こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

情報の共有化について

こんにちは。

(質問1)情報の共有化で言うところの「情報」とは何でしょうか?
(質問2)個人の感想、個人の感情といったものも情報とみなせるのでしょうか?

情報の共有化が叫ばれるようになり、その意識もシステムも進んできましたね。そんな当たり前になった今の情報化社会を眺めていて、ふと、
「共有化されるべき情報、この価値」について疑問になりました。
というのも、いたるところで共有化と言われるためか、本当に共有する価値がある情報なのかと思うものが増えている気がするのです。そのために玉石混淆となり、目的の一つである効率化の妨げになっているのではないかと思いました。

まず、共有化されるべきは価値があることが大前提だと思います。これは「客観的事実情報、普遍的な価値」と認識しています。
組織(企業)と個人でも違いはあるでしょうから、今回は個人に限って言うと、それは事実情報というより感想・感情、「個人の感情を情報と捉えている」と思えるものが非常に多いことに気がつきました。

分かりやすいように私が身近で出くわす「情報と謳われるもの」の一例を挙げますと、映画や本などのレビューなどでも共有化の意識は広がり、観たり読んだりしたレビューを、「その商品の情報(価値)」として共有しようとしているサイトは賑わっています。その中で「面白い、面白くない、ダメ、イイ、」だけのもの。これはどういう事実があって面白かったのか、ここまで内容がないと他人に価値のある情報としては成立しないのではないかと思います。主観的な感想ですから。「個人情報の共有化」なら分かりますが、その商品の価値、ある程度の普遍的な価値とは言い難い気がします。

結局は大した問題じゃない、個人でそこまで求めるのはどうなんだろう、とは思うのですけれど、何だか気になります。そして情報って何だろうと考えたら何が何だか分からなくなりました。そこで整理するために皆さまに冒頭の質問についてお聞きします。

素朴な疑問にお付き合い頂ける方、お手柔らかによろしくお願いします。^-^
※お礼は少し遅れるかもしれません。

投稿日時 - 2009-09-29 11:57:25

QNo.5327847

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

返事に対する返事の書き方が分からなかったので、別枠で回答を投稿します。

単刀直入に言えば「アンケートは無価値か?」を考えると理解できると思います。

「個人の感情を情報と捉えている(=情報と謳われるもの)」事も立派に価値があると思いますよ。
例にある「面白い、面白くない」という内容も受取る側の捉え方で価値を見出せるからです。

要は、事実の正確性や信憑性といった側面の情報が欠損しているだけ。
ですが、その情報の量を集めれば「一般が受け取る印象」という価値が抽出できますよね。

高額な商品だと添付される事が多い「アンケート」という行為を思い浮かべてください。 あれも印象の方向性(善し悪し)だけを集めていますよね。 最近だと、そこに正確性を求めて評価度合い(1~5とか)も付けていたりします。

例に挙げられた行為は、アンケートの逆投票と認識すれば理解できると思います。

恐らく「正確性と客観的な事実」が添付されていない情報は無益である、という思いを抱いている。

「客観的で正確性がある事実を添付する」ことを必須とすると「他人の商売や権利を侵害する」可能性があります。
映画のレビューとかでも「この話は犯人が○○だった。犯人が話の途中で分かる為に面白くない」とまで書くことになる。

そして、客観的で正確な事実がなくても「主観的な善し悪しの方向性」という「価値」がある。 当然、正確性も客観性もない事実だから信頼性は低い。
アンケート結果を公開する事で「一般的な受け取られ方」を知る事ができるのですから、共有化する意義は、十分にあると思いますよ。
そして情報を利用する側も、信頼性が低い事を十分理解して利用している。

「価値とは何か?」=「人に対する益」

例え信憑性が乏しく、信頼性がない価値でも、それを受け取る人に対して益(総合的に観ると害であることもしばしば)があれば、価値が発生する。 何ら人に作用しない情報なら無価値とも言えるでしょうね。
(レビューサイトの投稿に「あ」という1文字の文字情報があっても、さすがに誰も「益」を感じないでしょうが)

以上です。 長文、失礼しました。

投稿日時 - 2009-10-03 01:00:49

お礼

再度の書き込み、感謝します。

その善し悪しはともかく、「一般的な受け取られ方」という意味での価値、ということなのだと分かりました。これは私の解釈になりますが、個々の評価ではなく平均値が価値になる、そう理解しました。

ただ、腑に落ちない部分がまだあるんですよね。
情報の定義について少し調べてみました。分かった事は、情報は多義的だということで、とあるサイトの解説には「情報を一般的に定義することは無理であり無意味である」ともありました。私は情報というものを型にはめようとしているために柔軟な発想になれないのかもしれません。でも何だか妙に気になってきたので、これからまた少しずつ疑問が完全にクリアになるまで調べていこうと思います。

ご回答、ありがとうございました。

投稿日時 - 2009-10-03 09:34:27

ANo.2

このQ&Aは役に立ちましたか?

1人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(2)

ANo.1

単刀直入に一つの個人的な意見を述べさせて頂きます。

情報の価値は、主体により変化する性質を持つ。
って事を理解することが大事だと思います。

情報の共有化で大事な事は、整理と利害(情報)を共有する主体が定まっていること。

そうした上で、
(1)「利害を共有する集団に於いて、価値を有する情報」
(2)「(利害を共有する集団が)そこから価値を導き出せるならば情報とみなせる」
と考えます。
多分、主体をあやふやに捉えて考えている為に混乱しているだけなのではないでしょうか?
情報の価値は、主観があって初めて発生する性質があると考えると理解し易いと思っています。

偉そうに書いてますが、プロでも専門家でもない人間の意見ですので、あくまで参考意見と認識して利用するよう御願いします。

投稿日時 - 2009-09-29 13:06:50

お礼

>情報の共有化で大事な事は、整理と利害(情報)を共有する主体が定まっていること。

これは分かります。
でもやはり、質問に書いた「情報と謳われるもの」についての疑問は解決できませんでした。
「情報と謳われるもの」も、情報の共有化を目的とされています。この場合、利害を共有する主体は定まっているとは限らないですね。「情報と謳われるもの」は、共有化されるものではない不可能と考えていいのでしょうか?

まだ混乱しているので何をどう説明いただけると分かるのか、自分でもよく分からないのですけど、もう少しご説明頂けませんか?

投稿日時 - 2009-10-01 11:02:15

あなたにオススメの質問