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解決済みの質問

裁判で反省や謝罪を求めることについて

「反省の情が見られない」とか、「謝罪の言葉がない」とか裁判官や被害者、
マスコミがよく言いますよね。

裁判は、検察と被告が争うので自分の不利なことは言わなくても良いのが
正当なことだと思います。

理由としては、被告が無実であったら当然、反省の必要はないですし、
無実を証明するために争う場合もあるのですから。
冤罪で「反省してない」とかで実刑を受ける人もいると思います。

また、罪を犯して起訴された場合でも、自分に不利になるようなこと
を言ったりすることも必要ないのではないかと思うのですが。
それは、相手側が証拠を出して証明することだと思うからです。

裁判で反省や謝罪を求めることは危険な気がしますが、
皆さんのご意見を聞かせてください。

投稿日時 - 2009-08-03 00:50:23

QNo.5177305

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

質問者さんに1票ということで、書きます。

裁判は、被告人(被告は民事裁判用語)の態度が不遜だということではじめに有罪ありき、そして量刑が決まる。いったい何時代の裁判が未だにまかり通ってるのが今の日本です。

民主主義の時代、裁判で裁かれるのは、訴えを起こした検察側だということがわかってない。検察が事件を立証するのに、法に従ったか否かを裁判官がジャッジする。一つでも踏み外したら、極悪非道の真犯人でも無罪放免。裁かれるのは被告人でなく、検察。これが近代刑事裁判のイロハ。でなければ三権分立の意味がない。

投稿日時 - 2009-08-03 22:02:38

お礼

ご回答くださり有り難うございます。
被告人というのですね。ご指摘ありがとうございます。

>はじめに有罪ありき、そして量刑が決まる
この紋どころが目に入らぬかぁ、素直に白状せい。お上に逆ったらタダではすまいよ。
って感じですね。

>裁かれるのは被告人でなく、検察。
なるほど、これは勉強不足で僕も初めて知りました。
実際は、裁判官は検察のほうを信じきっているような印象が
します。

ご意見、参考になりました。

投稿日時 - 2009-08-04 01:27:47

ANo.2

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回答(3)

ANo.3

>うーん、でもなんか納得できないです。

だから「言いたいことはよーくわかる」と書いた。

反省や謝罪は酌量減軽の材料の一つであって、有罪無罪の材料にはならないの。
第一段階として、検察が有罪に向けた立証をして、それが認められれば有罪。
第二段階として、酌量減軽の事情があるかどうかを考慮して量刑。
そういう手順になる。
不利なことを言わなくてもいいってのは第一段階の話。

現実には、最初から罪を認めている被告人が圧倒的に多い。
だけど、罪を認めつつ反省も謝罪もしないという場合も多い(大坂池田小事件など)。
罪を認めることと反省・謝罪も別の問題。

日本の刑事裁判では、起訴されれば99%が有罪になる。
つまり「被告人」の99%が有罪になるってこと。
この数字だけを見て裁判が検察よりだと批判する人もいる。
実際にそういう側面もないわけじゃないけど、
被疑者を逮捕・捜査して不起訴にする場合もあるし、起訴猶予にする場合もある。
「被疑者」の99%が有罪になるってわけじゃないの。
有罪になりそうだと自身のあるヤツだけ起訴するって側面もあるってこと。
これを「精密司法」なんて呼ぶ人もいるけどね。

それから、反省や謝罪が「あること」が減軽の材料になるだけで、
反省や謝罪が「ないこと」が加重の材料にされるわけじゃない。

>謝罪や反省は自分で罪を認めることと同じような。

その通りだよ。
罪を認めることは反省・謝罪の論理的前提になる。
罪を認めず反省・謝罪はありえないからね。
ただ、日本の憲法・刑事訴訟法では、自白だけで有罪にはできない。
例えば、殺人の場合、「私が殺しました、反省してます」と言っても、
他の証拠がなければ有罪にはならない。
他の証拠ってのは、目撃者がいたとか、被告人が死体を埋めたと言った
場所から死体が発見されたとかね。

さらに、反省や謝罪がないと社会的制裁を受けるってのは
裁判所の責任でも検察の責任でもないよ。
制度の欠陥じゃない。

投稿日時 - 2009-08-04 10:35:48

補足

裁判の最後に判決で無罪有罪、量刑が言い渡されます言すよね?
一つの裁判で立証の段階で一区切り、量刑の段階で別というのは
変な気がします。実際に裁判を傍聴したこともないのですけど。

量刑で情状酌量の余地があるかは、おもに犯行の動機や犯行の経緯、
残忍性とかで判断されるものではないですか?
会社を解雇されて再就職できず、お金が底をついて生活できず、
食べるものもないので窃盗をしてしまったとか。

軽い犯罪で罪に問われたなら無実でも反省、謝罪してしまって
印象を悪くして有罪で実刑になることより、執行猶予になった
ほうがましだと思う人がいるのではないかと思います。
謝罪や反省などの影響は、被告に無言の圧力になっているのでは
ないでしょうかね?
また自分から罪を認めれば刑が軽くなる可能性もあるから
罪を認めたほうが得ですよという不文律の。

自白だけでは、罪にならないかもしれないけど
検察は立証できるから起訴しているわけだから
それを結局、謝罪や反省は認めたということになるでしょう。

謝罪や反省が必要なら判決が出た後に言えばいいことでは
ないかとも思えてきます。
制度としては問題あるのではないでしょうか。

投稿日時 - 2009-08-04 22:00:26

お礼

回答していただきまして、ありがとうございます。
結論としては、制度的には問題はないというご意見ですよね。
いろいろ知らないことがあるので参考になりました。

投稿日時 - 2009-08-04 21:56:19

ANo.1

言いたいことはよーくわかる。

だけど、有罪か無罪かという問題と、量刑の問題は別。

わかってると思うけど、冤罪というのは実刑だから冤罪になって、
執行猶予なら冤罪にならないいうわけじゃない。
実刑だろうが執行猶予つきだろうが、無実なのに有罪なら冤罪。

>裁判で反省や謝罪を求めることは危険な気がしますが、

裁判では反省や謝罪は誰も求めていない。
反省や謝罪を「したかどうか」が問題にされることがあるだけ。

たしかに、裁判では自分に不利なことは言わなくてもいい。
だけど、それは有罪かどうかの判断についてであって、量刑上のことじゃない。
量刑上も不利になることは言わなくてもいいのは当然だけど、
反省や謝罪は量刑上は「有利なこと」なんだよね。

投稿日時 - 2009-08-03 15:59:20

お礼

ご回答していただきありがとうございます。

確か、、深く反省し被害者の家族にも謝罪をしているので、、、
求刑に対して執行猶予何年に、なんていう言葉を聞いたことが。
これは量刑ですね。 

>求めていない。 量刑の問題

うーん、でもなんか納得できないです。
謝罪や反省は自分で罪を認めることと同じような。。。
謝罪、反省の言葉がないとかですと、社会的制裁も受けるでしょうし。
裁判制度でも被告が不利ですし、権利なのか、人権なのか、
分からないけど何かが侵害されている気がします。

投稿日時 - 2009-08-03 21:19:57

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