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「障がい者」と「幸せ」

こんばんは。


社会において「個人モデル」という見方があります。
これは障害というのは個人の問題であり
障害者は、極力、健常者に近づくべく努めるべき
という考え方です。
しかしこれは「健常者」を中心においており
間違った見方であると思っています。

このほかにも社会モデル、文化モデルなど様々な見方がありますが、
私たちの「障害」に対する見方、扱い方?は
どういったものが正しいのでしょうか?




またあなたは「障がい者」にとっての幸せとは
どのようなものであると思いますか?

投稿日時 - 2011-02-07 00:53:41

QNo.6503731

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回答(2)

ANo.2

私は障害者の友達もおり、以前は障害者のみの工場しかし、運営に関わったりしてました。障害者でも、健康な部分を生かして社会貢献すれば良いと考えてました。障害者同士が結婚するときの、周りの障害者の嫉妬・ねたみは健常者の比ではない。心も健常でない人が多いのに、がっかりした思い出が有ります。以来、少々偏見を持つようにもなっています。正直に言って。

投稿日時 - 2011-02-07 15:18:13

ANo.1

まず、「個人モデル」については、その理解は正しいのでしょうか?
単純に、健常者に近づくべきではなくって、人口的に「多数派では
無い」から気づきにくいところが原因だと思います。

これからは高齢者が増えますので、身体の弱い方でもある程度生活の
しやすいサービスやインフラは増えてくるかと思います。

本来は、そう言った方々のインフラを整備すべきでしょうが、個々の
機能差が違いますので、費用との兼ね合いで難しいのでしょう。
例えば、仮に100万人単位で点字タイルが要望されていて、消費税
投入ができ、点字の敷設に雇用が見込まれるならドンドン普及できる
というのが今のしくみだと思います。
(そう言った費用対効果でいえば、他国語対応の方が先かも)

次に、障がいへの見方ですが、特徴であり、現象でしかないと思い
ます。例えば、脳梗塞で言語障害が出る場合は、脳血管に梗塞が
できたという現象です。不便でしょうがないとは思いますが、
幸福論とは別だとおもいます。

最後ですが。
幸せというものが、言葉だけの概念なので意味がないと思います。
あえてブッダの言葉を借りれば、欲が苦であり、生きていること
自身が苦であります。そこから、何かに熱中したり、人のために
頑張ったりして苦から目がそらせている状態、誤解が幸福である。
と考えれば、我々自身が幸福といえるのでしょうか?
ということになるかとおもいます。

ただ、コンピュータやネットの進化でだいぶマシになってきました。
インフラ整備にはお金がかかりますが、技術革新はあらゆるコストを
さげます。

障がいを持つ方にとっては、これからどんどんよくなっていくのでは
ないでしょうか?

投稿日時 - 2011-02-07 01:40:53

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