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締切り済みの質問

広島への原爆投下はなぜいけなかったのですか?

バカな質問ですが真面目な質問です

毎年、原爆が投下された日になると広島での反戦の式典がニュース等で報道され著名人も多く集まり「広島の悲劇を繰り返すな」という旨の主張が繰り返されていますが広島(広島を筆頭とした日本?)はなぜあんなにも被害者顔なのでしょうか?
 もちろん戦争は忌むべきものですし広島でたくさんの人がなくなったのは悲しい事です。しかし、いつかの大臣が言ったように「しかたなかったのでは?」と私も思うのです。(私は反日家などではないです
)なぜなら、『戦争』だったのだから。戦争なのだから人を殺すことは
当然ではないでしょうか?日本も真珠湾に宣戦布告なしの先制攻撃という非道な方法をしかけたくさんの人を殺しました。その当時は知りませんが今は条約によって一般市民を戦争に巻き込むことは禁止とされていますが、日本軍も大戦にやぶれるまで、各地で一般市民にもひどいことをしてきたと思います。国家総動員で日本の一般市民も武器を作ったり、強制であったといえ戦争の加害であると思います。

バカなこと言ってると思うし、間違った部分も多々あると思いますが、真剣に長年わからないままだった事です。
以下の2点を教えてください
・前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか
・広島の原爆投下は何が問題であったか

投稿日時 - 2009-01-11 02:24:43

QNo.4620703

困ってます

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回答(18)

ANo.18

あの原爆投下と戦争は別物です。

よく戦争の悲劇として、広島・長崎の原爆被害が話題にあがりますが、
実は、あの原爆投下と戦争とは関係がありません。
なので「戦争の悲劇」として「広島・長崎の原爆被害」を語るのは間違っているんです。

どういうことかと言うと、「戦争」は軍隊と軍隊が戦い争うから戦争です。
一方、軍隊と一般市民では戦いになりませんので、軍隊による一般市民への攻撃は「戦争」ではなく、
「虐殺」です。

あの原爆投下は軍隊による一般市民への攻撃、しかも何十万人という犠牲者がでましたので、
大虐殺と言っていいと思います。

これは例えば、今ある家族が一家団らんをしているところに、
誰かが爆弾を投げ込み、家族もろともこっぱみじんにされたとしたら、
それは大犯罪ですよね。
原爆投下はその超巨大版です。

参考
URL:アメリカはなぜ原爆を落としたのか
http://takato112.blog80.fc2.com/blog-entry-147.html
本:広島原爆―8時15分投下の意味 諏訪 澄 (著)

投稿日時 - 2009-01-13 12:11:40

ANo.17

No.16様のご主張・ご見解は大変尊いものだと考えます。そしてそれが標準的な【日本の】世界平和思想でもあると思います。

原爆に限らず、戦時下においても民間人の大量虐殺を目的とした軍事行動は取るべきでは有りません。
原爆投下だけでなく、大量殺戮兵器の投下であった幾度の東京大空襲。港湾封鎖の目的で行われた民間船舶撃沈用の機雷の大量投下。

大戦中の世界的英雄ロンメル元帥も決して取るはずの無かった恥ずべき行動を、米国は大戦中・それ以後も常習的に行っており、真珠湾奇襲に習ったのかもはや宣戦布告なしで敵国であると勝手に認定した国家・民衆相手の殺戮攻撃を続けてきました。

戦争とは、攻撃すれば相手側からも攻撃し返されて自国にも損害が出る。
これがその国に開戦を踏みとどませる原因にもなりうるのですが、過去数十年、米国は向かうところ敵なし、負ける相手はもはやこの世には存在せず、負けるどころか掠り傷さえおわず、当然自国領土内には指一本触れさせない。
自分に被害が出ないのだから戦争のし放題、喧嘩の売り放題。
その自信たっぷりの態度で闇雲に戦争を仕掛けますから、自分の行動を正当化する為の理由が必要で、無い知恵を絞りウンクサイ理由を捏ねくり出します。

最後の教訓的打撃が日本の真珠湾攻撃であったとすれば、後世にとってはそれなりの世界的意義が有ったかもしれません。あれ以後米国領土への正式本格攻撃は無かったので。

米国の利己的態度は軍事面のみならず、経済面・環境面・思想面等広範囲に及び、気に食わんものには参加しない、危なくなったら脱退する。最悪大統領変えれば話は終わる。

米国の一般国民は、と言えば、いつもヘラヘラ笑い、親切ではあるがマヌケで、簡易言語であるイングリッシュの更に簡易版の英語で思考してますから扇動者の扇動にすぐ乗ってしまい、自分でもわけも分からず烏合の衆的行動をします。
反対派がああだと言えばすぐにそうなり、賛成派がこうだと言えばたちまちなびく。

帝国指導者亡ヒトラー総統が生前言っていた、人類の未来。
人類は2つに分離し、片方が全てを考え、片方が何がなんだか自覚せずにそれに従うのみ。
片や超人であり、片やロボット・愚人・烏合の衆・ペット。
これがまさに現代の米国において具現しているのではないか?とさえ考えてしまいます。

ヒトラー総統は人生全てが間違いだったかもしれませんが、この予見だけはナチス敵国米国に関しては的中していたのでしょうか。

迷える子羊という言葉がありますが、アメリカ国民は「迷ってない子羊」とでも言うのでしょうか、現状を改め、世界的視野に立ち、自分達の政権指導者を選択し、そして米国民だけでなく世界人類の側に立ち思考して欲しいものであります。

投稿日時 - 2009-01-13 01:54:05

補足

新たな疑問が出てきたので一旦閉めさせてもらいます。
回答者皆様ありがとうございました

投稿日時 - 2009-01-13 06:01:14

ANo.16

毎年8月8日と9日には広島と長崎で原爆投下の日(とその被害、その世界的意義<もちろんマイナスの>)を思い起こし、同時に2度と核兵器を使ってはいけない、使わせないという決議を繰り返し行っています。核兵器はここでは単なる桁外れの威力のある武器というだけではなく、様々な治療不能なダメージを多くの人間に与える最悪の汚い兵器である(それゆえに多くの市民が長期間苦しんで死にました。)という見方が一般的であり、しかも、その後この兵器は更に全世界で増殖して、今では全世界を破滅させるに足る威力を持つようになっています。こういう反人類的で最悪の兵器は絶対使っては成らないし、使わせてもいけないのです。そういうことをあわせ、日本では唯一原爆投下されたことを契機として全世界に核兵器廃絶を訴えています。これは平和日本の国是であり、ヒロシマ発の世界的な運動となっているのはご承知のとおりです。広島の平和公園にある「安らかに眠ってください、過ちは(二度と)繰り返しませんから。」というのは、もちろんそのきっかけとなった戦争を起こさないという意味もあるでしょうが、直接的には核兵器はもう使わない使わせない、という誓いなのだろうと思います。もちろん、これは広島、長崎に落とされたものも含めて考えなければ矛盾します。こんな大量虐殺はあってあならなかった。あんな兵器は絶対使わせてはいけなかったのだ!と。しかしどうしてこんなことに成ったのか、使わせないという選択肢はあったのかということは歴史学者を含め現在日本人の沢山の有志が考えている最中なのです。
こういうことに無頓着な人間が「原爆はしかたなかったのかもしらん」と考えたり他人に言うことは自由でしょう。しかし、核廃絶と国防の先頭に立つ、日本人の誇りを守らねば成らない初代防衛大臣がそういったことをかったるく公式の場で漏らすということはやはり間違ったことだったと思います。間違いではないにせよ絶対言ってはいけなかった。原爆で死んだひとたち、核廃絶に向って動いている人たちに対して非常に失礼だったと思うのです。私は全世界の核廃絶への具体的な行動が一番日本を、ひいては世界を平和にする方法だと思うのです。

投稿日時 - 2009-01-12 15:23:31

ANo.15

>前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか
 No.4様が当の発言を詳しく掲載してくれましたが、私としては特に問題があるとは思いませんでした。そういう考え方もあるな、と。確かに「しかたなかった」だけでは被害者やその遺族の方々にとっては許容できないでしょうが、どんな意見でも言葉尻だけを取り出したら全く別の意味となってしまうことがあります。私にはマスコミのとった過剰で卑劣なバッシングにしかみえませんでした。マスコミはこうしたやり方がすきですが、私には戦時中の言論統制が右から左へ変わっただけのように思います。

>広島の原爆投下は何が問題であったか
 主に民間人を標的にしたからだと思います。真偽は定かではありませんが、わざわざ学校の朝礼(校庭に子どもたちが並んでいる!)時を投下時間に選んだという話もあります。
 1899年にはハーグ陸戦協定が結ばれており、これは当然陸戦のやり方を規定したもので直接空襲に関わるものではないですが、その中身をみても、民間人への無差別な攻撃はいけない、というのが国際的な考え方であったはずですよ。

>日本も真珠湾に宣戦布告なしの先制攻撃
 真珠湾はアメリカ太平洋艦隊の根拠地です。艦載機による攻撃は艦そのものと軍港機能、軍用飛行場を目標として行われ、決して市街地を目標にしてはいませんでした。広島・長崎への原爆投下とは全く意味が違います。
 広島市のわずか20km南には日本海軍の根拠地である呉軍港があったんですよ。呉の皆さんは大変失礼な言い方ですが、軍人が本来狙うべきは広島市街ではなくこちらでしょう。

投稿日時 - 2009-01-12 11:04:09

この手の話は、日本の戦後教育のいびつさが噴出したものです。
元大臣の「しかたがなかった」発言の問題点は、田母神前航空幕僚長の論文問題と一緒で、発言する時と場所、自分の立場を考えなかった点が問題なのです。
特に元大臣の場合、対米関係を考慮して、あのような発言になったかと思いますが、日本のマスコミは、重箱の隅をつつき、言葉の枝葉のみを捉え、自分達の都合の良いように報道します。
更には、外国要人に対し、その曲解した見解を伝え、国内外を問わず、政策遂行の妨害と国際関係における日本の地位を不当に貶めているのです。
>日本も真珠湾に宣戦布告なしの先制攻撃という非道な方法をしかけたくさんの人を殺しました。

歴史を良く調べてください。
「日本の暗号は解読され、アメリカ政府は、日本の宣戦布告は知っていた」のですし、「ハルノート」という最後通牒を突きつけておきながら、「日本の攻撃は無い」と、思うほうが不自然です。
更に、アメリカは、「パナマ侵攻作戦」を始めとして、世界中の国々と比べても、一番多く「宣戦布告無しの先制攻撃」を行っていますし、宣戦布告自体していないことも多いのです。
>広島の原爆投下は何が問題であったか

これは、他の方も仰っているように、非武装の民間人への攻撃を禁じたハーグ・ジュネーブ等の戦時条約違反です。
しかし、アメリカという国は、「国際司法裁判所」への参加を拒否していることが示すように、非常に卑怯で卑劣な国です。
別に原爆投下に限らず、無差別爆撃、本土空襲等における子供や女性等、あるいは「対馬丸」に代表されるように、国際的に保護されるべき対象に対しても、攻撃や虐殺を行っています。
近くはコソボで、また有名なところではベトナムでの戦争犯罪も有名です。
アメリカにしてみれば、広島・長崎への原爆攻撃は、「原子爆弾」という超高価な新兵器の実験であり、かつ、その威力を公表することによって、不明朗な支出の多い「マンハッタン計画」の正当性をアピールしたのです。
また、戦後外交において、「原子爆弾」を独占して保有することは、他国に対しての優越を意味します。
日本は、いわばモルモットにされたわけです。
あまり公にならないですが、戦後、アメリカは日本各地を調査しています。
これなど、アメリカが対日戦終末期において、次の戦争に備えて、各種データの収集を行っていたと考えれば、理解できます。
同じ白人であるドイツ人では出来ないことでも、有色人種の日本人ならば、実験動物として丁度良いということなのでしょう。
「人道に対する罪」とやらを創設して、長広舌を振るうアメリカの本当の姿です。
人をして、モルモットとして扱う。
同じ人間として、これ以上の罪は無いでしょう。
民間人への戦時賠償は、ハーグ条約で厳格に定められています。
ですが、アフガン・イラク・コソボ、そして日本で、アメリカ兵による犯罪行為に対するアメリカ政府による賠償はされていません。
アメリカが国際司法裁判所を拒絶する理由のひとつです。
国際司法裁判所を認め、その捜査が自国に及んだ場合、賠償額が天文的な数字となり、また、自らがの犯し、更に犯し続けている犯罪行為を暴露されてしまうことを避けるためです。

投稿日時 - 2009-01-12 10:53:00

ANo.13

 質問者の疑問に対する回答にならないかもしれませんが、原爆の開発のきっかけはもともとナチスドイツに迫害を受けたあるユダヤ人科学者が米国政府に親書を送ったことから始まりとされています。
 その米国政府が原爆の有効性を知るようになり、国家プロジェクトとして、当時の科学者の騒動で開発したのですが、その有効性を確認するため、日本に2発落としたのです。
 開発のきっかけを作ったユダヤ人科学者は、後で原爆が日本に落とされたことを知り、一生涯後悔し続けたそうです。
 その科学者がもし親書を送っていなかったら、歴史が変わっていたのでしょう。
 その辺は原爆 開発のキーワードで検索すれば、出てきますので、ご参考ください。

 私が思うには、当時の米国政府が原爆をせっかく国家プロジェクトで開発できたのに、使わないわけにはいかなかったのではと気がします。
その辺が米国の政治力で長期的展開を持って実行されたのでしょう。

 また、もともと原爆投下まで発展してしまったこの戦争のきっかけは、日本なんです。戦争って、互いに発展的にいかに敵を倒すかを考えていくので、原爆を使用されてもおかしくないです。

 前大臣の「しかたなかった」発言はあの時どうして止められなかったのかと考えてみると、日本自身が世界に甘くみていたのか止められる人がいなかったのが大きかったです。
 戦争で多くの人々が意味もなく行かされて死んでいったこと対しては大変失礼な発言ではと思えます。言ってほしくない言葉です。もう繰り返さないという強い決意で反省してほしかったです。

投稿日時 - 2009-01-12 09:36:58

ANo.12

まず原爆について、特別視する必要があるのか?ということですよね。
これが問題だ、とする人たちの意見をまとめて見ますと


・威力が高いこと(残酷な兵器であること)
・放射線により居住できなくなること
・人種差別や兵器実験・市民への攻撃の側面があったこと

このあたりではないでしょうか。
そして、これらはおそらく全て誤解であったのではないかと思います。




まず威力や残酷さについて。
爆弾1万発分の威力があるということが問題だというならば、
1万1発の爆弾を有する軍隊は、全て原爆と同様以上の非難を
受けなければなりません。もし、刀で殺す方が鉄砲で殺すより尊い。
あるいは鉄砲で殺す方が爆弾で殺すより尊い、そういう話ならば
失礼ながら道場か教会かどこかでやるべきだと思います。

ナイフで刺されようが、爆弾で蒸発しようが
死ぬ側にとってみればどちらも同じことです。
殺すな、という否定であれば世界も受け入れることが出来ますが
殺し方が悪い、という否定を受け入れてくれる人は
少ないのではないでしょうか。





後遺症に関しても誤解があります。
過度に大きな被害を主張することは、さらに悪い結果をもたらすのです。
実のところ、原爆による後遺症もナパーム弾による後遺症も、
あるいは毒ガス・細菌兵器であってもその後遺症の被害は
同程度発生するのです。


私は今まで個人的に多くの原爆症認定患者の方々にお話を
伺ってきたのですが、原爆症に関して問題であったのは、
被害が大きかったことが問題では無くむしろその放射線被害が
「過度に大きく」見積もられていたことによるものであったようです。

つまり、多くの被爆者が、感染するはずの無い原爆症への不理解によって
社会からいわれの無い迫害・差別を経験されたそうです。
もし、原爆症被害が甚大であるという宣伝を行わずに
戦傷として正当に評価されていたのならば、こういった不幸は
防げたのではないでしょうか?真に被爆者を追い詰めたのは、
後遺症を過度に主張した人たちであったのではないでしょうか?
彼らを救済する方法は後遺症の大きさを宣伝することだと
信じていた人間達が居た。これこそが原爆問題の最大の誤解でしょう。






次に放射線により、そこに住めなくなるという説。
これは完全な誤解です。


下記参考URLは他でもない、広島市のHPです。
なんと、数万年住めなくなるはずの爆心地は48時間でほとんど放射線被害が
消滅するらしいです。そもそもα、β線とγ線では性質違うんですけどね・・・
この「放射線汚染説」の支持者は、広島に行ったことが無いか、
高校で物理を選択していないかのどちらかであると思います。
こういった基礎的知識の欠落が、被爆者への差別を助長していきました。





結局のところ日本人に限らず、世界は原爆を過大評価しすぎていたのでは
ないでしょうか?上記の点に加え、原爆はコスト面から見ても、維持管理等
運用上から見ても優秀な兵器とはいえません。
「なんだかわからない凄い爆弾」というイメージを先行させることは
単に宗教的な問題にすら感じられます。









最後に戦争被害としての側面。
先に人体実験を行い、さらに重慶を始めとして一般市民への
戦略爆撃を仕掛けたのはどこの国であったのか。当然日本です。
臆面も無く相手の国際法違反を主張するのはいかがなものでしょうか?



もちろん、相手がやったのだからこちらもやっていいという話では
無いでしょう。同様に「自分はやってもいいけど相手は
やってはいけない。」という話でもないはずです。

日本人は撃ち返される覚悟を持たずに、自分が安全だと過信して
引き金を引いたのでしょうか?
戦後、我々はその責任を曖昧にしてきた経緯があります。
もちろん、対外的には殆どの国で賠償問題は法的に決着しています。
対外賠償に関しては、これ以上の問題は発生しようがないでしょうね。




ここでの責任とは、「敗戦責任」です。
全て軍部の暴走であった、と民衆は主張します。
民衆の暴走を防ぐには開戦するしかなかったと、軍部は主張します。
否定論者さんは民衆側の人達ですから、軍部が悪いという前提の下で
議論を展開するので結果的に民衆は「一方的な被害者」となるわけです。






結局どちらも責任を取りたくは無いのです。
私はどっちも悪いんじゃないかと考えます。
お互いが力を持っているにも関わらず、お互いが相手を恐れ、
行動に制限をもたらしたのです。これこそが開戦時における
最大の誤解であり、まさに誤りであったのではないか?と思います。

情報を正しく伝えること。
決定権を統一すること。そして決定権者に絶対の責任を負わせること。
本当に戦争を繰り返したくないのならば、
こういったことを論じるべきではないでしょうか。

参考URL:http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1111724735753/index.html

投稿日時 - 2009-01-11 21:12:52

お礼

今のところwiz0621さんの意見が一番自分には納得できます。
僕も原爆の威力は問題外だと思います。人を殺すための兵器なのだから多く殺せて上等な兵器だと思います。放射能についても、一瞬で焼け死ぬか長期的に放射能汚染で死ぬかだけの違いなので、それも問題でないと思います。それは兵器の能力にすぎません。死んだ人の数も関係ないと思います。拳銃でパンと打たれるのも原爆でドンと街が飛ぶのも私は同じことだと考えます。しかし、ほかの方々の説明にもあったように(諸説あるようですが)日本にもう戦闘する力が残ってないのに原子爆弾という破壊力の高い兵器を使い日本に致命傷を与えたのなら問題なのではと思う部分もあります。ですが、日本に戦力がなかったとしても戦争を長引かせるとアメリカ兵も死に続けます。そういう意味では人体実験の意図もあったかもしれませんが、戦争を早期終結させる意図もあったと思います。それならば駄目押しの一撃もやむなしと思う部分もあります。 そしてもうひとつ気にかかるのが、民間人(広島や長崎の方)への攻撃は、やっぱり問題なのでしょうか?原子爆弾が民間人の多くすむ街ではなく、日本軍の基地が集中している土地に投下されていた場合は適切な攻撃であり問題ではなかったのでしょうか? そして民間人への攻撃に比べるとやはり、軍人への攻撃(真珠湾攻撃)は罪は軽いのでしょうか?日本人も他国の人を虐殺したことはありますし結局規模の違いだけではないでしょうか?

投稿日時 - 2009-01-12 01:09:14

ANo.11

>広島(広島を筆頭とした日本?)はなぜあんなにも被害者顔なのでしょうか?

先ず、戦争による一般市民の被害については「補償も刑事責任も存在しない」のが国際法です。
この国際法を無視して「戦後賠償(名目は経済協力金)を永遠に無条件に支払い続けているのが世界で唯一日本」だけです。
原爆も無差別焼夷弾爆撃も「被害を受けた側」では同じですね。
原爆被害者と焼夷弾・機銃被害者を差別するのが問題です。
原爆被害者は国家補償を受ける権利があり、焼夷弾・機銃攻撃で被害を受けた者は何ら補償が無い。
つまり、「利害・利権」が複雑にからんでいるからです。
原爆反対声高に叫んでいるのは、世界で日本だけです。
純粋な被害者は、地道な活動をする程度で「大々的な政治ショー」には参加していませんよ。
純粋に、広島・長崎が最初で最後の原爆投下地になる事を望んでいるのです。

>前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか

何ら問題になる発言ではありません。
ポツダム宣言を受諾していれば、地方都市への無差別焼夷弾爆撃もなく、広島・長崎の原爆投下もありませんでした。
当時の政府・軍部・皇室が「国体維持に拘った」のが原因です。
前大臣は、当時の政府・軍部・皇室の判断の誤りが原因と言ったに過ぎません。
当時の指導部が「誤った行動を取ったから、仕方が無い」のです。
何故原爆投下を許したのか? 誰の責任で戦争が始まり原爆投下に至ったのか?を明らかにする必要があります。
極東軍事裁判は、戦争責任を裁いていません。人道上の事件を裁いただけです。

>広島の原爆投下は何が問題であったか

戦争終結目的でなく、政治ショー及び人体実験が行なわれた事です。
既に、戦闘力を持たない日本に原爆を投下する意味はありません。
ウラン型・プルトニュウム型2種類の原爆を投下する事で、生の実験結果を得る事が出来ます。
貴重なデータとして、今も国防省で厳重管理していますよ。
(人体実験が終わるまで)アメリカ政府は、日本が降伏しない事を望みました。ですからポツダム宣言受諾交渉でも「日本からの国体維持要求を無視」し続けています。長崎に原爆投下後に「日本国民が決める事」との回答を出しています。

余談ですが、大戦時に「日本への無差別攻撃を命令した米軍司令官」が戦後「日本政府から勲章」を受けています。
まもなく、原爆投下を実行したパイロットにも勲章授与が決まる?とういうブラックジョークがあります。

投稿日時 - 2009-01-11 16:58:41

ANo.10

「しかたなかった」発言は昭和天皇も行ったことがあります。
「しかたなかった」とは戦争に負けた側が言う言葉であり、勝った側が言う言葉ではありません。

開戦の経緯はどうであれ、対米戦は日本側から仕掛けた戦争であり、初戦は勝ち進んでいたが国力の差から敗戦色が濃くなり、それでもなお大本営発表により国民は勝ちを信じていた。
終戦間際になると愚かな国民にも負けるのだとの意識が強くなり、それでもなお大本営は嘘発表を繰り返し、国民総動員令をかけていた。

国家体制上、当時は国民全てが兵員であったのであり、兵員が敵の攻撃により戦死するのもやむなし。一億層玉砕が大本営の方針であり、ひいては主権者昭和天皇の意志であったのです。

米国の核攻撃が平時に行われたのではなく、交戦国以外に対して行われたのでもなく、戦時に交戦国に対し行われ、しかもその被爆国は国民皆兵体制であり、1億総戦死で臨んだ戦争です。
この状態では米国の核兵器攻撃による戦死も「やむなし」。
これが当時の軍国ファシズム体制の日本の原理です。

「しかたなかった」との発言が戦後多数繰り返されたのは、日本の戦争が終結し、国家体制が変化し、平和憲法が尊重され、民主主義国家になったからです。
もし日本が戦争に勝ち、当時の国家体制が継続していたのであれば、「しかたなかった」の発言はそう多くは出てこなかったでしょう。
「しかたなかった」のではなく、復讐・報復の為、日本側から米国に対する核攻撃をしよう、という流れになっていたはずです。
或いは敗戦国米国に対する虐待行為は報復の為当然あったはずでしょう。

日本が敗戦後、被爆に関連して多少のおかしな動き・おかしな団体が存在した理由は、米国の冷戦相手のソ連、並びに中共の裏の働きかけがあった為です。
それら勢力の為、条理に外れた活動もありました。国民感覚から少しずれた反米活動ですね。

また、米国からの働きかけもありました。
日本人が人間の原理に従って米国に復讐行為を計画せぬように、親米心理を増殖させる試みですね。これも国民感覚からは少しずれた親米心理もありました。


「しかたなかった」の発言は被害者の感情を逆なでします。人間の心理です。
被害にあった人・その関係者は「しかたなかった」どころではありません。
発言を問題視するのも当然でしょう。
しかし私が非常に不思議に思い続けてきたのは、なぜ復讐心が発生しなかったのか、報復テロ騒ぎがなぜ起こらなかったのか。大変不思議です。
「しかたなかった」の発言は、これらの危険な粗暴行為をある程度抑える働きもあると考えます。

米国人が核攻撃の後しばらくの間、日本からの報復行為も「しかたないだろう」と考えていれば道理にかなっています。
この為、米国側からも「核攻撃そのものが人道にもとる」との思想が発案され、日本・その他の国からの核攻撃を抑止するという世論操作もあります。

投稿日時 - 2009-01-11 14:56:05

ANo.9

戦争すべてがホロコーストだとでもいうのでしょうか?

投稿日時 - 2009-01-11 13:40:32

ANo.8

>「広島の悲劇を繰り返すな」

経験したからこそ語れる反戦感情であって被害者面と断定するのは如何でしょうか。
悲しみが全面に出るが為、そう受け取る人も多いとは思いますが
身近な人を亡くして
その悲しみは他の人には絶対に味あわせたくない、という想いにが貴方の経験には足りないのでしょう。

戦時下ならぬ現代でも「情報操作」は行われています。
戦争を終わらせる為に原爆投下は必要であったとする説は
投下したアメリカサイドの言い分であり
それが真実かどうかは分かりません。
近年になって「必要なかった」とする説もありますが
戦争も人が起こす限りは、様々な思惑(金銭や欲望)が絡むものです。

・前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか
日本の立場を擁護するべき人の発言として有り得ない。

・広島の原爆投下は何が問題であったか
問題視されているのは「人体実験」ではなかったか?ということです。
原爆投下後の映像、きのこ雲や庶民の映像まで
細かく記録されているのも不自然です。

しかし真実なんて今更測るのは無理だと思っています。
沢山の事実を正確に集めることができても・・・
そこに色んな思惑が絡んでいますからね。

でも追及は怠らないでください。
それが「反戦感情」に繋がります。

投稿日時 - 2009-01-11 13:33:59

ANo.7

>国家総動員で日本の一般市民も武器を作ったり、強制であったといえ戦争の加害であると思います。
無防備の一般市民を狙った無差別攻撃ですから、例えば赤ん坊や母親のお腹の中にいる赤ん坊は何の加害行為もしていませんが、そういう人たちもすべて殺されてしまいました。これが問題。
原爆は放射能で長期にわたる苦痛を与えて殺すという残虐性があるということも問題。
昭和38年に日本の裁判で国際法違反だという判決が確定しているので、日本人が「被害者顔」しても不思議ではない。したがって、「しかたなかった」という発言は問題。
ということかと思います。

投稿日時 - 2009-01-11 13:12:17

ANo.6

> ・前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか

大した問題ではありませんが、不快な思いをする人もいることは確かですね。

> ・広島の原爆投下は何が問題であったか

非戦闘員である民間人を大量虐殺したからです。
これは当時でも重大な戦争犯罪です。

> 日本も真珠湾に宣戦布告なしの先制攻撃という非道な方法をしかけたくさんの人を殺しました。

歴史的な事実関係はともかく、宣戦布告なしで先に仕掛けて人を殺せば何をされてもしかたがないという論法でいけば、竹島を侵略して多くの漁民を虐殺した韓国は、ソウルを火の海にされても、在日韓国人を皆殺しにされてもしかたがないことになりますね。

投稿日時 - 2009-01-11 09:46:29

補足

私が言いたいことは先に手をだしたから、どれだけ攻撃されてもしかたないという事ではなくて
引き金を引いておいて、戦争が拡大した結果多大な被害がでたのならそれは日本側にも責任があるのではということです。言葉たらずですいません

投稿日時 - 2009-01-12 00:36:23

>日本も真珠湾に宣戦布告なしの先制攻撃という非道な方法をしかけ
そう教えられたんですかね?
アメリカは攻撃を仕掛けてくることは分かっていましたが、反日感情を煽るために、わざとその情報は伏せられていました。
また、真珠湾攻撃でも攻撃は軍事施設だけと局限されていました。
アメリカ政府がハワイ司令部に警報などを発しておけば、歴史は大きく変わっていたでしょうね。

>国家総動員で日本の一般市民も武器を作ったり、強制であったといえ戦争の加害であると思います。
アメリカやその他の国でも、参加した全ての国はそうなんですけどね。

>日本軍も大戦にやぶれるまで、各地で一般市民にもひどいことをしてきたと
アメリカは人種差別の国ですから、日本人を黄色い猿であって、根絶やしにしてもかまわないと思っていたようです。
東京大空襲のように軍事施設ではない場所を大々的に爆撃してきました。

「しかたがなかった」をどう捕らえるかですね。
あなたのように、人を殺したのだから原爆を落とされたのは仕方がないことだ。と思えばある意味正しい発言かも知れません。
まぁ、そう思っているから問題とは捕らえていないんだと思いますが。
落とされた側としてはそうは思えないでしょう。

前後文を聞いていないし、報道もそこだけを強調していたので当該大臣がどう言ったのかは知らないけれど。

アメリカは、二次大戦後の敵はソ連と中国であると考えていました。
そこで、彼らを牽制するために原爆を使い、容易に戦争を始められないように見せつけるために日本を見せしめにしました。
戦争の手段として、強烈な手札を持つことは抑止力になります。
ただ、戦闘員と、非戦闘員の区別無く殺傷することは問題です。

投稿日時 - 2009-01-11 08:58:43

ANo.4

まず、大前提として、「原爆=核兵器」とは何か?
そして、通常兵器とどこが違うか?
という二つの疑問を解いておきます。

核兵器というのは、第二次世界大戦末期に開発された兵器です。
そして、それまでの兵器(剣・大砲・銃・戦車)などとは大きく性格を異にする武器でした。
それは、一発で大都市を壊滅できるということです。
そして、長きにわたって放射能汚染による影響が残ると言うことです。
この二つの影響は絶大で、それまでの戦争の常識を変えてしまいました。

例えば、今までは兵力の差が1000VS100であったら、まず1000人の兵力がある方が勝でしょう。
そして、おそらく100人は全滅してしまうかもしれません。
しかし、1000人の側もそれなりに犠牲を払うことでしょう。
それが、核爆弾によって1VS1000であっても、1人の方が勝つことが出来るのです。
もちろん、これはものすごく単純化した理論ですが、それ位のインパクトが「核兵器」というのにはあるのです。

実際、広島に原爆を落としたB29には全12名の乗組員が居ました。
他に数機の護衛が付いていたとしても、数十人です。
この数十人によって、9万人ないし12万人がほぼ一週間で死亡、後々まで後遺症に悩まされた人も含めると20万以上と言われています。

これが、「核兵器」と「他の通常兵器」との違いです。

これを踏まえて、各質問に回答します。

>前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか

まず、この発言については(マスコミでは批判一色でしたが)賛否両論あることを伝えておきます。
そして、久間氏の発言の趣旨ですが、関連部分を少し引用します

===以下・引用===

ソ連、中国、北朝鮮と社会主義陣営、こっちは西側陣営に与したわけだが、欧州はソ連軍のワルシャワ条約機構とNATO軍が対立していた。そのときに吉田茂首相は日本はとにかく米国と組めばいいという方針で、自由主義、市場原理主義を選択した。私は正しかったと思う。

これは話は脱線するが、日本が戦後、ドイツみたいに東西ベルリンみたいに仕切られないで済んだのは、ソ連が侵略しなかったことがある。日ソ不可侵条約(※正しくは日ソ中立条約)があるから侵攻するなんてあり得ないと考え、米国との仲介役まで頼んでいた。これはもう今にしてみれば、後になって後悔してみても遅いわけだから、その当時からソ連は参戦するという着々と準備をしていて、日本からの話を聞かせてくれという依頼に対して「適当に断っておけ」ぐらいで先延ばしをしていた。米国はソ連が参戦してほしくなかった。日本の戦争に勝つのは分かった。日本がしぶといとソ連が出てくる可能性がある。

ソ連が参戦したら、ドイツを占領してベルリンで割ったみたいになりかねないというようなことから、(米国は)日本が負けると分かっていながら敢えて原子爆弾を広島と長崎に落とした。長崎に落とすことによって、本当だったら日本もただちに降参するだろうと、そうしたらソ連の参戦を止めることが出来るというふうにやったんだが、8月9日に長崎に原子爆弾が落とされ、9日にソ連が満州国に侵略を始める。幸いに北海道は占領されずに済んだが、間違うと北海道はソ連に取られてしまう。

本当に原爆が落とされた長崎は、本当に無傷の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、“しょうがないな”という風に思っているところだ。米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという、そういう思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るということも頭に入れながら考えなければいけないと思った。

いずれにしても、そういう形で自由主義陣営に吉田さんの判断でくみすることになり、日米安保条約で日米は強く、また米国が日本の防衛を日本の自衛隊と一緒に守るということを進めることで…。戦後を振り返ってみると、それが我が国にとっては良かったと思う。

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/211450/
==引用以上==

つまり、彼が言いたいことは、「広島・長崎に原爆を落とされたことで、(東西ドイツのように)日本が分裂せずにすんだ。」ということです。
しかし、これは一つの「歴史解釈」でしかありません。
米国による原爆投下の理由については、歴史学者の間でも異論がある論争の的の一つです。
いやしくも、政治に携わる者は「一つの歴史観・歴史解釈」で歴史を見て発言するのは控えなければなりません。
「歴史解釈」というのは、個々人の思想・価値観・立場によって180度変わるのが普通です。
それを、政治家や公務員など公的な人間が軽々に発言しては、(人権問題・外交問題・政治問題etc,,)様々な問題が噴出します。
かれの「しょうがない」発言は、この部分に触れたので問題視されました。(もちろん、広島・長崎で原爆被害に遭われた方の信条を無視しているというのも含まれます)

>広島の原爆投下は何が問題であったか

上記に書いたように、一発で大都市を壊滅できる威力を持った兵器を初めて使ったことによるインパクトの大きさです。
そして、その大都市に住んでいて犠牲になる人は90パーセント以上は民間人であるということです。
近代以降の戦争は、近代兵器(特に戦闘機)によって今まで以上に民間人に被害がでるようになっていました。
その反面、「人権意識」というのも育っていた時期でもあります。
そこにきて、「原爆投下」によって「一発の爆弾」で「大都市が壊滅」したのです。
これは、世界にとって衝撃でした。
下手をすると「人類存亡の危機」になるかもしれないと、知識人を中心に多くの人々が感じました。
それくらい、インパクトのある事だったんです。

あとは、「本当に原爆投下は必要だったのか?」という論争ですね。
あの時期の日本は、既に本土にまで攻撃されていて、反撃する力もなく敗戦濃厚でした。(少なくとも後生から見ればそう見える)
つまり、あの時点で米国が原爆を落とさなくても日本は負けたのであり、米国の原爆投下は不当な虐殺ではないか?というものです。
久間氏の発言に関しても述べましたが、米国の原爆投下の真意には諸説あって歴史学者の間でも見解が分かれているのが現状なのです。
主なモノには、久間氏が言う「米国の対ソ連説」のほかに、「米国の終戦を早め人的被害を押さえる説」、「鈴木貫太郎首相がポツダム宣言を黙殺したのに米国が怒った説」、「米軍新兵器実験説」など様々あり、どれが本当かは分からないのが現状です。
ただ、日本では「米国の不当な虐殺」説が支持されているのです。
これは、被害を受けた側としては当たり前の反応ですね。
まぁ、中国や韓国・朝鮮が「日本に侵略されて不当に虐殺された」と同じ論理です。(つまり、立場の差)

少々長くなりましたが、参考になれば幸いです。
長文失礼しました。

参考URL:http://www.geocities.jp/torikai007/war/1945/hiroshima.html

投稿日時 - 2009-01-11 06:59:14

ANo.3

『しかたなかった』発言について。

ここ半年間 ちょうど戦争についての本を読み漁ってます。海外での戦い(中国、ニューギニア、インパール等)をずっと読んでたものだから日本国内の被害については読み始めたばかりなんですけどね。

この前たまたま広島に出張があったものですから、この機会にと30年数年ぶりに原爆資料館にもいきました。
それはさておき・・・

原爆投下によっていろいろな被害がでました。
すぐに亡くなられた方、原爆投下後数日で亡くなられた方、ずっと寝たきりで十数年後亡くなられた方、いまだに後遺症をかかえて苦しんでいる方、被災されたお母さんのおなかの中にいてなんらかの影響を受けた方。

そして話はかわりますが、戦時中の軍事教育はすごかったらしいです。
もちろん軍事教育の内容は政府が決めるものですね。おまけに政府の方針は一億玉砕。日本国民全員死ぬまで戦うぞ。
戦争に反対した人はたくさん刑務所にいれられてます。
それがなんと政府は敗戦になるとマッカーサーがやってくる前に 学校の教科書の訂正(改正?)をすべての学校に言い渡しました。新しい教科書が間に合うのは都会だけで、ほとんどの学校では墨で消してたんですね。

いろいろな立場によって意見は違うかもしれませんが、私の考えとしては、上記の背景から日本政府の代表者が言うべきことばではないと思うんです。(´_`。)

投稿日時 - 2009-01-11 03:39:15

お礼

なるほどわかりやすい説明をありがとうございます。
国が戦争を指揮しておいて、それによって起きた被害を
「仕方ない」というのは、たしかにおかしいですね。
しかし、皮肉ぽくなりますが…
「しかたなかった」発言が大臣ではなく一般市民が言った場合
問題はないのでしょうか?

投稿日時 - 2009-01-12 00:24:54

ANo.2

>>日本も真珠湾に宣戦布告なしの先制攻撃という非道な方法

真珠湾の犠牲者はアメリカ人ですがヒロシマの被害者の大多数は日本人です。

>前大臣の「しかたなかった」発言はどこが問題であったか

多くの日本人が亡くなられたのを「しかたなかった」というのは日本人である広島や長崎の人たちにあまりに無配慮な発言であります。

>広島の原爆投下は何が問題であったか

多くの日本人が亡くなったのですからそれは日本人にとって当然、大問題です。拉致問題も大問題となっているのは被害者が日本人だからです。
チベットやイラクはブームが過ぎればどこも報道しません。

投稿日時 - 2009-01-11 02:59:46

補足

民族意識ということですか?
日本人が大量に死んだから「戦争反対」
アメリカは敵であったが同じく人であったはずです。
敵国の命は軽く見られて、自国の命は尊ばれるのはおかしいと思います
命は等しく平等のはず、アメリカにも日本は被害を与えているのだから
平和の式典が、大量の自国民が殺されたから行っているとしたらおかしいと思います。日本もたくさんのアメリカ人を殺したので痛み分けで終わりではないでしょうか?

投稿日時 - 2009-01-12 00:15:50

ANo.1

1つ目
上手く説明できませんがおそらく政治家=国民に選ばれた代表者が国を擁護する発言ではなく、国の行動を否定するとも取れる発言をしたからではないでしょうか?
それに「しかたなかった」の一言で済ませてしまうと、それで亡くなられた人たちがあまりにも可哀想だからではないでしょうか?

2つ目
これもまた難しいのですが、原爆は銃やナイフといった人が行動を起こさないとダメージを与えられない武器とは違い、ボタンひとつで相手の命を簡単に奪うことのできる、痛みを伴わない武器であり、後遺症や合併症を引き起こす核兵器だからではないでしょうか?

投稿日時 - 2009-01-11 02:58:30

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