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記者クラブの必要性ついて教えてください

記者クラブの必要性ついて教えてください

記者クラブの必要性ついて教えてください
本来、新聞を始めとするマスコミは批評精神に裏打ちされた、分析や批評記事を世間に公表することが第一義であると思うのですが、現実に行われているのは、大手マスコミと官僚の癒着です。懇意にしている特定の政治家の不祥事を黙認したり、肯定的な意見を記事にすることもあるといいます。
また、自分たちが決めた新聞社だけが加入できるという、公平性を欠いた記者活動は、結局のところ、自分たちの既得権益を守りたいだけの集団のように見受けられます。

国民にとって、記者クラブは有用なものなのでしょうか?

投稿日時 - 2010-05-20 17:06:46

QNo.5908942

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回答(5)

ANo.5

 日本記者クラブというのは事実上、報道の発言権を封じ、官僚統制下に置いて、報道の自由を奪う為に作られた機関だと考えています。今に始まった事ではなく、発足当初から、そういう目的で作られたものであり、見掛け上は政治と報道の駆け引きをおこなう場だと宣伝されているだけで、実際は情報統制機関であり、米国CIAやロシアFSB(旧KGB)のようなものだと思っています。

 実際、過去に起こった政治絡みの大事件を振り返ってみると、マスコミがほとんど情報を出さない時に限って日本記者クラブが介在している例が多いように思います。東日本大震災と福島第一原発事故の時には、日本記者クラブでも足りなくなって、AC(公共広告機構)がテレビCMを全て買い取る形で報道統制をしていたようです。こんな事をするのは日本ぐらいですよ。

 どんな状況下でも情報の国家統制が可能になるように作られているせいか、日本が社会主義国だとか、ファシズムだとか、さんざん批判される原因になっているようです。

 インターネットが始まった頃にも、インターネットで政府やマスコミが報道しない事実を暴露する記事が多いのに対して異常なほど非難していたのを覚えていますが、言論の自由とか、報道の自由とか、そういうものは国が決めるもので個人には権限が無いという国家社会主義国の論理を振りかざしているのが、マスコミの実態を現しているように思います。

 日本は政治的には国家社会主義を引き摺り、経済的にはハゲタカ自由主義という、最悪の国に落ちぶれたのが原因で経済成長率が落ち込んだり、学生の学力が2桁台の順位にまで落ちたり、先進国と呼べない状況にまで衰退しているようです。

 日本を駄目にしたのは報道統制に甘んじて来たマスコミです。記者クラブは報道統制を維持する為に作られた御用団体に過ぎません。

 現在、中国が高い経済成長率、軍備増強で超大国への階段を上がって来ていますが、こういう時代に形骸化した政府組織を温存し、実態が無い経済力を放置している国は、過去の歴史を見てもわかりますが、政治的、軍事的な干渉を受けやすくなります。

 ソ連を崩壊に追い込んだ原発事故まで起こしている日本ですが、よほどの大改革でもやらない限り、このままでは国の破綻は避け難いように見受けられます。日本が破綻したら、中国が大きな影響を受けるだけに、何が起こるかわからない国際情勢になりそうです。

投稿日時 - 2011-07-22 20:56:16

ANo.4

記者クラブがあるのは、世界でも数カ国です。
この問題は国連でも取り上げられており、改善が求められているのですが、日本のマスコミは記者クラブ必要論を支持しています。
これはとても残念なことです。
他の方が問題点をあげていますが、やはり日本のマスコミにはプロのジャーナリストが極めて少ないという問題が根底にあります。

自分で取材して、裏を取り、自信を持って報道する記者が育たないのです。
どの記者クラブに行っても、皆経験数年のサラリーマン記者ばかり。数年経つと別のクラブに異動している状況では、真実を伝えることができるわけがありません。この問題により、日本の記者はほぼ素人同然です。そして時には間違った方向に突き進み冤罪を生んでしまったりします。

この問題、当のマスコミ各社は、問題として考えてなく、それが大きな問題になっています。

この怠慢は何十年も続いているので、改革する可能性は極めて低いのが現状です。

とても残念ですね。

投稿日時 - 2010-09-23 02:04:06

ANo.3

再びNO2です。
私も記者クラブ不要派の人間ですので質問に答えるのもおかしいのですが、上杉隆著「記者クラブ崩壊」(小学館新書2010年4月初版発行)より参考になりそうな対談部分を紹介します。

『記者クラブメディアは、筆者の批判に対して陰口はたたいても、面と向かって反論してきた人間はいなかった。その中で唯一公然と反論してきたのが、元産経新聞政治部長、花岡信昭氏だった。』
(中略)
花岡 09年9月、日経ネットのコラムで「記者クラブ制度批判は完全に誤りだ」という記事を書きました。「記者クラブ」で検索すると、上位のリストアップされます。
上杉 それはまずいな(笑)
花岡 いや、送られてくるメールには「記者クラブ擁護はおかしい」という意見が圧倒的に多いし、「マスゴミ」と罵られることもあります。でも、その批判は間違っていると言いたいんです。
上杉 外務省と金融庁、総務省などで記者会見の開放が実現しましたが、これについてはどうですか。
花岡 基本的にはそういう時代になったのだろうなと思っています。ただ、誰でも記者会見に参加していいのか。田中康夫さんが長野県知事時代に誰でも自由に知事会見に出席できるようにし、普通の主婦までが質問していました。
上杉 私は「誰でも」とは求めていません。非記者クラブ、つまり海外メディア、雑誌、ネット、フリーランスの記者にも公平に記者会見へのアクセス権を認めてくれ、と言っているんです。そもそも大臣会見に誰でも出られるというのは危機管理上あり得ません。
花岡 ならば、現実的な解決策として今の外務省方式がありますよ。今、外務省は事前登録した非記者クラブも会見に出席できるようにしているでしょう。
上杉 それがなぜ今までできなかったかが問題なんです。岡田大臣が記者会見の開放を求めた時、霞クラブ(外務省担当)が抵抗したんですよ。世界のジャーナリストから見ると全く常識外れです。去年(09年)の3月24日、当時の小沢一郎民主党代表の会見で私が質問して「民主党が政権を取ったら記者会見を開放する」という言質を取り、次に5月16日、鳩山由紀夫新代表の就任会見でも同じ言質を取りました。思い上がって言うわけではありませんが、その「公約」がなかったら、たぶんどの会見もいまだにオープンになっていない。記者会見は本来、国民のためにあるものです。そもそも、主債権を持つ記者クラブが自らオープン化を提案していれば、国民の知る権利により応えることができたはずです。
花岡 上杉さんと僕とでは記者クラブの存在意義についての感覚が違うんでしょうね。1890(明治23)年に帝国議会が閉会した際、記者たちが「議会出入り記者団」を結成したのが記者クラブの始まりです。「由らしむべし、知らしむべからず」の官側に対し、報道の自由、国民の知る権利を武器に勝ち取った権利が記者クラブ制度です。
上杉 自分たちが勝ち取った権利だから新しいメディアは記者会見に参加するな、自分たちの城だから他は排除する、という理論ですか。
花岡 非記者クラブメディアを会見に入れるかどうかは官側の問題です。官側が非記者クラブの取材を受けるつもりならば受けるでしょう。日本の記者クラブは言われるほど閉鎖的でしょうか。例えば、ホワイトハウスの記者証を取ろうとすると徹底的に身辺調査が行なわれ、書いた記事を検証され、指紋まで取られ、発行されるとしても何ヶ月もかかる。会見場のイスは米メディアの指定席。会見で日本の記者が質問しようとして挙手しても当ててくれない。でも、日本新聞協会に加盟していれば内閣記者会が主催する記者会見に参加できるし、外国のプレスもオブザーバー参加できます。
上杉 ストレートニュース主体の通信社はともかく、新聞社は質問できないと困ります。アメリカの場合、審査に通れば会見に出られるし、挙手もできる。挙手しているのに当てないということは権力側が反論権を放棄したとみなされます。だから、好きなように書いていい。しかし、日本の場合、記者クラブが非記者クラブの参加を拒んでいます。それだけではありません。私が在籍していた99年にニューヨーク・タイムスが当時の小渕総理にインタビューを申し込み、OKをもらったのに、内閣記者会がダメだと言ってきた。同じような例はいくらでもあります。
花岡 現職総理への個別インタビューは記者クラブ加盟各社で順番が決まっていて、それを無視した個別インタビューは行なえないんです。
上杉 記者クラブが自分たちの既得権益を守るために同業者を排除したんですよ。まずは記者クラブに加盟してくれと言われるかもしれませんが、私は記者クラブに入るつもりはない。ただ記者会見に参加したいだけです。
花岡 会見の主催が記者クラブならクラブを構成する各社の総意が必要でしょう。
(以下、文字制限より略)

投稿日時 - 2010-06-21 11:37:04

ANo.2

質問者のおっしゃるとおりです。一昔前までは情報開示のための圧力的な意味合いもあったのでしょうが、いまはジャーナリズムを忘れた記者と情報を操作したい権力側の癒着の為にある組織だと思われます。下記はネットからの抜粋で恐縮ですが掲載いたします。

記者クラブというのは、クラブ加盟の報道機関により自主運営される組織である。首相官邸、省庁、地方自治体、地方公共団体、警察、業界団体などに設置され、クラブ加盟報道機関の記者が常時詰め、政治家や官僚等から取材をするためのものである。

しかし、上杉隆氏の著作「ジャーナリズム崩壊(幻冬舎新書)」などを読むと、日本記者クラブは報道機関による既得権益を代表する機関と成り下がっていることがよく分かる。

日本記者クラブでは、政治家や官僚から記者クラブに与えられた情報を受け取り、そのまま報道するのである。その際、聞き漏らしなどがないかどうか、他社の記者が集まってノートを見せ合いチェックまでするという。結果、どの新聞も同じ紙面が印刷され、各家庭に配られる。

もし一社が独自調査を行い日本記者クラブを出し抜いた場合は閉め出されることとなる。政府からのコメントをそのまま記事にしているだけの新聞各社は、日本記者クラブから閉め出されると独自取材で乗り切らなければならなくなる。この独自取材による報道というのは、先進諸外国では当然のことなのだが日本では出来ていないものだ。

報道機関とは、本来権力を監視する番犬であらねばならないはずである。しかし実は日本記者クラブで政治家や官僚からニュースになるネタを与えてもらって、それを忠実に報道するという権力側の愛玩犬となっているのが現実である。日本人はそのような新聞を読まされているのだ。

例えば次のようなことが起こる。
東京新聞は、小沢一郎公設第一秘書である大久保氏が東京地検特捜部に逮捕されたとき、政権与党である自民党の議員が西松建設から献金をもらっていたと独自調査した内容を記事にしたとき、東京地検は東京新聞の取材を禁じてしまった。

つまり、権力側は、記事にして欲しくない内容を公表した報道機関を村八分とし、以降の情報を与えないことが出来るのである。新聞社にとって、これは特落ちに繋がる状況で、最も恥ずかしいこととされている。

記者クラブの問題点について別の本をもとに私なりにまとめると次の四点が考えられる。

「画一報道」相手組織対クラブ組織という取材の形が常態化すると、画一的な報道が横行する。

「ぬるま湯」独自取材への意欲を失い、発表情報を無批判に右から左へ垂れ流すだけの仕事に疑問を感じなくなる。

「癒着」発想や思考法まで取材相手の当局や大組織に似てしまう危険がある。毎日同じ側の話ばかりを聞いていれば洗脳もされてしまう。

「閉鎖性」様々な便宜供与はメディア側の既得権益と思いがちだが、本質は国民(読者、視聴者)の既得権益なのだ。外国のメディアやフリーのジャーナリストにも解放されるべきである。

投稿日時 - 2010-05-20 19:41:05

ANo.1

>>現実に行われているのは、大手マスコミと官僚の癒着です。懇意にしている特定の政治家の不祥事を黙認したり、肯定的な意見を記事にすることもあるといいます。<<

しばしばこういった批判は目にしますが、実際に癒着したり不祥事を黙認したり、という例ってあるのかなー……。

記者クラブは国民の知る権利に寄与するすばらしいものだ、などとお世辞を言うつもりは毛頭ありませんが、批判するからには具体例がないとなんともねぇ、ということです。

投稿日時 - 2010-05-20 18:45:19

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