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解決済みの質問

日本が韓国と合併した理由

一体何のメリットがあったのでしょうか?
当時の韓国は借金以外何も無い国と聞きましたし、文化と呼べる生活Lvにも達していなかった極貧の国だったらしいですが、合併前と合併後の写真を見比べると相当ーに暮らしが豊かになっていますよね?

日本のお陰でここまで生活が良くなって(言葉に表せないくらい)るのに何故恨まれてるんでしょうか?
彼らはその事実を知らないんでしょうか?正直もし合併を今から取り消せるとして韓国人にそれを選ばせても首を縦に振るとは思えません。

合併してなかったら動物並の生活をしていた癖に…と思うとムカムカします。
合併とは日本人の都合のいい解釈で実際は侵略だったのでしょうか?
でもまともに戦う程韓国に戦力なんてまったく無かったし、侵略と呼べるものだったのでしょうか?

しかも自国には借金しかないので合併を即快諾したと聞きました。
実際はどうなんでしょうか?

中立的立場から見て悪いのは日本なのでしょうか?
それとも恩を忘れているは韓国なのでしょうか?

投稿日時 - 2007-12-31 07:51:27

QNo.3640184

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

 歴史を見るときには、善悪を離れて事実はどうであったのかを、知ることが第一です。この頃の時代背景を述べますので、参考にしてください。

 韓国併合の頃の世界情勢は、1等国といわれ広大な海外植民地を所有したり広大な国土を持っている、イギリス・フランス・アメリカの3カ国と弱体化したロシア(日露戦争とそれに続く革命騒ぎで1等国から脱落。)の勢力圏であったバルカン半島に勢力を伸ばし1等国として不動の地位を作りたいドイツ、ロシアの勢力圏であった満州を勢力圏とし1等国の仲間入りを目指す日本を軸に動いていました。

 すでに広大な土地を自分のものとしているイギリス・フランス・アメリカおよび、国土は広いものの国力が低下しつつあるロシア(革命後は混乱状態だったソ連)は、当時の国際情勢の現状維持が国益と考えていました。
 しかし、支配する土地が狭いドイツと日本は、支配地を広げないと、1等国の地位を失い、他国の顔色を伺う(それがいやでアメリカと戦争を起こした日本ですが、敗戦により軍事的には完全にアメリカの顔色を伺う状況になっています。)ことになるため、他の民族の居住する土地を新たな勢力圏にすることが国益と考えていました。

 他民族が多く住む植民地の場合、その土地の民族を教育せず国土の開発も必要最小限にとどめることで、植民地からの利益の増加は少ないものの力が弱いままなので、本国に対する独立の動きをコントロールしやすくなります。
 フランス・イギリスの場合、植民地からの搾取が比較的少なくても支配地が広大なため、本国の国力に対する貢献は大きなものとなりますから、この方法を選びました。(これが、一般に言われる植民地)
 
 支配地が少ない日本がこれらの欧米の強国と互角の国力になるためには、支配地を極力経済発展させ、本国と一体化することが必要不可欠です。
 その最初の実験台が、民族としての独自の歴史・文化の形成が未熟であった台湾でした。
 この台湾を日本と同化して、経済を伸ばす政策はかなりの成功を収めました。

 その成功例を基に、朝鮮もまた国土を開発し朝鮮人を日本人化することにより、日本は国力を増大しようとしたのです。
 これが、日韓併合の政治的時代背景です。

 日本政府は、朝鮮人の日本人化を目指した以上、基本的には朝鮮人を迫害する方針など、どこにもありませんでした。日本人化が進むとともに、徐々に日本人と同等に扱う予定でした。(日本人個人の中には、韓国人に対する差別や危険視する意識を持つ人もありましたが・・・)

 何が問題だったかというと、基本的に日本人と同等に扱った結果、当時の多くの日本の法が朝鮮人に適用されたのが問題となったのでした。

 この頃の日本経済は、財閥による独占資本主義の時代で、日本では労働運動・社会運動・女性人権運動などを、ロシアに起こった革命と同じことが日本に起こるのを恐れ、政府は厳しく監視していました。

 1923年関東大震災では、焼け野原となったため東京の治安が大きく悪化し、デマ・うわさ・憶測で多くの悲劇が起きました。
例を2つ
1.甘粕事件。
 社会運動家の大杉栄・伊藤野枝および大杉栄の甥、橘宗一(当時6歳)、憲兵隊により惨殺。橘宗一がアメリカ国籍を持っていたため、アメリカが関与し、問題が表面化しました。
2.震災後の朝鮮人虐殺。
 うわさに踊らされて、被災した人々が作った自警団が朝鮮人と疑われた人々を虐殺。真相不明・被害者も日本人を含む多数でした。

 このような時代を背景に、国民の不満・不安をコントロールするための飴と鞭として「普通選挙法」と「治安維持法」が成立しました。(1925年)

 この「治安維持法」によって、多くの新しい考え方をする人々が、社会的治安を乱す恐れのある考えの持ち主として、思想犯・政治犯として逮捕・取締りを受け、取調中の拷問・獄中死などが続発しました。

 日本本土では社会主義思想家・労働組合幹部などがその対象となりましたが、朝鮮半島ではそれに加えて、「朝鮮独立」を口にした人々が、その取締りの対象となりました。
 朝鮮独立=併合によって一つになった日韓の分離独立の考えを他人に広めることは、当然治安の維持に反する行為なのですから。

 この法律によって、多くの高等教育を受けた指導的な朝鮮知識人(「朝鮮」という民族意識を強く持ち、日本の同化政策に反対。)が、投獄されることになりました。
 
 当時の日本にとって、治安維持に反する行為を取り締まる、当然の法の運用でしかありません。(「朝鮮独立」を唱える人々のほとんどが朝鮮人であったのは当然ですが。)
 また後に、1945年に戦争が終わって朝鮮半島に朝鮮民族による独立国家ができた結果、治安維持法のもとで獄中死・刑死した人々が、「独立」の先駆者として、英雄となり迫害による殉死者とみなされるようになったのもまた、自然の成り行きなのです。

 その結果、「朝鮮は近代国家としての基盤を作ってもらったので結果的に良かったのだけど、民族のプライドは大いに傷ついた。で、いまでも激しく日本を恨んでいる。」という状況になってしまったのです。

 尚、せっかくの産業基盤もその後に起こった朝鮮戦争で、ほとんど破壊されてしまったので、現在生きている韓国の人々が日本が投資した産業設備の恩恵を受けているという実感は、ほとんど持っていないと思います。(道路・鉄道はほとんど同じ位置で、再建されました。)

<参考>歴史は繰り返す
 歴史では同じようなことが、繰り返されます。
 
 フランス革命によって、力を得たナポレオンがドイツに軍を進め古いドイツの小王国が倒れた結果、その影響下で新しく改革を進めたドイツ国民は、民族意識に目覚めフランス人をドイツから追い出す運動を始めました。

 最近でもイランの王様が、石油を売って得た多くの収入を使って、アメリカの技術を使って経済開発をしたり、国民教育をしたところ、国民が民主的になって「国王が直接政治をしているのは、おかしい!」と言い出して、国から追い出されてしまいました。

 イギリスやフランスは、それがいやだったので、植民地の人をあまり教育しない(1年間の儲けは少なくなりますが・・・)方針を取りました。

投稿日時 - 2008-01-08 19:24:38

ANo.13

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回答(14)

ANo.14

日本の縄文時代から日本の歴史は 入ると思います。
南方系民族(沖縄,隼人族、クマソ)から蝦夷そして北方民族アイヌ人の自然のサイクルに合わせて文字もそれ程必要でない所に 朝鮮半島や中国(弥生人)から春秋時代のように戦争が続き戦争に必要な青銅を求めたり鉄を求めたり東へ東へと移動してきて 特に百済から大量に弥生人と言われる人が活躍するようになりました。新羅や高句麗のカヤの取り合いには百済も黙っておれず日本の援護を求めて数万の日本人が百済の援軍として日本府を置いたとのことが古事記日本書紀に書かれているとのことです。負けて逃げた百済の王様は日向のミカドや比木神社に奉られて行事等も残っています。その後国内は内戦が続き秀吉が天下統一を済ませると 朝鮮征伐が始まります。その時の朝鮮出兵子孫の部落が大邱の友鹿里と言う村に残っています。江戸時代は徳川の鎖国等で静かだったのが江戸末期から明治大正昭和の時代は中国からの防備ヨーロッパの植民地、ロシアの南進政策等で李王朝や国民の弱体化が目立ち江戸時代の世界でも一番の識字率の高い日本が軍事力をつけて一部の穿った人が日本の植民地化を図ったものだと思います。
その為に朝鮮半島の人は親子や叔父さん叔母さん姪甥孫等に必ず人間狩り等で重炭坑労働者、兵隊、売春等させられてそれに抵抗したら憲兵隊に簡単に殺され 又韓国の文化財など悉く壊されて数千年の文化財が消滅したと言われています。 韓国 中国の問題は現地の人の話や文化の違いを十分知ってから人権問題を配慮して今後の付き合いを考えるべきだと思います。
確かに戦争したら新しい文化文明が伝わると思いますが 悪いやり方で恩義を言うのは止めましょう。今の日本は食中毒問題でもやっぱり韓国や中国を立派に引っ張ってきています。中国の悪いことを指摘したら必ず相手の日本が悪いと避難が先でしたが今回は中国政府もオリンピック前で率先して調査に乗り出しているようですから.........

投稿日時 - 2008-02-02 21:42:36

ANo.12

日本が韓国を併合することによって得る利益とは
ロシアの進出を阻止することでしょう。
恐らく日本が併合していなければ遅かれ早かれロシアが韓国を併合し
朝鮮半島は共産主義化していたでしょうね。
当時の日本はこれ以上ロシアの戦力を増やさないことに必死だったんですよ。

それと、詳しいことは分かりませんけど、韓国のほうも当時は併合を望んでいたようですよ。
現に、日本が韓国を併合してから暮らしは豊かになったようですし。
これ以降の話はNo.6の方の回答と全く一緒ですね。
簡単にまとめると
・韓国を併合することで日本が得た利益=ロシアの進出阻止
・韓国が得た利益=交通・水道等のインフラ整備、生活環境改善等
・韓国が得た不利益=徴兵等?(但し徴兵拒否はOKだったけどね)
・日本が得た不利益=戦後、韓国政府に対する国民の不満を全て日本に向けられた。
賠償・補償も十分過ぎるほどしたが、それは韓国国民の手に渡らず
韓国政府の物となった。で、韓国は「もっとよこせ」と言う。
戦後、朝鮮人による日本人への傷害事件が多発。
「我々は戦勝国民!日本人は敗戦国民!」
戦時中は大手を振って日本と一緒に戦っていたのに日本が負けたとたんこれ。

まぁ細かいことを挙げるときりが無いのですが、こんなもんです。
正直、韓国より台湾のほうが日本からの扱いはひどかったんですけど。
台湾の人は何も言わないんですよね。

投稿日時 - 2008-01-03 22:07:41

日本が朝鮮半島を征服していなければ清かロシアに取られていたでしょう。
そうするとその後の戦争で不利になっていたかもしれません。
朝鮮併合は二国間の関係では日本に有益なことではなかったかもしれませんが、
世界的には意味があったと考えるべきでしょう。
誰が悪いとかそういうのはないでしょう。
あの時代は覇権主義がまかりとおっていた時代なので、当時の日本に非は
無いと考えるべきと思います。

投稿日時 - 2008-01-03 12:35:00

ANo.10

新書ですが、海野 福寿『韓国併合』〔岩波新書〕という本が史実を冷静に見つめていて、
質問者さんの参考になるかと思います。図書館にもあるので、ぜひ読んでみてください。
http://www.amazon.co.jp/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E4%BD%B5%E5%90%88-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%B5%B7%E9%87%8E-%E7%A6%8F%E5%AF%BF/dp/4004303885/ref=pd_bbs_sr_2?ie=UTF8&s=books&qid=1199163027&sr=8-2

投稿日時 - 2008-01-01 13:57:17

ANo.9

No8です。
もしタイムマシンがあって、過去の事実を一つだけ変えられるとすれば、私なら
「ハルビンで伊藤博文を銃撃しようとする安重根を事前に拘束」
します。たった一人の人間の死(それも殺人による死)が、これほど日本という国家に大きな災厄をもたらした例は日本史上恐らく空前絶後でしょう。伊藤が健在なら、韓国は保護国のままで過ぎたでしょう。
歴史にIFはありませんので言っても詮無きことですが…

投稿日時 - 2007-12-31 15:23:34

お礼

うわぁー
それは酷い話ですね
なんとかして今からでも歴史を変えたいと思ってしまいます。
どうもこの話を聞いてから韓国だけは好きになれません。
ここまでやってあげてたのに謝罪と賠償を要求するなんて言ってるんだから…

投稿日時 - 2008-01-01 02:40:19

ANo.8

結論から言いますと
1. 実際に韓国の首都に韓国統監として駐在し、自分の目で毎日韓国を見ていた博文は、日韓併合に断固として反対していた。日本の最高実力者である博文の意見は絶対で、その博文が反対している以上、韓国併合は不可能であった」

2. 韓国人テロリスト安重根が博文をハルビンで暗殺した。「日韓併合に断固として反対する日本の最高実力者」が消えた。

3. その後は、韓国サイドの希望を日本が受け入れる形で(詳細は、後述する本を読んでください)日韓併合が実現。

4. 伊藤が韓国統監に在任時の韓国、日韓併合時の韓国は客観的に見て「世界の最貧国。首都の政府関係の施設と、釜山からソウル(漢城)までの鉄道以外は、文明の名に値するものはほとんどない」状態であった。

詳細を知るには、下記の二つの本を併せて読んでください

(日韓併合の経緯)
韓国併合への道 文春新書 086 呉善花/著
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=30638322

(日韓併合の約10年前の韓国の状況)
朝鮮紀行 英国婦人の見た李朝末期 講談社学術文庫 1340
イザベラ・バード/〔著〕 時岡敬子/訳
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=30437617

投稿日時 - 2007-12-31 11:26:40

ANo.7

>日本が韓国と合併した理由

明治維新の歴史をアヘン戦争からはじめるのが一般的ですが、明治維新のが成立した原因を欧米列強への脅威意識と捉えているからで、司馬史観にも共通すると思います。富国強兵を実現し、欧米列強に引けをとらない国家となり、植民地化の脅威から脱却す。そのような国家目標(政府だけでなく知識人の共通認識として)の必然の帰結として隣国韓国(李氏朝鮮)を植民地化したということではないでしょうか。征韓論が起こる以前には、朝鮮に使者を送り、明治維新の成立を告げるとともに、朝鮮が開国し、日本と同じく維新(富国強兵)の道を歩み、共同して欧米に対抗することを望んでいたわけで、最初から併合というわけでもなかったのですが。
ただ、残念なことながら、日本が問屋制家内工業の段階から、工場制手工業の段階にあったのに対して、朝鮮ではそのような段階になく、受け入れる素地がまったく存在していなかったことも事実ですが。
日清戦争では清の宗主国中国と争い(朝鮮は清の保護国だったと見ることもできますが)、日露戦争でロシアと朝鮮の支配を争っているわけです。特にロシアは日清戦争後朝鮮国王夫妻をロシア大使館に保護するなど朝鮮への影響力を強めていますから、日本が朝鮮を併合しなくても、ロシアが必ず植民地化したでしょう。そうなれば朝鮮半島とカラフト、千島列島とロシアに日本は囲まれ、日本がロシアの植民地化せざるを得なくなるというのが明治時代の恐怖心ではなかったかと思います。やられる前にやるとの論理ですが。ですから、日清・日露・朝鮮併合あたりまでは自衛的行動と見る考えが強いように思います。

さて、地政学的には韓国・朝鮮は独立の難しい地域です。中国が後方に控え、統一中国ができると併合の危険が常に付き纏うのですから。俗な言葉で言えばつっぱていないとやってられないてなところでしょうか。そうでなければ独立は難しかったのではないでしょうか。現在の中国の東北三省には朝鮮族が多数住んでいるように、朝鮮族の国家群の最大領域は東北三省にまで及んでいた時期もありますし、逆に現在の大韓民国の領域ほどに縮小していた時期もあます。どうしても強く出ないわけには行かないのでしょう。この傾向を助長したのではないかと思えるのは明朝の滅亡と清朝の成立に伴う「華夷変態」です。儒教の本家である中国明朝(華)が滅び、蛮族(夷)に占領されている。儒教の本家は我が朝鮮であるとの意識です。これは日本でも同時に起こる意識ですが、この意識が朝鮮の自意識を高めたのではないでしょうか。
さらにこれらの意識が日本を遅れた国(儒教の観点から見てですが)との意識を強く持たせたと思います。朝鮮通信使の日記などに顕著に現れています。(それ以外にも日本に文化を教えたー伝えたーのは朝鮮だとの意識も強いのですが)
その遅れていたと思っていた日本に植民地にされたのですから頭にきますし、全否定したくなる気持ちも分からないでもないですが。この感情がいまに続いているわけです。プライドをずたずたにされたのですから何をやっても、何を言っても無理なのかもしれません。
まあ、自分中心にしか物事を考えられないからでもありますが、イギリスとエール(アイルランド)の関係を見ても隣国との付き合いは難しいということですかね。

投稿日時 - 2007-12-31 11:17:22

まあ、どっちにしろ、日韓併合は日本の都合です。
幾ら韓国から「併合してくれ」と頼まれても、断れたからです。
閑話休題。
>日本のお陰でここまで生活が良くなって(言葉に表せないくらい)るのに何故恨まれてるんでしょうか?
>彼らはその事実を知らないんでしょうか?

そのとおり。
戦後、独立した韓国政府は、それまでの日本の官民に渡る支援を全て無視し、かつ、自分達の都合のいいように、歴史資料を改竄し、それを国民に教育するとともに、外国、特に日本からの情報を遮断したのです。
それは今でも続いています。
なぜなら、日本の善行を認めてしまうと、国が持たないという危機感があったからです。
日本には物凄い数の朝鮮半島出身者が居ます。
その大多数は、強制連行ではなく、自発的に日本に来ています。
日本のほうが繁栄し、住みやすいので、非合法に移住してきたのです。
それに危機を感じていた韓国政府が、歴史を改竄し、日本からの情報を遮断し、日本を非難することでアイデンティティを確立し、国民の逃亡を防止したのです。
その結果が、日本に対する異常な敵愾心と怨みです。

>合併とは日本人の都合のいい解釈で実際は侵略だったのでしょうか?

まあ、侵略といえば侵略です。
相手の為を思ってした行為でも、逆恨みする人は居ますから。
ただ、当時、大韓帝国を清から独立させたのは日本ですし、日本の改革政策を自分達の都合で拒絶し、ロシア帝国と結ぼうとした勢力も居ました。
ただ、大多数は沿海州等ロシア領になった地域で、朝鮮・中国系住民が酷い目に遭っているのを知っていたので、ロシアを嫌い、日本を頼ったのです。

中立的にというか、日本に対して悪意を持った発言・報道を繰り返すのは、朝鮮半島と中国のみです。
過去の戦争等の謝罪を繰り返すのは、日本だけです。
欧米諸国は、過去の侵略行為や非人道行為に対して謝罪などしません。

投稿日時 - 2007-12-31 10:41:31

ANo.5

>さて、あなたはこの隣人Aに感謝をしますか?

感謝しないでしょう。
しかし、いい家が手に入ったし、仕事のやりかたも教えてもらったので今後はなんとかいい暮らしができそうだ。「ま、肩身が狭かったけど、威張っていた奴もおとなしくなったし、まあいいか」と言うだろうと思います。
現実には「日本はいいこともした」と大臣が言っただけでクビが飛ぶんです。やっぱりおかしい。
あ、主宰者様。ちょっとルール違反許してね。

投稿日時 - 2007-12-31 10:32:58

ANo.4

日本が韓国を併合したのは、何よりも日本のためです。
当時南進政策を取っていたロシアに対する防波堤にするとともに大陸へ進出するための足がかりにしたかった。それと国内の失業対策もありました。

物資や軍隊の輸送のために道路や鉄道網などを整備する必要がありましたし、日本人が快適に暮らしていくために上下水道などの整備も必要だっただけです。あくまで結果的に良くなっただけで、それは韓国のためでも韓国人のためでもありませんでした。

たとえば、ある日隣人Aがやってきてあなたの家を自分のものにすると言って、あなたの家に住み始めました。あなたとあなたの家族は庭の物置に住まわされ使用人としてこき使わされました。その間に隣人Aはあなたの家を自分達が住みやすいように何億円もかけてリフォームしました。隣人Aは他の家もとさらに隣の家も手に入れようとしましたが、すごい反対に合い最終的にはあなたの家も土地もあなたに返して自分の家に帰って行きました。
あなたは何十年間か虐げられた生活をしましたが、今では立派な家が手に入りました。
さて、あなたはこの隣人Aに感謝をしますか?

投稿日時 - 2007-12-31 10:09:56

ANo.3

>正直もし合併を今から取り消せるとして韓国人にそれを選ばせても首を縦に振るとは思えません。


搾取し虐げるのが植民地化です。
中南米、アジア、アフリカにおいて
喜んで植民地化を受け入れる国が歴史上あったでしょうか?
すべて力を伴うものです。

投稿日時 - 2007-12-31 09:29:25

ANo.2

韓国併合はまずかった。日本は損をした。やるべきでなかった。あの当時は帝国主義の時代だったから日本はヨーロッパに倣ってしまったのだろう。
近代国家の基盤を作ってあげて恨まれる。「日本はいいこともした」と言っただけで大臣のクビが吹っ飛ぶ。おかしい。

投稿日時 - 2007-12-31 09:16:08

ANo.1

幕末期に欧米は朝鮮や中国を前進基地として日本に圧力をかけてきました
その結果は欧米との不平等条約です
だから欧米の基地にならないように朝鮮半島を抑えておく必要があったのです
朝鮮や中国が欧米の侵略を撥ね返していたら進出する必要はなかった
私はそう思います

投稿日時 - 2007-12-31 09:03:50

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