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重力レンズで光が分けられるってあり得るの?

重力レンズで光が分けられるってあり得るの?

「1919年5月29日の皆既日食の日に、太陽の陰に隠れて見えないはずの金星が、太陽の引力で光が”曲げ”られ、アインシュタインの予言通りに実際に観測され大騒ぎになった」という話はご存じだと思います。

この観測時に金星は1つ観測されただけで、複数に分けられて観測された訳ではありません。
レンズは、1つの入射角の光を”曲げ”られるだけで”分け”ることはできないので当然です。
しかし現在、「同一天体が重力レンズで”分け”られ複数に観測される」と説明されています。

観測対象が、銀河や恒星の場合、全方向に”分かれた光”を発射しています。
これらの「分かれた光」を「集めない限り」、同一天体を複数として観測することは「不可能」なのです。

物理法則はその事象の、規模、位置、時間で変化しない不変的なものです。
レンズで光が”分け”られことがあり得るのでしょうか。

本件の関連質問は以下のURLで行っております。
http://okwave.jp/qa/q6161055.html
http://okwave.jp/qa/q6118855.html

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投稿日時 - 2010-09-11 21:57:11

QNo.6175531

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

いや, だから, 「分かれた光」が「集まった」結果として, 同一天体を複数として観測できている. それだけのことだし, それが真実.
あんたにとっては「不都合な真実」かもしれんが, そんなことは知らん.

投稿日時 - 2010-09-11 22:41:31

補足

ご回答ありがとうございます。

>「分かれた光」が「集まった」結果として, 同一天体を複数として観測できている
そのように説明されていれば納得です。
別に不都合なことはなにもありません。

でも、一般的には「レンズで分けられた」と、あり得ない説明がまことしやかに教えられています。
なぜ、正しく「分かれた光が集まった結果として, 同一天体を複数として観測できている」と説明されないのでしょうか。
なぜ嘘の説明をする必要があるのでしょうか。

投稿日時 - 2010-09-12 07:45:35

ANo.1

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回答(15)

ANo.15

SPring-8 のサイトの表現は確かに微妙. 「同じ天体からの光」の解釈しだいでは「重力レンズで光がわかれる」ようにも読めるな.
アストロアーツのサイトの表現は全く問題なし. これを「重力レンズで光がわかれる」と解釈するのは不可能だ.

投稿日時 - 2010-09-15 23:54:21

補足

回答者様はその筋で名の通った方なんでしょう?
ちょっと、突っついてみるとかできませんか?
良い子のために。

投稿日時 - 2010-09-16 11:35:12

ANo.14

正直いって「1つの入射角の光=一次元」はなんのことやらさっぱりわからん. 「光」という「もの」と「次元」という「空間の自由度」がなんで等号で結べるのか. 詳しく説明してほしい.
「普通」の光で十分なんだけどなぁ....

投稿日時 - 2010-09-14 23:40:20

補足

いつも回答ありがとうございます。

あくまで、一個人としての概念の捉え方の説明ですが。

「1つの入射角の光=一次元」を以下のように捉えています。

1つの方向に進む光を横から見て、時間の経過により描かれる直線の軌跡を「線X」とします。
それに直角に交差する「線Y」を加え、2次元空間を考えます。
さらに、線Xと線Yの交点と垂直に交わる「線Z」を加え、3次元空間を考えます。
これに、「時間の経過」を加え、四次元空間を考えます。
この時、「1つの入射角の光=一次元のライン」で表されます。
時間の経過を考えなければ「1つの入射角の光=一次元のライン上の点」であると捉えています。
こんな「感じ」です。

日常の知り得る事象と照らし、矛盾が無いようなので、そのままでいいだろうと考えています。

余談ですが、
国家プロジェクトのページ(ANo.5で示したURL)に「重力中心により複数に分かれて観測される重力レンズ現象」などと、「アインシュタインリングと、文学的表現と、重力レンズで光が集められる現象」が、ごっちゃにされたままでいいんでしょうかね。良い子に、間違った先入観を植え付けるのはいかがなものでしょう。

投稿日時 - 2010-09-15 23:25:48

ANo.13

No.3です。

なるほど、考え方の立脚点がすでに違うのでどうしても話がかみ合わないのですね、、、

「光とは粒子で有り、且つ波である」という言葉で考えれば、私はその粒子の集合を語り、あなたは粒子その物を語っていた訳ですね。

先ず、光を1次元として捉えるのであれば、それはもう分ける事は出来ませんし、捻じ曲げる事も出来ないただの点です(1次元の存在は視点を変えただけでもう見えなくなるので変化では無く、「出現」と「消失」としか3次元人には認識出来ない筈であり、横の広がりも無いのでその物が分裂する事も不可能です、、、)。



私が考える光は、人間の目で捉えられるものであり、例えるならショットガンから放たれた散弾です。
有る一点から放たれ無限に拡散していくモノであり、有る時点を切り取って観測してみれば太い束で有り、同じ時点でも拡大して観察すれば1粒としても認識でき、かつ視点を変えて観察すれば線にも、面にも見える類のものです。
そういった前提でこそ、集束、拡散、分散といった概念を語っています。

条件をすり合わせて私の考えを申し上げると「放たれた散弾の1粒がそれ以上細かくなる事はない」→「光が分けられる事はない」と言う事になるでしょうか・・・

投稿日時 - 2010-09-14 22:56:42

補足

ご回答ありがとうございます。

立脚点からすれば、
「束」は「1つの入射角の光の集まり」で「普通は全ての光の入射角は異なる」だから、ショットガンから放たれた光は有る一点から放たれ、無限に拡散していくモノと理解しています。

本件の質問は、1つのショットガンから放たれた、拡散する光を、集めずに、複数の像を結べるのか、という質問になりますかね。
拡散する光を「分けて」も複数の像を結べないのでは、と言い換えてもいいです。

投稿日時 - 2010-09-15 01:11:35

ANo.12

「光」の解釈にもよるけど, (普通の) 光学系なら「1つの『光』を複数にわける」ことは十分可能です. 実際には「レンズ」である必要すらない.
どうもあなたはこの状況を想像できていないような気がするんだけどなぁ....

投稿日時 - 2010-09-13 23:18:49

補足

ご回答ありがとうございます。

>「光」の解釈にもよる…
正しい表現なのか解りませんが、「1つの入射角の光=一次元」と理解しています。
回答者様のいう「光」と同じでしょうか?

投稿日時 - 2010-09-14 00:09:43

ANo.11

>「1919年5月29日の皆既日食の日に、太陽の陰に隠れて見えないはずの金星が、太陽の引力で光
>が”曲げ”られ、アインシュタインの予言通りに実際に観測され大騒ぎになった」
もし、この情報を新聞や一般雑誌で得たのであるならばそれを書いた記者はよくわかっていないのだと思います。

コンピューター関連や自動車関連の新聞記事でも「それはちょっと違うだろ!」と言う記事が時々あります。
そういうのを「正しい情報」と勘違いして読んでいる読者が多いので「都市伝説」みたいになるから困るんですよね…

最近の新聞や雑誌(テレビも含みますが)は記者の質が「一般人よりは微妙にマシ」程度に落ちてしまったのでその筋に詳しい人にとっては新聞や報道番組も「娯楽」でしかありません(笑)

投稿日時 - 2010-09-13 07:00:46

お礼

ご回答ありがとうございます。

一応、各種メディアの情報は回答者様のおっしゃる通り、「都市伝説」も含まれると想定し、同一内容について複数の出所を確認するようにしています。

投稿日時 - 2010-09-13 22:10:26

ANo.10

本題とは違う話なんだけど, 単純に「レンズで光を分けることができるか」という質問だと「できる」という答え方ができますな. まあ光学レンズに限定だし, 「光」の解釈がポイントになるわけだが.

投稿日時 - 2010-09-12 22:32:24

補足

いつもご回答ありがとうございます。

単純に光学レンズ限定なら「できる」でもいいようにも思います。
できれば、「集める」と正確に表現してほしいですが。

投稿日時 - 2010-09-13 21:57:30

ANo.9

No.3です。

>「1919年5月29日の皆既日食の日に、太陽の陰に隠れて見えないはずの金星が、太陽の引力で光が”曲げ”られ、アインシュタインの予言通りに実際に観測され大騒ぎになった」

とイラストで感じるところでは、まずイラスト上に“太陽”が描かれていないことがネックです。
この場合、アインシュタインは「太陽に隠れて見えないはずの金星が見える。これは重力レンズが他の方向に向かうはずの光を捻じ曲げて地球に向けているからである」と言ったわけで、金星が2つ見えると言ったわけではありません。

さらに、肉眼で見える金星は単なる瞬く光点くらいにしか見えません。直視したものと、重力レンズに捻じ曲げられたもの2つの光がよほどかけ離れたところに到着しない限り、はっきり複数の光にみえる可能性は低いものと思われます。その点に関しては光の発生点(金星の位置)観測点、重力偏向の数値など難しい数式が必要になると思いますので、私にはお手上げです。

但し、諸々の条件が揃えば、重力レンズの効果で1つの天体を2つと誤認するような場合や、事実とは全く違う位置として観測している場合などは多々有ると思われます。逆にそれらの観測結果から重力レンズという概念が発想されたものとも考えられます。


本当に宇宙と言うのはおもしろいですね。



書きたい事ばかり書いてしまいました。

>これらの「分かれた光」を「集めない限り」、同一天体を複数として観測することは「不可能」なのです。

レンズとは文字通り光を集めるものです。(注:この場合想定されているのが凸レンズなので)
ただし、この場合の重力レンズは複数(量は不明)の光を集め、地球の観測者が観測できる方向に“捻じ曲げている”事が重要です。集められた光が観測者から見えない方向に放たれていれば何の意味も無いものなので、、、


>物理法則はその事象の、規模、位置、時間で変化しない不変的なものです。

観察者の位置は不変ではないので揺らぎは出ます。マラソンにおいて1位の選手がゴールした後にゴール地点を移動すれば、ゴールした事実は不変でも、場合によっては走行距離も変わります。また、観客(第3者)から見れば、1位のゴールとそれ以外の者のゴールが違う事は明白な事実となります。


>レンズで光が”分け”られことがあり得るのでしょうか。

有ります。“凹レンズによる偏光”は光を拡散、すなわち分けることになります。今回の事象には全く関係ない事ではありますが・・・


事象にとって重要なのはそこに観測者がいると言う事です。何が起こっていてもそこにそれが起こっている事を認識する者が居なければ無いのと同じです。逆に観測した事から起こった事自体や、その原因を類推する事も科学です(当然検証が必要です)。科学もまたおもしろいものですね。あ、哲学的反証もまた面白いです。

投稿日時 - 2010-09-12 17:46:47

補足

ご回答ありがとうございます。

>重力レンズという概念が発想されたものとも考えられます
重力レンズは「ある」と考えています。

>“凹レンズによる偏光”は光を拡散、すなわち分けることになります。
凹レンズでも1つの入射角の光を”曲げ”られるだけで”分け”ることはできないのでは?

>事象にとって重要なのはそこに観測者がいると言う事です。
>何が起こっていてもそこにそれが起こっている事を認識する者が居なければ無いのと同じです。
はい。おっしゃる通りです。異論はございません。

投稿日時 - 2010-09-13 22:22:54

ANo.8

>でも、一般的には「レンズで分けられた」と、あり得ない説明がまことしやかに教えられています。

 その「あり得ない説明」の原典をいくつか挙げてみてください。

投稿日時 - 2010-09-12 16:59:18

補足

ANo.5の補足を参照願います。

投稿日時 - 2010-09-13 22:31:53

ANo.7

補足をいただいたので回答します。

光は分けられていない、誤解が生じる表現だ、とのことだと思いますが。

「同一天体が重力レンズで”分け”られ複数に観測される」

この文は特に問題のある表現ではありません。

ここで分けられているのは「観測上の天体」、つまり見かけのことです。
本来一つだったものが二つに見えることを「レンズで分けられた」と表現しています。

見かけだけであれば、実際に1つが2つになるのを「分ける」と表現するのは、妥当です。

もう少し大きく切り出すと明らかに説明がおかしいのかも知れませんが、
この質問に含まれている部分だけだとこのようなことで十分説明できると思います。

投稿日時 - 2010-09-12 12:36:22

補足

ご回答ありがとうございます。

文学的にならOKだと思います。
物理学的にはNGだと思います。

投稿日時 - 2010-09-13 22:26:16

ANo.6

金星が座標上ぎりぎり太陽の影の場合、光が曲げられて金星が見える、この場合は像は一つです。

そして被観測の天体の真正面に左右上下対称(シンメトリックな)のブラックホールが存在すれば、
後ろの天体の像はリングになります

手前のブラックホールの重力場がいびつなカッコウしていればリングにならずにところどころ
光のパスがなくなり リングが切れて複数の像になるでしょう

また複数の重力場の中心があるかも知れません。今場合互いに干渉していびつなレンズになる。
そして見える像から重力場を精密に計算すれば手前のブラックホールの形が推定できるでしょう。

ですから重力レンズのいびつ性や対象物の大きさによって
1つの像が別の場所に見えたり
リングに見えたり
複数に見えたり
この現象は互いに矛盾しません

>「同一天体が重力レンズで”分け”られ複数に観測される」と説明されています
この写真は見ましたが
この場合はたまたま複数の光のパスが出来るようないびつな重力場の形になっていたと思われます
重力場が同心円を描いていたときは三日月型やリングの像が考えられます

>「同一天体が重力レンズで”分け”られ複数に観測される」
少なくともこの文章は定理のように書かれていますので、説明不足な文章だと云えます
これを云うには宇宙の重力場は必ず複数の光路パスを構成するものしかないと証明しなければ行けません
ちょっと科学的でない文章ですね

投稿日時 - 2010-09-12 10:34:30

ANo.5

まずですね、その「分けられた」と表現している文献を提示すべきだとおもいます
そして、物理的な意味合いではなく見かけ上の表現をごっちゃにされてるように思われます
本来1個の物体が二つに見えたとき、それを「分かれている」と表現することは問題ないと思いますが?
特殊相対性理論を一から、算数しか学んでない小学生に説明して
あれは見かけ上二つに見えるけど、別の経路をたどってとどいた光なのですと説明しますか?
別の場所に見える星同士が本来は一つの同じ星だとしたら、それは「分かれて」『見えている』でしょ?
文学的表現と物理現象をごっちゃにしているのではないでしょうか?

あと、物理法則が不変ってことはどこで証明されたのでしょうか?
宇宙がどうやって生まれたかは存じませんが、その誕生からいままで物理定数が変化してないのですか?
宇宙のどのような場所でも同じですか?
それこそシュヴァルツシルト半径の内側でも
断定する以上はその根拠を示す必要があるとおもいます
定義と理論と学説とをごっちゃにしてませんか?

投稿日時 - 2010-09-12 09:39:27

補足

ご回答ありがとうございます。

>その「分けられた」と表現している文献を提示すべきだとおもいます
そうですね。

以下URLの2番目の図。本件金星観測と同一ケース。図解は「分けられたイメージを」表示。
http://windom.phys.hirosaki-u.ac.jp/monthly/shock/theory.html

以下URLの1)「重力中心により複数に分かれて観測される重力レンズ現象」と記述。
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/publications/news/no04_00/

以下URLの見出し「発見の影にサーベイあり」の下「1つの天体の像が歪んだり複数に分離して見える重力レンズ現象」と記述。
http://www.astroarts.jp/hoshinavi/magazine/sdss/pdf/article.pdf



>本来1個の物体が二つに見えたとき、それを「分かれている」と表現することは問題ないと思いますが?
「集められている」と表現することも問題ないと思いますが?
嘘を教え込むよりいいと思います。

>文学的表現と物理現象をごっちゃにしているのではないでしょうか?
ごっちゃにしているのは、私ではなく「文献の説明」です。
そして「分かれている」と文学的表現をするこにより、ごっちゃにしようとしているのは「回答者様ご自身」です。

>あと、物理法則が不変ってことはどこで証明されたのでしょうか?
物理法則が不変でないってどこで証明されたのでしょうか?
証明しても、しなくても、物理法則が常に正しいんですよ。

投稿日時 - 2010-09-13 22:04:20

ANo.4

部屋の中にあなたを見る「観測者」がいるとします。
あなたの存在を示す光は四方八方へ飛んでいるので、観測者がどこへ移動しても、
物陰に隠れない限り貴方はどの方向からでも、観測者が貴方の方をみれば「観測」可能です。
当然すぎて説明が疲れますね。

さて。
部屋の片隅に鏡を立てておきます。
これで貴方の存在を示す光には鏡により「直進しないケース」が発生します。
これにより、観測者の立つ位置によっては貴方から直進してきた光と
鏡を反射して「迂回経路を通ってきた」光とのふたつにより「複数に観測される」ことになります。
これも当然ですよね。

そこで。
この「部屋」を「宇宙」に。
「鏡」を「重力レンズ」に。
「貴方」を「遠方の天体」に。
置き換えて考えてみてください。
それが答えです。

そもそもの間違いは一番最初の問題の定義。
「重力レンズが光を分ける」のではなく、
「光はそもそも放射状に分かれて飛んでおり、
単純に直進すれば同じ観測点に届くはずのない光が重力レンズにより曲げられ
同じ観測点に届く」
ということです。
当然位置関係の条件がシビアになりますから、この条件で二重に観測できる天体は限られてきますが・・・。

重力レンズが理屈の通用しない変なものだと思っているんですか?
単純な天体観測においては現在のところ鏡やガラスレンズと同じ「光を歪曲させる存在」でしかありませんよ。

投稿日時 - 2010-09-11 23:03:13

補足

ご回答ありがとうございます。

>そもそもの間違いは一番最初の問題の定義。
>「重力レンズが光を分ける」のではなく、
ですから、「重力レンズで光が分けられるなんてあり得るの?」と質問しています。

>重力レンズが理屈の通用しない変なものだと思っているんですか?
そんなことは思っていませんよ。だからわざわざ
「物理法則はその事象の、規模、位置、時間で変化しない不変的なものです」と書いたのです。

>天体観測においては現在のところ鏡やガラスレンズと同じ「光を歪曲させる存在」でしかありませんよ。
当然、そう理解しています。だから本件の質問をしているのです。

投稿日時 - 2010-09-12 08:26:37

ANo.3

専門知識を持ち合わせないので難しい事は分りませんが、この場合を卑近な現象にあてはめると、重力レンズは死角を見るために設置された鏡のような物と考えれば良いのでは?

本来太陽に隠れて見えないはずの金星が、あさっての方向に反射した光が捻じ曲げられる事で地球から見えた。
したがってこの時に観測された金星は本来地球人が観測するはずよりもほんの少し過去の金星であり、見えた見えないという事よりも、金星観測という狭い事象についてだけとはいえ、意識しないまま観測者はタイムスリップしていたという事の方が重要なのではないかと思います(笑)

投稿日時 - 2010-09-11 23:02:02

補足

ご回答ありがとうございます。

>重力レンズは死角を見るために設置された鏡のような物と考えれば良いのでは?
そう考えたとしても、金星は1つにしか見えません。
「分けられていない」のですが、「分け」られると説明する必要はないと思いますが。

投稿日時 - 2010-09-12 08:14:58

ANo.2

レンズは光を分ける必要はありません。もともと光は分かれて様々な方向に飛んでいきます。

それを曲げた結果、元の天体の光がたまたま2方向から到来するという結果になっただけの話では無いでしょうか。

それを表現として、レンズが無ければ1つだったものが、見かけ上2つに「分かれた」と表現しているのだと思います。

実際いびつなガラスレンズを使えば同様のことは実現できると思います。

つまり、レンズの形やもろもろの位置関係によっては曲がるだけでなく、
分かれたりリング状に見えるようになることがある、と言うことです。

投稿日時 - 2010-09-11 22:51:25

補足

ご回答ありがとうございます。

>レンズが無ければ1つだったものが、見かけ上2つに「分かれた」と表現…
「集められた」と表現すればいいだけの話だと思いますが。

>実際いびつなガラスレンズを使えば同様のことは実現できると思います。
>…リング状に見えるようになることがある、と言うことです。
同一光源からの複数の入射角を使えば色んな形の像を複数、結ぶことが可能ですが、いずれにしても光を「分けていない」のですが、わざわざ誤解を招く説明をする必要があるのでしょうか?

投稿日時 - 2010-09-12 08:07:21

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