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解決済みの質問

イスラエルの建国について

イスラエルが建国される前は、どういう状態だったのでしょうか?
イギリスの植民地だったようですが、通常、植民地では、
支配国の下に被支配国政府のようなものがあるように思うのですが、
植民地時代には、そういう政府組織的なものはなかったのでしょうか?
そして、それを無視して、ユダヤ人がイスラエルを宣布したのでしょうか?
また、その時、イスラエルは、自国民をどのように定義したのでしょうか?
その当時、そこの土地には、いわゆるアラブ人もいたと思うのですが、
彼らは、イスラエル国民には、入れなかったのでしょうか?

こういうことについて書いてあるサイトがありましたら教えてください。

投稿日時 - 2009-01-11 16:54:12

QNo.4621866

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

>イスラエルが建国される前は、どういう状態だったのでしょうか?

紀元前古代、この地には「古代イスラエル王国」が存在しました。
その後、近隣諸国の支配を受け迫害されたユダヤ人は世界各地に散らばります。
古代イスラエル王国時には、ユダヤ人もパレスチナ人も住んでいましたから、このパレスチナの地には(ユダヤ人が居なくなっても)パレスチナ人が続いて生活します。
パレスチナの地は、各国の支配下になります。が、近代ではイギリス・フランスの植民地となります。

第二次大戦時。戦費調達のため「イギリス・アメリカはユダヤ団体と秘密契約」を結びます。
「資金援助をすれば、イスラエル国家樹立に協力する」
この話を信じた世界各地のユダヤ人は「資金を提供」しました。
1945年以降、イギリス・アメリカの関与しない間に、世界各国に散らばっていたユダヤ人は「約束の地(神がユダヤ人に与えたとユダヤ教では言う)に退去して入植」しました。
当然、住んでいたパレスチナ人は、強制的に排除され難民となりますね。
数千年も前の所有権を、1945年頃に主張されても・・・?。
イギリス・アメリカとも「まさか突然・世界中から・大挙して・ユダヤ人が集合する」事は予想外だったようです。

>植民地時代には、そういう政府組織的なものはなかったのでしょうか?

植民地契約云々よりも、戦時期の密約が優先したのです。
イギリスとしては、パレスチナ人・ユダヤ人と人種を問わずアメリカのような混在人種国家を目指していたのです。
ところが「密約」が優先し、また「旧ソ連との対抗上」ユダヤ組織の資金を無視する事が出来なかったのです。
自民党が、公明党の支配を受けているのと同じと理解して下さい。

>イスラエルは、自国民をどのように定義したのでしょうか?

ユダヤ教を信じるユダヤ人であるか否かは、イスラエル国家機関に「調査する専門機関が存在」します。
今でも、世界各地でユダヤ人を調査しています。
当然、日本にも来ていますよ。曰く「日本人とユダヤ人は、同じ人種である」だそうです。
お祓いで塩をまく、裸でフロに入る、お酒で清める・・・。風習が同じなんだって。民謡は、古代ヘブライ語との説もあります。
伊勢神宮に「ダビデの星」があり、古代イスラエル王国の神殿に「菊花紋」があります。

>彼らは、イスラエル国民には、入れなかったのでしょうか?

数千年前に古代イスラエル王国を滅ぼしたのは、イスラム教徒です。
イスラム教徒はユダヤ教徒を信用しませんし、数千年前の所有権を主張して「土地・家・農地を奪われてまで一緒に住む事はしない」でしよう。

イスラエル・パレスチナの基本的原因を作ったのがイギリス・アメリカです。
ですから、アメリカは(パレスチナ人が何人死傷しても)イスラエルを擁護します。アメリカの政治・経済界には、イスラエルの人口以上のイスラエル人が働いてますからね。拒否権を持ったアメリカが「何人でも殺す事を承認」していますから、基本的には「国連安保の暗黙の了解済」なんです。
数百名の非武装市民が死傷しても「何らイスラエルに対する制裁をしない」のも、これが原因です。

投稿日時 - 2009-01-12 13:31:55

お礼

どうもありがとうございます。
現地の人による統括組織があって、その組織をイギリスが支配し、パレスチナ全土に影響力を行使していた、というような、「イギリス-統括組織-現地の一般人」という関係の統括組織は、なかったということなんでしょうか?

投稿日時 - 2009-01-15 17:48:10

ANo.4

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回答(5)

ANo.5

古代イスラエル王国を滅ぼしたのは、イスラム教徒ではありません。
(イスラム教が成立したのは紀元後7世紀ですから、「数千年前」に
古代イスラエルを滅亡させるのは不可能です。横入りすみません。)

古代イスラエル
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB

イスラム教
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%95%99

それと、高橋 正男『物語 イスラエルの歴史』〔中公新書〕という
本が参考になるかと思います。よろしければ読んでみてください。
http://www.amazon.co.jp/%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E2%80%95%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%81%8B%E3%82%89%E4%B8%AD%E6%9D%B1%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%B8-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E6%AD%A3%E7%94%B7/dp/4121019318/ref=sr_1_6?ie=UTF8&s=books&qid=1231770273&sr=8-6

投稿日時 - 2009-01-12 23:28:46

お礼

どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2009-01-15 17:49:28

ANo.3

ご質問の件に全て詳細に回答していては、ここでは書ききれないので駆け足の説明で失礼します。

まず、パレスチナ地域は第一次世界大戦前はオスマン・トルコ帝国の支配する地域でした。
そこでは、州と地区という行政単位に整理され、中央政府から派遣された行政官が支配していました。
当時よりイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が、時には対立しながらも比較的共存して暮らしていました。

しかし、ヨーロッパ諸国の近代化と陸上貿易から海上貿易に経済の重点が移ったことにより、オスマン帝国は弱体化。
それにより、各地のアラブ人はオスマン帝国中央政府に対して不満が溜まっており、そのことでアラブ人社会が不安定化していきます。
パレスチナ地方もその例に漏れずでした。

また、近代思想として「民族自決」が現れると、その思想に基づいた「民族主義」が台頭していきます。
そして、ユダヤ人の間にも「念願のユダヤ国家」を持つことを熱望する機運が高まります。
それが「シオニスト運動」として盛り上がっていくことになります。

そんな背景の中、1914年に第一次世界大戦が勃発します。
すると、オスマン帝国は同盟国側(ドイツ・オーストリア・オスマントルコ・ブルガリア王国)にたち連合国(イギリス・フランス・ロシア)に宣戦布告します。
英国は、アラブ人がオスマン帝国に反乱をするのを支持し英国の庇護下の元に(オスマン・トルコからの)アラブ国家独立を約束したました。(フサイン=マクマホン協定)
一方、英国国内のユダヤ人に資金援助してもらう変わりに「ユダヤ民族居住地建設」をユダヤ人に約束しました。(バルフォア宣言)
さらに、フランスとロシアの間ではオスマン帝国領の分割を取り決めた「サイクス・ピコ協定」を密約します。

第一次世界大戦の結果、オスマン帝国は敗北します。
そして、戦後処理の中で「サイクス・ピコ協定」に基づいた分割が行われました。
しかし、ロシア帝国でロシア革命が起こると、この密約が世界に暴露され、アラブ人の英国に対する不満と不信感を増大させました。
1920年4月に開かれたサン・レモ会議で、パレスチナ地域は英国の委任統治となることが決定されます。
シリアはフランスの委任統治領となり、これにより「パレスチナ地方」が「シリア地方」より分離されることになりました。(その後、シリアからはキリスト教徒の多いレバノンが分離します)

委任統治領とは、国際連盟によって委任された国が国際連盟理事会の監督下において一定の非独立地域を統治する制度です。
建前上は、統治国の植民地に対する搾取を防止すると共に最終的な独立を支援するというモノでした。
しかし、実質上はそれませでの植民地とほとんど変わりませんでした。

英国はパレスチナに、アブドゥッラー1世を首長(アミール)に任命して間接統治をすることにしました。(他に、イラクもイラク王国として同じような間接統治をします)
そして、外交・軍事・経済政策の監督を英国が受け持つことになりました。

この委任統治の間に、「バルフォア宣言」を信じたユダヤ人が移民として流入することになりました。
そして、「パレスチナに民族的郷土国」を築くというシオニスト運動も激化していきます。
それに対して、オスマントルコ時代から住んでいた現地人や、「サイクス・ピコ協定」を反故にされたと感じたアラブ人が反発を強めます。
そして、ユダヤ人とアラブ人の間で政治的な主導権を巡っての争いが繰り広げられました。

第二次世界大戦が勃発し、ドイツによるユダヤ人迫害が起こると、それまではシオニスト運動にあまり関心の無かった一般ユダヤ人も、ドイツ迫害から逃れるためにパレスチナを目指しました。
英国は、こうした大量なユダヤ人難民がパレスチナになだれ込み、(ただでさえアラブ対ユダヤの対立があるのに)治安が悪化することを恐れ、ユダヤ人の受け入れを拒否しました。
しかし、難民流入を抑えることはできず、結果として10万人以上のユダヤ難民がなだれ込みました。

第2次世界大戦後になんとか面子を保ちたかった英国も結局は米国などの圧力に屈して国連による「パレスチナ分割決議」に妥協します。
これにより、「パレスチナの56.5%の土地をユダヤ国家、43.5%の土地をアラブ国家とし、エルサレムを国際管理とする(人口は圧倒的にアラブ人が多いのに)」という国連決議を採択しました。(英国は棄権)

当然、この決議にはユダヤ・アラブ双方が反発し両者のテロが激化します。
そして、国際批判が続く中で1948年5月に英国のパレスチナ委任統治の権限が切れたのをきっかけに、先の国連決議を根拠にイスラエルが一方的に独立を宣言します。
当然、イスラエルの建国を阻止したいアラブ側はこれに反発し進軍。
第一次中東戦争が勃発します。
この戦争でイスラエル側が勝利し、独立国家としての地位を築くことになりました。
そして、この時に「ガザ地区」がアラブ国家であるエジプトの統治下に入り、その為にアラブ人(パレスチナ人)難民がなだれ込みました。

その後、紆余曲折を経てオスロ合意に基づき「ヨルダン川西岸(現在ファタハが占領)とガザ地区(現在ハマス占領)」がアラブ系パレスチナ人に、その他がイスラエルに、エルサレムもイスラエルが実行支配しています。(エルサレムは東西に分裂し、西をイスラエルが東はパレスチナが占領していましたが、今は東西ともにイスラエル側が占領。国際社会は東エルサレムの占領を非難しています)

>彼らは、イスラエル国民には、入れなかったのでしょうか?

入れなかったというよりは、入ることを拒否したのです。
イスラエルは一般に「ユダヤ人国家」との印象がありますが、実際にはユダヤ教徒以外も住んでいます。
人口は約705万人(2006年 イスラエル中央統計局)で、宗教的分布はユダヤ教(76.8%)、イスラム教(15.5%)、キリスト教(1.7%)、ドルーズ(1.6%)(2005年)となっています。
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/area/israel/data.html

ユダヤ人が圧倒的に多いため、支配者層もユダヤ人です。
当然、ユダヤ人に支配される事をアラブ人は嫌いました。
第一次中東戦争では、大量のパレスチナ人は難民として一度国外に逃れました。
その後、パレスチナ難民が帰還を始め、その中でまたイスラエルと衝突する形で現在に至っています。

>こういうことについて書いてあるサイトがありましたら教えてください。

下記のサイトが比較的簡単に纏められています。
http://www.urban.meijo-u.ac.jp/zchiharu/06homepage/3rd/ume/HP4.htm

詳細はこちらのサイト
http://www.ijournal.org/IsraelTimes/index.html
http://palestine-heiwa.org/

投稿日時 - 2009-01-12 11:41:20

お礼

たくさん書いていただき、どうもありがとうございます。

投稿日時 - 2009-01-15 17:41:42

ANo.2

ご質問の各件については、ネット検索により多くがヒットし調べれば分かるはずです。
もし本当に知識がまだ無いようでしたら知るための努力をしてみてください。

ユダヤ教を信奉するユダヤ人はどういう訳か迫害を受け続け、特にナチス政権による迫害は第2次大戦中は酷いものでした。
そのあまりの酷さに全世界の人々の同情が集まり、イスラエル建国に心情的同意が得られた面もあります。
但しイスラエル建国の地域内で既に居住していた人々もユダヤ人以外にも存在していたわけであり、住む場所を変えろと言われても単純には納得できないのもまた当たり前でして。

歴史的には、どこかの地域を支配する為には軍事的占領(つまり侵略)が必要であり、有無を言わせずその場所の民族丸ごと自国の物にしてしまいます。或いはそれらの人々を占領地から追い出すか、滅亡させるかします。
西欧諸国はそのような手法で領土拡大を図ってきましたね。日本の北方領土がソ連(ロシア)の物になっているのもそういう事情からです。

被支配者達が支配者からの独立を行うのも原則として武力闘争によりますが、話し合いによる独立も多々見られます。
日本の沖縄が交渉による独立(返還)を獲得したのもその例でしょうか。

イスラエルの地・パレスチナの地が激甚問題になってしまっているのは、武力による侵略が当事者の間で行われないで、第3者達の勝手な話し合いでイスラエルの建国がなされてしまったからでしょう。
第3者による建国があってから双方が侵略行為・独立闘争をしてます。
民族紛争の順を踏まないで民族宗教闘争になってしまっているので、解決がややこしく単純な問題ではなくなってしまってます。

ユダヤ人・イスラエル国民はどうすれば良いのかと言えば、自国領土を守る為に必要有らば戦う以外にないでしょう。
追い出された又は迫害されているパレスチナ人はどうすれば良いかは、心情的に奪還闘争をしたいでしょう。名誉の為でもあります。

ユダヤ問題にさほどかかわりの無かった日本から見れば、両者とも同じ場所に仲良く住めば良いんじゃないかと思いますがね。
そういう国は沢山あります。多種類の民族・多種類の宗教が同じ国の中で仲良く住んで行く。
時々には紛争はあるが、仲間内・お友達同士の内輪喧嘩。そういう風になれば良いですね。
日本でも縄文民族と弥生民族が仲良く住んできましたから。

投稿日時 - 2009-01-12 01:13:52

お礼

どうもありがとうございます。
このサイトが、知るための一手段なんです。
ここを通して、必要なサイトを探してます。

投稿日時 - 2009-01-15 17:12:04

ANo.1

私も興味があって勉強中です。
民族名あげるのは恐ろしいのでご承知のこととします。
本当のその民族は、肌が黒くアラブ人と同一人種です。
今権力を持っているのは、まったく出自が違う突厥系の民族の白人で、偽者です。その宗教を信仰しているとしているだけです。
今回のサブプライム問題は、彼らの金儲けのため仕掛けたもので、利益をタックスヘブンのケイマン諸島などに逃したあと手仕舞いをし、損失は米国の例のように税金で穴埋めです。リンク先のHPを参照していくと恐ろくて巧妙に隠された彼らの戦略がわかってきます。
彼ら以外の民族はすべて、その宗教によると人間ではなくゴイム【家畜】なので、何をしてもどれだけ奪っても構わないそうです。
近代以降の戦争は、すべて彼らの利益のために仕組まれたものです。
これ以上書いても、陰謀論者か頭が変な人程度にしか思われないかも知れないのでここで止めます。

参考URL:http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060104

投稿日時 - 2009-01-11 19:24:36

お礼

どうもありがとうございます。
確かにちと偏りがあるような・・・。

投稿日時 - 2009-01-15 17:07:45

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