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アプリオリ

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%AA
>「私はこのことを知っているが、経験を通じて知ったのではない」

ありえないでしょ。こんな事。
知識の遺伝とかいうこと?

投稿日時 - 2010-09-14 18:04:47

QNo.6182342

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

うーーん 俗的な内容ですが、、、


ある人は道路を渡れない。
(エスカレータにいつまでも乗れない人もいますが。。。)

その人はみんなが車が視界に見えるのに、道路を渡れるのか不思議なわけです。

この人の場合、名称は忘れましたが、100メートルほど先に見える車が、次は50メートル先、つぎは10メートル先に見えるわけです。

どういうことかというと、この人は動いているものを動画として捉えることができず、静止画像にしか見えないんです。


つまり? そう 車のスピードがわからないので、どれくらいのスピードで車が近づいてきているのか把握できないので、予測して「今渡れる」「危ないから渡るべきじゃない」と判断がつかないんです。


紙芝居みたいに、(一枚めくるたびに)、静止している車の位置が違う。
動いているという状態を認識できないんです。


その静止画像でしか動くものも認識できないその人は、子供にいつ道路を渡ればいいか教えることはできません。

「おかあさん 渡ろうよ 車はまだ遠くにいるから」って子供が言って、「わからないわよ 轢かれるかもしれないじゃない」とお母さんはなり、子供は「大丈夫だってば」と母親の手をひっぱり渡ろうとする。

「どうして大丈夫だってわかるのよ? まだ渡ってもいないのに、(この道路を渡ることをしていないのに)」となり、子供は「うーーーーーーーん まだ渡ってなくても僕知っているんだよ 安全だって。僕のことを信じてついてきて」と言うしかない。

で、すったもんだやっていて「今渡っちゃだめ」と子供が言う。
「ほらね 車が目に前にいるでしょ だから渡っては駄目って言ったのよ」とおかあさん・・・・。

子供は「やれやれ おかあさんがダダこねている間に車来ちゃったよ・・・ 疲れるなぁ」と思うわけです。

投稿日時 - 2010-09-15 08:30:36

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回答(4)

ANo.4

海亀の子ですらたまごから孵化するやいなや砂の中から這い出し海を目指すのですね。
生まれたての亀の子ですら経験知があるはずはないですね。でも亀の子供ですら経験知に依存せずにすでに知っていることがあるのですから人間の子供はもっとたくさんのことを知っているはずですね。
遺伝は肉体だけですね。知識が遺伝するのであれば賢い親に馬鹿な子供ができるはずもないですし、その逆もまたしかりですね。でも世の中、賢い親に馬鹿な子供、馬鹿な親に賢い子供も割りに多いですよね。
つまり、生き物は全て生まれる以前に持っている知識があるということでしょうね。

投稿日時 - 2010-09-15 12:05:12

ANo.3

 es355td さん、先のQNo.6181840でも皆さんいいご回答ですね。(es355td さんのご質問だったのかな)

 カントの場合は、認識する用具としての先験的カテゴリーでしょうから、知識内容や結果ではありませんよね。
 遺伝というのはこれも経験界、事物の世界の出来事でして。
 このアプリオリはこういう事物界に存在するものではないと存じますが。形式、方式というようなものではないでしょうか?仕方とか。
 

投稿日時 - 2010-09-15 11:09:11

ANo.1

えすさん。こんばんわ。

回答は、できないんですが、
少しだけ補足要求です。


えすさんは、
「わたし」が(他の誰かぢゃなくて)
「わたし」である、ということを、
なぜ、端的に、知っているのですか。


えすさんは、
「今」が(明日とか昨日とかぢゃなくて)
「今」である、ということを、
なぜ、端的に、知っているのですか。

投稿日時 - 2010-09-14 21:36:15

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