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(縁)自然な日本語に添削していただけないでしょうか

(縁)自然な日本語に添削していただけないでしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。文章力をつけたいので、作文の練習をしています。次の文章を自然な日本語に添削していただけないでしょうか。

   縁

 昨日、母とちょっと出かけた。バスに乗ったら、涼しいと感じた。いつのまにかクーラーがつきはじめる季節になった。あっ、もう夏が来たんだと一瞬思った。車内の液晶テレビに今日の気温は19度~30度と表示されていた。運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについていろいろ質問したの対して、一つ一つ説明してくれた。私たちはお礼を言ってから、バスを下りた。

 帰る時に、バスに乗ったとたんに、「やあ、またお会いしましたね」といきなり人が声を掛けてくれた。私と母がびっくりした。さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。お互いに久しぶりの友人のようにいろいろ雑談を交わした。下りる時に、運転手さんは私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよと冗談まじりに言った。私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と微笑ましく答えた。

 この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2010-05-04 11:42:42

QNo.5870354

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

1、
> 昨日、母とちょっと出かけた。バスに乗ったら、涼しいと感じた。
→ 昨日、母とちょっと出かけた【時のこと】、バスに乗ったら、【中が随分涼しく感じた】。

ここは一文にしたほうが良いでしょう。
出かけたこと自体は左程重要ではなく、バスに乗ったことが焦点なので。

2、
>いつのまにかクーラーがつきはじめる季節になった。
→いつのまにかクーラー【が必要な】季節に【なっていたのだ】。

a.
「つきはじめる」でも悪くはありませんが、「必要な季節」とするほうが適しているように思います。

b.
「~になった」という原文のままでは、前文とのつながりが途切れてしまいます。
「~のだ」を使うと良い場面です。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/151806/m1u/%E3%81%AE%E3%81%A0/
(1)原因・理由・根拠などの説明を強く述べる。
です。

3、
>あっ、もう夏が来たんだと一瞬思った。
→【ああ】、もう夏が来たんだ【な】と【】思った。

a.
「夏が来た」という事柄に対応するには「あっ」は、やや強すぎる表現と言えます。
「ああ」という感嘆詞のほうが適しているでしょう。
「あっ、そう言えばもう夏だったんだ!」などの場合は自然です。
b.
感嘆を意味する「な」を使うと効果的でしょう。

c.
「一瞬」は『「涼しいと感じてから夏が来たんだと思うまでの間隔」が非常に短かった』という意図でお遣いになっているのだと思います。
ただ、この場面で「非常に短かった」という意図を強調するのは、大げさな印象を与えます。
(ex)
・憧れだった学校の合格発表に自分の名前を見出したときは、一瞬自分が夢の中にいるように感じた。

などのように、「短いが強い印象を残す出来事」を表現する場合に使うのが自然です。

4、
>車内の液晶テレビに今日の気温は19度~30度と表示されていた。
→車内の液晶テレビ【には】今日の気温は19度~30度と表示されていた。

原文のように「に」使うと、
「車内の液晶テレビに今日の気温は19度~30度と表示されていた。」は、
『(前文の)「もう夏が来た」という内容を裏付けるものとして、車内の液晶テレビに今日の気温は19度~30度と表示されていた。』
という意図があるような印象を与える場合が往々にしてあります。

ここは、
「バスに乗って涼しく感じた→夏が来たと思った」
さらに、
「車内の液晶テレビ」というものを主題にしても、【そこには】19度~30度と(夏が来たことを示す温度が)表示されていた。
というニュアンスの構文にするのが適切です。

5、
>運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについていろいろ質問したの対して、一つ一つ説明してくれた。>私たちはお礼を言ってから、バスを下りた。
→ 運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについていろいろ質問したのに対して、一つ一つ【丁寧に】説明してくれた。【目的地に着き、】私たちはお礼を【言って】、バスを下りた。
a.
「丁寧に」を入れないと、文として落ち着きません。

b.
「説明してくれた」→「バスを下りた」という流れが唐突な印象を与えます。
「目的地に[着き / 着いて]」と中間の事柄をひとつ挟むと自然になります。

c.
「お礼を言ってから」でも間違いではありませんが、やや幼い印象を与えます。
「から」は物事の順序を強調的に示す用法ですが、この文脈では、その順序を特に強調しないほうがよいでしょう。
『(1)動作・作用・状態が継続し、または引き続いて起こる意を表す。』用法の、
「て」に留めておくほうが自然です。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/131274/m1u/%E3%81%A6/

6、
> 帰る時に、バスに乗ったとたんに、「やあ、またお会いしましたね」といきなり人が声を掛けてくれた。
→ 【帰りもバスを使ったのだが、乗ったとたんに、】「やあ、またお会いしましたね」といきなり【誰かに声を掛けられた。】

a.
「バスを降りた」→「帰る時に」という展開が唐突です。

b.
「人」ではなく「誰」とするの良いでしょう。
また、相手がわからない段階で、「受益」の作用を持つ「(声をかけて)くれた」は使わないほうが自然です。
「声を掛けられたこと自体」は嬉しいことですから受益なのですが、相手が不明な内は、疑問のほうが先立つはずだからです。
  

投稿日時 - 2010-05-04 21:18:08

補足

1.
>→ 昨日、母とちょっと出かけた【時のこと】、バスに乗ったら、【中が随分涼しく感じた】。

なぜ「時のこと」の後ろに「で」、「であり」がいらないのでしょうか。

2.
>・憧れだった学校の合格発表に自分の名前を見出したときは、一瞬自分が夢の中にいるように感じた。

「憧れだった学校」と「憧れた学校」の違いは何でしょうか。

また、「見出したときは」と「見出したときに」の違いは何でしょうか。

投稿日時 - 2010-05-06 20:24:54

お礼

申し訳ありませんが、質問を一つ追加します。

3.
>『(1)動作・作用・状態が継続し、または引き続いて起こる意を表す。』用法の、
「て」に留めておくほうが自然です。

「留めておく」の「おく」はどういう意味でしょうか。
______________________________

 いつもご親切に添削していただき誠にありがとうございます。いろいろ参考になりました。まだすっきりしていないところがありますが、もう一度教えていただけないでしょうか。

投稿日時 - 2010-05-06 20:40:26

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回答(12)

ANo.12

#11です。

>何の内容のものなのでしょうか。
:取り立ててお知らせするような重要なものではありません。
ちょっとした気紛れです。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10171458

参考URL:http://www.nicovideo.jp/watch/sm10171458

投稿日時 - 2010-05-08 00:03:42

お礼

 度々ありがとうございます。いいですね。昔の曲を紹介していただき嬉しいです。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-08 06:31:36

ANo.11

#9、#10です。

0.
>合格発表に自分の名前を見出した時点」で、憧れは現実に取って替わります。
「憧れた学校」は、この変化を意識していないので不自然な表現になります。
「それまで憧れていた」という意味で「だった」と表現するのが適切です。

この理由はまだよく理解できていません。「憧れは現実に取って替わる」はどういう意味でしょうか。「憧れ」自身は名詞でしょうか。「憧れ」の後ろに名詞が来たら、どのようにつなぐのでしょうか。「憧れの学校」でしょうか。「憧れである学校」でしょうか。

合格してしまえば憧れる必要は無くなるということです。
「憧れ」は名詞です。
「憧れの学校」「憧れである学校」
シチュエーションに応じて使い分ける必要はありますが、どちらも正しい表現です。
http://www.youtube.com/watch?v=-AAbxCC3m7Y

1.
>「人の縁というのは何とも面白いものだ、としみじみ感じた。」
のように、大げさではない表現にすることで、『「地に足の着いた感想」という印象を与える』という意味です。
感情を表す言葉の練習としては良いのですが、「しみじみ」も無いほうが、実は、もっと自然になるでしょう。

a.
>「地に足の着いた感想」はどういう意味でしょうか。

「日常生活のひとこまとして、受け止めることができるような感想表現」という意味です。
「本当に口では言い表せないほどすばらしい」という表現は、余程の場合でなければ使うと不自然になる、というのがここの骨子です。

b.
>また、「しみじみ」もないほうが自然の理由は大げさな印象を与えたということなのでしょうか。

おっしゃるとおりですが、これは多少趣味の問題も絡んでくるでしょう。
特に不自然というわけではありません。
 
2.
>「と」と「たら」の基本的な違いは何でしょうか。後ろは予想外のことなら、「たら」を使うと思います。

前回このように申したのは「と」を次のような使い方と見ているからです。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/135919/m0u/%E3%81%A8
(1)二つの動作・作用が同時に行われることを表す。

その考え方はだめでしょうか。その使い方での「たら」との基本的な違いを知りたかったのです。

そうですね。ちょっとニュアンスが違ってくるような気がします。
ただ、どちらにしても(「(1)二つの動作・作用が同時に行われることを表す」でも、「(6)次の発言の前置きを表す」でも)、「たら」に比べると『因果関係を強調しない用法』ということが言えるでしょう。
この意味で、やはり「と」が自然です。

この箇所は、
「さっきの涼しいバスの運転手さんだということが判明した」ことのほうに焦点が当たっています。
「びっくりして顔を上げたこと」は、あくまで、この骨子部分に対する前置きにすぎません。
これが、「たら」を使って因果関係を強めないほうがいい理由です。
ここも趣味の範疇に含まれるのかもしれませんが、個人的には「たら」は強すぎるシチュエーションだと理解しています。

>文頭の「バスに乗ったら、涼しいと感じた」の中に「たら」と「と」とどちらが自然なのでしょうか。

「いつのまにかクーラーが必要な季節になっていたのだ」という文に続きますから、「たら」を使って因果関係を強める表現が適切でしょう。
涼しく感じた理由を語っている箇所だからです。
前の例は、「さっきの涼しいバスの運転手さんだということが判明した理由」について語る必要の薄い場面ということが言えます。

3.
>> この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。
→ 【夏の匂いのするバスに乗って】、【人の縁というのは】【何とも面白いものだ】、としみじみ感じた。

a.
「この」は「今年の」という意味合いでしょうが、それは明白なので不要です。

ここの「この」は「今年の」という意味ではありません。「この夏/の匂い」ではなく、「この/夏の匂い」のように文を区切ります。ということで、「このバス」を指しますね。やはり不要でしょうか。

そうでしたか。
私はちょっと捉え違いをしていたようです。
「この」と「バス」の距離がちょっと長いような気も少ししますが、その意味であれば特に問題はないでしょう。
【夏の匂いのする、このバスに乗って】と添削を訂正します。
  

投稿日時 - 2010-05-07 23:00:34

補足

 中国ではネット制限があるため、youtubeは見られません。何の内容のものなのでしょうか。ほかのところで探してみます。ニコニコなら見られます。

投稿日時 - 2010-05-07 23:45:52

お礼

 度々ありがとうございます。理解できるようになりました。「たら」の因果関係が強いということを心がけます。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-07 23:43:06

ANo.10

#7です。

1.
>→お互いに【久しぶりに会った友人】のように【打ち解けて】、いろいろ【話が弾んだ】。

「うちあける」の意味を確認しました。「秘密や、心の中に思っていたことなどを、包み隠さず人に話す」となっています。なぜここでこの言葉を使うのでしょうか。

打ち明けるではなく、打ち解[to]けるです。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/16095/m1u/%E6%89%93%E3%81%A1%E8%A7%A3%E3%81%91%E3%82%8B/

2.
>それぞれ、
「何とも」「面白い」という程度の表現に留めるほうが、全体的にもずっと引き締まります。

ここの「引き締まる」はどういう意味でしょうか。
:
「人の縁というのは何とも面白いものだ、としみじみ感じた。」
のように、大げさではない表現にすることで、『「地に足の着いた感想」という印象を与える』という意味です。
感情を表す言葉の練習としては良いのですが、「しみじみ」も無いほうが、実は、もっと自然になるでしょう。

3.
>→  【私も母も】【びっくりして顔を上げると】、さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。

「と」と「たら」の基本的な違いは何でしょうか。後ろは予想外のことなら、「たら」を使うと思います。この文は「と」より「たら」のほうがもっと自然だと思いますが、どうお考えでしょうか。

ここの「と」は、
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/135919/m0u/%E3%81%A8/の[三]の、
(6)次の発言の前置きを表す。
「はっきり言う?、それは不可能だ」
「この場合です?、お値段が高くなります」
とお考えになってよいと思います。

「特に強い因果関係を求めない表現」
ということもできるでしょう。
このシチュエーションには適しています。

・私も母もびっくりして顔を上げたら、さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。

という文は不自然になります。
「顔を上げたこと」と「涼しいバスの運転手さんであると判明したこと」を因果関係と捉えるのは因果関係の拡大解釈になってしまう(=大げさになる)からです。

「夏になったらアイスクリームがおいしく感じる」
が不自然なのと同じです。
たしかに、「夏になると暑いのでアイスクリームがおいしく感じる」という意味で因果関係はあるのですが、『「原因と結果」を示したい意図が無いシチュエーション』なので、これ(因果関係)を持ち出すと不自然になるわけです。
「夏になるとアイスクリームがおいしく感じる」
とする必要があります。

4.
>「ほほえましい」は「好ましくて、思わず微笑したくなる。」という意味なので、自分の言動に関して使うと不自然になります。

ここの「好ましい」はどういう意味でしょうか。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/70539/m0u/%E5%A5%BD%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%84/の、
(1)感じがよくて、心を引かれる。好感がもてる。
「?・い人柄」
とお考えになって良いと思います。

不明点はさらに補足なさってみてください。
    

投稿日時 - 2010-05-06 23:06:08

補足

1.
>「人の縁というのは何とも面白いものだ、としみじみ感じた。」
のように、大げさではない表現にすることで、『「地に足の着いた感想」という印象を与える』という意味です。
感情を表す言葉の練習としては良いのですが、「しみじみ」も無いほうが、実は、もっと自然になるでしょう。

「地に足の着いた感想」はどういう意味でしょうか。また、「しみじみ」もないほうが自然の理由は大げさな印象を与えたということなのでしょうか。

2.
>「と」と「たら」の基本的な違いは何でしょうか。後ろは予想外のことなら、「たら」を使うと思います。

前回このように申したのは「と」を次のような使い方と見ているからです。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/135919/m0u/%E3%81%A8
(1)二つの動作・作用が同時に行われることを表す。

その考え方はだめでしょうか。その使い方での「たら」との基本的な違いを知りたかったのです。

文頭の「バスに乗ったら、涼しいと感じた」の中に「たら」と「と」とどちらが自然なのでしょうか。

3.
#7のご回答にまだ一箇所お尋ねしたいところがあります。

>> この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。
→ 【夏の匂いのするバスに乗って】、【人の縁というのは】【何とも面白いものだ】、としみじみ感じた。

a.
「この」は「今年の」という意味合いでしょうが、それは明白なので不要です。

ここの「この」は「今年の」という意味ではありません。「この夏/の匂い」ではなく、「この/夏の匂い」のように文を区切ります。ということで、「このバス」を指しますね。やはり不要でしょうか。

投稿日時 - 2010-05-07 07:54:33

お礼

 何度もご親切に教えていただき誠にありがとうございます。少しわかるようになりました。疑問に感じるところについてもう少しご意見を伺うことができれば大変嬉しいです。よろしくお願いいたします。

投稿日時 - 2010-05-07 08:02:12

ANo.9

#6、#7です。

1.
>→ 昨日、母とちょっと出かけた【時のこと】、バスに乗ったら、【中が随分涼しく感じた】。

なぜ「時のこと」の後ろに「で」、「であり」がいらないのでしょうか。

文法的な説明は私にはできませんが、「時のこと」は、「時のことである」の省略形です。
「その時に起こったことですが」というニュアンスになります。
「時のこと。」と句点を付けるべきなのかもしれませんが、よくわかりません。
「で」や「であり」では不自然になります。
「ですが」であれば付けてもよいでしょう。
  
2.
>・憧れだった学校の合格発表に自分の名前を見出したときは、一瞬自分が夢の中にいるように感じた。

a.
>「憧れだった学校」と「憧れた学校」の違いは何でしょうか。

合格発表に自分の名前を見出した時点」で、憧れは現実に取って替わります。
「憧れた学校」は、この変化を意識していないので不自然な表現になります。
「それまで憧れていた」という意味で「だった」と表現するのが適切です。

b.
>また、「見出したときは」と「見出したときに」の違いは何でしょうか。

「憧れだった学校の合格発表に自分の名前を見出したときに、一瞬自分が夢の中にいるように感じた。」
ですね。
この場合、「に」は「【単なる】時の指定」です。
つまり、「一瞬自分が夢の中にいるように感じた」ことに対する感動が表現されていないので不自然になります。
「見出した時」を「は」によって「取り立てて扱う」ことで、感動している意図が伝わります。
「大金の入ったお財布を落としたときは、本当に青くなった」
のように、「感情の大きな変化を伴なう場合」に使う、とお考えになって良いように思われます。
(文法的な説明ができなくて申し訳ありません)
「試験会場に着いたときに、ちょうど10時の鐘が聞こえた」という場合は「に」が自然です。

3.
>『(1)動作・作用・状態が継続し、または引き続いて起こる意を表す。』用法の、
「て」に留めておくほうが自然です。

「留めておく」の「おく」はどういう意味でしょうか。

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/24481/m1u/%E3%81%8A%E3%81%8F/の、
(6)(補助動詞)
(ア)動作の結果がきちんと残るようにする意を表す。
または、
(イ)その状態をそのまま続ける意を表す。
のどちらかになると思います。
  

投稿日時 - 2010-05-06 22:15:23

補足

>合格発表に自分の名前を見出した時点」で、憧れは現実に取って替わります。
「憧れた学校」は、この変化を意識していないので不自然な表現になります。
「それまで憧れていた」という意味で「だった」と表現するのが適切です。

この理由はまだよく理解できていません。「憧れは現実に取って替わる」はどういう意味でしょうか。「憧れ」自身は名詞でしょうか。「憧れ」の後ろに名詞が来たら、どのようにつなぐのでしょうか。「憧れの学校」でしょうか。「憧れである学校」でしょうか。

投稿日時 - 2010-05-07 07:18:39

お礼

 早速のご返信ありがとうございます。だいぶわかるようになりました。まだよくわからないところがありますが、もう一度教えていただけないでしょうか。

投稿日時 - 2010-05-07 07:21:09

ANo.8

もうほとんど言い尽くされていまして、私も異存はありませんが、
どなたかもおしゃっていましたように、この夏の匂いを誘ってくれたが
バスに合っている表現かどうかは疑問です。
夏の匂いというと、私はスイカや川辺に生える夏草をイメージします。
夏の到来を教えてくれた、とか夏の到来を気づかせてくれた。
でもいいのではないかと思いますがいかがでしょうか。

投稿日時 - 2010-05-05 10:45:40

お礼

 ご丁寧に教えていただきありがとうございます。おっしゃるとおりです。大変助かりました。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-06 21:52:11

ANo.7

#6からの続きです。

7、
> 私と母がびっくりした。さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。
→  【私も母も】【びっくりして顔を上げると】、さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。

a.
ここは一文にするのが妥当です。

b.
ここは、『「やあ、またお会いしましたね」といきなり【誰かに声を掛けられた。】』という状況を受けている箇所です。
「誰かにいきなり声をかけられた」のは、「私と母」です。
つまり、「びっくりした」のが「私と母」であることは文脈上明らかなので、「私と母【が】」のように表現して、「びっくりした行為の対象」を敢えて特定しようとすると不自然になります。
「私と母【は】」とすると自然になりますが、「どちらも」という意図で「私も母も」とすると、さらに自然になります。

8、
>お互いに久しぶりの友人のようにいろいろ雑談を交わした。
→お互いに【久しぶりに会った友人】のように【打ち解けて】、いろいろ【話が弾んだ】。

a.
「久しぶりの友人」という表現は不自然です。

b.
無くてもよいのですが、「打ち解けて」と加えたほうがずっと自然な表現になります。

c.
「久しぶりに会った友人のように」というのは喜びを表す表現ですから、「雑談を交わした」の替わりに「話しが弾んだ」という定型句をお遣いになると良いでしょう。

9、
>下りる時に、運転手さんは私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよと冗談まじりに言った。
→下りる時、運転手さんは「私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよ」と冗談まじりに言った。

ここは直接話法として「」を使うほうが良いでしょう。

10、
>私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と微笑ましく答えた。
→私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と【笑顔で】答えた。

「ほほえましい」は「好ましくて、思わず微笑したくなる。」という意味なので、自分の言動に関して使うと不自然になります。

11、
> この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。
→ 【夏の匂いのするバスに乗って】、【人の縁というのは】【何とも面白いものだ】、としみじみ感じた。

a.
「この」は「今年の」という意味合いでしょうが、それは明白なので不要です。

b.
「匂いを誘ってくれた」は、詩であればいいでしょうが、作文としては、やや意味不明の印象を与えます。

c.
「人の縁」という言葉に関して、「という」をお遣いになる最適の箇所です。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/135972/m1u/%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86/(1)の、
(1)二つの体言または体言に相当する語句の間に用いる。
(ア)「そう呼ばれている」「…という名の」の意を表す。

あるいは、

(ウ)とりたてて言う意を表す。

に該当すると思います。

d.
「本当に口では言い表せない」「すばらしい」
というのが、個人的には大げさな印象を受けます。
それぞれ、
「何とも」「面白い」という程度の表現に留めるほうが、全体的にもずっと引き締まります。

<要注意点>
・【帰る時に、バスに乗ったとたんに】
・【いきなり人が声を掛けてくれた】
・【私と母がびっくりした】
自然度:75%

<まとめ>
 昨日、母とちょっと出かけた時のこと、バスに乗ったら、中が随分涼しく感じた。いつのまにかクーラーが必要な季節になっていたのだ。ああ、もう夏が来たんだなと思った。車内の液晶テレビには今日の気温は19度~30度と表示されていた。運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについていろいろ質問したのに対して、一つ一つ丁寧に説明してくれた。目的地に着き、私たちはお礼を言って、バスを下りた。

 帰りもバスを使ったのだが、乗ったとたんに、「やあ、またお会いしましたね」といきなり誰かに声を掛けられた。私も母もびっくりして顔を上げると、さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。お互いに久しぶりに会った友人のように打ち解けて、いろいろ話が弾んだ。下りる時、運転手さんは「私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよ」と冗談まじりに言った。私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と笑顔で答えた。

 夏の匂いのするバスに乗って、人の縁というのは何とも面白いものだ、としみじみ感じた。
  

投稿日時 - 2010-05-04 22:04:50

補足

1.
>→お互いに【久しぶりに会った友人】のように【打ち解けて】、いろいろ【話が弾んだ】。

「うちあける」の意味を確認しました。「秘密や、心の中に思っていたことなどを、包み隠さず人に話す」となっています。なぜここでこの言葉を使うのでしょうか。

2.
>それぞれ、
「何とも」「面白い」という程度の表現に留めるほうが、全体的にもずっと引き締まります。

ここの「引き締まる」はどういう意味でしょうか。

投稿日時 - 2010-05-06 21:14:26

お礼

申し訳ありませんが、質問を二つ追加します。

3.
>→  【私も母も】【びっくりして顔を上げると】、さっきの涼しいバスの運転手さんではないか。

「と」と「たら」の基本的な違いは何でしょうか。後ろは予想外のことなら、「たら」を使うと思います。この文は「と」より「たら」のほうがもっと自然だと思いますが、どうお考えでしょうか。

4.
>「ほほえましい」は「好ましくて、思わず微笑したくなる。」という意味なので、自分の言動に関して使うと不自然になります。

ここの「好ましい」はどういう意味でしょうか。
_________________________

 再びありがとうございます。構文のテクニックをたくさん習得しました。大変助かりました。まだ疑問に感じるところがありますが、もう少し説明していただけないでしょうか。

投稿日時 - 2010-05-06 21:38:32

ANo.5

口語(話し言葉)ではなく文語(書き言葉)で表現する方が良いでしょう。


・・ 昨日、母と共に出かけた。バスに乗ったとき、あれっ、涼しいなと感じた。いつの間にかクーラーを使う季節になったのだ。車内のテレビには、今日の気温は19度~30度と表示されていた。

運転手さんはとても親切な人だった。私たちは目的地のことについてあれこれと質問したのだが、一つ一つ丁寧に説明してくれた。私たちはお礼を言って、バスを降りた。

帰りのバスに乗ったとたん、「やあ、またお会いしましたね」と声を掛けてくれた人がいた。びっくりした。先刻の涼しいバスの運転手さんではないか。お互いに久しぶりに会った友人のように雑談を交わした。下りる時に、運転手さんは私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよと冗談まじりに言った。私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と言ってバスを降りた。人と人との縁のすばらしさをしみじみと感じた一日だった ・・


感想:
危険ですから、走行中は運転手に話しかけない方が良いですね。それにしても、「切符なんかいらない」という運転手は仕事に忠実は人間ではありませんね。公私混同してますよ。 (--;

投稿日時 - 2010-05-04 15:48:22

お礼

 ご親切に書き言葉に添削していただきありがとうございます。たくさんの新しい表現を習得しました。大変参考になりました。ちなみに、走行中ではなく、信号を待つ時にお互いに話を交わしました。でも、やはり運転手さんに集中させるべきですね。これから気をつけます。「切符なんかいらない」はジョークとして受け取っていただければありがたく思います^^。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-05 23:44:19

ANo.4

作文を読んでみました。

漢字や言い回しを少しだけ手直しをしてみました。

日本語を勉強されてどのくらい経っているのかわかりませんが、
よく出来ていると感じました。

私が中国語を勉強しても、
ここまでの文章を書けると思えません。
頑張ってくださいね。




昨日、私は母と出かけた。
その時にバスに乗ったのだが、涼しいなと感じた。
もう冷房が入る季節、夏が来たんだなぁと思った。
車内の液晶テレビには今日の気温は19~30度と出ていた。

運転手さんはとても良い方で、
私達が目的地のことについて聞いた質問に対して、
一つ一つ丁寧に説明してくれた。

私達はお礼を言ってバスを降りた。

帰りにもバスを利用したのだが、
乗った途端に
「やあ、またお会いしましたね。」と声をかけてきた人がいた。
なんとさっきの運転手さんではないか。
私達はびっくりしたが、
お互いに久しぶりの友人の再会のように雑談を交わした。
バスを降りる時に運転手さんは、
「私達は本当に縁があるね。
今度私が運転するバスに乗るときは、切符なんか要らないよ。」と
冗談混じりに言った。
私達は
「ありがとうね。
またいつかお会いできるように。
さようなら。」と
微笑みながら答えた。

この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、
人と人の縁は本当に言葉では言い表せない程
素晴らしいとしみじみと感じた。

投稿日時 - 2010-05-04 13:04:22

お礼

 ご親切に添削していただきありがとうございます。いろいろな言い方を習得しました。日本語を勉強してもうすぐ十年になりますが、まだ不自然な表現が多いと思います。本当にありがとうございました。頑張ります。

投稿日時 - 2010-05-05 23:11:38

ANo.3

添削というより、自然な日本語のサンプルをお見せしますね。ほかの方の添削を参考に読んでみるといいと思います。自然な日本語を心がけるのはとてもよいことです。冗長な表現を簡潔にして、文章をテンポよくすれば、自然に読みやすい日本語になります。中国人でしたらおそれずに漢字の熟語を使っていいと思います。不安があれば辞書を調べればボキャブラリーが増えていきます。

 昨日、母とちょっと出かけた。バスの中は涼しかった。いつのまにかクーラーの季節になったんだね。もう夏なんだ。車内の液晶テレビには、今日の気温は19度~30度と表示されていた。運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについていろいろ質問したのに対して、逐一説明してくれた。バスを降りた時、きちんとお礼を言った。

 帰る時に、バスに乗ったとたん、「やあ、またお会いしましたね」といきなり声を掛けられた。私と母はびっくりした。さっきの運転手さんではないか。お互いに旧知のようにいろいろと雑談を交わした。降りた際、「私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよ」と運転手さんは冗談まじりに言った。私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と微笑みながら返した。

 この夏の匂いを感じさせてくれたバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいものとしみじみ感じた。

投稿日時 - 2010-05-04 12:57:56

お礼

 ご親切に添削していただきありがとうございます。自然な日本語のサンプルが見られて大変嬉しいです。繰り返し読みます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-05 23:04:30

 昨日、母とちょっと出かけた。バスに乗ったら、涼しいと感じた。いつのまにかクーラーをつける季節になっていた。あっ、もう夏が来たんだと一瞬思った。車内の液晶テレビに今日の気温は19度~30度と表示されていた。運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについて、色々質問したの対して、一つ一つ説明してくれた。私たちはお礼を言ってから、バスを降りた。

 帰る時に、バスに乗ったとたん、「やあ、またお会いしましたね」といきなり人が声を掛けてきた。私と母はびっくりした。さっきのバスの運転手さんではないか。お互いに、久しぶりに会った友人のようにいろいろ雑談を交わした。降りる時に運転手さんは、「私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよ」と冗談まじりに言った。私たちは「ありがとうね。いつかまたお会いできるように。さようなら」と微笑ましく答えた。

 この夏の匂いを誘うバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。


なるべく、あなたのオリジナルの文章を崩さないように添削してみました。
人によっては句読点の位置や使う言葉、言い回しが変わってきますので、他にも添削方法はあると思いますが、参考にしてください。

投稿日時 - 2010-05-04 12:26:41

お礼

 ご丁寧に添削していただきありがとうございます。添削文章はとても参考になりました。言葉の組み合わせ、文と文のつながりなど、いろいろなことを習得しました。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-05 22:57:57

昨日、母とちょっと出かけた。
→昨日、母と少し出かけた。
作文なら、程よく硬い表現のほうがよいです。

あっ、もう夏が来たんだと一瞬思った。
→もう夏が来たんだと感じた。
「あっ」は不要です。
「一瞬」とするとそのときだけというイメージになってしまいます。
「思う」より「感じる」のほうがここでは自然です。

運転手さんはとても親切な方で、こちらが目的地のことについていろいろ質問したの対して、一つ一つ説明してくれた。
→運転手さんはとても親切な方で、目的地のことについていろいろ質問すると、一つ一つ説明してくれた。
少し自然になりました。

私たちは本当に縁があるね。今度またこのバスに乗ったら、切符なんかいらないよ
には鍵括弧をつけましょう。

この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、人と人の縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。
→この夏の匂いを誘ってくれたバスに乗ってから、人と人との縁は本当に口では言い表せないほどすばらしいとしみじみ感じた。
AとBとの~というのが正式です。

勉強がんばってください。

投稿日時 - 2010-05-04 12:13:21

お礼

 ご親切に添削していただきありがとうございます。いろいろなことを習得しました。とても参考になりました。良い文章が書けるように頑張ります。本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2010-05-05 22:45:35

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