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解決済みの質問

沖縄戦で住民に集団自決

沖縄戦で住民に集団自決の裁判関連の記事の 座間味島の守備隊長だった原告梅沢裕さんのとても90歳とは思えない毅然とした姿に興味を持ちました。いろいろなサイトを見てこの問題を少し理解をしました。
ただ分からない点が出てきました。
(1)座間味島で20年3月26日・渡嘉敷島で20年3月28日に起きた集団自決の関連性
(2)3月に起きた集団自決のあとの終戦までの間の 座間味島の守備隊長だった梅澤元少佐 および渡嘉敷島の守備隊長だった赤松元大尉の取った行動。
  ・米軍の島占領下での4ヶ月間をどう生き延び 
  ・どのように降伏したか、
  ・部隊の生存者数 またどのような状況だったか

個人的興味ですが とても90歳には見えない梅澤氏の戦後の生き方も気になります。

知っておられる方がいらっしゃいましたら教えてください。

投稿日時 - 2007-11-10 13:14:14

QNo.3505585

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

海上特攻隊である梅沢隊長、赤松隊長の「戦争」がどんなものだったか?は興味深い点ですね、おおざっぱに言って、彼らは米軍とは戦わず山中に籠もってただ時間が過ぎた。米軍の上陸時に彼らは100隻以上もの特攻用小型艇を1隻も出すこともなく、又徹底的な抗戦もすることもなく、ただ山中の壕に籠もっていたが、島を占領し脅威はないと確認した米軍は彼らを完全に掃討することなく、本島での作戦に向かったので彼らは放置された。その為彼らは5月ないし8月まで半年近くも島で住民に対し武力で命令を下した。

その間に住民は米軍に捕虜になり、彼らにそむき他の住民に投降をよびかけた。米軍に言われて赤松らに投降を呼びかけた<善意の住民>は、赤松にスパイとみなされた。これが渡嘉敷島での住民虐殺を呼び合計11人が殺され、座間味島でも1人殺されている。片方の隊長は専用の「慰安婦」をつれて山中に籠もった。しかし結局彼らは、全滅覚悟の最後の突撃をすることもなく、小規模な戦闘で3割?程度の兵力を失っただけで時間がすぎた。

梅沢は4月に負傷し命令ができなくなったが、結局5月には米軍に包囲され<自決はせず>投降している。赤松は元気に指揮をとり続け天皇の玉音放送から2日後の8月17日(!)に投降を呼びかけた住民を、スパイとして殺してから、自分たちは「終戦になったのは知っていたから」同じ日に投降した。

彼らがこうした事を少しでも「国民に対しやましい」と思っていたら、多少事実と違うことがあっても、訴訟などおこさないだろう。我々は戦後日本人全員が「あの戦争」を反省し、軍国主義を否定すべきものと考えたように思いがちだ。しかし戦争が終わって60年経っても戦前と同じような考え方をしている人がいる。軍人は偉い、軍人がする事に民間人が口を出すべきではない、民間人が死に軍人が本来も任務も果たさず生き残ってもなんら恥と思わない人がいることが今回の裁判で判ったのではないでしょうか?

それが90才の梅沢隊長の戦後の生き方ではないでしょうか?
(赤松隊の行動は沖縄県史10巻に詳しいですね)

投稿日時 - 2007-11-12 22:52:26

お礼

詳しいご回答ありがとうございます。
確かに今回の裁判で「集団自決」と命じたかという問題以外にも、極限の島で起きていたことを、脅威のない現在で論じるのはおかしいかもしれません。
それにしても、集団自決をしたという事実は 洗脳に近い教育・世論があったのは間違いがなかったのですね。それが誰の命令で2つの島でごく近い時期に起きたかが問題ですね。、裁判がどの考え方を基に行うか興味があります。

投稿日時 - 2007-11-18 20:50:18

ANo.3

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回答(3)

ANo.2

先日聞いたのですが、女子学生が車座になって手榴弾で自決しようとしていたら、日本軍将校がきて、手榴弾を取り上げて自決を止めた話や、洞窟に隠れている学生を、刀を抜いて外に出した話もあるようです。後者の場合は、「降伏をしぶる学生を、洞窟外に追い出して米軍に降伏させて、命を助けたい」という行動だったとしても、「女学生を犠牲にして自分たち軍人が助かりたい」という行動に誤解される可能性もありますね。

占領政策として、米軍にとっては、「日本軍は住民に自決命令出し、しかも住民犠牲にして、自分たちは助かろうとしていた卑怯な集団だった」と言ったほうが、自分たちを解放軍と位置づけられるわけで、沖縄支配するのに都合はいいですよね。ですので、「日本軍が住民に集団自決命令」っていうのが嘘であっても、真偽を問わず話を広めて利用したような感もあるようです。

なお、米軍は、「楽勝」と思っていた、硫黄島の戦いで、海兵隊に多数の戦死・負傷者を出しました。栗林中将の「バンザイ突撃せず、1人でも多くのアメリカ兵を殺すこと。」という作戦思想と、米国通であったことで、最後の最後まで米兵を冷静に効率的に殺す作戦を立案・遂行したことで、「この戦いに降伏はありえない。殺すか殺されるかしかない!」って日米双方が思い、容赦ない戦いが沖縄戦に持ち込まれたように思えます。

映像では、洞窟に隠れた日本兵を火炎放射器で攻撃するシーンをよく目にしますが、実際には、地上で逃げる日本兵を火炎放射器で焼き払うこともあったようです。(もちろんその行為に、ちょっとためらいはあったようですが・・)
どちらの立場であっても、悲惨な当時のことは口にしたくないって心理があるのではないでしょうかね。

投稿日時 - 2007-11-11 00:25:39

お礼

お礼が遅くなりました。
おっしゃっているように 悲惨な当時のことは口にしたくないって心理で真実は分からないようですね。
極限の状態に置かれた軍と島民の間の事実は、現在では考えれない事があって当然かも知れませんね。

投稿日時 - 2007-11-18 18:59:43

ANo.1

この辺りの事実を示す資料があるか分かりませんが、
カルト宗教だと、集団自決することありますね。

投稿日時 - 2007-11-10 16:01:01

お礼

ご回答ありがとうございます。
確かに 自決とは通常の心理状態ではできないことで 洗脳されていた点ではカルト集団も共通点があるかも知れませんね。

投稿日時 - 2007-11-18 18:32:01

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