こんにちはゲストさん。会員登録(無料)して質問・回答してみよう!

解決済みの質問

日本国憲法1条に関して、多くの人の見解を知りたいので質問させていただき

日本国憲法1条に関して、多くの人の見解を知りたいので質問させていただきます

1:1章 天皇に関して

 日本国憲法は、「1章 天皇」となっていますが、立憲君主制の成文憲法に、前文の次に「王制・王政」に関する規定を行っている憲法はありません。
 「1章 天皇」となったのは、現憲法がGHQ草案を尊重した政治背景(GHQは天皇制護持を意図した)があると考えております。
 さて、時代を経て、現憲法1章の指摘する「天皇」は一般化しつつありますが、それでも既存の現憲法のように「1章 天皇」とするべきなのでしょうか?
 諸外国の憲法事例を鑑みて、総則・基本原則などを1章に規定するなどの改憲論はないのでしょうか?

2:日本国憲法第一条について

 ”天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。”と規定していますが、
 日本国民の「総意」を確認したこともありません。
(学生にこの点を質問されるたび、総意を確認したことがない、と説明するしかありません)
 本条文があくまでも設定・規定するに過ぎない条文であるにしても、”総意に基づく”は虚偽であり、誇張だと思われますが、今後、これを見直すor(国民投票によって)総意を図る などの措置は不要でしょうか?
 次、天皇陛下が、日本国・日本国民統合の象徴として規定されていますが、
日本国の象徴としての国事行為・外交接受などの機能性は理解できるのですが、「日本国民統合」の機能性が存在するとは強引のように思います。
私は特段、現憲法1章における天皇の役割・機能性について断固否定することはありませんが、大江健三郎氏などの共和制・アンチ君主制の政治思考の人を考えれば、国民の統合ではなく、分離・不和を誘導していると考えられます。
 つまり、国民・国家の象徴としては、理解できますが、”国民統合”機能については実態がないと考えるのですが、『実態の伴わない設定』として甘んじるしかないのでしょうか?
 私個人は、1条規定に関して、国民的再検証の後に、1条を改正するべきだと思いますが、そのような意見は改憲派にはないのでしょうか?
 私が知る限りでは、改憲派の1章改正案では、現憲法1章を基本踏襲しているだけとしか思えないのですが、それは私だけでしょうか?
 
 以上、質問が複数になってしまいましたが、興味がありましたら、回答いただけると幸いです。

投稿日時 - 2010-06-17 23:51:21

QNo.5976421

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

日本国憲法第一章の第1条から第8条までの天皇に関する条文は、それ以前の旧憲法であった「大日本帝国憲法」に正確に対比して作られたものですよ。特に新憲法第1条から第4条までは、旧憲法第1条から第5条までを、正確無比そのものに修正しています。
国民主権であると改憲された訳ですね。

例えば第1条について。
大日本帝国憲法 : 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
日本国憲法   : 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

第2条については、
大日本帝国憲法 : 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
日本国憲法   : 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

以上のように、新憲法の天皇関係条文は、旧憲法のソレに対応して国民主権を天皇の上位に位置づけました。
1945年までの大日本帝国憲法下の天皇は正に「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であって、国民は天皇の『家来』でした。
全ての国政が天皇下に統一され、全てが天皇の決断に依り、全ての成果を天皇に奉ずるという。

この徹底した当時の天皇制国家の日本において天皇に関する条文を憲法冒頭に持ってくるのは、旧憲法の存在もあって、極めて妥当な事であったと思います。
今でこそ天皇関係条文を冒頭に持ってくるのに違和感を感じこそすれ、良くも悪しくも旧憲法を引き継いだのですから。戦争に負けても、日本は消滅しなかったのですから。

単なる私の意見としてですが、日本国憲法第1条から第8条まで、全文削除でいいです。
そして第1条の国民主権をうたった部分だけを残すべきです。


それから、新憲法第1条の「(天皇の地位は)主権の存する日本国民の総意に基く」の部分ですが、
これは、『日本国民に主権が存するのである』と定めて国民主権を宣言し、『天皇はその主権を持つ国民の認可のうえで成り立つ』… と定めたのであって、、、
必ずしも日本国民の総意があるのかどうなのかと、確認取ったか取らなかったかと… そういう意味ではないんじゃないでしょうかね。

主権者である国民の投票行為などに基づく総意によって、天皇制を廃止するのもOK。その時は憲法改正して第1条から第8条までを何とかしなければなりませんね。


なお、
> 「日本国民統合」の機能性が存在するとは強引のように思います。
の部分は、

ま、天皇が日本国民統合の象徴だと思っている人もいる訳で、そう言われれば統合の象徴と思えなくも無いが、1945年以前に比較すればもはや天皇は無いと思っても間違ってはいません。

私は日本国民の統合の象徴を、この、『日本国憲法』とすると良いと思いますよ。
こういう精神的理念を国家の象徴とすることにより、日本は不滅となり、どのようなことがあっても我々は負けることは無い。
天皇は死ぬこともあるし、国民も死ぬこともあるし、日本の国家主権が消滅することも有るし、しかし、文字化されて精神的理念となった日本国憲法は不滅です。無くす事は不可能。
不滅の物を守る事は、容易い。

投稿日時 - 2010-06-18 00:57:35

お礼

 個人的に、現憲法が形式的に大日本帝国憲法の改正という理解ですが、
「正確無比」というのは誇張だと思われます。例えば、旧憲法には、現憲法3,4,5に置換される条文は見当たりません。
 
 あと、後節の私見に関してまして、大変参考になりました。
特に、国民統合の象徴を「憲法」と看做すことには、立憲主義国家としての必然性のような指摘だと感じまして、今後、参考にさせていただきます。

 勉強になる回答ありがとうございました。

投稿日時 - 2010-06-18 04:12:47

ANo.1

このQ&Aは役に立ちましたか?

37人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています

回答(10)

ANo.10

(前回から続く)
このように、天皇には国家機関、象徴、私人の3地位があって、それぞれ国事行為、公的行為、私的行為の3行為が対応しています。この答弁は、憲法学界で有力だった「国事行為、象徴としての行為、私的行為」説とほぼ同様です。また近年では、「国事行為、公人としての行為、私的行為」とする説が有力になっています。
さて、大学の先生ならともかく、中学高校(または塾予備校)の先生が自説を教えたって、生徒さんは迷惑するだけでしょう。しかし、ご質問者は何が通説・多数説であるのか、分かっていらっしゃらないようです。よろしかったら、吉國長官の答弁の「おおかたの憲法学者の説」、(2)の横田教授の「憲法学界の通説」などを勉強なさってみてください。「国民統合の象徴というのは、統合されている国民を表しているということであって、天皇が積極的に国民を統合するということを意味しているものではないというように理解されております」。
有力説によれば、憲法は「象徴」の「機能」を規定していません。憲法で規定されているのは、天皇が「象徴であること」、天皇が「国家機関であることによる国事行為」です。ご質問者の大好きな「象徴であることから出てくる権能、機能」は憲法外のものです(公的行為、または公人としての行為)。また、その公的行為によって天皇が積極的に国民を統合するというものでもないのです。

(5) 「国民統合」の意味

たとえば、国会に国民統合の機能があることは、お分かりになると思います。「何が統合だ、与野党が激突して、国会は対立の生産場じゃないか」とも言えますが、国会があるからこそ、保守主義者も共産主義者も永田町の同じ屋根の下に集(つど)っています。
同様に、(ご質問者が例に挙げた)大江健三郎と天皇も、アンビバレントに結び付いていると言えます。実は、大江は皇国少年でした。短編小説『政治少年死す』は、右翼が主人公というだけでなく、かつて大江も天皇主義者だったからこそ、凄まじいドライブ感で書かれたと思います。「天皇よ、あなたはぼくを見棄てませんでした、ああ天皇よ!」、「おれは天皇陛下の永遠の大樹木の柔らかい水色の新芽の一枚だ」、「ああ、おお、おお、天皇陛下! ああ、ああ、あああ、天皇よ、天皇よ! 天皇よ!」。
批判の対象として、アンビバレントな愛の対象として、天皇は大江の関心事であり続けています。逆に言うと、天皇は天皇支持者に限らず大江をも、ゆるやかにつなぎとめているのです。

投稿日時 - 2010-06-19 21:00:33

お礼

回答あざ~す

投稿日時 - 2012-03-06 23:45:15

ANo.9

(3) 「総意」について再説

憲法第1条の「国民の総意」の意味は、一般の国語辞典などでは分からないと思われます。法令を日常言語の感覚で解釈できるなら、楽なものですが。

論点[1 国民主権と天皇制] - 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/ronten/01ronten.html
(引用開始)
3 GHQ草案の起草(中略)
「皇位は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、天皇は、皇位の象徴的体現者である。この地位は、主権を有する国民の意思に基づく」(第2文)などと規定していた。
(中略)
4 日本政府案の作成と帝国議会の審議
GHQ草案をもとに日本政府が作成した「3月2日案」は、前文を置かず、また、第1条に「国民至高ノ総意」という文言を用いて、主権が国民にあることがあいまいにされていた。GHQとの交渉の結果、前文が復活し、第1条は、ほぼGHQ草案の形に戻されたが、「国民至高ノ総意」の文言は維持された
(引用終り)

つまり、国体うんぬんにこだわる当時の日本政府は、「主権を有する国民の意思」を「国民至高ノ総意」と一旦ごまかしました。その後、「主権を有する」は復活しましたが、あいにく「総意」が残ってしまったのです(「主権の存する日本国民の総意」となった)。現憲法の英訳を見ると、「日本国民の総意」は the will of the people と訳されています。辞書的な意味の「全員の一致した意見・意思」ではないことが分かります。この英訳は公定訳ではありませんが、内閣官房や法務省の翻訳データを元にしたものです。

日英対訳条文 - 日本国憲法(法なび英訳法令)
http://eiyaku.hounavi.jp/taiyaku/s21ak000010101.php
法なび英訳法令について
http://eiyaku.hounavi.jp/

(4) 「象徴」「機能」について再説

> 日本国の象徴としての国事行為・外交接受などの機能性は理解できるのですが、

「象徴としての国事行為」とおっしゃるのは誤りか、あるいは少数説でしょう。これに関連する政府見解として、下記の内閣法制局長官の答弁をご覧ください。けっこうヤジが飛んだ様子ですが、政府側は押し通して、この3分法が現在でも(微調整はあれど)通用しています。

衆議院内閣委員会 1973年6月19日
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/071/0020/07106190020031a.html
(引用開始)
○横路委員〔引用者注:当時社会党、現衆院議長〕 ただ、象徴ということは、一定の権能というものを当然に要求するものだということは言えないという点はどうですか。
○吉國政府委員〔引用者注:内閣法制局長官〕 日本の天皇の象徴ということは、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという憲法の規定にそのままあらわれているところでございまして、その天皇が日本国の象徴であられるというその地位を仰ぎみるときに、日本国が一つの国である、日本国民が全部一つの国民になっているということをこの中に感ずるという確信を第一条は規定したものだというのが、おおかたの憲法学者の説であろうと思います。
(中略)
○吉國政府委員 御質疑の趣旨は、天皇が象徴という地位にあられることによって、その象徴という地位に基づいて当然ある機能を要請するものであるかどうかという点にあるかと思いますが、天皇が象徴たる地位にあられるということ、そのことが憲法第一条に規定するところでございまして、先ほども申し上げましたように、第四条以下にございますような国事に関する行為を行なわれる天皇の地位といけ〔原文ママ〕ものは、象徴であるから当然に出てくる権能ではない。これは一つの国家機関、天皇も国家の機関としてその国事に関する行為を行なわれるという、別個の地位であるということでございます。
(引用終り)
(字数制限により、次回へ続く)

投稿日時 - 2010-06-19 20:43:13

お礼

回答あざ~す

投稿日時 - 2012-03-06 23:45:31

ANo.8

高学歴の教育者は庶民をだますのが
上手ですからねえ~ この質問もです。

現憲法の目的は戦前国家体制の否定に
在ったのは明白です。そこから戦前体制
で最重要とされた天皇に関する規定が

最初に置かれたのは当然です。また天皇
が象徴と規定されているのは権力機能を
持たせないという意味と理解するべきです。

鳩を例に出された回答は良い理解です。
天皇は鳩のように象徴に過ぎず統治機能を
持たせては成らないという意味です。

以上が二点に対するものです。

◎憲法改正に関しては新憲法がどんな国を
目的とするかによるでしょうね。憲法草案
者の目的により多数の考えが在るのです。

現在伝えられる草案に天皇を完全否定する
部分が少ないと言うに過ぎません。

◎こんな事は知っていると思うのです。
知っているのに質問するのは巧妙に天皇
否定を広める為でしょうねえ・・・

投稿日時 - 2010-06-19 01:27:03

お礼

回答になってないですねぇ・・・残念・・おつです

投稿日時 - 2012-03-06 23:45:58

ANo.7

私個人は、1条規定に関して、国民的再検証の後に、1条を改正するべきだと思いますが、そのような意見は改憲派にはないのでしょうか?
>無いと思います。これは私見ですが統治が日本国独自の形成をなしているのに起因していると思われます。
端的に言えば、日本国が建立以来天皇を統治の長とした行政国家であったことです。
ですから、信長も家康も薩長連合も国家統治を目指したので無く行政のTOP、すなわち天皇から付託を受けた形で国家の運営を目指してきました。
これは世界的に見ると独自の統治形態で有り、国民も其の形態の構成要件であったと思われます。ですから国民が発起をして統治に不満を述べる為の行動をしたことも無いです。
江戸時代の百姓一揆の場合は藩という一行政機関に対する不満であったのです。
と考えると、国民統合の象徴としての実態自体を論じることが現実問題として出来る下地が無いとおもわれます。
逆に言えば、明治憲法が天皇に対する扱いが異常で有った気がしています。
つまり、時の薩長連合が国民を支配する道具として前面に押し出した。
ですから日本国憲法においては元の形に戻った。
其の確認の意味で最初に天皇の有るべき姿を規定しているのです。 
改正憲法草案においては現憲法を踏襲するでしょう。
反論は多々有るでしょうが日本国という独自形態の国家組織のなかでは自然な流れだと言えます。

投稿日時 - 2010-06-18 23:15:11

お礼

 返答ありがとございます

少し意見を
>日本国が建立以来天皇を統治の長とした行政国家であった、という認識に関しては、形式的行政権力としての意味は理解できるのですが、
 外交・安全保障という「近代国家における主要行政権」(執政権)における欠如が指摘できると思います。
 例えば、元寇において鎌倉幕府は朝廷の意思を反故にして外交展開を行いますし、安全保障において朝廷は無能・無策だったことは言うまでもありません。
 そして、もっとも重要なのが、南北朝を始め、朝廷権力の空洞化によって国政が破綻していない現実的行政実態が指摘できます。
 確かに、朝廷による行政委任が日本史の大体系の見解は理解できるのですが、宗主権の意思が反故にされている行政実態を考えれば、その委任・信託の適否は極めて怪しいと思います。
 さらに詰めれば、ヤマト政権と朝廷の連続性・皇統継承の適正などを追及すると極めて論理的正当性が怪しいことは枚挙の暇はありません。
 もっとも、主権者の多くが、”1章 天皇”の大局を支持していますので、大局的には私も否定する論拠もありませんし、実際は支持していたりします。

 後節に関してまして、私も同じ気持ちです。

要は、明治維新以後の廃仏毀釈以後の”天皇制”(?)に問題があって、
そこから一旦、ニュートラルに天皇に関わる国政・国勢・国制を見直すべきだと思っています。(個人的には、三権と主権者の仲裁者的立ち位置が好ましいと考えています)
たかが、150年前にポっと出ただけの某神社が「伝統」と見做されて、それ以外が伝統として排除されるような状態は決して、適切とは私には思えません。

ありがとうございました
 

投稿日時 - 2010-06-18 23:36:54

ANo.6

(前回から続く)
首相官邸 - 皇室典範に関する有識者会議(第6回)議事次第
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai6/6siryou4.html
(引用開始)
憲法規範を重視いたしますと、戦前の大日本帝国憲法の天皇、あるいはそれ以前の天皇と日本国憲法の規定する天皇とは、言葉は天皇ではあるけれども、全く別物であると、こう考えるのが「断絶説」でございます。この観点を早く打ち出されましたのは、後に最高裁判所長官を務められました横田喜三郎先生でございますが、(中略)
そこで、「断絶説」を採りました場合には、伝統というものは基本的に考慮する必要はない。横田先生の言い方を借りるならば、むしろ伝統というものは否定すべきものだというようにもなるわけでございます。
(中略)
憲法学界の通説といたしましては、規範的には国民統合の象徴というのは、統合されている国民を表しているということであって、天皇が積極的に国民を統合するということを意味しているものではないというように理解されております。(中略)
明仁天皇の場合には、親しみによって国民を何となくまとめているというような違いがあるかと思います。
(引用終り)

ご質問者は「”国民統合”機能については実態がない」とおっしゃっていますが、そもそも、なぜ機能を求めるのでしょうか? 天皇は「日本国民統合の象徴」なんですよ。たとえば鳩は平和の「象徴」ですが、鳩に世界平和を維持する具体的な「機能」はありません。むろん天皇は鳩ではありませんが、統合作用については「何となく」程度のものだと横田教授も言っています。

投稿日時 - 2010-06-18 14:04:39

お礼

 すいません・意味不明です

>(国民統合の象徴に関して)なぜ機能を求めるのでしょうか?

そのように憲法典で規定されているからに過ぎません。
書いてあるにも関わらず、そのような機能が確認できないでは、憲法としての説得力・機能性・有効性に疑問が発生するからです。

>たとえば鳩は平和の「象徴」ですが、鳩に世界平和を維持する具体的な「機能」はありません。

 日本語力に問題があると思います。
ハトを平和の象徴とする法規範などはありませんが、日本国憲法には天皇に「国民統合の象徴」と規定しています。それは法規範として目標であり、目的です。従って機能性を要請されるのは必然です。
 そもそも、ハトを平和の象徴と機能化させた人も誰もいませんし、ハトを平和の象徴を見做しているのは、個人の発想に過ぎません。
 個人差はあるでしょうが、ハトを見れば、ハトバス・ハトサブレー・ハトのマークの引越しセンターを象徴すると思う人も想定できます。
 本件は、憲法典において規定されいることから、発生する課題であって、ハトとは別次元の話と言えるでしょう。

 個人的には、サッカーの話題の時に、セパタクロウの話をされている観があるのですが・・

ありがとうございました

投稿日時 - 2010-06-18 23:24:20

ANo.5

(1) 「現憲法が形式的に大日本帝国憲法の改正」であるのは、「個人的」な「理解」というより、広く知られていることでしょう。もちろん「形式的に」であって、実質的にはいわゆる改正限界を超えた新憲法です。新旧の間で条毎の対応はわずかしかありませんが、章立ては似ています。両者とも第一章は「天皇」です。
また、中野文庫を見ると、天皇の言葉も付されていたことが分かります。

中野文庫 - 日本国憲法
http://www.geocities.jp/nakanolib/kou/kenpo2.htm
(引用開始)
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、(中略)自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである。
(中略)
 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
(引用終り)

中野文庫 - 大日本帝国憲法
http://www.geocities.jp/nakanolib/kou/kenpo.htm

「国民の総意」という言葉が数回登場していますね。この使われ方を見ると、現憲法第1条の「国民の総意」も、いわゆる「憲法制定権力」と同等程度のものであれば足りると考えられます。「総意」だから国民皆の意思確認などと思うのは、失礼ながら子供っぽい感じがします。
現憲法を議決したのは、第90回帝国議会でした。GHQ草案、枢密院の諮詢、勅命による議会提出、貴族院での修正・衆議院への回付などの経緯(http://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/04gaisetsu.html)がありますが、端的に言えば衆議院の圧倒的多数による可決です。その議員たちは、1946年4月10日の総選挙で選ばれました。女性を含めた普通選挙(すべての成年者に選挙権、被選挙権を与える。成年の範囲は法律で定める)でした。
要するに、普選で選ばれた議員が、3分の2以上出席してその3分の2以上が賛成すれば、「国民の総意」に基づいたと確定される……という用語法を採用していることになります。

(2) ご質問者は学校の先生だそうですが、第1条の文言だけでなく、GHQ草案、天皇の言葉、八月革命説、断絶説などを(すでにご存知のこととは思いますが、今一度)検討なさってみてください。

GHQ草案 1946年2月13日 - 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/076a_e/076a_etx.html
(引用開始)
Article I. The Emperor shall be the symbol of the State and of the Unity of the People, deriving his position from the sovereign will of the People, and from no other source.
(引用終り)

GHQ草案の仮訳 - 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/076/076tx.html
(引用開始)
第一条 皇帝ハ国家ノ象徴ニシテ又人民ノ統一ノ象徴タルヘシ彼ハ其ノ地位ヲ人民ノ主権意思ヨリ承ケ之ヲ他ノ如何ナル源泉ヨリモ承ケス
(引用終り)

つまり、general will じゃなくて sovereign will だったのです。「他ノ如何ナル源泉ヨリモ承ケス」と、えらく気張ってるなあと思われるかもしれませんが、これは天皇神権説や皇国史観の全否定を意味しているのでしょう。同時期の、天皇人間宣言とも符合しています。

天皇「人間宣言」 - 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/056/056tx.html
(引用開始)
朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。
(引用終り)

主権を有するのは人民で、天皇の地位さえも人民の意思に基づくものであり、日本の伝統だの何だのは天皇の地位の根拠として認められません。人民の主権意思は、具体的には間接民主制かつ過半数や3分の2以上などとなりますが、それではくどくどして締まらないので、「国民の総意」という文言をあてたのでしょう。そう理解すれば、前述の三カ所の「国民の総意」すべてに適合します。
(字数制限により、次回へ続く)

投稿日時 - 2010-06-18 13:56:53

お礼

回答あざ~す

投稿日時 - 2012-03-06 23:46:48

ANo.4

憲法をまともに読んだこともない人間ですが、そんなヤツの考えとしてお目汚しください。

一つ目の質問は、ちょっとなにが問題なのかがわかりませんでした。
順番がそれほど重要な意味をもつのですか?
ド素人が見る分には、どの条文が何章だろうがどうでもいいのですが。

二つ目の質問は、国民統合というのも総意というのも
立場や思想によって意味が変わってきそうだなと思いながら、
そういった問題を提起する意味はもっているのではないかと感じました。
バラバラの状態では議論の起点すら生まれませんが、
一つ軸があればそれを否定する立場が生まれ、そこから色々な意見がだされ、
いずれは大勢を占める意見がまとまっていくでしょう。
天皇が「日本国民の総意に基く」とされたのは、歴史的にそういう背景を有していると
当時の憲法を作った人たちが判断したのではないですかね。

庶民としては、そこをわざわざ改定しなければならない理由がわかりません。
政治的に重要な意味をもつのでしょうか?
全国民の総意を確かめ、憲法改定という前例を作る大事を
わざわざやる膨大なコストがもったいない。
実生活にも影響がないのなら今のままでもいいや、
というのが自分の意見です。

二千年の血統的な歴史をもつ天皇と、
それを象徴としている日本人のメンタリティーというのは、
世界的にみても非常に稀なモノなんだと思います。
文化的にも貴重なのではないでしょうかね。
貴重なものはなんとなくなくしたくない。
一般的な日本人の感情はそんなところでしょう。

自分は天皇の存在は憲法で認め保護しておいてよいと思います。
そうでもしないと、日本の希少な文化的なものは
資本主義の中ではあっという間に消えてなくなってしまうでしょうから。
費用・時間のかかる伝統工芸・美術品の類は特に。
これらは実生活とはほとんど関わりのない分野ですが、
なくしてはいけないものだと思います。
美術品そのものは個人的にはどうでもよいのですが、
技術は伝えていくべきだと思うのです。
こういったものこそが国民性の根幹だと感じるからです。

政治・経済の知識がある人たちが法文の整合性や正当性を重要視するのはわかりますが、
それらを成立させた国の文化や歴史なども、法律の背景なのだと意識してほしいです。

投稿日時 - 2010-06-18 12:28:33

お礼

返答ありがとうございます。

>(章や条文の)順番がそれほど重要な意味をもつのですか?

有効な反論は出来ませんが、
慣習的に、章の冒頭・法律の冒頭は、その立法趣旨・目的を宣言する性質ですから、法のみならず、政治的意義があると言われています。
 従って、法律の精神性などを明示する1条などは頻繁に引用されますので、重要といわれています。
 同時に、起草者・発案者の立法の意図などが順番として暗示される傾向ですから、原意を探るには、重要とも言えます。もっとも原意主義の有効性の限界はあります。

>(国民統合の象徴に関して)政治的に重要な意味をもつのでしょうか?

 政治的に重要な意味とは断定できませんが、社会的に憲法条文に実体性がない・説得力がない状況では、その法規範に説得力が失われてしまいます。枝葉の問題だと軽視することも理解できますが、その枝葉を無視できない人もいますし、それを本質と捉えてしまう可能性もあるので、精査するべきだと思います。
 憲法は、法規範であると同時に、国民の合意形成の根幹とも見做されますから、尚更、成因的要素も含めて、細かい部分まで想定した議論を要請するものと考えます。

>”実生活に関わらないから、問題ない”に関して

あくまでも私事ですが、これらの問題提起を学生や子息にされた場合、その説明をどのようにするか?という問題があります。
 簡単に言えば、人の親になったり、人に物事を教える立場になった時に、本件のような仔細を追求された場合に適切な返答が要請されるからこそ、私は自問しています。
 実際に、”1章 天皇”の中身が変化すれば、大赦も変更されますから、在監者(刑務所にいる人)が突如減刑・免罪されるようなことは起きませんし、それが実生活に関わる可能性は高いとも言えます。
 微々たるものと言えますが、皇室財源のみならず宮内庁によって情報封鎖されたものも公開されれば、歴史公証も大きく変化します。
 極めて唯物論的には変動がない(少ない)とは思いますが、唯心論・精神論においては大きな影響がありえる、と私は認識しております。

 なお、ご指摘にある「国の文化・歴史など」も法律の背景だからこそ、”1章 天皇”が大きな課題と考えるべきだと思います。

 つまり、
・明治維新以後に出来た短い天皇至上主義的な歴史観を「伝統」とする保守の人の文化・歴史
・日本列島の長い文化・歴史から大局的に全体像を鳥瞰・俯瞰した文化・歴史

私からすれば、現在の改憲論は、おおよそ”前者の文化・歴史”だけで憲法が論じられているように思えてなりません。
 

 ありがとうございました

 

投稿日時 - 2010-06-18 23:16:09

素人ですがリハビリがてら考えてみました。

>日本国民の「総意」を確認したこともありません。

No.1様のおっしゃるように、憲法改正が理論上可能というですから改正されてないことにより総意を得ているという理屈でしょうね。
「みんなの多数決で変更できる」という規則をみんなの多数決で「みんなの多数決で変更できない」にするのと同じような奇異な感じですね。
多分、憲法の取り扱いの規則の対象範囲に取り扱いの規則が再度表現されているので奇異にかんじるのでしょう。
おっしゃられるように総則・基本原則などを1章に規定して、その後の天皇の規定で”この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。”を省略すればすっきりできます。
ただ、もし私がGHQならば戦後統治の要である憲法を改正されるのは好みませんから改正のための仕組みは目立つ総則・基本原則に配置したくないですね。
一方で天皇制に釘を刺しておきたいので改めて念押しを付けたというところでしょうか。

>私は特段、現憲法1章における天皇の役割・機能性について断固否定することはありませんが、大江健三郎氏などの共和制・アンチ君主制の政治思考の人を考えれば、国民の統合ではなく、分離・不和を誘導していると考えられます。

”日本国統合の象徴”ならば、天皇は日本史に密着していますから過去の歴史を含めた統合の機能はあると思いますが”日本国民統合の象徴”なので質問者様の疑問はもっともだと思います。

投稿日時 - 2010-06-18 10:08:55

お礼

返答ありがとうございました

「総意」という規定・設定に関して、あまりにも軽く捉えられているように思えてならないのが、私の疑問点でした。
というのは、民主主義の基本原則は、全会一致の原則論である上に、総意となれば、まるで全く異論がないことを同意になりえてしまいます。
 実際に、総意が図られて、過半数以上を確保しているならば、総意と見做す余地はあろうかと思いますが・・・(どうせ、過半数以上の支持は確保できるとは思います)
 
 ちなみに、未だに個人的には、八月革命説の妥当性に関して逡巡しておりまして、現憲法は大日本帝国の改正という法的理解は理解ありますが、そのような理解を政治的・歴史的に懐疑することない現状に対して、疑問を抱いてます。
 
 『国民統合の象徴』に関しては、南北朝・後南朝あたりを紐解いてみると、かなり学生相手には説得力がないものだと思います。
 
ありがとうございました
 

投稿日時 - 2010-06-18 22:55:50

ANo.2

>立憲君主制の成文憲法に、前文の次に「王制・王政」に関する規定を行っている憲法はありません。

 タイ王国憲法 第1条

  タイ国は一つの王国であり、不可分である。
  タイ国王は君主であらせられ、元帥の地位にあらせられる。
  タイ国王は敬愛すべき地位にあらせられ、何人も犯したり、咎めたり、告訴することはできない。

 バーレーン国憲法 第1条

  (b)バーレーンの統治は世襲とし、その継承は国王が次項で定める継承令の規定に従い、生存中、継承者として長男子以外の子息を指名する場合を除き、シェィク・イサ・ビン・スルマン・アル=カリファ殿下からその長男子へ、さらにその長男子へと代々伝えられるものとする。

 スペイン憲法 第1条

  (3) スペイン国家の政治形態は、議会君主制である。

 ノルウェー王国憲法 第1条

  ノルウェー王国は自由・独立・不可分かつ不可譲の王国である。その政治形態は制限世襲君主制である。

 なお、第1条でなく第1章に広げれば、他にも…。
  
 モナコ国憲法 第1章 大公・領土・大公国

  2条 大公の自由と主権は、全ての時代に、国際条約とりわけ1641年9月14日および1861年2月2日フランスと大公国によって締結された条約によって承認され、かつ捧げられたところのものである。

 デンマーク王国憲法 第1部

  第2条 政体は立憲君主制とする。王室は1953年3月27日の王位継承法の規定にしたがい、男子または女子によって世襲される。
  第3条 立法権は、国王および国会に連帯的に帰属する。行政権は、国王に属する。司法権は司法裁判所に属する。

 日本語訳を見つけた物だけですから、実際は他にも有るかも知れません。

 共和国制をとる国も含めて、憲法の一番最初の章にその国の国体に付いて記述する例が多く、君主制をとる国なら、逆に憲法の早い段階で記述する方が自然で有ると思います。

>前文の次に「王制・王政」に関する規定を行っている憲法はありません。
 この根拠をお示しいただけますか?

投稿日時 - 2010-06-18 02:32:19

お礼

 この根拠をお示しいただけますか?

ご指摘されたものは、1章に「王制・王政」の記載はありませんよね?
1章において、総則・基本原則 という章題があり、そこに、王政に関しての記載があることはありますが、1章に据えられている憲法は、ご指摘になったものでも存在しておりません。

 私が意図的に1:1章 天皇 と表題をつけたのは、章の意味であって、1章が統治原則(総則・基本理念)などであることは間違いありませんが?
 根拠といわれましても、間違いっておりませんので、回答できません。

回答が質問の一部だけで判断するのは自由ですが、これらの事例は、残念ながら「1章」とは異なりますので、趣旨を正しく理解していただいて、回答してください。

無駄な回答でしたが、章の方を期待しております。

 

投稿日時 - 2010-06-18 04:00:15

あなたにオススメの質問