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締切り済みの質問

宗教の現在における存在理由は。

科学の進んだ今日でも神の存在を信じる人々がいるのは何故でしょうか。
悠久の自然があるのに人間は有限の生活しか出来ないと言うジレンマに答えるのが宗教で、死という人間の長年の苦しみから救済する役目を宗教は負い、人類の何百万年と言う歴史の中で膨大な数の人間が幸福の中で消え去って行った事でしょう。
21世紀の現在では人類は自然科学を信頼していて、最早宗教は不要となっていて人類には、宗教を必要とはしていないのではないでしょうか。
それにも関わらず宗教は立派に存在しています。
今の世の中で人生に必要で、健全な宗教とは如何なるものなのでしょうか。
宗教は自然科学と共存できるのでしょうか。
それとも宗教は自然科学とは無関係で無学な人々の間でのみ存在しているのでしょうか。
お教え願います。

投稿日時 - 2011-06-02 12:01:12

QNo.6780880

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回答(12)

ANo.12

#1です。
最初の回答で科学的な知識をあまりお持ちでないなと書きましたが、
>自然科学で説明できない事象は有りません。
の時点でハッキリしました。
質問者さまは“科学教の信者”です。
そんなことを言うのは、同じ科学教信者と(SFを含む)科学小説やアニメ、あとは予算のほしい科学者だけです。

今研究していることに“科学的答えがないかも”という可能性は、化学以外の学問でありえることです。
(化学に関しては物理学者の侵略(笑)によって、取扱範囲内での基幹部分はほとんど食べつくされちゃいましたけど)
そして哲学者が科学系等を掌握しており、当時に抱いた疑問に近い研究をしている人(つまり生命や世界の始まりと終わり(今現在の範囲では宇宙))ほど、その可能性に脅かされています。

別にUFOや心霊現象、神などの特別な分野に限らず、自然科学で説明できない事象は腐るほどあり、科学的理論のスタンスも質問者さまは分かっていません。
科学理論は観察に則した仮説であり、定説になるのは「現在では反論が不可能な、限りなく正確な仮説」です。
だからこそ、今でも説が覆ることも、新たな発見につながることもあるのです。

>科学者が宗教を否定しないのは科学と宗教は次元の違うものだからです。
その通りです。
科学の土俵に持ち込まない限り、科学者は一瞥もしません。

ですが、質問者さまのような科学教信者たちが、この質問のような発言をすることで宗教を信じる人と泥沼の試合を繰り広げることになります。
(もちろんその逆も然りですが)
まさに宗教戦争ですね。

最低でも
>神さんがいたならこんな災害をもたらすことは有りません
なんて幼稚な発言はやめましょう。
それはあなたの定義の“神さん”ですよね?
普通に科学をかじった人間でも、そんな稚拙な反論はしません。
(というか観測も不可能で論理にならないので、沈黙を以って答えとするしかない)
こんな人がいるから、宗教を信じる人に科学がバカにされてしまうんです。

投稿日時 - 2011-06-03 13:31:30

補足

暇人のお付き合い頂き有難う御座います。科学教ではありません。自然科学教なら良いです。神は人間の救いをするのが使命なのに地震で苦しめるなんて、とんでもない神さんがいたもんですな。科学者が宗教を馬鹿にしますが宗教が科学を馬鹿にはしていません。特に現在の宗教はイスラムを別にして、先進文明国の宗教は違います。バチカンだって進化論を認めていますよ。他の方のお答えにも書きましたが、宗教と科学は別の次元の物だと考えています。

投稿日時 - 2011-06-03 20:15:50

ANo.11

自然科学も人間が作り出したものだからではだめですか?

宗教は原始宗教から考えると数千年の歴史がありなじんできたもので、科学はここ数百年で教育と言う場でしか伝わっていいないからとか

子供のころの親からの教育は何割かが宗教の要素(伝統とかの表現もできますが)がありませんか?

先進的と思われるアメリカでも何割かは進化論ではなく神が人間や動物や世界を作ったと信じていますからなかなか難しいと思います。

リチャード・ドーキンスの「神は妄想である」なども難しいですが断片でも読むと宗教の呪縛の一因がわかるかもしれません。

投稿日時 - 2011-06-03 00:34:05

補足

アメリカのファンデメンタリストは無学な人が多いようです。知りたければS・J・Gouldの「Science and Religion in the Fuluness of Life」をお読み下さい。

投稿日時 - 2011-06-03 09:14:22

ANo.10

自然科学ではオカルトは否定できないのですよ。
私自身、自分たちの心も想いも単なる化学反応の産物にすぎないと考えていますが、それはたまたま今までの自然科学の結果からそう導かれたにすぎません。
そして、自然科学って間違いだらけでして、しょっちゅう古いデータが書き換えられてます。
なのでそのうち、科学的に神の存在が立証される可能性は0とは言い切れないのです。
自然科学の立場から神がいないというには神がいないという唯物的なデータを出さなければならないのですが、そもそも神の明確な定義が決まってないので研究のしようがないわけです。

ついでに、同じようなことは3000年くらい前に釈迦が言ってます。

「宗教とか、神や霊魂のようなオカルト的なものの実在を議論しても水掛け論にしかならないから無駄である」

しかし仏教はオカルトの道に走ってしまった。因果なものですね。

投稿日時 - 2011-06-02 17:26:35

補足

私は科学と宗教は共存しないと思っています。宗教は自然科学の一部です。仏教は人や生物は神が創ったとは言っていません。自然に出来たものと言っていますね。クリスチャンと違う点です。科学を学ぶ科学者は宗教観が違って心は神の領域と思うから否定はしないのです。

投稿日時 - 2011-06-02 18:21:10

ANo.9

回答に対して感情的な反応でしか答えないというのは自然哲学や論理の方法ではないと思います。

例えば人間の思想が意思に関係のない自然現象でしかないとすれば、ご自分がこの命題で熱くなったり一生懸命になったりしている事実はどう思われますか。

回答の中には○か×かだけでない物とか、あなたを批判も肯定もしていない物も含まれています。
あなたが否定している方法をなぜ多くの人が採っているのか、否定的立場をとるとしても分析が必要でしょう。

投稿日時 - 2011-06-02 16:33:30

補足

科学者は宗教を否定していません。宗教者が科学を否定し、科学的な論理を拒否しているのです。原理主義者はそれだから無知で、無学な人の考えだと言っているのです。

投稿日時 - 2011-06-02 18:23:09

ANo.8

質問者へ。補足に対する意見。神がいたなら東北大地震は起きなかっただと。いまどき小学生でもそんな発言はしません。地震のメカニズムを調べるとよい。地殻変動、プレート、環太平洋造山帯、活断層等。

投稿日時 - 2011-06-02 15:56:14

補足

石原都知事が天罰といった事は正しい意見と思いますか、宗教者はその部類ですよ。宗教者は天災は人間の業の報いだと言っていますよ。

投稿日時 - 2011-06-02 18:25:25

ANo.7

科学が進むと神が無用になるという論理はないし、科学が神を否定する事も出来ないのだから、「科学が進んだ今日でも神の存在を信じる人が居るのはなぜか」という疑問を持つ事こそ疑問です。
それは科学で永久に説明できない行為を行うのが神だという前提だからではないでしょうか?
例えば神がこの世の創造主であれば、科学も神の想像の枠から超えることはないし、神のみ業が科学を超越する必要もない。
奇跡だって、死人が起き上がるのだって、目の見えない人が見えるようになるのだって科学的説明のつく範囲で充分でしょう。
唯一違うのは、現代医学では出来得ない力が働いたかもしれないという事だけ。
それは単に、今現在の我々の科学知識が真の科学の姿に追いついていないだけではないですか?
一体現在の科学的知識がこの世の存在する全ての事象の何%を立証したというのでしょう。
世間で確定的に語られている科学知識の大部分は「仮定」でしかないし、既に宇宙を解き明かす為には物理科学だけでは限界に達しているといわれています。

身近で考えても、今の医学では虫歯も風邪もろくに治すことも出来ません。
物が腐る事すら止める事が出来ず、原子炉も簡単に爆発し、汚染された土を処理するすらできません。
そんな科学と宗教の差ってなんでしょう。実際には大差などないのではないでしょうか?

神に対し、奇跡だけが証明だなんて考えている輩が科学と対立するのであって、過去の時代の人の為に書いた御伽噺を真実と思い込む妄想家が宗教を神秘的なものにしてしまっているのです。
同様に現代科学を、まして仮説でしかない定理や定義を全てだなんて考えている人が「科学万能教」の宗教活動を行っているに過ぎません。

もともと森羅万象の1%に届いたかどうかも怪しい科学知識を以って神不在を考える事自体が無謀というものです。
そして、全ての事象が科学的に証明されても、それはあくまでも仕組みであって、それが選択された理由は誰にもとく事が出来ません。
99.99%科学で考えても、それを動かすのは0.01%だからです。その0.01%がなければ100%後の通りになる事はありえません。
例えば、人間が発生した理由「なぜ」を、どこまで科学的に立証できるかということです。
神の存在理由は、その0.01%にあるのです。

投稿日時 - 2011-06-02 14:55:38

補足

自然科学で説明できない事象は有りません。無知で無学な人には説明で来る事が解らないだけです。幽霊も神さんもUFOもありません。それらは無知で無学な人が狭い頭の中で考えだした幻想でしかありません。
でも信じるか信じないかは個人の自由です。でも神はいません。

投稿日時 - 2011-06-02 15:29:18

ANo.6

 科学が進んでいるようで、進んでいない。未だに解明できないことが沢山ある。
 神を証明するために科学を志し、神を否定するにも科学を志す。
 
 沢山のことを知っているようで、実は知らないのです。理解している、知っていると思い込んでいるのが現代の科学です。
 
 科学者の中にも宗教を持っている方は多いですよ。人知を尽くしても、それ以上の力を求めるためにも。

 小説「コンタクト」カールセーガン 著書  にこの宗教と科学との葛藤も描かれています。参考になるかな?

 
 私自身科学は好きです。しかし神や仏の存在を認めています。但し宗教は否定する形です。神などの人が何も出来ない存在があり、見守ってくれているなどと考えると妙な安心感があります。しかし宗教となるとそこに神や仏は要らないのでは?みたいな感じも多く、その考えや教えなどは人間が考えたことでしょう?という結論に今はなっています。
 
 たとえ科学が進んでも、不安などを解消出来るものは無いでしょう。その科学でどうしようもない部分があるので、そこに宗教は居るのだと思います。理論などで神秘を解明しようとする科学、思想や考えで物事の神秘を感じたり解明したりするのが宗教かなと。

 何事も一生懸命することで、神や仏の存在を認めないと行けないのかな?という気分になれますよ。

投稿日時 - 2011-06-02 14:54:02

補足

前にも言いましたが、科学と宗教は別に時限の問題です。でも自然科学は宗教とは共存できません。

投稿日時 - 2011-06-02 15:30:34

ANo.5

人間にはどうにもならない物事があるとか、人間自身が人間にはどうにもならなかったり未知の部分が多いという事実があるから人智を超えた存在に畏敬の念を持つわけでしょう。
これは科学を勉強して外界の認識を深めた人にも(だからこそ)ありますよね。
これが「宗教心」だと思われます。

そういう素朴な宗教心を利用してたくさんの宗教団体が栄えているのだと思います。
日本人は多神教であるとか、いろいろの宗教に頼るのはご都合主義だみたいな論がありますが、ひとつの宗教団体に所属しない、傘下に入らないのと宗教心が無いのとは全く違う事と思われます。
西洋哲学の無神論というのは良く読むと「反宗教権威・権力」に主眼があるように思います。また人間社会の問題点の解決が全て個人の心の問題にあるとするような観念論に対して批判を主にしています。

宗教心と宗教団体はイコールではないのではないでしょうか。

人間社会に関する事は人間が解決しよう・できるという考えと、真に人智の及ばない世界を畏敬の念とともに受け入れるのとは矛盾はしないはずではないでしょうか。

投稿日時 - 2011-06-02 13:50:40

補足

人間は唯の生命を持った生物物質に過ぎません。弱い人間が宗教に逃避する事は理解できますが、自然科学は冷酷なもので人情はありません。

投稿日時 - 2011-06-02 15:32:45

ANo.4

人間に弱い部分が有り心配事が絶えない以上宗教は未来永劫無くなる事は無いのでは有りませんかねえ。
確かに神だの超能力だの空中浮揚だのは冷静に考えれば矛盾に溢れていますが人間切羽詰まれば理路整然と考える事が難しくなりその弱みを埋める為に発明された物が宗教だと思います。

更に一神教ではトップに“絶対の存在”が有り大衆はこれに服従する事で横のつながりが出来結果として社会がうまく機能する、同じ宗派の中ではうまくまとまる訳ですね。

これは理屈では有りませんので場合によっては法律よりも大きな効果が有る思います。


宗教とは不安な気持ちをごまかす為のツール、主をトップにした縦の関係が社会の横の連帯を生む効果、時代が変わっても為政者が変わっても基本的に不変であるからこ没頭出来る安心感。
人間不信のヨーロッパ社会で近代資本主義に不可欠な契約は絶対と言う考えが根付いたのも一神教のなせる技かも知れませんよ。
つまり
主と民の契約は絶対である→民同志であっても契約と言うものは絶対である
、と近代的な思想が完成したのかも知れません。

宗教は科学がどんなに進んでも人間に迷いが有る限り永遠に存続するでしょう。

投稿日時 - 2011-06-02 13:22:16

補足

人間は最大でも100年余りしか生きられません。生命は45億年も行き続けています。人間は死ねば唯の物質に過ぎませんから、死んでなくなることへの恐怖感から宗教を作り出しました。自然科学は宗教も一つの科学だと解明していますよ。

投稿日時 - 2011-06-02 15:39:35

ANo.3

全世界をみてみよう。宗教ほど恐ろしいものはないけど、民衆救剤を目的としたものもある。人間一人では生きられ無いから非対照的な物や自分より強いもの、超巨大な物、神秘的なものをよりどころとする。太陽が昇れば礼拝する人もいる。石や木を彫って拝む対象にする人もいる。人間は知能はあるけど弱い生き物だ。「無学な人々・・・」と質問の中にありましたが、非常にしつれい極まりない。宗教に国籍、性別、学歴関係ない。質問された方は宗教の事、ご存じではないから説明のしようがございません。基準といいますか根本が分からないから。神はいますけど、人間の見方ではありません。むしろ小動物の味方です。後、宗教と自然科学は共存出来てます。こうして何の問題なく生活しています。宗教は不滅です。信仰する、しないは個々の人間の心に委ねます。見方をかえれば動物が好きか嫌いかの点です。上記の質問で「無学」という言葉を出されました。勉強したくても出来ない人に失礼では。

投稿日時 - 2011-06-02 13:11:09

補足

主教は民衆を救済できません。良い例が今回の東日本大地震です。神さんがいたならこんな災害をもたらすことは有りません。無学と言う意味は差別用語ではありません。勉強したい人は無学ではありません。したくとも出来ない人は居ません。どんなに忙しくとも時間が無くとも、勉強はしたければ出来ます。勉強が嫌いで勉強しない人を無学だと言っているのです。

投稿日時 - 2011-06-02 15:44:10

ANo.2

自然科学もつきつめれば、宗教です。
自然に何らかの決められた法則がある、と信じて
その法則を探すわけですから。
その法則は誰が作ったの?という問いに
自然科学は答えられませんが、世界が論理的に
法則を持って存在していることを信じるわけです。
実際そこにたいした根拠は無く(世界は出鱈目かもしれません)、
科学者の信念なのです。

そういう意味では既に共存しているでしょう。

投稿日時 - 2011-06-02 12:37:35

補足

一寸判ります。宗教も自然科学の範疇のものだと言う意味で仰っているならその通りです。法則を神が作ったという事が間違いの元です。

投稿日時 - 2011-06-02 15:46:53

ANo.1

>科学の進んだ今日でも
今も昔も、科学を知らない人の口癖です。

>それとも宗教は自然科学とは無関係で無学な人々の間でのみ
前半はその通りです。
が、後半は違います。
一流の科学者でも特定の宗教を信仰している人はいます。
無学と断ずるのは安直の極みです。

神なんてのは単純なもので、すごろくで「2の目が出ますように」とお願いをする対象者です。
空気にお願いしないのと同様に、イメージがあれば願いやすいでしょう?

投稿日時 - 2011-06-02 12:34:52

補足

科学者が宗教を否定しないのは科学と宗教は次元の違うものだからです。科学は自然のもの、宗教は人間の心の中のものだからです。私が言っているのは科学では無く、自然科学のことです。

投稿日時 - 2011-06-02 15:49:40

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