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解決済みの質問

米国の低所得者層と楽器(米国事情に詳しい方に質問です。)

以前から不思議に思っていたのですが、ピアノなどは日本の場合中流以上(?)の家庭環境の子供が幼少期などから稽古事として行うものという見方をされている気がしますし、実際ピアノが置ける家、買える家という条件だとある程度の条件が必要に思えます。

ですが、ブルースやジャズ、R&Bなどを発展させた黒人ミュージシャンたちは時代的にもかなり貧しかったと思うのですが、そんな貧しい環境に置かれていながらなぜピアノなどが上手くなれたのでしょうか?
楽器の購入、演奏できる環境、場所、練習できる時間、などなどとても不思議です。

この辺りお詳しい方おられましたら書き込みください。
よろしくお願いします。

(他のカテゴリからも質問をしたのですが、推測のご回答しかいただけなかったので、社会カテゴリであればまた違った回答もいただけるのかと思い再質問書き込みさせていただいています。よろしくお願いします。)

投稿日時 - 2009-04-02 22:56:40

QNo.4848082

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

何故ルイジアナやジョージアの元奴隷だった黒人が楽器を入手できたのか?不思議ですよね。でも不思議でも何でもありません。140年前、この地にはたくさんの楽器が捨てられていたんですよ。

 当時の戦争は必ず軍楽隊が先導して進撃しました。彼らはファイフ(フルート・ピッコロのご先祖様)、小太鼓(スネアドラム)、大太鼓(バスドラム)、シンバル、サクソルン(サクソホン・ユンフォニウム・チューバのご先祖様)、トランペット、トロンボーンなどを用いました。また地主の家にはフォルテピアノやオルガンなどがありました。
 これらが南北戦争の終了と同時の捨てられたり古物商に安く引き取られたのです。程度の良い太鼓は日本に売られましたが、日本で需要の無い楽器は二束三文でした。

 戦争の終結で黒人はそれまで得ていた仕事を全て失いました。奴隷から自由民になったはいいが、白人地主はコストのかかる黒人自由民を雇用してくれなかったのです。
 解放奴隷の生きる道は2つしかありませんでした。北部に行って仕事を探すか(実際は仕事が無く、スラムを形成するしかありませんでした)、残って生計を立てるかです。その残った人が始めたのが楽器演奏です。

投稿日時 - 2009-04-03 12:19:51

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回答(2)

ANo.2

http://d.hatena.ne.jp/playnote/20050329/p3
レイ・チャールズは、盲学校でクラシック・ピアノなどを学んでいます。

http://blogs.yahoo.co.jp/k_soulman/57165390.html

このサイトにジャズの歴史が詳しく書かれています。
参考になると思います。

投稿日時 - 2009-04-03 23:09:49

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