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締切り済みの質問

輪廻転生について考える

一般的に人間の成長とは経験や知識の積み重ねによって構築されていくものだと思います。
しかし、輪廻転生という方法では前世の記憶がありませんので、常にゼロ(赤ん坊)から始めなければなりません。
輪廻する魂が同一のものとするなら、これは人生というチャンスにおける一発勝負を意味しているのでしょうか。
それとも輪廻によって魂の変質が起こり、より良き者へと変わる人生という名のステップでしょうか。

投稿日時 - 2008-10-15 23:58:25

QNo.4404841

暇なときに回答ください

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回答(21)

ANo.21

こんにちは、shift-2007さん。


●一般的に人間の成長とは経験や知識の積み重ねによって

 構築されていくものだと思います。


うーん、なんかたんなくないですか?

ひと味

うん、みずくさいぞよ。|(><)|

“経験や知識”も大事か分からんけど

やっぱ、人とのかかわりなんちゃうやろか?

ひとが抜けてますやん。

だれがだれとどうかかわるかでも

状況一変することおまへんやろか?

こんな手があったかと

(e_e).。oO( @@)( ◎◎)驚き 桃の木 目から鱗


参考本にこれひとつおいていきます。
(思考の助けになるかもしれません。)

『幻刻(とき)の門』 菊地昭夫著 竹書房

投稿日時 - 2008-10-21 16:19:18

お礼

>やっぱ、人とのかかわりなんちゃうやろか?

うむ。

ちーといつ

投稿日時 - 2008-10-21 19:41:42

ANo.20

質問の意味を理解していなかったらすみません。
転生があることを前提にしますが、転生の際には通常一般的な記憶はないですし、より良き者へやステップを重ねたい人、人生を楽しみたい人にはチャンスなのかもしれませんが、環境や時代もそのつど違いますし、戦争中の国に生まれることもあるかもしれませんよね。

転生というものをシステムに例えるとしたなら、リスクやマイナスのほうが大きい場合もあると思います。

これも個人的な意見ですが、生まれること、死ぬこと、すべては真に選択できることが望ましいと私は思います。

投稿日時 - 2008-10-21 02:00:13

お礼

>戦争中の国に生まれることもあるかもしれませんよね。
>リスクやマイナスのほうが大きい場合もあると思います。

そうですね。
それはある意味人生とは楽しむような娯楽ではないということではないでしょうか。
そして輪廻の目的からすれば知識や経験はあまり重要ではないのかもしれません。

投稿日時 - 2008-10-21 08:22:50

ANo.19

輪廻転生につきモノの『カルマの法則』で、
人生のリセットとはいかないそうですね。

『阿頼耶識』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%A0%BC%E8%80%B6%E8%AD%98
に、業が刻み込まれるのかな。
で、死んだら、エネルギー?に成って生まれ変わるに相応しい身体や環境などを自ら選択し、
いや、強制的に相応しい身体や環境に生まれてくるとか。

そして、因が縁を作り縁が出来れば結果が生まれ報いを受けてまた因が生じる。
そして、重ねた業の重さ?を阿頼耶識に仕舞い込み死んでいくとか、
で、また、輪廻転生し相応しい場所へ生まれ、阿頼耶識に仕舞われた業を展開していき成長するとか。

なので、ゲーム機のゲームの様にリセットで初めから新たに人生を始められれば、
業とかカルマとかいう言葉が無かったかもね?。
そうそう、赤ちゃんが子宮から産道を通り抜ける時に前世の記憶を痛みで封じ込められるとか。

業(カルマ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%AD

投稿日時 - 2008-10-20 16:27:28

お礼

ご回答ありがとうございます。

輪廻の輪から抜けることが輪廻の目的と思われますので、
輪廻のルールでは業もクリア条件の一つかもしれませんね。

投稿日時 - 2008-10-20 19:04:27

ANo.18

輪廻転生は信じていませんが、質問は面白い。あると仮定しまして。
一発勝負じゃないですかね。#1のかたが仰っているように、賽の河原です。一回完結、毎回リセット。
前世で功徳を積めば、次は恵まれた環境、恵まれた才能、いい人生・・というわけではないと思います。次にどう生まれ変わるかは、前世に関係なくランダムに振られるような気がするんですよ。

投稿日時 - 2008-10-20 08:56:17

お礼

ご回答ありがとうございます。

一発勝負と考えるなら人生を無駄には出来ませんね。

投稿日時 - 2008-10-20 18:58:30

ANo.17

No.7です。

>魂>命>体という感じで、DNAなんかも言葉はわるいですが道具にすぎないと思うのです。

ということは、関連性があり、連携してはいるが、独立した存在が魂じゃないかってことですよね。

「魂の叫び」とか聞きますよね。
本来の自分が望むものとは違うとき、「魂の叫び」とか、、、そんな表現をする。
何かを得た時、「魂の叫びで」とか得たことに満足したことを表現したり。


それは自由意志のことなんじゃないかな って思うんですね。

で、人間には自由意志があるか。
オイデプス物語だったか忘れましたが、主人公が船旅をするんですが、ローレライの歌声は聞きたい。

ローレライは歌って船を岩場に誘導して、難破させる。
歌声は聴きたいが命は惜しい。

で、どうしたかというと、自分をマストに縛ってもらい、自分以外の船員の耳にロウをつめて、漕がせた。

ローレライが出てきて、歌を歌うので主人公はそっちの方角に船を向けろと叫ぶが、船員たちには聞こえず、船はローレライの方角に向かわない。
主人公は歌声を聞きながらも、生きてその場所を通過でき、港にたどり着いた。


ということは、魂は欲望ってことですよね。
ところが欲望どおりにやっていたら、周りから煙たがられたりするので、自制して、自分は望まないが回りが自分に期待するようにふるまう。
でも、本来の自分の希望じゃないので、「これが自分じゃあない。魂がこんなにも叫んでいる」とか言うんじゃないか と。

ということは人間には自由意志はある?

面白い実験をした人がいます。
物を取る実験。
物を取ると脳が命令をして、筋肉に命令を伝え、筋肉は物を取ろうと動き出す。
ところが、計測器をつけて調べてみると、脳が物を取ると判断してピカンとセンサーが光るその1秒?(忘れた)前に、すでに筋肉を動かす命令をする脳の部分が点灯した。

自分が命令する前に、すでに筋肉は動こうとしている。

誰? 誰が手に命令をしているの?

ということは、自分が望んだから物を取っているようで、実は自分じゃない何者かが自分の体に命令をして取っている?

とにかく自分が望まなくても、物をとってしまった場合、取ったってことは自分が望んだから と自分は理解するしかないわけです。

「なんで 動くなって言ったのに」といわれたら「おなかすいていたから」とか「馬鹿みたい つきあってられないから、命令に背いたのさ」とか。
自分が納得するような後意味づけしてはいないか?


まっ ともかく、人間って自己防衛本能が備わっていますから。

で、最初はできなくても、だんだんやっていくうち、うまくできるようになる と経験上知っていますから。

その応用で、人生 何度でもやりなおせば、いい状態になるはずだ って考えるようになったんじゃないか と。
だから転生ってものが考えられたの かもしれないですね。

関係ないかもしれませんが、地球の地軸って黄道12星座の方角に向いてぐるぐるまわっているらしいです。
1周するのに2万5千年以上かかるらしいです。
で、初期のキリスト教徒は魚をシンボルとしていたが、その通りで、うお座にはいるときだったから。
その前はおひつじ座だったかな?
その前はおうし座。
だからモーセは牛の像を破壊させた。
おうし座の時代が終わり、おひつじ座の時代に地球の地軸が向いたことを、古代の人は知っていたから。
しかも グルグル回るって知ってた。

で、解脱ってのが、このグルグル回る法則から抜け出ることですよね。

イエスの「この世の終わりにもう一度来る」って言ったとされるのは、この世 じゃなくて この時代。
なんの時代かというと、うお座の時代。
で、うお座の時代が終わったら(この世が終わったらと誤訳された?)どうすればいいかと弟子が聞いたたら、「水がめの男の家に入れ」みたいに答えた。

聖書作家はうお座の次はみずがめ座の地軸が向くと知っていたってことですね。

でぐーるぐーるしてますので、うお座またやってきます。
宇宙の携帯が乱れないかぎり、ぐーるぐーると。

この地球の軌道が名瀬が人の起動になってしまい、輪廻転生って概念になった ってことは無いでしょうか。

投稿日時 - 2008-10-19 07:51:58

お礼

>ということは人間には自由意志はある?
>誰? 誰が手に命令をしているの?

「私」=魂というより、「私」は魂の一要素のように考えるとどうですかね。

>この地球の軌道が名瀬が人の起動になってしまい、輪廻転生って概念になった ってことは無いでしょうか。

どうでしょうね。まあ私の場合あと40年もすれば寿命がきますからそのときに分かるでしょう。だから輪廻転生の真偽については必ず分かるのです。そのうち。だから今はそれについて云々言うのは取り越し苦労というものじゃないでしょうか。

投稿日時 - 2008-10-19 23:50:06

ANo.16

まず、ご理解頂いていると思いますが・・・。(前回わざわざ説明しなかったのでw)私は輪廻転生や魂の存在を信じているわけではありません。「ある」と仮定して考えるということですよね。

さて
>つまり一発勝負ということですよね。
そうですね。輪廻の回数を重ねれば自動的に・・・。とは行かないと思います。

>しかし、なぜ我々は欲を断ち切らなければいけないんでしょうね。
・断ち切らなければ「いけない」わけではないでしょう。輪廻から抜け出したいと望んで生きることをしなければ、必要はありません。望みはしなくとも、「私として生きたい」という欲を「手放す」ことがあれば、勝手に抜け出ているかもしれませんし。
・輪廻から抜け出すのに「欲を絶ちきること」が必要だと考えるのは、輪廻から抜けることが易しいことではないという先入観があるのかもしれませんね。だから人にとって一番難しいことはなんだろう?と考えたのかも。生存欲求を断ち切ることが一番難しいだろうと。


ご質問の趣旨とずれてしまいますが・・・。輪廻のからくり・この世あの世のからくり、すべて知ることができたとしても、私がくだらない、どうしようもない人間であることは変わりはなく、自ら死を選ぶにしても、生きて行くにしても、どちらにしろただ死ぬまで生きていくだけで・・・。なにも変わらない気がします。正しい行き方・正しいゴールも・正しい誰かに誉めてもらおうとも、認めてもらおうとも思いません。ただ、少しでもどうしようもなくなくなりたいです。そのための自己研磨・・・励めたり、励めなかったり(T0T)

投稿日時 - 2008-10-17 00:14:42

お礼

ご回答ありがとうございます。

よく分かりました。

>私がくだらない、どうしようもない人間であることは変わりはなく

そうですかね。
私とはなんだろうと考えていくと価値という物差しでは計れない存在と思えるのですが。

投稿日時 - 2008-10-17 00:56:42

ANo.15

「輪廻する魂が同一のものとするなら」と質問者さんは書いていますので、『不変の実体/霊魂』を想定しているのですね。魂の特性をどのように見ていますか。僕の先の回答では、心身二元と書いてしまいましたが、より正確には、霊肉二元と書くべきでしたが、霊肉二元又は霊身二元とお考えでしょうか。この点は、重要な確認作業です。真如理解のチャンスだと思いますよ。

投稿日時 - 2008-10-17 00:07:17

お礼

ご回答ありがとうございます。

霊肉二元という言葉の意味が分からないのでご説明いただけないでしょうか。
私の言った「輪廻する魂が同一のものとするなら」とはそもそも同一でなければ輪廻とは言わないだろうという意味だけです。

投稿日時 - 2008-10-17 00:25:11

ANo.14

 No.12です。

 ☆☆ 辻つまを合わせようとし 納得のいくようにする
 ☆ のでないなら 前世という観念は 要らないはづです。因果応報の貫徹性のためにでないなら 記憶のない過去を持ち出す必要はないのではないでしょうか?

 したがって 《輪廻》にかんして
 ★ 分かっている事実は「わからない」ということだけです。
 ☆ という事態は どうでもよいことです。もちろん《わからない》のですが 問題は 前世からの因果関係があると捉えて 辻つまを合わせ 帳尻を合わせることができたら いいということにあります。
 つまり いま現在における思考だけの問題です。そういう気分になれれば いいという問題です。
 というよりも もっと具体的には 誰かが触れておられたように バラモン階級は 前世で善を積み 下層階級の人は 前世で悪をおこなった そのような結果が 現世にあらわれているという思想であるはづですよ。それで 納得したということなのでしょう。

 むろんギリシャだとか ほかの地でも 輪廻の考えは あったようですが 因果応報を問題にしないのなら あまり 取り上げる必要はないと思うのですが。

 善因に善の結果 悪因に悪の結果という思想と関係ないのならば 前世を持ち出しても 持ち出さなくても この現世からの一からの出発という前提は すべて等しく当てはまることになります。

投稿日時 - 2008-10-16 21:18:11

お礼

ご回答ありがとうございます。

>因果応報を問題にしないのなら あまり 取り上げる必要はないと思うのですが。

そうなんですか?
私にとっては因果応報にはあまり興味がなくて、輪廻を繰り返すほうが問題なんですが。帳尻あわせについても私個人にはそんなつもりはないのです。

投稿日時 - 2008-10-16 23:14:00

ANo.13

なかなか興味深いテーマですね。

勝手ながら「輪廻転生があるならば、何故「赤ん坊」には前世の記憶が無いのか?」という疑問に読み替えて答えてみます。

ここで問題になるのは「前世の記憶」ですね。
人間の脳は面白いモノで、「忘れる」という機能が備わっていますね。
ということは、「前世の記憶」は「忘れる」事が出来るはずです。
ということは、「赤子」に「前世の記憶」が無かったとしても、「忘れたんだ」と解釈すれば、矛盾は無くなりますね。(ちょっと強引すぎる気もしますが・汗)

さて、この「前世の記憶」的な物につてい、西洋哲学でも面白い議論があります。
いわゆる「生得観念」と言われるモノに対する論争ですね。

イギリス経験主義の代表者、ジョン・ロックは「赤子は白紙の状態で生まれてくる(タブラ・ラーサ)」と唱えています。
つまり、人間の記憶は「真っ白な紙」であり、生まれてからその「紙」に記憶が書き込まれていくのだと考えました。

それに対して、ドイツの哲学者ライプニッツは生まれたばかりの赤子を「大理石」に例えています。
一見、真っ白に見える「大理石」には「細い筋」が通っています。
人間の記憶も、同じように「微小表象」があらかじめ書き込まれているといいます。
ただし、「大理石の筋」が後に出来る「彫像の形」を決定づけているわけではないように、その「微小表象」も人間の人格形成を決定づけているわけでは無いといいます。
まぁ、無意識というか「生得的に持ってる何かはあるが、それが人生を決定づけているわけでは無い」という考え方ですね。

「記憶」に関していえば、ロックの考えに立てば「輪廻転生」は無い事になりますね。
逆にライプニッツの立場に立てば、「大理石の筋」が「前世の記憶」になるかもしれません。

中途半端な駄文で失礼しました。
参考になれば幸いです。

投稿日時 - 2008-10-16 18:25:36

お礼

人の個性も生得観念からくるものがあるのかもしれませんね。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-10-16 22:49:33

ANo.12

 まづ ウィキぺディア:《輪廻》=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E5%BB%BBの解説から 次の二箇所を取り上げます。
 ▲ § ヒンドゥー教における輪廻 ~~~~~~~
 生き物は、行為の結果を残さない、行為を超越する段階に達しないかぎり、永遠に生まれ変わり、生まれ変わる次の生は、前の生の行為によって決定される。
 これが、業(行為)にもとづく因果応報の法則(善因楽果・悪因苦果・自業自得)
 ▲ § 仏教における輪廻~~~~~~~~~~~
 大乗仏教では、六道輪廻を超越した上に、縁覚・声聞・菩薩・如来の世界があるとし・・・た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ これらを見る限りで 輪廻の思想は この世に生まれて来てからのわが人生について 辻つまを合わせようとし 納得のいくようにする思考形式であるようです。
 つまり 実際に生まれ変わるかどうかは 問題になっていません。この世での人生を振り返ってみても いま現在の生活境遇は 自業自得だとは 納得が行かないというとき その原因を さらに 誕生以前の過去に 求めるというだけの話です。実際にそうであるかどうかは 問題になっていません。(むろん 分かるわけもありません)。
 あるいは 《学問や芸術や利他行によって 六道輪廻を超越した》というとき ならば もはや 輪廻を想定することなど 要らないのです。

 これらのことを踏まえて ご質問の内容を いま一度明らかにしていただけないでしょうか? 輪廻転生には関係のないかたちで 人生論なら人生論を問うておられるように思われます。

投稿日時 - 2008-10-16 17:44:24

お礼

ご回答ありがとうございます。

私も輪廻があるかどうかは分かりません。
分かっている事実は「わからない」ということだけです。
だからといってむやみに否定していては芸がないので、あるという前提の下に輪廻転生における問題点『前世の記憶がない』ということに関してどう考えたらいいのかと問いました。人生論とはリンクさせていないつもりです。たぶん

>辻つまを合わせようとし 納得のいくようにする思考形式であるようです。

ここの部分はなぜそういえるのでしょうか。
まぁ私もそう思わないわけではないのですが、それが事実、前世の業によるものではないと否定はできないのではないですか。

投稿日時 - 2008-10-16 20:23:03

ANo.11

 ANo.3
 ご不明のことは無理にご理解なさる必要はないのではないでしょうか。まことに失礼の段、お許しください。

投稿日時 - 2008-10-16 15:43:42

お礼

分かっている事実は「分からない」ということですからね。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-10-16 19:59:23

ANo.10

>>何度かチャンスはあると思いますよ
>どっち派?

輪廻転生否定派です。「何度かチャンスはある」は、一生のうちでという意味です。それ以外には、文脈からは読めないはずです。

投稿日時 - 2008-10-16 15:43:10

お礼

そうでしたか。
ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-10-16 19:58:15

ANo.9

ええと・・・これを言ったらダメなのかもしれませんが・・・。

「人の持つ最大(絶対的な?)の欲を絶ちきれるかどうか」だと思っています。人生から逃げるのではなく、理性の行き着く先として結論づけた結果ということでです。

私は意識(自我、心)と魂は近くて遠い関係だと思っています。
自我を手放して魂に近づく。
自我を手放す方法は(今のところ思いつくのは)2つ。
・自我を手放してあらゆるものと同化する。(植物人間になってしまいますが・・・。)
・推して知るべし?

神へと至る道は針の穴よりも小さいです。はい。
お気に召さなかったらごめんなさい。

投稿日時 - 2008-10-16 15:29:24

お礼

ご回答ありがとうございます。

つまり一発勝負ということですね。
しかし、なぜ我々は欲を断ち切らなければいけないんでしょうね。

投稿日時 - 2008-10-16 19:57:20

ANo.8

>そのほかの面は何か思い当たるでしょうか。

魂についてですか?輪廻転生についてですか?
(どちらにしても、たいしたことはお答えできませんがw)

ご質問文からしますと
魂も輪廻も「ある」という前提でのお話ですよね?

投稿日時 - 2008-10-16 14:44:45

お礼

>魂についてですか?輪廻転生についてですか?

輪廻転生についてです。
輪廻の輪から抜けるためには一発勝負、自己研磨が出ましたが、
その他に方法が考えられるなら教えてください。

>魂も輪廻も「ある」という前提でのお話ですよね?
事実は「わからない」ですがとりあえず「ある」として考えます。

投稿日時 - 2008-10-16 14:57:08

ANo.7

>ここで言うマザーとはハードウェアを指しているのでしょうか。

考えてみたら そんなところかも。

別の言い方で言えば 神。

インド方面ならマーヤ。(カーリーマー)
中東だとミリアム。
キリスト教だとマリア。
エジプトだと、イシスとかマート。
ウガリッドだと、ティアマアト。
遺伝子学方面だとmtDNAかな?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2DNA

古代からそんな漠然としながらも、つきつめると同じ概念を人は究極の存在と思っているようです。


そりゃ ホモサピエンスが誕生する前は、別のものだったとは思います。
それを前世というか?


そもそも魂ってなんでしょう?
精神のことなら、脳の物質が魂の正体でしょうか?
回路が切り替わると、同じものを見ても以前とは違うように受け取られる。

このように脆弱なものを魂と人は呼ぶのでしょうか。


恐怖心は何故あるのか。
それが無いと危険を回避し、生存率を上げるということが難しくなるからじゃないか と。

カースト制度って、低カーストの人が撤廃を拒否しているそうです。
来世に期待するため チャンスを奪わないで欲しいってことですね。

投稿日時 - 2008-10-16 13:59:06

お礼

ご回答ありがとうございます。

さて魂とは何でしょうね。
やっぱり体というハードウェアから切り離した存在なんでしょうね。
個人的には、体は命の座、命は魂の座と漠然と思っていますがそれぞれについて説明できるわけでもないし。
ただそう考えると、魂>命>体という感じで、DNAなんかも言葉はわるいですが道具にすぎないと思うのです。
ある意味マザーは一人ではないともいえますかね。

投稿日時 - 2008-10-16 14:33:38

ANo.6

まず、心身二元の前提が、だめです。
心身一如です。

次に、死霊が赤ん坊に侵入してくる想定(ダライラマみたいに)が、やはり、幼稚な着想です。非科学的な妄想時代の遺物的な発想と言えます。無から有は生じないでしょう。生命(子)は、生命(親)からしか分与されないでしょう。死霊から引き継ぐのではなく、生霊から分与されると考えるべきでしょう。親生命までの脈々と続いた能力などが、個々に継承・相続されるから、個体差が生じますし、場合によっては変異もあるわけです。

そもそも、低い身分の被支配層が反乱を起こさず、良き来世を夢見て、従順な生活に耐えるように、政治的な意図で流布した説なので、被支配層はこの精神的な脅しにすっかり毒されて、バラモンによる心理的な支配手段は大成功したと考えられます。そして、統治の都合上、この支配手段は日本にも輸入され流布されたわけです。あなたが、この説に毒された魂だとすると、低い身分の被支配層根性が染み付いているように思うのですが。

現世のみで終わりと思いたくない心理が、人々の側にあるのも事実です。しかし、来世信者が来世での出直しを期待して自殺する場合には現世軽視の風潮になってしまいます。精進・努力の被支配層ばかりではないようです。現世しかないという「イサギヨサ」で生きるべきと思うのですが。一見、一発勝負のようですが、何度かチャンスはあると思いますよ。また、次世代のその先、子々孫々にだけ、遠い未来や可能性があるだけですが、1億年後、10億年後にどのような姿になっているかは、予想もつかないでしょう。海中人類になっているかもしれません。現世の経験なんか、ほとんど役に立ちませんよ。

投稿日時 - 2008-10-16 11:46:49

お礼

ご回答ありがとうございます。

>政治的な意図で流布した説

輪廻転生を信じない方はよくこれをおっしゃるのですが、私にはちょっと疑問です。輪廻転生を政治に利用するなら利用する側はそれを信じていないはずです(来世では自分が被支配層になる)。私にはそれがありえないように感じます。宗教から自由である人間はごく少数でしょうから支配層がこれを使うのは墓穴を掘るようなものだと思うのですが。
大抵の人は輪廻転生は都合のいい考え方と受け取るようですが、私個人としては迷惑な法則で、また人間を一からやるのかと思うとうんざりします。

>心身一如です
>政治的な意図で流布した説
>何度かチャンスはあると思いますよ

どっち派?

投稿日時 - 2008-10-16 12:45:01

ANo.5

あるものが永遠の存在しようとした戦略。

自己コピーをして自分を増殖していたが、もし自分の弱点となるところをたたかれたら、自分も自分のコピーも全滅する。

それで、自分とちょっと違うものを生み出し、増殖するときそれと交配して、新しい生命を生み出した。 A'としましょう。

A'は他のA'と交配し、元のAを残しつつ、つぎつぎ少しづつ違うものになっていった。

そうすることで、ひとつの枝が折れても、別の枝をたどったものが元のマザーを永遠に運び続ける。

たくさんの枝のうちのひとつがホモサピエンス。
クロマニヨンの枝は絶えたが、ホモサピエンスの枝として残っている。

で、ホモサピエンスの一部は農耕というものを発明し、これによって安定した食料を確保しやすくなり、移動せず定住をするようになった。

食料の計画的取得で、増えていった。
その中には子孫を多く残せる種がいて、それだけ農耕に従事できる家族が増えるので、余った分を別の部族の金属とか技術とかと交換できたりするようになる。

そのうち別の部族と水場、土地をめぐって争いになる。

集団を統率したら、一気に敵を倒せるが、集団を統一できなければ、やられてしまう。

それで早くから集団を統率するリーダーの能力が重要視されるようになった。

敵を粉砕するプランを練ることはもちろんだが、自分の集団が統一され平和を保てないと、バラバラになる。

だから法を作って治安の安定を図った。
カリスマ性を持った一族が世襲制で、自分の子供を自分の地位につけたりしたが、異種交配でしか増殖できないので、統率がうまく戦略に長けたリーダーの子供が、必ずしも同じ能力を持つわけではない。

で、時には世襲制で地位を授かったものを倒したものが、次のボスになったりした。


集団が増えると、差があるため、片方は働き手が多くて収穫が多いが、片方は土地すら持たず借りた土地を耕し、自分たちが食べる分以外を、土地の持ち主に譲渡することで、生計をたてたりする。

世襲制となると、一部の家族は常に支配者階級になり、多くは被支配者層のままになる。

不満のはけ口で被支配者層同士で争ったりする。
そうなると、治安は乱れるし、支配者階級をとりまく武士たちを食べさせる作物を作らず争ってしまい、結果支配者階級層の威力が減るので、被支配者層に穏やかに暮らしてもらいたいと考える。

すると、前世の報いで今回被支配者階級になって苦労をしているが、我慢して争わず、来世は幸福になるように願い、怒りを沈め、労働に性をだすように  なんて言ってみる。

どうしたことか、人々は今の苦労より、来世の苦労の怖さをひしひしと感じ、来世の不幸という妄想におびえ、争いごとをしなくなり、農耕にせいをだした。

支配者階級に少しも逆らわず、それどころか、来世がよくなるようにと、支配者階級に不満も言わず安賃金で尽くす。

支配者階級にルートにのっかったAの分派の戦略勝ち。


とにかくマザーは永遠に存在するために、いろんなことを試すわけです。

多岐にわたって試しても、ウイルスの方が突然変異のスピードが早いので、繁栄した乗り物たちの集団も突然滅びることもある。

ところがマザーの乗った乗り物は異種交配をしてるので、一方の乗り物が絶滅しても、他の乗り物に乗った方はウイルスに勝ち生き残って未来へとマザーを運び続ける。


ホモサピエンスの現在の脅威は癌。
それとHIVウイルス。

癌の方は、少なくとも胃がんはウイルスが原因だとわかったので将来対策ができるでしょう。
HIVの方は、感染しても発病しないマザーの乗り物がいることがわかっている。
HIVウイルスに勝つ枝が存在しているわけです。


というわけで、まだまだホモサピエンスは絶滅しなさそうです。


ところが、農耕を編み出したため、人口が急激に増え、産業まで生み出して、農耕に従事しなくても生きていける人が多くなってきたツケが今ホモサピエンスのオスを襲っている。
産業の発達で、地球環境が悪化し、Y染色体が元気なくなった。
1時間に1センチしか泳げない。 
卵に到達するまえに腐る。
やっと到達しても、すでに門は閉じられている。
これじゃ異種交配できない。


1万5千年後は今のスピードでいけば、ホモサピエンスのオスは絶滅する計算になる。

すると元のマザーの自己増殖に戻るわけです。
マザーのひとつの自己保存計画は、終わるわけですが、何も異種と交配しなくても、マザーは強く永遠に残るんじゃないかな と思ったりします。

異種交配による永遠に存在するという手段は数多くの試みの一つに過ぎないのかもしれない。

まあ 私たちはマザーが乗る乗り物ですから、精一杯自分のルートの安全を確保し、マザーを未来に運ぶ使命を果たすしかないわけです。

中には魂の変革とかチャレンジする乗り物もいるでしょうが、それもマザーのひとつの試みでしょう。


何がいいか 何が悪いのか。
武力で別のルートを運ぶ乗り物と戦ったり、また武力に頼らず話し合いで解決し、両方の乗り物集団が生き残れないか試行錯誤したり。

マザーを永遠に守るため、乗り物たちはいろいろ試行錯誤させられているわけですね。


アフターマンという本がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

ホモサピエンスもやがて絶滅するでしょうけど、アフターマンになる枝は現在も存在するってわけですね。

我々乗り物たちは、マザーがアフターマンに乗っかっているのを創造し、よかったマザーは永遠に存在する可能性がある とホッと胸をなでおろし、肩の力を抜いて自分らしさを取り戻し、残された乗り物としての時間を過ごすのでしょうか。

でも、この自分らしさってのも、マザーのひとつの枝なんですよね。

投稿日時 - 2008-10-16 10:13:11

お礼

ご回答ありがとうございます。

ここで言うマザーとはハードウェアを指しているのでしょうか。
ソフトウェアにとってもマザーといえる存在があるとはいえないでしょうか。
ソフトとハードは一心同体とも思うのですが。

投稿日時 - 2008-10-16 12:19:07

ANo.4

>輪廻する魂が同一のものとするなら、これは人生というチャンスにおける一発勝負を意味しているのでしょうか。

毎回が一発勝負といえばそうだろうと思います。一度で輪廻から抜け出せるゴールにたどり着く魂もあるでしょう。そうでない魂は、前世までの経験値をもって現世に来ていると思っています。

>輪廻によって魂の変質が起こり、より良き者へと変わる人生という名のステップでしょうか。


 輪廻すること自体に意味があるのならば(そこで魂の変質が良い方向に確実におこるのであれば)、たとえば10回輪廻すれば確実にゴール。ということになってしまいます。魂差はあるとしても、数をこなせばいい。
 そうすると、善く生きるには難しい説になってしまいそうです。輪廻から抜けることを目標にするのであれば、やはり自己研磨はかかせないと思いたいです。

投稿日時 - 2008-10-16 09:31:24

お礼

ご回答ありがとうございます。

一発勝負という面
自己研磨という面

そのほかの面は何か思い当たるでしょうか。

投稿日時 - 2008-10-16 12:15:13

ANo.3

 誰しも白紙で平等に転生はするはずがありませんでしょう。
 転生を確認すればそうなるでしょう。
 因果律がとぎれるはずはありませんでしょう。
 どういう状況と環境、何を脳髄に刻印してくるか。
 
 人は、存在は、意識は継続するでしょう。
 創造のめぐみは、いちいちの記憶を必ずしも、具体的にはとどめさせることはないでしょうが。それが新たな人生というのでしょう。

投稿日時 - 2008-10-16 06:59:50

お礼

ご回答ありがとうございます。

言ってみれば記憶ではなく条件によってその人間の成すべき課題を示すということでしょうかね。

投稿日時 - 2008-10-16 12:10:42

ANo.2

[1.これは人生というチャンスにおける一発勝負を意味しているのでしょうか。2.それとも輪廻によって魂の変質が起こり、より良き者へと変わる人生という名のステップでしょうか。]

いい質問ですね。答えは1.及び2.の両方なのです。その理由を説明しましょう。人霊は長い転生のなかで進むものは進み遅れるものは遅れという具合に様々な境涯が生じているのです。より良きもののトップを先頭に巨大なピラミッド構造をなしています。それ故、各境涯から地上に生まれる場合、前世の記憶を残すと生まれながらに差がついてしまいます。これでは地上に生まれる意味がなくなるわけです。そこで全ての記憶を消した状態で生まれることになっているのです。この意味で一発勝負の世界ともいえます。(1.の答え) あの世の霊界でいかに地位が高くとも、逆にいかに地位が低くとも同じ条件で勝負できるからですね。低いもの高いものはより高くを目指せということなんですが、地上ではいろんなことがおきるのですね。人生の総決算ではかって高いものが低くなったり、低いものが高くなったりするわけですね。 その意味でより良きものを目指したものが勝利することになるわけです。(2. の答え)
とはいえ、オギャと生まれる時はすっかり忘れているのですが、成長するにつれ本来もっている傾向性は出てくるものです。自身の傾向性のままに生きたのでは進歩は見込めませんね。自身の傾向性を見極めてよいところは更によく悪いところは直していくことでより良いものになれるわけです。自身の傾向性に気づくことがまず大切なことですね。
「これでいいのだ!」では生まれる理由もなくまた進化ではなく退化なんですね。転生輪廻も無い、あの世も無い、仏も神も無い 努力など無意味、この世が全て、脳が全て、などは完全な退化ですからたとえ生まれる前に高い地位にいたとしても人生の総決算では間違いなく欠点でビリクラスの仲間入りになるということですね。地上を縁としてひっくり返る人非常に多いですよ。地上の価値観がひっくり返ってますから、地上は面白いといえば面白いんですね。 こんなのが参考になれば。

投稿日時 - 2008-10-16 06:25:51

お礼

輪廻転生というのは都合のいい考え方ともいえますが、修行という部分では厳しい面もありますね。

ご回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-10-16 12:02:06

賽の河原の石積みとかプロメテウス神話とか個体発生は系統発生を繰り返すという生物学的法則があります。輪廻転生という思想は一種のすり替えで、現世そのものがどういうものかわからないことが原理的なことではなく、答えがあるはずだというあがきから出てきたものだと思います。いつかは滅びるに違いないことをどうして大切にするのかというのは虚無主義といわれますが、怠惰な人が自分を正当化する魔法の武器です。輪廻転生思想もこの種類に属すると思います。

投稿日時 - 2008-10-16 03:56:15

お礼

>個体発生は系統発生を繰り返す

ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみると反復説というのですね。

確かに魔法の武器とは思います。ただ、それでもそんなに安直なものではなく、それなりの理屈があるんじゃないかと思いました。
信じる信じないは別としてその理屈について考えてみたいと思います。

反復説と類似があるという点でも輪廻転生という魔法の武器は伊達じゃないと思いました。

ご回答ありがとうございます。

投稿日時 - 2008-10-16 11:12:24

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