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締切り済みの質問

創価学会の勤行について

まじめに学会活動をしている壮年部員です。組織内では質問しにくい内容なのでここで質問します。勤行の御観念文・広宣流布記念項目で牧口先生、戸田先生、池田先生の死身弘法に報恩感謝するとことになっていますが、疑問があります。もちろん3代の3人の会長に感謝し池田先生は人生の師匠ですが、勤行の中で他の亡くなられた会長とともに感謝を祈念するのはどうかと思います。池田先生は私たちと同じ大聖人の仏法の信徒ですが、同じ人間革命の途上です。亡くなった後、先生の人生の総決算として他の2人の会長と共に広布を推進した、会員の師匠として人生を導いた報恩感謝をするのが筋と思います。ご観念文を作った幹部はそこを履き違えていると思いますが、普段、学会活動をしている同志の皆様はどう思いますか?

投稿日時 - 2009-11-26 16:49:51

QNo.5477810

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回答(4)

離島の学会青年部です。


今回の質問があるまで、そこはまったく意識しませんでした。
意識しないくらいなので、今も問題あるとは思いません。報恩感謝するのは当然じゃないでしょうか。
亡くなるか亡くならないかとかの問題じゃないと思いますよ。
それだけ先生は偉大だと思います。
今の御観念文がおかしかったら先生が良しとしないでしょう。
それとも、先輩は先生がおかしいと思われますか?これも捉え方かもしれませんが。
ともあれ、先生の偉大さが少しでもわかればそこは気にする事でもないと思いますが…
自分はむしろそこより部員さんの事を気にします。

投稿日時 - 2010-10-13 23:57:00

ANo.3

はじめまして。私は昭和62年までは創価学会3世でした。その後、創価学会を脱会して日蓮正宗の法華講に属しております。

「もちろん3代の3人の会長に感謝し池田先生は人生の師匠ですが、勤行の中で他の亡くなられた会長とともに感謝を祈念するのはどうかと思います。」

上記記載において、創価学会は破門される前にどのような御観念文を読んでいたのかご存知ですか?破門前と破門後とでは御観念文は変わっていますよ。組織の都合のいいように作り上げているだけです。

もともと創価学会というのは、日蓮大聖人様の仏法に帰依する日蓮正宗において、純粋な在家信者の団体として出発いたしました。
創価学会は日蓮正宗を外護する団体でしたが、組織が大きくなるにつれ日蓮正宗の教義から逸脱し、宗門ののっとりや、分離独立を図ろうとしたため、平成2年に、池田大作を破門、平成3年に在家信者としての団体「創価学会」を解散するよう通達し、一定期間後、まだ創価学会に属する人達を破門にして、現在に至ります。
現在の創価学会は、もともとの日蓮正宗の教義を利用して、今は、選挙と金集めに奔走している新興宗教の団体となっております。

創価学会では亡くなった方の葬儀をする際に、出家された御僧侶にお願いするのではなく、自分たちがお経が読めるからと言うことで、僧侶はいらないということで、創価学会の幹部等が葬儀のお経を読んで行う友人葬、学会葬を行うそうです。いくらお経が読めるからといって僧侶のまねごとをするなど恐ろしい限りです。いくら医学的知識があっても、医師の資格がないと医療行為は行うことができませんよね。それと同じで僧侶の資格もないのに、僧侶のまねごとをして葬儀をするのはおかしな話です。
また最近、警察が愛知県の殺人事件で、懸賞金つきで情報提供を求めている悲惨な事件がありますが、その悲惨な殺人があった一家も聖教新聞の配達員で、創価学会員だそうです。

詳しくは下記のサイトを参照にしてください。

日蓮正宗について

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE%E6%AD%A3%E5%AE%97
http://blog.goo.ne.jp/shourinzi1972/e/4375959e439b43a7b81d99e2712d8468
http://www.at-do.jp/pages/souka02-04.html
http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/link/sokagakkai/soka_1j.htm

創価学会について

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E4%BE%A1%E5%AD%A6%E4%BC%9A
http://jushoji.jp/article.php/20070701155216820
http://www.myokan-ko.net/lib/lib2-6.html
http://toyoda.tv/takemoto.pdf
http://www.e-net.or.jp/user/mblu/ndb/skbk1/sg1/sghh.htm

投稿日時 - 2009-12-28 22:02:42

ANo.2

あなたが真正の学会員であることを前提に回答します。

創価学会は、反学会勢力が喧伝するように「池田に洗脳された全体主義の集団であり、自由な意見など述べることはできない」教団ではないですから、個々の会員にそれぞれ色々な考えがあるのは当然です。しかし、我々が池田先生に御観念文で報恩感謝するのは、当然ではないでしょうか。生きているとか亡くなったとか、そんな問題ではないと思います。

確かに広布を進めたのは、池田先生一人ではありません。他の様々な学会員が心を合わせて、先生とともに広布にまい進したからこそ、世界192カ国・地域にまで日蓮大聖人の仏法は広まったわけです。ですが、先生が我々に様々な懇切丁寧な指導・激励をし、次々と現れる仏法破壊の障魔に対して会員の矢面に立ち、時には嫉妬の輩に命を狙われさえしてまで、指揮を執ってくれたからこそ、個々の学会員は奮い立ち、思う存分に広布に励むことができた。これもまた事実です。我々は、先生に今までさんざん守ってもらったのです。それは忘れてはならないと思います。

先生は私たちと同じ大聖人の仏法の信徒で、同じ人間革命の途上である。確かにそうでしょう。同じ凡夫ですから。しかし、1000万信徒の代表として、会員のために指揮を執る。それがどれほど、大変なことか。あなたは、池田先生以上に広布のために戦い、功績を残したというのでしょうか。学会の同志にどれほど希望を与えたというのでしょうか。もちろん、私も先生には到底及びません。池田先生に対して報恩の念がかけらでもある真の学会員なら、わかるはずであり、「御観念文で池田先生への感謝を祈念するのは違和感がある」云々などといった疑念は生じないはずです。もしそれがわからないと言うのならば、増上慢です。

「夫れ老狐は塚をあとにせず白亀は毛宝が恩をほうず畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや」(報恩抄)
「師弟相違せばなに事も成べからず」(華果成就御書)

一般の社会でさえ、自分が助けてもらえば、人は報恩の念を抱きます。ましてや報恩を最第一とする仏法の世界なら、なおさらでしょう。池田先生に報恩感謝の念を感じ、師匠としてどれだけ求めることができるか。個々の学会員がそれぞれどのような見解を示そうが自由ではありますが、一念三千です。どういう一念かによって、同じ信心であっても実践の結果は、天地雲泥の差となって現れざるを得ない。これが仏法の厳しさであるということは、知っておくべきだと思います。

投稿日時 - 2009-11-27 07:18:40

お礼

あなたのような会員が身近にいたら怨嫉を抱く会員が現れることでしょう。ひやかしでもなくまじめに問いかけている会員に対し真正であることを前提としてといい放ち自分が真正の学会員であるかのように、また奥義を披露するかのような論調や感情的な表現(報恩のかけら、傲慢等)はあなたが傲慢であると言わざるをえません。さらに言うと真正の学会員ではないなら回答しないのですか?真正の学会員とは何ですか?学会の会則にも規定はないしそういうことは定義はありません。あなたが真正の学会員と思っているからそう言うのでしょう。それが傲慢というものです。どうか先輩幹部に私の質問とあなたの回答とこの指摘文を見せて指導を受けてください。あなたの宿命転換のために。本題に戻りますが、信心において師弟不二が成仏の要諦であることは分かります。しかし池田先生の報恩感謝の思いは会員一人一人の内心に任せるものです。主・師・親の三師供養とは違うものです。わざわざ御観念文に載せるものではないと思います。学会は民主的であるからこそ。

投稿日時 - 2009-11-27 20:15:55

ANo.1

サンコウニ

イケダ センセイハ シンダ ト カイシャク スレバ ヨイノデナ ナイカ。

タシュウハ ジャキョウ トイウ ニチレン ダイショウニン ノ イニ ハンシテ、キリストキョウ ナドトモ テヲムスビ、タイセキジ ニ ローマホウオウヲ マネクヨウナ ヤカラガ、シシングホウシタト イエルノカ。
ソノヨウナ ニチレン ダイショウニンニ ソムクモノヲ ホウオンカンシャ セヨトイウノデハ、イクラ ゴンギョウ シテモ ダイショウニンノ クドクハ エラレナイ。

投稿日時 - 2009-11-26 17:19:01

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