続きなので、被害者の人権を考慮しすぎて、刑事訴訟法の根本的な目的である真実発見と人権保障を制限するわけにはいかないと思います。そのような意味では、弁護士の行為が被告人の権利・利益の擁護をする上で被害者遺族の感情・人権を踏みにじっているという指摘があったとしても、「そうですか」としかいいようがありません。それを理不尽だと一般人が考えるのは私も理解できます。今後、必ずしも十分とはいえない、被害者の視点から見る刑事訴訟というのを模索し続けなければいけないとは私も思いますが、それは司法そのものの使命であり、この21人の弁護団をその点で批判するのは妥当ではないと考えます。
また弁護団の主張している内容が今までと被告人が述べた事実と違ったとしてもそれもjust doing their jobです。今争っている場所は最高裁から差し戻された高裁であり、ここでの弁護士の仕事は「事実関係を争うこと」であります。よって、それもjust doing their jobといえるでしょう。

投稿日時 - 2007-08-28 02:58:35

ANo.38

advocate-yへ

貴兄と私、人権に関する認識が不足しているのがどちらであるかは、閲覧者の判断にゆだねるとしましょう。
しかしながら、貴兄の論法では、無条件の人権というものが絶対で、議論の余地のないものとして扱われていることが問題だと思います。無条件の人権という「近代思想」が実社会にもたらしている歪を鑑みるとき、これを疑問視するは当然のことです。いかに優れてみえる思想も、現実に及ぼす影響を鑑みて修正を余儀なくされる必要があるのです。事実、共産主義思想は、共産主義国家の崩壊によって、その矛盾を露呈しました。

特に問題であるのは、法の専門家の中に、貴兄のごとく無条件の人権を絶対視し、思考停止に陥っている方々がいることです。現実には、無条件の人権というありがたい近代思想によって、死んでしまった者への尊厳が蹂躙されています。
加害者は、ただ生きているというだけで人権が保障され、被害者は死によって人権を失い、その尊厳が顧みられていないといえるでしょう。
そうした理不尽に対する一般人の感情的な、しかし、至極正当な憤りが、この21人を代表する無条件の人権主義に向けられているのだと私は思います。
人権には義務が伴い、自由には責任がともなう。無条件の人権という思想は無条件の自由を是認する思想であり、これこそが社会を蝕む病根であると考える識者は決して少なくはないのです。

投稿日時 - 2007-08-27 19:29:27

ANo.37

>極端な例ですが、かのヒットラーには、それこそ強烈な信条と信念があり、彼がその信条に基づいて積極的に行った仕事はユダヤ人虐殺でした。正義というものは時代や文化、それを背負う個々の信条によって微妙に異なるでしょうが、それが何をもたらすのかを考えるとき、正義を背負っているから赦されるというものでもない

率直に言うと、これは随分と極端な例を挙げられたな・・・と思いました。
ヒトラーとこの21人の弁護団とを同じ土台に乗せ、両者とも「信条と信念に基づき積極的に仕事を行った」と論じることはかなり誤解を生みかねない発言だと考えます。
確かに、両者とも「信条と信念に基づき仕事を行った」という意味で同じであると論ずるのは簡単かもしれませんが、この弁護団の行っている行為とヒトラーが過去に行った行為とは決定的にその本質を異にします。それはあなたもおわかりでしょう。それは先に述べたように、この21人の弁護団はヒトラーとは異なりその信条信念の達成の名の下に法を破るような行為は一切していません。暗殺・虐殺を行い法律を破り手段を選ばずに目的を達成するような行為をこの21人の弁護士はしたでしょうか。彼ら21人の弁護士は全て法律の範囲内で自分達のできる限りのことを尽くし、自らの職務を遂行しようとしているだけであります。決して、ヒトラーの行ったユダヤ人虐殺とは同じではありません。あなたのようにヒトラーのユダヤ人虐殺の話を持ち出して論ずると、論点が信念・信条達成の為に積極的に仕事を行うときの手段に摩り替わってしまいます。私が論じていたのは「そもそも自己の信念・信条達成の為に仕事をするのはおかしなことか」であります。

>凶悪殺人犯は、こうした「義務」を顧みない存在であり、「人権」など認めてやる必要などないのです。

これは人権というものへの理解が足りないことを窺わせる発言だと思います。(少し引用になってしまいますが)『そもそも、人権とは「人がただ人間であるということのみに基づいて当然に持っている権利」「人間が生まれながらに持っている権利、すなわち、生来の権利」「奪うことのできない権利」であり、固有性・不可侵性・普遍性という特徴があります。
日本国憲法11条は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と規定し、同97条は「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と定められています。これらの規定は、「大日本帝国憲法下における『天賦人権』論の排斥および治安維持法のもとで顕著となった国家による人権侵害に対する反省」のうえにたって、人権が固有性、不可侵性、普遍性を有していることを明示的に確認したものである。』とされます。
このように人権はそもそも無条件のものであります。これは現代の憲法などの人権論を学ぶときの基本・基礎となる部分だと言われています。よって、凶悪殺人犯には人権は認める必要のないものなどという考え方は、今の時代に適当ではありません。(いづれにしても、この場で人権論について意見を交換することは不要だと思いますが)

>無論、その批判には、理路整然とした批判もあれば、感覚的、感情的な批判も含まれることでしょうけれど。

これはあくまでも、私の推測ですが、おそらくこの弁護団を批判している人たちのほとんどは感覚的・感情的批判でしょう。日本では凶悪犯の弁護につくというだけで世間の批判の対象なる風潮があります。この教えてgoo!にも「なぜ凶悪犯に弁護士なんかつける必要があるのか」、「なぜやったとわかっている犯罪者に弁護士がつくのか」などという質問が多く、弁護士の必要性を理解していない一般人や人権感覚に乏しい人が世間一般に多いように感じます。そのような人たちからすれば、この21人の弁護団の積極的な弁護活動は「ありえない」とか「理解できない」との批判があるのも理解できます。

>21人の弁護士の行為を批判するということは、裁判官を信頼しないということとは、直接つながりを欠く事象ではないでしょうか。

(「直接」の意味がちょっとわかりませんが・・・)この21人の弁護士の主張内容を「法的」に評価するのは結局世間ではなく裁判官です。ここは滅茶苦茶な弁護活動をしていると見られる弁護士達をただただ批判するのではなく、裁判官が世間の感覚に沿った判断をしてくれるのを期待して待った方が賢明ではないのでしょうかという私の個人的な「意見」を述べたものです。

投稿日時 - 2007-08-25 17:35:29

ANo.36

NO.38へ

>自己の信条・信念を達成するために、積極的に仕事をすることは異常なことなのでしょうか。

極端な例ですが、かのヒットラーには、それこそ強烈な信条と信念があり、彼がその信条に基づいて積極的に行った仕事はユダヤ人虐殺でした。
正義というものは時代や文化、それを背負う個々の信条によって微妙に異なるでしょうが、それが何をもたらすのかを考えるとき、正義を背負っているから赦されるというものでもないでしょう。その正義が受け入れられるべきものであるか否かは時の判断を仰がねばなりません。
そういう意味で、かの21人の弁護士の主張する正義は大衆の正義からNO.をくらったのだと私は思います。無論、大衆の正義、世論が正しいというわけではありませんが、少なくとも、現状ではこの21人に批判的な意見が大勢を占めたというだけの話です。

貴兄は「人権」というコトバを例に挙げられましたが、現在、無条件に認められる「人権」という概念のもたらす社会的弊害を指摘する識者は多くなっています。
「人権」は、それを保障する国家がなければ本来存在しません。南アフリカの戦乱地帯に行けば、人権のかけらもない民衆はいくらでもいます。「人権」は、それを保障してくれる国家に対し、必然的に「義務」を負わねばならないのです。その「義務」の中に、法を守る義務もあるわけで、他人の人権を尊重する必要があるのです。
にもかかわらず、凶悪殺人犯は、こうした「義務」を顧みない存在であり、「人権」など認めてやる必要などないのです。こうした義務を顧みない輩に認められる「無条件の人権」こそが、犯罪者の再犯による犯罪被害の拡大を生みだすのです。これに気づいた多くの人々が、21人に代表される「無条件の人権主義」の欺瞞を批判しているのだと私は思います。無論、その批判には、理路整然とした批判もあれば、感覚的、感情的な批判も含まれることでしょうけれど。

>今の段階ではもう少し裁判官を信頼してもいいのではないのかと思います。

21人の弁護士の行為を批判するということは、裁判官を信頼しないということとは、直接つながりを欠く事象ではないでしょうか。

>そうでないと、それこそ、民主主義が滅びます。

さて、これは本題とはそれるのですが、貴兄のおっしゃる民主主義とは何でしょう。貴兄の表現からして、そこにはすでに「民主主義こそ正義である」という前提があるようですが、それはどうだかわかりませんよ。自由、平等、博愛を掲げる民主主義の欺瞞はあちこちで害悪を生み出しておりますので。

投稿日時 - 2007-08-24 17:25:56

ANo.35

>死刑廃止という自分たちの目的のために鬼畜の弁護を「率先して」行っているということが問題  ….

>積極的=通常の裁判で行われる以上の弁護と、その支援が行われていることになり、これに一般人は憤る…

今更ですが・・・。
この21人の弁護士が死刑廃止という目的のために弁護活動をしているかどうかは、私はしりませんが、仮にそうだとしても私はここまで世間に批判されるべきものなのかどうか考えてしまいます。

そもそも、自己の信条・信念を達成するために、積極的に仕事をすることは異常なことなのでしょうか。

例えば、「人権」という概念は素晴らしいものだと思い、国民・弱者の人権を権力から守りたいという動機で弁護士になることを決意した者がいたとします。その人は弁護士になり「人権は守られなければいけない」という信条を持ち、そしてそのような世界に出来るだけ近づくように、数多くの事件を引き受け、数多くの社会的弱者を一生懸命弁護・擁護したとします。ホームレス・老人・外国人・身体障害者・精神障害者などの社会的弱者であっても生まれながらに当然に人間として持つ権利「人権」は守られなければいけない大切さなものであると考え、その信念に基づき弁護をし、裁判官にそして世間に主張する人生を送ったとします。

果たしてこのような行為は「正義」ではないと簡単に言い切れるのでしょうか。

確かに法廷は自らの信条を主張や達成するの為の場所ではないかもしれません。

しかし自らの信条を達成するためであったとしても、その信条に基づき弁護士としての職務を真っ当に果たし、その目的達成の為に法を破るような行為もせず一生懸命弁護することはいけないのでしょうか。

私はこの事件の21人の弁護士が一体どういう動機で弁護士になることを決意し、どういう動機でこの事件を引き受け、どういう考えで「死刑はよくない」と考えるに至ったかは知りません。ですが、信条に基づきこの事件の弁護士としての職務を遂行しているとすれば、彼らは本当にここまで世間から批判を浴びなければいけないのかどうか考えてしまいます。

弁護士の使命は「人権の擁護・社会正義の実現」です。
そういう意味では彼らは彼自身の信条・信念に基づきこの弁護士の使命を遂行しようとしている立派な弁護士の鏡といえるのではないのでしょうか。
彼ら21人の弁護士は何も法を犯すような行為はしておらず、また、人を殺す行為を激励しているわけでもありません。
ただ、人権派・死刑廃止論者が本件に有志として集まり、自らの信条に基づきこの被告人を何とかして死刑を回避させてあげようと出来る限りのことをして、自らの職務を遂行しようとしているだけではないのでしょうか。

また、彼らの主張している内容・被告人の主張する内容が支離滅裂であっても、其れを以って弁護団あるいは司法そのものを批判するのはどうかと思います。弁護側の主張内容が滅茶苦茶・支離滅裂であるにも関らず裁判官が死刑の判断を下さなかった場合に初めて、批判し、その批判の矛先を裁判官・弁護士および弁護士会・検察官・そして日本の司法システムそのものに向けるべきだと思います。今の段階ではもう少し裁判官を信頼してもいいのではないのかと思います。彼らがしっかりと真実を見極め、事実に即した判断を下してくれることを。そうでないと、それこそ、民主主義が滅びます。

あとは、今後の裁判員制度に期待をするしかないのかもしれません。

長くなってしまいました。
ただの通りすがりだったのですが・・・
私の言っている事が滅茶苦茶だとしたらすみません。
失礼します。

投稿日時 - 2007-08-18 07:52:47

ANo.34

>>kamovback
>ソースの明らかでない情報を妄信するのは危険だと何度も書いています。

妄信しているわけではなく、得られる情報からの推測を述べているに過ぎません。要は可能性の問題です。

>わずか6人しか民選という言葉を発していないのです。
>これをネット上では~と表現するのはいかがなものでしょうか?

逆に、これを国選とする明確な情報もないので、情報の質的量的評価としては私選であるとの認識に分があるのではないでしょうか。
ネット情報のソースが6人であったとしても、その背後には膨大な閲覧者がおり、過ちについてはこれが指摘される場合が少なくないでしょう。
したがって、専門家による明確な反論がない以上、これをネット上に存在する意見として表現することは特に問題ないと思われます。
誰が情報を発したかは勿論重要ですが、貴兄のなすべきは、国選の弁護人であるという確たるソースを明示することである思われますがいかがでしょうか。
もっとも、安田氏が引き受けた経緯、これまでの安田氏の死刑廃止運動を鑑みる限り、今のところ国選である可能性は低いと判断せざるを得ませんが。

投稿日時 - 2007-07-24 11:22:11

ANo.33

最初の方の書き込みに戻りますが…
ソースの明らかでない情報を妄信するのは危険だと何度も書いています。

> 少なくとも、ネット上の情報では民選=私選ということになっています。

ネット上と簡単言うとネットの総意のようなイメージを伝えてきますが、
実際はそうではありません。ネット上の誰の意見か?が問題です。
別々の人間が別々に同じ結論を出したのならよいのですが、今回はそうでしょうか?

民選という聞きなれない言葉、一体どこから出てきたのか、調べてみました。
「民選 弁護士 殺害事件」というキーワードでGoogle検索すると、わずか149件しかヒットしません。
それもなんとこのページがトップです。

さて、この検索結果のうち、
(A)引用が無く民選と言っているもの 9件
(B)引用  7件(ブログ内コメントによる引用も含む)
(C)ブログリスト(引用) 4件
(D)全く無関係な記事(民選議員・民選首相など) 126件
(E)2ch 3件

(B)の引用元はテレビ1件、(A)内にある http://critic2.exblog.jp/3251270 の引用が5件
(A)のうち、同一人物が書いたものを除くと6件で
http://aol.okwave.jp/qa3121200.html
http://blog.livedoor.jp/ganbare_watashi/archives/2007-07.html
http://blogs.yahoo.co.jp/aoakatokyo2001/48790572.html
http://critic2.exblog.jp/3251270/
http://isyokutarite.blog5.fc2.com/blog-entry-602.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3029221.html
でした。

わずか6人しか民選という言葉を発していないのです。
これをネット上では~と表現するのはいかがなものでしょうか?

このカラクリはマスコミにもあります。誰が言った言葉か?
これを明らかにするのは大事です。

投稿日時 - 2007-07-21 18:03:01

ANo.32

少なくとも、ネット上の情報では民選=私選ということになっています。被告に支払い能力がないのに、私選であるというのは、死刑廃止論者が本件に有志として集っているからというのがマスコミの論調であり、これは矛盾しないと思われます。
したがって積極的=通常の裁判で行われる以上の弁護と、その支援が行われていることになり、これに一般人は憤るわけです。
国選であると仮定した場合、一人が国選であとはボランティアということになりますが、そのようなことがはたして一般的であるのか、専門家の意見を伺いたいところです。
そうであると主張されるなら、マスコミやネット情報とは異なる主張にあたるので、貴兄が一般人として発言する以上、ソースを明らかにする必要があります。
誰も弁護するなとか、弁護に手を抜けといっていうわけではなく、死刑廃止という自分たちの目的のために鬼畜の弁護を「率先して」行っているということが問題であるというのが、世間の認識であり、これを否定するためにはマスコミ批判を繰り返すだけではなく、それなりの根拠が必要です。

投稿日時 - 2007-07-20 11:01:40

ANo.31

>>kamovback
少なくとも、ネット上の情報では民選=私選ということになっています。被告に支払い能力がないのに、私選であるというのは、死刑廃止論者が本件に有志として集っているからというのがマスコミの論調であり、これは矛盾しないと思われます。
したがって積極的=通常の裁判で行われる以上の弁護と、その支援が行われていることになり、これに良識ある一般人は憤るわけです。
もっとも、貴兄はこの鬼畜の弁護を積極的に行うことに賛成なさっておいでのようですが、それは少数派です。
国選であると仮定した場合、一人が国選であとはボランティアということになりますが、そのようなことがはたして一般的であるのか、専門家の意見を伺いたいところです。
貴兄は一般人のお立場で発言されているので、そうであると主張されるなら、マスコミやネット情報とは異なる主張にあたるので、ソースを明らかにする必要があります。
誰も弁護するなとか、弁護に手を抜けといっていうわけではなく、死刑廃止という自分たちの目的のために鬼畜の弁護を「率先して」行っているということが問題であるというのが、世間の認識であり、これを否定するためにはマスコミ批判を繰り返すだけではなく、それなりの根拠が必要です。

投稿日時 - 2007-07-20 10:58:39

ANo.30

民選という言葉はありません。私選(私=被告人)か国選(国=裁判所)です。
その違いはどこから弁護人の費用が出ているか?であって、本質的な違いはありません。

私選の場合は被告人との契約ですので、違約金を払って辞任するという形になりますが、
国選の場合は裁判所が任命しているので辞任は出来ず、裁判所に解任してもらうように
要求するという形になりますが、裁判所もそう簡単には認めません。

この事件の場合は実際私選か国選かはわかりませんが、
被告人に弁護費用を払う資力があるとは思えないのでおそらく国選でしょう。
その場合安田氏一人が国選で、後はNo.25にも書いたとおり、ボランティアということになります。

いずれにせよ、前記の通り本質的な違いは無いので、本題とは関係の無いことです。


ところで、妙な話のすれ違いがあるような気がするのですが…

> したがって、積極的に弁護が行われているわけです。

> これを積極的といわずして何というのか日本語の扱いに苦しむところです。

「嫌々やらされてるのだ」と主張しているような誤解を与えましたかね?
私は積極的になることは全く否定していません。大いに積極的になるべきだと言っているのです。
積極的なのが問題あるのでしょうか。

sho2005氏はどうも、積極的であること自体を問題視されておられるようですが、
普通(といっても普通の定義が問題ですが)にやれと言いたいのですか?
更に言えば、『消極的になるべき』、もっとストレートに言えば『手抜きをするべき』と言いたいのでしょうか。

マスコミ(といってもテレビですね)から与えられる論調でよしとされるようなのでこれ以上書いても無駄ですかね…

投稿日時 - 2007-07-19 19:27:25

ANo.29

本件の弁護士は国選弁護人ではなく、民選の弁護士です。
国選弁護人の場合は通常1人であり、一事件にあれほどの人数が国選弁護人として選任されることはありません。
オウム真理教教祖の事件には複数の弁護人がつきましたが、あれは13事件を同時に審理したという事情があるためです。
したがって、積極的に弁護が行われているわけです。
目的については、マスコミで報道されている以上のことを私は知りませんが、それでも十分な情報であると私は思います。

参考URL:http://critic2.exblog.jp/3251270/

投稿日時 - 2007-07-19 09:41:45

ANo.28

> 弁護士は被告との間に信頼関係を築くことができない場合、これを断る権利が認められています。

これは私選の場合です。国選弁護人には辞任する権利はありません。

ところでリンク先の資料は読まれたのでしょうか?

死体の首には右手の逆手の痕跡が残っているという厳然たる証拠があるのに対し、
1審2審ともに『両手(の順手)』で首を絞めた事になっていて
それを誰も指摘していない。

この事実に戦慄を覚えざるを得ませんでした。
これを見た弁護士も同じ戦慄を覚えたと想像するのは難くないです。

この両手という言葉、一体どこから出てきたのでしょうか。
被告から出たにしても、明らかにつじつまが合わないこの事実を指摘されないはずがありません。

この一点だけをもってしても、何が真実か明らかにするために積極的になるに
足りると思いますがね。

『事実はどうでもいいから早く死ね』なんですよ。
世間の論調は。ファシズムまっしぐらです。私はそれが恐ろしいです。

投稿日時 - 2007-07-18 13:21:05

ANo.27

失礼。
NO29の補足です。

自由を叫ぶだけで、責任を負わぬ民主主義者は国を荒廃させる。
チャンスの平等でなく、結果の平等を主張する教育専門家は公教育を堕落させる。
義務を負わぬ輩に、権利だけを認める司法の専門家は治安を悪化させる。

投稿日時 - 2007-07-18 12:48:29

ANo.26

>>Kamovback殿
参考サイトをご教授いただきありがとうございました。
法曹界の常識は世間の非常識との理解を深めるのに大変役立ちました。
いつまでも犯罪者が野放しになって、再犯による被害者が後を絶たないのもうなずけます。

>>何の理由があって被告を積極的に弁護する必要があるのか
>こういったことに説明が必要であること自体が刑事弁護がどういうものか
理解していない証左なのです。
>積極的に弁護するのは必要ではなく『義務』です。
>弁護士の存在意義です。
>それに疑問を差し挟むというのは、『弁護士不要』と言っているのと同じなのですよ。

弁護士は被告との間に信頼関係を築くことができない場合、これを断る権利が認められています。本件の弁護にあたっておられる方々は有志で集っておいでなので、弁護の義務を自ら買ってでられた方々ということになります。
これを積極的といわずして何というのか日本語の扱いに苦しむところです。

投稿日時 - 2007-07-18 12:03:17

ANo.25

いくつか訂正と追記を。

誤 一時ソース
正 一次ソースと思われるもの

> 何の理由があって被告を積極的に弁護する必要があるのか

こういったことに説明が必要であること自体が刑事弁護がどういうものか
理解していない証左なのです。
積極的に弁護するのは必要ではなく『義務』です。
弁護士の存在意義です。
それに疑問を差し挟むというのは、『弁護士不要』と言っているのと同じなのですよ。
その辺を大多数のマスコミは理解せずに煽るだけ煽ってるから、
人数を集めてガードしなくてはならない事態になっているわけです。

ちなみにこういった事件に人数を集めて弁護団を作るのはよくあることです。
マスコミがセンセーショナルに報道してこの事件だけがクローズアップされているだけで、
実際は数ある弁護団を構成した事件のうちの一つにしか過ぎません。

投稿日時 - 2007-07-17 19:52:41

ANo.24

> 21人という異常な数

数が多いのは業務妨害が考えられるからです。実際にありましたね、脅迫が。
これを単独でやると、その一人にバッシングが集中しひどいことになりますから。
実際には常時動いているのは数人のはずです。

先に”判断する材料が無い”と書きましたが、その直後に
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/
ここのサイトに最高裁の弁護団の弁論要旨・検察官弁論要旨・鑑定書抜粋・被告人質問要旨等、
検討に値するだけの一時ソースが公開されているのを見つけました。

ちなみに私が『判断』と言っているのは、『法律的判断』であって、『感情的判断』では無いということです。
感情的判断をもって法律的判断をなしたかのような誤解をしていませんか? と言いたいのです。

あまりにも法律論を否定して感情論に走る方が多いように見受けられるので
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/cat6052994/index.html
刑事弁護とは一体何か? ここのサイトを一番下から読むことをお勧めします。
特に、2006年4月27日掲載の
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_a339.html
この設問は真面目に考えるべき問題です。

投稿日時 - 2007-07-17 19:27:13

ANo.23

NO22の発言者です。

>>N025

本来、ここは議論板ではないので、誰かの意見に返答するのははばかられますが、ご指名を受けたのでお返事いたします。無論、返信は不要です。

>ここに書き込んでいる人で、裁判で出た話の全貌を知っている人はどれくらいいるのでしょうか。
>警察側の主張だけの片手落ちで、論ずるに足る材料など持っていないのがほとんどなのではないでしょうか?

少なくとも、人間として赦すべからざる犯行に及んだ鬼畜に対し、21人という異常な数の弁護士がついたということは事実であり、そのことだけを論じるのに何か特別な材料が必要であるのか疑問です。
論ずるに足る資料という判断は誰が行うのでしょうか。あなたですか?それとも他の誰か?

>先日少しばかり21人の弁護士のうちの一人の話を聞けました。
>詳しくはもちろん聞けませんでしたが、極めて杜撰な捜査等が行われているらしいです。真実を明らかにするには程遠いとか。

直接話を聞いたのであれば、どこがどう杜撰であるのかを説明しなければ、何の意味もなさない無責任な発言です。

>ちなみに報酬面を聞いたら、やはり手弁当だと言っていました。

では、何の理由があって被告を積極的に弁護する必要があるのかを明らかにしなければ、マスコミの論調を覆すにはいたらないでしょう。

>価値が無いとは、これはいったい誰の判断なのでしょうか?
>あなたの?それとも誰とも知れない他の誰かの?
>どういった論理で「価値が無い」と考えるのか熟考を要します。

人や物の価値とは元来相対的なものです。誰かにとっては価値があっても、別の誰かにとってはそうではない。被告は犯行によって社会に重大な不安を与えました。この事実をもって社会が被告を価値なしと判断するのに、熟考が必要であるのか疑問です。
良識のない一部の弁護士にとっては飯の種なので違うのかもしれませんが。

>重大犯罪者には弁護の価値は無いといった、短絡思考ではないのでしょうか?

No22の書き込みは、通常の重大犯罪者の裁判で行われる以上に弁護される価値はないという指摘なのであり、論点のすりかえは慎まれた方がよいと思われます。

投稿日時 - 2007-07-17 15:31:25

ANo.22

No.7氏のサイトはいつの間にか消滅していますね。
根拠無き懲戒請求を扇動した罪の重さを認識したのか、それとも
氏の怒りとは扇動だけして逃げる程度のものだったのか、わかりませんが。

ここに書き込んでいる人で、裁判で出た話の全貌を知っている人はどれくらいいるのでしょうか。
警察側の主張だけの片手落ちで、論ずるに足る材料など持っていないのがほとんどなのではないでしょうか?

先日少しばかり21人の弁護士のうちの一人の話を聞けました。
詳しくはもちろん聞けませんでしたが、極めて杜撰な捜査等が行われ
ているらしいです。真実を明らかにするには程遠いとか。

ちなみに報酬面を聞いたら、やはり手弁当だと言っていました。

>>22
> 被告には通常の裁判で行われる以上に積極的な弁護を行う価値がないにもかかわらず
価値が無いとは、これはいったい誰の判断なのでしょうか?
あなたの?それとも誰とも知れない他の誰かの?
そして7氏と同じく(法的)根拠の無い私憤なのでしょうか。
どういった論理で「価値が無い」と考えるのか熟考を要します。
重大犯罪者には弁護の価値は無いといった、短絡思考ではないのでしょうか?

勘違いしないで欲しいのですが、私自身はこの事件について
無罪にしろだの死刑にしろだの何か判断するつもりはありません。
なぜなら、判断の材料が無いからです。
誰とも知れない誰かの判断に我が身をゆだねる気は毛頭ありませんので。

投稿日時 - 2007-07-17 02:53:22

ANo.21

精神科領域の病気について、一般人はあまり知りません。この場合、一般人とは法曹界の人間を含みます。
心神耗弱状態におかれた人間のすることに責任を問えないなどという安易な発想が法的にまかり通るのは、まさにそのゆえではないでしょうか。
実際に患者と触れてみればわかることですが、健常な精神と病的な精神との間に、明瞭な境界など存在しません。それゆえ、精神科医師が病的状態として治療にあたる基準は、正常な社会生活を営めるか否かということになってまいります。
他人を殺したいと思うことは健常者でも起こりえますが、実際に殺してしまう精神状態は異常な精神状態です。
したがって、人を殺す人間は皆、程度の差こそあれ、何らかの病的性質を有し、心神耗弱状態にあることになってしまうので、それら全てが減刑の対象になりえてしまうわけです。
つまり、心神耗弱の際における減刑という発想そのものが、はじめから論理破綻しているといわねばなりません。
心神耗弱の減刑という発想は、精神科領域の知識に乏しい人間がこしらえたナンセンスな理念であるか、あるいは、一般人が心の病の実態に疎いことを利用してつくられた、犯罪者のための巧妙な抜け道であるだけなのかもしれません。
たとえ飲酒や薬物使用によって引き起こされた心神耗弱であったとしても、その摂取が自己の責任の及ぶ範囲内で行われたものなら、十分に責任が問われるべきでしょう。
犯行以前に、自傷他害の恐れアリと医学的に認められ、管理の必要があったものについては例外的に減刑の対象となり、患者を管理する側の責任が問われることになるでしょうが、実際の管理に際しては人権保護の観点から十分に機能しない場合が多いので、現行法は犯罪者有利につくられているとしかいいようがないかもしれません。

投稿日時 - 2007-07-15 02:12:06

ANo.20

心神耗弱の減刑について補足いたします。
一般の方は自らが加害者になる可能性がないことを前提に話していると思いますが、加害者になることは誰にでもあります。
そこに「責任」という要素が発生し、責任のない人には罪を問えないとされているのです。
もし、質問者の方が、急に精神病にかかって人を傷つけたとします。
そのような時にまで、刑罰に処せられないというのが、現行の刑法の考え方、理念なのです。
心神耗弱というのは、著しく事理弁識能力または行動制御能力を欠いた状態です。
健常な人にとっては体験できないので、説明がむずかしいのですが、泥酔した状況とでも言えばよいでしょうか。

死刑が確定的ということは絶対にありえませんので、
全力で死刑阻止のために弁護するのが弁護士として当然の仕事といえるのです。

投稿日時 - 2007-07-13 22:16:34

ANo.19

一般人で申し訳ありません。
被告の弁護をするのが弁護士の仕事であるとして、それが被告からあのような証言を引き出すことにあるというのはいかがなものでしょうか。
狂気の存在が減刑の対象になるとしても、人殺しを行うこと自体、正気ではないわけですから、これを減刑の理由としてきた司法のあり方そのものにも問題があります。精神異常者と健常者との間に、明確な線引きなどできるものではないからです。
無論、ここで制度をとやかくいっても始まりませんが、そうした矛盾の存在によって、あのような茶番を演出するのが弁護であり、「当然の仕事」と勘違いする弁護士がいるということに対し、一般人は深く嘆かずにはおれません。
本件には冤罪の可能性は薄く、死刑確定が不可避であるという判断があるなら、弁護人には被告に反省を促すなど、もう少し別の仕事ができたのではないかと思われるからです。
いずれにしても、被告には通常の裁判で行われる以上に積極的な弁護を行う価値がないにもかかわらず、不必要にして異常な数の弁護人が有志で集っているということに、世間は憤りを覚えるのだと思います。
専門家の常識は世間の非常識であることもしばしばです。
一般人としての目線を失わぬ良識ある弁護士ならば、きっと彼らの存在を疎ましく思っていることでしょうし、そうでなくては困ります。

投稿日時 - 2007-07-13 21:31:53

ANo.18

彼らは当然の仕事をしているだけです。
今回の加害者も精神的な障害が認めれらる余地もあり、
一段階減刑される可能性が残されている以上
弁護側が全力を尽くすのはあたりまえです。

なお、懲戒請求される予定の方、
理由のない懲戒請求は、相手方から逆に訴えられる可能性
があるのでご注意を。
繰り返しますが、今回の弁護団は、
当然の仕事をしているだけですので、懲戒事由にはあたりません。
(偽証させたとかならば別ですが。
ドラえもん発言も被疑者の発言に沿って主張しているだけかもしれないんですよ?)

そもそもマスコミの報道しか一般人は知らないはずです。
マスコミの報道=警察の主張 でしかありません。
真実を証明できないのに懲戒請求することは危険です。

投稿日時 - 2007-07-10 22:51:18

ANo.17

弁護士という職務についている以上、どんな人に対しても全力を持って弁護するべきであり、被告がどんな非情な人間でも、それを弁護する人を非難するべきではないと思います。

・・・が
母に甘える気持ちが、なぜ死後陵辱すると言った行為になるのか
友人に送ったあの手紙を書いた人間がドラえもんを信じているので・・と思うのか。

あまりに無理がありすぎるように思います。

一生懸命弁護をするなら被害者を侮辱してもよいと・・は言えないと思います。

公平な裁判を受けさせるために奔走するのは結構ですが
あまりに茶番に過ぎるのではとも思います。

できれば、この20人の弁護士達が被告の反省を促し、たとえどんな結果がでようと、被害者への償いの心を持つようにと、被告に人の心をとりもどすよう導きながら、仕事を全うしていかれることを願います。

投稿日時 - 2007-06-29 22:21:57

ANo.16

弁護団や被告の言ってることは小学生でもわかる理屈であると思い、たとえ精神年齢が12歳であっても十分におかしいと理解できる内容と思います。

押入れにドラえもんがいると信じていたという言葉まで出てきましたが、
いなかった時点でどうすればいいかということにならなかったのでしょうか?
ドラえもんを探すという行動をしていたのでしょうか?
そのような行動があったということも聞いてませんし、今回までそのような話は出てきてませんよね。

あと、生き返りの儀式は猟奇小説の内容と言ってたそうですが、
その小説のタイトルは何でしょうか?

この事件でたびたび持ち出される永山事件の事を持ち出すと、
母親が自殺したことが原因であるならば、母親が自殺した人はすべて犯罪に走ってるはずです。
永山事件でも5人兄弟中同じ境遇でも犯罪者になったものが一人ということが死刑判決の決め手になったはずです。
永山基準というと未成年は4人殺して死刑というところがクローズアップされてるようですが、
確か育った境遇と犯罪は無関係というのが大きかったと思います。
それらの点から考えても死刑でよいのではないでしょうか?

投稿日時 - 2007-06-29 02:10:54

ANo.15

こんにちは。

>同じ職種の方々は、この様子をどう思われているのでしょうか?
知人(弁護士ではなく検事なのですが;)は、あんなやつらと同業として一緒くたに見られるのがすごく恥ずかしいと言っていました。裁判を侮辱している、とのことで。。
私もあの事件は腹が立ちます。被害者の気持ちを思うといたたまれないです。早く決着がついてほしいと思います。

投稿日時 - 2007-06-28 13:50:10

ANo.14

この事件の犯人は死刑で当然だと考えます。
ご主人は良く頑張っておられるし、殺された奥様の御親族を
思うと、はやく死刑で結審することを望みます。

しかしながら、弁護士はやはりその職務を果たさないと
いけないので、こういう弁護団が結成されるのも
仕方が無いとは思います。
富山かどっかでまったくの無実の人が強姦で服役した事も
ありましたので。もちろん当該事件とは背景が違いすぎますが、
被告の話を聴く人も必要ではあると思います。

世間が思っている通りに死刑が確定されるでしょう。
奥様の名誉の為、ご主人ならびにご親族の方のこれまでの
屈辱や頑張りが報われないような裁判にはならないと思います。
早く、陪審制度が始まって欲しいですよね。

投稿日時 - 2007-06-24 12:05:19

ANo.13

まぁ、でもさ死刑廃止の前に弁護側の無理な主張はどうなんだろうか?
死刑廃止のため!と取られてもしかたねぇっちゃねぇけど

弁護士としての役割をあくまでしていると言う事なのかな・・・・

投稿日時 - 2007-06-19 22:48:04

ANo.12

> 死刑廃止に対するポリシーを貫くためというのが大きそうですね。

この件や、この件に関連する弁護士が関わった件で、本人の口からは「死刑廃止云々」とは一言も出ていないはずです。
これは個々の弁護とはまったく関係の無いことですから。

それにもかかわらず、死刑廃止と関連付けられて報道されるのは
報道する側が死刑廃止と関連付けたいという意思があるからです。

あるあるの件や、石原知事の「~つもりはない」を「~つもり」で切って報道した件など、報道側の意思が入ったものは枚挙に暇がありません。
マスコミを通したニュースで、相手が何かおかしなことを言っていると思ったら、
まずはマスコミを通る前の原文を入手して下さい。
独自調査を経ない鵜呑みは危険です。

>>7 のような、なんてひどい奴だ、懲戒を!というような人でも
情報ソースがマスコミ経由だけ、というのではあまりにもお粗末です。

投稿日時 - 2007-06-18 09:50:30

ANo.11

>>11
こういう書き込みはありなのか分かりませんが、>>6のリンク先はお読みになりましたか。
そもそもの質問が「同じ職種の方々は、この様子をどう思われているのでしょうか」でしたので、ともに刑事事件を扱う弁護士の見解を紹介しています。

▼1
「この事件の弁護人は刑事弁護の世界では確かな実績と経験を有している超一流の弁護士」

「「殺意がなかった」云々と被告人から打ち明けられたら、(それが裁判所に認められれば死刑判決が下されることはない以上)弁護人はこれを立証すべく法廷活動を行うべきであって、それを「社会常識」なんてものに配慮して怠るようであれば、「手抜き」との謗りを免れない」
「通常はそのような主張をすることにより量刑が重くなるリスクがあるため、そのようなリスクを告げた上で、それでもその主張を維持するのかの確認をとることはあるでしょう。しかし、本件ではもはや、上記主張をしなかったとしても死刑となることがすでに見えています」
「精一杯被告人を弁護することが被害者の遺族を侮辱することであり許されないことだというのであれば、「弁護士による弁護」というシステムを刑事裁判制度からはずして頂きたい」

▼2
「安田弁護士らがテレビで発表していた弁明は被告人が言い出したことであり、安田弁護士らが考えついた弁明ではあるまい。しかも、今回の安田弁護士らの場合、被告人を説得できなくても簡単には辞任できないだろう。また、期日延ばしのための辞任か、と言われるに決まっている。しかし、説得しようにも裁判所は時間をくれない」
「こういう被告人と意思疎通する(信頼関係を築くまでに至らないとしても)には時間が必要なのである。ましてや、遺族やマスコミらが求める「被告人に犯行事実を直視させ改悛の念を抱かせる」のには相当の時間を要する」
「世間は今回の裁判の遅延を全て弁護人のせいのように言われるが、よく考えて頂きたい。検察が上告してから最高裁が弁論を開くと決めるまでに一体何年かかっているのか」「記録を読むだけでなく被告人と何度も接見しなければならない安田弁護士ら弁護人には数ヶ月も与えずに、最高裁は記録を読むだけに2年以上も要していいのか」
「こういう刑事裁判をよしとするなら、まず、憲法32条「裁判を受ける権利」と憲法37条「刑事被告人の諸権利」を「殺人犯は裁判を受けさせずに直ぐにつるし首にすべし」という条項に改正すべき」

投稿日時 - 2007-06-18 07:39:55

ANo.10

>>10
なるほど、弁護費用などのことを考えれば儲け主義というのはぬぐえました。
死刑廃止に対するポリシーを貫くためというのが大きそうですね。

確かに国民感情に流されての死刑であれば、後々不当裁判などといわれかねません。
ただ、逆に言えばこれだけそろっても死刑判決であれば国民も納得すると思います。
反対意見をこれだけの人数で出したにもかかわらず、死刑判決というのはそれだけ罪が重いという証明と言ってもよいのではないでしょうか?
ちょっと皮肉っぽい言い方かもしれませんが。

ただ、死刑回避のための不当な引き延ばしなどはやめてほしいと思います。

投稿日時 - 2007-06-18 01:34:13

ANo.9

私は一般人ですが、何人かの弁護士とは面識があり、彼らが弁護した裁判を傍聴した経験もあります。
その観点から言わせてもらうと、彼らは物凄く弁護という職務に忠実な、信念を持ち労力を厭わない人々だと思います。非常に尊敬に値する人達です。

「とんでもない悪い奴だ。死刑にしてしまえ!」といった論調が大半で
これに私も異論は無いのは事実ですが、それをもって彼ら弁護士が愚かなどとは断じて思いません。
それに私達一般人にわかるのはマスコミ経由の情報ばかりですし。
野次馬でどうこう言うべき立場でないというのが実際でしょう。

> 護士費用も当然無料ではありませんし、被告人が支払えない場合は国から、つまり税金からということですよね?

税金からなのですが、一人分、それも10万以下だったかと思います。
ほぼボランティアと言ってよいと思います。
国選弁護は、最初はやりたい人がやるという状態だったのですが、労多くして全く
儲からないのでほとんどの弁護士がやりたがりません。
皆が皆逃げるので、最後には当番制になったという経緯もあります。

人数が多いのは皆弁護に信念をもつボランティアだからということだと思います。銭ゲバ弁護士だと皆逃げてしまいますから。

投稿日時 - 2007-06-16 16:06:21

ANo.8

専門家でもないので回答にならないのですが、少し言いたいので書かせていただきます。
まず、この弁護士の数は多いというより、多すぎます。
弁護士費用も当然無料ではありませんし、被告人が支払えない場合は国から、つまり税金からということですよね?

仮に、彼らなりの正義感であるにしても異様としか思えません。

この人数を聞いたときに、横山ノック元大阪府知事の裁判のことを思い出しました。
勝てる裁判にこぞって弁護士を集めて、彼女が受け取るはずの慰謝料はすべて弁護人に渡ったということでした。

素人考えですが、まずい状況を打開したいという被告の弱みに付け込んだ金儲けか、ゆがんだ主張を押し通そうとしているようにしか見えません。

投稿日時 - 2007-06-15 00:45:29

ANo.7

彼らのやり方は私も怒りを感じます。
しかし、弁護士は、犯罪者の最後の砦とするのが現代社会です。正当に法の裁きを受けさせるように監視する役目といってもいいでしょう。松本サリン事件など、国民の大多数が犯人と思っていた人でも無実の場合があったり、やむにやまれぬ理由で犯罪を犯すこともあるので、冷静に犯罪者の言い分を主張する必要があるのです。
ですから、弁護士の刑事裁判における役割が、一般的に納得されないのはしょうがないですね。逆に、もし弁護士がいなくて、痴漢に間違えられた人や犯人に間違えられた人は職や家族を失うことになってしまいます。
したがって、彼らの活動や、やり方を批判するのはかまいませんが、名前をだして、つるしあげるのは、魔女狩りと同じ過ちだと思います。
報道番組で弁護士個人個人をつるしあげているのは、明らかに、思慮分別がなさすぎます。犯罪を裁くのを、裁判所、検察官、弁護士という専門家の三つ巴に任せて、国民が裁くのを避けたのが現代社会であり、魔女狩りから脱却した近代からの歴史です。気に入らないからと、弁護士の活動内容ではなく、弁護士個人をつるしあげていては、犯罪を弁護する弁護士がいなくなり、冤罪や、ちょっとした過失でも重い刑をくらったりすることになりかねないですよ。

投稿日時 - 2007-06-11 02:03:56

ANo.6

21人の弁護士に懲戒請求を求める ---光市母子殺害事件--- @ ウィキ
http://www34.atwiki.jp/tyokai-seikyuu/
↑の管理人です。
弁護士の懲戒請求をしようということで、現在動いています。
手続き方法も載っているので、ご協力ください。

投稿日時 - 2007-05-30 21:44:16

ANo.3

計画的強姦殺人を「母親に甘えたいと思って抱きついただけ」だってよ。ふざけるな! 国費を無駄遣いするな!

投稿日時 - 2007-05-26 07:07:03

ANo.2

21人は異常といっていいでしょう。
よくテレビにでている人は死刑廃止論者です。
なので、被害者遺族の人が言うように、
この裁判をプロパカンダとして使用しているのは明白です。

蝶々結びだとか押さえちゃったからだとか
呆れ返るような事ばかり言って弁護しているが物語っているかと。

同じ職種ではないですが、いい迷惑だと思っている人が沢山だと思いますよ。
弁護士がこんな馬鹿ばかりだとは思われたくないでしょうからね。

投稿日時 - 2007-05-25 14:52:08

ANo.1

> また、この弁護士の人数は多いのですか?少ないのですか?
異例なくらい多いです。

> 同じ職種の方々は、この様子をどう思われているのでしょうか?
職種は違いますが(すいません)
最高裁で、事実上死刑判決が出てますので、
死刑回避の為なら、なりふりかまわず、なんでもしようという
ことでしょう。
戦術はわからいでもないけどなー。というとこではないでしょうか

投稿日時 - 2007-05-25 14:38:50

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