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解決済みの質問

低収入はある程度、妥当な結果ではないですか?

私は同じ世代の中で相対的に収入が低い人は、それまでの人生と比べるとある程度妥当な結果であるのではないかと思います。

具体的には
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動したetc…
そこには本人なりの理由はあると思いますが、低収入な方の内8割は
上記のような「人生の結果」「能力」の方が多いように感じます。

ただ、これは低収入の人が必ず上記のような理由のいずれかである。
という訳ではなく、2割はそうじゃない理由の方もいらっしゃると思います。
・不慮の事故により、障害を持ってしまった方
・就職氷河期世代で真っ当な就職が出来なかった人の中で、世代が違えば真っ当な就職を歩むことが出来た方
具体的には上記のような理由でしょうか。
・公立の進学校に通い、国立大学へと進学するだけの学力があったが
 奨学金や授業料免除を使用したとしても大学に行くだけのお金がなかった
という方もいらっしゃるのかもしれません。

また、政府の政策によってこの割合は7割くらいまでは軽減できたのかもしれませんし
9割くらいまで増加したのかもしれないかなとも思います。
皆様は「低収入な人」の何割ぐらいが「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?

・「調べてもわからない」というのは重々承知しておりますので、皆様の主観でお答えください。
・「わからない」「なんとも言えない」と言う方は皆さんの周りの低収入な方の内、上記の4つの低収入の理由に当てはまる方はどの程度いらっしゃるかを大体でいいのでお答えください。
・私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。

投稿日時 - 2008-11-04 04:31:31

QNo.4452396

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

NO.6です。
>私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。
これに対する答えですね。現在の日本社会問題の構造を検討する目的で立てられたアンケートかと思っていました。
答えの趣旨がずれていましたね。ごめんなさい。
もっと、長期で沢山の世代を考察に入れるべきでした。あらためて、質問に答えさせて下さいね。
「政府」に拘ってしまって、森を見ていなかった、私(冷汗。
尚、「%、割合」等の表示については、統計をとる手段が見つからないのでご容赦下さい。

結論から言えば、クロス・セクションでは、大まかですが「個人の今までの生き方の結果として今の状況がある」と思います。どの時代にも勝ち組、負け組みはいました。
しかし、タイムシリーズで見た場合、団塊世代より団塊ジュニアの方が、報われにくい=競争に勝つためには努力をより多く求められていると思います。団塊ジュニア世代が自分の低所得や自分が期待していた状況がえられない事に不満度が他の世代より高いと思う理由として親(団塊世代)と比べるからです。

基本的にはNO.10の方の答えに賛成です。

>勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。

この答えは、先天的に頭が良かったり親に投資してもらっていたら、状況は変わっていたと思う人もいるでしょう。これは本人の努力だけではどうにもならない外部要因ですから、不条理と思っている人が多そうですね。同量勉強しても、80点の子もいれば60点の子もいます。
子供時代は、外的要因によって結果が決まることが多いです。中学時代に良い成績を取らないと進学校に進めません。中学時代までの成績の重要性は、親の教育方針に拠る所が大きいと思います。                    

>就職に強い大学に進学をしなかった。

これは、情報収集能力不足もありますが、中学時代、小学校からの英才教育、中学受験等と強い相関があると思います。
中学までの時期に学業の大切さを知り、進学高校に行っていれば、特別やりたい学科や、指導を仰ぎたい教官がいる場合以外、なるべく知名度の高い大学を目指すと思います。「就職に強い学部」に進学しなかったのは本人のせいですが、中高校時代からの積み重ねた学力不足により「就職に強い大学に進学できなかった」のでは無いでしょうか?

>大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
>就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した。

この二つは、「怠けた自分のせい」だと思います。大学生にもなれば、判断力も付き情報も集めやすくなります。大人になってから判断した事なので自分のせいでしょう。

低所得(予備軍)の若い人に、「こんな風な社会にした大人が悪い。」と言う人をよく見ます。
高所得の人は「勝っても負けても自業自得、因果応報」と思うでしょうが、「低所得の人は、『あの時、ああしておけば・・・』か『社会(親)のせいでこんなに所得が低い』と思っている人がいて、後者がとっても多いと感じます。
つまり、「棚が大きくなっている」と言えるでしょう。低所得になるほど、自分の怠けた生き方のせいにしたがらない人が増えると思います。低所得なのは自分のせいだと納得している人は半分以下では無いでしょうか。

投稿日時 - 2008-11-05 12:05:03

お礼

素晴らしい。非常に論理的なご意見で頭が下がります。

私の意と異なるご意見もありますが、ここまで論理的であればすんなりと飲み込むことが出来ます。

大学入学以前は、先天的なもの、親に教育方針によるところが多いため
「本人の努力」ではどうにもならないところが大きい。ということですね。
たしかに、仰るとおりだと思います。

以下は私なりの意見ですが「努力した人」が報われて、「努力した人」が報われないのが妥当である。
というつもりはありませんでした。
質問文に「努力」という言葉を使わなかったのも、その意図で
「本人」「社会」「親」さまざまな要因はあるが「結果」として上記の4つだった人が「低収入」であることは妥当ではないですか。
というところでした。

最後のまとめの部分には、思わず「う~ん」とうなずいてしまいました。

投稿日時 - 2008-11-06 01:01:14

このQ&Aは役に立ちましたか?

8人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(35)

ANo.35

NO.31です。
>以前こちらのQ&Aで会社の経営者の方が
>「20代の若者が、実績として残してこれるものは勉強・学歴程度しかない。
> だから私は採用の歳には勉強・学歴は1つの重要な要素として見ています。」
>等の言葉から
>私のような「生を受けて20年そこそこの人生」の半分にも達していない若造には
>人がもっとも成長する20年間の間に、その成長によって得られた能力の証を残せなかった人が低収入であった場合。
>それはある程度妥当であると感じていたのですが~

>「勉強・学歴程度しかない。」ことが問題だということですね。
>これには私も同感です。
矛盾していませんか?

投稿日時 - 2008-11-16 14:02:08

補足

切りのよいところで締め切ろうと思っていたのですが
なかなかいいタイミングがないので
多少強引ではありますが、ここで締め切らせていただきます。

今まで回答してくださった皆様誠にありがとうございました。

投稿日時 - 2008-11-16 23:39:46

お礼

表現が悪く申し訳ありません。

今現在は「勉強・学歴」が重要視されている。
それは採用する企業側にたってみると特別問題だとは思っていません。

しかしながら、22歳まで気を張り詰めていかなければならない
現状の制度よりも、より「柔軟な制度」になればそれはよりよいことだと思っています。

という意図でした。

投稿日時 - 2008-11-16 23:34:41

ANo.34

僕は三流大学で多分いいとこへ就職はできないでしょう
だけどそれが妥当と言われるとやっぱムカつきます

話は変わりますが
すいませんでした
このアンケートに興味があって読んだんですが良く分からないので他で質問してしまいました
お礼が書いてなかったから、もう捨てたのかな、、、と思って、、、
社会 > 社会問題 > その他(社会問題) に「学歴と収入」というタイトルであります
ちょっと欠席裁判みたいになっちゃったところがありました
特にNO.4さんへのお礼には失礼になる書き方と思います
本当にすいませんでした

投稿日時 - 2008-11-16 13:49:16

お礼

回答ありがとうございます。

社会 > 社会問題 > その他(社会問題) に「学歴と収入」
こちらを参照したのですがどうやら削除されていたようで
ちょっと興味はあったのですが残念です。

投稿日時 - 2008-11-16 23:28:02

ANo.33

NO.17、NO.21、NO.24です。
理系の先輩に見てもらいました。
先輩が言うには
「この質問は、A=B、B=CならばA=Cが妥当であるのは何割?で、
当然10割なんだけど多分「=」か「≒」かで9割とか8割という回答が出てくるんじゃない?」
だそうです。
良く分からないけど、私がNO.17でした回答は的外れだそうです。(>_<)
今度からちゃんと質問を理解してから回答します。<(_ _)>

投稿日時 - 2008-11-07 21:02:19

お礼

4度目の回答ありがとうございます。

私は当事者であるので、その理系の先輩の方のように客観的に見ることが出来ない為
・「この質問は、A=B、B=CならばA=Cが妥当であるのは何割?で、
 当然10割なんだけど多分「=」か「≒」かで9割とか8割という回答が出てくるんじゃない?」
・Mint-02様のこれまでの回答が的外れなのかどうか
これらが当たっているのかどうかはわかりませんが

ただ、少なくとも、私がそんな風に言われた場合
>>今度からちゃんと質問を理解してから回答します。<(_ _)>
ふて腐れて正直に言わないかもしれません。
その点でMint-02様は素晴らしいと思いますよ。

投稿日時 - 2008-11-15 11:17:11

ANo.32

NO.19です。
>人がもっとも成長する20年間の間に、その成長によって得られた能力の証を残せなかった人が低収入であった場合。
「その成長によって得られた能力」が質問の「4条件」では余りにも狭過ぎるのではないでしょうか?
「その成長によって得られた能力」を証明する方法が思いつきません。
仮に証明ができたとしても「妥当」とは言われたくないですね。

やはり、「その結果がどのような過程を経てきたのかを問わない」
というところにこの質問の問題があるのだと思います。
お疲れ様でした。

投稿日時 - 2008-11-07 16:30:12

お礼

他の方と同時期にお礼差し上げたつもりだったのですが
手違いか何かでこちらの回答が反映されていませんでした。

なるほど。どちらかというとJurimika様は
「学校」=「勉強」ではないというお考えで
Jurimika様は「勉強などによって得られる結果」について「妥当」とは言われたくない。
と言うことですね。

参考にさせていただきますね。

投稿日時 - 2008-11-16 23:39:22

ANo.31

>以前こちらのQ&Aで会社の経営者の方が
>「20代の若者が、実績として残してこれるものは勉強・学歴程度しかない。
>だから私は採用の歳には勉強・学歴は1つの重要な要素として見ています。」
この話で大事なのは「しか」にある。
「しか」ないのだったら、それを増やすべきであり、
または、それを排除しなければ「妥当」にはなり得ない。
この方は判断材料が極めて少ないから
「しょうがなく」それを「重要な要素として見ざるを得ない」だけで、
それが「妥当」とは仰っていない。

また、私は「茶番」とは思っていない。若い方とディスカッションできて楽しかったし、
自分の考えを見つめ直すいい機会であり、我ながら「良い事言うなぁ」とニンマリもできた。w
ありがとう。

投稿日時 - 2008-11-07 15:55:03

お礼

回答ありがとうございます。

「勉強・学歴程度しかない。」ことが問題だということですね。
これには私も同感です。

参考にさせていただきますね。

投稿日時 - 2008-11-15 11:12:38

ANo.30

NO.めんど
>なんだか話が脱線しているような気がするので、改めて質問の意図を整理しました。
いや、脱線はしていない。
この質問の本質を見極めるための分かり易い例である。
>やるべきときにやるべきことをやる能力
これは、大人には問えるが、子どもには問えない。
したがって証明も糞もない。

心を真っ新にして、改めて回答をすれば、
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をした。
・就職に強い大学に進学をした。
・大学に進学してしっかり単位を取ってストレートに卒業。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考え、適切に行動したetc…
以上4条件を満たしたが、
子どものころから勉強ばかりしていたせいで、
云ってる事が分からない・云いたいことが伝わらない・人の云ってる事が理解できない、
などのコミュニケーション能力に欠けているという理由で面接をパスできなかった。など
(見た目で落とされた人は、2割に入るんですよね?)
で収入の多い職には就けなかった人を引けばいい。
したがって、9割


ひとつ言って置きたい(たくさん言ってきたが・・w)、
    
     人生に「妥当」などということはない。


また、
rocknrose様、Mint-02様、Jurimika、DQragnarok様、Kmutai様、v008様、におかれましては、
私の誤解から端を発したこの茶番に巻き込んでしまったことに対し深くお詫び申し上げます。
私はしばらく蟄居謹慎致します。
できますれば、Opolskie様には総括して頂きたくお願い申し上げます。

投稿日時 - 2008-11-07 13:27:11

お礼

6度目の回答ありがとうございます。

4つの条件を満たしたとしても
・コミュニケーション能力がない
等の理由で低所得である人がいるから妥当なのは9割程度だというご意見なのですね。

参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2008-11-15 11:09:01

ANo.29

ANo.25です。
ANo.28へのお礼を読んで少し思う事がありました。
「能力の証明で示される能力」と「本来の能力」に差がない、の部分。

私基準で考えていたので、先の回答では0%と回答しました。
私は、高収入を求めてそれなりの努力をし、
高収入が得られると思われる仕事についたわけではありません。
自分の給料がいくらなのかを給与明細を見た事もないくらいです。
自分が高収入なのか低収入なのかもわからないので、
ますますに、回答になる率を導きだせなかったわけです。

そうして、私のような人間も考えに入れて、
改めて低収入な人の割合を考えると、
「能力の証明で示される能力」と「本来の能力」に差がないと思えるのは、
50%ぐらいではないかと思います。
少なくとも、質問者様の言われる80%ほどもいないと言う事です。
ここにはなぜ低収入なのかの要因が、
その個人にかかるものではないものがあると思うからです。
世の中の会社がどのように運営されているのかまではわかりませんが、
例えば、景気の影響を受けて給料がさがった会社や、
経営者の経営力のなさや、
その会社の社員全体の会社に対する貢献度が影響して会社が儲からないでいる、
などなど、その個人の能力に関係ない具合で、
低収入でなかった人も含め、低収入になった場合があると思うのです。
それも含めると80%はないと思いました。

逆に、その個人だけで判断した場合。
つまり、私のような、給料に無頓着でいるものは除き、
例えば、人生計画を立てて、自分はこうこうこれだけの事をして、
これだけの収入を得ようと志を持って社会に参加した人は、
その努力が足りなかった、能力が足りなかったなどの理由で、
得ようとしていた収入が得られず、妥当な収入になった、
と言う事は言えると思います。
このように対象をしぼった場合は、
100%と考えてもいいと思います。

私は、言えば、4つの条件の内の4番目にあたると思うのですが、
上で書いた事を考慮する際に、「能力」には含められないと思うので、
はずして考えての、再回答です。

投稿日時 - 2008-11-07 09:32:27

お礼

回答ありがとうございます。

ごたごたして以下の方には御礼が遅れてしまいましたことを深くお詫びします。
「本人の責任がないところで低所得になった人がいる」
だから50%程度だというご意見ですね。

しかしながら
>>人生計画を立てて、自分はこうこうこれだけの事をして、
>>これだけの収入を得ようと志を持って社会に参加した人は、
>>その努力が足りなかった、能力が足りなかったなどの理由で、
>>得ようとしていた収入が得られず、妥当な収入になった、
と言う人に限れば100%妥当であるとの事なのですね。

参考にさせていただきますね。

投稿日時 - 2008-11-15 11:07:13

ANo.28

NO.10、12、14です。
聞き捨てならない(見過ごせない)ものを見てしまったので、
前言を撤回させていただく。
ちょっとキレ気味。w

NO.21とNO.24で
打率と年俸は直結しているが(打率が低い=低収入)
そもそも結果(4条件)と収入を直結させてしまってはこの質問が成り立たない。
>もしよろしければ低収入の人の内
>・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
>・就職に強い大学に進学をしなかった。
>・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
>・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した
>のいずれかに当てはまる人はどの程度だと思われるかをお答えいただけると幸いです。
とあるのだから
     結果(  )低収入
で( )の中に「=」を入れていいか?
と質問しておいて、最初から( )の中は「=」でした。
ってそんなのアリ?
と思ったのだが、「=」を入れていいのは何割?
と言う質問ですよね?
答えは10割だけど、そりゃないよ。
打率が低ければ年俸が安いのは当たり前。
そんなの決まってるジャン。
殆どの回答者様方(少なくとも私)は「4条件」は、
あくまでも打席に立つまでの過程であって「結果」などとは露程も思っていない。
※なので、高い金を出して優秀なコーチを雇った者、
様々な変化球を投げられるピッチングマシーンで練習した者、
ただひたすらに素振りを繰り返した者。
また、金属バットを持って打席に立つ者、
ひびの入ったバットで挑む者、
バットを持たせてもらえない者、
そもそも打席に立つことすらできない者。
色々いる中で、その結果打率を残せなかった者の年俸が安いのが妥当か?
と問われれば「否」と応えざるを得ない。※
※は質問の真意と異なることを認識しているので、スルーして下さい。

私の反論が誤解であることを願いつつ・・・・

投稿日時 - 2008-11-07 01:30:00

お礼

4度も回答していただいて恐縮です。

なんだか話が脱線しているような気がするので、改めて質問の意図を整理しました。

例に挙げました4条件で結果を出していることは「やるべきときにやるべきことをやる能力」の証明となるのではないか。
その上で、この「能力の証明が行える人」と「能力の証明が行えない人」そこに差があるのはある程度妥当なのではないか。
そして企業や社会は「その能力に至った理由」にお金を払うのではなく「やるべきときにやるべきことをやる能力」自体にお金を払う。
それも妥当なのではないだろうか。
そして、低所得な方のうち8割程度は「能力の証明で示される能力」と「本来の能力」に差がないのではないだろうか。
という質問意図でした。

しかし、Seiron04様は
>>あくまでも打席に立つまでの過程であって「結果」などとは露程も思っていない。
というように
4条件の結果は「やるべきときにやるべきことをやる能力」の証明にはならない。
というご意見なのですね。
参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2008-11-07 05:25:31

ANo.27

NO.18、NO.20です。
>「低収入である本人」が
ではなく、本人も含めて何人(ナンピト)たりとも、です。

>単純に言うと~ということですね。
違います。
簡単にいうと
この世に生を受けて、20年そこそこの生き方で、生涯賃金が左右されるべきではない。
ということです。

投稿日時 - 2008-11-07 00:29:54

補足

すみません。

お礼文の「「生を受けて20年そこそこの人生」の半分にも達していない若造」
だと私は10歳にも満たないことになってしまいます。

「「生を受けて20年そこそこの人生」が人生の半分にも達していない若造」
に修正させてください。

投稿日時 - 2008-11-07 03:18:10

お礼

回答ありがとうございます。

なるほど。ANo.20におけるDQragnarok様の仰る「妥当である」の定義は
「本人も含めて何人(ナンピト)たりとも」が妥当と思えるかどうかだったのですね。

以前こちらのQ&Aで会社の経営者の方が
「20代の若者が、実績として残してこれるものは勉強・学歴程度しかない。
 だから私は採用の歳には勉強・学歴は1つの重要な要素として見ています。」
等の言葉から
私のような「生を受けて20年そこそこの人生」の半分にも達していない若造には
人がもっとも成長する20年間の間に、その成長によって得られた能力の証を残せなかった人が低収入であった場合。
それはある程度妥当であると感じていたのですがDQragnarok様は
「この世に生を受けて、20年そこそこの生き方で、生涯賃金が左右されるべきではない。」
という考えだったのですね。

参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2008-11-07 03:12:31

ANo.26

#9です
思いのほか盛り上がっていたので再度参加します。

 オバマが勝ったので、言いますが、
特定の「利益団体の代表者同士のエリートが政策審議会の委員として政策決定に携わり、

何の利益団体にも所属していない人間の公的利益が特定の集団の私的利益に集中されて居ることを原因に 

苦しむ組織が発生して リストラする人材(理由)を探す。優秀だから残るのでもない。

優秀だったから切られる事もある。優秀な人材に仕事が与えられないのは物理的には使用者に責任がある。だから 戦う権利をきちんと与えて、会社も払う物は払い解雇するなり給与減額するなりしなければいけないのに それを自己責任と言い出して責任回避を始めている。だから残った人に見せしめ効果しかない 安心を与えるための下らない、「つま弾き」は返ってモチベーションを下げている。
(美辞麗句の退職勧奨も映画アイランドのようだったが。)
不況型倒産や解雇は 防げないのだから、せめて明日はわが身と思って心からのねぎらいとできるだけの餞別を送る社会のほうが あいつは仕方が無いんだ、などとうそぶいて能力主義をうたっている、エリート主義者(利権型組織主義)よりもよほどいいと思います。
  人を豊かにして 自分が貧しくなった人だっているのですから。低収入の人の8割以上はその人の「人生の結果」かもしれないが、努力を怠ったとか能力が無かったなどという妥当性は100%無い。

 目指せ50アンサー。

投稿日時 - 2008-11-06 23:54:42

お礼

3度目の回答ありがとうございます。

あくまで「結果」にだけ着目した場合は8割以上の「低収入」はその人の「人生の結果」である。
ということですね。

しかし、その「人生の結果」を招いたのは本人の「努力不足」や「能力不足」であるということは100%無いということですね。

投稿日時 - 2008-11-07 02:53:08

ANo.25

0%かな。
低収入と、生き方の妥当性は、関係がないような気がします。

私には、なんだか、お話が難しすぎて、
これだと言えるような割合を導きだせませんでした。

生きたいように生きた結果の低収入なのだと思うし、
そのように生きたからそれ相応に低収入なのだ、
それが妥当なのだ、とは思えません。

投稿日時 - 2008-11-06 17:44:41

お礼

回答ありがとうございます。

0%かな。ということは
「低収入」は「本人の人生の妥当な結果」ではない。ということですね。

皆様からのご意見に上手く対応できず
かなり、質問がややこしくなってしまって大変申し訳ないです。

投稿日時 - 2008-11-07 02:44:57

ANo.24

NO.17、NO.21です。
>具体的な例として野球選手の例を挙げますと
野球選手は結果が数字で出ちゃいますけど、
仕事の成果の数値化が難しい職業だと当てはまらないんじゃないですか?

>打率の低いA選手の年俸が、打率の高いB選手の年俸より低いことは「妥当」だと思われますか?
プロセスを無視するんだったら4つの条件もいらなくないですか?

今から授業です。(>_<)
急いで書いたので変だったらゴメンナサイ。<(_ _)>

投稿日時 - 2008-11-06 17:37:23

お礼

3度目のかいとうありがとうございます。

野球 → 打率 ○割○厘 のように

・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった
 → 全体における順位( ○位、偏差値○ )
・就職に強い大学に進学をしなかった。
 → 進学した大学はどこか、その就職率( 就職率○% )
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
 → 卒業までの在籍年数は何年か( ○年 )
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した
 → 就職先の企業はどこか。(強引ですが就職先の平均年収○円)

仕事の成果は体系的に現すことは難しいと思いますが
上記の4つ(最後はちょっと強引ですが…)は、それぞれ独立した結果として、ある程度体系的に表すことができると感じますがいかがでしょうか?

もしこれがわかりにくいのであれば、ANo.20のお礼欄に示しました例における「B群の平均的な収入」と「A群の平均的な収入」について
A.「B群の平均的な収入」>「A群の平均的な収入」
B.「B群の平均的な収入」≒「A群の平均的な収入」
C.「B群の平均的な収入」<「A群の平均的な収入」
のどれであるのが理想であるかでお答えいただいても構いません。

投稿日時 - 2008-11-06 20:51:48

ANo.23

ごめん。補足。
17番さんが言いたいのは
どんなに一生懸命勉強してもそれなりの大学に行けなかった奴が低収入になっちゃった。
それを本人のせいにするのは、妥当じゃない。
ってことだろ。
分からんか?
筋は通ってると思うがな?

投稿日時 - 2008-11-06 16:07:42

補足

失礼しました。

お礼欄の
>>この「低収入」は「結果」に対して「妥当」ではない。

>>この「低収入」は「結果」に対して「妥当」ではないですか?
の誤りでした。申し訳ありません。

投稿日時 - 2008-11-06 17:19:01

お礼

17番様に補足していただきありがとうございます。

「一生懸命勉強」した人が「低収入」になった。
それを「本人のせい」にするのは「妥当」ではない。
ということですね。
たしかに、それは一理あると思います。

しかし、No.21での「お礼欄」に書きましたとおり
「結果」が出せなかった人が「低収入」になった。
この「低収入」は「結果」に対して「妥当」ではない。
というニュアンスでの質問でした。
質問文に『「人生の結果」「能力」の方』と書き『一生懸命努力しなかった方』と書かなかったのも、その意図のものです。
私自身のふらつきにより回答者様に誤解を与えてしまったことを深くお詫び申し上げます。ご理解いただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-06 17:17:43

ANo.22

Opolskieさん。はじめまして。
ぱっと見た感じ、3割ぐらいかな。

ところで
妥当ではない高収入
妥当な高収入
妥当ではない低収入
妥当な低収入
のうち、妥当な低収入を選択したのはなんで?

投稿日時 - 2008-11-06 16:00:46

お礼

回答ありがとうございます。

>>ぱっと見た感じ、3割ぐらいかな。
ということは低収入な方のうち
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動したetc…
このような条件に当てはまる方は3割だということですね。

>>妥当な低収入を選択したのはなんで?
「妥当ではない低収入」は質問文に示しました2割の方ですので、今回は「低収入」な方に注目した質問ですね。
「高収入」な方に注目した質問も機会があればしたいと思っていますので、その際には是非ご協力ください。

投稿日時 - 2008-11-06 17:10:16

ANo.21

NO.17です。
>もし妥当ではないというのであれば、なぜ妥当ではないか。を回答していただけると幸いです。
>(わがままを言わせていただければANo.15の方のように論理的な文章であれば、非常に助かります)
ANO.17に書いてあります。(>_<)
だれか、論理的に書き直してください。<(_ _)>

投稿日時 - 2008-11-06 14:45:10

お礼

補足ありがとうございます。

私の理解力不足・説明力不足でした。申し訳ございません。

以前の回答においての「妥当ではない」理由は
「一生懸命頑張った"頭の悪い子供"」と「頭のいい子供」にはどんどん差が付く。
だから妥当ではない。ということだったのですね。

これは「一生懸命頑張った」かどうかが基準で「一生懸命頑張った」のに「報われない」のは妥当ではない。
という論理であるとお見受けしました。
たしかに「努力」についてみると、それは仰るとおりの部分があると思います。
しかし、今回の質問の意図は「結果」について「低収入」であることは「妥当」ではないですか?でした。
それが「努力の末の結果」であろうと「適当に出した結果」であろうと
同じ結果は同じ基準としてみた場合「妥当」ではないですか?
と言うものです。

具体的な例として野球選手の例を挙げますと
A選手-毎日10時間一生懸命練習する選手、試合数50 打率.230
B選手-週に20時間適当に練習する選手、試合数100 打率.312
この2人の年俸が
A選手-5000万円
B選手-1億円
だった場合。
一生懸命努力するA選手の年俸が、適当に努力しているB選手の年俸より低いことは「妥当」だと思われますか?
というのではなく
打率の低いA選手の年俸が、打率の高いB選手の年俸より低いことは「妥当」だと思われますか?
というニュアンスで質問いたしました。
このような行き違いは多くの方にお礼文をお書きしていくうちに私のスタンスに多少のぶれがあった所為によるところが多いと思います。申し訳ありません。

その点をご理解いただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-06 17:05:34

ANo.20

NO.18です。少しだけ言い残したことがありますので補足させて下さい。
妥当だとは思えない理由の1つに”評価”があると思います。
評価にもいろいろあると思いますが、この質問ではかなり限定され過ぎている。
それだけでは妥当だとは思えないのではないのでしょうか?
妥当だと思わせるにはそれ相応のと言いますか相当の罪悪がなければ、
因果を含めるのは難しいと思います。
本人が得心しなければ周りが何を言っても、
この質問の場合強者が弱者をいじめている構図になってしまうでしょう。

そもそも人が人を評価することにも疑問が残りますし、
その方法に至っては議論する気も起きませんが、
それを言い出すとキリがないので止めて置きます。
ですがコメントはいただきたい。w

ちなみに私もSeiron04様と同様「低収入」ではありません。
(高収入でもありませんが。w)

★納得できないことを無理強いする社会に辟易しています。
 とにかく、ストレスを減らしてください。

投稿日時 - 2008-11-06 14:42:36

補足

失礼しました。
最後の行から5行目
>>B群の平均的な収入>A群の平均的な収入だった場合。

B群の平均的な収入<A群の平均的な収入だった場合。
こちらの間違いでした。

投稿日時 - 2008-11-06 20:47:25

お礼

再度の回答ありがとうございます。

なるほど。
回答をお見受けする限り、DQragnarok様の仰っている「妥当」とは
「低収入である本人」が「妥当」であると思うかどうか。でお話されている部分が多いような気がします。

私の質問の意図としては回答してくださる方が、「低収入」な人が「低収入」であることに妥当だと思いますか?だったので、「低収入である本人が納得いくか」ということは一切考えておりませんでした。
質問文の表現が悪く申し訳ありません。

単純に言うと
A群-
 ・中学・高校で成績が上位30%以内
 ・大手企業希望の生徒が多くが大手企業へと就職している大学に進学
 ・大学では単位を落とす事無くストレートに卒業
 ・就職活動でそれ相応の企業に就職した人
B群-
 ・中学・高校で成績が下位30%以内
 ・大手企業希望の生徒のうち大手企業へと就職した割合が少ない大学に進学
 ・大学では単位が足りず留年
 ・就職活動で適当に就職先を決めた人
を比べた場合
B群の平均的な収入>A群の平均的な収入だった場合。
それは>>「妥当だとは思えない」ということですね。
つまり、B群の収入≒A群の収入、B群の収入>A群の収入のいずれかであることが望ましい。ということですね。

参考にさせていただきます。

投稿日時 - 2008-11-06 16:44:38

ANo.19

興味深く拝見させて頂いています。
数ヶ所気になっています。
NO.8
非常に分かりやすい回答ですね。
こういうのを「分かりやすい」と言ってしまうのはどうかと思います。
NO.13
>「それぞれのときにやるべきこと」を「やったか」
その「やるべきこと」が「本当にやるべきこと」なんでしょうか?
NO.14
>たしかに仰るとおりで万人が万人全てが納得いくことはとても難しいですよね。
確かにそうなんでしょうけど納得いく人の数は多いほうがいいのではないでしょうか?
この書き方ですと
>>高収入や勝ち組の人の中にも~多いと思います。
がレアケースのような印象になってしまいます。
(1)>何を-今おかれている状況が妥当であると
(2)>認めずらいのではないかな。と思ったのですが、あまり決め付けは良くなかったですね。
これですと「今おかれている状況が妥当であるという現実があるのに認めない」と取れてしまいます。
回答者様は「今おかれている状況は妥当ではない」と言っているようですので(1)の時点で異議があるのではないでしょうか?
>少なくとも、普通の学校を卒業する為には「勉強の単位」を取得しなければ出来ないですよね。
これと
>・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
>・就職に強い大学に進学をしなかった。
こちらではかなりの差があるようですが・・・。
「学校」=「勉強」とも思いたくないですし、「単位」を取りに行っているというのも寂しい気がします。
>それでも行くというのであれば、その結果として低収入になったとしても、それにはある程度の妥当性はあるように感じます。
「ある程度」という言葉は使って欲しくありませんでした(指摘がしづらいです。w)
「低収入」になってしまうのは「ある程度」ではないような気がします。

質問者様は総じて人間の「弱さ」や「脆さ」へのいたわりや思いやりに欠けるのではないでしょうか?
または、まわりにひどい人が多いのでしょうか?

全ての回答を読ませていただいた結果、8~9割と答えなくてはならないトリックめいたものを感じつつ、泣く泣くですがお答えします。

8割

投稿日時 - 2008-11-05 15:02:21

お礼

ご指摘ありがとうございます。

あまり詳しく細くしますと議論的になってしまいそうなので
簡単にですが、補足させてください。

>>NO.8
「何割だと思いますか?」という質問に、横道に反れることなく「95%です」と答えてらっしゃる。
これについて「わかりやすい」と表現いたしました。
「0%です」とお答えいただいても「わかりやすい」と表現したと思います。

>>NO.13
学生のうちは勉学に励む。大学では単位を取る。就職活動では、よりよい就職を目指す。
これらは「やるべきこと」であると言っても過言ではないと思います。

>>NO.14
これについては人間、本人にとって「好都合な事実」は「これは妥当である」と受け入れやすいですが、「不都合な事実」に対しては(映画のタイトルみたいですが…)は「これは妥当である」とは受け入れにくい。
というニュアンスで書いたものです。

>>「学校」=「勉強」とも思いたくないですし、「単位」を取りに行っているというのも寂しい気がします。
「学校は友達を作りに行くところ」「学校は青春の舞台」などの意見は情緒的には正しいご意見かと思いますが
現実として「部活動」などは任意参加で、そこで所定の成果を挙げられなくとも「学校」を「卒業」することは出来ると思います。
しかしながら、「勉強」して「単位」を取得することが出来なければ、学校を卒業することは出来ない。
基本的に学生の本分は「勉強」なのではないでしょうか。

>>質問者様は総じて人間の「弱さ」や「脆さ」へのいたわりや思いやりに欠けるのではないでしょうか?
>>または、まわりにひどい人が多いのでしょうか?
私の意見が日本では「世間的」に「いたわりや思いやりに欠ける」という印象を持たれる可能性はあると思います。
ただ、私は出来るだけ「それを言っちゃあおしめぇよ」と言って「現実」を見ることを避けるというようなことはしたくないです。
今回の「極めて限定的な条件」については、多くの方が8割前後と言われている結果を見る限り「現実論」として「低収入の人は結果についてある程度の妥当性がある」は、全くもって間違いというわけではないかな。という印象を今のところは持っています。

投稿日時 - 2008-11-06 02:32:51

ANo.18

よこやり、失礼します。

Seiron04さんはもう回答なさらないようなので、勝手に解釈します。
規約違反かもしれませんが、回答もしますので目をつぶってください。

そもそも世の中の仕組みが「妥当」ではないのだから、その上に成り立っているものは全て「妥当」とはいえない。

これならお二方の平行線の説明がつきます。

その「妥当」ではない世の中を上手く渡るためにのみとる行動こそが「理想」からみれば「妥当」ではない。

多分Seiron04さんは”人間は理想を追い求めていくべき”という、なんというか「信念」のようなものをもっているのではないでしょうか?
私もSeiron04さんに考え方は近いです。
「好き勝手やってきたんだから、その報いは甘んじて受けろ」というのは一理ありますが、一理でしかありません。
「夢」がない若者が増えていると聞きます。
「夢を追っている」若者がこの質問を見て「こんなことしてらんねぇな」と思ってしまうかもしれません。
(書かれていることが難しいので誤解する可能性がある)

「理想主義者」と「現実主義者」の議論は腐るほど見てきましたが
「頭」は置いといて「心」は「理想主義者」に軍配を上げたいと思います。

この条件の厳しい質問の回答ですが、9割ぐらいとしかお答えのしようがありません。

投稿日時 - 2008-11-05 14:57:22

お礼

回答ありがとうございます。

たしかにSeiron04様との間で平行線になっている部分もあったのかもしれませんね。
そして、その理由のひとつが「理想主義者」と「現実主義者」の違いであるというご指摘も、理解できる部分があります。

「日本では、政治を情緒的に論ずる慣習が官民を問わずにあります。」
これは以前、私の質問にお答えいただいた方の弁なのですが、私も政治に限らず日本人は情緒的に考える傾向があると思います。
私は出来るだけ「情緒的」にも考えますが、それとは別に「現実的」な視点でも物事を見たいと感じています。
その点で「現実的」よりも「情緒的」に物事を考える傾向がある方との間で、相容れない部分があるのかなと考えています。
(情緒的に考えることに否定的であると思われるかもしれませんが、両方の視点が必要だと思っています。
 しかしながら、今回の質問は「現実的」な視点で質問をしました。)

また「夢」については、私自身としては今の日本は「夢バブル」と言えるのではないかと考えています。
・「夢を追っている人」に対して「現実を見ろ」と指摘をすること
・「現実を見ている人」に対して「夢を見ろ」と指摘をすること
今の日本社会では、後者のほうが前者に比べて「いいこと」とされている気がします。
本当の心からの夢を持つ人は、その夢に向かって突き進めと思いますが
「憧れ」だとか「移ろい」「流行」などに乗った中途半端な「夢」に向かうことで「現実」が見れなくなることについては懐疑的なスタンスです。

最後になりましたが
この厳しい条件の「結果」については、9割程度の人に当てはまるということですね。
回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-11-06 01:58:37

ANo.17

こんにちは。(^.^) 塾でバイトしてます。
>・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
私の生徒でも一生懸命勉強していても「多分大学には進学できないだろうな」っていう子はたくさんいます。
いろいろ工夫したり努力したりしてますが、いわゆる「頭のいい人」←(ツッコまないで!)
とはどんどん差が開いていって本人や親・先生たちの力ではどうしようもないです。
なのでこの質問はヒドイです。(>_<)
私は生徒と接するとき、「納得してるのかな?」と考えています。
だからこの質問の答えは・・・本人が納得している割合・・・です。
「勉強のできた」あなたには「勉強のできない子」の気持ちは分からないと思います。

投稿日時 - 2008-11-05 13:01:06

お礼

ご指摘ありがとうございます。

たしかに仰るとおりで「道理的」「道徳的」な見地でみると
この質問は「弱者を切り捨てる」ように捉えられることも出来ると思います。
これについて
>>この質問はヒドイです。(>_<)
という印象をもたれるのもわかります。

ただ、私は出来るだけ「現実」を見たいと思っています。
「先天的」「親による方針」「本人の努力」など要因は様々ですが
「結果」についてみた場合、低収入な方はある程度妥当であると思います。
もし妥当ではないというのであれば、なぜ妥当ではないか。を回答していただけると幸いです。
(わがままを言わせていただければANo.15の方のように論理的な文章であれば、非常に助かります)

投稿日時 - 2008-11-06 01:31:51

ANo.16

no.6ですが、追加です。
>私自身は政府が・・・・。とありますが、私は政府が上から発動、命令する事のみを考えていた訳では無いのですよ。その証拠に、「社会」と言う言葉は使っても「政府」と言う言葉は一度も使っておりません。私の意識では、社会の方が政府より強い影響力を持つと感じている事も多いです。

アメリカの様に他民族国家であり、常に移民を受け入れ社会の「常識」が無い場合、政府は「法」によってルールを全ての人に押し付けて管理しなくてはなりません。

しかし、日本はホモ・ジニアスです。長い歴史の中で出来てきた価値観や共通意識が存在します。この場合は、大きな「政府」や厳しい「法」を必要とするアメリカと違います。社会と言う枠組みそのものが、機能を果たす場合もあります。

イギリスは、政府が下に押し付けなくても、自動的に「階級性」が成り立っている国です。

国家のシステムは、政府だけによって作られる物ではありません。
どこかの日本の大企業が「年齢、性別関係なく、実績と学歴だけで中途採用します。」と言うことも可能でしょ。
社会と政府は違うと思いますよ。

投稿日時 - 2008-11-05 12:40:55

お礼

回答ありがとうございます。

・政府だけでは国家のシステムが作り上げられるものではない。
・社会の方が政府よりも強い影響力を感じていることも多い
というご意見、なんとなくですがわかる部分があります。
rocknrose様の意とは違うかもしれませんが
日本における「世間」の存在について私も思うところがありました。

ただ
・私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。
この文は、「格差の解消法」のような私の質問の意とは異なる道に脱線されないよう、殆ど推敲せずに10秒くらいで書いたものなので
出来れば、これに対するご意見はまたの機会にお願いいたします。

投稿日時 - 2008-11-06 01:09:55

ANo.14

>「低収入な人」に不公平感がある限り、「その人本人にとって」「妥当」にはなり得ない。
高収入や勝ち組の人の中にも「世の中、不公平だな」と思っている人は多いでしょうし、
「妥当ではない」と思っている人も多いと思います。
>たしかに、自分にとって不都合な事実はなかなか認めがたいものですよね。
いつの間に事実になってしまったのですか?
ん? a.事実=「低収入」、b.事実=「妥当」
aであるなら現実がそうなので、認めていると思います。
bであるなら私は実際「妥当ではない」と思っていますし、本人たちの中でも意見は割れると思います。
(私は低収入ではありませんが)

>・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
受験勉強が本分でしょうか?学問をすることは良いことですが・・・。
>・就職に強い大学に進学をしなかった。
ただ就職に強いというだけで全く興味の無い大学に進学するのですか?

不本意ではありますが、質問にお答えしないのも不誠実ですので・・・9割以上だと思います。
ただ、ここまで限定してしまっては殆ど意味が無いような気が致します。

旧学歴社会の中で受験のための勉強には偶々向いていなかっただけで
結果的に「低収入」になってしまった人や
厳しい受験勉強を勝ち抜いて「勝ち組」になったものの
不可抗力で「低収入」に陥ってしまった人に対して
「自業自得」などとはとても言えません。

この回答で最後にしたいと思います。
長文、失礼致しました。

投稿日時 - 2008-11-05 00:47:34

お礼

回答ありがとうございました。

>>高収入や勝ち組の人の中にも「世の中、不公平だな」と思っている人は多いでしょうし、
>>「妥当ではない」と思っている人も多いと思います。
たしかに仰るとおりで万人が万人全てが納得いくことはとても難しいですよね。

>>いつの間に事実になってしまったのですか?
これについては私の文章が悪かったです。事実というより現実と書くべきでしたね。
現実-同世代の人と比べると低収入であるという現実
だれが-その当人が
何を-今おかれている状況が妥当であると
認めずらいのではないかな。と思ったのですが、あまり決め付けは良くなかったですね。

>>受験勉強が本分でしょうか?学問をすることは良いことですが・・・。
学生にとっては「勉強」をする為に行くのが学校なのではないでしょうか。
少なくとも、普通の学校を卒業する為には「勉強の単位」を取得しなければ出来ないですよね。
「部活の単位」や「遊びの単位」は無いと思いますが…
>>ただ就職に強いというだけで全く興味の無い大学に進学するのですか?
興味がある大学が就職に強くなくとも行くというのは大変結構なことだと思います。
しかしながら、そうすることで将来得られる収入の期待値が低くなることは本人も理解していることだと思います。
それでも行くというのであれば、その結果として低収入になったとしても、それにはある程度の妥当性はあるように感じます。

>>厳しい受験勉強を勝ち抜いて「勝ち組」になったものの
>>不可抗力で「低収入」に陥ってしまった人に対して
>>「自業自得」などとはとても言えません。
そのような本当に不可抗力で「低収入」に陥ってしまった方は
妥当な8割の方ではなく、残りの2割の方だと思います。

と、ここまで書くと議論目的だと思われたくないのですが
基本的に回答者様からの「?」のついた質問にお答えしたまでであることをご了承ください。

>>9割以上だと思います。
極めて限定的なものですが「低収入な人」の「9割」は「4つの条件」のいずれかに当てはまるということですね。
3度にわたる回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-11-05 02:14:31

ANo.13

 妥当ではありません。
 事実関係を無視してでも、学歴を最優先した上で、それが妥当であると決定しただけの話。

 条項に記載されている事の多くが、ペケでも大卒になっている事自体、大卒側のムシの良い視点でしかないです。
 ただし、この視点から見れば、現状は妥当なのでしょう。

投稿日時 - 2008-11-05 00:25:56

お礼

回答ありがとうございます。

>>学歴を最優先した上で、それが妥当であると決定しただけの話。
たしかに取り様によっては、そのように取れますね。

私の意図としては
・学生時代にやるべきことである勉強に取り組んできたか
・就職活動の時に、将来について真剣に考えたか
という「それぞれのときにやるべきこと」を「やったか」という基準でした。

投稿日時 - 2008-11-05 01:39:15

ANo.12

NO.10です。
申し訳ございません。
余り、論理立てて説明するのは得意ではない上に、その質問すら理解し切れていないまま
できるだけ質問の文章を使って、無理やり自分の意見を嵌め込んだ結果、極めて解り辛くなってしまったようです。
要するに
前者:低収入の原因が全てないしは大半、本人にあるケースは低収入の人の1割程度。
後者:2~3割しか評価されていない、若しくは2~3割しか有効利用されていない結果、低収入に甘んじている。
と言いたかったのです。

「結果」は「ツキ」の要素を多分に含んでいます。
言いたいことはたくさんありますが、ひとことで言えば
不公平感がある限り「妥当」にはなり得ない
ということです。

投稿日時 - 2008-11-04 21:42:52

補足

お礼文の補足です。

「怠けていた」というような本人の問題「ツキが悪かった」という運の問題。
「親が貧乏だった」というような親の問題などなど…
色々な理由があると思いますが、結果として
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した
だった人がどの程度かについてお答えいただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-04 21:57:16

お礼

とても分かりやすい補足をしていただきありがとうございます。

「低収入の原因が全てないしは大半、本人にある」ケースは1割程度と言うことですね。
>>不公平感がある限り「妥当」にはなり得ない
との事ですが、これは
「低収入な人」に不公平感がある限り、「その人本人にとって」「妥当」にはなり得ない。
ということでしょうか。そうであれば
たしかに、自分にとって不都合な事実はなかなか認めがたいものですよね。

もしよろしければ低収入の人の内
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した
のいずれかに当てはまる人はどの程度だと思われるかをお答えいただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-04 21:54:16

ANo.11

#9です 
自己責任で妥当なのか?構造的問題では?http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2008032202097394.html
偽装対応で徹底した審査。それでも受給が増
http://seikatuhogo.net/24/80/81/000053.php
自己責任推進派の有名人
http://www.okutani-reiko.com/03column/index0202.html
目的は 反 労働基準法 労働者保護緩和推進 
http://www.okutani-reiko.com/03column/index0201.html
「自己責任論」に対する違和感 
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TEIKYO.HTM
 自己責任と自己決定
http://philolaw.hp.infoseek.co.jp/achievement/articles2001a.html
 予測不可能性
http://homepage2.nifty.com/quake/shiryou/shiryou27.html

常に弱いところに犠牲が回る=低収入 妥当性の実体 
だと思いますよ。

投稿日時 - 2008-11-04 20:48:39

お礼

回答ありがとうございます。

常に弱いところに犠牲が回る=低収入 妥当性の実体
であるということですね。

投稿日時 - 2008-11-04 20:58:34

ANo.10

>皆様は「低収入な人」の何割ぐらいが「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?
質問はこちらですね?
この「何割」が「低収入な人」に係っているなら、1割程度、
「本人の人生の妥当な結果」であるなら、少し変ですが2~3割。
「その人の人生の責任がその人自身にどの程度あるか?」と考えれば「年齢」によると思われます。
質問の内容では10代で殆ど決まってしまうので「妥当ではない」と断じざるを得ません。
例えば「勉強しなさい」と言われて「やる子」と、言われても「しない子」で
「しない子」が悪いと云うのは大人の責任放棄です。

また、ある程度パイが決まっている以上、
どんなに頑張っても「漏れる」人が出てくる現実もあります。

>私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。
 再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので
私も同意見です。

投稿日時 - 2008-11-04 16:23:37

お礼

回答ありがとうございます。

>>この「何割」が「低収入な人」に係っているなら、1割程度
これは読解力のない私には良く分からないのですが
日本の全人口の内「低収入な人」は1割程度という意味合いでしょうか?

>>「本人の人生の妥当な結果」であるなら、少し変ですが2~3割。
これも、ちょっと難しいですね。
もしよろしければもう少し分かりやすく書いていただければ幸いです。

>>また、ある程度パイが決まっている以上、
>>どんなに頑張っても「漏れる」人が出てくる現実もあります。
仰るとおりだと思います。
しかし、全ての人が努力して「結果を出して」いるわけではないですよね。
(努力=いい事であると言うつもりはありません)
「結果を出していない人」が低収入であるのは、ある程度妥当ではないですか?
という質問であることをご理解いただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-04 19:03:35

ANo.9

 そう信じられる環境の中で仕事についていられる事が理想です。
「がんばれば高額の対価が得られる、得られないのは頑張りが足りないせい。だから心配するな」

 これを壊す要因が問題なので、それを廃除する為に、より怠惰な弱者の振りをしている「偽装弱者=パラサイトの指導廃除」を行うべきと言う考えが私的自治や組織のモチベーションアップや啓発の中に存在する。

そして、低収入であったり本当に困っている人間は周りの人にこそ絶対に言えず一人で恐怖におびえて困っている。昔は教会や坊さんの仕事だったが今は信用できない。それを、精神科の病院と薬に頼って何とかしようとすれば、健康保険は崩壊し。 偽装弱者の指導廃除にはつながらない。 クライシスを認めないことで、どんどん拡大する。
ゆで蛙の現象である。

 法律と審判を厳格に運用する事で、セーフティーネットは働くのではないかという意見もある。(自治権と自己責任)
 
 これは、行政に、「不正受給者に対する審査を確実に実施するように」等の通達という形で現れる。「本当に必要なところに現場の裁量で給付せよ」という方針を採る事もある。結果 国が規定してくれないから責任が取れず、「今回は支給を取りやめる。」等の結果になる。(生活保護療養者の交通費不支給の問題)

国立大学に進学した人は低収入になっていないと言うのは世間を知らなさ過ぎます。医師が全員金持ちだと言う錯覚に等しい。
学力が無くたってお金を稼げる方法はある。道路が通ってその買取が決まる事で財産を作った人に何の努力があったのか?多額のローンを抱えて土地と給与が下がったために生活に苦しむ55才前後の共働き夫婦に自業自得と言えるのか?

取引先の不正に伴い連鎖倒産、銀行の貸しはがしによりリストラされる社員に何か自己責任があるのか?はなはだ疑問である。
銀行の不正会計防止の為に取った自己資本比率厳守の国の方針が結果としてこのようなことを生んでいる。
 今は 会計上保有資産に株があり、時価が下がると自己資本が下がるのだ。

したがって、低収入な人の妥当性を評価する事が不可能であることと共に高収入である人の妥当性も評価できない。だから能力主義の導入は失敗に終わっている。後付の論理を押し付けて弱者の切捨てと無関心を装う人の周りには偽装弱者であふれているのでしょうが、知られずに危機を迎えて苦しんでいる物を何とかしようと声を上げる事が、
「再チャレンジする制度」などという官僚的な更に問題を生む対策よりはるかに有効ではないかと思う。 

投稿日時 - 2008-11-04 15:24:26

お礼

回答ありがとうございます。

>>国立大学に進学した人は低収入になっていないと言うのは世間を知らなさ過ぎます。
たしかに仰るとおりだと思います。
私は「授業料の安い国立大学に奨学金、授業料免除を使っても行けない人」
という意味で国立大学と言葉を使いましたし
・就職に強い大学に進学をしなかった。
の就職に強い大学に進学した人が絶対に低収入にならないというつもりもありません。

>>多額のローンを抱えて土地と給与が下がったために生活に苦しむ55才前後の共働き夫婦に自業自得と言えるのか?
この1つの事例についてはなんとも言えませんね。
「道徳」の授業であれば自業自得と言えない。となると思いますが。
リスクを考えず多額のローンを組んだこと等自業自得であると言える部分もあると思います。
でも、このような微妙な方が低収入の大部分を占めているとは到底思えません。
低収入な方の大部分(8割程度)は
質問文に示した4つの結果のどれかであるような気がします。

投稿日時 - 2008-11-04 18:58:11

ANo.8

仰るとおり。まるで私の胸のうちを代弁してくれているみたいです。全面的にあなた方を支持します。

95%はその人の怠慢のせいでしょう。

投稿日時 - 2008-11-04 14:01:29

お礼

>>95%はその人の怠慢のせいでしょう。

非常に分かりやすい回答ですね。
回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-11-04 18:46:16

ANo.7

>「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?
100%。
本人が生きてきた人生の結果である以上、どんな結果であっても妥当な結果であるとしか言いようがありません。
しかし、それは収入という面に限った一般的な(?)平均的価値に基づいたその人の一面に対する他人からの評価でしかないと思います。
その人の人生を生きてこなかった他人が何をどう評価しようが他人による社会的な(勝手な)一面での評価でしかありません。
あくまで大切なのは自分にとってどうなのかという事ではないでしょうか。
本人しだいということです。
収入を、生活を、自分の未来を改善したい。
再チャレンジとはそういうことではないんでしょうか?
再チャレンジ制度を作るのは結構ですが、どういう趣旨で作るのか、基準や本人の気持ち、資格、受け皿等問題が多すぎませんか?
教育するとして期間中の収入は?
一部の生活保護や失業給付のようになっていては話になりませんよね?
私は、正社員ではない100万の借金をかかえた年収230万、今年転職したので280~300万くらいになる予定ですが、相変わらず正社員ではありません。
将来的な不安は正社員の方よりは多いと思います。
転職時の面接等も建前上、年齢不問ですが実際はそんなことありませんし、法律できめたから、制度をつくったからでは解決しない問題であると考えます。
努力と運。これまでの人生と変わるところはないと思います。

投稿日時 - 2008-11-04 12:30:28

お礼

回答ありがとうございます。

収入の面については100%妥当な結果であるということですね・

再チャレンジ制度は脱線した回答を避ける為に記述したのですが
むしろ、それが脱線を誘うことになって残念な限りです。

投稿日時 - 2008-11-04 18:45:03

ANo.6

 ジェレミー・ベンサムの思想に「最大多数の最大幸福」という考えがあります。この考えは、社会の所得階層に置いて、底辺の生活水準ををいかに引き上げるかという事なんです。時代によっても違いますが。引き上げていく事のよって、格差は縮小して行く可能性が高いんです。

 確かに、私等の親の時代(戦後)から
>同じ世代の中で相対的に収入が低い人は、程度妥当な結果である

はありました。でも、ここまで生活水準が所得格差によって差がついてなかったと思います。低所得で子供を欲しくても産めない人もいる。信じられない。人としての最小限の選択が保証されて無い。産まない事と産めない状況は違います。昔より、結婚できない人や、子供を持てない人が増えているように思いますが、教育投資の格差も所得に起因していますから、結局、所得格差が開きすぎた結果でしょう。

 だれでも、
「自分の子には、より良い生活をして欲しい、そのためには、教育投資(経済力)がいるので、充分出来そうに無い場合、子供に苦労させるより、初めから産まない方が子供のためだ。」になってると感じます。

 確かに努力した人は報われるべきです。でも、20世紀の日本は社長と従業員の所得差が先進国の中でもとても少なかった。そこが、日本が経済発展した大きな理由だと思うんです。

 現在は、低収入の人が、高収入の人と比較して「収入が少ないのは自分の努力が足りなかったから。」と言っても、格差の幅が大きすぎると思います。大きすぎる格差の場合、「やる気」を無くします。

 欧米では、クビになる可能性も昭和日本より高かったけど、やり直しのチャンスも与えられています。努力は一生にどれだけするかが大事であって、始めるのは何歳からでもいいし、やる気があれば出来るし、社会もそれを受け入れます。30歳以降、家族を持った後でも大学に進学し専門職に就けるんです。でも日本は「規定年齢の新卒」じゃないと、一生、正規雇用を得る事は難しいですよね。敗者復活戦のチャンスが無い。ここが問題だと思うのですが。

投稿日時 - 2008-11-04 11:48:51

お礼

回答ありがとうございます。

う~ん。これは私の最後に示した
・私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。
これについての回答でしょうか。

もしよろしければ
「低収入な人」の何割ぐらいが
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動したetc…
このような行動に対する「妥当な結果」であると思われますか?
について回答いただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-04 18:40:11

ANo.5

 定期的に出て来るこの質問、私もその通りかな?と思います。

 が、ニートだとかフリーターだとか、彰か働く意思がないものを除いた話。

 世の中に必要だと思われる職業(の一部)の収入が低く、将来がない。
 金を儲ける為に存在しているような本末転倒な職業(の一部)の収入が高く人気が集中する。その結果狭き門になって努力したもののみが就ける職業になる。

 この結果を、「努力した人間が高給なんだから問題ない」というのは、間違ってはいないかも知れないけれど、日本の将来的に大問題だと思うのです。

 低収入の職業は成り手がなくなっても良いのかと問われると、寧ろ必要な職業が多かったりして。

 「経済格差が問題」というのは、低収入者が可哀想だとか自己責任だとかいう所が問題じゃないと思うんですよ。
 この格差が広がると社会の、生産のバランスがおかしくなってしまうという所だと。

 ちなみに私は現在、まずまずの所得ではありますが、私が尊いと思う職種(畜農業を含めてモノを作る人や、介護職)は低所得で過酷なので、自分可愛さに選択いたしませんでした。こういう奴が居るのが問題なんだと思います。

投稿日時 - 2008-11-04 10:38:19

お礼

回答ありがとうございます。

>>定期的に出て来るこの質問、私もその通りかな?と思います。
ということは、8割は妥当な結果である。ということですね。

>>畜農業を含めてモノを作る人や、介護職は低所得で過酷
これは私も危惧しておりました。特に介護職の方は、あれほど過酷なのに
報酬は一般的なものより低くて…これについては政府にも考えていただきたいと思います。

投稿日時 - 2008-11-04 18:38:07

ANo.4

うーん、難しい部分だな。あくまで主観というか、単なる想像でしかないが。

確かに、そうした面はあるとは思う。努力する人間と、全く努力しない人間とで、全く同じ結果になるとすれば、そのほうが問題だろう。努力が報われる社会であるべきだし、そうした面は実際、あるはずだ。また能力ある人間が高く評価されなければ、才能ある人間はこの国から出て行ってしまうだろう。やはり能力のあるものはそれなりに認められなければならないだろうさ。

ただ、そうした考え方は、「努力が報われる時代」の名残り、なのかも知れん。今は、そうした牧歌的な時代ではなくなってきている。格差の固定化という現象などを見ると、必ずしも努力した人間が成功し、そうでない人間が成功できないわけではなくなってきている傾向が見られる。どういう環境に生まれたかによって、努力しても成功できなかったり、全く努力せずに成功したりするような傾向が見られるようになってきている。

また、古きよき時代であっても、職業差別の類いは常にあった。職種によっては、どんなに努力し、回りから認められても、それが収入には結びつかない、ということは実際ある。これは、今の時代になって改善されている面もあるが、逆に更に助長されている面もあるんでないかね。

そうしたことを考えると、全体としての割合は、案外高くないかも知れん。「人生の結果として貧しい暮らしを招いた」といえるのは、全体のせいぜい2~3割程度なんじゃないかという気がするな。残りは、「職業あるいは仕事の形態などによる経済的な差別待遇」と「生まれや環境による格差の固定化」などの影響を逃れることができない事例のように思える。

まぁ、逆に「努力によって完全に収入が分かれる」ってのも、これはこれでつまらん社会というところもあるんだよな。ただのぼんくらが、運だけである日一攫千金!ということも少しはないと、面白みがない。再チャレンジやセフティネットも重要だが、もう少し努力が報われる社会であってほしいとは思うんだがね。これは政治だけでなく、案外と「我々の差別や偏見」の問題なのかも知れんな。我々が、人間を偏見ある目で見ず、その実力で評価できるようになるだけで、ずいぶんと解決できる問題なのかも知れん。が、こいつは政治問題以上に難しいんだよなぁ。

投稿日時 - 2008-11-04 10:24:28

お礼

回答ありがとうございます。

回答によりますと、低収入な人のうち
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動したetc…
な人は2~3割ということですね。

今現在回答されている方の中では極めて少ないですね。

投稿日時 - 2008-11-04 18:31:09

ANo.3

おはようございます・・・・・

「低収入な人」の何割ぐらいが「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?・・・・

それはわかりません。

なぜなら、「割合」を算出できるほど多数のサンプル、つまり、たとえば周りの大勢の人たち・・・について、一般常識的なレベルに比較して「低収入な人」であるのかないのかを知るすべがないからです。

さらには、「本人の、これまでの人生の歩み方やあり方」を正確に把握し、一般常識的なレベルと比較評価することなど不可能だからです。

こうした結果を出そうとするなら、サンプル数の確保や聴き取り調査といった地道な努力もさることながら、「一般常識的なレベル」とは何か・・・といったガイドラインがまず必要になります。
様々な人生パターンに細分化された膨大な状況考察について、それぞれ正しいガイドラインがまず確定できていなくてはなりませんが、それ自体の準備がありませんから。

しかも、今日の社会では様々なファクターが介在し個人に影響を及ぼすことから、収入は「本人の、これまでの人生の歩み方やあり方」に比例しないと考えられるからです。

ならば、ご注文通り主観か?・・・・

それはまったく無理でしょう、本格的な調査でさえ、上に述べたような状況にあるのに、それをさらに感覚的に捉えようとするのはまったく意味のないこと。
たしかに、感覚的には「そういうこともあるかもしれない」とは感じますが、「何割?」と言われても、感覚で割合を語っても意味がないし、データとしてなんの役にもただないでしょうしねえ。

第一、困ったことに、周りの人の中に異常なほど低収入な方が居るのかどうか、聞くわけにもいかないし、居たとしても、4つの低収入の理由のどれに合致するかまでを確かめるわけにもいかないですからね。

投稿日時 - 2008-11-04 08:27:45

お礼

回答ありがとうございます。

わからない。ということで残念な限りです。
他の方にはあまり難しく考えず、直感的に回答していただけると幸いです。

投稿日時 - 2008-11-04 18:27:40

低収入はある程度、妥当な結果だと思いますよ。
私は低収入ですが言い返す言葉がないですね。

ただし、高収入は妥当ではない場合が多いと考えている。

投稿日時 - 2008-11-04 08:12:41

お礼

あくまで低収入に限った場合、低収入はある程度妥当な結果である。
ということですね。

回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2008-11-04 18:26:27

ANo.1

>低収入はある程度、妥当な結果ではないですか?

 あなたがそう思うのならそれでいいことでは
 この回答で何を期待され、どう行動されるのでしょう
 また、この質問のどこにあなた自身が困っているのでしょう。

投稿日時 - 2008-11-04 06:34:28

補足

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

   補足です!

  この質問の主題は
  「低収入な人」の何割ぐらいが「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?
  です。

  回答者様の中で一番下の文「再チャレンジする制度」などに
 関するご意見が多いのですが、これは今まで「再チャレンジする制度」
 などについて脱線される方が多かったために記載したまでです。
 これについての回答はご遠慮ください!

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

投稿日時 - 2008-11-04 18:31:10

お礼

ご指摘ありがとうございます。

まさしく仰るとおりで一般のカテゴリでこのような質問はすべきではないですよね。
なので
・解決すべき問題ではないが、同意や感想を求める質問
 [例1]×××の新作「××××」を見て、良かった点悪かった点それぞれの
    意見を聞かせてください。
 [例2]×××について私はこう思いますが、皆さんの意見を聞かせてください。
(【特設】アンケートカテゴリーについてより)
こう言われているアンケートカテゴリで質問を致した次第です。

投稿日時 - 2008-11-04 18:25:39

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