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締切り済みの質問

名古屋高裁で自衛隊の空輸に関しては違憲判決がでて確定しましたが違憲状態はどう是正されるのでしょうか?

2008年4月18日名古屋高裁で自衛隊の空輸に関しては違憲判決がでて確定しましたが違憲状態はどう是正されるのでしょうか?政府はどう対応するのでしょうか?また一部政府の人はこんな判決気にしないというようなことをおっしゃられてますが判決確定後も是正しないでやっていけるものなんでしょうか?思想的なバイアス抜きでの回答お願いします。
法律を勉強しているのでこの判決に対してどう世の中が動くのかが知りたいのです。自分は9条に関して中立です。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-04-18 11:30:58

QNo.3956740

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回答(33)

ANo.33

#32です。訂正
×「王権親授説」→○「王権神授説」

そのほかの説に、「自然法説」「慣習説」「(ゲーム)ルール説」などもあります。
 英米法における『法の支配』、つまり判例(コモンロー)の蓄積に伴う「Rule of Law」をそのまま日本に導入することは不可能で、大陸法(法典形式)である法治主義が採用されていると考えられます。
ですから、日本で言う法の支配と英米法の『法の支配』は、異なるものとも考えられます。

投稿日時 - 2008-05-02 23:10:02

ANo.32

さて、ここまで説明すれば、もうお判りかと思いますが、「法の支配」は判例法という中での「法効果」ですので、「拘束『力』や『義務』といった条文根拠は無いと思われます。

その成立過程は、古くから、「王権親授説」「神意説」「社会契約説」「法の支配」「道徳説」などあり、近年では、「(権力者)命令説」が強く主張されています。
命令説は、法効果のうち特に強制力の裏づけのあるものに関して拘束力や義務となる条文根拠を与え、それを基に権限ある者が命令するというものです。

投稿日時 - 2008-04-29 18:39:34

ANo.31

#30における拘束は、裁判所法4条による拘束力ではなく、法の支配によると考えられます。判決理由中とはいえ、「審査権に基づく解釈(判断)」を示しているわけですから、それ以後の判断にも影響を与えるものと考えられます。

そして、少なくとも訴訟の当事者には、最近の言葉で言えば「コンプライアンス:法令遵守」が求められるでしょう。

投稿日時 - 2008-04-23 21:26:50

ANo.30

判決理由中のレシオデシデンダイ部分に、既判力のような法的拘束力を認めることはできません。判例法という法体系が日本にはありませんし、認めること自体に意味がありません。

なぜなら、その拘束力は個別に効果を発揮するものでありますので、一般に拘束力を与えないのは前述したとおりであり、個別効力説は多くの説の採るところであります。
これと同様に、判決主文において違法(違憲)を宣言した場合もそのような解釈となります。

それらとは異なり、これまで多くの裁判において、判決理由中に憲法解釈・判断を示しているのは、その後の下級審を拘束し、よって後訴を拘束することにあります。当事者を拘束するのではなく、裁判所を拘束し、統一的見解・解釈を示すことにより、『一般効力説と同様な効果を与えよう』としているのです。
また、最高裁判所が法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないとの裁判を開いたときには、最高裁判所規則14条により、裁判書の正本を内閣に送付しなければなりません。また、法律が憲法に適合しないと判断した場合は、正本を国会に送付しなければなりません。
最高裁判所の判断による統一見解を、三権が共有するためのもので、これにより正しい解釈判断がなされることになります。

最高裁判所裁判事務処理規則
http://www.courts.go.jp/kisokusyu/sonota_kisoku/sonota_kisoku_06.html

これと同様に、高裁判決の判決理由中の判断に既判力のような法的拘束力はありませんが、「高裁判断」として、その後の裁判に影響を与えるでしょう(もちろん最高裁にも影響を与える可能性はある)。

 政府がレシオデシデンダイについて言及しているのは、その拘束力という観点より、民事訴訟法312条上告理由への該当性だと思います。これにより、上告は却下されることになるでしょう(門前払い)。

投稿日時 - 2008-04-22 15:54:24

ANo.29

#28です。

主文に宣言しなかった判決は「違憲判決」では無かったのかとの批判については、最高裁判所がその憲法解釈・判断を判事することにより、「実質的(内示的)」に下級審を拘束し、よって後訴をも拘束すると考えられます。

投稿日時 - 2008-04-22 05:49:02

ANo.28

#27様、ありがとうございます。
確かに、そのように確立した説があり、うなずけます。

 民事訴訟法327条「特別上告」、330条「再抗告」、336条「特別抗告」などにおいて、最高裁判所を、憲法解釈や憲法違反について審査するように定めているのは、最高裁判所を、憲法に適合するかどうかを決定する最終裁判所と定めているからです(憲法81条)。
 このことからも、下級審における判決には「解釈の誤り」が起こりえると言え、違憲審査については、最高裁判所においてなされなければならないと私は考えます。

 これにより、「『違憲審査(憲法裁判)』については、必ず上訴され、最高裁判所で判決されなければならないと」の考えがあります。

つまり、下級審における判決は、請求権に基づく解釈・適用であり、最高裁判所大法廷合議制で行う判決とは趣旨が異なると思います。
この考え方には、主文に宣言しなかった判決は「違憲判決」では無かったのかとの批判もあります(参考#21判例)。

投稿日時 - 2008-04-21 21:27:04

ANo.27

ご質問者のhiroto69さんがほぼ納得されているようなので、これ以上の投稿は不要かな、と躊躇しつつ、参考までに、ということで1点記してみます。なお、記すのは用語の定義ないしそれに近いものであり、深入りは避けました。


まず、「違憲判決」という用語は、憲法訴訟において、特定の法令が憲法違反であると判断した、裁判所の判決のことをいう、というのが一般的な定義かと思います。

そして、違憲判決を下せる根拠は、これも一般的には、憲法前文第1文、81条、98条とされています。このうち、81条の違憲審査権については下級審もこれを有する、と最高裁自身が認めているものと解されています(最大判昭和25年2月1日)。また、「判決」は上訴提起期間を経過する等の場合には確定し(民事訴訟法116条、行政事件訴訟法7条)、これにより下級審判決が裁判所の判決となります。さらに、「判決」には、主文だけでなく理由も含まれます(民事訴訟法253条1項3号参照)。加えて、裁判所法10条は、憲法論や裁判所の構成に関する書籍等を読む限りでは、一般的には、違憲判決を最高裁判所のみで下す趣旨の定めではないと解されているようです。

以上のとおり、「違憲判決」の一般的な定義、憲法81条の解釈、裁判所法10条の趣旨などを考え合わせると、下級審判決においても理由中の判断である「違憲判決」をすることができると考えるのが、一般的見解ではないかと思われます。

hiroto69さんのご質問の趣旨に鑑みれば、一般的見解に立脚したほうがその趣旨に沿うのではないかしら、と思った次第です。

投稿日時 - 2008-04-21 18:30:13

ANo.26

マスコミが世論形成のため「違憲判決」と誤った表現をしているのが原因だと思います。

「(高等裁判所で)違憲判断」か、「(判決理由中で)違憲と認定」とするべきで、用語的に『違憲判決』といえるのは、最高裁判所において「判決」された場合だと思います。

投稿日時 - 2008-04-21 16:29:39

ANo.25

No.6=No.10=No.12です。四たび板汚し失礼します。

判決理由要旨は次のとおりです。
http://www.47news.jp/CN/200804/CN2008041701000689.html

中身は【派遣の違憲性】【平和的生存権】【控訴人らの請求】に分かれています。このうち、主文に直結するのは最後の【控訴人らの請求】
です。請求の中身は3つあります。それぞれの結論と理由は次のとおりです。

(請求内容1)イラク派遣の違憲確認請求

(結論)請求自体が不適法

(理由)ある事実行為が抽象的に違法であることの確認を求めるもので、現在の権利や法律関係に関するといえないから。

(請求内容2)イラク派遣の差し止め請求

(結論)請求自体が不適法

(理由)
防衛大臣による行政権の行使の取り消し、変更、又はその発動を求める請求を含んでおり、このような行政権の行使に対し、私人が民事上の請求権を持っているとは考えることはできないから。

(請求内容3)損害賠償請求

(結論)認められない

(理由)本件派遣によって具体的権利としての平和的生存権が侵害されたとまでは認められず、損害賠償請求で認められる程度の被侵害利益がいまだ生じているとはいえないから。

これが結論なのです。原告の完敗ですよね。訴え自体が不適法だったわけです。

判決では、裁判所に対し違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求ができる場合として、「憲法9条に違反する戦争の遂行や武力行使などで個人の生命、自由が侵害される場合」を挙げています。

つまり、今回の場合、簡単に言うと「憲法9条に違反」AND「個人の生命、自由の侵害」というAND条件なわけです。OR条件ではないので、どちらか一方でも満たしていなければ、訴えは不適法なわけです。

裁判所ではその両方を審理したわけですが、OR条件ですから、「個人の生命、自由の侵害」がないと分かった段階で憲法判断は不要だったわけです。原告が訴えることは不適法でも、裁判所が憲法判断することは適法(要は不適法の主語が違う)という方もいらっしゃいますが、頼まれもしないこと(不適法の訴え)に裁判所が積極的に判断すること自体が不要なことなのです。主文に関することならば構いませんが、合憲でも違憲でも、もう一つの条件である「個人の生命、自由の侵害」がないわけですから、結論は変わらないわけです。

さて、主文で勝っている側は上訴できません。当たり前です。理由がどうであれ、主文で勝っているわけですから。でもそれは、主文と理由がつながっているという前提でこういう訴訟制度になっているわけです。訴訟制度は、理由に主文に関係のないことを記述されることを予想していないのです。

司法とは、原告の訴えがあって初めて動く受動的な国家権力です。ですので、裁判官が自説を述べたくてもそんなチャンスはめったにありません。せっかくこんな機会に恵まれたので、日ごろ思っていることを述べてみよう、と思っただけだと思います。

この件に関して、いろんな法律論、法学論がありますが、それは法曹界が裁判所の判決を絶対視し、現状の「ねじれ」「蛇足」の存在を肯定しているから、様々な肯定的論説が出てくるわけです。そもそも不必要な審理や記述を認めてはいけないのです。

私は、今回の判決自体は「違憲判決」ではなく、被告の大切な上訴権を奪う「違憲な判決」だと思っています。被告が国だから判決そのものに批判的な声が聞こえないだけです。

どうもメディアなどに出てくる法律家や社説などの論調をみると、要するに派遣賛成派(主に与党支持)は蛇足否定、派遣反対派(主に野党支持)蛇足ではなく尊重すべき、という構図ですよね。まあ、当たり前と言えば当たり前で、不思議でもなんでもない話ですが(笑)。

かくいう私も、「どちらですか?」と聞かれれば、確かに派遣賛成で与党支持です。ただ、そういう自説に都合のよいことは認め、都合の悪いことは認めない、という話ではなく、立法や行政と比較して司法とは何かを考えたとき、その消極的・受動的性質から、蛇足は不要なのでは?その蛇足を他の案件に適用するのはいかがなものか?と日ごろから思っています。

ですので、No.12でも
>もしもの話、判決が「原告の請求は認める」「でもイラク派遣は完全に合憲で全く問題ない」という内容で、被告の国が上訴せず確定したら、どうでしょうか?
・と書いたわけです。これでもやはり私は「ダメだ」と思うでしょう。裁判員制度や法科大学院設置による法曹人口増加策など様々な司法改革がなされていますが、そもそも蛇足の慣行をやめないと、どんな改革をやったところで日本の司法はレベルが下がるのではないかと思っています。

ただ、だからといって今回の裁判長をどうするという制度もありませんし(本人は3月で退官したそうです。これもすごいですが 笑)、事実として憲法判断が含まれた判決が確定したわけですから、その是非を云々してもご質問に答えたことにはなりませんよね。

ともかく、ご質問の内容に即して回答すると、

>違憲状態はどう是正されるのでしょうか?
・政府は違憲だと思っていないので、何ら変化はないでしょう。

>政府はどう対応するのでしょうか?
・政府は完勝したわけです。損害賠償金を支払う必要もないし、派遣を差し止める必要もないわけです。とにかく請求自体が不適法だったわけですから。原告がいう「違憲」や「差し止め」の声は無視でしょう。

>また一部政府の人はこんな判決気にしないというようなことをおっしゃられてますが判決確定後も是正しないでやっていけるものなんでしょうか?
・「気にしない」でしょうね。ただ、2009年6月にイラク派遣の期限が切れますので、再延長するかどうかを議論する際、野党が今回の傍論を引用する可能性は大いにあります。
でも、三権分立を考えると、「判決で述べられていたから」見直すのは理由にならないと思います。内閣あるいは国会で今回の判決を「参考に」見直すのはアリでしょうね。結果は似ていますが、自律性の問題として、形式的には微妙に違いますよね。結構大事な部分だと思っています。

投稿日時 - 2008-04-21 14:16:45

ANo.24

レイシオデジデンタイとか傍論とかいう言葉が、独り歩きしてしまっています。

レイシオデジデンタイは、判例として、他の裁判所に対し先例拘束性を持つかについて意味のある概念ですが、当事者に対し拘束力を持つかについて意味がありません。

なぜ判例として先例拘束力を持つにはレイシオデジデンタイであることを要するのか、ということを忘れてしまうから、言葉が独り歩きしてしまうのです。

司法裁判所の判決は、当該事件を解決するために下されます。その中で法令解釈が行われ、時には行政行為や法令が違憲とされることがあるのです。

逆に言えば、判決理由も当該当事者・当該行為しか念頭に置かれません。したがって、判決理由が別の事件でも当然に妥当するとは限らないのです。そのため、判例として先例拘束性を持つ、言い換えれば別の当事者・行為に適用されるのは、レイシオデジデンタイという、判決理由の中でも特に核心的な部分に限られるのです。このレイシオデジデンタイには、合憲か違憲かの結論さえ含まれません。

つまり、判決理由の中でもレイシオデジデンタイに限定する必要があるのは、判例として他の事件に適用する場合なのです。当該当事者・当該行為については、当該判決の中で十分検討されているわけですから、このような限定をする必要がありません。

もっとも、朝日訴訟の最高裁判決のように、結論を導いた後、判決を導く前提以外のものとして書かれた部分は、さすがに判決理由といえども、当該当事者・当該行為についても拘束力がないものと考えられます。しかし名古屋高裁は合憲性の審理に法廷で長い時間を割きましたし、判決を下す前提として合憲か違憲かを判断しています。したがって当該当事者・当該行為に限っては、「違憲」であるという憲法上の拘束力が働くものと考えられます。さらに言えば、今回の名古屋高裁の判断は、当事者に証拠提出の機会を与えて、十分な証拠調べを直接した結果に基づくものですから、見方によっては、訴訟記録という書類を読んだだけの、最高裁の憲法判断よりも説得力があるとさえ言えます。

投稿日時 - 2008-04-20 20:18:46

ANo.23

憲法に違反しているからといって、裁判所に撤兵を命令しなければいけないという義務はありません。仮に国の行為が憲法違反でも、他の要件が満たされていなければ、原告の請求が棄却されることは当然あります。名古屋高裁の判決はまさにそうです。

繰り返しますが、憲法違反だからといって、当然に撤兵(差止め)請求が認容されるわけではないのです。三権分立にむしろ忠実な判決といえましょう。

最高裁の違憲判決も、下級審の違憲判決も、確定判決であれば何ら変わらない効力を、(判例として他の裁判所を拘束するかはともかく)少なくとも当事者に対しては有します。なぜなら、憲法は最高裁判所に憲法裁判所としての地位を与えてはおらず、一司法裁判所に過ぎないからです。最高裁の違憲判決も、下級審の違憲判決も、裁判所が持つ(最終的)法令解釈権の一環として、事件に法律を適用するという、司法権の行使の中で行われます。

投稿日時 - 2008-04-20 14:39:11

ANo.22

#21です。

下級裁判所である高裁の判決は、損害賠償請求に基づく解釈と適用である憲法判断であり、最高裁で行う違憲判決とは異なると考えられます。

下級裁判所では、ある請求権に基づく憲法解釈・適用は可能であるが、最高裁判所が合議制による大法廷での憲法判断(裁判)を要求しているのは、統一的見解を確保するためにも、下級審がこれについて『判決をなす』ことを許していないと考えられます。

投稿日時 - 2008-04-19 12:01:47

ANo.21

参考判例

選挙無効請求 昭和51年04月14日 最高裁判所大法廷 判決 ―判例検索システム―
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=26709&hanreiKbn=01
主文 PDFファイル
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/88082A9F926186C049256A85003120B6.pdf

投稿日時 - 2008-04-19 10:04:50

ANo.20

良く考えてください。裁判所とは、原告が告訴した内容に判断を与えるところです。今回の裁判の判決は、前文で「明らかに憲法に反する」と断定しています。前文は主文をすなわち判決を補うものですから、当然、原告の主張通り、憲法に反するから、国に撤兵を命令しなければなりません。しかし、この判事は、憲法に反するが、国がやっていることは、法律に反してはいない と言っているのです。この判事は、解釈の問題ではなく、憲法を上回る法律を自分で作り出しているのです。明らかに三権分立に反して、立法権を侵害しているのではないですか。

投稿日時 - 2008-04-19 09:46:17

ANo.19

ご要望に応じて、思想的バイアスを極力抜いて、まとめてみます。


まず、判決理由中の傍論でない部分、すなわちレイシオ・デシデンダイとは、法律上の理由であって、かつその部分の判断を逆転させると結論も逆転するもののことをいいます。判決主文を下支えしていれば、すべてレイシオ・デシデンダイになる(=傍論にならない)のではありません。

この点、今回の判決理由中、「違憲」としてある部分を逆転させて「合憲」としたとき、違憲確認・差止・損害賠償の各請求について逆の判断(違憲確認につき不適法却下せず、または差止につき不適法却下せず、あるいは損害賠償請求を認容する判断)が出たかというと、そうはいえないかと思います。

したがって、今回のケースについては、違憲判断部分はレイシオ・デシデンダイではない、言い換えると、違憲判断部分は傍論である、ということになります。

ただ、レイシオ・デシデンダイか傍論かの区分は、(法律上でなく)事実上の先例拘束性の有無に関わる問題だったかと思います。この点、少なくとも憲法判断については、下級審判断はそもそも事実上の先例拘束性が無いものと考えられていたはずです。そうすると、今回のケースについても、下級審判断ですから、レイシオ・デシデンダイか傍論かの区分にさほど拘る必要もないのでは、と思っております。


さて、判決理由中の憲法判断については、原則としてその事件に限って効力が及ぶ、とするのが通説だったかと思います。この議論は、その判断がレイシオ・デシデンダイかどうかとは別問題なので、たとえ傍論で憲法判断がおこなわれていたとしても、「その事件に限って」効力が及ぶことになります。

ただ、「その事件に限って」というのは「当該事件の解決のため」という意味ですから、通説によれば、違憲判断の対象である法律が違憲判断によって無効になることはありません(憲法41条参照)。今回のケースでいえば、自衛隊の空輸は、違憲判断によりその根拠法が無効になるわけではありませんから、直ちに止めるべきことになりません。

さらに、本判決が最高裁判断でないこと(憲法81条参照)を考え合わせれば、政府は、今回の高裁判決をスルーさせてよいことになります。

なぜなら、仮にこれが最高裁判断であれば、今後類似訴訟が提起されても同じ判断が繰り返されると予想できる結果、違憲判断を尊重しなければならない状況となります。しかし、実際には最高裁判断が出ていない以上、今回の判断とは逆に、最高裁において合憲判断の出される可能性があるからです。そして、過去の最高裁の姿勢からいえば、その可能性は大きいと思います。

したがって、政府は「気にしない」とでもコメントをしておけば足りる、といえそうです。


もっとも、今回大きく報道されていることなどから想像なさっていることと思いますが、下級審であっても違憲判断が世論を動かし、政府を事実上拘束する(ないし政府が無視できなくなる)ことはあり得るものと思います。

ただ、今回のケースでいえば、原告の盛り上がりとは裏腹に世論はそれほど盛り上がっているようには思えず、一過性の熱気で終わる(結果として特に変化がない)ような気がしております。

投稿日時 - 2008-04-19 00:55:02

お礼

沢山回答がついていて無知な自分ではなかなかお礼がつけにくいことをまずお詫びしておきます。
この回答がとてもよくわかりやすかったです。



>もっとも、今回大きく報道されていることなどから想像なさっていることと思いますが、下級審であっても違憲判断が世論を動かし、政府を事実上拘束する(ないし政府が無視できなくなる)ことはあり得るものと思います。

ただ、今回のケースでいえば、原告の盛り上がりとは裏腹に世論はそれほど盛り上がっているようには思えず、一過性の熱気で終わる(結果として特に変化がない)ような気がしております。

まさにこの部分が自分が気になっていたところで、新聞などでは盛り上がっていますがネットニュースやワイドショーなどではまったくといっていいほど報道されず、どうやら一過性で終わりそうですね…。

自分の第一感としては歴史的な判決がでたんじゃないの?といった感じでしたが世間との温度差にびっくりしました(笑)司法の権威が落ちてるんでしょうか?議員からの的外れな批判も残念でしたね…

投稿日時 - 2008-04-21 01:32:03

ANo.18

質問者の意図とは少しズレて、憲法論となってしまっていますが、疑問部分を払拭するためにも、少し書きます。

日本における違憲審査権は、裁判所に与えられており、最高裁だけではなく、下級裁判所にも与えられていると考えられています。
その審査方法は、ある法令が違憲であると抽象的に判断を求めるものではなく、具体的な事案・事件に即した形で判断が示されます。
これによれば、今回の事件は具体的な事件/事案でありますので、憲法判断にあたるということができると思います。しかし、その判断についての効力は、『具体的個別的に効力』を持ちますので、一般的な業務に拡大した適用は無いと考えられます。
つまりは、すでに業務として既に終了したものを対象とした判断でありますので、今後の事案を直接拘束するものではありません。

例えば、当選無効となった議員の議決行使が無効とはならず、定数訴訟により違憲と判断された選挙が無効になることがないように、自衛隊が行った業務を撤回させることは不可能なのです。

ただし、理論として採用されていますので、今後の訴訟において同様の解釈がなされる可能性はあると思いますが、国家機関の最終判断として最高裁判所大法廷で違憲との『判断』を下すかどうかは(司法権の限界と関連して)、未知です。(裁判所法10条)

結論としては、解釈に倣い、当局が業務内容の変更を行うか、政権交代により施策変更を指示するかが回答になるかと思います。

投稿日時 - 2008-04-19 00:52:01

ANo.17

私は判決要旨を読みました。

違憲の確認を訴えで求めることが不適法だというだけです。他にも損害賠償請求を行っており、その検討の中でも違憲の判断が使われています。つまり、違憲の判断は、判決の理由をきちんと構成しているのです。結論を出した上で、余談を書いているのではありません。

主語が違うんですね。「『原告が』違憲の確認を訴えで求めること」が不適法なんです。「『裁判所が』違憲の判断を行うこと」は不適法ではありません。

回答番号15でも書きましたが、違憲判断を含む確定判決には、通常の判決効の他に何らかの効力があると考えられています。その強さ・範囲には争いがありますが、少なくとも当該当事者・当該行為(事件)につき拘束力が生じることは確かなようですね。

投稿日時 - 2008-04-18 23:41:28

ANo.16

#9にも示しましたが、憲法判断(憲法裁判)に関しては、訴えが「不適法」と判示しています。民事訴訟においての、権利侵害における事実認定過程でありますので、その前提となる法(憲法)解釈は示していますが、最終的な『司法判断』は行っていないと考えられます。(#7を参考に)

「判決理由中の判断には既判力または既判力類似の効力は認められない」(最判48.10.4)と示している以上、認められないと思います。

投稿日時 - 2008-04-18 22:59:11

ANo.15

民事訴訟法(プロパー)の話ではないのです。ですから、争点効の問題ではないのです。

違憲との憲法判断を含む確定判決が、当事者にどういう憲法的な拘束力を持つかという問題です。

憲法判断を含む確定判決は、主文の範囲以外にも、何らかの憲法的拘束力を持っていると考えられています。「傍論」かどうかの判断も問題です。

投稿日時 - 2008-04-18 22:30:26

ANo.14

確かに、民事訴訟の争点や判決理由中の事実認定部分に、その効力を認めようとする考え方はあります。

新堂幸司教授が提唱する「争点効」は有名ですが、認められてはいません。
争点効 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%89%E7%82%B9%E5%8A%B9

投稿日時 - 2008-04-18 21:21:50

ANo.13

横から失礼します。

質問者や回答者の方は、今回の判決理由を、よく読んでいるのでしょうか?新聞には(ほとんど結論だけの骨子だけではなく)長文の判決要旨が書かれていましたが、それだけでも読みましたか?

マスコミやかなり多くの人が、今回の違憲判断は傍論だ傍論だと言っています。しかし、判決理由(要旨)をきちんと読んだ私は、決して不要な蛇足ではなく、判決の理由を構成する一部だと感じました。

裁判では、多くの争点があるのが普通です。訴えが認められるには、いくつかの要件を満たしていなければならないのが通常です。そのうちある要件が満たされていて、別の要件が満たされていなかったからといって、ねじれていることにも、つながっていないことにもなりません。実際、理由と判決は、きちんと論理で結ばれていましたよ。単に、原告の主張の一部が認められ、しかし一部認められなかったために原告敗訴になっただけです。

今回のような判決を認めないとすれば、ある要件を満たしたら残りの要件も全部満たしていると判示して勝訴判決を下さなければならなくなります。馬鹿げた話です。満たしている要件は満たしていると書き、満たしていない要件は満たしていないと書けばよいのです。

国には上訴する必要がありません。国に対する請求は棄却されたんですから。法律判断につき上訴する利益はないと思うので私はそれでいいと思いますが、もしどうしても国に法令解釈を争わせる手段を残すべきなのなら、上告を認めるように解釈すればよいだけです。今回の判決がおかしいわけではありません。

満たしている要件は満たしているとし、満たしていない要件は満たしていないと書いた。どの請求も、必要な要件の一部が満たされていないので、複数の請求全てが棄却された。論理的で分かりやすい判決です。

そして、違憲判断が単なる余談ではなく、判決の前提として判決の理由を構成している以上、判決が確定した場合は、政府はその違憲判断に拘束されると考えるべきでしょう。

投稿日時 - 2008-04-18 20:48:12

ANo.12

No.6=No.10です。みたび板汚し失礼します。

No.2=No.5=No.8=No.11様のご回答はもっともらしいですが、今回は被告が国だからこんな風におっしゃっているように思えてなりません。

>最高裁判所へ上告の道が開かれているかは、立法政策の問題です。国民には裁判を受ける権利が保障されていますが、最高裁判所の審判を受ける権利までは保障されていません。

・いくらなんでも、憲法判断については最高裁判所が終審なのではないでしょうか。憲法が「ねじれ判決」により被告の上訴権を奪うことを許しているとは思えません。簡易裁判所を第一審とする民事訴訟と高度に政治的な憲法訴訟を同列に論じることはできないと思います。

No.11様が自ら質問された
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3956828.html
でも回答しましたが、もしもの話、判決が「原告の請求は認める」「でもイラク派遣は完全に合憲で全く問題ない」という内容で、被告の国が上訴せず確定したら、どうでしょうか?

原告は「意味不明の不当判決!」と猛反発するでしょう。逆の立場でも同じだということです。

それでも、勝った(実質負けか?)原告に対し「裁判所が十分に審理を尽くして出した結論であり、憲法的な拘束力も当事者に発生するので原告は受け入れるべきだ」と言えるのであれば、それはそれで説得力はあります。

そうではなく、自分の都合のよい場合だけ「傍論でも被告は従うべき」といい、自分の都合の悪い場合は「それは傍論なので従う必要はない」とすれば、説得力はありません。

これは国相手の憲法訴訟に限った話ではなく、個人に対する通常の訴訟でも考え方は同じはずです。

そもそも「主文で勝って、理由で負ける」という「ねじれ判決」はあってはなりません。特に受け身である被告にとっては、こんなことをされたらどうしようもありません。事実誤認など「理由」(蛇足部分?)に納得できなくても上訴できないのです。これは、裁判所による権利侵害(被告の上訴権を奪う)という構図になります。主文と理由は必ずつながっていなければなりません。

投稿日時 - 2008-04-18 18:54:00

ANo.11

裁判所の確定判決は等しく国民や国を拘束します。最高裁判所へ上告の道が開かれているかは、立法政策の問題です。国民には裁判を受ける権利が保障されていますが、最高裁判所の審判を受ける権利までは保障されていません。現に、簡易裁判所を第一審とする民事訴訟は、原則として最高裁に上告する機会がありません。国がこういう訴訟で上告したいのであれば、国は上告できるように法律(民事訴訟法)を改正すればよいだけです。

「判例」という言葉に踊らされてはいけません。既判力ではない憲法的拘束力のうち、第三者に対する一般的効力と、当事者に対する効力は、別個の問題です。「判例」の定義が不明ですが、判決理由に違憲判断を含む確定判決の憲法的拘束力として、当事者に対し、当該行為につき拘束が及ぶというのはANo.8で詳述したとおりです。

判決は、一般に、いくつもの問題を検討して下されます。要件を順次検討した結果、最初の方で検討した要件は満たしていたが、後の方で検討した要件が満たされていなかった結果、請求が棄却されることは、当然あります。しかし、だからといって最初の方で検討した要件についての判断が、判決の理由でなくなったり、判決理由から消去されるべきではありません。なぜなら判決理由は、訴訟当事者、ひいては一般国民に、判決がどのようにして導かれたものかつまびらかにし、事後的検証を可能にするためのものであり、裁判所の判断プロセスに忠実であるべきだからです。

判決は当事者に対し、当該行為について判決を下すためのものです。ですから憲法判断が特別の効力を有するといっても、別の事件で妥当するかは分かりませんから、第三者に対する効力は制限的に考える必要があります。しかし当事者の、当該行為については、まさに当該訴訟で争われ、裁判所も十分に検討したのですから、憲法的拘束力の生じる範囲を、レイシオ・デジデンタイに限定する必要はないのです。

投稿日時 - 2008-04-18 16:47:32

ANo.10

>もっとも、国は上告して判決を覆せないのに違憲の拘束力を受けて不当だとする人もいます。しかし、これはおかしな話です。国にも財産権(財産的利益)があります。ですから国に支払いを命じる判決に対して、国は上訴して争うことができます。しかし、国には最終的な法令解釈権はありません。もっぱら裁判所の権限行使を受けるに留まります。よって、そもそも「法令の解釈について争う利益」は、国民にもそうですが国にとってもありません。ですから、争わせる必要自体がないのです。国は司法府の法令解釈(確定判決)に従えばそれでよいのです。ですから不当でも何でもありません。

・これ、かなり無理があるように思えます。最終的な法令解釈権は国(行政府)ではなく裁判所にあることは分かりますが、その中でも最高裁判所が終審なのではないでしょうか?その最高裁の考えを聞くチャンスを与えない状態での解釈でもって「判例」である、といわれても通じるとは思えません。当事者間については主文に無関係の話なのでなおさらです。

いずれにせよ、ある解釈が判例として妥当性を持つのは、個別具体的な訴訟における主文を導ける理由としてのみです。No.8様のご回答は全くおっしゃるとおりですが、それは大前提として、理由欄に書かれている内容が「理由」として成立している、言い換えれば主文と理由がつながっている場合の話です。

理由とは、主文を導く内容であることです。本件の場合の憲法判断は主文に関係ない以上、判例にはなり得ません。理由は主文を導くために必要なものに限るべきであり、主文を導くにいたったプロセス全部を記す必要はありません。実際に審理したとしても、主文に関係なかったことが分かれば、理由からは除くすべきです。除いても主文には影響しませんので。そうしないと、無関係の事柄がどんどん判決で認定されてしまいます。

本質問の本質は、蛇足に効力があるかどうかではなく、そもそも蛇足を出していいのかどうか、にあると思います。それ以前に蛇足の定義が必要なのでしょうが、「主文に影響を与えないもの」が蛇足です。

投稿日時 - 2008-04-18 16:26:56

ANo.9

#7です。

新聞などの紙面からによるので、詳しい判断はよくわからないのですが、『憲法判断(憲法裁判)』については、少なくとも「不適法」とされていますので、それについての効力は無いように思います。

投稿日時 - 2008-04-18 16:25:24

ANo.8

一部繰り返しが入って恐縮ですが…。

民事訴訟の場合、確定判決には、一般に既判力が生じます。それは主文の範囲に限られます。これは民事訴訟法の問題です。

しかし民事訴訟の確定判決の中でも、憲法違反かどうかが問題となり、憲法違反との判断が下された場合は、別個の効力(仮に「憲法的拘束力」と呼ぶことにします)が生じるとされています。これは憲法の問題です。

この拘束力が、当該当事者の当該行為に限り生じるのか、それとも一般的に第三者に及ぶのかは争いがあります。直接的ではないにせよ何らかの形で間接的に第三者に及ぶとする見解が多数説のようです。しかし、当該当事者の当該行為について生じることに争いはありません。

第三者に対する憲法拘束力の範囲は、限定的に考える必要があります。なぜなら、裁判所は具体的な事件を解決するための法令解釈の一環として違憲審査を行っているため、それが別の当事者・行為にまで、当然に妥当するとは限らないからです。ゆえに第三者に対する効力は、判決を導いた理由の中でも、結論を直接支える部分(レイシオ・デジデンタイ)にしか生じないとされています。

しかし当事者の当該行為に対する憲法拘束力は違います。なぜなら、当該判決は、まさに当事者の当該行為について判断して判決するために書かれたものだからです。したがって、判決の前提として検討されるなど、判決の理由となっている全ての部分の違憲判断につき、当事者に対し当該行為については拘束力を生じます。今回の名古屋高裁の判決は、判決を導く前提として合憲性を判断していますので、判決が確定すれば、違憲判断について、当事者において当該行為に限っては拘束力を生じます。

以上により、名古屋高裁の判決が確定した場合、判決において違憲と指摘された部分については訴訟当事者たる国に拘束力を生じますので、国は違憲と判断された行為を差し控えるべきであると考えられます。

この点、今回の判断は傍論だという人がいます。確かに、第三者効を考える上では、レイシオ・デジデンタイでない以上、傍論です。しかし、当事者間についての検討では、判決を導く前提として検討され、判決理由を構成している以上、拘束力を生じないという意味での傍論にはなりません。当事者間でもなお傍論と言えるのは、朝日訴訟の最高裁判決のように、確かに判決理由には書かれているが、結論を出した後に述べられていて、結論を導く前提になっていないような場合に限られます。

もっとも、国は上告して判決を覆せないのに違憲の拘束力を受けて不当だとする人もいます。しかし、これはおかしな話です。国にも財産権(財産的利益)があります。ですから国に支払いを命じる判決に対して、国は上訴して争うことができます。しかし、国には最終的な法令解釈権はありません。もっぱら裁判所の権限行使を受けるに留まります。よって、そもそも「法令の解釈について争う利益」は、国民にもそうですが国にとってもありません。ですから、争わせる必要自体がないのです。国は司法府の法令解釈(確定判決)に従えばそれでよいのです。ですから不当でも何でもありません。

投稿日時 - 2008-04-18 15:54:18

ANo.7

判決における拘束力は、民事訴訟法114条の規定にあるように、「主文」にのみあります。
これは、原告や被告からの請求による「給付…支払い要求」「確認…存在・不存在の確認」「形成…法律関係の形成」に限られます。
訴訟物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%B4%E8%A8%9F%E7%89%A9

今回の判決は「請求棄却」でありますので、「支払いの必要は無い」との判断にのみ既判力が発生します。

意見状態の是正については、世論が形成されているにもかかわらず、同様な運用がなされるようであれば、政権交代などにより、その施策の変更が図られるのではないでしょうか。
ちなみに、「高度な政治的判断を含む『統治行為論』というものがあり、司法はそれに介入できないという考え方もあります。

投稿日時 - 2008-04-18 15:22:53

ANo.6

No.2=No.5様は他のところでもご質問されていますが、どうしても国に違憲を受け入れさせたいようですね(笑)。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3955900.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3956828.html

憲法裁判所については設置している国もありますが、個別具体的な訴訟事件について、必要な範囲のみ判断する、という司法の本来の役割を考えると、一般的な解釈を行う憲法裁判所はなじまない気がします。

>当事者に対し、当該行為につき拘束力を有することには争いがありません。
・確定した判決に拘束力を有することについては、争いはないでしょうね。本件の場合、主文で損害賠償請求は棄却されています。差し止め請求も棄却されています。国は勝訴したわけです。ですから、国は派遣を差し止める必要はありません。憲法判断の部分は主文に関係ないことですから、裁判官が一般論としての解釈したにすぎず、他の訴訟はもちろん、被告の国も拘束されません。

>しかし、判決を読んでみると、きちんと判決を導くための前提として合憲性が判断されていますし、しかも高裁の審理においても合憲性の審理に十分な時間が割かれています。ただ、結果的に他の問題のために請求が棄却されただけです。
・そもそも憲法判断に十分な時間を割く必要もなかったのです。審理の順番として結果的に他の問題が出てきたとしても、主文に関係なくなったことが分かった以上、「理由」欄に書く必要がなくなったわけです。

>この意味で旭訴訟の最高裁判決(結論を出した後、説示した)とは全く違うわけで、
・朝日訴訟のことだと思いますが、主文に関係ない「蛇足」という意味では全く本質は同じです。白鳥決定などもそうですが、朝日訴訟も「蛇足」なので、本来判例視する必要はありません。しかしながら、法曹界では有名な「判例」として扱われています。

>国会の判断を裁判所が覆すのはけしからんと感じる人もいるかもしれませんが、「法の支配」である以上、法令の解釈・合憲性については裁判所の判断が優先して当然です。
・当然ですね。同感です。国会の判断を裁判所が覆すことはあり得ます。だからこその三権分立です。ただし、あくまでも個別具体的な訴訟において、必要最小限の審理で、主文を導くことができたものについてだけの話です。立法や行政は新しい政策を打ち出したり、予算を作ったり積極的、能動的な国家権力です。それに対し、司法は原告が提訴して初めて動く、極めて消極的、受動的な国家権力です。そうした本質を考えるとき、頼まれもしないのに(主文に関係ないのに)司法府が勝手に立法府や行政府の領域に立ち入ることは三権分立から許されません。

No.4様がご回答されている尊属殺人の違憲性については、最終的に法改正したのが立法府でしたから、別に問題はないわけです。三権分立の本質、司法・立法・行政の役割を考えてみるよい教材だと思います。

投稿日時 - 2008-04-18 13:26:31

お礼

まずみなさんにお礼をいわせてもらいます。これだけ回答がつくとは思いませんでした。やはり諸説入り乱れるようですね。
ほんとにいい教材だと思って質問したのですが回答者の方々大変勉強になります、ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-04-18 14:47:16

ANo.5

既判力と、違憲判決の当事者拘束力を混同しないように注意する必要があります。


既判力は、あくまでも主文の範囲につき、民事訴訟法によってもたらされる効力です。


これに対し、違憲判決の拘束力は、憲法に由来してもたらされる効力です。

日本には、憲法裁判所がありません。よって、合憲か違憲かの判断は、個々の裁判所が、法令解釈の一環として行います。これは、全ての裁判所が持っている権限です。

そして、違憲判断が当該事件を越えて一般的な効力を持つかには争いがありますが、憲法の効力として、当事者に対し、当該行為につき拘束力を有することには争いがありません。

ですから、今回の訴訟当事者である国は、今回問題となった当該行為について、違憲である旨の拘束を受けるものと考えます。


今回の判決は傍論だという人もいます。しかし、判決を読んでみると、きちんと判決を導くための前提として合憲性が判断されていますし、しかも高裁の審理においても合憲性の審理に十分な時間が割かれています。ただ、結果的に他の問題のために請求が棄却されただけです。この意味で旭訴訟の最高裁判決(結論を出した後、説示した)とは全く違うわけで、後の裁判所に対して判例としての拘束力があるかはともかく、訴訟当事者に対し、当該行為についての拘束力は認められるものと考えます。


国会の判断を裁判所が覆すのはけしからんと感じる人もいるかもしれませんが、「法の支配」である以上、法令の解釈・合憲性については裁判所の判断が優先して当然です。

投稿日時 - 2008-04-18 12:32:47

ANo.4

まず、日本には憲法裁判所がありません。
憲法裁判所にもいろいろありますが、質問者さんがイメージするように、ある法律が憲法に違反するかどうかを独自に判断し、違憲と判断すればその法律を無効にできる裁判所としましょう。
そうすると、アメリカもですが、日本にもこの憲法裁判所はありません。
日本は三権分立ですが、国会が一番上ってことになってます。国会議員だけが国民の直接選挙で選ばれるからです。司法は司法試験合格者の行政は国家公務員試験合格者の互選もしくは政治的に決まりますから、主権者の意見を最も反映するのが国会ということです。
で、この憲法裁判所は、国会をある意味否定できてしまうので、民主主義にはふさわしくないのです。
でも、日本では憲法判断が裁判所に出来ないかといえば、司法の役割である紛争を解決する(民事)もしくは、刑罰は厳正な裁判をやった上で科す(刑事)ということを行う上で必要な場合には、憲法判断ができます。
違憲判断が下って国会もそれに応じた例として、尊属殺というのがあります。親殺しはそれ以外の殺人より重罪という法律自体が、法の下の平等を定めた憲法違反ということで、尊属殺の法律は廃止され、親を殺しても普通の殺人罪で裁かれるようになりました。
今回は民事および行政裁判です。
原告は自衛隊による兵士の空輸という戦争行為によって生命の危険にさらされ精神的に苦痛をこうむったので、空輸の差し止め(行政裁判)と一人一万円の慰謝料をよこせ(民事)と裁判を起こしました。
共に棄却です。
但し、判決の理由中では自衛隊は憲法で禁止された戦争行為をやっているっていっていまして、そこを捉えて原告側は画期的裁判といっているだけです。
限定されている司法の判断(AさんがBさん相手に裁判して、この土地の所有者はAさんであるって判決もらっても、その効力はAさんとBさんの間での限定のもので、後にCさんがAさんを訴えて、同じ裁判所でこの土地はCさんのものであるって判決を出しても全く問題ないってこと(この辺は自分で勉強してね))でも、その効力というのは既判力といいますが、そして、判決主文には既判力がありますが、判決理由には既判力さえありません。
自衛隊の活動を違憲といったのは理由の中です。
従って法律的には二重に意味がありません。
しかし、政治的には司法が下級審(最高裁じゃない)とはいえ、自衛隊の活動を違憲と判断したというのは意味がありますので、これ以降ちょっとした政治的動きがあるでしょうってことです。

投稿日時 - 2008-04-18 12:19:01

ANo.3

「高裁の判決には、武力行使の解釈に間違いがあるのではないか」
と、今朝、官房長官と防衛大臣、外務大臣が話し合い、これまで通りの方針と確認しています。

つまり何も変わらないと言う事です。
これが福田内閣の対応=結論です。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080418-OYT1T00315.htm

投稿日時 - 2008-04-18 12:10:46

お礼

うーん、しかし違憲というのは内閣総辞職もありうる大変な状態ですし世論的にはどうなんでしょうね?テロ特措法も改正しないでそのままなんでしょうか?法律家を志している自分としてはやはり司法判断はちゃんと尊重してほしいと思うところなのですが…

投稿日時 - 2008-04-18 14:45:36

ANo.2

国は司法府の違憲判断を尊重すべきだと考えます。

まず、違憲審査権は、最高裁判所のみがもつ権限ではなく、法令解釈権の一環として、全ての裁判所が持っている権限です。よって高等裁判所も行使できます。また、高等裁判所の判決でも、確定すれば訴訟当事者は等しく拘束を受けます。

次に、今回の違憲判断は傍論ではないかという問題があります。しかし、真の判決理由か傍論かは、本来後の裁判所を拘束する部分としての「判例」かの問題であって、訴訟当事者である国を拘束するかに、この問題は関係ないものと考えます。今回の違憲判断は、旭訴訟の最高裁判決と違い、結論が既に出ているのに付け加えたよた話ではありません。判決を出す前提として、検討したのです。そして、後に検討された別の問題で、請求が棄却されただけです。そのような場合の違憲判断には。当然訴訟当事者たる国に対し、当該行為についての拘束力が生じるものと考えます。

高裁判決が確定した場合、政府は違憲と判断された行為を差し控えるべきです。

投稿日時 - 2008-04-18 12:07:44

ANo.1

名古屋高裁判決は、主文で国側を勝訴としながらも、判決理由の中で違憲の意見を述べているに過ぎないので、別に国に是正するように命令しているわけではありません。当然国は無視するでしょう。裁判所の役割は、告発内容が法律からみて、妥当か妥当ではないかの判断をする場所です。今回の判決の判決理由はこの原則から逸脱して越権行為と言っても良いでしょう。

投稿日時 - 2008-04-18 11:54:31

お礼

本当に専門家の方ですか?どの裁判所にも憲法について審査する権利はあるので越権行為ではないと思いますが…

投稿日時 - 2008-04-18 15:04:15

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