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解決済みの質問

哲学者は何故、世襲しないのか?

哲学者は何故、世襲しないのか?

世の中には職業(?)で、世襲する者が少なくない。
医者一族、教師一族、などよく聞く。

親族の多くが学者と言う、学者一族といのも聞く。
例えば、国語学者の金田一京助の子供の金田一春彦氏が知られている。

一方、哲学者の子供が哲学者であるというのは聞いたことがない。

哲学者の著書を読むと、自らの経歴を語っている部分に出会うが、そこには、哲学とまったく関係のない家庭で育ったことが書かれているのが自分の記憶に残っている。
(もちろん、自分の勉強不足はあるが、例外を知らない。)

哲学者は、(他の学問の学者と異なり)世襲しない傾向が強いのか?
考えるということと、覚えるということが根本的に違うという事を示している例なのか?
それだけで、説明できるのか?

皆さんの意見とそう思う根拠を聞かせてください。

投稿日時 - 2010-09-20 21:45:43

QNo.6196229

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

単に確率の問題だと思います。まず、

仮定1:哲学者はつくるものではなく、生まれるものだ。

これは、哲学者を数学者に直せば、アンリ・ポアンカレが言ったことです。つまり、実際に職業としてなるかは別として、哲学者としての性質は先天的なものである。したがって教育によって哲学者をつくることはできない。ということです。つぎに、

仮定2:哲学者が生まれる確率は遺伝に(ほとんど)影響されない。

これについては理論的な裏付けがあるわけではありませんが、身体的な形質は遺伝しても、神経のはたらきのようなものは、それを発現する因子が存在するわけではなく、多数の因子が複雑に絡み合って生まれるのではないでしょうか。そうすれば確率に支配されることになると思います。

仮定1、2を認めれば哲学者は世襲しない、というよりできないということが結論できるのではないでしょうか?

ちなみに、仮定2の反例になるか分かりませんが、ベルヌーイ家は17世紀から18世紀にかけて少なくとも8人の数学者を輩出しました。しかしこれはかなり特異な事例だと思いますが。このことから遺伝の影響には程度のばらつきがあっても、ほとんどの場合、実質無視できると考えたほうがいいのかな。

投稿日時 - 2010-09-22 02:35:36

お礼

 
回答ありがとうございます。

主張には根拠を添付。

質問でも書き、他の回答者のお礼でお何度も書きました。
それでも、根拠を添付しないで、主張だけを行う回答者が多く、困惑していました。

agoraphobiさんは、その点、主張の根拠を書いてくれているので嬉しいです。

根拠がないと、その主張の妥当性が検証できないからですからね・・・・・

と言うわけで、根拠を検証すると、
>仮定1:哲学者はつくるものではなく、生まれるものだ。

この、仮説は十分に納得できますね。自分が哲学に興味を持った原因を考えても・・・

ただ、これは、同じ条件の下なら、哲学者はランダムに生まれるという事を言っているのであって、親が哲学者である場合の検証が十分になされていないと感じます。

親が哲学者の場合は、同じ条件の下・・という前提が崩れるので、この仮説をそのまま採用できない気がします。
個人的には、親が哲学者の場合、子供は哲学者になりにくい作用が働くと思っています。

根拠の一つは、自分が哲学者の子供だった場合を想像したら、心の中に生じる違和感のようなものです。
子供の知的成熟度では、哲学者の存在意義を理解できないと思いますよ。
それは、ぼんやりとした、反発心を生むかもしれませんしね・・

二つ目は、人生の蹉跌、失敗という点ですね。

自分の場合、哲学に興味を持ったきっかけは、家庭の問題、自分の人生の失敗の繰り返しにあります。

哲学は、人生を俯瞰して見ることのできる、知力を養う事が出来る気がします。
だから、哲学者は、子供の失敗も俯瞰して見ることができ、大局的な行動ができると思います。
表面的な、常識的な、善悪論にとらわれずに・・・・・
そうなると子供は、失敗から、迷い、悩み、人生を根本的に考えるというきっかけを持てない気がします。

以上二点により、哲学者の子供には、哲学者になりくい作用力が働く。
(確率の問題ではない)
と考えます。

また、書き込んで頂くと嬉しいです。
 

 

投稿日時 - 2010-09-22 05:56:41

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回答(26)

ANo.26


別にその職を目指す時にまず一流になってからその職に就かなければならないというようなことは書いてないと思ったが...

たとえば患者は海のものとも山のものともつかないようなもぐりの医者にかかりたくないって思うだろう
同じようにたとえば大学の哲学科等で職業として哲学を教えたいと思うなら
募集している学校に応募してまず必要な関門を通過しある一定のレベルを超えていると認められたものが公にその職に就ける条件になっているというのが社会の認識になっているのではないか?

でよろしいか?

投稿日時 - 2010-09-22 09:50:54

お礼

 
>質問スレッドの趣旨と、ここの回答の趣旨の関係がよく分かりません・・・
と、前回書きました。

哲学者は何故世襲しないのか?という問いと、回答者さんの言っている関係が分かりません。
社会の認識が障害になっているという事を言いたいのですか?

質問に対し、どう答えているかが、よく分からない問う事です。
 

投稿日時 - 2010-09-22 10:17:18

ANo.25

いやー失礼。文面からみていると若さが迸っているもんで、本当にお若い方かと思ちゃった。

>私は、哲学が分かっているとは思っていません。だからこそ、哲学とは何か?と問われたら、主観を述べることは危険だと思い、、、

あんたとあたしが噛み合ないのは、こんなところにあるんだね。私が研究生活で何か分からないことにぶち当たったら、私は皆の言うことを無視して、先ずは主観から入って行くんだよ。一先ず決めつけちゃうんだね。あたしの拙い経験によると、大抵の場合、皆の言っていることの反対が正しいちゅうことを、これでもかこれでもかと思い知らされて来たからね。だから、自分の主観でどこまで行けるかトコトンやって見るんだね。勿論それでうまく行くときもある、また、外れることもある。外れたときは、常識的な所に落ち着いて、わざわざあたしが言わなくても、どこにでも書いてあるようなことを言うようになるんで、まあ、あたしの存在は皆に取ってどうでも良くなっちゃうんだよね。でも、当たったときは、面白いって皆に喜ばれるんだよ。皆に喜んでもらったときって、嬉しくなちゃうね。あたしもやっぱ、社会的な動物の仲間なんだね。そんなのは、あんたと違うあたしの実践哲学なんかね。

投稿日時 - 2010-09-22 08:27:12

お礼

 
それは、哲学ではなく、ポリシーという方がいいかな、と思います。
 

投稿日時 - 2010-09-23 12:16:43

ANo.24

>実際、医者一族、学者一族というのもあるわけで・・・

そうだねぇ
君の気持ちはよくわかったけど
ただそれぞれその職に就くための一定の関門はあるよね
同じように大学とかの哲学科で教えたいならそれなりの関門は通らないとね

たとえば患者は海のものとも山のものともつかないようなへぼ医者にかかりたくないって思うだろうさ


´

投稿日時 - 2010-09-22 07:44:16

お礼

 
要は、一流になるのは大変だと言いたいのですか?
質問スレッドの趣旨と、ここの回答の趣旨の関係がよく分かりません・・・
 

投稿日時 - 2010-09-22 08:06:44

ANo.23

>哲学は実践の学ではありません。それは、自分で哲学と陽明学が違うと言っている事と同じではありませんか?矛盾していませんか?

ふーん。アンタは、哲学って何だか知ってんのか。昔読んだ哲学の本に「哲学とは、それが何をやっているのか分かるようになった時に分かる学問である」って書いてあった。その後、私は物理屋になってずっと研究生活をしてきたが、ウン十年経って最近になってやっと「物理学とは、それが何をやっているのか分かるようになった時に分かる学問である」ってことが分かるようになって来たと思う。きっと他の学問も同じなんだろうね。物理学っていう所を辞書で引いても、私が理解出来るようになったことのほんのさわりの上っ面きり書いてないもんね。そんなこと当たり前で、辞書で分ちゃったら学問する奴いなくなちゃうよね。やっぱ、理屈じゃなくて経験しなきゃ分かんないのが学問ちゅうもんじゃないんかな。学問て、先人達の経験して来たことを追体験して、その経験を肥やしにして、先人達の経験したことのないことを経験してみる、そんなことやってんだよね。理屈じゃなくて体験だ。

あたしゃ、陽明学は立派な哲学だと思っている。お若いの、その志や善し。悩み、考え、経験して、己を知ったり、耳従ったり出来るようになると良いね。

フレーフレーkunobou、フレーフレーkunobou!

投稿日時 - 2010-09-22 07:10:00

補足

 
>フレーフレーkunobou、フレーフレーkunobou!

ありがとうございます。
 

投稿日時 - 2010-09-22 08:07:59

お礼

 
私は、哲学が分かっているとは思っていません。
だからこそ、哲学とは何か?と問われたら、主観を述べることは危険だと思い、辞書の説明を採用しているのです。

>あたしゃ、陽明学は立派な哲学だと思っている。

ここは、一方的に主観を述べる場所なのでしょうか?
何度も言いますが、根拠を述べないと、検証できません。
主張と根拠は、セットだと思います。

>お若いの

私の年齢をいくつぐらいだと思っていますか?
(結構、おじさんですよ・・・)
 

投稿日時 - 2010-09-22 07:28:05

ANo.22

ただ外部条件によって本人がやりたい仕事に就けるとは限らない

だけ
あ~あ
くだらねぇ質問だったなぁ....


´

投稿日時 - 2010-09-22 06:30:09

補足

 
実際、医者一族、学者一族というのもあるわけで・・・
 

投稿日時 - 2010-09-22 07:05:22

お礼

 
やりたい仕事に就けるとは限りませんが、やりたい意思があるなら
その意思が強いなら強いほど、やりたい仕事につける可能性が高まると思いますよ。

そう、思いませんか?
 

投稿日時 - 2010-09-22 06:45:05

ANo.21

くだらないクイズをやりたかったんだ...

哲学カテで頭の程度が知れる

ばか

だよね?




                                        ´

投稿日時 - 2010-09-22 06:16:50

ANo.20

哲学者は何故世襲しないか?

やりたいことをやれる職業の自由が認められているから


´

投稿日時 - 2010-09-22 06:12:25

お礼

 
それなら、世襲する自由もあるわけで・・・
 

投稿日時 - 2010-09-22 06:35:01

ANo.19

もしかして学問の府で哲学者という職業の人が哲学者だと思ってる

とか
こりゃいいや
かみ合わないはずだ

それなら先生は何故世襲にならないのかって質問と同じ質になるな
先生やりたい人は先生やる
大学かどっかで哲学者先生になりたい人は大学のどっかで世襲的に哲学者先生をやってるんだろう

投稿日時 - 2010-09-22 06:09:02

お礼

 
>もしかして学問の府で哲学者という職業の人が哲学者だと思ってる

この想像を前提として、論を進めるのは、どうなんでしょうか?
 

投稿日時 - 2010-09-22 06:32:48

ANo.18

哲学者が何をする職業なのか明確でない時に
それが世襲になるかどうかを論ずることができるだろうか?

投稿日時 - 2010-09-22 05:42:01

お礼

 
そう思うなら、
哲学者とはこういうもの
職業とはこういうもの

とagripapaさん自身で定義し、それから論ずればいいのではないですか?
 

投稿日時 - 2010-09-22 06:28:27

ANo.17

ふ~ん
それじゃ
哲学者って何をする人なの?

職業って何ですか?

投稿日時 - 2010-09-22 05:24:19

お礼

それは、辞書を引けばいいのではないのですか?
 

投稿日時 - 2010-09-22 06:24:28

ANo.16

同じように数学者や物理学者は哲学することがないと思いますか?
商人は哲学することがないと思いますか?
農人は哲学することがないと思いますか?
国語学者は哲学することがないと思いますか?

哲学とは何だと思いますか?

投稿日時 - 2010-09-22 04:40:44

お礼

 
何を怒っているのか分かりませんが、このスレッドの趣旨を理解ください。

哲学とは何か、哲学者以外の人間は哲学をしないか?

を、詰める、スレッドではありません。
これは、これで、考えたら、大きいテーマなので、詰めたいなら独自にスレッドを立ち上げください。
このスレッドの問いの解に近づく方向で回答いただかないと、私としては積極的にコメントできないです。

因みに、哲学とは何かは、他の回答者の質問に答えて、述べています。(2回も・・)
 

投稿日時 - 2010-09-22 04:56:50

ANo.15

>経済的な問題が原因だとを主に上げていますが、自分はそうではないと思っています
>もうけを度外視して、患者を助ける貧乏医者の子供が父を尊敬して、医者になった例を知っています

君はこういう生き方に対して哲学的なものを感じたということではなかったんだ...
逆質問で恐縮ですが
たとえば
医者は哲学することがないと思っていますか?
医者がする哲学とはどんなものであればいいと思っていますか?
そしてもう一度
君の知っているその医者親子のどんなところが哲学的だと思いますか?

´

投稿日時 - 2010-09-22 04:27:19

お礼

 
哲学的だとは思いません。
愛情が深い親子だと思いました。

哲学とは何か、これは、過去に回答しています。
これを参照し、医者親子が哲学的かどうか考えてもらって、再度書き込んで頂くと嬉しいです。
 

投稿日時 - 2010-09-22 05:01:37

ANo.13

哲学は自分自身の中に真理を見出す学問ではないかしら。
自分が見出したものを人に説明することは出来るけれど、主観的に見出したそれを大抵の人は理解できない。
それは実の子でも同じこと。
ソクラテスが見出したものを本当に理解したいなら自分自身の中でそれを見出す必要があるのかしらと。
それはソクラテスと同じ土俵に立つという事ですかね。
これはやろうと思って出来ることではないと思う。
だから厳密に言うと教えることが出来ない学問なので世襲が出来ないのでは。

それと、そもそも哲学者って家庭を持ちたがるでしょうか?

投稿日時 - 2010-09-21 23:34:46

お礼

 
回答ありがとうございます。

>哲学は自分自身の中に真理を見出す学問ではないかしら。
哲学が何かは、他の方の回答のお礼の欄に書きました。参照していただくと嬉しいです。
(回答番号:No5)

>自分が見出したものを人に説明することは出来るけれど、主観的に見出したそれを大抵の人は理解できない。
哲学は、徹底的に主観を排除し、客観的にある事柄を追求しようとするものだと思います。
理解できないのは、主観的だからではなく、徹底的に客観的に考えることの困難さに起因するものと考えています。

>だから厳密に言うと教えることが出来ない学問なので世襲が出来ないのでは。
すみません。
ここの所は面白いと感じるので、突き詰めて考えます。
とりあえず、表面的な解釈でコメントすると・・・
厳密に教えることができないから、世襲できないという理屈にはならないと思います。
教えられた子供が、分からないけれど、面白いと感じれば、同じ道に進むでしょう。
教えることができても、子供が興味を持たなければ、世襲しないでしょう。

>それと、そもそも哲学者って家庭を持ちたがるでしょうか?
これも、とても面白いテーマだと思います。
質問のスレッドとして取り上げたいくらいです。
難しい・・・これこそ本当に保留です。

真面目に回答していただいた印象を受け、とてもうれしかったです。
 

投稿日時 - 2010-09-22 00:54:52

ANo.12

そんな大風呂敷な...

そんなことまでしなければ哲学と言えないって思ってるってところが何も知らないんだなってぐらいなもので
点は時空の至る所にあり
日常の些事にも宇宙はあり

mmicroでmacroな宇宙なのさ

投稿日時 - 2010-09-21 23:19:58

ANo.11

陽明学って実戦の学なんじゃ。アンタの引いた辞書は底が浅い。大塩平八郎が何で死んだか考えてみい。

投稿日時 - 2010-09-21 22:53:03

お礼

 
言いたいことが伝わっていないようなので、繰り返しますが、
主張するなら、根拠を示して、私以外の第三者をも説得しないといけないと言っているのです。

ここは、私とcyototuさんだけの場ではありません。
公の場です。第三者がcyototuさんの意見をどう見ているか、意識していますか?

>陽明学って実戦の学なんじゃ。

哲学は実践の学ではありません。
それは、自分で哲学と陽明学が違うと言っている事と同じではありませんか?
矛盾していませんか?
 

投稿日時 - 2010-09-22 00:19:36

ANo.10

お若いの、アンタまだ哲学を語れるような経験をなさっておらんようじゃの。

投稿日時 - 2010-09-21 22:41:07

お礼

 
哲学は、経験を得ないと語れないのでしょうか?

哲学しているとは、決して言いません。
しかし、哲学しようとしているとは言えます。

何度も繰り返しますが、根拠から結論を導く方法で、主張をしようと心がけています。
この方法は、哲学の推考法の一つの帰納法だと理解しています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B0%E7%B4%8D

cyototuさんは、主張に根拠を添付していますか?
帰納法や演繹法で主張しようとしていますか?

哲学的方法で思考していると言えますか?
 

投稿日時 - 2010-09-22 00:33:23

ほっ?
自覚症状もある通り自己チュウだねぇ

ただで一から十まで聞こうってぇの?
回答はしてあげてやってもいいけど詳細説明の義務まで持たないんだよね

投稿日時 - 2010-09-21 22:04:40

お礼

 
>回答はしてあげてやってもいいけど詳細説明の義務まで持たないんだよね。

第三者の気持ちも考えない。
主張の基本も、無視する。
自分のやりたいようにやる。

そう言うのを、自己チュウと言います。
 

投稿日時 - 2010-09-21 22:11:09

一連の回答について思い当たることがないことに対しては
自分のものとして請け負わないこととしてくださいな。

ということで
日本においては哲学は世襲されてきたと言えます


´

投稿日時 - 2010-09-21 21:10:46

お礼

 
>日本においては哲学は世襲されてきたと言えます

何度も繰り返してイヤになりますが・・・

主張には、根拠を添付するが、基本です。
哲学が世襲されているという、根拠を示してください。

それがないと、言っている事が妥当なのか、単なる思いつきなのか、思いこみなのか、妄想なのか、分かりません。
どのような根拠を添付するかで、主張の妥当性の程度が検証されると思うのです。


>一連の回答について思い当たることがないことに対しては
自分のものとして請け負わないこととしてくださいな。

まぎらわしい、書き込みは遠慮ください。
第三者も見ています。
第三者も惑わしている事になると思います。
 
 

投稿日時 - 2010-09-21 21:24:35

大袈裟な
仏道は生活の中にあり
日常生活そして
仕事にブディズムの実践を見たという
だってさ

鈴木正三の本をある人に紹介して読んだらどうだと言ってた人が
面白いこと言うんだなぁ
論語読みの論語知らずって類ですかね

やっぱ猪は恥晒しながらも一直線だわ

投稿日時 - 2010-09-21 20:46:04

お礼

 
申し訳ないのですが、何を言いたいのかよく分かりません。
これは、第三者も見ています。
第三者にもわかるように説明するのがマナーだと思いますが・・・

>鈴木正三の本をある人に紹介して読んだらどうだと言ってた人が
>面白いこと言うんだなぁ

それは、私の事ですか?
どこで、そんな事を言っていますか?
 

投稿日時 - 2010-09-21 21:09:31

 ふ~~ん
 哲学ってそんなに高尚なものってとらえてるんだ...

                                 
                             

                                  ´

投稿日時 - 2010-09-21 20:30:38

お礼

 
辞書を引くと、哲学について、以下に説明されています。(広辞苑)

物事を根本原理から統一的に把握・理解しようとする学問。

それは、妥当な説明かと思います。
哲学は、そう言う学問だと思います。
 

投稿日時 - 2010-09-21 21:04:25

ANo.5

陽明学が哲学ではない? ふーん、で、貴方にとって哲学って何なのだ?
まさか、西洋人の頭で考えることが学問であって、東洋人の考えることは学問じゃないなんて言っている訳ではないと思えるんだが、日本語を話し日本語で考える貴方が、そこまで自分が日本人であることを否定しているとは思えんものね。

投稿日時 - 2010-09-21 20:18:06

お礼

 
前回の言っている趣旨を十分に理解されていないようなので再度説明します。
陽明学が哲学であるというなら、そう言う人が、陽明学が哲学であるという、説明責任を負うという事です。

哲学は何かと問われたら、私にとって何かより、まずは、一般的な解釈を採用する立場をとるべきでしょう。
辞書を引くと、哲学について、以下に説明されています。(広辞苑)

物事を根本原理から統一的に把握・理解しようとする学問。
古代ギリシャでは学問一般を意味し、新カント派・論理実証派・現象学など諸科学の基礎づけを目指す学問、生の哲学・実存主義など世界・人生の根本原理を追求する学問・・・・・・・・
と記載されています。

陽明学を同様に引くと、以下のように説明されています。

・明の王陽名が唱えた儒学。
・初め朱子学の性即理説に対して心即理説、後に致良知節、晩年には無善無悪説を唱えた。
・・・・・

儒学について、さらに調べます。辞書を引くと以下のように記載されています。
孔子に始まる中国古来の政治・道徳の学。

分かり安く、概要で比較すると、
哲学は、物事を根本原理から理解しようとする学問
陽明学、儒学は、政治・道徳の学
となるようです。

つまり、異なる学問だと判断します。

>西洋人の頭で考えることが学問であって、東洋人の考えることは学問じゃないなんて言っている訳ではないと思えるんだが

どこから、私が、東洋人の考えることは学問じゃないと言っていると解釈が出来るのですか?

私は、哲学と陽明学が違うとの主張の根拠を説明しました。

今度は、あなたの番です。陽明学が哲学であるというなら、その根拠を提示して説明してください。

根拠のない主張は、主張と言えるんでしょうか?
根拠がないと、何をもって、その主張を検証できるのでしょうか?
 

投稿日時 - 2010-09-21 21:00:07

ANo.4

哲学者は、地位でもなければ、資格でもありませんし、
受け継ぐべき施設もありません。
本人が哲学したいと思えば、哲学者になれます。
無数にある職業の中で、同じ職種を選ぶ確率の低さ
じゃないでしょうか?
他の医者だの、農家だのは、病院だの農地だのがある
から、世襲しやすいけどね。

投稿日時 - 2010-09-21 16:25:04

お礼

 
質問文をよく読んで下さい。
お願いします。

国語学者のように、子供が同じ仕事に就いている例があります。
学者一族というのもよく聞きます。

しかし、哲学者については、親、子が哲学者という例を知りません。

それを、
>同じ職種を選ぶ確率の低さ
と考えていいのですか?
充分考えましたか?

哲学という存在は、子供の頭では、捉えきれないという部分が関与していると思いませんか?
 

投稿日時 - 2010-09-21 16:41:14

ANo.3

哲学って言うと日本人はどうしてか西洋人ばっかり思い浮かべるようですね。日本人も含めてそんなに東洋人て当てになんないんでしょうかね。何かにかぶれてしまったんですかね。私なんか、大塩平八郎を輩出した陽明学なんて哲学の華だと思っているんですがね。

日本の儒学者は代々家で引き継がれ、結構重要な寄与をした人達が同じ家から何代にも渡って輩出していますよ。林や伊藤で調べてご覧なさい。他にももっといる筈です。今は、前政権を罵倒して新政権を宣伝するための明治政府の日本文化卑下政策と、敗戦後のアメリカさんの日本骨抜き政策が功を奏してしまったようですね。西洋ばんざーい。我々東洋人は西洋にならえー、ってんですかね。

昨日か一昨日、日本人(だと思う)の女性の政治家がテレビで日本語の話しの合間にドントかドゥー かなんて、わけの分からない国籍不明語を使っていましたが、「どんと」って、「どんと、どんとどんと、浪乗り越えてー」って民謡のー節だったんじゃないかなー。

投稿日時 - 2010-09-21 10:12:49

お礼

 
質問を勝手に読み替えるのは、問いの本質から遠ざかる悪いパターンだと思います。

>大塩平八郎を輩出した陽明学なんて哲学の華だと思っているんですがね。

陽明学を哲学とするのは、回答者の勝手な解釈です。
自己解釈を述べるのは、結構ですが、そするなら、主張の根拠を述べなければいけないと思います。
陽明学とは何か?
哲学とは何か?
よって、哲学と陽明学は同じと思う。
と言う。(演繹法による)説明をしていただかないと、私も、これを読んでいる第三者も回答者さんの主張が検証できないのです。
ただ、言いたいことを言うのであれば、井戸端会議と同じです。

自分の主張で、私や、第三者を説得できるように、根拠を添える必要があると思います。

投稿日時 - 2010-09-21 16:51:56

ANo.2

まっとうな哲学者や宗教家が少ないのは理由があるからですね。
見かけは同じ人間でも中身を問われるのですね。中身といっても脳学者の言うような脳のことではないですよ。各人が本来持っている心の能力のことなのですね。
心の能力というのはそれを基準に例えば60億の人間を評価すると明らかなピラミッド構造になっているのですね。当然平均値以下が多数をしめるわけですし、心を基準にするとまっとうな哲学者や宗教家はトップのごく一部しかいないわけですね。
そのぐらい少ないのですね。蛙の子は蛙と言うのは平均値前後かそれ以下の話なのですね。
つまり、まっとうな哲学者や宗教家は人類の未来を指し示す仕事ということなのですね。だから間違うとえらいことになるので平均程度ではなれないようになっているのですね。それ故、世襲しないではなく出来ない傾向が強いということでもあるということです。

投稿日時 - 2010-09-21 07:30:40

お礼

 
>つまり、まっとうな哲学者や宗教家は人類の未来を指し示す仕事ということなのですね。

哲学者が未来を指し示すのが仕事という根拠を、示してください。
デカルトは、信じられるものは何かと、徹底して疑い。最終的に考えている自分は疑いようがない。
そこで、「我思う、ゆえに我あり」と言いました。
これの、どこが未来を示しているのでしょうか?

それから、宗教家に世襲はありますから・・・・
(世界統一キリスト教団体は、文鮮明の息子が引き継ぐことが確定しているようです。
その事の是非は言いませんが。システム的に可能だと思われます。)
 
 

投稿日時 - 2010-09-21 09:39:10

「哲学者」というのは、特殊な仕事です。哲学者が哲学の著書だけで飯が食えるか、と言えば現実問題それは非常に難しい事です。だから、西田幾多郎氏の様な著名な方でも、他に「地方での講演」や「大学での客員教授」等をしながら収入を得ている状況です。「地方での講演」と言っても、実用的な講演なら聞く気にもなりますが、哲学の講演を進んで聞きたいという人もいないでしょう。やはり収入源は「著作活動」と「大学の客員教授」という2通りしか無いのが現実と思われます。

「哲学」はその人独特の考えにより成り立つ学問です。これを息子さんなりが「踏襲」してしまっては、その時点で「哲学」とは言えなくなります。弟子のいる方もいらっしゃるでしょうが、この人達だって考え方を己れ独自のものにしないと「哲学者」とはなり得ません。

まぁ、現実問題、哲学者当人が「哲学だけで飯は食えん」という事は身に染みて解かっている事でしょうし、しかも考え方を継いでしまっては「哲学」になり得ませんから、それをわざわざ「継げ」という哲学者もいないでしょう。哲学者に世襲が無いのは、そうゆう事が背景にあると思われます。

投稿日時 - 2010-09-20 22:13:16

お礼

 
最初の回答ありがとうございます。

経済的な問題が原因だとを主に上げていますが、自分はそうではないと思っています。
もうけを度外視して、患者を助ける貧乏医者の子供が父を尊敬して、医者になった例を知っています。

経済的な理由では説明できないと思います。

このコメントに、何か言いたいことあれば、またの書き込みお願いします。
 

投稿日時 - 2010-09-21 01:22:46

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