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解決済みの質問

人間と機械の違いってなんですか?

人間と機械が一緒だという考えには、賛成の人と反対の人がいるようですね…。

私は、どちらかというと人間機械論はすんなり受け止められるし、正しいんだろうと思ってきました。
でも、最近反対の人もいるんだと分かったのでもう一度考え直したいなと思っています。

人間と機械との違いとして、反論として聞いた意見(有機物・無機物の違い等ではなく、システムの違い)は…

・人間には芸術がある。
・感情がある
・魂がある

でも、芸術は視覚や聴覚に好ましいパターンがあるだけだと思うし、感情は学習したものとプログラムから引き出されるだけのものだと思います。
魂の存在は、私はあまり信じられません。
こうなると、やっぱり人間と機械は同じと考えてしまいます。

もっと、ほかに何か人間と機械の違いは無いのでしょうか?
何かお考えがある方がいらっしゃれば、教えていただきたいです。

投稿日時 - 2010-12-12 16:36:38

QNo.6379822

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

敏速なご返事ありがとうございます。

ちょっと訂正とおわびを
>>ゆれ × ⇒ゆらぎ ○  >>複雑性 × ⇒複雑系 ○


さて
>ここで質問してみて分かったのですが、人間機械論に否定的な方のほうが多いのですね。少し、驚きました。友達とはこういう話をしないので。
komaas8さんの周りも、否定する方のほうが多いのでしょうか。もしかして、世の中、結構人間機械論なんてマイノリティだったのですかね

多分そうだと思います。人間自身のおろかな自尊心が、自分を単なる機械とみなすことを(なんとなく)拒否するのでしょう。「わしは神が創りたもうた絶品なのだ」というわけです。結局彼らの具体的な理由としては、人間はじめ高等ないきものはみなある種の超能力をもっているから、ということになります。精神力、根性、魂 みなこの種のものだと思いますが、私も完璧に説明できるわけではありません。


確信的無神論者(A)が意外に少ないのはその裏返しなのでしょう。
彼ら(A)は一見傲慢に見えて、実は非常に自分に正直な(真の自尊心を持った)人たちなのだと思います。

ご参考になれば。

投稿日時 - 2010-12-12 21:57:10

お礼

ありがとうございます。

今回、質問を投稿して良かったです。

なんだか、自分がどんな立場にいるのか
みなさん、どんな事を考えていらっしゃるのか

色々な事が見えてきました。

投稿日時 - 2010-12-12 22:12:18

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回答(26)

ANo.26

再現不可能な固有意識の有無

投稿日時 - 2010-12-13 23:42:36

ANo.25

いずれ脳と機械の直接接続ができるようになるでしょうし、肉体がどんどんサイボーグ化されるってのを想像しますね。どんどん機械へ置き換わってゆく自分。

最終的に、肉体はすべて捨てられ、機械の自分が残るってわけです。

自分は脳も含めて肉体が人間であったのか---いやいや、機械の自分こそが人間だと思うでしょう。

しかし、完全に機械化されたときに自分は疑似永遠を手にしますが、その無意味さを知るでしょう。

人間と機械の違いはそこにあります。機械の人間に時間の意味はありません。言い方をかえると人間こそが時間を作っているということでしょうか。

おそらく結論は、 人間は機械に置き換えられるが、時間を消失し人間でなくなる。 です

投稿日時 - 2010-12-13 22:11:12

ANo.24

古代ギリシャの謎々遊びに
河でない河の木でない木に止まっているが止まっていない、鳥でない鳥に男でない男が、石を投げたが投げなかった。というのがあったようです。
答えは、河原の葦にぶら下がっていたコウモリに閻人が石を投げたが、当たらなかった。
ということですが。注目すべきと思った事は。二重思考をしている、二重思考を訓練している。ということでした。脳が神経の集積の意味をもち、左脳右脳に分離しているとは脳の思考回路は二重回路になっているはずなのです。一方の回路が心であるなら、もう一方は心とは逆の心、
心が感情や衝動、また思惑、と一体であるが故に、今、心、が想起している事を意識出来るが
、逆の心、これを知恵と置くと、知恵は、意識する事が出来ないものとなります。
知恵は心が眠っている時に起きる、子供は寝ている間に知恵が育ち、課題を抱えて眠ると、朝には答えが出ている。ということは、常識的に言われていることです。
ご質問の機械、人工頭脳は人間の知恵は同じになれるか、の一つの答えは、二重思考、
心=知恵 心×知恵=1 というプログラムが組めるか。ということになるでしょう。
そして、物理科学は、知恵、と言えるのか。事象×知恵=物理化学 あるいは。事象×哲学=理論物理学、とはなっていない。事象×数学=物理化学 という形態。数学が知恵の代役になっているのです。
数学は知恵か、心が介在しない、という意味からも知恵的ではあるが。数学は現実とは合致
しない、あるいは事象の反面しか見ることが出来ない意味があるのです。
諸行無常、世界は変化する過程として常に今ある。という世界の在り方に、ゼロやマイナスはあり得ない。事象は変化、転化、してゆくものであり。事象×0=0 となることはない。あるとしたら、コンピューターのプログラムぐらいであり。それは元々現実ではない、架空を具現しているからなのです。
1+1=2 というのが、数学の基本になっていますが。
1+1=1 と考えるのが、人間の知恵、と言えるかも知れません。
リンゴ+リンゴ=2個のリンゴ となるでしょうか。
リンゴが勝ってに、集まる、移動する。ことはない。現実には
(リンゴ+リンゴ)×移動=一皿のリンゴ
あるいは
(リンゴ+リンコ)×ミキシング=2個分のリンゴジュース となる
二つのリンゴは(人間が)移動させるという縁により。一皿100円のリンゴとして店頭に置かれた。
というのが。現実の起こり方なのです。そしてこの、移動する、というような変化には、実体がない、実体がない、無、とは、0、ではなく、「×1」の概念なのです、だから
(リンゴ+リンゴ)×1=2個のリンゴ としても。答えは合っている。しかしそれでは事象の半分しか見ていない、考えていないのです。
色即是空、形あるものは実体のないもの(と一体である)の問題なのです。
人間という肉体構造は精神という実体のないもの、と一体である。
人間の脳と人工頭脳、プログラミングの違いと言えるのは、実体のないもの「×1」を数学と一体のコンピューターにはプログラミングする事が出来ないということではないでしょうか。
万物の根元も全体宇宙も、1(いっ)である。とは老子の考え方。
「無を万物の祖に名付け、有を大地の母になづく。
もって無はその檄(能力方向性)を現さんと欲し、有はその嬌(姿形)を誇示せんとす」でったか?
無とは、実体はないが、変化=時間、を起こそうとする、能力方向性であり。
有とは、形あるもの(物=空間)であり。無と有が一体となって、あらゆる事象、が起きている。
有×無=1(いっ、なる単位)
物=変化 物×変化=一つの事象 という事であり
言葉を変えると。空間=時間 空間×時間=1 と言うのが。この世界の在り方である。
(と老子は、私と同じ考え方をしているのです)
気づかれるかどうか、玄奘が、老子を当てはめたのではと考えられる、般若心経の、舎利子以下の
色即是空・・が、老子と全く同じ意味になっているのです。
質問から離れた回答になった?質問の意図が、知恵とは何か、にあるなら。はなれてもいかもしれません。私はわたしの考え方を述べるだけで、非難や賞賛は無視するものです。



 

投稿日時 - 2010-12-13 21:48:14

ANo.23

>とはいえ、人間と区別の付かない人工知能が作られるのは、もっと先だと思っていました。
20年近く前、まだインターネットなどなく「パソコン通信」だった時代に、「人工無能」と呼ばれる会話プログラムがありました。
人間と会話を繰り返すことで知識や語彙を増やし、末期には相手が機械だと気がつかず会話をしていたという事例がめずらしくありませんでした。
そのためローカルルールとして、会話プログラムにはその旨わかるようなマークが付けられることになったのです。
SFで、人間そっくりのロボットにマーキングをするというのと同じことですね。
20年前でこれです。現在も続いていたらどんな代物になっていることやら。

SFでは機械の体になった人が「自分は機械か人間か」で悩むエピソードがいくらでもあります。
つまり、それだけ垣根があやふやということです。

投稿日時 - 2010-12-13 21:40:46

ANo.22

人間と機械が違うか違わないかという問いは、終局的には有神論か汎神論か、の違いということになる。

つまり後者の場合は第一原因へ遡行できないということ。

投稿日時 - 2010-12-13 16:31:05

ANo.21

>もっと、ほかに何か人間と機械の違いは無いのでしょうか?

・制作可能性:人間は機械を作ることができるが、機械は人間を作ることができない。
・多機能性:人間は多機能であるが、機械は(相対的に)単機能である。
・多様性:人間が創出する価値は個体差に依存するが、機会が創出する価値は個体差に依存しない。
・在庫可能性:機械は不稼働時にエネルギーを消費しない(在庫可能)が、人間は休んでいても食わなきゃならない。

最後の原則があるために、長期間を要する宇宙探査旅行などは人間ではなく、機械にやってもらった方が良いのですね。

蛇足ですが、ゾルレンとして上記の制作可能性に対する制約があります。
・第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また危険を看過することによて、人間に危害を及ぼしてはならない。
・第二条 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合はこの限りでは無い。
・第三条 ロボットは前掲第一条、第二条に違反する恐れが無い限り、自己を守らなければならない。

人間が機械を製作する時には上記の三条を満たす機械を製作しなくてはいけません。
しかし、最近は機関銃を備えた自律制御型の無人防衛ロボットなどが開発されており、これは上記のゾルレンに反しており、人間の重大な犯罪ですね。

投稿日時 - 2010-12-13 13:27:35

ANo.20

No.16です。
お礼有難うございます。

>(私は、次のような機械はそのうち出来ると思いますが)
>この場合の機械は、まず初期プログラムを持ち、高度な
>学習装置を持ち、プログラムされたことと学んだ事を生か
>せる機械です。これだけで、機械は人間と同じ頭を持つ
>ということになるだろうと思います。

ここでは「人間と同じ頭」について定義をして頂けなければ
なりません。

人間の頭が単なる情報処理装置と限定するなら
いずれ機械は人に追い付くどころか追い越します。

ところが、人間がまだ判っていない「心」や「生命」に在処
があるとすれば、それは脳を除外視出来ないようです。
そして、「心」や「生命」が脳の思考や脳から出される指令に
影響の有無も勿論判っていない。

従って、人間がまだ判っていない「心」や「生命」に関しては
人は機械にプログラムとして与えられない。恐らく機械も
自身が学習して得られない。しかし、「心」や「生命」という
訳のわからないものが機械に必要かどうかも判らない。

結局、「心」や「生命」が解明されないうちは、人と機械が
同じか否か答は出ませんね。

投稿日時 - 2010-12-13 11:48:23

やはり議論の仕方が難しいですね。
私たちが議論できるということは議論の対象について概念化してるということです。
そして、概念化してるものは機械化できるということでもあります。

しかし、世界は人間が概念化できるものだけで成り立っていません。
科学史を参考にすれば、人類は世界を概念化しつづけると言えますが

概念化し尽くしたと言い切るには、概念化していない部分を把握していないといけません。
結局、概念化していない部分を認識できない人類には無理ですね。

ですから、「いずれ科学的に解明されれば」という言葉は「世界を概念化し尽くことができれば(・・・その確認は不可能だけど・・・)」と同じです。

投稿日時 - 2010-12-13 09:14:22

ANo.18

お早う御座います。

>あなたは感情について、私が述べた以上のシステムを説明出来るのですか?

【システム】
複数の要素が有機的に関係しあい、全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体。
組織。系統。仕組み。
[広辞苑(第六版)]

何やら、難しいですな・・・。
しかし、「有機的」とシッカリ書いてありますよ。
つまり、「システム」って「有機体」に対して使う言葉じゃありませんか?。

質問文には、
>有機物・無機物の違い等ではなく、システムの違いは…

と書かれてあって、最も大きな違いを無視してますよ。
★有機物と無機物は、大きく違う。
★「システム」は、有機的な関係を言う。
この初期の大事な条件を無視するから、
>やっぱり人間と機械は同じと考えてしまいます

こうゆう自己解釈が生まれんじゃないの?。

アナタは、活きて地面を動く「本物の蛇」と、機械仕掛けで動く「ロボット蛇」を、最初から
「同じような動きをするから、同じモノだ」
と見てしまってる訳ですね。

更に、アナタは、「芸術面」にも「精神面」にも関心が無い。
いや、無さそうに「見える」よ。
>芸術は視覚や聴覚に好ましいパターンがあるだけだと思うし

美術・芸術が好きで、その「創造」を考える人間なら、こんな言葉、間違っても口に出しませんよ。
その「好ましいパターン」を作り出す為に、人は四苦八苦するんです。
機械なんて、プログラムされた事以外、何が出来るの?。

>感情は学習したものとプログラムから引き出されるだけ

こう考えておけば、泣いたり笑ったり、怒って切れる人間の説明も「ヒジョー」に解り易くなりますモノねえ・・・。

>どちらかというと人間機械論はすんなり受け止められるし
>魂の存在は、私はあまり信じられません

それは、アナタの勝手で「自己中」って奴です。
アナタ一人が勝手に、そう考えていればいいじゃん。
どちらも、子供の「好き嫌い」と変わりませんな・・・。

投稿日時 - 2010-12-13 06:59:58

ANo.17

たとえば、「手」は人間を構成するものですが、事故で手を
失った人を死んだとは言いません。
生物学や医学では、生体の組織を培養器の中で生かす事が
少なくありませんが、その時、その提供者が亡くなっている
場合、培養しているから生きているとは言いません。
その極限が、脳死している人の生命維持装置を外して息の
根を止めた医者が、殺人罪に問われる事もなければ、それに
同意した家族が殺人教唆罪に問われることもありません。

つまり、人の本質は心=脳にあるのです。
その場合の「脳」は、単なる情報処理機械ではなく、意志や
環境認識など、決定論的メカニズムである機械にすれば
“間違い”の一種である要素が必須です(自己とは別に
外的な存在(有限的性質)があるというのは、“絶対確定化
すると無限不確定化する不確定性原理”や“公理系が完全
ならば無矛盾ではあり得ないとする不完全性定理”において、
人間の認識のように階層現象性を表面的にいい加減に捉える
という不完全な機能において可能になる)。

逆に言えば、「機械」という『存在』自体が、人の認識の中に
派生したものとしてしか可能でなく、たとえば「機械の中にも
心が宿り得る」といった話は、その機械が「機械」ではなく、
人間そっくりになった時にしか可能でなく、ここでの議論の
前提となっている「常識的な機械=マシン」に於ては、成り
立ちません。

投稿日時 - 2010-12-12 23:59:36

ANo.15

機械と生物の間の決定的な違いは、機械に取っては摩擦や拡散などの散逸現象や情報の喪失が障害になっているが、生物ではその反対に、それら散逸現象が根拠で存在が可能になっているところにあります。

機械が理想的に動く環境は、その部品が腐食したり摩滅したりしない環境、すなわち散逸現象が起こらない環境で、そのためには例えば真空中とか、あるいは理想的な潤滑油などが必要となります。また、機械の与えられた機能を最大な状態にしておくためには、部品を錆びさせない工夫をし、また摩滅させないで新品な状態に保つように、出来ることならそれを使わないようにして置くことが一番です。この錆とか摩滅も散逸現象の一種です。従って機械に取っては散逸現象は障害です。だから、機械は長期的には使えば使う程、性能が落ちて来ます。

ところが、生物はその反対に散逸現象がなくては存在できないのです。生物は常に回りの環境から自分を壊そうとする偶然の障害物に晒されている。例えば私が偶然に貴方の肩に打つかったとします。そのとき貴方の肩を構成している分子は運動エネルギーが増加して前より激しく運動します。その新たに得たエネルギーをその分子の運動がずっと保ち続けていたとします。そこへまた誰かが貴方に打つかったとします。それを繰り返して行くうちに、貴方の肩の分子はそこに留まることが出来なくなって仕舞い、遂には貴方はバラバラになってしまいます。ところが巧いことに、この世界には散逸現象があり、その分子の運動エネルギーは分子同士の衝突の結果熱エネルギーに変換して行き、それを体外に放出して運動エネルギーは減衰してくれます。そこで、貴方の肩の分子は打つかったという記憶を、運動のレベルで失ってくれる。だから貴方は存在していられるのです。ところで、記憶が喪失する方向、すなわち散逸の方向は、常に貴方の未来に向う方向ですね。

別な言い方をすると、生物はそのような偶然の障害から身を守り安定に存在するために、この宇宙には時間の向きが過去から未来へと一方方向に流れておりその逆の現象が存在していないことを利用していのです。すなわち、この宇宙は時間の向きの反転に対して対称性が破れていることを利用しているのです。ところがその反対に、機械は散逸がその存在の障害になりますから、この宇宙が時間反転に関して対称的に出来ていることが理想的なのです。

このように、時間の向きと言う概念に関して、機械と生物は完全に反対の原理で動いているのです。

ところで、時間の向きの対称性の破れ、すなわち散逸現象を利用して存在できる構造のことを「散逸構造」と言います。散逸構造が存在できるための条件は現在の物理学で十分に研究されており、それには次の3っの条件が必要であることが解っております。それは、

1)熱平衡状態から十分離れ「非平衡状態」にあること

2)その結果、数学で言う「非線形現象」が決定的な役割を出来るようになっていること

3)この1)と2)を利用して偶然に出来た構造が安定して存続するために、この宇宙に散逸現象が可能になるように、「時間の向きの対称性の破れ」があること

この3つの条件が揃うと、偶然と言う揺らぎを通しながら、物理学の法則に矛盾することなくこの宇宙に散逸構造が「自発的」に現れて来ることが解っております。

さらに非線形現象では、環境の変化に伴って必ずどこかで「不安定」な状況が出現します。そして、散逸構造がその不安定点を通過する時に、今までの構造には留まれなくなります。それと同時にその点の回りに、通常は二通りの新しい安定構造ができてくることが解かっております。そこで、散逸構造はその不安定点を通過する時に、右か左に「分岐」します。その分岐の方向は前もって決まっている訳ではなく、それの分岐点を通過するときの周りの環境の「揺らぎ」で偶然に決まります。そのことによって、散逸構造は偶然を契機として、いろいろに分岐しながら新しい構造を手に入れて行きます。それを「進化」と言います。この場合、右に行くか左に行くかで次の構造が決まって行きますので、同じ出発点から散逸構造が進化しても、ある者は蝶になり、他の者は蜻蛉になると言う具合に分岐して、この宇宙は「多様性」を手に入れて来たのです。

ですから、散逸現象がある故に存在できる生物には自発的な進化があり、他方その現象が障害になる機械には自発的な進化が在りません。さらに、散逸構造は自発的に偶然にできて来ますので、前もってそれが存在する目的も、また、それを作るためのシナリオも要りません。一方、機械を作るにはその目的もシナリオが必要で、それを作る誰かが居なくてはならないのです。

このように、自発的に現れる生物と人間の作る機械は、この宇宙にある「時間」に関して全く違った原理でそれぞれ動いているのです

投稿日時 - 2010-12-12 21:45:55

お礼

とても面白い方向からのアプローチ、ありがとうございます。

投稿日時 - 2010-12-12 22:20:22

ANo.14

どのようなレベルに達した機械なのかによって回答が
異なってくると思います。

例えば、機械の知性や創造性は人間並みとしても、
(1)個々の機械に個性があるのか
(2)人間の場合、生命という得体のしれないものがある。
  機械にも生命が付与されているのか。
(3)人間を含め動物の殆どは自分の子孫を残したいと願う。
  その為に熾烈な戦いや自己犠牲も辞さずと思う。
  これは、換言すれば自分と他人のDNA同士の戦いだ
  と言う人もいる。個々の機械も動物のような増殖
  願望とそれを実現する機能を持っているのか。
(4)人間の場合、母体から生まれ、乳児から段々成長し、
  成人後の体重は10倍以上になる。そうして誕生から
  長くても百数十年以内に死ぬ。一個の機械の一生は
  どのようになっているのか。

まだまだ挙げればいくつか出てきそうです。人並みのもの
それらを全て機械が持っているなら自動的に、人=機械
と言えそうです。

投稿日時 - 2010-12-12 20:42:48

お礼

ありがとうございます。
ああ、やはり機械の定義を決めないままに質問を投稿してしまったことには問題がありましたね。

私は、今回 人間と機械との頭のシステムが同じであることを問題にしました。
有機体か無機体かに左右されるような、身体の違いはあまり問題だと思っていません。

ですから、この場合の機械は(私は、機械に明るくはありませんが…)別に種を保存する特別な能力や、身体的に成長して数十年で寿命を迎えるという能力を持っている必要はありません。

(私は、次のような機械はそのうち出来ると思いますが)この場合の機械は、
まず初期プログラムを持ち、高度な学習装置を持ち、プログラムされたことと学んだ事を生かせる機械です。
これだけで、機械は人間と同じ頭を持つということになるだろうと思います。

投稿日時 - 2010-12-12 21:22:29

ANo.13

人間と機械の違いの決定的な事を一つ挙げてみます。それは『命その者の働きが存在する事』です。蜘蛛が学校に行かなくとも、どの蜘蛛も種類が同じなら同じ様に、同じものを作る能力が内在しています。

脳に刷り込まれている能力かも知れません。ツバメが、遠くまで行ったり来たりする能力などにも言えると思います。人間の脳は他の動物達よりもまた高度に発達をしているように感じます。

ですが人間にも、他の動物や、昆虫達と同じ働きをする脳の働きが存在しています。それは『習わないにも拘らず知っている事が在る』と云う能力の事です。

是は脳に封印されたブラックボックスと云う言い方でも可能かも知れません、或いは脳に刷り込まれていながら、その本人にはわからない能力と云う言い方でも可能かも知れませWん。

その脳に封印された形で、又、ブラックボックスとして、存在している『命の働きその者』を簡単に説明してみます。以下簡単に『その者』と表記したいと思います。

『その者』は生まれる前、即ち母親のお腹に命が芽生えた時から働き始めていると感じます、心臓を働かせたり、指しゃぶりを既に知っている存在という言い方が出来ます。そして生まれた瞬間から怖い事も安心する事も『人間に教えている存在』という云い方も可能です。

そうして最も人間らしい機能として働いているものの中には、命そのものが『生まれた訳ではない事から、滅する訳ではない事』を知っている事です。言い方を替えるなら『既に永遠の存在として、どの人間にも備わっている事実があります』

この事が判らないうちは、人間には苦悩が付き纏う場合があります。具体的には『死や生を不安に思う場合です』もっと具体的に言うならば、心を病む場合や神経症で辛い思いになってしまう場合です。『生や死を不安に思って、それが高じて恐怖にまでしてしまう場合もあります。

この場合には不安障害が高じて『恐怖症』と云う言い方になってきます。

これ等に共通している事は、出来ない事をしようとしている事に当たります。人間が機械と同じと感じて機械と同じ扱いをしようとしている事です。人間の心を理論的に扱おうとしている事に当たります。

人間の身体を理窟で動かそうとした時、人間の身体も心も行動でさえもが、理窟からは想像も出来ない事になっています。それは『自我意識』VS『その者』との矛盾や対立になって表われる場合があると云う言い方になります。つまり『心に矛盾や対立や、もっと対立を深めた場合には分裂』すると云うことも在るかも知れません。

心の矛盾が行動に表れる時とは、眠る事さえ出来ない『不眠症』や書く事が出来なくなる『書けい』や話す事ができ難くなってしまう『吃音』等の症状になっています。

心の矛盾が身体そのものの機能にまで影響を及ぼす場合には、検査をしても何処にも異常が無いにも拘らず、症状として訴える、『自律神経失調症や心身症』という事になります。

心の矛盾が心に影響を及ぼす場合が『心を病む』と云う現象となっています。具体的には感情の浮き沈みとして捉えた場合には感情障害や、躁や鬱の感情を強く訴える症状となっています。

行動と感情が共に症状となる場合には、強迫観念や脅迫行為となります。或いは上がり症や対人恐怖症と云う言い方も出来るかも知れません。

今言った事には全て『心の矛盾』と云う原因が在ります。難しそうに書いていますが、実は簡単な現象です。人間の意識(実際には顕在意識や自我意識)には出来ない事が沢山在ります。その出来ない事が判らないだけです。

心臓を早くする事も遅くする事も出来ません。ホルモンの量を多くしたり少なくする事も出来ません。腸や臓器の機能の調節も自我意識には出来ません。

自我意識の計らいで何かが出来ると云う勘違いがあります。自我意識のみで眠ろうとする事が『不眠症』
の原因と書きました、その訳を書いて見ます、自我意識が眠ろうと計らって自我意識は眠れると勘違いしています。自我意識は眠りに入る事は在りません。眠る場合には『意識が無くなって、無意識と切り替わっています』そうして無意識の自分が深い心地良い眠りをもたらせています。

心が休まっている場合にも言えます、その場合には『意識する事が無くなって』無意識的に考えています。意識が意識として意識する事が『意識地獄』を作っています、その地獄の釜の中で考える事が『妄想となって』現実には無い不安や恐怖を作って、現実には無い地獄を身体と心が味わっていると云う現象を醸し出しています。

結論です、人間には命その者の働きが備わっています。機械には『命』は無いと言う事になります。動くだけでは働かないものを人間は持っています。その事が、障害を持ったものとして現実には無いものからも、刺激を受ける事となります。その解消が悟りです

投稿日時 - 2010-12-12 19:29:51

お礼

ありがとうございます。
心理学には明るくありませんが、お話は分かりました。おっしゃる通りだと思います。

命そのものの働きは、いわゆる本能とはちがうのですか?
tumaritou1さんのおっしゃっていたことは、私は本能と知性の矛盾として、常々懸念していたことだと思うのですが。

悟るには、どうすれば?

投稿日時 - 2010-12-12 21:10:16

ANo.12

違いはない。
思考も記憶も細胞による回路に流れる電流と化学物質の作用で生み出されています。

人間は死から蘇ることは出来ないというのは、単に現在の科学が脳の機能回復が出来ないだけの話。
江戸時代の人にコンピュータを修理せよと言っているようなものです。

充分に練り上げられた人工知能は既に人間と区別がつかないレベルに達しています。
いずれ科学が進み、人格と記憶が機械に移し変えられたとき、人間と機械の垣根は完全になくなるでしょう。

投稿日時 - 2010-12-12 18:38:57

お礼

ありがとうございます。

やはり、そうなのでしょうね。

とはいえ、人間と区別の付かない人工知能が作られるのは、もっと先だと思っていました。

もう出来ているのですか。驚きです

投稿日時 - 2010-12-12 18:49:05

ANo.11

人間の生理を現象と捉える感情の奥底にはエゴが有ると思われる

ボウズのように厳しい節制をし体の中の生理を換えれば違うものが見えて来ると思うが、

この世の全ては創造物で、さまざまな要素によって形作られ運命付けられる

それぞれの個々が哲学を持っているが、それが万人に受け入れられるかは別問題

長い人間の歴史の中で尊ばれるのは極一部だろう

投稿日時 - 2010-12-12 18:16:08

お礼

そうですね

投稿日時 - 2010-12-12 21:23:59

ANo.10

No.1の回答者だけど・・・。

>不可逆的な死・・・それは、考えていませんでした。

考えろよ、そのくらい・・・。
(・.・)
「◎カ」丸出しジャン。

>感情が、そんな単純なものでないことは、感覚的には理解出来ます。
>でも、その理解がきちんと説明出来ないため、今のところ、「こんな単純なモノ」と思っています。

自分が理解できないから、説明出来ないからって、単純なモノと思わないようにネ。
その時点で「思考停止」してるだろ?。
怠けるな。

★昔々の「お話」です。
中身の見えない檻の中に手を入れて、象の尻尾を掴み、
『なんだ・・・。
象って大きな動物と思っていたが、手で握れるくらいに細くて長い生き物だったんだ』
と納得して帰って行った人がいたそうな・・・。
アナタみたいな人ですね。
(^.^)

投稿日時 - 2010-12-12 17:56:55

お礼

ありがとうございます。

不可逆的な死を良く考えなかったのは、機械論を考えるにあたって必要ないと思ったからです。
今、言われて考えました。でも、死が不可逆的でも、そうで無くても、死に大差ははないのでは?

もっともですね。もっと追求しないといけませんでしたね。
・・・ところで、あなたは感情について、私が述べた以上のシステムを説明出来るのですか?

投稿日時 - 2010-12-12 18:14:06

私は人間機械論にくみするものです。
機械の定義は、多分、すっきりした形があって客観的に確かめることが出来るもの。
機械論では、いずれ人間も人間を作ることが出来る、今の技術の延長でそういう希望が持てるということでしょう。
つまり、人間機械論では精神や活力とかいった形がないとされているものも、いずれは物理現象とエネルギー現象で説明できるようになるということでです。
人間の持つきまぐれというもの、それも最近はゆれとか複雑性の理論で説明されているのではないでしょうか(私は説明できませんが)。
量子論はひとまず考えないことにします。

>芸術は視覚や聴覚に好ましいパターンがあるだけだと思うし、感情は学習したものとプログラムから引き出されるだけのものだと思います。

私もそう思います。

投稿日時 - 2010-12-12 17:52:11

お礼

ご回答ありがとうございます。

そうですね。今は解明されていないことも、いずれ全てハッキリすると思います。
今はただ、人間が複雑すぎて研究しきれていないだけで…

ここで質問してみて分かったのですが、人間機械論に否定的な方のほうが多いのですね。少し、驚きました。友達とはこういう話をしないので。
komaas8さんの周りも、否定する方のほうが多いのでしょうか。もしかして、世の中、結構人間機械論なんてマイノリティだったのですかね

投稿日時 - 2010-12-12 18:08:09

ANo.8

脳科学をやっている者です。
なので、そういう視点からの考え方(の一部)を少し言うと、
多少専門的になりますが、

脳の「思考」や「感覚」の仕組みというのは、
ニューラルネットアーキテクチャと言われる仕組みで説明されようとしています。
これは、言ってみればパソコンなどと同じく、単なる「仕組み」とか「プログラム」
といったもので脳の動きを表せるということです。

ただ、表せるといっても「原理的には表せる」といった意味であって
実際に表せたのかというと、脳の回路があまりにも多すぎて、
まだ現実には表せていません。だだ、これは観測技術やかかる時間が多すぎるという問題であって、
いずれ解明されるでしょう。

つまりある意味、人間というのは「超複雑な機械」と言えると思います。


まあ結局、なにをもって「機械」を定義するかによると思いますけどね。

投稿日時 - 2010-12-12 17:35:54

お礼

ありがとうございます。

では、現在の時点では解明されていないものの、理論的には脳の働きは機械的なものだと言われているのですね。

ああ、確かにそうですね。何かを考える前には定義をハッキリと決めておくべきでした。

投稿日時 - 2010-12-12 17:57:46

ANo.7

人間のかわりになるようにつくっていますからね・・・
できないことを補えればいいと思いますが。



機械は電気で動く。
電気はあっても、プログラムがないと動かない。
血がないでしょ。
機械は食べない・飲まない

人間は脆い
相手を好きになる気持ち

投稿日時 - 2010-12-12 17:25:43

お礼

ありがとうございます。

人間は電気の代わりに食物で動きます。
食物があっても、DNAが無かったら(ムチャですが)動きません。
血が無いのは、システムの問題でしょうか?

機械も脆いです。
好きになる気持ちは、本能的なものでは?ということは、プログラムと一緒なのではないでしょうか。

投稿日時 - 2010-12-12 17:52:08

とかげとか昆虫から見れば、一緒でしょうな

自分しか価値が無いわけだから

全く他人を省みない冷酷さちゅうことだろう、それ故に度々罪を犯し、言い訳がうまくなり

非難されると逆恨みすると

心は恐怖に支配されていて、攻撃的尚且つ残忍である

脅え逃れる為に、自分を慰め束の間の安逸を貪ると

うーん

もろ犯罪者

ここまで酷いのはポン中ぐらいしかいないんだけどね

投稿日時 - 2010-12-12 17:16:37

補足

ポン中ってなんですか?

投稿日時 - 2010-12-12 17:48:37

お礼

私は、今のところすっごく社会に適応して生きています。おそらくあなたよりずっと

投稿日時 - 2010-12-12 21:25:53

俺は涙を流さない ダラッター

 ロボットだからマシーンだから たらった~(嘲)

投稿日時 - 2010-12-12 17:07:31

補足

それは、システム的な問題ではなく、有機体かどうかとかの差異の一つだと思います。

投稿日時 - 2010-12-12 17:16:37

お礼

すみません。お礼し忘れました

投稿日時 - 2010-12-12 21:26:12

ANo.4

機械は人間が知り得た知識のみで作られたもの
人間は人間が知り得た知識以外でも作られているもの
この差があると思います。

投稿日時 - 2010-12-12 17:06:49

お礼

ありがとうございます。確かに、作られた過程での差異はあるでしょうね。

ただ、人間の知り得た知識以外で作られた人間が作ったのなら
機械の作成は大元を辿れば人間の知り得た知識以外で作られたことになるのでは・・・ないですかね
あまり意味は無いことですが

投稿日時 - 2010-12-12 17:25:01

要するに人間も機械も現象に過ぎないってこと?

なら教えてあげよう


人間は報復する

あぶねえなぁ病院行けよ

投稿日時 - 2010-12-12 17:04:36

お礼

ロボットは報復しないと?・・・プルートゥを思い出しだしました(笑

投稿日時 - 2010-12-12 21:27:16

ANo.2

人間は死ぬが機械は壊れます
人間は増殖するが機械は増殖しません
人間は無理が出来ますが機械は無理が出来ません
人間は経験から類推できますが機械は類推できません

投稿日時 - 2010-12-12 17:00:21

お礼

ありがとうございます。

そうですね。死と壊れるは違いますね。
機械も増殖は可能だと思います。
無理するように学習させれば、無理をするのでは?
機械も、類推出来るようになると思います。

投稿日時 - 2010-12-12 17:47:50

まあ、人間も「♂と♀」が存在する「生物」です。

★「基本的」に、愛する者同士結ばれて子供を作るコトが出来る。

★不可逆的な「死」が有る。

この二点は、機械とは大きく違うと思うのですけどねェ・・・。
考えなくても解りそうなモンだが・・・。

部分的には、人間も機械に例えるコトが出来るでしょう。
ですが、機械に「芸術の創造力」が有るとは思えません。

それに、自暴自棄になって自らを破壊する(自殺する)機械なんて聞いたコトも見た事も有りません。
おかしくて、笑い転げてる機械も見たコト有りません。

>感情は学習したものとプログラムから引き出されるだけのものだと思います。

「感情」って、こんな単純なモノ?。
アナタ、機械ですか?。
(^.^)

サラに、「魂の存在」を信じないのは、アナタの自由。
私は、信じてますので。

投稿日時 - 2010-12-12 16:59:12

お礼

ご回答ありがとうございます。

子供を作れないのは、無機物の限界ですよね。でも、子供を作るようにプログラムされた機械が子供を作ったら、種を保存する人間と同じなのではないでしょうか。不可逆的な死・・・それは、考えていませんでした。

芸術の想像力。それは、誰かも言ってました。人の好むパターンを組み合わせることと、見つける事が芸術の想像だとしたら、機械にも可能だと思います。

感情が、そんな単純なものでないことは、感覚的には理解出来ます。
でも、その理解がきちんと説明出来ないため、今のところ、「こんな単純なモノ」と思っています。

そうですね。だから、魂を出されると、賛成論者も反対論者も、何も言い合えなくなるでしょうね。

投稿日時 - 2010-12-12 17:44:36

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