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解決済みの質問

何故日本はアメリカに喧嘩を売ったの?

第二次世界大戦のときどうして日本はアメリカの真珠湾を攻撃したのでしょうか?
別にアジアにだけ侵略していればいよかったのではないんですか?

投稿日時 - 2008-01-20 21:58:15

QNo.3698179

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

ANo.1の方の言ってるのが正しいです。
あと、これは自分の主観なのですが、日本が日露戦争に
奇跡的に勝利して、気が舞い上がっていたのではないでしょうか。
特に、当時の陸軍の方々がもうノリノリで、「アメリカもやるぞ!」
といって、政府も抑えられなくなるほどになっていたのでしょう。
海軍の方々は、基本的に戦略的なので、アメリカと対戦してかてるはずが
ないと分かっていたようです。
ですから、1930年代は、海軍大将出身の首相が多いのも、このため
でしょう。
当時、海軍の山本五十六は
「アメリカのピッツバーグの森林に並ぶ煙突の数をみてみろ!」
と言っています。アメリカの広大な資源をみて、アメリカのすごさをまのあたりにしています。
最終的に、陸軍大臣の東条英機が首相になり、その時に真珠湾攻撃
があったのですが、ここで何故ノリノリでイケイケの陸軍から首相を
選んだのかと疑問がわくはずです。
何故東条を選んだのかというと、当時、東条英機は、陸軍ではとても
影響力もあり、さらに、東条は天皇陛下に対する忠誠心がとても強かったのです。
昭和天皇は、アメリカとの戦争はしたくなかったのです。
昭和天皇が戦争したくないといえば、東条もそうするだろうと
考えたのでしょう。
ですので、昭和天皇は、最後のギャンブルとして、東条英機を
選んだのです。
昭和天皇は、東条を首相に選んだ時、
「「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」だね」という言葉を残しています。
しかし、東条首相でも、陸軍を抑えることはできず、最終的に
真珠湾攻撃がとうとう実行されてしまいました。
ちなみに、アジアだけを占領すれば良かったのですが、
世界は日本が中国を支配するのを認めなかったのですよ。
国際連盟で日本以外の全ての国が、満州国に反対
したのです。当時の日本はそれに腹を立てたのでしょう。
全権松岡洋右は、「さらば、連盟!」と、
たんたんと国際連盟を脱退したのです。
もっともっと書きたいのですが、読むのがしんどいでしょうし、
文字数も限られてますから、この辺で。
自分の主観まさせにどんどん書いちゃってすいませんでした。

投稿日時 - 2008-01-20 22:31:27

お礼

首相の言うことも聞かずに
勝手にやったんですか!ひどいですね

ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:27:26

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回答(8)

日本は神の国だと思い込んでいた。
天皇は生神様だった。
だから、どんなに戦況が苦しくなろうとも、
最後はカミカゼが吹く、日本は神の国だから
やる事は正しい、そして最後は勝つのだっていう
考え方でした。当時の日本人の大半は。
(その結果が、あのザマです…)

USAとの国力差見れば、いかにあの戦争が
無謀なものかわかろうというものだったでしょうに。
(国民の命なんてチリ・芥。アジア人の命はもっと)

投稿日時 - 2008-01-23 18:55:01

お礼

ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:38:19

ANo.7

戦前の日本は、
昭和五年(1930年)のアメリカのホーリー・ストーム法
昭和七年(1932年)のイギリス経済圏のブロック化
によって、経済的な脅威を受けた。
これはいずれも、日本からの品物を「買わないよ」と言う事で、高率関税を課したものであった。

当時の日本は、これに耐える工夫をし、かつ満州に活路を求めて苦境を凌いだ。

更にアメリカは昭和十四年(1939年)に、通商航海条約の破棄を通告した。
イギリスやオランダも二年後、これに続いた。
これは日本に対して重要な資源を「売らないよ」と言う事であった。

「買わないよ」には、よく耐えた日本だったが、「売らないよ」には参った。
日本は、羊毛、綿、マニラ麻から始まって、鉄、錫、アルミニウム、ゴムなど近代産業の柱になる物資を決定的に欠いているうえに、更に致命的な事に石油がなかった。

気が付くと日本は、ABCD包囲網に取り囲まれて、石油をはじめとする戦略物資が、まったく入ってこなくなっていた。

Aはアメリカ、 Bはイギリス(ブリテン) Cはチャイナ Dはオランダ(ダッチ)である。

アメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が相談し、オランダに言う事を聞かせれば、日本には石油は入らないのだ。
イラン、アラブ諸国、マレー半島、北ボルネオ(ブルネイ)はイギリスの支配下にあり、インドネシアはオランダの植民地だった。

日本に「売らないよ」と言えば、重要物資は何も入らなくなる。

何せ、石油までが止められているのだ。
そのままでいれば、艦船一隻も動かせなくなるのは目に見えていた。
これでは、国を守るという最低限のことすらも不可能になってしまう。
どの国からも輸入できないのであれば、日本は日本なりの生き残り戦術を行うしかない。
そこで「大東亜共栄圏」というアイデアが作られた。
これは、東アジア全体を欧米の支配から切り離しても、やっていける経済圏にするという意味であった。

石油の備蓄半年分ぐらいのところで、日本は戦争に突入した。
手持ちの石油のあるうちに、戦わねばならないというのが、日本海軍の宿命だったのである。

このような事情であるから、先の戦争は、侵略と言うよりも、
寧ろ自衛のための戦いと言った方が現実を反映している。
あのマッカーサーですら認めた事なのである。

投稿日時 - 2008-01-22 23:10:05

お礼

日本が経済制裁を受けたときのことを想像できなかったのがいけなかったんですね。
だから今アメリカにコビを売ってるのか

ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:36:49

ANo.6

想像力の希薄。

つまるとこ、己の権力維持の為にやっただけ。
視野が狭いから己の組織や己だけしか見ない。
大衆同様に海外の情勢なんて大衆は知らないし、
大衆同様に想像力が無かった。

簡単な話、国内の金食い虫(軍など)をどうにも出来なかったので払ってもらうために戦争をした程度でしょうかね。
そういや、今でも金食い虫がたくさん居ますね。
それを払わずに景気が悪い、財政がとどうのこうのと言っている。

投稿日時 - 2008-01-21 21:58:22

お礼

ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-01-24 21:32:33

ANo.5

真珠湾攻撃の前に日本と同様に中国大陸での権益を重視していたアメリカは、日本の大陸進出に危機感を抱き、わが国に対する経済制裁を実施していました。戦時の必需品として大量の原油と鉄を必要としていた当時の日本にとって、アメリカは原油輸入量の8割を占める存在であり、アメリカの呼びかけで成立したADCD包囲網(America、Buritain=イギリス、China、Dutch=オランダ)4カ国同時の経済制裁は日本に深刻な事態を招きつつありました。そのため、軍部のタカ派による日米開戦論が台頭したのです。もっとも、日本側も全面戦争で日本がアメリカに勝てると思っていたわけではなく、電撃戦で勝利を収めた後に外交筋を通じてアメリカとの和平交渉を行って停戦し、中国の権益を確保するというシナリオだったようです。しかしながら、真珠湾攻撃の際にアメリカ本土の日本大使館において不手際があったために攻撃開始前にホワイトハウスに届くはずだった日本からの戦線布告が遅れたので、アメリカによるプロパガンダ(日本は宣戦布告なしに「だまし討ち」を仕掛けた卑劣な国だという非難)をされてしまい、和平交渉の望みはなくなってしまったのです。

投稿日時 - 2008-01-20 22:41:00

お礼

ADCD包囲網は聞いたことありますね。

やっぱりその大使館って逮捕とかされるんですかね


ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:30:59

ANo.3

こんにちは。
前の方の回答で「経済ブロック」というのがありますけど、これは確か、旧ソ連の経済政策に同名の物があり、米国のニューディール政策と対で試験などに出てきますので、この言葉は変えた方がいいかもしれません。
「経済制裁」「経済封鎖」「禁輸措置」などが適当でしょうか。

あと、もう一点、あまり省みられる事がないのですが、大きな理由があります。
海軍をどうしても使わなきゃいけないという必要があったのです。

軍隊というのは戦争でない時は巨大な国費を食う割りには何もしない集団です。
従って平和時の常備軍というのは国家財政に非常に負担になるものです。
現在、世界一巨大な常備軍を持っている米国がやたらと戦争するのはそういう意味があります。

当時、日本は列強と呼ばれる非常に強力な海軍国で世界に7隻しかない、ビッグ7と呼ばれる40センチ砲搭載戦艦を2隻(長門、陸奥)も持っていました。

大陸進出では陸軍が主力で、海軍のこの強力な装備は全く使いどころがありませんので、対中戦争が泥沼化すると連合艦隊の維持費だけでも莫大な上に海軍が仮想敵国として想定していた米国は強力な太平洋艦隊をハワイに配備します。
この対抗索が大和・武蔵ですが、これらの建造で日本の国家財政は疲弊しきってしまい、更なる補充は出来なくなってしまう状況でした。
つまり海軍維持には戦争にしてしまって予算を無理やりつけて貰わないとどうにもならない状況があったのです。
その為に軍部出身の首相が担ぎ出され、「ハワイの太平洋艦隊配備はのど元に匕首(あいくち:小刀の事)を突きつけられたも同然」と述べて戦争にGOとなります。

ゼロ戦で撃墜王と言われた坂井三郎氏がテレビで語っていた一言が物語っていると思います。
「日本は戦艦を一隻作ると大不況になる国でした。アメリカに実際に行ってみて(終戦後の話です)、この巨大な国と戦争できると当時の首脳は本当に考えたのか」

投稿日時 - 2008-01-20 22:30:59

お礼

昔の日本も結構すごかったんですね
今のアフリカみたいなものだと思ってました。

ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:26:08

アメリカが「おまえのところには石油は売らん」と言ったから。
で、他の国にも「日本には石油は売るな」とも言った。
当時は中国とも戦争していましたし、近代化の最中でしたから石油はとっても重要でした。
ならば、南方の油田を求めるしかない。
アメリカと戦争をしてでも石油を得ないと日本の国民が飢え死にしてしまう。

別に侵略をしたくて戦争をやっていたわけではありません。
やらないに越したことはないんですし、それは日本も分かってはいました。
まぁ、アメリカに戦争のきっかけを作らされた。
それにまんまと乗せられたってとこですね。

投稿日時 - 2008-01-20 22:10:17

お礼

アメリカは戦争をしたかったわけですか・・・

ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:24:28

ANo.1

資源国でない日本に経済ブロックを日独伊以外の連盟国がかけ、石油などの資源を輸出しないとしたからです。
事実上、干上がらせられ、このままでは、という背水の陣から、宣戦を布告したのです。

投稿日時 - 2008-01-20 22:01:55

お礼

石油にブロックですか!
初めて聞きました。
ありがとうございました

投稿日時 - 2008-01-24 21:23:32

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