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締切り済みの質問

私たちは神ともいえる存在ではないですか

私たちは地球もっといえば宇宙を共有していますが、
一人ひとり生きている世界が違うことは言うまでもないことですね。
ある人にとっては大問題も別の人にとっては何の意味もないことです。
全知全能とは言いませんが、自分の生きる世界をどう創造するかはその本人にゆだねられているように思います。
これこそが人間に与えられた『自由』ではないでしょうか。
ゆえに創造主としての自覚があるなら悩みなどありますでしょうか?

投稿日時 - 2009-09-14 13:05:43

QNo.5288875

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回答(5)

ANo.5

#1です。

#3さんのおっしゃるように、人間の悩みというのは、実に小さいですね。

科学センターに行った際、たくさんの銀河の写真を見て、心からそう思いました。

小さな狭い視点にとらわれているから、または自分でその視点にとどまっているから、小さい悩みが大きく感じられるのであって、自分がこの広大な宇宙のホコリにも満たない小さな存在という視点に立つことができれば、悩みの解決ではなく悩みからの解放という、超越的な解決が得られると思います。

このカテゴリーで悩んでおられる方々は、怖れにとらわれてとても苦しんでおられるので、特に解放されて欲しい、と思いますが、苦しみが深いほど、深刻にとらえてしまっているので、超越の視点に立てることが少ない、というのも事実だと思います。

自我(エゴ)は、本来は肉体のサバイバルのための機能で、自分自身ではありません。しかし自我が必要以上に働いてしまっているため、争いや不安があります。
自我≠自分 であり、あなたのおっしゃるように真の自分というのは神のような存在である、悟ることができれば、怖れがなくなります。
悩みも悩みではなくなります。ゲームの中のイベントみたいになります。
あとになればすべてはよい思い出や、笑い話になるように。

このカテの人たちに心の平和がありますように。 (-人-) 

投稿日時 - 2009-09-14 22:31:07

お礼

ご回答ありがとうございます。

心の平和を得ることはあらゆる人に共通した願いだろうと思います。
ここにある悩み達がそれに至る為の一歩であればいいのですが。

投稿日時 - 2009-09-15 08:37:59

ANo.4

自分の生きる世界は自分にしか創造できないのに、
他人の創造した世界も気になってしまうのです。

投稿日時 - 2009-09-14 19:13:00

お礼

ご回答ありがとうございます。

まずは自分のことからということでしょうかね。

投稿日時 - 2009-09-15 08:07:09

ANo.3

人間って小さいですね。
ご質問者の言われる視点から見れば、
悩みなど埃の1粒にも満たないものなのでしょう。

それを、皆さんで、あーでもない、こーでもないと相談しているのですから。

やはり、人間って小さいですね。

投稿日時 - 2009-09-14 18:07:35

お礼

ご回答ありがとうございます。

自分が悩む必要があるのかと悩んでみるのもいいことかもしれません。

投稿日時 - 2009-09-15 08:06:13

ANo.2

>一人ひとり生きている世界が違うことは言うまでもないことですね
いえいえ。

>私たちは地球もっといえば宇宙を共有していますが
でしょう。

まぁその辺は議論を尽くしても結局は無意味ですから、いいとして、

>創造主としての自覚があるなら悩みなどありますでしょうか?
創造主?神?
まぁどちらでもいいとして、創造主や神は悩みませんか?
>人間に与えられた『自由』
のおかげで、人間関係や金銭、果ては今日の晩御飯も悩みます。
何不自由しないお金持ちも、「どうお金を使うか」で悩みます。
昔話などで、神が人間に制裁を加える話がよくありますが、これも神は悩んだでしょう。(神様はなんだかんだで、しょっちゅう嘆いたり、怒ったりしていますしね。)

本当に創造主は悩まないのでしょうか…

投稿日時 - 2009-09-14 14:10:50

お礼

ご回答ありがとうございます。

このカテの質問たちを見てください。
少なくともこんな悩みは創造主にはないと思います。

投稿日時 - 2009-09-14 16:03:49

ANo.1

私たちは、宇宙そのものです。

創造の自由は、自由であると同時に、制限から発生しています。

おっしゃるような段階まで悟ることができれば、深い意味での悩みは全て消え去ります。

ですが、物事をマスターしていくには、段階があります。

知識として知っている段階、
頭で理解できる段階、
その境地を経験したことがある段階、
常にその境地にいられる段階、と、その段階によっては、表層的な悩みから解放されている度合いも違います。

一度でもその境地まで至れば、その経験は忘れることがなく、いつまでも新鮮な記憶として残ります。
そして、「今までなぜわからなかったのだろう」と思えます。

どのような地上の悩みも、方便でしかないこと、自分の意志で悩んでいることがわかり、あまり深刻にならず、その悩みは消えはせずとも、悩みにとらわれてしまうことがなくなります。

しかし、悟りにいたらない段階の人であっても、自分の体がいずれ死ぬことは経験から知っています。
魂の永遠を信じる人、輪廻転生を信じる人、「死すべき体であること」を強く意識している人ほど、地上の悩みにとらわれることがなくなります。
この世は、うたかたの夢のようなものですからね。
悲しい映画を見ている最中は涙しても、見終わればスッキリするように、私たちはこの世の全ての経験を愛しています。

ご質問の答えになっていますでしょうか。

投稿日時 - 2009-09-14 13:39:59

お礼

ご回答ありがとうございます。

人は悩むべくして悩んでいるのでしょう。
このカテの中で私の質問がアンチテーゼとなってくれればと思い質問しました。

投稿日時 - 2009-09-14 16:02:41

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