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解決済みの質問

日本は《マインドコントロール社会》でしょうか

 然りでしょうか 否でしょうか。
 いづれでも その理由は なんでしょう。
 その結果 どうすべきでしょう。どうも しないでしょうか。

 わたしの関心の焦点は こうです。
 一つには 広い意味での《以心伝心》 これが どのように はたらいているか。さらに広げて 《言霊》思想も そこに かかわるのか。
 もう一つには 農耕民と遊牧民との比較対照での捉え方です。後者が 現代では 広く欧米が代表し 中東砂漠地帯にもかかわると言われます。そこでこそ ものごとを明確に表わす傾向にあると言うものですが これに対して 農耕民の社会では そうではない・つまり 言外に言わんとすることを忍ばせ 果ては マインドコントロールにまで行きつくと見られるのかも知れない。というとき じつは いわゆる上層・支配層は そうであるかも知れないとしても 基層を成す市民のあいだでは 農耕生活をいとなむ共同体の昔から なるほど たとえ ものごとをあからさまには言わないとしても 人びとの間では 世の中の真相を じゅうぶん 早い段階で 知ってしまっている。知り切っているからこそ 特別に何も言わないのだと考えられてくる場合が 多いのではないでしょうか。庶民は ばかではありません。
 上層のもっぱらの公民と そして 基層の市民らとのあいだに きわめて 滑稽な茶番劇が演じられていて 後者の人びとも あほらしいから 積極的に 新しい一歩を踏み出さない。こういう情況が 戦後 半世紀以上にわたって 続いているのではないでしょうか。
 マインドコントロールという情況は あるか / あるとすれば どのようであるか / どうしたものか。ご賢察をおしえてください。

投稿日時 - 2008-08-16 10:38:35

QNo.4254724

すぐに回答ほしいです

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ANo.11の返答です。

公民と市民の連関は日本の惰性的な社会では非常に難しいと思います。
日本では公民も市民も所詮はシステムとして稼働しているにすぎません。

あと宗教の話ですが、昔日本で島原の乱がありました。
それは、幕府がクリスチャンを恐れ迫害しようとした結果起きた蜂起です。
なぜ迫害しようとしたのか、単純にクリスチャンはいうこときかないからです。

彼らには神という絶対の原理があるため現実のシステムなど別にいうこときかなくとも天国を信じているので無視できるのです。
これは当時の権力者にとっては非常に厄介だったでしょう。

しかし、現在ではというとその性質が逆に利用されています。

真面目な宗教家、特にイスラムや能動的なクリスチャンは人を愛し、殺さず罪を犯さずのキリスト教絶対原理主義者と違い、どこかの軍隊にコントロールされています。

なぜ現代ではテロが起きるのか、なぜ宗教の戦争が起きるのか、誰かが真面目な宗教家を挑発するからです。
そのだれかとは戦争がなくなると困る連中です。

9,11のテロはアメリカがなんか大変に被害を受けたことになってますが、一部の人間にとってはちょうどよかった出来事だったんではないでしょうか。
それを口実に戦争できるわけで、まだ組織を維持できるわけですから。

実際、戦争するとなれば大国なら莫大な金が組織へと動くことになります。武器の開発費を口実にしたりして。
マインドコントロールを破壊するには社会構造を見抜いた上で対策を考える必要があります。世界的にも部分的にも。

権力者というのは権力者同士でつるみ、現状を維持し続けようとします。
はっきりいってそれが今の日本人に限らず世界規模で気づけるかは無理があるような気がします。

とにかく支配的なシステムがどこにでもあり、がんじがらめにされているので市民には構造がなかなか見えません。

この支配的な世界構造に気づいたのはヨーロッパの市民なんですが、ヨーロッパの人たちは頭がすこぶる切れる上に市民の間にネットワークができています。
カフェとかでよく政治とかの話を議論するようです。

1人が気づけば集まって市民同士で話し合い、上が流した嘘も誤解もとくことが可能となります。

日本はどうでしょうか、それどころの話ではないですよね。
みんな部品、自分のやることだけやってればいい、長いものに巻かれろが慣習なので土台無理な話です。

じゃあ日本はこの先もこの延長線上なのかといえば、そうでもないです。
ここで以外な話が出てくるのですが、芸術というのが非常に大きな意味を持ってくると思います。

「考えますに わたし一人なら 一人としてなら 進もう これです。」とありましたが、それプラス芸術です。

日本の芸術ははっきりいって欧米のパクリみたいなのが多くて中身がほとんどないです。
特に音楽はひどいと思いますね。

ここに気づいた人が芸術により惰性的な目を覚まさせる、僕はそこそこ芸術とはどういうものか勉強したつもりで、芸術の話になるとかなり話がややこしくなるし、かなり長くなるのでここではやめときますが。
あと芸術はプロパガンダとはまた違います。

最後に、やはり人は矛盾したものです。
僕はたまに欠陥というのがいとおしくなります。

人間は決して完璧にならない、欠陥だらけな存在ですから。

投稿日時 - 2008-08-19 01:31:11

補足

 h1g2h1g2さん さらにお答えいただきありがとうございます。

 そうですね。
 ・日本社会への批判は 方向として 同じであると思います。
 ・《芸術》は 最大限に広い意味で虚構 つまり 自己表現であると捉えました。そのつてでは けっきょく すべての生活・すべての活動が 批判や改革・革命の道につながると 大言壮語しておくというのは いかがですか?
 ・《最後に、やはり人は矛盾したものです。 / 僕はたまに欠陥というのがいとおしくなります。 /// 人間は決して完璧にならない、欠陥だらけな存在ですから。》――これは 弱さを誇っているのではなく むしろ 自分は強いと自慢していませんか。
 ★ 人間は決して完璧にならない、欠陥だらけな存在ですから。
 ☆ ここからしか 人は 出発しません。それを 言挙げするのは けっこう がんばった・この成果を見たまえと言っていませんか。もし誇るのなら 我が弱さを誇ろうと 死ぬまで 言っていきます。わたしは です。
 ★ ヨーロッパの人たちは頭がすこぶる切れる上に市民の間にネットワークができています。
 ☆ 《頭がすこぶる切れる》人間は ヨーロッパだけではなく 日本にも どこにも います。日本には 《市民の間にネットワークができていま》せん。出来ているのは 仲好し倶楽部です。牙は抜けていてもよいでしょうが 骨まで抜かれて くらげ(水母)どうしのおつきあいが いたるところで 繰り広げられます。
 ★ 1人が気づけば集まって市民同士で話し合い、上が流した嘘も誤解もとくことが可能となります。
 ☆ 戦争と武器産業等々のからくりについては それ相応の調査が必要でしょうが もっぱらの公民の話し方・対応の仕方については かなり 市民は 分かってきたのではないでしょうか。《アマテラス語弁論術》のことです。われわれは 裸のスサノヲ人間語で 応答するわけですが。
 われわれの戦いは すべて話し合いによる《何もしない闘い》です。古代国家の以前には 我が国にも かろうじて 民主主義の原点とも呼ぶべき市民社会があったという歴史も 見つけました。《アシハラ(葦原)デモクラシ》です。その平屋建ての社会の上に 第二階として(または雲の上にとして) 《タカマノハラ(高天原)デモクラシ》が 建てられました。これをも デモクラシと呼ぶのは 能力に応じてという前提条件に立てば その条件を満たすために奔走するのは 自由であり その能力主義の階段を上がる機会は 平等であるからです。この第二階の建設を 市民たちは 国譲りして 好きなようにさせたという解釈です。最大限に好きなように振る舞うのをゆるすようになってしまったという情況です。

 ★ 長いものには巻かれろ
 ☆ たしかに泣く子と地頭には勝てないのですが それは 無効の考えや行為が 既成事実となって そのことの・それとしての秩序を守るという口実をいいことに 有力な現実となってしまう。そういう無効の有力という事実に対しては 非力ですが 簡単に巻かれるわけには行きません。
 妥当で有効な考えを保ちつつ 無効の有力の前には 無力のまま――その弱さを誇りつつ――何もしないたたかいを続けるのが 筋道だと思います。話し合いです。井戸端会議です。人びとは 《巻かれる》と言っても その振りをしているだけであるかも知れません。先ほど 《くらげのようだ》と減らず口をたたきましたが 眠っているだけであるかも知れません。

 ★ 島原の乱――☆ 情報不足で申し訳ありません。承りました。
 ★ テロ問題――☆ 残念ながら いまは 広すぎますし 気の利いたお応えをするまでの情報がありません。
 ★ マインドコントロールを破壊するには社会構造を見抜いた上で対策を考える必要があります。世界的にも部分的にも。
 ☆ 日本の《社会構造》の一端を 分析しました。
 ★ 日本の歌謡曲――☆ これは 歌詞が ひどいと 少ない情報の範囲で 考えます。

 失礼な言い方もしています。中身には自信をもっています。この先 どうなりますやら。

投稿日時 - 2008-08-19 09:26:34

ANo.14

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回答(28)

ANo.28

オコリザルです。
犬について考え直しました。
「畜生」。
これが混乱の原因でしょうか。
私は畜生と言う言葉に悪いイメージがもてません。
生命に対するいかなる冒涜が誰によってなされたのでしょうか。

投稿日時 - 2008-08-30 23:50:20

お礼

 動物に うらみはありません。
 馴染んでもいませんが 特に どうということも ないのです。

 ★ 畜生
 ☆ と言っても 本能で生きているのでしょうから。だから どうだと言うには あまりにも 人間との違いがあるように思うのですが。
 ★ 生命に対するいかなる冒涜が誰によってなされたのでしょうか。
 ☆ ううーん。同じ生命体であるという感覚や意識を持たないと 《冒涜》になりますでしょうか。
 ★ 悪いイメージ
 ☆ を持っているわけではありませんが。

投稿日時 - 2008-08-31 00:28:19

ANo.27

primeapeことポケモンのオコリザルです。
犬の話の続きです。
私は愛犬家なので犬の本をいろいろ読んだのですが、犬種や血統の話で性格のよい犬の子孫を残す改良が洋犬においてなされていました。
はてな?犬に性格があることを認めながら、感情があることは認めない?
キリスト教圏の人に聞いてみたいのですが、この教会で教える論理は相当にめちゃくちゃでしょう。
階級の話になるのでしょうか。
社会的に低い階級の人は教会で盲目的に従うだけでした生きることが認められないのかもしれません。
日本型とは違うマインドコントロールかもしれませんね。

投稿日時 - 2008-08-30 23:41:35

補足

 primeapeさん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 愛犬家でいらっしゃいましたか。わたしは 何も分かりません。わたしは 一時期 歩いて 街や郊外を 回っていました。風景や家並みが 見て たのしいと思いました。(運動もあります)。
 時々 犬が 吠えるのです。その声に対して 意識を集中し そちらを見てやると 吠えるのを止めます。そして通り過ぎていくと また 後ろから 吠えて来ます。
 あるいは 吠えないで こちらを見ている犬も います。あるいは 飼い主が そこに一緒にいて どうも 知らない人間だという感じを持ったのでしょうか その訝(いぶか)しげな様子を見てのように 犬も それに合わせて 吠える場合もあります。飼い主は 知らん顔でいますが 知らん顔でいればいるほど 犬に吠えることをけしかけているように感じました。
 ある程度 気持ちが 通じるかに思われるという印象です。それのみです。

 西欧社会は かなりきつい階級社会だと言います。いまも 何かと残ると言います。
 ★ はてな?犬に性格があることを認めながら、感情があることは認めない?
 ☆ わたしの場合 《感情があることは認める》のですが 同じように たとえば マインドコントロールの情況があるというのには 条件がちがうように思うというものです。
 人間のばあいには どうなのでしょうね?
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 社会的に低い階級の人は教会で盲目的に従うだけでした生きることが認められないのかもしれません。
 日本型とは違うマインドコントロールかもしれませんね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 上流階級でないばあい 人は その属する階級に 甘んじている あるいは 諦めているのかも知れません。フランスなどでは けっこう 批判精神が旺盛であるように見えます。人と同じようには 機械的にと思えるほど 振る舞わない。でもその傾向じたいが マインドコントロールのような社会心理の情況であるかも知れません。
 そうですね。わたしには 外国のことが 生活感覚としては まったくといいほど 分からないのです。いろいろ体験記を読んだとしても かえって 生活感が 自分にないので 自信が出ません。

 そうですね。《教会》の占める位置や重みあるいは軽さ よく分かりません。テレビのルポなど映像を見ていても その結果 自信をもって 理論づけたり 分析をすることができるというには なんとなく だめですね。残念ながら。
 締まりのない文章になってしまいました。あしからず。

投稿日時 - 2008-08-31 00:21:04

ANo.26

おはようございます、 brageloneさん。

取り急ぎ、この部分へお返事します。

* 途中での 《 ​ 》は 原稿にないのに 出てしまいます。あしからず。

《 ​ 》
ああ、これね。
「何だこれ?」と、わたしも以前にあげたものに《 ​ 》が付いていて首をかしげたことがありました。ダイレクトにコピペ(コピー&ペースト)して載せると付いてくるみたいです。書き上げた後、《確認》ボタンを押し確認画面へ進みます。確認画面で書き上げた文章をチェック。尚、ダイレクトにコピペした箇所がある場合などは要チェック。その場合、確認画面に《 ​ 》があがってきます。《 ​ 》が付いているのが気になるようでしたら《戻る》のボタンを押し、《回答内容入力》のページへ一度かえります。すると、入力文中に当初なかった《 ​ 》があがっていますからこの場で《 ​ 》を削除します。削除したのち、《確認》ボタンを押し確認画面へ進み再度確認画面に《 ​ 》が付いていないかを確認したうえで投稿すれば《 ​ 》は出ないと思います。逆に《 ​ 》を付けたい場合は、ダイレクトにコピペ(コピー&ペースト)して載せると出せます。


ほでも、いつから《 ​ 》があらわれる設定になったんだろう?

…素朴な疑問。

投稿日時 - 2008-08-28 10:29:42

お礼

 littlekissさん さっそくのお答えをありがとうございます。

 いえ 以前にもあったと思い出して もう 放っておこうと 安易な気持ちになりました。
 ただ その時にも 何度も 削除しても ついて来て どうしようもなかったことも 覚えています。
 でも 次回には 気をつけます。ありがとう。

投稿日時 - 2008-08-28 11:01:07

ANo.25

こんばんは、brageloneさん。

今年行われていたオリンピック、リアルタイムではあまり見てなかったんです。もっぱら、TVにかじりつき甲子園で連日熱戦繰り広げられる高校野球に見入っていました。好きなんです、高校野球。あきらめかけたときに、カッキーンと、状況が一変したり、ピッチャーゴロ、誰の目にもアウトだなと、それでもファーストベース目指しがむしゃらに走る走る走る全力疾走。アウトどころかファーストベースをまわってセカンドまで行けてたり。最後まで見てみないとわからない。わからないからおもしろい。

4日,5日前、そそ、臥せってお家でぼへーっとTVを眺めてたら、テレビ画面に曲名が「北京、北京、我愛北京(ベイジン、ベイジン、ウォアィベイジン)」とあがり、北京オリンピックの歌っていうのが流れてた。ヘンなの? I love New York.みたくって、北京と書いてベイジンと発音。かぶってる。日本語で「ベイ」を「米」に変換し、「ジン」を「人」に変換すると「米人」。ほでもなー、中国語の「米」の発音は「ミィ」。「北京」と書いて「ベイジン」との発音、漢字と読みをあわせると北京原人が浮かぶんだな。北京原人といえば、アフリカ大陸に起源を持つ原人…。http://www.ne.jp/asahi/seven/angels/sinkaron.htm中国語で「アメリカ」を「米国」とは書かない、「美国」。中国語の「美」の発音は「メィ」だから「美国」は「メィクォ」。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312212153?fr=rcmd_chie_detail

【漢文は和文で読める?】
http://www.hmt.u-toyama.ac.jp/chubun/ohno/wabun.htm


▲☆ 《メット五回ぶつけたり》の《メット》とは ヘルメットのことですか。

野球だったらメット五回ぶつけたら相手ベンチが黙ってはいない
デッドボール

ほでも、こっつんこなら…

アイタタ、、、と、くれば、返しの言葉は… ごめんよ

「おつかいありさん」
関根栄一作詞/團伊玖磨作曲
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/otsukaiarisan.html

で、オリンピックとアリ繋がりで…モハメッド・アリ? 
1996年7月19日アトランタオリンピック
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%A2%E3%83%8F%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AA


ふむ、おそらく《メット》は…メソッド(method)の略語なんじゃないかな?

method→met

                          

投稿日時 - 2008-08-28 03:59:39

お礼

 littlekissさん ご回答をありがとうございます。

 前回のお応えとしては No.25の補足欄(⇒《未来予想図》)も No.24のお礼欄・補足欄とともに 見てくださいね。

 ★ 中国語で「アメリカ」を「米国」とは書かない、「美国」。中国語の「美」の発音は「メィ」だから「美国」は「メィクォ」。​
 ☆ ひとつの音節を取り出して 好字(美字)を当てたようです。相手に花を持たせて。

 美国 meiguo : America
 英国 yingguo : England
 法国 faguo  : France
 徳国 deguo : Deutschland
 
 ほかの国は あまり一字による略称はしないようです。

 意太利 yidali : Italia
 西班牙 xibanya[シーパンヤー] : Espagna
 希臘  xila[シーラー] : Hellas(=Greece)

 ★ 【漢文は和文で読める?】
 ☆ 勉強になりました。じつは 中身は すでに学んでいましたが 説明の仕方が 分かりやすく なっていたので。

 ☆☆ ひとつの音節を取り出して 好字(美字)を当てたようです。
 ☆ たしかに この内の《好字》という部分を真似て その昔に 《やまと》を 《養徳(ヤントック~やまと)》――ううん 苦しい!――と書いていたことがあります。《徳を養う》のなら 言うことなし。《大和》は まったく 意訳ですね。
 《飛ぶ鳥の明日香》から 《飛鳥=あすか》と読ませるなどとは 遊び好きのようです。
 《籠もり口(形状として 長い谷)の初瀬》→《長谷=はつせ・はせ》。
 《春日(はるひ)の切れるかすが》→《かすが=春日》
 《日のもと(本・下)の草香》→《日下=くさか》

 ★ 北京 Beijing
 ☆ いまだに 昔の《ペキン》あるいは《 Peking =[ ペキャン ]》と呼んでいるのは 日本とフランスくらいなのでしょうか。(全部を調べたわけではありません)。

 締めも無しにて。
 * 途中での 《 ​ 》は 原稿にないのに 出てしまいます。あしからず。

投稿日時 - 2008-08-28 08:58:47

ANo.24

こんばんは、brageloneさん。

先週あたりから夜になるとぐっと涼しくなってきましたね。

お変わりないですか?

わたくしごとながら、連日の夜更かしがたたったせいか…

(((((ゾクゾクゾク))))) 鬼の霍乱 (|||_|||) |(><)| (e_e).。oO

この前のお休みは、家から一歩も出ず、ひたすら寝て養生してました。

で、ちょい遅くなりましたが、≡≡≡ヘ( ^-^)ノ ただいますぅー!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

☆ じつは もうわたしには 情報が不足しているのであるが このまま異議を続けます。要するに 《〈十字架〉という象徴をとおしての信仰》において 《〈髑髏〉のさらに奥の永遠の美》を見るということをしなかったという失敗であり 悲劇であると言おうとしています。

 どんなものでしょう? このような《絶望》は そうだとしたら ざらにあると言うべきではないでしょうか。しかも――しかも です―― このように《わが神から見捨てられた》そのことによって 《そのままみづからが髑髏となった》そのことにおいて じつは 見捨てられておらず 髑髏であることを免れたとこそ 言うべきではないでしょうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

大人(親)と子ども(子)の関係(親子の絆)のお話のように読みました。

《〈髑髏〉のさらに奥の永遠の美》=真実=子どもの気持ち(人の気持ち)

●《〈髑髏〉のさらに奥の永遠の美》を見るということをしなかったという
失敗であり 悲劇であると言おうとしています。

子どもの気持ち(心)に限らず、相手(人)の気持ちを知り得ることは不可能に近い。
不可能と、ぶっきらぼうな物言い、ぞんざいとも思えるような態度。表面的な事象。
その一面を見、そのものすべてとみなしてしまうことによって生まれる悲劇。
断絶。コミュニケーションギャップ。

●《わが神から見捨てられた》そのことによって 《そのままみづからが髑髏となった》
そのことにおいて じつは 見捨てられておらず 髑髏であることを免れた
とこそ 言うべきではないでしょうか。

断ち切れてしまったのだろうか?
いや、いまもこうして話は続いている。
おっしゃる通り“髑髏であることを免れた”と言えます。
子どもの気持ち(心)に限らず、相手(人)の気持ちを知り得ることは不可能に近い
けれど、諦めてはおらず、いまもこうして少しでも理解するべくことば綴っています。

『燃えろよ燃えろ』 
作曲者 フランス民謡 /作詞者 串田 孫一
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/i_moeroyo_moero.htm


【QNo.4259365 ブルセラという響きの中にあ】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4259365.html

タイトル「ブルセラという響きの中にあ」
《あ》は《あっ?!》なのか?
それとも…ただの打ち残し(打ち間違い)なのか?
はたまた、ア・イ・シ・テ・ルのサインの 「あ」?

『ア・イ・シ・テ・ルのサイン ~わたしたちの未来予想図~』
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND56184/index.html




【語源に見る日本人の感性】
http://www.wood.co.jp/kinokokoro/no09/gogen.htm
http://www.wood.co.jp/kinokokoro/no10/gogen.htm
【二つの「え」の話~『古言衣延辨』】
http://www.akenotsuki.com/kyookotoba/shiryoo/eyeben/


【日本21世紀ビジョン】
http://www.keizai-shimon.go.jp/special/vision/
【21世紀日本の構想】
http://www.kantei.go.jp/jp/21century/



【QNo.3346636 日本人は 死んでいるのでしょうか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3346636.html
【QNo.3385985 あなたの抱く《これぞ 日本人》をおしえてください】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3385985.html
【QNo.3417579 三身常住は 三位一体とどう違うでしょう】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3417579.html
【QNo.3647182 水子思想と無明と覚り】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3647182.html
【QNo.3689191 男と女】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3689191.html
【QNo.3783575 日本人は生ぬるいですか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3783575.html
【QNo.3807611 ヘブル書に引くエレミア書の《新しい契約》とは?】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3807611.html
【QNo.3843320 《われはブッダなり》と宣言する人は】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3843320.html
【QNo.3893969 日本人は 人間ではないでしょうか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3893969.html
【QNo.3965802 輪廻と業によれば 被害もすべて自業自得ですか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3965802.html
【QNo.4016682 いわゆる共同体は もう望みが薄いですか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4016682.html
【QNo.4065008 言霊の思想についてうかがいます。】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4065008.html
【QNo.4077221 自然法は もう人気がないのでしょうか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4077221.html
【QNo.4148911 無意識ないしアーラヤ識をめぐって おうかがいします。】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4148911.html
【QNo.4199231 ブッダは 神ですか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4199231.html
【QNo.4225294 日本は 世界のリーダーか】
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4225294.html

投稿日時 - 2008-08-27 00:54:01

補足

 お礼欄につづいて ほかの話題にかんしてです。

 ▲☆ 《メット五回ぶつけたり》の《メット》とは ヘルメットのことですか。

 ★ 【語源に見る日本人の感性】
 ☆ この方の研究に水をさすつもりはありません。全くありませんが 基本的に言って 日本語に関しては 大野晋の研究をすべて吟味した上で 独自の発想を推し進めねばならないと考えます。例示します。
 ▼ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 馬:うま →《ウマは古くから mma と発音されたらしく 古写本では〈むま〉と書くものが多い。語源は朝鮮語 mar (馬) 満州語 morin (馬)などとの関係が考えられる。》
 梅:うめ →《〈梅〉の中国音 muei を写したもの。平安時代 mme と発音したので 古写本には〈むめ〉と書くものが多い》
 (大野晋:古語辞典)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ わたしの知り得たところでは 次のような語例があります。
 ☆ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・ Nanai――― Korean ――――――――Jpn.
海: namu――― pada――――――――― wata・〔umi〕
波: vata―――〔mul-gyoe水‐木目〕――― nami
水: mue ――― mul ――――――――― midu
兎: tokse―――thokki ―――――――― usagi
石: dyolo―――tol ――――――――― 〔isi〕
地: na―――― nara〔国〕――――――― na / nara 〔奈良〕

 ・ナーナイ na-nai=《土地の‐人・国の‐人》は アムール河流域に住む人びと。 トルコ・モンゴルと同系のトゥングース語族。
 ・こう見ると ナーナイ語と日本語とでは 水 mue / midu を同じくし 海 namu / wataと 波 vata / nami とを あたかも入れ替えているかに見える。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 

 ★ 【二つの「え」の話~『古言衣延辨』】
 ☆ ア行の《え(衣) e 》とヤ行の《江 ye 》の区別は ごもっともです。《米=ヨネ/ 稲=イネ》あるいは《良し=ヨシ / イシ〔オホ(大)‐イシ⇒美味しい〕》の例があるので 気になっています。つまり イネ=yine や イシ=yisi が 本来の音だったかどうかです。ただ ワ行のヰやヱやヲのように表わすには 区別が あいまいのようにも思っています。はっきりさせ得れば よいのですが。

 ★ 【21世紀日本の構想】
 ☆ 後回しです。ほかの欄にでも 書きこみます。
 えらい人たち(Aさん)は その圏域と権益を 一度 完全に放棄することから 始める必要があると思います。自己解体から始めなければならないと考えます。地方自治にかんして
 ▲ ガバナンス=協治
 ☆ という言い換えに終わらなければよいと思いますが。あとは追って。

 ☆ 次を加えておきましょう。avec mes remerciements.
 《QNo.4097397 :人が 人のあやまちを赦すことができますか = http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4097397.html

投稿日時 - 2008-08-27 12:30:02

お礼

 Ca va bien ? NI HAO MA ?

 微妙にちがうと思われる点にだけ触れて 吟味をあおぎましょう。
 青山論文からです。
 ▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)の『緋文字』( The Scarlet Letter )にもあるように、17世紀のピューリタンにとって神以外のもの、たとえば人間の理性などを拠り所とする自由思想は姦淫の罪よりも重い罪であった。
 きわめて常識的なことながら、もしこの時代に摂理の働きを否定したり、摂理からの離反を説いたりして人間の自由を唱道しでもすれば、神を蔑ろにした廉で間違いなく極刑に処せられたことであろう。(§8)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 《自由思想》も何も 思想も生活も何も そもそも人は 自由意志によって 生きています。問題は 《神以外のもの、たとえば人間の理性などを拠り所とする》という点にあります。
 ★ 《〈髑髏〉のさらに奥の永遠の美》=真実=子どもの気持ち(人の気持ち)
 ☆ これが 大切であることに間違いありません。宇宙広しと言えども どこまで行っても 間違いありません。ありませんが そのように人間の理性および感性として捉え得る《真実や気持ち》は 《拠り所》には これまた なりません。拠り所は 神というように根拠のないもの つまり 無根拠という根拠 これだと思うのです。
 (理性の神ではだめだと言い その神は死んだと 誰だったかが 宣言したとき もともとの・表象し得ぬ神に戻っただけだったし それにとどめておくのがよかったというやり取りをしました)。
 無根拠なる根拠を 共通のものとするゆえに 互いにコミュニケーションを進め得るのかも知れません。そうすると 奥の奥の 真実ではあるが 知りえない気持ち 自分にさえも知り得ないかも知れない真実の心 これは 知り得なくてもよいと 一たん 決め合って むしろ 表層の言葉で 意志疎通を図らなければならない。つまり この理論からいけば 表に出して表わすことが 肝心だとなります。
 詭弁であるかも知れないので 吟味をお願いしておきます。
 その他は あとに 回します。

 * ホーソーンについては 表現や発想が 時代がかっている。青山論文についても もっと柔軟に もっともっと自由に柔軟に 扱えないものかと 無い物ねだりします。

投稿日時 - 2008-08-27 10:10:10

ANo.23

primeapeです。
A8犬の話を書き直します。

犬には感情があるのか」この手の問題はいつも論議になりますよね。
答えは医学的に簡単です。大脳を備えた生命は間違いなく感情があります。そうでなければ人間にも感情がないことになります。
キリスト教圏ではこの問題を科学ではなく神学の問題で解決しようとするからもたもたしている。
なぜかわかりにくいから考えたくなるのは感受性ゆえに世界中の喧騒を聞いているのです。
そうではなくて、思い当たるフシから伝ってもいいのですがいいですがその場合煩悩を自ら内包しうるかどうかの孤独な観想に行き着きます。
感受性に基づいて世間の喧騒と戦う場合、その喧騒の聞こえる場はイデア界です。
そこにあなたも居ます。
この辺はテレパシー的哲学の仕方の取っ掛かりです。
この場合わかりにくかった理由がキリスト教圏のもたもたぶりが明白で突破できれば迷いや判りにくさが自らに内包した考えではなかったことになります。
デーモン現象の話し合いもこんな感じです。

イデア界について表現したかったので修正しました。
人によっては涅槃と呼んだり私の場合標準で天界と呼びます。
哲学とは孤独な暇つぶしではなさそうです。

投稿日時 - 2008-08-26 00:53:24

補足

 primeapeさん この場をお借りします。
 ANo.25へのお応えです。(080827)

 ★ 《21世紀日本の構想報告書 / 日本のフロンティアは日本の中にある ―自立と協治で築く新世紀―》http://www.kantei.go.jp/jp/21century/houkokusyo/0120yousi.html
 ☆ 次の総論に対して 批判します。
 ▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 変革の核心は、
 (1)国民が国家と関わる方法とシステムを変えること、
 (2)社会における個と公の関係を再定義し、再構築することにある。
 そのためには、これまで十分ではなかった「自立」と「寛容」の精神を育てる必要がある。 ( 1(=ローマ数字).日本の巨大な潜在力)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ (1)については 
 ▲ まず、中央と地域が水平的な関係に。〔4. 2(2)〕
 ☆ というように わたしの言葉で 

  A(アマテラス公民)圏とS(スサノヲ市民)圏とが対等である

という理念を打ち出していますが 必ずしも その理念が 貫かれてはいないようです。たとえば
 ▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 今日急速に重要性を高めているのは、言語を武器とする言力政治(ワード・ポリティクス)であり、その内容は、情報力、構想力、提案能力、表現力などである。言力政治に対応しうる能力を持つ個人が、政治家をはじめ各分野で輩出されることが重要である。(3.1)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ というように 少し意地汚く見れば このような《個人》も あくまで《A圏 の各分野で輩出されること》を 目論んでいるように思われる。そうではなく 《ムラ mura (市町村)》が 主役にならなければ 何にもならない。つまり 最初の引用の中の(2)の
 ▲ 社会における個と公の関係を再定義し、再構築すること
 ☆ の問題です。

 《 A圏統治 ‐ S圏従属 》の連関体制ではなく 
 《 S圏主導 ‐ A圏従属 》の連合制が 

わたしたちの理念です。A圏の人間は S圏の公僕であるという意味です。したがって
 ▲ そのためには、これまで十分ではなかった「自立」と「寛容」の精神を育てる必要がある。
 ☆ などという悠長なことを言っている場合ではないと思います。
 
 これが 基本です。基軸です。基礎です。その内容として
 (あ) もろもろのムラが 互いに 連携し 連帯する。国際的に 連合する。国家(A圏)には頼らない。できるだけ妨害されないように 協力しあう。
 (い) ムラの役所には 優秀な人間を募る。
 (う) 会社が 基本的に ムラ政府と連携して 社会政策の課題をも担っていく。(a)職の安定。(b)最低所得制度(したがって 高額所得者は 譲歩する。給与を減らすか 寄付をする)。
 (え) 安全保障は むつかしい。成り行きにまかせざるを得ないところがある。ただし インタナショナルなインタムライスムのもとに 経済的にも文化的にも 交流をすすめることで その基盤を築く。
 (お) このような方向に向けて 井戸端会議を 自由に 起こす。その会議じたいが すでに めざすべきインタムライスムの生活であり共生である。動態の過程である。

 * 社会的なマインドコントロールの解消と並行して。
 * 学識者が集まって作成した《構想》に対して 敬意を表しておかねばならなかったですね。

投稿日時 - 2008-08-27 16:15:50

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 これは困った。ますます分からなくなっています。
 ★ 哲学とは孤独な暇つぶしではなさそうです。
 ☆ これに全く同意しますが あとが 分かりません。犬に感情はあるかの問題がピンと来ていないのは わたしだけの特殊な現象でしょうか。

 分かっていること と言いますか 基本的にこうではないかということを書きます。繰り返しになるかと思いますが。
 1.霊長類の中でも 人間とほかの動物とでは 言葉によって意志疎通をはかるかどうかで 区分されるのではないか。
 2.霊長類ではない犬について 感情があるにしても 存在の全体として――つまり 存在関係の全体として 社会を作るかどうかで―― 基本的な区別があるのではないか。
 3.この犬の感情の問題に どうして神学がかかわると見るのか これが わかりません。
 4.意識の作用として――しかも 慣れっこになると 無意識のうちに―― 情念やいらいら・怒り・むしゃくしゃの感情を あたかも以心伝心の電磁波に乗せ 外に向けて・というのは大抵 ほかの人に対して 発散するというデーモン現象 これは ひとえに 自己防衛としての《接地(アース)》だと考えます。
 5.ただし このアース現象を 逆に わざと ほかの人間に起こさせようとする動きがあります。怒り散らすなど意識の排泄をすることによって 自分の部下や目下に 精神のごみくずを貯めさせ 《充電》させておけば その電位を下げるため 地位が下にいる人は ほかの人に向けて アースせざるを得ないのではないでしょうか。
 6.憶測です。プロのスポーツ界あるいは芸能界において よい場合もわるい場合も含めて 事件と呼ぶべきような出来事を 起こして(――もしくは すでに起きている過去の事件で明るみに出ていなかったものを 引きずり出して来て発表し――) 人びとの気持ちをそれに向かわせ 或る種の気持ちの発散をさせる。不祥事で怒りを呼ぶという場合でも 別のいやな事件がある場合には 話題や関心を その別の事件から逸らさせる。こういうマインドコントロールも ありではないでしょうか。憶測です。人心操縦術!?

投稿日時 - 2008-08-26 09:48:47

ANo.22

primeapeです。
はっきり言ってしまうと、現在の私の心理構造、方や無心、方や鬼神の声と言うのは悪魔が「空」を受け取らないからでその論理は正解じみています。
メチャンコ悪魔君はつたない言葉しか操れませんので論理を表ざたにするほどの理解はありませんが。

投稿日時 - 2008-08-21 21:49:49

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。
 内省が お盛んですね。

 ★ 現在の私の心理構造、方や無心、方や鬼神の声と言うのは悪魔が「空」を受け取らないからでその論理は正解じみています。
 ☆ たぶん おっしゃるとおりだと思います。それは 世間へと向けて開いた窓として またそのアンテナとして 《片一方では 鬼神の声》が 活発なのではないでしょうか。
 全体として そのように《無心と鬼神》とがあるというのを
 ★ 悪魔が「空」を受け取らないから
 ☆ というふうに解釈するのは primeapeさんご自身のものではないかと考えます。ご自身の経歴にかかわった特徴ですとか 単なるくせですとか あるいは 単なる表現の綾ですとか。・・・
 まぁ 悪魔をも手なづけていると考えれば そのほうが すごいことであるかも知れないと思うのですが まだまだ メチャンコ悪魔君のことは なかなか 把握がむつかしいです。
 

投稿日時 - 2008-08-21 22:07:26

ANo.21

primeapeです。

☆ 前半の《空感というやつ》は 《つかの間わかった気分になる》のですね? しかしながら 《危険を感じる》ので 《空を諦めてい》るということですか? みなさんも たぶん 分かりづらいと思いますよ。

イロイロと思い巡らすきっかけになりました。
さすがに一日でどうのこうのとは行きませんが。
brageloneさんはやはり哲学の先生ですね。
ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-08-21 19:13:39

お礼

 primeapeさん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 感覚的に分かる場合はいいのですけれど どっちがどうなのか分からなくなったので 訊いてみました。
 われながら 執念のごとくですね。

投稿日時 - 2008-08-21 19:56:03

ANo.20

primeapeです。
>☆ たぶん 人間じたいの生まれ変わりと どうかかわるかが まだ はっきりしないように思います。

>ブッディスムには 容易に 妥協したくない思いがありますし 輪廻は そもそも ブッディスムにとって 克服すべき事態だと思うのです

前世、来世の話はまやかしであることは知識として周知なのです。

今日私はヨーグルトへの感情移入をしました。
前世と言う考え方がある以上それに対する観念と言うか物語のようなものが持ちえますが、それを手放してみました。
よく言う自らが何者でもない感覚で、生命を包み込む地球そのものの立場のさなか地上にぽつんとたたずむ私自身と言う人間、それはまるでヨーグルトでした。
つかの間わかった気分になる幸せです。
空感と言うやつです。
聖典を汚すのははばかれますが私は空を諦めています。
危険を感じるんです。

投稿日時 - 2008-08-21 00:39:21

お礼

 primeapeさん お早うございます。ご回答をありがとうございます。

 ★ 前世、来世の話はまやかしであることは知識として周知なのです。
 ☆ わかりました。輪廻の場合も ブッディスムは それまでのヱ゛-ダなどの世界観に 批判を加えるとき 相手の常識に合わせて 説明したと言いますから。合わせるということだと了解しました。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 よく言う自らが何者でもない感覚で、生命を包み込む地球そのものの立場のさなか地上にぽつんとたたずむ私自身と言う人間、それはまるでヨーグルトでした。
 つかの間わかった気分になる幸せです。
 空感と言うやつです。
 聖典を汚すのははばかれますが私は空を諦めています。
 危険を感じるんです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ ここでは 前半は 分かります。最後の二文が 飲み込めません。
 ★ 空を諦めています。 / 危険を感じるんです。
 ☆ 前半の《空感というやつ》は 《つかの間わかった気分になる》のですね? しかしながら 《危険を感じる》ので 《空を諦めてい》るということですか? みなさんも たぶん 分かりづらいと思いますよ。

 ★ 輪廻転生
 ☆ を ブッディスムは 断ち切ると言うわけですが そういう前提を取り外せば 断ち切る必要もないと思うのですが。

投稿日時 - 2008-08-21 09:28:07

ANo.19

たびたびprimeapeです。
今回の論議の進展を追ってみてAさんSさんの話の薬効が理解し易い雰囲気になったと思います。
マインドコントロールする立場の不本意さについていい雰囲気になりました。
brageloneさんのお考えをもう少し明かす機会はないでしょうか。

投稿日時 - 2008-08-20 23:06:11

お礼

 ひとつ前のお礼欄に書きましたように 事態は はっきり言って 深刻のようですね。
 独我論が 哲学として 訴えるところが 分からなかったのですが どうやら 公式に議論しているところが問題なのではなく 言外で胸の内に持っているところが 重要であるようです。
 《人びとよ お互い 他人のことなど 分かったものではない。いちいち 心を通わせるなどということを言わず 世の中を住み分けよ。一人ひとりが 違う動物なのだ。言葉を 幸か不幸か 持っているが それゆえ 〈われわれは〉という表現をも用いるのだが それは あくまで 互いに住み分けるために 手段として利用しているに過ぎない。その意味で 孤立せよ。それが 独立だ》とでも 言っているのでしょうか。

 すなわち もしわざわざそういう色眼鏡で見ようとするなら 《もうマインドコントロール社会なんて いやだ。糞くらえだ。われわれ人間は いっさい 互いとかかわりを持たないというのが その存在の本来のあり方なのだ》とでも 言っているでしょうか。

 ★ AさんSさんの話の薬効が・・・
 ☆ この 《A‐S》の連関ということ・この現実 これに賛意をいただいたのは 初めてです。《スサノヲイスム》について 《Q:人が おしえる・おそわるということは どういう事態か》で やはり 初めて 賛同をいただきました。

 《Q:民主主義は 日本人のお家芸か》のような質問をつづけて 歴史的な内容と哲学的な思惟とを 整合するかたちで 明らかにできればよいと思いますし その方向で みなさんに尋ねてまいりたいと思います。まだまだ分からないところが 多いですね。ある程度 考えが進んだ部分で 質問するという形になるのは 仕方ないですね。

投稿日時 - 2008-08-21 00:31:07

ANo.18

primeapeです。
A13のウンチとヨーグルトの話。
六道輪廻にはうってつけなんです。
腸の中で吸収されながらやがて糞まみれになる様なんて六道輪廻のこわ~い話さながらです。
私は自らの無心を観念を判り易い言葉に置き換えていく瞑想と言いましたよね。
その研究成果がウンチ君の大冒険なんです。
このようなたとえ方は私の目指す哲学です。
絵本にすると丁度いいようなお話です。

ところでやはり論議は進みませんね。
マインドコントロールは暗すぎたのかもしれませんね。

投稿日時 - 2008-08-20 22:54:09

お礼

 primeapeさん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 ★ マインドコントロールは暗すぎたのかもしれませんね。
 ☆ なるほど。関心が薄くないどころか 骨身に沁みるということのようですね。とすると 次のご回答に書かれていることとも関連しますが よほど 注意深くしっかりと 問題を捉えて行かなければなりませんね。

 ★ 六道輪廻 / A13のウンチとヨーグルトの話。
 ☆ たぶん 人間じたいの生まれ変わりと どうかかわるかが まだ はっきりしないように思います。
 と言いますか 人間が ヨーグルトの菌に生まれ変わって また 人間になるといった転生ということ自体が どういう問題か。つまり それは いったい どういう哲学的な事態なのか。そのような前提から 問題にして行って初めて その中身をつかめるようになると思うのですが。(ブッディスムには 容易に 妥協したくない思いがありますし 輪廻は そもそも ブッディスムにとって 克服すべき事態だと思うのです)。

投稿日時 - 2008-08-21 00:07:36

ANo.17

primeapeです。
マインドコントロールそのものについてまだ論議の足らない部分がありますね。
指名手配覚悟で証言します。

A3
変人のとっぴな意見だと思ってくださいね。
実話これ、やったことがあります。
操る側です。
その結果天界より偽物のエスパーとして淘汰抹殺の宣告を受けました。
要するに死ねと。
ただし時間を置いて還元した結果、感化させた先方にその意味を知るゆとりがなかっただけで、訳がわかったらマインドコントロールから自然に抜け出したので天界の宣告も時効が成立しました。

この時分の私は無意識の成育のためにその暴走する様をひたすらこらえていた時期です。
個体と言うものがある以上、他者の無意識を想定して、それに無意識なりの真実を伝播させた結果のマインドコントロール現象です。
他者と想定した無意識が真実を確かめるまで徹底して面倒を見ました。(干渉しました)
真実がわかればそれに逆らえないゆえです。(介護みたいなもの)
それからこの場合の真実とは人類に有用なものとも限りませんのであまり関心を持たないでください。個体の無意識を想定しているので大げさに言ってもその人の運命とか、もしかしたら人生相談の回答だったかもしれません。
これは言葉も(意識できる範囲では)操らず行った私が今回たとえばなしじみた表現としたテレパシーではない生粋の本物のテレパシーです。
真実の内容や黒魔術的マインドコントロールノウハウは知りません。
私が覚えているのは訳も判らずエスパーゆえに死ぬしかないな。そんな感じ方をしたことだけです。

ここまで書き終わったらメチャンコ悪魔君から一言反省の言葉がありました。
結果はわかっていた。
したがってマインドコントロールするつもりがあった上で実行した。

投稿日時 - 2008-08-19 23:00:54

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 わたし自身の体験を書きます。すでに投稿したことのあるものですが。

 まだ小学校五年生にはなっていなかったと記憶している頃のことです。
 腕白仲間と遊んでいて そのグループに ある日ある時 リーダーが必要だと皆が思うようになっていた。多少学力があったわたしに 視線が集まって来た。つまり 空気です。
 仲間たちは その時必ずしも口に出した言葉で わたしに問い掛けてきたのではなかった。暗黙のうちに それとなく 分かったわけで そのわたしは どういうわけか 同じように 心に念じるようにして 仲間に応じようとします。

 おそらく 慣習として こういうときには 暗黙のうちに指名された場合でも 指名されたほうは 声に出してよいはづなのですが わたしは 声には出さずに 答えようとしていました。そのとき ふと 思い留まりました。
 わたしが受けた仲間からの念力のようなものは もし それが通ったなら わたしと仲間との関係は おかしなものになると 感覚的に悟りました。
 なぜ おかしなことになるのか その理由については そのときは 次のことだけを思っていました。もしこのとき 《わたしにリーダーになって欲しいということなのか》と 仲間に 言葉に出して尋ね返すなら 何か おかしな雰囲気になるだろうという予感がしたということ これだけです。
 ずっとあとになるまで もう 突っ込んでは何も考えなかったのですが けっきょく 人の意思表示のないことがらを頼りとして 自分の意志行為をおこなうというその成り立ちが 問題なのだと考えるようになりました。
 その後 わたしが そのグループから仲間はずれになったことは 自然の成行きでした。

 ・これが 以心伝心の悪い例だと考えます。そこから マインドコントロールにまでたどり着くのではないかと思います。

 primeapeさんのこの例は 一対一の場合だったようですね。何か実験のようにも感じられます。

投稿日時 - 2008-08-20 00:22:59

ANo.16

ども、brageloneさん。


出先からANo.16へいただいた《この回答への補足》を読みました。

二日ばっかお返事するのに間があきそうなので

取り急ぎ、そのことをお伝えしておきます。



一点、補足要求です。
●コミュニケ―ションは ただ パンを食べていくためにのみおこなうという死の思想であるように感じました。

と言われるところの“死の思想”とは?

【十字架と髑髏】
http://pot-8-o.hp.infoseek.co.jp/%81w%8F%5C%8E%9A%89%CB%82%C6%E9%91%E9%90%81x.htm
【ホーソーン研究】
http://pot-8-o.hp.infoseek.co.jp/pot-8-o.htm
あたりのことでしょうか?

投稿日時 - 2008-08-19 14:03:15

補足

 Bonjour, Mlle. littlekiss. Je vous remercie pour votre reponse et pour me montrer la dissertation de Prof Aoyama sur N. Hawthorne.

 ▲ ホーソーンは絶えず死について思い巡らしていたが、ホーソーンを魅了したのは死の神秘であって死の恐怖ではなかったのである。(§6 最終文 p.57/97)
 ☆ というごとく ここで言う《死の思想》は 生のために死を忘れるなと言って死を思う思想です。
 ▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ノルマンディーのイヴェトーに近いル・フェイのある家の暖炉には、肋骨を組み合わせた上にのせたしゃれこうべが彫刻され、その銘にいわく、
死を思え!
死を招じ入れ
いささかはそれを思い起こせば
命ながらうることも多からん
 ――この暖炉はロベール・ビューブリーこれを作らしむ。
神のため、みまかれる者のために。一五○三年  (§6)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 《死の舞踏》は 黒死病から来ていて それを忘れるなと言っているようですし
 ▲ 死の前には身分の高きも低きも、富を持つものも持たないものも、人間はすべて平等であり、高貴な生まれも莫大な富も死の手から人を救うことはできない、人間は生きているときは塵に過ぎない哀れな存在で死の後には蛆虫の餌食となる運命であることを思い起こさせ、傲りたかぶるのを戒める。(§9)
 ▲ 《 Et in Arcadia ego =「われ(=死の擬人化)アルカディアにもありき」》 この銘文は・・・牧歌的な理想郷アルカディアも死からの避難所ではないことを表わしている。(§10)
 ☆ ということで 他方の《独我論》のまねく死の思想は そうではなく 他者と共存はするが 心を通わせることはない(また そもそも 人間は 互いに 連帯することは出来ない)という冷めた開国思想であり 心の鎖国思想であるようです。

 ホーソーンは――作品を読んでいずに えらそうに言いますが―― いやにまともに 聖書の話や思想を たとえを用いて 物語に仕上げたみたいですね。
 まづ あらためて 死の思想にかんしてですが 《第2章 エレミヤの嘆き――牧師の黒いヱ゛-ル》に出てくる牧師のように このヱ゛-ルを顔の前に垂らして 人びととのコミュニケーションを遮断するかに見える場合でも この場合は 《死を思え》ではなく 《死のとげである罪を思え / 一人ひとり 自分が 罪人であることを思え》と言っているというので 明らかに 連帯していることを前提にしています。時代がかっていて 旧いですが。
 《第1章 ホーソーンの赦されざる罪》でも 人と隔たりを持つに到るイーサン・ブランドという男が出てきます。ホーソーン自身によれば
 ● 赦されざる罪とは人間の魂に対する愛と敬意の欠如から生まれる知と心の乖離である
 ☆ のだそうですが 著者によれば
 ▲ 「人間の魂」に対する愛と敬意を失うとは、「人間の心」を蔑しろにすることであり、人間の心の奥底にはびこっている闇と恐怖のそのさらに奥深く、光輝く平安に満ちた世界を作り出している永遠の美を踏みにじることでもある。
 ☆ と言います。《人間の心の奥底にはびこっている闇と恐怖》が《死》であり 象徴として《髑髏》であるとすれば 《死を思え》というのは――あたかも古代ギリシャの《汝自身を知れ》と同じように―― その死の《そのさらに奥深く、光輝く平安に満ちた世界を作り出している永遠の美》を見たまえ ということであるらしい。これを《踏みにじること》を言っているらしい。《心の鎖国》の一歩手前なのでしょうか。
 もし《髑髏》が そういう形で 死の象徴であれば 《十字架》も おそらく信仰の象徴になると思われます。《第3章 ピンクのリボン――信仰喪失物語としての「若いグッドマン・ブラウン」》では その名前の主人公が まさしく信仰を喪失する話として  同じくフェイス(=信仰)という名の新妻との関係において 描かれていると言います。《森〔へ行くことになり それを止められるのであるが 行ったのち その森〕での衝撃的な経験》において
 ▲ キリストの荒野での試練やヨブの試練を彷彿させる森での悪魔の誘惑に、結局、ブラウンは敗れてしまうのである。(§3)
 ☆ と言います。これに対して わたしはここで 異議を唱えます。著者は ブラウンの失敗を分析して次のごとく説きます。
 ▲ ブラウンは〔妻の〕フェイスが悪魔の黒ミサに参列するために森の中へ入ってきたに違いないと早合点してしまい、それと同時に、ブラウンのナイーブな信仰、すなわち、神の賜物としての信仰ではなく人間の決断としての信仰に基づいた世界が一気に崩壊してしまう。(§3)

投稿日時 - 2008-08-20 16:58:32

お礼

 ▲ ブラウンが真の意味でアレゴリカルに妻の名前を解釈し(= フェイスすなわち信仰であるゆえ) 神の賜物としての信仰の持つ恩寵性を認識していれば、こんなことは起こり得ない。森の中で見せるフェイスの悲しげな表情はこのブラウンの誤解から発した不信に対する悲しみと見なすべきである。ブラウンはフェイスを妻として女としてのみ見ているために、フェイスが担っている信仰としてのアレゴリカルな意味・役割を見失ってしまっている。この読みの失敗がブラウンの悲劇の原因である。(§3)

 ☆ じつは もうわたしには 情報が不足しているのであるが このまま異議を続けます。要するに 《〈十字架〉という象徴をとおしての信仰》において 《〈髑髏〉のさらに奥の永遠の美》を見るということをしなかったという失敗であり 悲劇であると言おうとしています。

 どんなものでしょう? このような《絶望》は そうだとしたら ざらにあると言うべきではないでしょうか。しかも――しかも です―― このように《わが神から見捨てられた》そのことによって 《そのままみづからが髑髏となった》そのことにおいて じつは 見捨てられておらず 髑髏であることを免れたとこそ 言うべきではないでしょうか。

 (わたしの論理も型にはまった恰好であり 著者のも そうであるのではないか これだけを言おうとしたものです)。

投稿日時 - 2008-08-20 17:04:34

ANo.15

こんばんは、brageloneさん。あっ!もうおはようかなぁ?

ANo.4へ《この回答への補足》をいただいていたようで、
いま読みました。8月19日4:00am

まえまえから言っとかなくちゃと、
《この回答へのお礼》をいただいた時には“教えて!goo ”からお知らせメールは届くんですが、そのあとに《この回答への補足》をいただいても何故だかお知らせメールは送られてこないんです。質問文を見返してはじめて《この回答への補足》が書き込まれていたことに気づくといったことがここのところずっとです。お返事が遅くなる原因の一つです。その間に締め切られてたってこと多々。受信設定かえてないんですが何ででしょうね?まあ、それとは別に夜中に台所の蛇口がぶっ壊れて書き込みしてるどころではない
閉めても閉めてもダダダダダーとあわや家の中水浸し寸前。パニックハウス。ドタバタとたいへんだったんだから。家の外に水道の元栓を閉じひとまず、ホッ。それでも、水を使えないとなるとトイレもままならない。夜の明けるのを待って、水道やさんを呼ぼうと思ってもお盆だし、どうする?8時になるのを待って親戚の家に仕事先から電話かくかくしかじかと事情を伝えレスキューばりに飛んできてなおしてもらいました。そなんです、この日わたしは朝から家を出て仕事、家にいるのは母さんだけ。水が使えないと何かと不自由。ほとんど睡眠もとれずそのまま仕事、この日はけっこうきつかった。なにはともあれ蛇口がなおってメデタシ、メデタシ。



《焦点がぼける》ああ、これは他の質問で
QNo.4250313『宇宙ハッブル望遠鏡で神は見えるか』
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4250313.html
●ハッブル望遠鏡の幾総倍の性能のあるスコープで
いずれ神は見えますか?


と、あがってたじゃないですか、
そっちもあわせて読んでたんで
《ぼけ》は《ぼやける》《ピントがあってない》ってことかなと
そでも、神がいるという前提に立つから
ピントがあうあわないとなるのでしょうが
何もいなけりゃ、あうもあわないもあったもんじゃない
たとえそれが高性能な望遠鏡であったとしても
神という名の指名手配のモンタージュ写真があって
それを探すってんならまだ探しようもあろうかも
しれないけれど、何を以って神とするのかもわからず
闇雲に望遠鏡をのぞけば神があらわれる?ちゃんちゃらおかしい。
そんなもんのぞかんでもいたるところに神さんはおるもんや。
あたり見渡したら、ほら、水浸しで困っとうといえば
朝も早ようからかけつけてきてくれた親戚のおっちゃんも
ある意味神さんや。

そやから、“ある/わけ/ない/だろ、ぼけ《焦点がぼける》。”いうことばをみて

『宇宙ハッブル望遠鏡で神は見えるか』へのお誘いやったんちがうかなと

brageloneさんからのなんかコメント欲してはったんと違うかな?

ボク(『宇宙ハッブル望遠鏡で神は見えるか』)の質問を見てと

あくまでもこれはわたしの推量やけどね。

投稿日時 - 2008-08-19 05:25:20

補足

 littlekissさん ご説明をありがとうございます。
 これじゃ わたしの見当ちがいも いいとこでした。推測しても分かるわけなかった。

 ★ 《Q:『宇宙ハッブル望遠鏡で神は見えるか』》
 ☆ これは 質問趣旨を読んでも わからず 途中で質問者の返答を読んで 宇宙の始まりが分かるかも知れないというような話だったと分かったのですが 
 そうなのですが 神との距離が 質問者のばあい 近すぎます。これでは ほとんど かれの自我そのものであるように見受けます。むつかしい。この《宇宙・・・》の質問に まともに 回答すると かえって その自我のあり方を そのまま認めたり 初めから全否定したりする恰好となるのではないでしょうか。まづ先立つものは 知り合いになり信頼関係を築くことです。それからの話になるのではないでしょうか。

 すでにこの《Q:マインドコントロール》の質問の前に わたしの質問としては 《Q:所有とは何ぞや》に対して かれは 同じように その質問じたいを否定する回答を寄せています。そちらは 削除されるまでには至っていませんが その回答が 妥当であったかどうかについて 今回 反省がなかったわけです。
 その経緯を踏まえて考えれば その仕打ちを受けたわたしが かれの質問にまともに答えるならば 回答の良し悪しよりも 信頼関係を築く上で 少しでも 前進したと仮りにすれば かえって 問題は こじれると考えます。なぜならば 二つの仕打ちのようなことを わたしに対しては 勝手に自由に やっていいということになるからです。わたしが認めたという解釈を かれが 持っても わたしは 否定することができなくなります。否定が成功しても もう 信頼関係は 消えてしまうでしょう。むつかしいです。
 という事情だと理解します。

 もっとも 突然変異ということもあって それまでの経緯をすべて打っちゃって 新たな地平を切り拓くという場合は あるにはあるのですが。
 ★ 何を以って神とするのかもわからず / 闇雲に望遠鏡をのぞけば神があらわれる? ちゃんちゃらおかしい。 // そんなもんのぞかんでもいたるところに神さんはおるもんや。
 ☆ というように かれには おしえてあげなければならないとは 思います。少なくとも そういうかたちで 話がかみ合うでしょう。
 ほかの質問で 独我論について おしえてもらいました。これは 要するに 人とは話を合わさない・もともと それこそ 絶対に 人と意見が合うということはない このように思っている人の 自己弁護の議論だと知りました。コミュニケ―ションは ただ パンを食べていくためにのみおこなうという死の思想であるように感じました。そこまで 人びとが死んでいるとは あぁ 知らなんだ!!
 人びとの蛇口がいたんでいるのかいな。

投稿日時 - 2008-08-19 08:25:29

ANo.13

primeapeです。
A11の方に返したお礼で日本人キリスト教徒の何かと居心地の悪さをうかがい知りました。
そこに思い浮かぶことがありました。
哲学書と言うよりも欧米の文化全般に関する読み物に「感情を殺してまでも理性的に徹する」このような考え方が印象に残っていました。
それを教義の一部に取り入れた宗派まであるそうです。

乱暴すぎる比較ですが日本人の場合感情でなく信仰心を押し殺して理性を保っているのかもしれません。
これは私自身を振り返っての感想です。
時折brageloneさんの見せる信仰と祈りは共感すると気持ちよいもので大変尊敬していますが、私自身の信仰心に関してはどんなに門をたたかれても明かせることはないのではないかとも思いました。

そのように信仰をひたかくしにする日本人はbrageloneさんから見てやはり死んで見えてももっともだと思います。

投稿日時 - 2008-08-18 21:43:05

補足

 primeapeさん こんばんは。ご回答をありがとうございます。

 わたしが 感情の起伏が激しいと見えても まちがいではありません。そのとおりです。面と向かってなら その場に居合わせるのですから もっと 直截に言うと思います。

 ★ そのように信仰をひたかくしにする日本人はbrageloneさんから見てやはり死んで見えてももっともだと思います。
 ☆ たぶん 《死んで見える》というのは 一般に 《きちんと答えないこと》が いちばんです。たとえば いつも 極論を引き合いに出すのですが うそをついてでも 直面して 相手に答える これが コミュニケーションだと思います。形式が 保たれるだけで 非常に 世の中も 明るくなると思います。うそは うそで 自分はもちろん 相手も 遅かれ早かれ わかるものです。それは それで 答えてくれたということ(答責性を果たしたということ)だけでも 信頼関係を まだ そこなうことは ないと考えます。
 ただし うそ・虚構が 虚偽となれば それは もはや あざむくための発言ですので 問題ですし 問題が大きいと思います。自己であることを放棄し 相手が自己であることを妨げる。と言いますか 相手も 自己を放棄するかたちへと持っていこうとする。
 うそは コミュニケーションの枠の中で おこなわれます。虚偽は この枠も外れ 筋道をも曲げておいて 枠外から あること無いことを さも 親切そうに ささやくのではないでしょうか。
 ☆ それと いわゆるクリスチャンは おっしゃるように
 ★ 欧米の文化全般に関する読み物に「感情を殺してまでも理性的に徹する」このような考え方が印象に残っていました。 / それを教義の一部に取り入れた宗派まであるそうです。
 ☆ というごとく 信仰の問題ではなく しかも 信仰だと言いつつ 道徳理念でこちこちになるか(――これは さすが現代では 流行らないようで――) やはり理性信仰に徹する行き方に変わってしまっていると わたしも 思います。いわゆるガリ勉主義でしょうし やはり現代では もう少し粋に余裕を見せつつ スポーツも遊びも 万能だという行き方であるように見えます。
 ★ 乱暴すぎる比較ですが日本人の場合感情でなく信仰心を押し殺して理性を保っているのかもしれません。
 ☆ ご自分のことだとおっしゃっていますが わたしに見えるかたちとしては 一般に 信仰心を表に出すことに照れるのではないかとも思いますが。内面において ひそかに 持つときは 持つ。しっかりと 抱いているのではないかと推測します。
 まったく自由なんですがね。気兼ねをしているように見えます。だとしたら いったい 誰に気兼ねをしているのでしょう。

投稿日時 - 2008-08-18 22:11:00

お礼

 追加です。
 ★★ 感受性の問題
 ☆ として やっと 思い浮かびました。
 一昔もふた昔も前のこと 《電信柱が高いのも 郵便ポストが赤いのも みんなみんな おれの所為》という言い方が ありました。不服や愚痴を言う人をなだめるためのものだったと思います。
 太宰治は 《生まれて来て すみません》と言ったとか言わないとかですが これらは 要するに 世の中の風潮から来ていると思われます。その風潮を 気持ちとしてのごとく 受け止めて 内面にまで受け容れ 受け身のかたちになって 反発するとなると そういう台詞が出てくるのではないでしょうか。
 感受性の強い人で 内向的でないと そうはならないでしょうが これも 一種の広く見渡した場合のマインドコントロールに相当するのではないでしょうか。漠然としていて それでいて はっきりと そういう或る種のしわ寄せが 人びとの思いや気持ちの集まったかたちとして 漂っていたのではないでしょうか。

 現代では どうでしょうか。発散したい感情は 同じように あるでしょうね。それを 人から受けて 現代人は 果たして どういう反応をしますか。感受性の強い人なら どうなのでしょう。
 《人間失格》が ドラマ化されたように記憶していますが 内容は見ていないので知らないのですが 現代人は 我れ関せずなのでしょうかねぇ。デーモン電波の放散・拡散――あたかも 核拡散みたいですね――が ただよっているとき 要するに これを 持てあましているのでしょうか。

投稿日時 - 2008-08-18 22:34:58

ANo.12

primeapeです。
話題が進展するまでは雑談です。
その場の空気が少しでもよくなればと思います。

弱肉強食の概念は日本人に輸入思想中毒を起こしました。
狂犬みたいな性格の人の起こすいがみ合いに思い当たるフシを見つけたので人間社会に弱肉強食を持ち込みました。

ビジネス書なんかを見るとえらそうに経済を語る人の競争原理の根源が弱肉強食です。

それからこの概念は仏教徒の六道輪廻の概念をもうろくさせました。

輪廻なんて簡単です。
ヨーグルトを食べたときを思い起こします。
生きた乳酸菌を食べてその乳酸菌派胃の中で消化されて一度死にます。
腸に入るともう一度乳酸菌に戻ります。(立派な転生)
そして腸の中の他の雑菌と仲良くします。
ちなみに腸は感情の伝わり易さを自覚し易い器官です。
そして自らの感情で腸の中で仲良く暮らす雑菌を育てます。
そして毎日ウンチとして出産します。
ウンチは汚物でなく生命のコロニーです。
感情を伝えて育てるようになってからはウンチの匂いも変わりました。
ウンチ君が毎日挨拶してくれます。
輪廻を自らでなくヨーグルトに感情移入するとわかりやすいです。
食べることの尊さにもつながりまして世の中の生命の循環に思いをはせます。
六道輪廻ってこんな形じゃないですかね。

投稿日時 - 2008-08-18 11:28:43

補足

 追記です。
 
 ANo.1が 削除されました。その回答のほうは No.4で保存されましたが わたしのお応えのほうは 消えてしまいました。
 《マインドコントロールを解体する》という思想は まだ よく分かりません。

投稿日時 - 2008-08-18 12:47:03

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 お言葉に甘えて 余談のごとくになりますが。

 ★ 弱肉強食の概念は日本人に輸入思想中毒を起こしました。
 ☆ ハーバート・スペンサーの説くいわゆる《社会的ダーウィニズム》だと思います。自然淘汰 適者生存が 社会における人間に見られるという思想です。じっさい 明治時代に取り上げられたというふうに聞いていますが。
 ★ ビジネス書なんかを見るとえらそうに経済を語る人の競争原理の根源が弱肉強食です。
 ☆ このご指摘 過激ですね。この事例としては わたしは 控え目です。せいざい 能力主義によって その結果・成果を見ての平等主義を唱えているのではないかと分析するかたちです。それも 平等思想だと 言ってやります。

 ★ 輪廻
 ☆ まづ《六道》は 《地獄・餓鬼・畜生・・》などの悪い印象ですから はずしたほうがいいのではないでしょうか。
 輪廻は この場合 けっきょく 食物連鎖ですとか 生命の種ごとの共生ですとか そういう自然のありかた つまり何らか特定の価値観抜きのふつうの思想(生活態度)のことだと認識します。

 * 一件 ご投稿がありましたね。

投稿日時 - 2008-08-18 12:46:45

ANo.11

primeapeです。
犬に関してですが遊牧民的思想と言うことで納得しました。
感覚が理解できます。

 ★ 犬(生命)を愛し、その愛を注ぐ。 / そしてその感情が答える。
 ☆ このことと マインドコントロールとのかかわりが ピンと来ていません。コントロールする側は 相手を 犬のように扱って 愛するというようなことでもないのでしょう。ううん。犬などを飼ったこともないし。・・・

犬が人間の感情に答えて従僕になるからこそ家畜でありこの飼いならしはマインドコントロールじみています。ただし私の感覚では先に話しかけたのが人間のほうだっただけです。

投稿日時 - 2008-08-18 10:38:06

補足

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 遊牧民との違いとして 去勢の制度の有る無しを思い出しました。中国の宮刑(去勢という罰)その結果 後宮(側室のいる大奥)の管理にあたる宦官 これは お隣の半島にも あったそうです。オリンピック会場となった蚕室(チャムシル)は その手術をほどこした場所だと聞きました(繭の中の部屋のごとく)。これが 日本には 馬や家畜には採用したが 人間には 制度として なじまなかったと聞いていました。
 念のため wiki を見ると 必ずしも そうではないようですが(wiki:宦官 / 宮刑 / 去勢 / eunuch) 制度として・また一般の常識として 比較にならないほどだと思います。つまりやはり牧畜文化の産物であり なごりであるようです。
 カストラートつまりソプラノの男性歌手をつくるために そうしたというその理由として 説明しています。
 ▲ 教会内で女性は沈黙を保たなくてはならなかったため、歌を歌うことは許されなかった。よって、変声期前の男声(現在のボーイソプラノに近い形態)で構成された。しかし、変声期によって声質を変えないままその声質を維持する為に、意図的に男子を去勢することによって始まったとされる。( wiki:カストラート)
 ☆ ちなみに 去勢を
 ▲ 現在では刑罰あるいは犯罪予防措置として強制的に実施している国はないようであるが、アメリカ合衆国の一部の州において、犯罪者の希望により、あるいは懲役刑との自由選択の形で、去勢刑が行われている。( wiki :去勢)
 ☆ だそうです。

 ★ 犬が人間の感情に答えて従僕になるからこそ家畜でありこの飼いならしはマインドコントロールじみています。ただし私の感覚では先に話しかけたのが人間のほうだっただけです。
 ☆ あとの一文は よく飲み込めないところがあるのですが むしろ 《動物と人間との関係は マインドコントロールに似たところはあるが たとえば自由意志の問題としてなど 基本的に異なる》ということではないでしょうか。
 双方向においては 言葉を使わない・もしくは必ずしも表に出して用いない という点などで似ていますが 対等のかたちで 意志疎通をおこなう存在であるかどうか これが 決定的に違うと思われます。
 人間の場合は AさんもSさんも まったく同じ存在なのです。うまれが違うと言っても どこも変わりません。木の股から生まれてきたわけではないのです。むしろ 生まれにこだわる人は――しばしば Aさんに多いのですが―― むしろ大きな木の股から生まれて来たかのように振る舞っているように見えます。
 つまり 動的ではなく 静的だという印象であり 寄らば大樹の蔭という思想の持ち主であるといったステレオタイプだからです。判で押したように 同じことを言います。そうすると つまり そのように おしとやかに振る舞っていると 相手や周囲は あたかも 条件反射(つまり 実質的に 無条件反射)するかのように社会的にコントロールされたかたちで おとなしく応対する。うんぬんです。

 追加の思想です。
 Sさんでありながら Aさんの思想を持って生活し行動している人がいるのではないか?――このようなエートス(くせ・習慣・性格・人間類型)は わたしの言葉で 《アマテラス予備軍》と呼びます。評論家に多く 評論化タイプだと言えます。
 過激ですか。

投稿日時 - 2008-08-18 11:52:28

ANo.10

日本というのは非常に特殊な社会だと思います。
僕は一部がマインドコントロールしているというような表現で片付けられるとは思えません。

日本を歴史的に見て大体江戸時代から、徳川が泰平の世を実現させるために人々のシステム化が目立つようになりました。
身分というのは昔からあったと思うんですが、特に江戸からシステムが強固になったと思うのです。

歴史を昔から見ると話が長くなるのであまり書きませんが、大体ことわざでも「長いものには巻かれろ」とか「出る釘は打たれる」などあるように、権力に立ち向かうというよりはあまり目立った行動はしない方がいいという惰性的な性質が日本人にはうかがえると思うのです。

「五人組」とか1人がミスをすると連帯責任になる、だから互いが互いを監視する。
それはシステムですが、こうだと上から決められると無意識のうちに社会にそれが浸透していきます。

システムとは恐ろしい。

上の例は一例にすぎません、もっと強固なものでアメリカの海兵隊なんかはひどいものです。

五人組に戻りますが、しらずしらず互いが互いを支配していますよね、現代でも日本人は他人の目を大変気にする傾向が伺えます。
この五人組的な要素が今でも根強く残っています。

だから、一部が大勢をマインドコントロールしているというより、他人の目を気にすることが大衆心理になっているので大衆と社会が一人ひとりを管理、支配している。

このフラットな社会で己を突き出すと笑われ、さげすまれ、非難の嵐です。

ですから日本全体が「五人組」なんです、昔の権力者が作ったシステムに今も支配されている。これは大変な問題です。

ほとんどの人が人として死んでいる、みんなシステムの部品です。

こんなに空しいことはない、これがうつ病とか自殺者を増やしている原因だと僕は断言したいです。
完全なマインドコントロールは存在するかという質問に対しての回答ではないですが一応回答させて頂きました。

投稿日時 - 2008-08-18 00:08:46

補足

 h1g2h1g2さん ご回答をありがとうございます。
 ANo.2でも おおおーっと声を挙げましたが 今回は 抑えたおおーっでした。
 先に確認事項です。
 ★ アメリカ海兵隊のきびしさ
 ――▲ 入営者の個人性を徹底的に否定し、団体の一員として活動し、命令に対する即座の服従を叩き込まれる4軍の中でも最も訓練期間が長く、苛烈な練兵で有名。( wikipedia)
 ★ 五人組
 ――◆ 制度の起源は、古代律令制下の五保制(五保の制)といわれる。(wiki)
 ――◆ 五保制(ごほうせい・五保の制)は、 天智天皇が大化の改新の後、唐の律令制から導入したものの一つであり、防犯・納税などの連帯義務を負わされた律令制下の末端行政組織である。5つの戸で保を編成し、保長を中心に相互監視にあたらせた。( wiki)

 ★ このフラットな社会で己を突き出すと笑われ、さげすまれ、非難の嵐です。
 ☆ 五人組の問題にかかわりますが わたしは 町内会を抜けました。神社への寄付は 任意だと言うのですが しつこく迫るので 憲法違反だから出来ないと答えると じゃあ 立て替えときますからと来たものです。払っていましたが これを徴収する役に回ってきたとき 脱会しました。でも 隣の家と 斜め前の隣の家の二軒が 親切にいつも声をかけてくれます。そのほかの家からは 村八分の状態です。
 ★ だから、一部が大勢をマインドコントロールしているというより、他人の目を気にすることが大衆心理になっているので大衆と社会が一人ひとりを管理、支配している。
 ☆ 妹が 或る程度 遠いところに嫁いで住んでいるのですが 一時期 親の介護と葬儀などで しきりに家に来ていたとき かのじょは やがてわたしと疎遠になる町内の人たちと 仲良くしていました。まだわたしが脱会していない時でしたが 《大衆心理》のほうを選んだわけです。(つまり わたしの言い分を聞くまでもなく 世間が正しいという姿勢です)。

 ★ ほとんどの人が人として死んでいる、みんなシステムの部品です。
 ☆ 一年と少し前から この哲学カテゴリで 質問をして来ました。次は まったくおっしゃるとおりの趣旨で 尋ねています。
  ○ 《QNo.3346636 :日本人は 死んでいるのでしょうか= http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3346636.html
 ☆ じつは 一連の質問を続けています。
  ○ 《QNo.3783575 :日本人は生ぬるいですか 》
  ○ 《QNo.3893969 :日本人は 人間ではないでしょうか》
  ○ 《QNo.3994017 :われわれ日本人は 互いに相手を神と思っているのでしょうか 》
  ○ 《QNo.3061598 :《絶対》の概念を日本人は理解していないのですか。 》 
  ○ 《QNo.4239785 :民主主義は 日本人のお家芸か 》
  ○ 《QNo.4225294 :日本は 世界のリーダーか 》
 ☆ 最近は 最後の二つのように 明るい側面を取り上げているのですが なかなかのようです。

 ★ こんなに空しいことはない、これがうつ病とか自殺者を増やしている原因だと僕は断言したいです。
 ☆ そのことで わたしは 処方箋へとつなげたいかたちで ここでも 《A(公民)‐S(市民)の連関》体制というものを取り上げようとしています。Aは アマテラス公務員族 Sは スサノヲ人間族です。
 こういう指摘は マークされるかも知れないとの助言をもらいました。
 考えますに わたし一人なら 一人としてなら 進もう これです。
 たとえば ブッディストは いいことを言うのは 口先です。いわゆるクリスチャンは いいことを言うのは ファッションです。愛が大事だの慈悲が上だのと 二千年三千年 ほざいています。
 もしマインドコントロールの親玉がいるとすれば これら宗教家ほど コントロールしやすく 持って来いの存在はいないでしょう。ほかの人間をコントロールしてもくれるのですから。

 No.4のlittlekissさんの言う《マインドコントロールを解体する》という方法は 気になっているのですが よく分かりません。

  ○ わたしたちは 欠陥を憎み人を愛するのであって 欠陥ゆえに人を憎んではならず 人ゆえに欠陥を愛してはならない。
 ☆ これを忘れず 進みます。

投稿日時 - 2008-08-18 10:25:33

お礼

 追記です。

 もしわたしの言動が 《A‐Sの連関体制》つまりそのマインドコントロールにとって マークすべきものであるとすれば みなさんにお応えします。
 
  わたしたちは
  ――驚くなかれ 
  夢にも うたがうことなかれ―― 
  かれら以上に 日本人なのです。

投稿日時 - 2008-08-18 10:34:18

primeapeです。
A9のヒントは霊長との言葉に関してです。
犬(生命)を愛し、その愛を注ぐ。
そしてその感情が答える。
神ではなく同じ生命たる人間がなすからこそ霊長です。
キリスト教圏はこれに関しておごりすぎます。
弱肉強食の悪夢はかみへの屈辱です。

投稿日時 - 2008-08-17 23:37:54

お礼

 primeapeさん まだ なんとなく ピンと来ていません。

 ・霊長類は 人間とそのほかの霊長類とで 区別しませんか。
 ・キリスト教圏というよりも 遊牧民の系譜では 利用価値がある動物は 愛護の対象であり その価値がなくなると われわれには酷いやり方で扱う・つまり平気で殺すというような習慣があると聞きますが。
 ・もっとも クリスチアニスムにあっては 人間が偉いのであって 人間中心主義の傾向があるように思います。言葉を用いるかどうかで分けるのでしょうか。
 ・弱肉強食は 動物が自然に生きるあり方であって 思想とは関係ないように思いますが。
 ★ 犬(生命)を愛し、その愛を注ぐ。 / そしてその感情が答える。
 ☆ このことと マインドコントロールとのかかわりが ピンと来ていません。コントロールする側は 相手を 犬のように扱って 愛するというようなことでもないのでしょう。ううん。犬などを飼ったこともないし。・・・

投稿日時 - 2008-08-18 00:06:07

primeapeです。
A8についてさらに判り易くなるようなアドバイス。
犬に感情があるかについて回りくどい言い方になってしまうことはよく判ります。(誰もが意見があるはづです)
その雑念の整理の仕方が言わば毒電波。
自らに内包した問題を片付けるとそんな感じです。
心の広がり(つながり)を実感する開放感です。
これは十分にうらやましがってください。

投稿日時 - 2008-08-17 22:55:58

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 ★ 犬に感情があるか
 ☆ じつは これ よく分かりません。犬も猫も苦手ですし この質問じたい わたしは どういうわけか 誰かと議論したとか 自分で考えたとか して来ませんでした。
 なじみになるという状態――なんらかの形で 犬との間に つながりが出来たと感じられる状態―― これは あるでしょうね。このことと 以心伝心 / 毒電波・デーモン現象・テレパシー / マインドコントロールと どんな関係にあるのか いま一つ 分からないでいます。

 あっ 言葉を使わないという共通性なのでしょうか? 
 犬とのかかわりとしては やはりわたしは かなり 疎いです。何らかの形で 従わせるというような働きかけの問題であるようにも考えますが。
 あるいは デーモン電波の場合は 相手との関係が 重要であるとも捉えます。つまり 独り相撲をしていても 始まらないという場合です。こちらは じっとしていて しかも 相手が 近くにいる場合には なぜそのような電波を放射するのかという目で見てやると やがて 引っこめます。やめなさいと言ってやってもいいのですが。

投稿日時 - 2008-08-17 23:22:44

primeapeです。
論議の流れに対する提案です。
今回はこれを読まれた方に直接提案する形をとります。
マインドコントロールは錯覚。
brageloneさんは理性的に私は感性によってそれぞれ合意した内容です。
エスパー同士のついていけない話題じみていますがそれぞれの方法で掘り下げただけです。(掘り下げ方のコツを知っていただけ)
哲学的に真理がないことがこの場ではほぼ合意できたこの問題を2人っきりでこれ以上掘り下げるのは黒魔術の開発です。
そんなつまらない話をだらだらとするつもりはありません。

感受性を心のアンテナと言ってもいいでしょう。
なんとなく本音が語れないで(言葉にあらわせられなくて)困ったことはありませんか。

使い古された実例を挙げましょう。
「犬には感情があるのか」この手の問題はいつも論議になりますよね。
答えは医学的に簡単です。大脳を備えた生命は間違いなく感情があります。そうでなければ人間にも感情がないことになります。
キリスト教圏ではこの問題を科学ではなく神学の問題で解決しようとするからもたもたしている。
なぜかわかりにくいから考えたくなるのは感受性ゆえの毒電波です。
そうではなくて、思い当たるフシと言ってもいいですがその場合煩悩を自ら内包しうるかどうかの論議に行き着きます。
どっちにしろ度が過ぎればマインドコントロールじみます。
この辺はテレパシー的哲学の仕方の取っ掛かりです。
この場合わかりにくかった理由がキリスト教圏のもたもたぶりが明白で突破できれば迷いや判りにくさが自分の考えではなかったことになります。
デーモン現象の話し合いもこんな感じです。
brageloneさんは一人で自らの道を哲学するタイプではなく、共同で哲学的に突破する名司会者であり達人です。

マインドコントロールと言わないまでも心の受ける束縛に思い当たること。
感受性、心のアンテナについての実感。
などについてご回答いただければ今回の議題の本来の意味と一致します。

投稿日時 - 2008-08-17 22:09:51

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 なるほど いきなり 《A(公民)‐S(市民)連関》というようなAさん Sさんとしての言語外コミュニケーションを扱うのではなく――なぜなら そうすると いわゆるイデオロギの要素が入ると見られる可能性がある だから そうではなく―― 比較的 軽いかたちで日常的に感じられ経験される事例 これを扱うとよいかも知れません。 
 たとえば 視線に変な感じが感じられるというような事例が いいかも知れません。分析していけると思います。

 なにやら ほめていただきました。No.4の littlekiss さんの提議された問題も 気にかかっていますので まづは 身近なところから あらためて 踏み出すのもよいかも知れません。
 ★ なんとなく本音が語れないで(言葉にあらわせられなくて)困ったこと / 心のアンテナというべき感受性において 受け取ったように思ったこと
 ☆ このあたりから 進めていくとよいかも知れません。
 ともに しばらく待ってみましょう。

投稿日時 - 2008-08-17 22:53:59

primeapeです。
A3の補足について検証しました。
過程に関しては私以上に詳しくてなるほどでした。
マインドコントロールといわずに共感したくて片思いで舞い上がっている状態に近いS君の心境です。
マインドコントロールといわざる得ないお互いに困った状態は私の感覚では名前で固定して束縛する現象です。
そこに勘違いが入り込んでいるとなかなかその呪縛から抜け出せなくなります。

感受性の話では「人の心の痛みがわかる人」が一般的にほめ言葉です。
呪縛すらなければこれは美徳です。

それからこれ以上マインドコントロールについて二人っきりでわかったつもりで話し込むとデーモン現象を引き合いにした場合と同じくどす黒い噂話で有名人状態(指名手配犯)になりそうです。

投稿日時 - 2008-08-17 16:49:25

お礼

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。


 うーむ。転進しましょうか。


 こんなところですね。

投稿日時 - 2008-08-17 19:23:18

primeapeです。
今回の論点に関するご相談です。
A3で私自身初めて専門家を自称しましたがマインドコントロールを還元すると錯覚に過ぎないことを了解して欲しいです。
今回の論点を感受性の問題に広くとってみてはいかがでしょうか。
とりあえず悩み相談室みたいな証言が集まると思いますが、それでいいと思います。

投稿日時 - 2008-08-16 23:43:48

補足

 見落としがありました。

 ★ 今回の論点を感受性の問題に広くとってみてはいかがでしょうか。
 ☆ この内容として 必ずしも しっかりと把握し得ていませんでした。逆に 《感受性の問題》とは どういうことになるでしょうか。
 ★ マインドコントロールにかんする《悩み相談室みたいな証言》
 ☆ として そのまま反応していました。これは いまも そのとおりだと思います
 ★ 感受性の問題
 ☆ というのは 実際の事例を挙げつつも その人自身の内面のこととして 捉えてはどうかというものでしょうか。内省の問題ということでしょうか。
 たぶん 両方だと考えます。内と外と両面で捉えていくとよいと思うのですが いかがでしょう?

投稿日時 - 2008-08-17 09:24:16

お礼

 一連のご回答として。

 ★ とりあえず悩み相談室みたいな証言が集まると思いますが、それでいいと思います。
 ☆ それでよいと思います。そこから 分析し その後の方向性を 問い求めていけばよいと わたしも 考えます。

投稿日時 - 2008-08-17 00:39:34

primeapeです。
1つ一般的な哲学について、
A3
>最終的に還元すれば錯覚です。

そして錯覚を了解すると初めから自らの意思でなしたことを了解するのです。
誰も初めから操ってなど居ません
マインドコントロールのままにしておくのは卑怯ないい訳です。

投稿日時 - 2008-08-16 23:22:05

ANo.3

こんばんは、brageloneさん。

ANo.1さんの回答を見て思ったんだけど
今回のお題は【日本は《マインドコントロール社会》でしょうか】だよね、

【マインドコントロール】
自分の感情を制御すること。
また、他人の心を自分の意のままに操ること。
例えば、宗教などが独自の手段によって
信者の人格・精神を変革・統制すること。

穏やかな水面に、ポンと石が投げ込まれた恰好
“あるわけないだろ、ぼけ。”

ほでもさー、誹謗中傷のことばやろかこれ?
誹謗中傷のことばととれば、それこそマインドコントロール。
固定観念っつーのか、ひと目見ただけでイタダケナイことばと拒否っちゃう。
拒否ったら、それこそ、マインドコントロールされちゃってることになる。
へっへん、こういうの得意なの。なぞなぞだよ。この言葉、たぶん。

解体したろ。

“あるわけないだろ、ぼけ。”

あるorないを推論 
推論していくほどに抽象化してくる
そうすると、焦点がぼける。 

と、言うてんのんちがうかな?

【主題化の分析】
http://retrosection-lesimage2.blog.drecom.jp/daily/200712/05

投稿日時 - 2008-08-16 23:20:58

補足

 補足追加です。(8月18日)
 マインドコントロールじたいが 非常に微妙な問題です。まぼろしにして 現実です。その解決法も 微妙であろうし さまざまな要素を絡ませて いろんな角度から捉え 分析しつつ 取り組まねばならないでしょう。
 しかも 最も単純に捉える方法は 相手との関係に焦点をあてることだと考えています。もっと絞れば 相手の意図・意向を明らかにすること この一点に集中すると言えるかも知れません。
 わたしは 今までそうして来ましたので その方法を 提出して 吟味の資料にします。
 ちょうどよい材料があります。次の質問に対して わたしは 次のように回答を寄せました。それを俎上に載せます。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ▼ 《QNo.4246801 :人から「お前いてもいなくても一緒だよ」と言われてしまう人が生きてるのはなぜ? = http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4246801.html
 ☆☆ (ANo.8)おおきなお世話だよと言いかえすでしょうね。 / なんで理由をおしえてやらなきゃならないのか?という意味です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ これでは 《解体》できていないのではないかという趣旨――つまり 相手=質問者も いわばマインドコントロールを受けているのだから 問いかけを《拒否っては こちらも コントロールに落ち入ってしまうではないか》という趣旨――で ご回答を寄せてもらったと思うのですが 問題は 結果として コントロールの仕掛けが解体されるかどうかだと思います。
 わたしの上の回答は からくりを解体させたのではないでしょうか。このとき もし出来たとして 出来ても 拒否っているからには からくりのほうは解体させ得ても ひとは 相手も こちらも からくりの中に はまっているではないか という批判なのでしょうか?
 こちらは 陥っていませんが(――つまり 陥った振りをしたのですが――) 相手は 幻想の中に陥ったままだということでしょうか? でも ひそかに その幻想は 解凍され溶解しかかったのではないでしょうか?

 と いまもまだ 思っているのですが あらためて いかがでしょうか?
 
 たぶん littlekissさんの目指したところ それは 相手も こちらも いわば一緒に まづ からくりの中に共存する。そこから 解体は始まる。という筋道のことではないでしょうか? 
 分かりませんが それでは 同じく スタートラインに踏みとどまっているというように考えますが どうでしょう。《焦点がぼける》のは ともに 同じ地点=スタートラインに 一緒に立ったから そうであって そこから どう出発するかによって 《解体》は 決まる。つまり まだ 解体のほうは 何も起こっていないというように捉えます。
 ふうーっ。どうぢゃ。 

投稿日時 - 2008-08-18 15:13:46

お礼

 littlekissさん ご回答をありがとうございます。

 ★ 【主題化の分析】
 ☆ にちなんで ANo.1の内容を 解体するすべを考えてくださったのですか。
 ★ 主題を《抽象化》する→焦点がぼける。
 ★ へっへん、こういうの得意なの。
 ☆ とのこと。そう言えば ほかの方のほかの質問に対して そのように――あたかも  そのような抽象化の作業をとおしてのように―― 質問の趣旨を解体するあるいは溶解させるという事例を わたしは見たように思います。
 単純に言って わたしは 気は短くはなく長いですが 遅くはなく 遅いと焦点が それこそ ぼけてきてしまうので 早いのです。なかなか この種の作業は 不得手です。
 あたかも単細胞のごとく 振る舞います。No.1への応答に書いたごとくです。
 ★ 拒否ったら、それこそ、マインドコントロールされちゃってることになる。
 ☆ なるほど そういう考えもあるのですね。まぁ その考えを わたしの頭に入れることは 容易ではないと思いますが。
 ★ 固定観念っつーのか、ひと目見ただけでイタダケナイことばと拒否っちゃう。
 ☆ たぶん そのとおりですね。何がいちばんいけないかと言えば 理由を書いていないことです。判断停止 知性の放棄 あほ化の過程 こういう認識です。そのままを応答しています。
 ひととおり回答になっていて 乱暴な言葉を使っているのなら まだ 受け取り方は 別です。そこが 分かれ目ではないでしょうか。

 ここまで書いて 見直したら
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 “あるわけないだろ、ぼけ。”

 あるorないを推論 
 推論していくほどに抽象化してくる
 そうすると、焦点がぼける。 

と、言うてんのんちがうかな?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
 ☆ ということは そういう回答だという解釈ですか? つまり 
 ◆ マインドコントロールを解体せよ。溶解させよ。そうすればよいだろう。
 ☆ という回答内容だということですか? わかりませんが そうかどうかは 本人の確認の発言によるでしょうね。
 というお応えになりますが。

投稿日時 - 2008-08-17 00:37:29

primeapeです。
マインドコントロールと言う言葉についてです。
何者かが誰か(特定の人とは限らずに)を操るかのように感化する又はさせることだと思います。

変人のとっぴな意見だと思ってくださいね。
実話これ、やったことがあります。
操る側です。
その結果天界より偽物のエスパーとして淘汰抹殺の宣告を受けました。
要するに死ねと。
ただし時間を置いて還元した結果、感化させた先方にその意味を知るゆとりがなかっただけで、訳がわかったらマインドコントロールから自然に抜け出したので天界の宣告も時効が成立しました。

結論ではマインドコントロールとは一時的錯覚です。
むしろ特定の誰かでないマインドコントロール妄想があるかないかが今回の質問の趣旨のようです。
今回引き合いに出されるのは世間の噂話程度のその場の雰囲気のことでしょう。
そこに誰かを妄想するとマインドコントロールの被害者妄想となりますが、確かに誰かを起草せずには居られないのは、心(無意識的な)のあげた確かな警鐘でもあります。
最終的に還元すれば錯覚です。
経験では意味を知ることから逃れるわけにはいかないのです。
そしてその声は何者でもないことを知るのです。

投稿日時 - 2008-08-16 22:30:04

補足

 primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 ふむふむ。
 ★ マインドコントロールで 人を操った。その結果天界より偽物のエスパーとして淘汰抹殺の宣告を受けました。
 ☆ 今回は えらい人とふつうの人との間で 以心伝心あるいはマインドコントロールがあるのか / あればどういう事態かを想定していました。関心を二つに分けて書いたので 別々だというふうに取られてしまったかも知れません。これは 別ではありません。補足して そういう趣旨として ご回答を願えれば さいわいです。

 さて
 ★ 何者かが誰か(特定の人とは限らずに)を操るかのように感化する又はさせることだと思います。
 ☆ これが えらい人(A)とふつうの人(S)との間に 起こることを取り扱います。
 1.たとえば AとSとで話をしていて Aは Sの話を聞いたあと 答えない場合。無視した場合。
 (あるいは 話をそらす。話題をすり替える。関係はあるが 答えにはならないかたちで 膨大な情報・資料を出して来て 説明をした恰好をする。などなど)。
 2.その話は もう今後は触れるなと言う。
 3.脅しにかかる。(必ずしも 月の出ている夜ばかりじゃないよとか おまえさんの子どもは いま いくつになった? かわいいだろうな?とか言う)。(鯉も あまり 跳ねると 陸に上がって 干からびてしまうぞと言う)。

 4.このような事例が重なると Sなる人びとは 《学習効果》で Aのちょっとした仕草や顔色の変化だけで これら(1)から(3)までのAの意向を嗅ぎ取ってしまう。
 5.果ては Aなる立ち場にあるというそのこと自体によって AもSも Aの意向を知り AとSとの力関係を知るという事態が起こる。
 6.さらには この《A‐S関係 / A‐S連関》が あたかも条件反射のごとく 特にSの立ち場の人びとに すりこまれていく。つまり もはや 無意識の内に Aの意向が Sの人びとの間に 浸透する。
 7. これが いまここで扱うマインドコントロールです。
 
 このわたしの認識について ご見解を示し そのあと どうすればよいか これを おしえて欲しいという趣旨です。

 とは言うものの すでに 解答を述べてもらっています。
 ★ マインドコントロールを還元すると錯覚に過ぎないことを了解して欲しいです。(ANo.6)
 ★ 最終的に還元すれば錯覚です。 / そして錯覚を了解すると初めから自らの意思でなしたことを了解するのです。(ANo.3&5)
 ☆ たしかに このようだと わたしも 考えます。まぼろしです。その幻によっても 影響を受けることも 現実だと思いますが あくまで まぼろしです。あやつった側(A)は もともとは 意志によって おこなっていますから そのように 
 ★☆ 特にSの側が しっかりと 《錯覚を了解〔してやる〕と 〔Aの側は すぐさま〕初めから自らの意思でなしたことを了解するのです》。
 ☆ とわたしも考えます。
 たぶん これで 大部分のからくりが 分かったかと思います。あとは Aの側は なぜ そうするか。どうして そんなことを考えるのか。Sの側は なぜ 黙って従うのか。こういった問題の解明でしょうか。
 いかがでしょう。
 ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-08-17 00:14:59

primeapeです。
brageloneさんとの会話でよく出すデーモン現象について免疫および認識の浅い方の場合はたとえ話としてもとっぴ過ぎるご質問です。
一般にはサイコなオカルト現象として「毒電波」といわれるやつです。
これは強力な自我をもたない方が雑念の由来を外に求める現象ともいいうるでしょう。
以心伝心とは今回のご質問の引用では世の中の大勢を占める意志への感受性です。
心とは生命同士がお互いにつながっているのでこのようなテレパシーのような能力を自覚することは意外とたやすいです。
大体哲学ってのはマインドコントロールじみた世間の良識のうそを見破って前進することです。
テレパシー能力を自覚すると哲学が益々面白くなります。

投稿日時 - 2008-08-16 18:09:53

お礼

 思わず おおおぉーっ と声を挙げました。primeapeさん ご回答をありがとうございます。

 ★ brageloneさんとの会話でよく出すデーモン現象について免疫および認識の浅い方の場合はたとえ話としてもとっぴ過ぎるご質問です。
 ★ 一般にはサイコなオカルト現象として「毒電波」といわれるやつです。
 ★ これは強力な自我をもたない方が雑念の由来を外に求める現象ともいいうるでしょう。
 ★ 以心伝心とは今回のご質問の引用では世の中の大勢を占める意志への感受性です。
 ★ 心とは生命同士がお互いにつながっているのでこのようなテレパシーのような能力を自覚することは意外とたやすいです。
 ☆ 全部 引用しました。おっしゃるとおりだと思います。
 ちょっと時期尚早なのかなぁとか あるいは もっと緩和剤を入れて表現すべきなのかなぁとか そういう思いもして読みましたが つづく最後では
 ★ 大体哲学ってのはマインドコントロールじみた世間の良識のうそを見破って前進することです。 / テレパシー能力を自覚すると哲学が益々面白くなります。
 ☆ と結んでおられます。心配ないようですね。
 今回は
 ○ 日本人は もともと おしゃべりで 議論好きではないか。
 ☆ この分析について明らかにするご見解を 期待したいと思っております。
 むろん 以心伝心 / テレパシー / 言霊についても 再度 再々度 いろんな視点からの思索を披露していただきたいです。

投稿日時 - 2008-08-16 18:26:14

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