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締切り済みの質問

いじめのトラウマ

生まれた時から近畿地方に住んでいましたが、小学6年生の2学期に中国地方へ転校しました。
転校先で、わからない方言があったので隣の子に聞いたら、「この変な喋り(方言のことだと思います)のやつに、俺らの方言を馬鹿にされた!」と突然教室中に響く大声で言われました。この一言で、私はいじめにあいました。
国語の朗読では笑われるのは当たり前、掃除の後私の机だけが戻されずに後ろにぽつんと残っていたし、私だけ給食が配られなかったりしました。
そのうち私はバイ菌扱いされました。
一番つらかったのは、クラス全員参加のリレーで、私のバトンを受けとる役の女の子が、私から受け取るのが嫌で泣いてしまったときです。
私も泣きたかったですが、泣いたら気持ち悪がられるのでぐっと我慢したのを覚えています。
親には言えませんでした。架空の友達を作って、その子と友達になったという設定の作り話をしていました。
土日も遊びに行ってくる!といって遠くのスーパーで時間つぶしをして、家に帰ったり…ということを繰り返しました。
頭の中ではずっと「前の学校に戻りたい」と思っていました。前の学校では学級委員をしたり、クラス全員で学校帰りに海へ遊びに行ったり。
1学年1クラスの小さな学校でしたが、すごく楽しかったのです。

中学校でもほとんど同じようなものでした。ただ中学校2年の成績表に友達がいないということを担任に書かれ、それまでついてきた友人がいるという嘘がすべてばれました。母親には泣かれました。
が、いじめではなくただ単に友人がいないのだ、と言いました。
高校は遠くの学校を受験しました。が、中学校の同級生の友人がいて、またそこでもいじめられました。
そして今、東京の大学に通っています。
ですが私は小学校の終わりから方言でいじめられてきたので、学校では全く喋らず、うつむいて生きてきました。
そのため、大学生になった今でも人の視線が怖いのです。友人もできませんでした。
教室で笑い声がすると、私のことではないかと体がこわばり、授業どころではありませんでした。そのため、前期はほとんどの単位を落としてしまいました。
夏休みにいとこから誘われたMIXIで、転校前の小学校に通っていた子達と連絡を取ることができました。元同じクラスの子全員が、私のことを覚えていてくれていました。
それを知ったとき嬉しくて、大げさではなく生きていてよかったと、一人号泣してしまいました。
夏休みは彼女らと電話したり、メールをしたり、楽しく過ごしました。
これを糧に、大学の後期はきちんと出席しています。
ですがやはり大学の人とうまくしゃべることができませんし、笑い声がとても怖いです。小さな大学なので、もうグループが出来上がってしまい、入れそうにもありません。
最近では、もう大学を辞め、転校前に住んでいた近畿地方に戻りたい、小学校時代の友人と会いたいと思うようになりました。
やはり1度失ってしまったコミュニケーション能力は、戻らないものなのでしょうか?笑い声や視線におびえながらあと3年以上もいなければならないと思うと嫌でたまりません。
どんなことでもいいので助言をください。

投稿日時 - 2007-10-24 01:18:26

QNo.3456209

困ってます

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回答(8)

ANo.8

今質問者様の周りにいる大学の人達は、貴方の過去を知りません。
昔の土地に戻れば、一時の安らぎは得られるでしょうが、本当の問題は解決されませんよね・・・。
今まで苦労をしてきたのだから、その分人に優しくできるはずです。
コミュニケーション能力の大事な部分だと思います。
起こってしまった過去は変えられませんが、今をどう生きるかによって、未来はどうにでもなります。
どんな未来を思い描くのか、それによって、今するべき事が見えてくるのではないでしょうか。
乗り越えられない壁はありません。

投稿日時 - 2007-10-29 11:54:48

ANo.7

こんにちは!
私もyuiさんと同じで、小学生の頃、男の子からいじめを受けていました。
それがトラウマとなって男の子と目を見て話せない、
つねに前髪を気にする(おでこを出していたので、そこから変なあだ名がつけられたりしたので)
人の目線を気にしてしまう、
時々フラッシュバックしてどうしようもなく悲しくなって泣いたりしたこともたくさんありました

あれから6年経ちましたが、だいぶ上のような症状はだいぶなくなってきたと思います。
私が、自分を変えるためにとったことを書いてみます。

・自分の経験をすべて書き出す(途中、苦しくて涙がでてきましたが)
・ネガティブな気持ちをポジティブな気持ちに変える
(例えば、「あの人、私のこと嫌ってるのかなあ」って思ったら、
「嫌われるようなことしてないんだから大丈夫」など、自分に言い聞かせる)
・ちゃんと相手の目をみて、はなす
・とにかく、笑う。笑います。

怖い、って思う気持ちはわかります。
でも、自分の周りをガードで固めてしまうと、
それが周りにも伝わります。話しかけにくいって思われてしまいます。
勇気がいるかもしれないけれど、自分から話しかけるしかないと思います。
「私はなんも悪いことしてない、だから話しかけても皆いやな思いするはずがない」
って自分に言い聞かせて、たくさんの友達を作りました。

挨拶だけでもいいです
誰かと会ったら、笑顔で「おはよう」
言われていやな気持ちする人なんていません^^

投稿日時 - 2007-10-28 14:16:32

ANo.6

こんにちわ!30代のおばちゃんです。

私も小学6年の1学期に大阪から千葉の小学校に転校しました。
「あんたは口から生まれてきたんやなぁ」と言われる位のおしゃべりで、明るく活発な性格でした。
しかし、私も「変なしゃべり方~!」と馬鹿にされたり、大阪弁は関東の人にはきつく聞こえるらしく、「喧嘩売ってんの!?」や「あんたって言わないでよ!あんたにあんた呼ばわりされる筋合いない!」(大阪ではあなた、というのはあんたで、別に蔑んでいる訳ではないのです)等等、方言のことで随分攻撃されました。
当時は母もスーパーに買物に行くと「あの人関西の人だね」と小馬鹿にしたようにひそひそ話されたそうです。
現在は関西弁も全国区になって、逆に「私も関西弁しゃべれるようになりたいー!」なんていう人が凄く多いです^^時代が代わったんだなぁ、と思います。

私も質問者さん同様に学校に行くのが段々嫌になりました。
「バイ菌」言われたし、体育の授業のリレーではぶつかられて転んで、ぶつかった本人も転倒、しかし駆け寄るクラスメートはぶつかった子の所に「大丈夫ー?」と駆け寄り、私が加害者扱いされ責め立てられました。
私も質問者さんと同様に親に心配をかけたくなくて、孤立しているのはだまっていました。
幸い妹と年が離れていた為、学校以外では妹や習い事の友達と遊んでいました。
学校ではずっと本を読んでいました。
私は何も悪くない、大阪弁の何が悪いんや、あんたらの気取った東京弁の方がよっぽど気色悪いわ!!!
元来気が強くて負けず嫌いな性格だった為、自分を曲げずにいたらますます「生意気!」といじめられました。

しかし、時間の経過ととも私の言葉もいわゆる「標準語」といわれるものになっていき(子供は順応性が早いので)段々とクラスにとけ込むことができました。
中学では「六年のときに意地悪してごめんね。これからは仲良くしてね。」と謝ってくる子もいました。

おばさんになった今でもあの時の辛かった時期は心に残っています。

質問者さん、きっかけは方言のせいだったかもしれない、でも私は大阪でも転校したけれど、そこでもはじめはいじめられたんだよ。

「転校生」って結局、格好のいじめのターゲットなんですよね。
迎える側も今までの環境とは変わる、昨日までと変わる。
日本人て特に「保守的」だから、これまで培って来た自分のテリトリーというか、「居場所」を確保する為に新たな侵入者?(異分子?)を排除したがるきらいが有る様に思います。(特に女性は)

私はその後ずっと千葉の学校に進級していきましたが、その間やってきた転校生はやっぱり皆はじめは「いじめ」のような扱いをされていました。
地方から来た子(訛り有)同じ地域の子、様々でした。
それでも皆だんだんと馴染んでいきました。
迎える側も迎えられる側も慣れてきたからだと思います。

質問者さんは方言が全ての原因のように思っているかもしれないけれど、それはきっかけでしかなかったと思うよ。

小学校から現在まで「私に話しかけないで」オーラを出していた(る)んじゃない?もちろん、過去の事が原因で消極的になっていたんだと思います。
特に10代は感受性も強いから質問者さんの周りにいた子達も「話しかけ辛いなー」と思っていたと思うし、グループが出来てからも「あの子は一人でいたいみたいよ」的に段々と「そんなもんだ」というイメージをもたれちゃったのではないかな?

友達は待っていてもできないよ!自分からもアクション起こさなくちゃ!

私も今お勤めしているお店に入った時は毎日泣いていました。
専門職なのに私はド素人で失敗の連続。
辞めたかったけれど母から「自分で決めたなら3年は絶対に勤め上げろ!」と釘をさされていたので辞められなかった。
仕事も大変だったけれど、人間関係はもっと嫌だった。

同じ年でもキャリアが何年も違う子やおばちゃん、年下の先輩、全然とけ込めなくて、いつも緊張してた。
笑い声がすれば「私のことを笑ってる?!」と質問者さんみたいに思ったし、仕事が出来ない自信のなさから萎縮していました。

それでも時間とともに少しずつ馴染んでいきました。
きっかけは「飲み会」だったんだけど、先の同じ年の大先輩もあきらかに!露骨に!しぶしぶと!(笑)「○○さんも参加する?!」と誘ってきました。
行かないよねー、行けないよねー(笑)当時の私なら。
でも「はい!」って返事しちゃったんですよ・・・・。(もちろん後悔しました)

実は私は結構な呑んべぃで、結果「場」がかなり盛り上がって、「こんな人だとは思わなかった・・・」と皆が思ったそうです。
こちらも日々緊張していたけれど、相手も「とっつきにくいなー」と思っていたそうで、お互いに「誤解」や「勝手なイメージ」で見ていた部分があったみたい。
同じ年の子はいわゆる「人見知り」らしく、どう接していいのかわからなかった、だからついぶっきらぼうな話し方になってしまった、と後でわかりました。
私以外はお店を卒業していったけれど、今でも皆で「飲み会」したり、遊びに行ったりしています。大事な友達です。

質問者さんはトラウマの原因になった学校から遠く、遠く離れれば「変われる」と思って東京の大学に入学したのでしょうか?
結果、どうかな?以前と何も変わっていないよね。

「環境」を変えても「自身」が変わらなければ何処へ行っても同じだよ。

近畿地方に戻ったって、今のままでは何も変わらない。
質問者さんの戻りたい近畿地方は「過去住んでいた頃の近畿地方」であって、今の近畿地方は質問者さんにとっては「まだ見ぬ地」、転校していくのと同じですよ。
友達はいるかもしれない、でも友達もかつてのままの友達ではないんだよね。みんな「成長」しているから。

質問者さんと同じく周りの人も皆同じなんですよ。
皆が皆はじめからコミュニケーションを取るのが上手で友達を作るのが上手い訳では決してありません。
そんな人逆に少数派だと思います。

焦らずにゆっくりと色々実践していったらどうかな?
「おはよう」の挨拶からはじめて、「それ可愛いね」(誉められて怒る人はいません)「よかったらこのお菓子食べない?」片言でかまいません。
また、「訛ってるよ」と笑う人もいません。(テレビでもいろんな方言を聞く時代です。堂々と大きな声で言いましょう!)

長々とごめんなさい。
応援しているからね、負けちゃ駄目だよ!
必要なのはほんの少しの勇気だけ!!!

最後に・・・。
漫画の「美味しんぼ」って知っているかな?
その漫画の中に「ふるさとの唄」っていうお話があるんだけど、是非読んでみて!!!(15巻の第3話、調べてきたから間違いない)

東北訛りの大学を目指す青年が訛りをからかわれて人前で口がきけなくなってしまったんだけど、自分のお国言葉に誇りをもてるように変わったお話。
若い質問者さんには少し古くさく感じるかもしれないけれど、ジーンとくるいいお話ですよ。

頑張りや!負けたらあかんで!!あんたは一人とちゃうからな!!!
自分の殻を打ちやぶりぃ!!おばちゃん、応援してるからね(^^)/

投稿日時 - 2007-10-25 18:37:25

ANo.5

そんな苦しい思いをしたらトラウマになって当然ですよ。
私は男子のみに中学のとき2年間いじめをうけ
男性恐怖症が20歳ぐらいまでありました

方言をばかにするいじめなんて本当に最低の行為ですね
ただ全部方言が原因ではないと思います

必ずいじめがある場合首謀者がいて、ほかは賛同しているか自分もいじめられると怖いから従っていると思います
首謀者はきっかけがほしかっただけで、
転校生で方言があるからいじめやすかったんでしょう

私の場合は中学のときは、天然パーマでいじめられました
首謀者は成績を常にきにし、点が悪いといつも机をけっていました
今考えると、親からの重圧がありそのうさを晴らしてたんだろうなと思います

ですからyuikoaiさんは何も悪くないんですよ
私はむしろ埼玉県出身で方言がなく、
方言があるほうが、東京にいても出身の言葉があっていいなと思います
実際自分の周りには、茨城、京都、福岡の友達がいますが
話してると面白いですよ
わからなくて通訳してもらったりしてますが
こんな風に感じる人もいますので
東京でももう少しがんばってみてはどうですか

投稿日時 - 2007-10-25 00:44:40

ANo.4

質問者さんはコミュニケーション能力がないのではなくて、恐怖心から人と接する事を避けてしまっているだけですよね?
子供にはよくあるような理由ですが、言葉がわからない事が原因でいじめられたのですし、今は別に何をされているわけでもないのですからもう大丈夫でしょう。
一度植え付けられた恐怖心はなくなるものではないと思いますが、もう子供じゃないのですから、方言を理由にしてどうのと言う人はいないと思います。
もし今後何か話す機会があったら、昔の友達だと思って同じように積極的に話す努力をしてみたらどうですか?
人脈はあったに越した事はないですが、もしまた嫌な人がいたら友達になる必要もないでしょう。
大学は自分のために行く場所ですし、外での今の友達関係を大切にして卒業まで頑張ってください。
地元も良いですが、社会に出ても新しい環境の中に入らなくてはならないのですから・・

投稿日時 - 2007-10-24 16:01:59

ANo.3

ずいぶん昔に大学を卒業しました。
大学の希薄な人間関係と寒気がするような気分はよく覚えています。
ちゃんと生きのびさえすればいいわけですが、高校までとはやり方が違います。
新興宗教にはまってしまったひともいました。
寂しさの解消には、あまり重みをおかないほうがいいように思います。
一日一日、どうにか耐えていくことができればそれでいい、くらいに思っていればいいのではないでしょうか?

なんのために大学にいくのかといえば、『大卒』の学歴を手にいれるためです。
学歴社会でなくなってだいぶたちますが、それでも「よくがんばりました賞」くらいの意味はあります。
テスト対策、レポートの提出、授業の予習復習、授業の出席に手を抜かないことです。
本来は忙しいので、人付き合いを気にしている余裕などないはずなのですが・・・。
どうせなら、学年主席で卒業できるように
がんばって勉強しましょう。

それと、気分を支えるために必要なのは、やっぱり体力です。
ちゃんと食事をしていますか?
きちんと眠っていますか?

いまはおひとりぐらしでしょうか?
おうちを体力・気力の回復しやすい居心地のよい環境にしておくことも
大事です。

投稿日時 - 2007-10-24 09:33:34

ANo.2

おはようございます。
>1度失ってしまったコミュニケーション能力は、戻らないものなのでしょうか?
いやいや、それならばyuikoaiさんは小学生の時の友達と、今、楽しく付き合うことは出来ないと思いますよ。
コミュニケーション能力は、一度もなくなってはいないと思いますよ。

理不尽なイジメのせいで、失ってしまったのはコミュニケーション能力ではなく、自信なんだと思いますよ。
そうなる前は、学級委員をやっていたくらいですから、きっとしっかりした子供だったのでしょう。だから、親を困らせたくないときっと一人で耐えてしまったということもあるんでしょうね。でも、一人で耐えてこられたということは、とても強い人でもあると思います。
その強さに、自信が戻ればとても素敵な方になることと思います。

今、一人きりでがんばってきた所にやっと安心できる心の場所が出来たことで、甘えたい気持ちが生まれているんだと思います。だからきっと、とても帰りたい気持ちになっていたりするんでしょうね。
でも、折角ここまでがんばってきたんですから、大学を辞ようなんて言わずに大学の勉強でもなんでもいいですから、自信を取り戻せそうなことを始めてみてはいかがですか?
同じ近畿に帰るにしても、今よりもほんの少しでもいいから自信をつけて帰った方が、友達にも胸を張って会えると思いますよ。大好きな友達に会う時のことを夢見て、自分を磨いてみませんか?
大丈夫。一人じゃないって思える今なら、たくさんのことを乗り越えて絶対に素敵になれますよ。だから、あともう少しだけでもいいですから、がんばってみてください。

言葉のことですが。私は、方言が話せるということをとても羨ましいと思います。(周りにも少なからず、同じような気持ちの人がいます)お国言葉、大切にしてくださいね。

投稿日時 - 2007-10-24 09:05:25

ANo.1

何をどうかこうかかなり迷いました。

が,まずは現状について。質問者さんが大学というところを高校までの様に捉えている様に感じられるのですが(学校や人にもよりますが)一般に大学というのは人と人とのつながりが弱い場所で,高校までのようにみんながみんな友達ができるわけではありません。むしろ孤独を感じる人が多く,5月にクラスから消えて行く人がどこにでも普通にいるぐらいです。質問者さんには大学は勉強するところ程度に思っていただきたき,もう少し気楽に生活を送ってほしいと願います。正直,一緒に授業を受けている人間なんて電車でたまたま乗り合わせた人と同じようなものです。彼らを恐れる必要など何もない。大学での友達なんて,出来たら作ろう程度でよいのです。それが嫌な人がサークル等に入り出会いを求めたり,アルバイトや他大学のサークル,習い事などの自分と気の合う人がいるところへ行って,いろんな人と関わろうとすることで日々の生活を楽しもうとするんです。どうするも自由,それが大学ですから,人間関係を気にしすぎて自分の身を滅ぼさない方が将来の自分のためです。あと,蛇足ですがいじめられた理由を言葉を発するというところにあると意識しないようにした方がいいです。結局はいじめられる原因は態度とか立場とかそんなところにあるのですから(いじめられる方が悪いと言っているのではない),もっと周りを気にせずそれこそ始めは社交辞令から始めていったらいいんですよ。一度は他人とうまくやれていたあなたならそれぐらいは心がけ次第でいくらでも出来,コミニュケーション能力を上げられるはずです。
地域性が合わない,ということは考えられなくもなく,近畿にそのうち帰る(編入,就職,大学院等)というのが悪い選択だとは思いませんが,(やらないでしょうが)現段階で大学を辞めて前の地域に戻ったところであなたが得られるものは何もないと思います。昔仲が良かった人にはそれぞれの今の生活があるのですから,何もせずに近畿に帰ったところで虚しさと孤独とをより味わう羽目になるだけだと思います。

そして,今までのスタンスについてですが・・・バイキン扱いってどこでもやっているんですね。私もいじめは小学生で引っ越してからの小学生~高校生までレベルの違いはあれ何かしら受けていました(やってたのはほぼ同一人物・集団)が,失礼ながら,その経験から言わせていただきますと,私は質問者さんがコミュニケーション能力を失った,とは思えません。
むしろ,「はじめからあまりコミュニケーション能力が高くはなかった」んだと思います。小学校時代の人間とうまくやれていたというのは,一重に始めから自分が馴染んでいたからというのが理由であると思います。その年ぐらいまでは,親の評判,親同士の仲の良さなんかで付き合いが決まってしまったりもします。
ですから,「最初にいた土地でうまくいっていた」=「コミュニケーション能力があった」ってわけではないと思います。

この場合,今あなたが周りにうまく入れない原因はトラウマも一因であるとは思いますが,今までいじめられたりしていた時にそことは関係のない人々に付き合いを求めたりしようとしないあなたの気弱さ・あるいは消極的さにあるのではないかと少なくとも私にはそう思えるのです。

私も笑い声がトラウマになっていますし,あまり広くない通路で複数人とすれ違う時はかならず自分の背後を気にするなどします。
私はコミュニケーション能力は低いので,心から仲のいい人なんてほとんどいません。それでも,人付き合いはしていないわけではないですしし,成績は一部を除き上々です。正直一緒に頑張れる友達は欲しいですが。。。
結局仲がいい人ができるか否かというのは運と能力もありますが,自分の積極性で可能性を切り開いていけるのだと私は思います。
質問者さんにはあまり過去の思い出に浸りすぎず,何か未来に楽しいことを探すというスタンスで日々の生活を送っていくことを強くすすめます。過去は心の支えにするのにはいいけれど,戻ることはできませんし,今の自分が動かない限り現状はいつまでも変わりません。

投稿日時 - 2007-10-24 03:18:55

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