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解決済みの質問

学校休ませてディズニー、USJ?

平日の方が安くて空いているからという理由だけで学校を休ませてディズニーランドやUSJに行く親御さんに質問です。
自分の子供が何かの理由(ゲームをしたい、友達と遊びたい等)で学校を休みたいと言ってきたらどうしますか?

投稿日時 - 2008-11-21 15:03:17

QNo.4496176

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

#3です。
えーと、先ほどの回答に記しているのですが。休みたいといえば休ませると。
一応理由は聞きます。ゲームであろうがTVであろうが、それで嘘でないならさせます。友達と遊ぶは駄目です。よそのお子さんまで責任もてません。違う理由がありそうなら心配します。
学校には、風邪気味とか嘘は言いません、かえって面倒になりますから。今日は行きたがりませんで大丈夫ですよ。

3人子供がいますが、3人とも小学校のときはそういうサボりをしてますね。理由はいろいろです。
下に赤ちゃんがいたときは、赤ちゃんの面倒が見たいとか、これは嘘だろうと思ってましたが、お母さんを独占している赤ちゃんに嫉妬してでしょう。気の済むようにさせたほうがいいから休みましたよ。結局自分がいないときに、特別かわいがっているわけでもないと納得したみたいです。
上の子が病気で休んだ後は、下の子がそう言う症状で休みましたし、
TVのチャンネル争いに負けてばかりの子が学校休んでTVを思う存分見たかったらしく休みましたし。。。一日したら満足して次の日は行きます。
子供って、まだ半分赤ちゃんですから、自分の感情をうまく納得させられないときがあります。そういう時、正論を言っても仕方がないのではないでしょうか。
度々そういうことがあるなら心配でしょうが、「本人の納得」が一番大切だと思ってます。

前に記したように、中学高校以後はありません。進路も自分で決めてます。特に問題の子はいません。

無理して説得せずに、様子を見ることも大切なのではないでしょうか。

投稿日時 - 2008-11-21 18:00:06

お礼

再度の回答ありがとうございます。
すみません私が見落としていました。でも驚きました。そんなに簡単に休ませてしまうんですね。私が子供のころには考えられませんでしたが。
>>中学高校以後はありません。進路も自分で決めてます。特に問題の子はいません。<<

あなたのそのような教育方針で問題なく育っていることが驚きであり非常に興味があります。私の子供だったら間違いなく問題児になると思います。
何か秘訣というかどのようなポリシーをもって育てているのかできるだけ詳しく知りたいです。
もしよろしかったら教えていただけるとありがたいです。
よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-11-21 23:23:44

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回答(22)

ANo.22

>あなたの家庭は親子でもめたことがないんですね。
>さぞご立派なお子様にお育てになったようで敬服いたします。

違うのですが・・・
個別事象の話ではなく、そこまでの関係性の重要性を言っています。
親子に限らず、知人同士でも、喧嘩やもめ事があってもそれまでの人間関係やお互いの考え方があれば、そこで解決点を見いだせるということです。

質問者様は、同じ事象が起きれば万人にとって同じかのように考えているのかも知れません。しかし、そうではありません。お互いに信頼関係がある関係と敵対関係の関係では、同じ事象が発生しても受け取り方が全く異なります。

仮に相手が約束の時間に来なくても、それまでの長い日数で信頼関係があれば「きっと何かあったに違いない」と思われます。一方、信頼関係がないどころか敵対しているくらいだと「あいつ、俺のこと軽視していやがる」などと思われます。

それと同じで、「家族イベントで学校を休む」「親子間で意見が対立する」「親が意見を変える」となっても、それまでにその子をどう育ててきたか、そこまでに築いてきた親子の関係によって、大きく状況は異なるということを言っています。

それまでに良好な関係を築けていなければ、いきなり取り繕おうとしても無理でしょう。どんなに理論武装したって無駄です。理屈で相手を論破しても従うものではありません。(えらい教育研究者や学者の子供が立派に育つとは限らない)
ですから、たとえ、多少の矛盾(?)があっても、対立があってもそれを理性と感情のある人間として解決できるようにすべきということです。


とある事象が発生した時の解決策は、その時に完全にマッチするような1対1対応の関係ではありません。同じ事象が別の家族に発生しても受け止め方は全く違います。そこで、その事象が起こるまでに確立された関係性や人間性が重要だということなのですが。

投稿日時 - 2008-12-10 22:13:39

補足

くどいようですが、話が堂々巡りになってしまいますので、どうか回答はご遠慮ください。

投稿日時 - 2008-12-11 16:00:07

お礼

質問した当初は「休ませない」を前提に考えていましたのでmuturabosi様のように「休ませる」と回答をいただいた時に正直びっくりしましたが、ご意見を伺って「こんな育て方もあるんだ」と考えさせられました。
一方、「休ませない」と回答された方はいくら突っ込んで聞いてみても休ませる基準がないうえに考え方に一貫性がなく、明らかに多くの親が自分たちの都合で子供を振り回していることがわかりました。これでは今の日本が荒れて、しかも経済的に衰退するのもうなずけます。
今後は規律正しい教育界が出来ることを願うばかりです。

多くの回答ありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

投稿日時 - 2008-12-23 15:00:35

ANo.21

国民が受け入れてくれない話について書きます。

格差社会とか、階級社会とかについてどういう印象をお持ちですか?ということなのですが、

結論を言ってしまうと、一億総中流社会の終焉ということなのです。
日本がやってきた公教育というのは、簡単に言えば「一億総」というものなのです。
そのために、子供の時から、ある程度足並みそろえて、粒を揃える教育です。しかも落第がないので、無理やり揃ったことになってます。
この背景に「努力すれば、誰でも出来る」という信仰と「結果平等」を求める下地が準備されます。
確かに、中進国が底上げするには一番いい方法だと思います。明治以来それは成功したんだと思います。
戦後に限っても、ソコソコ粒の揃った若い人を産業界に送り出し、高卒の工場労働者でもそれなりに暮らしていける月給取りを産みだしました。(かつては、日給制が多く月給取りは少なかった)

日本が先進国になってしまったこと、東西体制が崩壊したこと、後進国の追い上げがきついこと、等々で、そういう人材が大量に必要とされなくなった。
そういう産業は後進国、中進国にシフトしていってます。
産業界も再構築を迫られて、それが様々な問題を引き起こしてます。勝ち組負け組みなど言われてますが、セーフティネットとか上手く機能してませんし、小泉改革は恨み節の人も多いようです。
でも、春闘方式のように足並みそろえてはもう出来ない、そんなことしていたら世界で負けます。
そういう時代にあった教育がまだ提示されていないのです。いや、ゆとり教育で方向的には後退すらしました。

現実の教育を見ると、
教科で説明すると、クラスで、平均点の子にレベルを合わせるわけには行かない。それでは下3割の子がハードルが高すぎる。大体、その下の3割2割レベルを下限としているわけです。
先に書いたようにソコソコ粒を揃えてという教育ですね。
公教育(義務教育)は強制であり、全ての子が対象になっているだけに、そうならざるを得ない。レベル的にも高いものは出来ません。
小学校でも3年くらいまではそれでいいかもしれませんが、5,6年でそういうやり方は先々中学高校でレベルを上げていくとき、かなり不利です。
特に中学でそのレベルでは悲惨です。高校でいきなりレベルが上がってついていけない子が出てくるのはそういう下地があるからです。

私は別に英才教育をせよといっているわけではないのですが、どうしても「みんな一緒」は無理があると思うのです。
野球を一生懸命やれば、誰でもイチローになれものではない、毎日バイオリンを6時間弾けば諏訪内さんになれるものではない。皆、認めているのです。
ところが、落第にせよ、レベル別の学習にせよ、ものすごい抵抗があるわけです。勉強に限っては認めたくない。どころか、支援学級を薦められても普通学級に行かせたがる。
長らく、みんな一緒で結果平等に近いものに慣れてきていますから。また、子供のうちから勝ち組負け組のレッテルが貼られそうで、どこの家庭もネジを巻くようになってそれも弊害が大きそうです。

でもねぇ、みんなが大学行く必要があるんでしょうか、みんなが勉強が好きなわけじゃない、、、向いている人向いてない人もあるはずです。
ヨーロッパでは、例えば、ドイツなど階層社会ですよね。職業学校に行って労働者階級、ギムナジウムに進んで社会の上層部で活躍が期待される人と分かれます。
いえ、アメリカだって中身を見れば階層社会です。アイビーリーグなんか勉強だけでは入れません。
日本だってついこの前までそうでした、世界を見ると、やはり多いです。そして、案外この階層社会というのは安定しているのです。
しつけや価値観もその階層の中で培われます。
公教育でのレベルを教科で話しましたが、しつけ、ルール、道徳も同じことです。公教育では最低しか強制できない。階層であろうがムラであろうが宗教であろうが、「社会」のほうがルールはきつくなります。

そういう点では、家業のある家の方が教育には成功しているような気がします。
上のほうでは、恐れ多いですが、皇室から歌舞伎役者、政治家、医者、法曹関係、学者、、、、○○一家といっていいようなお家は独特の家風がありますし、独特の倫理観があります。
子供の時からそういう社会で育つと何かしらのしつけが出来やすいようです。

公教育で出来ることは、最低ラインの少し上しか出来ないもの、そういうものだと思ってます。だからそれで不足だと思えば親がプログラムするしかありません。
これは、他の人も判っているから中学受験が加熱するんでしょうね、今の日本では、親がプログラムするのが面倒なら、私立校に任せるというのが普通です。
ただ、これも困った親御さんがいて、受験勝者→社会的勝者 と勘違いして教育パパが尻を叩くから、勉強しか出来ない馬鹿を作ってしまってますけど。
イギリスのパブリックスクールは勉強だけのがり勉を育ててない、勿論、勉強もかなりさせますけど、日本みたいなセンター試験のような1点を争う試験ではないので方向性がかなり違います。
欧米どころかインドあたりにも負けそうな日本の教育って、かなりやばいことは確かですよ。

話がTDLからかなり、離れたところに来てしまいました。
今日本はモデルなき国家、ビジョンなき国家です。教育もです。
かつては、西洋に追いつけ追い越せ、アメリカのような豊かな国とかに憧れていた。
教育も、かつては偉人伝というものがよく読まれていた、豊田さんとか松下さんとか、野口博士、シュバイツァー、クララ、、、
今の時代、子供たちのヒーローはお笑い芸人かスポーツ選手です。いけないわけじゃないけど、そういうのって下層階級の憧れだったものですよ。
ただ、現実、今、輝いている若者はスポーツ系が多いですね、藍、さくら、遼クン、真央、、、皆、学校の外の世界です、碌に学校も行ってません。
学校行かなくても人は育つのです。出来もしないのにしつけようなどせずに、社会に任せて勉強だけを教える場のほうがよほどいいのじゃないかしらと思ってしまいます。
そういうわけで、地方には適当な私立校もないですし、自前で 
ポリシー→ビジョン→大まかなプログラム→具体的な目標 を組み立てて学校教育を「利用」したわけです。勿論キッチリ計画できたわけではないですし、各々の子で少しずつ変えてます。ただ、基本的なことは譲ってません。
私の方針>>学校 というのは、公教育では質が悪いからです。その目的のためには場合によっては、学校を休ませてという選択肢もあり、ということです。

追記
私は専門家でも何でもありません、ごく一般の市民です。

投稿日時 - 2008-12-10 07:45:20

お礼

回答ありがとうございます。
なるほど教育システムが古くなったしまったということですね。私は元に戻すべきだと思っていましたが、ご意見を読んでいるとどうやら逆のようですね。確かに格差社会の問題が叫ばれている昨今では多くの国民に受け入れられないかもしれませんが、グローバル経済においては致し方ないのは理解できます。今までの私の考え方が如何に狭い世界での考え方であったかを痛感し、すごく勉強になりました。

ご存知の通り今の日本は教育関係の他にあらゆる不祥事が噴出しており国家崩壊の危機に瀕しているようにも見えますが、所謂「官僚主導政治」がこのようにしてしまったのでしょうね。(元はと言えば国民自身が政治に関心がないからですが)
早いとこ解散して次の政権に期待するしかないでしょうが、正直言って教育システムよりも先に手をつけないこと(財政赤字、年金問題等)がありすぎてどうなることやら・・・・心配です。

投稿日時 - 2008-12-10 14:24:50

ANo.20

>では お子様が中学生になって同じことを言ってきたらどうしますか?
>中学生にもなったら口もうまくなります。「だって小学校の頃TDLに行くために
>学校休んだでしょ?」って言ってくる可能性がないともいえません。「家庭のルール」
>では納得しないと思いますが。反抗期の子供は手ごわいですよ。

先にも申し上げましたが、そう言わせないように育てるものです。そう言ってしまうように育ててしまったとしたらそれは親の教育の失敗です。

質問者様が言われているのは、「子供が人種差別車で無差別大量殺人犯になってしまったらどうしますか?」と言われているのと近い話です。そうなってからどうするかという問題ではなく、そう育ててしまった親の問題でしょう。

相手が中学生や高校生で口がうまくなろうとちゃんとルールを教えて育てていけば、そこは問題ではありません。




そして、疑問なのですが、どうしてこのケースにだけ極端に「説得」にこだわるのでしょう?いちいち子供を全部理屈で説得するのですか?そうであれば、人を殺していけないなどというのは説明できないと思うのですが・・・これだけの哲学者や科学者が数千年かかっても人を殺していけないということを論理的に絶対的なものとして説明できた人は1人もいません。理屈で説明しようとするのは無理です。
質問者様は自分の子供に人を殺してはいけないということさえも教えることを放棄するということになるのでしょうか!?


また、そもそも学校を休んではいけないという質問者の考え方自体が、まったくもって論理的な話ではありませんので、TDLに行った行かないはほとんど問題ではありません。
「だって、別にいかなくてもいいじゃん」と言われれば終わりです。



・子供は「ルール」では納得しない
・でも学校に行くというルールは守れ

矛盾していませんか?

投稿日時 - 2008-12-08 21:42:41

お礼

仮の話だと言ってるのに・・・
あなたの家庭は親子でもめたことがないんですね。
さぞご立派なお子様にお育てになったようで敬服いたします。
いろいろ意見もおありでしょうが、話が堂々巡りになりそうなのでもう回答いただかなくて結構です。
今までの多くの回答感謝いたします。

投稿日時 - 2008-12-09 12:26:17

ANo.19

>まさに強制、洗脳?ちょっと考え方を変えなければいけませんね
考えなしに強制すると子供の反発や恨みをかいますから。。。
どういう考えで、何のためにするのかを親自身が明確にしておかないと、骨折り損のくたびれもうけ。

2に関連することなのですが、かつての社会には通過儀礼というものが所々で用意されていました。
大人になっていく過程で、上の段に上ると何らかの「洗礼」を浴びるシステム。
今の時代、そういうものがないのですよ。あったにしてもそういう「文化」が上手く機能しないで、いじめや差別にしかならなかったりする。
社会が変わってしまったのです。人を育てる社会やムラがなくなったのです。
学校がそういうことが出来るかというと、なかなか難しい問題があって出来ないのですよ。
学校にも、そういうものが少々はあったのですが、人権とかうるさい方や日教組とかがつぶしましてね(笑)。
親が仕掛けるしかないのですよ。そういう考えで、自由にさせることと、強制的にでもさせることと、考えて組み立てこそ、教育なのです。


さて、2なのですが、
確かに、規律の回復は大切なことだと思います。学校に限らず、集団や組織はある程度の規律が保たれていなければ、機能不全に陥ります。
ただね、何のための組織なのか、何のための教育なのか、その辺りをキチンと押さえて間違えない目標がないと、規律のための規律になってしまうのです。
こまごました校則をたくさんこしらえて、取り締まる場、それって、教育以前です。
それと、学校にたくさんのものを期待しすぎる現状があります。
差別の無い社会、命の大切さを学ぶ、思いやりを育む、、、まぁ、こういうのはスローガンですが、何かことが起きると、そういうことが出来てないからだと責められる。
更に、具体的なプログラムもわんさか押し寄せてますよ。
男女共同参画やら、性教育、同和教育、薬物乱用ストップ、金銭教育(キャッチセールス対策)、職場体験も増えてますし、何でもかんでもですよ。まるで萬屋です。
教育の目的ってなんでしょうね。
親にとっては、いい子だけですが、その時代の潮流に洗われます。

かつて、明治の初め、義務教育が発足した時、国のスローガンは富国強兵でした。教育もその目的にかなう人材育成でした。
要するに、明治政府=国VS幕藩体制=ムラ社会。中央集権国家の国民としての組み替えが眼目。それなりのメリットあり。
貧民の倅でも、尋常小学校から徴兵を経て、将官の道が開けたのです。

戦後、経済力で世界を目指した。勉強していい学校→いい会社。企業戦士&専業主婦で経済戦争に立ち向かう。
この時代は、高専や女子大が人気でした。よりよい暮らしに向けて、国民の気持ちも一致していた高度成長期前後です。

そして、今。
日本は何を目指しているのか、どんな人材を育成すべきなのか、そのための初等教育の眼目は。。。
高度経済成長時のスローガンでは耐えられません。少子高齢化、グローバル社会、、、
ムラ社会の子育て環境は壊滅しました。高度成長期の公的教育システムも今は実利を運べない。。あっという間に神通力を失った。
社会が変わったのですよ。だから、以前に書いたように値打ちが無くなった。。。

あらまほしき国家、あらまほしき国民、あらまほしき公教育、それらが1つのコンセプトを作れない今、教育にあらまほしきを望むのは酷です。
理念なき教育、そこに次々持ち込まれる課題、それを処理するのに追われている象徴が、モンスターペアレントです。


モンペについて、擁護しておきます。
元々、子供の養育に親はそんなに頑張っていたわけではないのですよ。
かつて、ムラ社会の頃は、ムラのおきての元に子供も親も属してました。親の裁量などほとんどありません。
親は、子供を飢え死にさせないだけで充分だったわけです。あとは社会のルールが子供を育ててました。
8-10歳まで食べさせたら、丁稚小僧を始め、どこかに奉公に行かせたのです。
大工の棟梁に預けたら、腕だけではなくその社会のおきてもキッチリ仕込まれて、大工になり、大人にもなります。
女中奉公に出すと料理裁縫下働きから始めて、人間関係の機知までしっかり学び、嫁入り先まで確保できます。
昔は、他人様に仕込んでもらっていたのです。親が教育していたわけではないのです。
勿論、親が教育していたところもあります、多かれ少なかれ、裕福な余裕のある階級です。

富国強兵や企業戦士がスローガンにならなくなった社会。
全体を包括する国民のスローガンを作れなくなった社会。
昔と違うんですよ、子供を取り巻く社会が。で、その時代要請にあわなくなっている→値打ちがなくなってきている。

方策はあるのですよ。でも、国民がそれを受け入れてくれない、多分。。。
しょうがなく場当たり的教育しか出来ない今の現状。。。

私の場合、そういう諸々のことを踏まえて、自分の子供の教育を考えました。
理念なき教育は耐え難いのです。主軸が無くてどうして末梢まで考えられるのでしょう。
学校教育<<私の教育方針 です。 公教育はその中に組み込んだ、「有力な機関」そういう意識でした。

投稿日時 - 2008-12-07 22:49:47

お礼

大変詳しいご説明ありがとうございます。
かなり今の教育に批判的なようで。おっしゃることは私にも理解できます。今の教育システムがまさに「グチャグチャ」になっているんですね。何が正しくて何が間違っているのか・・・考えさせられます。
私も2人の子供がいますので、いろんなことが耳に入ってきます。
以前では考えられないこと(母親同士のいさかいや無理な要求等)まで先生方は処理されているようで、本当に気の毒になります。まるで学校を普通のサービス業と勘違いしているのではと思ってしまいます。先にも書きましたが、少しでも学校がよくなるように先生方に協力しなければならないと思い、自分達からできることを考えた時にこの問題(平日休ませて・・・)が出てきました。
でもそんなこと以前に直さなければならない問題があるようですね。
私はあなたのようにそこまで考えていませんでので、回答を読んで自分の子供の教育を見直さなければならないと思いました。

ところでかなり深いところまでご存知のようですが、教育関係の専門家の方ですか?とても一般人の意見と思えないので。

>>方策はあるのですよ。でも、国民がそれを受け入れてくれない、多分。。。<<

これが気になりました。ひょっとして徴兵制度?よろしければ教えてください。よろしくお願いします。

投稿日時 - 2008-12-09 11:57:52

ANo.18

今晩は。

始めに、お詫び?お断りをします。
>2万円の天体望遠鏡をやっとの思いで親に買ってもらい
私の子供時代もそうですよ。あの頃はそれで楽しめたのです。でも、今は、空の状態も悪いですし、情報量が多い時代ですので、初心者用では、中々、虜にならないのです。決して、うちにお金が有り余っているわけではないのです。

種明かしをしますと、私の道楽でもあるのです。また、顕微鏡その他も、夫の商売道具、勤務先で個人使用の分まで買ってもらえないので、自費で購入してます。数年たったものを私や子供にお古で廻して新しい物を買いたいのですよ。
うちは研究職系なので、本や用品にはかなりつぎ込むほうです。その他の暮らしぶりは質素です。
余談ばかりになりますが、友人と雑談していると、相当我が家は貯金がある、貯め込んでいる風に思われて苦笑します。年収の割りにかなり質素なので、貯金が趣味と思われてしまってます。
質問者様に経済格差を思わせるような書き込み方で、失礼しました。


さて、1なのですが、
我慢はしていい我慢と、しなくてもいい我慢とあるように思うのですが。理不尽な我慢は家庭内ではなかったと思います。(子供に言わせれば、あったになるでしょうけど)
我慢より、辛抱強く、継続すること、やり遂げることに力を入れてました。
やりかけたことは、途中で投げない、初期の目的まではする、どんな形であれ、それなりの終了形を作るということです。
いわゆる習い事系やスポーツなどです。
ここまでのレベル、ここまでの年数、決めてから、若しくはある程度たってから目標を設定して続けるように促しました。
子供のことですから、途中でやめたがる時が必ず来ます。根比べですよ。親も結果を早く求めない主義ですから、ともかく続けなさいの一辺倒です。

ピアノの例を話します。
中学2年まではコンクールに出る、高校1年までは発表会に出る、がめあてでした。
小さい時は喜んでします、が、段々グズグズ言い始めます。コンクールが負担なのです。相当練習が必要ですから。
でも、それも大きな目的でさせているのですから、根気比べですよ。全然やらないのを待つしかないのです。親が諦めたら子供はしません。五月蝿くは言わないけど、親は諦めていないと知ると、ついにはじめます。
最後は連日必死になってやりますよ。年によっては気分が乗ってどんどんします。入賞が目的ではないのですが、大きな会場で、人前で実力を発揮させる経験と思ってさせているので、スルーは絶対させないのです。
どういうわけか、本番が一番よかったのじゃない?という経験をつむと、本番に強い子になります。受験もきっとこれで乗り切ったのだと思ってます。緊張する場面でも地力を出せる、いざとなると必死になって間に合わせる、そういう力を目当てにさせたわけです。
続けないと、そういう醍醐味は味わえません。
中学高校の部活では、そういう下地があるから、先輩後輩友達関係むつかしいことがあっても、「ともかく続けたい子=達成感を味わった子」になってます。中学では遅いですよ。

それと、お決まりの行事を作ってました。登山やスキーなどです。
特に、スキーを嫌がりましたね、どの子も。寒い、冷たい、疲れる、三重苦らしいです。でも、泣こうが喚こうが、スクールに入れて一冬数回はさせました。
登山も、途中で嫌だといって帰るわけに行かないのです。そういう強制的なこともいくつかさせてます。

自由に伸び伸び育てた、うーん、ある部分はそうかもしれないけれど、子供たちはそう思ってない。いろんなことをさせてくれるけど、決して自由ではない、親の仕掛けの範囲です。

ついでに、
教育やしつけは、一種の洗脳ですし、強制ですよ。
それを、そうと気づかれないように仕掛けること。そして、その中で自信をつけたり、楽しいことを発見する。そういうものだと思ってます。
洗脳でも、強制でもないレベルは「学問」です。子供にはまだそのレベルは無理です、学問の前提の基礎をつけるときですから。

2に関しては、長くなりそうなので、また後日にします。

投稿日時 - 2008-12-04 00:04:50

お礼

ご返事ありがとうございます。
結構質素なんですね。オーケストラやオペラなんて言葉が出てきたのでてっきり高級住宅街に住む高級官僚?って想像してました(笑)。
まあ質素なら私も負けていませんが(笑)

さて「我慢」ですが、ご意見拝見していて基本的には私と同じ考え方で安心しました。やはり中途半端で投げ出すようなことはよくないですからね。やはり親子で根競べですよね。これでしたら我慢強くなれると思います。

そして驚いたのが、子供が嫌がるスキー、登山に無理やり連れて行ったことです。てっきり子供の好きなようにさせてばかりいたのかと思っていました。私だったら一回連れて行って嫌がるようならたぶん2度と連れて行きません。その辺が私と大きく違うところですね。でもこれでは苦しみから生まれる「達成感」が味わえませんからね。まさに強制、洗脳?ちょっと考え方を変えなければいけませんね。
大変参考になりました。
次回の回答を楽しみにお待ちしています。

投稿日時 - 2008-12-04 14:18:26

ANo.17

>お子様が「明日はミッキーの誕生日だから学校休んで友達と行きたい」と
>言って来たらどうしますか?

No8の最初で【ゲームはNOですね。】と答えているのですが・・・で、繰り返しになりますが休ませません。


>小さな矛盾が積もり積もっていずれ親に対して不信感を持つ
>ようになるかもしれません。
>そこらへんはどうお考えでしょうか?

そうしたら、質問者様が上のように矛盾が積もる→不信感と言われました。


>間違っている可能性のあることを子供に刷り込んで育てる・・・これって正しい教育ですか?
>普通は矛盾していることを自分の子供に刷り込むことはしませんけどねえ・・・

また、間違っている可能性のあることや矛盾することを子どもに刷り込むことが正しくないと言われました。


>ルールがなくても守らなければいけないことがあると教えるのは親の役目です。

それなのに、矛盾してたり間違っている可能性がある世の常識とやらは教えて、原則的に従わせる、とも言われています。


回答者という立場なので質問するのはふさわしくないのですが、どうしても聞きたいのはこの点です。
「矛盾したり間違った可能性があるものを教えるなといいつつ、間違った可能性があるもの(世の常識など)を教えて原則的に従わせるべき」という理屈はどこからくるのでしょうか・・・



私は間違っている可能性があるかもしれないものを教え込みますから、説得もしませんし休ませもしません。「(間違っているかもしれないけど)ルール」でそれに従ってもらうだけです。そのルールを知っての上で、その発言をするかどうかは子どもの自由です。ただ、親としては家庭のルールに従ってもらいます。


>私が聞きたかったのは子供というのはえてして学校をサボりたがるものですよねえ。

これを読んで思いましたが、質問者も勘違いされているような気がします。質問者様はどうも子どもが【絶対に】そのような発言をする前提でいるようですが、そんなことはありません。人間の属性としてサボりたいという属性はありますが、ちゃんと育った子は学校をサボりたいというようなことは言いません。
サボりたいという本能を持っているということとそれを言葉に出すには大きな隔たりがあります。
そもそも、正当な理由無く学校を休みたいと言うような子に育てなければ、サボりたいという発言はありませんし、仮に間違って言ってしまったとしても親が説得する必要なく拒否できるでしょう。



>2つのURLに対する感想を頂いてないのですが・・・

URLまで回答義務があるとは思えないのですが・・・一応2つのURLの感想です。


http://www.aba.ne.jp/~sugita/167j.htm

大したことは言っていませんね。
昔からある主体間の干渉が分かりやすくおきているということですね。私が言っている主体間のフィードバックというものですね。
それが他の影響が小さくなって、この2主体の利害関係が分かりやすくなっているケースというだけでしょう。
各主体が自分の意思とルールを持って活動しています。その結果、相手からのフィードバックを考慮した上でこれが一番と思われる選択を選びます。学校と親だけでなく、担任教師と親、親の間の関係、近所からの評判、これらを全て総合した結果で最善と思われる行動を取ります。本来ならここに近隣社会や他の親という要素が加わって議論されるべきではありますが。


http://news.ameba.jp/domestic/2007/11/8927.html

こういうバカ親がいるからいけない。

子供が単に面倒だから『休みたい』と言い・・・なんてすでに教育失敗ですね。
自己の立場や他主体との力関係・人間関係を考えたときにこう「ありたい」ではなく、こう「あるべき」が分からない親ですね。これがわかっていれば、「眠いと学校」「面倒くさいと学校」を天秤にかけてどうすれば良いかがわかります。
他者のフィードバックが無い状態で育ってしまったのでしょう。ですから、学校や周りの社会も情けない。ちゃんと毅然とした態度で臨めば良いだけなのに、それを許容してしまっている。自らの主体としてのにルールを明確にアピールしてぶつけ合ってこその社会観という空気の情勢なのに、それができていません。まあ、そもそも学校以前に彼らが育った環境でフィードバックが少なかったのでしょうから、学校だけに求めるのは酷ですが。
ですから私が重ね重ね言っているのは、お互いがお互いの価値観に基づいてフィードバックをすることです。それによって妥協点やその状況での秩序が見つかります。

投稿日時 - 2008-12-02 22:54:06

お礼

何だか話がややこしくなってきましたが、結局家庭のルールに従ってもらうってことでよろしいですね。
では お子様が中学生になって同じことを言ってきたらどうしますか?
中学生にもなったら口もうまくなります。「だって小学校の頃TDLに行くために学校休んだでしょ?」って言ってくる可能性がないともいえません。「家庭のルール」では納得しないと思いますが。反抗期の子供は手ごわいですよ。

追伸
今頃言うのは大変恐縮ですが、あなたの言い回しが頭の悪い私には理解できない部分が沢山あります。もう少し簡単にお願いします。
私の文章を読んでいただければ大体のレベルがわかるはずですが・・・

投稿日時 - 2008-12-03 14:36:21

ANo.16

連投でスイマセン。字数制限にかかってしまいました。

(つづき)
質問者さんの望んでいる答えとは違うと思います。
子供がだらしないのは、親がだらしないからです。しっかりした親が、年に1度、TDLに学校休ませて連れて行っても問題児にはなりません。
一番問題の親は、TDLどころか、全然子供を見てない親です。真夜中近いというのに、渋谷のセンター街にいる子供たちの親です。

勿論そういうことが出来る家庭ばかりないことは知ってます。ですから、子供には口止めをさせてます。やましいからではありません。恥ずかしいことでもありません。でも言わないでいることも学ばなければ。
私は一連の哲学を持って子供を育てましたので、それは子供なりに浸透してます。子供が子供の都合で休みたければ休ませたのもそれです。単に目的もなくズル休みをする子には育ててないのです。
しし座流星群が見たいから、昼寝をしておきたいから休みたかった子。アゲハの孵化を朝方まで見ていて、学校行けなかった子。。。。

質問者さんも子供さんが何を望んでいるのか、空いている日に行きたがるのは誰なのか、親としてどのルールをどう伝えるのか、ただ、規律を守ること→よき社会人、よき社会、という図式が簡単に成り立つわけではないことも少しお考えになったほうがいいと思います。

蛇足ですが、質問者さんは男性ですね?
奥様はどうおっしゃてるのでしょうね。一度くらい空いてる日に行って堪能したいわと言われているのなら、試してみてはいかがですか。一家で堪能した思い出というのも、20年位したらいい思い出話になりますよ。

投稿日時 - 2008-12-02 19:41:41

お礼

気が重いなか回答をいただきありがとうございます。
 
今までのあなたの回答を拝見していると考え方に一貫性が感じられて私も納得してしまう部分があります。そして実にすばらしい教育をされていて読んでてと久しぶりに感動しました。
こんな育て方もあるんですね。
ただ、ちょっと生活水準が私のような貧乏者と違うような・・・とても私には真似できません。

ちょっと疑問に思ったことが2つあります。

1 あなたの教育法だと「我慢」に弱い子になりませんか?常に子供の気持ちを尊重し見守ることは重要だと思いますが、子供に限らず人間って必ず「楽なほうに」行きたくなります。それでついつい楽なほうを選んでしまう=我慢を知らない=上下関係の強い日本社会に順応できないという構図です。
私は子供の頃親の言いつけに理不尽と思いつつそれに従って育てられたので自分では我慢強いと思います。
ちなみに親になった今では自分の子供には理不尽な育て方はしていません。

2 確かに今の学校は昔に比べて????な部分が沢山あります。こんな学校だったら少しくらい休んだってどうってことはないって言う気持ちは理解できます。
でもそれを全員が同じ行動をしてしまったらいったい学校はどうなってしまうのでしょうか?やはりここは原点に帰り、悪いところは見直し、質の高い学校にしなければならないと考えています。しかし今のお上をあてにできませんから私たちでできることからはじめなければならないと思います。(無理かもしれませんが)
イギリスの事例はおそらく国レベルで危機感を持ち政策を採ったのではないでしょうか?
当初の質問とは直接関係ありませんがご意見いただければ幸いです。

また ここで教えていただいても限界がありますので、できれば参考になる書物やサイトがあれば教えていただきたいです。尊敬する人物でもかまいません。よろしくお願いします。

追伸
私は男です。妻も同じ考えです。私は子育ての専門家でもなく、あなたのように優秀ではありませんので(皮肉ではなく本心です)今後も休ませて遊びに行くことはありません。サボり癖がついたらこれを修正できる自信がないので。
余談ですが、私が子供の頃に2万円の天体望遠鏡をやっとの思いで親に買ってもらい、月を見て感動しそれ以来天文オタクになりました。数十万円の望遠鏡でなくても感動するほど単純だった私です(笑)

投稿日時 - 2008-12-03 14:01:46

ANo.15

#10です。
しばらく留守をしてましたので、遅くなりました。
ところで、お返事するのが、気が重いのです。

#3で、気軽に休ませてしまう、それでも特に問題がない。と答えました。
>どのようなポリシーをもって育てているのかできるだけ詳しく知りたいです
ということだったので、こういう教育方針の親もいるということで、親が一貫した教育方針を固めて、学校で出来ないことを考えてさせている、そういう話ならいくらでもお話してもいいかと思ったのですが、

#10の参考WEBや他の方のお礼補足を見ていると、
気軽に休ませる→学校軽視→学級崩壊→規範を守らない子供たち→日本は一体どうなるのだ
という一連の懸念をお持ちで、その話題がしたくて、質問のトピを立てられたようなので、気持ちが重いのです。
前回にも記しましたが、ここは議論の場ではないのです。あくまで質問の場です。
そういう懸念をお持ちなら、
「気軽に休ませる親が増えているらしい→学校軽視→学級崩壊→規範を守らない子供たち」になっているのではないか?それともそれとは別の問題があるのだろうか、教えてください。
なら、それなりのお答えがきたのではないでしょうか。

せっかくですから、簡単に、私見を記しますが、
確かにそういう傾向はあるのでしょう。でも、学校をズル休みさせなかったら、学校は規律ある良き場所に再生されるといえるか、はなはだ疑問です。
生活態度からしてやる気のない子供が、体だけ学校に縛り付けたからといって教育効果はあるのでしょうか。
学校軽視の一番の根本は、学校に魅力がない、値打ちがなくなってしまっているからというのが私の見方です。

大昔、明治の初め、義務教育を導入した時、多くの親が行かせたがらなかった。家で取って使えます、弁当まで作ってやらないといけない、教科書も勝手やらないといけない。。
子供たちは行きたかった。学校は、知らない世界を垣間見せてくれる場、広い世界を知る場、新しい知識を教えてくれる場だった。
ずっと時代が下がって、戦後、民主主義とか、暴力はいけないとかを教えてくれる場。頑張って勉強すれば貧しさから抜け出してくれることを教えてくれる場。
私が子供時代は、一般家庭で、顕微鏡やらステレオやらピアノやらムービーなどある家は数えるほどだった。学校から、映画に行ったりもしてました。映画すら連れて行ってもらえない子にとっては学校は素敵な場所です。
今はどうですか。PC一つでも家のほうがバージョンがよかったり、自由に使えます。
これは、子ども会などでも一緒なのです。子供会の行事、どこかに行くのは昔は、みんなが楽しみにしてました。今は違います。ゲーム大会の方が人気があります。
行楽地には親といってます。集団で大騒ぎは滅多にできないので、盛り上がります。

だからといって、学校をレジャーランドにせよという話ではありません。
公平に平等に、一人もおちこぼれを出さずに、一人ひとりの個性を大切に。。。そんなできるわけないことを掲げて血道を上げているのが今の学校です。
ゆとり教育と平等を薦めていた時期、うちの子の小学校の運動会は、かけっこに順位をつけないという校長でした。子供たちはブーブー言ってましたよ。運動会すら魅力がなくなった。
通知表は、よくできました、できました、がんばりましょうの3段階で、よく出来ましたを一人に2つまでしかつけない不文律とか、頑張りましょうも1つに出来るだけ抑える方針とか。
遠足は社会教育を兼ねて、修学旅行は平和教育です。誰がわくわく学校を喜んでいきますか。

親としては、せめて、勉強だけでもしっかり見てほしい。
また、集団という場で競争、勝ち負けはあるのは当たり前なのだから、その中で自分の位置を知ることや、勝ち負けに関与しない協力や仲間造り、この2つを両立させて自分の居所を見つけることを身に付けてほしい。
この2つすら、なかなか機能していないのです。
せめて、落第制度でも取り入れて、0点でも卒業できる、登校拒否でテストすら受けなくても卒業できるという、教育機関としてはありえないようなシステムをどうにかしないと「値打ち」はつきませんよ。


長くなりますので、後は、私の教育方針(見方によっては学校軽視ですが、それでも問題はなかった)の補足を記しておきます。

前回記したように、
本人が自分を好きになれるように、自分を肯定できるように。それには口で言うだけでは駄目なのです。
体験や、感動が必要です。

ここで、数日留守をしていた訳を記しますと、
実は東京、代々木で行われていた、NHK杯フィギュアを観戦に行っていたのです。
報道等でご存知かもしれませんが、浅田さんの見事な復調、中野さんの見事な追い上げ、鈴木さんの鮮烈デビュー。3日間、感動の嵐でした、いいものを見てきました。
子供がいたら、きっと連れて行ったと思います。ツマンナイ教育公務員の先生の授業より、余程、人間の強さが学べます。
私は出来るだけ、本物に触れさせたかった。いいものを見ることは大切なことです。本物にしか感動はありません。

子供向けというものは出来るだけ排除しました。子供だからこの程度は偽者で育てることです。
学校を休ませて、海外の一流オーケストラを聞きに都会まで出かけることもしました。地方にいれば待っていてもやってこないのです。夏休みや春休みや連休に都合よくないのです。あってもチケットが取れません。
オペラも行きたかったのですが、これは機会が上手く取れませんでした。
そんなことは大人になってから自分で行けばいい。。。多分、教師はそういうでしょう。でも、行けますか?
地方から大学に出て、そこまで余裕があるでしょうか、社会人になって自活がやっとの若い子にチケットが買えますか?

食事などでも、そういう方針は貫いてます。ファミレスというところには行かない。一家揃っての外食は年に2度だけでした。夏休みの最後の日と、ピアノの発表会の日です。
市内の一番いいレストランでフルコース、冬は料亭クラスでコース料理です。我が家の経済では毎月は無理ですから。

星に興味を示した子には数十万クラスの望遠鏡を使わせました。小学生には過ぎるかもしれませんが、見えない望遠鏡では失望するだけです。→今、大学で物理学をやってます。
虫や花に興味のある子には30万クラスの顕微鏡を使わせました。→今、大学でモルモットを相手に免疫学をしてます。

投稿日時 - 2008-12-02 19:31:48

ANo.14

>例えば「明日はミッキーの誕生日だから休んで友達と行きたい」とか、
>「ゲームソフトを買うのに休まないと買えないから学校休んでいいでしょ?」等‥
>これなら言ってくる可能性はありますよねえ。
>で、どうやって説得しますか?それとも休ませますか?

ですので、それが親の権限で決め込むということではないですか。合理性の外での話です。

質問者様自身も「世の常識」を教えるとか「原則的」であるといったように教え込むのですよね。「説得」やら「矛盾」やらと論理性にこだわりながらも、「世の常識」や「原則」などといった論理からでなく発生したものにこだわる点がそれこそ矛盾していて謎なのです。

世の常識などというものは論理的には破たんして説明つかないもので、それを教え込むというのは、「ゲームソフトのために学校を休むのはダメ!!」というのと同じです。

「学校に行く」というルールや原則は、「どうして学校に行かないといけないの?」という質問に耐えうるものではありません。親が子供に学校に行く権利を与える義務はあっても子供は学校に行く義務はありません。「人に迷惑になる」と言っても、「どうして、迷惑をかけていけないの?」となります。「自分の勉強のため」と言っても、「一日くらい構わない」と言われれば終わりです。「自分がやられたら困る、クラスに迷惑がかかる」と言っても、「迷惑をかけてはいけないという合理的根拠がない」と言われれば終わります。
学校に行くというルールは制定できても、それはあくまでそう決まっているからというだけの話で、合理性とは無縁の世界です。

世の常識なるものも「郷に入れば郷に従え」ではありませんが、明確・合理的なな絶対的ルールがあるのではなく、慣習的にその時々の各主体それぞれのルールを持ち寄った結果の落ち着くべき点で落ち着いているという空気感にすぎません。ですから、時代や地域などその集団によって世の常識と言われるものの中身は異なります。(個別に各家庭のルール、各学校のルールはありますが、それは合理的かつ共通的な原則ではない)

結局、親が教えられることなどは合理的に説得などできないものなのに、
TDLやゲームの問題だけは合理的説得を求めようというのかが・・・疑問です。

「学校に行くこと」同様に「ダメなものはダメ。いいものはいい。」そういうルールで教えて、あとの整合性は子供が体験の中で学ぶものかと思うのです。

投稿日時 - 2008-11-30 12:47:24

お礼

いろいろ工夫して理解していただけるように努力したつもりですが・・・どうしてこのような回答が帰ってくるのか疑問です。
これは「仮の話」ですから・・・
それでは質問を1つに絞りましょう。
お子様が「明日はミッキーの誕生日だから学校休んで友達と行きたい」と言って来たらどうしますか?
自論は結構です。休ませるのか休ませないのかだけでもお答え願います。答えていただかないと話が前に進みません。
念のため言っておきますが、あくまで仮の話ですので・・・

それと 2つのURLに対する感想を頂いてないのですが・・・

投稿日時 - 2008-12-01 09:23:07

ANo.13

すみません。最後と言いつつもう一度・・・4点ほど。


■1:子供が判断は無茶苦茶?

子どもは判断できてます。まともな子なら「学校休んでゲームやりたい」なんて言いません。

・保育園A君たちと遊ぶ約束したが、面白いおもちゃを持っているB君から誘われた。

子どもは感覚的でも考えます。「A君と先に約束したから行かなきゃいけないけど、でもB君のおもちゃも」でどちらかを選びます。B君を選ぶとおもちゃという喜びは手に入りますが、後でA君や友達から責められたり疎外感を感じます。こんなトレードオフを毎日何回もやっています。今日はごはんを誰と一緒に食べようか・・・掃除の時に誰に話しかけるか・・・これらも全部を同時にできるわけでなく、その時その時全部で判断しています。その結果、時には痛いフィードバックを受けます。
論理的に考えているわけではなくてもこのようなことをやるうちに、その狭い社会で自分の立ち位置を確保することを感覚的に覚えるようになります。

小学生ともなれば、学校に行くことといつでもできるゲームをやることを比較してどちらが重要かくらいの判断は当然つきます。親が「学校を休んでDSしようなんてダメだよ」なんて言う必要性はありません。それまでにそんなことは理解しているでしょう。

小学生1年~6年生にモノを教えて10数年ですが、私の周りで「大事な習い事や学校を休んでDSしたい」と言うような子はいません。親とも話をしますが、そんな話は聞きません。彼らの中には質問者さまがおかしいと言っている「学校を休んで旅行」「学校を休んで帰省(道路がすいている、親の都合がいい)」をやっている人がいるにもかかわらずです。


子どもが判断するのは無茶苦茶と言われていますが、何故そのように断言できるのでしょうか?質問者様には子どもが判断できないと言える何らかの根拠があるかと思うのですが、その根拠が疑問です。

確かに私も脳科学の研究をしたわけでも、明確な統計研究をしたわけではありません。
ただ、サンプルの偏りと観察者の干渉があるので統計データとしては使えませんが、少なくとも十数年で数百人の小学生を見てきた経験はあります。また、教育理論などでも子どもは社会経験を通じてそのような物事の重要性を自然と学んでいるということは言われています。大人が規定したルールが無く子ども達だけの集団でも自然にその中で秩序が形成されるという観察データもあります。
子どもは自分の体験から自然とその社会の中で、自分はこうすべきだということをヒューリスティックとして学びます。

子どもには「ゲームと学校」、「家族旅行と学校」の重要度の比較ができないというのは、そういう判断が付かないように教育されてしまった子どもという条件付での話ではないのでしょうか?


■2:3つの対象での合理性の必要性?
質問者様は、TDLvsゲームで比較して【学校>TDL>カード】か【学校>TDL≧カード】か【学校>TDL=カード】の合理性(?)が必要と考えているようですが、その前提はどこにあるのでしょうか?

(子どもに限らずですが)子どもは直接的に比較すべき対象同士を比較しており、他事象に対して合理的な序列をつけて判断しているわけではありません。ある事象同士を比較する時に使った順位が、他と比べるときに有効ではないのです。このあたりは人間の不整合というかヒューリスティックに関するような研究成果がでています。「みかんよりりんごが好き、りんごよりバナナが好き、バナナよりみかんが好き」。これが人間の自然な姿です。

・家族旅行が、学校を1日休むより大事
・学校に行くことが、休んでゲームするより大事

これですっと腹に落ちます。家族旅行とカードゲームの関係性を持ち出して一貫した合理性がある必要はありませんし、そもそも「家族旅行に行く?それともゲームやる?」と家族旅行とゲームを比較する命題そのものがありません。
現実の比較軸として存在していない「家族旅行(TDL)とゲーム」比較をして、そこに合理的な整合性を求めなくてはならないかというところも疑問です。人間はそのような合理性が必要にはできていないのですが・・・


■3:質問者様のスタンスは?

・ディズニーとゲームは違うで子供が納得するのか?
・間違っている可能性のあることを子供に刷り込んで育てるのは正しい教育か?
・自分にとって都合のいい「ロボット」を作り出しているような気がする。

当初は上のように、「ディズニーとゲームは違うんだ」というような話や、間違っているかの検証が済んでいない親の価値観を刷り込むことがおかしいと、非常に論理的整合性を重視されていましたかと思います。


しかし、

・子供には基本に原則的が世の常識
・それを親が教えないで勝手に自己都合で変えてしまっては話になりません。
 昨今の学級崩壊、モンスターペアレントなどの問題が起こるのもうなずけます。
 
上のような話になると疑問があります。
原則的、世の常識を教えないで・・・と言われていますが、世の中の常識などは質問者様ご自身が否定されている「間違っている可能性のあること」そのものです。世の中の常識とは論理的整合性から成り立ったものではなく、経験や慣習から空気感として誕生してきたものです。ここには間違っている可能性のあることばかりですし、すでに相反しているモノさえあります。
「間違っている可能性のあることを教えるのが間違っている。そして(間違っている可能性がある)世の常識や原則を教えるべき」という意味がトンチのようでよく分かりません。


■4: 原則的を親が教えないと・・・学級崩壊、モンスターペアレント?

なぜ昔の世の常識やら共通の原則などを考えていなかった親たちの教育でどうして学級崩壊、モンスターペアレントなどの問題が起こらなかったのでしょうか?
昔は今のような「世の常識」という考え方などありませんでした。まずメディアも発達しておらず、関西・関東・北海道・九州、都市部・田舎などで全く風習は違いました。九州と関東の常識などは今より昔の方がはるかに違いました。それに加えて昔の親の世代の方が今より教育レベルも低いので、なおさら世の常識などに気を向ける人は多くなかった。親などは自分の家の論理を子供に押し付け、刷り込んでいました。それこそ親父の言うことは絶対の世界です。「今日は○○だから、みんなで行くぞ。学校?そんなのいい!!」と親父の独断で決定です。明確で客観的な基準などありません。論理の整合性などに関係なく、子供に反論の余地なしです。親の職業など家庭環境が違えば家ごとにその常識は違いました。
で、学級崩壊していたりモンスターペアレントだったかというとそんなことはありません。

世の常識ではなく、家庭や父親の独自の論理を押し付けていた時代は学級崩壊やモンスターペアレントがなかったのですが、そうすると質問者様がたてられた「原則を親が教えないと学級崩壊」という仮説が棄却されます。このあたりにどう【論理的整合性】を見出されるのか?

(同じ見方をする専門家もいますが)私見では、社会が人の言動にリアクションしていたからです。友達の家に遊びに行くと友達の親が、そのルールに従って怒ってきます。町中でも他人の子供に怒る人がいました。学校に行けば学校の論理で怒られます。つまり、世の中の常識というのは誰も教えていませんが、世の中の自分のコミュニティに属する人たち個々人の考えを受け止めて自分の態度を決めるようになっていたのです。少し前にはやっていた言葉でいえばKYです。そうした各個々人の総体がなんとなくの合意形成をしていました。決して世の中の常識やら共通の原則やらというものがあったわけではありません。日本とケニアなどではなく、東京と東北程度でも所変われば全く社会的な空気は違いました。

そもそも人間は教わってできるものではありません。だったらみんなまじめに勉強します。世の中の常識なるものでいえば、学生は勉強すべきものでそれは大抵の親が教えています。でも実践できません。それはなぜか?フィードバックがないからです。「挨拶をする」と言われても挨拶はできません。挨拶をすることで相手からも挨拶が返ってくる・挨拶しないと親しくなりにくい、ということを経験することで学びます。
教わるのではなく、学ぶのです。

モンスターペアレントやクレーマーの増加はこういう社会からのフィードバックがなくなったからでしょう。何をしても他人が無関心でフィードバックをくれない。褒めても怒ってももらえない。だからいつまでたっても赤ちゃんと同じく自分の要求をし続けるだけ。これは親の責任も重いものの社会構造全体の問題です。少なくとも「世の常識や原則を親が教えなくなったから」ではないはずです。私を含め親ごときが世の常識やら原則などを理解できてるわけもありません。あくまで自分の身近な矮小な範囲での自分に都合のいい原則までで手いっぱいです。それがぶつかり合うことで社会性を身につけるのです。

投稿日時 - 2008-11-28 22:50:17

お礼

再度の回答ありがとうございます。
回答を拝見していて気がついたのですが、ちょっと勘違いされていませんか?子ども自身が判断出来る出来ないではありません。
私が聞きたかったのは子供というのはえてして学校をサボりたがるものですよねえ。それで簡単に「ゲーム、友達と遊びたい」など理由を挙げましたが、それだけに限らず理由は何でもいいのです。
例えば「明日はミッキーの誕生日だから休んで友達と行きたい」とか、
「ゲームソフトを買うのに休まないと買えないから学校休んでいいでしょ?」等‥
これなら言ってくる可能性はありますよねえ。
で、どうやって説得しますか?それとも休ませますか?
それともうひとつ。
先日ご紹介させていただいた「イギリスでの事例」や「「じゃあ休めば」と簡単に学校を休ませる親たちはどのようにお考えですか?
一応URLを載せておきます。

http://www.aba.ne.jp/~sugita/167j.htm

http://news.ameba.jp/domestic/2007/11/8927.html

ちなみに私はイギリスの罰金はやりすぎだと思いますが政府の教育に対する危機意識は理解できます。

そして親たちの学校に対する意識の低下が著しいのは間違いないと思います。

学力低下が意識されている日本は教育改革を急がなければ経済大国から滑り落ちることになりかねません。

投稿日時 - 2008-11-29 18:01:04

ANo.12

本当の最後にします。

>価値観が違ってもある一定のルールの上で行動するのが常識の
>ある人間だと思いますが。

その通りです。で、その一定のルールの枠が重要です。私は学校を休んで旅行は一定のルールの枠内だと思います。


>ですから外国で当たり前なんだから日本だっていいだろうと
>言う考え方は危険です。
>「郷に入っては郷に従え」ですよ。

別に外国がそうだから・・・というつもりはありません。ただ、その郷とは何かが問題です。


「学校を休んで家族レジャーはいけない」というのがその郷のルールなのでしょうか?そんなルールは昔からありませんでした。「学校を休んで家族レジャーに行けば、その分の報いは受ける」というのがかつてからの日本の郷のルールです。

ところが、どうも何を勘違いしたのか、最近の日本では学校や社会や何やらが予防・禁止しなくてはならないという変な風潮が広がっているようです。
例えば、少しでも危険があればそこで子どもを遊ばせてはいけないとかですね。
一昔前は子ども達は外に出て、結構危険な場所で遊んでいました。水際立ったり、少し高いところから飛び降りたり・・・・・・。そして、子ども達はそこで楽しみを得ていたのです。ただし、そのような危険な場所で遊ぶのですから「怪我をする」という報いを受けます。

【得るもの】
・旅行での楽しみ
・外での遊んでの楽しみ

【報い】
・授業への遅れ、疎外感
・怪我

このような経験を通して子どもは学ぶものです。旅行やディズニーランドに行けば楽しいけど、そのデメリットとして授業に遅れたり、友達の話題についていけなかったり、疎外感を感じたり・・・があることを学びます。
そうすると、子どもだって選択します。親が「学校休んで●●に行こう」と言っても、そのメリットや重要性が小さければ、学校に行かないことのデメリットを比較して「学校を休んでまで●●行きたくない」と感じるようになります。

その家族やその子にとってディズニーランドというのが重要であれば、学校を休んででも行くでしょう。一方、ディズニーにそれだけの意義を見出せないのであれば、行かないという判断をするだけです。


学校を休んでディズニーに行くともなれば小学校3年生くらいからでしょうか?その頃にもなれば、まともに育っていれば、そう簡単にはできない家族イベントと、いつでもできるゲームとの重要度の差くらい分かります。また、いつでも行けるような家族であればディズニーが重要でないという判断くらいつきます。

ですから、No8で【いちいち説明しなくては分からないような子どもに育てていたのなら、それが問題でしょう。】と回答させていただきました。




どうも最近は自己中か、ルール絶対主義かとバランスを失った人が多い。
ルールがあればそれは守らなくてはいけないという考え方は、昔ながらの人間情緒を無くしています。昔ながらの考え方では、厳密なルールなどはありませんでした。他者がいてその人がリアクションを起こしました。自分が何かをすれば、自分の周囲がそれに対してプラスでもマイナスでもリアクションがありました。そのリアクションが秩序でした。

不良の世界もまさにその例です。昔は不良が多くても「不良はいけないんだよ」なんてルールはありませんでした。ある意味、不良になる自由がありました。それに対して他者や社会もちゃんとリアクションを返しました。その結果、「不良というのは社会的には評価されないことで暴力はいけないことで、これ以上やるとまずい」というのがわかるようになりました。ちゃんと自分のやっていることとその代償がわかっていたのです。その結果として、不良にならない者、不良になる者がいました。不良でも自分の立ち位置はそれなりに分かっていました。

不良の例はまあ中学くらいからの話ですが、小学生だってそのような自分の中での優先順位付けはできていました。兄弟姉妹が多ければ、明確なルールはなくても「これをやると兄貴にとっちめられる」という判断で順番を守ったりしていました。
そこに明確なルールなどありません。あることをするのにある家では「年上から」、ある家では「年下から」。
質問者様に言わせれば矛盾があるから子どもにこういうルールを刷り込むことはしないのでしょうが、昔の親は「はいはい、お風呂は小っちゃい方からねー」などと独自の家のルール作って刷り込んでいました。

ところが、今では初めから「不良はいけない」とだけルールを作ります。ものすごく細かい校則などを作ります。そして、そのルールを守らなくてはならないという論調です。そこには他者との関係における価値観の創出などと言うものはありません。
ルールに従って動いていれば正しく、それをはみ出したものは悪、とルールが絶対の基準です。ですから、妙に画一的な「正しい教育」「正しい価値観」などという決められたものにこだわります。
だから、子どもにもいちいち論理だてて明確な指標に従って説明しなくてはいけないと思うのでしょう。その結果、父母兄弟姉妹の風呂の順番が誰が先かさえも説明できなくなっています。

そして、そのような教育環境で育ってしまうと、物事の重要度の位置づけを自分で判断できず、誰かに論理だった明確なルールを教えてもらわないと分からないようなダメっ子ができているのでしょう。

投稿日時 - 2008-11-27 23:15:41

お礼

再度の回答ありがとうございます。
社会常識が身についていない子供に自己責任論ですか?
あなたの考え方は大人の世界での考え方であって、それを子供に押し付けているに過ぎません。ルールがなくても守らなければいけないことがあると教えるのは親の役目です。

平日のほうが安いからって学校休んでTDLがルールの枠内?それでゲームで休んだらはだめ?これを子供に判断させる?そんな無茶苦茶な・・・
バランスを失っているのはあなたの方ですよ。
子供には基本に原則的が世の常識です。それを親が教えないで勝手に自己都合で変えてしまっては話になりません。
昨今の学級崩壊、モンスターペアレントなどの問題が起こるのもうなずけます。

これで最後にしたいとのことですが、私としてはもっと議論がしたいのですが、ここは議論すると削除されてしまいますので残念ですが私としても最後にさせていただきます。

投稿日時 - 2008-11-28 12:14:10

ANo.11

(できれば最後に)

No9です。

>間違っている可能性のあることを子供に刷り込んで育てる・・・
>これって正しい教育ですか?何だか自分にとって都合のいい
>「ロボット」を作り出しているような気がします。

正しいか正しくないかではなく、そうするしかないでしょう。間違っている可能性があることを刷り込んではいけないのでしょうか?
世の中の全ての事象は間違っている可能性があります。正しいことしか教えていけないとなると「人を殺してはいけない」と教えてはいけなくなってしまいます。
科学というのでさえも反証可能であり、現時点では反証されていないものが科学にすぎず、間違っている可能性があります。天動説は否定されましたし、ニュートン物理学は否定されました。また、そのような科学の厳密性の話にならなくても価値観など多様で何が正しいなど定義できません。

例えば、時間についての考え方。アメリカ、日本、中国、フランス、メキシコ、ケニアなどエリアが違えば全く異なります。時間厳守と考えるところもあれば、遅れて当然というところもあります。
また、同じく国であってもエリアによって全く違います(アメリカだって東海岸と西海岸では何が正しいかという考え方は全く別物です)
そして、同じ地域に住んでいても多種多様で全く異なります。厳格なキリスト教徒と仏教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒では全く正しいものの考え方が違います。

結局は、その子どもの周りにいるもの(特に親や家族)の価値観の中で育てられるわけで、そういう意味では都合のいい「ロボット」を作る行為に他ならないかもしれませんが絶対解が無い以上は仕方ないでしょう。

質問者様はこの世の中に絶対正しい判断などが存在すると思われているかもしれませんが、そんなものは存在しません。間違っているかもしれませんが、「人は殺してはいけない。」「人のものは盗ってはいけない」と教えるのです。
単純なことだと思うのですが・・・


明確に正しいことが存在できるのは、学校の○×クイズや穴埋め問題の世界くらいです。(そんな学校のテスト問題でさえも、新事実の発見で数年経つと間違いになったりしています。)


大事なのは人生における価値観をどう持つかです。
質問者様の中では日本の学校に通うことを非常に重要と考えているようですが、それはあくまでそういう価値観の中で成立することで、他の世界観の中で適合できるかは別問題です。
家族での旅行などがあれば学校を休むことは特に問題ではないという価値観を持った人が多い国や地域もありますよ?無為に休むのは歓迎されないが、年に何回かの旅行などであれば、学校を休むこと自体を問題視しなかったりします。むしろ、その場で「家族旅行なんかで学校を休むなんてとんでもない」なんて言えば、この人は家族の絆を大事にしない人なんだと逆に白い目で見られます。

正しさなど価値観しだいです。
学校に通わせるのが大事というのであれば、質問者様の考えで良いでしょう。
ただ、子どもを育てるという観点から考えれば、学校というのは、その手段の一つであり縛られる必要は無いものです。ちゃんと育ってくれるのであれば、学校に通わせる必要さえもありません。

義務教育中の子ども・・・とも言われていますが、それでは海外勤務で現地の学校に行かせるようなことはいけないのでしょうか?明らかに日本の義務教育水準に準じていない教育環境に子どもを放り込んでいますが、いけないんですかね?
帰国子女の友人なども多く、その現地の価値観で動いていたそうです。天気や先生の事情で学校が休みになることはよくあったようです。家族のイベントや友人が来ているという理由で、すぐに先生も休んでしまうようなところもあったとのこと。
それは質問者様が正しくて、彼女らの親は間違っているということなのでしょうか?


ディズニーランドやゲームという細部にこだわって、全体像を逃している気がします。

投稿日時 - 2008-11-26 22:15:18

お礼

再度の回答ありがとうございます。
私の質問をよく読んでください「平日の方が安くて空いているからという理由だけで・・・」と書いています。
ですから事情があれば話は別です。
muturabosi様のお礼でも書きましたが、どう見ても健全な姿には見えないのです。
仮にあなたの考え方が正しいとして、TDLやUSJの何かの記念日で
クラスの半数が行ってしまったらどう思いますか?しかも卒業式や終業式を休んでまで・・・
確かに外国ではよくあることらしいですが、日本とはシステムが違うかもしれません。それにイギリスでは法律で禁止されていますよ
以下を参考にしてください。
http://www.aba.ne.jp/~sugita/167j.htm
ですから外国で当たり前なんだから日本だっていいだろうと言う考え方は危険です。
「郷に入っては郷に従え」ですよ。
価値観を強調されていますが、集団生活において「価値観が違うからどう行動しようと自分の勝手でしょ」なんていったら学校における集団生活が成り立たないのでは・・・
価値観が違ってもある一定のルールの上で行動するのが常識のある人間だと思いますが。

ディズニーランドはいいけどゲームはいけないなんて世間で通用すると思ってるんですか?
普通は矛盾していることを自分の子供に刷り込むことはしませんけどねえ・・・
回答を頂いたのに大変失礼だと思いますが、何だか回答が矛盾だらけというか・・・私には理解できません。

投稿日時 - 2008-11-27 12:35:43

ANo.10

こんばんは。#3です。

質問者さんの立ち位置がちょっと分かりかねるところがあるんですが。
1)平日に行ってみたいけど、子供が勝手な理由で休みたがったら困るから、しないでいる、、、でも行ってる人もいるみたいだから、どう対策しているか知りたい、  のか。
2)自分はそういうことはしない、させない主義だが、している人もいる。問題はおきないのか、 を知りたいのか。

ご存知のとおり、ここは議論をする場所じゃなくて、質問をする場所なんですよね。質問者さんの意図が分かりかねるところがあったので、とりあえず、お聞きします。

さて、前回の話なのですが、
子供を育てるにあたって、親が親の都合で白黒をいい加減にすると、子供にとって余りいいことじゃない面が多々あります。やはり一貫したルールがなければ、子供は自分で考えることより、親の顔色を伺うようになってしまって、ご都合主義の親と出たとこ主義の子供とバトルがおきます。やはり明確な基準や価値観がないと無駄な葛藤が起きてしまいます。

話を小学生にとりあえず、限定して進めるのですが、
学校>>>家庭 になっていませんか?
子供にとって学校の占める部分は大きいことは確かですけど、学校が人を育ててくれるわけではないのですよ。学校が全部責任取ってくれるわけではないのですよ。
学校に行ってる時間だけ、学校の行事の中だけしか責任持ってくれないのですよ。学校という世界の中で育つ部分ってそんなに絶対じゃなく、また、そんなに素晴らしいものでもないのですよ。なんたって、他人がやってることなのですから。

命の次に大切なもの。
こういうことでも、学校は、平和とか平等とか公平とか、思いやり、、、そういう類をインプットしていると思います。
ヨーク考えてみると、平和をいくら唱えても世界ではアチコチ戦争やってますし、平等も本当は難しい。思いやりも実は情けは人のためならずでして、無我の境地を目指すもののようにも思われません。言ってみれば、お題目のようなもので、国家権力がやっているのですから、他国や様々な国民が文句をつけてこないような、毒にも薬にもならないような無難なスローガンにならざるを得ない。
ところが、親も子供も現実生活を生きているのですから、もっと生々しい感情や欲望があって当たり前です。お金で困っている人や、逆にお金の値打ちを心底信じている人は、命の次はお金のはずです。

同じ教育を受けたはずなのにいろんな価値観の人がいるのは、やっぱり家庭や社会に充満している、学校で教わること以外の価値観やルールがあるからです。だからこそ、学校絶対にしないで、親も良く考えないといけないんじゃないでしょうか。

学校のルールと親のルール。重なる部分も多いでしょうが、違う部分も出てきて当たり前です。それをどう、組み合わせるか、どう、その場その場で優先を決めるか、TDLとゲームの問題も、畢竟、そういう問題じゃないでしょうか。
そういう場面で、私は、わりとあっさり、「自分の価値観>>学校の決り」をするほうですね。前回記したように、あっさり休ませるというのもそれです。
何故って、私の中に明確な基準があるからです。

ここで、命の次の話になるのですが、
私が命の次に大切にしているのが、
誇りです。
人として恥ずかしくないか、品性の劣る人間になるな、自分にうそをつくな、まぁ、そういった一連のことです。
誇りを持たない人間は、浅ましいことをしてしまうのです。浅ましいことをして納得のいく人生なんてあるわけないです。

で、いかにして、子供をそういう気持ちにさせるか。
言葉でいくら説明しても身につきませんよ。身に付くように親が仕掛けて振舞わなければ。
自尊ということになるのですが、ほめて育てる、、、うーん、それもそれなりに効き目がありますが、「自分を好きになる」ことが大切なのです。
簡単にチャートすると、
自分を好き→自己肯定感→自尊感情→誇りを持つ

私の子育ての大原則がそれです。
だから、たくさん楽しいことを見つけなさい、勉強なんか気にしなくていいから遊びなさい、を小学生のときは一番に言ってました。
勉強に関しては、国語と算数だけはラインを作ってます。
教科書をスラスラ読める。四則計算ができる。これだけできたら小学生は十分ですよ。あとは、面白いもの、楽しいものをたくさん見つけて、今日も楽しかった、明日はどんなことが待ってるかなと思える子になったら、子育ては半分終わります。
勉強しろなんて言ったことがないですよ。遊べ遊べです。

子供に対する評価も、点数化して見るようなことはしません。どんどんいろんなことに手を出して、本人が好奇心や探究心を持ってくれたら、結果はどうでもいいのです。親が評価の目を持つと結果を気にして満足感が下がります。コツは親も一緒になって負けずに遊ぶこと(笑)

ですから、○○がしたいから学校を休みたい場合、それが本当ならOKです。幸いなことに、学校に行きたくないから休みたいはなかったです。宿題ができてないから、それもないですね、平気で行ってました(笑)。ええ、かなり劣等生だったかもしれません。
ゲームはなかったですね、ゲームも十分やってましたから。

子供はね、楽しく遊べれていたら心配することはないと思うのです。
生きる力って、結局、楽しくないと身に付かないのですから。
学校教育でそのあたりをどうにかしようとされているようですが、難しいんじゃないですかねぇ、親が考えてやらないと。

学校で、家庭で、問題も起こさず、優等生だった子が、大人になって、何がしたいのか分からない、自分探しを始める例がありますが、そういう人って、子供らしい子供時代がなかったのではないだろうかと思えてしまいます。

こんな話で通じましたでしょうか?

投稿日時 - 2008-11-26 01:01:44

お礼

再度の回答ありがとうございます。

どうも私の説明が悪かったようで・・・
私の考えは2)です。

あなたがおっしゃってることはよくわかります。お子様がのびのびと育っていることがよく伺えて実にほほえましいです。

>>学校>>>家庭 になっていませんか?<<
いいえ、もちろん家庭が中心です。子供の人格形成において親が大きくかかわっていることは言うまでもありません。
学校は勉強と集団生活を学ぶところであって、挨拶やマナー等は家庭で躾けるのは当然と考えています。そこで私が問題視しているのが「学校休んでレジャー」です。

私の考えは子供は基本に原則的であるべきと考えています。
当たり前かもしれませんが、子供は社会常識が身についていません。
例えば、車を運転していて脱輪をしても罰金を取られることはないが、自動車学校では減点になります。
ですから、夏休みや冬休みに行けばいいのに義務教育中の子供をわざわざ平日に休ませてレジャーに勤しむ姿はどう見ても健全に見えないのです。(子供の休みに合わせられない方は別です)
最近では旅行に行くために終業式、始業式、卒業式に欠席させてしまう親が目に付きます。私が子供の頃には考えられませんでした。
まさに学校を軽く見ている証拠ではないでしょうか。
念のため私は先生に聞いてみたところ「最近はよくあることですが、学校も軽く見られているってことですね」と嘆いていました。
昨今の学級崩壊はこのことも一因になっているような気がしてならないのです。
資源のない日本は人材だけが資源と言っても過言ではありません。
このように学校休んでTDLやUAJで遊んでいる親が蔓延したら将来の日本はどうなってしまうのかと考えたときに自分の子供や自分の老後に希望が持てません。
そこでこのような親たちがどうやって子育てをしているのか知ってみたくなったのです。ひょっとしたらすばらしい考えを持っている方がいるのではないかと思いつつ・・・

最後に以下の記事をご覧になって感想をお聞かせ願えますか。

http://news.ameba.jp/domestic/2007/11/8927.html

投稿日時 - 2008-11-27 11:28:00

ANo.9

>子供からしてみればディズニーランドに行くのもゲームをするのも同じ
>遊びと解釈するのではないでしょうか?

先の回答にも書きましたが、私自身の子供時代もそうですし、周りの友達もそうですし、友人達が大人になっての子供達もそうは解釈していません。友人の子供は多少推測が入っていますが、少なくとも子供時代の私とその時の友人たちはそうは解釈はしませんでした。

仮にダメ親がそう解釈してしまうように育ててしまったならそうでしょうね。でもそれはダメ親の教育が間違っていたというだけのことです。そこで説明する話ではありません。そう解釈しないように育てるべきだったという話です。



ディズニーランドやゲームという個別事象以前の問題として身につけさせるものと考えています。
何で人を殺してはいけないのかを明確な論理で説明できる人はいまだ地球上に存在しません。それと同じです。人を殺してはいけないということを理屈で説明できないと不信感が募るということでしょうか?
論理で説き伏せるのではなく、まずは個人の主観としての価値観として身につけさせるべきものです。それはディズニーランドに行く時やゲームをしたいから休むと言い出した時に身につけさせるものではありません。その時には手遅れです。そうではなく、生まれたその時から身につけさせるべきものです。そして、そのような価値観を身につけさせておいてディズニーなり、海外旅行なり、ゲームなりという話になります。


教育手順が逆かと思います。交通事故にあってから交通事故の危なさを説くのではなく、事前に交通事故に気をつけるべきということを認識させておくべきです。家族イベントやゲームや学校のバランスについても先に認識させておくべきテーマで、学校に通うようにもなって、それが発生してから認識させようというのは順番が違います。

投稿日時 - 2008-11-26 00:20:05

お礼

再度の回答ありがとうございます。
せっかく回答していただき申し訳ありませんが、私にはまったく理解できません。
間違っている可能性のあることを子供に刷り込んで育てる・・・これって正しい教育ですか?何だか自分にとって都合のいい「ロボット」を作り出しているような気がします。

私の解釈が間違っていたらごめんなさい。

投稿日時 - 2008-11-26 09:36:29

ANo.8

ゲームはNOですね。

理由など説明しなくても分かるでしょう。
私自身が子どものときでも、家庭の旅行やイベントなどを理由に休むのは良くても、ゲームなどを理由に休むことはダメだと分かっていましたし、兄弟姉妹や親戚の子どもも分かっていました。少なくとも私の周囲では多くの人がそう判っていたと思います。
どうやって説得するかの前に説得する必要すらないのではないでしょうか?


いちいち説明しなくては分からないような子どもに育てていたのなら、それが問題でしょう。

投稿日時 - 2008-11-25 21:13:41

お礼

回答ありがとうございます。
子供からしてみればディズニーランドに行くのもゲームをするのも同じ遊びと解釈するのではないでしょうか?
たいしたことではないかもしれませんが、小さな矛盾が積もり積もっていずれ親に対して不信感を持つようになるかもしれません。
そこらへんはどうお考えでしょうか?
再度回答をいただければ幸いです。

投稿日時 - 2008-11-25 21:23:22

ANo.7

#3です。

何を驚かれているのか。。
学校を休むということがそんなにおおごとなのか。。
何やら、物事の捉え方が違うような気がします。
うーん、話せば長くなりそうです。

例えば、毎日、疑いもなく、学校に通った子と、ちょっとサボりたい時はサボったことがある子と、大人になって、どう違うのか。どおって差がないでしょう。
いえ、それ以前に、親のあなたは、サボったことがないのか。
私、サボったことありますよ。でも、だからって、それで何か困ったことも、影響したこともないですよ。勿論、警察のご厄介になったこともないし、ごく普通に進学して就職して結婚して、人に迷惑かけることもない。だから、逆に驚くのです。
どうしてそれくらいのことで問題児になるのか。

親の都合で休ませたことと、子供の都合で休みたいのをどう止めるか。
子供の納得のさせ方については、
そりゃ、納得しないでしょうね。だから私の場合はそういう無駄なことはしなかったのです。だって、それってご都合主義ですもの。
子供も馬鹿じゃないのです。そういう自分勝手な親をちゃんと採点をしてしまうのです。
じゃぁ、何でも自由かというと、そんなことはありませんよ。ある面では、かなりうるさ型の親です。子供たちはいつもブツブツ言ってましたよ、親が厳しすぎると。
基準というか、哲学というか、ちゃんとポリシーを持って育ててます。だから、サボりでも右往左往しませんよ。

私が一番大切にしたのは、品性です。国家の品格というのがありましたが、あれと一緒です。人としての品性。人として恥ずかしくないか、というのが基準です。
人にとって一番大事なものはなんですか?
多分、一番は命のはずです。で、次は?
あなたは何ですか?

良かったら、しばらく締め切らないで続けますか?

投稿日時 - 2008-11-24 00:11:29

お礼

再度の回答ありがとうございます。
ちょっと確認させてください。
学校を休ませて遊びに行くことを「サボり」と考えているのでしょうか?それなら見方が変わってきます。
ご自分である面ではうるさ型だとおっしゃっていますが、「ある面」とはどのような面ですか?
私もサボったことありますよ。サボったと言っても親子喧嘩の果てにあてつけで休んだのですが。ただ学校は理由なく休むものではないと考えていたので休むことにものすごい抵抗がありました。
それに普通はサボることは否定しますよね。そこら辺がよくわかりません。

あなたは人としての品性が大事だとおっしゃっていますが、
「今日はミッキーの誕生日だから学校休んでディズニーランド行くんだー」、「新しいアトラクションができたからUSJに行きたい」等で生徒の多くが学校休んで遊びに行く姿を品性があると思いますか?

>>人にとって一番大事なものはなんですか?
多分、一番は命のはずです。で、次は?
あなたは何ですか?

命の次ですか?
やはり他人に対する思いやりでしょう。人は一人では生きていけませんから。誰かに支えられていることに感謝されるべきだと思います。

>>良かったら、しばらく締め切らないで続けますか?

喜んでお受けいたします。

投稿日時 - 2008-11-25 11:14:40

ANo.6

#5です。お礼ありがとうございました。
1つ思い出した話があります。

高校2年生の女の子が、無断で学校を抜け出しました。
担任が母親に連絡をとると、母親は「先生、何か娘に怒ったんじゃないですか?誰だって怒られたら嫌になりますよ。学校にいるのだって嫌になって当然でしょう。娘は悪くありません。先生が悪いんです。娘に何かあったら学校の責任です。」と言いました。

当事者から聞いた実話です。
(ちなみに、その娘さんが叱られた理由は「制服をちゃんと着るように」という内容でした。)

質問者様の疑問は、おそらく、このような家庭が実在するのか、と言ったところなのではないかと感じました。

的外れでしたらすみません。

まぁ、私も経済的には安い時に遊びに行きたいです。
この前の夏休みはそうしました。

投稿日時 - 2008-11-24 00:07:39

お礼

再度の回答ありがとうございます。
あなたが指摘している家庭は私の周りに存在します。そのような家庭の教育方針は私は興味ありません。何故ならまともとは思ってないからです。
私が知りたいのはそのような家庭ではなく、ごく普通のまじめな家庭でも学校を休ませてディズニーランドやUSJに行く親御さん(私の周りに沢山います)がどうやって子育てをしているかと言うことです。
誰でも快適なレジャーはしたいはずです。でもそんな理由で義務教育中の子供を休ませてまですることではないと考えています。

投稿日時 - 2008-11-25 09:45:13

ANo.5

子供たちはまだ保育園児なのですが、いいですか?

私は質問文を読んで驚きました。
ディズニーランドやUFJって、家族で遊びに行くことを想定しているんですよね?

友達と遊びに行くならゲームの類と同列ですが、私の中では、家族のことと個人のことの間に線引きができているので、そのような心配をしたことがありませんでした。

たぶん、私も子供たちが学校に通うようになり、機会があれば『学校を休んで(どこかに)連れて行く』ことはあるかもしれません。
もちろん相談してからですが。

個人の理由は『わがまま』の範疇と判断すると思います。

私自身、小学4年生のときにサーカスに誘われ、学校を休んで行ったことがありました。
私の親の友人が「券が1枚余っているから」と誘ってくれました。
田舎でしたので、サーカスなんて二度と見られないかもしれないと親も勧めてくれ、担任の先生も「それは学校に来るより良い経験」と快く送り出してくれ、私は1人、片道2時間以上かけて県庁所在地まで赴き、サーカスを見ました。
それはそれでとても楽しかったのですが、学校に戻って愕然。
私が休んだ日に算数が新しい分野に入ったのです。
さっぱりわからず、今でもその分野は苦手です。
その後、私は小中高無欠席です。

話が逸れてきましたね。
すみません。

なんと言うか、どちらの経験が大切かの判断かなとも思います。

学校を休まないと、家族が揃わない家庭も多いと思います。
そのような理由と、個人的な気分の理由は違う、と私は考えます。

投稿日時 - 2008-11-23 08:06:49

お礼

回答ありがとうございます。
私がこの質問をさせていただいたのは平日の方が安くて空いているからという理由だけで学校を休ませてディズニーランドやUSJに行くのに子ども自身がおかしな理由で休みたいと言ってきたらどうやって説得するのか非常に興味があったからです。
あなたのように正当な理由(めったに見られないサーカス・・・)で先生と協議の上で休むのであれば問題ないと考えています。
しかし今は学校を託児所と間違えている親御さんが増えてきのも事実です。そこで、そのような家庭ではどうやって教育されているのか知りたいのです。これは皮肉でもいやみでもありません。

投稿日時 - 2008-11-23 09:37:49

ANo.3

どちらも経験ありです。
TDLが第一目的ではないのですが、地方にいると、東京で用事ができると、核家族で預ける先がなければ、連れて行くしかないんじゃないですか。遠方の実家に子供を預けると学校に行けないのは同じだし、となると連れて行きますし、埋め合わせ?にTDL位は連れて行きます。

子供が休みたがったときは休ませますよ。一日や二日休んだからってそれで不登校になるわけでもないですから。むしろ、何々がしたいから休むのはまだましです。そうではなくて、なんとなく行きたくない、ゲームがしたいはただの口実、の時のほうが厄介です。
一日家にいたらそれだけで退屈してしまうのが子供ですから。健康な子供なら心配ないですよ。

こんなこと書くと相当批判されそうですけど、小学生のうちはそんなに厳格に考えなくてもいいのではないですか。どんな子になるか心配?一日や二日で人間変わりませんって。
中学行くと部活があるから休みたくない、高校行くと勉強が遅れるから休みたくない、自然にそうなりますよ。ならなかったらそれは別に原因があるんです。

投稿日時 - 2008-11-21 17:14:05

お礼

回答ありがとうございます。
私が聞きたかったのは子供が休みたいと言ったら休ませるのか、それとも説得して学校に行かせるのか、行かせるのであればどうやって説得するのかです。もう一度回答いただけないでしょうか?

投稿日時 - 2008-11-21 17:23:57

ANo.2

もちろん反対します。

小中高で、ゲームをしたい、友達と遊びたい等
平日で無ければ出来ないことってありますか?
だったら休日やれっていいます。

アメリカに行っている友達が数年ぶりに日本に
帰ってきて平日昼間しか会えない!とでもなれ
ば考えなくもないですが。

ま、風邪で休む、TDLに行かせて休む、
同じ休みには代わり有りませんが、風邪で休むのは
子供のため、TDLに行かせて休むのは子供という
より親のためですよね。

子供の勉強よりも親の遊びの方が大事なんでしょう。
そういう親は子供優先で考えるのではなくて自分
優先、すなわち自分が一番かわいいんじゃないのか
な~。だから地震でも来れば子供犠牲にしてでも
まっさきに逃げ出したりして・・・・。

あっ、ごめんなさい。俺は学校休ませてまで
TDL行きたいけど子供の勉強が大事なので
混んでいる土曜日に行きます。

投稿日時 - 2008-11-21 15:15:04

お礼

早速の回答ありがとうございます。

>>俺は学校休ませてまで
TDL行きたいけど子供の勉強が大事なので
混んでいる土曜日に行きます。<<

私も本心は同じです(笑)でも子供のことを考えると教育上よくないと思い土日に行っています。この前は入場制限がかかりひどい目にあいました。(泣)

投稿日時 - 2008-11-21 15:49:44

ANo.1

>自分の子供が何かの理由(ゲームをしたい、友達と遊びたい等)で学校を休みたいと言ってきたらどうしますか?

それはノーです。

なぜなら放課後学校からの帰宅後に出来るからです。

ディズニーリゾートやUSJなどは正直、旅行で行くものです。
平日のほうが経済的に都合がいいのも事実です。
長期休暇時期やイベント時期のホテル代などものすごく高くて予算を組むのが大変なくらいです。
関東や大阪近郊の方なら普通の週末に行けるものかもしれませんが
地方から出て行く人間には「何年かに一度の大イベント」になるのです。
なんといっても家族みんなが笑顔になる思い出が出来るところですから。

ゲーム休暇はありえないですよ。

子供には「寝言は寝て言え」といってしまいます。

>平日の方が安くて空いているからという理由だけで学校を休ませてディズニーランドやUSJに行く

これは、本当に人それぞれの事情によりますからどうか偏見で見過ぎないでくださいね。

ちなみに私は学校休ませていきたいなぁ、と思いつつも結局泣きながら大型休暇の混雑期に行っていた者です。

でも低学年のうちに娘を休ませて平日に2人旅をしようともくろんでいます。
ダメな親ですね・・・。
実現するかしないかはわかりません。

投稿日時 - 2008-11-21 15:13:14

お礼

早速の回答ありがとうございます。
でもこれって大人の都合ですよねえ。子供が納得するでしょうか?
子供にしてみたら「ディズニーに行くのも、ゲームするのも同じ遊びじゃないの?」って思うのでは?
社会常識が身についてない子供はより基本に原則的でないといけないのに学校休んでディズニーに行くときだけは問題ないと教えていては混乱するような気がしますけど・・・

投稿日時 - 2008-11-21 15:43:47

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