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解決済みの質問

創価学会員(できれば熱心な方)へ

私は26歳主婦です。学会の二世です。
両親が学会員だった為、自然と赤ちゃんの頃に
入会して今に至ります。

夫は私と知り合うまで未入信でしたが、私と結婚するからという事で、当時の地区の方達に説得され、入信しました。
私も子供の頃に知らず知らずのうちに入信していたので信心に対しての確信がつかめていない事と、夫も学会に対して引いている所もあり、二人とも今ひとつ活動に対しては消極的です。
夫はかろうじて同時中継に行ってくれますが、男子部の会合だけは無理!と言っています。
私は同中と、月一回の座談会だけで精一杯です。

学会の平和活動に対しては、二人とも素晴らしいと思っておりますので、年一回の財務や学会のパネル展等の展覧会には喜んで参加しています。
ただ、「行かなくちゃならない」と思う会合は、どうしても億劫になってしまうのです。
また、会合に行くと「近況報告」で、皆さん新聞啓蒙や対話拡大についてガンガン話をしている中、自分だけ何も話す事が無くて、なんともいたたまれない思いがあります。
会員の方は悪気が無いとは分かっていますが、
「友達に(新聞)頼めない?」と、いつも聞かれるのも嫌です。
そして、一回会合に行くと、「今度の○曜日と○曜日出れる?」と、言う具合に、次々会合の予定を言われるのでそれを断るのが気が重いです。
会合ってどうしても出ないとダメですか?

また、結婚五年目という事もあり、そろそろ子供を…と、思うのですが、私は自分の経験から、物心がつくまでわが子には入信させないようにしたいのですが、そういう人っているのでしょうか?

勝手を言って申し訳ないですが、できれば学会に否定的ではない方のご意見がききたいので、活動家の方、いらっしゃいましたら宜しくお願い致します。

投稿日時 - 2003-07-05 10:51:09

QNo.593094

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

学会員です。同中と座談会に出席するだけすごいですよ。
座談会はその地区によって雰囲気というかカラーがありますから、良い悪いというのは難しいです。
ちなみに我が地区では「近況報告」とかで全員で一言ずつ発表することもありますが、かなり一般的な「子供が学校に上がった」とか「今度、家を建てた」とか「病気した」とかという話をして盛り上がってます。
男子部にいたっては「彼女ができました~~」とか報告してたり....おいおい。
座談会って気軽に話す場だと思っています。

新聞啓蒙ですが、「できない」ものは「できない」と言ってもいいんじゃないでしょうか....
会合の連絡を受けても「でられない」ものは「でられない」と言ったほうがいいと思います。

投稿日時 - 2003-07-29 22:40:24

お礼

お返事大変遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。
keroppaさんのところは和気藹々としたムードで良いですね~。
私は座談会は昼間の婦人部の会合に出席しているせいか
どうも居心地悪いです。
婦人部の皆さん勢いがすごいですよね。
今日も選挙で皆20~100人頼めたというのに、私だけゼロで、驚かれてしまいました。
思い切って「頼む人がなかなかいません」と初めてハッキリ言ったのですが、帰り道では叱咤激励ばかり言われてもう座談会には行きたくないです…。
ちょっと愚痴っぽくなってしまいましたね。ごめんなさい。
でもできない時は言えるように頑張ります。

投稿日時 - 2003-09-18 15:23:54

ANo.4

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回答(4)

ANo.3

はっきり言って こうゆうサイトに書いても答えは出ないんではないのでしょうか?
面と向かって会合とか地域の人に言えないほうがおかしいと思います!
ご両親や、周りの人にもいい格好しているだけではないでしょうか? 
私も2世で、色々嫌な面やふに落ちない事など、はっきり言います。とことん質問もしましたし、嫌いなところも言いました。
人それぞれですし…合う人合わない人もいますし…
吐き出してしまわないと何も受け付けないのではないでしょうか?
でも、私は両親にも、可愛がって育ててくれた地域の皆さんに感謝してますし、何よりも自分らしく生き生きと暮らしています。
会合に縛られてもいませんよ。
今からの人生のほうが長いんですから、信頼できる人に何でも質問してすっきりしたほうがいいのではないでしょうか?

投稿日時 - 2003-07-12 02:06:37

お礼

ご返答ありがとうございます。
お返事が遅くなってしまい大変申し訳ありません。

>はっきり言って こうゆうサイトに書いても答えは出ないんではないのでしょうか?
>面と向かって会合とか地域の人に言えないほうがおかしいと思います!
>ご両親や、周りの人にもいい格好しているだけではないでしょうか? 

厳しいけど結構当たっていますね。
母には割と選挙活動などについての愚痴などは話しているのですが、地域の人々は勢いが凄すぎてなかなか言えません。
昨日勇気をもって「選挙で頼む人がいません」と、初めてはっきりと意思表示したのですが、メチャメチャ叱咤されてしまいました…。
0112haruharuさんのように強くなりたいです。

投稿日時 - 2003-09-18 15:15:54

ANo.2

熱心な学会員ではありませんが、こんな例もあるということで書きます。

私は2世ですが、今ひとつ熱心ではありません(^^;
集まりに行く事も元々あまり好きではないので、今までずっと断ってきました。
(子供の頃は親と一緒なら行っていたのですが)
実際には何も活動していません。(新聞取ってるぐらいかな?)財務もしていません。

学会の方が月に1度程度、今月の予定みたいな紙をもってきて
「たまにはきてみれば」と誘われますが、それ以上は強く言われることはないですね。
選挙の時期になると「何人に勧めることができたか」と電話で聞かれますが適当に答えてます(^^;

>会合ってどうしても出ないとダメですか?

今まで出ていたのですから、突然出なくなったら相手がびっくりして
お誘いが何度かあるかもしれませんが、必ず出なくてはならないと
いうものではないと思いますので、もう出ない人だとわかれば
私のようにお誘いも無くなってくるのではないでしょうか?

>物心がつくまでわが子には入信させないようにしたいのですが、
>そういう人っているのでしょうか?

実際にそうしたという例は私自身はしりません。
ただ学会では、家族をひとつの紙にまとめて書いて管理してあるそうです。
ですから、あなたのお子さんが生まれた暁には、特に登録しなくても
あなたの家庭のカードにお子さんの名前が記入されることでしょう。
人に聞いた話では『同じ家庭で入会している人としていない人の違いは、
その人の欄に「入会」「未入会」と書いてあるかの違いだけ』だそうです。

ただ、子供がある程度大きくなった時に「もう入会しているんだから」と強制するような言われ方を
された時は、真先に自由を侵害されたような気がするんじゃないかなーと思います。
宗教の目覚めは人から強制されるより、自分で目覚めた方が
本人の満足度も高いと思いますので入会等はやはり本人の気持ちに任せるべきだと思います。

熱心な方は「生まれた時からの学会員」というものは、それだけ徳が高いとかなんとか
言って、生まれた時から入会を勧める(もしくは強制?)
と思いますが、
そこはやはり親として守ってあげて欲しい部分だと思います。

創価学会の運営方法には問題があると思いますが、信仰自体は個人の自由の範囲
だと思いますので、教義自体を否定することはしません。
ですから、こんな煮え切らないような解答になりましたが、参考になればいいのですけれど。

投稿日時 - 2003-07-09 22:09:28

お礼

ありがとうございます。
お返事遅くなってしまい本当に申し訳ありません。

>ただ、子供がある程度大きくなった時に「もう入会しているんだから」と強制するような言われ方を
>された時は、真先に自由を侵害されたような気がするんじゃないかなーと思います。
>宗教の目覚めは人から強制されるより、自分で目覚めた方が
>本人の満足度も高いと思いますので入会等はやはり本人の気持ちに任せるべきだと思います。

ここの部分、私もそうなんです。
なんで自分は学会に入る事を自分で決められなかったんだろう…と、二世であるがゆえにいつも思ってしまします。
なので自分の子供には同じ思いをさせたくないですね。

たくさんのご返答本当にありがとうございました。

投稿日時 - 2003-09-18 15:08:27

ANo.1

nta

 学会員です。信仰の問題なのであらゆる人が見ている可能性のあるこういう掲示板では語りにくいものがあります。
 月一回の座談会にご夫婦で出席されているというのはそれはたいへんすばらしいことだと思います。その場にそった話をすることができないなど、そんなことは気にしなくてもいいです。自分の身近なこと、家族のこと友達のこと話すことは何でもいいのです。自分を語って行くことが他の参加者に自分を理解させ、自分自身も自分に気がついていくきっかけになります。
 インドの釈尊はその透徹した仏眼で、人間の心にささる一本の矢をみた、とされています。その矢は「差異に執着する心」だといいます。だれにでも自尊心や自分をよく見せようという心があります。座談会にいつも参加している方の中にも、新聞啓蒙ができた自慢話を語る人もいないとは限りません。その一方で、一生懸命がんばって自分を乗り越えようとしても新聞啓蒙が一部もできない人もいるのです。しかし、仏道修行では挫折しても一歩でもがんばろうという心がもっとも大切です。
 また、修行は一人では決してできないので会合なりでお互いに切磋琢磨する中で磨くしかありません。どのような日程で参加するのかは自分で決めるしかありませんが、他人に会わせてではなく、自分の挑戦としなければ続きませんし、楽しくもありません。
 信仰の目的は、自分のことだけしか考えない小さい境涯(小我)を捨てて、他人の幸福を願う(大我)に立つことがすなわち、自分自信の幸福な境涯を築くことあることを思い起こして、納得して頂けるときがくればこうした疑問は氷解すると思います。 

投稿日時 - 2003-07-05 17:40:19

お礼

お返事が大変遅くなってしまい申し訳ありません。
丁寧なご意見ありがとうございます。

投稿日時 - 2003-09-18 15:03:40

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