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締切り済みの質問

日本人の心

『日本人の心』ってなに?
上司に『日本人の心』って分かるか?と聞かれたのですが
答えに困ってしまいました。
誰か分かり易く教えて頂けませんか?

投稿日時 - 2009-05-07 18:14:06

QNo.4939213

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回答(16)

ANo.16

 No.3&15です。
 情愛の深すぎるところも 日本人の心にあるかも知れません。
 ふたつのうたを比べて 人麻呂のほうに それが 現われていると考えます。

 ▲ (万葉集 巻三・415) ~~~~~~~~~~~
   上宮聖徳太子 竹原の井に出遊(いでま)しし時 龍田山の死(みまか)れる人を悲傷(かなし)びて作りましし御歌一首

 家にあらば妹が手巻かむ 草枕 旅に臥(こや)せるこの旅人あはれ

 ▲ (万葉集 巻三・426) ~~~~~~~~~~~~
   柿本朝臣人麻呂 香具山の屍(かばね)を見て 悲慟(かなし)びて作る歌一首

 草枕 旅の宿りに誰(た)が夫(つま)か 国忘れたる 家待たまくに
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 聖徳太子は 《世間虚仮 唯仏是真》などと唱えるところもあって きわめて四角四面の人格語をあやつるという印象です。そうして ただ かわいそうに!と言っているだけです。
 しかるに 人麻呂は 早く 家のある国に帰りなさい!と すでに死んだ人に 声をかけています。早く 立ち上がりなさい!と言っています。

投稿日時 - 2009-05-24 20:57:43

ANo.15

 No.3です。いまひとつの挿話を。

 《日露戦争における上村彦之丞とリューリック乗組員救助》の中の話です。《日本人の心》を現わしていると思います。
 ▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 出雲(軍艦)に収容されたリューリック乗組員の一ロシヤ将校が 

  ――艦内に飼われている小鳥は前々からここにありしか。

 と問うた。日本人通訳が 

  ――いやいやあれはリューリックの溺者を救助にいったものが 救い漏
  れは最早ないかと 救助艇をあっちこっち漕ぎ廻していると 浮いて
  いた板にあの小鳥がとまっていた。大海の中だし放って置いては 小
  さい翼では飛べまい。可哀そうだと捕えてきて ああして飼っている
  のだ。

 と答えると ロシヤ将校は涙をうかべ 

  ――あれは私の飼っていた小鳥でした。われわれは北海で奈古浦丸を撃
  沈して以来 金州丸・常陸丸・和泉丸と撃沈し 佐渡丸も破壊したの
  だから その報復を今こそ受けると思いの外(ほか) かくも優遇を
  うけつつある。日本人はどうしてかくまで義侠なのか。

 といい 神に黙祷を捧げた。
  (長谷川伸:『日本捕虜志』 上 (1)。昭和37年版 p.169
   山折哲雄〔および司馬遼太郎〕:『日本とは何かということ―宗教・歴史・文明』p.217)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

投稿日時 - 2009-05-22 14:28:37

ANo.14

『日本人の心』を大和魂の象徴として武士道の大和桜をあげます。

敷島の大和魂を人問はば
朝日に匂ふ山桜

大和桜は快楽が終わると儚く消えようとする柔弱な花ではなく、自然に自生したという意味で野生にして特有。

「朝日に匂ふ」という新鮮な表現に、執着も複雑にして汚れを誇示するぐらいなら、労苦や悲哀を隠すことでより明確に示す(新たな力)単純に生きているかのよう。異なる自由意志からはその憐憫さの理解に達するのはとてつもなく複雑なのかもしれませんし、行為自体は吹く風に委ねるごとき単純化させていることが特有ですよね。

投稿日時 - 2009-05-13 11:36:32

ANo.13

 どういう状況で言われたのかわかりせんが、一般論としては、No.2の方が言ったとおり、やはり「和をもって尊しとなす」だと思います。これは聖徳太子が言った言葉だと言われています。極力争いごとを避け、みんな仲良く暮らしましょうと言うことだと思いますが、こんな考え方を持っているのは日本人だけでしょう。例えば「水に流す」と言う言葉もあります。謝ったんだからもう過去のことは水に流そうということですが、これも日本だけで通じる話だそうです。日本以外は謝ったら最後、悪いのだから弁償するのはあたりまえだと、骨の髄までしゃぶりつくされます。これでいいということはありません。いくら謝っても相手に、いや心から謝罪していないから謝ったことにならないといわれれば、永久に謝り続けなければなりません。だから、日本以外の国はどんなに自分たちに非があっても絶対に謝りません。日本だけがただひたすら謝って、我々の税金が、無駄に、中国や韓国に絞り取られています。ちょっとそれましたが、とにかく相手の立場を尊重し、相手の尊厳を守り、みな穏やかに暮らしていきましょうということだと思いますが。

投稿日時 - 2009-05-12 10:28:16

ANo.12

皆んな仲良く和する心、だと思います。
大きく和する、「大和」の心。
これが本当の大和魂。(*^_^*)

投稿日時 - 2009-05-12 09:36:45

ANo.11

あうんの呼吸かな

いわなくても、経験から気持ちわかるでしょ。ってことかな

でも、そういわれたときは、上司に教えてといいましょう。

投稿日時 - 2009-05-09 19:12:04

ANo.10

う~む。
「こぶし握って、サムライスピリッツ!!って答えるかな。」

があるならば。

noble savage(ノーブル・サヴェッジ=高貴な野蛮人)もありえるでしょう。
とってもおすすめです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E8%9B%AE

ちなみにこれ。↓

「私も、多少の小説が外国に紹介されたとしても、ほんとうのところ、それは遠い極東のよくわからない民族にしては、ちょっとばかししゃれたものを書くではないかと、頭をなでられているような感じで、じゅうぶんに彼らを心服させたという気は少しもない。
 ある時、イギリス人の貴婦人の前で日本刀の話が出て、『日本刀はどうやって使うのか』と聞かれたので、私は彼女の前で、手で刀を抜いて振りかぶって、袈裟掛けに切る形をして見せたところが、この瞬間に彼女は血の気を失って倒れそうになった。私は文学よりも日本刀のほうがいかに西洋人を畏服させるかを知った。
 われわれにとって”サムライ”はわれわれの父祖の姿であるが、西洋人にとっては、いわゆるノーブル・サヴェッジ(高貴なる野蛮人)のイメージでもあろう。われわれはもっと野蛮人であることを誇りにすべきである。」
「若きサムライのための精神講話」三島由紀夫(24~25頁)

まあ、そりゃあ一理無くはないけれど。
でもでも、
おなごの前で刀抜いて「日本刀のほうがいかに西洋人を畏服させるか知った」&ワッハッハって・・・≪ただの卑屈な野蛮人≫でしょ?!(笑)

投稿日時 - 2009-05-08 22:21:12

ANo.9

んー個人的には、
曖昧と厳密の相反する物の調和
って思うけど、上司に聞かれたんなら、こぶし握って、
サムライスピリッツ!!
って答えるかな。

投稿日時 - 2009-05-08 20:18:14

ANo.8

『日本人の心』ってなに?
上司に『日本人の心』って分かるか?と聞かれたのですが

禅問答ですね。
この場合の最良の回答は:
「上司を敬い、上司の下でしっかり仕事をすることです。」
が答えですね。
処世術で答えるのがサラリーマン日本人の満点の答えですね。

投稿日時 - 2009-05-08 09:30:46

ANo.7

日本語の冗談を聞いてすぐに笑える心を持った方を『日本人の心』を持った方と言います。

最近の例では、「あの人はKYだ」と聞いて、「あっ漢字が読めないとこか」と大笑いできる人は、日本人の心を持ってます。

悲劇は言葉や文化に関わりなく誰にでも起こることですし、さらに脳味噌の最も原始的な部分を刺激しますが、喜劇は遥かに程度の高い知的な営みです。だから、喜劇はその時代の文化的背景を理解していない方や、その文化に属していない方には、今一つ理解できないのです。一方、悲劇は動物的な脳を刺激する物ですから、時代を超え、文化を超え、民族を超えて訴える物があります。悲劇には幾らでも古典があるのに、喜劇では滅多に古典が無い理由もお分かりでしょう。要するに、喜劇は程度が高すぎるからですね。

私はアメリカに30年以上住んでいますが、未だにアメリカ人の漫談等のお笑いに即座に反応できないで居ります。幸い、私の妻は日本人なので、妻の一言や私のたった一言で、二人でドッと笑える幸せを味わっています。こちらにも国際結婚をした日本人の方が何人もいらっしゃいますが、私達のようなツーカーが難しく、一々説明しなくてはならないようなので、余計なお世話でしょうが、歳を取って来たら大変だろうなと勝手に同情致しております。

投稿日時 - 2009-05-08 03:07:16

「やまとごころをこととへば あさひににほふ やまざくらかな」
本居宣長のことばだったと思います。
うろおぼえですみません。
国学の大成者です。

投稿日時 - 2009-05-08 00:40:34

日本人は、世界中で唯一、自然の情緒を理解する民族です。だから日本人らしさ、日本人の行動パターンの原理は、自然の情緒との交流が基本です。外国人は、自然と人間が対立して、自己表現が行動パターンの基本です。その原因は言葉の影響です。外国語は子音を強調します。子音は自我意識です。日本語は母音を強調します。母音の時に自然の情緒が発生します。だから、日本語を話すと癒されます。とくに邦楽の、義太夫節や民謡、演歌など伝統芸能は情緒、心の癒しを目的にしています。これを大学の先生が理論的に、日本人の脳、大修館書店、角田忠信著、で説明されてます。それによると、日本語を話して育った人は、脳の音感の構造が変化して、自然の音、川や風の音や、鳥や虫の声に敏感になり、自然の情緒を理解できる事です。外国人は雑音に聞こえるそうです。だから日本の伝統文化は、脳を休めて、自然の情緒、心の癒しを追求しています。西洋文化は自己表現を追求しています。なぜ脳の思考を休めるかというと、脳が思考してる時は、人の心と自然の情緒との交流を、脳が遮断するので心がストレスになります。脳が休むと、自然の情緒と人の心が、交流して心が癒されます。だから日本人は、脳の論理的な思考を嫌います。そして手先の仕事は、脳が休むので盛んです。職人芸や、茶道、能、日舞、箸、書道など、だから日本人は手先が器用と言われます。また依食住すべてに情緒、癒しがあります。だから日本的発想こそ、世界中の人の心を平和にします。予言では、2012年から日本文明の時代になります

投稿日時 - 2009-05-07 23:42:23

ANo.4

西洋には無い考えとして、「痛み分け」って風習があります。

西洋だと、詭弁を使ってでも裁判に勝ち、相手を殺し自分だけが生き残って栄えるってのが、美徳だってされるじゃないですか。

日本人はなんでもかんでも裁判に訴えたりしませんよね。
二人で痛みを分け合うことで、痛みを軽減し、和を保とうとする。
どっちか片方が生き残るのではなく、痛みを分け合うことで、両者とも生存を果たそうとする。

これが日本の心だと思います。
独特の風習ですが、他のアジアの国にあるのかなぁ?

投稿日時 - 2009-05-07 22:56:47

ANo.3

 こんにちは。

 昔昔の話ですが。

 その昔 やまとの国では 市長(もしくは国王)の身辺でも 勢力争い 権力闘争が繰り広げられていました。
 次代の首長候補の市辺忍歯(イチノへノオシハ)のミコは 対抗勢力の雄略ワカタケによって 暗殺されました。その野原にともにいたオシハの双子の息子兄弟は 命からがら逃げて 権力を握った雄略ワカタケから隠れて 身を長らえることにしました。

 ところが オシハの筋の飯豊青(イヒトヨノアヲ=女性)は これら兄弟を 播磨の地で探し出したと言います。迎え入れられ ともに 続いて 首長の務めに就いたのですが そのとき 父の敵(かたき)を取らなければいけないという話が出ました。
 雄略ワカタケは もう死んでいました。
 弟のほう(顕宗ヲケ)でしたかが 強硬派で 位を譲っていた兄(仁賢オホケ)に命じて ワカタケの陵墓を壊せと指示しました。
 仁賢オホケは 行って その陵墓の端っこを少し 破壊して 戻ると その旨を 伝えました。弟も これを了承しました。

 という話です。これは われわれ日本人のこころを表わしていると考えます。

 後日談も添えます。
 暗殺された野原の近くに 或る老婆が住んでいて じつは 暗殺の現場と その後 イチノヘノオシハが埋められるところを 見ていて その場所を覚えていたそうです。
 じっさい 果たせるかな 掘り出してみると 歯が出て来て 出っ歯(押し歯)だったので 実証することが出来たとさ。

投稿日時 - 2009-05-07 20:51:35

ANo.2

会社の上司に問われたのなら・・・

「和をもって尊しとなす」かな(笑)

投稿日時 - 2009-05-07 18:54:20

お礼

ん~
解る様な解らない様な…
難しいなぁ…
ご回答有り難うございました。

投稿日時 - 2009-05-07 19:39:18

ANo.1

一般的には
「義」の心

義理人情など
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E7%BE%A9%E7%90%86&stype=0&dtype=0

上杉謙信など昔の武将が大切にした心ではないでしょうか。

投稿日時 - 2009-05-07 18:20:29

お礼

ご回答有り難うございました。
「義」の心ですか…
なかなか難しいですね。

投稿日時 - 2009-05-07 18:57:30

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